春蘭祭は午前の部を終え、今は昼休憩。
私たち特別クラスはお弁当を食べていた。
「わあぁっ……! 相変わらず藍のお弁当は美味しそうよねぇ……」
「な。いつ見てもすごいや」
「作ってるのって紡葉のお姉さんだっけ?」
私のお弁当にみんなが来るのは日常となっていた。
私が作っているわけではないのだが、どうしても自慢げに思ってしまう。
香りの良い梅と鰹節のおにぎり。
食欲を誘うハンバーグ。
ふんわりとした卵焼き。
具沢山なポテトサラダ。
(さすが綟さま……)
どれも美味しそうである。
するとーー
「あ、紡葉も弁当見せてよ」
「え、なんで」
「紡葉のも美味しいもん。あいるんのお弁当と同じくらいの」
(そっか)
紡葉くんは綟さまと姉弟だから同じ調理法で作っているはずだ。
どんなお弁当なのか気になり、私は覗きに行く。
「ちょっ、勝手におかずを取るのはやめてくれ青雲……っ」
「えぇ〜? じゃあ紡葉が嵐真って呼ぶならやめる」
「!? ……お、俺はみんなとはちが……」
「何が違うの? 同級生だよ?クラスメイトだし、友達じゃん。苗字で呼ぶ方がおかしくない?」
「とも、だち……」
「違うの?」
「いや、そうじゃなくて、その……」
何やら男の子同士の友情物語系展開になっている。
この隙を狙って私は紡葉くんのお弁当を覗き見。
(! これ……)
紡葉くんのお弁当にはおにぎりにハンバーグ、卵焼き、ポテトサラダ……と私と全く同じおかずが入っていた。
「あれ、どしたのあいるん」
「! 時都……!?」
もしかしなくとも、綟さまが作ったものだ。
紡葉くんは慌てて隠すがもう遅い。
私はすでに見てしまった。
「……見たか?」
「……うん」
「そっか……」
怒っているのかと思ったが、紡葉くんは恥ずかしそうにしていた。
照れ屋さんなのだろう。
少し可愛い。
するとーー
「にーさまーっ!!」
「! 星凪!」
特別クラスの教室の扉が開き、入って来たのは小さな女の子……と、
「迷子みたいだから連れて来たの!」
「!? 絺雪、紘杜!」
「あにき!」
「にいにー!」
(絺雪ちゃん、紘杜くん……!)
そしてーー
「やっほ。三人の幼児が迷子だったから連れてきたよ〜」
「鈴先生!」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
紡葉くんの妹・絺雪ちゃんと弟・紘杜くん、そして鈴先生だった。
「二人とも、姉さんと一緒にいたんじゃ……」
「あねきならゆーやのにいちゃんといた!」
「いくらこどもでも、ふたりのらぶらぶしほうだいのけんりをうばうきはないの」
「お前ら何歳だよ……」
「最近の子供はすごいねぇ」
本当にその通りだ。
(……ん、待って。ラブラブ? もしかして、綟さまと夕夜さまって恋愛結婚?)
綟さまと夕夜さまの結婚については夕莉から聞いた程度で本人たちから直接は聞いていない。
政略結婚なのか恋愛結婚なのかでは、私の二人のイメージが変わってくる。
(……でも、綟さまと夕夜さまのイチャイチャなんて見たことない)
私は架瑚さまといる時の出来事を思い出す。
(……いや、架瑚さまがスキンシップ多めなだけで、綟さまと夕夜さまは普通なんだよね。うん)
よくわからなくなったため、私は考えるのをやめることにした。
「えらいね星凪。星凪が来なかったら危うくスキンシップ多めの公衆の面前で堂々と婚約者を溺愛するどっかの誰かさんがやって来るところだったよ。ありがとう」
「最後の方はよくわからないけど、にいさまのお役に立てたようで、星凪、嬉しいです!」
星凪、を一人称にする少女は綺更くんに頭を撫でられ、喜びの笑みを見せる。
(もしかして……)
「綺更くん、その子は……」
「ん、俺の妹」
(やっぱり!)
