スキルが芽生えたので復讐したいと思います~ スライムにされてしまいました。意外と快適です。困らないので、困っています ~


 私の生活が一変してから、1ヶ月が経過した。
 世間は、とある感染病で自粛が続いている。学校も、8月の末から始まる予定だったが、緊急事態宣言が発布されて、延期になったと教えられた。

 久しぶりにスマホの電源を入れたら、同級生からメールが来ていた。
 私が休学になったのを聞いて、連絡をしてきてくれたらしい。当たり障りのない返事を出したら、それからメールが来なくなった。皆が、自分のことで忙しいのだろう。元々、学校では一人だった。家族が居なくなって、独りになった。学校でも、独りになることが多かった。
 でも、今は独りではない。私のことを心配してくれる家族が出来た。種族は違うけど、家族だ。

 居間のTVを見ていると、ギルドが大幅に変わると、偉そうな人が説明していた。
 ふーん。と、しか思えない。どうせ、私には関係がない。ハンターと呼ばれる人たちが出来るようだ。私の家族や、私を守る手段を考えなければダメかもしれない。家の裏山は、私有地になっている。自衛隊やギルドでも、無理やり入り込むことはないだろう。でも、TVの情報では不確かなこともある。魔物が産まれる条件がはっきりしてきたと言っていながら、その条件を伝えてくれない。
 裏山に、大量だと思われる魔物がいた事や、裏山だけではなく近隣の山にも大量に魔物は存在していた。

 私が、スキルとギフトの検証を行っている最中も、家族は、裏山や近隣の山々を周っている。魔物を発見しては、対処を行っている。

 私が分体を作って安全に過ごせる様になってから、カーディナルとアドニスは積極的に”狩り”に出かけるようになった。
 隣の山に住んでいた、タカの夫婦をスカウトしてきた。
 最初は警戒していた二匹だが、私の前に出てきて”伏せ”の形になった。鑑定で見てみると、”魔物”にはなっていなかったが、カーディナルとアドニスが言うには、二匹には『復讐したい魔物が存在している。そのために、力を得られるのなら、”魔物”になりたい』と、いうことらしい。
 二匹にもう一度だけ確認を行って、了承を得られた。
 私は、初めて自分の意思で動物を”魔物”にして、”支配”を行った。パスが繋がる感じがして、二人に名前を与えた。雄には、”キング”という名前を、雌には、”クイーン”を与えた。

 アドニスも、カーディナルと同じ様に、4匹のフクロウを連れてきた。
 概ね、キングとクイーンと同じ理由だ。二組の番だ。キングとクイーンと同じ魔物に、子供を殺された。

 4人にそれぞれ、コノハズクの番には、”テネシー”と”クーラー”と名付けた。コミミズクの番には、”ピコン”と”グレナデン”と名付けた。

 新しく加わった6人の家族は、当然の様にスキルが使えて、私に新しいギフトを芽生えさせてくれた。
 復讐の準備を行うために、カーディナルとアドニスと一緒に、山々を巡っている。魔物から、弱い者たちを守るためだ。

 キングたちからの提案を受けて、弱い結界を作ることにした。
 まだ検証を行っているが、弱い結界でも魔物が湧き出すのを抑制できるようだ。産まれてしまった魔物を排除するには、強い結界が必要だけど、産まれなくするのは、可能なようだ。
 裏山の近くの山々を、弱い結界で覆ってしまう計画だ。
 これで、キングたちのような悲劇を減らすことができるかもしれない。すぐに、いくつかの結界を作成した。薄く伸ばすような結界で、結界の強度よりは、広さを重視した物だ。

 アイテムボックスの魔石がなくなりかけていたが、また増え始める。私の”負”に繋がる感情は、ライと一緒になってから治まっている。正確には、感情が流れ込んでくるが、私だけで耐える必要がなくなった。ライが、感情を吸収して和らげてくれる。

 キングたちが家族に加わって、他にもパルたちが巣分かれをした。
 新たな嬢王蜂が産まれたが、名前は必要なかった。パルが女王をまとめる女王になる。身体は”大きい”ミツバチだが生体は別物のようだ。パルの要望を聞いて、私は頑張った。正確には、錬金のスキルが素晴らしく有効だった。スキル錬金に複製というスキルがあり、ミツバチの養蜂箱を複製できた。偵察を兼ねて、いろいろな場所に配置したいと言われた。養蜂箱の設置が難しそうな場所には、巣になりそうな場所を構築した。

