スキルが芽生えたので復讐したいと思います~ スライムにされてしまいました。意外と快適です。困らないので、困っています ~


 必要な物は揃えられたと思う。買い忘れが有っても困らないけど、もう一度だけ確認しておこう。
 ライに持ってもらっている物もあるけど、不思議な事にスキルのレベルが上がったのか、私とライの”アイテムボックス”に共有の部分が出来ている。買った物を共有の場所に入れておけば、二人で取り出しができる。今度、距離の問題があるのかとか検証をしてみようと思う。

 今は、買い物の確認をしておこう。

「ライ。買い忘れはない?」

「うん。あっ!」

「どうした?」

「お姉ちゃん。あのね」

「うん?」

「パロットが、”ちゅーる”が欲しいらしい・・・」

「ふふふ。そうね。皆へのご褒美は必要だね」

 市場に戻れば、たしか売っていたと思う。
 戻れない距離ではないし、買って帰ろう。他にも、ご褒美になりそうな物を買って帰ろう。

 スライムの身体になってから、食費が少なくなったから、少しくらい贅沢をしても大丈夫だ。

「ライ。カーディナルとアドニスは?」

「??」

「港からなら、乗って帰られるよね?」

「うん」

「それじゃ、カーディナルとアドニスに来てもらおうか?」

「あっ・・・」

「どうしたの?」

「アドニスは、公園の山を探索している。カーディナルも一緒。だから、キングとクイーンが来る」

「わかった。どこに行けばいい?」

「駅の近くの公園でいいと思う」

「わかった」

 ライと二人で、駅の南口公園に移動する。
 人が少ない・・・。正確には、一人しか居ない。ベンチに座ってスマホを見ている。誰かを待っている様子で、車が通る度に顔を上げている。

 キングとクイーンは、すぐに到着した。
 ベンチに座っている人が、スマホを見ては、辺りを見ているので、あの人が居なくなるまで私とライもベンチに座って待っていることにした。

 10分程したら、白い車が来て、ベンチに座った人を乗せた。
 これで、公園には誰もいなくなった。

 一応、認識阻害と結界を展開してから、キングとクイーンに降りてきてもらった。
 私とライは、スライムの形状に戻って、ライはキングに、私がクイーンに乗った。

『マスター』

「うん。家に帰ろう」

『はい!』

 キングとクイーンが空に上がる。同時に、結界と認識阻害を解除する。もう見られても、中の良い夫婦(めおと)鷹が空に居るだけに見えるだろう。私やライは小さくなっているので、下からは見えない。上空からなら見えるかもしれないが・・・。見られて困るようなことではないと考えて、気にしないことにした。それに、キングとクイーンの速度を上空から捕えるのは難しいだろう。

『ライ。海岸線を、富士川まで飛んで』

『はい。わかりました』

『うん。お願い。少しだけ確認したいことがある』

『確認ですか?』

『うん。海には、魔物が居ないよね?』

『そうですね。先ほど見た書籍にも、海の魔物は紹介されていませんでした』

『そうだよね・・・。でも、カラントやキャロルの例もあるから、魔物になってしまった海の生き物はいると思う』

『はい』

 そう。私が魔物図鑑を見ていて不思議だと思ったのは、海に”魔物”居ない。正確には、”魔物”が海で見つかっていない。
 他にも、”動物”と同じ姿をした”魔物”が存在していないことだ。動物が魔物になってしまうことは、私の家族の例から確認されている。書籍にも、似たような例が報告されていると書かれている。

 不思議に思ったのは、その部分だ。
 なぜ、魔物は”魔物”だと解る姿をしているのか?

 ゴブリンやオークやオーガは、誰が見ても魔物だ。人間にも動物にも見えない。スライムも同じだ。

 だが、海の魔物で最初に思いつくのは、クラーケンではないだろうか?
 そして、クラーケンは巨大イカだ。海の魔物は、ゴブリンやオークやオーガの様に、解りやすい魔物が思い浮かばない。もしかしたら、居るのかもしれないが、”魔物”だと言えるような魔物は出てこない。あるとしたら、シーサーペント辺りが対象になるのかもしれないけど、大きさが段違いに大きくなってしまう。ラスボス級の魔物が、沿岸部には居ないだろう。それに、シーサーペントが出たら対処は銃器では無理だ。戦車や戦闘機が必要だ。

 本当に居ないのか確認したいわけではない。海沿いを見ておきたかったのは、『砂浜に魔物が存在しているのか?』だけだ。書籍はパラパラと見て、流し読みを行っただけなので、記述が見つけられなかっただけの可能性もあるが、海や海岸線で魔物が見つかったという表示はなかった。
 山の中や、湖近く、洞窟は魔物がいると言われている場所だ。
 たまに、街中に降りて来る魔物もいるらしいが、ごく少数だと考えられている。

 魔物に関する研究は、始まったばかりでこれからいろいろ解ってくる分野だ。

『マスター?』

『ん?なに?』

『海岸線を富士川まで来ました』

『え?もう?』

 考え事をしていたら、目的地についてしまった。
 ライが魔物の反応を探ってくれていたから、見つからなかったのだろう。

『はい。魔物の気配は感じません。海も確認しましたが索敵の範囲内に魔物は存在しません』

 ライの索敵で見つからなければ、海には魔物が居ないのだろう。深海まで移動したら、魔物ではないが、見た目が魔物な生き物も多くなってくるだろう。

 フェンリルのような魔物が居ないのが不思議だ。
 狼系列の魔物は存在していない。昆虫型も居ない。あと、異世界物では定番に出て来る、”エント”の存在も確認されていない。魔物図鑑を見ていて不思議に思った。沼や池を少しだけ調べてみようかな?リザードマンとかいるかもしれない。やはり、最前線の樹海に行かないとダメかな?私たちなら、空からいきなり奥地に行けるだろう。自衛隊が戦っている場所を避けることもできるだろう。
 無理に戦いたいわけじゃない。私たちの平穏が崩されない限りは、無視していてもいいかもしれない。

 魔物じゃないけど、スケルトンとかゾンビと言われる、アンデット系の魔物も存在が確認されていない。

『ライ。帰ろう』

『はい』

 キングとクイーンに指示を出して、家に向かってもらう。
 難しい事は、ギルドやえらい人が考えてくれる。私は、家族を守る事を考えよう。そして、私やライを・・・。見つけて、復讐を・・・。殺して”おしまい”にはしない。どんなスキルか解らないけど、今の私たちなら、簡単に殺せると思う。天使湖での戦いで解った。私たちは、警察や消防で訓練を受けた人たちと同じくらいには強い。対魔物に限って言えば、私たちのほうが強いかもしれない。訓練を受けた最前線で戦っている自衛隊の人たちには及ばないだろうけど、訓練を受けていない一般の人がスキルを得ても、戦えば私たちの方が強いと思える。
 でも、私は私の気持ち(復讐)に家族を付き合ってほしいとは思わない。ライは、一緒にと言い出すだろう。他の家族も同じだろうけど、私と・・・。ライだけで、決着が付けられればいいと思っている。そのためには、知らない事が多すぎる。

 やはり、ギルドに協力を求めた方がいいかもしれない。
 スキルを取得しているけど、十全に使えているとは思えない。もっとスキルを使いこなせば、いろいろなことができるだろう。

 天使湖で戦ったオーガは強かった。
 でも、スキルを使ってくる様子がなかった。格段に強い個体が存在していた。見た目には、色が違うだけで同じなのに、力が10倍くらい違う。多分、肉体強化とかのスキルがあるのだろう。かよわい女子高校生だった私には必要なスキルだ。
 スキルも使えば、権能が増えるのが解った。それなら、スキルを極めれば、もっといろいろな事ができるはずだ。オーガやオークの色違いが強いのは、色違いだから強いのではなく、スキルを使いこなせるようになっているから強いのかもしれない。

 もし、スキルを使いこなせるようになったら?
 私や家族は、もっともっと強くなれる。強くなれば、もっと安全に過ごせるようになる?

