スキルが芽生えたので復讐したいと思います~ スライムにされてしまいました。意外と快適です。困らないので、困っています ~


「円香さん。私も行かなきゃダメですか?孔明さんと蒼さんだけで・・・。私、留守番していますよ?」

 茜がまだ行かないと言っている。
 二日前から同じことを繰り返している。

「茜。諦めろ。ライ殿とはお前も会っている。”行かない”のはダメだ。もしかしたら、茜か千明しか会話ができない可能性があるのだ。何度も言わせるな」

 ライ殿とライ殿の主と言われる方に会う。
 もしかしたら、停滞した事柄が一気に動き出すかもしれない。まだ、ギルド本部には報告を上げていない。私の所で止めている。

 長沼公園での出来事は、思い返しても不思議だ。
 ギルドに帰ってきてから、預けられた結界のスキルが付与された魔石と念話のスキルが付与された魔石を、孔明と蒼にも説明した。

 蒼は、結界の魔石(結界石)を、すぐにでも戦闘部隊に配置したいと言い出した。結界石があれば、”損耗率が減らせる”が蒼の見解だ。結界を攻撃してみた蒼は、徐々に興奮していった。蒼と孔明の二人で攻撃しても、結界が壊れることがなかった。

 孔明は、念話の魔石(念話石)を欲しがった。距離の検証もできた。どういう原理なのか解らないが、4-5キロでは念話が繋がった。検証は続けるが、実用上5キロも距離が稼げれば十分だと判断された。もう一つのメリットは、電波妨害が効かないことだ。スマホの電波が乱れるほどの妨害状態でも、念話が繋がった。電波が遮断されている状況でも繋がることが確認された。

 ライ殿の主には、当初は私と孔明と蒼だけで向う予定だったが、千明の”ライ君の主と言葉が通じるのか?”がきっかけで、茜と千明にも参加してもらうことに決まった。

 茜がごねているのは、単純に”怖い”という気持ちがあるのは解っている。
 もう一つが、待ち合わせ場所が”麓山神社”が指定されていることだ。

「円香さん。ほら、クロトとラキシやアトスも・・・」

「茜。3匹には、お前たちが言い聞かせれば大丈夫だろう?それに、話が出来れば、私が主殿と話をする。もし、会話が不可能な時でも、茜が最初だけ通訳をしてくれれば、そのあとは念話石で会話ができるだろう?」

「そうですね・・・。わかりました」

 茜が納得したところで、最終確認を行う。

 神社に話を通さなければならない。
 正直に話すことはできない。しかし、主殿が来るのに、ギルドメンバー以外が居たのでは、信頼が得られない可能性がある。

 ギルドから、浅間神社は徒歩で移動ができる距離だ。
 事務所には、3匹の猫が残る。訓練がされていない人間では忍び込めないだろう。念話が使えるために、事務所で異常があった場合には、茜か千明に連絡が来る。セキュリティとしては、考えられないくらいに上がっている。

 ライ殿から依頼があったスライムは事務所に残っていることに決まった。ライ殿からの指示だ。

 麓山神社に向う前に、他の神社に参拝する。そのあとで、社務所に顔を出す。話を通しておいたので、話は早かった。こちらの提示した内容で納得してくれた。

「わかりました。ギルドの要請を受け入れます」

 この言葉を引き出せたのは、孔明のおかげだろう。
 千明が以前に取材で訪れていたのも幸いだった。”神社内には魔物は発生しない。その理由を調べる”が主な理由だ。日本だけではない。まともな宗教施設には魔物が発生しないことは、ギルド以外にも広く知られている情報だ。魔物が街中で発見された時には、神社に逃げ込めば襲われない。

 階段を上がった。
 何度も来ているが、いつも以上に緊張する。しかし、麓山神社の近くにあるベンチには、誰も居ないように見えるが、違和感がある。私の目でも何も見えない。見えないのが、不自然だ。

 そして、普段以上に清浄な空気が漂っている。

 多分、”居る”のだろう。

「まだ来ていない様だから、お参りをしておこう」

 皆が、麓山神社に向っても動きはない。

「ライ殿の(あるじ)と有意義な話ができる事を望む。願わくは友好的な関係が築ければ幸いだ」

 後ろに居る主殿に聞こえるように声に出して、本音の願い事を唱える。主神様が願い事を叶えてくれることを願った。神に祈る。私が?笑いたくなってしまう。しかし、神に祈って・・・。

 深々と頭を下げる。
 心からの願いだ。ここで殺される可能性もある。しかし、ギルドにとって、人類にとって、大きな一歩が踏み出せる可能性がある。主殿の存在は・・・。

 どのくらい、願っていたのだろう。
 皆も、私に合わせて、深々と頭を下げている。

 頭を上げる時に、空気が変わった。
 どう表現したらいいのか解らないが、場の主役が変わった感じがした。

 後ろを振り返ると、予想通り・・・。ではないが、スライムと鷲?梟?を横に座らせた少女が、ベンチに座っている。

 制服?高校生か?しかし、幼い。中学生なのか?
 真面目そうな少女が座っている。あまりにも、場違いだ。可愛いと表現してもいいかもしれない。不思議な少女だ。
 私の目で見ても、何も見えない。人ではない。しかし、人にしか見えない。見た認識と心が感じている状況があまりにも違いすぎる。

 背中を嫌な汗が流れる。
 緊張しながら、足を踏み出す。足が踏み出すのを拒否するかのように重たい。

 蒼は、後ろに手を回して武器に触っている。視線は、少女の隣に座っている鷲と梟を交互に見つめている。蒼の手に触れて、首を横に振る。こちらから、攻撃してはダメだ。主殿は、”人の姿”で待っていてくれた。

 孔明は、空を見つめている。この時期には珍しく、周りには鳥が・・・。多すぎる。全部、主殿を中心に広がっている。あれが全部、主殿の眷属なのか?

 振るえる足に命令をして、主殿が待っているベンチに足を進める。
 茜と千明は、緊張と恐怖で足が進まない。笑顔が張り付いた表情で固まっている。

 たった5メートルが数キロに感じた。
 笑顔を崩してはダメだ。背中に流れる汗を感じながら、主殿に近づけた。

「君がライ殿の(あるじ)か?」

「そうです」

 声は、少女だ。
 だが、恐ろしい。声を聞いただけで、少女が何者なのか判断ができない。自分の名前を名乗る。少女が名前を言おうとするが、それを手で制する。私が名乗った事で、少女も名乗ろうとしてくれたのだろう。失礼になる可能性もあるが、姿や着ている制服から、事情があるのだろう。名前は、信頼されてから聞けばいい。

 声を聞けば、スキルの精度が上がる。
 しかし、少女からは何も読み取れない。目の前に居るのに、虚ろな存在が、主殿だ。

「わかった。(あるじ)殿。最初に教えて欲しい。(あるじ)殿は、人なのか?魔物なのか?」

 最初に聞かなければならない事だ。殺されるかもしれないが、私1人の命で、主殿の本質の一端が知れるのなら安い。人類の敵となるのなら・・・。

「どちらでしょう?自分でもわかりません」

 少女の答えは、苦笑で返された。そして、怖いと感じるのには十分な返答だ。人なら、純粋な力以外の力で駆除が可能になる可能性がある。魔物なら物量を含めた力での排除が可能になる。少女の答えは、”どちらにでも”なれることを示唆している。

 なにか事情があるのだろう。受け答えは、人間臭さを感じる。

「・・・。そうか・・・」

「ライ。私の膝に乗って、カーディナルは、肩に止まれる?アドニスは、近くの木で待機」

 少女が鷲と梟に命令をだして、スライムに指示を出す。
 やはり、スライムがライ殿だったようだ。鷲がカーディナルで、梟がアドニス。ライ殿を含めて、情報が何も読み取れない。

 ギルドのメンバーに指示を出す。
 名前を呼んで、少女に名前が解るようにする。

 私が指示を出して、メンバーが周りに散ったのを確認する。
 少女は、どこかに視線を向けている。誰も居ないと思うが、何かを話しているようだ。私たちでは認識ができない者が潜んでいるのか?

(あるじ)殿。お待たせしてもうしわけない」

 もし、少女が私たちを殺そうと思えば、簡単にできるのだろう。
 少女に背中を見せないようにしている。背中から刺されたとしても・・・。刺されたことを認識できないで殺されてしまうだろう。それ以上の開きがある。横に座ってみて、はっきりと解る。

 この少女は、私たちが束になっても倒せない。

 大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。

「いえ。ありがとうございます」

 少女の前から、メンバーを遠ざけたのが解ったのか?
 本当に、魔物なのか?人間だと言われたほうが、納得ができる。しかし、私の目には、どちらとも判断ができない。情報が何も取得できない。

 目から入ってくる情報は、少女を”人”だと判断している。しかし、心では”化け物”だと判断している。スキルでは、”不明”だと判断された。

 不思議な少女だ。
 私への害意は感じられない。今は、その事実だけで満足しておこう。

 横に座る少女からは、害意は感じられない。
 話を進めるにも、困った表情を私に向ける。本当に、”人”ではないのか?それとも、”人”なのに”魔物”なのか?

 魔石の話から始めなければならない。
 少女から渡された魔石の取り扱いだ。

「壊れましたか?」

 私の問いかけに、少女から返ってきた話で、思考が停止してしまった。
 慌てて、少女が何を言いたいのか考えた。

 私の質問の仕方が悪かったようだ。

「そうではなく、(あるじ)殿が作られたと、ライ殿から聞きました」

「そうですね。私が、魔石にスキルを付与する形ですが・・・。実際には、魔石はスキルの発動媒体になっているだけですよ?」

 やはり、この少女がスキルを付与したのか?
 そうなると、この少女は”未知”のスキルを最低で2つは保持していることになる。

 発動媒体?魔石が?意味が解らない。

「魔石があれば、量産が可能だということですか?」

「条件次第では・・・。しかし、量産する予定はありません」

 条件?何か、付与するのに条件があるのか?
 量産するつもりはない?

