バタバタという大きな足音が、屋敷に響く。
(なにかあったのかしら)
今は自室となった部屋で私は不思議に思い、部屋から顔を覗かせる。どうやら玄関付近で何かが起こったようだ。
ここは私の親族の家だ。
時都の家には今、訳あって現在は住むことができなくなっているため、居候という形で、私は柳瀬家に仮住まいしているのだ。
すると、私の背後から誰かが話しかけた。
「あれ、どうしたの茜?」
「律希兄さん」
律希兄さんこと、柳瀬律希は私の一つ上の従兄のことだ。
律希兄さんは周囲の人に慕われており、明るく、よく頼られている優等生だ。そして女性からよく、恋愛的な好意を抱かれる人気者。
実際、顔も良い。私の尊敬する人の一人で頭がよく、今は天宮高等学校に通う高校三年生で生徒会長である。
「外、騒がしいなって思って」
「あぁ、俺も。様子を見に来たんだけど、茜も一緒に来る?」
「行く。だけどちょっと待って。片付ける」
私は机に散らばった教科書類を片付けると、律希兄さんと共に玄関へと向かった。
「どうしたんだい、君たち」
「あっ、律希様。実は手紙が届きまして……」
(それにしては人が多い気がするけど……)
茜は疑問に感じた。律希も同じらしい。
「そんな驚くことかい? 屋敷が明るくなるからいいけどさ」
「律希様……」
そう呟いた女中はポッと顔を赤らめた。茜は思わず苦笑いする。どうやら律希は天然の人たらしだと知ったからだ。
「手紙、貸して」
「は、はいっ」
「きゃー!」と言って女中たちは仕事に戻るべく、走ってその場を後にした。
(何がしたかったんだか……)
謎だなぁと茜は思う。
するとーー
「! これは……」
「どうしたの、律希兄さん」
律希兄さんは手紙の宛名を見て驚いた。そんな律希兄さんに私は尋ねると、律希は茜に手紙を渡した。
疑問符を浮かべながら手に取ると、宛名はまさかの笹潟様からだと知る。
「あ、開けた方がいい、よね……?」
「そりゃあ、な」
笹潟様から手紙など、滅多に来るものではない。何か悪いことをしてしまったのかと、私は冷や汗をかきながら封を切る。
中身は気になったが、怖くて直視できそうにない。茜は律希に手紙を渡す。
「……茜が見た方がいいんじゃないの?」
「無理よ。怖いもの」
「気持ちはわからんでもないが……」
そう言いつつ律希兄さんは私に変わり、手紙を見てくれた。するとどうしたことだろうか。律希兄さんは突然、涙を流したのだ。
「!? 律希兄さん、何が書いてあったの?」
「……んだ」
「え?」
「藍が、目覚めたんだ……!」
「えっ!」
藍は私の双子の妹だ。半年ほど前からずっと眠りについており、私を瀕死から助けてくれた恩人でもある。
私も律希兄さんに手紙をもらい、その文面を読む。
『拝啓
暖かく麗らかな日々が続き、春を感じるようになりました。柳瀬家の皆様はどうお過ごしでしょうか。
さて、つい先日、貴殿の従妹の時都藍様が九ヶ月の時を経て目覚めました。その後の身体に異常はなく、容体も安定しております。
また、本人の希望により苗字の変更はせず、今後も笹潟家の屋敷にて、私、笹潟架瑚の婚約者として過ごされることになりました。
お体に気をつけてお過ごしください。
敬具
柳瀬家次期当主 柳瀬律希様
笹潟家次期当主 笹潟架瑚』
私は胸に手紙を吸い寄せ、喜びの涙を流す。
「よかった……よかった…………っ!」
実の母親に契約をされ、私は前まで藍を虐めていた。今となっては謝っても償いきれないほどの罪を、私は背負っている。
藍も苦しく、辛い毎日を送り、本当ならば自分を恨んでいるのではないかと思う日も多々あった。
だが藍はそんな私を許し、助けてくれた。己の身を削ってまで、自分のために命をかけ、そして深い眠りについた。
そのことが私はとても悔しくて、自分が嫌いになっていた。眠れぬ夜を過ごし、自傷の行為をしたこともあった。
だから藍が目覚めたと知り、私は嬉しかったのだ。
家族だから、大切な妹だから。私を助けてくれたから。優しかったから。
(ーーすべてだ)
藍のすべてが愛おしく、突然に儚く消えると知ったから、私は今まで以上に有限の時を、人との出会いを、関わりを、大切にして生きてきたのだ。
「うぅっ……あいる、あいる……」
(大好き……大好き……そして、ありがとう)
嗚咽を溢す私を、律希兄さんは優しくさする。
朗報は喜びの涙と祝福の宴を誘っていた。