 もうひとり?家族が増えた。
 裏山の見晴らしがいい場所に、魔物の犠牲になった動物や魔物になってしまった者たちを屠った。そのときに、一緒に魔石を埋めたのだが、なんと”キメラ”が産まれてしまった。不可抗力だ。裏山の偵察に出ていたカーディナルが慌てて戻ってきて驚いた。報告だけ聞くと、ホラーなのだが、骨だけで動いているとか、ゲームやアニメでは何度も見たけど、実際に見ると、怖さよりも滑稽に見えた。
 鑑定で調べたら、種族名が”キメラ・スケルトン”となっていた。

 そして、このキメラ・スケルトンが進化した。キメラ・スケルトンは、暴れないが、意識がない状況だった。意識が混濁している印象もなかった。ただ、存在しているだけだ。
 進化は、完全に私が悪い。新たに送られてきた、魔石を結合して、こぶし大の魔石を作成して、ライの意識を入れた分体を作成した。そして、キメラ・スケルトンを吸収させた。

 キメラ・スケルトンに、ライの意識と私が持つスキルが”再生”された。
 そして、キメラ・スケルトンとして、”再生”された。血肉が付いて、スケルトンではなくなったが、キメラなのは確かだ。魔石の力を使って、固有スキルが芽生えた。

 ライは、ライとして、私と一緒になっている。
 しかし、キメラになったライも、またライなのだ。ライは、キメラの名前として使うことに決めた。

 ライのすごいところは、キメラなので、キメラに使われた素体には、変わることが出来る。

 そして、ライは私でもあるので、私の意識を乗り移すことが出来た。

 そして・・・。薄々気がついていたが、ライの素体の中には、”人”が含まれていた。多分、頭蓋骨から二人だと思う。
 私が記憶している中で、人が裏山や近くの山で死んだというニュースは知らない。行方不明になったという話も聞いたことがない。しかし、1-2年前に、隣の県で、いじめを苦にした自殺が報道された。自殺した場所が、富士の樹海だと言われている。サイトを検索しても、”見つかった”という報道はなかった。もしかしたらという思いは、存在しているが確認する方法がない。ライに、”人”になってもらったが、ニュースで流れている人物とは似ていない。むしろ、私に似ている。ある一部が小さいところなどそっくりだ。ライも忖度して、大きくしてもいいのだよ。あっダメだ。下着のサイズが合わなくなる。似ているだけで、私ではない。もしかしたら、私の意識と、女の子?の意識が混じり合った結果、こんなに可愛い私が出来上がったのだろうか?

 中学や高校では校則で禁止されていて、出来なかった・・・。夢だった、腰まである長髪で、黒髪だ。太陽光の下で見ると、黒ではなく”赤”に近い色に見える。胸は、高校生だった私と同じサイズだ。ブラがぴったり過ぎて悲しくなった。少しくらい夢を見させてくれてもいいのに・・・。
 身長は、元々の私と同じくらい。多分、150cmに届かない。こんな所まで・・・。年齢は、よくわからないけど、顔立ちから12-3歳くらい?中学に入ったくらいの私に似ている。

 キメラに意識を移して気がついたのだけど、”男の子”にもなれるようだ。なんとなく、ダメな気がして、男の子にはなっていない。女の子になったときに、全裸だった。だから、男の子にはなっていない。興味がないと言ったら嘘になる。でも、ダメな気がする。

 これで、私は、”リム○様”に近づいた。私は、最強のスライムになる!

 ライと、私と、家族の復讐相手に繋がるヒントが備考(履歴)に書かれていた。
 ライと一つになったときに、相手の認識が出来た。顔はわからなかったが、千数百回も私を殺した人。同級生だ。クラスで苛められていた人だと思う。私も、クラスでは、ある事情からアンタッチャブル状態だから、よくわからない。

 手段がわからなかったが、はっきりと書かれていた。

 探し出して、復讐しなければならない相手は、”スキル魔物化”を持つ人物だ。

 キメラに意識を移しても、本体はスライムのままだ。

 複数になった意識をうまく使い分けるのには訓練が必要だ。そして、キメラの核となっていた魔石を、ライが吸収したことで、新たなスキルが芽生えた。

 もしかして、スキルは”魔物の命”か”命の形”ではないのだろうか?検証ができる物ではない。概念なのかもしれない。ただ、スキルが芽生えるのが”命”を奪った時か、”魔石を吸収した”時なのが気になっている。ギルドで調べても、概念の話は書かれていない。専門家を名乗る人たちが書いている物を読んでも、ピンとこない。文章だけで、”偉そう”を表現出来てすごいなとは思ったけど、私が欲しい情報は一切なかった。

