千明に、円香さんを呼びに行ってもらった。
もう面倒なので、円香さんに丸投げすることに決めた。
話は、3つ。
一つは、眷属化だから、ワインズマンに入力するか確認すればいいだけだ。
『里見茜殿。本体に相談しました』
急にライが話しかけてきた。
「え?」
『里見茜殿は、説明が出来なくて困っている?違いますか?』
説明ができない?
もっと簡単に言えば、ライの言葉を中継しなければならないのに困っている。
「そうね。ライが円香さんと話が出来たらいいとは思っている」
『はい。マスターから、贈り物です』
ライが少しだけ震えてから、石?魔石を吐き出した?表現として、何か間違っているかもしれないけど、”吐き出した”が正しい。
続けて、同じ物?を吐き出した。
「これは?」
『マスターからの伝言で、”トランシーバー”だという事です。”デュプレックスになっている”そうです』
「え?」
『それから、会話が外に漏れるのは、マスターとしては”困る”ので、これを使って欲しいそうです』
ライが、また別の石を吐き出す。
さっきの二つよりは、少しだけ大きい。
この3つが魔石だと仮定すると、大きさから、最初の物はゴブリンやコボルトの魔石だろう。今、吐き出された物は、色が付いている事から、上位の魔物かもしれない。
「これは?」
『音を遮断する結界が発動されます。使い方を説明します』
「え?え?え?結界?音を遮断?え?待って、待って、ライ」
『はい?なんでしょうか?』
「まずは、これって魔石で合っている?」
『はい。魔石です。念話の魔石は、ゴブリンの魔石です。結界の魔石は、マスターが作られた物です』
もうお腹いっぱいです。
そうだ、念話の使い方だけ教えてもらって、あとは円香さんに・・・。それにしても、円香さんが遅い?外で、待機して居るのなら、数分で入ってくると思ったのに?
「ねぇライ。念話だけ使い方を教えて?」
『はい。使い方は・・・』
うん。理解した。
難しくなかった。魔石に振れて、”念話”のスキルを使うと意識したら、使えるようになる。
「念話を使えば、ライに触れていなくても大丈夫?」
『マスターからは、”大丈夫だと思うけど、実験していないから解らない”と言われています』
実験?
やってみれば解るって事だ。
ライから手を離して、念話の魔石に触れる。
『ライ?』
『はい』
お!できた。凄いな。私が、テレパシーを使えるようになった。
伝えると思わないと、”伝わらない”と、言われているけど、実際に円香さんと念話で会話した時に試してみないとダメだろう。
ライのマスターが言っている”実験”は、こういう細かい事を言っているのだろう。
繋がる距離も解らないし、継続時間も解らない。待機時間とかあるのかな?
念話の魔石から手を離す。
「ねぇライ。魔物は、念話が使えるの?」
『わかりません。私たちは使えます』
そうか、他の魔物とも意思疎通ができるのなら、無駄な戦いが避けられると思ったけど・・・。ダメなのか?
ドアが開けられて、円香さんが入ってきた。
やっと来てくれた。ライの話は、私には重すぎる。
ライを、私の膝の上に移動させた。
手で無くても触れていれば会話が通じる。膝の上なら自然と触れていられる。
円香さんが、少しだけ、本当に少しだけ緊張した表情で、私の前に座る。私も、緊張してきた。ギルドの受付に居た時には、こんなに緊張しなかった。ギルドの面接の時にも・・・。
「茜。大体の話は、千明から聞いた」
円香さんが、千明から聞いた話を、確認してくる。
概ね間違っていない。千明の解釈が間違っていないのか、私の解釈が違うのか、微妙な部分もあったが、円香さんの質問に答える形で、曖昧な部分が無くなっていく、ライから念話で捕捉が告げられる。
しかし、ライが”禁則事項”だと言っている部分も多いために、話が進まない。
「円香さん。詳しい事情が気になるのは解りますが、もっと重要な事が・・・」
「ん?」
「まず、眷属化・・・。動物が魔物になってしまう件ですが・・・」
・スキル付きの魔石を食べさせる
・魔石が浸かった水を与え続ける
・眷属化のスキルが存在している
3つ目は、動物が魔物になる方法ではないが、”眷属化”なるスキルが存在していることになる。私は、聞いたことがない。ワインズマンに問い合わせるのは、何か憚られて行っていない。
「3つ目は聞かなかったことにしよう。千明にも、口止めをしておこう」
「わかりました。そうなると、クロトとラキシとアトスが、魔物になったのは秘密にしておくのですね」
「そうだ。お前たちが授かったスキルも秘密だ。インパクトが強すぎる。与える影響を考えると、公開する気にならない」
私も同じ考えだ。
だから、ワインズマンにも訪ねていない。データの登録をしなくていいのは、気持ちが楽になる。
「千明には?」
「口止めはした。今、孔明と蒼に簡単に事情を話している。ライとか言ったな(彼で合っているのか?彼でいいか・・・)彼の同輩が、まだいるらしいから、孔明と蒼に協力させて、探してもらっている。アトスも参加している」
アトスと言われてから、周りを見たら、確かにクロトとラキシしか見当たらない。アトスは、千明に着いて行ったのだろう。
”にゃ!”
クロトが、私の考えを肯定するように鳴いた。
足下にいたはずなのに、いつの間にか、私の両脇を守るように、クロトとラキシが座っている。
順番に、頭を撫でてあげると、嬉しそうに身体を押し付けて来る。
「わかりました」
これで、問題の一つが解決?した。私的には、円香さんに預けた形になっている。これで、解決だ。
「次が、ライの本体とマスターと呼ばれる人物?との、会談ですが・・・」
「訪ねていくのが大丈夫なら、どこかで待ち合わせをして、合うのでも大丈夫なのか?」
そうか、ギルドのメンバーが訪ねるにしても、安全だとは限らない。
ライの感じから、マスターは理知的な存在だと思える。ギルドのメンバーだと解っていて、危害を加えるようなことはしないだろう。
それでも、円香さんが警戒しているのは、ライと話が出来ていないからだろう。話せば解るとは言わないけど、話が、会話が出来たら、関係は一歩進めることができる。
さきほどのライとの会話から、待ち合わせも可能だとは思うけど、ライたちの安全は、私たちギルドが保証をしなければならない。人が多い場所はダメだ。円香さんが”待ち合わせ”に”どこ”を考えているのか解らないけど、安全が確保出来て、人が少ない・・・。殆ど、居ない場所なんてあるの?またカラオケ?でも、カラオケはどうしても入口を通る必要がある。ライだけなら、カバンの中に入れれば、大丈夫だろうけど・・・。
待ち合わせ場所を考える必要はあるが、待ち合わせは案外わるくない。かも。だと、いいな。
『里見茜殿。円香殿に、念話の魔石を渡してください』
「あっ!そうだった!」
「円香さん」
「なんだ?まだ隠し事か?」
「隠し事というか、千明が呼びに言っていている最中に、新たに加わった事です」
「それは、テーブルの上に転がっている3つの石?・・・。・・・。魔石か?」
やはり、円香さんのスキルなら解るのだろう。
二つは、魔石だと解るだろうけど、一つは綺麗に形が作られていて、魔石には見えない。よくできた宝石だと言われても信じてしまうかもしれない。
「そうです。小さい魔石には、”念話”スキルが付与されています。大きい方は試していませんが、ライからの説明では”音を遮断する結界”スキルが付与されているようです。ここでの話を外部に漏らしたくないようなら、”結界”スキルで音を遮断できるので使って欲しいそうです。ライのマスターが作った魔石だと説明を受けました」
「はぁ?」
恐る恐る円香さんの表情を見ると、唖然とした表情の中に、何かを考えている表情が隠されているように、見える。
円香さんは、念話の魔石を触って、何かを考えている。
「千明。この魔石を持って、キャンピングカーの外に出てくれ」
いきなり、円香さんが、千明にキャンピングカーの外に出ろと伝える。実験をしたいのは解るけど、最初に実験の説明をしなければ、千明が戸惑うだろう。実際に、千明はいきなり言われて動揺している。
「はい?」
「円香さん。実験をしなくて大丈夫ですか?」
「そうだな。使い方が解らないな。千明も念話ができるか触ってみるか?」
円香さんは、一つを千明に渡して、一つを自分で持つ。
『千明』
「え?頭の中に、円香さんの声が聞こえた」
千明が驚いている。
私も、驚いた。
円香さんの声が聞こえたからだ。
これで、ライと円香さんの間で・・・。話ができる可能性が高まった。私が通訳をしないで・・・。
ライは、何も反応していないけど、私に聞こえたのなら、ライにも伝わっているのだろう?
「そうか?茜は?」
「聞こえました」
正直に答える。
何か、検証をしている可能性がある。嘘を伝えてもしょうがない。
円香さんは魔石を握って、目を瞑る。
「そうか?これならどうだ?」
私には何も聞こえない。
「また!円香さん?」
千明にだけ聞こえたようだ。
でも、千明は、魔石の使い方が解らないはずだ。
ライは、”トランシーバー”だと言っているけど、もしかしたら違うのか?
