✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
(暇だなぁ……)
《あやかし》からの襲撃を受け、天宮は臨時休校となった。今日は平日。普段ならば天宮でみんなと勉強したり話したりするのだが、それはできそうにない。
架瑚さま、綟さま、夕夜さまはもちろん仕事なのでお屋敷にはいない。……ただ、架瑚さまはお仕事に行く時にものすごく駄々をこねていた。綟さまと夕夜さまに申し訳なく思ったのを覚えている。
(宿題は終わったし……うーん…………)
未玖は今朝からどこかに行っているらしく、姿が見当たらない。もし未玖がいたのならば、架瑚さまが駄々をこねている時に現れて、「良い気味だ」などと言っていそうである。
すると、女中さんが私のところにやって来た。
「藍様、お客様がお見えです」
「お客様……?」
玄関に行くと、そこには咲音ちゃんと依世ちゃんがいた。
「おはよ、藍」
「おはよー……ふわぁ……っ」
「えっ! 二人とも、どうしたの?」
咲音ちゃんと依世ちゃんは袴姿で現れた。普段は制服の姿しか見たことがなかったので、すごく新鮮である。
(これが噂のハイカラ……?)
「どうせ学校も休みだし、依世と話して帝都にでも行こうかと思って誘いに来たんだけど……空いてる?」
「空いてる!」
「ふふっ、じゃあまずはおしゃれしなきゃね」
「三人お揃いのハイカラスタイルにしようと思ってるけど、どう?」
「~~っ! やってみたい!」
前から興味があったのでわくわくした。
「だよねぇ~。ではでは、早速だけど着替えよっか。部屋、借りるよ」
そして咲音ちゃんと依世ちゃんに着せてもらって、私もハイカラを試すことができた。
咲音ちゃんは矢羽根の柄、依世ちゃんは蝶の柄、そして私は藤の柄の上衣となった。袴とリボンは赤、髪型はハーフアップで統一した。
(す、すごく可愛い……!)
初めてのハイカラに、私は気持ちが昂る。
「はい、藍」
「? これは……」
「ハイカラに欠かせないものだよ」
咲音ちゃんに渡されたのはフリルのついた可愛らしい日傘だった。
「藍、似合ってる」
「ありがとう依世ちゃん」
「準備もできたし、帝都に行こっか」
「だね」
「うんっ」
こうして私たちはハイカラで帝都の街に行くことになった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
その頃、架瑚はものすごく不機嫌だった。
(藍に会いたい……)
未玖に揶揄われたりしなかったからまだマシなものの、ものすごく不機嫌だった。それはもう、綟と夕夜が呆れるほどに。
「……若」
「なんだ?」
いつもよりも声も威圧的で低い。綟は深いため息を吐くと、架瑚に言った。
「そんなに嫌ならば、早めに仕事を終わらせてくださいね」
「……わかってる」
だが、今日入っている予定は架瑚の力でなんとかできるものではない。
「おい、ついたぞ」
夕夜が嫌がる架瑚を車から降ろす。架瑚は舌打ちをしつつ地に足をつけると、ガラリと雰囲気を変えた。架瑚は仕事とプライベートで切り替えることのできる人だった。
「お待ちしておりました、架瑚様」
複数の女中が一斉に頭を垂れた。そして、架瑚の屋敷の数倍の大きさの屋敷の主の名を言った。
「御当主様のもとへ、ご案内致します」
「…………」
ここは、笹潟家の本家の屋敷だった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「ん~~っ! 美味しい!」
「でしょ? 赤羽家御用達のお茶菓子で、よく抹茶と頂いているのだけれど、いつ食べても美味しいのよねぇ。気に入ってくれたようで嬉しいわ」
「ん、確かに美味しい。この程良い甘さは並の菓子職人じゃ作れないわね。見た目も味もよくできてる」
午前中は『みわだんご』や陽奈さんの呉服屋でお買い物をし、今は午後のお茶の時間となった。
二人とも買うものの質も量も、私が知っているものよりもずっと高くて多かった。男性が女性とお買い物に行きたくない理由が、よくわかった気がする。
今いるのは咲音ちゃんおすすめの東屋風のお茶菓子店だ。私は錦玉羹を、咲音ちゃんは水無月を、依世ちゃんはわらび餅を選択した。
どれも見た目が美しく、味も最高な絶品の和菓子だ。錦玉羹か餡蜜かで迷ったのだが、餡蜜は架瑚さまと前に食べたので、錦玉羹にした。
