スキルが芽生えたので復讐したいと思います~ スライムにされてしまいました。意外と快適です。困らないので、困っています ~


”人が多い”

 この前よりも、人が増えている。
 スマホでも持ってくれば、調べられたのだけど、取りに戻る時間がもったいない。

 魔物の数も増えている。
 山側の封鎖が出来ていないのだろうか?

 え?

”カーディナル。オーガの近くに移動して”

 カーディナルにお願いをして、オーガたちが居た小屋が見える場所まで移動した。

”なんで?”

 そこに居るオーガたちは、人を捕らえている。残念ながら、死んでいるのは見た目で解る。頭が潰されている。
 一人や二人ではない。目視だけだが、5-6人は犠牲になっている。もっと多いかもしれない。

 今の私は、スライムで、歯は存在しないけど、奥歯がギリギリしているような感情に支配される。弱肉強食は理解できる。理解できるが、納得できることではない。

”カーディナル。一度、皆の所に戻って!”

 カーディナルが方向転換をする。
 攻め込む場所は、川向うからと決めた。人が居ない場所から、攻め込む。

 作戦の変更を皆に伝える。

 アイズとドーンに結界を設置してもらう。ダークにも手伝ってもらう。実際の設置は、ナップが行う。

”アイズとドーンとダークで、山側。オーガたちが居る小屋の周りと、魔物たちが居る場所で山側に結界を設置して欲しい”

 皆が、私の話を聞いてくれる。

 人が入り込まないようにするためだ。人が入り込んでいる状況を考えると、作戦の開始と同時では、結界が間に合わない可能性が出てきてしまう。人を助けたいわけではない。家族に犠牲がでるのを防ぐためだ。山側さえ結界で侵入を防げば、キャンプ場では自衛隊と警察隊がバリケードを作っているので、大丈夫だ。川側は、どうやら越えてこないようなので、考えなくても良いだろう。

『ご主人さま。天子湖側にも結界を設置したほうがいいと思います』

 ライが、起用に触手を伸ばした先には、川をボードで渡ろうとしている人たちが見える。カメラを抱えているから、マスコミなのだろう。

 死にたいらしい。
 見てしまったからには、なんとかしたい。カラントやキャロルを連れてくればよかった。

”ジャック!フィズをサポートにつれて、結界を張って、船での上陸を阻止して、キルシュは向こうで活動を開始して、危ないと思ったら逃げてね”

 承諾の意思を伝えてくる。

”アイズとドーンとダークも、キールとナップを連れて、行動を開始!”

 皆が一斉に飛び立つ。
 自衛隊の人たちだろうか、何人かがこちらを気にしているように思えるが、見えては居ないだろう。キョロキョロしている。気配の遮断は無理だが、姿はうまく隠せているようだ。

 状況は、私たちが考えていたよりも悪いかもしれない。
 山の中に居る魔物を数えると、合計で200に届きそうな数だ。まだ時間があるので、キング&クイーンには、人が生活している場所を偵察してもらう。テネシー&クーラーには天子湖の周辺を見て、他に魔物が居ないか確認してもらう。ピコン&グレナデンには、オーガが居る辺りを、重点的に行動範囲を確認してもらう。
 近くの山に、小動物が居ないか結界作業を行っていない者に確認を頼んだ。この辺りの生態系がわからないが、魔物に荒らされたのは間違い無いだろう。確認しだい。保護することにした。一旦、私たちが拠点にしている場所に集まってもらってから、希望者を裏山につれていく。

 周りの状況変化と、人の多さへの対処を行った。

 なにやら、自衛隊なのか、警官隊なのかわからないけど、バリケードを構築した場所に、人が集まっている。声は聞こえないし、きっと気にしたらダメな状況なのだろう。無視して、私たちは、作戦の最終確認を行う。

 まずは、結界と魔物の現状を確認する。

 魔物の数は、200を軽く越えていた。
 オーガに近い場所には強そうな魔物が揃っているようだ。ゴブリンたちも統率されている。それから、犬に見える魔物も居る。角が1本か2本生えている。角犬?が、ゴブリンに従っている。角猫は見当たらない。イノシシの角有りも存在している。角猪なのか?鹿は見られない。牛や羊も居ない。家畜は魔物にならないの?

 ゴブリンにも角が生えるようだ。オークにも角が生えている個体が居るようだ。スライムは居ない。魔物だけど、同種であるスライムを倒す気にはならないから丁度よかった。
 二足歩行のトカゲも居る。リザードマンと呼ばれる魔物だ。
 牛の顔をした魔物も居る。ミノタウロスと呼ばれる魔物だ。

 小屋の所に居るオーガが強いのは、感覚で解る。オーガたちは、私とライにしか倒せない。ミノタウロスやリザードマンも強そうだけど、カーディナル基準では、オーガの1/10程度の強さだと言っている。そのミノタウロスは、オークの角2本と同じくらいらしい。

 オークやゴブリンは、いろいろな色が居る。
 カーディナル基準では、黒に近づくほど強いようだ。角1本は黒ゴブリンよりも強い。オークも同じようだ。

 怖いけど、家族が傷つくよりもいい。
 私とライなら、倒せる。カーディナルもアドニスも、補助をしてくれる。大丈夫。ダメだと思ったら逃げればいい。

 結界は維持されるだろう。魔物が中で増えるかもしれないけど、外には出ないし、人も入らない。何度も何度も、戦闘を繰り返せば倒せる。私とライなら、家族なら、倒せる。

 ライが、皆から状況を確認してくれた。

『ご主人さま。人と思われる物体は、全部で17名分です』

”そう”

 私がもう少しだけでも・・・。早く来ていれば・・・。この思いは危険だ。私の手はそんなに長くない。私のわがままに家族を危険にさらしている。これ以上を求めるのは、傲慢だ。

『それから、結界を張り終えました』

”ありがとう。そう言えば、川を渡っていた人たちは?”

『結界に阻まれて、なにか文句を言っていました』

”そう、上陸は阻止できたのよね。よかった”

『はい。結界の中に、生きている人間は居ません』

”わかった。思いっきりスキルを使っても良さそうね”

 何の目的があって、魔物がいると解っている場所に足を踏み入れたいのか?
 武器らしき物を持っていたから、討伐が目的だとは思うけど・・・。アメリカみたいに、民間人が銃を持っているわけじゃない。あんなナイフで、魔物を倒せるとは思えない。ゴブリンはわからないけど、オークだとナイフが折れるだろう。バールのような鈍器をフルスイングすれば、ダメージを与えられるとは思うけど、倒すのは難しい。一発で殺らなければ、反撃が来る。それも、一撃で人が殺せる反撃だ。
 私のように、岩を落とせれば別だろうけど、魔物を倒すのは本当に大変だ。
 私の家族のように、複数のスキルと攻撃性のスキルを駆使すれば倒せるとは思うけど・・・。

『はい。ご主人さまから見せていただいた写真とは、変わっていました。攻撃性のスキルを使用して、破壊しても問題は無いでしょう。魔物たちが行ったことです』

 作戦を考える時に、地図で天子湖を確認している。
 小屋の位置は、衛星写真で確認できた。

 確かに、面影が無いくらいに破壊されている。

”そうね。悪いのは、魔物だよね”

 ライの言い回しに少しだけ和んでしまった。私たちも”魔物”だ。だから、魔物がしでかしたこと・・・。
 そうだ、悪いのは”魔物”だ。攻撃性のスキルを使うと、間違いなく地形が変わってしまうが、しょうがない。自衛隊が、戦車で攻撃するよりはマシだと思ってもらおう。小屋の周りの木は諦めてもらおう。禿山にはならないとは思うけど、一部は地肌が露出するくらいは、覚悟してもらおう。
 魔石を使って、木々を移植すれば、復活も早いとは思うから、それで許してもらおう。

『はい』

 ライの嬉しそうな返事が嬉しい。
 そうだ、私たちは”正義の味方”でも、”神々の使者”でも、”人類の防人”でもない。ただ、私が気に入らないから、魔物を討伐する。
 人から見たら、私も魔物だ。
 ”悪”対”惡”の戦いだ。生存をかけた戦いでも、人類を背負っての戦いではない。掛かっているのは、私の”気分が悪い”という気持ちだけだ。ダメだったら、さっさと逃げよう。

 バイバスに入っても、渋滞は解消しなかった。
 興津川を越えた場所で、事故が発生している。事故は、一箇所ではなく、蒲原に入った場所と富士川の橋でも事故が発生していた。

 そのために、到着予定時間が伸びてしまっている。ナビには、その先でも渋滞している状況が表示されている。

「円香!ダメだ。渋滞が酷い。76号を使うぞ」

 上村蒼は、ナビを操作している榑谷円香に宣言する。

「富士富士宮由比線か?狭い場所が多いけど、大丈夫か?」

 県道76号は、途中から山道になる。
 山の中を突き進む。WRCのドライバーなら、100キロ近い速度で走るだろうけど、上村蒼が運転しているはキャンピングカーだ。多少は、いじっているが、それでもレース仕様車とは比べられない。車幅も、ギリギリだと予測される箇所が多い。

