”それじゃもう一度、練習をしてから、天子湖に向かうよ!”
私の宣言で、皆が了承を伝えてくる。
川だと思っていた所は、天子湖という人口の湖だ。キャンプ場を、魔物が占拠した。近くの小屋には、オーガたちが居る状況だ。地図から、距離や広さを調べて、練習するための場所を裏山に設定した。広さだけではなく、家に残る者たちの協力を得て、模擬戦が出来るようにした。
そこで、戦略を考えながら、練習を行っている。
結界を併用するのがいいだろうという結論になった。
私たちが攻撃を開始すると、警官隊や自衛隊が、攻撃を開始する可能性がある。前からの攻撃なら、躱せる可能性も高いが、後ろからのそれも銃などの攻撃だと躱せない可能性がある。私やライなら、分体なので大丈夫だけど、家族が銃で撃たれたら・・・。
だから、物理攻撃を防ぐ結界を後方に展開する魔石を渡す。
キャンプ場を占拠している魔物や、小屋に居る魔物が逃げ出さないように結界を展開することにした。これで、警官隊や自衛隊が突入してくる危険を減らせる。自分たちだけで”全てを終わらせる”なんて考えては居ないが、自分たちだけで動いたほうが、連携やサポートを考えると、都合がいい。
作戦は、反対意見が多かったが、効率と成功率を優先した。
カーディナルに乗った私とアドニスに乗ったライが、警察隊と自衛隊が陣取っている場所と、魔物たちの間に降り立つ。
そこで、結界を発動する。
魔物が逃げられないようにするために、小屋にはキング&クイーンが急行して、結界を張って、オーガたちが出てこられなくする。
マスコミも居るだろうから、結界の中が見られないように、くもりガラスのような結界を作ってみた。それを、ドーンとアイズたちにキャンプ場を覆うように配置してもらう。
私とライは、武器を使って、魔物たちを殲滅していく、真ん中を付きっていく感じにして、結界を張り終えたら、皆が参戦する。魔物の数は、多いけど必ず複数で魔物と対峙する。勝率は上げられるだけ上げる。
キング&クイーンの偵察から、厄介なのは、オーガたちとオークの上位種と角二本のイノシシだと判断された。多数の、ゴブリンの色違いも確認ができるけど、何度か対峙したことがある。オークの色違いも何度か対峙しているので、3(ないしは4)対1の状況を作れば、アイズやドーンで対応が出来る。
私とライがキャンプ場に居る魔物の数を減らして、掃討戦に移行する。キャンプ場の掃討戦を行っている最中に、私とライとカーディナルとアドニスとキング&クイーンで、オーガを叩く。
一点突破。包囲殲滅作戦だ。かなり力技だけど、これが短時間に、こちらの消耗をあまり考慮しない作戦だ。オーガを隔離して、乱戦に持ち込ませない。それが一番だと結論が出ている。
練習をしている時に、問題が出て、対応した。
最後の練習(模擬戦)は、今までの問題が解決されている。スムーズに鎮圧が出来た。
”いい。本番は、何があるかわからない。わからないからこそ、皆、自分のことを大事にして欲しい。私やライは、分体で行く。だから、大丈夫というつもりは無いけど、皆が傷ついて倒れる方が、私は悲しい。私を悲しませないで、お願い。皆で、帰ってこよう”
天子湖に向かう者も、向かわない者も、皆が真剣な表情で私の話を聞いてくれる。
そして、しっかりと納得してくれる。了承の意思が伝わってくる。
荷物の確認を行う。特に、魔物たちを囲むように、結界を設置する者たちはしっかりと確認を行う。発動ミスを考えて、予備を持っていってもらう。煙幕の魔石は、見られないようにするためなので、発動しなくても、問題ではない。
”昼に出発するよ”
速度が出ない者たちは、先に出てもらう。それで、周りの調査を終わらせる。キャンプ場と小屋以外にも魔物が居る場合には、把握をしておく必要が有るだろう。自衛隊や警察隊や消防隊の車両や人員の確認もしておきたい。マスコミも居るだろうから、マスコミの位置もしっかりと把握しておく必要がある。
朝日とともに作戦を開始する。配置が終わったら、ライが意識の共有で知らせてくれる。
特に、キング&クイーンの配置は大事だ。予備戦力として、ピコン&グレナデンとテネシー&クーラーもオーガへの対応に向かう。キング&クイーンだけで問題がないと判断した場合には、予備戦力は、遊撃として全体を見てもらう。
作戦開始まで、3時間くらいある。
女の子の姿になって、皆に食事を提供する。ライも男の子になって手伝ってくれる。
魔物の肉も在庫が出来ているし、果物も大量ではないけど、入手が出来ている。
簡単な料理だけど、皆で食べると美味しく感じる。
『ご主人さま。フィズ隊。アイズ隊。ドーン隊。フリップ隊。ジャック隊。及び、ドーン隊。出立します』
”無理はしないように、状況が変わっていたら、連絡をするように・・・。本当に、無理はしないでね”
皆が鳴き声で応えてから、一斉に飛び立った。
それから、確認が終わった。キングたちが、私の前に並ぶ。フィズ達が出立してから、1時間くらい後だ。途中で、合流して向かうことになっている。
『ご主人さま。我らも出立します』
”うん。無理はしないように、作成は失敗しても、皆が怪我をしないで、帰ってこられれば、私たちの勝利だからね”
自分で言っておきながら、むちゃくちゃなことを言っていると認識している。
でも、本当に私は、皆が怪我をするのが嫌だ。誰ひとりとして、怪我をしてほしくない。
『はい。必ず!』
勢いよく羽ばたきをして、飛び立った。頼もしい。
『ご主人さま。守りは、安心してください。ご主人さまを守り、大切な場所を守ります』
”うん。ギブソンもナップもお願い。私は、家の中でライと一緒に居るから、家と裏山をお願い。無粋な侵入者は居ないと思うけど、万が一の時には、残っている者で、皆の帰ってくる場所を守ろう”
『はい!』
残る者たちを統率するのは、ギブソンだ。ギブソンが適任だと思っている。
パロットは、家の中を守る。裏山を含めた広い範囲は、ギブソンが担当することになっている。パルも眷属が大量に生まれているので、警戒に出ている。カラントとキャロルも、川と水路を使って、侵入者が居ないか監視を行う。
”カーディナル!”
カーディナルが、私の前に来て、頭を下げる。
”アドニス!”
アドニスも、カーディナルの横に来る。
”ライ!”
ライの分体がアドニスの横に移動する。
私も、分体を出して、カーディナルの上に乗る。
”さぁ魔物退治に向かうよ!”
最初に、ライを乗せたアドニスが、飛び立つ。
私を乗せたカーディナルが、ゆっくりとした速度で、地面から離れる。
家だけではなく、裏山より高い位置まで上昇してから、天子湖に向かう。ゆっくりとした速度から、徐々に速度を上げる。練習しているが、かなりの速度が出ているのが解る。
カーディナルが、ひと鳴きして、アドニスに合図を送る。
カーディナルとアドニスは、スキルを発動する。
さらに加速する。推定だけど、時速100キロは越えているだろう。このスキルを使えるのが、カーディナルとアドニスだけだ。
近づいてくると、各部隊に居るライと意識が繋がる。
状況の報告が続々と届く。
想定外の状況にはなっていない。
違うのは、キャンプ場に人だと思われる死体が増えている事や、壊された機材が増えているということだ。オーガたちにも動きはない。ただ、死体が増えているという報告も入ってきた。
決行は、予定通りに日の出に合わせる。
日の出と同時に、突入を行う。
”タイミングは、ライが!トリガーは私が行う。皆、準備をお願い!”