 それとも、量産するのに条件があるのか?

「それはなぜ?」

「まずは、価値がわかりません。そうだ!私が作る為のレシピを提供したとして、ギルドで量産が可能ですか?質問に質問で返してもうしわけありません」

 ”レシピ”?
 例え、レシピがあったとして、今まで出来なかった事が明日にできるようになるとは思えない。

「・・・。無理だと思います。そもそも、結界や念話のスキルは、世界で初めて見つかったスキルです」

 少女には正直に話した方が良いだろう。
 敵対した時点で、私たちが殺されるだけで済めばいい。最悪は、人類の敵になってしまったら・・・。人類という種が滅ぼされても驚かない。

 以前から、ギルドだけではなく、ネットでも語られている存在”魔王”。横に座る少女が、”魔王”だと名乗ってくれた方がすっきりする。

「そうですか、それなら余計に量産する予定は無いです。興味もありません。私は、スキルを付与するだけの存在になりたくないです」

「わかりました。現在、ギルドに預けられた物だけが、存在する念話石と結界石だと考えて差し支えないですか?」

 とっさに思いついた名前だが、少女が口の中で繰り返してくれているから、気に入ってくれたようだ。
 少女が拒否した理由も、納得ができる。

 量産するのなら、勝手にやって欲しい。人類の為に、自分の時間を使うつもりはないという事なのだろう。
 私でも、同じように強制されたら拒否するだろう。

「念話は、そうです。結界は、使い道がありますので、少しだけ多めに作っています」

「使い道?」

 使い道?
 もしかして、結界には私たちが知らない機能があるのか?
 その前に、結界の機能がしっかりと把握が出来ていない。

「秘密です」

「そうですよね。残念ですが・・・。わかりました。それでは、預かっている魔石は、買い取りでよろしいですか?」

 曖昧な表情を浮かべ始めた少女を見て、これ以上の情報は引き出せないと考えた方がいいだろう。
 それに、あまりしつこいと嫌われてしまいそうだ。

 信頼関係の構築を優先した方がいい。

 まずは、こちらに有利な条件を提示しよう。

「はい」

「買い取りの条件などは?」

「条件?別に、考えていません?」

 条件を考えていない?

「それでは、我らギルドが、魔石を分析して、同じ物を・・・。劣化バージョンだとは思いますが、作ってもいいのですか?」

「いいですよ?」

 軽く言われてしまった。
 現物があれば、複製ができる可能性は残される。

 少女は、ギルドが複製しても困らない?

「・・・。解りました。買い取りの金額ですが、前例がないので・・・」

「そうなのですね。魔石。あの程度の魔石だと買い取り金額はどのくらいなのですか?」

 今、少女は”あの程度”と言ったか?
 濁りがない魔石で、オークの魔石だと思われる物を、”あの程度”だと?
 ここまで、澄んだ色の”魔石”を見た事がない。以前に、ギルドが主催するオークションで、小指サイズの魔石が濁ってはいるが透明度が強い魔石が出品された。あれは、250万で落札された。宝石としての価値がある。

「ふぅ・・・。そうですね。相場は、動きますが、(あるじ)殿から提供された魔石だと、一つ100万くらいでしょうか?」

「え?」

 初めて、少女らしい反応だ。
 驚いている。安いと思ったのか?
 オークションに提出したり、研究所に直接持ち込んだり、需要とマッチすれば倍以上にはなるが、ギルドの買い取りは魔石の大きさで決まってしまう。

(あるじ)殿?」

 何か、考えているのか?
 眉間に皺が寄っている。可愛い顔の少女が考え事をしている。本当に、魔物なのか?

「すみません。それなら、あの魔石を、魔石としてギルドが買い取ってください。それから、同じ程度の魔石を、あと10個ほどあります。買い取ってもらえますか?」

 少女の提案は、私の予想していた事ではない。
 もっと安いと思っていたのか?

 あの質の魔石が10個?
 最低でも、オーク級と思われる魔物を、倒しているのか?それも、10体以上?

 余計に解らなくなる。

 そもそも、魔石を売るのはなぜだ?
 お金が必要なら、魔石ではなく、結界石や念話石を売ればいい。

「え?それだと、結界石や念話石としての買い取りにはなりませんが?」

 結界石は、蒼が言っているように、自衛隊が大量に欲しがるだろう。富裕層も欲しがるに決まっている。日本以外の国だとSPが所有して、要人を守るときに使うだろう。”億”の値段がついても驚かない。
 念話石も同じだ。結界石ほどの需要は無いのかもしれないが・・・。それでも、数千万の値が着くだろう。

「えぇその代わりに、魔石を買い取ってください。他にも、魔物の素材があります。買い取ってもらえますか?」

「え?魔物の素材?」

 少女の狙いが解らない。
 ギルドを困らせたい?

 それなら、姿を見せる必要はない。

(あるじ)殿は、ギルド員ですか?」

「残念ながら違います。ダメですか?今の姿だと、見た目で難しいですよね?」

 確かに、年齢を確認できないので、申請は難しいだろう。見た目だと日本人に見える。身分を証明できる物があれば・・・。
 できるとしたら、特別枠でのカードの発行だが・・・。それも難しい。保証人は、私で大丈夫だが・・・。

 少女との取引は魅力がある。

(あるじ)殿。ギルドの規約をご存じか?」

「ギルド員?一般的に知られている程度のことは知っていると思います」

 やはり、少女はギルドに関する情報が少ないようだ。
 ギルドが、魔石や魔物素材を買い取っているのは知っているが、ギルド員になると、伝えられる情報は持っていないのだろう。買い取り金額も、オメて向きの情報だけなのかもしれない。

 茜に説明をさせよう。
 そろそろ戻ってくるだろう。最後に見つかったスライムをつれてくる。少女が既に待っているとは思わなかった。

 少女が持っているという素材を聞いて、後悔した。魅力的な素材が並んでいたが、それ以上に”知らない”素材が多い。そして、”加工技術”が確立している。それがどんな恐ろしいことなのか、少女が解っていない。

 茜が戻ってきた。
 蒼と孔明は、周辺を警戒しているようだ。

「茜!(あるじ)殿に、ギルドとギルド員の説明を頼む」

「え?あっ。解りました。その前に、お約束の女王蟻のスライムをお渡しします。クロト。あっ私の眷属?になった、猫が女王蟻だと言っていたので、間違っては居ないと思います」

 茜が緊張している。
 そうはそうだろう、いきなり少女が居るとは思っていなかった。スライムは、事務所に置いてきた。慌てて、取りに行ってきた。

 茜が連れてきたスライムが、茜から少女に手渡される。
 少女は、スライムを受け取った。そして、手で優しくスライムを撫でながら何かを呟いた。

「(ごめんね。怖かった?でも、大丈夫だよ。安心して・・・。貴女をこんな姿にした奴は見つけて、報いを受けてもらう。だから、貴女も手伝って・・・)」

 ベンチの反対側にスライムを降ろすと、膝の上に座っていた?スライムが、少女の膝から、ベンチに降りた。

 そして・・・

「え?」「は?」

(あるじ)殿?それは?」

「女王蟻は、残念ですが・・・。なので、ライと一緒になってもらいます」

 ライ殿に、女王蟻のスライムが吸収される。
 何を見せられている?

 背中に冷たい汗が流れる。
 恐ろしいと思う気持ちと、神秘的な情景を同時に見せられている。

 同じスライムでも、ライ殿と女王蜂のスライムは色が違う。両方のスライムが混じりながら、ライ殿の色に変わっていく、そして、混じり合っている場所から、粒子が湧き出て飛び散って・・・。

 時間にしたら、数秒だろう?
 しかし、1時間にも2時間にも感じられた。女王蜂のスライムを吸収したライ殿は、ベンチで数回ほど伸びるような仕草をしてから、少女の膝の上に戻った。ライ殿が居たベンチには、女王蜂のスライムと同じ色で綺麗な球体が、5つ転がっている。

 少女との会談は、無事に終了した。
 無事だと思いたい。最低限。本当に、最低限のラインは守れた。少女たちと敵対はしていない。

「円香!」

 孔明が何か怒鳴っているが気にしないようにしている。
 千明がアトスを撫でている。私も、千明と一緒に現実逃避したい。茜は、少女からの依頼を達成するために、端末で格闘している。

「円香!」

孔明(こうめい)。聞こえている」

「聞こえているのなら、返事をしろ。それに・・・」

 孔明が見つめる先にあるのは、少女から渡された”贈り物”だ。

 あの日、少女は、女王蟻をライ殿に吸収させた。
 それが恐ろしいことだと考えても居ない自然な流れだった。

「円香!解っているのか?あのスライムは、スライムを吸収した。それが、異常なことだと、おまえなら解っているのだろう?」

 孔明が”スライム”と呼んだのは注意しなければならない。
 素性が解るまで、敵対してはダメだ。私たちが、敵対してしまえば、少女を中心にした者たちが、人類の”敵”になってしまう。

 それだけは絶対に避けなければならない。

「孔明。解っていると思うが、注意しておく、スライムではない。”ライ殿”だ。スライムなどと呼ぶな」

 孔明も解っているのだろう。
 今のギルドには、主殿に繋がる魔物が居る。

 それに、場所を把握されている。盗聴は大丈夫だとは思うが、少女たちが使えるスキルは未知な物が多い。盗聴に近いことが出来ても、驚かない。出来ていると考えて行動した方がいいだろう。結界だけでも厄介なのに、念話が使えるのは確定している。他にも、多数の未知なるスキルを保持している。

