私は、里見茜。普通のギルド職員だ。
しかし、普通だと思えていたのも、ついさっきまでだ。
突然、脳内に、言葉が響いた。
『スキル:魔物鑑定を獲得』
『スキル:魔物支配を獲得』
『個体名クロトが眷属に加わりました』
『個体名ラキシが眷属に加わりました』
『眷属からのギフト:意思疎通が贈られました』
どうやら、私もスキルを得たようです。
『スキル:ステータス編集を獲得』
まだ終わっていなかった。
スキルが3つ?クロトとラキシが眷属?ギフトって何?
ステータスは知っている。自分のステータスが表示される。でも、”ステータス編集”は知らない。
”ステータス”
これは、ギルドでも知られている。
一部の魔物を討伐した時に、得られることがあるらしい。
表示されたステータスには、確かに、魔物鑑定と魔物支配とステータス編集が追加されている。
でも、眷属はクロトとラキシだけ?アトスは?
疑問を解消しようと、アトスを探すと、千明の足下にいる。
私も下を見れば、クロトとラキシがおとなしく座っている。
千明と目が合った。千明も、同じ内容なのだろうか?
そもそも、私と千明は魔物を倒していない。スライムも倒していないのに、なんでスキルを得るの?
円香さんが、驚いた表情をして、私と千明を交互に見ている。
ダメだ。これは隠しきれない。隠すつもりもないけど・・・。円香さんと、孔明さんと蒼さんだけに留めておきたい。絶対に、自衛隊や警察や消防には知られたくない。絶対に厄介な状態になる。ギルドには登録しなければならないけど、参照は不可にしておけばいい。
円香さんが、手招きをしている。
「孔明!蒼!残ったスライムの殲滅と、調査を頼む」
孔明さんと蒼さんも、手を上げて公園に戻っていく、残っているスライムも10匹程度なので、すぐに討伐は終了するだろう。新しく産まれる可能性もあるのか?ゲームとかだと時間でポップするのは定番だけど・・・。
私と千明の事も問題だけど、スライムが大量発生した原因も突き止めなければならない。そして、公園から出てこなかった理由が解れば、今後のギルドの運営にも役立つ情報になる。
ふぅ・・・。
現実逃避しても何も変わらない。
円香さんの笑みが段々と険しくなっている。
逃げられないのは確定しているから、出頭しよう。千明を見ると、同じ考えのようで、視線が合ったら頷いてくれた。
「クロト、ラキシ。行くよ」
”にゃ!”
”ニャウ”
微妙に鳴き声が違う。可愛い。私が歩くと、しっかりと付いてくる。
賢くなっている。意思疎通というギフトが貰えたから、会話ができるのかと期待したけど、そんなギフトではなかったようだ。でも、私の言っていることは理解してくれているようだ。
まるで・・・。”テイマー”のようだ。異世界物では、最強になりえる職業だ。
「円香さん?」
「二人に話を聞きたい。車の中でいいな」
円香さんが、キャンピングカーの後ろのドアを開ける。
先に、千明が入った。しっかりとアトスが千明の後に続いた。
「クロト、ラキシ。先に入って、アトスの横に座って」
試しに、少しだけ複雑な指示を出してみたが、問題なく実行された。私の後ろに居た二匹が足の間をすり抜けて、車に入った。アトスがいる場所の隣にしっかりと並んでいる。
円香さんが座っている場所の正面に私が座って、私の横に千明が座る。いつもの場所だ。今日は、違う場所でもよかったのに・・・。
「茜。どんなスキルを得た?」
千明も私を見ている。
そうだ!
確かに、スキルを得たけど、円香さんに報告する義務はないはずだ。ギルドに登録を行えばいいだけだ・・・。多分。
「円香さん。お話の前に、私と千明だけで話をさせてください」
円香さんは、少しだけ考えてから頷いてくれた。
立ち上がって、クロト、ラキシ、アトスの順番で頭を撫でてから、車から降りてくれた。近くに居たら聞こえてしまうだろうけど、そこは気にしてもしょうがない。私と千明がスキルを隠蔽したい意思を持つのが大事だ。そのためにも、千明との確認が必要になる。
「千明?」
「うん。少しだけびっくりしているだけ・・・」
「やっぱり、スキルとギフト?」
「うん。あと、アトスが眷属になった。茜は、クロトとラキシ?」
「うん。なんで、私たちだろう?」
「推測だけどいい?」
「もちろん」
千明は、アトスを抱き上げて、膝に座らせる。私も、クロトとラキシを膝に座らせる。二匹とも嬉しそうな表情をする。表情も豊かになった。ように思える。
千明の推測は、当たっているように思えた。
確かに、千明が先に保護猫を飼おうと言い出した。それに、私が飼うのなら姉妹を分けるのは可哀そうだと言った記憶がある。それから、天使湖から帰ってきてから、千明と私が猫たちの世話を行っていた。そして、クロトとラキシは私に懐いていた。アトスは千明だ。
「ねぇ千明は、ギフトは1つ?」
ずるい聞き方だ。
「うん。スキルは2つ」
「そう・・・」
「茜は違うの?」
「うん。ギフトは1つだけど、スキルが3つ」
「え!3つ?」
「うん」
千明には、3つのスキルを説明した。
「二つは一緒。”ステータス編集”は持っていない」
「うーん。使い方も解らない。ステータスって、ステータスだよね?」
千明に、意味がない事を聞いてしまった。
困った顔をして、頷いてくれるが、そりゃぁ頷くしかないよ。私でも、頷くだろう。
「ねぇ千明。ギフトは、どうやって使うの?」
「あのね。私に解ると思う?」
「うーん。そうだよね。でも、もし、クロトとラキシと話せたら・・・」
「うん。アトスと話された、楽しいだろうね」
”にゃ”
”フニャァ”
”みゃ”
「アトス。何?」
”みゃぁ”
「解らないよ?」
アトスが、私の腿を前足で軽く触ってくる。
「え?」
「どうしたの?」
「アトス。茜の言っている事が解るの?解るのなら、鳴いてみて」
”みゃみゃみゃ”
「千明?」
「ちょっと待って・・・。ねぇクロトとラキシは、私が言っている事が解る?解るのなら、床に降りてみて」
クロトとラキシは、私の顔を見るので、頷くと、膝から降りた。
「ねぇ」
千明が、手を上げる。
私は、千明が何をしているのか理解ができない。
「アトス。もしかして、さっき一緒に居た、円香さんの言っている事も解る?」
”みゃ!”
千明が何を気にしているのか解った。
ギフトで得た”意思疎通”は、眷属との意思疎通ではない。別の意味がある。円香さんの言っている事が解ったとして、それが意思疎通だとしたら、ギフトとして私たちに贈られる意味がない。もしかして・・・。
「千明!」
「うん」
クロトとラキシを抱きかかえて、キャンピングカーを出る。
「茜!千明!」
「円香さん。少しだけ時間を下さい!」
静止しようとしていた円香さんを制して、公園に足を踏み入れる。
驚く、孔明さんと蒼さんを無視して、クロトとラキシを地面に降ろす。千明も、連れていたアトスを降ろす。
千明ではなく、私が3匹に指示を出す。
「クロト、ラキシ、アトス。スライムがまだいるかもしれない。居たら、倒さないで捕縛!私たちが、『”話がしたい”と言っている』と伝えて!」
3匹は、了解とでも鳴いたのだろう。そのあとで、勢いよく駆け出した。
円香さんが、慌てて、入口にもブルーシートを被せて、中を見えなくする。近くには、人が居ないのはなぜか解る。これは、クロトが周りを調べているの?
隠れていたスライムがラキシに連れてこられた。
私と千明は、お互いの顔を見て、”やっぱり”という表情をする。
クロトの上に乗っているのは、スライムにしては小さい。通常のスライムの80%くらいの大きさだろう。
さて、ここまでは想定していた。
うまくできてしまったのが問題だ。
「ねぇ千明?」
「なんだい。茜どん」
「ふふふ。千明。ギフトってどうやって使うの?」
「私が知っていたらびっくりだね。そうだ。アトスたちに聞いてみる?」
「え?」
「茜だから、クロト。”茜にギフトの使い方を教えて?”と、言えば、教えてくれるかもよ?」
”にゃ!”
「え?」「え?」
ギフトの使い方は、クロトが教えてくれた。
猫語が解るようになったわけではないが、私はクロトとラキシが何を言っているのか解るようになった。
どうやら、こちらに友好的な魔物とは意思が通じるらしい。クロトの上に乗っていたスライムが、アトスの上に移動した。
アトスの上に乗っていたスライムは、茜を見てから、アトスと何か話をする。
話をしているのは解るけど、私にはアトスの話は解らない。
「千明?」
アトスの話を聞いていたのだろうか、千明が少しだけ困った表情をしている。
「茜。スライムの話を、アトスが翻訳?してくれたけど・・・」
スライムの話を通訳って表現がおかしいけど、アトスを経由してってことは、私も他の魔物と会話ができる?
