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「ここが天宮高等学校……!」
天宮高等学校。どんなところかと尋ねれば、人は皆、「この国で一番魔法を学べる魔法学校だ」と答えるエリート校だ。
私はそんな天宮高等学校……通称天宮の校舎の大きさに、天宮の広さに、驚きを隠せない。
何故私はそんな天宮の前にいるのか。答えは簡単だ。私は今日からそこに転入することになったからだ。
「藍、忘れ物とかない? 大丈夫?」
「はい。大丈夫ですよ架瑚さま」
闇を閉じ込めたかのような黒い髪。黒曜石の瞳。一目見れば大半の女性を虜にしてしまう秀麗な容姿を持つお方。それが架瑚さまだ。
架瑚さまと一緒に過ごして約一年となるが、未だに私は架瑚さまに見惚れてしまう。架瑚さまと目が合うと、頰が赤く染まり心臓が跳ねるので、少し恥ずかしい。
私は分家の者だし、容姿もそこそこだ。そんな私が架瑚さまの婚約者でいいのか、と自虐の念を抱くことはあった。けれど、架瑚さまは必要とし、認めてくださっている。
それだけで私は架瑚さまの隣にいていいのだと思える……私の、大切な人。
(架瑚さま。大好きです……)
それが架瑚さまだ。
「では、私はそろそろ……」
「あ、ちょっと待って」
「?」
何かあるのだろうか。
不思議に思う私に架瑚さまは近づくと、両手で私を抱きしめて、つむじに口付けを施した。
「あんまり男に近づかないでね」
「〜〜っ! ……はい、わかりました」
蒸気した顔を見られたくないため、私は視線を下に外してそう言った。
「約束だよ? じゃないと……」
「や、約束しますよ……!」
「ならいいんだけど」
架瑚さまは満足したのか、私を架瑚さまから解放してくださった。
私が若干、架瑚さまと一緒にいる時に緊張してしまうのは、今みたいなスキンシップが多いせいかもしれない。
「でもやっぱり心配なんだよね。藍の制服姿、前のよりもずっとずっと可愛いからさ」
「そ、そうでしょうか……?」
「うん。まぁ、藍は何着ても可愛いんだけどね」
天宮の制服は前に通っていた高校の制服とは違い、自由に組み合わせることのできるスタイルとなっている。
私は白のポロシャツに紺色のラインが交互に入ったスカートを選択した。靴下は白、靴は異国の学生が履くローファーを使用している。
天宮は帝都に近いところにあり、異国からの物を多く取り入れている稀な学校だ。
他にもブラザー型やワンピースのような組み合わせもあり、かなり迷ったのを覚えている。
架瑚さまは私の左手をそっと掴んだ。
そこには、弥生に架瑚さまからいただいた婚約指輪が輝いていた。私が架瑚さまの婚約者である証拠の一つだ。
「うん、ちゃんとつけてるみたいでよかった」
「つけますよ。架瑚さまからいただいた大切な婚約指輪ですから」
「藍……!」
よほど嬉しかったのか、架瑚さまは再度私を抱きしめた。小さな声で「藍、可愛い。好き」と言われると、少し耳がくすぐったくなる。
ちなみに同日もらった桃の花の簪は、大事に部屋にしまって置いている。繊細なものなので、壊れやすいからだ。
「若、そろそろお時間ですよ」
「綟の言う通りだ。それと毎回言ってるが、朝からイチャイチャするのはやめてくれ。こっちが恥ずかしい」
「綟さま、夕夜さま」
綟さまと夕夜さまは架瑚さまと同い年の従者の方だ。
綟さまは料理が得意な頼れるお姉さんみたいな人で、夕夜さまは架瑚さまの従兄であり、いいツッコミ役である。
綟さまと夕夜さまは結婚しており、仲の良い夫婦だ。前に夕莉に、二人の結婚式の写真を見せてもらった。
将来は綟さまと夕夜さまのような夫婦に、私も架瑚さまとなりたいなぁ、と思っているが、そのことは秘密である。