「車幅は大丈夫だ。茜。電波がはいらなくなる可能性がある。大丈夫だとは思うけど、一応、注意をしていてくれ」

 上村蒼は、道を知っている。自衛官だったときに何度か通っている。
 大丈夫だと言い切る。

 山の中に入ると、民家がなくなる。そのために、携帯の電波が届かない場所が存在する。

「はい。了解です」

 里見茜は、積み込んだUMPCを確認して、ダウンロード状況から、大丈夫だと判断した。
 情報のダウンロードが終われば、天子湖での作業は困らない。最悪は、電波がなくても大丈夫な状態にはなっている。

「ナビの通りなら、10号で上がって、国道52号の身延道が良いだろうけど、渋滞が考えられる」

「富士川身延線を上がって、行くほうが早くないか?」

「わからん。地元の人間なら、10号を使うだろう?都市部から来ている奴らは、身延線だろう?」

 山梨側に向かう路線の話をしているのだが、路線名と国道や県道が入り混じった会話だ。
 道を知らないものには、何を言っているのか意味不明だろう。

「孔明。”迎え”が、出せないか?」

 天子湖に向かう道路は、二本だ。キャンプ場が占拠されているという話なので、実質は富士川沿いから上がっていくしか無い。

「連絡をしてみるが、期待するなよ?」

「子安神社あたりで、道路を封鎖してくれていれば、多少は違うけど・・・。山梨県警は対応をしているのか?」

「わからない。合わせて聞いてみる」

「頼む」

「あっ孔明さん。398号の封鎖状況も確認してください。上稲子長貫線です」

 地図を確認していた里見茜が富士山側からのアクセス路線を示した。
 山梨県警は、二つの路線の封鎖を行っている。

「わかった」

 皆の話を一人だけ聞いていた。柚木千明が、膝の上に乗せている、”猫”を撫でながら不思議そうな表情をして、里見茜に問いかける。

「ねぇ茜」

 柚木千明の声に反応して、膝の上の”猫”も顔をあげる。

「ん?なに?」

「蒼さんは、なんとなく解るけど、円香さんも、茜も、道路の名前?路線番号?を聞いて、よく理解できるね?私、聞いていても、一切・・・。解らなかったよ」

「それは・・・」

 里見茜が言いよどんでいると、事情を知っている榑谷円香が愉快そうな笑い声と一緒に説明を始めた。

「ハハハ。茜も、最初は覚えられなくて、地図を見ながら確認していたから、路線と国道と県道と俗称を覚えさせた」

「えぇぇよく覚えたね。私、未だに、北街道と南幹線を間違えるよ。覚えているのは、いちごロードだけだよ」

「そうか・・・。わかった。帰ったら、道を覚えよう。警察や消防から連絡がある時は、道路名を言われて、次に町名だから、覚えないと、地図を探す時間がもったいない」

「わかった」

”にゃ”

 膝の上に座る猫は、買ったわけではない。立ち寄った、ジャンボエンチョーで里親募集の譲渡会が行われていた。その中に居た一匹に柚木千明が一目惚れしてその場で譲渡契約を結んでしまったのだ。幸いなことに、柚木千明にすぐに慣れて膝の上で丸くなった。必要な物を、買い込んで車に乗せた。補給に時間がかかり、柚木千明の暴走だが、咎める者が居なかったのも問題だ。
 そして、連れて帰った”猫”は柚木千明の膝の上で丸くなっている一匹だけではない。キャンピングカーに、ゲージが乗せられている。その中に、二匹が身体を寄せ合っている。

 柚木千明の膝の上に乗っていた猫は、名前はまだない。里親募集の時に呼ばれていた”チャイ”が呼び名だ。他の二匹も名前がないのは同じだ。

 上村蒼が運転するキャンピングカーは、由比の町に入ってからは順調に進んだ。

「さすが・・・。裏道だな」

 桐元孔明の言葉だが、静岡から山梨に向かうには、52号を北進するか、富士川沿いを北進するか、一旦神奈川に抜けてから中央道を使う方法が一般的だ。ギルドの面々が使った道路は、52号と富士川を北進するルートの間にある。目的地が、甲府ではなく、静岡県に近い”天子湖”だから使えた道だ。

 キャンピングカーは、蛇の背のような道を進んでいく、県道10号にぶつかって、北上を始めると、車の流れが厚くなる。

 途中から、車の流れが少なくなったが、減ったわけではない。車の流量は変わらない。

 ナビが示した時間を少しだけオーバーして目的地に近づけた。
 天子湖に向かう道路は封鎖されていて、足止めされたが、桐元孔明が呼んでいた者たちが、案内として現れた。身元が判明して通される結果となった。猫を見て少しだけ複雑な表情をしたが、気にしないことにしたようだ。

「孔明。静かだと思わないか?」

 天子湖に近づいている。それは、間違いではないのだが、周りが静かすぎる。戦闘は回避されている可能性もあるが、魔物の声も、動物の声も、聞こえない。

「そうだな。蒼。どうおもう?」

 魔物と戦っていた経験が長いのは、上村蒼だ。

「魔物が、数十体は、居るのだろう?樹海じゃないからか・・・。雰囲気が伝わってこない」

「そうか・・・。蒼は、気配を辿れるのか?」

「ん?あぁそういうことか?そうだな。俺じゃ勝てないとかは、なんとなく解る」

「スキルか?」

「違う。経験だ。そう言えば、円香はスキル持ちだよな?」

「え!!」「は!!」

 女性陣から不思議な声が上がる。
 榑谷円香は、スキルをギルドに登録をしていない。そのために、二人はスキルを持っていないと思っていた。

「あぁ”スキル把握”を持っている」

「ん?スキル把握」

「そうだ。使われたスキルが解るだけのスキルだ」

「それなら・・・。円香!」

 ハンドルを握っている上村蒼が、自分が持っているスキルを発動する。

「スキル威圧か?」

「ほぉ。鑑定とは違うのだよな?」

「違う。スキルの内容まではわからない」

「そうか、スキル名がわかれば、内容は想像ができるから、もし魔物がスキルを使ったら教えて欲しい」

 上村蒼は、榑谷円香が”スキル鑑定”を持っているのではないかと思っていた。この非常事態には、必要なスキルだ。

「わかった」

「あの・・・。円香さん」

「ん?どうした?」

「スキルを持っていたのですね」

「あぁ言っていなかったか?」

「はい。知りませんでした。今、確認しましたが、スキル把握は日本での取得者は居ないことになっています」

「そうだな。ギルドに申請を出していないからな」

「え?」

「義務じゃないだろう?それに、このスキルは使い勝手は悪いが、私のような立場だと便利だ」

「・・・。あっ会議とかで、スキルを使われた時に対応ができる?」

「そうだ。スキル名が解るだけだけど、それでも、抑止力にはなるからな」

「着いたぞ?」

 先導していた自衛隊の車両が停まった。
 キャンプ場に隣接する駐車場だ。

「なんだ?」「何が起こった!」「どうした?」

 キャンプ場の入り口に、バリケードを作っている自衛隊や警官隊。
 その周りには、マスコミらしい人だかりが出来ている。野次馬なのか、鈍器を持った者も居る。

 バリケードの手前で、鈍器を持った者が空中を叩いて居る。

「孔明?」

「俺に何を言えと?円香?」

「蒼!」

「わからん。何をしているのかさえも・・・。意味不明だ。説明して欲しいのは、俺も同じだ」

 バリケードを覆うように、結界が発動してしまっている。結界は、人も魔物も通過が出来ない状況になっている。そのために、バリケードに使用した車に戻ることが出来ない。マスコミもギリギリで撮影を行うために、バリケードの近くに展開して、結界の中に飲み込まれる形になってしまった。

 ギルドの面々は、キャンピングカーから降りた。三匹の猫は、キャンピングカーのケージに入れられている。

「上村さん!あっ!桐元さん」

「おぉ松。久しぶりだな。お前の部隊が来ているのか?」

「はい!松原小隊が封鎖及び魔物の掃討を行います」

 桐元孔明も、上村蒼も、小隊が出てくるとは思っていなかった。分隊が出てきて、封鎖を行っていると思っていた。初期段階で、小隊が出てきているのに驚いた。

「ギルドの皆さんですか?山梨県警古屋です」

 警察手帳を見せながら、古屋は松原と話をしていた、桐元孔明と上村蒼に話しかける。現場の主導権を握るためだ。

「あぁ俺たちは、自衛隊から出向している・・・。で、いいのだよな?ギルドのメンバーは、あっちの女性陣だ」

 上村蒼は、女性陣が準備をしている場所を指差す。

「ありがとうございます」

 古屋と名乗った警察官は、上村蒼と桐元孔明に”礼”を口にしてから、女性陣が準備をしている場所に向かった。

 榑谷円香と里見茜は、情報収集を行うための準備を行っている。柚木千明は、マスコミ用の資料をまとめている。ギルドで作成してきた物だ。現状で解っている情報をまとめた物で、”無いよりはまし”程度の物だ。

 移動中に判明した情報も、追加されている。
 既に、マスコミには配り始めている。

「ギルドの方ですか?」

 差し出された手を握りながら、お互いの名乗りを上げる。

「ギルド日本リージョン。榑谷です」

「山梨県警古屋です」

 辺りが暗くなってきているが、自衛隊が用意しているライトが、駐車場や前線基地になっているテントの周りを照らしている。

「自衛隊。松原です」

 古屋に続いて、自衛隊の松原も、榑谷円香に挨拶をした。
 桐元孔明と上村蒼は、バリケードの近くに居る自衛官に話を聞くために移動している。

 現場の責任者を決めなければならない。
 通常なら、自衛隊が責任者となるのだが、対魔物だということで、ギルドが実権を握る状況も考えられる。しかし、地元で発生している事象であるために、山梨県警も譲れないラインが存在している。

