スキルが芽生えたので復讐したいと思います~ スライムにされてしまいました。意外と快適です。困らないので、困っています ~


 円香が、テーブルの上に放り投げた資料は、以前に見せてもらった”ファントム”に関する物だ。

「そうか、ファントムか・・・。結界のスキルを持っている可能性があったのだよな?」

「あぁ。しかし・・・。この中に”ファントム”が居るとは思えない」

 円香は、キャンプ場に集まっているマスコミや自衛官や警察官や消防官を見回している。

「そうなのか?!」

 蒼は、驚くが、俺もこの中に”ファントム”が居るとは思えない。

「ファントムが、どんな移動手段をもっているのかわからないが、自衛隊や警察の関係者である可能性は低い」

「そうだな。自衛隊も警察も、スキルの管理をされている。調べるための方法も確立している」

 蒼の言っている通りだ。
 それに、作戦行動でスキルを得たのなら申請は”ほぼ”強制だ。スキルを得れば、スキルの種類で配属が変わってくる。希望は聞いてもらえるが、命令される場合が多い。それに、基地に入る時には、スキルの検査が行われる。テロ行為とは言わないが、安全保障上の手順だ。
 警察や消防といった組織も同じ状況だ。

「円香。それでも、マスコミや野次馬に、ファントムが居るとは思わないのか?」

 無理だな。

「”無い”と思う。マスコミ関係者に、ファントムのようなスキルが有るのなら、この状況にはなっていないだろう」

 俺も、円香と同じ意見だ。
 マスコミは、スキルを持っていたら、それも、ファントムのように、”異常”だと思えるスキルを持っているようなら、自分だけで突っ込んでいる可能性もある。公表しない理由がない。スキルを持つのは、それだけ難しい。

 野次馬も、同じだ。
 もし、ファントムが実在しているのなら、そもそもスキルを得る為に、魔物の存在がわかっている場所に来る必要はない。

「そうなると、ファントムだと考えるのには無理があるのでは?」

 蒼の言っていることも解る。
 禅問答のようになってしまうが、この状況を引き起こせる可能性があるのは、”ファントム”だが、”ファントム”でありえない理由も大量に存在している。そもそも、”ファントム”が存在している前提で話をしているが、”ファントム”が1人だとは、俺は考えていない。何かしらの団体やチームならまだギリギリ納得ができる。

「円香。孔明。ファントムだと仮定すると、ファントムが結界を張った理由はなんだ?」

 理由は、魔物を抑えるため?

「そうだな。良い方に解釈すれば、これ以上の犠牲者を出さないためか?」

「犠牲者?」

「ファントムが、人類の味方だと仮定すれば、魔物に対応できる者がいない人類と魔物を分離するのは意味がある」

「そうだな。それに、ファントムが魔物と戦うと想定すれば、邪魔にしかならない者たちを排除するのは、理に適う」

 円香と蒼で、結界の意味を考えたが、一つの仮定を唱えれば、同じだけの説得力を持つ別の仮定が産まれる。
 ファントムと仮定しなかった場合には、そもそも何のための”結界”だという話になってしまう。結界なのかも怪しくなってくる。

「そう言えば、円香」

「なんだ?」

「スキルでは何もわからないのか?」

「無理だ。何もわからない」

「そうか・・・。なぁ結界だけど、向こう側は見えているよな?」

「蒼。何を言いたい?」

 天子湖とキャンプ場が書かれた地図を見ていた、蒼が急におかしなことを言い出す。

「円香。孔明。スキルって、俺たちが想像できる物に近いことが多いよな?」

「そうだな」

 スキルの基準はわかっていない。
 魔物を倒して、スキルを得られるのはわかっているが、”なぜ”が未だに不明だ。それだけではない。スキルの種類が、物理限界を超えるような物も存在しているが、人間が行えることの延長だ。
 攻性のスキルでも、結局は自然現象が根本に存在している。人が行える行動を強力にしたものだと思われている。

 それらを踏まえると、”回復系のスキル”や”アイテムボックス”や”結界”は、物理法則にも、自然現象にも該当する物がないために、スキルでも不可能ではないかと思われている。

「円香が、スキル結界を想像したらどうなる?」

「どういうことだ?」

「もし、俺が”スキル結界”を得て、発動したら・・・。こうなると思う」

 蒼は、地図の中心から円を書くように指でなぞる。
 そうだな。俺も、蒼と同じだ。結界は、同心円状に広がるだろう。球体になると考えるほうがわかりやすい。または、一方にだけ壁を出現させるかだ。

 そうか・・・。

「あまりにも、不自然だと言いたいのだな?」

 円香も、気がついたようだ。

 マスコミと警察と自衛隊からの情報を書き込んである地図を見ると、キャンプ場というよりも、魔物が居る場所を結界で覆っているように思える。小屋の周りは、まだ調査中だと言われているが、似たような物だろう。

 話は、ここまでとなりそうだ。
 茜嬢が、俺たちを呼ぶ声がしている。食事が出来たのだろう。

 それが終われば、主導権争いをしている奴らの所も戻って状況を整理できればいいのだけど・・・。難しいだろうな。

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 一度、人になって、ライと簡単に模擬戦を行った。
 そのあとで、素晴らしいスライムボディに戻る。人の姿は、戦闘をしたり、料理を作ったり、調べ物をしたりするのには向いているけど、スライムボディの気楽さを知ってしまうと、どこか落ち着かない。全裸に慣れてしまった変態のような発言だけど、服を来ている状態に違和感を覚えてしまう。
 もしかしたら、気持ちも”魔物”に近づいてしまっているのかもしれない。実際に、人が死んでいるところを見たり、食べられたり、嬲られている状況を見て、”気分が悪い”という感情は芽生えたが、怒りに似た感情や悲しいという気持ちは芽生えなかった。

”ライ。皆は?”

 ダークとナップが中心になって、安全地帯を作ろうとしている。
 フィズとキールとアイズとドーンは、周りに居る魔物たちを釣ってこようとしている。ライの分体が着いているので、その場で倒すことにはしているが、集団になっている理由がわかれば、対処を考えたい。

「討伐は無事に終了しました」

”え?早くない?”

「ご主人さまが居る場所を安全にするために頑張った結果です」

”そっそう?ありがとう”

「魔物の集団を倒して、わかったことがあります」

”え?何?”

「強い個体が、群れを率いるようです」

”それで?”

「はい。魔物の集団ですが、統率されたような動きをしていたので、強い個体から倒したときに、倒さなかった、弱い個体がこちらに合流を求めてきました」

”え?魔物が?”

「正確には、魔物になってしまった。猪と鹿でした」

”角は?”

「猪には角がありました。鹿にはありませんでした」

”そう。意思の疎通ができたの?”

 裏山には居なかったけど、少しだけ離れた場所の山に居た。角ありの鹿が居た。その時には、意思の疎通が出来なくて、討伐するしかなかった。

「ボスを倒したら出来ました。でも、魔物はボスを倒しても、意識が繋がりません」

”なにか、条件がありそうだけど、動物から魔物になったと思われる者は倒さなくても、ボスを倒せばよさそうね”

「はい」

”そうなると、キャンプ場に居る動物から魔物になった者たちは倒さないほうがよさそうね”

「え?」

”私たちの群れに合流するのでしょ?そのまま、一部は、キャンプ場や周辺を守ってもらったほうがいいよね?”

 安全地帯を守る者たちが必要だと思っていた。
 家族から順番に行ってもらおうかと思っていたけど、地元で育った者たちが居るのなら任せたほうがいいだろう。

「あっ。そうですね。アイズやドーンが残る予定でしたが、最初から居た者たちが居れば安心です」

”うん。皆に、この方針を伝えて、たしかナップやキルシュなら無力化できるよね?”

「はい。皆に伝えます」

”うん。皆には、しっかりと休んでもらって”

「はい」

 空を見上げるが、まだ漆黒の闇の中に星々が光っている。
 夜明けまでには、まだ時間がありそうだ。私たちができることは少ないだろう。それでも、人を含めた動物たちが安全に過ごすために、できる限りのことをしよう。

 望月舞は、迷っていた。
 手元にあるネタだけでは、番組にならない。ギルドのメンバーに、昔なじみの”柚木千明”を見つけて話しかけたが、重要な情報は聞き出せなかった。自分たちが持っている情報と違いはなかった。

 ギルドから配られた情報には、知らなかった内容が含まれているが、それは皆に共有されてしまっているので、ネタとしては弱い。

 本社筋からは、ギルドや警察や自衛隊を無視して、キャンプ場に突入しろと意味がわからない命令まで出ている。
 もう、何人も死んでいる。幸いなことに知り合いに犠牲は出ていないが、地元の猟友会に犠牲者が出ている。それだけではなく、ネット系の番組を手掛ける人たちが、クルーの全員が犠牲になっている。スキル持ちを護衛にしていたが、そのスキル持ちも殺られてしまったらしい。

 その上・・・。

(あの透明な壁)

 望月舞が所属しているクルーは、天使湖での異変を聞きつけて、早い段階で、キャンプ場に到着していた。
 小屋の撮影にも成功している。しかし、警察から報道の自粛を求められている。魔物が人を食べている状況が映ってしまっている。自衛隊からは、撮影機材の一部を拠出して欲しいと言われた。

