スキルが芽生えたので復讐したいと思います~ スライムにされてしまいました。意外と快適です。困らないので、困っています ~


 空想上の生き物が目の前にいる。
 違う。正確には、ガラスに映るのは、私だ。でも、私ではない。

『認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを・・・』

 ダメだ。現実は、何も変わらない。
 私史上、言ってみたいセリフの15位(適当)を呟けない。

 これってあれだよね?

 ニュースで流れていた。”モンスター(魔物)”。

 私も、人並みにゲームを嗜むから、すぐに理解できた。日本に、地球に、魔物が発生した。そして、モンスターを討伐すると、”スキル(異能)”が芽生える。始めて討伐するときには、高確率で異能に目覚めるようだ。異能は、魔法と言われる物も多い。

 この現象は、日本にだけ発生したわけではない。海底火山と南極大陸を除く3,000mを超える火山で産まれている(ポップしている)()()()。なので、3,000m級の山が無い国では、魔物は出現していない。さらに不思議なことに、魔物が(州・県)境を理解しているのか、境を越えない。異能を得られる人も、何に依存しているのか、”得られる者”と”得られない者”が発生している。条件は、判明はしていない。

 魔物が出現してから。
・火山が、ダンジョンになっている説。
・UMAは、魔物だった説。
・火山が、異世界への門になっている説。
・某国の細菌兵器で獣が魔物になった説。
・太古から政府は認識していた説。
 等々・・・。が、流れた。

 いろいろ言われて、それこそ、雨後の筍のように説が出ているが、立証は難しく、不可能とさえ思われている。ダンジョン専門家や、魔物は神に繋がる生物だと崇める新興宗教が産まれた。混沌とした状況を、各国政府は座して待っていたわけではない。法整備を行っているが、柔軟な対応が不可能な官僚や政府高官では、魔物や異能(スキル)が理解できずに、現状の法律で取り締まろうとした。

 各国政府が後手に回る中で、唯一と言っていい希望が産まれた。
 ジャパニメーションに毒された者たちが集まって、異能(スキル)を得た者たちを管理する”ギルド”を立ち上げた。登録は、任意としているが、各国政府と交渉して、ギルド証を持つものへの優遇処置を勝ち取った。ギルドに登録した武器と防具の携帯許可。異能を使って生じた被害への保証を行う。ギルドに登録して、異能を申請することで、ギルドからの仕事が届くことがあるが、受諾するのも任意となる。ギルドは、異能の情報をまとめていて、ギルドに登録した者は自由に閲覧することができた。異能には、簡単に使える物から、訓練が必要になる物まで存在している。ギルドでは、異能の訓練が行える。
 異能を持った者たちは、自由意志でギルドに登録できる。メリットもデメリットも存在している。

 異能が、紛争で使われてから、各国は規制に動いた。ギルドを国に取り込もうとしたが、国連が”ギルドは国には属さない”という声明を発出した。
 しかし、異能が国防に有意義であるのは、誰の目にも明らかだ。

 魔物が発生していない地域と発生している地域が明らかになっている。国防を理由に、発生場所を、国が軍で保護するのは当然の流れだ。

 日本で言えば、3,000mを越えている火山は3箇所だ。富士山(静岡、山梨)木曽御岳山(岐阜、長野)乗鞍岳(岐阜、長野)になる。日本政府の対応は後手に回っただけではなく、何も考えていないかのような対応だった。火山が発生場所だと判明してから、半年以上経過してから、ギルドからの要請を受けて、自衛隊が3つの火山を封鎖した。しかし、そのときには、魔物の多くは4つの県に散らばってしまった。
 ギルドの日本支部は、最初は東京の四谷に作られる予定だった。しかし、政治的な駆け引きを嫌った、日本支部は静岡県静岡市に本部を作った。候補は、愛知や横浜などが上がったが、ギルドは静岡市に作られた。外洋にも、岐阜にも、山梨にも、長野にも、3時間前後で移動が可能で、自衛隊の基地がある場所だというのが後押しした。実質には、土地代が安く、新幹線の停車駅が有ったのが決めてになった。ギルドのサテライトが、いろいろな場所に作られた。

 魔物の生体はよく解っていない。捕らえて、観察しようとした者たちや研究所で解剖しようとした者たちは、存在したのだが、成功した者は居ない。
 解っているのは、”(体液)”が紫であること、捕らえて檻に入れた瞬間に消えてしまうこと、死んだ魔物は、消えてしまう。ドロップアイテムは、極々低い確率で残される。

 異能は、同じ魔物を倒しても、同じ物が得られるわけではない。一つ以上の異能が芽生える者も存在する。

 ギルドが主導して、異能と科学の融合が行われた。
 異能を持つ者(スキルホルダーや異能者と呼ばれる)を、見分ける方法が確立された。ギルドカードも、何度も更新された。ジャパニメーションにあるような、異世界物と呼ばれるコンテンツにあるような、ギルド機能が確立された。情報が保持される反面、異能者は管理される状況になる。

『ふぅ・・・』

 ダメだ。現実は何も変わらない。”魔物”と”異能”と”ギルド”に関する情報を思い出したが、私の現状を説明できる情報は、何も思い出さない。
 そもそも、私が通っていた学校では、異能者は居ないはずだ。隠れて取得した人が居るかも知れないが、ギルドから借り受けている、異能者を識別する機械(異世界物のように、魔道具と呼ばれている)が設置されていて、異能者だと判明したら最悪は退学処分になる。

 現状を整理しよう。
 ここは、学校だ。
 私が通っている、高校だ。間違いない。周りを見る(すごく目線が下からで見えにくい)と、見覚えがある建物が見える。

 今は、夏休みだ。事情があって、一部の部活以外は、活動は自粛している。学校は、静まり返っている。
 3日前が登校日で、学校に来た。学校に来た時に、メッセージを受け取ったが知らないアカウントだったので無視した。昨日、同じアカウントから、私を呼び出すような言葉が書かれたメッセージをもらった。呼び出しは、私だけではなかったようだ。

 どうしようか迷ったが、暇だったこともあり、人違いだろうと思った。アドレスに返事を書いても、アドレスが存在しないと言われて帰ってきてしまう。メッセージには、”秘密をバラされたくなかったら、午前8時に来て欲しい”と書かれて、場所が指定されていた。
 両親も、祖父母も、兄弟姉妹も、居ない。一人で住むには、広い家に居るのは、寂しいだけではなく、気が滅入ってしまう。
 いろいろな事情があり、呼び出しに応じようと思った。

 実際に、この場所に、来たのは私だけだ。

 それで、待ってみても誰も来なかったから、帰ろうと思った。

 そう、誰も居ない家に帰ろうと思った。
 間違いない。そこで、記憶が途切れている。

 記憶は大丈夫だ。覚えている。
 自分の名前も思い出せる。死んでしまった、両親や祖父母、兄や妹の名前も覚えている。事故で死んでしまったことも覚えている。私だけ残して死んでしまった。私は、両親と祖父母が残してくれた(財産)で生活はできる。一人で住むには広すぎる家もある。田舎町の、山の中。駅まで、自転車で20分は必要な場所だ(原付バイクが欲しい今日この頃)。今日も、駅まで自転車で移動して、電車で30分かけて移動して、駅から歩いて学校まで移動した。移動時間だけで、1時間10分だ。

 現実逃避をしていても、何も変わらない。
 ガラスに映るのは、私で間違いないようだ。

 目は、何けど、なぜか見える。
 手も足もないけど、移動はできる。
 ”ぽよんぽよん”と弾む姿は、どこか愛嬌さえもある。愛玩動物だと言われても納得できる。
 口が無いから、喋られないのか?ラノベ的には、思念を飛ばせるはずだ。

『はぁ・・・。なんで、スライムになってしまったの?』

 表現には注意していますが、”いじめ”や虐待の描写があります。苦手な人は、スキップしてください。

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 なんで、夏休みなのに、学校に行かなければならない?

