現代に棲む鬼~半鬼と共有花嫁~

泰明は夏都の隣に座る。

 「なつちゃん、プレゼントがあるからじっとしてね。」
 「?」

 泰明はいつの間にか夏都の首にネックレスではなくチェーンに高そうな指輪を通してた簡素なネックレスだ。

 「きれい……」
 夏都は指輪を見つめる。
 指輪の素材はプラチナだろう。素手で触っても汚れを知らない。
 真ん中には大粒の真珠がはめられていた。

 「これ、なつちゃんの気持ちが決まったら指にはめてほしいんだ」
 「……」
 「前もいったように君が兄貴のことが好きなのはわかっているよ。」
 
 全てを見抜かれており夏都は泰明の言葉に“ドキッ”とした。
 でも辛抱強く待ってくれているのは泰明の愛だろう。
 ――――――――――――
 4日目の朝。
 夏都は台所に立ちながら考えた。
 泰明は美形で20代前半としてはかなり稼いでるのになんでここまで自分のことを一途に思ってくれていたのか。

 『大丈夫だよ。後で少しづつ俺のことを好きになってくれればいいいから。』
 泰明のその笑顔はどこか寂しそうだった。
 夏都もさすがに泰明のその対応に心がチクリと傷んだ。

 「泰兄ちゃん……」

 今はこの気持ちに答えることができないもどかしさもある。
 考え事をしている間、何やら焦げ臭い。

 「あ!しまっった!」
 コンロ側に目をやると目玉焼きが焦げていた。

 「やっちゃった……でも捨てるのはもったいないからこれは私が食べよ。」

 ドアの鍵を開ける音が聞こえる。
 泰明が朝のランニングから帰ってきた。
 
 「ただいまー」
 「おかえりー朝ごはんできたよー」
 「ありがとう。楽しみにしていたよ。なつちゃんの料理は何でも美味しいからね。」

 テーブルに朝食を並べると泰明も焦げた目玉焼きに気づく。

 「あ、これは考え事をしてたら焦がしたの。大丈夫だよ私が食べるから。泰兄ちゃんはこっちね。」

 夏都はとっさにきれいな方の目玉焼きを泰明に差し出した。
 
 「別にいいのに」と泰明はきれいな目玉焼きを見ながらポツリと呟いた。
 夏都としては、泰明が優しいからと甘えたらだめと考えてしまうことがある。

 二人は朝食を食べながらいろんな話をした。
 家族のこと、オランダ坂に行ったときのハート型の石を見つけられた達成感があったこと。
 
 「なつちゃん。」
 「うん?」
 
 泰明の真剣な眼差しに夏都は視線をそらさず話を聞こうとする。

 夏都のその仕草に泰明も優しい笑みを浮かべる。

 「ずっとこの家にいてもいいからね。」
 ――――――――
 5日目のこと。
 夏都は考え事を紛らわすように泰明の家中を掃除しだした。
 泰明は「ハウスキーパーを雇うから掃除しなくて大丈夫だよ」と言ってくれるけど名ばかり花嫁はいやだった。

 こんなきれいな家に泊まれるのも最初で最後かもしれない。
 そう自分に言い聞かせるように家中をきれいにした。

 そんな夏都を見守る泰明はただ呆然としてた。
 遊び飽きたのか、シャニは遊び部屋から出てくる。

 「シャニ……」
 『なんだよ。』
 「俺としてはなつちゃんにあまり無理とかしてほしくないんだよな。」
 『俺も思うよ。だってママが家事をしなくなったらかまってもらえるし。』

 それは泰明も同じ気持ちだ。
 夏都がもし自分のだけの花嫁になったら家政婦を雇う覚悟だって辞さない。

 「がんばり過ぎだよ。なつちゃん。」
 
 午後からは泰明に捕まり、長崎県外から車で少し遠出をした。
 夜になると夜景のきれいなプライベート空間があるレストランまで連れていくなど至れり尽くせりだ。

 「今日は遅いからホテル取ったよ。明日朝一で帰ろうか。」
 
 泰明に促されるまま、ホテルの部屋に入ると広いスイートルームだった。
 「シャニは大丈夫かな」夏都はそんなことを考えてしまう」
 自動給餌機を買ったとはいえまる一日留守番はシャニには酷だろう。

