『キサラ@マジで今月社畜過ぎんか? 給料低いのにやってらんない。弊社はよ爆発しろ』
『金子@そんな嫌なら転職したら?』
『樹@低賃金職にしか就けない底辺乙』
『ボンバー@爆破予告ですね通報しました』

 残業三昧な地獄の連勤を終え、ようやく明日は休みだと、疲弊した身体を引きずりながら帰りついた自室。
 メイクを落としすっかりお休みモードに切り替えて、お気に入りの桃の缶酎ハイを片手に寛ぎながら、いつものようにSNSに呟きを投稿する。
 するとすぐについた三件の返信を流し読みして、わたしは笑う。

『キサラ@金子はまあ適切なアドバイスだけど、わたしは愚痴りたいだけなので正論うざーい』

 金子、ブロック。

『キサラ@はいはい、底辺ですよそれがなにか? タイムライン見てたらお前だって同じ穴の狢じゃん。自己紹介おつー』

 樹、ブロック。

『キサラ@ボンバーは寧ろお前が爆弾みたいな名前してんじゃん』

 ボンバー、ブロック。

 わたしの何気ない仕事の愚痴がこれだけボロクソ言われるのは、このアカウントで日頃からわりと過激な発言をしているから、すっかりアンチが定着しているせいだ。
 嫌いな奴を監視して粘着して、ブロックされてもアカウントを変えてわざわざこうしてメッセージを送ってくるなんて、随分暇な人達も居るものだ。
 画面の向こうの顔も知らない相手を嘲笑いながら、わたしはダメージひとつ食らうことなく、今日も気に入らない発言をするアカウント達を流れ作業のようにブロックしていく。

 ブロックしてしまえば、わたしにそいつからの言葉は届かない。わたしの世界から消えてなくなるのだ。こんなに素晴らしいことはない。

 SNSは、わたしの城だ。わたしの不満や愚痴や、現実では言えない何もかもを、言葉にして発信できる場所。
 大切なこの居場所で、誰かに不快にさせられるなんて許せなかった。

『ミルキー@いつもお仕事お疲れ様です。会社、爆発して欲しいですよね……わかります』
「あれ、同意系だ。珍しい……ふーん、わかってくれる人も居るんだ」

 ミルキー。そのアカウント名は初めて見かけたし、見るとフォローもされておらず繋がっているわけではなかった。
 きっと、偶々見かけて共感してくれたんだろう。それならば、わたしがよく叩かれ炎上しているアカウントだなんて知らずに同意してくれたに違いない。

 人は叩かれているものを見れば叩いていいものだと思うし、燃えていればさらに火をつけていいと思うものらしい。いわゆる、割れ窓理論的なあれ。

 わたしから誰かに喧嘩を吹っ掛けたりしたことはない。なのにしょっちゅうそんな『叩いていい扱い』の的にされている。そんなだから、はじめの頃こそ傷ついたりしたものの、今ではアンチからのメッセージがないと落ち着かないまである。
 まあ、不快なものは不快なので、見たらすぐにブロックはするけれど。

 そんな中、こんな風に同意されたり励まされると普通に嬉しい。何気なくのホームに飛んで、『ミルキー』の投稿を確認する。
 けれどそのアカウントは、わたしへのそのメッセージ以外、何もなかった。よく見るとアイコンも真っ暗で、即席で適当に用意したもののようだった。

「なんだ、フォローもフォロワーも居ないし、新規のアカウント……今後は絡みもないか」

 わたしはミルキーをブロックすることなく、同意してくれたメッセージにいいねを送る。誰かにいいねをしたのなんていつぶりだろう。
 その後も気に入らないアカウントを何十件もブロックをしたけれど、ミルキーからの同意のお陰で今夜は気分がよかった。
 こんな些細なことで満たされるなんて、暇人のアンチなんかに傷付いていないと思っていたけれど、案外荒んでいたのかもしれない。

「……まあ、リアルが辛いからメンブレしてるだけでしょ」

 結局深夜までSNSで情報収集をしたり他人の投稿を見たりして、気付けばその内ソファーで寝落ちている。そして、スマホを床に落とす音で目が覚めて、ようやくベッドで寝直す。
 これが、わたしのいつものパターン。辛い現実から逃避するように、毎日SNSに何時間も張り付いていた。

「暇人なのは、わたしかもなぁ……。んん。いやいや、リアルしんどすぎるし。ネットにかじりついてるだけの暇人とは違うから……」

 自分にそう言い訳をして、今夜はもうスマホをやめて、きちんとベッドで寝直すことにする。
 明日はせっかくの休みだ。先程SNSで見掛けた、駅近くにオープンした喫茶店が気になる。評判もいいし、きっと素敵な店なのだろう。
 期待を胸に、わたしはスマホを置き目を閉じた。


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『キサラ@ピラフ単品の提供に一時間半とか客ナメすぎ。冷凍の味だったし、レンチンの音客席まで聞こえたんだけど。評価☆ひとつ確定』

 喫茶店で撮った料理の写真を一枚、SNSに投稿する。せっかくのランチも、待ち時間の長さで台無しだった。きっとお一人様だからと後回しにされたのだ。これは愚痴を溢してもいいだろう。
 まあ、レンチンの音なんてのはしなかったから、多少盛ってはいるけれど。

 こういうのがキサラが嫌われる所以なのだが、嫌だったことは何倍にもして主張しないと、誰にも伝わらない。
 下手にへりくだったり、相手に気を遣った多少の文句や胸の内の不満なんて、押し込められて聞かなかったことにされるのだから。

『はちみつレモン@店特定。その店ちゃんと手作りだし、冷凍の味とか自分の味覚ヤバイの主張してるの草』
『たぴおか@キサラって、◯川市住みなの?』
『チョコレートパフェ大臣@マ? 近所なんだけど。今凸したら居る?』
『パンケーキたべたいマン@シンプルに名誉毀損』
「ばかみたい。リアタイ更新なんかするわけないじゃん。ブロックブロック。……とはいえ、地元バレは予想外……特定班の執念やばぁ」

 相変わらずアンチはしつこい。というかストーカーレベルだ。一挙一動監視されて、世界中を敵に回している気さえしてくる。そんな中、また一件のメッセージが届いた。

『ミルキー@一時間半も待つの、大変でしたね。次の外食では美味しいものが食べられますように!』
「ミルキーって……この間の? えー、この子なに、優しすぎない? もしや天使?」

 こんな敵だらけのネットの世界で唯一味方をしてくれるのは、相変わらず適当な黒アイコンに、個人の呟きのないアカウント。会話もしたことなければ、フォローもフォローバックもしていない関係性。
 気まぐれかもしれない。たまたまこの間閲覧したから、タイムラインに表示されやすくなっただけかもしれない。
 それでも、このミルキーというアカウントの存在に、わたしは荒んだ心が救われていくのを感じた。


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