 キメラが家族に加わって、キング&クイーンや、テネシー&クーラーや、ピコン&グレナデンが加わって、カーディナルとアドニスたちの遠征距離が伸びた。1-2日ほどの遠征を行うようになった。私の分体がスキル縮小を使って、二人についていくので、魔物を狩っても魔石やドロップアイテムの回収が出来るようになったのが大きい。

 カーディナルとアドニスたちが、遠征を行っている間に、私はライと一緒にキメラの検証を行う。

 キメラは、形になるだけで、臓器は再現されない。簡単に言えば、”人”にはなれない。”人”の真似だ。人の動きには、慣れている。実際に、16年間は人として生きていた。内臓の全部を真似られないけど、目や耳や外側から見える部分は最初から備わっている。でも、銭湯には行けないな。不自然な部分が絶対にある。だって、女性は使い慣れているけど、経験していないことも多い。スライムボディになって感謝したのは、生理がなくなったことだ。お腹を抉られるような痛みを、感じなくなった。生物的には、進化なのか、退化なのか、わからないけど、もともと、結婚が出来るとは思っていなかった。
 子供は欲しいとは思ったけど、行為には興味が少しはあったけど、それだけだ。

 キメラは、男の子にもなれた。下を見ないようにしたが、しっかりと付いている感覚はある。違和感しかないのだが、気にしたらダメだ。男物の服は、あるけど・・・。なんか、嫌だったので、タオルで身体を覆った。近くで見ていたパロットとラスカルが不思議そうな表情で見上げてくるが、気にしないでと伝えた。男の子の顔も、私に似ている。女の子と並べば、姉弟に見えるだろう。

 ライが、キメラでスキル分体を発動すると、キメラの素体となった者たちで分体が作成される。分体に、私かライが入ることになる。

 スキルの不思議が発生した。
 拡大と縮小が、”成長”と”退行”に変わった。スキル拡大が、スキル成長に変わった。スキル縮小が、スキル退行に変わった。言葉から、身体の変化を示すだろうと考えて、分体の一つで確認した。

 スキル成長を行うと、数字の入力が求められた。
 1では変化がなくて、10でもわからない。100で、少しだけ身長が伸びた感じがした。スキル退行で戻して、身長と体重を測ってから、スキル成長を行った。100で、身長が1cm伸びた。体重は300g程度だから誤差かもしれない。
 100単位で増やしていった、500くらいで想像が出来た。700を入れた時に、はっきりと解った。16歳だった私の身長と同じだ。体重まで同じだ。数字が日数をしたら、元々の女の子は14歳くらいという想像が外れていない。興味で、20歳の私を見たが、ある一部は14歳から成長は見られなかった。一部だけを成長させられないか考えたが、無理だった。
 男の子でも試したが、男の子の時には耐えられたが、同学年になって、大人になると、ダメだった。何がダメだったのかは、言わないが、ダメだった。

 触手も便利だったが、手は慣れ親しんだインターフェースだ。ときに、キーボードを操作するのは楽だった。
 気になって、スマホを操作してみたが、やはり反応しなかった。操作用のペンでしか、タッチ操作が反応しないのは、スライムの時と同じだ。スライムボディと同様に、静電気が無いのだろう。しょうがない。

 タッチ式の自動ドアとかは反応しない可能性があるのか・・・。
 もしかしたら、タッチ式の自動改札もダメかもしれないな。

 声が出せないのは、筆談や手話でなんとかなるとは思ったけど、意外と制限がある。このまま、人の中に潜り込むのは難しい。協力者が居れば、出来るのかな?でも、私に協力してくれそうな人なんて居ないし、そもそも、私が知っているような事は、自衛隊やギルドが既に知っているよね。

 街のコンビニエンスストアやイオンやマックスバリュでの買い物くらいは大丈夫かな?
 本当は、魔石をギルドで売りたかったけど、ダメだよね。いろいろ質問されちゃうと答えられないし、魔物だとバレたら、殺されちゃう。お金を稼がないとダメだ。遺産がある間になにか考えないと・・・。