「舞!」

「え?あっ千明。どうしたの?ギルドの仕事はいいの?」

「うん。私の仕事は、ほぼ終わった・・・。感じ?」

「私が解るはずがないよ?」

「そうね。あっ。それよりも、舞にお願いがあるのだけど・・・」

「え?なに?」

 望月舞は、お願いと言われて、顔をこわばらせる。
 自分たちマスコミ関係者が、ギルドから”目の敵”にされている認識がある。一部の関係者が、ギルドから嫌われている。そのために、情報の流れが悪くなっている。それを、一方的にギルドの責任にして報道している。

「円香さん。ギルドマスターが、この情報を流して欲しいらしくて・・・」

 柚木千明が、望月舞に差し出したUSBを受け取る。

「これは?」

 もっともな質問だ。
 柚木千明は、持ってきたタブレットを、望月舞に見せる。

「文章?”起こし”が必要?」

「うん。ごめん。この辺りは許して」

「ううん。それはいいけど、内容を確認してもいい?」

 望月舞は、ネタに使えるのなら、是非、話に乗ろうと思っていた。上司たちは、ネタが無くても原因を説明すれば、わかってくれるだろうけど、本社(中央)は許してくれないだろう。”無能”だとか言い出すに決まっている。

 望月舞は、タブレットに表示されている情報を読んで、顔色が変わっていく、タブレットを持つ手が自然と震えている。座っていなければ、足の震えから、立つのが難しかったかもしれない。

「千明?」

「調べることは、可能よ。USBには、該当資料へのURLも添付している。ただ、言語が・・・」

「言語?」

「ギルドが提供している物で、まだ日本語への翻訳が終わっていない」

「え?最新?」

「そうなる。ちなみに、スペイン語とポルトガル語がほとんどで、英語とフランス語が少しだけあるかな・・・。あと、現地の言葉で書かれた資料もあった」

「え?翻訳は?」

「マイクロソフトの翻訳って本当に、優秀ね」

「わかった。”裏どり”が、必須ってことね」

「ごめんね。でも、ネタとしては、最高でしょ?あっそうだ。ギルドからの情報だと言わないでね。いろいろ面倒だから・・・」

 望月舞は、受け取ってしまった。USBを返すべきか本気で考えていた。
 持って帰れば、間違いなく”ネタ”だ、それも”特ダネ”に近い。ギルドからの情報提供だとは伏せて欲しいと書かれているから、会社に提出するときには、ネタ元は伏せる。おかしな話ではない。自分のネタ元を教えるマスコミ関係者は居ないだろう。

 ネタ元の追及はくるだろうが、問題ではない。正確には、問題になっても、誰も”藪をつつかない”ギルドだと推測しても、今のギルドにはマスコミの関係者は突っ込んではいけない。まだ、暴力団の事務所の方が”安全”だという人もいるくらいだ。

(確かに・・・)

 望月舞の葛藤は、”どうやって”自分たちへの影響を少なくできるのかを考えていた。

 望月舞を困惑させているギルドの出してきた情報は、魔物の狂暴化(群衆化)に関するレポートだ。
 そして、恐怖したのは、狂暴化した魔物を倒す方法が、”軍の出動”だということ、カメラや投光器の光に反応して攻撃を開始する可能性が語られている。そして、南米で発生した、狂暴化では詰めかけたマスコミ関係者100名以上と地方を守っている警備隊が全滅した。地対空ミサイルを使って、辺りを焦土化して狂暴化を抑えた事例などが書かれていた。
 そして、狂暴化を進める要因に、”人”が関わっている。

「人を捕食して、強くなる?」

 想像を超えないレベルの物で、信憑性を論じるには無理がありすぎる。内容としては、レポートの形にはなっているが、現象から推測されている。

「うん。それは、ギルド内では、確実だと思われている」

「でも・・・」

「そう、確認は不可能」

「うん」

「でもね。魔物を倒して、人はスキルを得るのよ?」

「え?うん。そうね」

「だったら、人を殺して、魔物は何を得るの?獣を殺して、魔物は何を得るの?」

「・・・」

「それとね。まだ、これは、円香さんの推測っていうか、妄想だけど・・・」

「なに?」

「舞。最初の犠牲者は誰か想像できる?」

「え?山本Dだよね?」

「うん。山本Dがこの天使湖に来たのは何時?どうやって、生きていた?近隣に聞き込みに行った?」

「あっ」

「円香さんは、十中八九。山本Dは、”魔物を食べていた”と考えている。もしかしたら、強力なスキルを得ていたのかもしれない」

「それは・・・」

「あのオーガは、通常のオーガじゃないってこと」

「・・・」

「蒼さん。あっ元自衛官で、最前線で戦っていた人だけど、”あの色のオーガは知らない”と言っている。それに、変異種ではなくて、上位種じゃないかと言っている」

「上位種?」

「そう、舞も、この仕事をしているのなら、知っているでしょ?」

「うん。ゴブリンの上位種が出たとか話題になっていた。その時には、自衛隊の小隊が2-3隊で倒したって聞いたよ?」

「そう、間違っていないけど、情報が足りない。ゴブリンの上位種が1体いただけで、小隊の1つが、全滅に近い損害を受けて、他の隊も被害を受けた」

「全滅?それって・・・」

「そう、殉職ね」

「うそ。だって、ゴブリンよ?スライムの次に弱いとされているのよ?」

「そうよ。そのゴブリンでも、上位種になると・・・。自衛隊の小隊なら蹂躙できる。舞。天使湖には、弱い魔物でも、ゴブリンの変異種。その次が、オークやオーガの変異種。でも、オークの変異種になると、1体の討伐に自衛隊の小隊が必要。戦車や攻撃ヘリが使えれば違うだろうけど・・・」

「無理よ!千明!天使湖には・・・」

 周りの視線に気が付いて、望月舞は、自分が叫んでいたことを認識する。
 柚木千明は、望月舞の行動を咎めなかった。自分も同じ気持ちなのだ。違うのは、絶望の中に一筋の光があるのを榑谷円香から聞いているのだ。天使湖周辺を覆っている不思議な透明な壁を、作っている者が、人類の味方であり、ファントムのコードネームで呼ばれている人物の可能性を・・・。

「そうね。魔物になってしまった、獣だけなら、自衛隊でも対応ができるだろうけど、他は無理」

「それじゃ・・・。ギルドは、どうするの?」

「自衛隊に、治安維持に必要な戦力の投入を進言する。天使湖周辺を焦土にしても、魔物の駆逐を行う」

「え・・・。でも・・・」

「まず、無理ね。でも、それしか方法はない。ギルドは、ハンターの派遣を中止する」

「え?」

「だって、透明な壁があって、中に入られないのよ?自衛隊の標準装備で破られないような物を、どうやって突破するの?」

「でも、あの透明な壁が無くなったら・・・」

「魔物が、溢れる可能性があるわね。実際に、透明な壁の中では、魔物が増えているらしいわよ?どっかの、マスコミが地元の人や、ハンターを雇って、山側から天使湖に向かって、魔物に殺されたらしいわよ。これは、マスコミは掴んでいるかもしれないけど・・・」

「っ・・・。ねぇ千明」

「なに?」

「これって、現実なのよね?」

「そうね。夢やゲームのイベントなら、よかったね」

 柚木千明は、望月舞に渡していたタブレットを受け取って、ギルドの拠点となっているキャンピングカーに向かって歩き出す。

 円香さんにお願いされたミッションはクリアでいいのかな?

「千明!」

「あっ円香さん。舞に情報を渡してきました」

「そうか、解った」

「よかったのですか?」

「なにが?」

「舞は、直接報道はしませんが、制作ですよ?」

「構わない。どうせ、どこかに流す情報だ。それに、調べればわかることだ」

 確かに、新しい情報もあるけど、調べればわかる事だ。
 実際に、ギルドのメンバーになってみて解ったけど、隠すべき情報は、ほとんど存在しない。秘匿コードで呼んでいる、”ファントム”の情報くらいだ。ファントムを秘匿しているのも、マスコミに知られると、ファントムを探そうとする可能性があるためだ。私も、マスコミで過ごしていたからよくわかる。
 円香さんも、茜も、孔明さんも、蒼さんも、ファントムの存在は疑っていない。でも、ファントムの人柄は、解らないようだ。顕示欲があるような人物では無いようだが、それ以外は何も解っていない。だからなのか、下手に接触をして、スキルが接触した者に向かうことを危惧している。

「千明。おかえり。何か食べる?」

「え?」

 茜がキャンピングカーから顔を出す。
 打ち合わせが終わったようだ。

 円香さんは、茜と入れ替わるように、キャンピングカーに入っていった。中には、孔明さんと蒼さんかな?まだ、何か話さなければならないことがあるのだろう。

「茜?」

 茜が、私を見ているが、私から茜に話しておいたほうがいいことはない。はずだ。

「うん。打ち合わせは、終わったよ」

「そう・・・。何か、ある?」

 円香さんとの打ち合わせだろう。情報の精査をしていたので、その関係だろう。

「何も・・・。透明な壁がある限りは、何もできないよね。壁が無くなっても、キャンピングカーを盾にするしかないよね?」

「うん。絶望的な状況には変わりがないのね」

 舞にも説明した内容だけど、ギルドの中では規定路線だ。
 最良を考えても、最悪な結果にしかならない。どれだけ、希望的観測で流れを考えても、絶望しか出てこない。

「うん。でも、誰が、なんの為に、透明な壁・・・。蒼さんは、”結界”じゃないかって言っているけど・・・」

「結界?あの?結界?」

「どの”あの”なのか、解らないけど、多分、千明が考えている通りの”結界”だと思うよ」

 結界・・・。そんなスキルがあるの?
 たしか、ファントムが調べていたと言っていたけど、ラノベ界隈で定番になっている”結界”なら、私でも知っている。調べても不思議ではない。

「茜。でも、不思議じゃない?」

「何が?」

「うーん。うまく言えないけど、誰かが、結界を発動したとして・・・」

「うん」

「透明な壁の距離がおかしくない?」

「え?どういう事?」

 説明が難しい。
 透明な壁が結界だとして、誰が作ったのかは、解らない。結界だったとしても、意図が解らないから気持ちが悪い。なぜ、隔離するような結界を作成する?なぜ、距離を空ける?