「そうか、これなら千明にだけ通じるのだな。なんとなく理解した。千明。魔石を持って、頭の中で話してみろ」
「え?」
『きこえますか?』
千明の声が聞こえた。円香さんも、指でOKのサインを出すので聞こえたのだろう。
「最低でも、魔石を持っていることが条件か?」
「え?」
「千明は、念話のスキルを使っていなかった。しかし、声が聞こえたと言った。あぁ茜は、面倒だから”茜”だからで澄まそうと思っている」
「思っているじゃないですよ。でも、確かに・・・」
「千明。魔石を手放してくれ」
「はい」
円香さんと千明は、いくつかのパターンで実験を行った。
結果、念話の魔石を持っていないと、通じないことが解った。通常の魔石では、意味がないようだ。ただ、円香さんのスキルを使っても、念話の魔石は”魔石”としか情報が出せないらしい。
『ライ。何か、解る?』
『円香殿のスキルレベルが低い。基礎レベルが低い。またはその両方で、マスターの偽装を見破れない』
『え?偽装?』
『はい。スキルを付与した場合には、偽装するのが様式美だとマスターが言っています』
円香さんと千明が、念話の魔石を持っている状態だ。
「円香さん」
「なんだ?」
「私とライの会話は、聞こえましたか?」
「聞こえなかった。正確に言えば、茜とライ殿が会話しているのは解ったが、会話がジャミングされているようで、理解ができなかった」
『ライ。理由はわかる?』
『わかりません。千明殿が伝えてきた情報は、伝わっております』
「円香さん。ライには、円香さんの念話は通じていないようです。でも、千明の念話は通じるようです」
「そちらの検証は後だ。千明。外に出てくれ」
「わかりました」
やっと実験を終えて、千明が念話の魔石を持って、キャンピングカーから出る。
外では、蒼さんと孔明さんが、元女王蟻を探している。
念話で出てきて大丈夫だと伝えたら出てきてくれないのかな?
まずは、距離の確認を始める。
念話の距離は、長くはなさそうだ。
『茜殿。念話の距離は、魔石の大きさに依存します』
「円香さん。念話の距離は、魔石の大きさに依存するそうです」
「え?それは?」
「ライからの情報です」
円香さんの視線が怖い。
知っていたのなら教えろと訴えているのは解るけど、私もライから聞かされなかったら知らない情報だ。ライとしても、円香さんや私たちがどんな情報を求めているのか解らない。解らないから、話の流れを聞いて判断しているのだろう。情報の出し惜しみはしていない。知っていれば、答えてくれる。知らなければ、知らないと伝えて来る。ダメな事は、ダメという意味を込めて”禁則事項”だと伝えて来る。
「わかった。茜。ライ殿に、結界の魔石に関して質問をして欲しい」
「解りました。円香さんは、ライに話しかけるように、質問してください。私が、ライの答えを円香さんに伝えます」
「わかった」
円香さんが、結界に関しての質問をする。
ライは、知らないことも多かったが、円香さんとしては十分な成果が得られたのだろう。
私たちが知らなかった情報として・・・。
・魔石は力を使い切っても補充ができる
・魔石同士をくっ付けておけば自然に補充される
・自然回復はしない
・人は、実験していないから解らない。スキルを持っている者なら充填ができる可能性がある。魔核を持つ者なら可能。動物では不可能。スキルを持った動物なら可能
結界の魔石は、私たちが考える結界で合っていた。範囲や強度によって、継続時間が決定される。
範囲は、任意で指定ができる。発動者が、意識して範囲が設定される。遮音は、結界に付与した物らしい。ライのマスターが作った物らしく、ライにも詳細は解らない、ただ、念話は通す。実験として、私を含めない範囲での結界と私を含めた結界で、それぞれ念話を使って会話を試してみた。同じく、外に居る千明との会話もできた。
結界の強度は、後日に検証を行うことになった。
私を含めての結界の時に、結界から外に出ることはできたが、外から中には無理だった。
透明な壁があるように感じた。
この結界の実験から、私と円香さんは、とある場所でのことを思い出した。
結界と念話の魔石は、ギルドが保有していて良いと言われたが、円香さんは、3つの魔石で交渉をしたいと言い出した。
『マスターが必要だと考えて、与えた物が必要ないと?』
ライが、先ほどまでと違った面を見せる。
正直にいうと、”怖い”と感じてしまった。
私は、通訳というか・・・。ライの言葉をそのまま伝える。感情は伝わってくるが、感情を排して伝える。軋轢を産んでもしょうがない。
「失礼。勘違いをさせてしまった。ギルドが、適正な値段で魔石を買い取りたい。念話も結界も素晴らしい物だ」
『”買い取り”ですか?マスターからは、”渡す”と言われました』
「ライ殿。ギルドとしては、提供を受けたいのですが、無償では、規約違反になってしまいます」
『マスターに確認します』
ライが、マスターに確認すると言っている。
円香さんの話で、規約違反と言っているが、そんな規約は存在しない。確かに、競合する企業から施しを受けるのは、ダメだ。あと、マスコミやギルド員からの施しは癒着に繋がるので、認められない。しかし、ライは、魔物だ。ライのマスターが、ハンターや供応が禁止されている企業の人間でもない限りは、問題にならない。
『マスターは、ギルドに属していない。また、企業体のどこにも属していない。なので、問題にはならないだろうと言っています。しかし、ギルドからの意見も解るので、最初の3つは、ギルドの”言い値”で譲るそうです』
「ありがとう。査定するので、2日ほど時間が欲しいが、連絡はどうしたらいい?」
『マスターは、ギルドとの対話を望んでいる』
最初の話も戻る?
ん?あっ円香さんに、簡単に話をしただけで、詳細は説明さえもしていなかった。そもそも、私も意味が解らないまま状況が流れた。
「場所の指定は?」
『ギルドの近くがいいのか?』
「大丈夫だ。東京とか言われると、日数が欲しいが、静岡市内なら、二日後でも大丈夫だ」
『マスターから、3日後の15時。浅間神社の麓山神社近くのベンチで待っている』
「わかった。ありがとう。何か目印が必要か?」
ライが、また一つの魔石を吐き出す。
「これは?」
『マスターは、”割符”と呼んでいる。合致する魔石を持つ物が近づけば、魔石が光る。距離は2-3メートルだ。麓山神社の前なら、端と端でも3メートルは離れていないから反応する。と、マスターが言っている』
「こちらは、私と茜の二人で伺う」
『了解した。今、探しているスライムも一緒に連れてきてほしい。3日後なら、存在は維持できると思われる。ライは、この会談が終わったら、解放して欲しい』
「解放?」
『ライの魔核を使いすぎている。半日もたたないで消滅してしまう。その前に、本体に合流させたい』
家で、天使湖で得た物を整理していた。
こればかりは、私かライにしかできない。判断した物を、まとめるのは、家族にもできるのだけど、まずは必要な物なのか判断しなければならない。
そして、”必要な物”を判断するのが難しい。
殆どの物が、ギルドの買い取りリストに載っていない。
買い取りができないのか?それとも、知られていない物なのか判断が私にはできない。情報がない。
そして、魔石の買い取りは出ているが、ゴブリンの魔石程度の大きさしか買い取っていない。魔物の名前ではなく、大きさでの買い取りが書かれている。
「ライ?”誰かが欲しい”と、言っている?」
『いえ、マスター』
そうだよね。
必要になれば、狩りに行けばいい。
天使湖から帰ってきてから、皆が力を求めている。
オーガの色違いに対応できたのが、私とライとカーディナルとアドニスだけだという現実に、皆が力を求めた。
特に、キングとクイーン。テネシーとクーラー。ピコンとグレナデン。他にも、皆がレベルアップを希望した。
しかし、近くには魔物が存在する場所はない。
街中にも、魔物が存在する場所は有ったのだが、皆のおかげで魔物の駆逐ができた。別に、正義を名乗るつもりはないが、私をスライムに変えた者が、まだ魔物を産み出しているのか調べる為にも、自然発生する場所を徹底的に無くしておきたい。
本当は、ギルドに協力を求めたいが、私からギルドに接触することはできない。私は、スライムで魔物だ。駆除対象になってしまったら、本当に私は魔王になってしまう。スライムの魔王だ。二つ名を”新星”と付けられてしまう。仲間にオーガは居ないが、皆が進化をしている。
レベルアップには、樹海で行ってもらうことになった。あの場所は、中層くらいまでは自衛隊の隊員が居るが、奥に行けば隊員も居ない。動物も少なくなってしまっている。洞穴に隠れている動物を見つけることもあるが、その程度だ。
オクトやカラントやキャロルやノッグは、海でのレベルアップが可能だ。
海にも魔物は多く存在している。地上と違って、海に居る魔物は強くはない。
順番に、樹海に作った私たちの拠点に行ってレベルアップを行っている。
天使湖の様に、魔物がまとまっている場所は存在しない。裏山と同じレベルで散らばっている。予測ができる範囲なので、索敵からの討伐は、効率よくできる。間引きしていれば、天使湖のようにはならないと思っている。
現地でスカウトした者たちは、家族には迎えていない。
本人たちも望んでいない。拠点に住むことはだけを認めて欲しいと言われた。共存関係を結んだ。安全な拠点と食料の提供を行い。彼等からは、樹海にある洞窟や洞穴の場所を教えてもらうことになった。現地勢の中には、魔物化した者も居た。しかし、私の家族の方がレベルも経験も上だった。
家族のレベルアップ問題も解決して、私とライは本格的にドロップ品の整理を始めた。
整理を初めて、3日目。
完全に飽きて、パロットと遊んでいた。ドロップ品を猫じゃらしに加工した。
『マスター』
「ん?あっゴメン。サボっていないよ。ちょっとした息抜き!息抜き」
『マスター。市内にスライムが発生しました。瞬間を抑えることができませんでした』
偵察に出ていたライが、スライムの発生を見つけた。
場所は、聞いた限りでは解らないが、静鉄の沿線らしい。
「ライ。スライムたちとの合流は可能?」
『一部は、合流が不可能な状態になってしまっています』
「理由は?」
『スライムが討伐されてしまっています』
「止められる?」