聞きたくないけど、聞いたほうがよさそうだ。
円香さんや、孔明さんや、蒼さんの視線が怖い。
「どうしたの?」
「うん。このスライム君。名前は、”ライ”というのらしいけど、正確には、ここに居たスライムは、全部”ライ”というスライムだと言っていて・・・」
「ちょっと待て!千明。このスライムは、ネームドなのか?!」
「え?円香さん。見えないのですか?」
円香さんなら、何か見えていたのかと思った。
通常のスライムが、会話ができるくらいに知能があるとは思えない。でも、このアトスの上に居るスライムは、アトスと話をしている。
円香さんの圧が怖い。
「あぁ・・・。前に、遭遇したスライムと同じだ。違いは・・・。ない」
「え?」
今度は、千明がびっくりする。
「ん?」
「いえ、このスライムを・・・。あっ!」
千明が何か言いかけて、言葉を濁す。
クロトが、私の足を”テシテシ”する。そして、”にゃ!”と短く鳴いた。
そうか、スキルを使えって事だね。
使い方は、魔物を見て、スキルを思い浮かべる。発声すれば、確実に起動できるが、発声しなくても大丈夫だとクロトが教えてくれた。詠唱もあるらしいが、私たちが取得したスキルには詠唱はない。詠唱が無かったのは、純粋によかった。
”魔物鑑定”
名前:ライ(一部)
種族:キメラ・スライム
他にも取得スキルが並んでいる。
「・・・。魔王?」
「茜!どうした!」
ふらついた私を、円香さんが支えてくれた。
ラキシを意識して見てから、スキルを発動する。
名前:ラキシ
種族:シティー・キャット
スキル:隠密 風爪
ん?
名前:クロト
種族:シティー・キャット
スキル:跳躍 雷爪
そうか、”ライ”には、スキルはあるが使える状態になっていない?
スキルらしき物だと判断すればいいのか?
ラキシとクロトと違うのは、スキルが淡い色で表示されている。スキルが使えないのか?
あれだけのスキルがあるのは、この目の前に居る”ライ”だけなの?
それにしても、家の子は、シティー・キャットなのか?
それで、アトスがハウス・キャット。街猫と家猫?意味が解らないけど、種族としては別なのか・・・。
よくわからない事は、考えない。
「茜!茜!」
「あっ・・・。円香さん。大丈夫です。少しだけ立ち眩みがしただけです」
「本当に大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
円香さんが支えてくれていたのを思い出して、地面に手をついて立ち上がる。
「茜?」
千明も近くまで来てくれた。
どうやら、私と同じように”ライ”を魔物鑑定したようだ。
「円香さん。少しだけ、あと、少しだけ、千明と話をさせてください。その後に、話せることは、説明します」
円香さんは、私と千明を見てから、足下にクロトとラキシとアトスを見て、最後にスライムを凝視してから頷いてくれた。
「あっ!円香さん!」
千明がキャンピングカーに戻る途中で思い出したかのように、円香さんに話しかけた。
「なんだ?」
「スライムは、この子の他に、もう一体のスライムが居ますが、攻撃はしないようにお願いします」
「なぜだ!」
「この子が言うには、もう一体は土の中に居て・・・。女王蟻だと言っています」
「千明。茜。後で、説明してくれ・・・」
円香さんの戸惑は私にも理解ができる。
このスライムは、”ライ”という名前の”キメラ・スライム”だ。
円香さんが言っているようにネームドなのも問題だが・・・。それ以上に、”会話が成立するほどの知恵”を持っている事が、問題になってくる。キメラ・スライムという種族は、”知能”が高いのか?それとも、この”ライ”だけなのか?
キャンピングカーに戻って、茜の正面に座る。クロトとラキシは私の側に、アトスは千明の側に座る。
”ライ”は、テーブルの上に乗った。
「え?クロト。本当?」
”にゃ!”
「茜。どうしたの?」
「クロトから、”ライ”に触っていれば、『ギフトの力で会話ができる』と言われた」
「え?」
”みゃみゃ!”
どうやら、アトスも同じ事を千明に伝えたようだ。
スライムに手を伸ばして、恐る恐る触る。
少しだけ冷たい感触が心地よい。手をスライムに溶かされることもなく、スライムのボディを触る事ができた。
「貴方は、”ライ”なのですね?」
『はい』
え?こんなにはっきりとした意思なの?
クロトやラキシとは違う。完全に、会話が成り立つレベルだ。
千明も触っているが、会話の主導権は私が握ることになった。
ギルドとして、経験が長いのが私だから、一応・・・。先輩として、私の役目だと思う。本当は、千明の方が、インタビューとかしているから、得意だと思うのだけど・・・。
それにしても、魔物と会話して・・・。スライムから聞き取り調査を行うのは、私たちがギルドで初めてだろう。
「いろいろ質問していい?」
『はい。ですが・・・』
「解っている。女王様には攻撃しない」
『いえ、攻撃しても構わないのですが、暴走してしまうと、困るのは貴方たちだと本体が判断しています』
「え?本体?」
『はい。私の本体は、別に存在しています。女王様も、本体の一部です』
「え?スライムって、全体で一つなの?」
『他のスライムを知らないので、お答えできませんが、私たちは本体から分離した”キメラ・スライム”です。意識を共有できるようになりました。マスターが付けてくれた大切な”名”です』
「・・・。マスター?貴方たちは、元々は蟻だったのよね?」
『私は、そうです。他にも、いろいろな昆虫や動物が居ます。あなた方は、ギルドの方々で合っていますか?』
「え?ギルドを知っているの?それって、魔物の世界では常識なの?」
『いえ、他の魔物は知りません。マスターは、貴方たちの事を、ギルドの人なら、私を通して交渉したいと言っています』
「え?ちょっと待って、理解ができない事が多すぎて・・・」
『失礼しました。貴女のお名前を伺っても?』
「え?私は、里見茜。もう一人は、柚木千明」
『里見さんが、ギルドのリーダーですか?』
「違います。外に居る・・・。覚えているか解らないけど・・・。もう一人の女性がギルド長の榑谷円香さん」
『鑑定と隠蔽と感知系と光系のスキルを持っていた女性ですね。強そうだったので、覚えています』
「え?」「は?」
『鑑定のレベルが低くて、私たちのスキルは見抜けていないと思います。貴方たちの”魔物鑑定”が必要です。あと、私には”魔物支配”は通用しません』
「え?でも、大量に居たスライムが、スキルを使えたの?」
『本体と繋がったのが、私と女王様だけになってしまってからです。その前は、スキルは封印されています。これは、私たちを魔物にした愚か者のレベルが低いためです。あの愚か者は、あろうことか、巣穴全体をスキルの範囲に指定したのです。そして、この領域から出るなと初期の命令をしました』
「ちょっと待って、本当に、本当に、少しだけ待って、情報が・・・。解らないよ」
もう既に、千明は考えるのを辞めてしまっているようだ。
”ライ”に手は置いているが、反対の手で、アトスを撫でている。目線は、アトスに固定している。
今の話を、私が円香さんと孔明さんと蒼さんにするの?
無理。絶対に、そのまま精神が壊れたと思われる。私が、円香さんの立場なら、間違いなく、”壊れた”と思う。それか、”ライ”に乗っ取られたと思うだろう。どうやって説明しても、理解はしてくれないだろう。まず、私が”ライ”の話を理解ができない。
”ライ”が私を見つめている。多分・・・。スライムに目があるのか解らないが、”ライ”から視線を感じる。
まず、このスライムは”ライ”。本体が別に存在している。その本体との繋がりが出来て、はっきりと意思があるのだと言っている。
そして、スライムに名付けした者が存在している。”ライ”はマスターと呼んでいるが、主人なのだろう。
それだけではない。
”ライ”は、円香さんのスキル構成を見抜いてしまっている。そういうスキルを持っているのか?それとも、スライム特有の能力なのか?
「千明?」
「ん?あっそうね。うん。茜に任せた」
今の間は、何?
任せたって、”ずるい”。
「ねぇ”ライ”。ギフトを持っていない人に意思を伝える事は?会話は可能?」
『この個体では無理です。本体に合流すれば可能です』
「え?本体ならできるの?」
『はい』
本体が有能すぎる。
それにしても、蟻をスライムに変える?そんなスキルが存在するの?
「本体に、この場所に来てもらう事はできる?」
『解りません』
”できる”や”できない”ではなく、解らない?
「え?会話を望んでいるのだよね?」
『はい。こちらから、本体に場所を伝える事が出来ません。ここがどこなのかも解りません。あと、本体はマスターの安全を求めています』
公園だと言うのは、解っているけど、この公園がどこにあるのか解らない。
当然だな。私も、急にどこかの公園らしき場所に放置されて、スマホも何も無ければ、場所を伝える事ができない。見える物を伝えて、相手が解ってくれるのを、期待するしかない。
「マスターの安全?スライムなの?」
『禁則事項です』
「え?あっ。内緒ってこと?」
『はい。もうしわけございません』
謝られた。
人間を相手にしているようだ。
千明も、私も任せると言っておきながら、”ライ”に振れている。話は聞いてくれている。
円香さんに話をするときに、私が覚えていない内容でも捕捉してくれることを期待しよう。
千明の顔を見ると、話は聞いているけど、衝撃が強すぎるようだ。やはり、説明の時に”ライ”に居てもらう方法を考えた方がいいかもしれない。
「いいよ。貴方たちのマスターの安全が絶対条件なのよね?」
『いえ。違います。安全で無ければ、私たちが安全にします』
ニュアンスが違う。
安全にする?私たち?