「うーん。なんで、魔物と人の間が、あんなに不自然なの?」

「え?」

 ドローンで撮影した様子を、茜に見せる。

 茜が、私が持っていたドローンのデータを、地図上に展開してくれる。私が持っているドローンのデータは、透明な壁が作成される前の物だ。そのうえに、解っている透明な壁のデータが上書きされる。

 これで、透明な壁の状況がわかりやすくなった。
 全部ではないが、私が貰ってきたデータだけでも表示される。透明な壁と魔物の位置関係が、今まで漠然としていたが、はっきりと認識できた。

 魔物の配置までは解らないが、おおよその場所は解っている。
 茜と話ながら、魔物の位置を記入する。

 茜は、途中からタブレットではなく、パソコンを引っ張り出してきて、データを処理している。パソコンで処理をして、結果をタブレットで表示している。二人で、見るには少々手狭だが、表示させる方法が他にはない。パソコンのモニターを覗き込むわけには、表示させるデータが多すぎる。

「お!丁度良かった」

 後ろから、声がかけられた。蒼さんだ。

「丁度よかった?」

「あぁ地図で検証をしているよな?」

「うん。この辺りの地図に・・・。何か、新しい情報ですか?」

「茜。USBに入ったレイヤーを重ねて欲しい。3Dのデータになっているから、平面にしてくれると助かる」

「はい」

 茜が、USBを受け取って、パソコンに挿入する。
 表示していた地図が消えて、新しい地図のデータ上に、蒼さんが持ってきた情報が表示される。

 ドローンのデータだろうけど、もっと詳細なデータになっている。

「これは?」

「ん?自衛隊と警察と消防の奴らが飛ばしたドローンのデータ。かなり精密だろう?」

「そうですね。魔物の位置も表示しますか?」

 茜がデータを調べながら、地図にデータを書き加えていく。

「頼む。これで、魔物の数が把握できるだろう?」

 魔物と透明な壁が表示される。立体図ではないので、高さまでは把握できないが、茜の言葉から、ドローンは壁沿いにデータを収集しているようだ。高さの情報も入っている。

「え?」

「千明。どうした?」

「茜。面倒なことを・・・」「いいよ。今は、少しでも情報が欲しい」

 茜が了承してくれたので、私が思ったことを率直に伝えた。

「確かに面倒だけど・・・。おおよそでいいよね?」

「うん!」

 地図上に情報が表示される。

「茜。プロジェクターが、キャンピングカーにあっただろう。皆で見るには、タブレットでは狭い」

「わかった。千明。プロジェクターを持ってきて!蒼さんは、スクリーンの用意をお願いします」

 茜の指示で、私はキャンピングカーに向かう。途中で、円香さんと孔明さんが居たので、事情を説明した。
 二人も、後で合流するから、検証作業を進めて欲しいと言われた。

 プロジェクターは、150インチのモニターとして表示される。そこそこ、高級なモデルだ。
 茜がセッティングを行って、蒼さんが持ってきたスクリーンに投影される。地図が表示されて、そこから透明な壁が表示されて、魔物が表示される。

「千明の想像が当たったみたいね」

「”だからどうした”と思える情報だけどね」

「それでも、一歩前進だ」

 蒼さんが言ってくれたが、”だから何”と思われてもしょうがない。

 透明な壁がいくつかの円で構成されている。だから、茜には円の中心を求めてもらった。
 全部で、12の円が確認できた。

「ねぇ茜。円の中心に、魔物が居ないのは偶然?」

「蒼さんの見解は?」

「中心?本当だな。別の言い方をすると、結界の中心には、魔物が居ない。中心から離れた位置には存在している」

「偶然?」「どうだろう、偶然にしては、全部の中心というのは・・・」

「あっ!!」

「千明!」「何か、気が付いたのか?」

「蒼さん。魔物の行動範囲は把握できているの?」

「え?」

「移動距離と言ったらいい?」

「・・・。無理だな。俺たちは、魔物を把握したら、殺していた」

「そうか・・・」

「千明は、どうして、行動範囲が気になったの?」

「うん。さっきの違和感に繋がるのだけど、魔物と透明な壁・・・。もう、結界でいいよね?」

 茜と蒼さんが頷いてくれる。

「結界と魔物の距離が、不自然なくらいに似ていない?」

 茜が、大まかに魔物との距離を表示してくれる。
 似たような数字ではないが、そこはまだ情報が不足している。

「茜。他の、ドローンのデータから魔物の位置を追加して、移動している魔物が居ると思う。個体識別は不可能だから、大体の位置で!」

「わかった」

 沢山のデータから抽出しての表示になるから、時間が必要になってしまう。
 茜の”終わった”という声と同時に表示されるデータは、私が思っていた通りの結果になった。

「これは・・・」「そうか・・・。結界を張った者は、魔物の動きを把握しているのだな」

 結界の中に居る魔物が移動した場所を表示していったら、私が持っていた結界が張られる前のデータを突き合わせても、警察や消防のデータにも、打刻されているデータから、結界が張られる前のデータが存在していた。
 しかし、すべてのデータにある魔物の位置を表示させても、結界からはみ出すことはなかった。

 すべての魔物が結界の中から出ていないことになる。
 結界が張られたあとなら、結界のおかげだと考えられるが、結界が張られる前のデータでも魔物が結界の外に出ていない。

 このデータが正しいのか判断が難しい。でも、魔物に対する新しいアプローチになるのも確かだ。安全に倒せる距離が解れば・・・。

 夕日が眩しい時間だ。

 天子湖から、私たちがいる場所は離れている。私は、スライムになってカーディナルに乗っている。

 状況分析と最終確認をしている。

 結界も上手く作動しているから、天子湖にいる人たちは中には入られていない。

 数名の、---多分自衛官だと思うけど・・・。結界を調べている。もしかしたら、鑑定のスキルを持っている人がいるのかもしれない。何度も、鑑定で調べているけど、私に繋がるような情報は結界では表示されない。
 もし、私に繋がったとしても、今の私はスライムだ。問題になったとしたら、逃げればいい。裏山は、まだ私の持ち物だ。動物?の楽園にすればいい。

 天子湖にいる魔物は駆除しなければならない。
 人を喰らった魔物は、人を求めるかもしれない。
 魔物は駆除すべき物だ。しかし、魔物と人の全面対決の様相になるのなら、私は第三勢力となり、人に味方する。魔物の目的が解らない。譲歩ができるのかさえも解らない。意図があるのかも解らない。解っているのは、魔物は排他的な存在だということだけだ。

 夕日が徐々に沈みかけている。天子湖の水面に夕日が反射して綺麗だ。

 偵察は十分できたと思う。いろいろ考えなければならない事は増えたけど、想定している範囲内だ。

 一緒に偵察していたライを見てから、カーディナルに地上に向かうように頼む。ライを載せているアドニスも一緒に降下する。

 スライムの状態で、切り株の上に乗る。カーディナルが、降ろした場所が切り株の上だ。綺麗に着られた切り株だ。

”ライ”

 ライもスライムの形で、私がいる切り株に登ってくる。

『はい』

”作戦を考えてみたけど、皆は?”

 作戦と呼べるか解らないけど、方針は決定した。
 魔物と人の配置や、物資の位置は実際に見て確認した。それに、作戦の開始のギリギリで配置が変わってしまう可能性があった。できるだけ最新の情報で、作戦を修正したい。

『救援に出た者もいますが、突入するメンバーを選抜しています』

”救援?”

『はい。探索範囲を広げた結果。近くの山にも魔物が散らばっています。討伐と動物たちの救済を行っています』

”わかった。突入のメンバーは?”

『揃っています』

 観察していたメンバーから、魔物たちの行動原理が解ってきた。

 どうやら、魔物のテリトリーに入らない限りは攻撃を開始しない。これは、今までの経験で解っていた。ここの魔物たちは、しっかりと連携している。一体が動き出すと連動して数体が動く、動いて空白地帯になった場所には、他の場所にいる魔物が動いてくる。
 正面から攻めようとした時には、魔物の集団に押しつぶされてしまう。

 オーガの変異種を狙おうとしても、彼らのいる場所を攻め込もうとしたら、他の魔物が一斉に動き出して前後を挟撃される形になってしまう。

 あと、天子湖のキャンプ場にいる人たちの投光器が厄介だ。私たちが見えてしまうのはある程度は諦めているけど、存在は秘匿したい。魔物たちも明るい方が戦いやすい種族が多い。私たちは、暗闇でも問題がない種族が多い。
 だから、夜になるのを待っていたのに、投光器やマスコミのライトが邪魔だ。彼らは何をしたいのだろう?

