主殿は、小さな声で、”ありがとう”と言ってくれた。
その心遣いが嬉しい。そして、主殿が言っているように、スキルを持って、心が化け物に変わってしまった人は、沢山・・・。哀しい事ですが、事実です。ワイズマンに聞かなくても、ギルドの公式資料に書かれています。
筋力アップのスキルを得た者が、恋人を殴り殺したなんて話は、それこそ両手両足の数でも足りない数があります。
研究員の中には、スキルは人の精神を変質させると訴える者も居ますが、確固たる証拠が提示できない状況です。
「茜さん?」
「はへ?」
なんか変な声になってしまいましたが、大丈夫です。大丈夫です。
主殿が笑いそうになっているのをごまかしているように見えますが、大丈夫です。
「パルたちが作った蜂蜜ですが売れますか?」
「え?」
「ライがまとめていますが、食料とかは、食品衛生法みたいな奴があって面倒ですよね?」
「そうですね。魔物由来の物なら、ギルドが申請を肩代わりしますよ?」
「本当ですか!」
そんなに嬉しいのでしょうか?
「はい」
「よかった。パルたちが増えちゃって、蜂蜜の処理に困っていたのですよね。捨てるのは・・・」
「蜂蜜は、先ほどのジュースに入っていた?」
「そうです。現物を持ってきましょうか?」
「お願いします」
これは、凄い荷物になりそうです。
孔明さんが帰ってきていたら、車が入って来られる場所まで迎えに来てもらわないと・・・。
「パロット!」
”くにゃ!”
クロトとラキシと遊んでいたネコさんが鳴きました。
”パロット”というのが名前なのでしょう。
あの遊びも見てはダメな事の一つです。
某巨人を駆逐するのが目的のアニメで描かれていた立体機動を・・・。ネコが出来るのですね。クロトは、いつの間にか糸が使えるのですね。帰ったら、アトスにも教えてあげる?
是非、教えてあげてください。千明も頭を抱えて苦しめばいい。
クロトとラキシがいうには、私にもできるようです。一緒に練習をしようと誘われましたが、まだ人間を辞めるつもりはない。でも、楽しそうでは・・・。ダメです。ここで、頷いたら、なし崩し的にいろいろ教えられるに決まっています。
主殿が、パロット---主殿から、主殿の家族は呼び捨てにして欲しいと言われた。そして、種族名とか意味が解らないことを教えられましたが、今は関係がないと思っています---に、何やら指示を出しています。不穏な言葉も聞こえてきましたが、気のせいです。絶対に、気のせいです。
そして、主殿。そんな爆弾を渡さないでください。
確かに、本当なら欲しいですよ。是非、欲しいですよ。絶対に、欲しいですよ。お借りするだけでも・・・。
「ナップ!グラッド!パロットの補助をお願い。あと、蔵にライが居るから連れてきて!」
蔵?
確かに、家の雰囲気から蔵が有っても不思議ではない。
「主殿。蔵とは?」
「腐らない素材とか、遊びで作った物とか・・・。あとは、魔物になって使わなくなった物だけど、捨てるには・・・。と、いう物が置いてあるだけですよ?」
「そうなのですね。遊びで作ったとは?魔石を使った物ですか?」
「あ!それを聞きたかった事です!」
「え?」
また、嫌な予感がします。
主殿の質問は、意味が解らなかった。
魔力を抜いた魔石?魔物からドロップする物と、魔物を倒す時に抜き取る物?
違いがあるとは聞いたことがない。
そもそも、違うの?
「ギルドでは、魔石は魔石です」
「あっそれだと・・・」
主殿は黙って、考え始めてしまった。
クロトとラキシが主殿の眷属と模擬戦のような事を始めています。
うーん。
模擬戦と言われた。それに、結界が張られているから大丈夫と言われても、ギルドで公開されている戦闘映像よりも派手だ。
クロトとラキシから、私も加わるように言われたけど、無理。秒で死ぬ。大丈夫だと言われたけど・・・。攻撃ができるスキルがあれば違うかな?
「茜さん。これを見てください」
どこから取り出したのか、解らないけど、5つの魔石だ。
「魔石ですよね?」
「こっちの3つは魔石です」
「え?主殿?」
どうみても同じ物だ。大きさが違うだけで、魔石です。
「こっちの2つは、魔核です」
「魔核?」
「えぇ便宜的に付けた名前なのですが、魔物から抜き取った魔物の核です」
「・・・」
「そして、魔核には、スキルが付いています」
「え?」
「こっちの魔核には、スキルが付いています。こっちの魔核は、力が抜けてしまってスキルが発動しません」
「そうなのですか?」
「はい。魔核には、魔力の補充が出来ないので、使い道は限定されます」
主殿が何を言っているのか・・・。まったく理解が出来ません。
「・・・。はい」
ひとまず、頷いておきましょう。
検証ができないのも事実ですし、ギルドで考える事で、ギルドの1職員が抱え込むような内容ではない。
「”鑑定石”で見てもらえば解りますよ?作りましょうか?」
私が、生返事をしているのが解ったのでしょうか?
”鑑定石”を”作る”と言い出した。これは、聞かなかったことにします。
「いえ。大丈夫です」
「わかりました。それで、魔物がドロップする魔石ですが、属性が付いています」
「属性ですか?」
「はい。呼び方は、勝手に呼んでいるだけです。ギルドの呼び名があれば教えてください。それで・・・。色違いの魔物とか居ますよね?」
「変異種や上位種ですか?」
「そういうのですね。多分、それだと思います。私たちは、色違いと言っていますが、色違いからドロップする魔石は、浄化しないと効率が悪すぎて・・・」
「浄化?」
「はい。勝手に”浄化”と呼んでいるだけで、ギルドで同様の処理をしていると思うので、教えて欲しいです。あっギルドに渡した物は、浄化しているので大丈夫です。浄化しないと、元になった魔物が使えるスキルしか入れられないの・・・。効率が悪いですよね」
いろいろダメな情報です。
落ち着きましょう。
「主殿。他の二つの魔石は?」
「そうでした。3つともゴブリンの魔石なのですが、一つが色違いの魔石で、一つが弱いゴブリンの魔石で、もう一つは、弱いゴブリンの魔石を10個・・・。だと思いますが、合体させた物です。ゴブリンの魔石でも、10個くらい合体させると、いろいろなスキルの付与が出来て便利です」
「合体?」
「やって見せた方が早いですね。ゴブリンの魔石が手元にはないので、オークの魔石でやりますが・・・」
主殿を制止しようと思った時には、既に遅かった。
どこから取り出したのか、ゴブリンの魔石よりも大きな魔石を取り出しています。考えてはダメです。深く考えません。
簡単に説明してくれました。聞きたくなかったです。
一つは、裏山に居たオークで、標準体だと教えられました。そして、色違いと主殿が表現したオークの魔石が4個。
オークの変異種の魔石は、一つはまだ”浄化”が終わっていないそうです。現在、主殿の家族がスキルの調査をしているようなのです。ギルドの研究所・・・。必要ないですよね?主殿に任せた方がいいような気がしてきた。
主殿は、魔石を持って魔力をぶつけます。
そうすると、二つだった魔石が合体した。溶け合っているようです。体積は解らないのですが、二つ分の体積だと思います。多少の違いがあっても、誤差の範囲でしょう。同じように、主殿が魔石を合体させます。
「主殿?」
「なんでしょうか?」
「魔石の形は変えられるのでしょうか?」
「変えられますよ?魔力が必要ですが・・・。あっでも、茜さんやクロトちゃんとラキシちゃんならできると思います」
「え?」
「形が変えられると、道具を作るときに便利ですよ」
それから、主殿が魔石を変える方法を教えてくれた。
確かに、簡単に出来た。出来てしまった。でも、ギルドでは無理だろうと思う。
ギルドに戻ってから検証しなければならない事が増えた。
考えなければならない事がある。主殿は、自分の出した情報は公開してもよいと言われていますが、ギルドとして混乱する可能性がある為に、情報の価値と影響を考える必要がありそうです。
難しい事なので、円香さんと孔明さんに丸投げしましょう。
もう疲れました。本当に、疲れました。これで、本題に入っていないのですから、拷問です。
でも、主殿の呟きを聞いてしまったら、”帰りたい”とは言えない。もっと言えば、私も主殿ともっと話をしていた。内容が心臓と胃に悪いのは諦めます。あとで、ギルドのメンバーを道連れにします。確定した未来です。しっかりと報告するまでが、私の仕事です。
「茜さん?大丈夫ですか?」
「なんでもないです」
「それなら良かったです。魔石の変形は慣れないと疲れますよね。あっ!でも、茜さんは、クロトちゃんとラキシちゃんが居るから大丈夫なのでしょうね」
「え?クロトとラキシ?」
「はい。眷属は、主と魔力を共有するので、クロトちゃんとラキシちゃんは魔力が多いので、疲れないと思います」
「魔力?多い?」
「はい」
そうか・・・。魔力の共有?
わからない。わからないけど、大丈夫。
「スキルの恩恵もあると思うのですが?」
「え?」
「茜さんは、スキルが増えたと思うのですが・・・」
主殿が教えてくれました。
確かに、スキルが増えたのですが、”眷属”との繋がりを維持する為のスキルだけだと思う。千明にも確認をしないとダメだけど・・・。
「増えては・・・。あっ!」
そうだ。
クロトとラキシが、糸を使っていた。私も、”できるようになる”と言っていた。
「ん?」
「いえ、クロトとラキシが、糸を出して立体駆動をやっていたので・・・。あのスキルが私にも使えるようになると・・・」
「あぁ・・・。そうですね。あれは、”糸”ではないのです」
「え?」
”にゃ”
クロトが肯定している。主殿の言っているのが正しい?