 榑谷円香は、実権を握ろうとは思っていない。
 実質、”何もできない”ことになるのだろうと予測している。バリケードを維持して、政治が重い腰を上げるのを待つしか無いと思っている。里見茜が調べた、他国の情報から、師団級の戦力でないと対応が不可能だと考えている。

 3人の話し合いは、テントに移動して行われた。
 自衛隊と警官隊が把握している現状が説明された。

 それから、ギルドが持っている絶望的な情報が伝えられる。

 既に、マスコミにも伝えられている。マスコミは、里見茜と柚木千明に詰め寄って文句を言っているが、魔物に関する情報はギルドが公表している。それに、文句を言っても意味がない。自己責任だ。情報収集をしなかったマスコミが悪い。里見茜も柚木千明も、文句は受け付けていない。情報交換がしたいのなら、応じるがマスコミに流してよい情報は限られている。配布している紙に書かれている内容以上は教えられない。それ以上の内容を聞こうとするマスコミ関係者をシャットアウトしている。
 自分たちの撮影も許可を出さない。撮影した場合には、ギルドからの情報を渡さないと宣言している。盗撮が解った時点で特措法の範疇として、法的な処置を取ると宣言をした。

 多くの在京のマスコミは文句を言って、悪態をついている中、柚木千明の古巣であるTV局から来ている者が話しかけてきた。

「千明!」

「え?あっ舞さん!」

 望月舞は、柚木千明の先輩だ。

「千明。ギルドに行ったのは本当だったのね」

「えぇ少しだけ縁があって・・・。あっ舞さんでも、情報は渡せませんよ。私が殺されてしまいます」

「大丈夫。私が教えて欲しいのは一つだけ・・・。小屋で犠牲になったのは、山本Dだよね?」

「え?」

 不意打ちに近い質問で、柚木千明は表情を作るのが間に合わなかった。
 マスコミ各社に出された情報では、名前までは出ていなかったが、自衛隊や警察隊から聞こえてくる情報。あとは、マスコミがドローンで撮影した情報から、”山本”の名前が浮上していた。

「わかった。確認のような物だから、山本Dの話はどうでも良くて・・・。千明。帰ってこないマスコミのリスト。それと、マスコミが雇った護衛の一覧。全員が帰ってきていない。それに、なぜか山側も湖側も、どこからもキャンプ場に入られない状況なの。何かわからない?」

「リスト?大丈夫なの?」

「うん。大丈夫。マスコミが自主的に作っている物だし、行方不明になっている民間も入っている」

「ありがとう。それから、中に入られないのは、私も始めて聞いた。自衛隊や警察隊は、”何か”言っているの?」

「ううん。なにも・・・」

「そう・・・。舞さん。リスト。ありがとう。円香さんに話してくる」

「うん。何か、解ったら教えてね!」

「話せる範囲ならね」

 柚木千明は、貰ったリストを持って、榑谷円香が居るテントに向かった。

 テントでは、自衛隊と警察隊が主導権を握ろうとお互いに牽制を繰り返していた。

 自衛隊のヒアリングを終えた、桐元孔明もテントに向かっている。

「あっ孔明さん」

「千明嬢。ん?それは?」

「はい。マスコミが把握している。キャンプ場に入り込んだ人のリストです」

「そうか・・・」

 桐元孔明は、受け取ったリストを見て、唖然とする。
 多いとは思っていたが、解っているだけで、30名以上の犠牲者が居る。自然災害でも、かなりの規模の災害だ。そして、減ることはない。解っていないだけで、山側から侵入した者たちも居る。その人数が加われば、50名を超える可能性もある。

「円香には?」

「これからです。そうか、俺から渡していいか?他に、何か報告があれば、聞くぞ?」

「いえ、資料を渡して、今後のことを聞こうと思っただけです」

「わかった。今後は、多分・・・」

 桐元孔明は、テントを見てから、大きく息を吐き出す。

「しばらくは、決まりそうにない。マスコミ対策も、面倒ならテントに居る者に投げてしまっていい。千明嬢と茜嬢は、ギルドの車で休んでいてくれ」

「あっ結局、誰も、キャンプ場に入られないのですか?魔物も出てこない?」

「16時すこし前に、なぜか透明が壁のような物が出来て、キャンプ場を覆ってしまったようだ。それから、誰も入られない。壁を壊そうと必死になったが無駄だったようだ」

「わかりました。茜とキャンピングカーに戻ります」

 桐元孔明は、柚木千明が戻っていくのを見送った。柚木千明は、里見茜と少しだけ話をして、周りに集まっているマスコミに情報はテントで行われる会談の結果、公表されると説明して、荷物をまとめてキャンピングカーに戻った。

 キャンピングカーでは、三匹の猫が寛いでいた。どこから入ったからわからないが、一匹の栗鼠が居たが、二人がキャンピングカーに乗り込むと、4つの魔石を置いて逃げ出してしまった。二人が、魔石に気がつくのは、4つ有った魔石が一つになってからだ。魔石が消えた後に残された三匹の猫は、おとなしくなり、飼い主たちの言葉を理解しているような態度を見せるようになる。

 桐元孔明は、面倒そうな表情をしてから、テントを見つめる。
 テントの中では、机を囲んで話し合いが行われている。行きたくはないが、行かないという選択肢は存在しない。

「円香?」

「孔明。現状の把握は出来たか?」

「小隊の中に、蒼の知り合いが居て、話が聞けた。そもそも、隠していない。それで、千明嬢がマスコミから貰ってきた、犠牲者・・・。候補のリストだ」

「多いな」

「そうだな。それから、自衛隊がマスコミから提供を受けたドローンの映像だ」

 桐元孔明は、一枚のSDカードを榑谷円香に渡した。榑谷円香は、キャンピングカーに戻った里見茜を呼び出して、SDカードを渡した。

「これは?」

「ドローンの映像が入っている。コピーと解析を頼む。何か解ったら、順次、送ってくれ」

「わかりました」

 榑谷円香と桐元孔明は、キャンピングカーに向っていく里見茜を見送ってから、誰も入られなくなっているキャンプ場を見つめる。
 夕暮れから、夜の帳が辺りを支配し始める。

 自衛隊が持ち込んだ照明で照らされている場所だけが明るく人が生活できる場所だと思えてくる。

「闇は、魔物の味方なのか?」

 榑谷円香の呟きは、誰の耳にも届かなかった。

 皆が、私の周りに集まってくる。
 報告は、ライが受けている。

「ご主人さま」

 ライが、皆からの報告をまとめてくれた。キャンプ場の囲い込みは成功した。問題は、小屋の周りだったけど、成功した。結界を張った周りには、魔物が居ない所までは確認が出来た。

”どうしたの?”

「休んでください」

”うーん。疲れていないけど・・・。そうだね。順番に休もうか?”

「はい」

 私が休まないと、家族も休まない。警戒の順番を決める。どうやら私は必要がないようだ。ライも同じだ。
 結界が機能しているから、警戒は必要がないとは思うけど、キャンプ場の監視もしてもらっている。結界があるから大丈夫だとは思うけど、動きがあれば対応をしたほうがいい。魔物は、夜行性?だと思うから、暗くなってから動きがあるかもしれない。

”ライ?”

「ダークたちが、キャンプ場の周りにある、山々と森の索敵をしてきたいと言っています」

”索敵?”

「はい。どうやら、近くの山や森に、魔物が4-5体の集団を作っているようです」

”え?複数?”

 魔物は、単独で居る。裏山や近隣の山で見つめた魔物は、魔物同士が近かった時もあるが、単独での行動だ。
 複数が固まっているのは、この辺りの魔物の特徴なのかな?

 状況がわからない。
 私たちが対応する必要はないと思っているけど、動物たちが困っている。魔物たちが居るので、動物たちが駆逐されてしまう。なんとか逃げても、生活圏が狭くなってしまっている。

「解っているのは、三ヶ所です。避難してきた者たちから聞いたようです」

”後ろから攻撃される心配はないけど、せっかくだから前哨戦にしようか?”

「ご主人さまも戦われるのですか?」

”ん?私は行かないよ。近場が安全に・・・。魔石はまだ有るから、安全地帯を作ろう!”

 裏山の周りと同じように、魔石を使って安全地帯を作ればいい。魔物だけが入られないようにすればいいかな。あとは、動物の数や状況で、範囲を広げていけばいい。
 そうしたら、動物たちの棲家は狭くなる可能性はあるけど、魔物から逃げ込める場所ができる。

「はい。作戦に参加しない者で対応を行います」

”うん。裏山と同じくらいの安全地帯があればいいよね?”