「・・・。そうだな。すまん。しかし!」

 私が、茜の足下で寛ぐクロトとラキシを見たので、何が言いたいのか解ったのだろう。
 私よりも、実践での経験がある蒼がライ殿を見て震えていた。そして、少女の横に座っていた私を見て、”よく座っていられたな”と言った。蒼は、あの場から逃げ出したかったらしい。少女の近くに居た、梟や鷲も私の”目”では見る事が出来なかった。そのままの種族では無いのだろう。動作が、通常の梟や鷲ではない。少女をきっちりと守れる位置に居て、解りやすく私たちを警戒していた。

 少女の近くから、離れた者たちにも、動物の姿が確認できたと蒼が言っていた。
 ”鳥”の姿をしていたが、襲われたら勝てるとは思えなかったようだ。

 ギルドに帰ってきて、蒼は本気で後悔していた。知りたくなかったようだ。勝てないと思った相手は今までにも居たが、絶望した相手は初めてらしい。

「解っている。ライ殿の行為が、恐ろしい行為だと・・・。主殿の様子だと、同族の吸収だけではないだろう」

 帰ってから、実際に吸収を見ていた者たちで事象を整理した。
 少女にもライ殿には質問をしなかったが、ライ殿がスライムを吸収した。他のギルドにも情報が存在していない。事象として確認が行われていない。

 蒼が懸念しているように、ライ殿が特別なのか、それともスライムには”吸収”が備わっているのか?スキルなのか?

 魔物が出現した当初は、魔物には固有のスキルがあると考えられていたのだが、特殊な攻撃を繰り出した魔物は居ない。
 人が魔物を倒した時に得るスキルと同じ物を使ってくるだけだ。そのために、スキルには特殊な物は存在しないと思われていた。

 そもそも、魔物が”意思”を持っているような行動も確認がされていない。
 集団になったのも、先日の天使湖での出来事が数例目の数少ない事象だ。

 何かが動いている?

「でも、円香さん。ラノベ設定のスライムだと、吸収は持っていて、当然のスキルだと思いますよ?」

 茜の言葉に少しだけ気分が悪くなるが、言われてみれば・・・。いろいろと不思議だ。

「円香!ライ殿の話よりも、まずは喫緊の問題があるだろう?」

 孔明が忘れようとしていたことを思い出させた。
 主殿がギルドに”贈り物”として渡してきた魔石だ。

 純度が高い魔石が5つ
 買い取りではない。”贈り物”だと言われてしまった。ギルドが捕まえてきた”スライム”が産み出した魔石なので、ギルドが所持するのが”筋”だと言われて、とっさに拒否できなかった。

 そして、主殿・・・。少女は、消えてしまった。今後の約束だけして・・・。
 その頃には、蒼も千明も戻ってきて、少しだけ離れた位置から、少女や周りを見ていた。警戒していたわけではないが、何が発生しても対処ができるような状態にしていた。
 それなのに、少女は私たちの前から忽然と消えた。

「そうだな。まずは、茜!」

「終わっています。ただ、前例がないので・・・」

 茜が担当したのは、買い取りだ。結界石や念話石ではなく、魔石としての価値を算出して貰っている。

 少女が用意した魔石は、ゴブリンの魔石だと言われたが、大きさから変異種か特殊個体の魔石だと思える。

 少女は、”色付き”と呼んでいた。

「蒼。”色付き”という言葉から連想するのは?」

 少女が簡単に言っている”色付き”。

「変異種か上位種・・・。特殊個体の可能性もある」

 ゴブリンでも、倒すのに苦労する変異種。その上位種の可能性すらある。

「そうだな。主殿は、”色付きのゴブリン”と言っていたが・・・」

「上位種だろうな。魔石の大きさから・・・」

「蒼。上位種の魔石は、自衛隊でも採取しているぞ」

 孔明が、魔石が入った透明なケースを持ち上げて、蒼に投げる。
 蒼はケースを受け取ってから、眺める。確かに、大きさで言えば、通常の上位種の大きさではない。

「わかっている。解ってはいるが・・・。定義がされていないだろう?上位種の上位種とか、変異種の上位種とか・・・。簡単に倒せるような口ぶり・・・」

「そうだな。それで、査定はどうなる?」

 蒼の話を遮るかたちになるが、何か考え始めたので無視する。

 査定は、茜に任せてある。
 ワイズマンの使用も許可した。結界や念話のスキルは、伏せるように指示を出してある。

「ワイズマンに問い合わせたら、変異種の魔石には値段がついていました。ギルドの買い取り価格です。買い取った魔石の情報も明記されていました」

「それで?」

 茜から、変異種の魔石に関する情報を手渡される。
 印刷してあるようだ。

 確かに、少女から託された魔石は変異種の物ではない。大きさが違う。透明度も違っている様に思える。

「はい。魔石一つで、5万ドルです」

「・・・。5万ドル。主殿に、ギルドカードにチャージでもきついな。一度に動かせる金額ではない」

 一つだけなら買い取りは可能だが、少女からは素材の買い取りも打診されている。
 少女から売りたい素材の一覧を貰うことにはなっている。大凡の素材を口頭で聞いただけで、ギルドの予算が心配になってくる。

「はい。スキルがなければ・・・。本部に買い取り依頼が出せるのですが・・・」

「ん?茜?本部?」

 本末転倒なのは解っている。
 少女の言葉を信じるのなら、結界石や念話石や新たに渡された魔石は、”贈り物”だ。魔石として買い取ることを提案されたのだが、難しいことは伝えた。だからこそ、少女には買い取り値段の情報をオープンにして、ギルドの内部情報である”魔石の情報”を渡せば・・・。

「はい。問い合わせに際して、本部での買い取りを希望と返信がありました」

 本部に魔石を買い取ってもらう。
 いい考えだ。

「千明。主殿かライ殿に、連絡してスキルが付与していない魔石があるか聞いてほしい」

 アトスと戯れていた千明が奥から返事をする。
 結界石と念話石を本部に送ることはできない。しかし、通常の魔石としてなら可能だ。入手先を聞かれるだろうが、ごまかしは可能だ。

 あとは、”贈り物”をどうするかだ。
 動物を魔物にして、眷属にできる魔石?世界がひっくり返る。大きい動物は難しいようだが、猫や犬なら可能だと言われた。

 少女の言っていることが、正しければ・・・。だが、本当だった場合に、捨てることもできない。既に、魔石に触ってしまっている。

 少女から渡されたもう一つの”贈り物”。
 ありがたい。凄く、ありがたい。ありがたいのは、間違いない。間違いないのだが・・・。扱いに困ってしまう

 円香さんが、少女(主殿)から渡された魔石を見ている。

 円香さんやギルドの皆には伝えていないが、少女(主殿)が着ていたのは制服だ。市内の高校が”今年から採用した”制服だ。少女(主殿)が、高校に通っているのかは、判断ができない。でも、高校の制服を入手できる立場だった。

 いとこが、同じ高校に通っている。
 調べれば、解るかもしれない。でも、調べてどうするのか?あの少女(主殿)が何を望んでいるのか解らない。

”にゃ!”

「どうしたの?」

 クロトが、足下にやってくる。
 鳴き声で、クロトかラキシか判断ができる。

 二匹にも変化があった。アトスも同じような変化が発生したから、3匹に同じような変化だ。
 最初は解らなかった。少女(主殿)と会ってから、ギルドに戻ると3匹が明らかにスキルを使い始めた。蒼さんは”身体強化”と言っていたが、私と千明が確認したら、”身体強化”のスキルではない。単純に、基礎体力?能力?が上がったようだ。数値で示されないから判断は難しい。魔石が、身体に馴染んだから、魔石の力をうまく使えるようになったと、考えれば納得ができる。

 そして、目の色が変わった。
 猫らしい茶色だった目が、藍色に変わった。そして、ラキシだけが、スキルを使う時に栗色に変わる。
 どうやら、3匹の中で、ラキシだけが特別な存在のようだ。なんで、そうなったのか、ラキシたちにも解らないらしい。少女(主殿)やライ殿が”何か”を行ったわけではない。よね?

「茜!」

「はい?」

 円香さんに呼ばれてびっくりした。
 急に大きな声を出して、名前を呼ばれた。何もしていない。

「茜?気が付かない・・・。の?」

「え?なに?」

 今度は、千明だ。
 千明は、ハンドバッグから手鏡を取り出して、私に見せる。

「え?」

 私の目の色が、ラキシと同じになっている。

”ニャウ!!”