”糸”でないのなら?
「あれは、スキルではなく、魔力を糸状にして使っているので・・・。スキルでは無いのです。スキルを持っている人なら誰でもできると思いますよ?」
またダメな情報です。
糸が魔力だとしても、魔力を見えるようにして、クロトとラキシの体重を支えるくらいに強固にする?糸の方が、某アメコミを思い出して納得ができる。
「できるのですか?」
「はい」
いい笑顔で言い切られてしまった。
「ギルドで、クロトとラキシに教えてもらいながら検証をしてみます」
「はい!楽しいですよ!それに、楽が出来ます!」
主殿の”楽しい”が解らないのですが、スキルを使わない方法で魔力を使うのですか?
主殿が見本というか、”ずぼら”な人間向けの使い方を教えてくれました。
確かに、これは便利です。覚えたくなってしまいます。クロトとラキシが、私にもできると言っているので、大丈夫なのでしょう。立体駆動にもちょっと興味がありますが、主殿のように、その場から動かないで遠くの物を手元に引き寄せる技術は”私の”夢です。片づけも立たなくても出来るのですよ?
炬燵に入ったまま・・・。
「そうだ。茜さん」
あっ。これは、またダメな情報だ。
「なんでしょうか?」
「もうすぐ、売りたい物をまとめたパロットが戻ってきますが、その前に教えて欲しいのですが・・・」
やっぱり、ダメな奴でした。
スキルを融合する?
主殿が試してくれました。
確かに、有効です。
でも、ギルドで認識している人でもスキルは”ダブル”はごく少数で、”トリプル”は公式には10人も居ません。
「そうなのですか?強化系が多いのですか?」
「え?強化系?」
「あっ勝手に呼んでいるだけなので、違う呼び名があれば教えてください。肉体を強化したり、早く移動したり、視力を強化したりするのを強化系と呼んでいます。攻撃を加えるスキルは放出系と呼んでいます」
ちょっと待って欲しい。
認識しているスキルの数では、世界でトップクラス。もしかしたら、ワイズマンを越えている可能性もある。
「主殿。ちなみに、話せないのなら、いいのですが・・・。強化系とか放出系とか、どんなスキルがあるのですか?」
「ちょっと、私では把握が出来ていないので・・・。あとで、ライが来た時にでも・・・。あっ!そうだ!茜さんは、属性は何が得意なのですか?」
こう爆弾を放り込まれると清々しい気持ちになってくるから不思議です。
属性?水とか土とか?
取得したスキルで違うのではないの?
もしかして、ギルドだけではなく、いろいろな人たちが勘違いをしているの?
「主殿。ギルドでは、”属性”は、土属性とか水属性とか攻撃が・・・。主殿の言葉では、多分違いますよね?私の属性と言われても・・・」
「そうなのですね。また、私の勘違いですね。ごめんなさい」
「違います。違います。ギルドの認識と主殿の認識が違うだけで、どちらが間違っているとか・・・。なので、主殿が呼んでいる。”属性”を教えてください」
泣きそうな主殿の表情から、必死に言い訳を伝えてしまった。
事実、ギルドよりも、主殿の考えのほうが、正しいように感じています。”すんなり”信じられるのが正しい感情なのです。偉そう書かれた論文よりも、主殿の話は、実際に目の前で行われていて、検証された結果です。
正直、一つの情報だけでも発表が怖いです。
でも、中途半端に知って、後で後悔はしたくない。
「ありがとうございます。話さないと解らないですね。私たちが、属性と呼んでいるのは・・・」
既に、後悔の気持ちが勝ちそうです。
これで、物品の相談をしなければならないの?
少しだけ落ち着こう。
お茶が美味しい。
お茶を入れたのが蜘蛛とハクビシンでなければ、驚かなかったのですが・・・。そして、パルたちが集めた蜂蜜で作ったと言われたクッキーもすごく美味しい。もしかして、この蜂蜜も”世”に出してはダメな物?大丈夫。大丈夫。見た目は蜂蜜。味は(よくわからないが)最高級と同じだ。だから、大丈夫。
私が考え出すと、主殿は立ち上がって、奥に移動しました。
考える時間をくれたのでしょうか?
属性が合わなければスキルが覚えられない?
もしかして、魔物を倒しても必ずスキルが獲られないのは、それが原因?
基本属性は、「強化・助勢・放出・変異・特異」の5つに分類していた。
強化は、自らを強化する系統
助勢は、仲間を強化する系統(弱体もできるらしい。強化を剥がすこともできるらしい)
放出は、補助属性を付与して放出する系統
変異は、物質を変える系統
特異は、固有で取得するスキル
テイムに関するスキルは、特異に分類していた。
強化/助勢/放出/変異は、それぞれに補助属性があり、私たちが属性と呼んでいる「水・風・土・火」だと言われました。他にも、聖や闇があるらしいです。お腹が痛くなりそうです。
主殿がいうには、私と千明は、テイムが成立しているので、特異系ではないかと言われた。
蒼さんは、間違いなく強化系だろう。
円香さんは、微妙だけど変異系か特異系かと思う。主殿の説明では、強化系の可能性もある。
孔明さんは、助勢系だと思う。
合わないと、スキルを獲られないのは、検証が必要だがギルドとしたら有益な情報だ。
そして、主殿の話では、魔物を倒した事で、スキルを獲られなくても、スキルが得られる土台が出来ている。その土台の上に、適合している属性と補助属性を得られる訓練を行えば、スキルが芽生えると言われた。
ギルドにも、これに近い状況は報告されている。
”魔物を倒したがスキルが芽生えなかった”という苦情を言っている人たちが居た。その人たちの中で、一定数の人にスキルが芽生えているのが確認された。ギルドでは、”確認を間違えていたのでは?”と考えられていたが、違ったようだ。検証が必要な情報だけど、その検証を主殿が行うのではなく、ギルドで行えばいい。その為のギルドだ。
補助属性には上位属性があると言われた。
もう、師匠でいいですよね?
「茜さん」
お盆に新しい飲み物とお菓子を持ってきてくれた。
あと、メモ用紙?ノート?
「はい」
「これ、私がスキルや属性を調べる時に使ったノートです。あまり綺麗ではないので恥ずかしいのですが、持っていきますか?」
「いいのですか?」
「はい。私が疑問に思った事や、調べて解らなかった事をまとめただけなので、ギルドならもっといろいろ知っていると思うので、必要ないかも・・・」
そんなことは、絶対にない!
大きな声で、主殿に賛辞の言葉を贈りたい。
「あっパロットたちの準備が終わったようです。え?うん。わかった」
「??」
「あの・・・。茜さん。ライとパロットが、実際に茜さんに見せた方がいいだろうというので、ご足労をおかけしますが、蔵まで一緒に・・・」
「もちろん、いいですよ。私も興味があります!」
あぁ興味はあるけど・・・。
円香さんの困った顔が見られそうです。すごく、すごく、すごく、楽しみです。
はぁ・・・・。
ギルドに帰りたくないな。絶対に、質問攻めに合う。
主殿に案内される形で、主殿の家の中を移動します。
「あっ」
哀しい気持ちになってしまいます。
「何か?」
見て、認識してしまいました。
無視して、通り過ぎるのは、私の気持ちが落ち着きません。
「主殿。あの部屋は?」
「祖父母と父と母の・・・」
「主殿がよろしければ、手持ちはないのですが、お線香を上げさせていただけませんか?お家を移動して、騒がせてしまったので・・・」
「ありがとうございます」
主殿の小さな声。
そして、大人なのか子供なのか、それとも・・・。人であった時なら・・・。違いますね。今でも、主殿と友達になれます。私の方が確実に早く死んでしまうでしょう。でも、主殿と友達になりたい。寄り添えるとは思わない。でも、主殿の友達になりたい。こんな風に、話をして・・・。
お線香をあげて、手を合わせる。
私が祈っても何もならない。でも、主殿を心配されているご家族に、少しでも安心を与えられるように、祈ります。主殿が、主殿の考える”正義”を”筋”を通せることを・・・。私には、信じる神が居ません。なので、ご家族に祈ります。見守っていてほしいと・・・。
「茜さん。ありがとうございます」
どのくらい、祈っていたのかわかりません。
線香の先には、灰が形成されています。主殿のうれしそうな表情は、私の行動を肯定してくれています。クロトとラキシも私を挟むようにして座って頭を下げていました。どこで、覚えたのでしょうか?