「え?安全にする?」
『危険だと思える者を排除します』
排除?
殺すって事?
「それは、魔物だよね?」
『マスターに危害を加える可能性がある者、”全て”です。家族に危害を加える者も対象です』
マスターが大事なのは理解した。
家族云々は解らない。
「家族?」
『禁則事項です』
うん。
秘密にされると思った。
「私たちが、”ライ”の所に訪ねるのは?」
『検討します』
「え?」
『マスターと私と家族が、揃って居る所に、ギルドの方々が来る?と、言う解釈で合っていますか?』
正直に話をしよう。
「え?あっ。うん。私も、ギルドの責任者。榑谷円香さんに確認をしないと・・・。無責任なことは言えない。でも、多分、検討はしてくれると思う」
私には、ギルドを動かすような権限はない。できるだけ、円香さんに丸投げしたい。でも、”ライ”と会話ができるのが、私か千明しかいない。その千明は、話は聞いているけど、会話は拒否している。アトスを撫でる事で、心の平穏を保っているようだ。
千明が撫でているアトスも、私の膝の上に居るクロトとラキシも、正体を知られたら大騒ぎになる。聞いたことがないスキルにギフトそれだけでも、ギルドは大騒ぎになる。そのうえで、猫が魔物になる事例が目の前にある。
『解りました。マスターのお住まいは無理です。しかし、マスターが指定される場所なら可能です』
え?
マスターの指定する場所?地名や建物が解るの?それとも、もっと違う指定の方法?緯度経度とか?
これも、円香さんに任せるしかない。
「”ライ”から、何か聞きたい事はないの?」
『私や私たちからでは無いのですが、よろしいですか?』
「何?」
『マスターが、魔石や魔物のドロップ品の買い取りを希望しています』
「え?魔石?誰の?ドロップ品?武器や防具?」
『はい。後、不要なスキルが付与された物や、マスターが作った物です』
「え?作った?何を?」
『禁則事項です』
そりゃぁそうだけど・・・。
「買い取れない物もあるかもしれません」
『その場合には、私たちが処理します』
「え?処理?」
『スライムは、物を取り込んで、自分のスキルにする能力があります』
「え?あ!」
魔物鑑定で見た時に大量のスキル!
でも、魔物を取り込んでもスキルにはならない。これは、実験した記憶が残されている。賢者にも記憶として残されている。
賢者の情報と違うことが多すぎて、対応を考えなければならない。
なんで、静岡でこんな重要な事案が発生しているの?
「”ファントム”って知っている?」
『知りません』
そりゃぁそうだよね。ギルドの中での隠語のような物だし・・・。知っていたら怖い。
「そうだ。知っていたら、教えて欲しいのだけど、動物・・・。この子たちが魔物になってしまっているけど、何か知っている?」
3匹の猫を指さして聞いてみた。
『スキル付きの魔石を食べさせる。魔石が浸かった水を与え続ける。マスターと同じ力を持つ物が眷属にする』
「え?眷属にする?」
『名を能えて、力の一部を分け与えることです。3体は、眷属です』
「うーん。それは違うかな?名前は、私と千明が付けたから・・・」
『名付けをした時に、力が漏れたような印象は?』
「疲れていたから・・・。よく覚えていないけど・・・。私の近くに居た二匹を抱きかかえて、名前を呼んだのかもしれない」「そうだね。私は、アトスを抱きかかえていた」
千明が会話に入ってきた。
当時の様子を思い出す。ケージから出ていた3匹を、私がクロトとラキシを抱きかかえ名前を呼んだ。名前は、千明が候補を出して、3姉妹だからと決めた名前だ。
『その時に、眷属になったのです。”嬉しかった”と言っています。クロト殿に聞いた所、クロト殿たちは、スキル付きの魔石を与えられたそうです』
「え?クロト?本当?」
”にゃ!”
「茜。そんな高級品。どこにあったの?」
千明は、私がクロトたちに魔石を与えたと思っているようだが、3匹を実験台にするような事はしていない。
それに、私のお給料では3匹に与える魔石が変えない。それも、”ライ”の話では、スキル付きの魔石だ。そんな魔石、聞いたことがない。
「私は、知らない。買い取りは行っているけど、本部に送付しちゃっている。もしかして、荷物から漏れた物だとしたら・・・」
あるとしても、普通の魔石だ。
スキル付きの魔石なんて、賢者にも登録されているか解らない。
全部、”ライ”の作り話や、私と千明の頭がおかしくなっているとか、”ライ”の幻惑のスキルで夢を見ている。と、言ってもらえた方が信じられる。
『里見茜殿。ラキシが覚えていて、3匹で何かに乗せられて、人が沢山居る所で過ごしている時に、魔石を貰ったと言っています。人が沢山居て、怖い気配も沢山あったと言っています』
「・・・」
「・・・」
場所と事件に覚えがある。
”天使湖魔物氾濫事案”あの時に、キャンピングカーに引き取ったばかりのクロトたちを乗せていた。
「千明?」
「うん。今、茜が考えた場所じゃないかな?人が多くて、怖い気配がしていた?あの時は、外には出していないよね?」
「ううん。ケージからは出さなかったけど・・・。何度か、キャンピングカーからは降ろした」
「でも、魔石には振れないよね?」
「あ!!」
「どうしたの?」
「あのね。ケージをキャンピングカーに戻すときに、小さな石みたいな物を見つけて・・・。すっかり忘れていた」
「まだ持っている?」
「うん。ギルドに戻ればある」
「・・・。それが、魔石だとして、どこからか運ばれてきて、それを偶然、クロトたちが食べて、魔物になってしまった?」
「天使湖の魔物討伐?」
「それしか考えられない。魔石がどこから来たのかは解らないけど・・・」
もう限界だ。
円香さんに丸投げしよう。”ライ”にも、ギルドのトップとの話に参加してもらおう。それがいい。そうしよう。
千明に、円香さんを呼びに行ってもらった。
もう面倒なので、円香さんに丸投げすることに決めた。
話は、3つ。
一つは、眷属化だから、ワインズマンに入力するか確認すればいいだけだ。
『里見茜殿。本体に相談しました』
急にライが話しかけてきた。
「え?」
『里見茜殿は、説明が出来なくて困っている?違いますか?』
説明ができない?
もっと簡単に言えば、ライの言葉を中継しなければならないのに困っている。
「そうね。ライが円香さんと話が出来たらいいとは思っている」
『はい。マスターから、贈り物です』
ライが少しだけ震えてから、石?魔石を吐き出した?表現として、何か間違っているかもしれないけど、”吐き出した”が正しい。
続けて、同じ物?を吐き出した。
「これは?」
『マスターからの伝言で、”トランシーバー”だという事です。”デュプレックスになっている”そうです』
「え?」
『それから、会話が外に漏れるのは、マスターとしては”困る”ので、これを使って欲しいそうです』
ライが、また別の石を吐き出す。
さっきの二つよりは、少しだけ大きい。
この3つが魔石だと仮定すると、大きさから、最初の物はゴブリンやコボルトの魔石だろう。今、吐き出された物は、色が付いている事から、上位の魔物かもしれない。
「これは?」
『音を遮断する結界が発動されます。使い方を説明します』
「え?え?え?結界?音を遮断?え?待って、待って、ライ」
『はい?なんでしょうか?』
「まずは、これって魔石で合っている?」
『はい。魔石です。念話の魔石は、ゴブリンの魔石です。結界の魔石は、マスターが作られた物です』
もうお腹いっぱいです。
そうだ、念話の使い方だけ教えてもらって、あとは円香さんに・・・。それにしても、円香さんが遅い?外で、待機して居るのなら、数分で入ってくると思ったのに?
「ねぇライ。念話だけ使い方を教えて?」
『はい。使い方は・・・』
うん。理解した。
難しくなかった。魔石に振れて、”念話”のスキルを使うと意識したら、使えるようになる。
「念話を使えば、ライに触れていなくても大丈夫?」
『マスターからは、”大丈夫だと思うけど、実験していないから解らない”と言われています』
実験?
やってみれば解るって事だ。
ライから手を離して、念話の魔石に触れる。
『ライ?』
『はい』
お!できた。凄いな。私が、テレパシーを使えるようになった。
伝えると思わないと、”伝わらない”と、言われているけど、実際に円香さんと念話で会話した時に試してみないとダメだろう。
ライのマスターが言っている”実験”は、こういう細かい事を言っているのだろう。
繋がる距離も解らないし、継続時間も解らない。待機時間とかあるのかな?
念話の魔石から手を離す。
「ねぇライ。魔物は、念話が使えるの?」
『わかりません。私たちは使えます』
そうか、他の魔物とも意思疎通ができるのなら、無駄な戦いが避けられると思ったけど・・・。ダメなのか?