 膝の上に乗ってきたラキシを撫でると、ラキシの意思が伝わってきた。

「え?ラキシ!本当?」

”ニャウン”

 可愛く鳴くラキシを撫でる。

「円香さん」

「なんだ?」

「主殿から貰った。今、手に持っている(魔石)を貸してください!」

 扱いに困る魔石だ。
 ラキシの言葉が本当なら・・・。

/// 鑑定石(350/350)
/// 蟻のスライムから獲れた魔石を集めた物に、鑑定の力が付与された物
/// 持つことで、”鑑定”のスキルが発動できるようになる

 本当だ!
 机とか、鑑定しようとしてもダメだ。人も鑑定ができない。

「茜?」

「あっ。ごめんなさい。”鑑定”が使えるようです」

「え?本当か?」

「はい。でも、魔物由来の物だけです。人や机とか解りません」

 鑑定結果を紙に書きだす。

 少女(主殿)から貰った他の魔石も鑑定してみる

/// 魔石(480/500)
/// ウォー・ゴブリン・ソルジャーの魔石

/// 魔石(750/800)
/// ウォー・ゴブリン・メイジの魔石

/// 魔石(495/500)
/// ウォー・ゴブリン・ソルジャーの魔石

 残りの二つも、ソルジャーの魔石だ。
 数値の違いがある。数値も書き出して、円香さんに渡す。

 円香さんが、鑑定石を持って、”鑑定”と唱えている。

「茜。確認してくれ」

「はい」

 鑑定石を渡される。

「数値が変わっています。347」

「そうか・・・。鑑定、一回で魔力?が、”3”減るのか?」

「茜嬢。この魔石を鑑定して欲しい」

 孔明さんが、小さい魔石を持ってきた。

/// 魔石(7/20)
/// ゴブリンの魔石

 鑑定結果を書き出して、孔明さんに渡す。

「ありがとう。ゴブリンと出ましたか?」

「はい」

「これは?」

 渡された魔石は、少しだけ大きな魔石だ。少しだけ色が付いている。赤色?っぽく見える。

/// 魔石(11/30)
/// ゴブリン・ソルジャーの魔石

「孔明さん?」

 書き出した魔石のデータを渡す。
 難しそうな表情をする孔明さん。

「茜嬢。もう一つだけ鑑定を頼みたい」

「はい。いいですよ?」

「疲れませんか?」

「え?」

「円香の話では、1回の鑑定の実行で、魔力を”3”使うようです。茜嬢は、先ほどから連続で、10回近い鑑定をしています」

「そうですね?大丈夫だと思いますよ?」

 どうやら、私の魔力を心配してくれているようだけど、魔力の総量が解らない。疲れては居ないし、頭痛や倦怠感もないと伝える。

”ニャウ”
”にゃにゃにゃ!”

「え?本当?」

 膝の上に乗っていた、ラキシとクロトが同時に鳴いた。
 そして、”魔力”に関しての情報を私に伝えてきた。

「どうしました?」「なんだ?」

「クロトとラキシからの情報です。今は、調べるのが難しいのですが・・・」

「構わない」「教えてくれ」

 二人が、前のめりになっている。
 千明に助けを求めようと思うが、千明は蒼さんと一緒に少しだけ離れた所で、こちらを見ている。完全に、傍観者だ。アトスも退避している。千明の肩に乗っている。

「孔明!」

 蒼さんに目線を向けると、孔明さんの名前を呼んでくれた。
 助かったと思ったら・・・。甘かった。

「なんだ!」

「孔明から依頼された魔石を取って来たぞ?茜に渡せばいいのか?」

 ダメだ。使えない。

「孔明さん。次は、その魔石を鑑定すればいいのですか?」

「その前に、”魔力”に関して、知りえた情報を教えてくれ、もしかしてステータスがあるのか?」

”ニャニャウ”

「・・・」

 ラキシ。
 余計な事を・・・。

「茜!」

 はい。はい。
 無駄な努力ですね。解っています。

「魔力ですが、私の鑑定と鑑定石の鑑定は、違うようです。あっ理由は聞かないでください。そういう物だと思ってください」

 円香さんと孔明さんの反応を見ながら、クロトとラキシから聞いた話を伝える。

「私の鑑定は、私とクロトとラキシの魔力が使われるようです。鑑定程度なら、”まばたき”をする程度の疲労で、殆ど魔力を必要としないようです。鑑定レベルが上の場合には、人や魔物由来以外の鑑定ができるようですが、その時には、全力で走るくらいの疲労を感じる魔力が必要らしいです。あっ距離はわかりません。ただ、全力で走るのと同じくらいだと言っています」

 ふぅひとまず、魔力の説明ができた。
 忘れていたことがあった。

「魔石を鑑定した時に、鑑定石では数字が一つだと思います。私の鑑定では、二つです」

「そうだな」

 円香さんが、私の書いた鑑定結果をみながら頷いてくれた。

「私の鑑定結果の数値で、前の物が魔石に蓄えられている魔力の量で、後ろが魔石の限界値らしいです。魔物は、魔石の限界値で強さが決まるようです」

「・・・」「そうか・・・。茜嬢は、鑑定の負担はないのだな?」

「そうですね。ないようです。よくわかりません」

「わかった。それで、ステータスは?」

 忘れてくれていなかった。
 説明が面倒だ。

 ステータスは、あるけど・・・。ステータスとして、表示されることはない。

「はぁ・・・。ステータスは、あるようです。ただ、数値で表せるような物ではないようです。RPGの様に、HPやMPがあるわけではなく・・・。うまく説明ができませんが、戦闘力のように、全体的な強さを示す目安はあるようですが、二匹から聞いても、要領を得ない状況です」

「わかった。ステータスは、横に置いておこう。いいな。孔明。お前が気になるのはわかるが、大事なのはそこではない」

「あぁ・・・。解っている」

「茜。スキルを使うと、疲れる場合があるのだな?」

「そうみたいですね」

「蒼。お前は、スキルの使用回数を把握しているか?」

「俺か?もちろん、把握しているぞ?孔明も円香も、限界は解っているのだろう?」

”にゃにゃ!”
”ニャニャニャウ”

 え?
 はぁ・・・。そうなのね。

「茜?」「茜嬢!」

 もう・・・。もしかして、この情報は、魔物の中では常識なの?
 それとも、少女(主殿)だから知っていることなの?

 ワインズマンに聞いてみたいけど、絶対に藪蛇だよな?

 円香さんと孔明さんだけじゃなく、蒼さんの視線も怖い。

 膝の上に居る可愛い二匹を見れば、自分たちが悪い事をしたとは思っていない。そうだよね。確かに・・・。クロトとラキシは、自分たちが知っている”常識”を私に教えてくれただけ。二匹は、何も悪くない。悪くないけど、恨み言の一つも言いたくなってしまう。
 でも、可愛いから頭と背中を撫でてやろう。
 教えてくれて、”ありがとう”という気持ちを込めて・・・。恨み節は、あとで、千明にぶつけよう。これは決定事項だ。離れた場所で、アトスを確保して、こちらに気が付かれないように会話をしている。私にはよく聞こえている。

「・・・。”魔石を持って、スキルを使えば、疲れない”らしいです」

「もしかして・・・」

 円香さんが考えていることがわかってしまった。
 頷いて答える。

 魔石を持ちながら、限界までスキルを使えば、大凡の魔力量が解る。私と千明はダメだけど・・・。
 そして、スキルの必要になる魔力量が解れば、戦略を立てやすくなる。

”にゃ!”
”ニャウン!”

 ドヤ顔が可愛い。

 私が鑑定を得たように、千明もスキルを得ていた。

「それで、千明は、どんなスキルを得たの?」

「”水”スキル?」

「疑問形で言われても、解らないわよ」

”みゃみゃみゃぁ”

「え?アトス?本当?」

「千明?」

「あのね。茜に、見てもらえれば、”スキルが解る”だって」

「え?スキルは見えないよ?」

”にゃっにゃぁぁ”

「え?そうなの?千明。私の手を握ってくれる?それで、”ステータス・ディスクロージャー”と、私が言えばいいみたい?」

 孔明さんと蒼さんの視線が怖い。円香さんが、私の肩を触ろうとしているのを、孔明さんが抑えている。
 解っています。後で、しっかりと説明します。正直な話をしたら、怒られるけど、言わせてもらいたい。

 そうだ!その前に、確認しておきたいことがあった。

「クロト。ラキシ。アトス。今、いろいろ教えてくれているけど、”魔物”としては知っている事なの?それとも、主殿の関係だから、知っている事なの?」

「え?」「あっ!」「茜!」

”にゃ!”
”ニャニャニャァ”
”みぁみゃあ”

 やっぱり、よくわからないみたいだ。

「千明?」

「うん。アトスは、よく解らないみたい。でも、”教えてもらった”みたいだね」

「同じだね。そうなると、ライ殿?かな?」

”にゃ!”

「違うの?」

”にゃぁ!”

「え?ライ殿だけど、ライ殿じゃない?」

”にゃ”

「でも、教えてもらえる?」

 やっぱり、よく解らない。

「茜。クロトに、”ライ殿の本体ではなくて、主殿から教えてもらっている”のか、聞いてほしい」

”にゃにゃにゃ!”

「円香さん。クロトがいうには、”誰なのかわからないけど、教えてくれる”みたいです。あっ毎回、違う声らしいです」

「わかった。検証が不可能なことがわかった。ただ、魔物には知っていて当然の知識だと思って居た方がいいようだな」

「はい」

 千明のスキルの検証が途中だった。

「千明?」

 千明に向けて、手を差し出す。

 千明も待っていてくれたようで、握ってすぐに”ステータス・ディスクロージャー”と唱えた。

 その瞬間に、ステータスが先ほどとは違って詳細に表示される。
 ステータスは、”ある”とも”ない”とも言えない表示だ。読めるけど、意味が解らない。

「茜嬢。ステータスの変化は?」

「同じです。もっと、意味が解らない表示です」

「ふむ・・・。書き出してもらえないだろうか?」

「わかりました」

 書き出したら、英数字の羅列だ。ただ・・・。
 あっ多分。これ・・・。いや、後だ。今、考えると、確実に孔明さんは、ステータスの書き出しを頼みだす。でも・・・。

「茜。スキルが見えているよ。それでどうしたらいいの?」

 多分、これで、孔明さんや蒼さんは、自分たちのステータスを書き出せとは言わないはずだ。スキルを秘匿しておきたい気持ちが働くはずだ。円香さんは解らない。

”みゃっみゃぁあ”

「あのね。新しいスキルがあるでしょ?」

「新しい・・・。あっうん。あるよ。言っていい?」

「いいよ?」

「わかった。”スキル水”だね」

「そうそう。それで、”スキル水”に鑑定を使えば、詳細が解るみたい」

「え?うーん。やってみるね」

/// スキル(ウォータ)
/// [ボール][ランス][カッター][ウォール][シールド]
/// [ ][ ][ ][ ][ ]
/// [ ][ ][ ][ ][ ]
/// [ ][ ][ ][ ][ ]

 よくわからないけど、内容を書き出して千明に渡す。
 書き出している最中に、蒼さんが覗き込んできた。隠すほどの事ではないので、そのまま見せていた。

「茜。この空白は何?」

「うーん」

”ニャウ!ニャウ!フニャァ!”