ちなみに夕莉は私の親友で、夕夜さまの妹だ。今は前に私が通っていた晴宮高等学校にいる。
「もうそんな時間か?」
「はい」
「ちっ、なんとかならないのか?」
(舌打ちした……)
「無理です。諦めてください」
あまりよろしくないことだが、私との時間をもっと増やしたいと架瑚さまが思っていると考えると、私は嬉しくなるのだった。
「架瑚さま」
だから私は架瑚さまに、そのお詫びとして毎朝、こう言うことにしたのだった。
「お仕事、頑張ってください」
「! ……わかった」
(何故だろう。架瑚さまが耳と尻尾のある忠犬に見える……)
そうすれば架瑚さまはいつも以上に仕事をすると綟さまに教えてもらった。
架瑚さまの頑張る気力にもなり、仕事が捗れば綟さまと夕夜さまのお仕事も減って一石二鳥なんだとか。
最初、私はそんな架瑚さまをだますようなことを言っていいのかと思っていたのだが、「では藍様は若にお仕事、頑張って欲しくないのですか?」と綟さまに言われた。
「藍様、ちょっといいですか」
「綟さま。何かありましたか?」
「いえ、一つだけ藍様に伝えたいことがございまして……。特別クラスには、私が最も信頼している生徒がいるんです。不器用なところもありますが、仲良くしていただけると幸いです」
「! わかりました」
特別クラス。それが私の転入先の所属するクラスだ。そこでは五大名家の人が多く、異能を学ぶ場所だ。
(綟さまが最も信頼している生徒かぁ)
綟さまがそこまで言うのは珍しい。どんな人物なのだろうか。会うのが楽しみだ。
「じゃあ、藍も学校楽しんでおいで」
「はい。ではいってきます」
「いってらっしゃい」
こうして私は天宮に足を踏み入れたのでした。
(職員室、職員室……あ! あった!)
危うく迷子になりそうだったが、私は天宮の職員室に着くことができた。
私は校舎が広すぎるのは、こんな欠点もあったのかと思い知らされた。
(何にせよ、たどり着けてよかったぁ……)
私は安堵感を覚える。
そして深く深呼吸をして、心を落ち着かせ、職員室の扉を軽く叩く……つもりだったのだがーー。
誰かが私の背後に忍び寄り、両手で私の目を覆った。
「後ろの鬼さんだーれだ!」
「ふぇっ!?」
(な、何が起きてるの!?)
慌てる私を面白く思ったのか、あははっと誰かは笑うと、私の視界を返してくれた。
恐る恐る私は振り返ると、そこには不思議な雰囲気の大人がいた。
色素の薄い、両目が前髪で隠れた人だった。理科が担当の教師なのだろうか。軽装で、サイズが体より一回り大きい白衣を着ている。
「やあ。君が藍?」
「はい。時都藍です」
「私は国門鈴。君の担任の者だ。これからよろしくね、藍」
「よろしくお願いします」
明るく朗らかな印象を私は受ける。
すると国門先生が私のことを抱き上げた。
「わっ、わわっ!」
私は驚きで変な声が出た。そんな私に国門先生はお構いなしだ。
「わーお。思ってたよりも藍は軽いね。そして可愛い。めっちゃ可愛い。なんか特別クラスのみんな、顔面偏差値高くない?」
(な、なんのことだかわからない……)
特別クラスのみんな、というのは私が今日から一緒に勉強する教室の生徒たちのことだろう。
顔面偏差値……というのはなんのことか、私にはよくわからなかった。
「これは架瑚が婚約者に選ぶのも納得だよ」
「! 架瑚さまのこと、知ってるんですね」
「そりゃそうだよ。架瑚は私の教え子だったんだもん。五大名家の次期当主様だしね。可愛げがなかったなぁ……。なんでもできる、すごい子だったよ」
「教え子……!」
まさかの国門先生は架瑚さまの担任。それなら知っててもおかしくはないだろう。