ドアが開けられて、円香さんが入ってきた。
やっと来てくれた。ライの話は、私には重すぎる。
ライを、私の膝の上に移動させた。
手で無くても触れていれば会話が通じる。膝の上なら自然と触れていられる。
円香さんが、少しだけ、本当に少しだけ緊張した表情で、私の前に座る。私も、緊張してきた。ギルドの受付に居た時には、こんなに緊張しなかった。ギルドの面接の時にも・・・。
「茜。大体の話は、千明から聞いた」
円香さんが、千明から聞いた話を、確認してくる。
概ね間違っていない。千明の解釈が間違っていないのか、私の解釈が違うのか、微妙な部分もあったが、円香さんの質問に答える形で、曖昧な部分が無くなっていく、ライから念話で捕捉が告げられる。
しかし、ライが”禁則事項”だと言っている部分も多いために、話が進まない。
「円香さん。詳しい事情が気になるのは解りますが、もっと重要な事が・・・」
「ん?」
「まず、眷属化・・・。動物が魔物になってしまう件ですが・・・」
・スキル付きの魔石を食べさせる
・魔石が浸かった水を与え続ける
・眷属化のスキルが存在している
3つ目は、動物が魔物になる方法ではないが、”眷属化”なるスキルが存在していることになる。私は、聞いたことがない。ワインズマンに問い合わせるのは、何か憚られて行っていない。
「3つ目は聞かなかったことにしよう。千明にも、口止めをしておこう」
「わかりました。そうなると、クロトとラキシとアトスが、魔物になったのは秘密にしておくのですね」
「そうだ。お前たちが授かったスキルも秘密だ。インパクトが強すぎる。与える影響を考えると、公開する気にならない」
私も同じ考えだ。
だから、ワインズマンにも訪ねていない。データの登録をしなくていいのは、気持ちが楽になる。
「千明には?」
「口止めはした。今、孔明と蒼に簡単に事情を話している。ライとか言ったな(彼で合っているのか?彼でいいか・・・)彼の同輩が、まだいるらしいから、孔明と蒼に協力させて、探してもらっている。アトスも参加している」
アトスと言われてから、周りを見たら、確かにクロトとラキシしか見当たらない。アトスは、千明に着いて行ったのだろう。
”にゃ!”
クロトが、私の考えを肯定するように鳴いた。
足下にいたはずなのに、いつの間にか、私の両脇を守るように、クロトとラキシが座っている。
順番に、頭を撫でてあげると、嬉しそうに身体を押し付けて来る。
「わかりました」
これで、問題の一つが解決?した。私的には、円香さんに預けた形になっている。これで、解決だ。
「次が、ライの本体とマスターと呼ばれる人物?との、会談ですが・・・」
「訪ねていくのが大丈夫なら、どこかで待ち合わせをして、合うのでも大丈夫なのか?」
そうか、ギルドのメンバーが訪ねるにしても、安全だとは限らない。
ライの感じから、マスターは理知的な存在だと思える。ギルドのメンバーだと解っていて、危害を加えるようなことはしないだろう。
それでも、円香さんが警戒しているのは、ライと話が出来ていないからだろう。話せば解るとは言わないけど、話が、会話が出来たら、関係は一歩進めることができる。
さきほどのライとの会話から、待ち合わせも可能だとは思うけど、ライたちの安全は、私たちギルドが保証をしなければならない。人が多い場所はダメだ。円香さんが”待ち合わせ”に”どこ”を考えているのか解らないけど、安全が確保出来て、人が少ない・・・。殆ど、居ない場所なんてあるの?またカラオケ?でも、カラオケはどうしても入口を通る必要がある。ライだけなら、カバンの中に入れれば、大丈夫だろうけど・・・。
待ち合わせ場所を考える必要はあるが、待ち合わせは案外わるくない。かも。だと、いいな。
『里見茜殿。円香殿に、念話の魔石を渡してください』
「あっ!そうだった!」
「円香さん」
「なんだ?まだ隠し事か?」
「隠し事というか、千明が呼びに言っていている最中に、新たに加わった事です」
「それは、テーブルの上に転がっている3つの石?・・・。・・・。魔石か?」
やはり、円香さんのスキルなら解るのだろう。
二つは、魔石だと解るだろうけど、一つは綺麗に形が作られていて、魔石には見えない。よくできた宝石だと言われても信じてしまうかもしれない。
「そうです。小さい魔石には、”念話”スキルが付与されています。大きい方は試していませんが、ライからの説明では”音を遮断する結界”スキルが付与されているようです。ここでの話を外部に漏らしたくないようなら、”結界”スキルで音を遮断できるので使って欲しいそうです。ライのマスターが作った魔石だと説明を受けました」
「はぁ?」
恐る恐る円香さんの表情を見ると、唖然とした表情の中に、何かを考えている表情が隠されているように、見える。
円香さんは、念話の魔石を触って、何かを考えている。
「千明。この魔石を持って、キャンピングカーの外に出てくれ」
いきなり、円香さんが、千明にキャンピングカーの外に出ろと伝える。実験をしたいのは解るけど、最初に実験の説明をしなければ、千明が戸惑うだろう。実際に、千明はいきなり言われて動揺している。
「はい?」
「円香さん。実験をしなくて大丈夫ですか?」
「そうだな。使い方が解らないな。千明も念話ができるか触ってみるか?」
円香さんは、一つを千明に渡して、一つを自分で持つ。
『千明』
「え?頭の中に、円香さんの声が聞こえた」
千明が驚いている。
私も、驚いた。
円香さんの声が聞こえたからだ。
これで、ライと円香さんの間で・・・。話ができる可能性が高まった。私が通訳をしないで・・・。
ライは、何も反応していないけど、私に聞こえたのなら、ライにも伝わっているのだろう?
「そうか?茜は?」
「聞こえました」
正直に答える。
何か、検証をしている可能性がある。嘘を伝えてもしょうがない。
円香さんは魔石を握って、目を瞑る。
「そうか?これならどうだ?」
私には何も聞こえない。
「また!円香さん?」
千明にだけ聞こえたようだ。
でも、千明は、魔石の使い方が解らないはずだ。
ライは、”トランシーバー”だと言っているけど、もしかしたら違うのか?
「そうか、これなら千明にだけ通じるのだな。なんとなく理解した。千明。魔石を持って、頭の中で話してみろ」
「え?」
『きこえますか?』
千明の声が聞こえた。円香さんも、指でOKのサインを出すので聞こえたのだろう。
「最低でも、魔石を持っていることが条件か?」
「え?」
「千明は、念話のスキルを使っていなかった。しかし、声が聞こえたと言った。あぁ茜は、面倒だから”茜”だからで澄まそうと思っている」
「思っているじゃないですよ。でも、確かに・・・」
「千明。魔石を手放してくれ」
「はい」
円香さんと千明は、いくつかのパターンで実験を行った。
結果、念話の魔石を持っていないと、通じないことが解った。通常の魔石では、意味がないようだ。ただ、円香さんのスキルを使っても、念話の魔石は”魔石”としか情報が出せないらしい。
『ライ。何か、解る?』
『円香殿のスキルレベルが低い。基礎レベルが低い。またはその両方で、マスターの偽装を見破れない』
『え?偽装?』
『はい。スキルを付与した場合には、偽装するのが様式美だとマスターが言っています』
円香さんと千明が、念話の魔石を持っている状態だ。
「円香さん」
「なんだ?」
「私とライの会話は、聞こえましたか?」
「聞こえなかった。正確に言えば、茜とライ殿が会話しているのは解ったが、会話がジャミングされているようで、理解ができなかった」
『ライ。理由はわかる?』
『わかりません。千明殿が伝えてきた情報は、伝わっております』
「円香さん。ライには、円香さんの念話は通じていないようです。でも、千明の念話は通じるようです」
「そちらの検証は後だ。千明。外に出てくれ」
「わかりました」
やっと実験を終えて、千明が念話の魔石を持って、キャンピングカーから出る。
外では、蒼さんと孔明さんが、元女王蟻を探している。
念話で出てきて大丈夫だと伝えたら出てきてくれないのかな?