 天使湖の異常な状態が鎮静した。謎の人物?の参戦によって、天使湖に居た魔物たちは駆逐された。

 朝日と共に飛び立った鳥たち。一人の少女と少年が居たように見えた。私だけにしか見えなかった。円香さんも、孔明さんも、蒼さんも、千明も、見ていない。私の勘違い?
 大きい鳥。鷲とか鷹とかだと思うけど・・・。地面から飛び立った時には、少女も少年も居なくなっていた。眠気は無かった。透明な壁(結界?)に覆われていた場所から、一斉に鳥が飛び立った。種類もいろいろだ。鳥には詳しくないけど、一種類ではない。複数の種類が一斉に飛び立つ。不思議な状況だ。千明が撮影していた動画を見たけど、確かに少女と少年は写っていない。千明が、知り合いのマスコミに確認してくれたのだけど、誰も見ていないし、撮影されていない。それどころか、鳥が飛び立つ映像が撮れていないマスコミが沢山あった。

 数羽で、カメラのレンズを塞がれたと言っている人たちが多い。
 自衛隊や警察や消防も同じだ。

 私だけ?
 少女と言っているけど、中学生くらいには見えた。もしかしたら、高校生かも・・・。
 でも、誰も見ていない。勘違いではないとおもう。確かに存在していた。

 調べようと動き出そうと思ったけど、それからが地獄だった。

 魔物たちが居た場所を調べなければならなかった。魔物が残っている可能性がある。それに、誰が倒したのか?何のために?魔物同士?いろいろな疑問がある。不自然な透明な壁に関しても、検証しなければならない。

 そして、私たち・・・。自衛隊と警察には大事な仕事が残っている。
 行方不明者の捜索だ。

 私たちは、魔物の痕跡を探したが、天使湖からは魔物が一掃されていた。山の中までは解らないが、動物の姿もないくらいだ。鳥もまったく見かけない。人が多いから近づいてこないだけの可能性もあるが、それでもカラスくらいならいると思ったが、見当たらなかった。

 行方不明者の捜索は難しくなかったが、身元の特定に難航した。すぐに判明した一人を除いては・・・。
 天使湖から離れた場所にあった小屋で、綺麗な遺体が見つかった。手帳を大事に抱えていた(らしい)。

 最初に遺体を発見したのは、消防隊だ。綺麗な状態だったので、遺体の身元に繋がる物を探した。行方不明になっていた、山本というディレクターだ。正確には、”元”が頭に付くらしい。ギルドのメンバーで、山本というディレクターを知っている。千明が呼ばれた。

 私も、千明と一緒に小屋まで移動した。魔物の痕跡を探すためだ。

 千明は、遺体を見て、青ざめながらも”山本”だと認めた。消防隊が、千明を呼びに戻っている最中に、何者かが”山本”が持っていた手帳を盗んだことが判明した。消防隊が遺体発見時に撮影していた写真と動画には、手帳を持っていた状態だったが、私と千明が遺体を見た時には、手には持っていなかった。後で見直して、消防隊に確認をしたが、消防隊では誰も手帳には気が付かなかった。もちろん、私も千明も手帳を拾ったり、山本から奪ったり、盗んではいない。
 勘違いではすまない状況だが、やることが多いので、消防と警察に”手帳”の捜索はお願いして、私と千明は、魔物の痕跡を探すことにした。

 結局、魔物がどこから来たのか、そして全部の魔物が討伐されたのか?

 何も解らない状況だけが解った。

 ”魔石”が10個ほど見つかった。ドロップ品も数点だけだが見つかっている。魔物が存在していた証拠だ。

 謎なのは、何かを燃やした跡が数か所、見つかっている。円香さんは、”魔物を燃やして倒した”と考えたが、蒼さんが否定した。魔物を燃やせるだけの火力がだせるスキルを、所持している者はいないというのが根拠だ。そして、普通に火炎放射器で魔物を倒したとしても、地面に焼け跡が残るようなことは無いのだと言っていた。

 私を含めて、皆の頭には・・・。”ファントム”の文字が浮かんだ。
 しかし、”ファントム”がなぜ?という疑問になってしまう。天使湖の状況を知って、駆けつけてくれた?意味が解らない。警察や自衛隊が困っているから助けた?それなら警察関係者か自衛隊関係者だが、それなら名乗り出て来るだろう。一つの理由が浮かべば、理由を打ち消すだけの疑問が産まれてしまう。
 だから、誰も”ファントム”と言わないのだろう。

 結局、現場検証?は、5日間に及んだ。

「円香さん。疲れました」

 キャンピングカーで来ていたから良かった。
 そうでなければ、テントで過ごさなければならなかった。孔明さんと蒼さんは、自衛隊のテントで寝泊りしていた。

「ギルドに帰って、報告書を書いて、提出するまでが出張だ」

 報告書は、日本語で良いと言われたのが幸いだ。

「ふえ?」

 面倒だという気持ちが言葉になってしまった。

 現場の状況や経緯は、すでに千明がまとめている。映像の補助資料があるから、それほど難しい物ではない。問題は、自衛隊や警察や消防に提出する資料だ。書式が面倒な上に、細かい指定が入っている。

「今回の事は、イレギュラーなのか、これからも発生する可能性がある事柄なのか・・・」

 円香さんが気にしているのはわかる。
 今回のことが、イレギュラーな状況が重なっただけなら、よくはないが、今回だけの特殊な状況だと言える。しかし、これがイレギュラーではなく、状況が整えばどこでも発生する可能性があるのだとしたら・・・。それが解らないから、状況を調べて、報告書をまとめて、ギルドに報告を上げる。

 他の国で、他の地域で、同じような現象が発生しているのだとしたら・・・。今後、日本でも同じ状況になる。
 情報を精査する為に、賢者(ワイスマン)に問い合わせる必要が出て来る。日本では、天使湖だけが特殊な場所だとは思えない。

「そうですけど、孔明さんは?」

「もちろん、孔明にも手伝ってもらう。蒼は、戦力外だから、千明と一緒に、マスコミを回ってもらう」

 マスコミ対策も必要だ。
 人が死んでしまった。結局、しっかりとした遺体が有ったのは、山本元ディレクターだけだ。

「わかった。自衛隊や警察・消防への通達と報告は、俺が引き受ける」

 孔明さんのありがたい言葉で、少しだけ、本当に少しだけ、気持ちが楽になる。

「助かる」

 円香さんが、皆に役割を与えていく、キャンピングカーの運転席から、蒼さんが円香さんに何か言っている。
 マスコミ対応に関しての質問だろう。

「そうだ。円香さん」

「なんだ?」

「報告書を提出したら、お休みが欲しいのですけど?」

「休み?いいぞ」

「本当ですか?」

「あぁ」

「帰ったら、速攻で、報告書をまとめて、賢者(ワイスマン)に提出します。来週の水曜日から5日間。休んでいいですか?」

 ギルドは、基本土曜日も日曜日も関係がない。
 週に二日の休みがあるが、交代で休む事になっているので、連続で休みが取れない。ギルドの人数が少なくなっているために、現在の体制になってから、定休?以外は休んでいない。

「一人旅か?」

「そこは、嘘でも、デートか?と、聞いてください」

「そうか?デートなのか?」

「違います。けど、服とか、いろいろ・・・」

 服よりも、深刻なのが下着類だ。だましだまし使っていたけど、そろそろどこかでまとめ買いしておきたかった。
 身体が疲れているのも本当の事だけど、リフレッシュがしたい事や、買い物がしたい事も本当の事だ。忙しくて、お金が貯まるのは嬉しいけど、使わなくては意味がない。

「そうか、わかった。一応、連絡がつくところに居てくれればいいぞ」

「あっ!円香さん」

「千明も一緒か?千明が居ない時は、孔明が着いて行けばいい。大丈夫だぞ」

「ありがとうございます」

「千明!それなら、一緒に買い物に行こう。車を出すから、少しだけなら遠出もOKだよ」

「本当?御殿場に行こう」

 アウトレットか・・・。いい服があればいいけど、無くても千明とドライブだと思えばいいかな。

「いいよ!土曜日は、市内での買い物に付き合ってよ」

「いいよ。お昼は、茜のおごり?」

「えぇぇぇ。うん。まぁいいかな。あまり、高い物はダメだよ」

 天使湖の後始末を終えて、私は休暇を勝ち取った。
 何か、忘れているような気がするけど、重要なことなら、思い出すだろうし、思い出さなければ、忘れても問題にならないことなのだろう。

 今日は、休日・・・。暦の上では・・・。

 スライムになってから、曜日の感覚が無くなっている。

 曜日とは一切・・・。関係がないが、気が付いたら、家族たちの知性?が上がっている。

 特に、カーディナルとアドニスは顕著だ。
 あと、なぜかパロットの知性が爆上がりしている。

 知性が上がった事で、カーディナルとアドニスは、行動範囲を広げた。
 私に許可を求めてきたので、許可したら、静岡市・・・。安倍川までをテリトリーと決めた。東は富士川。西は安倍川。南は駿河湾(岸から離れた位置)。北は県境までをテリトリーと決めて、監視網の構築を行っている。
 眷属をつかって、どこで覚えたのか解らないけど、3交代のシフトを作っている。まだ、全域のカバーは出来ていない用だが、近日中に完了すると報告された。
 街中のちょっとした林程度の場所でも、魔物が発生している。監視の強化は急務だと力説された。

 増えた家族の中に、タコが居た。魔物になっていて、真水での活動も可能になっている。カラントとキャロルからの推薦があって、タコに『オクト』という名前を与えた。水生の者たちを束ねる”長”になってくれるようだ。
 ライを通訳に、オクトから話を聞いたら、海や川でも魔物が発生していて、問題になっているそうだ。特に、問題になっているのが、人が管理していない沼や池が酷いようで、天使湖と同じような状況になっている場所があるようだ。
 さすがに、海の賢者と呼ばれるだけある。オクトは、情報収集だけではなく、情報判断ができる。
 これから、オクトと同じように、海の生き物も家族に加わる可能性がある為に、海水が循環する場所を作成することにした。家の庭は、狭いので難しいから、パルたちが居る場所に設置する。スキルを使ったごり押しだ。力技で作成した。
 倉庫を漁っていたら、ブルーシートがあった。海水池は、漏れたら大変だ。どうやら、海水はオクトが用意できるようだ。海水の循環は、自然の力を利用すると言っていた。あまり気にしないようにしておこう。私は、ライと言われた物を準備するだけだ。
 半日以上かけて、50メートル四方くらいの池が出来上がった。家族の力が無ければ無理な広さだ。一番深い場所で、5メートルにもなる。オクトが満足していたから、任せたが、ブルーシートを埋め込んでいたけど、意味はないよね?大丈夫?