(学生の頃の架瑚さまかぁ……。どんな生徒だったのかな)
私は架瑚さまの生徒の頃の姿を想像する。今のように明るくて、優しくて、思いやりのある生徒だったに違いない。
だが、国門先生に昔の架瑚さまを訊いてしまうと、架瑚さまが拗ねるか恥ずかしく思う可能性がある。
(……人の過去を勝手に聞いちゃ、ダメだよね)
もしかしたら聞かれたくないこともあるかもしれない、と思うと、私は国門先生に訊くのを躊躇う。
少し悩み、結局のところ訊かないことにした。
「藍は架瑚のこと、知りたい?」
「知りたいですが、遠慮しておきます」
「そっか。じゃあ知りたくなったらいつでも訊いてね」
「はい、わかりました」
国門先生は私を地面に下ろしてくれた。
そして私が平衡感覚を保てるようになると、再び話した。
「教室に行く前に、一つだけお願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんですか?」
「私のことは国門先生じゃなくて、鈴先生って呼んでほしいの。できる?」
「えっ、国門先生じゃダメなんですか?」
私はそこに疑問を抱いた。
国門先生でもいいはずだ。むしろ、鈴先生の方が立場的にあまりよろしくないのではないだろうか。
「鈴先生がいいんだよ。苗字はやめて」
「……わかりました、鈴先生」
(本人がそう言っているなら、それでいいか)
だけど何故、鈴先生は苗字で呼ばれることをやめてほしかったのだろうか。
些細なことだったので、私はすぐに忘れてしまった。
「じゃあ教室に行こうか」
鈴先生の言葉に、私が「はい」と言おうとした時だった。
「あれ、藍……?」
「えっ……?」
少し奥の方にいた男子生徒の口から私の名前が出てきた。相手の服が制服だったこともあり、私はすぐに誰かわからなかったが、顔と声で数秒の後、理解した。
「! 律希兄さん……!」
律希兄さんこと、本名、柳瀬律希。
私の一つ上の従兄だった。
「ここが天宮高等学校……!」
天宮高等学校。どんなところかと尋ねれば、人は皆、「この国で一番魔法を学べる魔法学校だ」と答えるエリート校だ。
私はそんな天宮高等学校……通称天宮の校舎の大きさに、天宮の広さに、驚きを隠せない。
何故私はそんな天宮の前にいるのか。答えは簡単だ。私は今日からそこに転入することになったからだ。
「藍、忘れ物とかない? 大丈夫?」
「はい。大丈夫ですよ架瑚さま」
闇を閉じ込めたかのような黒い髪。黒曜石の瞳。一目見れば大半の女性を虜にしてしまう秀麗な容姿を持つお方。それが架瑚さまだ。
架瑚さまと一緒に過ごして約一年となるが、未だに私は架瑚さまに見惚れてしまう。架瑚さまと目が合うと、頰が赤く染まり心臓が跳ねるので、少し恥ずかしい。
私は分家の者だし、容姿もそこそこだ。そんな私が架瑚さまの婚約者でいいのか、と自虐の念を抱くことはあった。けれど、架瑚さまは必要とし、認めてくださっている。
それだけで私は架瑚さまの隣にいていいのだと思える……私の、大切な人。
(架瑚さま。大好きです……)
それが架瑚さまだ。
「では、私はそろそろ……」
「あ、ちょっと待って」
「?」
何かあるのだろうか。
不思議に思う私に架瑚さまは近づくと、両手で私を抱きしめて、つむじに口付けを施した。
「あんまり男に近づかないでね」
「〜〜っ! ……はい、わかりました」
蒸気した顔を見られたくないため、私は視線を下に外してそう言った。
「約束だよ? じゃないと……」
「や、約束しますよ……!」
「ならいいんだけど」
架瑚さまは満足したのか、私を架瑚さまから解放してくださった。