まずは、状況確認と準備を行う。
「はい。上村」
上村蒼は、運転しながら車のハンドルに付いているハンドフリーで電話を受けた。
車に装備されている機能を使っているので、相手の声も同乗者には解ってしまう。
『上村中尉!』
「どうした?珍しいな。間違えるな。俺は、もう中尉じゃないし、お前の上官でもない」
『失礼しました。上村さん。今、時間は大丈夫ですか?』
「あぁ車で、移動中だ。孔明とギルドのメンバーも一緒だが、問題はない」
上村蒼は、元部下にギルドの仕事で移動していると伝えた。
ギルドのメンバーが一緒だと伝えることで、会話が筒抜けになっていると、暗に伝えている。元部下も、上村蒼の言葉から、内容を理解した。それに、元部下としては、ギルドメンバーが聞いているのは都合がよかった。
『ちょうどよかった。天子湖の件ですか?』
スピーカーから聞こえてくる声は、思った以上に落ち着いている。
緊急な用事というよりも、情報共有が目的な様子だ。
「ん?お前?」
上村蒼は、運転をしながら答える。
肯定も否定もしないのは、榑谷円香の反応を見るためだ。もし、承諾が得られなければ、目的地を誤魔化す必要がある。
榑谷円香は、上村蒼の意思を感じて、”問題はない”という意思を伝える。
『はい。現場に居ます。ギルドに連絡をしたら、出ていると・・・。メッセージが流れて・・・』
車の中に緊張が走る。
言葉から緊急性は低いと思えるが、なんらかの問題が生じている可能性が高い。
「それは、いい。天子湖で何かあったのか?」
ギルドに連絡をしたのは、予想外だが、状況から考えれば、当然の流れなのだ。
現地にいる者たちでは、対応が難しい状況になってしまっている。
上村蒼は、車についているナビを確認する。
国道1号線を東進しているが、まだ富士川にも到着していない。バイバスで渋滞に捕まった。バイバスを目指さずに、下道で行けばよかったと上村蒼は少しだけ後悔している。
『はい。マスコミが報道してしまって、野次馬が増えています』
ギルドメンバーの想像以上に状況は悪い。マスコミの存在は確認していた。
報道されるだろうとは思っていたが、野次馬が手に余るほど集まるとは考えていなかった。
「はぁ?報道規制は?」
「蒼。魔物に関しては、報道規制はない。自然災害と同じだ」
榑谷円香が横から口を挟む格好になってしまった。
ギルドから、放送の自粛は出せるが、魔物は”犯罪”ではなく、”自然災害”だと”日本”では思われている。そのために、火山が噴火した状況や、土石流の報道と同じと、報道各社は考えている。
「円香。それは・・・」
「しょうがないだろう。報道協定とか意味のわからない物がある。ギルドの情報をネットだけに絞っても、偉そうにしてくる奴らがいる。今は、その話はいいだろう?」
実際には、魔物の特措法で規制は出来るのだが、ギルドの上層部とマスコミと官僚が犯した問題がある行動のために、報道規制は見送られた。榑谷円香は、元々報道規制には反対していた。報道協定にも、意味がない物として取り合わなかった。そのために、マスコミから受けるギルドの評判は最悪なのだ。
『はい。警察と消防は、野次馬対策を急いでいますが・・・』
車の中に居るギルドのメンバーは、”無理だろう”という見解を持っている。
魔物の強さは、戦った者しかわからない。そして、戦って生き残った者にしかわからないことが多い。スキルを得る事で、魔物の強さがはっきりと感じ取れるようになる。
「犠牲者が出たのか?」
質問の形にはなるが、既に犠牲者が居るだろうと考えていた。
『はい。人数が、どうしても限られてしまって、全域を封鎖できません。山側は特に、抜け道が有るようで・・・』
想像通りの返答に、ハンドルを握っている上村蒼の腕に力が入る。
「何人だ?」
『はっ。自分たちが把握できたのは、12名です』
孔明の呼びかけに、自衛官は、緊張した声で答える。
「12!」「それは・・・」「12?!」
里見茜も上村蒼も榑谷円香も、わかっている。12という数字が、最低の数であり、全体ではない。
12以下になることはない。それは、死者数も同じだ。
「犠牲者の状態は?」
孔明が冷静に確認をする。
犠牲者であって、死者数ではない。けが人でも、犠牲者としてカウントを行う。
『不明です。自分たちは、魔物が出てこないようにするのが精一杯です』
不明は、”わからない”と言っている意味ではない。
「連れて行かれたな?」
『はい。マスコミからも犠牲者が出ています』
自衛官は、孔明が確認のために使った”連れて行かれた”を肯定した。
魔物が、人を食料として見ているのかわからないが、これで共存が不可能な状況になった。殲滅しなければならない対象になった。
「マスコミは?」
『喚いていますが、ギルドから出ている”自己責任”を立てに、無視をしています』
「わかった。情報は感謝する。それで?」
『はっ。自衛隊は、ギルドに魔物の情報と、状況を確認していただいた後で、ハンターの派遣を依頼します』
「ギルドは、ハンターの派遣は時期尚早だと考えます。まずは、状況を確認したく考えています。魔物の情報は、現地にて提供します」
榑谷円香が一気に言い切る。
実際には、派遣ができそうなハンターは存在していない。現地で、自衛隊と協力して、魔物を減らすくらいしかできることはない。スキルを持った者の登録は増えているが、戦闘訓練を受けていない者を、魔物との集団戦に投入するような愚行は出来ない。
『情報だけでも助かります。マスコミ対策は?』
「現地の方々におまかせします」
『助かります。警察・・・。山梨県警が、縄張りだと出張ってきて・・・』
「それなら、山梨県警に情報を渡すので、マスコミ対策はしてもらいましょう」
『はい。殉職者も出していまして、今にも突撃しそうな勢いなのです』
「それは、自衛隊で抑えてくれ、俺たちギルドは、あと2時間程度で、天子湖に到着できる。遅れそうな時には連絡を入れる」
ナビの到着予定時間を確認する。1時間30分と出ているが、マスコミが報道しているのなら、野次馬が増えるだろう。
警察が交通整理を始めているとしても、静岡県側までしているとは思えない。
『わかりました。お待ちしています』
そこで、通話が切れた。
「茜。魔物の情報へのアクセスは?」
「大丈夫です。端末を持ってきています。照会が可能になるようにしてきました」
里見茜は、本部のデータベースに繋げて、画像での照会が出来るようにした端末を持ってきている。特殊な暗号での通信が可能になっている端末だ。魔物を撮影して、本部に照会をかければ、該当する魔物の情報を返してくる。
世界中の魔物の情報が集まっているデータベースだ。
ギルドから出てから、里見茜は本部だけではなく、各国にあるギルドの情報を調べている。
「円香さん。孔明さん。蒼さん。ありました!」
「茜。何が見つかった?」
桐谷円香の問で、少しだけ里見茜は冷静を取り戻した。
「すみません。魔物の集団行動が、チリとペルーとアルゼンチンで確認されています。他にも、集団行動が疑われる事例が、メキシコにありました」
「条件は解っているのか?」
「不明ですが、全部に共通しているのは、上位種で構成されていることです」
「茜。今の言い方では、魔物が上位種だけだと言っているぞ?」
「円香さん。私は、言い間違えていません。魔物の全てが上位種です」
「・・・。そのギルドは?」
「軍が出て、包囲殲滅したそうです」
「孔明」
「無理だな。キャンプ場は民間だ。それに、戦車を持ってくる許可が降りるとは思えない」
「蒼」
「無理だ。攻撃ヘリでの強襲が出来ても、2-3機だけだ」
「あっ蒼さん。ヘリはダメです」
「ん?なぜだ?」
「上位種は”魔法”を使います。攻撃魔法を使ってきます。メキシコでは、戦車を破壊されて、ヘリを落とされています」
「それなら・・・」
「対地ミサイルです。それでも、数体は生き残ったようです。そこを、戦車からの砲撃で倒しきったそうです。山が形を変えたそうです」
上村蒼が運転する車のエンジン音だけが、車の中に響いた。
絶望的な情報が、里見茜から告げられた。
そして、最終宣告に近いセリフが里見茜から告げられる。
「今まで確認された魔物の集団行動は、メキシコが最大で、37体です」
天子湖に居る魔物は、確認出来ているだけで、50体を軽く越えている。山の中にも居ると予測されていて、それらを含めると100体に届く可能性すら有る。
”人が多い”
この前よりも、人が増えている。
スマホでも持ってくれば、調べられたのだけど、取りに戻る時間がもったいない。
魔物の数も増えている。
山側の封鎖が出来ていないのだろうか?
え?
”カーディナル。オーガの近くに移動して”
カーディナルにお願いをして、オーガたちが居た小屋が見える場所まで移動した。
”なんで?”
そこに居るオーガたちは、人を捕らえている。残念ながら、死んでいるのは見た目で解る。頭が潰されている。
一人や二人ではない。目視だけだが、5-6人は犠牲になっている。もっと多いかもしれない。
今の私は、スライムで、歯は存在しないけど、奥歯がギリギリしているような感情に支配される。弱肉強食は理解できる。理解できるが、納得できることではない。
”カーディナル。一度、皆の所に戻って!”
カーディナルが方向転換をする。
攻め込む場所は、川向うからと決めた。人が居ない場所から、攻め込む。
作戦の変更を皆に伝える。
アイズとドーンに結界を設置してもらう。ダークにも手伝ってもらう。実際の設置は、ナップが行う。
”アイズとドーンとダークで、山側。オーガたちが居る小屋の周りと、魔物たちが居る場所で山側に結界を設置して欲しい”
皆が、私の話を聞いてくれる。
人が入り込まないようにするためだ。人が入り込んでいる状況を考えると、作戦の開始と同時では、結界が間に合わない可能性が出てきてしまう。人を助けたいわけではない。家族に犠牲がでるのを防ぐためだ。山側さえ結界で侵入を防げば、キャンプ場では自衛隊と警察隊がバリケードを作っているので、大丈夫だ。川側は、どうやら越えてこないようなので、考えなくても良いだろう。
『ご主人さま。天子湖側にも結界を設置したほうがいいと思います』
ライが、起用に触手を伸ばした先には、川をボードで渡ろうとしている人たちが見える。カメラを抱えているから、マスコミなのだろう。
死にたいらしい。
見てしまったからには、なんとかしたい。カラントやキャロルを連れてくればよかった。
”ジャック!フィズをサポートにつれて、結界を張って、船での上陸を阻止して、キルシュは向こうで活動を開始して、危ないと思ったら逃げてね”
承諾の意思を伝えてくる。
”アイズとドーンとダークも、キールとナップを連れて、行動を開始!”