 水道代は、スキル水を使えばいい。
 電気代は、完全に無くせないけど、減らせる。パパのパソコンに使う電気はしょうがないとして、冷房や暖房は必要なくなった。スライムボディのおかげだ。パロットも大丈夫だと言っている。それでも暑く感じたら、スキル氷とスキル風で冷房もどきを作ればいい。寒ければ、それこそ倉に眠っている、薪ストーブを持ち出せばいい。排煙用の煙突も塞いであるだけで、壊したわけではない。薪は、山に大量にある(はず)。
 食費は、必要がない。嗜好品だけは購入したいけど、我慢すればいいだけだ。せっかく、太らない身体を手に入れたのだ、ケーキ三昧や、甘い物の食べ歩きや、ジャンクだけの食事だって怖くない。深夜の甘いココアも最高だ。太らない身体、バンザイだ!

 本当に、太らないよね?

 スキルの検証も終わったし、裏山の安全と我家の安全も確保されたし、街に行ってみようかな?
 お供が難しいよな。

 カーディナルとかアドニスを肩に乗せていた、長髪の美少女はすごくカッコがいいけど、すごく目立ってしまう。目立った結果、SNSで話題になって、翌日には、マスコミが探しに来るだろう。

 犬は、キメラなら分体が作られたけど、ライだけだと護衛にならないとか言い出すだろうな。パロットは可愛いけど、散歩で連れていたら、地元だけなら大丈夫だろうけど・・・。
 でも、地元だと、私を知っている人が多いからな。どうしよう。まったく雰囲気が違う感じだと、田舎だと目立ってしまう。
 うーん。喋られなくなった設定を作れば大丈夫かな?化粧をすれば、前の私に見えるだろう。服装を少しだけ変えよう。長髪に似合うような服装にして・・・。学校を辞めたことは、どうせ田舎だから伝わっているのだろう。だから、隣人に”声が出なくなった”とジェスチャーで伝えたら、近所には光の速さで憶測付きで広まってくれる。

 うん。できれば、学校と同じ様にアンタッチャブルな状況になってくれるのが嬉しい。
 ライの分体で成長が可能なことで、私が、生活をして成長していると周りに認識させることが出来る。寿命がわからないけど、14歳の誕生日から数えた日付を、成長させればいいだけだ。

 うん。大丈夫なような気がしてきた。
 きっと、大丈夫だ。

 スライムだってバレたら、速攻で、全力で、逃げよう。多分、それで大丈夫だ。大丈夫だよね?

 え?まただ。忘れていた・・・。

 あっ・・・・。
 ダメ!逃げ・・・。あっ・・・。あぁ・・・。

 人を・・・。本当に、私と同じ様に、人をスライムにして・・・・。殺した。

 明確に・・・。今までと違って、はっきりとイメージが共有された。

 ライが苦しそうにする。
 私の感情に、ひきずられているの?

 ごめん。ごめん。ごめん。でも、許せない。許せない。なんで、殺すの?なんで、なんで、なんで、なんで、何をしたの?ただ、ただ、なんで?

 新生、ギルド日本支部。名前が変更されて、ギルド日本リージョン本部。
 50坪程度の狭い場所が、日本のギルド本部になる。

 狭い場所だ。居住できる場所を除くと、部屋は3つだ。
 打ち合わせを行うための部屋だ。そして、この部屋は、盗聴に関しては、クリアの状態になっている。それ以上に、厳重なセキュリティで守られている場所が存在している。