「え?そうなの?」

”にゃ!”

「ラキシとクロトがいうには、”空きスロット”だって」

「”空きスロット”?ゲームとかでは聞くけど・・・」

”みっみゃぁみゃぁ”

「へぇ・・・。あっ・・・」

”二ッニャウゥニャウゥ”

「へぇ・・・。あっ・・・」

 千明と同じ反応をしてしまった。多分、千明もアトスから聞いたのだろう。私の顔を見ている。最初に説明を受けた千明が報告をすべきだと思うけど・・・。

「はぁ」

 円香さんだけじゃなくて、蒼さんも孔明さんも、目が怖いです。
 ”自分たちだけで納得しているな!”と言っているのが、視線からでも解る。もう一度、千明を見ると首を横に振っている。

「茜!」

「わかりました。空白は、スキルを保存できる個数らしいです」

「スキルの保存?」

「そうです。それで、スキルを保存して、次回から使えるようになるようです。あっスキルを作るのは、新しいスキルを使ってみれば解るようです」

 蒼さんが何かを思い出したようだ。
 何か、”ぶつぶつ”と言っている。そうしたら、蒼さんが覚悟を決めた表情で、手を差し出してきた。

「え?」

「俺のスキルを見てくれ」

「いいのですか?」

「あぁ考えてみれば、見られて困る事ではない。吹聴されたら困るが・・・」

「しませんよ」

 蒼さんの手を握ると、蒼さんは”ステータス・ディスクロージャー”ではなく、”スキル・ファイア・ディスクロージャー”と唱えた。

「え?」

「どうなった!?」

「あぁスキル(ファイア)だけが見られるようです」

「よし!千明嬢との話を聞いていて、”ステータス”は全部で、その部分を見せたいスキルに変えれば、開示される情報を絞れるのではないかと・・・。思った通りだ!」

 大興奮という感じだ。
 そうだ。私たちは、新しい事を調べたり、知ったり、珍しい物を取得したり、未知を減らすのが楽しくてギルドなんて組織に属していた。最前線ではないのが解ったけど、私たちは、人が知らなければならない情報を調べている。人類の最前線だ。

/// スキル(ファイア)
/// [ボール][ランス][ ][ウォール][シールド]
/// [ショット][ ][ ][ソード][ ]

 スキルの空きが少ない。
 それに、ショットとソードが追加されている?カッターが表示から消えている。

「ねぇクロト、ラキシ。段があるけど、何か意味があるの?それから、千明と空きスロットの数が違うけど、何か理由があるの?」

 私の質問に、クロトとラキシは、千明の膝の上で寛いでいたアトスを呼び寄せて、何やら話を始めた。
 猫の会議風景に和んでいたら、和んでいない者たちが私を睨んでいた。

 猫の会議が終わらない状況を利用して、私を睨んでいた者たちが、自分が持つスキルの鑑定を依頼してきた。

 孔明さんは、スキル力だ。今までの”魔法”と呼ばれる物とは違っていた。身体強化系らしい。これは、鑑定が教えてくれた。使い方も説明が出てきた。孔明さんに説明したら驚かれた。孔明さんでも知らないことが含まれていたようだ。少しだけ実験する必要があるとか言い出していた。

 問題の人が目の前に居る。
 私が、手をひっこめても、ダメだ。肩を凄い力で掴まれて、”スキル・ウィンドウ・ディスクロージャー”と”スキル・ストーン・ディスクロージャー”と”スキル・サーチ・ディスクロージャー”と連続で唱えた。

 円香さんは、ダブルではなく、最低でもトリプルなのか・・・。
 そういえば、私はフォースになるの?違うよね?

 円香さんのウィンドウは風系。ストーンは土系。
 問題は、サーチだった。

 円香さんのサーチで使えるスキルが、全部・・・。ダメだ。これは、ごまかせられない。

「円香さん」

「なんだ?」

「もしかして、サーチ系のスキルは、”日本語”で発動していませんか?」

「よくわかるな?」

「はい。スキルの表示が文字化け・・・。とは、少しだけ違いますが・・・。表示が、今までの様に表示されていません」

「ほぉ・・・。まずは、書き出してもらえるか?」

「・・・。わかりました」

 諦めた。
 この後、ステータスの調査が入るのが決定した。

 クロトとラキシとアトスの会議はまだ続いている。
 あの会議が終わったら、またスキルの調査が入るのだろうな。

 私のスキルの調査もしておこう。
 攻撃系のスキルは必要ないからいいけど、なんか私のスキルだけ調査系に偏っていない?

 よかった。
 本当に、良かった。少女・・・。主殿が連絡をしてきてくれた。

 円香さんが、私に”ステータス”の事を聞けと指示を出した。

『え?ステータス?』

「はい」

『ありませんよ?』

「え?」

『あるのですか?』

「鑑定で見た時に、何か訳が解らない文字列が並んでいて、ギルドで検証を行っていますが、これがステータスではないかと思って・・・。主殿が何か知っていたら教えてもらおうかと・・・」

『あ!鑑定で見た時の文字化けですか?』

「そうです!そうです!」

『あぁ・・・』

「何か?まずい情報ですか?」

『いえ、あまり・・・。残念な情報なので・・・。”がっかり”されてしまうのではないかと・・・』

「大丈夫です。私は、凄く助かります!」

『わかりました。あの・・・。ですね。スキルを持っていない人は、ギルドにいらっしゃいますか?』

「え?スキルを持っていない?」

 このギルドには、スキルを持っていない者は存在しない。

『はい。スキルを持っていると、情報が暗号化されます』

「え?でも、一部のスキルでは、内容が同じような文字化けになっていました」

 もう・・・。
 主殿を、ギルドに招いて、スキルや魔物に関しての、講義をお願いしたい。
 本当に、どうやって、これだけの情報を知ったのだろう?

『そのスキルを使う人は、”無詠唱”ではないでしょうか?』

 慌てて、円香さんを見る。
 確かに、私も千明もスキルを使う時には、命令だけは呟いている。ラノベ風に言えば、”詠唱短縮”?”短縮詠唱”だろう。
 蒼さんを見ると、肩をすくめている。何か、あるのだろう。後で詳しく教えてもらわないと・・・。まぁ私には攻撃に使えるようなスキルがないから、”短縮”で十分だけど、攻撃系のスキルだと”無詠唱”は必須なのだろう。

 円香さんは、肯定してくれた。違うと言われると困ってしまう。

「そうだと思います」

『それです。スキルは・・・。うまく説明ができませんが、逆位相をぶつけると打ち消します。ご存じですよね?』

 また、知らない情報だ。
 この手のことは、孔明さんだが、首を横に振っている。知らないようだ。そもそも、逆位相が解らない。

「はぁ・・・」

『この辺りは、説明が面倒なので、後で、試してください』

「解らないのですが、わかりました」

『ははは。”詠唱”や”短縮詠唱”をしていると、発動するスキルがわかりますよね?』

 今度は、蒼さんを見るが、頷いている。
 へぇ解るのか・・・。凄いな。

「はい」

『ボールならボールをぶつければ相殺ができます。属性も関係するので、水なら水。氷なら氷。同じスキルが必要です。サーチ系でも同じサーチ系で同じスキルをぶつければ相殺されます。同位相なら相殺されますが、逆位相をぶつけると、込めた力で結果が変わります』

「え?え?え?」

 皆がパニックになるのが解る。
 こんな情報は今までに存在しない。

 そして、主殿・・・。もう私も、主様と呼びたくなっているが、”氷”を例に上げている。

『どうしました?』

「主殿。スキルの属性は、火と水と風と土だけです。他は・・・」

『え?そうなのですか?家の子たちは、他に氷と炎と雷と鋼を持っていて・・・。そうなると、光と闇や聖と邪も?うーん。私が思っている以上に、スキルが見つかっていない?そんな事があるのでしょうか?』

「主殿。横から失礼します。茜の上司で、以前、話をした者だ。榑谷円香という」

『ご丁寧にありがとうございます。それで?』

「ぶしつけで申し訳ないが、”光”と”聖”は回復のスキルですか?」

『光はわかりません。聖は回復があります』

「それは、どの程度の効果があるのですか?」

『うーん。ごめんなさい。解らないです。そもそも、家の子たちは、軽い怪我ていどなので・・・。私は、スライムで、腕を切られても、再生してしまうので・・・。試すためだけに、家の子に大怪我をして来いとは言えないです』

「それは当然ですね。怪我は治るのですか?」

『はい。切り傷くらいならすぐに治ります。え?そうなの?』

「どうしました?」

『ごめんなさい。家の子。パロットといいますが・・・。”聖”のスキルを最初に取得した子ですが、”聖”のスキルは、対価が必要だけど、腕や足なら生やせる?らしいです。あと、例えばですが、目や耳の機能が・・・。それは無理?違う?あぁ切り落とされたら治せる?そうなのね。あっ聞こえていました?試したことは無いのですが、切り落とされた物ならくっつく様です。神経がどうなるかとか解らないので、治るか解りません。再生させることもできるようですが、対価が必要なようです』