私が若干、架瑚さまと一緒にいる時に緊張してしまうのは、今みたいなスキンシップが多いせいかもしれない。
「でもやっぱり心配なんだよね。藍の制服姿、前のよりもずっとずっと可愛いからさ」
「そ、そうでしょうか……?」
「うん。まぁ、藍は何着ても可愛いんだけどね」
天宮の制服は前に通っていた高校の制服とは違い、自由に組み合わせることのできるスタイルとなっている。
私は白のポロシャツに紺色のラインが交互に入ったスカートを選択した。靴下は白、靴は異国の学生が履くローファーを使用している。
天宮は帝都に近いところにあり、異国からの物を多く取り入れている稀な学校だ。
他にもブラザー型やワンピースのような組み合わせもあり、かなり迷ったのを覚えている。
架瑚さまは私の左手をそっと掴んだ。
そこには、弥生に架瑚さまからいただいた婚約指輪が輝いていた。私が架瑚さまの婚約者である証拠の一つだ。
「うん、ちゃんとつけてるみたいでよかった」
「つけますよ。架瑚さまからいただいた大切な婚約指輪ですから」
「藍……!」
よほど嬉しかったのか、架瑚さまは再度私を抱きしめた。小さな声で「藍、可愛い。好き」と言われると、少し耳がくすぐったくなる。
ちなみに同日もらった桃の花の簪は、大事に部屋にしまって置いている。繊細なものなので、壊れやすいからだ。
「若、そろそろお時間ですよ」
「綟の言う通りだ。それと毎回言ってるが、朝からイチャイチャするのはやめてくれ。こっちが恥ずかしい」
「綟さま、夕夜さま」
綟さまと夕夜さまは架瑚さまと同い年の従者の方だ。
綟さまは料理が得意な頼れるお姉さんみたいな人で、夕夜さまは架瑚さまの従兄であり、いいツッコミ役である。
綟さまと夕夜さまは結婚しており、仲の良い夫婦だ。前に夕莉に、二人の結婚式の写真を見せてもらった。
将来は綟さまと夕夜さまのような夫婦に、私も架瑚さまとなりたいなぁ、と思っているが、そのことは秘密である。
ちなみに夕莉は私の親友で、夕夜さまの妹だ。今は前に私が通っていた晴宮高等学校にいる。
「もうそんな時間か?」
「はい」
「ちっ、なんとかならないのか?」
(舌打ちした……)
「無理です。諦めてください」
あまりよろしくないことだが、私との時間をもっと増やしたいと架瑚さまが思っていると考えると、私は嬉しくなるのだった。
「架瑚さま」
だから私は架瑚さまに、そのお詫びとして毎朝、こう言うことにしたのだった。
「お仕事、頑張ってください」
「! ……わかった」
(何故だろう。架瑚さまが耳と尻尾のある忠犬に見える……)
そうすれば架瑚さまはいつも以上に仕事をすると綟さまに教えてもらった。
架瑚さまの頑張る気力にもなり、仕事が捗れば綟さまと夕夜さまのお仕事も減って一石二鳥なんだとか。
最初、私はそんな架瑚さまをだますようなことを言っていいのかと思っていたのだが、「では藍様は若にお仕事、頑張って欲しくないのですか?」と綟さまに言われた。
「藍様、ちょっといいですか」
「綟さま。何かありましたか?」
「いえ、一つだけ藍様に伝えたいことがございまして……。特別クラスには、私が最も信頼している生徒がいるんです。不器用なところもありますが、仲良くしていただけると幸いです」
「! わかりました」
特別クラス。それが私の転入先の所属するクラスだ。そこでは五大名家の人が多く、異能を学ぶ場所だ。
(綟さまが最も信頼している生徒かぁ)
綟さまがそこまで言うのは珍しい。どんな人物なのだろうか。会うのが楽しみだ。
「じゃあ、藍も学校楽しんでおいで」
「はい。ではいってきます」
「いってらっしゃい」
こうして私は天宮に足を踏み入れたのでした。
(職員室、職員室……あ! あった!)