 アイツらに会いたくない。僕が何をした。何もしていない。

 パパは、助けてくれない。それどころか、僕がアイツらに言われて、パパの財布からお金を盗んでも何も言わない。最初は、1,000円だった。それが、5,000円になって、10,000円になった。パパは、僕に無関心なのだ。僕が、殴られて、顔を腫らして帰ってきて何も言わない。見てもくれない。
 ママは、話を聞いてくれた。でも、聞いてくれただけだ。『僕が、悪い』と言った。僕は、悪くない。それから、ママは、僕を叱るようになった。殴ってくる、夜中にママとパパが喧嘩するようになった。喧嘩が終わると、ママは泣きながら僕を殴る。

 昨日も、ママに殴られた。僕が、『勉強を頑張らない』からいじめられるのだと言って、勉強をしなさいと怒ってきた。勉強は、学校でトップだと言ったら、『一番じゃないから』と殴られた。ご飯も、食べさせてもらえなかった。寝る時間があるのなら、『勉強をしなさい』と言われて、椅子に腰を縛られた。おしっこをしたいと言ったら、殴られた。おしっこに行きたくならないように、のどが渇いても飲み物を我慢しろと言われた。
 パパは、僕に無関心だ。僕が、椅子に縛られていても、見ないふりをする。そして、ママと喧嘩をして家を出ていく。

 ママは、パパに文句を言っている。パパはママを殴って黙らせる。僕は、ママの殴られる音を聞いて”ざまぁ”と思う。パパは、ママを殴った後で、僕の部屋に来て、お金を置いていった。パパは、僕の部屋から出ると、お酒を飲んで寝てしまう。
 パパが寝てしまったあとで、ママは僕の所に来て、『私は悪くない。私は悪くない』そう言いながら、僕を叩く。僕が”痛い、やめて”と言うと『うるさい。勉強をしなさい』そう言いながら、僕を叩く。

 夏休みに入って、アイツらに会わなくて済んだ。
 僕が家に居るとママに叩かれる。でも、外に行こうとすると『勉強をしなさい』と叩かれる。僕が何かを言おうとしたら『私を見捨てるの!』と言って、僕を叩く。僕の居場所は、学校にも家にもない。

 登校日だ。
 夏休みなのに・・・。アイツらに・・・。でも、ママが居る家には居たくない。パパも、僕と同じ気持ちなのか、家に帰ってこなくなった。夏休みに入ってから、パパが僕にスマホを渡してきた、”困ったら連絡してきなさい”と言われた。でも、パパに連絡しても、何も変わらない。スマホを持っていることは、ママには内緒にしていなさいと言われた。

 学校には、スマホを持っていっても問題にはならない。
 初めて持つスマホ。クラスの人が使っているのを知っている。それに、アイツらが使える物が僕に使えないはずがない。

 僕は、勉強でもトップだし、何をやってもアイツらよりはうまくできる。だから、アイツらは固まって僕に暴力を振るうことで、自己のプライドを満たしている。僕は、アイツらとは違う。高校を卒業して、いい大学に入るのは決まったことだ。そして、アイツらを顎で使う人生を送る。僕は、勝ち組で、アイツらは負け組だ。僕は、エリートだ。アイツらとは違う。違う。違う。違う。違う。違う。

 朝になり、学校に向かった。

 やはり、学校に着いたら、アイツらが僕に絡んできた。

「おい!」

「何。高橋くん」

「あぁ!”くん”だぁ!お前は、何度、教えれば解る。俺のことは、”様”と呼べ!」

「あっ・・・。高橋様」

「そうだ!ウスノロ!何も出来ないお前でも、俺たちの、俺様の為に働いてもらおう!」

「え?僕・・・」

「”僕”じゃないよ。お前が、俺の役に立ちたいのだろう?そうだろう!えぇ!」

 高橋は、僕の制服を掴んだ。臭い。息が臭い。

「何をすれば」

「市内に、魔物が出たのは知っているか?」

「え?魔物?本当?」

「あ?俺が、嘘を言っていると?」

「いや、ごめん。でも、魔物は、管理されて居て・・・」

「洋平が見たと言っていた。お前、捕まえて、俺の前に連れてこい」

「え・・・。無理だよ・・・。魔物だよ?捕まえたら消えるよね?」

「あぁそれな。早苗の奴が、魔物は人の血に寄ってくるって話していた」

「え?」

「お前が餌になれ!お前は、足が早いのだろう?魔物に襲われても逃げられるだろう!俺の前に連れてこいよ。そうしたら、俺が倒してやる」

 高橋が、僕を乱暴に突き飛ばす。
 話が終わったと言うのか?僕はやるとは言っていない。でも・・・。

「あぁ出来なくてもいいぞ!そうしたら、お前が・・・。万引したことを・・・」

「わかった。やるよ。やればいいでしょ」

「ハハハ。そうだ。お前は、俺の為に、俺の言うことを聞けばいい!おぉい。美保。お前も来るだろう!ウスノロが、魔物を釣ってくるぞ」

「えぇ私・・・。面倒だからいい。それよりも、財布から5,000円ほど借りてよ。カラオケに行こう!」

「そうだな。おい、10,000。よこせ」

 高橋は、僕のカバンを乱暴に奪って、中身を床にばらまく。

「お!こいつ、20,000も、持っている。借りておく!」

 財布を僕に投げつける。
 高橋は、美保の所に行った。集まっている奴らが僕を見て笑っている。

「何をしている!」

 先生が教室に入ってくる。僕を見て、”ため息”を吐き出すだけで、何も言わない。僕も、この教師には、何も期待していない。
 僕が偉くなって、TVに出たときに全部を暴露してやる。教師に見捨てられたと・・・。社会的に抹殺してやる。僕が、有名になって、人気者になって、インタビューで、お前たちのことを、暴露してやる。その時になって後悔しても遅い!

 でも・・・。魔物か・・・。
 たしか、倒すとかなりの確率でスキルが得られるのだったよな。

 天才な僕が、スキルを得られば・・・。そうだ、高橋なんかに負けない。強大な魔法スキルを得て、ヒーローにだってなれる。
 今は、自衛隊が富士山を封鎖しているから、魔物を倒すのも許可が必要になっている。でも、市内に居るのなら、襲われて倒したと言えば、許されるはずだ。そうだ、僕が倒して、スキルを得たら、自衛隊に感謝される。そうしたら、ママもパパも頑張ったって褒めてくれる。

 ホームルームだけの登校日に、意味があるのか解らない。解らないが、終わった。アイツらに絡まれる前に、教室を出る。村上(洋平)が自慢していた、魔物を見たと言っている場所に向かう。他にも、土屋も見たと行っていた。間違いなく、コボルトだったと言っている。

 コボルト。犬の魔物だったよな?優秀な僕だから、怖くはないし、倒せるのは当然だけど、”万が一”があるから、家に帰って・・・。ダメだ、ママが居る。どうしよう。武器が欲しい。そうだ!学校の家庭科室なら、包丁がある。それに、理科準備室!なんだ、やっぱり、僕は天才だ。すぐに、方法を思いつく。

 家庭科室に忍び込むのは、高橋たちがやっていたから知っている。理科準備室も同じだ。盗むのではない。借りるだけ、僕がスキルを得るのに必要なことで、学校も許してくれる。僕は、間違っていない。

 そうだ、僕がスキルを得たら、高橋たちに自慢しないとダメだな。
 魔法で脅せば、僕の偉大さを思い知るはずだ。

 確か、学年の名簿に、連絡先が書かれているはずだ。僕は、スマホを持っていなかったから、連絡先は家の番号だけが書かれている。

 僕だと知られないで、アイツらを呼び出せる。そこで、魔法を使えばいい。なんだ、簡単なことだ。
 ふふふ。僕は、選ばれた。僕が、得るのにふさわしいスキルが手に入るはずだ。そして、皆が僕を敬うに違いない。

 怖い。怖い。怖くない。怖くない。怖い。怖い。怖くない。僕なら・・・。そう、僕は、選ばれた存在だ。

 一般の人なら見つけられない。コボルトを見つけた。これで、僕の目的が果たせる。

 犬と言うよりも、出来損ないの狼男だな。
 出来損ないなら、完璧な僕が負けるわけがない。理科準備室は、入られなかったけど、調理クラブに入られて、包丁も借りてきた。ナイフも有った。そして、胡椒と一味を振りかければ、犬科なら撃退できるだろう。やはり。僕は天才だ。

 まずは、真っ直ぐな場所に誘い込む。
 そこで、一味をぶつける。怯んだ時に、胡椒を鼻にぶつける。その後で、包丁で刺せば、僕の勝ちだ!

 まだ、(コボルト)は僕の存在に気がついていない。イヌ科のクセに・・・。犬?

「そうだ!」

 おっと、声は出さないほうがいい。今、(コボルト)が僕の方を見た気がした。勝つのは確定しているが、用心したほうがいいだろう。

 天才な僕は、いい方法を考えついた。僕が自ら”囮”になるのは現状ではしょうがないとしても、襲われるのは、僕である必要はない。そうだ、僕は、天才で世界を救う英雄で勇者だ。

 この近くに、アイツらの一人の家があって、庭に犬を放し飼いにしている。アイツらが、面白半分で僕に、偉大なる僕に、その糞犬をけしかけたから覚えている。あの犬を、コボルトの餌にすればいい。そうして、俺がコボルトを倒せばいい。なんて、頭がいい作戦だ。あの糞犬にも仕返しができる。俺は、コボルトを倒せる。糞犬がそれで怪我をしてしまっても、偉大な僕の糧になったのだろう。喜ぶはずだ。

 道は、覚えている。
 復讐を考えて、何度も道を調べたから覚えている。

 まず、コボルトを誘導しないとダメだな。
 それとも、糞犬を誘導するほうがいいか?あの犬は、それほど賢くないから、柵がなくなれば逃げ出すに決まっている。

 やはり、コボルトを誘導するほうがいい。

 どうする?