 オクトが説明してくれた所に寄ると、スキルで地面を固めたそうだ。
 ブルーシートは、斜面になっている場所から、海水が溢れても大丈夫なようにしたとのことだ。それから、オクトに呼ばれて海生の生き物が移動を開始している。一部は、魔物になっていないので、フィズやアイズやドーンが手分けして運んできている。

 そもそも、1-2時間で海水が貯まるのが不思議だが、気にしない。
 オクトの棲み処は、自分たちで作ってもらおう。あとは、任せて大丈夫なようだ。見ていると、貝や小魚が運ばれてくる。海水と一緒?スキルで水球を作って、その中に入れて運んでいる。器用な事をする。

 家に戻ると、パロットが定位置で動画を見ている。
 確かに、情報収集は大事だ。大事だけど、釈然としないのも事実だ。

”にゃ!”

”どうしたの?”

 ニュース動画を見ていた、パロットが私のスライムボディを叩きながら、鳴いた。

 天使湖の事件に関しての特集だ。

 30分くらいの動画だ。全部を流してみたが、私たちのことは報道されていなかった。
 結界の話も私たちが使ったスキルの話も流れていない。最後に、フィズやアイズやドーンたちが飛び立つ所は、動画の中で使われていた。私も、あれは上から見ていたが綺麗だった。朝日の中に、一斉に飛び立った鳥が、一直線に向かって行く。確かに、動画で使いたいのだろう。

 天使湖のあらましを偉そうな人が語っている。
 結局、魔物同士の争いだと報じられている。
 死んでしまった人は、魔物同士の戦いに巻き込まれたと繰り返し言っている。ギルドからは誰も来ていない。元自衛官や元消防隊の人が偉そうに言っているが、全部的外れだ。大丈夫か?

 魔物同士は普通に戦うし、縄張りもある。
 専門家という人たちは、魔物の何を知っているのだろう?私も、全部を知っているとは言わないけど、専門家が言っている、魔物は”どこまでも追いかけて来る”が間違っているのは知っている。それぞれの個体に、活動範囲があり、縄張りから出ない。
 あと、魔物は”人”を食べない。襲う事はあるけど、それは食物として見ているのではない。縄張りを荒らされたから、襲うのだ。
 はぐれの魔物が街中に出るのも、縄張り争いに負けて、縄張りを追われて、新しい縄張りを探して、彷徨って出てしまう場合と、川などで流れてしまった場合だけだ。人の密度がある場所に、魔物がポップすることはない。

”え?”

 どういうこと?
 専門家が話している内容が、天使湖で発生したのは、人為的に引き起こされた可能性があると言っている。

 人為的に引き起こせるの?
 魔物の氾濫を?

 可能性があるとしたら、私をスライムにした人が・・・。関与しているとしたら?
 その位しか解らない。
 人を魔物にできるのなら、可能性はある。でも、あれだけの数の魔物だ。人だけではなく、動物も魔物になっている。でも、そうなると、天使湖で魔物になった動物が居るの?解らない。
 私をスライムにした人が絡んでいるのだとしたら、あの辺りを調べれば・・・。でも、高校から考えると、距離が離れすぎている。わざわざ車を使って移動した?それに、なぜ天使湖を選んだ?学校では、実験をしていたの?

 沢山の家族ができたのは嬉しいけど、私の夢や将来を奪ったのも事実だ。
 私の可能性を潰してくれた。感謝をしている部分もあるが、それでも私で実験をしたの?絶対に許せない。殺す?違う。それじゃ、私をスライムにした人と同じだ。殺してもしょうがない。力を奪う?今の私なら可能だ。”強奪”のスキルがある。スキルを奪うスキルだ。でも、そんな事をしても、意味がない。
 どうする?
 大量のスキルが私には芽生えている。
 それこそ、異世界でもやっていけるような数だ。把握ができない。ライにお願いして、解析を続けているけど、しっかりと使えるようになっているのは、半分に届かない。

 スキルを使えば、復讐ができる。
 でも、復讐は何も産まない。産まないけど、前に進むことはできる。

”にゃ!!!”

 ん?
 パロットが、スライムボディをテシテシしてくる。
 次に流れた動画を見ると、キングとクイーンが映っている。

 何しているの?

 薩?(さった)峠のライブカメラに映るように、二人で仲良く飛んでいる。富士山をバックに優雅に飛んでいる姿は、確かに綺麗だ。
 鷹も珍しいのだろう。しっかりとライブカメラに捉えられている。あれは、確実に解ってやっているのだろう。時折、カメラ目線になっている。私たちだから解る程度だ。

”え?”

 何をしているの?
 スキルを発動している。鷹は、横滑りをするような機動はできない。よね?

 天気予報の一部だから問題は無かったのか?
 その後は、何も言われていない。
 ただ、珍しい者が撮影できたから紹介したって感じだ。よかった。キングとクイーンが、魔物になっているとはバレなかった。スキルの発動も、一回だけだったから、バレていないよね?
 飛び去る時の速度域もおかしかったよね?加速度が異常だ。

”パロット。パソコンの動かし方は大丈夫?”

”にゃ!”

 パロットの知性が上がって、パソコンの使い方を覚えた。
 可愛い猫の手で、タッチパッドを触って、動画を見ている。

 私たちに関係している動画を、まとめてくれているので、後でまとめてみる。パソコンも、パパが使っていたノートパソコンを渡している。

 カレンダーは、休日を示しているが、私には日常だ。
 休日も関係が無くなっている。

 カーディナルに付いて行った分体が、何かを発見したようだ。
 今日も、忙しい。

 可愛いJKだった頃には、古いアニメ(パパのアーカイブにあった)にあった、コピーロボットが欲しいと思ったけど・・・。分体が、コピーロボットのような使い方ができるようになって考えた。いらないね。忙しさが数倍に跳ね上がるだけ。
 複数の自分が居ても一人一人の処理速度が上がるわけではない。並列していろいろなことができるだけで、結局自分の負担は減らない。
 学生の時なら、複数の宿題を同時にできるメリットが有ったけど・・・。

 街に行ってから、2か月が経過した。
 家の中に居るのも飽きてきて、裏山の改造をしている。

 頂上付近にある小屋を物見やぐらに変更した。細かいことは、私かライが行う必要があるけど、分体が居るので、平行作業ができるのはありがたい。別に、人が登れるような櫓を作っているわけではない。カーディナルたちが、羽を休めながら遠くを見るための場所だ。人だったころは登るのは不可能だけど、優秀なスライムボディなら問題なく登れる。

 物作りや改造は、スキルを使いこなす意味もある。スキルの数が多すぎて把握が追いついていない。新しい家族が増えて、名前を付けて、スキルが増える。この繰り返しだ。
 先日、爆発的にスキルが増えた。一気に増えた感じがする。もう、100とかではない。某有名なスライムの魔王みたいに、賢者から大賢者になって、アルティメットスキルにならないかと本気で考えたが、無理だ。スキルの統廃合はできるだけで満足しておこう。
 私が必要なのは、アイテムボックスと結界関連とスキル付与のスキルと魔石関連のスキルだけだ。攻撃スキルも大量にあるが、使える気がしない。
 攻撃なら、家族がしてくれる。私が一人になることは少ない。家族が必ず近くに居る。私が一人になって何者かに襲われても、家族の誰かが来るまで耐え続ければいい。自分に結界を張って、耐えるだけなら、1か月でも2ヶ月でも可能だ。天使湖の状況から、自衛隊や警察の攻撃なら耐えられる。
 結界を無効化するスキルを使われたら解らないけど・・・。あるか解らないスキルで悩んでもしょうがない。

 今は、ライに権限を委譲して、スキルの統廃合を行ってもらっている。スキルが増えても、影響がない。ないと思う。だけど、気持ちが悪いので、統廃合をして、家族に付与できるスキルは、付与しておきたい。

 そのために、ライの分体の数が普段よりは少ない。
 なので、私も裏山以外には出かけていない。心配性な家族が許可してくれない。

 裏山の全体に、結界を張ろうというアイディアも有ったが、天使湖との結びつける者が居ると厄介なことと、現実的な問題で却下した。
 現実的な問題は、魔石を使った結界は、いろいろ試してみて解ったのだが、大きめの魔石でも2週間くらいしか結界が継続しない。もちろん、結界の強度や広さに依存するのだけど、2週間では意味がない。弱くして長時間の継続でも意味を為さない。小さな魔石では3日程度が限界だ。これでは、意味がない。
 裏山はそれほど高くはないが、裾野は広い。全部を覆うように結界を発動すれば、魔石の交換だけど、2-3日は必要になり、終わる頃には、最初の魔石を交換しなければならない。魔石の補充は、心配していない。裏庭においておくだけで、魔石が元に戻る。不思議な現象だけど、なんとなく原因は解っている。

 裏山は、私の領地だ。国に認められている領地だ。
 税金も持っていかれている。吃驚するくらいの税金を請求された。あと、国民健康保険にも加入した。意味があるか解らないけど、入っておいた方がいいような気がした。年金の請求も来た。収入がないと記載しているから最低限の金額なのだが、それでも結構な額を持っていかれた。
 支援金や補助金の時には、半年くらい平気で待たせるのに、持っていくときには即時に連絡が来る。

 貯金にはまだ余裕があるけど、金策を考えないと・・・。
 生活は、なんとかなる。最悪は、裏山に逃げ込んで、サバイバル生活をしても問題はない。本当に、税金で首が回らなくなる。高校中退の元女子高校生をいじめて楽しいのだろうか?
 ネットで調べたら、生活保護という制度があるけど、我が家に人が来るのは避けなければ・・・。

『マスター。ノッグが、お話があるそうです』

「ノッグが?」

『はい』

「わかった。池に居るよね?」

『はい。お待ちしております』

 ライが、新しく家族になった一人、ウツボのノッグからの伝言をしてきた。
 タコのオクトとの同居がうまく行かないのかな?池を新しく作る方がいいかもしれない。

 話を聞いてみないと解らないよね?