皆が一斉に飛び立つ。
自衛隊の人たちだろうか、何人かがこちらを気にしているように思えるが、見えては居ないだろう。キョロキョロしている。気配の遮断は無理だが、姿はうまく隠せているようだ。
状況は、私たちが考えていたよりも悪いかもしれない。
山の中に居る魔物を数えると、合計で200に届きそうな数だ。まだ時間があるので、キング&クイーンには、人が生活している場所を偵察してもらう。テネシー&クーラーには天子湖の周辺を見て、他に魔物が居ないか確認してもらう。ピコン&グレナデンには、オーガが居る辺りを、重点的に行動範囲を確認してもらう。
近くの山に、小動物が居ないか結界作業を行っていない者に確認を頼んだ。この辺りの生態系がわからないが、魔物に荒らされたのは間違い無いだろう。確認しだい。保護することにした。一旦、私たちが拠点にしている場所に集まってもらってから、希望者を裏山につれていく。
周りの状況変化と、人の多さへの対処を行った。
なにやら、自衛隊なのか、警官隊なのかわからないけど、バリケードを構築した場所に、人が集まっている。声は聞こえないし、きっと気にしたらダメな状況なのだろう。無視して、私たちは、作戦の最終確認を行う。
まずは、結界と魔物の現状を確認する。
魔物の数は、200を軽く越えていた。
オーガに近い場所には強そうな魔物が揃っているようだ。ゴブリンたちも統率されている。それから、犬に見える魔物も居る。角が1本か2本生えている。角犬?が、ゴブリンに従っている。角猫は見当たらない。イノシシの角有りも存在している。角猪なのか?鹿は見られない。牛や羊も居ない。家畜は魔物にならないの?
ゴブリンにも角が生えるようだ。オークにも角が生えている個体が居るようだ。スライムは居ない。魔物だけど、同種であるスライムを倒す気にはならないから丁度よかった。
二足歩行のトカゲも居る。リザードマンと呼ばれる魔物だ。
牛の顔をした魔物も居る。ミノタウロスと呼ばれる魔物だ。
小屋の所に居るオーガが強いのは、感覚で解る。オーガたちは、私とライにしか倒せない。ミノタウロスやリザードマンも強そうだけど、カーディナル基準では、オーガの1/10程度の強さだと言っている。そのミノタウロスは、オークの角2本と同じくらいらしい。
オークやゴブリンは、いろいろな色が居る。
カーディナル基準では、黒に近づくほど強いようだ。角1本は黒ゴブリンよりも強い。オークも同じようだ。
怖いけど、家族が傷つくよりもいい。
私とライなら、倒せる。カーディナルもアドニスも、補助をしてくれる。大丈夫。ダメだと思ったら逃げればいい。
結界は維持されるだろう。魔物が中で増えるかもしれないけど、外には出ないし、人も入らない。何度も何度も、戦闘を繰り返せば倒せる。私とライなら、家族なら、倒せる。
ライが、皆から状況を確認してくれた。
『ご主人さま。人と思われる物体は、全部で17名分です』
”そう”
私がもう少しだけでも・・・。早く来ていれば・・・。この思いは危険だ。私の手はそんなに長くない。私のわがままに家族を危険にさらしている。これ以上を求めるのは、傲慢だ。
『それから、結界を張り終えました』
”ありがとう。そう言えば、川を渡っていた人たちは?”
『結界に阻まれて、なにか文句を言っていました』
”そう、上陸は阻止できたのよね。よかった”
『はい。結界の中に、生きている人間は居ません』
”わかった。思いっきりスキルを使っても良さそうね”
何の目的があって、魔物がいると解っている場所に足を踏み入れたいのか?
武器らしき物を持っていたから、討伐が目的だとは思うけど・・・。アメリカみたいに、民間人が銃を持っているわけじゃない。あんなナイフで、魔物を倒せるとは思えない。ゴブリンはわからないけど、オークだとナイフが折れるだろう。バールのような鈍器をフルスイングすれば、ダメージを与えられるとは思うけど、倒すのは難しい。一発で殺らなければ、反撃が来る。それも、一撃で人が殺せる反撃だ。
私のように、岩を落とせれば別だろうけど、魔物を倒すのは本当に大変だ。
私の家族のように、複数のスキルと攻撃性のスキルを駆使すれば倒せるとは思うけど・・・。
『はい。ご主人さまから見せていただいた写真とは、変わっていました。攻撃性のスキルを使用して、破壊しても問題は無いでしょう。魔物たちが行ったことです』
作戦を考える時に、地図で天子湖を確認している。
小屋の位置は、衛星写真で確認できた。
確かに、面影が無いくらいに破壊されている。
”そうね。悪いのは、魔物だよね”
ライの言い回しに少しだけ和んでしまった。私たちも”魔物”だ。だから、魔物がしでかしたこと・・・。
そうだ、悪いのは”魔物”だ。攻撃性のスキルを使うと、間違いなく地形が変わってしまうが、しょうがない。自衛隊が、戦車で攻撃するよりはマシだと思ってもらおう。小屋の周りの木は諦めてもらおう。禿山にはならないとは思うけど、一部は地肌が露出するくらいは、覚悟してもらおう。
魔石を使って、木々を移植すれば、復活も早いとは思うから、それで許してもらおう。
『はい』
ライの嬉しそうな返事が嬉しい。
そうだ、私たちは”正義の味方”でも、”神々の使者”でも、”人類の防人”でもない。ただ、私が気に入らないから、魔物を討伐する。
人から見たら、私も魔物だ。
”悪”対”惡”の戦いだ。生存をかけた戦いでも、人類を背負っての戦いではない。掛かっているのは、私の”気分が悪い”という気持ちだけだ。ダメだったら、さっさと逃げよう。
バイバスに入っても、渋滞は解消しなかった。
興津川を越えた場所で、事故が発生している。事故は、一箇所ではなく、蒲原に入った場所と富士川の橋でも事故が発生していた。
そのために、到着予定時間が伸びてしまっている。ナビには、その先でも渋滞している状況が表示されている。
「円香!ダメだ。渋滞が酷い。76号を使うぞ」
上村蒼は、ナビを操作している榑谷円香に宣言する。
「富士富士宮由比線か?狭い場所が多いけど、大丈夫か?」
県道76号は、途中から山道になる。
山の中を突き進む。WRCのドライバーなら、100キロ近い速度で走るだろうけど、上村蒼が運転しているはキャンピングカーだ。多少は、いじっているが、それでもレース仕様車とは比べられない。車幅も、ギリギリだと予測される箇所が多い。
「車幅は大丈夫だ。茜。電波がはいらなくなる可能性がある。大丈夫だとは思うけど、一応、注意をしていてくれ」
上村蒼は、道を知っている。自衛官だったときに何度か通っている。
大丈夫だと言い切る。
山の中に入ると、民家がなくなる。そのために、携帯の電波が届かない場所が存在する。
「はい。了解です」
里見茜は、積み込んだUMPCを確認して、ダウンロード状況から、大丈夫だと判断した。
情報のダウンロードが終われば、天子湖での作業は困らない。最悪は、電波がなくても大丈夫な状態にはなっている。
「ナビの通りなら、10号で上がって、国道52号の身延道が良いだろうけど、渋滞が考えられる」
「富士川身延線を上がって、行くほうが早くないか?」
「わからん。地元の人間なら、10号を使うだろう?都市部から来ている奴らは、身延線だろう?」
山梨側に向かう路線の話をしているのだが、路線名と国道や県道が入り混じった会話だ。
道を知らないものには、何を言っているのか意味不明だろう。
「孔明。”迎え”が、出せないか?」
天子湖に向かう道路は、二本だ。キャンプ場が占拠されているという話なので、実質は富士川沿いから上がっていくしか無い。
「連絡をしてみるが、期待するなよ?」
「子安神社あたりで、道路を封鎖してくれていれば、多少は違うけど・・・。山梨県警は対応をしているのか?」
「わからない。合わせて聞いてみる」
「頼む」
「あっ孔明さん。398号の封鎖状況も確認してください。上稲子長貫線です」
地図を確認していた里見茜が富士山側からのアクセス路線を示した。
山梨県警は、二つの路線の封鎖を行っている。
「わかった」
皆の話を一人だけ聞いていた。柚木千明が、膝の上に乗せている、”猫”を撫でながら不思議そうな表情をして、里見茜に問いかける。
「ねぇ茜」
柚木千明の声に反応して、膝の上の”猫”も顔をあげる。
「ん?なに?」
「蒼さんは、なんとなく解るけど、円香さんも、茜も、道路の名前?路線番号?を聞いて、よく理解できるね?私、聞いていても、一切・・・。解らなかったよ」
「それは・・・」
里見茜が言いよどんでいると、事情を知っている榑谷円香が愉快そうな笑い声と一緒に説明を始めた。
「ハハハ。茜も、最初は覚えられなくて、地図を見ながら確認していたから、路線と国道と県道と俗称を覚えさせた」