 遠くから石を投げよう。僕なら、50m先からでも当てられる。町中で、僕に向かってきて貰わないと困る。10m・・・。いや、20mくらいからの距離で十分だろう。石に、僕の匂いが付着しているだろうし、偉大な僕を狙ってくるに違いない。

 よし・・・。いや、今は、タイミングが悪い。風・・・。そうだ、風向きが悪い。それに、僕が走る方向を確認しておかないと、僕にミスはないが、余計な横入りがあると困る。そうだ。糞犬への復讐を兼ねているのだから、しっかりと転身する方向を考えないとダメだ。
 やはり、僕は天才だ。こんなギリギリになっても、いろいろ気がついて、訂正ができる。

 ふふふ。
 そうだ、僕は天才だ。偉大な人物になって、愚民を導かなければならない。決定事項だ。

 コボルトにぶつける、手頃な石が見つからない。
 もう少しだけ探したほうがいい。天才の僕にふさわしい石が存在しているはずだ。

 ほら、妥協しなくてよかった。
 僕にふさわしい石だ。風向きは大丈夫。にげ・・・。誘導する方向も大丈夫。距離は、離れた・・・。違う。このくらいの距離で大丈夫だ。思いっきり投げれば届く、そのために、石を探した。

 さぁやるぞ。
 コボルトに石を投げれば、あとは糞犬の所まで誘導すればいい。糞犬とコボルトが戦っている最中に、天才の僕がコボルトの背中に、持っている(包丁)を刺すだけだ。

 ん?風が弱くなった。
 もう少しだけ待ったほうがいいな。オリンピックの選手でも、風が悪ければ、投擲を躊躇する。それと同じだ。

 落ち着け、落ち着け。
 スキルを得て、僕は、僕が天才なのを証明すればいい。

「あ!」

 コボルトに気が付かれた。
 そうだ、石を投げて牽制すればいい。

 石は、コボルトの足元に転がった。狙い通りだ。
 僕の方を、コボルトが見た、どこかのサイトで”魔物”は、攻撃してきた者を狙うと書かれていた。これで、誘導ができる。

 コボルトが追いやすいように、後ろを振り向きながら、走る。
 振り向いた時に、石を投げれば、コボルトが、”なんとかの一つ覚え”のように僕を追ってくる。僕の計算に間違いはない。

 次の角を曲がって、2つ先の分岐を右に行けば、目的地だ。
 僕が行けば、糞犬は僕に吠える。前に、門が開いている時に、僕に噛みつこうとした。

 大丈夫だ。僕の計算に狂いはない。

 よし、コボルトとの距離は大丈夫だ。

 右に曲がる。
 糞犬が居る家が見えた。

 門には鍵が掛かっていないのは知っている。簡単に、開く。僕は、走りながら、門を開ける。

 思った通り、糞犬は僕を攻撃しようと飛び出してきた。
 糞犬に石を投げつける。よし、思った通りだ。僕の攻撃で、糞犬が怯んだ。今まで、相手にしていなかったから、僕が攻撃してくるとは思っていなかったのだろう。うなり声で、僕を威嚇する。

 クハハハ!!!

 コボルトが、糞犬の横を通り過ぎた時に、糞犬は知能が足りていないのだろう。コボルトを僕と勘違いして、攻撃した。

 コボルトの足に噛み付いた。

 コボルトも、反撃を開始した。

 よし、よし、僕の考えていた通りの展開だ。
 糞犬がコボルトにダメージを与えている。

 まだだ。コボルトの体力がなくなってきた所で、僕が攻撃する。一撃で決めればいいだけだ。

 どのくらい時間が経ったのだ?
 数秒なのか?数分なのか?数時間なのか?

 僕は、包丁をしっかりと握る。

「あっ」

 糞犬が噛んでいたコボルトの足を離した。
 何をやっている。しっかりと、僕の代わりに攻撃をしろ。前足での攻撃にも力がない。

 糞犬が倒れた。

 今だ!

「うぉぉぉぉぉぉ」

 包丁が、肉にめり込む感触が手に伝わる。

「死ね。死ね。死ね。死ね」

 僕の華麗な包丁さばきで、コボルトを攻撃する。何度も、何度も、何度も、コボルトに包丁を突き刺す。
 糞犬がどうなっているか、なんて確認する必要はない。僕が、僕が、僕が、僕が、勝者だ!

「はぁはぁはぁ」

 やった・・・。僕は、魔物を倒した。

 包丁は、糞犬の血で汚れている。この場所に捨てていくわけにはいかない。持って帰ろう。

 あれ・・・。足に力が入らない。
 大丈夫だ。コボルトから攻撃は受けていない。手に付いたのは、糞犬の汚らわしい血だ。高貴な僕を汚した罰だ。死んで償っただけだ。

 コボルトが、僕が見ている前で、黒い煙になって消えた。

”スキル:魔物化を得ました”

「ふふふふ!はははは!やったぞ!!!!」

 僕は、スキルを得た。
 僕の偉大な知識の中にも存在しない。未知のスキルだ。

 確か・・・。

「スキル、魔物化」

 これで・・・。

---
スキルランク:A
 魔物以外の生物を魔物にする。

 レベル1:スライム化

---

 ランクA!!!!!
 素晴らしい。ランクAは、1%未満のはずだ。僕が選ばれた存在だということの証左だ。

 さすが、僕だ!スキルの使い方がすぐにわかった。
 そうか、生物を魔物に変異させるスキルだな。これは使える。あいつらを呼び出して、魔物(スライム)にして殺そう。そうしたら、僕はまた新しいスキルが得られる。そうだ、あいつらを僕の・・・。僕の糧にしよう。貸しも返せて、あいつらも喜ぶだろう。

 そうだ。
 スマホで呼び出そう。連絡先は、聞き耳を立てていたから覚えている。天才の僕が間違えるわけがない。

 全員を呼び出して、順番に殺そう。
 そうだ。目の前で、殺されていく、連中をみながら絶望すればいい。

 学校に呼び出して、殺そう。
 塀の外からスキルを発動しよう。有効射程の問題があるけど、大丈夫だろう。ダメなら、徐々に近づけばいい。学校の外で、スキルを使って、魔物になったあいつらを殺す。学校の監視カメラに映っても、僕は魔物に襲われそうになって、倒したといえる。それなら、スキルを得ても、僕が退学になる心配はない。不可抗力だ。
 なんて素晴らしい作戦だ。やはり、僕は天才だ。

 私は、どうやらスライムになってしまったようだ。

”魔物になってしまった”
 なんて例は、掲示板にもギルドにもないだろう。

”ぽよんぽよん”
 うーん。自分ながら、可愛い。是非、ペットにしたい。

 現実逃避をしていても、何も変わらない。
 私が持ってきていた荷物が無い。

 そう言えば、着ていた服や下着は?誰かが持っていった?え?やだ!

 私・・・。今、全裸?
 これって、もし、スライムから、人間に戻ったら、全裸になってしまうの?

 ここに居てはダメだ。
 スライムになってしまった理由はわからないけど、ここに留まるのは得策ではない。移動は、跳ねるようにすればできる。

 人間だったときに、両足を縛って、飛び跳ねるような感じに近い。体育祭でやった”うさぎ跳び”の要領でやれば移動できた。

 全裸だと認識すると、すごく恥ずかしい。まだ、誰にも見られたことがないのに・・・。いきなり、学校で全裸になっている。変態さんの仲間入りです。

 学校の裏にある、どこかのクラブが作っている畑に来た。

 玉蜀黍が茂っている畑の中を移動する。

 跳ねたら、玉蜀黍に当たった

『トウモロコシを格納しますか?』

”え?”

 こんな表示は、今まで出ていない。
 どういうこと?

”はい。お願いします”

”え?”

 実っていた玉蜀黍が消えた。
 どこに行った?

 ”格納”されたってこと?

 スキルなのかな?

 スキルの使い方を動画で見たことが有ったけど、言葉に出していた。今の私は、声が出せない。どうやって、スキルを発動させたらいいのだろう?初めて、スキルを発動するときに、説明と使い方が頭の中に流れると言っていたけど、魔物は違うようだ。

 困った。
 せっかく、スキルが使えそうなのに・・・。

 ”格納”は、ゲームでよくある名前では、”アイテムボックス”だよ・・・・。

”え?”

--- アイテムリスト
汚れた衣類 汚れたスカート 古いキャミソール 古いタイツ 古いAカップブラジャー 古い汚れたパンツ 古い靴下 靴(中古)
カバン(中身あり)(中古))
新鮮なトウモロコシ
---

 悪意がある説明が出てきた。眺めていたら、消えてしまった。

”アイテムボックス”

 頭の中で念じると、先程でてきた一覧が表示された。
 よく見ると、”アイテムリスト”と書かれている。

 取り出すには、触ればいいのだよね?
 目の前に、ARのようにアイテムリストが広がっている。手があると思って、触ろうとすると、スライムの身体の一部が伸びる。そうか、これが手の代わりになるのか・・・。

 なんとなく、悪意がある説明は無視したい。
 パンツも毎日、しっかりと洗っているから綺麗だ。今日も、家を出る前にシャワーを浴びて、洗ったパンツに替えた。汚れてなんかない!確かに・・・。Aカップだけど、Aカップでも、少しだけ、そう本当に少しだけ余るけど・・・。他の物は、サイズが書いていないのに、ブラだけAカップと書かれるのは酷いと思う。

 あっまたリストが消えてしまった。

”アイテムボックス”

 今度は、消える前に、玉蜀黍に触る。
 触ったら、アイテムリストがあった辺りに玉蜀黍が現れた。

 もしかしたら、目線?で現れる場所を設定できるのかも?
 あっそうだ!

