「あれ、もしかして……」
天宮に転入してから早一週間。私も学校生活に慣れてきた頃のことだった。
(紡葉くん、だよね……?)
現在午後四時、放課後。私は窓から外の景色を見ていると、紡葉くんが周りをよく確認しながら下校している姿が映った。
(何やってるんだろう……)
怪しい紡葉くんの動きに、私は疑問符を浮かべる。
(犯罪だったりして……いやいや、紡葉くんがそんなことするわけない……よね?)
そんな考えがよぎり、走れば紡葉くんに追いつくと思った私は、荷物をまとめて駆け出した。
(決して紡葉くんが信じられないとかそう言うことじゃないけど……でも気になる……っ!)
今日は久しぶりに架瑚さまもいるお迎えだ。そのため、私は外を見ていたのだが……。
(少し遅くなるって言ってたし、今、急いで行けば、架瑚さまたちのお迎えに間に合うかもしれない)
気になったことは徹底的に調べ上げるタイプなので、私は紡葉くんのことを追いかけることに決めた。
(何もないと良いんだけど……)
それだけを願い、私は外へ出た。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
(やっと終わった……)
「お疲れ様です、若」
「お疲れ様」
「……どーも」
一方その頃架瑚は大量の仕事を終え、藍を迎えに行こうとしていた。
(藍……)
最近は当主引き継ぎも近づいているため、ますます仕事が増えるばかりで藍との時間が少なくなっていた。
だが、今日は藍の約一週間前に言われた『お仕事、頑張ってください』もいう言葉のおかげで踏ん張ることができたのだった。
(まず抱きしめるでしょ? ふわふわの頭を撫でて、あと、愚痴を聞いてもらったあと慰めてもらわないとやっていけないじゃん? それから……)
「…………」
口元にうっすら笑みを浮かべる架瑚。そんな架瑚のことを微笑ましく思う綟と夕夜がいた。
「若、ご機嫌ですね」
「そうだな。気持ち悪いけどこれで仕事がはかどるならよしとするか」
「ですね」
藍が婚約者になったことにより、その効果は倍増している。ひそかに「いつもありがとうございます、神様仏様藍様」と二人が言っていることを藍は知る由もない。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「…………」
紡葉くんを尾行してから十分が経過した。未だ、紡葉くんが行こうとしている場所がわからない。
天宮から離れた場所になると、紡葉くんも怪しい素振りはしなくなった。ただ、ここに来てある問題点が発生した。それはーー
(ここ、どこ……?)
私が、ここがどこかわからないということである。
転移魔法で天宮に戻ればいい、と思うだろうが、それはできない。
天宮は警備が厳重なので朝の決まった時間帯にしか転移魔法では入ることができない。また、天宮に戻るのには申請書も必要なのである。
(そしたらどうして外出したのか問われるから、架瑚さまに知られちゃうんだよね……)
架瑚さまのことはおおよそ理解しているつもりだ。
架瑚さまは私のことを過保護に気にしてくれている。紡葉くんを尾行していただなんて口にすれば、理由を聞く前に紡葉くんところへ行かれてしまう可能性がある。
そうなれば紡葉くんは大迷惑、私も最悪天宮への登校を一時禁止にされるかもしれない。
考えすぎでしょ、と言われるかもしれないが、実際にそのようなことを天宮に行く前に架瑚さまと約束しているのだ。
「あっ…………」
さっと私は身を隠す。紡葉くんがある建物の中に入ったのだ。
(紡葉くんの目的地はーー保育園?)
そのことが意外で、私は少し驚くと共に疑問符を浮かべる。
(でも、なんで保育園に……?)
するとーー
「あーっ! つむはくんだぁー!」
「つむちー!」
「つむはー!」
「よっ、元気にしてたか?」
(これは……)
紡葉くんがやって来ると、たくさんの園児たちが紡葉くんに近づき、じゃれあっている。
しかもその時の紡葉くんの顔! 顔がとにかくいい。天宮にいる時の紡葉くんはいつも不機嫌そうで怖いのだが、今はニコニコしている。
(小さい子が好きなのかな……。いや、まあ、それ以外選択肢はないのだろうけれど)
私が紡葉くんの意外な一面を知ったのはこの時だった。
「あーにきー!」
「にぃにー!」
(お兄ちゃん!?)