 池に行くと、ノッグが待っていた。

「ノッグ。あれ?オクトと一緒?」

 塩湖じゃなくて、池だから、塩池?に行くと、ウツボのノッグとタコのオクトが揃って居た。喧嘩をしているようには見えない。

『マスター。ノッグからお話があります』

「それは、解ったけど、オクトは?」

 オクトがノッグの隣に居るのも、違和感がある。魔物になっていなければ、捕食者同士で敵対関係にあるはずだ。

 私の言葉を受けて、オクトとノッグがお互いを確認している。
 多分、話をしているのだろう。問題はなさそうだ。

 オクトとノッグの話し合いが終わったようだ。ノッグが、一歩?後ろに下がって、オクトが前に出て来る。

『マスター。食事の事ですが、オクトたちを含めて、他の者と同じで必要がないようです』

「ん?水中に、魔石が溶け込んでいるってこと?」

『はい。その解釈で大丈夫です。嗜好品として、餌があると嬉しいのは、他の者と同じです』

「わかった。何が食べたいか、まとめておいて?そういえば、水質はどうなの?問題はない?」

 塩をただ入れただけではない。
 ライにお願いして海水を持ってきてもらっている。それを、倉庫にあった大型の浄水装置で綺麗にしている。元々は、いけす用の物らしくて、海水にも利用ができる物らしい。

『それですが、海水でなくても問題はないようです』

 どうやら、この話はノッグから説明があるようだ。
 オクトが後ろに下がって、ノッグが前に出て来る。本当に、器用だ。

「そうなの?」

『ノッグがまとめた所で、出来れば、小型の”いけす”が欲しいそうです。その中で、しばらく過ごして、”名”を馴染ませれば、カラントやキャロルたちと同じ場所でも大丈夫になるようです』

「準備するのは、魔石を馴染ませた”海水のいけす”でいいの?その後は、川から引いた水に魔石を馴染ませた場所?」

『はい』

 たしかに、池の大きさを海水で満たすのは、面倒だった。今後、海水が汚れたり、雨が振る度に入れ替えるのは手間だと考えていた。

「ライ。カラントとキャロルに連絡して、庭のいけすを海水にしても大丈夫か聞いて、問題がなければ、庭の池を海水にして、この池を皆が住みやすい環境に変更して」

 ノッグもオクトも賛成してくれる。
 庭には、2つの池があるから、海水と淡水で作ればいい。

 すぐに、カラントとキャロルから”大丈夫だ”と返事が来て、さっそく変更が実行された。オクトが、庭に常駐するようだ。池に流れ込む川の調整も行った。具体的には、魔石を詰め込んだ網を沈めてある。これで、池の水には魔石の成分が溶け込むことになる。

 計画を含めて、ライと私の分体が担当する。

 水棲の者たちも順調に増えている。
 また”名”を考えないと・・・。そろそろ、ネタ切れになりつつある。

 家に戻ると、パロットが駆け寄ってきた。
 スライムボディをテシテシしてくるので、何か用事があるのだろう。パロットが普段から使っている部屋に移動する。

 スライムの大量発生?

 現場は、私が通っていた学校の近くだ。場所は明言されていないが、通ったことがある者なら解る。
 スライムは全て駆除されたと報道されている。もし、ライの元となったスライムたちと同じなら、スキルは芽生えない。

 ライにも確認が必要だけど、急にスキルが増えたのは、スライムたちが駆除されたから?
 以前にライからの報告で、私をスライムにした人が、魔物を作成できるのは確実だ。その時に、作成された魔物は、私の眷属になるようだ。従って、討伐された時に、スキルの芽生えは私が対象になっている。らしい。ライにも、なんでそうなっているのか解っていないらしい。でも、私のスキルが増えているのなら、多分、ニュースになったスライムの大量発生は、私をスライムにした人が起こした事だろう。

 そうなると、私をスライムにした人は、魔物の作成のスキルを持っているけど、作成できるのは”スライム”だけ?
 そんなスキルがあるの?

 ギルドのデータベースには、もちろん登録がされていない。
 ”スライム作成”や”スライム生成”や”魔物作成”でもヒットしなかった。

 ニュースでやった場所を見に行けば何か解るかな?
 もしかしたら・・・。

 天使湖の後始末が終わって、各国への報告を行い。
 関係各所への説明が終わって、やっと人心地が付いたギルドに、緊急を伝える無線が入った。

「円香!」

「聞こえている。手が離せない。蒼。頼む」

「・・・」

 上村蒼は、重い腰を上げて、無線をコネクトする。

「ギルド。上村。そちらは?」

「失礼。静岡県警。巡査の森下です」

「あの森下巡査ですか?それで、何かありましたか?」

 上村蒼の表情が変わる。
 森下の名前を聞いて、奥で作業をしていた。榑谷円香も無線の近くに移動してきた。

 消防や警察からの連絡は、日常茶飯事だ。それこそ、便利屋と勘違いした無線まで入ってくる。今回も、その類かと考えていたのだが、無線の相手を確認して、意識は変わった。

「どの、”あの”かわかりませんが、森下です。狂犬上村さんは、長沼公園は、ご存じですか?」

 上村蒼は少しだけ考えてから正直に答えた。

「古い話は辞めてください。勉強不足で、知りません」

 無線を聞いていた、里見茜が動いて、蒼にタブレットを向けた。
 そこには、長沼公園を表示している。

「あっ技高の近く・・。長沼駅の近くですか?」

「そうです。あまり大きくない、公園です」

「その、長沼公園がどうしました?」

 実際に、公園名を言われても、よくわからない。
 魔物に関係するような場所だとも思えない。

「スライムが大量に発生しています」

 森下は、普段話をするようなテンションで、爆弾を放り投げてきた。
 ギルドの面々は、魔物の大量発生と聞いて、先日の天使湖の事件を思い出した。

「は?スライム?」

 上村蒼は、一言だけになってしまったが、上村蒼の言葉を聞いて、その場に居ない柚木千明以外は、”スライム”という言葉が付いているのを思い出した。スライムの大量発生など聞いたことがなかった。それだけではなく、街中にスライムが湧くのも一般的ではない。
 大きい自然公園なら考えられるが、それでも・・・。

「スライムです」

「それは聞こえていました。大量とは?」

 大量では、対処が解らない。
 概算でも数が解れば対処の方法が考えられる。

「数えたわけでは無いのですが、100や200ではありません。最低でも500。周辺は、封鎖しています。マスコミも入ってきません」

 森下からの答えは、無情な物だった。
 100なら、上村蒼だけでも可能だ。200でも、頑張ればなんとかなる。それ以上になると、体力よりも、武器が破損してしまう。それだけではなく、500体ものスライムが、公園から溢れだしたら、スライムだからと言っていられない被害になってしまう。海外では、スライムを放置して、インフラに必要なケーブルが大量に解かされた事案が報告されている。

 森下の迅速な対応に、ギルドは安心した。
 先日の天使湖も、犠牲者の半分以上は自称マスコミ関係者だ。残りも、興味本位の者もいたが、それ以上に多かったが、一部の過激な動画配信で生活をしている者たちだ。自分の命を賭けて、天使湖の魔物に突撃していった。結果は、動画が途中で途切れて・・・。

 スライムに隠れて、強力な魔物が産まれている可能性がある。

「え?それは、長沼公園がスライムで満たされている状況ですか?」

「そうなります。一体。一体は弱いので、対応は可能だと思っているのですが、数が多すぎるので、専門家のご意見を伺ったほうがよいと思いまして・・・」

「森下巡査。それは、貴殿の判断ですか?上の判断ですか?」

 上村蒼は、気になっていた事をストレートにぶつけた。

「私の判断です。上には、”スライムが多少多く居るので、公園を封鎖した”と連絡をしてあります。あと、2時間程度は抑えられると思います。どうしますか?」

 無線から苦笑のような音が聞こえてきてから、森下は、状況を説明してきた。

「さすがは、昼行燈の森下ですね。解りました。30分で対応を考えます」

 榑谷円香は、上村蒼に向かって、30という数字が書かれたメモ帳を見せる。
 30分で準備を整えて、出発するという意味だ。躊躇する理由はない。それだけではなく、天使湖では得られなかった情報が得られる可能性がある。榑谷円香が迷う必要はない。

 静岡県警の中にもスキルを得る為に、樹海に行くべきだと主張する者は多い。警視庁なども、実際にスキルを得るために、自衛隊に打診を行っている。警察や自衛隊という組織だけではなく、スキルを得ようとする者は多い。