 カバンを取り出した。中身も、記憶通りだ。スマホもある。指紋認証や顔認証は無理だろうから、PINでの認証になってしまうけど、しょうがない。

 そうだ・・・。
 家に帰ろう。カバンの中に鍵があった。無駄に、セキュリティを厳重にしておいてよかった。スマホと鍵があれば家に入られる。
 カバンの中に、”古いキャミソール 古いタイツ 古いAカップブラジャー 古い汚れたパンツ 古い靴下”を入れた。カバンを格納すれば、気分の問題だ。どうやら、アイテムリストに出ていた、”汚れた”は、地面に落ちて”土”で汚れたという意味のようだ。きっとそうだ。パンツとスカートには、土が付いていた。きっとそうだ。

 あぁぁ。さすがに、もう学校には行けないよね。

 うん。無理。考えても、わからないことが多すぎる。もしかしたら、寝たら元に戻るかもしれない。
 ひとまず、家に帰ろう。

 電車と自転車で1時間以上かかる。山越えだと、どのくらいの時間が必要なのだろう?
 わからないけど、電車は使えないだろう。スライムが電車に乗っていたらシュールだろうな。

 この身体だと、自転車も無理だ。

 跳ねていくしかないのか・・・。
 異世界でスライムになって、魔王になった話では、転移が使えたけど・・・。使えないだろうな。そもそも、スライムって魔法が使えるの?
 スキルが使えるのはわかったけど、他に、どんなスキルが使えるの?

 学校の裏の塀に近づいた。最初の難関だ。塀の高さは3メートル。塀を越えたら、山に抜ける獣道がある。田舎の学校でよかった。

 ジャンプは無理だよね。3メートルだから。
 どっかに、側溝とかなかったかな?スライムの身体なら、側溝を抜けられると思う。

 少し、塀沿いに進んだら、プールの場所に来た。夏休みだけど、プールには誰も居ない。水泳部も部活が休みになっている。階段なら、跳ねていけば越えられる。

”ふふふ”

 思い出した。
 女子更衣室の鍵が壊れている。誰が壊したのか、問題になっていたけど、まだ直っていない。鍵の代わりに、女子が中に居るときには、机を置いて鍵の代わりにしていた。今なら開いているはずだ。問題は、どうやって開けるのかだけど・・・。

 手を伸ばしたら、届かないかな?
 スライムならできる!ドアノブを見て、手を伸ばす。

”うわぁ・・・”

 自分でやっておいて、気持ちが悪い。触手のような物が伸びて、ドアに巻き付いた。ノブを回すと、扉が開いた。
 懐かしい、女子更衣室だ。

”え?あっ・・・”

 目線が低いとこういうのに気がついちゃうのね。

 隣のクラスで女子がいじめられていた。パンツを盗まれたとか言っていた・・・。そうか、ロッカーの隙間に投げ込んでいたのね。酷いことをする。取り出すのも違うと思うから、そのままにしておくけど・・・。

”はぁ・・・”

 今度は、これか・・・。女子更衣室で”やる”なよ。男女の営みの()が捨ててある。中は、乾燥しているけど・・・。ぱっと見た感じだけど、5-6回分だろう。猿より酷いかもしれない。一組じゃないかもしれないけど、もう少しだけ考えて欲しい。

 プールに出る扉の鍵は壊れていないけど、中から開けられる。
 手を伸ばして、鍵を開ける。扉を開けると、プールに出られる。

 あっ・・・。こんなことをしないでも、横から入れば、柵の下が・・・。
 スライムの身体になっても、人だった時の感覚が抜けなくて、プールに入るには、女子更衣室からだと・・・。固定概念って怖いな。

 男子更衣室を覗きたい気持ちも有るけど、鍵が掛かっているだろうし、きっと後悔するだろうから辞めておこう。

 消毒槽は、水が抜けている。
 跳ねながら通り過ぎる。プールは、綺麗な水が張っている。私が通っていた高校は、幼稚園と小学校と中学校も隣接していて、プールを使うことがあった。そのために、子ども用のプールもある。

 あれ?
 そう言えば、夏休みで今日は真夏日で、学校の周辺では36度近くまで気温が上がるとか言っていた。
 それにしては、暑くない。全裸だからというわけではないだろう。直射日光を浴びているのに、暑くない。もしかしたら、スライムの身体は、熱を感じにくいのかもしれない。適度な気温設定で、エアコンが効いている部屋に居るような快適さだ。

 でも、風は感じる。日差しも感じる。熱も意識すれば、”暑い”と感じる。プールに近づけば、プールの臭いも感じられる。

 全裸になってしまっていることを除けば、スライムボディーは素晴らしく、快適に過ごせるのかも知れない。

 学校のなんとも言えない状況を知ってしまった、女子更衣室を抜けて、プールから山道に入った。
 山道を、人の足で5分ほど歩けば、小屋が有るはずだ。まずは、小屋を目指す。スライムの身体での、移動時間の目安になるだろう。

 私のスライム生は始まったばかりだけど、かなり慣れてきた。跳ねる移動方法も、最初は”うさぎ跳び”の要領で疲れてくるのを心配したが、歩くように移動できる。手が無いのも、触手?を伸ばすことで対応できる。もしかしたら、人だったときの感覚とスライムの感覚が混じって使いやすくなっているのかもしれない。今も、木の枝に触手を伸ばして、身体を引き寄せるようにして進むことが出来た。

 それから、乙女として全裸なのは気になるが、スライムボディは優秀だ。暑くもなく、多分寒くもないだろう。風も感じられる。匂いも解る。弱点は、視線がかなり下からだということだけだ。知っている学校の中も別世界のように思えた。多分、女子高校生が近くにいたら、スカートの中が見えてしまうだろう。先程の更衣室で試したように、隙間があれば入り込める。猫よりも狭い場所に入られるだろう。あまり、狭い場所に入ると、黒い悍ましい奴らが居るかもしれないから、入らないようにしたほうがいいだろう。

 小屋にたどり着いた。
 体感では、人が歩く速度と変わらない。

 この小屋もいつから有るかわからない。
 入らないほうがいいのはわかっている。女子更衣室にあったような痕跡がここにもある。もっと酷い状況なのかもしれない。

 でも、どこかで休みたい。
 この山を越えて、谷を越えて、次の山の中腹が”我が家”だ。飛べたら、楽だったのに・・・。スライムじゃ飛べないよね。ワイバーンとかになっていたら、楽だったかな?ハーピーという選択肢もあるな。そう言えば、スライムの寿命ってどのくらいなのだろう?魔物としては、最下層だよね?

 私、ゴブリンに出会ったら殺されちゃう?
 何か、武器を考えないと・・・。

 思いついたのは、試してみよう。

 石を拾って投げる。石は、アイテムボックスに格納しておけば、拾う手間がなくなる。取り出す方法は、投げられたら考えればいいかな。

 石を触手で拾って見る。
 そのまま、振りかぶって投げる。腕を大きく降るようにして投げる。目標は、5メートル先の木!

”コツン”

 ダメだ。全力で投げたけど、人だった時とそれほど違わない。でも、投げられたのは一つの成果だ。

 石を集めて・・・。
 アイテムボックスに大きめの石を入れておいて、魔物の頭上から落とせば・・・。
 やってみよう。

 徐々に大きい石をアイテムボックスに入れていく、びっくりした。1メートル程度はある石・・・。もう、岩だね。岩を入れられた。大きさに限界なないのだろうか?この方法は、一つの問題があった。アイテムリストで把握が出来ない。

 石1/石2/石3/・・・・

 アイテムリストで別々に扱われてしまっている。他に、木を入れても同じだ。木の長さを揃えても、別々に扱われる。アイテムボックスの仕組みは、家に帰ってから考えよう。

 検証しながら、山道を頂上に向って移動する。

 岩を、目視が出来る範囲からなら落とせることが確認出来た。

 攻撃手段を手に入れて、少しだけ気分が楽になった。わからないことだらけだけど、生き抜かなければ、判明することも難しい。

 スライムボディの良いところを、更に発見。
 石を木に投げる練習をしているときに、石が木に当たって跳ね返ってきて、私に当たった。”ダメージが来る”と構えたが、痛くなかった。そこそこ大き目の石だったので、人のボディだったら骨折は大丈夫だろうけど、血が出るのは避けられない。痛みも感じたはずだ。もしかしたら、ゲームのように、HPが有るのかも知れないが、痛みを軽減?されているのは嬉しい。よく考えたら、私は全裸で山道を駆け巡っている変態だった。裸足で岩の上や木の根っこの上を歩いていて、痛みを感じていなかった。
 かなり目がいい。コンタクトレンズが手放せなかった私だが、スライムボディになってからよく見える。以前は、メガネやコンタクトレンズがなければ、伸ばした自分の腕に割り箸を持っていたとしても、何本の割り箸なのかわからないほどだったのだが、今では10メートルどころか、もっと先にある木に止まっている虫が把握できる。下草の上に居る小動物も認識できる。そして、夜目も利くようで暗い場所でもよく見える。もちろん、明るい場所でも同じだ。

 え?
 あ?