「円香!」

「なんだ、孔明」

「俺の名前は、孔明(よしあき)だ。お前が、孔明(こうめい)と呼ぶから、里見嬢や柚木嬢まで、俺を孔明(こうめい)と呼びやがる」

「そうか、それなら、ギルドでは、お前は、孔明(こうめい)だ。ギルド長としての命令だ」

「・・・。円香。その話は、後日、弁護士を立ててしっかりと抗議させてもらう。それで、この書類はなんだ?」

「なんだとは?」

 桐元孔明が持っている書類は、大量のギルド支部の設立案だ。

「これほどの支部を・・・。可能だと思っているのか?」

「無理だな」

「なら!」

「落ち着けよ。孔明。先日の発表を見たか?」

「先日?あぁ魔物が産まれる可能性が暴露されたのだよな?」

「あぁあれの大本は、ギルドの秘匿情報だ」

「今のギルドで、秘匿情報に接触できるのは?」

「そうか・・・。俺は、違う。蒼も、わざわざ面倒を起こして喜ぶ性癖はない。円香は、考えられない。里見嬢や柚木嬢は、やる意味がない」

「そうだ。そうなると?」

「自衛隊か?」

「あぁ愚かにも、アクセス履歴を残している。四ツ谷の漫画喫茶からだよ。お前の所の上司殿は、セキュリティが解っていない」

 榑谷円香は、数枚の写真を榑谷孔明の前に滑らせる。
 漫画喫茶の個室ブースに入っていく、一人の男性を写している。個室ブースの通信ログが乗っている書類も渡される。機密情報へのアクセス履歴と合わせて、言い逃れが出来ない状況だ。他にも、写っている男性が新宿の歌舞伎町にあるバーに入っていく写真と、出てくる所の写真だ。出てくる時には、持っていたアタッシュケースを持っていない。

「・・・。円香。わざと・・・。だな?」

「何のことだ?孔明。君の古巣が行った結果だ。後始末くらいはしてくれるのだろう?」

 円香は、情報が流出するのが解っていながら対策をしていなかった。
 漏れては困る情報(ファントムに関する)は、しっかりとブロックをしている。今回、残ったゴミを排除するのが目的だ。今までは、ギルドの営業部を使って、情報を得ていた者たちが、しびれを切らして、自衛隊から情報を抜こうとしたのだ。安易なスクープを欲しがったマスコミと、暴走した自衛隊と、縄張り争いにしか興味がない官僚と政治業者が、ギルドというよりも、魔物やスキルに関する利権を(彼らの視点では)取り戻そうとしている状況なのだ。

「わかった。この情報は?」

「好きに使ってくれ、一撃で仕留めてくれ、今回のリークはこちらとしても助かっているが、気持ちがいいものではない。調子に乗られるのも、気分が悪い」

「わかった。議員までは届かないと思うが・・」

「ダメだ。議員の一人は釣ってくれ、できれば大物がいい」

「いいが、不起訴になって終わりだぞ?」

「別に裁かれなくてもいい。ただ、ギルドは、牙も爪も持っていると認識させたい。我らは、狩られるだけの獲物ではない。それに、不起訴になったほうが、くすぶり続ける疑惑として、ギルドに手が出しにくくなる」

「わかった。こっちで動く。もしかしたら、ギルドの本部からの圧力を使うぞ」

「大丈夫だ。総合リージョンにも話は通しておく」

「ありがたい」

 二人の話に切りがついたのを見て、里見茜が書類を持って、二人の前に歩み出た。
 狭い場所だ。桐元孔明が逃げられるはずもなく、椅子に座り直した。

「お二人に見て欲しい情報があります」

 資料を持ってきた里見茜は、満面の笑みだ。二人を逃さないようにしていた。
 目論見が成功したことも嬉しいが、この問題になりそうな資料を、上司に渡せるのが嬉しいのだ。さっさと、通常業務に戻りたいと本気で思っている。

「あっ千明も逃げないでね」

 里見茜は、席を立とうとしていた柚木千明にも声をかける。

 柚木千明は、逃げ出すのに失敗した。この4人と今、外に出ている上村蒼がギルド日本リージョン本部のメンバーだ。業務を行っているのは、静岡市の繁華街から少しだけ離れた浅間神社の近くに建つ一戸建てだ。二世帯住宅になっていて、一つは榑谷円香が住んでいる。共通のリビングが作業場所になっている。

「茜・・・」

「さて、蒼さんが居ないのは残念ですけど、いい加減に、私も荷物を軽くしたいので、状況報告を兼ねて、皆さんに荷物を分配したいと考えています」

 異論はありませんか?
 と、続ける必要もない。里見茜が持っている情報は、本部にも上げていない情報だ。証拠が何もない情報だが、確実に存在していると思われる。ファントムの情報だ。