「いやぁ、それにしても、今日はみんなと一緒に来れてよかった。私たちは五大名家関係だから、こうやって自由に街に行けるのも今だけなのよね」
「そうね。いつ命を狙われていてもおかしくないのが私たちだもの。最近は少なくなってきたけど、ゼロじゃないものね……」
「依世ちゃん……」
依世ちゃんは一度誘拐され、最愛のお兄さんとお姉さんを失っている。だが、依世ちゃんは「あ、気にしてないから大丈夫だよ」と言ってくれた。
(私だったら、立ち直らないのに……)
あのまま茜が死んでいたら、私は今、この場にはいないだろう。茜を追って、自殺しようと試みるかもしれない。
(依世ちゃんはすごいなぁ……)
それが嘘だったとしても、この瞬間まで生きている。すごいことだ。私なら、到底できない。
「そう言えば……。咲音、あなた、嵐真との関係は進展したの?」
「えっ、ちょっと依世?」
依世ちゃんが話題を変え、咲音ちゃんに質問をする。
(なんで嵐真くん……? ーーまさか!)
「咲音ちゃん、嵐真くんのこと好きなの!?」
「~~っ!」
咲音ちゃんの顔が赤く染まった。どうやら図星のようだ。けれどまさか、咲音ちゃんは嵐真くんのことが好きだったなんて……。
幼馴染とは前に少し聞いていたのだが、恋愛に発展していたとは考えてもいなかった。
「依世! どうして話を恋愛に持ってったのよ! しかも私の!」
「えぇ~。私も気になるし、何より咲音と嵐真は許嫁じゃない。気になって当然よ」
「え、ええぇっ!? 咲音ちゃんと嵐真くんって許嫁なの!!? し、知らなかった……」
五大名家同士での結婚は長男、長女以外で稀に行われるとは知っていたが……咲音ちゃんと嵐真くんが許嫁だっただなんて、全く知らなかった。有名な話なのだろうか。
「咲音ちゃんは嵐真くんのどういうところが好きなの?」
「ふぇっ!? え、えっと……」
「咲音はツンデレだから嵐真の全てが好きに決まってるじゃない」
「依世! 勝手に代弁しないで!」
「あれあれ? 代弁って言ったってことは、私の言ったことは合ってるんだ。ふぅん、そうなんだぁ、へぇ……?」
「いーよー!」
二人のやりとりを見ていたら、くすりと笑ってしまった。咲音ちゃんはそのことに気づくともっと顔を赤くして恥ずかしがった。
これで終わればよかったのだが、依世ちゃんはなんと今度は私の恋愛話に話題を変えた。
「で? 実は一番溺愛されていることで有名な恋愛婚約を果たした藍は架瑚のどんなところが好きなわけ?」
「か、架瑚さまの? ……ごめん、いっぱいありすぎて言葉にできない」
「おお~。熱愛発言だ」
だが事実である。言い出したらきりがない。
「でも、そうだなぁ」
一つだけ、挙げるとしたらーー
「私を必要としてくれるから、かな」
照れながらそう言うと、依世ちゃんと咲音ちゃんは互いに目を合わせ、そして私にどんどん質問攻めをしてきた。
「キスとかした?」
「~~っ! し……しま、した…………」
「一緒に寝たりとかは?」
「ふぇっ!? あっ、ノーコメントで……っ」
「まじか……。襲われなかった?」
「……わかんない」
「待って、それ結構やばいかも」
「そ、そうなの……?」
「咲音の言う通りだよ! もっと聞かせて、藍」
「お、お手柔らかにお願いします……」
こうして、何十という質問をされ、私は架瑚さまに普通の恋人以上に愛されていることを自覚せざるを得なくなったのだった。
(暇だなぁ……)
《あやかし》からの襲撃を受け、天宮は臨時休校となった。今日は平日。普段ならば天宮でみんなと勉強したり話したりするのだが、それはできそうにない。
架瑚さま、綟さま、夕夜さまはもちろん仕事なのでお屋敷にはいない。……ただ、架瑚さまはお仕事に行く時にものすごく駄々をこねていた。綟さまと夕夜さまに申し訳なく思ったのを覚えている。
(宿題は終わったし……うーん…………)
未玖は今朝からどこかに行っているらしく、姿が見当たらない。もし未玖がいたのならば、架瑚さまが駄々をこねている時に現れて、「良い気味だ」などと言っていそうである。
すると、女中さんが私のところにやって来た。
「藍様、お客様がお見えです」
「お客様……?」
玄関に行くと、そこには咲音ちゃんと依世ちゃんがいた。
「おはよ、藍」
「おはよー……ふわぁ……っ」
「えっ! 二人とも、どうしたの?」
咲音ちゃんと依世ちゃんは袴姿で現れた。普段は制服の姿しか見たことがなかったので、すごく新鮮である。
(これが噂のハイカラ……?)