「対価とは?」

『魔石で大丈夫らしいです。指なら、ゴブリンの魔石で・・・。え?ダメ?ゴブリンの指が生える?なら・・・。へぇそうなの。わかった。あっ。また、ごめんなさい。パロットがいうには、対価は魔石だけど、魔石を・・・。説明が難しいですね。私たちが使う言葉では、”磨く”ですが・・・。綺麗になった魔石が必要です。なので、ゴブリンの魔石では、磨いたら、残らないので、最低でもオークくらいの魔石が必要です。腕だと、その何倍も大きい魔石か、数が必要です』

「主殿。魔石を”磨く”とは、どういう行為なのですか?」

『スキルで”錬金”は、知られていますか?』

 また知らないスキルだ。
 主様に、スキルの取得方法を聞いたほうが早いような気がしてきた。

 孔明さんと蒼さんの顔色がどんどん悪くなっている。

 円香さんと主様の会話は続いている。
 千明は、表情を消して、会話を記憶している。文明の利器を使おうとして、録音を実行したことがあるが、主様の音声は録音されていなかった。なぜ?と思ったが、クロトたちが答えを教えてくれた。

 主様は、日本語で話をしているわけではない。スキルで会話をしているから、ラキシたちが”にゃ”と鳴いた声は録音ができるけど、私が聞いた”にゃ(ごはんまだ?)”は録音されない。

 円香さんがいろいろ聞いているけど、それ・・・。
 検証が不可能。ワイズマンに聞くのも憚れるような内容。主様に聞いて、どうするつもりなのだろう?たんなる暴走なら良くはないけど・・・。私に害がなければ・・・。いいのだけど・・・。

 孔明さんは、顔色は悪いけど、再起動に成功して、円香さんと主様の会話に参加している。
 蒼さんは、何かブツブツ言っている。スキルを得る方法を考えているのか?それも、不可能ですよ。ん?不可能ではないのか?いや、不可能か?よくわからない。私と千明が行ったように、眷属を作れば・・・。その、眷属を作るのが難しいのか?

 これは終わらない。
 円香さんと孔明さん。二人が問題だ。

 はぁ・・・。主様も人?がいい。

「円香さん。孔明(よしあき)さん。いい加減にして下さい。主殿。今日は、何か用事があったのですよね?」

『あっそうでした。その前に・・・』

 ステータスの事を教えてくれた。
 確かに、重要な事だけど・・・。ほら、また円香さんと孔明さんと、さっきまで気配を消していた、千明まで・・・。

 ステータス改め、個人(乙女の秘密)情報は、次の機会にして・・・。

「ありがとうございます。仮称個人情報は、こちらで検証します」

『お願いします。それでですね。今日、連絡をしたのは・・・』

 はぁ?
 主様・・・。主殿に格下げです。

 主殿も、円香さんサイドの人でした。

 でも、少しだけいい人でした。
 今日の質問は無料にしてくれるようです。次からは、お金を下さいという事だった。円香さんと孔明さんが、何か言いそうだったので、私が無理矢理に、主殿の話を了承した。すぐに、了承した。主殿は笑っていた。
 主殿のお願いが通るのなら、主殿が知っていることなら教えてくれるらしい。これは、もう円香さんや孔明さんだけではなく、蒼さんも、主殿の”お願い”を通すだろう。多少の無理でも大丈夫だ。

 3人がやる気になれば・・・。

 そう思っていたのだけど、なんで・・・?

 主殿の依頼は、いくつかあるのだが、ギルドは全部の依頼に応えることに決まった。

 一つ目の依頼は、スライムが大量に発生した場所のリストアップだ。リストアップは、私の仕事だ。主殿の話で、1年未満で大丈夫だと言われたが・・・。主殿から、いくつかの日付を教えられた。その中から、スライムや魔物の情報があった物をリストアップする。

「茜。どうだ?」

「芳しくないです。主殿が指摘した日付で、スライム発見の通報があったのは3回だけです。それも、数が多くても3体です」

「そうか・・・」

「円香さんは、どうですか?」

「孔明が、成功した。今、蒼が挑戦している。これだけで、歴史が変わるぞ!」

 成功したのは解っている。主殿の二つ目の依頼だ。主殿から教えられた魔石の利用方法が、ギルドで実現が可能になるのか確認を行うことだ。
 さっきから楽しそうな声が聞こえてくる。私も、円香さんと孔明さんと蒼さんがやっていることに参加したい。

 凄く楽しそうだ。

「ただいま、戻りました!」

”みゃぁ!”

 寂しかったのか、アトスが千明に駆け寄る。

「千明。おかえり!大丈夫だった?」

「うん!凄く、凄く、凄く、怪しまれた」

 主殿からの三つ目の依頼は、千明が担当していた。
 ギルドが保証人になって、海外に口座を開設する。そこに、今回の買い取り金額を振り込むことになった。主殿が日本の口座でも良いと言ったが、口座を作ることが難しかった。日本では、ギルドが保証で入っても、口座を開かせてくれる銀行が存在しなかった。

 主殿は、元日本人だ。だから、戸籍も持っているのだが、主殿に寿命があるのか解らないために、名前での口座開設は諦めた。
 そこで、主殿に法人を用意してもらって、法人の口座を作ることになった。税制上も、ギルド側としては楽になる。

 10年後、20年後に、ギルドや主殿がどうなっているのか解らないから、現状でできる限りの対策を行う事で一致した。

「振り込めた?」

「うん。次からは、ギルドの端末からでもできるようにしよう。もう嫌!」

 千明の悲鳴に近い言葉は、私にはよくわかる。
 小市民な私たちが、いきなり、2億円近い金額の振込をするのには、手が振るえるだろう。

 千明が、プリプリ怒っているのは、端末での操作を行って、振込を実行したら、いきなり、店員が現れて、奥の部屋に連れていかれて、事情の説明を求められた。

 ギルドに、主殿に振り込む資金はなかった。それを解決したのが、主殿から売り込まれた技術だ。

 魔石の効率の良い使い方だ。
 魔石をベースにして、濁りを除去する方法を、主殿が教えてくれた。

 最初に成功させたのは、クロトだ。それから、クロトのやり方を見ながら円香さんと孔明さんが実験を繰り返した。
 ギルドには、魔石のストックが無かった。それも、主殿から提供してもらった。

 その時に、天使湖の魔物を駆逐したのが、主殿たちだと教えてもらった。あの場所には、私たちギルドだけではなく、警察や消防や自衛隊がいたので、姿を見られないようにしていたのだと謝られた。
 円香さんの権限で、特A級の情報として秘匿することが決定した。特A級に指定されると、ワイズマンには登録されるが、閲覧は特A級指定を行ったギルドの許可が無ければ、閲覧ができない。

 主殿から、天使湖の実際の状況を聞いて、ワイズマンに登録するのが、私の仕事になった。これが、また大変だった。
 途中から、ワイズマンに主殿を繋げてしまおうかと本気で考えた。実行に移す前に、ワイズマンから注意されてしまった。その為に、私が主殿から聞いて、ワイズマンに登録する。ワイズマンからの質問や状況の確認指示を、主殿に質問する。

 驚いたことに、オークの変異種だけではなく、上位種や上位種の変異種まで存在していた。
 主殿からの疑問も、ワイズマンに聞いたが、答えが”不明”な質問が多かった。ワイズマンが興味を示したのが、主殿が話していた、行動限界の話だ。縄張りと表現してもいいかもしれないが、今まで、不思議に思われていた魔物の生態の一部だろうと判断された。
 私が間に入った事で、円香さんも協力してくれて、天使湖の事件に関連する問題以外は、ワイズマンに隠す事ができた。

 天使湖には、オーク種と思われる魔物だけで、100体以上が存在していた。
 魔石も、攻撃で割れてしまった物もあると言っていたが、79個がオークから摘出した状態で残っていた。

 忘れていたが、主殿は人類が欲してやまないスキルの一つを持っていた。
 ”アイテムボックス”それも、時間停止型だ。想像の産物のスキルだ。何気なく、主殿が取り出していたので、スライムの特性かと思っていた。

 主殿から提供されたオークの魔石の半分は、ワイズマンに提供する。実際には、ワイズマンが各ギルドに割り振られることになる。

 約40個の魔石を使って、主殿から提供された技術の実験を行ったのが、孔明さんだ。

 孔明さんは、最初は主殿から提供された魔石を利用して実験を行っていた。
 スキルの付与と、スキル発動時の補佐だ。

 魔石から、濁りを除去すれば、スキルの付与ができるようになる。
 スキルの発動時の補佐にも使えるようになる。もっと凄いのは、魔石を使った道具。魔道具の性能と稼働時間を飛躍的に伸ばすことができる事だ。主殿は、ゴブリンの魔石では、小さくて濁りの除去が難しいと言っていたが、円香さんの推測では、”主殿の力が強すぎるので、ゴブリンの魔石程度ではすぐに壊れてしまうのではないか?”だ。その為に、実験として、自衛隊からゴブリンの魔石を大量に融通してもらった。方法は、主殿から聞いた方法だ。

 実際には、クロトが成功してから、皆が試すようになった。

 私は、その間・・・。
 警察と消防とギルドと自衛隊に寄せられる魔物の発見状況をまとめていた。

 主殿が言っていることが本当なら、人を魔物に変える”犯罪行為”を行っている者が居る。
 行動範囲から、市内や近郊に潜伏している可能性が高い。人の可能性もあるが、魔物の可能性も捨てられない。人の可能性は、主殿が呼び出された方法は、魔物が使うとは思えないためだ。

「茜!」

「はい!」

「主殿に、振込が終了したと連絡を入れて、今後の話し合いがしたいと伝えてくれ」

「わかりました」

 買い取りの見積もりは、主殿に紙で提出している。金額の了承も貰っている。
 税金の処理もしなければならないので、住民税とかどうなっているのか解らないけど、ギルドが納める税だけは引かせてもらった。一応、こちらから買い取りの受領書を書かなければならないのも厄介です。