「茜。特定が出来たのか?」

「円香さん。紹介された専門家の話を聞いて、罠を張ったのですが、無理でした」

「・・・。そうか、それだけ知識があると言うことか?」

「いえ、そうではなくて、アクセスがなくなっているのです」

「ん?調べる価値がないと思ったのか?」

「それはわかりません。しかし、円香さん。情報サイトを謳っていて、自分が調べたワードがヒットしないことが続いたら、アクセスしなくなりますよね?」

「そうだな」

「ファントムは、ギルドを必要としない存在なのでは?」

「それは、分析結果か?」

「はい。ファントムが、スキル鑑定を持っていて、スキルや魔物素材の鑑定が行えるようになれば、ギルドのデーターベースにアクセスする必要はないですよね?」

「そうか、ファントムは、スキル鑑定も調べていたな」

「はい。ファントムの話は、問題だらけですが、問題ではありません。もしかしたら、本当に極小の可能性ですが、次の問題にもファントムが絡んでいる可能性があります」

「ん?次?」

「本題です。孔明さんにも関係する案件です。蒼さんにも関連しますが・・・。どうします?」

 皆の視線が桐元孔明に集中する。
 榑谷円香は、それは嬉しそうに、柚木千明は、”ご愁傷さま”という思いが込められているような目で・・・。

「わかった。話を聞かせてくれ、上村には、俺から話をする」

 この場に居なかった、上村蒼に恨むがこもるような声だが、しょうがない。自分が、指示を出して、山梨でのギルド支部設立と、封鎖地域に作る出張所の確認を行っている。

「ありがとうございます」

 里見茜は、資料を配り始める。もちろん、桐元孔明の前には、二部の資料を置いている。

「最初の方の説明は、後で読んで下さい。状況をまとめてあるだけです。みなさんにお伝えしたいのは、最後に三つ折りにしているA3の資料です」

「茜。これは、地図か?」

 6枚の地図がある。
 ギルド日本リージョン本部が管理すべき、魔物の存在が確認された場所と、現在の封鎖状況がまとめられている。

「ん?概ね。予定通りではないか?あとは、出張所を作って、ハンターが活動を始めるのだよな?」

「あぁ円香が言っている通りだな。窓口は、現地採用になるが、所長は、ギルドの職員と同じ扱いだ」

「話を戻します。最後のA3の地図を見て下さい」

「ん?」

 里見茜に言われて、途中のページを軽く見ながら、最後のA3を広げる。

「茜。これは、庵原郡か?由比と興津の境目辺りか?」

「はい。海側ではなく、山梨側ですが、元々私有地です」

「そうか、あの辺りだと、山持ちが多いのだろうな」

「はい。しかし、調査は可能です」

 里見茜が言っているのは、間違いではない。私有地と言っても、特措法があるために、無闇に入って物を破壊したり、なにかを採取したりしなければ問題にはならない。そして、魔物が発生する可能性を説明すると、委任状を提出してくれる。

「なにか、問題は有ったのか?」

「いえ、委任状は届きました。市内の高校に通う女性でしたが、すぐに委任状にサインをしてくれました」

「茜。なんだ、何が問題なのだ?」

 榑谷円香は痺れを切らして、少しだけ強い口調で問い詰める。

「私が言うのは、調査を代行してくれた人たちの言葉です」

「あぁわかった」

「その山に、”行けなかった”そうです」

「は?」

「ほら、そうなりますよね?」

「茜。説明が足りていない。”行けなかった”。道がなかったのか?なにか、邪魔が入ったのか?」

「それこそ、自衛隊の隊員ですよ?地図を見て下さい。山の中腹までは、道がありますし、民家もあります。最後の民家から、上が私有地ですが、その山は見えるのに、到達が出来なかったのです。家も有るはずなのに、門までは行けるのに、中には入られなかったという報告です」

「・・・」

 里見茜の言葉に、皆が声を失った。地図上には、その場所に印が書かれている。そして、周りの山々には、魔物が湧いていないと注意書きが書かれている。魔物が居た形跡はあるが、通常の調査でも1-2体の魔物が発見されるのだが、入られない山の周辺は、魔物が存在しないクリーンな状況になっている。詳細な調査を行えば、魔物が見つかる可能性はあるが、現状では魔物の発見には至っていない。
 資料の地図上には、完全に空白地帯になっている場所が存在することになる。

 吉報なのか、凶報なのか、その場に居る4人には判断が出来なかった。

 パパとママが離婚する。
 別に、僕としては問題ではない。僕の意見を聞いてくれて、パパと今の場所に住むことになった。ママは、やはり奴が出てきたら、一緒に生活をしたかったらしい。パパは、反対した。僕もイヤだと言い放ったら、僕を殴ってきた。