 そうか・・・。

 スライムボディだよね。どこに目があるのかわからないよね?

 自分で言って、自分で納得したが、全方位を見ることが出来る。地面を見てしまった時は、少しだけパニックになったが、前を見ながら後ろを認識したりできる。何かと、戦うとは考えられないが、慣れておく必要がある。

 やることが山積みだな。
 夏休みの宿題はもう終わっているけど・・・。提出は出来ないだろうな。スライムになるのなら、宿題はやらなければよかった。友達と遊びに行く予定も無いし、親戚も訪ねてくる予定もない。もちろん、リア充イベントは都市伝説だと思っている女子だ。それに、近所付き合いも、全くではないけど、やっていない。寂しい女子高校生だったな。これからは、寂しいスライムとして生きていくしか無いのかな?でも、スライムの雄が居たとして、仲良く出来る自信はない。ゴブリンも、オークも無理だ。
 ドラゴンさんとは仲良くなってみたいけど、ドラゴンが見つかったという報告はまだ無かったはずだ。
 どんな基準で、魔物が産まれているのか知らないけど、スライム以外に会いたくないな。

 この辺りの山は、富士山から離れているし、富士川もあるから、大丈夫だよね?魔物は居ないよね?

 ふっふふふふ
 頂上に到着!完全に夜になっているけど、夜目が利く。月が出ていて、よく周りが見える。ここからは、道がない場所を進む必要がある。

 そうだ!
 丸まって、転がれば楽に下まで移動できる?危ない?

 やってみて、ダメだったら・・・。短いスライム生で解ったこととして、物理的なダメージはかなり軽減されている。転がっても、木にぶつかるくらいでは大丈夫ではないだろうか?速度を落とすのは、触手を伸ばせば大丈夫のはず、ダメなら身体の形を変えればいい。

 伸びをしたり、跳ねたり、薄くなったりしていたら、思い通りの形になれるようになった。
 視線の動かし方も、おおよそ解ってきた。

 ダメなら、ダメで考えよう。

 方向を確認。
 頂上から、海を見る。視線が低いので、よくわからない。
 木に登る。木登りなんてしたことが無かったが、スライムの身体になると木登りも簡単だ。

 木の上から、周りを見つめると、海が確認出来た。海の方向とは反対方向に降りていけばいい。多少の違いはしょうがない。向こうの山にたどり着いて、登っていけばなんとかなる・・・。はずだ。最悪は、谷を流れる川に沿って、下っていけば、国道にぶつかる。夜なら、車も少ないだろうし、ヘッドライトに照らされても、動かなければスライムだって気が付かれないだろう。その瞬間に人間に戻らなければ大丈夫だ。全裸の女子高校生として、捕まりたくはない。

 よし、夜の間に、家の近くまで行こう。そのためにも、やはり山を転がり落ちたほうがいい。
 多少の危険は、時間を短縮するために必要なことだ。国道に出てしまえば、見覚えがある場所に移動して、家にむかえばいい。

 10メートルくらいある木の上から飛び降りた。
 地上に降りても痛さはない。多少跳ねた気がしたが、大丈夫だ。

 方向を確認して、ボディを丸くする。楕円状の方が、転がる速度が抑止できそうだ。

 坂道を転がるように、急な山を転がり始める。
 最初は速度が出ていなかったが、徐々に速度が上がる。岩に跳ねると、空中を数秒間、飛んだ。着地のときに、身体を替えた。跳ねないようにしたら、また転がり始めた。

 あっ・・・。
 谷・・・・。

 ダメ!

 止まろうと思ったときには、全てが・・・。遅かった・・・。

 ドアがオックされる音で、部屋で書類を整理していた男は、顔を上げる。

「少佐。報告に来ました」

「入ってくれ」

「はっ」

 ドアを開けて入ってきたのは、自衛隊の標準的な制服を来た。男性隊員だ。部屋の主である。少佐と年齢は同じだ。防衛大の同期なのだ。階級に差が出来てしまっているのは、中尉が”不良隊員”だと嘯いて実際に行動で”不良”を示してしまったからだ。

 少佐と呼ばれた男は、報告に現れた男の顔を見て、一瞬だけ驚いた表情をした。
 上から、本日付けで、少佐の副官が変わると通達が来ていたのを思い出した。上の考えはわからないが、以前に比べると”やりやすくなる”と、表情に現れないように喜んだ。

「少佐。魔物に関する報告書です。本日付けで、副官の任を拝命いたしました。上村蒼中尉であります」

「上村。二人だけなら、昔のように呼んでくれ」

「富士特殊対策本部室対策本部室長。桐元孔明(よしあき)少佐。報告書です。自分は、()()懲罰房に入りたくありません。あの中は、暇を持て余してしまいます」

「懲罰房は、お前を・・・。いや、それはいい。報告を頼む。それから、俺が悪かった。普通にしてくれ」

 上村と呼ばれた隊員は、表情を柔らかい物に変えて、ソファーに腰を下ろす。

「わかった。桐元。報告書だ。口頭での説明は必要か?」

「頼めるか?そうだ、何か飲むか?アルコールはないが、上手いコーヒーが手に入った」

「コーヒーか・・・。紅茶はないのか?」

「コーヒーがダメなのは変わらないな」

「軍人は、なんでコーヒーが好きなのかね。どっかの人が言っていたぞ、”無粋な泥水”って・・・」

「昔から、変わらないな。紅茶はないが、緑茶ならある。それでいいか?」

「あぁ」

 桐元が立ち上がって、隊長室に隣接する給湯室に行く、やかんに水を入れて、セットしてから戻って、上村が座っているソファーの正面に座る。

「少佐、自ら、申し訳ない」

「いいさ。それよりも、話を聞かせてくれ、対策室と言われているが、ギルドや上の客人をもてなすだけの部署で、現場の声が入ってこない」

「そうか、まずは、俺たちがやった実験からだな」

「あぁスライムを使った実験だな」

 上村たちは、スライムを人間社会の一部に組み込めないかと考えていた。他の国でも研究されているのだが、研究成果が上がった国はない。

「そうだ。しかし、失敗だ。スライムを、閉じ込めると、死んでしまう。閉じ込めないと、容器を溶かして逃げ出してしまう」

「合金もダメなのか?」

「いろいろ試したが、ダメだ。しかし、プラスティックを溶かしてしまうのは確認できた」

「それは、アメリアでも報告されている。大量のプラゴミを溶かしたらしい」

「俺たちは、富士の樹海で、魔物を大量に討伐した」

 上村は、資料の一部を指差した。
 倒した魔物と得たスキルの一覧が載っているが、得たスキルが少ない。

「少ないな」

「俺たちは、器と呼んでいるが、器の大きさに依存して得られるスキルの数が決まるのではないかと思っている」

「有り得そうだが、証明が難しいな。鑑定では、ステータスがわからないのだろう?」

「鑑定を持っている奴が、鑑定のレベルを上げて、カンストした。だが、所持しているスキルとスキルのレベルを見えるだけだ」

「ギルドのスキル鑑定と同じだな」

「あぁ鑑定を持っている奴を前線に連れて行ったのだが、面白いことがわかったぞ」

「なんだ?」

 上村が資料を閉じた。
 ギルドには通達していないのだろう。自衛隊の中だけで共有するという意思の現れだ。

「スライムを10匹近くとゴブリン10匹を追い立てて、一箇所にまとめた」

「危ないことをする・・・。それで?」

「殺し合いを始めた」

「・・・」

 ここまでは、ギルドからも魔物同士の殺し合いは報告されている

「偶然かもしれないが、スライムが勝利した」

「え?スライム?あの、スライムか?」

「どのスライムか、わからないが、あのスライムだ」

 桐元が驚くのも無理はない。
 スライムは最弱の魔物だ。小学生でも倒せる。もしかしたら、2-3歳でも倒せるかも知れない。子供が、木の棒で倒したという報告もある。

「ふぅ・・・。それで?」

「あぁスライムにスキルが芽生えた」

「は?スライムが、スキルを持ったのか?ゴブリンが持っていた物か?」

「いや、既知のものだったが・・・。集めた20匹にはないスキルだった」

「そうか、何のスキルだ?」

「物理耐性だ」

「俺も欲しい。訓練が楽になる」

「ははは。桐元。物理耐性では、訓練の辛さは楽にならない。精神耐性と、異常状態耐性があると違ってくる。もちろん、俺は持っている」

「・・・。それだけじゃないのだろう?報告書に無いのは、ギルドにも通達していないのだろう?」

「あぁなぁ上村。蠱毒って知っているか?」

「・・・?古代中国の呪術だよな?」

「あぁ俺たちが行った実験は、小規模だが、樹海の奥や、他の火山では・・・」

「・・・。そうか、魔物同士の殺し合いが発生している。強いスキルを持った個体が・・・」

「そうだ、ギルドと政府は、火山を封鎖したが、封鎖は本当に正しかったのか?」

「・・・」

「樹海の奥に入り込めば、魔物が増えている。これは、間違いない。そして、魔物たちは、多種なスキルを持っていた。3属性の攻撃をする魔物も確認できた」

 お湯の沸く音だけが、二人が居る部屋に響いている。

 上村は立ち上がって、給湯室に行く。

「物理耐性を持ったスライムは倒すのに苦労したぞ」

「そうなのか?」

「あぁ”耐性”だから簡単だと思ったけど、攻撃手段が無かったから、なんとか倒せたけど、スライムに攻撃手段のスキルが芽生えて、物理耐性を持たれたら、犠牲を覚悟しなければ倒せないな」