『討伐している者の中に、魔物が居ます。指示を飛ばしてみます』
「お願い」
ライが、魔物との話を中継し始めた。
どうやら、魔物は猫で誰かに飼われているようだ。
それから、話が進んで、猫からの要請で、ライが猫たちの飼い主と会話を始めた。
中継されてくる話から、相手はギルドのメンバーだと推測ができた。
確証が得られてから、会話は会議に変わった。
カーディナルたちだけではなく、ギブソンやノックやラスカルも部屋に集合した。
もしかしたら、いろいろな問題が解決するかもしれない。
期待を込めて話を進めた。
上司らしき人が話に加わった。
ライから聞こえてくる内容では、最初に話をしていた人が上司に説明が出来なくて困っているように感じる。
私は、ライに二つのスキルを付与した魔石を渡すように指示を出した。
”賭け”だ。もし、この魔石が既に存在していて、当たり前になっているのなら、ギルドは私たちを評価しないだろう。魔石にスキルを付与する技術が確立していないのなら、私たちに価値を感じてくれて、話を聞いてくれる可能性が出て来る。
ライの分体だけなので、ギルドが私に辿り着くのは難しい。
トランシーバの役割を持たせた魔石と、結界の魔石をギルドに渡した。
結論・・・。
やりすぎた?不信感というよりも、驚愕されてしまった。
でも、攻撃系のスキルを付与した魔石でなくてよかった。
上司だと思っていた人は、ギルド日本支部の責任者の用だ。
いきなり上層部と交渉が出来てしまった。
やりすぎてしまったのは、もう取り戻せない。
それなら、こちらに都合がいい事だけを、交渉しよう。
魔石やドロップ品の換金を求めてみよう。私たちに必要がない物でも、ギルドでは必要だと判断する可能性がある。
結界やスキルの付与だけでも情報としては出しすぎてしまった。眷属化の話は、ギルドは知らなかったようだ。どれだけ、知られていないのか解らない。
ギルド側から、魔石を買い取ると言ってくれた時には、嬉しかった。
今は、お金には困っていないが、状況次第ではお金が必要になる。
ギルドと話が出来れば、私をスライムにした奴の情報が集められるかもしれない。
復讐で殺してしまおうとは思っていない。もちろん、対象が”人間のまま”なら・・・。という条件だ。既に、魔物になってしまっているのなら殺してしまおうと思っている。そして、人の法律で裁けないと判断された時には、私たちなりの方法で復讐しようと決めている。
自分が犯した愚かな行為の”ツケ”は払ってもらう。
『マスター』
ライとギルドの話がまとまりそうだ。
ギルドとしては、静岡市内で待ち合わせをしたいようだ。
渡した魔石の値付けに”二日ほど欲しい”と言っている。それなら、三日後にどこかで待ち合わせをしよう。
人は少ないが、まったく居ない場所ではなく、市内からそれほど遠く離れていない場所で、既に安全が確保されている場所。
ギルドに近い場所の方がいいだろう。
三日後なら、平日だ。
浅間神社の麓山神社
確か、階段を上がり切った場所にベンチがある。
ギルドのメンバーには、悪いけど階段を上がってきてもらおう。浅間神社なら最初から魔物が発生していない。
時間は、15時くらいがいい。
早いと、人とミアミスしてしまう可能性がある。私たちは、移動は空を使う。カーディナルたちに乗っていけばいい。上空で待機するか、浅間神社の木々で羽休めをしていればいい。
ライは、ギルドのメンバーを見ているので、大丈夫だけど、ギルドのメンバーはライしか知らない。
そして、ライが人の姿になれることも知らない。もちろん、私のことも知られていない。
待ち合わせで、しっかりと会えるように、割符を渡しておこう。
一つの魔石に光のスキルを付与した。
ただ光るだけのスキルだ。
付与した魔石を二つに割る。これも、最近になって覚えたスキルだ。魔石の加工ができるようになった。
割った魔石の切断面を合わせれば、元に戻ってスキルが発動する仕組みだ。
同じスキルを付与した物でも、同じ魔石で無いとスキルは発動しない。
目印としては、十分な機能だ。
ライ経由で、ギルドに割った片方を渡す。
もう一つを私が持っていけば、割符としての役割になる。
ギルドの交渉までに、いろいろ整理をしておこう。
ドロップ品と・・・。あっ!ライと私の服も買いに行こう。お金が入ってくるから、少しだけいい物を買いに行こう。
新しい服の購入は諦めた。諦めたというよりも、私のことを簡単に説明する方法を考えついた。
制服姿になって、待ち合わせ場所で待っていることにした。
ライはギルドの人に解りやすくするために、スライムの姿で待っていることにした。
私もライも、結界を張って、隠蔽のスキルを発動すれば、認識は難しい。
家の近くで試してみたが、誰も私が居るとは気が付かなかった。テストの仕上げは、最寄り駅の駐輪場で行ってみたが、誰にも気が付かれなかった。
スライムの状態で、カーディナルとアドニスに乗って移動をして、待ち合わせ場所で制服を着て、結界を張って、スキルを発動して待つことに決定した。ライが人になれるのは秘密にする。
私が、スライムなのは説明をするが、信じて貰えない可能性を考慮して、スライムに変わる所を見せることに決まった。
情報が無い状態なので、何が正解なのか解らない。
いろいろ考えて、皆と話し合ったが、結局はギルド側の対応で変えようという曖昧な話で終わった。
約束の日になった。
私がカーディナルに、ライがアドニスに乗って、約束の場所に向った。
上空で待機をして、人が居なくなったタイミングで地上に降りた。
付いてきた者たちが、近くで待機している。
大げさだと思ったが、誰も帰ろうとはしない。昼間には適さないダークまでが、待機すると言い出した。ダークたちが昼間に移動していたら目立つので、今回は家を守ってもらう事で納得してもらった。
同じように、集団で居たら目立つ者や、浅間神社辺りでは見かけない者たちには、今回は我慢してもらった。別に戦いに行くわけではない。私の護衛なら、カーディナルとアドニスで十分だ。それに、本体は家に残る。浅間神社に行くのは、私の分体だ。
カーディナルとアドニスが私とライの横で待機することになってしまった。
鷲と梟が同時に居たら目立つだろうけど、私とライの結界の中に居て、カーディナルとアドニスもスキルが発動できるので、”見られることはない”と押し切られてしまった。
約束の場所
駿河国総社静岡浅間神社
大山祇命を主神とし、日本武尊を配祀する。麓山神社。
麓山神社の近くにあるベンチに座って待つこと、15分。到着と同時に、お参りは行った。なんとなく、軒先を借りるので、先に挨拶をしておいた方がよいように思えた。魔物なので、人の神にはしっかりと筋を通しておこうと思った。
『マスター。ギルドのメンバーが、階段を上がってきます』
近くで待機していた、ドーンからの報告だ。
人数は、予想よりも多い・・・。ライからの報告で聞いていた、公園に来ていたメンバーだ。
先頭を歩いていた女性だけが、私たちの存在に気が付いたが、私の方を見ながら”まだ来ていない様だから、お参りをしておこう”といって、麓山神社に向った。
二礼二拍手をして、手を合わせた状態で、私に聞かせる為だろう。
”ライ殿の主と有意義な話ができる事を望む。願わくは友好的な関係が築ければ幸いだ”
完全に、私が居る事が前提のセリフだ。
そして、合わせていた手を降ろして、深々と頭を下げる。
私が現れるべきタイミングを作ってくれているようだ。
ギルドのメンバーが、揃って頭を下げた。
私は、スキルを解除して、結界を最低限の形での展開に変更した。
頭を上げたギルドのメンバーが振り向けば、私に気が付くだろう。
やっぱり、先頭を歩いていた人だけは驚かなかった。
「君がライ殿の主か?」
「そうです」
「君は・・・。その前に、私は、榑谷円香だ」
「榑谷さんですね。私は」
榑谷さんは、片手を上げて、私の名乗りを遮る。
「君の事情は解らないが、その制服を着ている状況で、ライ殿の主になったのなら、何か事情があるのだろう。名乗りは必要ない。そうだな。主殿と呼ばせてもらうが、問題はないか?」
もともと、偽名を名乗ろうと思っていたが、私にも何か事情があるのだと考えてくれたようだ。
それで、”主殿”と呼んでくれるらしい。
「わかりました。榑谷さん。私の事情は、ライから聞いた話の後でご相談と合わせて、話を聞いてください」
「わかった。主殿。最初に教えて欲しい。主殿は、人なのか?魔物なのか?」
見つめられていて、鑑定に似たスキルを感じた。
人を鑑定しても、名前は解らない。でも、名前が解っている人だと、名前が表示される。
榑谷さんに”鑑定”や類するスキルが無いのは解っている。
「どちらでしょう?自分でもわかりません」
「・・・。そうか・・・」
「ライ。私の膝に乗って、カーディナルは、肩に止まれる?アドニスは、近くの木で待機」
榑谷さんが、私の横を見たので、皆にベンチを空けるように指示を出す。
「桐元孔明。上村蒼。周りを見回ってくれ、誰も近づけないでくれ」
「わかった」
「孔明。神社の事務所とい交渉してくれ。調査の為に麓山神社を封鎖すると通達してきてくれ」
「円香。俺の名前は、よしあきだ!孔明ではない!が、わかった。柚木千明。一緒に来てくれ」
「はい!孔明さん」
わざと、名前が解るようにしてくれているのだろう。理由はわからないが、名前が解るのは嬉しい。
「蒼!」
「おぉ!俺は、山の方を見て来る。里見茜嬢は、階段から誰かが上がってくるか見ていてくれ」
「蒼さん。わかりました。でも、もう一つは?」
「そちらは、千明が見ていればいい」
「はい。わかりました」
多分だけど、今の会話から最初から、神社の事務所には事情を通しているのだろう。
それでなければ、千明さんが孔明さんと離れて階段ではない道の監視はできない。多分、孔明さんは事務所には行かないだろう。
『マスター。ドーンとアイズが、監視をします』
『うん。でも、過剰に警戒はしなくてよさそうだよ』
『はい。一番の強者は、蒼と呼ばれていた男ですが、スキルを使えばコペンでも対応が出来そうです』
『そうだね』
さすがに、体格差があるから厳しいとは思うけど、ギブソンとかノックとかラスカルとかパロットなら対処は可能だろう。
強さで言えば、オークの色違いと同じくらいかな?少しだけ厳しいかな?