 
 ――――――――――――――
 6日目。
 さすがにリラックスしてほしいと思い午前中はどこかに買い出しに出掛けてしまった。

 『すぐに帰ってくるからシャニと留守番してね』

 「泰兄ちゃん、何を買ってきてくれるのかな。」
 『しらない。あいつ何考えてるかわからないもん。でもママのことが好きなのはたしかじゃないかな。』
 シャニは夏都と二人きりになることができればそれでいい。
 そんな感じだ。

 『俺、やすあきがいる間、ママをひとりじめにできなかったから今だけでもママのお膝に乗っていい?』

 シャニは夏都の膝にゴロニャンと甘えながら乗る。
科学的にも猫のゴロゴロ音は癒やされるのは証明されているのも説得力がある。

 「ただいまー、あれ?なつちゃん、シャニ?」

 泰明は「おかえりー」と返事がない家に違和感を覚えリビングまで走ると夏都がシャニを膝に乗せて夢の中にいた。
 そんな様子を見た泰明はクスリと笑う。

 「ただいま。愛してるよ。」
 泰明は眠っている夏都のさくらんぼのような唇に軽くキスをしたあと、そのまま夏都を寝室まで運んだ。

 ベッドの上に寝かせると「ゆっくり休んでいてね。俺のかわいいうさぎ姫」と眠っている夏都の髪を優しく撫でた。

 そして泰明も夏都の隣でそのまま眠りについた。

 ――――――――――
 そして最終日。
 宏明のところに行こうとする夏都に泰明は名残惜しそうにしていた。
 心底惚れている女性が他の男の所に行くのは面白くない。

 「泰兄ちゃん、1週間ありがとうね。」
 「うん。」
 『明日はあいつのところか……』
 「明日は俺が宏明のところまで送るよ。」
 「え?いいの?」
 「うん。なつちゃんとできるだけ長くいたいからね」
 泰明は柔らかく微笑んだ。
 夏都もようやく泰明に心を開いていた。
 恋愛感情かどうかはまだわからないといったところ。

 「泰兄ちゃん……」
 「うん?なに?」
 「泰兄ちゃんはなんでそこまで私に良くしてくれるの?」
 「それは愚問だね。しつこいようだけど俺はなつちゃんのことが好きだからだよ。」

 泰明は夏都にたいする長年の想いを隠そうとしない。
 自分だけをまっすぐ見てくれる。

 正明と同様に最後まで……とは行かなかったけどそれは大事にされている証拠何だと思ってしまう。
 
 この日、一日は泰明と家でゆっくり過ごすことになった。
 「これ、昨日買ってきたハーブティだよ。アレルギーとか大丈夫かな?」
 「うん。」

 むしろ“好き”だ。
 カモミールの甘い香りがフワッと漂った。
 一口飲んでみるとはちみつを混ぜているのかほんのり甘く飲みやすかった。
 
 「泰にぃ……」
 「せめて二人きりの時はお兄ちゃんって呼ぶのやめてくれないかな?」
 「え?」
 「なつちゃんと二人で過ごせるのが嬉しくてずっと言えなかったけど、“お兄ちゃん”って呼ばれるの……正直すごく苦しいんだよね。」
 「……なんと呼べば……」
 「名前で呼んで?“泰明”って。もちろん呼び捨てに抵抗があるなら敬称をつけてもらって構わないから。」

 夏都は唇を震えさせながら「や、す、あ、きくん……」と呟いた。
 それに満足したのか泰明は「よくできました」と夏都の頭を撫でて微笑んだ。

 (和貴を連想するから、くん付けはやめてほしかったけど、ま、いっか。)

 その言葉は、喉元から来て飲み込んでしまうのだった。

 翌日は泰明も宣言通り宏明のところまで車を出してくれた。
 泰明と一緒に過ごした1週間も楽しいものだった。
 苦手意識はあったけど、楽しく過ごせるように努力してくれた泰明の優しさに感動すらしていることに夏都は驚いてしまう。