 いや、判り切っている。取材という題目で、自分や自分の家族や権力者以外のプライベートを暴きたいのだろう。それとも、自分は安全だと思っているのかな?私たちが結界を張らなければ、あの投光器やライトに虫が集まっている。あの投光器に、魔物が反応してしまう。自分たちは守られているとでも思っているの?

 だめだ。マスコミにはいい印象がない。あの遠慮がない問いかけは、何も考えていないか、”喧嘩を売っている”としか思えない。怒らせたいのか?

 ふぅ・・・。
 落ち着こう。

”ライ。投光器やライトは、誰なら壊せる?”

『同時に?ですか?』

”ある程度は、同時に壊したい。あと、他の待機している車やカメラを無力化したい”

『破壊だけなら、誰でも可能です。スキルを使っても良いのなら、フィズが適任だと考えます』

”フィズ?”

 フィズは、百舌鳥だ。
 スキル?あぁそうか、フィズは”石を飛ばす(ストーンバレット)”ことができた。石の強度が調整できる。泥のようにもできたはずだ。

『はい。ナップと一緒なら安全が上がります』

”わかった。フィズとナップは、開戦に先駆けて、投光器とライトを潰して、あとマスコミが持つカメラ・・・。フラッシュ部分だけでいいから潰して・・・。あと、カメラのレンズを汚してくれればいいかな”

『はい』『わかった!』

 フィズとナップから了承が送られてくる。
 パルの眷属は遊撃と連絡係だ。パル(女王蜂)の眷属では、単独で対応が難しい。単独での対応は、不可能ではないが、決死の覚悟が必要になる。複数の個体で攻撃をする必要があり、乱戦になってしまうような戦いにはむかない。

”パルの眷属は、遊撃。特に、人の動きに注意して”

『はい』

”ライ。分体を皆に付けても、戦闘は大丈夫?”

『大丈夫です』

 皆が集まってくる。
 家の守りは残しているが、飛行能力がある者は、集結している。

”カーディナル。アドニス。キング。クイーン。テネシー。クーラー。ピコン。グレナデン。そして、ライ”

 皆が、私の前に頭を下げる。
 私も、女の子の姿になる。皆に、指示を出すときには、こっちのほうが、”シュール”になりすぎない。スライムに命令されている図よりは、”まし”というレベルだけど、気分は大事だ。

 皆の返事を聞いて、作戦を伝える。

 作戦は、前から言っている通りだけど、少しだけ変更が入る。

 最初に、フィズとナップが、周りの光を潰す。車のライトは、汚すだけで十分。確実に汚すのに、ナップの力が必要だ。

 私とライが天子湖のキャンプ増にいる人と魔物の間に降り立つ。
 スライムの状態で、カーディナルとアドニスに乗って降り立ってから、私は女の子に、ライは男の子に変化する。武器を取り出して、近くの魔物と戦闘に突入する。その時に、テネシーとクーラーが右側から魔物の集団に切り込む。ピコンとグレナデンが左側から魔物の集団に切り込む。キングとクイーンは、オーガの変異種を牽制する。

 光が無くなったら、結界の中で、アイズとドーンが、結界の外側に群がる。投光器の予備がある可能性があるから、予備が来た時の対応を指示する。他にも、人が結界に近づかないように牽制を行う。結界は壊れないとは思うけど、スキルを全力で使った場合に、壊れてしまう可能性がある。壊れても、すぐに結界が発動しない可能性がある。魔石が壊れてしまえば、その部分は結界が発動しない。

 フリップとジャックが、キールとキルシュを連れて、結界の中に入る。戦闘が開始したら、私たちの補助を行う。いつものフォーメーションだ。

 作戦というよりも、力技だ。
 今回は、スキルを全力で使う必要があると思っている。そのために、結界を強めにしている。

”スキルはフルオープン。必要だと感じたら使って!あと、魔石だけは回収。魔物の遺体は必要ない。倒した魔物は、一か所にまとめよう”

『おぉ!』

 皆が了承してくれる。

”あとは、別に命がけで戦う必要はないからね。安全マージンを確保して戦って、負けそうなら逃げればいい。別に、私たちは魔物を駆逐する正義の使徒でもなんでもない。この場所が滅んでも、可哀そうだなと思う以上の感情はない。だから、皆・・・。解っていると思うけど、いつものように、怪我しないように、無理しない範囲で頑張ろうね!”

 さて、太陽が西にある山脈に姿を隠した。
 静寂が支配する時間帯が近づいてきた。天子湖の周りからは、人々の声が聞こえてくる。

 投光器が光りだす。マスコミのライトが、車のヘッドライトが光る。

”皆!行くよ!”

『出発します』『勝利を御身に!』

 勝利なんかよりも、皆の無事を祈って欲しいけど、皆は私のわがままに付き合ってくれている。
 私が心配しすぎるのはダメだ。

”お願い!”

 フィズとナップが出立してから、2分くらいが経過した。
 明るかった。投光器が破壊された。

 投光器の光が消えて、徐々に闇が降りて来る。

”ライ!カーディナル!アドニス!”

『はい』『おぉ』『っは!』

”ライ!状況を常に報告して”

『はい!』

 ライにお願いをして、私たちは天子湖のキャンプ場に向かう。

 向かっている最中も、外周部から攻めている者たちの状況が報告されてくる。
 先行していた、フィズとナップが結界の中に入って、魔物たちへの牽制を始める。少しでも、私たちの負担を減らそうとしてくれているのだろう。

”フィズ!魔物よりも、人の牽制をお願い。制服を来ている人と、スキルを持つ人には注意して!結界の内側から牽制をお願い”

 フィズとナップから了承と返事が来る。
 ライとのリンクで、制服を来ている者には注意するように伝達している。スキルへの対処は、何度も経験しているから、皆に共有している。でも、警官や自衛隊が持っている銃火器に対する対応はできていない。
 結界が、銃撃では破壊できなかった。ただ、自衛隊が本気になったら、結界が破られてしまう(かもしれない)。
 だから、警官や消防官や自衛官は、結界に近づいて欲しくない。魔物との戦闘に集中したい。

”カーディナル!急降下!”

 結界の上部から、目的地になって場所に、私とライが降り立つ。
 人の姿だ。武器を持っている。

 背格好だけでは、私たちと判別されない(と、期待している)。暗くしたのには、私たちを見られたくなかった。特に、マスコミにはいい印象がない。

 さて、やろう!

”ライ。左側をお願い”

『はい。アドニスと殲滅に入ります』

 最初の集団に目標を絞る。ゴブリンの上位種の色違いがまずはターゲットだ。
 魔物たちも、私たちの侵入に怒り心頭だ。

 やはり、指揮している個体が存在している。攻撃が、集団ごとに連携をしている。

”ライ!”

『はい。指揮をしている個体を狙います』

”お願い!”

 外周部からの攻撃も始まっている。

 外側からは、テネシーとクーラー。ピコンとグレナデンが、攻撃を開始している。スキルを使っての攻撃だ。

 倒した魔物から、魔石を抜き取っているのは、ナップやパルの眷属が行っている。闇に紛れて、拠点にしている場所に運んでいる。状況は、ライが整理している。ログのように、私にも流れ込んでくる。

 安全マージンを十分にとっての戦いだ。
 まだ序盤だけど、大きな問題は出ていない。

 このまま押し切れるとは思っていないけど、ゴブリンの上位種くらいまでなら問題はなさそうだ。

 オークの上位種が動き出す前に、ゴブリンとゴブリンの上位種だけは殲滅しておきたい。
 魔力には余裕がある。数値で表示されないから、不安ではあるけど、今までの戦闘経験から、感覚で判断している。

 だから、ゴブリンやゴブリンの上位種には、身体を強化しながら、武器だけで戦っている。

 上位種の色違いには注意が必要だ。
 連携されると少しだけ厄介だ。

 こちらも、連携をしなければ対応が難しい。

”カーディナル!”

 信頼できる。仲間に声をかける。
 上空から、”色違い”の武器を持っている方の肩を狙う。タイミングを見計らって、私は反対側に回り込む。

 上位種の色違いは、攻撃もだが耐久が段違いに違う。そのために、まずは攻撃方法を奪う。スキルだけなら、上位種とそれほど違いはない。ゴブリンは火系のスキルを使ってくる。オークは土系だ。オーガは、火系だ。

 腕を切られた”色違い”が絶叫を上げる。
 周辺にいるゴブリンや上位種が、私に殺到する。人の姿から、スライムに戻って、カーディナルに飛び乗る。上空に逃げる。

 スキルが飛んでくるが、カーディナルに施している結界を破れるほどではない。上空から、カーディナルがスキルを発動する。火のスキルに相対するのは水だが、カーディナルは水のスキルは使えない。私は使えるけど、スライムの形態で使うと、威力が強すぎるために封印中だ。
 カーディナルが使うのは、風のスキルだ。

 敵対している魔物たちに風のスキルでダメージを与える。

”降下!”