まずは、距離の確認を始める。
念話の距離は、長くはなさそうだ。
『茜殿。念話の距離は、魔石の大きさに依存します』
「円香さん。念話の距離は、魔石の大きさに依存するそうです」
「え?それは?」
「ライからの情報です」
円香さんの視線が怖い。
知っていたのなら教えろと訴えているのは解るけど、私もライから聞かされなかったら知らない情報だ。ライとしても、円香さんや私たちがどんな情報を求めているのか解らない。解らないから、話の流れを聞いて判断しているのだろう。情報の出し惜しみはしていない。知っていれば、答えてくれる。知らなければ、知らないと伝えて来る。ダメな事は、ダメという意味を込めて”禁則事項”だと伝えて来る。
「わかった。茜。ライ殿に、結界の魔石に関して質問をして欲しい」
「解りました。円香さんは、ライに話しかけるように、質問してください。私が、ライの答えを円香さんに伝えます」
「わかった」
円香さんが、結界に関しての質問をする。
ライは、知らないことも多かったが、円香さんとしては十分な成果が得られたのだろう。
私たちが知らなかった情報として・・・。
・魔石は力を使い切っても補充ができる
・魔石同士をくっ付けておけば自然に補充される
・自然回復はしない
・人は、実験していないから解らない。スキルを持っている者なら充填ができる可能性がある。魔核を持つ者なら可能。動物では不可能。スキルを持った動物なら可能
結界の魔石は、私たちが考える結界で合っていた。範囲や強度によって、継続時間が決定される。
範囲は、任意で指定ができる。発動者が、意識して範囲が設定される。遮音は、結界に付与した物らしい。ライのマスターが作った物らしく、ライにも詳細は解らない、ただ、念話は通す。実験として、私を含めない範囲での結界と私を含めた結界で、それぞれ念話を使って会話を試してみた。同じく、外に居る千明との会話もできた。
結界の強度は、後日に検証を行うことになった。
私を含めての結界の時に、結界から外に出ることはできたが、外から中には無理だった。
透明な壁があるように感じた。
この結界の実験から、私と円香さんは、とある場所でのことを思い出した。
結界と念話の魔石は、ギルドが保有していて良いと言われたが、円香さんは、3つの魔石で交渉をしたいと言い出した。
『マスターが必要だと考えて、与えた物が必要ないと?』
ライが、先ほどまでと違った面を見せる。
正直にいうと、”怖い”と感じてしまった。
私は、通訳というか・・・。ライの言葉をそのまま伝える。感情は伝わってくるが、感情を排して伝える。軋轢を産んでもしょうがない。
「失礼。勘違いをさせてしまった。ギルドが、適正な値段で魔石を買い取りたい。念話も結界も素晴らしい物だ」
『”買い取り”ですか?マスターからは、”渡す”と言われました』
「ライ殿。ギルドとしては、提供を受けたいのですが、無償では、規約違反になってしまいます」
『マスターに確認します』
ライが、マスターに確認すると言っている。
円香さんの話で、規約違反と言っているが、そんな規約は存在しない。確かに、競合する企業から施しを受けるのは、ダメだ。あと、マスコミやギルド員からの施しは癒着に繋がるので、認められない。しかし、ライは、魔物だ。ライのマスターが、ハンターや供応が禁止されている企業の人間でもない限りは、問題にならない。
『マスターは、ギルドに属していない。また、企業体のどこにも属していない。なので、問題にはならないだろうと言っています。しかし、ギルドからの意見も解るので、最初の3つは、ギルドの”言い値”で譲るそうです』
「ありがとう。査定するので、2日ほど時間が欲しいが、連絡はどうしたらいい?」
『マスターは、ギルドとの対話を望んでいる』
最初の話も戻る?
ん?あっ円香さんに、簡単に話をしただけで、詳細は説明さえもしていなかった。そもそも、私も意味が解らないまま状況が流れた。
「場所の指定は?」
『ギルドの近くがいいのか?』
「大丈夫だ。東京とか言われると、日数が欲しいが、静岡市内なら、二日後でも大丈夫だ」
『マスターから、3日後の15時。浅間神社の麓山神社近くのベンチで待っている』
「わかった。ありがとう。何か目印が必要か?」
ライが、また一つの魔石を吐き出す。
「これは?」
『マスターは、”割符”と呼んでいる。合致する魔石を持つ物が近づけば、魔石が光る。距離は2-3メートルだ。麓山神社の前なら、端と端でも3メートルは離れていないから反応する。と、マスターが言っている』
「こちらは、私と茜の二人で伺う」
『了解した。今、探しているスライムも一緒に連れてきてほしい。3日後なら、存在は維持できると思われる。ライは、この会談が終わったら、解放して欲しい』
「解放?」
『ライの魔核を使いすぎている。半日もたたないで消滅してしまう。その前に、本体に合流させたい』
家で、天使湖で得た物を整理していた。
こればかりは、私かライにしかできない。判断した物を、まとめるのは、家族にもできるのだけど、まずは必要な物なのか判断しなければならない。
そして、”必要な物”を判断するのが難しい。
殆どの物が、ギルドの買い取りリストに載っていない。
買い取りができないのか?それとも、知られていない物なのか判断が私にはできない。情報がない。
そして、魔石の買い取りは出ているが、ゴブリンの魔石程度の大きさしか買い取っていない。魔物の名前ではなく、大きさでの買い取りが書かれている。
「ライ?”誰かが欲しい”と、言っている?」
『いえ、マスター』
そうだよね。
必要になれば、狩りに行けばいい。
天使湖から帰ってきてから、皆が力を求めている。
オーガの色違いに対応できたのが、私とライとカーディナルとアドニスだけだという現実に、皆が力を求めた。
特に、キングとクイーン。テネシーとクーラー。ピコンとグレナデン。他にも、皆がレベルアップを希望した。
しかし、近くには魔物が存在する場所はない。
街中にも、魔物が存在する場所は有ったのだが、皆のおかげで魔物の駆逐ができた。別に、正義を名乗るつもりはないが、私をスライムに変えた者が、まだ魔物を産み出しているのか調べる為にも、自然発生する場所を徹底的に無くしておきたい。
本当は、ギルドに協力を求めたいが、私からギルドに接触することはできない。私は、スライムで魔物だ。駆除対象になってしまったら、本当に私は魔王になってしまう。スライムの魔王だ。二つ名を”新星”と付けられてしまう。仲間にオーガは居ないが、皆が進化をしている。
レベルアップには、樹海で行ってもらうことになった。あの場所は、中層くらいまでは自衛隊の隊員が居るが、奥に行けば隊員も居ない。動物も少なくなってしまっている。洞穴に隠れている動物を見つけることもあるが、その程度だ。
オクトやカラントやキャロルやノッグは、海でのレベルアップが可能だ。
海にも魔物は多く存在している。地上と違って、海に居る魔物は強くはない。
順番に、樹海に作った私たちの拠点に行ってレベルアップを行っている。
天使湖の様に、魔物がまとまっている場所は存在しない。裏山と同じレベルで散らばっている。予測ができる範囲なので、索敵からの討伐は、効率よくできる。間引きしていれば、天使湖のようにはならないと思っている。
現地でスカウトした者たちは、家族には迎えていない。
本人たちも望んでいない。拠点に住むことはだけを認めて欲しいと言われた。共存関係を結んだ。安全な拠点と食料の提供を行い。彼等からは、樹海にある洞窟や洞穴の場所を教えてもらうことになった。現地勢の中には、魔物化した者も居た。しかし、私の家族の方がレベルも経験も上だった。
家族のレベルアップ問題も解決して、私とライは本格的にドロップ品の整理を始めた。
整理を初めて、3日目。
完全に飽きて、パロットと遊んでいた。ドロップ品を猫じゃらしに加工した。
『マスター』
「ん?あっゴメン。サボっていないよ。ちょっとした息抜き!息抜き」
『マスター。市内にスライムが発生しました。瞬間を抑えることができませんでした』
偵察に出ていたライが、スライムの発生を見つけた。
場所は、聞いた限りでは解らないが、静鉄の沿線らしい。
「ライ。スライムたちとの合流は可能?」
『一部は、合流が不可能な状態になってしまっています』
「理由は?」
『スライムが討伐されてしまっています』
「止められる?」
『討伐している者の中に、魔物が居ます。指示を飛ばしてみます』
「お願い」
ライが、魔物との話を中継し始めた。
どうやら、魔物は猫で誰かに飼われているようだ。
それから、話が進んで、猫からの要請で、ライが猫たちの飼い主と会話を始めた。
中継されてくる話から、相手はギルドのメンバーだと推測ができた。
確証が得られてから、会話は会議に変わった。
カーディナルたちだけではなく、ギブソンやノックやラスカルも部屋に集合した。
もしかしたら、いろいろな問題が解決するかもしれない。
期待を込めて話を進めた。
上司らしき人が話に加わった。
ライから聞こえてくる内容では、最初に話をしていた人が上司に説明が出来なくて困っているように感じる。
私は、ライに二つのスキルを付与した魔石を渡すように指示を出した。