「犠牲?」

「あぁ隊員の10%の犠牲は必要になるだろうな」

「10%。小隊でか?」

「いや、中隊だ。小隊で、スキル持ちのスライムに会ったら、逃げる。逃げて、他の魔物にぶつける。スライムが弱った所で、銃弾の雨を降らせる」

「物理耐性がなければいいのか?」

「今の所は・・・。だけどな。もし、物理無効なんてスキルを持っていたら・・・。考えたくないな」

「”無効”系のスキルは、まだ見つかっていないが、お前が言った、蠱毒の説が本当なら・・・」

「あぁ」

 上村が入れた、緑茶を飲みながら、桐元は、今の説明を聞いても上は納得しないだろう。と考えている。
 まだ、不老や不死のスキルを求めている。存在しないだろうと思われているのだが、スキルは一部の人間が独占すべきだと本気で考えて居る。

「お!そうだ、上村。アルゼンチンのギルドが、”アイテムボックス”のスキルを見つけたみたいだぞ」

「本当か?俺も欲しい、狩った魔物は?」

「本当だ。魔物は、非公開だ。でも、日本人が考える容量は無いみたいだぞ?」

「ほぉ・・・」

「なんでも、80リットル程度の容量だと報告されている。それ以上も入るようだが、荷重という異常状態になるようだ」

「80リットルまでは、重さは感じないけど、それ以上入れると一気に重くなるのだな?」

「ギルドの報告では、それで正しい」

「確かに使えないな80リットルくらいなら、ロボットを使うのと変わらない」

 お茶を飲み干した、上村が立ち上がった。

「桐元少佐。明日から、よろしくお願いいたします」

「もちろんだ」

「大佐から、室長代理を送ると言っていたので、来週からは現場に出られますよ」

「そういう報告は先にして欲しい。大佐が送ると言っているのなら、あの人か?」

「多分、自分もまだ聞いておりません。大佐から、サプライズ人事だと言われました」

「大佐らしい」

 桐元も立ち上がって、手を出す。
 上村は、差し出された手を握って、笑う。

「困った、校長だな」

「あぁ」

 上村が部屋から出たが、桐元はソファーに座って、報告書に目を落とす。

 最弱のスライムがスキルを得るだけで、手につけられなくなる。上位と言われる魔物がスキルを持ったら?考えるだけで、頭が痛い。

 スラムの討伐報告が続いている。
 スライムが、スキルを持っている例は確認されていない。窓から落としただけで、潰れて死んでしまう最弱の魔物がスライムなのだ。

 遅かった。
 私の考えが、足りなかった。

 私は、このまま魔物(スライム)生を終えてしまうのだろうか?

 山の頂上から、丸くなって転がった・・・。までは、よかった(と、思いたい)。木々にぶつかっても痛くは無かった。岩にぶつかって止まってしまったことは有ったが、問題ではなかった。
 転がっている最中に、名前が把握できている草木を、取り込みますかと連続で言われて、面倒になって、自動で取り込めないかと考えたのも問題ではない。その結果、自動採取という項目が増えたのも、問題ではない。何も、問題ではない。アイテムボックスの中に、草木が大量に溜まっているのも、問題ではない。見たくはない昆虫も取り込まれているが問題ではない。

 岩にぶつかって、止まる以外にも跳ねてしまったのも問題ではない。

 今の状況以外は、計算していなかった事だが、問題ではない。

 うーん。
 なんで、平気なのだろう?

 私は、谷を流れる川に到着して、そして・・・。川に落ちた。川幅は、4-5メートル。人だった時には、絶望する幅だ。深さは、浅い所は、歩いて渡ることができるが、人だった、足が綺麗で長かったときの話だ。今は、全裸の身体(スライムボディ)全部が水に浸かっている。前々日に降った雨の影響なのか、川の流れが早い。体重が軽くなった私(もともと、重くないはず。平均よりも軽かったはず)は、水の勢いに流されてしまっている。

 おかしいのは、川の流れに、ながされている状況で、冷静に考えていられることだ。
 この状況になってから、一度も水から出ていない。
 泳ぎは得意だった。小学校の時にあった、服を着たままの水泳で男子に勝ったこともある。長泳ぎにも自信はあるし、潜水時間も長い。

 もしかして、スライムボディは、酸素を必要としない?

 スライムの通常形態(?)に戻って、水に流されている。

 呼吸を必要としなくて(鰓呼吸と肺呼吸の両方が出来る。という可能性もあるが)、熱耐性に、物理耐性。本当にスライムボディは優秀だ。これで、某魔王のように人の形状を取れて、大賢者(ラファエル/シエル)様がスキルとして芽生えてくれたら最高だけど・・・。

 このまま川の流れに乗っていけば、海までいける。
 海から、家までは越えなければならない関門が増えてしまう。できれば、国道の前で反対側に渡りたい。

 そうだ!

 水を吸い込んで、吐き出せないか?某魔王が、使っていた技だ。

 簡単にできてしまった。ただ、勢いが付きすぎて、川から飛び出して、空中からの眺めを2-3秒楽しんだのは計算外だった。

 しかし、おかげで、関門と考えていた、川の防波堤を超えることが出来た。
 防波堤の先にある。茂みに着地が出来たのは、偶然だったが、結果としては最良だ。

 場所を確認するが、見上げる視線では、よくわからない。鉄塔があるので、海には近づいていない。
 私が住んでいた町ではなく、隣町のようだ。少しだけ高い所に登ったら、いろいろ見えてきた。

 川に沿って、道が作られている。私が下った山の方にだけ道が作られているから、まだ隣町だ。両方に道が作られていたら、私の住んでいた町に入ったことになる。

”ぽよんぽよん”と弾む身体で、川に沿って下る。

 5分くらい移動したら、橋が見えてきた。やっと、分かる場所まで移動できた。
 見慣れてはいないが、分かる場所まで来ると少しだけ安心する。ここから、山道に入ってもいいが、もう少しだけ川を下る。

 スライムの身体で、もう一つ優れていることを発見した。
 排泄の必要がなさそうということだ。乙女としては、おしっこもうんちもしないが、本当に必要なくなったようだ。それに、空腹も感じなくなった。
 何かを意識して食べて(吸収?して)いないから、まだわからないけど、味を感じられたら嬉しい。

 跳ねながら、草が生えている場所を進んでいる。

 何かが動く感じがした。
 人かと思った。肌が緑色だ。掲示板で見た、”ゴブリン”だ。私の存在には気がついていない。

 もしかしたら、魔物(スライム)だから、気が付かれていない?

 他には、ゴブリンだけではなく魔物は居ない。
 掲示板に書かれていたように、魔物は単独で行動している場合が多いのは、本当なのだろう。

 どうする?
 倒す?

 魔物同士でも戦っているという話も読んだことが有る。

 息を大きく吸って、大きく吐く。気分の問題だ。

 攻撃手段は、岩をゴブリンの頭上から落とす。
 1メートル四方の大きな岩だ。かなりの重さだろう。どのくらいの高さから落とせば良いのだろう?

 ギリギリまで近づいて、頭上に落とそう。安全に倒したいが、私はスライムだ。RPGでは最弱な魔物だ。多分、この世界でも最弱なのだろう。

 足音はしないだろうけど、草が揺れる音はしている。
 ゆっくりと、しかし確実に、ゴブリに近づく。ゴブリンは、何かに夢中になっている。食事中なのかもしれない。

 5メートルの距離まで近づいた。

”え?”

 ゴブリンは、犬を食べている。飼い犬なのだろうか?
 犬に夢中になっている。ゴブリンも、食べ物を必要とするの?そんな話は、どこにも書かれていなかった。家に帰ったら、パソコンで調べてみよう。忘れなければ・・・。

 落ち着け、落ち着け。でも、なるべく早く。ゴブリンが食事を終える前に・・・。

”よし。やろう”

 アイテムボックスを起動する。山を転がり、川に流されて、いろいろな物がアイテムボックスに溜まっている。
 焦る気持ちを押さえながら、岩を探す。ソート機能くらいは欲しいけど、ソートしようにもキーワードが思いつかない。

”あった”

 岩を選択して、リリースする場所を特定する。

”よし!”

 岩を、ゴブリンの上、約5メートルでリリースする。
 スローモーションのように落下する岩。

 感覚では、3-4秒程度、必要だったが、ほんの一瞬だろう。ゴブリンが驚きの声と断末魔を上げる。

 永遠に続くかと思われた断末魔が聞こえなくなった。

”ふぅ。倒せた!”

