「式神召喚?」
「そう。二年生の特別クラスの一番の醍醐味だよ」
今日は特別クラス限定の式神召喚である。
「式神はとても重要な存在だ。式神と共に戦闘することで、自分の戦力の消費を半分以上に抑えられるからね」
「なるほど……」
今の時代、戦闘はほぼないと言っても過言ではない。大戦の後、帝がこの国をまとめ、広域の非常に緻密な結界を張ったからだ。これにより内部、及び外部からの敵は激減した。
「で、みんなで楽しい式神召喚しよう! って言いたいところなんだけど……依世はどこ行ったのかなぁ?」
「あー、面倒だからこないって」
咲音ちゃんが呆れながら言った。鈴先生はため息を吐くと、白椿の花に触れた。
するとーー
「ふぎゃっ!」
「! 依世ちゃん!?」
依世ちゃんが天井から降ってきた。何故か本も数冊落ちて、一冊は依世ちゃんの頭に激突した。
「痛てて……何するのよ鈴」
「先生をつけなさい、先生を。全く……。そんなに嫌なら自分からちゃんと来なさい。それと、本はあんまり持ち込まない方がいいって、何度も言ったはずだけど?」
「……鈴が『強制解除』で外に出すからでしょう? せっかく人が楽しく読書してたってのに、最悪な気分にさせないで。栞を挟めないと、次読むときに時間がかかるのに……」
依世ちゃんは読書家のようだ。たしかに栞を挟めなかった時のあのショックはちょっと大きい。うん、わかる。わかるけど……。
「依世が時間通りに来ないのが悪い」
(うん、そうだよね。鈴先生の言う通りだよ)
「サボるんだから来ないに決まってるじゃない」
「いや、サボるのがおかしいの」
依世ちゃんは本を集めると、鈴先生に指をさして言った。
「はいはい、式神召喚すればいいんでしょ? ならパッと召喚してパッと終わらせるから、そしたら次は邪魔しないでね?」
鈴先生もはいはいと言って了承した。依世ちゃんは中央にある魔法陣に手を触れ、魔力を流し込んだ。魔法陣が魔力で満たされたのか、虹色に輝く。
すると、ポンと軽く音が鳴り、何かが現れた。
「……何、これ」
ふわふわとした白い物体が現れる。よく見ると、小さくだが目もある。一応くるりとした尻尾もあった。
(可愛い……。これってーー)
「わーお、ポメラニアンだね」
依世ちゃんの式神はポメラニアンだそうだ。
「…………」
依世ちゃんは黙ったままだ。何を考えているのだろうか。皆はゴクリを息を呑む。そしてーー
「……………………可愛い」
(ちょっと喜んでる)
依世ちゃんのは率直な意見だと思う。うん。だって可愛いもん。
「じゃ、式神召喚終わったから、今度は絶対に邪魔しないでね、すーず?」
「わかったよ」
そう言うと、依世ちゃんは異能空間に戻っていった。鈴先生は依世ちゃんが戻ったのを確認すると、小さく「悪いのは依世のはずなんだけどなぁ」と呟いた。
鈴先生も大変なんだなぁ、としか思えなかった。
その後、次々に式神を出していった。咲音ちゃんは赤い小鳥。綺更くんはひよこ(しかもこれまた可愛い。本人はものすごく気に入っていた)。紡葉くんはなんと人型の式神だった。
人型はかなり少なく、珍しいらしい。
紡葉くんの式神は白髪に碧眼の、まるで神話のツクヨミを思わせる式神だった。白を基調とした和装の小柄な少女で、とても綺麗だった。
「そういえば、嵐真くんは式神召喚しないの?」
「ん、俺は異能自体が式神みたいなもんなんだよね」
「どういうこと?」
「こういうこと。……『皇孤龍神』」
出てきたのは嵐真くんと同じくらいの背の男性だった。頭には二本の角が見えている。和装……というよりも滝行をする時の服に似ており、雰囲気は冷たい。
(依世ちゃんの異能が空間であるように、嵐真くんの異能は生命体なんだ)