 主殿には、特例としてギルドのカードが発行された。カードを渡さなければならなかったが、皆が私を見て、円香さんが決定した。私の仕事となった。

 主殿が住まわれている場所は、通常では辿り着けない場所だった。寂れた港町の山間にある。
 以前の調査で空白地帯になっていた場所の一つだった。

 私と千明は、クロトかラキシかアトスが一緒なら主殿が展開している結界の中に入ることが出来た。
 普通の家でした。ただ、正直に言えば、近づきたくなかった。

 心が畏怖してしまって、怖かった。
 殺されるとか、そういうレベルでは無い。職場がギルドなので、いろいろな人と会った。所謂、反社会的な組織の人が怒鳴り込んできたこともありましたが、そういう怖さとは次元が違っていた。
 表現が難しいのですが、関わってはダメだと心が叫んでいた。目にいろいろと入っていたが、脳が判断を拒否していた。

 仕事なので、家に上がった。主殿にカードを渡して、物品の確認をして、預かり書を渡した。
 部屋に入ってからは、プレッシャーが弱まったのか、少しは落ち着いたのですが・・・。

 概算での金額を記入した見積もりを渡した時には、心臓がドキドキしてしまった。
 主様が驚いているのを見て、”安いか?”と思ったが、反応は反対だった。主殿は、二桁も下に思っていたようで、追加で何を渡そうか考えていたと聞いて、即座に止めてもらった。
 これ以上の買い取りは、主殿から聞いた技術の検証が終わって、買い取った物品の現金化が終わってからにして欲しいと懇願した。

 主殿は、見積もり金額で良いと言ってくれた。追加が必要なら連絡が欲しいとまで言われてしまった。

 そのうえで、ギルドまで連絡ができる魔道具を渡されてしまった。
 ネットでのやり取りは、楽だけど盗聴の可能性があるために、円香さんだけではなく、孔明さんや、蒼さんにも反対されていたから丁度良かった。

 しかし・・・。
 連絡の魔道具が、私にしか使えないのは・・・。少しだけ、面倒だと思ってしまった。

 最悪だ。
 今までにないくらい興奮もしている。しかし、緊張が、興奮を上回っている。吐きそうになってしまっている。

 最初は、円香さんも、蒼さんも、孔明さんも付いてくると言ってくれていたが、蒼さんは、私たちが(主殿から提供された情報を、検証してマイルドな物から)公表した件に関して、元の職場から呼び出しが掛かった。

 この時点で、主殿には約束をしていて、日時の変更を言い出しにくい状態になってしまっていた。主殿に都合がいい日をいくつか出してもらって、その中から選んだのはギルド側だ。

 でも、蒼さんが居なくても、孔明さんでも、円香さんでも、千明でも、キャンピングカーの運転はできる。

 日時を約束した後で、主殿の拠点に行くことが決定した。
 場所が確定して、キャンピングカーでの移動は不可能となった。主殿の拠点があんな場所にあるとは・・・。予想はしていた。でも・・・。

 主殿は、高校生だと言っていたけど、あの場所から学校に通っていたのか?

 今日は、主殿から依頼されていたことの、初めての報告を行う日だ。思っていた以上に問題が多い報告になってしまって、主殿にお願いして安全に報告が行える場所を用意して貰った。
 まさか、それが・・・。主殿の(拠点)に来て欲しいと言われるとは思わなかった。

 私は、絶望した。円香さんと孔明さんは喜んだ。蒼さんも、凄く喜んだ。千明は、フェードアウトを狙っていた。

 蒼さんはしょうがない。本人も、元の職場から頼られたら嫌とは言えない。
 でも、まだ円香さんと孔明さんが居たはず・・・。

 今、私はクロトとラキシをキャリーに入れて、電車に乗っている。
 ギルドからは新静岡の方が近いけど、目的の駅はJRだ。静岡駅まで、千明に送ってもらって、東海道本線の上りのホームから電車に乗った。

 電車がホームを出ていく、30分くらいかな・・・。

 なぜ一人になっているのか?
 ワイズマンからの明確な命令だ。主殿が信頼している。又は、信頼を寄せ始めている者だけで行くようにという事だ。皆が、私を一斉に見た。
 主殿と最初に会話したのは、円香さんだ。主殿との窓口は、私が担当した。主殿と話をして解ったのは、スライムになってしまっているが、本質は変わっていないということだ。人なのだ。そして、同情したりする必要はない。主殿は、スライムになってしまった事は、既に自分の中で折り合いを付けている。ただ、なぜこんな事をしたのか?そして、行った人物を知りたいという事だ。もし、主殿をスライムにした者が魔物なら、その魔物を捕えて始末したい。人なら、罪に問えるのなら、罪に問いたい。そして、自分と同じような者が産まれないようにしたいと考えている。

 外を見ると、目的の駅に近づいてきている。
 待ちまわせ時間の前に着くように電車に乗った。

 緊張で言葉がおかしくなりそう。主殿との会話で困らないように、丁寧に話さないと・・・。思考も切り替える必要がある。

 孔明さんが、蒼さんに呼ばれました。
 蒼さんだけでは、しっかりと説明が出来なかったようです。そのあとで、円香さんが本部に呼ばれました。ワイズマンからの情報を得て、本部が動いたようです。円香さんが、主殿から買い取った物を持って、本部に向かいます。買い取る予定になっている物で、まだマイルドな物を数点と、最高の危険物を持って本部に向かいました。渡米です。簡単に帰って来られないでしょう。でも、必要な儀式です。予定では、もっと後だったのですが、それだけ主殿から提供された情報のインパクトが強かったのです。

 私たちも、本部の反応を受けて、考えなおしました。
 主殿と話をして、検証ができる情報の検証を行って、ワイズマンに提供して公開情報にしたのですが、私たちは主殿の他の爆弾とも言える情報を知っています。特に、魔石を使って、動物を魔物化する方法は、私たちでは検証が成功していませんが、成功例が3匹います。他にも・・・。

 魔石の利用方法だけでも、円香さんの呼び出しがかかる位の情報だとは考えていませんでした。
 失敗でした。ギルドの予算を増やすために公開する必要があったのですが・・・。本部からの呼び出しとは・・・。

 それで、私が一人で主殿の拠点に向かっている理由です。
 千明は、ギルドに誰も居なくなると困るという理由で留守番です。出かける前に、留守番なら変わると言ったのですが、無駄でした。アトスと留守番しているから大丈夫だと言われました。

 たしかに、4-5人の強盗ならアトスだけで撃退してしまうでしょう。
 3匹の中で、アトスが武闘派になってしまって、蒼さんとの模擬戦でハンデを貰っても楽勝な状況になっています。

(ふぅ・・・)

 現実逃避をしていても、電車は予定通りに進んで、目的地の寂れた港町に到着してしまいました。

 ホームに降りたのは、私だけです。
 改札を出ると、なんと・・・。主殿が待ってくれていました。

 急いで、駆け寄る。

「お待たせして、もうしわけありません」

「いえ、私が早く来てしまっただけです」

 主殿の姿は、私服なのでしょうか?可愛い恰好です。こうして見ると、少しだけ小柄な女子高校生です。
 先日の制服姿ではない。ライ殿が一緒ではないのは、周りの人を気にされたのでしょう。

「・・・?どうしました?」

「クロトちゃんとラキシちゃんを連れてきたのですね?」

「え?ダメでしたか?」

「いえ・・・。ただ、駅などの公共施設には、魔物を感知する装置が設置されていると聞いていたので・・・」

 主殿の言葉を聞いて、主殿が駅のベンチで待っていなかった理由が解りました。

「あ・・・。それは、私たちも検証中なのですが、クロトもラキシもアトスも反応しないのです。本部から送られてきた最新の物でもダメでした」

「え?反応がしない?」

「はい」

 初めて、主殿に有益な情報を渡せた気がします。

「里見さん。試してみていいですか?」

「あっ。私の事は、茜と呼んでください。ギルドでは、”茜”が定着しているので・・・」

「わかりました。茜さん。駅には、魔物の感知を行う装置があるのですよね?」

「はい。設置の義務があります。主殿が、試されるのですか?」

「ダメですか?」

 少しだけ考えて、主殿の実験を許可しました。
 私も興味があります。それに、この駅は無人ではないのですが、ほぼ無人駅です。私のギルド証を出せば、警告音がなっても大丈夫でしょう。

「大丈夫だとは思いますが、アラームがなってしまった時には、小さなスライムを出して貰って、第三者に見つけてもらって、私が討伐したということに出来ますか?」

 私の提案を、主殿は了承してくれました。
 実際に、主殿が手の平を広げると、こぶし大のスライムが現れます。

 適当に動き回るだけのスライムらしいです。よくわからないので、スルーしました。

 主殿も緊張しているのでしょうか?
 少しだけ歩く速度が遅いように思えました。しかし、駅の券売機の前まで行って、入場券を購入して、改札を出ます。

 警告音がならない。
 装置が切られている可能性を考えて、私が持っている特殊なコードが組み込まれたスマホで確認します。

 装置の設置状況と稼働状況が解るようになっているので、確認をしますが、オールグリーンです。装置も稼働している。魔物も検知していない。
 監視カメラがあるので、死角になりそうな所で、スライムを出してみたのですが、装置は反応しません。

 欠陥品でなければ、困った情報です。
 魔物の一部は、装置に反応しないことになってしまいます。主殿に協力して貰わなければならない事柄が増えました。

 まずは、今の情報を千明に転送しておきます。
 千明から、円香さんと孔明さんと蒼さんに通達してもらいます。

(ははは)