 カーディナルに短い指示をだす。
 色違いを倒してしまおう。

 カーディナルは、私の意図した通りに、色違いの正面に降下する。私は、カーディナルから飛び降りて、人の姿に変わって、武器を構える。
 後ろからの奇襲だ。序盤では、私のスキルは温存しておきたい。魔物もある程度の集団になっていると、学習をして、対応に変化が現れる。手札は、隠しておいた方がいい。

 色違いの足を切ってから、首に剣を突きさす。すぐに、絶命するわけではないが、ここまでダメージを与えれば、あとはアイズやドーンやジャックでも対応ができる。ナップやパルの眷属も居るので、魔石を取り出すこともできる。

”掃討するよ”

 色違いが倒れてしまえば、次は上位種だ。
 上位種なら、私かカーディナルで対応が可能だ。一撃で倒すのは難しいが、倒すだけなら難しくはない。周りを見ると、外周部に居たゴブリンやコボルトなどはすでに倒し終わっている。

 ライから上がってくる報告で、ライたちもゴブリンの色違いを倒したようだ。

 問題は、キングとクイーンだ。
 こちらに意識が向かないように、オーガの上位種と色違いを牽制してくれている。

 ライのサポートが入っているといっても、数だけでも6対2だ。上空に逃げるアドバンテージを使って、スキルを全開で使って、なんとか拮抗を保てている状況だ。キングとクイーンは、水と氷のスキルが使えるので、オーガの上位種には絶対のアドバンテージがあるが、色違いは水と氷の相対属性が使えるようだ。

”ライ。キングたちが苦戦している。誰かを向かわせられるか?”

『すでに、フリップが向かっています』

”フリップ?大丈夫なの?”

『キングからの要請です。風と水のスキルが使える。フリップが適任と判断しました。フリップには、上空からスキルでの攻撃を指示してあります』

”わかった。オーガの上位種や色違いが強ければ撤退するように伝えて!”

『わかりました』

 目の前の、ゴブリンたちが倒れるのを見ながら、次の目標を見定める。

 思っていた通りだ。
 魔物にはテリトリーが設定されている。集団になっても同じだ。テリトリーに入らなければ、襲ってこない。テリトリーの認識は行動を観察しなければ判明しないが、天子湖のキャンプ場にいる魔物たちのテリトリーはすごく狭い。一つの集団で、テリトリーを持っているように感じられた。重なっている可能性もあるが、一つの集団を倒しても他の集団が動き出さない事から、アクティブになるテリトリーは重なっていない。
 慌てて逃げると、テリトリーを縦断や横断して魔物がアクティブになる。
 だから、私たちは上空から下降して、他の魔物のテリトリーに接触しないように、各個撃破していく方法を選択した。

 問題は、上位種や色違いのテリトリーが広いことだ。アクティブになる距離は掴めているが、絶対ではない。だから、キングとクイーンには無理をしてもらっている。

 今のところは、私たちが経験から立てた作戦が当たっている。

『テネシーたちから報告です。動物たちはすでに意識を無くています。対処は不可能だという事です』

”わかった。残念だけど・・・。屠ってあげて”

『わかりました』

 これも予測していた。
 最悪の方向で・・・。動物たちを戻す事ができれば良かったのだけど・・・。

 悲しんでは居られない。
 魔物を放置すれば、動物たちが犠牲になってしまう。人が勝手に傷つくのは自業自得だけど、動物が魔物になって意識を失うのは・・・。

”ライ。次の集団に行くよ!カーディナル!アドニス!お願い”

 信頼する家族に、声をかける。
 まだまだ、ゴブリンを主体とした集団は、点在している。外周部の掃討が終わった、テネシーたちが合流してくれて、対応の速度は上がった。

 それでも、最後の集団を倒した時には、テネシーとクーラー。及び、ピコンとグレナデンは、力を使い切っている状況だ。
 テネシーたちには、ゴブリンの集団から得た物を回収する役目を新たに与える。

 天子湖のキャンプ場の山側に入る遊歩道近くに、布陣しているオークの集団を見る。

 序盤は、私たちの完勝だ。
 だか、疲弊はしている。テネシーたちの戦線離脱は予想の範囲内だが、最悪の状況だと認識している。

”ライ!カーディナル!アドニス!次は、オークたちだ!無理しないようにね!”

 ゴブリンの上位種や色違いを討伐した。

”ライ。慎重に対処して”

『はい』

 ライから、皆に向けての指示が飛ぶ。
 キャンプができる場所の殆どを解放できた。川?湖に隣接部分は、すでに魔物は掃討できている。

”ライ。こちらの被害は?”

 見た感じでは、被害は無いと思っている。
 大けがを追えば、ライがすぐに知らせてくれる。撤退を考えなければならない。

 気分が悪いだけで戦っている状況だ。無理をする必要はない。

『ナップが、人が放つ光で目をやられましたが、復活しています。アイズが、ゴブリンの色違いの攻撃を受けましたが、負傷は軽微。後方に下がらせました』

 色違いは強いけど・・・。
 投光器からの光をナップやダークが見てしまうと、目が潰れてしまうだろう。私だって、スライムになっていなかったら、あの光は強力だ。失明してしまうかもしれない。
 バッテリーを狙うにも、発電機を使っているし、意味がなさそうだ。それだけではなく、人と敵対する必要はない。私たちの邪魔をしなければ、参戦してくれてもいいと思っている。自己責任になってしまうから、できれば結界の中に入って欲しくない。
 自衛官や警官が弱いとは思わないけど、人が混じった乱戦になると、味方と敵の識別が難しい。私たちなら大丈夫だけど、自衛官や警官が持つ力を私の家族に振るわれたら、私は家族を守るために、人に牙を向ける。可能性ではない。確実に、牙を、爪を、力を、人に向けてしまう。

”ほかは?”

『大丈夫です。魔石が多くて、移送に時間がかかっています』

”それは・・・”

 魔石が多くなるほどの魔物が居たの?
 確かに、多いとは思ったけど、それにしては手ごたえが無かった。スキルで簡単に討伐ができてしまった。

 弱い。
 私の率直な感想だ。

 犠牲を出したくないから、弱いのなら問題はない。問題は、なんで弱いのか?人も殺されている状況だ。強い個体がいると想定していた。

 何か理由があるの?
 連携もしているし、意識がないから、連携すれば対応はできるだろうとは思っていたけど、想定以上に弱い。

 弱いと言っても、数はいる。魔物から取れる、魔石も大量に確保されている。
 魔石を放置するのは、経験から避けた方がいい。使い道も解ってきたから、全部を持って帰ろう。

『大丈夫です。現地で確保した者たちに協力を頼んでいます』

 現地?
 鳥系の動物はそれほど多くなかったと思ったけど・・・。ライが大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。

”安全?”

『はい。こちらに協力したいと申し出ています』

”わかった。他には?”

『ピコンとテネシーから、消えなかった魔物の処置を聞かれました』

”必要?”

 魔物は、素材になるけど、必要としていない。魔石は、使い道があるから、回収を考えていたけど、消えなかった魔物は必要としていない。特に、ゴブリンは食べられない。正確には、私やライなら溶かして、吸収ができるけど・・・。判明しているメリットが少ない。ライが吸収を実行した時には、バッドステータスが付与してしまった。あとで、解ったことだけど、バッドステータスを繰り返していると耐性が取得できたり、無効系のスキルが取得できたり、魔物が持っているスキルが取得できる。
 ゴブリンから得られるバッドステータス程度の物なら取得しなくても、無効にできる。ライが、アイテムボックスを取得できないか、試しているが、まだ取得ができていない。

『一部は、素材になるかと思いますが、ゴブリン程度は必要ない。です。上位種や色違いを数体だけ確保すれば十分です』

 ライも同じ見解だ。上位種や色違いは、まだ解らないことが多い。吸収を行って、発生する状況を調べておきたい。
 あと、死後でも鑑定が使える。詳しく調べれば、何かわかるかもしれない。

 消えない魔物が、上位種や色違いに多いのも気になっている。

”ライの判断に任せる。あっ獣から魔物になってしまった者たちは確保して”

 動物は、確保して近くに、墓地を作成したい。
 私のわがままで、偽善かもしれないけど、動物は被害者だ。魔物に侵されてしまった。

『はい。すべて、送るようにします』

 うん。
 ライに任せておけば大丈夫だろう。
 今の所、大物は犬や猫だけだから、テネシーたちと、ピコンたちで対応ができるだろう。
 難しくなったら、ライの分体に私が移動して、アイテムボックスを使ってもいい。

”お願い”

『はい!』

 人が騒ぎ始めている。
 想定の範囲内だけど、投光器があんなにあるとは想定外だ。

『マスター。結界に攻撃が開始されました』

”わかった。どこ?”

『オーガの近くに居た人です』

”はぁ?なんで?”

『どうしますか?』

”ダークを向かわせられる?”

『可能です。ダークだけでは、殺してしまいます』

”あっそうね。ナップと一緒なら?”

『それなら、拘束は可能ですが、ナップの存在を知られてしまいます』

”うーん。結界は、まだ持ちそう?”

『今程度の攻撃なら、突破される可能性は、”ゼロ”です』

”それなら放置で!一応、周りに、魔物が居ないことを確認して!”