異能はなんでもありらしい。区別するとしたら有形か無形かだろう。私の『絶対治癒』と『想像顕現』は完全なる無形だ。
「こいつは雷。まあ、生まれながらの式神ってところかな」
嵐真くんはそう言うと、雷に「もういいよ」と言って私に向き直った。
「あいるんはどんな式神がいいの?」
「うーん……特にないかなぁ。式神って言われても、あんまりピンと来ないんだよねぇ」
「ふうん。あいるんは人型と獣型、どっちがいいとかある?」
「それも特には……」
「そっかぁ。じゃあ、こんな話は聞いたことある?」
どんな話だろうか。
「式神は第二の自分、って話」
「! どういうこと?」
「式神は召喚する者に大きく影響するんだよ。おとなしめの子はおとなしめの式神が、攻撃的な子の式神は攻撃特化、または防御特化の戦闘時に役立つ式神が出るんだ」
「へぇ……! すごいね!」
なら私は、どんな式神なんだろうか。
「だから、式神を見ればその人のことは大体わかるんだ。依世のは精神操作系の式神だったから、異能が反映されてるでしょ? 咲音も同じ。あれは咲音の異能に一番適してる。綺更は式神を見ればわかると思うけど可愛い物好き」
たしかに考えてみると、式神は召喚者によく反映されている。
「ただ、紡葉はわからないんだよなぁ。幼女趣味ってことかな? でも紡葉に限ってそんなことはないと思うんだけど……」
(あぁ、まぁ、幼女趣味ではないだろう。紘杜くんと絺雪ちゃんが影響しているのは間違いないだろうけど)
一ヶ月前の尾行の後、紡葉くんとの関係は少しずつ進展している。
真菰家は両親が既に他界しているらしい。綟さまは知っての通り架瑚さまの従者として働いているため、幼い紘杜くんと絺雪ちゃんの面倒は全て紡葉くんが見ているらしい。
いつも素っ気ないのは二人を心配しているからだと知ったのは最近だ。長男として生まれたからか、紡葉くんは責任感が強いのだ。
二人の通っている保育園は笹潟家が運営しているところなので多少なりとも安心できるとのこと。綟さまとは別々に住んでいるので、あまり会えないらしい。
そこで私は紡葉くんに提案したのだ。綟さまに手紙を出せばいいんじゃないか、と。
そしたらーー
『時都』
『どうかした、紡葉くん』
『その、この前は……ありがとう』
そのおかげか、紡葉くんは綟さまに思いを伝えられたようだ。何よりである。
「じゃ、次藍」
「! はい」
私は魔法陣に触れ、魔力を流す。魔力を吸われる感覚にもだいぶ慣れてきた。魔法陣が虹色に光る。
(どんな式神が出てくるんだろう)
嵐真くんの話から、どんな式神が出てくるのか予想することにした。
(式神は第二の自分)
なら、私に似ている姿をしているのだろうか。
(自分の性格や攻守などの戦闘タイプに強く影響する)
私の異能は『絶対治癒』。完全なる守備の要である治癒系の異能。なら、式神の能力は完全なる攻撃系の可能性が高い。『絶対治癒』は治癒系異能の最強形態だから。
(だとしたら、私と似ていて攻撃系の式神って…………あ)
一人だけ、それに該当する人を私は知っている。私はその人に会ったことがある。
私の姿によく似ていて、
攻撃系の最強形態とも言える異能を持つ、
神の子と呼ばれたあの人はーー
「……ん、まさか、こんな形でまたこっちに来るとは……。藍のことはこの妾でも全ては読みきれない。やはり面白いな、藍は。さすが、妾のお気に入りだ」
艶のある結い上げられた漆黒の髪。
太陽の輝きを纏う真紅の瞳。
巫の巫女装束。
華美な五色の宝玉の装飾。
赤、青、黄色、緑、白の宝玉は五代名家である赤羽、青雲、煌月、笹潟、白椿を表している。
(どうして、あなたが……)
「久しぶりだな、藍」
「神子……っ」
私の式神として現れたのは、半年前に私と茜の命を助けてくれた神子だった。