「どうせ学校も休みだし、依世と話して帝都にでも行こうかと思って誘いに来たんだけど……空いてる?」
「空いてる!」
「ふふっ、じゃあまずはおしゃれしなきゃね」
「三人お揃いのハイカラスタイルにしようと思ってるけど、どう?」
「~~っ! やってみたい!」
前から興味があったのでわくわくした。
「だよねぇ~。ではでは、早速だけど着替えよっか。部屋、借りるよ」
そして咲音ちゃんと依世ちゃんに着せてもらって、私もハイカラを試すことができた。
咲音ちゃんは矢羽根の柄、依世ちゃんは蝶の柄、そして私は藤の柄の上衣となった。袴とリボンは赤、髪型はハーフアップで統一した。
(す、すごく可愛い……!)
初めてのハイカラに、私は気持ちが昂る。
「はい、藍」
「? これは……」
「ハイカラに欠かせないものだよ」
咲音ちゃんに渡されたのはフリルのついた可愛らしい日傘だった。
「藍、似合ってる」
「ありがとう依世ちゃん」
「準備もできたし、帝都に行こっか」
「だね」
「うんっ」
こうして私たちはハイカラで帝都の街に行くことになった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
その頃、架瑚はものすごく不機嫌だった。
(藍に会いたい……)
未玖に揶揄われたりしなかったからまだマシなものの、ものすごく不機嫌だった。それはもう、綟と夕夜が呆れるほどに。
「……若」
「なんだ?」
いつもよりも声も威圧的で低い。綟は深いため息を吐くと、架瑚に言った。
「そんなに嫌ならば、早めに仕事を終わらせてくださいね」
「……わかってる」
だが、今日入っている予定は架瑚の力でなんとかできるものではない。
「おい、ついたぞ」
夕夜が嫌がる架瑚を車から降ろす。架瑚は舌打ちをしつつ地に足をつけると、ガラリと雰囲気を変えた。架瑚は仕事とプライベートで切り替えることのできる人だった。
「お待ちしておりました、架瑚様」
複数の女中が一斉に頭を垂れた。そして、架瑚の屋敷の数倍の大きさの屋敷の主の名を言った。
「御当主様のもとへ、ご案内致します」
「…………」
ここは、笹潟家の本家の屋敷だった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「ん~~っ! 美味しい!」
「でしょ? 赤羽家御用達のお茶菓子で、よく抹茶と頂いているのだけれど、いつ食べても美味しいのよねぇ。気に入ってくれたようで嬉しいわ」
「ん、確かに美味しい。この程良い甘さは並の菓子職人じゃ作れないわね。見た目も味もよくできてる」
午前中は『みわだんご』や陽奈さんの呉服屋でお買い物をし、今は午後のお茶の時間となった。
二人とも買うものの質も量も、私が知っているものよりもずっと高くて多かった。男性が女性とお買い物に行きたくない理由が、よくわかった気がする。
今いるのは咲音ちゃんおすすめの東屋風のお茶菓子店だ。私は錦玉羹を、咲音ちゃんは水無月を、依世ちゃんはわらび餅を選択した。
どれも見た目が美しく、味も最高な絶品の和菓子だ。錦玉羹か餡蜜かで迷ったのだが、餡蜜は架瑚さまと前に食べたので、錦玉羹にした。
「いやぁ、それにしても、今日はみんなと一緒に来れてよかった。私たちは五大名家関係だから、こうやって自由に街に行けるのも今だけなのよね」