蔵に入るには、裏口から出るか、庭から出なければならないようです。主殿だけなら、庭を通ればよかったのですが、私が一緒なので、玄関経由で庭から裏庭に抜けるような道順になってしまうようです。恐縮している主殿に、”大丈夫”だと告げて、後に続いて歩きます。家の中は、本当に普通の家です。
玄関から外に出てから、庭に移動します。
初めての場所です。
聞かないほうがいいのはわかっています。
絶対に、絶対に、絶対に、後悔します。でも、見えてしまったからには聞いた方がいいに決まっています。
「主殿?」
「はい?」
すごく可愛い。連れて帰りたい。
「あっあの花?この季節には咲きませんよね?果物も、季節に合っていないように・・・」
「そうなのですよね?それも、後で聞こうと思っていたのですが・・・」
やっぱり、ダメでした。
そもそも、主殿は、魔石で動物や魚が魔物に変異すると気が付いたのなら、植物で試そうとしないで欲しい。魔石を漬けた水を与えると、成長がいいとかうれしそうに言わないでほしい。心臓に悪いです。
そして、もともとは、蜂のパルたちが花の蜜を集める為に増産したと笑っていますが、柿と葡萄と梨が同じ時期にできるのは、今の季節が”秋”ならわかります。でも、同時に夏蜜柑はダメです。他にも、苺や鬼木天蓼や枇杷まであります。フルーツ園が裸足で逃げ出します。もちろん、鉄板の蜜柑も実を付けています。
主殿たちの不思議が少しだけ解明できました。
食費が大変だと思っていたのですが、納得しました。眷属たちが、器用に果物を食べています。主殿は家庭菜園だと笑っていますが、どこに”家庭”の要素があるかわかりません。花と呼ばれる物も植えられています。季節を考えなければ、最高の場所です。
「そうなのですね。ギルドでは、魔石を砕いて、畑に撒いていないのですね、水に入れて、一晩置いておくだけで、植物の成長が促進されて、あぁあと害虫も寄せ付けませんよ?さっきのノートに実験したことを書いてあるので追試が可能だと思います」
追試。しないとダメですね。
この情報は、ギルド特許を申請した方がいいかもしれないです。ギルドカードがあれば、匿名性は担保されるはずです。
そもそも、主殿の情報が流出して・・・。主殿と敵対するような組織が現れたときには、私は主殿に味方をしてしまうでしょう。
戦力の意味では、一国で太刀打ちできるとは思えません。もしかしたら、核にも抵抗できる可能性も・・・。
主殿に敵対した結果、人類が滅んで、主殿と主殿の眷属だけが生き残っても驚きません。
「全部の木が実を付けたり、花を咲かせたり、急成長をしたのですか?」
「そうですね。あっ。一本だけ、急成長はしたのですが、それ以上の変化がわからない木があります」
「え?
辺りを見回しても、そんな木は見当たりません。
不思議に思っていると、主殿が教えてくれました。
裏山の頂上に木があって、急成長はしたが、それ以上の変化がなかったと笑っていた。
急成長だけでも以上な事だが、それ以上の変化がない事から、変わらない樹木があるのだといろいろ実験をしたと言っていた。
”にゃにゃ”
足元にいたクロトが恐ろしいことを言っています。
「クロト。誰に聞いたの?」
”にゃぁ”
主殿も驚いています。
知らなかったようです。主殿の眷属も抜けていますね。誰かが話したと思って、誰も主殿に話していなかったらしいです。
クロトが嬉しそうに説明をしてくれました。
聖樹という木に成長しているようです。聖樹の周りには、魔物が沸かない状態にできる。それだけではなく、魔物の侵入を防ぐ結界にもなるのだと教えられた。また、葉を加工すれば怪我程度なら治せてしまうようです。主殿の眷属や、私のように魔物の主になった者なら、指くらいなら再生してくれるようです。もう、聞きたくなかった。そんな植物が存在してはダメだと思う。
主殿もさすがに公開は控えたいと言ってくれます。ただ、異世界物では定番のポーションは作ってみると言っています。辞めさせたいのですが・・・。まずは、研究からと・・・。それに、簡単にはできないと考えているようです。
そして、ポーションなら私も欲しい。
盛大な寄り道をしたが、蔵の前に到着しました。
主殿は、小さな蔵だと言っていましたが、すごく立派な蔵があります。時代劇とかで見る蔵です。少しだけテンションが上がります。
蔵の前には、ライとパロットがそろっていました。
「ライ!茜さんなら大丈夫だよ」
え?
主殿が声をかけると、今日、最大の爆弾が落とされました。
確かに、主殿ができるのですから、ライができないと考えるのは・・・。ライが、男の子に変わりました。また、可愛い男の子です。主殿と似ていると思いますが、姉弟に見えるだけで、主殿が男の子になった感じではないのです。スライムに性別があるのでしょうか?
「この姿では、初めましてですね。茜さん。ライと言います」
丁寧に挨拶されてしまいました。
慌てて、私も自己紹介をします。
「それで、ライ。中は?」
「大丈夫」
主殿と話すときには、弟の雰囲気が出る。すごく可愛い。連れて帰りたい。
「茜さん?」
「なんでもないです。それで?」
「はい。まず、売却したい物ですが、正直に言えば、私たちに必要がない物が蔵に入っているので、全部なのですが・・・」
それは、無理です。
正直に言えば、魔石だけでも、ギルドの予算を使い切りそうです。
魔物の素材は、研究対象なので、売りに出せば買い取りは出てくるでしょう。そのためにも、まずはギルドが買い取らなければなりません。
オークションという方法もあるのですが、直近でオークションが開催されたのは、オーガの角がドロップした時だったと思います。2,000万円近い金額で落札されたと記憶しています。絶対に、主殿の蔵の中には、オーガの角があるでしょう。
委託販売でよければ・・・。
持ち掛けたら、許可をしてくれそうなので、言い出せないでいます。主殿の家なら、強盗は怖くありませんが、ギルドの日本本部では、セキュリティが・・・。今は、クロトとラキシとアトスがいるから大丈夫かな?
不安ではありますが、量があるのなら、委託販売を持ち掛けてもいいかもしれません。
「ライ!中には、入れてある?」
主殿とライが話をしていますが、私には聞こえません。
聞こえていません。本当です。だから、その、袋は私に渡すものではないと思っていいですよね?
ただ単純に”袋”と呼んでいますが、絶対に違いますよね?
その頭陀袋を私に渡さないでください。ナップは、蜘蛛さんでしたか?大きさが異常でしたが、蜘蛛さんです。そのナップの糸を使った頭陀袋は嫌な予感がしています。ライが中に入れた物を、主殿に説明をしています。
小型のナップサックくらいの大きさ・・・。5-6リットルくらいでしょうか?
聞こえている量が、入る容量には思えません。魔物の素材が、極小なら可能かも・・・。
その中に、裏山で伐採した木で作った箱が詰められている。もうダメです。
すごく軽そうに見えるのですが?
「茜さん。ひとまず、中身を説明しますね。ライが、来てくれたお礼の品を詰めただけなので、倉庫から売りたい物を入れますね。あっ重さは大丈夫です。中に入れた箱も、この袋も重さが軽減されるスキルを付与してあります」
やっぱり、ダメでした。
倉庫の中は、お宝で一杯です。
蒼さんが来ていたら狂喜乱舞していた可能性があります。
頭陀袋は、ラノベの定番でした。
こんな物を作らないで欲しかった。便利だから、使うけど・・・。主殿や家族たちからしたら、大した価値がない物だと解る。
ライは、今は可愛い男児だけど、実際には魔王クラスのスライムだ。スキルで、アイテムボックスの様な物があるらしい。主殿も同じようなスキルを持っているようだ。
「茜さん?」
「ごめんなさい。それで、主殿とライのスキルは同じなのですか?」
好奇心が抑えられません。好奇心が抑えられるような性格なら、ギルドに就職はしていない。
「簡単に言えば、私のスキルは、低容量で時間調整が可能で、ライは大容量で時間調整が出来ないスキルです。あっライは、ライ同士で共有できます。私は、主人格でしか使えないですね」
よく解りません。
「時間調整?」
「はい。極端に遅くしたり、早くしたり、あっ止めることもできるようになりました」
”ドヤ顔”を決める主殿が凄く可愛い。
大丈夫。そのスキルも、世界初のスキルです。多分、主殿しか持っていないと思います。
「そうなのですね。あっスキルの付与が出来るのですね」
「すみません。お伝えするのを忘れていました。既にご存じだと思いますが・・・。魔物の素材で作られた物なら、スキルを付与した魔石を融合させられます。魔物の素材の割合が解らないので、間違っているかもしれませんが、私が試した所では、半分以上が魔物の素材なら、魔石の融合が成功します」
そんな、”知っていますよね”みたいな雰囲気で話すような内容ではないですよ?
どうりで、人が作った武器に魔石を吸収させてスキルを使えるようにする実験が失敗の連続だった理由が解ってしまいました。
「主殿。ちなみにですけど、アイテムを作るときに、何か特殊なスキルが必要になりますか?」
「どうでしょう?私とライができるので、特殊なスキルは必要ないと思いますよ?」
お二人ができる事は、世界中を探しても、お二人にしか出来ないことが多いと認識して欲しいです。
主殿の言葉では、”スキル”は必要ではないと判断が出来ます。
「私でも出来ますか?」
好奇心が止められません。
ダメだと解っています。でも、目の前に知っている人が居るのに、聞かないのは愚かな事です。
それに、主殿は公表を考えてはいないと思いますが、公表した方がいい情報の可能性があります。
「そうですね。丁度、いらない物が有るので、それで試してみますか?」
落ち着こう。
蔵の中で、よく見れば、明りが不自然です。電灯やLEDの明かりではない。なぜ気が付かなかったのか。
「主殿?」
「あっ!茜さん」
「はい?」
「クロトちゃんとラキシちゃんのスキルを魔石に付与してみますか?多分、二人なら大丈夫だと思います」
「え?」
クロトとラキシが?