「えぇぇよく覚えたね。私、未だに、北街道と南幹線を間違えるよ。覚えているのは、いちごロードだけだよ」
「そうか・・・。わかった。帰ったら、道を覚えよう。警察や消防から連絡がある時は、道路名を言われて、次に町名だから、覚えないと、地図を探す時間がもったいない」
「わかった」
”にゃ”
膝の上に座る猫は、買ったわけではない。立ち寄った、ジャンボエンチョーで里親募集の譲渡会が行われていた。その中に居た一匹に柚木千明が一目惚れしてその場で譲渡契約を結んでしまったのだ。幸いなことに、柚木千明にすぐに慣れて膝の上で丸くなった。必要な物を、買い込んで車に乗せた。補給に時間がかかり、柚木千明の暴走だが、咎める者が居なかったのも問題だ。
そして、連れて帰った”猫”は柚木千明の膝の上で丸くなっている一匹だけではない。キャンピングカーに、ゲージが乗せられている。その中に、二匹が身体を寄せ合っている。
柚木千明の膝の上に乗っていた猫は、名前はまだない。里親募集の時に呼ばれていた”チャイ”が呼び名だ。他の二匹も名前がないのは同じだ。
上村蒼が運転するキャンピングカーは、由比の町に入ってからは順調に進んだ。
「さすが・・・。裏道だな」
桐元孔明の言葉だが、静岡から山梨に向かうには、52号を北進するか、富士川沿いを北進するか、一旦神奈川に抜けてから中央道を使う方法が一般的だ。ギルドの面々が使った道路は、52号と富士川を北進するルートの間にある。目的地が、甲府ではなく、静岡県に近い”天子湖”だから使えた道だ。
キャンピングカーは、蛇の背のような道を進んでいく、県道10号にぶつかって、北上を始めると、車の流れが厚くなる。
途中から、車の流れが少なくなったが、減ったわけではない。車の流量は変わらない。
ナビが示した時間を少しだけオーバーして目的地に近づけた。
天子湖に向かう道路は封鎖されていて、足止めされたが、桐元孔明が呼んでいた者たちが、案内として現れた。身元が判明して通される結果となった。猫を見て少しだけ複雑な表情をしたが、気にしないことにしたようだ。
「孔明。静かだと思わないか?」
天子湖に近づいている。それは、間違いではないのだが、周りが静かすぎる。戦闘は回避されている可能性もあるが、魔物の声も、動物の声も、聞こえない。
「そうだな。蒼。どうおもう?」
魔物と戦っていた経験が長いのは、上村蒼だ。
「魔物が、数十体は、居るのだろう?樹海じゃないからか・・・。雰囲気が伝わってこない」
「そうか・・・。蒼は、気配を辿れるのか?」
「ん?あぁそういうことか?そうだな。俺じゃ勝てないとかは、なんとなく解る」
「スキルか?」
「違う。経験だ。そう言えば、円香はスキル持ちだよな?」
「え!!」「は!!」
女性陣から不思議な声が上がる。
榑谷円香は、スキルをギルドに登録をしていない。そのために、二人はスキルを持っていないと思っていた。
「あぁ”スキル把握”を持っている」
「ん?スキル把握」
「そうだ。使われたスキルが解るだけのスキルだ」
「それなら・・・。円香!」
ハンドルを握っている上村蒼が、自分が持っているスキルを発動する。
「スキル威圧か?」
「ほぉ。鑑定とは違うのだよな?」
「違う。スキルの内容まではわからない」
「そうか、スキル名がわかれば、内容は想像ができるから、もし魔物がスキルを使ったら教えて欲しい」
上村蒼は、榑谷円香が”スキル鑑定”を持っているのではないかと思っていた。この非常事態には、必要なスキルだ。
「わかった」
「あの・・・。円香さん」
「ん?どうした?」
「スキルを持っていたのですね」
「あぁ言っていなかったか?」
「はい。知りませんでした。今、確認しましたが、スキル把握は日本での取得者は居ないことになっています」
「そうだな。ギルドに申請を出していないからな」
「え?」
「義務じゃないだろう?それに、このスキルは使い勝手は悪いが、私のような立場だと便利だ」
「・・・。あっ会議とかで、スキルを使われた時に対応ができる?」
「そうだ。スキル名が解るだけだけど、それでも、抑止力にはなるからな」
「着いたぞ?」
先導していた自衛隊の車両が停まった。
キャンプ場に隣接する駐車場だ。
「なんだ?」「何が起こった!」「どうした?」
キャンプ場の入り口に、バリケードを作っている自衛隊や警官隊。
その周りには、マスコミらしい人だかりが出来ている。野次馬なのか、鈍器を持った者も居る。
バリケードの手前で、鈍器を持った者が空中を叩いて居る。
「孔明?」
「俺に何を言えと?円香?」
「蒼!」
「わからん。何をしているのかさえも・・・。意味不明だ。説明して欲しいのは、俺も同じだ」
バリケードを覆うように、結界が発動してしまっている。結界は、人も魔物も通過が出来ない状況になっている。そのために、バリケードに使用した車に戻ることが出来ない。マスコミもギリギリで撮影を行うために、バリケードの近くに展開して、結界の中に飲み込まれる形になってしまった。
ギルドの面々は、キャンピングカーから降りた。三匹の猫は、キャンピングカーのケージに入れられている。
「上村さん!あっ!桐元さん」
「おぉ松。久しぶりだな。お前の部隊が来ているのか?」
「はい!松原小隊が封鎖及び魔物の掃討を行います」
桐元孔明も、上村蒼も、小隊が出てくるとは思っていなかった。分隊が出てきて、封鎖を行っていると思っていた。初期段階で、小隊が出てきているのに驚いた。
「ギルドの皆さんですか?山梨県警古屋です」
警察手帳を見せながら、古屋は松原と話をしていた、桐元孔明と上村蒼に話しかける。現場の主導権を握るためだ。
「あぁ俺たちは、自衛隊から出向している・・・。で、いいのだよな?ギルドのメンバーは、あっちの女性陣だ」
上村蒼は、女性陣が準備をしている場所を指差す。
「ありがとうございます」
古屋と名乗った警察官は、上村蒼と桐元孔明に”礼”を口にしてから、女性陣が準備をしている場所に向かった。
榑谷円香と里見茜は、情報収集を行うための準備を行っている。柚木千明は、マスコミ用の資料をまとめている。ギルドで作成してきた物だ。現状で解っている情報をまとめた物で、”無いよりはまし”程度の物だ。
移動中に判明した情報も、追加されている。
既に、マスコミには配り始めている。
「ギルドの方ですか?」
差し出された手を握りながら、お互いの名乗りを上げる。
「ギルド日本リージョン。榑谷です」
「山梨県警古屋です」
辺りが暗くなってきているが、自衛隊が用意しているライトが、駐車場や前線基地になっているテントの周りを照らしている。
「自衛隊。松原です」
古屋に続いて、自衛隊の松原も、榑谷円香に挨拶をした。
桐元孔明と上村蒼は、バリケードの近くに居る自衛官に話を聞くために移動している。
現場の責任者を決めなければならない。
通常なら、自衛隊が責任者となるのだが、対魔物だということで、ギルドが実権を握る状況も考えられる。しかし、地元で発生している事象であるために、山梨県警も譲れないラインが存在している。
榑谷円香は、実権を握ろうとは思っていない。
実質、”何もできない”ことになるのだろうと予測している。バリケードを維持して、政治が重い腰を上げるのを待つしか無いと思っている。里見茜が調べた、他国の情報から、師団級の戦力でないと対応が不可能だと考えている。
3人の話し合いは、テントに移動して行われた。
自衛隊と警官隊が把握している現状が説明された。
それから、ギルドが持っている絶望的な情報が伝えられる。
既に、マスコミにも伝えられている。マスコミは、里見茜と柚木千明に詰め寄って文句を言っているが、魔物に関する情報はギルドが公表している。それに、文句を言っても意味がない。自己責任だ。情報収集をしなかったマスコミが悪い。里見茜も柚木千明も、文句は受け付けていない。情報交換がしたいのなら、応じるがマスコミに流してよい情報は限られている。配布している紙に書かれている内容以上は教えられない。それ以上の内容を聞こうとするマスコミ関係者をシャットアウトしている。
自分たちの撮影も許可を出さない。撮影した場合には、ギルドからの情報を渡さないと宣言している。盗撮が解った時点で特措法の範疇として、法的な処置を取ると宣言をした。
多くの在京のマスコミは文句を言って、悪態をついている中、柚木千明の古巣であるTV局から来ている者が話しかけてきた。
「千明!」
「え?あっ舞さん!」
望月舞は、柚木千明の先輩だ。
「千明。ギルドに行ったのは本当だったのね」
「えぇ少しだけ縁があって・・・。あっ舞さんでも、情報は渡せませんよ。私が殺されてしまいます」
「大丈夫。私が教えて欲しいのは一つだけ・・・。小屋で犠牲になったのは、山本Dだよね?」
「え?」