「主殿。お待たせしてもうしわけない」
榑谷さんが、私の横に座ってきた。
「いえ。ありがとうございます」
「まずは、念話の魔石と結界の魔石ですが・・・」
「壊れましたか?」
「そうではなく、主殿が作られたと、ライ殿から聞きました」
「そうですね。私が、魔石にスキルを付与する形ですが、作製しました」
「魔石があれば、量産が可能だということですか?」
「条件次第では・・・。しかし、量産する予定はありません」
「それはなぜ?」
「まずは、価値がわかりません。そうだ!私が作る為のレシピを提供したとして、ギルドで量産が可能ですか?質問に質問で返してもうしわけありません」
「・・・。無理だと思います。そもそも、結界や念話のスキルは、世界で初めて見つかったスキルです」
榑谷さんは、少しだけ考えてから、私が求めていた言葉を返してくれた。
やはり、見つかっていないスキルなのだ。
「そうですか、それなら余計に量産する予定は無いです。興味もありません。私は、スキルを付与するだけの存在になりたくないです」
「わかりました。現在、ギルドに預けられた物だけが、存在する念話石と結界石だと考えて差し支えないですか?」
念話石とか、結界石とか、いい呼び名だ。
「念話は、そうです。結界は、使い道がありますので、少しだけ多めに作っています」
「使い道?」
「秘密です」
「そうですよね。残念ですが・・・。わかりました。それでは、預かっている魔石は、買い取りでよろしいですか?」
少しも残念そうな表情ではない。
前置きが長いが、必要な儀式だと思って諦めよう。
「はい」
「買い取りの条件などは?」
「条件?別に、考えていません?」
「それでは、我らギルドが、魔石を分析して、同じ物を・・・。劣化バージョンだとは思いますが、作ってもいいのですか?」
「いいですよ?」
別に作られたからと言って私は困らない。
私は、私の生活を変えてしまった者に復讐をしたいだけだ。それ以外には興味がない。
できるだけ、平穏に暮らしたいと思っている。
そのために、まとまったお金が必要になるから、ギルドに接触したいと思った。ギルドがダメなら、どうにかする方法は、他にもある。
ひっそり暮らすためにも、是非ギルドと取引を・・・。ただ、それだけだ・・・。ギルドに拘りはない。
取引として適しているのがギルドだということだ。
「円香さん。私も行かなきゃダメですか?孔明さんと蒼さんだけで・・・。私、留守番していますよ?」
茜がまだ行かないと言っている。
二日前から同じことを繰り返している。
「茜。諦めろ。ライ殿とはお前も会っている。”行かない”のはダメだ。もしかしたら、茜か千明しか会話ができない可能性があるのだ。何度も言わせるな」
ライ殿とライ殿の主と言われる方に会う。
もしかしたら、停滞した事柄が一気に動き出すかもしれない。まだ、ギルド本部には報告を上げていない。私の所で止めている。
長沼公園での出来事は、思い返しても不思議だ。
ギルドに帰ってきてから、預けられた結界のスキルが付与された魔石と念話のスキルが付与された魔石を、孔明と蒼にも説明した。
蒼は、結界の魔石を、すぐにでも戦闘部隊に配置したいと言い出した。結界石があれば、”損耗率が減らせる”が蒼の見解だ。結界を攻撃してみた蒼は、徐々に興奮していった。蒼と孔明の二人で攻撃しても、結界が壊れることがなかった。
孔明は、念話の魔石を欲しがった。距離の検証もできた。どういう原理なのか解らないが、4-5キロでは念話が繋がった。検証は続けるが、実用上5キロも距離が稼げれば十分だと判断された。もう一つのメリットは、電波妨害が効かないことだ。スマホの電波が乱れるほどの妨害状態でも、念話が繋がった。電波が遮断されている状況でも繋がることが確認された。
ライ殿の主には、当初は私と孔明と蒼だけで向う予定だったが、千明の”ライ君の主と言葉が通じるのか?”がきっかけで、茜と千明にも参加してもらうことに決まった。
茜がごねているのは、単純に”怖い”という気持ちがあるのは解っている。
もう一つが、待ち合わせ場所が”麓山神社”が指定されていることだ。
「円香さん。ほら、クロトとラキシやアトスも・・・」
「茜。3匹には、お前たちが言い聞かせれば大丈夫だろう?それに、話が出来れば、私が主殿と話をする。もし、会話が不可能な時でも、茜が最初だけ通訳をしてくれれば、そのあとは念話石で会話ができるだろう?」
「そうですね・・・。わかりました」
茜が納得したところで、最終確認を行う。
神社に話を通さなければならない。
正直に話すことはできない。しかし、主殿が来るのに、ギルドメンバー以外が居たのでは、信頼が得られない可能性がある。
ギルドから、浅間神社は徒歩で移動ができる距離だ。
事務所には、3匹の猫が残る。訓練がされていない人間では忍び込めないだろう。念話が使えるために、事務所で異常があった場合には、茜か千明に連絡が来る。セキュリティとしては、考えられないくらいに上がっている。
ライ殿から依頼があったスライムは事務所に残っていることに決まった。ライ殿からの指示だ。
麓山神社に向う前に、他の神社に参拝する。そのあとで、社務所に顔を出す。話を通しておいたので、話は早かった。こちらの提示した内容で納得してくれた。
「わかりました。ギルドの要請を受け入れます」
この言葉を引き出せたのは、孔明のおかげだろう。
千明が以前に取材で訪れていたのも幸いだった。”神社内には魔物は発生しない。その理由を調べる”が主な理由だ。日本だけではない。まともな宗教施設には魔物が発生しないことは、ギルド以外にも広く知られている情報だ。魔物が街中で発見された時には、神社に逃げ込めば襲われない。
階段を上がった。
何度も来ているが、いつも以上に緊張する。しかし、麓山神社の近くにあるベンチには、誰も居ないように見えるが、違和感がある。私の目でも何も見えない。見えないのが、不自然だ。
そして、普段以上に清浄な空気が漂っている。
多分、”居る”のだろう。
「まだ来ていない様だから、お参りをしておこう」
皆が、麓山神社に向っても動きはない。
「ライ殿の主と有意義な話ができる事を望む。願わくは友好的な関係が築ければ幸いだ」
後ろに居る主殿に聞こえるように声に出して、本音の願い事を唱える。主神様が願い事を叶えてくれることを願った。神に祈る。私が?笑いたくなってしまう。しかし、神に祈って・・・。
深々と頭を下げる。
心からの願いだ。ここで殺される可能性もある。しかし、ギルドにとって、人類にとって、大きな一歩が踏み出せる可能性がある。主殿の存在は・・・。
どのくらい、願っていたのだろう。
皆も、私に合わせて、深々と頭を下げている。
頭を上げる時に、空気が変わった。
どう表現したらいいのか解らないが、場の主役が変わった感じがした。
後ろを振り返ると、予想通り・・・。ではないが、スライムと鷲?梟?を横に座らせた少女が、ベンチに座っている。
制服?高校生か?しかし、幼い。中学生なのか?
真面目そうな少女が座っている。あまりにも、場違いだ。可愛いと表現してもいいかもしれない。不思議な少女だ。
私の目で見ても、何も見えない。人ではない。しかし、人にしか見えない。見た認識と心が感じている状況があまりにも違いすぎる。
背中を嫌な汗が流れる。
緊張しながら、足を踏み出す。足が踏み出すのを拒否するかのように重たい。
蒼は、後ろに手を回して武器に触っている。視線は、少女の隣に座っている鷲と梟を交互に見つめている。蒼の手に触れて、首を横に振る。こちらから、攻撃してはダメだ。主殿は、”人の姿”で待っていてくれた。
孔明は、空を見つめている。この時期には珍しく、周りには鳥が・・・。多すぎる。全部、主殿を中心に広がっている。あれが全部、主殿の眷属なのか?