帰ったら、アトスにも教えなければ・・・。千明も私と同じ苦悩を・・・。
「茜さんが持っているスキルだと、魔石に付与したことがないスキルなので、できるのか不安です。茜さんにスキルを覚えてもらうという方法もありますが・・・」
そういう事ですか・・・。
私のスキルは、魔石に付与できない可能性があるのですか・・・。
確かに、魔物鑑定と魔物支配を魔石に付与するのは・・・。ステータス編集が出来たら面白いとは思うけど、何か違う感じがします。
ギフトは、スキルではないのでダメなのでしょう。
「あっ。クロトかラキシのスキルを試してみましょう。是非。そうしましょう」
主殿が恐ろしい事を言っているので、全力で回避しなければなりません。
千明を連れて来るべきでした。それか・・・。護衛という名目で、蒼さんに付き合ってもらえば良かったです。
蒼さんなら喜んでスキルを貰ったでしょう。
「あははは。そうですね。何を試しましょうか?」
「え?」
「武器は、作っていないので、杖でいいですか?」
「え?あっ。はい」
「何がいいですか?クロトちゃんとラキシちゃんは、”放出系”で、風と水と土を持っていますよね?」
”持っていますよね?”
二匹を見ると、頷いているので、持っているのでしょう。
猫だったはずの二匹が別の生き物になっているようです。可愛いから許せるのが怖いです。
そういえば、糸を出していたのを忘れていました。”魔物鑑定”で調べればいいのは、解っているのですが・・・。
「杖ですから・・・。普通に考えれば、ファイアボールとか、ウィンドウカッターとか、ストーンバレットとか・・・。放出系って使い勝手が悪いですよね」
怖い。怖い。
そんな杖を持っていたら、確実に前線に・・・。そうか、孔明さんに渡してしまえばいいのか!
でも、多分・・・。
私とクロトとラキシは、杖を作り出す機械にさせられてしまう。
考えろ!
私!
脳みそを全力で活用しろ。前線に行かなくて、あまり使い道がなくて、それでいて、私が便利になるような・・・。
あっ!
「主殿。”こういう杖”は無理ですか?」
思いついた杖の説明をします。
簡単に言えば、杖を持つ者の周りを微風で膜を作る。結界ほどの効力はなく、上から下に向かって、微風が・・・。
花粉対策の杖です。
日本人なら欲しがる人が多いとは思いますが、費用対効果で購入は無理。それなら、ミニ扇風機を持っていた方が有効。
「できるとは思います。ライ」
「うん。ユグドラシルでは威力が強すぎてダメだね。若木の杖で、サイズがミニの物があったと・・・。これなら、要望通り。魔石は、ゴブリンでも難しいから、ノッグたちのおやつから出た魔石で十分だと思う」
「え?あれだと、スキルの付与が難しくない?貝から出た魔石だよね?」
「クロト殿とラキシ殿なら大丈夫だと思います」
「・・・。そうか、二人で・・・。同時に付与を行うのだね」
「はい」
二人の会話は、耳に入って言葉の意味はわかりますが、内容の理解が出来ません。不思議な状況です。主殿の家に来てから、同じようなことが何度もあります。
クロトとラキシは、解っているのか、二人の話をしっかりと聞いて相槌を打っています。あとで、クロトとラキシに聞いたほうがいいかもしれないです。
私に許可を求められたので、頷いてしまった。
どうやら、可能になる付与は、小さい魔石なので、二つ程度になるようで、クロトとラキシが持っているスキルで、私が欲しいと思った”助勢系”の”疲れ軽減”のバフ効果を持つスキルです。
主殿に伝えたら、”スキルを取りますか?”と恐ろしい事を言ったので、全力で首を横に振ります。
杖を持っていると、バフが掛かるようになる物は作った事がないと言われました。実験で、実験なので、実験だということで、試しましょうと・・・。押し切りました。
結果。
私の手元には、割りばしよりも短く、標準的なボールペンよりも長くて太い杖があります。
二重付与に成功してしまいました。私が作った杖です。魔石は、クロトとラキシが作りました。麦チョコと同じくらいの魔石がコンビニのビニール袋に一杯入っています。買い取りではなく、プレゼントだと言われてしまいました。そして、頭陀袋に・・・。
あと、杖の造形まで拘らなくても・・・。
蛇が蒔きついたような造形です。ヘルメースの杖もありました。どうやら、主殿とライの合作の様です。
疲れ軽減の効果は、”解らない”と主殿が言っていたけど・・・。杖を持っていると、慢性的な肩こりや眼精疲労が・・・。きっと気のせいです。プラシーボ効果という奴に決まっています。
風の効果は思った以上に気持ちがいいです。魔石が小さいので、スキルを持っている人が持っていないと、発動しない様です。
私が、杖の確認をしている間に、主殿とライとクロトとラキシが、頭陀袋の中に、物品を詰め込んでくれています。
やっぱり、ダメです。
あの量は無理です。ギルドに持って帰ったら、殺されてしまいます。
「主殿」
「はい?」
「買い取りの物品ですが、種類が多いようなので・・・。先に値段の確定をしませんか?」
「よろしいのですか?茜さんやギルドの皆さんが大変じゃないですか?私たちには、必要が無いものですので・・・」
持っていって欲しいと言っているのは解るのですが、ここで怯んではダメです。
「すぐに値段が確定する物は・・・。少ないと思いますので、1個ずつ持って帰って、委託販売の形にさせていただけませんか?」
主殿は、少しだけ考えてから、委託販売を承諾してくれました。
その時に出された条件が、”ギルドを見てみたい”だったので、私の判断で許可を出しました。
ふふふ
皆も私と同じように楽しい情報に触れればいい!きっと楽しい未来が待っている。はずです。きっと・・・。絶対に、怒られる。
いろいろありすぎて、本来の目的を忘れそうになっていました。
頭陀袋に入っていた物は、”プレゼント”だと言われた物以外で、同じ素材が複数個ある物は質が悪そうな物を受け取ります。主殿が、悪い物で、値段を算出して欲しいと言っていたからですが、良い物でも悪い物でも、大きくは違わないように思えます。
委託販売の件では、値段は気にしないと主殿は言っています。
気にしないと言われても・・・。他のギルドメンバーに知られたら、ギルドが叩かれてしまいます。
そうならない為にも、しっかりとした値付けが必要になってきます。
受け取ったリストを見ても、値付けができるとは思えない。
円香さんに殺されてしまうかも・・・。
さて、主殿に時間を貰った。
メモで残しているが、記憶が残っている間にしっかりと確認をしておきたい。
主殿に縁側を使わせてもらうことにした。
クロトとラキシは、庭で主殿の家族と遊んでいる。主殿とライは、ライの身元に繋がりそうな情報を書き出してくれている。
まずは、海の魔物だ。
海底火山は完全に盲点だ。
今まで、議論に上がっていないと思う。海の魔物に関しては、議論されていたのだが、実際に発見されたわけではない。そして、火山から海までの距離から、世界中でも数か所にしか存在しないのではないかと言われている。
しかし、主殿の家族には、”タコ”や”ウツボ”が居る。確実に、海洋生物だ。
そして、3,000メートルを越える火山は存在している(はず)。
この情報は、このまま流しても問題はない。ワイズマンに情報を提供すれば、各国のギルドで検証を行ってくれるだろう。
次は・・・。
そうだ!蜂蜜だ。完全に忘れていた。蜂の魔物が花の蜜を集めていた。花も、季節感を無視したような物が多かったが気にしない事にしている。
あの蜂蜜が食べられるのか?
美味しかったけど・・・。大丈夫なのか?売れるのか?価値は?
蜂蜜に関しては、食品衛生法の関係もあるかもしれない。孔明さんに丸投げでいいだろう。
アイテムボックスの話は、報告だけを行えば大丈夫だ。大丈夫だといいな。
魔石の合体と変形は、私でもできるようになったから、実践して見せれば・・・。
あとは、円香さんが処理をしてくれるはずだ。多分。
技術的には、主殿は公開してもいいと言っているので、やり方を公開して、あとは、ギルドの上層部に任せる方法もある。問題があるとしたら、ギルドの上層部が日本に来て、主殿の所に突撃してしまうことくらいだ。
主殿の言い方では、招かれざる客は、主殿の家に辿り着けないだろうから、問題はない。問題がないから、ギルド日本支部への風当たりが強くなりそうで怖い。やはり、判断は円香さんにお願いするのがいいだろう。
魔力の放出は、クロトとラキシがアトスに教えられたら、私と千明で試してみる。
その後に、蒼さんができるのか試してもらって、出来たら、ワイズマンに登録しても大丈夫だろう。スキルに頼らない攻撃方法になれば、ギルド員の生存率があがる。他にも、研究が進む可能性がある。
スキルと属性は、主殿がまとめてくれた物があるから、これを円香さんに渡して終わりにしよう。
スキルの融合とか・・・。私が抱えるには重すぎる。話が大きくなりすぎる。
魔石を漬けた水で植物が急成長する問題は、聞かなかったことにしたいけど、蜂蜜の話をするので、ダメです。
秘匿しても意味がありません。
害虫を寄せ付けないとか、植物が”意思”を持つことに繋がる情報です。
追試が必要な情報ですが、まずはギルド内で試してみてから考えればいいので、他の情報に比べたら気が楽です。
私が帰った後で、主殿が新しい発見をしなければ・・・。ですが、何か”怖い”ことを言っていたような・・・。
聖樹は、報告だけで何ができるのか解っていないので、問題は無いでしょう。
魔石水?を与えたら、おかしな方向に成長した木があると報告すれば・・・。ごまかしは難しいでしょう。正直が一番ですね。
スキルを付与した杖の問題もありました。
これも、追試が必要です。これは、蒼さんと千明を巻き込めればいいと思っています。
魔石にスキルを付与する方法も確立しないと、クロトとラキシが魔石にスキルを付与し続ける状況になってしまいます。それは、不本意ですので、主殿が言っていた方法を試してみようと思います。
委託販売は、ギルドに訪問してきてからなので、今は保留です。棚上げ案件です。円香さんと千明に丸投げです。あと、孔明さんも巻き込まれてください。
私を一人で主殿の所に送り出したことを後悔させましょう。
私が担当するのは、ライの身元調査です。
どこまで遡ればいいのか解らないのですが、私の責任でライの身元を探します。行方不明者から探していけばいいとは思いますが、戦中とかだともう不可能でしょう。主殿も、難しければ諦めると言ってくれていますが、出来る限りのことをしようと思う。今の姿は、主殿に引っ張られていると言っているので、元に近い姿を主殿が撮影して送ってくれることになっています。
「茜さん」
主殿が飲み物を持ってきてくれました。
日本茶だと思いますが、落ち着きます。
「はい」
「ライの情報をまとめました」
「わかりました。お預かりします」
「お願いします。でも、無理はしないで下さい。白骨でしたし、着ていた服もかなり昔のデザインだと思うので・・・」
「大丈夫です。ギルドなら、ある程度の情報にアクセスができます」
「あっ!忘れていました!」
あっ・・・。
ダメな感じです。
主殿のこの感じは、爆弾の可能性が高い。
「?」
「ライ。彼女を連れてきて!あと、クロトちゃんとラキシちゃんも!」
「わかった!」
ライは可愛いです。
連れて帰りたい。
中学生くらいの制服を着せたら可愛いだろうな。
学生服よりは、ブレザーかな?でも、学生服で袖が長い感じも可愛い。似合いそうだ。女顔なのは、主殿に引っ張られているからだと言っていたけど、そのおかげで、姉弟に見えます。
並んでいても違和感がない。
やっぱり、ダメな感じがします。
梟?