「そうね。いつ命を狙われていてもおかしくないのが私たちだもの。最近は少なくなってきたけど、ゼロじゃないものね……」
「依世ちゃん……」
依世ちゃんは一度誘拐され、最愛のお兄さんとお姉さんを失っている。だが、依世ちゃんは「あ、気にしてないから大丈夫だよ」と言ってくれた。
(私だったら、立ち直らないのに……)
あのまま茜が死んでいたら、私は今、この場にはいないだろう。茜を追って、自殺しようと試みるかもしれない。
(依世ちゃんはすごいなぁ……)
それが嘘だったとしても、この瞬間まで生きている。すごいことだ。私なら、到底できない。
「そう言えば……。咲音、あなた、嵐真との関係は進展したの?」
「えっ、ちょっと依世?」
依世ちゃんが話題を変え、咲音ちゃんに質問をする。
(なんで嵐真くん……? ーーまさか!)
「咲音ちゃん、嵐真くんのこと好きなの!?」
「~~っ!」
咲音ちゃんの顔が赤く染まった。どうやら図星のようだ。けれどまさか、咲音ちゃんは嵐真くんのことが好きだったなんて……。
幼馴染とは前に少し聞いていたのだが、恋愛に発展していたとは考えてもいなかった。
「依世! どうして話を恋愛に持ってったのよ! しかも私の!」
「えぇ~。私も気になるし、何より咲音と嵐真は許嫁じゃない。気になって当然よ」
「え、ええぇっ!? 咲音ちゃんと嵐真くんって許嫁なの!!? し、知らなかった……」
五大名家同士での結婚は長男、長女以外で稀に行われるとは知っていたが……咲音ちゃんと嵐真くんが許嫁だっただなんて、全く知らなかった。有名な話なのだろうか。
「咲音ちゃんは嵐真くんのどういうところが好きなの?」
「ふぇっ!? え、えっと……」
「咲音はツンデレだから嵐真の全てが好きに決まってるじゃない」
「依世! 勝手に代弁しないで!」
「あれあれ? 代弁って言ったってことは、私の言ったことは合ってるんだ。ふぅん、そうなんだぁ、へぇ……?」
「いーよー!」
二人のやりとりを見ていたら、くすりと笑ってしまった。咲音ちゃんはそのことに気づくともっと顔を赤くして恥ずかしがった。
これで終わればよかったのだが、依世ちゃんはなんと今度は私の恋愛話に話題を変えた。
「で? 実は一番溺愛されていることで有名な恋愛婚約を果たした藍は架瑚のどんなところが好きなわけ?」
「か、架瑚さまの? ……ごめん、いっぱいありすぎて言葉にできない」
「おお~。熱愛発言だ」
だが事実である。言い出したらきりがない。
「でも、そうだなぁ」
一つだけ、挙げるとしたらーー
「私を必要としてくれるから、かな」
照れながらそう言うと、依世ちゃんと咲音ちゃんは互いに目を合わせ、そして私にどんどん質問攻めをしてきた。
「キスとかした?」
「~~っ! し……しま、した…………」
「一緒に寝たりとかは?」
「ふぇっ!? あっ、ノーコメントで……っ」
「まじか……。襲われなかった?」
「……わかんない」
「待って、それ結構やばいかも」
「そ、そうなの……?」
「咲音の言う通りだよ! もっと聞かせて、藍」
「お、お手柔らかにお願いします……」
こうして、何十という質問をされ、私は架瑚さまに普通の恋人以上に愛されていることを自覚せざるを得なくなったのだった。