部屋に侵入した男の笑みを見て、私は思わず叫び出しそうになった。
 優奈は我慢ができなかったようで私よりも先に大声で叫び声をあげる。

「落ち着いてください。私は刑事です」

 優奈の悲鳴を牽制するようにチェックシャツのメガネの男は私たちに警察手帳を見せた。実際に警察手帳を見たことはないが、テレビや動画でよく見る手帳の形に優奈は声を止めた。

「本当に刑事さんなんですか? ていうかなぜ私の家に……ってまさか……」
「今思った通りだと思います。あなたには家宅捜査の令状が出ているんです。ただ、インターホンを押しても、まったく家から出てきてくれないので隣人である桐坂さんに協力してもらって、潜入させてもらいました」
「え……紗江、それは本当?」
「まあ……ね……まさかこういう形になるとは私も思っていなかったけど」

 昨日、私の元に刑事さんがやってきた。事情を聞くと優奈の家に家宅捜査の令状が出ているらしいのだが、部屋のインターホンを鳴らしても一向に出てくれないため協力してくれないかとのことだった。

 優奈は結構デリケートなところがあるため、心を許していない相手を家に入れるのをとても嫌っている。それは警察も例外ではない。それに、ここ最近は警察を偽ってクレジットカードや個人情報の載ったカードを奪うという事件も発生しているので警戒しているはずだ。だから友人である私の先導のもとで刑事さんに家に入ってもらうことにしたのだ。

「私の知っている刑事さんだから安心して。にしても、私も疑問なんですけど、なんで私服姿なんですか?」
「刑事姿で窓から侵入するのは目立ちすぎますからね。私服の方が安全なんですよ」
「いや……どちらにせよ、窓から入ってきている時点で目立ちますけどね……」

「にしても、飯島さん。どうして出てくれなかったんですか?」
「すみません。あまり家を詮索されるのは嬉しくないので」
「昨日も言いましたけど、私たちは女性ですからね。あんまり家のことを知られたくはないんですよ。特に知らない男性には」

「わかりました。では、桐坂さん同行の元、家を調査させていただきます」
「どうして、私の家が調査されるのでしょうか?」
「この家に盗聴器が仕掛けられているからですよ」
「……」

 声にならない息を優奈は吐いた。
 無理もない。家が盗聴されていたなんて知ったら、誰だって驚くはずだ。一体誰が、どのようにして設置したのか考えただけで鳥肌が立つ。

「ひとまず探しましょう。私も手伝います」

 私と刑事さんは二人で協力して盗聴器を探すこととなった。
 昨日の刑事さんの話によると、盗聴器を仕掛けたのは先ほどの男ではなく、別の男。優奈の家には複数人のストーカーがいるみたいだ。

 盗聴器を仕掛けた男は、このマンション近くで不審な行動をしており、それを見ていた近所の人が通報したことで警察に捕まったらしい。それで、取調べの際に優奈の家に盗聴器を仕掛けていたことを自白したようだ。

 ただ、盗聴器を仕掛けた具体的な場所については教えてくれなかったとのこと。何だかいやらしい犯人だな。

「因みになのですが、飯島さん。ここ数ヶ月の間で何か変な届け物や配達部などはありませんでしたか?」
「えーっと、色々と届いているので、一概に何かは言えませんね」

 優奈は事務所と契約している配信者だ。そのため事務所からのファンレターやファンプレゼントをよくもらっている。そこに混入している可能性は高いが、ここ数ヶ月で何が届いたかなんていちいち覚えてはいないだろう。

 だから片っ端から捜査していくしかない。
 クローゼットの中を掻き分け、何か変なものがないかを確認する。多種多様な洋服のポケットを一つずつ入念に調べていく。

 意図的に体をぶつけられ、その際に仕掛けられた可能性もある。あるいは外での仕事の際に楽屋にかけていたタイミングで内ポケットに入れられた可能性だってある。盗聴器を仕掛ける術なんて考えたらキリがない。

 二人で探していると落ち着きを取り戻した優奈も捜査に参加する。それだけではない。先ほどストーカーを捕まえた刑事さんたちも参加し、計5人がかりで怪しいところがないかを調べる。

 優奈のバッグや服、リビングの引き出しや棚と見落とすことなく隅々まで探していく。
 しかし、全くもって盗聴器らしきものは見つからなかった。

「もしかして、ここか?」

 私はとある一箇所に目をつける。視線の先にあるのは私と同じサイズほどの長い物体。
 先ほど私がストーカーを脅すために殴ったパンチングマシーンだ。パンチングマシーンの底の部分。動かないために砂を入れているため、隠すにしてはちょうどいいところなのかもしれない。

 パンチングマシーンの底に絡まった糸を徐々に解いていき、上部を持ち上げ、中を覗く。
 見ると大量の砂が底には敷かれていた。上部を床に置き、しゃがみ込む。少し汚いとは思ったものの、このまま盗聴器を見つけられずに終わるよりはマシだと思い、中に手を突っ込んだ。ザラザラとした感覚の中をかき分けながら中へ中へと手を突っ込んでいく。

 すると、不意にザラザラした感覚からさらさらとした感覚へと変化する。人差し指と親指をくっつけると薄い膜のようなものを掴んだ。
 そこで私はハッとする。これはもしかしてビニール袋ではないだろうか。

 どうやら、ストーカーは自宅に入るとビニール袋に包んだ盗聴器をパンチングマシーンの底に仕込ませたようだ。ようやく見つけた。安堵しつつも私は掴んだビニールを砂から引き上げていく。

「えっ……」

 掴んだものの全身があらわになると私は思わず、呆けた声を出した。
 私の掴んだものは盗聴器ではなかった。だが、盗聴器よりももっと恐ろしいものを私は目の当たりにしたのだ。

 砂の重量が加わっていたため気がつかなかったが、手にしたものはとても軽かった。
 手に感じたのがビニールであったことは当たっていたが、ビニールの中に入っていたのはカメラではなく、『白い小さな粉』だった。

「これって……覚醒剤……」

 驚いた私はゆっくりと優奈の方を覗いた。見ると、優奈は真っ青な顔で私を見ていた。