「お邪魔します」

「はい。スリッパをどうぞ」

 主殿の家は、外から見た時と印象が全く違った。
 周りに民家が無いのも不思議です。

「ありがとうございます。聞いていいですか?」

「なんでしょうか?」

「主殿の家の周りには、民家がないようですが・・・」

「あぁ・・・」

「あっ言い難いようなら・・・」

「別に、隠していないですし、調べたら解ってしまう事ですので・・・」

 驚愕です。
 聞いた、自分を褒めてあげたい。主殿のご両親と住んでいた家だということだ。これで、主殿の素性が解る。円香さんからの宿題の一つが解決した瞬間だ。それだけではなく、裏山ともう一つ向こうの山も主殿の土地だと笑っていた。
 何も資源にもならない山だけど、新幹線のトンネルが通っているだけで鉄塔もないから、固定資産税はJRから入ってくる利用料で賄えてしまうようだ。そして、二つの山とプラスαは、人が殆ど踏み入れない場所になっている。
 主殿は、裏山を利用して、動物(家族)たちの楽園を作った。魔物になってしまった動物を保護している。

 そして、主殿が持ち込む素材の出所がはっきりとわかった。

 裏山には、ゴブリンやオークだけではなく、オーガまで居たらしい。
 家族で協力して討伐したと笑っていたが、オーガ種を討伐できる者は限られている。それこそ、世界のトップだけだ。自衛隊が完全武装でも討伐できるのか不安になるレベルの魔物が、町の近くにある山に湧いていたのか?

「あっ安心してください」

「え?」

「静岡側の山は、監視しています」

「監視?」

「はい。後で、紹介しますが、フェズやアイズやドーンたちが交代で、近隣の山を見て回っています」

「近隣の山?」

「そうですね。安倍川までと富士川の間で北は、県境までです」

「何故?県境?」

「え?魔物は、県境を理解しているのか、越えてきませんよ?」

 新しい情報が、出てきます。
 良かったです。レコーダーで録音しています。聞き逃しがあっても大丈夫です。
 一応、メモもします。できる社会人だと主殿に見せる為です。

「それは・・・」

「あっ」

「どうしました?」

「海は、魔物が比較的自由に移動します。魔物が、川は越えないので、忘れていました」

「海?海?え?え?」

「はい。海にも、魔物は居ますよ?見つかっていますよね?」

 落ち着こう。
 海の魔物は、ギルドでも議論はされています。
 ”存在している”と言われていましたが、実際に海に居る魔物が確認されたことはありません。

 3,000メートル級の火山で魔物が産まれる。これは、不文律です。

「いえ・・・。初耳です」

「え?!本当ですか?海の方が、魔物が多いですよ?討伐していると思っていた・・・。茜さん。先に、少しだけ家族と話をしていいですか?もちろん、茜さんにも助言を頂きたいので、参加して欲しいのですが・・・」

 断れない。
 断りたいけど、断れない。

 主殿があざとく上目遣いで見上げてきました。凄く可愛いです。

「わかりました」

「良かったです。裏庭に移動します。あっ大丈夫です。縁側がありますので、そこで座って話が出来ます」

 主殿は、私を縁側に案内してくれました。
 凄く安心できる庭です。昔ながらの日本の裏庭の雰囲気です。少し・・・。本当に、少しだけ、存在してはダメな生き物が見えますが、私には見えません。

 ネコはいいです。家でネコを飼っている人は多いでしょう。猛禽類を飼っている人も居ます。でも、数がおかしい。
 鷲?鷹?梟?()()が喧嘩もしないで並んで待機しています。

 何故、蛇の上に蜂が止まっているの?蜂のサイズもおかしいよね?ミツバチ?別の蜂になっているよね?

 鳥の種類は解らないけど、数えるのも面倒に思えるくらいの数が居ます。
 狸とハクビシンとアライグマが一緒に水を飲んでいる。その隣で、栗鼠が丸まっている。可愛いから許します。

 鳥の上に蜘蛛が乗っているのも納得ができない。蜥蜴も居ますが、数がおかしい。蝙蝠も居ますが、まだ昼間です自重してください。

 ふぅ・・・。
 落ち着こう。

 水槽を見ないようにしていましたが、自己主張が激しい子が居ます。
 それも、二匹。

 あれは、鮎ですよね?もう一種類は解らないけど、川魚なのは間違いない。なぜ、川魚が泳いでいる池に、ウツボとタコが居る?
 タコは、1万歩くらい譲って我慢が出来ますが、ウツボはダメです。