『はい。そちらは、ダークを向かわせます』

”魔物を見つけても、攻撃はしないように!結界の外側は、無視するように!”

『はい』

 想定していたよりも、人の動きが激しい。
 マスコミだろう?

 前半戦が終わって、中盤戦に移行する前に、序盤の後始末をしておかないと・・・。

”キングとクイーンは大丈夫?テネシーとクーラーを向かわせる?”

『大丈夫です。牽制だけですが、オーガたちの動きは、想定以上に緩慢です』

 牽制だけでも、オーガの力だと、一撃でも当たってしまうと、ダメージが入る。キングとクイーンなら、一撃でやられる心配は無いが、それでも余裕は無いはずだ。動きが、緩慢なのはよかった。何が影響しているのかわからない。理由が解れば、戦い方も変わってくるし、今後にも活かせる。

”わかった、無理はしていないよね?”

 私のお願いだと、無理をしてでも叶えようとしてしまう。何度も、諫めてきたが、命令してでも辞めさせる必要がある。

『大丈夫です。倒すのは無理ですが、逃げるだけなら、容易い状況です』

 オーガの単体なら問題はないとは思っていた。
 複数体が確認できて、上位種や色違いまでいる。オーガの上位種とは対峙したことがあるが、強かった。色違いは初めてだが、上位種よりも強いと予測されている。簡単に勝てるとは思っていない。

”了解。ライ。魔物。弱い?”

 変に日本語になったが、意味が通じればいい。
 天子湖の魔物に抱いていた違和感の正体だ。
 魔物が弱いように感じる。裏山で最初に見つけたオークは強かった。怖かった。天子湖に群れを作っている者たちは、強いのだろうけど、怖さはない。私たちが強くなっているのかもしれない。犬の群れが魔物になってしまった時の方が怖かった。

『魔物は想定よりも弱いと思います』

 ライたちと話をして、想定していたのは、犬の魔物の集団や、オークの上位種や色違いを考えていた。個々では強いのかもしれないけど、拙い連携が悪い方向に作用して、個々の強さが出ていない。邪魔しあって、弱く感じてしまっている。

”そうだよね?何か、理由が考えられる?”

『わかりません』

”魔石の大きさは?”

『変わりありません』

 魔石の大きさが、魔物の強さを測るバロメータになっているのは、間違いではない。倒してきた魔物で、確認をしている。ゴブリンから得られる魔石よりも、ゴブリンの上位種の方が大きい。ゴブリンの上位種よりも、色違いの方が大きい。

 想定外なことが有ったけど、概ね考えていた作戦はうまく機能した。
 この前まで、女子高校生だった私が考えた穴だらけな作戦でも、皆が協力してくれて・・・。

 結界も、銃火器を使われない限りは、大丈夫そうだ。
 自衛隊や警官が攻撃し続けても壊れていない。マスコミの人たちがどんな攻撃をしているのか解らないけど、破られていない。

 結界の情報は、副次的な物だけど、私たちの安全が確保される重要な情報だ。
 この作戦で、家にあった魔石を使い切ってしまっているけど、補充もできている。

 さて、中盤戦に行ってみよう。

”皆!行くよ!準備して!”

 結界はまだ作用している。
 キャンプ場に居た魔物たちは、討伐できている。人の遺骸も見つかっている。人数は解らないが、マスコミが騒ぎ出すには十分な数なのだろう。

”ライ。人らしき遺体は、一か所にまとめて”

『すでに指示をだしてあります』

”ありがとう”

 さて、中盤戦だ。

 オークの上位種と色違いが相手になる。

 オークの上位種だけなら、私とカーディナルなら、100体でも対応ができる。
 でも、上位種の後ろに色違いが見える。オークが群れになっている。色違いは、戦力分析が難しい。よくわからない。

 オークのテリトリーはわかっている。今まで、戦ったこともある。

 分断は難しそうだ。
 共闘してくるとは思えないが、同時に襲ってくるくらいはありそうな距離感だ。

”全部で、20体くらい?”

『はい。23体です』

 戦っているのは、私たちだ。この場所で見ていても、誰かが数を減らしてくれるわけではない。
 自然と消えるような状況でもない。

”いくよ!”

 全体の指揮官になっていると思われる、オーガの色違いや上位種をキングとクイーンが対応している。早くしないと、負担が増えるばかりだ。

『はい』

 作戦は、ゴブリンたちと対峙した時は違う。
 オークが集団になっているためだ。外側からスキルで攻撃を加えて、倒れた場所から徐々に内部に食い込んでいく作戦だ。連携が取れている私たちだからできる作戦でもある。

 スキルで全体に攻撃を行うと、オークたちは動き出す。

”フルオープン”

 持っているスキルを使っての攻撃を許可する。
 私とライとカーディナルとアドニスは、スキルを温存する。オークたちの始末は、他の者に任せる。私たちは、オークたちを攪乱する役目だ。被弾しなければ、家族でも余裕なのだが、色違いがいる事から、被弾は命に関わってしまう。私とライなら、分体がやられてしまう可能性はあるが、命は大丈夫だ。何度か説明はしているが、家族からは反対されている。私もライも、被弾して分体を失うと、家族が心配してしまう。

 オークたちを観察していると、上位種と色違いしか居ない。
 通常個体は居ないようだ。通常個体が居れば、そこから切り崩せたのに・・・。

”アイズ!”

 私の指示で、アイズ隊からスキルが放たれる。
 一つの塊となる攻撃がアイズ隊は得意だ。火のスキルを風のスキルで相手にぶつける。単体の火のスキルよりも、効果が強くなる。連携技だが家族なら簡単にやってのける。

”ディック”

 数はそれほどではないが、ディックも参戦している。
 土のスキルが得意な者が来てくれている。足元に土のスキルを使って、小さな落とし穴を作る。10cmにも満たない落とし穴だが、オークたちのバランスを崩すには十分だ。

 バランスを崩したオークに、ドーンたちが突撃する。自分自身に強化スキルを使って、体当たりを行う。

 倒れたオークを、集中してスキルで攻撃する。できるだけ近接での戦闘はしない。

 近接での戦闘を始めれば、左右から倒れたオークもろとも攻撃を受けるのはわかっている。魔物たちには、仲間意識がないように思える。

 一体、一体、しっかりと倒していけば時間はかかるが討伐は完了できる。

”ライ。キングとクイーンは?”

『大丈夫です。余裕を持って、対応ができています』

”こっちは、残りは作業のような事だから、何人かは回せると思うけど”

『キングから、数が増えると、オーガたちからの攻撃を受ける者が分散してしまう可能性があるから、今の数で対応するということです』

”わかった。それなら、オークたちへの攻撃を強めて、オーガに早めに向かおう”

『はい』

 攻撃を強める指示を出す。
 もちろん、私やライがスキルを使えば、もう少しだけ早く討伐はできるのだけど、作戦の都合上、私とライとカーディナルとアドニスは温存する。

 特に、スキルは温存しておいた方がよいだろうという結論になっている。
 オーガの強さが未知数なのが大きな理由だ。

 キングとクイーンからの報告も逐一聞いている。徐々に分析も終わって、当初の予想している範囲を大きく越えない程度だと報告が来ている。安心できる情報だが、奥の手を残している可能性は存在している。

 オークに関しては、もう心配しなくてもよさそうだ。
 まとまっていた形だが、分断に成功している。最初は、中央に割り込んで、二つに割る。その二つを更に二つに割る。これを繰り返していけば、分断ができた。押さえる者たちの相性を見極める必要があるが、上位種はスキルを使用してこない。スキルが使えたとしても、ダメージを与えるほどではない。これは、今までの戦闘でわかっている。色違いは、”色”でスキルが判定できる。スキルは強力だけど、頻度は多くない。あとは、スキルの兆候を見逃さなければ対応はできる。

 肉塊に変わっていくオークたち。
 多くのラノベでは、オークの肉は食べられるとなっているが、目の前にある肉は”食べる事ができる”程度だ。スライムになって味覚が変わってしまっている可能性もあるが、おいしくはない。普通に、イオンで売っている100g100円を少しだけ越える程度の豚肉の方がおいしい。いろいろ加工してみたが、おいしくならなかった。パルの眷属やライが吸収して消費する。

『マスター。オークの処理は?』

”肉は、保護した動物たちが食べるかな?”

『肉食の者は食べるとは思いますが、それほど多くはないので、肉を確保する必要はありません』

”それなら、必要な部分だけ持って行って、放置。牙と魔石は確保。あと、心臓も確保して”

『はい。心臓は、吸収してよいですか?』

”うん。色違いなら、脳も吸収する?”