危うく迷子になりそうだったが、私は天宮の職員室に着くことができた。
私は校舎が広すぎるのは、こんな欠点もあったのかと思い知らされた。
(何にせよ、たどり着けてよかったぁ……)
私は安堵感を覚える。
そして深く深呼吸をして、心を落ち着かせ、職員室の扉を軽く叩く……つもりだったのだがーー。
誰かが私の背後に忍び寄り、両手で私の目を覆った。
「後ろの鬼さんだーれだ!」
「ふぇっ!?」
(な、何が起きてるの!?)
慌てる私を面白く思ったのか、あははっと誰かは笑うと、私の視界を返してくれた。
恐る恐る私は振り返ると、そこには不思議な雰囲気の大人がいた。
色素の薄い、両目が前髪で隠れた人だった。理科が担当の教師なのだろうか。軽装で、サイズが体より一回り大きい白衣を着ている。
「やあ。君が藍?」
「はい。時都藍です」
「私は国門鈴。君の担任の者だ。これからよろしくね、藍」
「よろしくお願いします」
明るく朗らかな印象を私は受ける。
すると国門先生が私のことを抱き上げた。
「わっ、わわっ!」
私は驚きで変な声が出た。そんな私に国門先生はお構いなしだ。
「わーお。思ってたよりも藍は軽いね。そして可愛い。めっちゃ可愛い。なんか特別クラスのみんな、顔面偏差値高くない?」
(な、なんのことだかわからない……)
特別クラスのみんな、というのは私が今日から一緒に勉強する教室の生徒たちのことだろう。
顔面偏差値……というのはなんのことか、私にはよくわからなかった。
「これは架瑚が婚約者に選ぶのも納得だよ」
「! 架瑚さまのこと、知ってるんですね」
「そりゃそうだよ。架瑚は私の教え子だったんだもん。五大名家の次期当主様だしね。可愛げがなかったなぁ……。なんでもできる、すごい子だったよ」
「教え子……!」
まさかの国門先生は架瑚さまの担任。それなら知っててもおかしくはないだろう。
(学生の頃の架瑚さまかぁ……。どんな生徒だったのかな)
私は架瑚さまの生徒の頃の姿を想像する。今のように明るくて、優しくて、思いやりのある生徒だったに違いない。
だが、国門先生に昔の架瑚さまを訊いてしまうと、架瑚さまが拗ねるか恥ずかしく思う可能性がある。
(……人の過去を勝手に聞いちゃ、ダメだよね)
もしかしたら聞かれたくないこともあるかもしれない、と思うと、私は国門先生に訊くのを躊躇う。
少し悩み、結局のところ訊かないことにした。
「藍は架瑚のこと、知りたい?」
「知りたいですが、遠慮しておきます」
「そっか。じゃあ知りたくなったらいつでも訊いてね」
「はい、わかりました」
国門先生は私を地面に下ろしてくれた。
そして私が平衡感覚を保てるようになると、再び話した。
「教室に行く前に、一つだけお願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんですか?」
「私のことは国門先生じゃなくて、鈴先生って呼んでほしいの。できる?」
「えっ、国門先生じゃダメなんですか?」
私はそこに疑問を抱いた。
国門先生でもいいはずだ。むしろ、鈴先生の方が立場的にあまりよろしくないのではないだろうか。
「鈴先生がいいんだよ。苗字はやめて」
「……わかりました、鈴先生」
(本人がそう言っているなら、それでいいか)
だけど何故、鈴先生は苗字で呼ばれることをやめてほしかったのだろうか。
些細なことだったので、私はすぐに忘れてしまった。
「じゃあ教室に行こうか」
鈴先生の言葉に、私が「はい」と言おうとした時だった。
「あれ、藍……?」
「えっ……?」
少し奥の方にいた男子生徒の口から私の名前が出てきた。相手の服が制服だったこともあり、私はすぐに誰かわからなかったが、顔と声で数秒の後、理解した。
「! 律希兄さん……!」
律希兄さんこと、本名、柳瀬律希。
私の一つ上の従兄だった。