 僕が、スキルを発動する前に、パパがママと僕を引き離して、ママに”出ていけ”と言ってくれた。

 ママは、奴と一緒に住むことにしたようだ。
 僕には、関係がない。もう他人だ。

 気分がいい。パパは、仕事で名古屋に行ってしまった。
 この家には僕しかいない。

 学校も、連絡が来て、しばらくはオンラインでの授業になるようだ。福音だ

 アイツらに会わなくて済む。それに、学校がスキルを確認しなくなるようだ。ギルドの組織が大きく変わった。それに合わせて、ハンター制度が出来る。静岡は、多くの狩場候補地があり、ハンターになる者たちが多くなる。学校でも、ハンターやスキルを教えることに決まったようだ。そのために、ギルドからの要請(圧力)で、学校でスキル持ちを差別できなくなった。
 学校に、”子供にスキルを持たせるのは悪だ”と通達を出していた営業が解体されたのが大きな理由らしい。各、学校にスキル判定装置を高値でレンタルしていた。静岡市だけで、月額で数千万のレンタル料を支払っていたようだ。

 ギルドは、持ちビルから一軒家のような場所に移設したようだ。完全に、都落ちだな。僕のような優秀な人間を招き入れないから、愚かにも力を失うのだ。本当に、3-4百人居たスタッフは、5人にまで減ったらしい。本当に、愚かな組織だ。そうだ。僕が、英雄である僕が、ギルドを仕切り直してもいいな。

 ハンターになるための講習があるらしいが、ハンター登録には、講習は必須ではない。登録だけなら、誰でも出来るようだ。
 そうだ!優秀で、英雄になるのが確定している僕に足りないのは、実績だ。ハンターになって、魔物を狩れば、実績にもなるし、僕の素晴らしいユニークスキルを使えば、どんな魔物でも怖くない。

 ハンターで名を上げて、僕という存在を認識させてから、ギルド改革を行えばいい。
 世界的な組織だ。僕ほどの優秀な人間なら歓迎されるだろう。

 そう言えば、学校からの通知で、一人の女子が休学するとか言っていたな。僕には関係はない。そんな負け組に、かまっていられる時間はない。

 スキルを育てて、偉大な僕に相応しい、新しいスキルを得なければならない。
 ママも居なくなった。パパも帰ってこない。

 僕は、自分のミスを認めて成長が出来る天才だ。
 スキル魔物化で、スライムにするときに、込める魔力を調整できるのは解っていた。最弱の状態のスライムにしていた。だから、僕が得られる経験値も少なくなっていたのだろう。だから、天才で優秀で有能な僕は、スライム化するときに、込める魔力を少しずつ増やした。最高の手段を持つ僕なら、スライムにしてしまえば簡単に始末ができる。魔力の量で貰えるスキルが違う可能性を考慮した。

 家に居ると、それほど多くの経験値が稼げない。パパもママも居ない。僕は、夜に抜け出して、野良犬や野良猫を魔物化している。社会のゴミにしかならない奴らを僕が始末しているのだ。感謝されているに違いない。ゴミを綺麗にしているのだ。感謝以外の選択肢はない。

 そうだ、僕は、偉大な指導者になるべき人間だ。
 僕の行動は、全て感謝されなければならない。僕に感謝を捧げて、導かれて、僕に”頭を垂れる”だけが愚民に許された行為だ。