『スキル:スキル・経験保持を得ました』

”え?何?スキルを得たの?本当に?”

 スキル・経験保持?
 何が出来るスキルなの?

”スキル・経験保持”

『アクティブ』

”え?”

 何?アクティブって何?
 何か、変わったの?

 身体には、何も変わりが無い。記憶も、消えていない。説明が聞きたいのに、説明が流れない。
 アクティブって有効になっていると思っていいの?

 よくわからないスキルが増えた。
 今日は、本当によくわからないことだらけだ。

 1対1の戦闘なら、同じ戦法が使えそうだ。ドラゴンとか出てきたら諦めよう。岩を落としても亀の魔物とかだと、耐えられそうだけど、そのときには全力で逃げよう。逃げる方法も考えたほうがいいかもしれない。

 普段は使っては居ないが、家まで行ける道に出た。
 この道が見える場所を移動すれば、安全に家まで行ける。

 魔物(ゴブリン)も倒せたし、家に帰って休もう。
 全裸の乙女だけど、川で泳いだけど、お風呂には入りたい。そう言えば、スライムボディは汚れにも強い。川から出て、草むらを移動したのに、綺麗なボディのままだ(多分)。

 自転車は諦めよう。

 魔物に遭遇しないで、無事に家に到着できた。
 カバンから鍵を取り出す。触手を伸ばして、鍵を開ける。よかった。開けられた。即座に、警報装置を、在宅モードに切り替える。

 自分の部屋には鏡は置いていない。
 お風呂場に向かった。

 脱衣所に移動して、カバンからキャミソールを下着と靴下を取り出す。
 洗濯カゴに入れてある物と一緒にアイテムボックスに入れてから、洗濯機の上でリリースする。うん。以外といろいろ出来る。

 靴を玄関に置いてくるのを忘れたから、玄関に戻る。普段はしないが、鍵を厳重にする。門は開けていないから、門を誰かが開けたら警報がなるように設定を変える。これも触手を伸ばしてタッチパッドを操作する。
 タッチパッドが使えたのは良かった。使えなかったら、方法を考えなければならなかった。

 落ち着いて、リビングに置いてあるソファーにスライムボディを預けて、TV画面に映る。スライムを見ながら考える。

”ふぅ。これから、どうしよう?”

”なぜ、僕の呼び出しに、誰も・・・”

 僕が、魔物化という素晴らしいスキルを得てから、何度も呼び出しているのに、奴らは、一人として呼び出しに応じない。

 実験で、待ち合わせ場所に来ていた女子をスライムには出来た。

---

「よし!メッセージは送られた!」

 彼は、覚えているアカウントに対して、呼び出しのメッセージを送った。
 自分のアカウントだと、知られないように、フリーのアカウントを取得して使っている。

 普通に考えて、知らないアカウントから、”お前の秘密を知っている。バラされたくなかったら・・・”などと、メッセージが入っても、よほどの暇人か、ITリテラシーの低い人以外は、無視するだろう。
 実際に、受け取った。彼が呼び出したかった男女は笑いながら無視した。自分たち以外に、見覚えがないアカウントがリストに入っていたので、余計にイタズラだと判断した。

 男女は、彼がスマホを持っているとは知らなかったので、彼からのメッセージだとは考えなかった。

 そして彼は、待ち合わせ場所に現れた一人の女子生徒を魔物(スライム)化してしまった。

 彼は、魔物化を起動する。
 対象との距離は、壁を挟んで15メートルほど離れている。魔物になって反撃されるのが怖かったのだ。

「魔物化。スライム。使えるだけ全部だ」

 彼は、このときに大きな取り返しのつかないミスをした。

 スキルを初めて起動するときに、説明が行われる。
 魔物を倒して得たスキルでは、必ず発生する。彼は、自分が天才だと思っている。そのために、説明を斜め読みするクセが付いてしまっていた。この時にも、スキルの説明を斜め読みして大事な部分を読み飛ばしてしまった。

 彼が理解したスキルの説明は次のようになる。
”魔物化は、魔物以外を魔物に変換するスキル。術者の精神力を使って、魔物化を行う。距離に依存して精神力が必要になる。術者の精神力が不足していたり、対象の生命力が上回っていたり、諸条件が揃わないと魔物化は失敗する”

 しかし、実際の魔物化のスキルは、彼が理解したような物ではなかった。
”魔物化は、魔物以外と魔物に変換するスキル”

 正しいのはここまでだ。
 魔物化のときに使われる精神力は、魔物化の過程で、対象者にスキルを与える能力である。術者の精神力と生命力を使って、対象を魔物に変換し、術者が考えるスキルを付与する。

”距離が離れていると、眷属にするための精神力が必要になり、対象の生命力が上回っていると、眷属化が失敗する”

 彼は、彼女を魔物(スライム)化する時に、自分の精神力と生命力の限界に近い数字を使っていた。
 そのために、彼が自分に欲しいと思っていたスキルが、彼女に付与される結果となった。

 彼は、臆病者だったために、魔物化した魔物に襲われない距離をとっていた。そのために、対象の眷属化が失敗した。

 そして、彼は、精神力と生命力のほとんどを使っていたために、眷属化が失敗した反動を受けて、気絶してしまった。そこで、また彼に計算外のことが発生する。魔物化では、魔物化するときに使用した、精神力や生命力が経験として”スキル 魔物化”に付与されて、レベルアップしていくのだが、彼が気絶してしまった為に、経験値が彼女に割り振られてしまった。

 そして、彼女が魔物で最も弱いはずのスライムだったのが、問題を大きくした。

 大量の経験値。
 ”人を殺す”に、等しい経験値を、最弱のスライムが受け取ったのだ。彼女は、レベルアップの余波で意識を飛ばしてしまう。スリープモードに入ってしまったのだ。彼女は、急激なレベルアップが発生して、体組織の組み換えが発生してしまった。セーフティーが発動してスリープモードになってしまった。

 彼の不運は、まだ終わっていない。
 彼女がスリープモードに入ってしまったために、承諾を求められている項目が、全て”Yes”として処理されてしまった。

・彼が得る経験値が”今後も”彼女に付与される。
・彼が得るスキルが、彼女に自動的に付与される。
・彼のステータスの上昇分が、彼女に自動的に付与される。
・彼の眷属が、彼女の眷属となる。

 ラノベ的に表現すれば、”無自覚ざまぁ”や、”自業自得展開”に入ってしまった。

--- 閑話休題

 実験は、成功した。
 スライムになった所までは、確認した。

 そのあと、距離が離れていたために、僕は少しの間だけど気を失っていた。実験をしておいてよかった。これが、アイツらの前だと、アイツらは僕を襲っていただろう。

 やはり、僕は天才だ。
 確かに、実験でミスをしたが、そのミスを最小限に押さえて、ミスから学ぶことができる。努力ができる天才が本当の天才だ。

 アイツらが、僕の呼び出しを無視するのは、僕が怖いからだ。力を得た僕が怖いから、アイツらは、僕の前に現れない。

 そうだ。
 まずは、ママを魔物にしよう。そして、殺そう。

 それとも、誰かに殺させてもいいかもしれない。僕が、手を汚す価値はない。

 それで、パパに連絡をして、ママが居なくなったって連絡すればいい。僕が、ママを魔物化したなんて、パパはわからない。完璧な計画だ。ママは、今日も家に居て、僕に勉強しろと言ってくる。ドアの前で、スキルを利用すれば、ママをスライムに出来る。

 普段なら、帰りたくない家路だけど、今日は気分がいい。
 素晴らしいスキルを得た。これから、ママの声に、暴力に、理不尽な言い分に、天才の頭脳を使わなくて済む。

 家があるマンションに着いた。天才の僕に相応しいとは思えないが、凡人のパパとママならしょうがない。早く、世間が僕の才能に気がつけば、もっと違う結果になるのだろう。スキルを得たことで、時期が早まるかも知れない。

 玄関・・・。
 そうだ、ママは玄関のチャイムが鳴ると、玄関まで出ていって、話しかける。のぞき穴を塞ぎでいれば、僕だって気が付かれない。

 ほら、簡単だ。
 チャイムを鳴らしたら、近づいてきた。

 でも、今日じゃない。今日は・・・。そうだ、まだ、僕の素晴らしいスキルを隠しておく必要がある。ママの声が聞こえる。

 ひとまず、玄関の前から移動しよう。
 そうだ、お腹が空いた。コンビニで、何か食べるものを買ってこよう。お金は、アイツらに貸したけど、まだ残っている。そうだ、スマホで電子マネーを使えるようにしよう。パパに言えば、教えてくれるかもしれない。ママにも、アイツらにも知られずに、買い物が出来る。

 マンションから離れて、5分くらい歩いた場所にあるコンビニに到着した。

 お財布を確認して、買える物を確認する。
 今日は、素晴らしい日だ。僕が、Aランクという希少なスキルを得た。武器を得たのだ。世間に認められて、ママやアイツらも僕を認めるはずだ。