静岡に梟が居るの?
「茜さん」
聞きたくないけど、聞かないとダメなのでしょう。
「はい」
「この子たちは、少しだけ事情がありまして・・・」
「え?”たち”」
「あっ。今は、この子だけなのですが、もうすぐ、帰ってくると思うのですが・・・。話を進めますね」
「はい」
「私の家族には迎えられないので、茜さんの家族にしてもらえないでしょうか?」
やっぱり・・・。
でも、主殿の家族に迎えられない?
「理由をお聞きしても?」
「はい。この子たちは、天使湖の近くに居た子たちなのです。あの時に、魔物になってしまって、身を委ねてはくれていますが、自分たちは捕虜だと・・・」
「え?」
「クロトちゃんとラキシちゃんとの相性から、茜さんになら任せられると・・・。それに、私たちとの連絡の方法が、この子たちを使えば広がります」
メリットはあるのか・・・。
「それに、クロトとラキシが持っていない属性を持っているから、魔石の付与の追試には役立つと思うよ」
ライからの助言が的確過ぎて怖いです。
確かに、ギルドのメンバーが持っているスキルよりも、豊富な属性を持っているのでしょう。
全属性が揃えば、できることが増えます。
「わかりました。名前は・・・」
「無いので、茜さんが付けてください」
「え?あっ。もう一人は?」
「そうでした。ここに居るのが、メスです。もう一人は、オスです」
「うーん。メスは、クシナ。オスは、スサノ」
私の前に来ていた梟が光りだします。
契約が結ばれたようです。
私も、人外になってきた。
オスも帰ってきて、同じように私の前で頭を下げます。
もう一度、名前を呼んであげたら契約が結ばれました。
よかった。よかった。
スサノとクシナから感謝の気持ちが伝わってきます。
クロトとラキシも喜んでいます。
夫婦だと思って名付けをしたら、本当に夫婦だったので良かったです。
千明に押し付けるのは無理そうです。
食事代を稼ぐために仕事を頑張ろう。
梟(オオコノハズク)も可愛いです。モフモフは正義です。主殿の家族に居るコノハズクよりも少しだけ大きいサイズですが、小型の部類でしょうか?
帰ったら、生活環境を整えないと・・・。
電車に乗らないで、飛んでギルドまで来てくれるようなので、良かったです。
帰路は、いろいろ考えながら歩いている。主殿は・・・。
クロトとラキシを、主殿が送ってくれることに決まった。
スサノとクシナのスキルを調整したいと言われてしまった。
その都合で、クロトとラキシのスキルが必要になってくるらしい。怖くて、それ以上は聞けなかった。聞いた方が、ギルドとしては正しいけど、聞くのが怖かった。
私の表情を読んで、主殿が簡単に教えてくれた。
簡単に言えば、クロトとラキシが持っている”眷属”の繋がりを、”横に広げる”らしい。
今までは、私が中心になって、クロトとラキシとスサノとタシナに繋がっていた。これを、眷属同士でも繋がるようにしてくれるらしい。
スキル”念話”を、付与して眷属同士でも会話が成立するようにしてくれるようだ。
私では、数十メートルが限界だけど、スサノとタシナを経由すれば、数キロの会話が可能になる(らしい)。
あとは、クロトとラキシが持っているギルドの情報を、スサノとタシナにも共有しないと、”問題になってしまう可能性がある”と言われてしまった。
どうやって送ってくれるのか聞いたら、主殿の眷属がクロトとラキシを背中に乗せて飛ぶようだ。ライの分体が、クロトとラキシを落ちないように固定してくれるらしい。見なければ問題にはならない。そう、知らなければ、知られなければ、見られなければ、大丈夫だ。
ギルドに帰還の連絡を入れたら、誰も居なかった。
ギルドが空になって大丈夫なのか?
大丈夫だから誰も居なくなっているのだろう。
もしかしたら、アトスが居るから大丈夫だと判断を下したのかもしれないけど・・・。千明まで、出ているとは思わなかった。
何か、問題でも発生したのか?
主殿にも心配されてしまった。
まず、主殿の家は、スマホの電波が届かない(場所が多い)。
玄関か主殿の部屋でしか電波が届かない不思議な状態だ。深く考えない事にした。考えたらダメだ。電波を遮断する方法が構築されている。そんなことは・・・。多分、出来ている。盗聴も盗撮も不可能な状況で、主殿と一緒でなければ、あの家には辿り着けない。
主殿が常識的で善良な心を持っていてよかった。
復讐を考えているようだけど、”人”全体ではなく、主殿の将来を奪った人とそのスキルを与えた魔物に、矛先が向いている。
だから、主殿を刺激しないほうがいい。
私は、円香さんにも、ワイズマンにも、それこそギルド全体にしっかりと説明をしなければならない。
主殿は”アンタッチャブル”だ。
好奇心がマナーや常識を上回っているような人たちや、全体のために個が犠牲になるのは当然だというような人たちには、主殿を引き合わせないほうがいい。絶対に問題になる。
それだけなら、その個人が対象になるだけだけど、”人”に矛先が向いてしまったら・・・。主殿が許しても、眷属たちが・・・。人類が滅んでも、私は不思議だとは思わない。
日本を滅ぼすつもりで、核を打ち込んでも、主殿たちだけは生き残る未来が訪れても驚かない。
帰り道は、パロットが案内してくれた。途中までだけど・・・。私が解る場所で、別れた。
普段は、部屋の中で丸くなっているらしいけど、主殿もライも他の眷属も家に居たことから、久しぶりに外に出ると教えてくれた。
どうやら、クロトとラキシにいろいろ教えてくれるのは、パロットの様だ。
別れ際に、クロトとラキシをお願いしたら、可愛く鳴いて答えてくれた。
人里を歩いていると不思議な気持ちになってくる。
主殿の家は、不思議に満ちていたけど、あの光景が”あるべき姿”ではないのか?
魔物が地球に現れてから、いろいろ変わってしまった。
スキルを得た人は、得られていない人を蔑む。反対に、スキルを得ていない人は、スキルを得た人を野蛮人だと蔑む。
もしかしたら、魔物たちを地球に放った者は、地球人の分裂を狙ったのか?
主殿の存在は、光にも闇にもなる。
魔物になってしまった少女。
本名も教えてもらったが、主殿と呼ぶことにしている。
主殿は、『復讐は”殺す”ことではない』と明言してくれた。
世間に公表したい。それで、主殿を魔物にした者が”人”だとしたら、罪に問えるか考えて欲しい(らしい)。それで、罪に問えないのなら、自分が、その者を始末する。
主殿は、人ではない。しかし、煩い政治家や偉そうに文句を言うだけの専門家や情報を寄越せとだけ言うマスコミの担当者よりも、人だ。だから、魔物にした者を人が捌けないのなら、魔物になってしまった主殿が始末する。魔物の世界は、弱肉強食だ。殺されても文句を言わせない。人がそれで文句を言ってくるのなら戦うまでとはっきりと宣言をしている。
私は、主殿たちと人類が戦う未来は見たくない。
出来れば、主殿を魔物にした人物を見つけて、人が裁かなければならない。主殿の手を汚させてはダメだ。
人の正義を主殿に押し付けてはダメだ。
主殿の事を考えていると、駅に到着した。
改札を抜けて、ホームで電車を待つ。
古い椅子に腰を降ろす。
主殿は、この駅から学校に通っていたのだろう。そして・・・。これからも通うはずだった。些細な日常を、主殿の日常を、奪った愚か者が存在する。
電車がホームに滑り込んでくる。
誰も降りない車両に乗り込む。
席は空いているが、なんとなく窓際に立っていたい気分だ。
ドアが閉まり、電車が走り出す。
ゆっくりとした速度から、徐々に速度があがる。
窓からは、海が見える。
主殿もこの景色を見ていたのだろうか?