”賭け”だ。もし、この魔石が既に存在していて、当たり前になっているのなら、ギルドは私たちを評価しないだろう。魔石にスキルを付与する技術が確立していないのなら、私たちに価値を感じてくれて、話を聞いてくれる可能性が出て来る。
ライの分体だけなので、ギルドが私に辿り着くのは難しい。
トランシーバの役割を持たせた魔石と、結界の魔石をギルドに渡した。
結論・・・。
やりすぎた?不信感というよりも、驚愕されてしまった。
でも、攻撃系のスキルを付与した魔石でなくてよかった。
上司だと思っていた人は、ギルド日本支部の責任者の用だ。
いきなり上層部と交渉が出来てしまった。
やりすぎてしまったのは、もう取り戻せない。
それなら、こちらに都合がいい事だけを、交渉しよう。
魔石やドロップ品の換金を求めてみよう。私たちに必要がない物でも、ギルドでは必要だと判断する可能性がある。
結界やスキルの付与だけでも情報としては出しすぎてしまった。眷属化の話は、ギルドは知らなかったようだ。どれだけ、知られていないのか解らない。
ギルド側から、魔石を買い取ると言ってくれた時には、嬉しかった。
今は、お金には困っていないが、状況次第ではお金が必要になる。
ギルドと話が出来れば、私をスライムにした奴の情報が集められるかもしれない。
復讐で殺してしまおうとは思っていない。もちろん、対象が”人間のまま”なら・・・。という条件だ。既に、魔物になってしまっているのなら殺してしまおうと思っている。そして、人の法律で裁けないと判断された時には、私たちなりの方法で復讐しようと決めている。
自分が犯した愚かな行為の”ツケ”は払ってもらう。
『マスター』
ライとギルドの話がまとまりそうだ。
ギルドとしては、静岡市内で待ち合わせをしたいようだ。
渡した魔石の値付けに”二日ほど欲しい”と言っている。それなら、三日後にどこかで待ち合わせをしよう。
人は少ないが、まったく居ない場所ではなく、市内からそれほど遠く離れていない場所で、既に安全が確保されている場所。
ギルドに近い場所の方がいいだろう。
三日後なら、平日だ。
浅間神社の麓山神社
確か、階段を上がり切った場所にベンチがある。
ギルドのメンバーには、悪いけど階段を上がってきてもらおう。浅間神社なら最初から魔物が発生していない。
時間は、15時くらいがいい。
早いと、人とミアミスしてしまう可能性がある。私たちは、移動は空を使う。カーディナルたちに乗っていけばいい。上空で待機するか、浅間神社の木々で羽休めをしていればいい。
ライは、ギルドのメンバーを見ているので、大丈夫だけど、ギルドのメンバーはライしか知らない。
そして、ライが人の姿になれることも知らない。もちろん、私のことも知られていない。
待ち合わせで、しっかりと会えるように、割符を渡しておこう。
一つの魔石に光のスキルを付与した。
ただ光るだけのスキルだ。
付与した魔石を二つに割る。これも、最近になって覚えたスキルだ。魔石の加工ができるようになった。
割った魔石の切断面を合わせれば、元に戻ってスキルが発動する仕組みだ。
同じスキルを付与した物でも、同じ魔石で無いとスキルは発動しない。
目印としては、十分な機能だ。
ライ経由で、ギルドに割った片方を渡す。
もう一つを私が持っていけば、割符としての役割になる。
ギルドの交渉までに、いろいろ整理をしておこう。
ドロップ品と・・・。あっ!ライと私の服も買いに行こう。お金が入ってくるから、少しだけいい物を買いに行こう。
新しい服の購入は諦めた。諦めたというよりも、私のことを簡単に説明する方法を考えついた。
制服姿になって、待ち合わせ場所で待っていることにした。
ライはギルドの人に解りやすくするために、スライムの姿で待っていることにした。
私もライも、結界を張って、隠蔽のスキルを発動すれば、認識は難しい。
家の近くで試してみたが、誰も私が居るとは気が付かなかった。テストの仕上げは、最寄り駅の駐輪場で行ってみたが、誰にも気が付かれなかった。
スライムの状態で、カーディナルとアドニスに乗って移動をして、待ち合わせ場所で制服を着て、結界を張って、スキルを発動して待つことに決定した。ライが人になれるのは秘密にする。
私が、スライムなのは説明をするが、信じて貰えない可能性を考慮して、スライムに変わる所を見せることに決まった。
情報が無い状態なので、何が正解なのか解らない。
いろいろ考えて、皆と話し合ったが、結局はギルド側の対応で変えようという曖昧な話で終わった。
約束の日になった。
私がカーディナルに、ライがアドニスに乗って、約束の場所に向った。
上空で待機をして、人が居なくなったタイミングで地上に降りた。
付いてきた者たちが、近くで待機している。
大げさだと思ったが、誰も帰ろうとはしない。昼間には適さないダークまでが、待機すると言い出した。ダークたちが昼間に移動していたら目立つので、今回は家を守ってもらう事で納得してもらった。
同じように、集団で居たら目立つ者や、浅間神社辺りでは見かけない者たちには、今回は我慢してもらった。別に戦いに行くわけではない。私の護衛なら、カーディナルとアドニスで十分だ。それに、本体は家に残る。浅間神社に行くのは、私の分体だ。
カーディナルとアドニスが私とライの横で待機することになってしまった。
鷲と梟が同時に居たら目立つだろうけど、私とライの結界の中に居て、カーディナルとアドニスもスキルが発動できるので、”見られることはない”と押し切られてしまった。
約束の場所
駿河国総社静岡浅間神社
大山祇命を主神とし、日本武尊を配祀する。麓山神社。
麓山神社の近くにあるベンチに座って待つこと、15分。到着と同時に、お参りは行った。なんとなく、軒先を借りるので、先に挨拶をしておいた方がよいように思えた。魔物なので、人の神にはしっかりと筋を通しておこうと思った。
『マスター。ギルドのメンバーが、階段を上がってきます』
近くで待機していた、ドーンからの報告だ。
人数は、予想よりも多い・・・。ライからの報告で聞いていた、公園に来ていたメンバーだ。
先頭を歩いていた女性だけが、私たちの存在に気が付いたが、私の方を見ながら”まだ来ていない様だから、お参りをしておこう”といって、麓山神社に向った。
二礼二拍手をして、手を合わせた状態で、私に聞かせる為だろう。
”ライ殿の主と有意義な話ができる事を望む。願わくは友好的な関係が築ければ幸いだ”
完全に、私が居る事が前提のセリフだ。
そして、合わせていた手を降ろして、深々と頭を下げる。
私が現れるべきタイミングを作ってくれているようだ。
ギルドのメンバーが、揃って頭を下げた。
私は、スキルを解除して、結界を最低限の形での展開に変更した。
頭を上げたギルドのメンバーが振り向けば、私に気が付くだろう。
やっぱり、先頭を歩いていた人だけは驚かなかった。
「君がライ殿の主か?」
「そうです」
「君は・・・。その前に、私は、榑谷円香だ」
「榑谷さんですね。私は」
榑谷さんは、片手を上げて、私の名乗りを遮る。
「君の事情は解らないが、その制服を着ている状況で、ライ殿の主になったのなら、何か事情があるのだろう。名乗りは必要ない。そうだな。主殿と呼ばせてもらうが、問題はないか?」
もともと、偽名を名乗ろうと思っていたが、私にも何か事情があるのだと考えてくれたようだ。
それで、”主殿”と呼んでくれるらしい。
「わかりました。榑谷さん。私の事情は、ライから聞いた話の後でご相談と合わせて、話を聞いてください」
「わかった。主殿。最初に教えて欲しい。主殿は、人なのか?魔物なのか?」
見つめられていて、鑑定に似たスキルを感じた。
人を鑑定しても、名前は解らない。でも、名前が解っている人だと、名前が表示される。
榑谷さんに”鑑定”や類するスキルが無いのは解っている。
「どちらでしょう?自分でもわかりません」
「・・・。そうか・・・」
「ライ。私の膝に乗って、カーディナルは、肩に止まれる?アドニスは、近くの木で待機」
榑谷さんが、私の横を見たので、皆にベンチを空けるように指示を出す。
「桐元孔明。上村蒼。周りを見回ってくれ、誰も近づけないでくれ」
「わかった」
「孔明。神社の事務所とい交渉してくれ。調査の為に麓山神社を封鎖すると通達してきてくれ」
「円香。俺の名前は、よしあきだ!孔明ではない!が、わかった。柚木千明。一緒に来てくれ」
「はい!孔明さん」
わざと、名前が解るようにしてくれているのだろう。理由はわからないが、名前が解るのは嬉しい。
「蒼!」
「おぉ!俺は、山の方を見て来る。里見茜嬢は、階段から誰かが上がってくるか見ていてくれ」
「蒼さん。わかりました。でも、もう一つは?」
「そちらは、千明が見ていればいい」
「はい。わかりました」
多分だけど、今の会話から最初から、神社の事務所には事情を通しているのだろう。
それでなければ、千明さんが孔明さんと離れて階段ではない道の監視はできない。多分、孔明さんは事務所には行かないだろう。
『マスター。ドーンとアイズが、監視をします』
『うん。でも、過剰に警戒はしなくてよさそうだよ』
『はい。一番の強者は、蒼と呼ばれていた男ですが、スキルを使えばコペンでも対応が出来そうです』
『そうだね』
さすがに、体格差があるから厳しいとは思うけど、ギブソンとかノックとかラスカルとかパロットなら対処は可能だろう。
強さで言えば、オークの色違いと同じくらいかな?少しだけ厳しいかな?