不意打ちに近い質問で、柚木千明は表情を作るのが間に合わなかった。
マスコミ各社に出された情報では、名前までは出ていなかったが、自衛隊や警察隊から聞こえてくる情報。あとは、マスコミがドローンで撮影した情報から、”山本”の名前が浮上していた。
「わかった。確認のような物だから、山本Dの話はどうでも良くて・・・。千明。帰ってこないマスコミのリスト。それと、マスコミが雇った護衛の一覧。全員が帰ってきていない。それに、なぜか山側も湖側も、どこからもキャンプ場に入られない状況なの。何かわからない?」
「リスト?大丈夫なの?」
「うん。大丈夫。マスコミが自主的に作っている物だし、行方不明になっている民間も入っている」
「ありがとう。それから、中に入られないのは、私も始めて聞いた。自衛隊や警察隊は、”何か”言っているの?」
「ううん。なにも・・・」
「そう・・・。舞さん。リスト。ありがとう。円香さんに話してくる」
「うん。何か、解ったら教えてね!」
「話せる範囲ならね」
柚木千明は、貰ったリストを持って、榑谷円香が居るテントに向かった。
テントでは、自衛隊と警察隊が主導権を握ろうとお互いに牽制を繰り返していた。
自衛隊のヒアリングを終えた、桐元孔明もテントに向かっている。
「あっ孔明さん」
「千明嬢。ん?それは?」
「はい。マスコミが把握している。キャンプ場に入り込んだ人のリストです」
「そうか・・・」
桐元孔明は、受け取ったリストを見て、唖然とする。
多いとは思っていたが、解っているだけで、30名以上の犠牲者が居る。自然災害でも、かなりの規模の災害だ。そして、減ることはない。解っていないだけで、山側から侵入した者たちも居る。その人数が加われば、50名を超える可能性もある。
「円香には?」
「これからです。そうか、俺から渡していいか?他に、何か報告があれば、聞くぞ?」
「いえ、資料を渡して、今後のことを聞こうと思っただけです」
「わかった。今後は、多分・・・」
桐元孔明は、テントを見てから、大きく息を吐き出す。
「しばらくは、決まりそうにない。マスコミ対策も、面倒ならテントに居る者に投げてしまっていい。千明嬢と茜嬢は、ギルドの車で休んでいてくれ」
「あっ結局、誰も、キャンプ場に入られないのですか?魔物も出てこない?」
「16時すこし前に、なぜか透明が壁のような物が出来て、キャンプ場を覆ってしまったようだ。それから、誰も入られない。壁を壊そうと必死になったが無駄だったようだ」
「わかりました。茜とキャンピングカーに戻ります」
桐元孔明は、柚木千明が戻っていくのを見送った。柚木千明は、里見茜と少しだけ話をして、周りに集まっているマスコミに情報はテントで行われる会談の結果、公表されると説明して、荷物をまとめてキャンピングカーに戻った。
キャンピングカーでは、三匹の猫が寛いでいた。どこから入ったからわからないが、一匹の栗鼠が居たが、二人がキャンピングカーに乗り込むと、4つの魔石を置いて逃げ出してしまった。二人が、魔石に気がつくのは、4つ有った魔石が一つになってからだ。魔石が消えた後に残された三匹の猫は、おとなしくなり、飼い主たちの言葉を理解しているような態度を見せるようになる。
桐元孔明は、面倒そうな表情をしてから、テントを見つめる。
テントの中では、机を囲んで話し合いが行われている。行きたくはないが、行かないという選択肢は存在しない。
「円香?」
「孔明。現状の把握は出来たか?」
「小隊の中に、蒼の知り合いが居て、話が聞けた。そもそも、隠していない。それで、千明嬢がマスコミから貰ってきた、犠牲者・・・。候補のリストだ」
「多いな」
「そうだな。それから、自衛隊がマスコミから提供を受けたドローンの映像だ」
桐元孔明は、一枚のSDカードを榑谷円香に渡した。榑谷円香は、キャンピングカーに戻った里見茜を呼び出して、SDカードを渡した。
「これは?」
「ドローンの映像が入っている。コピーと解析を頼む。何か解ったら、順次、送ってくれ」
「わかりました」
榑谷円香と桐元孔明は、キャンピングカーに向っていく里見茜を見送ってから、誰も入られなくなっているキャンプ場を見つめる。
夕暮れから、夜の帳が辺りを支配し始める。
自衛隊が持ち込んだ照明で照らされている場所だけが明るく人が生活できる場所だと思えてくる。
「闇は、魔物の味方なのか?」
榑谷円香の呟きは、誰の耳にも届かなかった。
皆が、私の周りに集まってくる。
報告は、ライが受けている。
「ご主人さま」
ライが、皆からの報告をまとめてくれた。キャンプ場の囲い込みは成功した。問題は、小屋の周りだったけど、成功した。結界を張った周りには、魔物が居ない所までは確認が出来た。
”どうしたの?”
「休んでください」
”うーん。疲れていないけど・・・。そうだね。順番に休もうか?”
「はい」
私が休まないと、家族も休まない。警戒の順番を決める。どうやら私は必要がないようだ。ライも同じだ。
結界が機能しているから、警戒は必要がないとは思うけど、キャンプ場の監視もしてもらっている。結界があるから大丈夫だとは思うけど、動きがあれば対応をしたほうがいい。魔物は、夜行性?だと思うから、暗くなってから動きがあるかもしれない。
”ライ?”
「ダークたちが、キャンプ場の周りにある、山々と森の索敵をしてきたいと言っています」
”索敵?”
「はい。どうやら、近くの山や森に、魔物が4-5体の集団を作っているようです」
”え?複数?”
魔物は、単独で居る。裏山や近隣の山で見つめた魔物は、魔物同士が近かった時もあるが、単独での行動だ。
複数が固まっているのは、この辺りの魔物の特徴なのかな?
状況がわからない。
私たちが対応する必要はないと思っているけど、動物たちが困っている。魔物たちが居るので、動物たちが駆逐されてしまう。なんとか逃げても、生活圏が狭くなってしまっている。
「解っているのは、三ヶ所です。避難してきた者たちから聞いたようです」
”後ろから攻撃される心配はないけど、せっかくだから前哨戦にしようか?”
「ご主人さまも戦われるのですか?」
”ん?私は行かないよ。近場が安全に・・・。魔石はまだ有るから、安全地帯を作ろう!”
裏山の周りと同じように、魔石を使って安全地帯を作ればいい。魔物だけが入られないようにすればいいかな。あとは、動物の数や状況で、範囲を広げていけばいい。
そうしたら、動物たちの棲家は狭くなる可能性はあるけど、魔物から逃げ込める場所ができる。
「はい。作戦に参加しない者で対応を行います」
”うん。裏山と同じくらいの安全地帯があればいいよね?”
「はい。まずは、キャンプ場の近くから探索を開始します」
”わかった。無理はしないようにね”
「はい」
ライの言葉を受けて、一斉に飛び立つ。
私たちが休むと決めた場所は、結界で覆っている。人が入ってこられない状態になっている。今回は、集まっている人にも見せるために、見える状態で飛び立つようにした。夕方だから、それほど変には思われないだろう。
---
野営の準備を始めた。野営と言っても、自衛隊の作戦中の野営とは全く違っている。キャンピングカーで調理ができる。テントを持ってきているのは、俺と孔明が寝るための場所を確保するためだが、作戦用のテントではなく、キャンプ用品のテントだ。快適が優先される。
現地に付く前は、既に戦端が開かれている可能性も考慮していた。
しかし、現地に着いてみれば不思議な状態になっていた。透明な壁が、キャンプ場と近隣の森を覆っている。湖は確認をしていないが、岸から1-2メートルのあたりに透明な壁があるようだ。バリケードを迂回して突破しようとしたマスコミがキャンプ場に近づけなかったと苦情を言ってきたらしい。愚かだな。報道の自由を振りかざせば何でも許されると思っている。ギルドに関して言えば、無駄だ。そんなことを言ってきた者たちは、”出禁”にしている。
女性たちは、キャンピングカーで食事の用意をしている。
俺も手伝おうと思ったが、邪魔だから出て行けと言われた。どうやら、俺の料理は女性陣には不評らしい。
「蒼。蒼」
「ん?なんだ?」
「お前の料理が不評なのは、なにも円香たちだけではないぞ?隊に居る時でも、お前の料理は不評だったぞ」
「え?うそ?」
俺の超絶テクニックを使った、”牛肉の豚肉包、鶏肉を添えて”が不評だと?皆、喜んで食べていたじゃないか?素材の味を殺さないように、塩だけで鶏肉を焼いて、中心の豚肉には香辛料をバッチリと聞かせて、ハーブで臭みをとって、牛肉には下味に魚醤を使った一品だぞ!
「蒼。お前の料理は、単品で食べれば・・・。それでもまずい時もあるが、食える。でも、まとめると最悪だ。高価な食材を無駄に使うのなら、単品で出せ!」
え?
