『キサラ@世の中生きてる意味のわからんクズが多すぎる。全員一分一秒でも早く、でも一分一秒でも長く苦しんで死んで欲しい』

 仕事のストレスが最大限に溜まって、職場でも殺意だけが沸々と胸の内に溢れた日。
 お昼休みにそんな呟きをしたところ、いつも以上の過激発言に炎上するかと思いきや、帰宅後確認すると、その呟きへのメッセージは一件だけだった。

『ミルキー@大変だったんですね、お疲れ様でした。確かに嫌な人が居なくなった方が、世の中良くなりますよね』
「……ミルキーでも、こんな風に思ったりするんだ」

 いつもわたしの味方をしてくれて、優しいメッセージをくれていたミルキー。愚痴を溢すだけの自分とは違って、余裕と慈愛に満ち溢れた印象だったミルキーに、ほんの少し抱いていた劣等感に似た感情。
 けれど、そんな人でも誰かに居なくなって欲しいと願うことがあるのかと、ますます親近感と共に好感度が上がった。
 わたしは他に誰からの反応もないことを確認して、初めてミルキーに返信することにした。

『キサラ@ミルキーさん、いつもコメントありがとうございます。SNSだとブロック出来るのに、現実だとそうはいかないですもんね。本当に、みんな消えればいいのにって思います!』

 すぐにスマホに通知が来て、わたしの返信にいいねがついたのだと嬉しくなった。純粋な意味でいいねを貰うのなんて、久しぶりだ。
 ミルキーも今この瞬間、この現実で頑張っているのだと、勝手な仲間意識と共に信頼感が芽生えた。


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 翌日会社に行くと、主なストレスの原因だった上司が体調を崩したとかで、今日は休みになると申し送りがあった。
 昨日まで元気に怒鳴り散らしていたものだから、突然のことに驚いたものの、口には出さずとも皆も安心しているのは明白だった。

「今日は、怒鳴られなくて済む……」

 わたしは、大声で怒鳴られることが苦手だ。誰でも苦手だろうとは思うけれど、わたしの場合他人が怒られているのだとしても自分が言われている気がして、その場に居るだけで怖くて泣きたくなるのだ。

 日頃受けているネット上での誹謗中傷やアンチは、過激な発言をしている自覚はあるし、しかたないとも思っている。むしろ剥き出しの感情に誰かの反応があるのは新鮮だった。
 そもそも『キサラ』の物怖じしない性格は現実のわたしとはかけ離れているから、何か言われても所詮他人事のように感じる。
 なのに現実のわたしで居る間は、そうはいかない。なんとも難儀なものだ。

「あ、如月さん。ちょうどよかった! こっちの案件急ぎでさ、今日中にやっといてくれる?」
「……え? あの、でもそれ、わたしの担当じゃな……」
「いやあ、私今日予定あってさ、超助かる! 過去のデータ照会して、資料作って先方にメールで送っといてくれたらいいから!」
「え、あ……あの……」
「よろしくね!」

 現実のわたしは、SNSのように文句ひとつ言うことの出来ない、気弱な性格だ。職場ではへらへら笑って周りの機嫌を損ねないよう気を遣って、面倒ごとを押し付けられる役割。

 こんな自分が嫌で生まれたのが、SNSでの『キサラ』だった。

 キサラギのギ。偽りを捨てた、本当のわたし。そのはずなのに、いつからか、わたしとキサラは乖離してしまった。

 キサラが嫌われる度、こんな言動をすると疎まれるのだと、苦しくても今のわたしの在り方が正しいのだと、自分に言い聞かせた。
 キサラが過激な発言する度、無理矢理おさえつけて我慢してきたもやもやが、何だかすっきりする気がした。
 キサラは自由で、何ものにも揺るがない。自分の立ち位置すら危ういわたしとは別物で、けれど紛れもないわたし自身で、憧れにして苦手で、強くて弱い、対照的な存在。

 最初はストレス発散目的で始めたアカウントだったけれど、今となってはわたしにとってなくてはならない、同じで違う、心の支え。唯一無二の特別な存在だった。

『キサラ@嫌いな奴が居なかったのはラッキーだったけど、別の奴に残業押し付けられたのマジ怠い……あんな派手なネイルして会社来んなよ』

 今日中にと言われた案件を何とか終わらせ、わたしはデスクで一息吐く。
 もう周りに残っている人は居らず、一人きりのオフィスでSNSに愚痴を呟く自分が、何だか惨めに思えた。

『キサラ@あのパワハラ上司明日には戻ってくるだろうし、ほんと鬱。仕事押し付けてきた同僚もまとめて会社辞めればいいのに』

 わたしも予定があると言えば良かった。脅されたり強制された訳じゃない。上手くきっぱり断らなかった自分が悪い。気弱な自分が嫌いで、そんな風に思うのに、やはり他人にヘイトを向けないと心が押し潰されそうだった。
 きっと、キサラを叩く連中も同じなのだろう。誰かに悪意を向けないと自分を守れない、弱い人間なのだ。

『ミルキー@残業お疲れ様です! お仕事押し付けるなんてひどいですね! きっとバチが当たりますよ!』
「……ミルキーだけだよ、こんなわたしのこと、優しく受け入れてくれるのは」

 自分の代わりに何でも言葉にしてくれる『キサラ』と、その本心を肯定してくれる優しい『ミルキー』。
 二人の居るSNSはわたしの心の拠り所で、大事な居場所になっていた。

「……明日も、がんばろ」


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