振るえる足に命令をして、主殿が待っているベンチに足を進める。
茜と千明は、緊張と恐怖で足が進まない。笑顔が張り付いた表情で固まっている。
たった5メートルが数キロに感じた。
笑顔を崩してはダメだ。背中に流れる汗を感じながら、主殿に近づけた。
「君がライ殿の主か?」
「そうです」
声は、少女だ。
だが、恐ろしい。声を聞いただけで、少女が何者なのか判断ができない。自分の名前を名乗る。少女が名前を言おうとするが、それを手で制する。私が名乗った事で、少女も名乗ろうとしてくれたのだろう。失礼になる可能性もあるが、姿や着ている制服から、事情があるのだろう。名前は、信頼されてから聞けばいい。
声を聞けば、スキルの精度が上がる。
しかし、少女からは何も読み取れない。目の前に居るのに、虚ろな存在が、主殿だ。
「わかった。主殿。最初に教えて欲しい。主殿は、人なのか?魔物なのか?」
最初に聞かなければならない事だ。殺されるかもしれないが、私1人の命で、主殿の本質の一端が知れるのなら安い。人類の敵となるのなら・・・。
「どちらでしょう?自分でもわかりません」
少女の答えは、苦笑で返された。そして、怖いと感じるのには十分な返答だ。人なら、純粋な力以外の力で駆除が可能になる可能性がある。魔物なら物量を含めた力での排除が可能になる。少女の答えは、”どちらにでも”なれることを示唆している。
なにか事情があるのだろう。受け答えは、人間臭さを感じる。
「・・・。そうか・・・」
「ライ。私の膝に乗って、カーディナルは、肩に止まれる?アドニスは、近くの木で待機」
少女が鷲と梟に命令をだして、スライムに指示を出す。
やはり、スライムがライ殿だったようだ。鷲がカーディナルで、梟がアドニス。ライ殿を含めて、情報が何も読み取れない。
ギルドのメンバーに指示を出す。
名前を呼んで、少女に名前が解るようにする。
私が指示を出して、メンバーが周りに散ったのを確認する。
少女は、どこかに視線を向けている。誰も居ないと思うが、何かを話しているようだ。私たちでは認識ができない者が潜んでいるのか?
「主殿。お待たせしてもうしわけない」
もし、少女が私たちを殺そうと思えば、簡単にできるのだろう。
少女に背中を見せないようにしている。背中から刺されたとしても・・・。刺されたことを認識できないで殺されてしまうだろう。それ以上の開きがある。横に座ってみて、はっきりと解る。
この少女は、私たちが束になっても倒せない。
大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。
「いえ。ありがとうございます」
少女の前から、メンバーを遠ざけたのが解ったのか?
本当に、魔物なのか?人間だと言われたほうが、納得ができる。しかし、私の目には、どちらとも判断ができない。情報が何も取得できない。
目から入ってくる情報は、少女を”人”だと判断している。しかし、心では”化け物”だと判断している。スキルでは、”不明”だと判断された。
不思議な少女だ。
私への害意は感じられない。今は、その事実だけで満足しておこう。
横に座る少女からは、害意は感じられない。
話を進めるにも、困った表情を私に向ける。本当に、”人”ではないのか?それとも、”人”なのに”魔物”なのか?
魔石の話から始めなければならない。
少女から渡された魔石の取り扱いだ。
「壊れましたか?」
私の問いかけに、少女から返ってきた話で、思考が停止してしまった。
慌てて、少女が何を言いたいのか考えた。
私の質問の仕方が悪かったようだ。
「そうではなく、主殿が作られたと、ライ殿から聞きました」
「そうですね。私が、魔石にスキルを付与する形ですが・・・。実際には、魔石はスキルの発動媒体になっているだけですよ?」
やはり、この少女がスキルを付与したのか?
そうなると、この少女は”未知”のスキルを最低で2つは保持していることになる。
発動媒体?魔石が?意味が解らない。
「魔石があれば、量産が可能だということですか?」
「条件次第では・・・。しかし、量産する予定はありません」
条件?何か、付与するのに条件があるのか?
量産するつもりはない?
それとも、量産するのに条件があるのか?
「それはなぜ?」
「まずは、価値がわかりません。そうだ!私が作る為のレシピを提供したとして、ギルドで量産が可能ですか?質問に質問で返してもうしわけありません」
”レシピ”?
例え、レシピがあったとして、今まで出来なかった事が明日にできるようになるとは思えない。
「・・・。無理だと思います。そもそも、結界や念話のスキルは、世界で初めて見つかったスキルです」
少女には正直に話した方が良いだろう。
敵対した時点で、私たちが殺されるだけで済めばいい。最悪は、人類の敵になってしまったら・・・。人類という種が滅ぼされても驚かない。
以前から、ギルドだけではなく、ネットでも語られている存在”魔王”。横に座る少女が、”魔王”だと名乗ってくれた方がすっきりする。
「そうですか、それなら余計に量産する予定は無いです。興味もありません。私は、スキルを付与するだけの存在になりたくないです」
「わかりました。現在、ギルドに預けられた物だけが、存在する念話石と結界石だと考えて差し支えないですか?」
とっさに思いついた名前だが、少女が口の中で繰り返してくれているから、気に入ってくれたようだ。
少女が拒否した理由も、納得ができる。
量産するのなら、勝手にやって欲しい。人類の為に、自分の時間を使うつもりはないという事なのだろう。
私でも、同じように強制されたら拒否するだろう。
「念話は、そうです。結界は、使い道がありますので、少しだけ多めに作っています」
「使い道?」
使い道?
もしかして、結界には私たちが知らない機能があるのか?
その前に、結界の機能がしっかりと把握が出来ていない。
「秘密です」
「そうですよね。残念ですが・・・。わかりました。それでは、預かっている魔石は、買い取りでよろしいですか?」
曖昧な表情を浮かべ始めた少女を見て、これ以上の情報は引き出せないと考えた方がいいだろう。
それに、あまりしつこいと嫌われてしまいそうだ。
信頼関係の構築を優先した方がいい。
まずは、こちらに有利な条件を提示しよう。
「はい」
「買い取りの条件などは?」
「条件?別に、考えていません?」
条件を考えていない?
「それでは、我らギルドが、魔石を分析して、同じ物を・・・。劣化バージョンだとは思いますが、作ってもいいのですか?」
「いいですよ?」
軽く言われてしまった。
現物があれば、複製ができる可能性は残される。
少女は、ギルドが複製しても困らない?
「・・・。解りました。買い取りの金額ですが、前例がないので・・・」
「そうなのですね。魔石。あの程度の魔石だと買い取り金額はどのくらいなのですか?」
今、少女は”あの程度”と言ったか?
濁りがない魔石で、オークの魔石だと思われる物を、”あの程度”だと?
ここまで、澄んだ色の”魔石”を見た事がない。以前に、ギルドが主催するオークションで、小指サイズの魔石が濁ってはいるが透明度が強い魔石が出品された。あれは、250万で落札された。宝石としての価値がある。
「ふぅ・・・。そうですね。相場は、動きますが、主殿から提供された魔石だと、一つ100万くらいでしょうか?」
「え?」
初めて、少女らしい反応だ。
驚いている。安いと思ったのか?
オークションに提出したり、研究所に直接持ち込んだり、需要とマッチすれば倍以上にはなるが、ギルドの買い取りは魔石の大きさで決まってしまう。
「主殿?」
何か、考えているのか?
眉間に皺が寄っている。可愛い顔の少女が考え事をしている。本当に、魔物なのか?
「すみません。それなら、あの魔石を、魔石としてギルドが買い取ってください。それから、同じ程度の魔石を、あと10個ほどあります。買い取ってもらえますか?」
少女の提案は、私の予想していた事ではない。
もっと安いと思っていたのか?
あの質の魔石が10個?
最低でも、オーク級と思われる魔物を、倒しているのか?それも、10体以上?
余計に解らなくなる。
そもそも、魔石を売るのはなぜだ?
お金が必要なら、魔石ではなく、結界石や念話石を売ればいい。
「え?それだと、結界石や念話石としての買い取りにはなりませんが?」
結界石は、蒼が言っているように、自衛隊が大量に欲しがるだろう。富裕層も欲しがるに決まっている。日本以外の国だとSPが所有して、要人を守るときに使うだろう。”億”の値段がついても驚かない。
念話石も同じだ。結界石ほどの需要は無いのかもしれないが・・・。それでも、数千万の値が着くだろう。
「えぇその代わりに、魔石を買い取ってください。他にも、魔物の素材があります。買い取ってもらえますか?」
「え?魔物の素材?」
少女の狙いが解らない。
ギルドを困らせたい?