「主殿。お待たせしてもうしわけない」
榑谷さんが、私の横に座ってきた。
「いえ。ありがとうございます」
「まずは、念話の魔石と結界の魔石ですが・・・」
「壊れましたか?」
「そうではなく、主殿が作られたと、ライ殿から聞きました」
「そうですね。私が、魔石にスキルを付与する形ですが、作製しました」
「魔石があれば、量産が可能だということですか?」
「条件次第では・・・。しかし、量産する予定はありません」
「それはなぜ?」
「まずは、価値がわかりません。そうだ!私が作る為のレシピを提供したとして、ギルドで量産が可能ですか?質問に質問で返してもうしわけありません」
「・・・。無理だと思います。そもそも、結界や念話のスキルは、世界で初めて見つかったスキルです」
榑谷さんは、少しだけ考えてから、私が求めていた言葉を返してくれた。
やはり、見つかっていないスキルなのだ。
「そうですか、それなら余計に量産する予定は無いです。興味もありません。私は、スキルを付与するだけの存在になりたくないです」
「わかりました。現在、ギルドに預けられた物だけが、存在する念話石と結界石だと考えて差し支えないですか?」
念話石とか、結界石とか、いい呼び名だ。
「念話は、そうです。結界は、使い道がありますので、少しだけ多めに作っています」
「使い道?」
「秘密です」
「そうですよね。残念ですが・・・。わかりました。それでは、預かっている魔石は、買い取りでよろしいですか?」
少しも残念そうな表情ではない。
前置きが長いが、必要な儀式だと思って諦めよう。
「はい」
「買い取りの条件などは?」
「条件?別に、考えていません?」
「それでは、我らギルドが、魔石を分析して、同じ物を・・・。劣化バージョンだとは思いますが、作ってもいいのですか?」
「いいですよ?」
別に作られたからと言って私は困らない。
私は、私の生活を変えてしまった者に復讐をしたいだけだ。それ以外には興味がない。
できるだけ、平穏に暮らしたいと思っている。
そのために、まとまったお金が必要になるから、ギルドに接触したいと思った。ギルドがダメなら、どうにかする方法は、他にもある。
ひっそり暮らすためにも、是非ギルドと取引を・・・。ただ、それだけだ・・・。ギルドに拘りはない。
取引として適しているのがギルドだということだ。
「円香さん。私も行かなきゃダメですか?孔明さんと蒼さんだけで・・・。私、留守番していますよ?」
茜がまだ行かないと言っている。
二日前から同じことを繰り返している。
「茜。諦めろ。ライ殿とはお前も会っている。”行かない”のはダメだ。もしかしたら、茜か千明しか会話ができない可能性があるのだ。何度も言わせるな」
ライ殿とライ殿の主と言われる方に会う。
もしかしたら、停滞した事柄が一気に動き出すかもしれない。まだ、ギルド本部には報告を上げていない。私の所で止めている。
長沼公園での出来事は、思い返しても不思議だ。
ギルドに帰ってきてから、預けられた結界のスキルが付与された魔石と念話のスキルが付与された魔石を、孔明と蒼にも説明した。
蒼は、結界の魔石を、すぐにでも戦闘部隊に配置したいと言い出した。結界石があれば、”損耗率が減らせる”が蒼の見解だ。結界を攻撃してみた蒼は、徐々に興奮していった。蒼と孔明の二人で攻撃しても、結界が壊れることがなかった。
孔明は、念話の魔石を欲しがった。距離の検証もできた。どういう原理なのか解らないが、4-5キロでは念話が繋がった。検証は続けるが、実用上5キロも距離が稼げれば十分だと判断された。もう一つのメリットは、電波妨害が効かないことだ。スマホの電波が乱れるほどの妨害状態でも、念話が繋がった。電波が遮断されている状況でも繋がることが確認された。
ライ殿の主には、当初は私と孔明と蒼だけで向う予定だったが、千明の”ライ君の主と言葉が通じるのか?”がきっかけで、茜と千明にも参加してもらうことに決まった。
茜がごねているのは、単純に”怖い”という気持ちがあるのは解っている。
もう一つが、待ち合わせ場所が”麓山神社”が指定されていることだ。
「円香さん。ほら、クロトとラキシやアトスも・・・」
「茜。3匹には、お前たちが言い聞かせれば大丈夫だろう?それに、話が出来れば、私が主殿と話をする。もし、会話が不可能な時でも、茜が最初だけ通訳をしてくれれば、そのあとは念話石で会話ができるだろう?」
「そうですね・・・。わかりました」
茜が納得したところで、最終確認を行う。
神社に話を通さなければならない。
正直に話すことはできない。しかし、主殿が来るのに、ギルドメンバー以外が居たのでは、信頼が得られない可能性がある。
ギルドから、浅間神社は徒歩で移動ができる距離だ。
事務所には、3匹の猫が残る。訓練がされていない人間では忍び込めないだろう。念話が使えるために、事務所で異常があった場合には、茜か千明に連絡が来る。セキュリティとしては、考えられないくらいに上がっている。
ライ殿から依頼があったスライムは事務所に残っていることに決まった。ライ殿からの指示だ。
麓山神社に向う前に、他の神社に参拝する。そのあとで、社務所に顔を出す。話を通しておいたので、話は早かった。こちらの提示した内容で納得してくれた。
「わかりました。ギルドの要請を受け入れます」
この言葉を引き出せたのは、孔明のおかげだろう。
千明が以前に取材で訪れていたのも幸いだった。”神社内には魔物は発生しない。その理由を調べる”が主な理由だ。日本だけではない。まともな宗教施設には魔物が発生しないことは、ギルド以外にも広く知られている情報だ。魔物が街中で発見された時には、神社に逃げ込めば襲われない。
階段を上がった。
何度も来ているが、いつも以上に緊張する。しかし、麓山神社の近くにあるベンチには、誰も居ないように見えるが、違和感がある。私の目でも何も見えない。見えないのが、不自然だ。
そして、普段以上に清浄な空気が漂っている。
多分、”居る”のだろう。
「まだ来ていない様だから、お参りをしておこう」
皆が、麓山神社に向っても動きはない。
「ライ殿の主と有意義な話ができる事を望む。願わくは友好的な関係が築ければ幸いだ」
後ろに居る主殿に聞こえるように声に出して、本音の願い事を唱える。主神様が願い事を叶えてくれることを願った。神に祈る。私が?笑いたくなってしまう。しかし、神に祈って・・・。
深々と頭を下げる。
心からの願いだ。ここで殺される可能性もある。しかし、ギルドにとって、人類にとって、大きな一歩が踏み出せる可能性がある。主殿の存在は・・・。
どのくらい、願っていたのだろう。
皆も、私に合わせて、深々と頭を下げている。
頭を上げる時に、空気が変わった。
どう表現したらいいのか解らないが、場の主役が変わった感じがした。
後ろを振り返ると、予想通り・・・。ではないが、スライムと鷲?梟?を横に座らせた少女が、ベンチに座っている。
制服?高校生か?しかし、幼い。中学生なのか?
真面目そうな少女が座っている。あまりにも、場違いだ。可愛いと表現してもいいかもしれない。不思議な少女だ。
私の目で見ても、何も見えない。人ではない。しかし、人にしか見えない。見た認識と心が感じている状況があまりにも違いすぎる。
背中を嫌な汗が流れる。
緊張しながら、足を踏み出す。足が踏み出すのを拒否するかのように重たい。
蒼は、後ろに手を回して武器に触っている。視線は、少女の隣に座っている鷲と梟を交互に見つめている。蒼の手に触れて、首を横に振る。こちらから、攻撃してはダメだ。主殿は、”人の姿”で待っていてくれた。
孔明は、空を見つめている。この時期には珍しく、周りには鳥が・・・。多すぎる。全部、主殿を中心に広がっている。あれが全部、主殿の眷属なのか?
振るえる足に命令をして、主殿が待っているベンチに足を進める。
茜と千明は、緊張と恐怖で足が進まない。笑顔が張り付いた表情で固まっている。
たった5メートルが数キロに感じた。
笑顔を崩してはダメだ。背中に流れる汗を感じながら、主殿に近づけた。
「君がライ殿の主か?」
「そうです」
声は、少女だ。
だが、恐ろしい。声を聞いただけで、少女が何者なのか判断ができない。自分の名前を名乗る。少女が名前を言おうとするが、それを手で制する。私が名乗った事で、少女も名乗ろうとしてくれたのだろう。失礼になる可能性もあるが、姿や着ている制服から、事情があるのだろう。名前は、信頼されてから聞けばいい。
声を聞けば、スキルの精度が上がる。
しかし、少女からは何も読み取れない。目の前に居るのに、虚ろな存在が、主殿だ。
「わかった。主殿。最初に教えて欲しい。主殿は、人なのか?魔物なのか?」
最初に聞かなければならない事だ。殺されるかもしれないが、私1人の命で、主殿の本質の一端が知れるのなら安い。人類の敵となるのなら・・・。
「どちらでしょう?自分でもわかりません」
少女の答えは、苦笑で返された。そして、怖いと感じるのには十分な返答だ。人なら、純粋な力以外の力で駆除が可能になる可能性がある。魔物なら物量を含めた力での排除が可能になる。少女の答えは、”どちらにでも”なれることを示唆している。
なにか事情があるのだろう。受け答えは、人間臭さを感じる。
「・・・。そうか・・・」
「ライ。私の膝に乗って、カーディナルは、肩に止まれる?アドニスは、近くの木で待機」
少女が鷲と梟に命令をだして、スライムに指示を出す。
やはり、スライムがライ殿だったようだ。鷲がカーディナルで、梟がアドニス。ライ殿を含めて、情報が何も読み取れない。
ギルドのメンバーに指示を出す。
名前を呼んで、少女に名前が解るようにする。
私が指示を出して、メンバーが周りに散ったのを確認する。
少女は、どこかに視線を向けている。誰も居ないと思うが、何かを話しているようだ。私たちでは認識ができない者が潜んでいるのか?
「主殿。お待たせしてもうしわけない」
もし、少女が私たちを殺そうと思えば、簡単にできるのだろう。
少女に背中を見せないようにしている。背中から刺されたとしても・・・。刺されたことを認識できないで殺されてしまうだろう。それ以上の開きがある。横に座ってみて、はっきりと解る。
この少女は、私たちが束になっても倒せない。
大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。
「いえ。ありがとうございます」
少女の前から、メンバーを遠ざけたのが解ったのか?