『はい。数体の脳を吸収してみようと思います』

”わかった”

 私とライが、オークたちの処分を検討していた時に、最後の色違いがバランスを崩して倒れた。
 そこに、皆のスキルが殺到する。

 最後は絶叫を上げる暇を与えないで倒しきった。

 さて、残るは、周りに散らばっている動物から魔物に進化した者たちと、オーガだ。

---

 何者かの攻撃で、投光器が壊された。
 その後すぐに、近くにある車のヘッドライトも壊されてしまった。光を付けなければ壊されないとわかった時には、半数以上のヘッドライトが何者かに壊されたあとだ。

「・・・」「・・・」

「おい。円香?」

「あ?」

「お前・・・。見えているよな?」

 榑谷円香に、桐元孔明が普段の言葉使いも忘れて問い詰める。

「聞きたいか?」

 ため息をつきながら、榑谷円香は桐元孔明を見る。”見えていた”という表現が正しいのだが、他の者には感知ができない事象を、榑谷円香は”見る”ことができる。そういうスキルを持っている。

「是非、聞かせてくれ」

「蒼。孔明。後悔しないか?」

 二人は、榑谷円香から告げられた”後悔”は、すでに何度もしている。そのために、今更の気持ちが強いので、素直に頷けた。

「わかった。茜!」

「はい?」

「お前も聞いてほしい」

「わかりました。千明は?」

「そうだな。一緒に・・・。キャンピングカーの中で話をしよう」

「わかりました!」

「孔明も、蒼も、それでいいよな?」

 二人が頷いたのを見て、手に持っていたカップを持ち上げて、キャンピングカーに移動する。

「それで?円香。何が見えた?」

「まずは、状況の整理がしたい。そのうえで、見たことを説明する」

「わかった」

 桐元孔明が、皆を代表して、榑谷円香に質問をする。
 質問は、誰が初めてもいいが、質問に答えるのは、榑谷円香だ。ギルドの代表に、質問ができる人間は少ない。それでなくても、榑谷円香は秘密主義ではないが、説明がうまくない。そのために、桐元孔明がしっかりと質問をしないと、話が飛んで収拾がつかなくなる。質問に質問で返される可能性もある。そして、回答を整理して皆につたえる必要がある。その役目は、桐元孔明にしかできない。

「茜」

「はい?」

「透明な壁の確認は?」

「範囲は、推定も入りますが、確認が終わっています」

「地図に出してもらえるか?」

「モニタに表示しますか?」

「せっかく、周りが暗いから、プロジェクターで投影してくれ、投影したほうが、皆が見えるだろう」

「わかりました」

 里見茜が、端末を操って、プロジェクターでデータが投影される。

 皆の視線が、榑谷円香に集まる。

 プロジェクターで表示されたデータを食い入るようにギルドのメンバーが見ている。

「それで円香?見えない壁がどうした?」

「孔明。説明の前に・・・。茜」

「はい?」

「把握出来ている魔物の位置を追加して欲しい。あと、獣は除いてくれ」

「難しいことを・・・。少しだけ待ってください」

 里見茜が端末で、データの整理を行う。

「円香?」

「予想が当たれば、これからの対応が少しだけ楽になるかもしれないぞ?」

 上村蒼は、榑谷円香の言葉を聞いて、浮かせた腰をまた椅子に降ろした。
 柚木千明が、里見茜がデータの精査をしているのを見て、時間が必要だと判断して、キャンピングカーから出て、飲み物を準備する。

”にゃ!”

「私の護衛?」

”にゃ!にゃ!”

 3匹の猫がいつの間にかゲージから出てしまっていた。
 柚木千明がキャンピングカーから降りると、二匹の猫が付いてきた。柚木千明の左右を守るように歩いて居る。キャンピングカーには1匹の猫が残っている。

「ふふふ。ありがとう」

 柚木千明は、しゃがんで二匹の頭を撫でる。
 そのあとで、外に置いてあったクーラーボックスから皆が好んで飲んでいる飲み物を取り出す。

「君たちも何か飲む?お水?」

”にゃ!”

「本当に、会話ができるみたいだね。お水なら一回。ミルクはないから・・・。飲み物がいらないのなら、二回鳴いて」

”にゃ!”
”にゃ!”

「え?本当?お水?」

”にゃぁ”

「うーん。検証は、名前を考えてからだね。まずは、水を飲むための器は・・・。紙皿でいいかな?」

”にゃにゃ”

「大丈夫みたいだね。本当に、君たちは・・・」

 猫たちを眺めながら、不思議な者を見ている気分になったが、柚木千明は飲み物を持ってキャンピングカーに戻った。
 里見茜がパソコンをいじっていたので、まだデータは表示されていない。

 一緒に外に出た猫もキャンピングカーに戻って、ゲージの中に入って出された水を飲み始める。

「うーん」

「千明?どうした?」

「あっ円香さん。なんでもないです」

「そうか?何か気が付いたら、教えてくれ、些細なことでも何かのヒントになると思う」

「わかりました」

「できた!円香さん。表示します。あっデータが不足している部分がありますけど、いいですよね!ダメって言っても、無駄です!」

 なぜかテンションが上がった里見茜が榑谷円香に許可を求める。実際には許可ではなく報告だが、許可の形になっている。

 透明な壁の中にすべての魔物が閉じ込められている様子が明確に表示されている。

「円香?」

 桐元孔明の問いかけを手で制して、ポインターを取り出した。

「茜。こいつと、こいつと、こいつは、動いていただろう?行動履歴が表示できるか?あと、透明な壁までの距離を大凡で構わない表示してくれ」

「はい。はい」

「”はい”は一度でいい」

「はぁーい」

 情報は準備ができていたので、すぐに表示された。

「移動は薄くしました。プロジェクターでは見え難いので、他を消しますか?他にも、動いているデータがあるので表示します」

「そうしてくれ」

「はい」

 データの表示がなくなって、動いている魔物だけの表示になる。

「円香・・・。これは?」

「偶然だと言いきれれば、いいのだろうが・・・。孔明。どうおもう?」

「これが偶然だとしたら・・・。魔物との戦いを、神頼みにしている連中を笑えない」

 桐元孔明は、表示されている距離に注目している。

「円香?孔明?」

「蒼。透明な壁までの距離が、ほぼ一定になっているだろう?」

「それだけではない。魔物同士。動いている魔物同士の距離がほぼ一定だ」

 榑谷円香がポインターを使って解説を始める。

「円香。説明は理解した。そうすると、魔物によって行動範囲が存在すると言いたいのだな」

「そうだ」

「検証が必要だな」

 上村蒼が、検証が必要だと言ったのは、これが事実なら魔物の行動範囲外からの攻撃が可能になる。それだけではなく、行動範囲のギリギリに罠を設置することも可能になる。

「蒼!まて、検証は必要だけど、攻撃を受けたらどうなるのか解らんぞ」

「は?」

「円香。それで、何が見えた?」

 榑谷円香は、柚木千明から渡されたペットボトルの蓋を開けて、飲んでから、大きく息を吸い込んでから、吐き出した。

「孔明。蒼。まずは、透明な壁の中は見えないよな?」

「あぁ」「そうだな。円香は見えたのか?」

「見えた・・・。とは、違うが、見えた」

「それで?」

「まず、魔物の脅威は無くなった。いや、無くなったとは違うのかもしれないが、天使湖のキャンプ場に居た魔物は駆逐された」

「は?」「何!?」

 立ち上がろうとする二人を榑谷円香は手で制してから、二人にペットボトルを投げる。受け取った二人は、一気に半分ほど飲んでから、座りなおす。

「円香!」

「透明な壁・・・。結界と表現する。結界の内部が暗くなった。そのあとで、煙のような物が充填された」

 皆が首を縦に降って肯定する。

「ただ暗くなっただけなら、目が慣れてくれば見えるはずだ。誰も見えなかったのか?」

 これも、皆が肯定する。

「結界は、外からの侵入を防ぐ」

「あぁ」

「スキルを使わない侵入も含まれている。いや、物理法則の侵入と言った方が正確か・・・」

「円香!スキルを利用すれば・・・」

「試した。スキルが使える者に、結界を攻撃してもらった。結界は、すぐに修復された。攻性のスキルは防御されているようだ」

「本当か?」

「あぁ」

「ちょっと待て、円香。結界だと仮定して、そんな物が・・・」

「スキルとしては見つかっていない。存在はしていない。ファントムと思われる者が調べているが、取得しているとは・・・。結界は、今は置いてく・・・。いいな」

 榑谷円香のセリフで、全員が頷く。
 結界の検証などできない。

「円香。結界は破壊できないのか?」

「今は、結界を破壊できるとしても、結界の破壊は行わない方がいい」

「なぜだ?」

「蒼。結界が魔物を押さえつけているのだぞ?」

「しかし、キャンプ場にはもう魔物が居ないのだろう?」

「そうだな。キャンプ場には居ないと思う。だが、結界はキャンプ場だけではないぞ?山小屋まで覆われている。結界が繋がっている状態か判断ができない状況で破壊するのはリスクが高すぎる」

「そうだな。すまん。話を戻してくれ」

 上村蒼は、理解はしたが、納得はできない。魔物を討伐してきた自分たちが何もしないで、魔物が駆逐されていく状況が許せない。自分に何ができるのか解らないが、解らないからこそ、自分で確認をしたいと思っている。

「蒼の気持ちも解るが、今は堪えてくれ」

「・・・。あぁ解っている」

「円香。他には何が見えた?」

「戦った者たちだ」

「!戦った!複数なのか?突然!魔物同士で戦ったのか?」

「蒼。落ち着け、正直に言えば、解らない。姿までは見えたが、結界があるからなのか、詳細までは見ることができなかった」

「すまん。姿だけでも手がかりになりそうだな」

「そうだな。これから、話すのは、”見た”ままを説明する。真偽は、論じるつもりはない」

 皆も解っているのだろう。榑谷円香の言葉に頷いている。

 それから、しばらくは皆が黙って、榑谷円香の説明を聞いた。

「円香。悪い。確認させてくれ」

「蒼?」

「結界が暗くなって、いきなり、猛禽類・・・。鷲と梟がゴブリンの変異種に突撃した?」

「そうだ」

「蝙蝠や雀や椋鳥が、結界の中に集まって、ゴブリンの上位種を襲い始めた?」

「そうだ」

「いつの間にか、中学生くらいの女と男が、刀を持って、変異種を倒していた?」

「そうだ」

「上位種と変異種を倒した者たちは、オークの上位種や変異種に向かった?」

「そうだ」

「二組の梟が現れて、スキルを使った?他の動物たちも、中学生たちも、スキルを使っている?」

「確実だとは言えないが、炎や氷が見えた。推測だがスキルだと考えるのが良いだろう」

「それだけでも異常なのに、倒した魔物は、蜥蜴や蜘蛛たちが、まとめた?」

「そうだ。それが、”見えた”状況だ」

 榑谷円香は、ペットボトルに残っていた者を喉に流し込んだ。空になったペットボトルを握りつぶした。

 キングとクイーンに、追加の援軍を送った。オークの処置は、後方で待機していた者たちに頼んだ。

”ライ!”