それなら、姿を見せる必要はない。
「主殿は、ギルド員ですか?」
「残念ながら違います。ダメですか?今の姿だと、見た目で難しいですよね?」
確かに、年齢を確認できないので、申請は難しいだろう。見た目だと日本人に見える。身分を証明できる物があれば・・・。
できるとしたら、特別枠でのカードの発行だが・・・。それも難しい。保証人は、私で大丈夫だが・・・。
少女との取引は魅力がある。
「主殿。ギルドの規約をご存じか?」
「ギルド員?一般的に知られている程度のことは知っていると思います」
やはり、少女はギルドに関する情報が少ないようだ。
ギルドが、魔石や魔物素材を買い取っているのは知っているが、ギルド員になると、伝えられる情報は持っていないのだろう。買い取り金額も、オメて向きの情報だけなのかもしれない。
茜に説明をさせよう。
そろそろ戻ってくるだろう。最後に見つかったスライムをつれてくる。少女が既に待っているとは思わなかった。
少女が持っているという素材を聞いて、後悔した。魅力的な素材が並んでいたが、それ以上に”知らない”素材が多い。そして、”加工技術”が確立している。それがどんな恐ろしいことなのか、少女が解っていない。
茜が戻ってきた。
蒼と孔明は、周辺を警戒しているようだ。
「茜!主殿に、ギルドとギルド員の説明を頼む」
「え?あっ。解りました。その前に、お約束の女王蟻のスライムをお渡しします。クロト。あっ私の眷属?になった、猫が女王蟻だと言っていたので、間違っては居ないと思います」
茜が緊張している。
そうはそうだろう、いきなり少女が居るとは思っていなかった。スライムは、事務所に置いてきた。慌てて、取りに行ってきた。
茜が連れてきたスライムが、茜から少女に手渡される。
少女は、スライムを受け取った。そして、手で優しくスライムを撫でながら何かを呟いた。
「(ごめんね。怖かった?でも、大丈夫だよ。安心して・・・。貴女をこんな姿にした奴は見つけて、報いを受けてもらう。だから、貴女も手伝って・・・)」
ベンチの反対側にスライムを降ろすと、膝の上に座っていた?スライムが、少女の膝から、ベンチに降りた。
そして・・・
「え?」「は?」
「主殿?それは?」
「女王蟻は、残念ですが・・・。なので、ライと一緒になってもらいます」
ライ殿に、女王蟻のスライムが吸収される。
何を見せられている?
背中に冷たい汗が流れる。
恐ろしいと思う気持ちと、神秘的な情景を同時に見せられている。
同じスライムでも、ライ殿と女王蜂のスライムは色が違う。両方のスライムが混じりながら、ライ殿の色に変わっていく、そして、混じり合っている場所から、粒子が湧き出て飛び散って・・・。
時間にしたら、数秒だろう?
しかし、1時間にも2時間にも感じられた。女王蜂のスライムを吸収したライ殿は、ベンチで数回ほど伸びるような仕草をしてから、少女の膝の上に戻った。ライ殿が居たベンチには、女王蜂のスライムと同じ色で綺麗な球体が、5つ転がっている。
少女との会談は、無事に終了した。
無事だと思いたい。最低限。本当に、最低限のラインは守れた。少女たちと敵対はしていない。
「円香!」
孔明が何か怒鳴っているが気にしないようにしている。
千明がアトスを撫でている。私も、千明と一緒に現実逃避したい。茜は、少女からの依頼を達成するために、端末で格闘している。
「円香!」
「孔明。聞こえている」
「聞こえているのなら、返事をしろ。それに・・・」
孔明が見つめる先にあるのは、少女から渡された”贈り物”だ。
あの日、少女は、女王蟻をライ殿に吸収させた。
それが恐ろしいことだと考えても居ない自然な流れだった。
「円香!解っているのか?あのスライムは、スライムを吸収した。それが、異常なことだと、おまえなら解っているのだろう?」
孔明が”スライム”と呼んだのは注意しなければならない。
素性が解るまで、敵対してはダメだ。私たちが、敵対してしまえば、少女を中心にした者たちが、人類の”敵”になってしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。
「孔明。解っていると思うが、注意しておく、スライムではない。”ライ殿”だ。スライムなどと呼ぶな」
孔明も解っているのだろう。
今のギルドには、主殿に繋がる魔物が居る。
それに、場所を把握されている。盗聴は大丈夫だとは思うが、少女たちが使えるスキルは未知な物が多い。盗聴に近いことが出来ても、驚かない。出来ていると考えて行動した方がいいだろう。結界だけでも厄介なのに、念話が使えるのは確定している。他にも、多数の未知なるスキルを保持している。
「・・・。そうだな。すまん。しかし!」
私が、茜の足下で寛ぐクロトとラキシを見たので、何が言いたいのか解ったのだろう。
私よりも、実践での経験がある蒼がライ殿を見て震えていた。そして、少女の横に座っていた私を見て、”よく座っていられたな”と言った。蒼は、あの場から逃げ出したかったらしい。少女の近くに居た、梟や鷲も私の”目”では見る事が出来なかった。そのままの種族では無いのだろう。動作が、通常の梟や鷲ではない。少女をきっちりと守れる位置に居て、解りやすく私たちを警戒していた。
少女の近くから、離れた者たちにも、動物の姿が確認できたと蒼が言っていた。
”鳥”の姿をしていたが、襲われたら勝てるとは思えなかったようだ。
ギルドに帰ってきて、蒼は本気で後悔していた。知りたくなかったようだ。勝てないと思った相手は今までにも居たが、絶望した相手は初めてらしい。
「解っている。ライ殿の行為が、恐ろしい行為だと・・・。主殿の様子だと、同族の吸収だけではないだろう」
帰ってから、実際に吸収を見ていた者たちで事象を整理した。
少女にもライ殿には質問をしなかったが、ライ殿がスライムを吸収した。他のギルドにも情報が存在していない。事象として確認が行われていない。
蒼が懸念しているように、ライ殿が特別なのか、それともスライムには”吸収”が備わっているのか?スキルなのか?
魔物が出現した当初は、魔物には固有のスキルがあると考えられていたのだが、特殊な攻撃を繰り出した魔物は居ない。
人が魔物を倒した時に得るスキルと同じ物を使ってくるだけだ。そのために、スキルには特殊な物は存在しないと思われていた。
そもそも、魔物が”意思”を持っているような行動も確認がされていない。
集団になったのも、先日の天使湖での出来事が数例目の数少ない事象だ。
何かが動いている?
「でも、円香さん。ラノベ設定のスライムだと、吸収は持っていて、当然のスキルだと思いますよ?」
茜の言葉に少しだけ気分が悪くなるが、言われてみれば・・・。いろいろと不思議だ。
「円香!ライ殿の話よりも、まずは喫緊の問題があるだろう?」
孔明が忘れようとしていたことを思い出させた。
主殿がギルドに”贈り物”として渡してきた魔石だ。
純度が高い魔石が5つ
買い取りではない。”贈り物”だと言われてしまった。ギルドが捕まえてきた”スライム”が産み出した魔石なので、ギルドが所持するのが”筋”だと言われて、とっさに拒否できなかった。
そして、主殿・・・。少女は、消えてしまった。今後の約束だけして・・・。
その頃には、蒼も千明も戻ってきて、少しだけ離れた位置から、少女や周りを見ていた。警戒していたわけではないが、何が発生しても対処ができるような状態にしていた。
それなのに、少女は私たちの前から忽然と消えた。
「そうだな。まずは、茜!」
「終わっています。ただ、前例がないので・・・」
茜が担当したのは、買い取りだ。結界石や念話石ではなく、魔石としての価値を算出して貰っている。
少女が用意した魔石は、ゴブリンの魔石だと言われたが、大きさから変異種か特殊個体の魔石だと思える。
少女は、”色付き”と呼んでいた。
「蒼。”色付き”という言葉から連想するのは?」
少女が簡単に言っている”色付き”。
「変異種か上位種・・・。特殊個体の可能性もある」
ゴブリンでも、倒すのに苦労する変異種。その上位種の可能性すらある。
「そうだな。主殿は、”色付きのゴブリン”と言っていたが・・・」
「上位種だろうな。魔石の大きさから・・・」
「蒼。上位種の魔石は、自衛隊でも採取しているぞ」
孔明が、魔石が入った透明なケースを持ち上げて、蒼に投げる。
蒼はケースを受け取ってから、眺める。確かに、大きさで言えば、通常の上位種の大きさではない。
「わかっている。解ってはいるが・・・。定義がされていないだろう?上位種の上位種とか、変異種の上位種とか・・・。簡単に倒せるような口ぶり・・・」
「そうだな。それで、査定はどうなる?」
蒼の話を遮るかたちになるが、何か考え始めたので無視する。
査定は、茜に任せてある。
ワイズマンの使用も許可した。結界や念話のスキルは、伏せるように指示を出してある。
「ワイズマンに問い合わせたら、変異種の魔石には値段がついていました。ギルドの買い取り価格です。買い取った魔石の情報も明記されていました」
「それで?」
茜から、変異種の魔石に関する情報を手渡される。
印刷してあるようだ。
確かに、少女から託された魔石は変異種の物ではない。大きさが違う。透明度も違っている様に思える。
「はい。魔石一つで、5万ドルです」
「・・・。5万ドル。主殿に、ギルドカードにチャージでもきついな。一度に動かせる金額ではない」
一つだけなら買い取りは可能だが、少女からは素材の買い取りも打診されている。
少女から売りたい素材の一覧を貰うことにはなっている。大凡の素材を口頭で聞いただけで、ギルドの予算が心配になってくる。
「はい。スキルがなければ・・・。本部に買い取り依頼が出せるのですが・・・」
「ん?茜?本部?」
本末転倒なのは解っている。
少女の言葉を信じるのなら、結界石や念話石や新たに渡された魔石は、”贈り物”だ。魔石として買い取ることを提案されたのだが、難しいことは伝えた。だからこそ、少女には買い取り値段の情報をオープンにして、ギルドの内部情報である”魔石の情報”を渡せば・・・。
「はい。問い合わせに際して、本部での買い取りを希望と返信がありました」
本部に魔石を買い取ってもらう。
いい考えだ。
「千明。主殿かライ殿に、連絡してスキルが付与していない魔石があるか聞いてほしい」
アトスと戯れていた千明が奥から返事をする。
結界石と念話石を本部に送ることはできない。しかし、通常の魔石としてなら可能だ。入手先を聞かれるだろうが、ごまかしは可能だ。
あとは、”贈り物”をどうするかだ。
動物を魔物にして、眷属にできる魔石?世界がひっくり返る。大きい動物は難しいようだが、猫や犬なら可能だと言われた。
少女の言っていることが、正しければ・・・。だが、本当だった場合に、捨てることもできない。既に、魔石に触ってしまっている。
少女から渡されたもう一つの”贈り物”。
ありがたい。凄く、ありがたい。ありがたいのは、間違いない。間違いないのだが・・・。扱いに困ってしまう
円香さんが、少女から渡された魔石を見ている。
円香さんやギルドの皆には伝えていないが、少女が着ていたのは制服だ。市内の高校が”今年から採用した”制服だ。少女が、高校に通っているのかは、判断ができない。でも、高校の制服を入手できる立場だった。
いとこが、同じ高校に通っている。
調べれば、解るかもしれない。でも、調べてどうするのか?あの少女が何を望んでいるのか解らない。
”にゃ!”