本当に、魔物なのか?人間だと言われたほうが、納得ができる。しかし、私の目には、どちらとも判断ができない。情報が何も取得できない。
目から入ってくる情報は、少女を”人”だと判断している。しかし、心では”化け物”だと判断している。スキルでは、”不明”だと判断された。
不思議な少女だ。
私への害意は感じられない。今は、その事実だけで満足しておこう。
横に座る少女からは、害意は感じられない。
話を進めるにも、困った表情を私に向ける。本当に、”人”ではないのか?それとも、”人”なのに”魔物”なのか?
魔石の話から始めなければならない。
少女から渡された魔石の取り扱いだ。
「壊れましたか?」
私の問いかけに、少女から返ってきた話で、思考が停止してしまった。
慌てて、少女が何を言いたいのか考えた。
私の質問の仕方が悪かったようだ。
「そうではなく、主殿が作られたと、ライ殿から聞きました」
「そうですね。私が、魔石にスキルを付与する形ですが・・・。実際には、魔石はスキルの発動媒体になっているだけですよ?」
やはり、この少女がスキルを付与したのか?
そうなると、この少女は”未知”のスキルを最低で2つは保持していることになる。
発動媒体?魔石が?意味が解らない。
「魔石があれば、量産が可能だということですか?」
「条件次第では・・・。しかし、量産する予定はありません」
条件?何か、付与するのに条件があるのか?
量産するつもりはない?
それとも、量産するのに条件があるのか?
「それはなぜ?」
「まずは、価値がわかりません。そうだ!私が作る為のレシピを提供したとして、ギルドで量産が可能ですか?質問に質問で返してもうしわけありません」
”レシピ”?
例え、レシピがあったとして、今まで出来なかった事が明日にできるようになるとは思えない。
「・・・。無理だと思います。そもそも、結界や念話のスキルは、世界で初めて見つかったスキルです」
少女には正直に話した方が良いだろう。
敵対した時点で、私たちが殺されるだけで済めばいい。最悪は、人類の敵になってしまったら・・・。人類という種が滅ぼされても驚かない。
以前から、ギルドだけではなく、ネットでも語られている存在”魔王”。横に座る少女が、”魔王”だと名乗ってくれた方がすっきりする。
「そうですか、それなら余計に量産する予定は無いです。興味もありません。私は、スキルを付与するだけの存在になりたくないです」
「わかりました。現在、ギルドに預けられた物だけが、存在する念話石と結界石だと考えて差し支えないですか?」
とっさに思いついた名前だが、少女が口の中で繰り返してくれているから、気に入ってくれたようだ。
少女が拒否した理由も、納得ができる。
量産するのなら、勝手にやって欲しい。人類の為に、自分の時間を使うつもりはないという事なのだろう。
私でも、同じように強制されたら拒否するだろう。
「念話は、そうです。結界は、使い道がありますので、少しだけ多めに作っています」
「使い道?」
使い道?
もしかして、結界には私たちが知らない機能があるのか?
その前に、結界の機能がしっかりと把握が出来ていない。
「秘密です」
「そうですよね。残念ですが・・・。わかりました。それでは、預かっている魔石は、買い取りでよろしいですか?」
曖昧な表情を浮かべ始めた少女を見て、これ以上の情報は引き出せないと考えた方がいいだろう。
それに、あまりしつこいと嫌われてしまいそうだ。
信頼関係の構築を優先した方がいい。
まずは、こちらに有利な条件を提示しよう。
「はい」
「買い取りの条件などは?」
「条件?別に、考えていません?」
条件を考えていない?
「それでは、我らギルドが、魔石を分析して、同じ物を・・・。劣化バージョンだとは思いますが、作ってもいいのですか?」
「いいですよ?」
軽く言われてしまった。
現物があれば、複製ができる可能性は残される。
少女は、ギルドが複製しても困らない?
「・・・。解りました。買い取りの金額ですが、前例がないので・・・」
「そうなのですね。魔石。あの程度の魔石だと買い取り金額はどのくらいなのですか?」
今、少女は”あの程度”と言ったか?
濁りがない魔石で、オークの魔石だと思われる物を、”あの程度”だと?
ここまで、澄んだ色の”魔石”を見た事がない。以前に、ギルドが主催するオークションで、小指サイズの魔石が濁ってはいるが透明度が強い魔石が出品された。あれは、250万で落札された。宝石としての価値がある。
「ふぅ・・・。そうですね。相場は、動きますが、主殿から提供された魔石だと、一つ100万くらいでしょうか?」
「え?」
初めて、少女らしい反応だ。
驚いている。安いと思ったのか?
オークションに提出したり、研究所に直接持ち込んだり、需要とマッチすれば倍以上にはなるが、ギルドの買い取りは魔石の大きさで決まってしまう。
「主殿?」
何か、考えているのか?
眉間に皺が寄っている。可愛い顔の少女が考え事をしている。本当に、魔物なのか?
「すみません。それなら、あの魔石を、魔石としてギルドが買い取ってください。それから、同じ程度の魔石を、あと10個ほどあります。買い取ってもらえますか?」
少女の提案は、私の予想していた事ではない。
もっと安いと思っていたのか?
あの質の魔石が10個?
最低でも、オーク級と思われる魔物を、倒しているのか?それも、10体以上?
余計に解らなくなる。
そもそも、魔石を売るのはなぜだ?
お金が必要なら、魔石ではなく、結界石や念話石を売ればいい。
「え?それだと、結界石や念話石としての買い取りにはなりませんが?」
結界石は、蒼が言っているように、自衛隊が大量に欲しがるだろう。富裕層も欲しがるに決まっている。日本以外の国だとSPが所有して、要人を守るときに使うだろう。”億”の値段がついても驚かない。
念話石も同じだ。結界石ほどの需要は無いのかもしれないが・・・。それでも、数千万の値が着くだろう。
「えぇその代わりに、魔石を買い取ってください。他にも、魔物の素材があります。買い取ってもらえますか?」
「え?魔物の素材?」
少女の狙いが解らない。
ギルドを困らせたい?
それなら、姿を見せる必要はない。
「主殿は、ギルド員ですか?」
「残念ながら違います。ダメですか?今の姿だと、見た目で難しいですよね?」
確かに、年齢を確認できないので、申請は難しいだろう。見た目だと日本人に見える。身分を証明できる物があれば・・・。
できるとしたら、特別枠でのカードの発行だが・・・。それも難しい。保証人は、私で大丈夫だが・・・。
少女との取引は魅力がある。
「主殿。ギルドの規約をご存じか?」
「ギルド員?一般的に知られている程度のことは知っていると思います」
やはり、少女はギルドに関する情報が少ないようだ。
ギルドが、魔石や魔物素材を買い取っているのは知っているが、ギルド員になると、伝えられる情報は持っていないのだろう。買い取り金額も、オメて向きの情報だけなのかもしれない。
茜に説明をさせよう。
そろそろ戻ってくるだろう。最後に見つかったスライムをつれてくる。少女が既に待っているとは思わなかった。
少女が持っているという素材を聞いて、後悔した。魅力的な素材が並んでいたが、それ以上に”知らない”素材が多い。そして、”加工技術”が確立している。それがどんな恐ろしいことなのか、少女が解っていない。
茜が戻ってきた。
蒼と孔明は、周辺を警戒しているようだ。
「茜!主殿に、ギルドとギルド員の説明を頼む」
「え?あっ。解りました。その前に、お約束の女王蟻のスライムをお渡しします。クロト。あっ私の眷属?になった、猫が女王蟻だと言っていたので、間違っては居ないと思います」
茜が緊張している。
そうはそうだろう、いきなり少女が居るとは思っていなかった。スライムは、事務所に置いてきた。慌てて、取りに行ってきた。
茜が連れてきたスライムが、茜から少女に手渡される。
少女は、スライムを受け取った。そして、手で優しくスライムを撫でながら何かを呟いた。
「(ごめんね。怖かった?でも、大丈夫だよ。安心して・・・。貴女をこんな姿にした奴は見つけて、報いを受けてもらう。だから、貴女も手伝って・・・)」
ベンチの反対側にスライムを降ろすと、膝の上に座っていた?スライムが、少女の膝から、ベンチに降りた。
そして・・・
「え?」「は?」
「主殿?それは?」
「女王蟻は、残念ですが・・・。なので、ライと一緒になってもらいます」
ライ殿に、女王蟻のスライムが吸収される。
何を見せられている?
背中に冷たい汗が流れる。
恐ろしいと思う気持ちと、神秘的な情景を同時に見せられている。
同じスライムでも、ライ殿と女王蜂のスライムは色が違う。両方のスライムが混じりながら、ライ殿の色に変わっていく、そして、混じり合っている場所から、粒子が湧き出て飛び散って・・・。
時間にしたら、数秒だろう?
しかし、1時間にも2時間にも感じられた。女王蜂のスライムを吸収したライ殿は、ベンチで数回ほど伸びるような仕草をしてから、少女の膝の上に戻った。ライ殿が居たベンチには、女王蜂のスライムと同じ色で綺麗な球体が、5つ転がっている。