静岡駅まで約30分。景色を見ながら電車に揺られるのはちょっとだけ長く感じる。
静岡駅に到着した。
改札を出て、地下道に向かう。
地下道を通り抜けて、呉服町交差点を目指す。そこから、呉服町通りを通って、七軒町通りを駿府城の方向に向かう。御幸通りを中町交差点に向けて歩く。大鳥居をくぐって浅間通りを通り、浅間神社に向かう。ギルドに行く前に、クロトとラキシとスサノとクシナと合流する。
前に主殿と会った場所だ。
主殿もライも覚えていたので、場所の説明は不要だ。それに、クロトとラキシなら迷わないだろう。私を探しながら来るらしいから、スサノもクシナも大丈夫だと言っていた。
長い長い急な階段を上がって・・・。
スサノとクシナを眷属にしたからなのか、しんどかった階段が楽に上がれるようになっている。走って上がるのは無理でも、上に辿り着いても息が切れない。今なら、蒼さんは無理でも、孔明さんには勝てそうだ。階段を上がる速度だけだけど・・・。
ベンチに座ろうと思ったら、ライが既に到着していた。
上を指さしたので、上を見たら、スサノとクシナが枝にとまっていた。
クロトとラキシは、ベンチの下に居るようだ。
「茜さん」
「なんでしょうか?」
ライが話しかけてきた。
「本日は、ありがとうございます」
予想外の言葉です。
お礼を言うのは、私たちです。
「いえ。私。私たちこと、主殿にはお礼を言わなければ・・・」
「違います。茜さんが来てくれて、マスターは、本当に楽しそうでした。私たちは、マスターの家族にはなれますが、”友”にはなれません」
ライの伝えたいことが・・・。わかってしまいました。
主殿には”友”と呼べる存在がいなくなってしまった。
「私も、主殿といろいろ話せて楽しかったです。これからの事を考えると、頭が痛いのですが・・・」
「それは、スキルの事ですか?それとも、眷属の事ですか?」
「それも・・・。含まれていますが、いろいろです。ライは、主殿が持つ情報が、世間からどう見えるのか知ったほうがいいかもしれないですね」
「え?」
「ライは、分体ですよね?」
「そうです」
「それなら、帰らなくても、大きな問題はないですよね?」
「そうですね。数日くらいなら大丈夫です」
「それなら、今日と明日。ギルドに来ませんか?私が皆に今日の報告をします。ライも、主殿に報告をする為にも、聞いておいた方がいいと思いませんか?帰りは、スサノかクシナに送らせます」
「・・・。そうですね。マスターに確認をしますが、スライムになってしまいますが、問題がなければ、お邪魔いたします」
「良かったです!」
偶然ですが、説明要員を確保できました。
主殿に筒抜けとなってしまいますが、些細な問題です。これで、謝って伝わってしまうことも、主殿たちが持っている情報や知識が世間とどれほどずれているのか伝わると思います。
ライが、カーディナルに乗って帰っていくのを見送ってから、階段ではない方から帰ることにした。
クロトとラキシは、おとなしいけど、さすがに外を歩かせるのには、リードがない?
”ニャウ!”
え?
リードがある?主殿から貰った?
アイテム袋の中に入っている?
はぁ・・・。
確かにリードだ。リードだけど、これは・・・。
私は騙されない。
これは、魔物の素材を使ったリードだ。手に持った事ではっきりとわかった。
でも、確かに見た目はリードだ。
手に持つ場所に魔石が埋まっていたとしても、これはリードだ。武器ではない。
通常は、リードだと紐がリールに巻かれている。このリードには、紐がまとまっている場所がない。それなのに、紐が伸び縮みする。
どうやら、紐は魔力で作られているようだ。
クロトとラキシが遊んでいた時に出していた魔力の紐だ。
うん。楽になったと考えよう。
そうだ、深く考えても無駄だ。
クロトとラキシにハーネス状になっている部分を取り付ける。
すんなりと受け入れてくれるのは嬉しい。
キャリーバッグは、アイテム袋にしまえば問題はない。そう、何も問題はない。楽になるのだ、問題なんてない。
ラキシは、歩くのが嫌なのか、私の肩に乗っている。
上空を見ると、スサノとクシナが飛んでいる。護衛をしてくれているようだ。主が貧弱なのでもうしわけない。
え?
「クロト!今、影に潜らなかった?」
”にゃにゃ!”
できるよ?
じゃないよ。
影に潜って、私の影に出てきた。
「影から影に移動できるの?」
”にゃ!”
条件はあるようだが・・・。
影移動ができるようになったようだ。
もしかして・・・
”ふにゃ?にゃにゃ”
やっぱり、私も影に潜れるようだ。遂に人間を辞めてしまったようだ。影に潜れる人間が居るとは思えない。
主殿の所で、いろいろな眷属から話を聞いて、クロトとラキシはレベルアップを果たしたようだ。その恩恵は私にもフィードバックされている。
考えないようにしていたけど、しっかりと把握しないとダメだろう。
ギルドに向かいながら、クロトとラキシから聞き取りを行った。
思考加速というとんでもない能力が備わっているようだ。
それから、危険察知が個人的には凄く嬉しい。
スキルは、私とクロトとラキシとスサノとクシナで共有される。
もちろん、種族的なスキルは共有されない。スサノとクシナの空を飛ぶという能力は、私やクロトやラキシには備わっていない。
しかし、危険察知のような汎用的なスキルは、共有できるようだ。
この危険察知はパッシブのようで、危険が迫るとアラームが頭の中で鳴り響く。
思考加速も同時に発動するので、周りを確認して、停止しているような状況の中で私やクロトやラキシやスサノとクシナだけいつもと同じように動ける。
とんでもないスキルだ。
私がこれを持っているのなら、主殿たちも持っているのだろう。
だから、あれだけの魔物を狩っても怪我もしないのだろう。他にも、何か特殊なスキルを持っているように思えるけど、この二つだけでも・・・。意識して、思考加速が使えれば・・・。私には、出来そうにない。スキルを認識することから始めなければ・・・。
だめだ。
この状況に慣れてしまっている。
ギルドが見えてきた。
ギルドが見えてきた。
大事なことなので、2回ほど考えたが、ギルドで間違いない。
2台ある車は・・・。ない。
ギルドは、シャッターで入口が塞がれている。
誰も居ない。帰ってきていない。
部屋の入口は別だ。
部屋に入ると、なんとなくだけど、主殿の所での出来事が、夢だったのだと思えて来るから不思議だ。リビングに置いてあるソファーに身体を委ねる。
”にゃ!”
”ニャウ!”
解っている。
夢ではない。その証拠に、ベランダの手すりに梟が・・・。
はい。はい。
解っている。
窓を開けると、スサノとクシナが嬉しそうに鳴き声を上げて部屋の中に入ってきた。
「スサノ。クシナ。止まり木は、あとで注文するからね。今日は、どこか適当に使って」
スサノとクシナの寝床やら休憩する場所を作らなくては・・・。
”にゃにゃ!”
はい。はい。
そうでしょう。そうでしょう。ライが、忘れるわけがないよね。
止まり木が、アイテム袋に入っている。
うん。
解っていた。
多分、ダメな奴でしょ?
やっぱり・・・。
聖樹の枝でしょ?
スサノとクシナの止まり木には・・・。ちょっと小さいかな?
え?
幼い字で、説明が書かれていた。
これ?
本気?
ここまで来たら、指示に従った方がよさそうだね。
円香さんや蒼さんや孔明さんや千明に見せれば、説明しなければならない事がどれだけ”大事”なのかわかってくれるだろう。
丁寧にプランターまで入っていた。
私は、荷物が増えた時に使おうと思っていた・・・。アイテム袋があるから、荷物が増えても大丈夫だ。服が増えても・・・。増える予定はないけど・・・。
玄関から近い部屋を空けておいてよかった。
部屋の端にプランターを置いた。
下には、指示に従ってブルーシートを敷いた。水は必要ないと書かれている。土も必要な分は作り出すから大丈夫だと書かれている。何が、大丈夫なのか説明して欲しい。
指示に従って、聖樹をプランターに寝かせるように置いた。そして、入っていた(主殿たち基準で)小さい魔石を入れる。全部入れる必要はないとは書かれているが、持っていても怖いので、全部入れてしまおう。そのあとで、なんの素材か解らないけど、魔物の素材でプランタを隠すように覆う。
次は・・・。
このまま放置で大丈夫?
それじゃ報告書を書く為に、リビングに戻ろう。
「クロト。ラキシ。スサノ。クシナ。この部屋は、君たちの部屋になるからね。壁や床や天井に傷をあまりつけないようにしてね。絨毯なら汚しても大丈夫だけど、あまり汚さないでくれると嬉しいかな?水場は、クロトとラキシは知っているよね?スサノとクシナに教えてあげて!」
皆から了承の意思が流れ込んでくる。
これは便利だ。
「リビング。最初に座った場所に居るから、問題があったら教えて!」
眷属たちの部屋は・・・。
こっちの部屋を選んでおいてよかった。眷属たちの部屋の窓から外に出ると、浅間神社方面で公園があるから、眷属たちが散歩に出かけるのにも適している。円香さんが使っている部屋だと、道路側になってしまうから、梟が窓から出入りしたら目立ってしまう。
スサノとクシナなら認識阻害を持っているから、目立たないだろうけど・・・。主殿の家と違って完全に防ぐことができない。これから、魔物を狩って、スキルを育てれば、可能性はあると言っていたけど、この辺りに魔物ができる場所はない(はずだ)。
余計なことを考えていないで、報告書にまとめないと・・・。
ワイズマンに提供した方がいい情報と、提供しても大丈夫(じゃないけど)な情報。
ギルド内だけで留めておいた方がいい情報。
報告はするけど、私の頭が疑われる情報。
あとは、是非皆と共有したい情報だ。
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ふぅ・・・。
報告書が大作現代ファンタジーになってしまった。
事実は小説より奇なり。
この言葉をタイトルにして、それぞれの報告書を別々にして・・・。
27枚?報告書で?