今度は紡葉くんのことを兄貴、にぃにと言う男の子と女の子がやって来た。男の子は五歳、女の子は三歳といったところだろう。
紡葉くんを十七歳と仮定すると、歳の差は十二年以上となる。他にも間の子はいるのだろうか。
「紘杜、絺雪、迎えに来たよ」
「きいてくれあにき! おれ、きょうりゅうをつくったんだ!」
男の子……紘杜くんは段ボールでできた恐竜を紡葉くんに得意げに見せる。紡葉くんが「すごいな、紘杜」と言うと、紘杜くんはふんっと満足そうに笑った。
「にぃに、あげる……」
女の子……絺雪ちゃんは折り紙で作ったと思われる複数の小さな薬玉を紡葉くんに渡す。
(わっ、めっちゃ器用……)
細かく折られた薬玉はとても綺麗だ。
「おっ、すごいな絺雪。難しかったか?」
絺雪ちゃんは首を軽く横に振る。
「ううん。かんたんだった」
「でもすごいよ。頑張ったね」
紡葉くんは絺雪ちゃんの頭を撫でる。絺雪ちゃんは照れていてとても可愛かった。
するとーー
「……あ、待って!」
紡葉くんたちが私のことに気づき、走り出した。私は頑張って後を追うが、すぐに見失ってしまった。
数分後、郵便魔法で紡葉くんに紘杜くんや絺雪ちゃんのことを教えてもらった。
やはり三人は兄妹で、この日は二人のお迎えに行く日だったそうだ。まさか紡葉くんに弟と妹がいるだなんて思ってもいなかった。
綟さまは紡葉くんたちの姉なので、真菰家は(綟さまは夕夜さまと結婚したので美琴家とも言えるが)四人兄妹だと言える。
そして、絶対にこのことを口外するな、とのことだ。恥ずかしいのだろうか? むしろ、偉いだとかすごいだとか、素晴らしいことだと私は思うのだけれど。
(これで紡葉くんの謎行動の意味はわかったけど……。問題は、これから私がどうするか、だよね)
いつも迎えにきてもらっているので、転移魔法でお屋敷に帰ってくるのは不自然だ。それに、綟さまと夕夜さまなら少しのお小言で許してもらえるだろうが、今回は架瑚さまもいる。
(すごく嬉しいはずなんだけどなぁ……)
嬉しいことに変わりはないが、「なんで先に学校から帰ってきたの?」「俺のこと嫌いになったの?」「悪い奴に捕まったらどうするつもりだったの?」といったたくさんの質問に押しつぶされるのは間違いないだろう。
(あああああぁ……、最悪、拗ねて怒っちゃうか、「次、同じことしたらどうなるか教えてやる」とか言ってドロドロに甘やかされて色んなことされちゃうに決まってる……っ! どっちも困る……)
架瑚さまは夕夜さまみたいに食べ物で釣れないので、拗ねると仲直りするまでが長い(夕夜さまに言ったら「なんだと!?」とか言ってそうな予感がする)。
かと言って、甘々は心臓に悪すぎるから困る。同じく「心臓に悪い」という理由で架瑚さまと夜を共にするのは結婚後となっているのでそこは安心できる。
がーー
(それでも抱きしめられて耳元で囁かれたり、何度もキスされると、それはそれで心臓に悪い……っ!!!)
どうしようどうしよう、と悩んでいた時だった。
一台の車がこちらに走ってくる。見覚えのある、黒の外車だ。近くで止まり、ドアが開く。そして予想通り、出てきたのは架瑚さまだった。
「あ〜い〜る〜?」
「あー、えっと、これは、その……」
「言い訳は後! 早く帰るよ!」
架瑚さまは私を車の中に強引に入れると、すぐさまドアを閉めて私を抱きしめる。
そしてーー
「心配させるなって、何度も言ったよね?」
「ご、ごめんなさ……、っ……!」
謝罪を言い終える前に、架瑚さまは顔を引き寄せ、唇を重ねた。私はされるがままにおとなしくキスを受け入れる。
ぷはっ、と新鮮な空気を吸うと、架瑚さまはまたすぐに同じことを繰り返した。
屋敷についてからのことは、思い出したくもない。思い出せば卒倒してしまいそうなことをされていたからである。