「新種のウツボですか?」

 ダメです。
 私の言葉が解るようです。ウツボが水面から首を出して、横に首を振っています。

 ギフトの恩恵だと思ったのですが、違うようですね。他のスキルが反応しません。

「茜さん。どうぞ」

 主殿が差し出してくれたコップを受け取ります。
 しっかりと冷えていて美味しそうです。凄く甘そうな匂いがします。

「あっ甘い物は大丈夫ですか?」

「好物です」

 食い気味に言ってしまった。

「良かったです。パルたちが作った蜂蜜と蜜柑を使ったジュースです。美味しいですよ」

「パルさん?」

 あぁ・・・。蜂さんの名前なのですね。
 私の言葉で、蛇の上で休んでいた大きな蜂が飛びあがって挨拶してくれました。会釈をして返します。挨拶は大事です。

「ごめんなさい。今、ライが売りたい物をまとめているので、先に海の話をしていいですか?」

「はい」

 突っ込んだら負け。
 深く聞いたら後悔する。

「オクト。ノッグ。海の魔物は野放しみたいだけど、大丈夫?」

「あの、主殿?海に魔物が居るのは確定なのですか?」

「あっ簡単に説明しますね」

 辞めておけばよかった。私の好奇心が・・・。

 でも、これも聞いておいて良かったのかもしれない。
 聞かなければ、問題になっていた可能性があった。

 海に魔物は居るけど、地上に居るようなゴブリンやオークやオーガではないようだ。
 問題は、主殿も認識はしていないけど、ドラゴン種が居る可能性が示唆されたことだ。やっぱり聞かなければよかった。

 今まで長いあいだ議論して、無駄な資料を大量に作らせた、自称有識者たちを殴りたい。主殿をアドバイザーに迎えたい。
 主殿の説は、目から鱗・・・。どころではない。海底火山。3,000メートル級の海底火山が存在している。

 その周辺で魔物が産まれて、移動を行う。
 海には国境があるが、曖昧な部分も多い。地上と違って、県境はなかったと思う。あるかもしれないけど・・・。そういうのは、偉い人が考えればいい。今は、天使湖のような事が発生しないように・・・。無理でも、あの悲劇は繰り返してはダメだ。

 主殿は、タコのオクトさんとウツボのノッグさんと話をしている。
 地上と同じように、海の中の警戒網を構築できないか考えてくれるようだ。

「なぜ?」

「え?」

 あっ
 声に出てしまった。

「主殿は、そこまで魔物の討伐を考えるのですか?」

「うーん。たいした理由は無いのですが、私は、誰かが得たスキルで魔物(スライム)にされました」

 そう言って、人間の姿からスライムの姿に変わります。
 知っていても驚く光景です。

 そして、池の近くから、跳ねながら移動して、縁側に登ってから人の姿に戻りました。服はどうなるのかと思ったら、服もしっかり着ています。

「・・・」

 主殿がどんな気持ちなのか解らない。
 でも、スライムにされて、人として得られるはずだった()を諦めなければならないのは悔しいはずです。

 ”わかる”なんて軽い言葉は、口が裂けても吐けない。

「茜さん」

「はい」

「人がスキルを得るのは、魔物を倒した時ですよね?」

「基本はそうですね」

「それは、間違っているのですが・・・。今は、魔物を倒すことで、スキルを得られると考えている人が殆どです」

 え?
 あっ。私の様なパターンもあるのか?

「・・・。はい」

「私は、最初に私を魔物(スライム)にした化け物が許せない。次に、そんな愚か者にスキルを与えた魔物が許せない」

「え?」

「だから、もう人がスキルを得るような状態にならないように、私が、私の家族が、魔物を駆逐する。人に戻る方法があるか解らないですけど・・・。可能性の話として、方法があると考えれば・・・。魔物を倒し続けて、新しい知見を得るか、新しいスキルを探すしかないですよね?」

「・・・」

 主殿の考えは解りました
 でも、私に同じ事ができるのか?

 目の前に居る魔物(スライム)になってしまった少女は、心まで魔物に化け物に愚か者になっていない。

 私に、私たちに、”何が”できるか解らないけど、この少女の手助けをしてあげよう。

 一筋の涙が頬を濡らすのが解って、慌てて拭きとった。
 主殿は、私の動作を見て、可愛く笑いかけてくれた。