---

 彼の中では、彼女を魔物(スライム)に変えたことは無かったことになっている。
 一人の女性の人生を狂わせたことなど、考えもしなかった。

 彼のスキルで作り出したスライムが、今後、スライムらしからぬ進化を遂げるとは、想像さえもしていない。

 コンビニで買ったおにぎりとパックジュースを飲みながら、彼は妄想の中で母親を魔物化する。アイツらと呼んでいる。暴力や恐喝の加害者たちを、魔物化して殺す妄想をしている。
 彼の中では、彼の行いは”正義の行い”で、誰にも咎められないことなのだ。

 彼のスキルは、本来なら、獣を魔物化して、自分の眷属にする物だ。そして、スキルを成長させて、仲間を作って、彼がトップになり、彼が考えるスキルを持った強力な魔物を従えた、最強な集団を作り上げることが出来た。
 彼のスキルを、彼が使い方を理解して使っていれば、彼は世界の王になることも可能だったかも知れない。

 彼は、復讐を行うのに相応しいスキルを得ていたのだ。

 うーん。
 ソファーに座り?ながら考える。

 学校に行けない(最終学歴は、中卒になるのか・・・)以外で、困ることがなさそうだ。
 両親たちの保険が、口座に残っている。多分、前の生活を続けても、死ぬまで困らなかっただろう。

 困るのは、食事くらいかと思ったが、スライムボディは優秀だ。一日が経過したが、食事をしたいとも、排泄をしたいとも、思わない。困るのは、睡眠が必要ないこと・・・。正確にいうとしたら、睡眠が出来ないことだろう。目を瞑っても、周りが見えてしまう。そもそも、目を瞑っているのかさえもわからない。

 スライム生活は、不便がない。
 友達と言えるかわからないけど、親しいクラスメイトは居たけど、私が居なくなっても気がつくか微妙だ。

 ひとまず、スライムから人には戻られないと想定して考えよう。

 学校は退学しておいたほうがいいだろう。長期での無断欠席だと、先生が訪ねてくる可能性がある。
 行政には、届け出る必要はないよね。”人からスライムになりました”なんて言っても、信じてくれないだろう。戸籍がどうなるのかわからないけど、調査とかなかったよね?
 家は、有る。だれも居ない。一人だけの家だ。スライムの寿命がわからないけど、私が住む場所だ。
 お金は多分・・・。大丈夫。遺産で得た現金がまだ残っている。警備会社と電気代とガス代と水道代とスマホやネット代だけど、困らない。ソーラパネルを設置してくれた両親に感謝だ。水道は、最悪は井戸がある。裏庭には、まだ使える五右衛門風呂がある。田舎暮らしバンザイだ。
 裏山は、我が家の持ち物だ。基本は、誰も入らない。木の伐採をしても怒られない。食べられるキノコ類もあるし、季節の山菜も採れる。小川があり、魚も泳いでいる。

 あれ?
 本当に、困りそうにない。

 そうだ!
 アイテムボックスの整理をしよう。山道や川で何かを大量に取得した。

 裏庭では、家の前の通路から見えてしまう。

 跳ねながら、裏山に向かう。
 大きくない山で、何も取り柄がない。

『スキル錬金を取得しました』

 え?スキル?
 私、何か魔物を倒した?

 考えてもわからない。行動で、スキルが得られるなんて、話は読んだことがない。

 こうなると、先に調べ物をしたほうがいいかもしれない。
 裏山に向かっていたが、自分の部屋に移動する。制服をクローゼットに仕舞っておきたい。

 階段は、跳ねながら登らなければならない。階段の下で、踏ん張ってみる。ジャンプする要領で階段を登ろう。

”え?”

 踏ん張って、ジャンプした。2階に到着した。

”うーん”

 スライムボディが優秀だということだね。考えを放棄したほうが、幸せになれそうだ。

 でも、ギルドや掲示板にかかれている通りに、スライムが最弱なの?
 すごく疑問だ。

 すごい速度で、岩や木に当たってもダメージにはならなかった。尖った木が刺さっても、痛くなかった。高い所から、落ちても平気だった。攻撃手段が、岩を落とすしか無いけど、もしかしたら、私が知らないスキルがある可能性だってある。

 そうだ!調べるのなら、スマホよりもパソコンの方が便利だよね。
 パパの使っていたパソコンを使おう。パパのパソコンだと、身元がわからないようになっていると言っていた。調べ物ならパパのパソコンを使ったほうがいいとか言っていた。

 久しぶりに入るパパの仕事部屋。
 パパの匂いはしないけど、パパとママが・・・。

 パソコンを立ち上げる。認証のPINを入力する。私用になっている画面が表示される。ブラウザしか使えないが、十分だ。

 ギルドの日本支部のページを開く。
 まずは、スキルの検索をしよう。

 検索用の場所に、”スキル・経験保持”と入力する。

”Not Found.”

 と、だけ表示される。未発見のスキル?

 ”スキル保持”でも、”経験保持”でも、見つからない。

 それなら・・・。

 ”錬金”でも、見つからない。未発見のスキル?なの?それとも、魔物にしか、芽生えないスキルなのかな?魔物にも知り合いが居ないから、スキルの使い方を聞けない。

 そうだ。魔物も調べよう。

 ”スライム”を調べる。
 やっぱり、最弱の魔物となっている。
 え?”スキルを持っていない”?嘘、私は、持っている。私は、スライムじゃないの?

 もう一度、スキルを調べる。
 ”物理耐性”は、既知のスキルだ。
 内容が表示される。
 でも、これもなんか違う。もしかしたら、魔物(スライム)が持つ物理耐性と人が持つ物理耐性は違うの?

 物理耐性は、物理攻撃に耐性がある。物にぶつけたり、転んだり、高い所から落ちた場合にはダメージが通る。

 らしい。高い所から落ちても、物(木や岩)にぶつけても痛くなかった。それとも、痛くないだけで、ダメージは通っているの?

 HPやMPという表示は存在しない。
 スキル鑑定では、スキルとスキルのレベルがわかるだけだと説明されている。

 うーん。
 結局、スライムにはスキルが無いの?でも、私は最初から、”アイテムボックス”は持っていた。

 ”アイテムボックス”を調べてみる。
 お!アイテムボックスは既知だ。
 え?取得した魔物は”非公開”。まぁ必ず取得出来るわけじゃないし、有意義な・・・。え?有意義?違いすぎる。

 80リットルがどの程度かわからないけど、私のアイテムボックスよりは明らかに、容量が少ない。
 それに、重さが80リットルを超えると軽減されない。私のアイテムボックスはどれだけ入れても大丈夫じゃないかな?それとも、容量を越えたら、いきなり重くなるのかな?
 時間経過も書かれている。説明では、時間経過の確認のために、アイテムボックスに入れたスマホを取り出して、時間を確認している。
 私も、アイテムボックスから取り出したカバンを見る。中に、スマホが入っている。時間は・・・。現在の時刻を・・・。あっそうだ。自動で調整されてしまうのだった。失敗したな。確認が出来ない。で
 あとで、氷でも入れてみよう。
 でも、アイテムボックスを見ると、見てはダメな感じの虫が入っている。魚も入っている。うーん。死んでいるのかな?説明では、生きている物は入らないとなっている。

 魔物(スライム)だからで済む話ではないような気がしてくる。

 ギルドのサイトは正式な情報しか載せていないのかな?
 掲示板やハンターを自称する人たちのサイトを探してみるが、やはりスライムは最弱の魔物と表記されている。スライムがスキルを持っていると書かれている場所は存在しない。結論として、スライムはスキルを持っていない。と、なっている。

 ギルドで、魔物の”共食い”や”食事”を調べておこう。
 食事は、必要としていないとなっているけど、ゴブリンは食事をしていたよね?どういうことだろう?

 調べれば調べるほど、わからなくなる。

 私は、私だ。スライムだけど、私だ。気にしないことにして、アイテムボックスの検証をしよう。

 まずは、冷凍庫から氷を取り出して、触手で触るが冷たく感じない。
 袋に入れて、アイテムボックスに入れる。同じ袋を用意して、複数の氷を入れて、冷蔵庫に入れる。同じ物を、お皿の上に置いた。キッチンタイマーを起動する。目安があれば解りやすいだろう。

 せっかくだから、やってみたいことがある。
 子供の時からの夢だ。

 もう一度、二階に上がる。ベランダに出る。裏山の方角で、誰かに見られる心配はない。電柱も無いから、何かに引っかかる心配もない。

 不思議と怖さはない。出来るという確信がある。

 ベランダで、階段を登る時にやったように、踏ん張る。今度は、全力だ。

 全力でジャンプする。

”おぉぉぉ”

 感覚だけど、2-30メートルはジャンプできた。

 ここで、スライムボディを横に広げる!
 羽は無理だけど、モモンガのように滑空が出来るのではないか?

 子供の時の夢。
 空を飛んでみたい!

 滑空ができた。
 落ちている訳ではない。滑空だ。移動も出来る。風を受けて、空を滑空している。

 地面が近づいてきた。
 木に触手を伸ばして、捕まる。

 安全に降りる方法を考えていなかったけど、うまく出来た。

 やっぱり、羽が欲しいな。
 空を飛びたいな。せっかく、魔物になったのだから、可能性があるよね?多分。きっと・・・。だと、いいな。