『はい。ダークとドーンで、結界の外を警戒させます』

”うん。魔物が居たら、討伐を頼める?”

『上位種までなら、色違いが居たら、ピコンとグレナデンを向かわせます』

”お願い”

 ダークとドーンなら、結界の外に居ても不自然には思われない。と、いいな。

『マスター。結界の外、2キロ範囲には、魔物は居ないようです』

”わかった。動物も?”

『魔物になってしまった。猫が3匹だけ確認できました』

”え?魔物?猫?”

『はい。意識ははっきりとしています。ギルドとかいう組織に属している者たちと一緒に居るようです』

”え?ギルドの人たちと?”

『はい。恩義を感じていて、このまま守りたいと思っているようです』

”わかった。眷属にはなっていないのだよね?”

『はい。確認しました。マスターとの繋がりはありません。作りますか?』

”いいよ。ギルドの人たちと一緒に居るのなら、私たちと違うと思うよ”

『わかりました。その3匹の猫以外には、魔物は存在しません』

”わかった。結界の中だけを片づければ、大丈夫だね”

『はい』

 オーガの気配は、7体。
 あとは、新しく産まれたのかな?魔物が15体・・・。もう少し多いかな?前から存在していた獣が10体ほどいるけど、そっちは任せても大丈夫かな?

”ライ。獣がいるけど、そっちは?”

『アイズとフリップが向かっています。意識があれば、連れて帰ります』

”わかった”

 人の遺品もかなりの数が見つかっている。それらは、一か所にまとめてある。私には不要な物がおおい。
 あっ。カメラのメモリだけは抜いておいた。バッテリーが切れていて、写っていないとは思うけど、万が一があると嫌だ。特に、私がスライムから人になる所は撮影されていたら困る。全裸の状態を見られてしまう。
 ここの始末が終わったら、街に買い物に行きたい。新しい服とかは無理だけど・・・。下着も無理・・・。あっ新しい漫画は欲しい。ポイントが溜まっていたはず。そうだ。ギルドで、魔物の素材とか買い取ってくれるよね?売れないかな?ダメだよね?

 ネット査定とかないのかな?

 帰ったら調べてみればわかるかな?
 光熱費は、かなりの金額で押さえられているから、前よりはすごく楽にはなったけど、収入がないのは困る。
 確かに、家は持ち家だけど、毎月減っていくのは精神的に耐えられない。それに、私の寿命がどうなったかわからないけど、ライや家族たちが困らないようにしておきたい。

”ライ。結局・・・。魔石は?”

『全部で、217個です』

”怪我をした子は?”

『居ません、全員が、安全マージンをしっかりと確保して戦っています』

”よし!皆。休憩!終わり!キングとクイーンへの圧力を減らす為に、オーガ以外の奥に居る魔物を倒すよ”

 オーガが釣れたらラッキーだけど、キングとクイーンの報告から、オーガは釣れそうにない。
 ”釣り野伏せ”が使えたら、楽だけど、報告を聞いている限りだと、反転してもすぐに戻ってしまうようだ。反転しても、追いかけてこなければ、両側に伏せている者が攻撃に参加できない。

”ライ。周りの掃討を頼んでいい?”

『はい。大丈夫です。マスターは?』

”私は、カーディナルと一緒に、オーガたちを観察する”

『わかりました。アドニスも一緒に連れて行ってください』

”わかった。カーディナル。アドニス。お願い。アドニスは、キングとクイーンをスキルで援護”

 ライが皆をまとめている。
 結界の中に居る魔物の数は、増えているけど、産まれたばかりなのか、弱そうだ。

 逃げないから、討伐が楽だけど、全滅以外に決着が無いのが少しだけ哀しい。”逃げる”魔物は、知恵が芽生えた者だと思うし、知恵があれば、意思の疎通が可能かもしれない。意思の疎通が出来れば、共存の方法が見つかるかもしれない。

 想像の上に妄想を重ねた考えだけど、今の状態よりは数万倍ましだと思う。

”カーディナル。上空でホバリングできる?”

 カーディナルが、結界のギリギリまで上昇する。
 ホバリングを開始すると、本当に動かない。私が乗っているのに、すごい。

 下を見る。
 JKの時には、目が悪かったけど、スライムに変わって目もよくなった。かなり上空だけど、戦っているオーガたちがよく見える。

 私を警戒している様子はない。
 キングとクイーンの陽動がうまく出来ているのだろう。

 ひと際大きな個体は動いていない。
 左右に色違いのオーガを従えるようにしている。

 他の4体でキングとクイーンに攻撃をしている。連携が出来ているようには見えない。各個撃破は難しい。

 ん?
 キングを襲っている者とクイーンを襲っている者が交差する。

”キング。クイーン。攻守を入れ替えて!できる範囲で!”

 二人から了承の返事が来る。
 空中で二人が場所を入れ替える。

 やはり。
 見間違いではなかった。

 攻撃のスイッチができないのだ。

”クイーン。一時的に、下がって、キング。少し、負担がかかるけど、無理なようなら逃げて!”

 クイーンが後ろに下がると、クイーンを襲っていたオーガの色違いが、前に出て来る。キングが、その場に踏みとどまっているのに、キングではなくクイーンを追う。距離が離れると、クイーンを襲っていた色違いは、戻って定位置?についてから、キングを改めて襲い始める。

”キングも下がって、ゆっくりと、クイーンの位置まで!”

 キングも下がらせる。
 4体のオーガは、キングに引きずられるように出て来る。陣形が崩れそうになる瞬間に、元の位置に戻ってしまう。あの距離では、間に割って入るのは難しい。6体の・・・。最悪は、7体のオーガに挟撃されてしまう。

 ゲームなら、何度も試してみて、いい戦術を探すのだけど、これは現実だ。家族を危険に晒すのだから、勝率の高い方法を考えなければならない。それが、私の役目だ。

”カーディナル。色違いを、足止めできる?”

 カーディナルなら問題はない。私もそう見えている。
 問題は、テネシーとクーラーとピコンとグレナデンだ。カーディナルとアドニスとキングとクイーンなら、一体なら倒せなくても、翻弄はできる。

 そうか、テネシーとクーラーで一体。ピコンとグレナデンで一体を翻弄している間に、私とライでボス・オーガ(今、命名)を倒せばいい。あとは、苦戦している者が対峙しているオーガから倒していけばいいはずだ。

 オーガの行動範囲も大凡で把握できた。

 ライたちの掃討が終わったら、最終局面だ。

 しっかりと、オーガを観察して攻撃パターンを覚えないと・・・。

 意識がない魔物は、攻撃がパターンになってくる、大きな攻撃やスキルを使う時に、予備動作が入る。必ずではないが、スキルを利用する時には、お約束のような動作が加えられる。
 オーガにも、予備動作は存在している。

 キングとクイーンから、かなりの予備動作が報告されている。

 わたしは、その中から危険度が高そうな攻撃やまだ隠していると思える攻撃を予測する。
 特に、行動範囲外の敵に攻撃するスキルの存在が鍵になってくる。

 意識なき魔物は、攻撃がパターン化する。
 個体ごとに違うので、単純に比較はできないが、行動(索敵?)範囲内に敵が居なければ、遠距離を攻撃できるスキルでも使ってこない。動物が魔物化して、意識を無くしてしまった場合には、行動範囲外でも敵対行動が確認されたら攻撃してくる。この違いは、複数でまとまっていても変わっていない。
 キャンプ場の魔物を倒すときに、確認していた。

『マスター。魔物と獣の掃討が終了しました。これで、オーガ7体のみです』

”ありがとう。作戦を説明する”

『はい』

 ライからの報告を受けて、私が考えた作戦を告げる。

 最終局面だ。
 あと、7体。
 でも、上位種でもなく色違いだ。ボス・オーガは上位種の上位種なのかな?よくわからないけど、強いだろう。

 私とライなら、最悪・・・。倒されても復活はできる。でも、他の家族はダメだ。だから、ボス・オーガは私とライが担当する。これは、譲れない。

”さぁ最終局面だよ!無理しないで、全力で戦うよ!スキルも使い切るつもりで出していいからね!”

 皆の声が頼もしい。