 「なつちゃん、俺はもう仕事に向かうから。」
 「うん。」
 「宏明は家庭教師のバイトが入って来れないけど、和貴に連絡入れといたから。」
 「わかった。」

 その時に「おーい」と男性の声が響いた。
 
 「噂をすれば影だね。じゃ、和貴と宏明によろしくな。」
 泰明はそのまま車を走らせた。

 車の中では泰明はポツリとつぶやく。

 「兄貴や宏明にも……そう誰にも絶対なつちゃんを渡さない……」
 
 醜い愛でしか夏都を愛せなくても自分だけのものにしたいと思うのだった。
 5月23日の昼前のこと。
 泰明と別れたあと、和貴が迎えに来た。
 「なつちゃん、久しぶりやな。」
 「うん。」
 二人はすっかり仲良くなっている。
 「泰明くんは?」
 「もう仕事にいったよ。」
 「ほーか。じゃ、宏明くんがバイト終わるまで近くのカフェで待ってよか。」

 さっきまで寝ていたシャニも寝ぼけ眼で和貴に『おはようございます。ボス』と声をかける。
 和貴もそれに「おう」と笑顔でこたえた。

 近くのカフェに向かい、少し早めのランチを食べることにした。
 これから宏明と過ごす一週間はどうするかも相談した。

 「和貴、なつ、今バイト終わったぞ。」
 「あ、ヒロ兄ちゃん。」
 「宏明くん待ってたで。」

 ついに宏明との1週間が始まる。
 これが終わったら、引き渡しの儀式となる。
 ――――
 5月23日の夕方。
 必要なものを一通り買い揃えそのまま宏明のマンションに向かった。
 
 「わざわざ新品じゃなくてもいいのでは?」それが夏都の疑問だった。
 家政婦として扱われていて、台所が寝室と兼用だったためその対応はありがたいけど経済的に負担をかけていることに申し訳無さすら覚えていた。

 宏明も学生の身分だから、中古の家具かと思ったら新品で高めのものを買い揃えてくれた。

 「5月とはいえ、まだ朝晩は冷えるからな」
 そう言って、羽毛布団も買ってくれていた。
 上二人と比べてぶっきらぼうだが宏明の心遣いもあのご両親や和貴の存在も大きいだろう。

 「ヒロ兄ちゃんありがとう」
 「礼はいらねぇよ。これも人として当然のことだから気にするな。」

 宏明が運転する車の中、会話もしてみると末っ子特有の葛藤も教えてくれた。
 恥ずかしがら夏都自身、末っ子はずっと可愛がられるイメージがあった。
容姿にコンプレックスがあると言っていた宏明は小中高、勉学や部活に撃ち込んでいたとのことだ。
 
 そういった話をずっと、宏明の意外な子供時代の話を聞けた。

 「なんか、ヒロ兄ちゃんかわいいね」
 「男にかわいいいうなよ」

 宏明は夏都の言葉に顔を赤くした。

 ――――
 二日目……。
 
 夏都は買い物から帰った時だ……。
 ドアを開けきれずチャイムを鳴らした。

 ――ピンポーン。

 「はーい」
 そう聞き慣れない女性の声が響く。
 夏都は「え?え?」と戸惑うもドアが開くのを待った。

 ――ギィ……。
 ドガが開くと高身長でスラリとした美女が顔を出した。

 「あの……どちら様ですか?」
 「……」
 美女はしばらくの沈黙の後、「俺だよ」といきなり男性の声を発した。

 「え?この声はヒロ兄ちゃん!?」
 「そうだよ」
 シャニ二人の短いやり取りに『やっぱりな』と言いたげな顔だった。

 『ヒロアキ、ママの目はごまかせても俺の目はごまかせないよ。』
 「けっ、言うじゃねぇかよ。今のこと和貴にチクってもいいんだぜ?」

 宏明はにたっと笑うとシャニは『ゲッ!ボスの名前を出すとはひきょうだ!』と反論した。

 「もう子どもじゃないんだから、やめな?」

 宏明は「わーたよ。」と渋りながらもシャニを茶化すのをやめた。
 シャニも『ごめんなさい。』とシュンとしょげてしまった。

 「ごはん作るからヒロ兄ちゃんはシャニを見ておいてほしいな。」

 宏明は何も言わずにうなづいた。

 「今日は唐揚げ……と」
 夏都は慣れた手付きで唐揚げの仕込みをする。
 料理などの家事はさんざん実家でやらされていたからだ。
 大量の鶏肉とじゃがいもを前にシャニはポツリとつぶやく。
 『これ、全部ヒロアキが食うのか?』
 「わりぃかよ。俺の能力は燃費が悪いからな。」