「はい。まずは、キャンプ場の近くから探索を開始します」

”わかった。無理はしないようにね”

「はい」

 ライの言葉を受けて、一斉に飛び立つ。
 私たちが休むと決めた場所は、結界で覆っている。人が入ってこられない状態になっている。今回は、集まっている人にも見せるために、見える状態で飛び立つようにした。夕方だから、それほど変には思われないだろう。

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 野営の準備を始めた。野営と言っても、自衛隊の作戦中の野営とは全く違っている。キャンピングカーで調理ができる。テントを持ってきているのは、俺と孔明が寝るための場所を確保するためだが、作戦用のテントではなく、キャンプ用品のテントだ。快適が優先される。

 現地に付く前は、既に戦端が開かれている可能性も考慮していた。

 しかし、現地に着いてみれば不思議な状態になっていた。透明な壁が、キャンプ場と近隣の森を覆っている。湖は確認をしていないが、岸から1-2メートルのあたりに透明な壁があるようだ。バリケードを迂回して突破しようとしたマスコミがキャンプ場に近づけなかったと苦情を言ってきたらしい。愚かだな。報道の自由を振りかざせば何でも許されると思っている。ギルドに関して言えば、無駄だ。そんなことを言ってきた者たちは、”出禁”にしている。

 女性たちは、キャンピングカーで食事の用意をしている。
 俺も手伝おうと思ったが、邪魔だから出て行けと言われた。どうやら、俺の料理は女性陣には不評らしい。

「蒼。蒼」

「ん?なんだ?」

「お前の料理が不評なのは、なにも円香たちだけではないぞ?隊に居る時でも、お前の料理は不評だったぞ」

「え?うそ?」

 俺の超絶テクニックを使った、”牛肉の豚肉包、鶏肉を添えて”が不評だと?皆、喜んで食べていたじゃないか?素材の味を殺さないように、塩だけで鶏肉を焼いて、中心の豚肉には香辛料をバッチリと聞かせて、ハーブで臭みをとって、牛肉には下味に魚醤を使った一品だぞ!

「蒼。お前の料理は、単品で食べれば・・・。それでもまずい時もあるが、食える。でも、まとめると最悪だ。高価な食材を無駄に使うのなら、単品で出せ!」

 え?

「孔明?」

「部隊としても、食材を無駄にされたわけではないので、黙認していたけど、お前の発想と味付けは、万人受けはしない」

「は?本当か?」

「あぁ」

「俺が、キッチンに立てない・・・。理由は、味付けか?」

「素材が”もったいない”と言っていた」

「・・・。いい物を使えばうまくなる」

 孔明の指摘が正しいのは、女性陣の態度から察するべきだった。

「なぁ孔明」

「なんだ」

 本を読んでいた孔明が、本を閉じて俺を見る。
 孔明も感じているのかもしれない。あと、30分もすれば魔物たちの時間になる。

「透明な壁。今は、”結界”と呼んでおくけど・・・。誰が作っていると思う?」

「円香の意見を聞きたいが、自衛官や警察関係者、マスコミには居ないだろう」

「そうだ。もっと言えば、この辺りの者にも居ないように思う」

 孔明が渋い表情を浮かべる。

「そうだな」

 孔明が渋い顔をする時には、”何か”を考えている時だ。俺は黙って、テーブルの上に乗っている、ぬるくなった珈琲を喉に流し込む。

「蒼。お前が言っている”結界”を、最悪で考えると・・・」

「魔物たちの誰かが張っている?」

 それは、俺も考慮した。
 しかし、魔物たちが結界を発動して、人の侵入を防ぐ意味があるのか?

 隊のやつらの話では、内側からも外に出られないようになっている。見方によっては、魔物はキャンプ場に閉じ込められている状況になっている。

「それが最悪のパターンで、今、考えられる答えだ。これだけの規模を囲うのは・・・。不可能だ」

 人ではスキルを得ているとしても不可能だと考えているようだ。
 俺も、同じ考えだが、”方法は存在している”孔明も気がついているようだが、”その方法”は現実的ではない。

 隊に居たと気にも議論されたことだ。
 確か、教授が実権を行っているが、”成功した”という報告はない。

「そうだな。上も囲まれているのだろう?」

「ドローンで調べたが、上空にも壁が存在している」

 飛行可能な魔物が居る可能性は考慮されているが、実際には”鳥類”が魔物になった例は確認されていない。魔物になるためのプロセスに”耐えられない”というのが、考えられている。飛行可能な魔物としては、ガーゴイルやワイバーンやグリフォンなどの名前が出ているが、実際に見たものは居ない。小屋に居ると思われているオーガでさえ、確認されたのは最近だ。

「面白い話をしているな」

 料理を作っていたはずの円香が、コーヒーポットを持って、やってきた。差し出された孔明のカップに珈琲を注ぎながら、椅子を取り出して座った。

「円香?」「円香か・・・。いいのか?」

 円香は、親指でキャンピングカーの方を指差して、肩を竦める。

「調理は、ほとんど、茜が担当している」

 どうやら、俺と同類のようだ。
 茜が担当するのなら、今日の夕飯は期待ができる。ギルドで出てくる菓子は、千明が作っているようだが、それ以外は茜が作っているらしい。円香は、珈琲と紅茶と酒が担当だと言っていた。
 さすがに、アルコールはダメだろうから、夕飯を楽しみに待つことにしよう。

「そうか・・・」

「それよりも、結界の話をしていたよな?魔物が張っている可能性を論じていたよな?」

「あぁ」「それで?」

「別の可能性を提示する必要を感じた」

 円香が、テーブルの上に放り投げた資料は、以前に見せてもらった”ファントム”に関する物だ。

 円香が、テーブルの上に放り投げた資料は、以前に見せてもらった”ファントム”に関する物だ。

「そうか、ファントムか・・・。結界のスキルを持っている可能性があったのだよな?」

「あぁ。しかし・・・。この中に”ファントム”が居るとは思えない」

 円香は、キャンプ場に集まっているマスコミや自衛官や警察官や消防官を見回している。

「そうなのか?!」

 蒼は、驚くが、俺もこの中に”ファントム”が居るとは思えない。

「ファントムが、どんな移動手段をもっているのかわからないが、自衛隊や警察の関係者である可能性は低い」

「そうだな。自衛隊も警察も、スキルの管理をされている。調べるための方法も確立している」

 蒼の言っている通りだ。
 それに、作戦行動でスキルを得たのなら申請は”ほぼ”強制だ。スキルを得れば、スキルの種類で配属が変わってくる。希望は聞いてもらえるが、命令される場合が多い。それに、基地に入る時には、スキルの検査が行われる。テロ行為とは言わないが、安全保障上の手順だ。
 警察や消防といった組織も同じ状況だ。

「円香。それでも、マスコミや野次馬に、ファントムが居るとは思わないのか?」

 無理だな。

「”無い”と思う。マスコミ関係者に、ファントムのようなスキルが有るのなら、この状況にはなっていないだろう」

 俺も、円香と同じ意見だ。
 マスコミは、スキルを持っていたら、それも、ファントムのように、”異常”だと思えるスキルを持っているようなら、自分だけで突っ込んでいる可能性もある。公表しない理由がない。スキルを持つのは、それだけ難しい。

 野次馬も、同じだ。
 もし、ファントムが実在しているのなら、そもそもスキルを得る為に、魔物の存在がわかっている場所に来る必要はない。

「そうなると、ファントムだと考えるのには無理があるのでは?」

 蒼の言っていることも解る。
 禅問答のようになってしまうが、この状況を引き起こせる可能性があるのは、”ファントム”だが、”ファントム”でありえない理由も大量に存在している。そもそも、”ファントム”が存在している前提で話をしているが、”ファントム”が1人だとは、俺は考えていない。何かしらの団体やチームならまだギリギリ納得ができる。

「円香。孔明。ファントムだと仮定すると、ファントムが結界を張った理由はなんだ?」

 理由は、魔物を抑えるため?

「そうだな。良い方に解釈すれば、これ以上の犠牲者を出さないためか?」

「犠牲者?」

「ファントムが、人類の味方だと仮定すれば、魔物に対応できる者がいない人類と魔物を分離するのは意味がある」

「そうだな。それに、ファントムが魔物と戦うと想定すれば、邪魔にしかならない者たちを排除するのは、理に適う」

 円香と蒼で、結界の意味を考えたが、一つの仮定を唱えれば、同じだけの説得力を持つ別の仮定が産まれる。
 ファントムと仮定しなかった場合には、そもそも何のための”結界”だという話になってしまう。結界なのかも怪しくなってくる。

「そう言えば、円香」

「なんだ?」

「スキルでは何もわからないのか?」

「無理だ。何もわからない」

「そうか・・・。なぁ結界だけど、向こう側は見えているよな?」

「蒼。何を言いたい?」

 天子湖とキャンプ場が書かれた地図を見ていた、蒼が急におかしなことを言い出す。

「円香。孔明。スキルって、俺たちが想像できる物に近いことが多いよな?」

「そうだな」

 スキルの基準はわかっていない。
 魔物を倒して、スキルを得られるのはわかっているが、”なぜ”が未だに不明だ。それだけではない。スキルの種類が、物理限界を超えるような物も存在しているが、人間が行えることの延長だ。
 攻性のスキルでも、結局は自然現象が根本に存在している。人が行える行動を強力にしたものだと思われている。

 それらを踏まえると、”回復系のスキル”や”アイテムボックス”や”結界”は、物理法則にも、自然現象にも該当する物がないために、スキルでも不可能ではないかと思われている。