 街中に発生したスライムなら、狩場としては最高だろう。
 それが解っているだけに、森下が自己判断で封鎖を行って、上司や自衛隊ではなくギルドに連絡してきた。
 その意味を考える必要もなく、出動を選択する。

「お願いします。あっそうだ。湧いているスライムを倒しても、スキルが得られない理由はわかりますか?」

 榑谷円香たちが出動に向けて、活動を開始したと同時に、森下が次の爆弾を放り投げてきた。

「え?初めての討伐でも?」

 上村蒼は、聞いたことがない。
 既にスキルを得ている人間がスライムを倒しても、スキルを得られないのはよく知られている現象だ。しかし、初めての魔物の討伐ならほぼ確実にスキルが得られる。

「はい。近くの高校生が興味本位で倒したのですが、10体のスライムを倒しても、スキルが得られなかったと言っています。一人だけなら、偶然だと思いますが、10名以上なので・・・」

 高校が近くなら当然の事だ。スポーツ系の部活を行っている者は、スキルを得ると大会への権利を失う。高校によっては、退学になってしまう可能性もある。対象の高校も、スキルを得た場合には退学になることになっている。中二病を引き摺っている高校生には、スキルは・・・。

 準備をしながら、話を聞いていた榑谷円香は首を横に振って、知らない現象だと伝える。
 端末を操作して、ギルドのデータベースにアクセスした里見茜も首を横に振る。

「わかりました。私たちも初めて聞く現象なので、何も言えないのですが、森下巡査には、スキルを得られないから、”無暗に近づくな”と警告してください」

 二人の動作を見て、上村蒼は森下に知らない現象だと伝える。
 榑谷円香から出された走り書きのメモを読み上げて、森下に頼みごとを行う。

「すでに実行しています。あと、もう一点」

「まだあるのですか?」

「えぇ不思議なことに、このスライムたち、長沼公園から出てこないのですよ。まるで、ここを守る様に・・・」

 ギルドの面々は、天使湖の魔物たちを思い浮かべていた。
 特定のエリアから出ない魔物たち。何かを守る為に居るのかもしれないとは思っていたが、天使湖では何も見つけられなかった。魔物たちを倒した、ファントムが持ち去ったと考えることもできるのだが、ギルドの面々は、ファントムの存在を認めつつも、ファントムが自分から何か隠そうとしているとは思えなかった。

「・・・。わかりました。ひとまず、装備を整えて、現地に向かいます」

「お願いします」

 無線が切られる。

 無線から、ノイズが流れてきた。
 上村蒼は、無線のコネクトを切ると、ノイズが消えて、ギルドは沈黙が訪れた。

「蒼さん?」

「なんだ?」

「さっき、森下巡査を、”昼行燈の森下”と呼んでいましたが?昼行燈は、あまりいい意味ではないですよね?」

「そうだな。嬢ちゃん。嬢ちゃんの年齢なら知らない可能性もあるけど、同窓会大量殺人事件は知っているか?」

「え?あっはい」

「まぁ内容はいいよな。あの事件を解決したのが、森下だ」

「え?でも、そんな人が、昼行燈?」

「そうだ。本来なら、出世コースだろうけど、森下という人物は、いろいろ問題があって、閑職に回されて、まぁその辺りは、気になったら調べればいい。有名な話だから、出てくると思うぞ」

「そうなのですか?でも、閑職って・・・?」

「そうだな。森下巡査という人は、”切れすぎた”」

「え?」

「武器も切れすぎると、仲間を傷つけるだろう。それと同じだ」

「うーん。解ったような、わからないような・・・。でも、気にしないことにします」

「そうだな」

「蒼!茜。千明と連絡が付いた!出るぞ、浅間通りで待ち合わせだ。そのまま、向かうぞ」

 ギルドの玄関から、榑谷円香が二人を呼びつける。
 外に出ていた、柚木千明と連絡がついて、柚木千明が使っていたギルドの車で、現地に向かう。武器は、こん棒系を数本用意した。一級武器として刀や剣も一応用意したが相手がスライムなら出番はないだろうと考えていた。

「え?クロトたちも一緒に?」

「そうだ。ゲージに入っているから、問題はない」

「わかりました」


 私は、里見(さとみ)(あかね)。ギルド日本本部の常識担当。

 常識担当なのは、上司がぶっ飛んでいるのが原因だ。私くらいの常識人が居ないとギルドは成り立たない。
 同僚?になった、元自衛官も脳筋と腹黒の二人で、円香さんと気が合う。円香さんとまともに話ができる時点で、私の中で二人は”偉人(変人)”としてのカテゴリーに分類される。

 もう一人は、私と違った意味で常識担当の千明だ。

 その千明は、朝から出かけている。
 なぜかギルドで飼う事になった3匹の猫を病院に連れて行った。定期健診の知らせが届いた。里親募集で譲ってもらった姉妹猫だ。去勢は終わっている。そのために、定期健診を受けた方がよいと言われた。

 そして、先ほど、街中で”スライムの大量発生”が報告された。
 現場となる公園まで、車で10分くらいだ。

 しかし、移動に使える車は、千明が使っている。
 他にも車はあるのだが、魔物を討伐するための武器を積んでいく必要がある。今回は、スライムの討伐が目的で、調査ではない。従って、武器を持っていく必要がある。
 スライムだからと舐めていると、痛い目に合う。怪我は嫌なので、しっかりと装備品を持っていく必要がある。

 実際に、ギルドのWebサイトでもスライムに襲われて、手足を溶かされた写真を公開している。実際には、もっと酷い写真もあるのだが、うるさい団体から提示を控えるように言われた。
 私としては、現実を知らないで、怪我をする方が怖いから、積極的に公開したい。しかし、そういう画像を見て気分が悪くなる人が居るからという理由で抗議が何度も、何度も、何度も、何度も、届いた。面倒になって、公開を辞めた。
 公開を辞めた理由も、団体名を付けて公開した。魔物は危険なので、無暗に襲わないようにと注意書きをしたのだが、無意味な状態だ。
 ギルドからの警告を無視するような人たちのことは、自己責任だと切り捨ててしまう。

 今日は、スライム退治に向かう。

 武器や解析に必要な道具は準備した。
 円香さんが、千明に連絡をして戻ってくるように指示を出している。千明は、戻ってきている途中だったので、そのままギルドの前まで車を持ってきて、荷物を積み込むことになった。

「千明。運転を変わろう」

 孔明さんが、運転を変わった。
 助手席には、蒼さんが座る。

 私と円香さんと千明は、後ろだ。キャンピングカーになっているので、向かい合って座っている。

「円香さん。スライムでも、スキルは得られますよね?」

「あぁ私のスキルは、スライムを倒した時に得たものだ。どれとは言わないけどな」

 円香さんは、複数のスキルを所持している。
 データベースでは、ダブルとだけ掲載されていて、スキルの内容は掲載されていない。

 私も、スキルを持っている。もちろん、千明も・・・。でも、私も、千明も、円香さんと同じで、ギルドのデータベースには登録してあるが、本人以外には参照不可にしている。統計データとして使われるだけだ。この辺りは、徹底されているので、ギルドを信じることにしている。
 疑って登録しないという手段も使えるのだが、後で解ると面倒な手続きが必要になる。
 そして、登録しておくと、手当が付く。簡単にいうと、お給料が月で約5,000円もアップする。スキルの使い方や新しい発見が有れば、登録・申請して新情報だと認められると、約30,000円。新情報で無くても、約2,000円の報酬が貰える。

 考え事をしていたら、目的地近くに到着したようです。
 蒼さんが警察官と連絡をしています。

 野次馬をどかしてくれているようです。

「蒼。キャンピングカーで近くまで行くように言ってくれ。武器があるから、できるだけ近くに行きたい」

「わかった」

 円香さんの指示を受けて、蒼さんが交渉を始めます。
 入口にべた付けでいいようです。どうやったら、そうなるのか不明です。

 孔明さんがキャンピングカーを指定されている位置に停めます。
 覆面パトカーのギリギリの所です。私ならぶつけていたかもしれません。

 窓から、見ると本当に、公園がスライムで埋め尽くされています。

「蒼。孔明。警察に協力してもらって、ブルーシートで目隠しをしてくれ」

 ブルーシートで周りからの視線を遮る。
 これは、自分たちのスキルを隠す意味もありますが、魔物の討伐は綺麗ごとではないのです。蒼さんや孔明さんや円香さんでも、魔物に攻撃されればダメージを受けます。最悪は、死ぬ可能性だってあります。その場合に、目隠しが必要になります。
 私と千明は、3人の討伐を記憶する係です。
 嫌な係ですが、誰かがやらなければならないのです。魔物の討伐映像は、残して置かないと、また同じ状況になった時に、参考にできません。だから、やられるとしても、記憶映像は必要なのです。

「茜。千明。準備はいいか?」

「はい」「大丈夫です」

「頼む!」

 最初に、私たちがセッティングを行います。
 私は、そのままパソコンに取り込む形式で、千明はビデオカメラです。私は、3種類の動画です。赤外線カメラの映像と熱源カメラの映像です。もう一つは、通常の動画撮影です。千明は、8Kで撮影を行います。これで、ギルドに戻って解析を行う事ができます。私はケーブルの長さがあるために、あまりキャンピングカーから離れられませんが、それでも撮影には困りません。
 千明を見ると、頷いてくれます。
 撮影を開始したようです。