 和貴からは聞いていたが宏明はかなりの大食漢だ。
 何にせよ、一日につき力士の3人分は食べるからだ。
 それなのにジョニーズばりのスリムボディをキープしているから驚きだ。

 当の宏明は口の中に飴玉をコロコロ転がしている。
 ――――――――――
 3日目の朝。
 宏明の朝もこれはまた早いものだ。
 きっと体系キープをするのも早寝早起きだろう。

 「おっ、なつ。もう起きたのか?まだ5時だぞ。」
 
 朝の5時に起きたとは思えないほどの寝起きの良さだ。

 「うん。宏兄ちゃんも早いね。大学の講義でもあるの?」
 「いや。休み。というか、兄貴たちとお前を共有花嫁を取ったこと教授の耳に入って1週間は休めって言われた。」

 『ヒロアキもか。てっきりボスに言われて休みを取ったのかと思った。』
 「シャニ……」
 『なんだよ。』
 「俺がなんでも和貴のいいなりになると思ったらおお間違えだ。」

 夏都はそんなひとりと一匹のやり取りを見てクスリと笑う。

 「二人とも、そろそろ朝食の準備をするから座って待ってね。」

 夏都はそう言うとそのまま台所に消えていった。
 その日の朝食は、和食好きの宏明に考慮したものだ。
 朝の献立。
 雑穀ご飯。
 具だくさんの味噌汁。
 焼き魚(鮭・明からもらったものを塩焼きにしたやつ)
 小鉢にひじき、キムチ、納豆の三点盛り。

 口には出さなかったけど口に合ったと思いたい夏都であった。

 ――――――
 4日目。
 宏明はどうしても外せない仕事があるという。

 「家庭教師の仕事なの?」と確認するとぶっきらぼうに「まぁ、そんなところかな」と答えそのまま出掛けてしまった。

 特にやることもなく、リビングの掃除を2周、3周とする。

 『ママー遊んでよー』
 「あらあら、ごめんね。何して遊ぼうか。」
 『うーん、浮かばないから、とりあえず抱っこしてー♡』

 シャニもようやく夏都を独り占めにできると思うと、満足げに【ゴロゴロ】とのどを鳴らした。

 夏都は「甘えんぼちゃん。」とつぶやき赤子を抱くようにシャニを抱きしめるとふわふわの毛並みをほおずりした。
 
 いつの間にか寝てしまっていた。

 「しまった!」と思い起き上がるも、時すでに遅し。
 宏明はすでに戻ってきたからだ。

 夏都はビクビクしながらも「お、おかえりなさい」という。
 宏明はそんな夏都の反応に「何ビビってんの?」と言わんばかりの顔だ。

 「今日は遅いから出前でも取ろうか。なんか食いたいものはあるか?」

 宏明は出前のメニューを片手に携帯電話を開いた。
 夏都はてっきり怒られたり殴られたりすると思って身構えていたが宏明の意外な対応に拍子抜け。
 「じゃあ……ピザで……」
 
 夏都のリクエストに「わかった。ピザね。」と宏明は短くオウム返しをした。
 ぶっきらぼうだけど悪い人ではない。
 それが夏都の宏明に対する印象だった。
 その日はピザを何種類か頼み、二人でそれを食べることにした。

 宏明はピザのLサイズを5枚ほど平然と平らげていた。

 「よくそんなに食べれるね」
 「あーあの女に擬態する能力かなり体力を使うんだよな。」
 
 宏明の能力は鬼の中でも管理優れている模様。
 あんなに高身長美女になれるのだから、怪しまれることなく重宝されるわけだ。

 息するようにチキンを食べる宏明に夏都は、ぽかんとするのだった。
 
 「食べてよく太らないね」
 『それ、俺も思った。』

 宏明は夏都やシャニの視線に気づく。

 「足りないならお前も食えば?あ、シャニはこっちな」

 宏明はシャニに、猫缶を見せた。
 
 『俺もうお腹いっぱい』