「円香が、スキル結界を想像したらどうなる?」

「どういうことだ?」

「もし、俺が”スキル結界”を得て、発動したら・・・。こうなると思う」

 蒼は、地図の中心から円を書くように指でなぞる。
 そうだな。俺も、蒼と同じだ。結界は、同心円状に広がるだろう。球体になると考えるほうがわかりやすい。または、一方にだけ壁を出現させるかだ。

 そうか・・・。

「あまりにも、不自然だと言いたいのだな?」

 円香も、気がついたようだ。

 マスコミと警察と自衛隊からの情報を書き込んである地図を見ると、キャンプ場というよりも、魔物が居る場所を結界で覆っているように思える。小屋の周りは、まだ調査中だと言われているが、似たような物だろう。

 話は、ここまでとなりそうだ。
 茜嬢が、俺たちを呼ぶ声がしている。食事が出来たのだろう。

 それが終われば、主導権争いをしている奴らの所も戻って状況を整理できればいいのだけど・・・。難しいだろうな。

---

 一度、人になって、ライと簡単に模擬戦を行った。
 そのあとで、素晴らしいスライムボディに戻る。人の姿は、戦闘をしたり、料理を作ったり、調べ物をしたりするのには向いているけど、スライムボディの気楽さを知ってしまうと、どこか落ち着かない。全裸に慣れてしまった変態のような発言だけど、服を来ている状態に違和感を覚えてしまう。
 もしかしたら、気持ちも”魔物”に近づいてしまっているのかもしれない。実際に、人が死んでいるところを見たり、食べられたり、嬲られている状況を見て、”気分が悪い”という感情は芽生えたが、怒りに似た感情や悲しいという気持ちは芽生えなかった。

”ライ。皆は?”

 ダークとナップが中心になって、安全地帯を作ろうとしている。
 フィズとキールとアイズとドーンは、周りに居る魔物たちを釣ってこようとしている。ライの分体が着いているので、その場で倒すことにはしているが、集団になっている理由がわかれば、対処を考えたい。

「討伐は無事に終了しました」

”え?早くない?”

「ご主人さまが居る場所を安全にするために頑張った結果です」

”そっそう?ありがとう”

「魔物の集団を倒して、わかったことがあります」

”え?何?”

「強い個体が、群れを率いるようです」

”それで?”

「はい。魔物の集団ですが、統率されたような動きをしていたので、強い個体から倒したときに、倒さなかった、弱い個体がこちらに合流を求めてきました」

”え?魔物が?”

「正確には、魔物になってしまった。猪と鹿でした」

”角は?”

「猪には角がありました。鹿にはありませんでした」

”そう。意思の疎通ができたの?”

 裏山には居なかったけど、少しだけ離れた場所の山に居た。角ありの鹿が居た。その時には、意思の疎通が出来なくて、討伐するしかなかった。

「ボスを倒したら出来ました。でも、魔物はボスを倒しても、意識が繋がりません」

”なにか、条件がありそうだけど、動物から魔物になったと思われる者は倒さなくても、ボスを倒せばよさそうね”

「はい」

”そうなると、キャンプ場に居る動物から魔物になった者たちは倒さないほうがよさそうね”

「え?」

”私たちの群れに合流するのでしょ?そのまま、一部は、キャンプ場や周辺を守ってもらったほうがいいよね?”

 安全地帯を守る者たちが必要だと思っていた。
 家族から順番に行ってもらおうかと思っていたけど、地元で育った者たちが居るのなら任せたほうがいいだろう。

「あっ。そうですね。アイズやドーンが残る予定でしたが、最初から居た者たちが居れば安心です」

”うん。皆に、この方針を伝えて、たしかナップやキルシュなら無力化できるよね?”

「はい。皆に伝えます」

”うん。皆には、しっかりと休んでもらって”

「はい」

 空を見上げるが、まだ漆黒の闇の中に星々が光っている。
 夜明けまでには、まだ時間がありそうだ。私たちができることは少ないだろう。それでも、人を含めた動物たちが安全に過ごすために、できる限りのことをしよう。

 望月舞は、迷っていた。
 手元にあるネタだけでは、番組にならない。ギルドのメンバーに、昔なじみの”柚木千明”を見つけて話しかけたが、重要な情報は聞き出せなかった。自分たちが持っている情報と違いはなかった。

 ギルドから配られた情報には、知らなかった内容が含まれているが、それは皆に共有されてしまっているので、ネタとしては弱い。

 本社筋からは、ギルドや警察や自衛隊を無視して、キャンプ場に突入しろと意味がわからない命令まで出ている。
 もう、何人も死んでいる。幸いなことに知り合いに犠牲は出ていないが、地元の猟友会に犠牲者が出ている。それだけではなく、ネット系の番組を手掛ける人たちが、クルーの全員が犠牲になっている。スキル持ちを護衛にしていたが、そのスキル持ちも殺られてしまったらしい。

 その上・・・。

(あの透明な壁)

 望月舞が所属しているクルーは、天使湖での異変を聞きつけて、早い段階で、キャンプ場に到着していた。
 小屋の撮影にも成功している。しかし、警察から報道の自粛を求められている。魔物が人を食べている状況が映ってしまっている。自衛隊からは、撮影機材の一部を拠出して欲しいと言われた。

「舞!」

「え?あっ千明。どうしたの?ギルドの仕事はいいの?」

「うん。私の仕事は、ほぼ終わった・・・。感じ?」

「私が解るはずがないよ?」

「そうね。あっ。それよりも、舞にお願いがあるのだけど・・・」

「え?なに?」

 望月舞は、お願いと言われて、顔をこわばらせる。
 自分たちマスコミ関係者が、ギルドから”目の敵”にされている認識がある。一部の関係者が、ギルドから嫌われている。そのために、情報の流れが悪くなっている。それを、一方的にギルドの責任にして報道している。

「円香さん。ギルドマスターが、この情報を流して欲しいらしくて・・・」

 柚木千明が、望月舞に差し出したUSBを受け取る。

「これは?」

 もっともな質問だ。
 柚木千明は、持ってきたタブレットを、望月舞に見せる。

「文章?”起こし”が必要?」

「うん。ごめん。この辺りは許して」

「ううん。それはいいけど、内容を確認してもいい?」

 望月舞は、ネタに使えるのなら、是非、話に乗ろうと思っていた。上司たちは、ネタが無くても原因を説明すれば、わかってくれるだろうけど、本社(中央)は許してくれないだろう。”無能”だとか言い出すに決まっている。

 望月舞は、タブレットに表示されている情報を読んで、顔色が変わっていく、タブレットを持つ手が自然と震えている。座っていなければ、足の震えから、立つのが難しかったかもしれない。

「千明?」

「調べることは、可能よ。USBには、該当資料へのURLも添付している。ただ、言語が・・・」

「言語?」

「ギルドが提供している物で、まだ日本語への翻訳が終わっていない」

「え?最新?」

「そうなる。ちなみに、スペイン語とポルトガル語がほとんどで、英語とフランス語が少しだけあるかな・・・。あと、現地の言葉で書かれた資料もあった」

「え?翻訳は?」

「マイクロソフトの翻訳って本当に、優秀ね」

「わかった。”裏どり”が、必須ってことね」

「ごめんね。でも、ネタとしては、最高でしょ?あっそうだ。ギルドからの情報だと言わないでね。いろいろ面倒だから・・・」

 望月舞は、受け取ってしまった。USBを返すべきか本気で考えていた。
 持って帰れば、間違いなく”ネタ”だ、それも”特ダネ”に近い。ギルドからの情報提供だとは伏せて欲しいと書かれているから、会社に提出するときには、ネタ元は伏せる。おかしな話ではない。自分のネタ元を教えるマスコミ関係者は居ないだろう。

 ネタ元の追及はくるだろうが、問題ではない。正確には、問題になっても、誰も”藪をつつかない”ギルドだと推測しても、今のギルドにはマスコミの関係者は突っ込んではいけない。まだ、暴力団の事務所の方が”安全”だという人もいるくらいだ。

(確かに・・・)

 望月舞の葛藤は、”どうやって”自分たちへの影響を少なくできるのかを考えていた。

 望月舞を困惑させているギルドの出してきた情報は、魔物の狂暴化(群衆化)に関するレポートだ。
 そして、恐怖したのは、狂暴化した魔物を倒す方法が、”軍の出動”だということ、カメラや投光器の光に反応して攻撃を開始する可能性が語られている。そして、南米で発生した、狂暴化では詰めかけたマスコミ関係者100名以上と地方を守っている警備隊が全滅した。地対空ミサイルを使って、辺りを焦土化して狂暴化を抑えた事例などが書かれていた。
 そして、狂暴化を進める要因に、”人”が関わっている。