「どうしたの?」
クロトが、足下にやってくる。
鳴き声で、クロトかラキシか判断ができる。
二匹にも変化があった。アトスも同じような変化が発生したから、3匹に同じような変化だ。
最初は解らなかった。少女と会ってから、ギルドに戻ると3匹が明らかにスキルを使い始めた。蒼さんは”身体強化”と言っていたが、私と千明が確認したら、”身体強化”のスキルではない。単純に、基礎体力?能力?が上がったようだ。数値で示されないから判断は難しい。魔石が、身体に馴染んだから、魔石の力をうまく使えるようになったと、考えれば納得ができる。
そして、目の色が変わった。
猫らしい茶色だった目が、藍色に変わった。そして、ラキシだけが、スキルを使う時に栗色に変わる。
どうやら、3匹の中で、ラキシだけが特別な存在のようだ。なんで、そうなったのか、ラキシたちにも解らないらしい。少女やライ殿が”何か”を行ったわけではない。よね?
「茜!」
「はい?」
円香さんに呼ばれてびっくりした。
急に大きな声を出して、名前を呼ばれた。何もしていない。
「茜?気が付かない・・・。の?」
「え?なに?」
今度は、千明だ。
千明は、ハンドバッグから手鏡を取り出して、私に見せる。
「え?」
私の目の色が、ラキシと同じになっている。
”ニャウ!!”
膝の上に乗ってきたラキシを撫でると、ラキシの意思が伝わってきた。
「え?ラキシ!本当?」
”ニャウン”
可愛く鳴くラキシを撫でる。
「円香さん」
「なんだ?」
「主殿から貰った。今、手に持っている奴を貸してください!」
扱いに困る魔石だ。
ラキシの言葉が本当なら・・・。
/// 鑑定石(350/350)
/// 蟻のスライムから獲れた魔石を集めた物に、鑑定の力が付与された物
/// 持つことで、”鑑定”のスキルが発動できるようになる
本当だ!
机とか、鑑定しようとしてもダメだ。人も鑑定ができない。
「茜?」
「あっ。ごめんなさい。”鑑定”が使えるようです」
「え?本当か?」
「はい。でも、魔物由来の物だけです。人や机とか解りません」
鑑定結果を紙に書きだす。
少女から貰った他の魔石も鑑定してみる
/// 魔石(480/500)
/// ウォー・ゴブリン・ソルジャーの魔石
/// 魔石(750/800)
/// ウォー・ゴブリン・メイジの魔石
/// 魔石(495/500)
/// ウォー・ゴブリン・ソルジャーの魔石
残りの二つも、ソルジャーの魔石だ。
数値の違いがある。数値も書き出して、円香さんに渡す。
円香さんが、鑑定石を持って、”鑑定”と唱えている。
「茜。確認してくれ」
「はい」
鑑定石を渡される。
「数値が変わっています。347」
「そうか・・・。鑑定、一回で魔力?が、”3”減るのか?」
「茜嬢。この魔石を鑑定して欲しい」
孔明さんが、小さい魔石を持ってきた。
/// 魔石(7/20)
/// ゴブリンの魔石
鑑定結果を書き出して、孔明さんに渡す。
「ありがとう。ゴブリンと出ましたか?」
「はい」
「これは?」
渡された魔石は、少しだけ大きな魔石だ。少しだけ色が付いている。赤色?っぽく見える。
/// 魔石(11/30)
/// ゴブリン・ソルジャーの魔石
「孔明さん?」
書き出した魔石のデータを渡す。
難しそうな表情をする孔明さん。
「茜嬢。もう一つだけ鑑定を頼みたい」
「はい。いいですよ?」
「疲れませんか?」
「え?」
「円香の話では、1回の鑑定の実行で、魔力を”3”使うようです。茜嬢は、先ほどから連続で、10回近い鑑定をしています」
「そうですね?大丈夫だと思いますよ?」
どうやら、私の魔力を心配してくれているようだけど、魔力の総量が解らない。疲れては居ないし、頭痛や倦怠感もないと伝える。
”ニャウ”
”にゃにゃにゃ!”
「え?本当?」
膝の上に乗っていた、ラキシとクロトが同時に鳴いた。
そして、”魔力”に関しての情報を私に伝えてきた。
「どうしました?」「なんだ?」
「クロトとラキシからの情報です。今は、調べるのが難しいのですが・・・」
「構わない」「教えてくれ」
二人が、前のめりになっている。
千明に助けを求めようと思うが、千明は蒼さんと一緒に少しだけ離れた所で、こちらを見ている。完全に、傍観者だ。アトスも退避している。千明の肩に乗っている。
「孔明!」
蒼さんに目線を向けると、孔明さんの名前を呼んでくれた。
助かったと思ったら・・・。甘かった。
「なんだ!」
「孔明から依頼された魔石を取って来たぞ?茜に渡せばいいのか?」
ダメだ。使えない。
「孔明さん。次は、その魔石を鑑定すればいいのですか?」
「その前に、”魔力”に関して、知りえた情報を教えてくれ、もしかしてステータスがあるのか?」
”ニャニャウ”
「・・・」
ラキシ。
余計な事を・・・。
「茜!」
はい。はい。
無駄な努力ですね。解っています。
「魔力ですが、私の鑑定と鑑定石の鑑定は、違うようです。あっ理由は聞かないでください。そういう物だと思ってください」
円香さんと孔明さんの反応を見ながら、クロトとラキシから聞いた話を伝える。
「私の鑑定は、私とクロトとラキシの魔力が使われるようです。鑑定程度なら、”まばたき”をする程度の疲労で、殆ど魔力を必要としないようです。鑑定レベルが上の場合には、人や魔物由来以外の鑑定ができるようですが、その時には、全力で走るくらいの疲労を感じる魔力が必要らしいです。あっ距離はわかりません。ただ、全力で走るのと同じくらいだと言っています」
ふぅひとまず、魔力の説明ができた。
忘れていたことがあった。
「魔石を鑑定した時に、鑑定石では数字が一つだと思います。私の鑑定では、二つです」
「そうだな」
円香さんが、私の書いた鑑定結果をみながら頷いてくれた。
「私の鑑定結果の数値で、前の物が魔石に蓄えられている魔力の量で、後ろが魔石の限界値らしいです。魔物は、魔石の限界値で強さが決まるようです」
「・・・」「そうか・・・。茜嬢は、鑑定の負担はないのだな?」
「そうですね。ないようです。よくわかりません」
「わかった。それで、ステータスは?」
忘れてくれていなかった。
説明が面倒だ。
ステータスは、あるけど・・・。ステータスとして、表示されることはない。
「はぁ・・・。ステータスは、あるようです。ただ、数値で表せるような物ではないようです。RPGの様に、HPやMPがあるわけではなく・・・。うまく説明ができませんが、戦闘力のように、全体的な強さを示す目安はあるようですが、二匹から聞いても、要領を得ない状況です」
「わかった。ステータスは、横に置いておこう。いいな。孔明。お前が気になるのはわかるが、大事なのはそこではない」
「あぁ・・・。解っている」
「茜。スキルを使うと、疲れる場合があるのだな?」
「そうみたいですね」
「蒼。お前は、スキルの使用回数を把握しているか?」
「俺か?もちろん、把握しているぞ?孔明も円香も、限界は解っているのだろう?」
”にゃにゃ!”
”ニャニャニャウ”
え?
はぁ・・・。そうなのね。
「茜?」「茜嬢!」
もう・・・。もしかして、この情報は、魔物の中では常識なの?
それとも、少女だから知っていることなの?