これでも、アイテム袋の中身の説明や、売買契約・・・。あぁぁぁ思い出してしまった。
売買契約の雛形を用意しないと、委託販売契約は、ギルドでも数例だけど行っている。日本では、実例はないけど・・・。
千明に丸投げしよう。経緯の説明を追加しておけばいいよね?
時計を確認すると、22時を回っていた。
集中してしまった。前は、こんなことは無かったのに・・・。スキルのおかげ?それとも・・・。
ギルドのサーバに接続して、状況を確認すると、業務は終了しているようだ。
当然です。円香さんも、孔明さんも、蒼さんも、千明も今日はギルドには居ないようだ。明日は、朝から皆が揃う。報告を行う予定になっている。
私も、お風呂に入って、ひと眠りしよう。
その前に・・・。
見ておいた方がいいと”感”が告げている。
眷属の部屋のドアは開いていたはずだ。
珍しく引き戸なのが気に入っている。
嫌な予感がします。
でも・・・。
あぁ・・・。やっぱり・・・。
部屋の状況を確認して、膝から崩れ落ちました。
大きな声を上げなかった自分を褒めてあげたいです。
ふふふ。明日が・・・。もう、今日ですね。今日の会議が楽しみです。
部屋の前で跪いている私の足下に、クロトとラキシが、やってきて見上げてくる。
スサノとクシナは、私の肩に乗ってくる。
クロトの頭を撫でながら、大丈夫だと伝える。
壁沿いに”わさわさ”動いている樹木が目に入る。意思があるように動いている。
あれ、意思があるよね?
ファンタジー的に言えば、エントかな?
個人的には、可愛いからドリュアスの方が良かったけど、考えない方がいいだろう。なんとなく、私の意思を汲み取っているように思える。
問題ではない。
部屋にまだ入っていないから、幻の可能性がある。幻であって欲しい。
壁一面に蔦が張っている。なぜ?蔦?木がプランターから生えている?
物理的に不可能だよね?
部屋の中央は空いている。
そう、座れるようになっていて、テーブルがあるけど、気のせいだと思う。樹木だよね?プランターから枝が伸びて、椅子やテーブルになっている?
椅子は7脚だ。
私と円香さんと千明と蒼さんと孔明さんと主殿とライが座れる数だ。狙った?それとも偶然?
絨毯の上に広がっているのは芝生だよね?
これも、プランターから生えた?
あと、枝が不自然(自然な部分を見つけるのが難しいけど・・・)に、キャットタワーの様になっているのは、クロトとラキシが欲しがったのかな?
”ニャウ?”
ラキシが可愛く鳴いてから、私のズボンの裾を噛んで、部屋に引っ張っていこうとする。部屋の中を見ろと言っているのが解る。他の3人(主殿を見習って、私も家族と呼ぶことにしようかな?人格があるし、人でもいいよね?)も期待している雰囲気がある。
流石に、体格差があるから無理だろう。絶対に、私が重いわけではない。体重は、平均以下だ。声を大にしていいたい。私の体重は平均以下だ。一部の装甲は並以下しかないのだが・・・。ジュニアがつける物でも足りてしまうくらいだけど、これから成長予定だ。諦めていない。諦めてはいけない。
ラキシの頭を撫でると、クロトが先導するように部屋に入る。
ん?肩への負担が少なくなっている。
スサノとクシナのサイズが小さくなっていない?
「スサノとクシナ。サイズがこう、可愛くなっていない?」
”クォ!”
”クフォ!”
スサノとクシナの鳴き声、初めて聞いた!
小さくなれば、私と一緒に居られる?
なんて可愛い子たちだ。雀よりは、少しだけ大きいサイズだけど、このサイズなら肩に乗せて移動ができる。届け出が必要な”特定動物リスト”にも乗っていなかった。行政への届け出は必要ないようだし、気にしない事にした。スサノとクシナの為に、太陽パネルとバッテリーと紫外線ライトを購入した。魔物になっているから、必要がないか可能性も高いけど、紫外線は聖樹にも必要だと思っている。それに、有っても困らないだろう。
”にゃぁにゃ”
はぁ?
”ニャウニャウ”
ラキシが追い打ちをかける。大丈夫。聞こえているよ。
聖樹への名付け?
絶対に、ダメな感じがするけど・・・。
8個の瞳から注がれる期待が・・・。凄い。期待されている。私には、期待を裏切る事ができない。
アズエかモドンかユグドかイロコか迷う。ユグドがいいのだけど、なんとなくダメな気がする。そうなると、イロコかな?でも、イロコは聖樹というのは・・・。うーん。
やはり・・・。
「君は、ユグド」
やっぱり・・・。
聖樹が光りだした。
進化するのね。
もう驚かない。
期待通りだ!
そう思わないと、心の平穏が保てない。
光が収まると、聖樹は変わらない姿で・・・。
”わさわさ”が収まっている。
想像と違っていた。進化して、動き出すのかと思った。
良かった。
良かった。
目の前に、小学生くらいの4対の綺麗な羽が生えて、緑を貴重とした服を身に着けた、可愛い可愛い可愛い可愛いが暴走している女の子が居ても、何の問題はない。腕や足に蔦が絡むようになっていて、可愛いピンクや白の花が咲いていても、何の問題・・・。
ダメだ。
目を閉じて、もう一度、目を開けたら、女の子が消えているようなことはなかった。
天井を見ると、スサノとクシナが聖樹の枝と戯れている。意味が解らないけど、見たままを表現すると”戯れている”が正しい。
ふぅ・・・。
小さな女の子。多分、ユグドだろうけど、私の手を握ってきている。
小さな手が可愛い。体温があるのか、温かい。
「えぇーと。ユグド?」
「はい!」
あっ。日本語が話せるのね。よかった。よかった。
「日本語がわかるの?」
ユグドが首を傾げる。
すごく可愛い。
”にゃにゃ”
”ニャニャウ”
そうなの?
クロトとラキシが教えてくれた。
ユグドには意思疎通のスキルが備わっているから、相手に意思が、言葉が伝わる(らしい)。
「それは、私以外でも大丈夫なの?」
”にゃ!”
大丈夫なようだ。
その能力、私も欲しい。
そうだ。
ユグドは、私の眷属だから、私にも・・・。これは、嬉しい。海外からの・・・。ダメだ。円香さんに知られたら、海外から来るVIPの相手をさせられてしまう。
「ユグドは、聖樹から産まれたの?」
「うん!お姉ちゃんに仕えるため。クロトやラキシやクシナやスサノのお世話をして欲しいとお願いされた」
いろいろ突っ込みたいけど、突っ込んだら負けかな?
多分、お姉ちゃんは、私の事だろう。
聖樹を植える時に、確かにクロトやラキシやクシナやスサノが過ごしやすいようになってくれるように”祈った”。そして、さっき、エントよりは、ドリュアスの方が良くて、アニメで出てくるような可愛い妖精を思い浮かべた。そして、妹が欲しいと願った。
うん。私が原因だな。
それなら、ユグドを可愛がらないと・・・。その前に、いろいろ聞かないと・・・。報告書に追加は・・・。いいかな。もう。今日の打ち合わせは、家でやればいいかな?
この部屋を見せた方が、いろいろ説明が楽に思える。
それに、ギルドはクリアとは思えない。
無理だと思うけど、聞いてみよう。
「ユグドは、何ができるの?」
首を傾げる。
質問の意味が解らないようだ。
そうだよね。”何ができるのか”と聞かれても困るよね。
「例えば、この部屋に結界を作って、外に音が漏れないようにできる?」
「うん!」
「結界の範囲を、部屋の壁から5cmだけ内側とかできる?」
「できるよ?」
「電波って解る?結界の内側から外側に電波が流れないようにできる?」
「うーん。お姉ちゃんが持っているスマホが外に繋がらないようにはできるよ?」
おぉぉ!
優秀な子だ。流石、私の妹!
「あと、ユグドは羽を消せる?蔦も消して、私と同じような格好になれる?」
「うん!でも、本体からあんまり離れられない」
「そう?どのくらい?」
「うーん。解らないけど、お姉ちゃんの知識で言えば、1,500キロくらい?」
うん。問題はない。
「そうか、例えば、ユグドの本体の一部を持っていけば、そこに移動ができる?」
ファンタジーもので読んだことがある能力だ。
これがあれば、ユグドの分体を私が持ち歩けば、ユグドをいつでも呼び出せる。それに、主殿の所に預けることもできる。
「できるよ!お姉ちゃんたちと一緒に移動することができるよ」
ん?
「それは、私とクロトとラキシとクシナとスサノが、ユグドと一緒に移動するの?」
「うん」
便利!