「孔明?」
「部隊としても、食材を無駄にされたわけではないので、黙認していたけど、お前の発想と味付けは、万人受けはしない」
「は?本当か?」
「あぁ」
「俺が、キッチンに立てない・・・。理由は、味付けか?」
「素材が”もったいない”と言っていた」
「・・・。いい物を使えばうまくなる」
孔明の指摘が正しいのは、女性陣の態度から察するべきだった。
「なぁ孔明」
「なんだ」
本を読んでいた孔明が、本を閉じて俺を見る。
孔明も感じているのかもしれない。あと、30分もすれば魔物たちの時間になる。
「透明な壁。今は、”結界”と呼んでおくけど・・・。誰が作っていると思う?」
「円香の意見を聞きたいが、自衛官や警察関係者、マスコミには居ないだろう」
「そうだ。もっと言えば、この辺りの者にも居ないように思う」
孔明が渋い表情を浮かべる。
「そうだな」
孔明が渋い顔をする時には、”何か”を考えている時だ。俺は黙って、テーブルの上に乗っている、ぬるくなった珈琲を喉に流し込む。
「蒼。お前が言っている”結界”を、最悪で考えると・・・」
「魔物たちの誰かが張っている?」
それは、俺も考慮した。
しかし、魔物たちが結界を発動して、人の侵入を防ぐ意味があるのか?
隊のやつらの話では、内側からも外に出られないようになっている。見方によっては、魔物はキャンプ場に閉じ込められている状況になっている。
「それが最悪のパターンで、今、考えられる答えだ。これだけの規模を囲うのは・・・。不可能だ」
人ではスキルを得ているとしても不可能だと考えているようだ。
俺も、同じ考えだが、”方法は存在している”孔明も気がついているようだが、”その方法”は現実的ではない。
隊に居たと気にも議論されたことだ。
確か、教授が実権を行っているが、”成功した”という報告はない。
「そうだな。上も囲まれているのだろう?」
「ドローンで調べたが、上空にも壁が存在している」
飛行可能な魔物が居る可能性は考慮されているが、実際には”鳥類”が魔物になった例は確認されていない。魔物になるためのプロセスに”耐えられない”というのが、考えられている。飛行可能な魔物としては、ガーゴイルやワイバーンやグリフォンなどの名前が出ているが、実際に見たものは居ない。小屋に居ると思われているオーガでさえ、確認されたのは最近だ。
「面白い話をしているな」
料理を作っていたはずの円香が、コーヒーポットを持って、やってきた。差し出された孔明のカップに珈琲を注ぎながら、椅子を取り出して座った。
「円香?」「円香か・・・。いいのか?」
円香は、親指でキャンピングカーの方を指差して、肩を竦める。
「調理は、ほとんど、茜が担当している」
どうやら、俺と同類のようだ。
茜が担当するのなら、今日の夕飯は期待ができる。ギルドで出てくる菓子は、千明が作っているようだが、それ以外は茜が作っているらしい。円香は、珈琲と紅茶と酒が担当だと言っていた。
さすがに、アルコールはダメだろうから、夕飯を楽しみに待つことにしよう。
「そうか・・・」
「それよりも、結界の話をしていたよな?魔物が張っている可能性を論じていたよな?」
「あぁ」「それで?」
「別の可能性を提示する必要を感じた」
円香が、テーブルの上に放り投げた資料は、以前に見せてもらった”ファントム”に関する物だ。
円香が、テーブルの上に放り投げた資料は、以前に見せてもらった”ファントム”に関する物だ。
「そうか、ファントムか・・・。結界のスキルを持っている可能性があったのだよな?」
「あぁ。しかし・・・。この中に”ファントム”が居るとは思えない」
円香は、キャンプ場に集まっているマスコミや自衛官や警察官や消防官を見回している。
「そうなのか?!」
蒼は、驚くが、俺もこの中に”ファントム”が居るとは思えない。
「ファントムが、どんな移動手段をもっているのかわからないが、自衛隊や警察の関係者である可能性は低い」
「そうだな。自衛隊も警察も、スキルの管理をされている。調べるための方法も確立している」
蒼の言っている通りだ。
それに、作戦行動でスキルを得たのなら申請は”ほぼ”強制だ。スキルを得れば、スキルの種類で配属が変わってくる。希望は聞いてもらえるが、命令される場合が多い。それに、基地に入る時には、スキルの検査が行われる。テロ行為とは言わないが、安全保障上の手順だ。
警察や消防といった組織も同じ状況だ。
「円香。それでも、マスコミや野次馬に、ファントムが居るとは思わないのか?」
無理だな。
「”無い”と思う。マスコミ関係者に、ファントムのようなスキルが有るのなら、この状況にはなっていないだろう」
俺も、円香と同じ意見だ。
マスコミは、スキルを持っていたら、それも、ファントムのように、”異常”だと思えるスキルを持っているようなら、自分だけで突っ込んでいる可能性もある。公表しない理由がない。スキルを持つのは、それだけ難しい。
野次馬も、同じだ。
もし、ファントムが実在しているのなら、そもそもスキルを得る為に、魔物の存在がわかっている場所に来る必要はない。
「そうなると、ファントムだと考えるのには無理があるのでは?」
蒼の言っていることも解る。
禅問答のようになってしまうが、この状況を引き起こせる可能性があるのは、”ファントム”だが、”ファントム”でありえない理由も大量に存在している。そもそも、”ファントム”が存在している前提で話をしているが、”ファントム”が1人だとは、俺は考えていない。何かしらの団体やチームならまだギリギリ納得ができる。
「円香。孔明。ファントムだと仮定すると、ファントムが結界を張った理由はなんだ?」
理由は、魔物を抑えるため?
「そうだな。良い方に解釈すれば、これ以上の犠牲者を出さないためか?」
「犠牲者?」
「ファントムが、人類の味方だと仮定すれば、魔物に対応できる者がいない人類と魔物を分離するのは意味がある」
「そうだな。それに、ファントムが魔物と戦うと想定すれば、邪魔にしかならない者たちを排除するのは、理に適う」
円香と蒼で、結界の意味を考えたが、一つの仮定を唱えれば、同じだけの説得力を持つ別の仮定が産まれる。
ファントムと仮定しなかった場合には、そもそも何のための”結界”だという話になってしまう。結界なのかも怪しくなってくる。
「そう言えば、円香」
「なんだ?」
「スキルでは何もわからないのか?」
「無理だ。何もわからない」
「そうか・・・。なぁ結界だけど、向こう側は見えているよな?」
「蒼。何を言いたい?」
天子湖とキャンプ場が書かれた地図を見ていた、蒼が急におかしなことを言い出す。
「円香。孔明。スキルって、俺たちが想像できる物に近いことが多いよな?」
「そうだな」
スキルの基準はわかっていない。
魔物を倒して、スキルを得られるのはわかっているが、”なぜ”が未だに不明だ。それだけではない。スキルの種類が、物理限界を超えるような物も存在しているが、人間が行えることの延長だ。
攻性のスキルでも、結局は自然現象が根本に存在している。人が行える行動を強力にしたものだと思われている。
それらを踏まえると、”回復系のスキル”や”アイテムボックス”や”結界”は、物理法則にも、自然現象にも該当する物がないために、スキルでも不可能ではないかと思われている。
「円香が、スキル結界を想像したらどうなる?」
「どういうことだ?」
「もし、俺が”スキル結界”を得て、発動したら・・・。こうなると思う」
蒼は、地図の中心から円を書くように指でなぞる。
そうだな。俺も、蒼と同じだ。結界は、同心円状に広がるだろう。球体になると考えるほうがわかりやすい。または、一方にだけ壁を出現させるかだ。
そうか・・・。
「あまりにも、不自然だと言いたいのだな?」
円香も、気がついたようだ。
マスコミと警察と自衛隊からの情報を書き込んである地図を見ると、キャンプ場というよりも、魔物が居る場所を結界で覆っているように思える。小屋の周りは、まだ調査中だと言われているが、似たような物だろう。
話は、ここまでとなりそうだ。
茜嬢が、俺たちを呼ぶ声がしている。食事が出来たのだろう。
それが終われば、主導権争いをしている奴らの所も戻って状況を整理できればいいのだけど・・・。難しいだろうな。
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一度、人になって、ライと簡単に模擬戦を行った。
そのあとで、素晴らしいスライムボディに戻る。人の姿は、戦闘をしたり、料理を作ったり、調べ物をしたりするのには向いているけど、スライムボディの気楽さを知ってしまうと、どこか落ち着かない。全裸に慣れてしまった変態のような発言だけど、服を来ている状態に違和感を覚えてしまう。
もしかしたら、気持ちも”魔物”に近づいてしまっているのかもしれない。実際に、人が死んでいるところを見たり、食べられたり、嬲られている状況を見て、”気分が悪い”という感情は芽生えたが、怒りに似た感情や悲しいという気持ちは芽生えなかった。
”ライ。皆は?”
ダークとナップが中心になって、安全地帯を作ろうとしている。
フィズとキールとアイズとドーンは、周りに居る魔物たちを釣ってこようとしている。ライの分体が着いているので、その場で倒すことにはしているが、集団になっている理由がわかれば、対処を考えたい。
「討伐は無事に終了しました」
”え?早くない?”
「ご主人さまが居る場所を安全にするために頑張った結果です」
”そっそう?ありがとう”
「魔物の集団を倒して、わかったことがあります」
”え?何?”
「強い個体が、群れを率いるようです」
”それで?”
「はい。魔物の集団ですが、統率されたような動きをしていたので、強い個体から倒したときに、倒さなかった、弱い個体がこちらに合流を求めてきました」
”え?魔物が?”