「人を捕食して、強くなる?」

 想像を超えないレベルの物で、信憑性を論じるには無理がありすぎる。内容としては、レポートの形にはなっているが、現象から推測されている。

「うん。それは、ギルド内では、確実だと思われている」

「でも・・・」

「そう、確認は不可能」

「うん」

「でもね。魔物を倒して、人はスキルを得るのよ?」

「え?うん。そうね」

「だったら、人を殺して、魔物は何を得るの?獣を殺して、魔物は何を得るの?」

「・・・」

「それとね。まだ、これは、円香さんの推測っていうか、妄想だけど・・・」

「なに?」

「舞。最初の犠牲者は誰か想像できる?」

「え?山本Dだよね?」

「うん。山本Dがこの天使湖に来たのは何時?どうやって、生きていた?近隣に聞き込みに行った?」

「あっ」

「円香さんは、十中八九。山本Dは、”魔物を食べていた”と考えている。もしかしたら、強力なスキルを得ていたのかもしれない」

「それは・・・」

「あのオーガは、通常のオーガじゃないってこと」

「・・・」

「蒼さん。あっ元自衛官で、最前線で戦っていた人だけど、”あの色のオーガは知らない”と言っている。それに、変異種ではなくて、上位種じゃないかと言っている」

「上位種?」

「そう、舞も、この仕事をしているのなら、知っているでしょ?」

「うん。ゴブリンの上位種が出たとか話題になっていた。その時には、自衛隊の小隊が2-3隊で倒したって聞いたよ?」

「そう、間違っていないけど、情報が足りない。ゴブリンの上位種が1体いただけで、小隊の1つが、全滅に近い損害を受けて、他の隊も被害を受けた」

「全滅?それって・・・」

「そう、殉職ね」

「うそ。だって、ゴブリンよ?スライムの次に弱いとされているのよ?」

「そうよ。そのゴブリンでも、上位種になると・・・。自衛隊の小隊なら蹂躙できる。舞。天使湖には、弱い魔物でも、ゴブリンの変異種。その次が、オークやオーガの変異種。でも、オークの変異種になると、1体の討伐に自衛隊の小隊が必要。戦車や攻撃ヘリが使えれば違うだろうけど・・・」

「無理よ!千明!天使湖には・・・」

 周りの視線に気が付いて、望月舞は、自分が叫んでいたことを認識する。
 柚木千明は、望月舞の行動を咎めなかった。自分も同じ気持ちなのだ。違うのは、絶望の中に一筋の光があるのを榑谷円香から聞いているのだ。天使湖周辺を覆っている不思議な透明な壁を、作っている者が、人類の味方であり、ファントムのコードネームで呼ばれている人物の可能性を・・・。

「そうね。魔物になってしまった、獣だけなら、自衛隊でも対応ができるだろうけど、他は無理」

「それじゃ・・・。ギルドは、どうするの?」

「自衛隊に、治安維持に必要な戦力の投入を進言する。天使湖周辺を焦土にしても、魔物の駆逐を行う」

「え・・・。でも・・・」

「まず、無理ね。でも、それしか方法はない。ギルドは、ハンターの派遣を中止する」

「え?」

「だって、透明な壁があって、中に入られないのよ?自衛隊の標準装備で破られないような物を、どうやって突破するの?」

「でも、あの透明な壁が無くなったら・・・」

「魔物が、溢れる可能性があるわね。実際に、透明な壁の中では、魔物が増えているらしいわよ?どっかの、マスコミが地元の人や、ハンターを雇って、山側から天使湖に向かって、魔物に殺されたらしいわよ。これは、マスコミは掴んでいるかもしれないけど・・・」

「っ・・・。ねぇ千明」

「なに?」

「これって、現実なのよね?」

「そうね。夢やゲームのイベントなら、よかったね」

 柚木千明は、望月舞に渡していたタブレットを受け取って、ギルドの拠点となっているキャンピングカーに向かって歩き出す。

 円香さんにお願いされたミッションはクリアでいいのかな?

「千明!」

「あっ円香さん。舞に情報を渡してきました」

「そうか、解った」

「よかったのですか?」

「なにが?」

「舞は、直接報道はしませんが、制作ですよ?」

「構わない。どうせ、どこかに流す情報だ。それに、調べればわかることだ」

 確かに、新しい情報もあるけど、調べればわかる事だ。
 実際に、ギルドのメンバーになってみて解ったけど、隠すべき情報は、ほとんど存在しない。秘匿コードで呼んでいる、”ファントム”の情報くらいだ。ファントムを秘匿しているのも、マスコミに知られると、ファントムを探そうとする可能性があるためだ。私も、マスコミで過ごしていたからよくわかる。
 円香さんも、茜も、孔明さんも、蒼さんも、ファントムの存在は疑っていない。でも、ファントムの人柄は、解らないようだ。顕示欲があるような人物では無いようだが、それ以外は何も解っていない。だからなのか、下手に接触をして、スキルが接触した者に向かうことを危惧している。

「千明。おかえり。何か食べる?」

「え?」

 茜がキャンピングカーから顔を出す。
 打ち合わせが終わったようだ。

 円香さんは、茜と入れ替わるように、キャンピングカーに入っていった。中には、孔明さんと蒼さんかな?まだ、何か話さなければならないことがあるのだろう。

「茜?」

 茜が、私を見ているが、私から茜に話しておいたほうがいいことはない。はずだ。

「うん。打ち合わせは、終わったよ」

「そう・・・。何か、ある?」

 円香さんとの打ち合わせだろう。情報の精査をしていたので、その関係だろう。

「何も・・・。透明な壁がある限りは、何もできないよね。壁が無くなっても、キャンピングカーを盾にするしかないよね?」

「うん。絶望的な状況には変わりがないのね」

 舞にも説明した内容だけど、ギルドの中では規定路線だ。
 最良を考えても、最悪な結果にしかならない。どれだけ、希望的観測で流れを考えても、絶望しか出てこない。

「うん。でも、誰が、なんの為に、透明な壁・・・。蒼さんは、”結界”じゃないかって言っているけど・・・」

「結界?あの?結界?」

「どの”あの”なのか、解らないけど、多分、千明が考えている通りの”結界”だと思うよ」

 結界・・・。そんなスキルがあるの?
 たしか、ファントムが調べていたと言っていたけど、ラノベ界隈で定番になっている”結界”なら、私でも知っている。調べても不思議ではない。

「茜。でも、不思議じゃない?」

「何が?」

「うーん。うまく言えないけど、誰かが、結界を発動したとして・・・」

「うん」

「透明な壁の距離がおかしくない?」

「え?どういう事?」

 説明が難しい。
 透明な壁が結界だとして、誰が作ったのかは、解らない。結界だったとしても、意図が解らないから気持ちが悪い。なぜ、隔離するような結界を作成する?なぜ、距離を空ける?

「うーん。なんで、魔物と人の間が、あんなに不自然なの?」

「え?」

 ドローンで撮影した様子を、茜に見せる。

 茜が、私が持っていたドローンのデータを、地図上に展開してくれる。私が持っているドローンのデータは、透明な壁が作成される前の物だ。そのうえに、解っている透明な壁のデータが上書きされる。

 これで、透明な壁の状況がわかりやすくなった。
 全部ではないが、私が貰ってきたデータだけでも表示される。透明な壁と魔物の位置関係が、今まで漠然としていたが、はっきりと認識できた。

 魔物の配置までは解らないが、おおよその場所は解っている。
 茜と話ながら、魔物の位置を記入する。

 茜は、途中からタブレットではなく、パソコンを引っ張り出してきて、データを処理している。パソコンで処理をして、結果をタブレットで表示している。二人で、見るには少々手狭だが、表示させる方法が他にはない。パソコンのモニターを覗き込むわけには、表示させるデータが多すぎる。

「お!丁度良かった」

 後ろから、声がかけられた。蒼さんだ。

「丁度よかった?」

「あぁ地図で検証をしているよな?」

「うん。この辺りの地図に・・・。何か、新しい情報ですか?」

「茜。USBに入ったレイヤーを重ねて欲しい。3Dのデータになっているから、平面にしてくれると助かる」

「はい」

 茜が、USBを受け取って、パソコンに挿入する。
 表示していた地図が消えて、新しい地図のデータ上に、蒼さんが持ってきた情報が表示される。

 ドローンのデータだろうけど、もっと詳細なデータになっている。

「これは?」

「ん?自衛隊と警察と消防の奴らが飛ばしたドローンのデータ。かなり精密だろう?」

「そうですね。魔物の位置も表示しますか?」

 茜がデータを調べながら、地図にデータを書き加えていく。

「頼む。これで、魔物の数が把握できるだろう?」

 魔物と透明な壁が表示される。立体図ではないので、高さまでは把握できないが、茜の言葉から、ドローンは壁沿いにデータを収集しているようだ。高さの情報も入っている。

「え?」

「千明。どうした?」

「茜。面倒なことを・・・」「いいよ。今は、少しでも情報が欲しい」

 茜が了承してくれたので、私が思ったことを率直に伝えた。

「確かに面倒だけど・・・。おおよそでいいよね?」

「うん!」

 地図上に情報が表示される。

「茜。プロジェクターが、キャンピングカーにあっただろう。皆で見るには、タブレットでは狭い」

「わかった。千明。プロジェクターを持ってきて!蒼さんは、スクリーンの用意をお願いします」

 茜の指示で、私はキャンピングカーに向かう。途中で、円香さんと孔明さんが居たので、事情を説明した。
 二人も、後で合流するから、検証作業を進めて欲しいと言われた。

 プロジェクターは、150インチのモニターとして表示される。そこそこ、高級なモデルだ。
 茜がセッティングを行って、蒼さんが持ってきたスクリーンに投影される。地図が表示されて、そこから透明な壁が表示されて、魔物が表示される。