星凪ちゃんは私たちの方を向くと、丁寧に挨拶をした。
「煌月星凪と申します。綺更兄さまの妹です。以後お見知り置きを」
そう言うと、すぐに綺更くんの膝の上に乗った。そこがいちばんのお気に入りの場所なのだろうか。
「綺更に妹がいるだなんて知らなかった」
「俺も。でも後継的に兄弟は多いよな」
五大名家ならば尚更だろう。
男児はもちろんのこと、女児も他家との関わりを持つために嫁ぐ。
酷い言い方をすれば、子供は道具なのだ。
「みんなにもお兄さんやお姉さんはいるの?」
「私は兄様がいるわ。赤羽の当主を務めているの。いつも冷静でかっこよくて、とっても頼りになるの! 兄様は私の自慢なの」
「俺は双子の兄貴がいる。……性格は最悪だけど」
となると、咲音ちゃんと嵐真くんにはお兄さんが、綺更くんには妹、紡葉くんには綟さまと紘杜くん、絺雪ちゃんがいることになる。
(あっ……)
依世ちゃんにはもう、お兄さんとお姉さんがいない。
そんな大事なことを忘れて私は聞いてしまった。
「ごっ、ごめんなさい依世ちゃん……っ」
私は依世ちゃんに謝る。
酷いことを言ってしまった。
きっと、悲しんでいるだろうに。
「いや、別に気にしなくていいよ。気、使われる方がこっちもちょっと落ち込むから」
「依世ちゃん……、本当に、ごめんなさい」
「だからいいって」
そんなに気にされると困る、と続ける。
「そーだよ。てか、藍には双子のお姉さん以外にいないの? 実は柳瀬会長は私の兄です! みたいな?」
「うぇっ!?」
柳瀬会長……間違いなく律希兄さんのことだろう。
兄ではないが従兄だ。
咲音ちゃん、鋭すぎる……。
「いや、さすがにそれはないだろ。従兄とかだったらまだあり得るかもだけど」
「あー、たしかに。じゃあ従兄なの?」
「いや、あり得るとしたらの話だから」
「ま、そうだよね」
心臓がバクバクする。
二人に尋問されたら、すぐに嘘などバレてしまうだろう。
鋭い。とにかく鋭い。本音を言うと怖い。
「柳瀬会長と言えば、今頃校庭で競技のゲストとして何かやってるところだろ。ほら、毎年恒例の広告権利獲得のために全クラスが死に物狂いでやるアレ」
「競技?」
初耳だ。
全クラスがやると言っているが、私たちのクラスは出ないのだろうか?
「そっか、藍は知らないよね。毎年春蘭祭の昼休憩に校庭で、クラスの出し物を広告するための権利を争って競技が行われるんだよ。障害物競走とか、リレーとか」
「へぇ……! 今年は何をやるの?」
「今年はね……あ、女装大会だって」
「…………」
沈黙の後、みんなが紡葉くんの方に視線を向けた。
そしてーー
「いくぞ紡葉! 絶対勝てる!」
「やめろーー! こうなることはわかってたから俺は黙ってたんだあぁ〜〜!!」
「どうしたあにき!?」
「にぃに、だいじょうぶ?」
「絺雪! 紘杜! 助けてくれ!」
「あ、ここにお菓子が余ってる! 食べたい人はいるかしら?」
「おかし!? 食べる!!」
「ちせもっ、ちせもっ」
「裏切り者ぉ……!」
悲痛な叫びが上がり、紡葉くんは綺更くんと鈴先生によって運び出される。
全力で逃げようとしていたが、さすがに一対二は分が悪かったようで、すぐに捕まったようだ。
その時の二人の顔はとても嫌な笑みをしており、脳内で二匹の狼と狙われた哀れな一匹の子羊の絵図に変換された。
(お疲れ様です……)
私にできることは何もない。
無事を祈るだけだ。
「けど、特別クラスは春蘭祭にかけられる財力が違うから広告の権利はないんだよね。まあでも、競技に参加することはできるか。優勝しても広告しなければいいだけだし」
「え……じゃあ紡葉くんは……」
「んー、優勝して帰ってくるんじゃない? 広告の権利を準優勝に譲って」
「…………」
本当に紡葉くんは運がない。
その後、紡葉くんは女装大会で優勝し、げっそりとした顔で帰ってきた。
なお、綺更くんと鈴先生は満足そうだった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
その頃、架瑚と暁と隼人はーー
「おっしゃ! 景品ゲット〜!」
「次俺に貸せ、隼人」
「やっだよ〜。暁はどうせ上手いから三発で景品全部獲る気だろ。それはさすがに店も子供もかわいそう」
「わかった。一つは残しておこう」
「それはわかってるって言わないからな?」
「おい暁、隼人。俺たちの目的を忘れて、いい歳した成人男性二人で射的を独占するな」