完全に人間を辞めることになるが、気にしたら負けだ。
これは、報告書には書かない。ユグドたちにも、私以外には内緒にしておくようにお願いする。主殿には・・・。まぁ知られても困らないかな。
ユグドからの聞き取りは、順調に進んだ。
私の新しいスキルも判明した。
移動系のスキル以外は、極々普通?のスキルだった。私にも移動系や結界系のスキルが・・・。と、期待したが、クロトがいうには、ユグドの固有スキルだと言われてしまった。
まだ人を半分・・・。いや、7割くらい辞めた程度で終わってくれている。
保有するスキルの数も、主殿を除けば世界チャンピオンかもしれない。嬉しくない事実だが、気にしないようにしている。黙っていれば解らないだろう。
戦闘系のスキルが無いのが救いだ。主殿のように使い方次第では戦闘でも有効なスキルは多いけど、所謂”魔法”だと思われるようなスキルが”少ない”のが救いだ。戦闘スキルを持っていると、自衛隊に組み込まれてしまう可能性が高い。
多分だけど・・・。
持っているスキルを公開したら、国とギルドが取り合う未来が見える。
その前に、報告書の段階で・・・。考えない方がいいだろう。なるようにしかならない。
素晴らしいスキルが芽生えていた。
どうやら、ユグドではなく、クシナかスサノのまたは両方からの恩恵の様です。
スキル名は「隠蔽」と「偽装」です。もう一つは、あまり使わない気がします。アクティブスキルなのですが・・・。該当しそうな状況にはならないと・・・。思う。と、いいな。
使い方は、なんとなく理解が出来ます。でも、”偽装”に関しては、秘密にしておく必要がありそうです。実験で確認をした所、電子データには使えませんが、紙になっている情報の書き換えが出来てしまいました。書き換えは、私の筆跡になるのであまり使いどころはなさそうです。しかし、押した判子が消せてしまいました。このスキルは問題になりやすい。ギルドでは、電子データが基本なので、問題にはならないとは思いますが、日本ではいまだに”紙”のデータを信用する人は多くいます。上級国民様には電子データを信頼していない人たちが一定数居ます。特に、役所とか、官僚とか、役所とか、官僚とか・・・。あの人たちは、本当に前例にないことを嫌がります。
”隠蔽”は言葉通りです。スキルを隠す事が出来ます。私が取得したスキルの多くは未発見のスキルです。隠しておく必要があります。面倒ごとは避けたいです。同じように、クロトとラキシとクシナとスサノとユグドのスキルの多くは隠します。隠せてしまいました。スキルの適用範囲は、眷属までの様です。残念です。千明とアトスのスキルは隠せません。二人には、うまく立ち回ってもらいましょう。
ギルドに知られてしまっているスキルは残して、他のスキルを”隠蔽”しておきます。”隠蔽”の隠蔽は出来ないので、”偽装”で”隠蔽”を偽装しておきます。既に知られているスキルに偽装しておけば、知られても問題は無いでしょう。
主殿から預かっている”鑑定”で自分を見ても、問題になりそうなスキルはない状況です。
これで、まだ”人”として生活が出来ます。攻撃系のスキルが無いのが救いに思う時が来るとは思いませんでした。
明りをつけていませんが、明るい状況です。
電気代が浮いたと喜びましょう。
「お姉ちゃん?」
「ん?部屋が明るいと思っただけだよ?」
「そう?皆が快適に過ごせる状況を維持するのも、私の仕事だよね?」
「そうね?」
ユグドは嬉しそうに微笑んでから、何かのスキルを発動しました。
部屋の温度が、下がった気がします。
”ニャウ!”
ラキシが苦情を伝えたら、今度は室温が上がった気がします。
ユグドが調整を行って、室温と湿度が納得できる状態になったようです。体感的には、20度くらいかな?肌寒くはないので、丁度いいのかもしれない。エアコンも必要が無くなってしまいました。風が欲しければ、風が発生しますし、水が欲しければ・・・。どうやら、ユグドの本体を奥プランターの中に魔石を大量に入れたのが原因だったようです。全ての属性が使える聖樹が産まれてしまったのです。
過ぎたことなので、もう忘れましょう。
そうです。もう過ぎたことです。
ユグドがいろいろできるので、私は楽になったと思うことにします。
”にゃ!”
クロトが私の足を可愛い手でテシテシしてくる。
「お姉ちゃん。時間は大丈夫?ギルドに行くのだよね?」
ユグドの指摘で、時計を探すが、腕時計は普段からしていない。
この部屋には時計はない。でも、出勤の時間が近い。はずだ。
「みんなは待っていて!」
皆から了承の返事が帰ってくる。
連れて行っても良かったのだけど、どうせ戻ってくるし、その時にインパクトが大きい方が私の苦労がわかるだろう。
部屋に戻って着替えます。
ギルドには服装の規定はありません。受付に出るのなら、制服があるのですが、現状受付は開店休業中です。千明が形だけですが、受付に座る事はあるのですが、それだけです。
今度は、わかりません。
主殿の情報が炸裂したら、ギルドに人が集まる可能性があります。
私としては、今の雰囲気が好きなので、受付を作るのなら、別の場所に設置してバイトでも雇って欲しいと思います。それに、主殿が訪ねて来る事を考えれば、受付は別の場所にしたほうがいいでしょう。
ギルドには、まだ誰も来ていないようです。
先に、送れる情報だけでも・・・。
辞めておきました。
絶対に、面倒なことになるのは解っています。
ギルドのネットワークは、監視・・・。盗聴が疑われます。
どこの組織とは言いませんが、可能性は高いと思っています。
さて、ギルドに出勤といっても、玄関から出て、50歩も歩けばギルドの正面です。裏口なら半分以下で到着します。
玄関を出てみると、雨が降り出しています。濡れたくないので、正面玄関に向かいます。屋根伝いに移動できます。10歩ほど歩数は増えますが、誤差の範疇です。
正面玄関が空いています。
確認した時には、誰も出勤していなかったのですが・・・。
「おはようございます」
「おはよう。早いな」
「孔明さんも、早いですね。何か、問題でも?」
「違う。そうだ!スライムの所に行ってきたのだろう?報告を聞きたい。出来る範囲で構わないから教えてくれないか?」
「孔明さん。スライムではありません。主殿です。本名もお聞きしましたが、主殿と呼称してください。お願いします。私は、まだ死にたくありません」
「ん?死にたくない?どういう事だ?」
「それは、皆が揃ってから・・・。あぁ千明と蒼さんが来ました。円香さんが来たら、報告をします。あと少しだと思うので、待っていてください」
「わかった。それにしても、茜嬢。雰囲気が変わったな」
「え?」
雰囲気?
「なんというか・・・。うーん。よくわからないから、雰囲気という言葉を使ったが、強者とは違うけど、変った」
「そうですか?自分では解らないです」
蒼さんと千明がギルドに到着しました。
同時では無いのですが、同時になってしまったようです。千明が、お茶の準備を始めるので、少しだけ待ってもらいました。
「皆。揃っているのか?」
円香さんの登場です。
役者が揃ったのですが、最初に、円香さんと蒼さんから、主殿がギルドに齎した情報の検証結果の報告を聞きます。
先に報告を聞くことにしました。千明も一緒に聞くように言われてお茶はなしになりました。冷蔵庫から、ペットボトルを取り出して好きに飲むことにしました。
私の報告は、時間が必要です。絶対に必要です。円香さんに力説して認めてもらいました。もう一つの理由もありますが、それは別で考えましょう。円香さんに丸投げ出来れば・・・。
「魔石を持って、スキルを使うと、回数が増えた」
今まで、使い道が少なかった魔石に使い道が産まれた瞬間でした。
また、鑑定の魔石も一部だけ情報を解禁した。結果、各国からの問い合わせが増えているようです。本部に、魔石を送って解析とレシピ化が可能なのか調べることになりました。鑑定石の件は、私たちの手が離れることになりました。よかったです。負担が減るのはいい事です。どうせ、すぐに増えます。倍では住まないくらいに増えます。
ひとまずは、ここまではギルドとして情報を公開することに決まりました。
登録者は日本支部ですが、発見者は匿名の人物となりました。煩わしさを避けるために、匿名の登録はよくあります。主殿も同じように匿名での登録になりました。銀行口座も、私たちが用意した口座になりました。
「茜。報告を頼む」
「円香さん。この場所は、クリアですか?」
円香さんは、首を横に振ります。
やはり、盗聴が行われているのでしょう。
「気分転換も必要でしょう。私の部屋に来ませんか?」
「え?」
「入口近くの部屋の模様替えをしました。皆に見て欲しいです」
「茜。何を言っている?模様替え?そんな時間があったのか?」
「そうですね。昨日はいろいろ大変でした。気分を変えたくなるくらいに大変でした」
私は、持っていたメモ帳に”私の部屋ならクリアです”と書いて円香さんに見せる。
「いいのか?」
「はい。報告書も部屋に置いて来てしまったので、都合がいいです」
円香さんが頷いてくれた。
千明は、何を言っているのかわからないのか”きょとん”としていますが、問題は無いでしょう。
「あっ!千明。アトスも連れてきて!ラキシとクロトが会いたがっていた」
「え?あっ。うん。わかった。先に出ますね」
千明が立ち上がって、ギルドを出ていくと、私も立ち上がって、円香さんにメモを見せます。
メモには”主は孔明さん”と書きました。
私が新しく得たスキルの一つ”看破”が事実として・・・。報告の前にやらなければならない事が増えてしまった。
憂鬱だな。
こう考えると、主殿の所は、心臓には良くないけど、楽しかったな。