「千明の想像が当たったみたいね」

「”だからどうした”と思える情報だけどね」

「それでも、一歩前進だ」

 蒼さんが言ってくれたが、”だから何”と思われてもしょうがない。

 透明な壁がいくつかの円で構成されている。だから、茜には円の中心を求めてもらった。
 全部で、12の円が確認できた。

「ねぇ茜。円の中心に、魔物が居ないのは偶然?」

「蒼さんの見解は?」

「中心?本当だな。別の言い方をすると、結界の中心には、魔物が居ない。中心から離れた位置には存在している」

「偶然?」「どうだろう、偶然にしては、全部の中心というのは・・・」

「あっ!!」

「千明!」「何か、気が付いたのか?」

「蒼さん。魔物の行動範囲は把握できているの?」

「え?」

「移動距離と言ったらいい?」

「・・・。無理だな。俺たちは、魔物を把握したら、殺していた」

「そうか・・・」

「千明は、どうして、行動範囲が気になったの?」

「うん。さっきの違和感に繋がるのだけど、魔物と透明な壁・・・。もう、結界でいいよね?」

 茜と蒼さんが頷いてくれる。

「結界と魔物の距離が、不自然なくらいに似ていない?」

 茜が、大まかに魔物との距離を表示してくれる。
 似たような数字ではないが、そこはまだ情報が不足している。

「茜。他の、ドローンのデータから魔物の位置を追加して、移動している魔物が居ると思う。個体識別は不可能だから、大体の位置で!」

「わかった」

 沢山のデータから抽出しての表示になるから、時間が必要になってしまう。
 茜の”終わった”という声と同時に表示されるデータは、私が思っていた通りの結果になった。

「これは・・・」「そうか・・・。結界を張った者は、魔物の動きを把握しているのだな」

 結界の中に居る魔物が移動した場所を表示していったら、私が持っていた結界が張られる前のデータを突き合わせても、警察や消防のデータにも、打刻されているデータから、結界が張られる前のデータが存在していた。
 しかし、すべてのデータにある魔物の位置を表示させても、結界からはみ出すことはなかった。

 すべての魔物が結界の中から出ていないことになる。
 結界が張られたあとなら、結界のおかげだと考えられるが、結界が張られる前のデータでも魔物が結界の外に出ていない。

 このデータが正しいのか判断が難しい。でも、魔物に対する新しいアプローチになるのも確かだ。安全に倒せる距離が解れば・・・。

 夕日が眩しい時間だ。

 天子湖から、私たちがいる場所は離れている。私は、スライムになってカーディナルに乗っている。

 状況分析と最終確認をしている。

 結界も上手く作動しているから、天子湖にいる人たちは中には入られていない。

 数名の、---多分自衛官だと思うけど・・・。結界を調べている。もしかしたら、鑑定のスキルを持っている人がいるのかもしれない。何度も、鑑定で調べているけど、私に繋がるような情報は結界では表示されない。
 もし、私に繋がったとしても、今の私はスライムだ。問題になったとしたら、逃げればいい。裏山は、まだ私の持ち物だ。動物?の楽園にすればいい。

 天子湖にいる魔物は駆除しなければならない。
 人を喰らった魔物は、人を求めるかもしれない。
 魔物は駆除すべき物だ。しかし、魔物と人の全面対決の様相になるのなら、私は第三勢力となり、人に味方する。魔物の目的が解らない。譲歩ができるのかさえも解らない。意図があるのかも解らない。解っているのは、魔物は排他的な存在だということだけだ。

 夕日が徐々に沈みかけている。天子湖の水面に夕日が反射して綺麗だ。

 偵察は十分できたと思う。いろいろ考えなければならない事は増えたけど、想定している範囲内だ。

 一緒に偵察していたライを見てから、カーディナルに地上に向かうように頼む。ライを載せているアドニスも一緒に降下する。

 スライムの状態で、切り株の上に乗る。カーディナルが、降ろした場所が切り株の上だ。綺麗に着られた切り株だ。

”ライ”

 ライもスライムの形で、私がいる切り株に登ってくる。

『はい』

”作戦を考えてみたけど、皆は?”

 作戦と呼べるか解らないけど、方針は決定した。
 魔物と人の配置や、物資の位置は実際に見て確認した。それに、作戦の開始のギリギリで配置が変わってしまう可能性があった。できるだけ最新の情報で、作戦を修正したい。

『救援に出た者もいますが、突入するメンバーを選抜しています』

”救援?”

『はい。探索範囲を広げた結果。近くの山にも魔物が散らばっています。討伐と動物たちの救済を行っています』

”わかった。突入のメンバーは?”

『揃っています』

 観察していたメンバーから、魔物たちの行動原理が解ってきた。

 どうやら、魔物のテリトリーに入らない限りは攻撃を開始しない。これは、今までの経験で解っていた。ここの魔物たちは、しっかりと連携している。一体が動き出すと連動して数体が動く、動いて空白地帯になった場所には、他の場所にいる魔物が動いてくる。
 正面から攻めようとした時には、魔物の集団に押しつぶされてしまう。

 オーガの変異種を狙おうとしても、彼らのいる場所を攻め込もうとしたら、他の魔物が一斉に動き出して前後を挟撃される形になってしまう。

 あと、天子湖のキャンプ場にいる人たちの投光器が厄介だ。私たちが見えてしまうのはある程度は諦めているけど、存在は秘匿したい。魔物たちも明るい方が戦いやすい種族が多い。私たちは、暗闇でも問題がない種族が多い。
 だから、夜になるのを待っていたのに、投光器やマスコミのライトが邪魔だ。彼らは何をしたいのだろう?

 いや、判り切っている。取材という題目で、自分や自分の家族や権力者以外のプライベートを暴きたいのだろう。それとも、自分は安全だと思っているのかな?私たちが結界を張らなければ、あの投光器やライトに虫が集まっている。あの投光器に、魔物が反応してしまう。自分たちは守られているとでも思っているの?

 だめだ。マスコミにはいい印象がない。あの遠慮がない問いかけは、何も考えていないか、”喧嘩を売っている”としか思えない。怒らせたいのか?

 ふぅ・・・。
 落ち着こう。

”ライ。投光器やライトは、誰なら壊せる?”

『同時に?ですか?』

”ある程度は、同時に壊したい。あと、他の待機している車やカメラを無力化したい”

『破壊だけなら、誰でも可能です。スキルを使っても良いのなら、フィズが適任だと考えます』

”フィズ?”

 フィズは、百舌鳥だ。
 スキル?あぁそうか、フィズは”石を飛ばす(ストーンバレット)”ことができた。石の強度が調整できる。泥のようにもできたはずだ。

『はい。ナップと一緒なら安全が上がります』

”わかった。フィズとナップは、開戦に先駆けて、投光器とライトを潰して、あとマスコミが持つカメラ・・・。フラッシュ部分だけでいいから潰して・・・。あと、カメラのレンズを汚してくれればいいかな”

『はい』『わかった!』

 フィズとナップから了承が送られてくる。
 パルの眷属は遊撃と連絡係だ。パル(女王蜂)の眷属では、単独で対応が難しい。単独での対応は、不可能ではないが、決死の覚悟が必要になる。複数の個体で攻撃をする必要があり、乱戦になってしまうような戦いにはむかない。

”パルの眷属は、遊撃。特に、人の動きに注意して”

『はい』

”ライ。分体を皆に付けても、戦闘は大丈夫?”

『大丈夫です』

 皆が集まってくる。
 家の守りは残しているが、飛行能力がある者は、集結している。

”カーディナル。アドニス。キング。クイーン。テネシー。クーラー。ピコン。グレナデン。そして、ライ”

 皆が、私の前に頭を下げる。
 私も、女の子の姿になる。皆に、指示を出すときには、こっちのほうが、”シュール”になりすぎない。スライムに命令されている図よりは、”まし”というレベルだけど、気分は大事だ。

 皆の返事を聞いて、作戦を伝える。

 作戦は、前から言っている通りだけど、少しだけ変更が入る。

 最初に、フィズとナップが、周りの光を潰す。車のライトは、汚すだけで十分。確実に汚すのに、ナップの力が必要だ。

 私とライが天子湖のキャンプ増にいる人と魔物の間に降り立つ。
 スライムの状態で、カーディナルとアドニスに乗って降り立ってから、私は女の子に、ライは男の子に変化する。武器を取り出して、近くの魔物と戦闘に突入する。その時に、テネシーとクーラーが右側から魔物の集団に切り込む。ピコンとグレナデンが左側から魔物の集団に切り込む。キングとクイーンは、オーガの変異種を牽制する。

 光が無くなったら、結界の中で、アイズとドーンが、結界の外側に群がる。投光器の予備がある可能性があるから、予備が来た時の対応を指示する。他にも、人が結界に近づかないように牽制を行う。結界は壊れないとは思うけど、スキルを全力で使った場合に、壊れてしまう可能性がある。壊れても、すぐに結界が発動しない可能性がある。魔石が壊れてしまえば、その部分は結界が発動しない。

 フリップとジャックが、キールとキルシュを連れて、結界の中に入る。戦闘が開始したら、私たちの補助を行う。いつものフォーメーションだ。

 作戦というよりも、力技だ。
 今回は、スキルを全力で使う必要があると思っている。そのために、結界を強めにしている。

”スキルはフルオープン。必要だと感じたら使って!あと、魔石だけは回収。魔物の遺体は必要ない。倒した魔物は、一か所にまとめよう”

『おぉ!』

 皆が了承してくれる。

”あとは、別に命がけで戦う必要はないからね。安全マージンを確保して戦って、負けそうなら逃げればいい。別に、私たちは魔物を駆逐する正義の使徒でもなんでもない。この場所が滅んでも、可哀そうだなと思う以上の感情はない。だから、皆・・・。解っていると思うけど、いつものように、怪我しないように、無理しない範囲で頑張ろうね!”