「わかってないなぁ架瑚。こういうのは楽しんだ者勝ちなんだよ」
「なら面倒ごとは早めに片付けなければいけないこともわかっているよな? 隼人」
「その台詞、架瑚は言えないと思うぞ?」
「何故?」
「綟に聞いたぞ? おまえ、前に仕事をサボって婚約者とイチャラブニャンニャンしたんだって? 昔のおまえを知る俺らからしたら想像もできないが、綟が深い呆れを帯びたため息をついて話しているのを見ると信用せざるを得ないんだよ」
「ちっ、話したのか」
「舌打ちしたこと報告されたいか?」
「……それは本気でやめてほしい」
と、まあこのような感じで同級生らしく春蘭祭を楽しんでいた。
「そういえば隼人。海斗はどうした? 天宮にはいるのか?」
「いや、海斗は別行動。緊急時に外部との連絡手段として残したのと、ちょいと調べ物をしてもらってる」
「なるほど。適任だな」
「だろ?」
海斗は隼人の双子の弟だ。
つまり、嵐真の兄である。
架瑚時代の天宮の特別クラスの生徒は夕夜と綟、暁に隼人と海斗の六人だ。
当時の担任も鈴である。
鈴は架瑚時代と藍時代共通の教師だった。
「にしても夕夜と綟が夫婦かぁ……。どんな感じなんだ? 架瑚」
「結婚前とあんまり変わんない。……あ、でも俺を批難する時と藍を守る時は結束してる。なんで毎回俺が悪役なんだろう、はぁ……」
「架瑚は氷の貴公子だもんな。だいたいそういう奴は悪役か、姫を守る騎士ってところだ」
「じゃあ悪役じゃないだろ。藍を守る騎士じゃなきゃおかしい」
「藍、藍って……架瑚、変わったな」
「そうかもな」
実際、架瑚は藍と出会って変わった。
モノクロだった世界に鮮やかな色彩が加わった。
藍と過ごす日々は幸せで、架瑚を氷とするならば、藍はそんな氷を優しい光で溶かす太陽のような存在だ。
「藍は可愛くて最高なんだけど……そんな藍との至福のイチャイチャタイムを未玖とか綟に邪魔されると、本当にイライラして……」
「あら、そうなのですか」
「そうなんだよ。おかげでストレスが溜まって……ん?」
架瑚は返答の言葉遣いに違和感を覚え、後ろを振り返る。
そこにはニコニコと笑みを浮かべた綟が。
「うおわああっ! れっ、綟っ!?」
「はい、綟です。ところで若? 先程若がお話しされていた件ですが、何故私が出てきているのでしょうか?」
「へっ?! あっ、いや、これは……」
綟に笑顔で迫られる架瑚。
それを横でニヤニヤと見ている隼人と、顔が引き攣っている暁。
綟は架瑚に一歩、二歩と近づきながら、そんな隼人と暁に視線を向ける。
「隼人、暁。あなたたちは今、射的で遊んでいるようですが、主上からの命は恙無く終えたと認識してもよろしいのですよね?」
「っ……」
「あ〜いや、それは……」
主上とはこの国を統治する帝のことだ。
架瑚も含め、隼人と暁は帝の命を受け、春蘭祭にやって来た。
「そうでなければ主上の命に背くことになりますものね。それは大罪、すなわち死罪です。罪の重さくらい、五大名家の当主ならば知っていて当然。当たり前のことです。それを踏まえてもう一度お聞きします。主上からの命は恙無く終えたと認識してもよろしいのですよね?」
「おっ、俺ちょっと行ってくる……っ!」
「すまない架瑚。俺も用事があったのを思い出した。すぐに戻ってくる。またあとでな」
そう言うと、隼人と暁は足早にさっていった。十中八九、主上の命を全て終わらせるためだろう。
「っ!」
綟はくるりと向きを変え、架瑚に詰め寄る。
「で、先程若は何をお話しされていたのでしょうか? 詳しくお聞かせください。なお、若に拒否権はございません」
「あー、えっと……」
架瑚は綟の後ろにいる夕夜に視線を送る。
「(助けろ夕夜!)」
「(諦めろ架瑚。怒った綟を止めることなど不可能だと、よくわかっているだろう)」
「(でも怖いものは怖いんだよ!)」
「(遊び呆けていた架瑚が悪い)」
「(俺は遊んでねーよ! ただ藍の可愛さとイチャイチャできなかったことによるストレスを二人にぶつけてただけだよ!)」
「(じゃあ運が悪かっただけだ)」
「(けどなんとかしたいんだよ!!)」
「(もう一度言う。諦めろ。俺はそうする)」
「(夕夜ーーーっ!!)」
その後のことはご想像の通りだろう。
架瑚は綟からのお叱りの言葉を「はい」「すみませんでした」「俺が悪かったです」と言う間もなく言われ続けた。
夕夜は空気となり、仕事を終え戻って来た隼人と暁は「御愁傷様」と両手を合わせるのだった。