 最初は、緊張していました。凄く凄く凄く緊張していました。
 この場所に来ることを、”嫌”だと思っていましたが、今は、来てよかったと思います。

 主殿が戻ってきた

「どうでしたか?警告音は鳴らなかったのですが?」

「なりませんでした。それに、装置が検知すると、ギルドに報告が上がるのですが、それもありません」

「装置が故障していたのですか?」

「ギルド側で調べられる状況では、オールグリーンです」

「問題がなかったという事ですか?」

「そうです」

「うーん。茜さん。後で、少しだけ実験に付き合ってください。あっ装置の仕組みとかは秘密ですか?」

 主殿の言葉が不穏当ですが、気にしません。
 面白そうなので、全面協力です。

「私の権限内なら提供します」

「ありがとうございます。他にも、いろいろお見せしたい物があるので、報告を聞いた後で相談に乗ってください」

 あっ
 ダメな奴だ。

 でも、覚悟を決めます。楽しそうなのは間違いない事です。

「わかりました」

「あ!」

 主殿が、急に困った顔をしました。

「どうしました?」

「茜さん。私たちの家の場所は把握されていますか?」

 言っている意味が解らない。解らないけど・・・。

「正確な場所はわかりません。大凡の場所は把握しています」

 これで合っているのか不安ですが、他に言いようがありません。主殿の家の位置は、把握していますが、正しいか解りません。

「そうですか・・・。それなら、家への道は解りますか?」

「はい?」

「かなりの坂道です。私は、慣れているので大丈夫ですが・・・」

 やっと、主殿が何を心配しているのか解りました。
 確かに、あの坂道を上るのは、一苦労です。しかし、大丈夫です。

「それは大丈夫です」

「そうですか?途中で疲れたら言ってください。奥の手を使います」

「奥の手?」

「はい。茜さんならお見せしても大丈夫だと思いますが、あまり褒められた方法では・・・。無いので・・・」

 怖いのですが、少しだけ・・・。本当に、少しだけ興味があります。
 主殿が”褒められた方法”では”無い”という方法です。

「ありがとうございます。疲れたら、素直に言いますね」

「はい!」

 こうして話していると、素直で可愛い女子高校生だとおもえるので不思議です。
 それに、魔物を検知するセンサーが反応を示さなかった。円香さんに報告したら、怒られそうですが・・・。来なかったことを、しっかりと後悔して下さい。

 主殿と並んで歩きます。
 駅を背にして、左側に進むのは、解っています。道順も解っているので大丈夫です。

 軽い上り坂になっている道を歩いて、古い歩道橋があるので、歩道橋で旧国道を渡ります。

 狭く古い感じの道を歩きます。
 主殿と雑談でも・・・。と、考えますが、主殿の周辺には、椋鳥や雀が寄っては離れていきます。凄く不思議な光景です。百舌鳥も居るようです。そういえば、百舌鳥は読みでは二文字なのに、漢字で書くと3文字なのは何故なのでしょう?
 関係ないことを考えないと、直視した状況を忘れられません。

 主殿の時に、寄ってきた雀が飛び立ったと思ったら、電撃を発して、草むらにいた蛇を撃退しました。
 雀が攻勢のスキル?

「主殿?」

 我慢できませんでした。聞いて、すっきりした方が良いでしょう。精神的にも・・・。ギルド的にも・・・。

「なんでしょうか?」

「先ほどの雀は?」

「あぁドーンですね。あっドーンというのは、雀たちの名前で種族名みたいな物でして・・・。家で、詳しく説明しますね。あっ!もしかして、ギルドで認識されていますか?動物が魔物化して、眷属にした時に、同種族は”族”扱いになって、一つの名前を共有するみたいなのですよね」

 ダメでした。
 一切、理解が出来ません。

”にゃにゃ”
”ニャウニャニャ”

「あっ。そうです。そんな感じです」

 え?
 主殿は、クロトとラキシと会話が成立するようです。会話ができる事もびっくりですが、クロトとラキシの説明もびっくりです。

 クロトとラキシの話が本当だとしたら、主殿が言っている”(ぞく)”は”(うじ)”に近い感じがします。クロトとラキシは鑑定で確認ができるようなので、確認してみると、クロトとラキシが言っている通りになっています。
 そもそも、”里見(私の苗字)”はどこでスキルが知ったのか疑問があります。結婚して苗字が変わったら?いろいろ不思議です。
 私の眷属になって、すぐには”氏”はなかった。無かったはずです。しかし、確認すると確かに”氏”と呼べる物が存在しています。

「それは、認識のタイミングだと思います」

「え?」

「ごめんなさい。声に出ていたので・・・」

 恥ずかしいミスです。
 頭で考えていた事を口に出していたようです。

「あっ。こちらこそ・・・。それで、”認識のタイミング”とは?」

「”シュレーディンガーの猫”と言えばわかりますか?詳しくは・・・」

 もちろん、”シュレーディンガーの猫”は知っています。
 そうですか、この手の話は孔明さんに渡して終わりにしましょう。私には、荷が勝ちすぎです。

 でも、主殿の説明でなんとなく概要がわかりました。
 言語化する能力が私には不足しているようですので、理解した内容は心に留めて、事象だけを円香さんと孔明さんに報告すればいいでしょう。主殿の説明もできるだけ思えておいて、補足で伝えれば大丈夫です。大丈夫だといいな。

 ふぅ・・・。
 精神的に疲れました。まだ、家についていないのですよ?

「どうしました?」

「え?また、声が出ていましたか?」

 主殿は、申し訳なさそうな表情で頷いてくれました。
 治さないとダメですね。

「少し先に、休憩できる場所があります。そこで、奥の手を使いますか?」

 どうしましょう。
 興味があります。

「お願いします」

 主殿が嬉しそうな表情で、手を上げます。
 どこに居たのでしょうか?アオサギ?

 大きめの鳥が飛び立ちます。
 うん。後悔しています。

「少しだけ待ってください。迎えが来ます」

「迎えですか?」

「はい!」

 主殿の言葉から、10分くらい待つかと思ったのですが、実際には待ったのは2-3分でした。

 しかし・・・。

 リヤカーを大きい狸が曳いている。やっぱり、ダメだった。よく見ると、狸だけではない。ハクビシンとアライグマ?ダメだ。常識が崩れる。馬車が、あったのは解っている。狸車やハクビシン車やアライグマ車は、存在してはダメです。
 それに、上空を見ると、浅間神社に来ていた鳥がいる。他にも、複数の鳥が・・・。

「・・・。主殿。犬は居ないのですか?」

「うーん」

「え?」

「犬は、眷属にはならないのですよね?」

「え?」

「まだ、私たちも検証が終わっていないので、解らないのですが・・・。あっ!そうですよね。ギルドで、検証を行ってくれれば!」

 ダメです。ダメです。
 絶対に、ダメです。

「茜さん!」

「はい」

 諦めます。

「犬や馬など、主人と認めている者がいる動物や、人に恨みを持っている動物が、魔物になった時に、眷属にならずに、人を襲うようなのです。天使湖にも、犬が大量に居たのですが、あのあたりで捨て犬や多頭飼育崩壊を起こした場所とか無いですか?」

 はい。
 円香さん案件です。調べるのは私だとは思いますが、千明の方が適任かな?

「すぐには解らないので、調べてみます」

「お願いします」

「そうだ。リヤカーを曳いているのが、ギブソン。元は狸なのですが、眷属になって進化しました。巨大化というスキルを持っていて、実際には4-5メートルまで大きくなれます。ハクビシンのノックは、まだ進化は出来ていないのですが、複数のスキルを持っています。アライグマはもちろん」

「ラスカル?」

「はい。アライグマと言えば、ラスカルです!」

 主殿も、あのアニメを知っているようです。
 世代では、父親世代でも違うだろうとは思いますが、有名なアニメですし、知っているのでしょう。

「ラスカルは、2段階の進化が終了して、スキルは・・・。え?あっ。ごめんなさい。ラスカルのスキルは、2つだと思っていたのですが、最近、2つ増えて4つらしいです」

 あぁスキルは簡単には増えないという常識が通用しないようです。
 そもそも、スキルは増える物なのでしょうか?

 主殿がリヤカーに乗り込みます。
 私も、リヤカーに乗ります。複数の座布団があるのは、座っていいのでしょう。立っている状態では危ないのでしょう。ここからは、急な上り坂です。

 もうクロトとラキシを出しても大丈夫だと判断して、二匹を出します。

「キャリーケース。預かりましょうか?」

「はい」

 リヤカーに置くのかと思ったら、主殿がキャリーケースを触ると、虚空に吸い込まれるようにキャリーケースが消えました。
 これが、アイテムボックス?欲しいです。凄く欲しいスキルです。

 リヤカーは、スムーズに進みます。
 狸とハクビシンとアライグマで大丈夫かと思っていましたが、問題はないようです。

 私と主殿の体重が軽いからだと思う事にします。

 リヤカーに揺られて10分くらいでしょうか?
 主殿が上空に飛んでいるアオサギに合図を送ると、目の前に家が現れます。

 確かに、不自然に認識ができない場所があったのですが、その場所が主殿の家の用です。

「やっぱり、不自然でしたか?」

「え?」

「それほど驚いていなかったので、家の位置が解っているのかと思いました」

 正直に答えた方がいいでしょう。

「はい。なぜか、認識ができない場所があったので、不自然に思えました」

「ありがとうございます。やはり、スキルを持っている人には解ってしまうのですね」

 あっ
 また・・・。です。

 記憶力を求められているように思えてきます。

「主殿?」

「はい?」

「スマホでメモを作成していいですか?」

「いいですよ?」

 不思議そうな表情をしないで欲しい。

 主殿の許可も貰ったので、しっかりとメモをして・・・。円香さんのお土産にします。

 でも、まだ家に着いただけですよね?