「正確には、魔物になってしまった。猪と鹿でした」
”角は?”
「猪には角がありました。鹿にはありませんでした」
”そう。意思の疎通ができたの?”
裏山には居なかったけど、少しだけ離れた場所の山に居た。角ありの鹿が居た。その時には、意思の疎通が出来なくて、討伐するしかなかった。
「ボスを倒したら出来ました。でも、魔物はボスを倒しても、意識が繋がりません」
”なにか、条件がありそうだけど、動物から魔物になったと思われる者は倒さなくても、ボスを倒せばよさそうね”
「はい」
”そうなると、キャンプ場に居る動物から魔物になった者たちは倒さないほうがよさそうね”
「え?」
”私たちの群れに合流するのでしょ?そのまま、一部は、キャンプ場や周辺を守ってもらったほうがいいよね?”
安全地帯を守る者たちが必要だと思っていた。
家族から順番に行ってもらおうかと思っていたけど、地元で育った者たちが居るのなら任せたほうがいいだろう。
「あっ。そうですね。アイズやドーンが残る予定でしたが、最初から居た者たちが居れば安心です」
”うん。皆に、この方針を伝えて、たしかナップやキルシュなら無力化できるよね?”
「はい。皆に伝えます」
”うん。皆には、しっかりと休んでもらって”
「はい」
空を見上げるが、まだ漆黒の闇の中に星々が光っている。
夜明けまでには、まだ時間がありそうだ。私たちができることは少ないだろう。それでも、人を含めた動物たちが安全に過ごすために、できる限りのことをしよう。
望月舞は、迷っていた。
手元にあるネタだけでは、番組にならない。ギルドのメンバーに、昔なじみの”柚木千明”を見つけて話しかけたが、重要な情報は聞き出せなかった。自分たちが持っている情報と違いはなかった。
ギルドから配られた情報には、知らなかった内容が含まれているが、それは皆に共有されてしまっているので、ネタとしては弱い。
本社筋からは、ギルドや警察や自衛隊を無視して、キャンプ場に突入しろと意味がわからない命令まで出ている。
もう、何人も死んでいる。幸いなことに知り合いに犠牲は出ていないが、地元の猟友会に犠牲者が出ている。それだけではなく、ネット系の番組を手掛ける人たちが、クルーの全員が犠牲になっている。スキル持ちを護衛にしていたが、そのスキル持ちも殺られてしまったらしい。
その上・・・。
(あの透明な壁)
望月舞が所属しているクルーは、天使湖での異変を聞きつけて、早い段階で、キャンプ場に到着していた。
小屋の撮影にも成功している。しかし、警察から報道の自粛を求められている。魔物が人を食べている状況が映ってしまっている。自衛隊からは、撮影機材の一部を拠出して欲しいと言われた。
「舞!」
「え?あっ千明。どうしたの?ギルドの仕事はいいの?」
「うん。私の仕事は、ほぼ終わった・・・。感じ?」
「私が解るはずがないよ?」
「そうね。あっ。それよりも、舞にお願いがあるのだけど・・・」
「え?なに?」
望月舞は、お願いと言われて、顔をこわばらせる。
自分たちマスコミ関係者が、ギルドから”目の敵”にされている認識がある。一部の関係者が、ギルドから嫌われている。そのために、情報の流れが悪くなっている。それを、一方的にギルドの責任にして報道している。
「円香さん。ギルドマスターが、この情報を流して欲しいらしくて・・・」
柚木千明が、望月舞に差し出したUSBを受け取る。
「これは?」
もっともな質問だ。
柚木千明は、持ってきたタブレットを、望月舞に見せる。
「文章?”起こし”が必要?」
「うん。ごめん。この辺りは許して」
「ううん。それはいいけど、内容を確認してもいい?」
望月舞は、ネタに使えるのなら、是非、話に乗ろうと思っていた。上司たちは、ネタが無くても原因を説明すれば、わかってくれるだろうけど、本社は許してくれないだろう。”無能”だとか言い出すに決まっている。
望月舞は、タブレットに表示されている情報を読んで、顔色が変わっていく、タブレットを持つ手が自然と震えている。座っていなければ、足の震えから、立つのが難しかったかもしれない。
「千明?」
「調べることは、可能よ。USBには、該当資料へのURLも添付している。ただ、言語が・・・」
「言語?」
「ギルドが提供している物で、まだ日本語への翻訳が終わっていない」
「え?最新?」
「そうなる。ちなみに、スペイン語とポルトガル語がほとんどで、英語とフランス語が少しだけあるかな・・・。あと、現地の言葉で書かれた資料もあった」
「え?翻訳は?」
「マイクロソフトの翻訳って本当に、優秀ね」
「わかった。”裏どり”が、必須ってことね」
「ごめんね。でも、ネタとしては、最高でしょ?あっそうだ。ギルドからの情報だと言わないでね。いろいろ面倒だから・・・」
望月舞は、受け取ってしまった。USBを返すべきか本気で考えていた。
持って帰れば、間違いなく”ネタ”だ、それも”特ダネ”に近い。ギルドからの情報提供だとは伏せて欲しいと書かれているから、会社に提出するときには、ネタ元は伏せる。おかしな話ではない。自分のネタ元を教えるマスコミ関係者は居ないだろう。
ネタ元の追及はくるだろうが、問題ではない。正確には、問題になっても、誰も”藪をつつかない”ギルドだと推測しても、今のギルドにはマスコミの関係者は突っ込んではいけない。まだ、暴力団の事務所の方が”安全”だという人もいるくらいだ。
(確かに・・・)
望月舞の葛藤は、”どうやって”自分たちへの影響を少なくできるのかを考えていた。
望月舞を困惑させているギルドの出してきた情報は、魔物の狂暴化に関するレポートだ。
そして、恐怖したのは、狂暴化した魔物を倒す方法が、”軍の出動”だということ、カメラや投光器の光に反応して攻撃を開始する可能性が語られている。そして、南米で発生した、狂暴化では詰めかけたマスコミ関係者100名以上と地方を守っている警備隊が全滅した。地対空ミサイルを使って、辺りを焦土化して狂暴化を抑えた事例などが書かれていた。
そして、狂暴化を進める要因に、”人”が関わっている。
「人を捕食して、強くなる?」
想像を超えないレベルの物で、信憑性を論じるには無理がありすぎる。内容としては、レポートの形にはなっているが、現象から推測されている。
「うん。それは、ギルド内では、確実だと思われている」
「でも・・・」
「そう、確認は不可能」
「うん」
「でもね。魔物を倒して、人はスキルを得るのよ?」
「え?うん。そうね」
「だったら、人を殺して、魔物は何を得るの?獣を殺して、魔物は何を得るの?」
「・・・」
「それとね。まだ、これは、円香さんの推測っていうか、妄想だけど・・・」
「なに?」
「舞。最初の犠牲者は誰か想像できる?」
「え?山本Dだよね?」
「うん。山本Dがこの天使湖に来たのは何時?どうやって、生きていた?近隣に聞き込みに行った?」
「あっ」
「円香さんは、十中八九。山本Dは、”魔物を食べていた”と考えている。もしかしたら、強力なスキルを得ていたのかもしれない」
「それは・・・」
「あのオーガは、通常のオーガじゃないってこと」
「・・・」
「蒼さん。あっ元自衛官で、最前線で戦っていた人だけど、”あの色のオーガは知らない”と言っている。それに、変異種ではなくて、上位種じゃないかと言っている」
「上位種?」
「そう、舞も、この仕事をしているのなら、知っているでしょ?」
「うん。ゴブリンの上位種が出たとか話題になっていた。その時には、自衛隊の小隊が2-3隊で倒したって聞いたよ?」
「そう、間違っていないけど、情報が足りない。ゴブリンの上位種が1体いただけで、小隊の1つが、全滅に近い損害を受けて、他の隊も被害を受けた」
「全滅?それって・・・」
「そう、殉職ね」
「うそ。だって、ゴブリンよ?スライムの次に弱いとされているのよ?」
「そうよ。そのゴブリンでも、上位種になると・・・。自衛隊の小隊なら蹂躙できる。舞。天使湖には、弱い魔物でも、ゴブリンの変異種。その次が、オークやオーガの変異種。でも、オークの変異種になると、1体の討伐に自衛隊の小隊が必要。戦車や攻撃ヘリが使えれば違うだろうけど・・・」
「無理よ!千明!天使湖には・・・」
周りの視線に気が付いて、望月舞は、自分が叫んでいたことを認識する。
柚木千明は、望月舞の行動を咎めなかった。自分も同じ気持ちなのだ。違うのは、絶望の中に一筋の光があるのを榑谷円香から聞いているのだ。天使湖周辺を覆っている不思議な透明な壁を、作っている者が、人類の味方であり、ファントムのコードネームで呼ばれている人物の可能性を・・・。
「そうね。魔物になってしまった、獣だけなら、自衛隊でも対応ができるだろうけど、他は無理」
「それじゃ・・・。ギルドは、どうするの?」
「自衛隊に、治安維持に必要な戦力の投入を進言する。天使湖周辺を焦土にしても、魔物の駆逐を行う」
「え・・・。でも・・・」
「まず、無理ね。でも、それしか方法はない。ギルドは、ハンターの派遣を中止する」
「え?」
「だって、透明な壁があって、中に入られないのよ?自衛隊の標準装備で破られないような物を、どうやって突破するの?」
「でも、あの透明な壁が無くなったら・・・」
「魔物が、溢れる可能性があるわね。実際に、透明な壁の中では、魔物が増えているらしいわよ?どっかの、マスコミが地元の人や、ハンターを雇って、山側から天使湖に向かって、魔物に殺されたらしいわよ。これは、マスコミは掴んでいるかもしれないけど・・・」
「っ・・・。ねぇ千明」
「なに?」
「これって、現実なのよね?」
「そうね。夢やゲームのイベントなら、よかったね」
柚木千明は、望月舞に渡していたタブレットを受け取って、ギルドの拠点となっているキャンピングカーに向かって歩き出す。
円香さんにお願いされたミッションはクリアでいいのかな?