ワインズマンに聞いてみたいけど、絶対に藪蛇だよな?
円香さんと孔明さんだけじゃなく、蒼さんの視線も怖い。
膝の上に居る可愛い二匹を見れば、自分たちが悪い事をしたとは思っていない。そうだよね。確かに・・・。クロトとラキシは、自分たちが知っている”常識”を私に教えてくれただけ。二匹は、何も悪くない。悪くないけど、恨み言の一つも言いたくなってしまう。
でも、可愛いから頭と背中を撫でてやろう。
教えてくれて、”ありがとう”という気持ちを込めて・・・。恨み節は、あとで、千明にぶつけよう。これは決定事項だ。離れた場所で、アトスを確保して、こちらに気が付かれないように会話をしている。私にはよく聞こえている。
「・・・。”魔石を持って、スキルを使えば、疲れない”らしいです」
「もしかして・・・」
円香さんが考えていることがわかってしまった。
頷いて答える。
魔石を持ちながら、限界までスキルを使えば、大凡の魔力量が解る。私と千明はダメだけど・・・。
そして、スキルの必要になる魔力量が解れば、戦略を立てやすくなる。
”にゃ!”
”ニャウン!”
ドヤ顔が可愛い。
私が鑑定を得たように、千明もスキルを得ていた。
「それで、千明は、どんなスキルを得たの?」
「”水”スキル?」
「疑問形で言われても、解らないわよ」
”みゃみゃみゃぁ”
「え?アトス?本当?」
「千明?」
「あのね。茜に、見てもらえれば、”スキルが解る”だって」
「え?スキルは見えないよ?」
”にゃっにゃぁぁ”
「え?そうなの?千明。私の手を握ってくれる?それで、”ステータス・ディスクロージャー”と、私が言えばいいみたい?」
孔明さんと蒼さんの視線が怖い。円香さんが、私の肩を触ろうとしているのを、孔明さんが抑えている。
解っています。後で、しっかりと説明します。正直な話をしたら、怒られるけど、言わせてもらいたい。
そうだ!その前に、確認しておきたいことがあった。
「クロト。ラキシ。アトス。今、いろいろ教えてくれているけど、”魔物”としては知っている事なの?それとも、主殿の関係だから、知っている事なの?」
「え?」「あっ!」「茜!」
”にゃ!”
”ニャニャニャァ”
”みぁみゃあ”
やっぱり、よくわからないみたいだ。
「千明?」
「うん。アトスは、よく解らないみたい。でも、”教えてもらった”みたいだね」
「同じだね。そうなると、ライ殿?かな?」
”にゃ!”
「違うの?」
”にゃぁ!”
「え?ライ殿だけど、ライ殿じゃない?」
”にゃ”
「でも、教えてもらえる?」
やっぱり、よく解らない。
「茜。クロトに、”ライ殿の本体ではなくて、主殿から教えてもらっている”のか、聞いてほしい」
”にゃにゃにゃ!”
「円香さん。クロトがいうには、”誰なのかわからないけど、教えてくれる”みたいです。あっ毎回、違う声らしいです」
「わかった。検証が不可能なことがわかった。ただ、魔物には知っていて当然の知識だと思って居た方がいいようだな」
「はい」
千明のスキルの検証が途中だった。
「千明?」
千明に向けて、手を差し出す。
千明も待っていてくれたようで、握ってすぐに”ステータス・ディスクロージャー”と唱えた。
その瞬間に、ステータスが先ほどとは違って詳細に表示される。
ステータスは、”ある”とも”ない”とも言えない表示だ。読めるけど、意味が解らない。
「茜嬢。ステータスの変化は?」
「同じです。もっと、意味が解らない表示です」
「ふむ・・・。書き出してもらえないだろうか?」
「わかりました」
書き出したら、英数字の羅列だ。ただ・・・。
あっ多分。これ・・・。いや、後だ。今、考えると、確実に孔明さんは、ステータスの書き出しを頼みだす。でも・・・。
「茜。スキルが見えているよ。それでどうしたらいいの?」
多分、これで、孔明さんや蒼さんは、自分たちのステータスを書き出せとは言わないはずだ。スキルを秘匿しておきたい気持ちが働くはずだ。円香さんは解らない。
”みゃっみゃぁあ”
「あのね。新しいスキルがあるでしょ?」
「新しい・・・。あっうん。あるよ。言っていい?」
「いいよ?」
「わかった。”スキル水”だね」
「そうそう。それで、”スキル水”に鑑定を使えば、詳細が解るみたい」
「え?うーん。やってみるね」
/// スキル水
/// [ボール][ランス][カッター][ウォール][シールド]
/// [ ][ ][ ][ ][ ]
/// [ ][ ][ ][ ][ ]
/// [ ][ ][ ][ ][ ]
よくわからないけど、内容を書き出して千明に渡す。
書き出している最中に、蒼さんが覗き込んできた。隠すほどの事ではないので、そのまま見せていた。
「茜。この空白は何?」
「うーん」
”ニャウ!ニャウ!フニャァ!”
「え?そうなの?」
”にゃ!”
「ラキシとクロトがいうには、”空きスロット”だって」
「”空きスロット”?ゲームとかでは聞くけど・・・」
”みっみゃぁみゃぁ”
「へぇ・・・。あっ・・・」
”二ッニャウゥニャウゥ”
「へぇ・・・。あっ・・・」
千明と同じ反応をしてしまった。多分、千明もアトスから聞いたのだろう。私の顔を見ている。最初に説明を受けた千明が報告をすべきだと思うけど・・・。
「はぁ」
円香さんだけじゃなくて、蒼さんも孔明さんも、目が怖いです。
”自分たちだけで納得しているな!”と言っているのが、視線からでも解る。もう一度、千明を見ると首を横に振っている。
「茜!」
「わかりました。空白は、スキルを保存できる個数らしいです」
「スキルの保存?」
「そうです。それで、スキルを保存して、次回から使えるようになるようです。あっスキルを作るのは、新しいスキルを使ってみれば解るようです」
蒼さんが何かを思い出したようだ。
何か、”ぶつぶつ”と言っている。そうしたら、蒼さんが覚悟を決めた表情で、手を差し出してきた。
「え?」
「俺のスキルを見てくれ」
「いいのですか?」
「あぁ考えてみれば、見られて困る事ではない。吹聴されたら困るが・・・」
「しませんよ」
蒼さんの手を握ると、蒼さんは”ステータス・ディスクロージャー”ではなく、”スキル・ファイア・ディスクロージャー”と唱えた。
「え?」
「どうなった!?」
「あぁスキル火だけが見られるようです」
「よし!千明嬢との話を聞いていて、”ステータス”は全部で、その部分を見せたいスキルに変えれば、開示される情報を絞れるのではないかと・・・。思った通りだ!」
大興奮という感じだ。
そうだ。私たちは、新しい事を調べたり、知ったり、珍しい物を取得したり、未知を減らすのが楽しくてギルドなんて組織に属していた。最前線ではないのが解ったけど、私たちは、人が知らなければならない情報を調べている。人類の最前線だ。
/// スキル火
/// [ボール][ランス][ ][ウォール][シールド]
/// [ショット][ ][ ][ソード][ ]
スキルの空きが少ない。
それに、ショットとソードが追加されている?カッターが表示から消えている。
「ねぇクロト、ラキシ。段があるけど、何か意味があるの?それから、千明と空きスロットの数が違うけど、何か理由があるの?」
私の質問に、クロトとラキシは、千明の膝の上で寛いでいたアトスを呼び寄せて、何やら話を始めた。
猫の会議風景に和んでいたら、和んでいない者たちが私を睨んでいた。
猫の会議が終わらない状況を利用して、私を睨んでいた者たちが、自分が持つスキルの鑑定を依頼してきた。
孔明さんは、スキル力だ。今までの”魔法”と呼ばれる物とは違っていた。身体強化系らしい。これは、鑑定が教えてくれた。使い方も説明が出てきた。孔明さんに説明したら驚かれた。孔明さんでも知らないことが含まれていたようだ。少しだけ実験する必要があるとか言い出していた。
問題の人が目の前に居る。
私が、手をひっこめても、ダメだ。肩を凄い力で掴まれて、”スキル・ウィンドウ・ディスクロージャー”と”スキル・ストーン・ディスクロージャー”と”スキル・サーチ・ディスクロージャー”と連続で唱えた。
円香さんは、ダブルではなく、最低でもトリプルなのか・・・。
そういえば、私はフォースになるの?違うよね?
円香さんのウィンドウは風系。ストーンは土系。
問題は、サーチだった。
円香さんのサーチで使えるスキルが、全部・・・。ダメだ。これは、ごまかせられない。
「円香さん」
「なんだ?」
「もしかして、サーチ系のスキルは、”日本語”で発動していませんか?」
「よくわかるな?」
「はい。スキルの表示が文字化け・・・。とは、少しだけ違いますが・・・。表示が、今までの様に表示されていません」
「ほぉ・・・。まずは、書き出してもらえるか?」
「・・・。わかりました」
諦めた。
この後、ステータスの調査が入るのが決定した。
クロトとラキシとアトスの会議はまだ続いている。
あの会議が終わったら、またスキルの調査が入るのだろうな。
私のスキルの調査もしておこう。
攻撃系のスキルは必要ないからいいけど、なんか私のスキルだけ調査系に偏っていない?