「円香さん。孔明さん。蒼さん。準備が出来ました」

 いつの間にか、着替えていた孔明さんと蒼さんがスライムに向かって行きます。
 本当に、何体のスライムが居るのか解りません。

 でも、事前に教えられていたように、公園の敷地内から出てこないので、安心して撮影を行えます。

「え?」

「茜。どうした?」

 まだ突撃していない円香さんが私の隣に来ます。

「今、蒼さんがスライムを飛ばしましたよね?」

「ん?あぁ」

「ほら!」

 円香さんにも私が言おうとした事が解ったようです。

「透明な壁?」

「はい。でも、蒼さんも孔明さんも入れました。天使湖とは違う物だと思います」

「熱源には?」

 端末は車の中ですが、今の状況なら付属のモニタで表示できます。

 円香さんに見えるようにします。
 確認をしても、何も不思議な所はありません。赤外線にも不思議な物は映っていません。もちろん、4Kのカメラにも、千明が持つ8Kのカメラにも不思議な物は映っていません。
 でも、透明な壁が存在します。孔明さんが、こちらの話が聞こえたのか、スライムをわざと高く放り投げた時に、5メートル程度で何か当たって落下します。横方向も同じです。

「孔明!こっちに飛ばしてくれ!」

 孔明さんが、指で合図をしたので、聞こえているのでしょう。
 それから、スライムを円香さんの居る方向に飛ばします。やはり、透明な壁に阻まれるように、スライムが空中で止まりました。

「円香さん?」

「わからない。まずは、スライムを殲滅する」

「はい」

 円香さんが武器を肩にかけて、公園に入ろうとした時に、3つの影が私と円香さんの間を走り抜けました。

「え?」

「は?」

 今日、病院に連れて行った3匹の猫。キャンピングカーでおとなしくしているはずです。

「クロト!ラキシ!アトス!」

 思わず、名前を叫んだのですが、3匹の猫は、振り向きもしないで、スライムに駆け寄ります。

「え?」

 クロトが可愛い手を振りぬくと、クロトの前方に居たスライムたちが、引き裂かれたようになり、消滅しました。

 同じように、ラキシが、両手を交互に振りぬくと、二方向に何かが吹き飛んだ様になり、スライムたちが消えます。

 アトスは、可愛く鳴くと、飛びあがって、信じられない軌道でスライムに突っ込みます。アトスが通過した場所に居るはずのスライムが消滅しています。

 猫パンチで、スライムが消滅します。蒼さんや孔明さんが、武器で殴打しても、一発では消滅しないスライムを簡単に消滅させています。

 動きも、一般の知られている猫ではありません。

「茜」

「円香さん。私に聞かないでください。私も驚いているのです」

 現状を察して、孔明さんと蒼さんも、私たちの所に戻ってきました。

 公園に居た多分500体を越えていたスライムは、10体程度まで減らされている。

「円香さん。スライムの天敵は、猫だったのですね」

 私は、里見茜。普通のギルド職員だ。
 しかし、普通だと思えていたのも、ついさっきまでだ。

 突然、脳内に、言葉が響いた。

『スキル:魔物鑑定を獲得』

『スキル:魔物支配を獲得』

『個体名クロトが眷属に加わりました』

『個体名ラキシが眷属に加わりました』

『眷属からのギフト:意思疎通が贈られました』

 どうやら、私もスキルを得たようです。

『スキル:ステータス編集を獲得』

 まだ終わっていなかった。
 スキルが3つ?クロトとラキシが眷属?ギフトって何?

 ステータスは知っている。自分のステータスが表示される。でも、”ステータス編集”は知らない。

”ステータス”

 これは、ギルドでも知られている。
 一部の魔物を討伐した時に、得られることがあるらしい。

 表示されたステータスには、確かに、魔物鑑定と魔物支配とステータス編集が追加されている。
 でも、眷属はクロトとラキシだけ?アトスは?

 疑問を解消しようと、アトスを探すと、千明の足下にいる。
 私も下を見れば、クロトとラキシがおとなしく座っている。

 千明と目が合った。千明も、同じ内容なのだろうか?
 そもそも、私と千明は魔物を倒していない。スライムも倒していないのに、なんでスキルを得るの?

 円香さんが、驚いた表情をして、私と千明を交互に見ている。
 ダメだ。これは隠しきれない。隠すつもりもないけど・・・。円香さんと、孔明さんと蒼さんだけに留めておきたい。絶対に、自衛隊や警察や消防には知られたくない。絶対に厄介な状態になる。ギルドには登録しなければならないけど、参照は不可にしておけばいい。

 円香さんが、手招きをしている。

「孔明!蒼!残ったスライムの殲滅と、調査を頼む」

 孔明さんと蒼さんも、手を上げて公園に戻っていく、残っているスライムも10匹程度なので、すぐに討伐は終了するだろう。新しく産まれる可能性もあるのか?ゲームとかだと時間でポップするのは定番だけど・・・。
 私と千明の事も問題だけど、スライムが大量発生した原因も突き止めなければならない。そして、公園から出てこなかった理由が解れば、今後のギルドの運営にも役立つ情報になる。

 ふぅ・・・。
 現実逃避しても何も変わらない。
 円香さんの笑みが段々と険しくなっている。

 逃げられないのは確定しているから、出頭しよう。千明を見ると、同じ考えのようで、視線が合ったら頷いてくれた。

「クロト、ラキシ。行くよ」

”にゃ!”
”ニャウ”

 微妙に鳴き声が違う。可愛い。私が歩くと、しっかりと付いてくる。
 賢くなっている。意思疎通というギフトが貰えたから、会話ができるのかと期待したけど、そんなギフトではなかったようだ。でも、私の言っていることは理解してくれているようだ。
 まるで・・・。”テイマー”のようだ。異世界物では、最強になりえる職業だ。

「円香さん?」

「二人に話を聞きたい。車の中でいいな」

 円香さんが、キャンピングカーの後ろのドアを開ける。
 先に、千明が入った。しっかりとアトスが千明の後に続いた。

「クロト、ラキシ。先に入って、アトスの横に座って」

 試しに、少しだけ複雑な指示を出してみたが、問題なく実行された。私の後ろに居た二匹が足の間をすり抜けて、車に入った。アトスがいる場所の隣にしっかりと並んでいる。

 円香さんが座っている場所の正面に私が座って、私の横に千明が座る。いつもの場所だ。今日は、違う場所でもよかったのに・・・。

「茜。どんなスキルを得た?」

 千明も私を見ている。
 そうだ!
 確かに、スキルを得たけど、円香さんに報告する義務はないはずだ。ギルドに登録を行えばいいだけだ・・・。多分。

「円香さん。お話の前に、私と千明だけで話をさせてください」

 円香さんは、少しだけ考えてから頷いてくれた。
 立ち上がって、クロト、ラキシ、アトスの順番で頭を撫でてから、車から降りてくれた。近くに居たら聞こえてしまうだろうけど、そこは気にしてもしょうがない。私と千明がスキルを隠蔽したい意思を持つのが大事だ。そのためにも、千明との確認が必要になる。

「千明?」

「うん。少しだけびっくりしているだけ・・・」

「やっぱり、スキルとギフト?」

「うん。あと、アトスが眷属になった。茜は、クロトとラキシ?」

「うん。なんで、私たちだろう?」

「推測だけどいい?」

「もちろん」

 千明は、アトスを抱き上げて、膝に座らせる。私も、クロトとラキシを膝に座らせる。二匹とも嬉しそうな表情をする。表情も豊かになった。ように思える。

 千明の推測は、当たっているように思えた。
 確かに、千明が先に保護猫を飼おうと言い出した。それに、私が飼うのなら姉妹を分けるのは可哀そうだと言った記憶がある。それから、天使湖から帰ってきてから、千明と私が猫たちの世話を行っていた。そして、クロトとラキシは私に懐いていた。アトスは千明だ。

「ねぇ千明は、ギフトは1つ?」

 ずるい聞き方だ。

「うん。スキルは2つ」

「そう・・・」

「茜は違うの?」

「うん。ギフトは1つだけど、スキルが3つ」

「え!3つ?」

「うん」

 千明には、3つのスキルを説明した。

「二つは一緒。”ステータス編集”は持っていない」

「うーん。使い方も解らない。ステータスって、ステータスだよね?」

 千明に、意味がない事を聞いてしまった。
 困った顔をして、頷いてくれるが、そりゃぁ頷くしかないよ。私でも、頷くだろう。

「ねぇ千明。ギフトは、どうやって使うの?」

「あのね。私に解ると思う?」

「うーん。そうだよね。でも、もし、クロトとラキシと話せたら・・・」

「うん。アトスと話された、楽しいだろうね」

”にゃ”
”フニャァ”
”みゃ”

「アトス。何?」

”みゃぁ”

「解らないよ?」

 アトスが、私の腿を前足で軽く触ってくる。

「え?」

「どうしたの?」

「アトス。茜の言っている事が解るの?解るのなら、鳴いてみて」

”みゃみゃみゃ”

「千明?」

「ちょっと待って・・・。ねぇクロトとラキシは、私が言っている事が解る?解るのなら、床に降りてみて」

 クロトとラキシは、私の顔を見るので、頷くと、膝から降りた。

「ねぇ」

 千明が、手を上げる。
 私は、千明が何をしているのか理解ができない。

「アトス。もしかして、さっき一緒に居た、円香さんの言っている事も解る?」

”みゃ!”

