【限定話】
※其の一は小説家になろうで投稿中です。其の一は第三話の、其のニは第七話の陽奈(ひな)視点です。



(おかしいわね……)

 私、木之内(きのうち)陽奈は店から聞き覚えのある声が聞こえてきて、不思議に思う。

 先々週、店に訪れた架瑚(かこ)様と(あいる)様の声のような気がするのだ。

 架瑚様は五大名家の家元出身なので、ほいほいと外に姿を現すようなお方ではない。なのに今、架瑚様の声が聞こえる。しかも、藍様の声もだ。

(幻聴かしら……?)

 だが、何やら架瑚様が問い、藍様が返答に困っているような会話が聞こえてくる。私は店に顔を出す。架瑚様と藍様が何かを話している姿が見えた。

 前とは違って甘い雰囲気よりも少し気まずい雰囲気が漂っている。私は助けに入ることにした。もちろん、藍様の方である。

「架瑚様、そんな風に問い詰めるのはあまりよろしくないかと陽奈は思いますよ」

 そして私は架瑚様に近づき、奥の部屋へと押した。

 おそらく藍様は架瑚様に聞かれてはよくないことを考えているのだろう。贈り物系のことで店に来たと私は推測する。

「ほら架瑚様、ここは熟練者(プロ)である陽奈にお任せください。暑い中歩いて来たのでしょう?奥の部屋で涼んで待っていてくださいませ」

 抵抗する架瑚様を、私は無理矢理押す。

「だが」
「早く早く」

 こういう時の殿方は面倒だ。

 架瑚様が女性を愛する楽しさや幸せを知ってもらえたことは嬉しい限りだ。

 しかしそれで藍様の行動に制限がつくのはよくない。私は殿方よりも可愛らしい女性の味方をする。

 架瑚様は不服そうに顔を歪ませる。だがそんな顔をされても容赦などする私ではない。私は架瑚様を部屋へと押し込む。

「ちょっ、陽奈、何するんだ」
「架瑚様は黙って大人しく部屋で待っていてください。今、お茶を出しますから」
「いや、俺は藍と一緒に……」
「藍、藍と言うのなら、今だけでいいですから忠犬のように待っててください! 悪いようにはしませんから!」
「悪いようにってなんだよ、それ!」
「あぁ、もう! 言うこと聞けっ!」

 ドカッと大きい物音がした。架瑚様を私が足で蹴って、架瑚様が向かいの壁にぶつかったのだ。

 もはやこの際身分は関係なかった。

「架瑚様は黙って茶でも飲んでてください!」
「え、え……?」
「返事っ!」
「……はい」

 身分差はかなりのものだったが、年齢は私の方が上だ。そして口喧嘩では私の方が強い。

 言葉遣いや態度は散々なものにしてしまったが、藍様のためと思えば何とも思わないし怖くなどなかった。

 架瑚様に一括入れて店に戻ろうとする。だがその前に架瑚様が私に声をかけた。

「あの、陽奈……」
「今度はなんですかっ!」
「前に店に来た時、藍が手にしていた(かんざし)、俺が買ってもいいか?」
「…………えっ」

 架瑚様の言う簪は、桃の花の簪のことだろう。藍様は架瑚様に見つからないようにしていたが、やはり架瑚様は気づいていたのだ。

「あれ、多分藍が欲しいものなんだ。けど、藍は遠慮して何も言わなかったんだと思う。まだ店に並んでるってことは、買われていないんだよな? なら、俺に買わせてくれ」

 架瑚様はよく見ている。藍様のこともだが、店に入ってからすぐに藍様の気になっていた簪の有無もだ。

(……ふふっ)
「わかりました。簪は藍様の方に送った方がよろしいでしょうか?」
「いや、俺が時期を見計らって渡す。代金は綟に制球書を送っておいて欲しい。……本家にはまだ何も伝えていないんだ」

 駆け落ちかしら、と一瞬考えるが、架瑚様はそんなことしない。藍様のことをきちんと本家に認めてもらうために奔走するのだろう。是非頑張ってほしい。

「では、そこでお、と、な、し、く、していてくださいね?」
「はぁ……わかったよ」

 そうして私は部屋を後にし、藍様の待つ店へ行く。そこでは藍様がおどおどとしていた。声を大きくし過ぎただろうか。

「お待たせいたしました」
「いえ、全然」
「それで、何をご所望でございますか?」

 架瑚様のいない今の藍様は安心して私に話してくださった。

「実は、架瑚さまへの贈り物を自分で作りたくてここに来たんです。私には高価なものを買うお金はないので、自分で作ればなんとかなるかなぁって」

 手作りの贈り物。女性が殿方への愛を伝える一番の物だ。架瑚様もきっと喜ぶだろう。そしてこの案件は架瑚様がやはり関わってはいけない物だと改めて知った。

「なるほど。どんなものを作る予定ですか?」
「まだあまり決めていないので、おすすめはありませんか?」
「そうですね……」

 私は考える。

 高価な物はあまりよろしくなさそうだ。そこを藍様が気にしているからである。また、特別な時にしか使わない物も困るだろう。藍様が架瑚様に喜んでくださったと知ることが難しいためだ。

「架瑚様は組紐(くみひも)を使うほど、髪は長くありませんものね。となるとーー」

 私は最近作った手巾(しゅきん)を出す。そしてそれを藍様に見せた。

「このような手巾はいかがですか?」
「手巾ですか?」

 手巾……つまりはハンカチならば、架瑚様も普段使いしやすいし、もらっても嬉しいし困らない。

「えぇ。布があれば簡単に作れるのですよ。それに刺繍でもしたら、もっと素敵で嬉しい贈り物になると思いません?」
「刺繍入りの手巾……」

 手巾だけでは愛情があまり伝わらない。また、買った物と思われる可能性がある。だが刺繍入りならば渡した相手が刺繍した物だと思い、もっと喜んでくださるはずだ。

 それに、刺繍糸ならば手巾に使う布と一緒に買っても、そこまで値は張らないはずだ。

「それにします!」
「わかりました。では、布と刺繍糸を選びましょう」

 そう言って私は藍様と一緒に布と刺繍糸を選び始めた。



 藍様が選んだのはタータンチェックの柄の紺色の布と、白色と二種類の桃色と緑色の刺繍糸だった。

 藍様によると、桃の花の刺繍と、架瑚様のイニシャルのKの文字を刺繍したいそうだ。

 私はてっきり架瑚様の苗字や家紋にもある笹を刺繍するのかと思っていたのだが……。

『架瑚さまはいつも、お仕事を頑張っていて、国のために力を尽くしています。笹潟(ささがた)家は架瑚さまの大切なものの一つだと思いますが、それは時に、架瑚さまを苦しめる(かせ)になります。私は架瑚さまに、架瑚さまも人の子で、普通の男性なのだと知ってほしいのです』

 素敵なお方だ、藍様は。

 架瑚様を五大名家の者なのだから、と思う人は多い。だがそれ以前に架瑚様も含めて皆、平等に時と命を与えられた人の子なのだ。

 藍様は架瑚様を身分で見ていない。架瑚様の内に秘めた優しさや意志の強さをよくわかっている。

 だから架瑚様に選ばれたのだろう。

「幸せになってくださいね」

 どうか二人が結ばれますように、と私は願った。