「千明!」
「あっ円香さん。舞に情報を渡してきました」
「そうか、解った」
「よかったのですか?」
「なにが?」
「舞は、直接報道はしませんが、制作ですよ?」
「構わない。どうせ、どこかに流す情報だ。それに、調べればわかることだ」
確かに、新しい情報もあるけど、調べればわかる事だ。
実際に、ギルドのメンバーになってみて解ったけど、隠すべき情報は、ほとんど存在しない。秘匿コードで呼んでいる、”ファントム”の情報くらいだ。ファントムを秘匿しているのも、マスコミに知られると、ファントムを探そうとする可能性があるためだ。私も、マスコミで過ごしていたからよくわかる。
円香さんも、茜も、孔明さんも、蒼さんも、ファントムの存在は疑っていない。でも、ファントムの人柄は、解らないようだ。顕示欲があるような人物では無いようだが、それ以外は何も解っていない。だからなのか、下手に接触をして、スキルが接触した者に向かうことを危惧している。
「千明。おかえり。何か食べる?」
「え?」
茜がキャンピングカーから顔を出す。
打ち合わせが終わったようだ。
円香さんは、茜と入れ替わるように、キャンピングカーに入っていった。中には、孔明さんと蒼さんかな?まだ、何か話さなければならないことがあるのだろう。
「茜?」
茜が、私を見ているが、私から茜に話しておいたほうがいいことはない。はずだ。
「うん。打ち合わせは、終わったよ」
「そう・・・。何か、ある?」
円香さんとの打ち合わせだろう。情報の精査をしていたので、その関係だろう。
「何も・・・。透明な壁がある限りは、何もできないよね。壁が無くなっても、キャンピングカーを盾にするしかないよね?」
「うん。絶望的な状況には変わりがないのね」
舞にも説明した内容だけど、ギルドの中では規定路線だ。
最良を考えても、最悪な結果にしかならない。どれだけ、希望的観測で流れを考えても、絶望しか出てこない。
「うん。でも、誰が、なんの為に、透明な壁・・・。蒼さんは、”結界”じゃないかって言っているけど・・・」
「結界?あの?結界?」
「どの”あの”なのか、解らないけど、多分、千明が考えている通りの”結界”だと思うよ」
結界・・・。そんなスキルがあるの?
たしか、ファントムが調べていたと言っていたけど、ラノベ界隈で定番になっている”結界”なら、私でも知っている。調べても不思議ではない。
「茜。でも、不思議じゃない?」
「何が?」
「うーん。うまく言えないけど、誰かが、結界を発動したとして・・・」
「うん」
「透明な壁の距離がおかしくない?」
「え?どういう事?」
説明が難しい。
透明な壁が結界だとして、誰が作ったのかは、解らない。結界だったとしても、意図が解らないから気持ちが悪い。なぜ、隔離するような結界を作成する?なぜ、距離を空ける?
「うーん。なんで、魔物と人の間が、あんなに不自然なの?」
「え?」
ドローンで撮影した様子を、茜に見せる。
茜が、私が持っていたドローンのデータを、地図上に展開してくれる。私が持っているドローンのデータは、透明な壁が作成される前の物だ。そのうえに、解っている透明な壁のデータが上書きされる。
これで、透明な壁の状況がわかりやすくなった。
全部ではないが、私が貰ってきたデータだけでも表示される。透明な壁と魔物の位置関係が、今まで漠然としていたが、はっきりと認識できた。
魔物の配置までは解らないが、おおよその場所は解っている。
茜と話ながら、魔物の位置を記入する。
茜は、途中からタブレットではなく、パソコンを引っ張り出してきて、データを処理している。パソコンで処理をして、結果をタブレットで表示している。二人で、見るには少々手狭だが、表示させる方法が他にはない。パソコンのモニターを覗き込むわけには、表示させるデータが多すぎる。
「お!丁度良かった」
後ろから、声がかけられた。蒼さんだ。
「丁度よかった?」
「あぁ地図で検証をしているよな?」
「うん。この辺りの地図に・・・。何か、新しい情報ですか?」
「茜。USBに入ったレイヤーを重ねて欲しい。3Dのデータになっているから、平面にしてくれると助かる」
「はい」
茜が、USBを受け取って、パソコンに挿入する。
表示していた地図が消えて、新しい地図のデータ上に、蒼さんが持ってきた情報が表示される。
ドローンのデータだろうけど、もっと詳細なデータになっている。
「これは?」
「ん?自衛隊と警察と消防の奴らが飛ばしたドローンのデータ。かなり精密だろう?」
「そうですね。魔物の位置も表示しますか?」
茜がデータを調べながら、地図にデータを書き加えていく。
「頼む。これで、魔物の数が把握できるだろう?」
魔物と透明な壁が表示される。立体図ではないので、高さまでは把握できないが、茜の言葉から、ドローンは壁沿いにデータを収集しているようだ。高さの情報も入っている。
「え?」
「千明。どうした?」
「茜。面倒なことを・・・」「いいよ。今は、少しでも情報が欲しい」
茜が了承してくれたので、私が思ったことを率直に伝えた。
「確かに面倒だけど・・・。おおよそでいいよね?」
「うん!」
地図上に情報が表示される。
「茜。プロジェクターが、キャンピングカーにあっただろう。皆で見るには、タブレットでは狭い」
「わかった。千明。プロジェクターを持ってきて!蒼さんは、スクリーンの用意をお願いします」
茜の指示で、私はキャンピングカーに向かう。途中で、円香さんと孔明さんが居たので、事情を説明した。
二人も、後で合流するから、検証作業を進めて欲しいと言われた。
プロジェクターは、150インチのモニターとして表示される。そこそこ、高級なモデルだ。
茜がセッティングを行って、蒼さんが持ってきたスクリーンに投影される。地図が表示されて、そこから透明な壁が表示されて、魔物が表示される。
「千明の想像が当たったみたいね」
「”だからどうした”と思える情報だけどね」
「それでも、一歩前進だ」
蒼さんが言ってくれたが、”だから何”と思われてもしょうがない。
透明な壁がいくつかの円で構成されている。だから、茜には円の中心を求めてもらった。
全部で、12の円が確認できた。
「ねぇ茜。円の中心に、魔物が居ないのは偶然?」
「蒼さんの見解は?」
「中心?本当だな。別の言い方をすると、結界の中心には、魔物が居ない。中心から離れた位置には存在している」
「偶然?」「どうだろう、偶然にしては、全部の中心というのは・・・」
「あっ!!」
「千明!」「何か、気が付いたのか?」
「蒼さん。魔物の行動範囲は把握できているの?」
「え?」
「移動距離と言ったらいい?」
「・・・。無理だな。俺たちは、魔物を把握したら、殺していた」
「そうか・・・」
「千明は、どうして、行動範囲が気になったの?」
「うん。さっきの違和感に繋がるのだけど、魔物と透明な壁・・・。もう、結界でいいよね?」
茜と蒼さんが頷いてくれる。
「結界と魔物の距離が、不自然なくらいに似ていない?」
茜が、大まかに魔物との距離を表示してくれる。
似たような数字ではないが、そこはまだ情報が不足している。
「茜。他の、ドローンのデータから魔物の位置を追加して、移動している魔物が居ると思う。個体識別は不可能だから、大体の位置で!」
「わかった」
沢山のデータから抽出しての表示になるから、時間が必要になってしまう。
茜の”終わった”という声と同時に表示されるデータは、私が思っていた通りの結果になった。
「これは・・・」「そうか・・・。結界を張った者は、魔物の動きを把握しているのだな」
結界の中に居る魔物が移動した場所を表示していったら、私が持っていた結界が張られる前のデータを突き合わせても、警察や消防のデータにも、打刻されているデータから、結界が張られる前のデータが存在していた。
しかし、すべてのデータにある魔物の位置を表示させても、結界からはみ出すことはなかった。
すべての魔物が結界の中から出ていないことになる。
結界が張られたあとなら、結界のおかげだと考えられるが、結界が張られる前のデータでも魔物が結界の外に出ていない。
このデータが正しいのか判断が難しい。でも、魔物に対する新しいアプローチになるのも確かだ。安全に倒せる距離が解れば・・・。