 千明が何を気にしているのか解った。
 ギフトで得た”意思疎通”は、眷属との意思疎通ではない。別の意味がある。円香さんの言っている事が解ったとして、それが意思疎通だとしたら、ギフトとして私たちに贈られる意味がない。もしかして・・・。

「千明!」

「うん」

 クロトとラキシを抱きかかえて、キャンピングカーを出る。

「茜!千明!」

「円香さん。少しだけ時間を下さい!」

 静止しようとしていた円香さんを制して、公園に足を踏み入れる。

 驚く、孔明さんと蒼さんを無視して、クロトとラキシを地面に降ろす。千明も、連れていたアトスを降ろす。

 千明ではなく、私が3匹に指示を出す。

「クロト、ラキシ、アトス。スライムがまだいるかもしれない。居たら、倒さないで捕縛!私たちが、『”話がしたい”と言っている』と伝えて!」

 3匹は、了解とでも鳴いたのだろう。そのあとで、勢いよく駆け出した。

 円香さんが、慌てて、入口にもブルーシートを被せて、中を見えなくする。近くには、人が居ないのはなぜか解る。これは、クロトが周りを調べているの?

 隠れていたスライムがラキシに連れてこられた。

 私と千明は、お互いの顔を見て、”やっぱり”という表情をする。

 クロトの上に乗っているのは、スライムにしては小さい。通常のスライムの80%くらいの大きさだろう。

 さて、ここまでは想定していた。
 うまくできてしまったのが問題だ。

「ねぇ千明?」

「なんだい。茜どん」

「ふふふ。千明。ギフトってどうやって使うの?」

「私が知っていたらびっくりだね。そうだ。アトスたちに聞いてみる?」

「え?」

「茜だから、クロト。”茜にギフトの使い方を教えて?”と、言えば、教えてくれるかもよ?」

”にゃ!”

「え?」「え?」

 ギフトの使い方は、クロトが教えてくれた。
 猫語が解るようになったわけではないが、私はクロトとラキシが何を言っているのか解るようになった。

 どうやら、こちらに友好的な魔物とは意思が通じるらしい。クロトの上に乗っていたスライムが、アトスの上に移動した。
 アトスの上に乗っていたスライムは、茜を見てから、アトスと何か話をする。

 話をしているのは解るけど、私にはアトスの話は解らない。

「千明?」

 アトスの話を聞いていたのだろうか、千明が少しだけ困った表情をしている。

「茜。スライムの話を、アトスが翻訳?してくれたけど・・・」

 スライムの話を通訳って表現がおかしいけど、アトスを経由してってことは、私も他の魔物と会話ができる?

 聞きたくないけど、聞いたほうがよさそうだ。
 円香さんや、孔明さんや、蒼さんの視線が怖い。

「どうしたの?」

「うん。このスライム君。名前は、”ライ”というのらしいけど、正確には、ここに居たスライムは、全部”ライ”というスライムだと言っていて・・・」

「ちょっと待て!千明。このスライムは、ネームドなのか?!」

「え?円香さん。見えないのですか?」

 円香さんなら、何か見えていたのかと思った。
 通常のスライムが、会話ができるくらいに知能があるとは思えない。でも、このアトスの上に居るスライムは、アトスと話をしている。

 円香さんの圧が怖い。

「あぁ・・・。前に、遭遇したスライムと同じだ。違いは・・・。ない」

「え?」

 今度は、千明がびっくりする。

「ん?」

「いえ、このスライムを・・・。あっ!」

 千明が何か言いかけて、言葉を濁す。

 クロトが、私の足を”テシテシ”する。そして、”にゃ!”と短く鳴いた。

 そうか、スキルを使えって事だね。
 使い方は、魔物を見て、スキルを思い浮かべる。発声すれば、確実に起動できるが、発声しなくても大丈夫だとクロトが教えてくれた。詠唱もあるらしいが、私たちが取得したスキルには詠唱はない。詠唱が無かったのは、純粋によかった。

”魔物鑑定”

名前:ライ(一部)
種族:キメラ・スライム

 他にも取得スキルが並んでいる。

「・・・。魔王?」

「茜!どうした!」

 ふらついた私を、円香さんが支えてくれた。
 ラキシを意識して見てから、スキルを発動する。

名前:ラキシ
種族:シティー・キャット
スキル:隠密 風爪

 ん?

名前:クロト
種族:シティー・キャット
スキル:跳躍 雷爪

 そうか、”ライ”には、スキルはあるが使える状態になっていない?
 スキルらしき物だと判断すればいいのか?
 ラキシとクロトと違うのは、スキルが淡い色で表示されている。スキルが使えないのか?
 あれだけのスキルがあるのは、この目の前に居る”ライ”だけなの?

 それにしても、家の子(ラキシとクロト)は、シティー・キャットなのか?
 それで、アトスがハウス・キャット。街猫と家猫?意味が解らないけど、種族としては別なのか・・・。

 よくわからない事は、考えない。

「茜!茜!」

「あっ・・・。円香さん。大丈夫です。少しだけ立ち眩みがしただけです」

「本当に大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」

 円香さんが支えてくれていたのを思い出して、地面に手をついて立ち上がる。

「茜?」

 千明も近くまで来てくれた。
 どうやら、私と同じように”ライ”を魔物鑑定したようだ。

「円香さん。少しだけ、あと、少しだけ、千明と話をさせてください。その後に、話せることは、説明します」

 円香さんは、私と千明を見てから、足下にクロトとラキシとアトスを見て、最後にスライムを凝視してから頷いてくれた。

「あっ!円香さん!」

 千明がキャンピングカーに戻る途中で思い出したかのように、円香さんに話しかけた。

「なんだ?」

「スライムは、この子の他に、もう一体のスライムが居ますが、攻撃はしないようにお願いします」

「なぜだ!」

「この子が言うには、もう一体は土の中に居て・・・。女王蟻だと言っています」

「千明。茜。後で、説明してくれ・・・」

 円香さんの戸惑は私にも理解ができる。
 このスライムは、”ライ”という名前の”キメラ・スライム”だ。

 円香さんが言っているようにネームドなのも問題だが・・・。それ以上に、”会話が成立するほどの知恵”を持っている事が、問題になってくる。キメラ・スライムという種族は、”知能”が高いのか?それとも、この”ライ”だけなのか?

 キャンピングカーに戻って、茜の正面に座る。クロトとラキシは私の側に、アトスは千明の側に座る。
 ”ライ”は、テーブルの上に乗った。

「え?クロト。本当?」

”にゃ!”

「茜。どうしたの?」

「クロトから、”ライ”に触っていれば、『ギフトの力で会話ができる』と言われた」

「え?」

”みゃみゃ!”

 どうやら、アトスも同じ事を千明に伝えたようだ。

 スライムに手を伸ばして、恐る恐る触る。
 少しだけ冷たい感触が心地よい。手をスライムに溶かされることもなく、スライムのボディを触る事ができた。

「貴方は、”ライ”なのですね?」

『はい』

 え?こんなにはっきりとした意思なの?
 クロトやラキシとは違う。完全に、会話が成り立つレベルだ。

 千明も触っているが、会話の主導権は私が握ることになった。
 ギルドとして、経験が長いのが私だから、一応・・・。先輩として、私の役目だと思う。本当は、千明の方が、インタビューとかしているから、得意だと思うのだけど・・・。
 それにしても、魔物と会話して・・・。スライムから聞き取り調査を行うのは、私たちがギルドで初めてだろう。

「いろいろ質問していい?」

『はい。ですが・・・』

「解っている。女王様には攻撃しない」

『いえ、攻撃しても構わないのですが、暴走してしまうと、困るのは貴方たちだと本体が判断しています』

「え?本体?」

『はい。私の本体は、別に存在しています。女王様も、本体の一部です』

「え?スライムって、全体で一つなの?」

『他のスライムを知らないので、お答えできませんが、私たちは本体から分離した”キメラ・スライム”です。意識を共有できるようになりました。マスターが付けてくれた大切な”名”です』

「・・・。マスター?貴方たちは、元々は蟻だったのよね?」

『私は、そうです。他にも、いろいろな昆虫や動物が居ます。あなた方は、ギルドの方々で合っていますか?』

「え?ギルドを知っているの?それって、魔物の世界では常識なの?」

『いえ、他の魔物は知りません。マスターは、貴方たちの事を、ギルドの人なら、私を通して交渉したいと言っています』

「え?ちょっと待って、理解ができない事が多すぎて・・・」

『失礼しました。貴女のお名前を伺っても?』

「え?私は、里見茜。もう一人は、柚木千明」

『里見さんが、ギルドのリーダーですか?』

「違います。外に居る・・・。覚えているか解らないけど・・・。もう一人の女性がギルド長の榑谷円香さん」

『鑑定と隠蔽と感知系と光系のスキルを持っていた女性ですね。強そうだったので、覚えています』

「え?」「は?」

『鑑定のレベルが低くて、私たちのスキルは見抜けていないと思います。貴方たちの”魔物鑑定”が必要です。あと、私には”魔物支配”は通用しません』

「え?でも、大量に居たスライムが、スキルを使えたの?」

『本体と繋がったのが、私と女王様だけになってしまってからです。その前は、スキルは封印されています。これは、私たちを魔物にした愚か者のレベルが低いためです。あの愚か者は、あろうことか、巣穴全体をスキルの範囲に指定したのです。そして、この領域から出るなと初期の命令をしました』