 さて、太陽が西にある山脈に姿を隠した。
 静寂が支配する時間帯が近づいてきた。天子湖の周りからは、人々の声が聞こえてくる。

 投光器が光りだす。マスコミのライトが、車のヘッドライトが光る。

”皆!行くよ!”

『出発します』『勝利を御身に!』

 勝利なんかよりも、皆の無事を祈って欲しいけど、皆は私のわがままに付き合ってくれている。
 私が心配しすぎるのはダメだ。

”お願い!”

 フィズとナップが出立してから、2分くらいが経過した。
 明るかった。投光器が破壊された。

 投光器の光が消えて、徐々に闇が降りて来る。

”ライ!カーディナル!アドニス!”

『はい』『おぉ』『っは!』

”ライ!状況を常に報告して”

『はい!』

 ライにお願いをして、私たちは天子湖のキャンプ場に向かう。

 向かっている最中も、外周部から攻めている者たちの状況が報告されてくる。
 先行していた、フィズとナップが結界の中に入って、魔物たちへの牽制を始める。少しでも、私たちの負担を減らそうとしてくれているのだろう。

”フィズ!魔物よりも、人の牽制をお願い。制服を来ている人と、スキルを持つ人には注意して!結界の内側から牽制をお願い”

 フィズとナップから了承と返事が来る。
 ライとのリンクで、制服を来ている者には注意するように伝達している。スキルへの対処は、何度も経験しているから、皆に共有している。でも、警官や自衛隊が持っている銃火器に対する対応はできていない。
 結界が、銃撃では破壊できなかった。ただ、自衛隊が本気になったら、結界が破られてしまう(かもしれない)。
 だから、警官や消防官や自衛官は、結界に近づいて欲しくない。魔物との戦闘に集中したい。

”カーディナル!急降下!”

 結界の上部から、目的地になって場所に、私とライが降り立つ。
 人の姿だ。武器を持っている。

 背格好だけでは、私たちと判別されない(と、期待している)。暗くしたのには、私たちを見られたくなかった。特に、マスコミにはいい印象がない。

 さて、やろう!

”ライ。左側をお願い”

『はい。アドニスと殲滅に入ります』

 最初の集団に目標を絞る。ゴブリンの上位種の色違いがまずはターゲットだ。
 魔物たちも、私たちの侵入に怒り心頭だ。

 やはり、指揮している個体が存在している。攻撃が、集団ごとに連携をしている。

”ライ!”

『はい。指揮をしている個体を狙います』

”お願い!”

 外周部からの攻撃も始まっている。

 外側からは、テネシーとクーラー。ピコンとグレナデンが、攻撃を開始している。スキルを使っての攻撃だ。

 倒した魔物から、魔石を抜き取っているのは、ナップやパルの眷属が行っている。闇に紛れて、拠点にしている場所に運んでいる。状況は、ライが整理している。ログのように、私にも流れ込んでくる。

 安全マージンを十分にとっての戦いだ。
 まだ序盤だけど、大きな問題は出ていない。

 このまま押し切れるとは思っていないけど、ゴブリンの上位種くらいまでなら問題はなさそうだ。

 オークの上位種が動き出す前に、ゴブリンとゴブリンの上位種だけは殲滅しておきたい。
 魔力には余裕がある。数値で表示されないから、不安ではあるけど、今までの戦闘経験から、感覚で判断している。

 だから、ゴブリンやゴブリンの上位種には、身体を強化しながら、武器だけで戦っている。

 上位種の色違いには注意が必要だ。
 連携されると少しだけ厄介だ。

 こちらも、連携をしなければ対応が難しい。

”カーディナル!”

 信頼できる。仲間に声をかける。
 上空から、”色違い”の武器を持っている方の肩を狙う。タイミングを見計らって、私は反対側に回り込む。

 上位種の色違いは、攻撃もだが耐久が段違いに違う。そのために、まずは攻撃方法を奪う。スキルだけなら、上位種とそれほど違いはない。ゴブリンは火系のスキルを使ってくる。オークは土系だ。オーガは、火系だ。

 腕を切られた”色違い”が絶叫を上げる。
 周辺にいるゴブリンや上位種が、私に殺到する。人の姿から、スライムに戻って、カーディナルに飛び乗る。上空に逃げる。

 スキルが飛んでくるが、カーディナルに施している結界を破れるほどではない。上空から、カーディナルがスキルを発動する。火のスキルに相対するのは水だが、カーディナルは水のスキルは使えない。私は使えるけど、スライムの形態で使うと、威力が強すぎるために封印中だ。
 カーディナルが使うのは、風のスキルだ。

 敵対している魔物たちに風のスキルでダメージを与える。

”降下!”

 カーディナルに短い指示をだす。
 色違いを倒してしまおう。

 カーディナルは、私の意図した通りに、色違いの正面に降下する。私は、カーディナルから飛び降りて、人の姿に変わって、武器を構える。
 後ろからの奇襲だ。序盤では、私のスキルは温存しておきたい。魔物もある程度の集団になっていると、学習をして、対応に変化が現れる。手札は、隠しておいた方がいい。

 色違いの足を切ってから、首に剣を突きさす。すぐに、絶命するわけではないが、ここまでダメージを与えれば、あとはアイズやドーンやジャックでも対応ができる。ナップやパルの眷属も居るので、魔石を取り出すこともできる。

”掃討するよ”

 色違いが倒れてしまえば、次は上位種だ。
 上位種なら、私かカーディナルで対応が可能だ。一撃で倒すのは難しいが、倒すだけなら難しくはない。周りを見ると、外周部に居たゴブリンやコボルトなどはすでに倒し終わっている。

 ライから上がってくる報告で、ライたちもゴブリンの色違いを倒したようだ。

 問題は、キングとクイーンだ。
 こちらに意識が向かないように、オーガの上位種と色違いを牽制してくれている。

 ライのサポートが入っているといっても、数だけでも6対2だ。上空に逃げるアドバンテージを使って、スキルを全開で使って、なんとか拮抗を保てている状況だ。キングとクイーンは、水と氷のスキルが使えるので、オーガの上位種には絶対のアドバンテージがあるが、色違いは水と氷の相対属性が使えるようだ。

”ライ。キングたちが苦戦している。誰かを向かわせられるか?”

『すでに、フリップが向かっています』

”フリップ?大丈夫なの?”

『キングからの要請です。風と水のスキルが使える。フリップが適任と判断しました。フリップには、上空からスキルでの攻撃を指示してあります』

”わかった。オーガの上位種や色違いが強ければ撤退するように伝えて!”

『わかりました』

 目の前の、ゴブリンたちが倒れるのを見ながら、次の目標を見定める。

 思っていた通りだ。
 魔物にはテリトリーが設定されている。集団になっても同じだ。テリトリーに入らなければ、襲ってこない。テリトリーの認識は行動を観察しなければ判明しないが、天子湖のキャンプ場にいる魔物たちのテリトリーはすごく狭い。一つの集団で、テリトリーを持っているように感じられた。重なっている可能性もあるが、一つの集団を倒しても他の集団が動き出さない事から、アクティブになるテリトリーは重なっていない。
 慌てて逃げると、テリトリーを縦断や横断して魔物がアクティブになる。
 だから、私たちは上空から下降して、他の魔物のテリトリーに接触しないように、各個撃破していく方法を選択した。

 問題は、上位種や色違いのテリトリーが広いことだ。アクティブになる距離は掴めているが、絶対ではない。だから、キングとクイーンには無理をしてもらっている。

 今のところは、私たちが経験から立てた作戦が当たっている。

『テネシーたちから報告です。動物たちはすでに意識を無くています。対処は不可能だという事です』

”わかった。残念だけど・・・。屠ってあげて”

『わかりました』

 これも予測していた。
 最悪の方向で・・・。動物たちを戻す事ができれば良かったのだけど・・・。

 悲しんでは居られない。
 魔物を放置すれば、動物たちが犠牲になってしまう。人が勝手に傷つくのは自業自得だけど、動物が魔物になって意識を失うのは・・・。

”ライ。次の集団に行くよ!カーディナル!アドニス!お願い”

 信頼する家族に、声をかける。
 まだまだ、ゴブリンを主体とした集団は、点在している。外周部の掃討が終わった、テネシーたちが合流してくれて、対応の速度は上がった。

 それでも、最後の集団を倒した時には、テネシーとクーラー。及び、ピコンとグレナデンは、力を使い切っている状況だ。
 テネシーたちには、ゴブリンの集団から得た物を回収する役目を新たに与える。

 天子湖のキャンプ場の山側に入る遊歩道近くに、布陣しているオークの集団を見る。

 序盤は、私たちの完勝だ。
 だか、疲弊はしている。テネシーたちの戦線離脱は予想の範囲内だが、最悪の状況だと認識している。

”ライ!カーディナル!アドニス!次は、オークたちだ!無理しないようにね!”