「ちょっと待って、本当に、本当に、少しだけ待って、情報が・・・。解らないよ」

 もう既に、千明は考えるのを辞めてしまっているようだ。
 ”ライ”に手は置いているが、反対の手で、アトスを撫でている。目線は、アトスに固定している。

 今の話を、私が円香さんと孔明さんと蒼さんにするの?
 無理。絶対に、そのまま精神が壊れたと思われる。私が、円香さんの立場なら、間違いなく、”壊れた”と思う。それか、”ライ”に乗っ取られたと思うだろう。どうやって説明しても、理解はしてくれないだろう。まず、私が”ライ”の話を理解ができない。

 ”ライ”が私を見つめている。多分・・・。スライムに目があるのか解らないが、”ライ”から視線を感じる。

 まず、このスライムは”ライ”。本体が別に存在している。その本体との繋がりが出来て、はっきりと意思があるのだと言っている。
 そして、スライムに名付けした者が存在している。”ライ”はマスターと呼んでいるが、主人なのだろう。

 それだけではない。
 ”ライ”は、円香さんのスキル構成を見抜いてしまっている。そういうスキルを持っているのか?それとも、スライム特有の能力なのか?

「千明?」

「ん?あっそうね。うん。茜に任せた」

 今の間は、何?
 任せたって、”ずるい”。

「ねぇ”ライ”。ギフトを持っていない人に意思を伝える事は?会話は可能?」

『この個体では無理です。本体に合流すれば可能です』

「え?本体ならできるの?」

『はい』

 本体が有能すぎる。
 それにしても、蟻をスライムに変える?そんなスキルが存在するの?

「本体に、この場所に来てもらう事はできる?」

『解りません』

 ”できる”や”できない”ではなく、解らない?

「え?会話を望んでいるのだよね?」

『はい。こちらから、本体に場所を伝える事が出来ません。ここがどこなのかも解りません。あと、本体はマスターの安全を求めています』

 公園だと言うのは、解っているけど、この公園がどこにあるのか解らない。
 当然だな。私も、急にどこかの公園らしき場所に放置されて、スマホも何も無ければ、場所を伝える事ができない。見える物を伝えて、相手が解ってくれるのを、期待するしかない。

「マスターの安全?スライムなの?」

『禁則事項です』

「え?あっ。内緒ってこと?」

『はい。もうしわけございません』

 謝られた。
 人間を相手にしているようだ。

 千明も、私も任せると言っておきながら、”ライ”に振れている。話は聞いてくれている。

 円香さんに話をするときに、私が覚えていない内容でも捕捉してくれることを期待しよう。
 千明の顔を見ると、話は聞いているけど、衝撃が強すぎるようだ。やはり、説明の時に”ライ”に居てもらう方法を考えた方がいいかもしれない。

「いいよ。貴方たちのマスターの安全が絶対条件なのよね?」

『いえ。違います。安全で無ければ、私たちが安全にします』

 ニュアンスが違う。
 安全にする?私たち?

「え?安全にする?」

『危険だと思える者を排除します』

 排除?
 殺すって事?

「それは、魔物だよね?」

『マスターに危害を加える可能性がある者、”全て”です。家族に危害を加える者も対象です』

 マスターが大事なのは理解した。
 家族云々は解らない。

「家族?」

『禁則事項です』

 うん。
 秘密にされると思った。

「私たちが、”ライ”の所に訪ねるのは?」

『検討します』

「え?」

『マスターと私と家族が、揃って居る所に、ギルドの方々が来る?と、言う解釈で合っていますか?』

 正直に話をしよう。

「え?あっ。うん。私も、ギルドの責任者。榑谷円香さんに確認をしないと・・・。無責任なことは言えない。でも、多分、検討はしてくれると思う」

 私には、ギルドを動かすような権限はない。できるだけ、円香さんに丸投げしたい。でも、”ライ”と会話ができるのが、私か千明しかいない。その千明は、話は聞いているけど、会話は拒否している。アトスを撫でる事で、心の平穏を保っているようだ。

 千明が撫でているアトスも、私の膝の上に居るクロトとラキシも、正体を知られたら大騒ぎになる。聞いたことがないスキルにギフトそれだけでも、ギルドは大騒ぎになる。そのうえで、猫が魔物になる事例が目の前にある。

『解りました。マスターのお住まいは無理です。しかし、マスターが指定される場所なら可能です』

 え?
 マスターの指定する場所?地名や建物が解るの?それとも、もっと違う指定の方法?緯度経度とか?
 これも、円香さんに任せるしかない。

「”ライ”から、何か聞きたい事はないの?」

『私や私たちからでは無いのですが、よろしいですか?』

「何?」

『マスターが、魔石や魔物のドロップ品の買い取りを希望しています』

「え?魔石?誰の?ドロップ品?武器や防具?」

『はい。後、不要なスキルが付与された物や、マスターが作った物です』

「え?作った?何を?」

『禁則事項です』

 そりゃぁそうだけど・・・。

「買い取れない物もあるかもしれません」

『その場合には、私たちが処理します』

「え?処理?」

『スライムは、物を取り込んで、自分のスキルにする能力があります』

「え?あ!」

 魔物鑑定で見た時に大量のスキル!
 でも、魔物を取り込んでもスキルにはならない。これは、実験した記憶が残されている。賢者(ワイスマン)にも記憶として残されている。

 賢者(ワイスマン)の情報と違うことが多すぎて、対応を考えなければならない。
 なんで、静岡でこんな重要な事案が発生しているの?

「”ファントム”って知っている?」

『知りません』

 そりゃぁそうだよね。ギルドの中での隠語のような物だし・・・。知っていたら怖い。

「そうだ。知っていたら、教えて欲しいのだけど、動物・・・。この子たちが魔物になってしまっているけど、何か知っている?」

 3匹の猫を指さして聞いてみた。

『スキル付きの魔石を食べさせる。魔石が浸かった水を与え続ける。マスターと同じ力を持つ物が眷属にする』

「え?眷属にする?」

『名を能えて、力の一部を分け与えることです。3体は、眷属です』

「うーん。それは違うかな?名前は、私と千明が付けたから・・・」

『名付けをした時に、力が漏れたような印象は?』

「疲れていたから・・・。よく覚えていないけど・・・。私の近くに居た二匹を抱きかかえて、名前を呼んだのかもしれない」「そうだね。私は、アトスを抱きかかえていた」

 千明が会話に入ってきた。
 当時の様子を思い出す。ケージから出ていた3匹を、私がクロトとラキシを抱きかかえ名前を呼んだ。名前は、千明が候補を出して、3姉妹だからと決めた名前だ。

『その時に、眷属になったのです。”嬉しかった”と言っています。クロト殿に聞いた所、クロト殿たちは、スキル付きの魔石を与えられたそうです』

「え?クロト?本当?」

”にゃ!”

「茜。そんな高級品。どこにあったの?」

 千明は、私がクロトたちに魔石を与えたと思っているようだが、3匹を実験台にするような事はしていない。
 それに、私のお給料では3匹に与える魔石が変えない。それも、”ライ”の話では、スキル付きの魔石だ。そんな魔石、聞いたことがない。

「私は、知らない。買い取りは行っているけど、本部に送付しちゃっている。もしかして、荷物から漏れた物だとしたら・・・」

 あるとしても、普通の魔石だ。
 スキル付きの魔石なんて、賢者(ワイスマン)にも登録されているか解らない。

 全部、”ライ”の作り話や、私と千明の頭がおかしくなっているとか、”ライ”の幻惑のスキルで夢を見ている。と、言ってもらえた方が信じられる。

『里見茜殿。ラキシが覚えていて、3匹で何かに乗せられて、人が沢山居る所で過ごしている時に、魔石を貰ったと言っています。人が沢山居て、怖い気配も沢山あったと言っています』

「・・・」

「・・・」

 場所と事件に覚えがある。
 ”天使湖魔物氾濫事案”あの時に、キャンピングカーに引き取ったばかりのクロトたちを乗せていた。

「千明?」

「うん。今、茜が考えた場所じゃないかな?人が多くて、怖い気配がしていた?あの時は、外には出していないよね?」

「ううん。ケージからは出さなかったけど・・・。何度か、キャンピングカーからは降ろした」

「でも、魔石には振れないよね?」

「あ!!」

「どうしたの?」

「あのね。ケージをキャンピングカーに戻すときに、小さな石みたいな物を見つけて・・・。すっかり忘れていた」

「まだ持っている?」

「うん。ギルドに戻ればある」

「・・・。それが、魔石だとして、どこからか運ばれてきて、それを偶然、クロトたちが食べて、魔物になってしまった?」

「天使湖の魔物討伐?」

「それしか考えられない。魔石がどこから来たのかは解らないけど・・・」

 もう限界だ。
 円香さんに丸投げしよう。”ライ”にも、ギルドのトップとの話に参加してもらおう。それがいい。そうしよう。