 なんだ、簡単なことだ。
 僕が、ハンターになり、魔物を狩り。腐敗した大人たちを始末して、僕が指導者になればいい。

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「孔明!蒼は、どこに居る!」

「円香、それに、茜もどうした?」

 二人は、揃って、孔明のデスクに駆け寄る。

「連絡は、まだ入っていないのか?」

「だからどうした?」

「天子湖は知っているか?」

「あぁ人工湖だよな。それがどうした?封鎖場所に指定されているよな?」

「・・・。そうか・・・。茜。千明。地図を頼む。孔明!」

 用意された地図を見て、孔明は天子湖を探す。場所は解るが、正確な位置は不明だ。それに、キャンプ場がある場所なので、封鎖は山側に偏っている。

「支部の設置は、まだ行われていない。封鎖は山側だけだな」

「常駐している者は?」

「居ない」

「円香。天子湖で何があった?」

「そうだな。その説明をしていなかったな」

 円香は、警察から提供されたデータを桐元孔明に見せる。
 数枚の写真だ。壊れた小屋と、何かが争ったように荒らされた草木。

 そして、一人の男性が着ていたと思われる服の残骸と荷物だ。そして、社員証が残されていた。

「円香?」

「山本だ。社員証を千明に確認してもらった」

「そうか・・・。でも、こちらに回されてくる理由がわからない」

「次の写真を見れば解る」

「ん?」

 そこには、森に向って逃げる様子の魔物たちが撮影されていた。人の腕のような物を持っている様子も写されていた。

「そうか・・・。でも、円香。おかしくないか?」

「あぁ孔明。この写真は・・・。あぁ動画もあるが・・・。魔物が複数で行動している様子が確認できる」

「・・・。円香?ギルドで、魔物の集団行動は確認されているか?」

「いや。だから、孔明と蒼に確認をしたかった」

 ギルド日本リージョン本部のドアが激しく開けられた。
 入ってきたのは、上村蒼だ。

「孔明!円香!大変だ!魔物の大量発生がうた・・・。がわ??」

 部屋に入ってきて、上村蒼は、皆が一箇所に集まって、自分が持ってきた写真と同じ物を見ているのに気がついた。多少のアングルの違いはあるが、ほとんどが同じものだ。ただ、上村蒼が持ってきたのは、魔物が居たと思われる証拠として、床に散らばった魔石が写されていた。

「そうか・・・。警察経由か?」

「あぁ呼び出しがあった。蒼は、自衛隊か?」

「そうだ。現場は、警察が封鎖したが、キャンプ場には自衛隊が隊員を派遣した。魔石は、警察と自衛隊が確保した」

「蒼。魔石の買い取りは出来るのだよな?」

「大丈夫だ。自衛隊にも、警察にも話はしてある。それに、奴らでは魔石が使えない」

「そうか、千明。蒼から窓口を聞いて交渉を頼む」

「はい!」

 魔石の買い取り金額は決まっている。
 サイズと色で違いがあるだけで、あとは一律になっている。なので、魔石を記念で持っておきたいという人以外は、金額は自動的に決まってくる。また、オークションなどの転売を行うのは、世界的に禁止されている。そのために、ネットオークションでは魔石の出品は出来ない。見つかった場合には、最悪は起訴される可能性まである。

「魔石は、千明に任せるとして・・・」

 千明が、蒼を連れて、交渉に取り掛かっているのを見ながら、榑谷円香と桐元孔明は、大量の魔石と逃げていく魔物の姿を見ている。

「円香さん。孔明さん。魔物が統率された行動を取っているのは、置いておくとして・・・。この山本でしたっけ?この人が魔物を倒したのですよね?」

「状況から見ると、そうだな」

「魔石の数から考えると、10や20ではないと思うのですよ」

「・・・。そうか、ドロップ率か?」

「はい。魔石は、出やすいと言われていますが、2-30%です。魔石の量から、30%として考えても、30体以上の魔物を倒したことになりませんか?」

「あっ」「・・・」

「そうなると、スキルも、最前線で戦っている人たちと同じか、それ以上を得ていますよね?」

「・・・」「・・・」

「武器や防具が有ったようには見えないのですが、30体の魔物を倒せるだけの人物を殺せるだけの魔物が存在することになりませんか?」

「寝込みを襲われた可能性もあるが・・・。俺は、それ以上に・・・」

「どうした?孔明?なにか、あるのか?」

「あぁ山本がスキルを得たのは、間違いはないだろう」

「そうだな」

「魔物たちは、山本を食べている」

「・・・。そうか、今までは、魔物は食事をしないと思われていた」

「そうだ」「あっ!円香さん。この前の資料。少し、待って下さい」

 里見茜が自分のデスクにある端末を操作し始める。
 桐元孔明と榑谷円香は、写真から伝わる不気味さと、里見茜がもたらす情報を考えていた。

「円香!孔明!天子湖のキャンプ場が・・・」

「どうした!」

「魔物に占拠された」

「え?」「は?占拠?」

 上村蒼の叫び声が、ギルドの中に響いた。

 ギルド日本リージョン本部に備え付けられている。ホットラインが鳴り響く。

 その場には、本部に詰めるべき5人が揃っている。

「はい。ギルド本部。榑谷」

『よかった。こちら、清水消防署。森本です』

「魔物が出ましたか?」

『いえ、あっ。少しお知恵を拝借したい。警察にも連絡をしましたが、明確な証拠がないと、警察は動けないと言われてしまって・・・』

「簡単にでも構わないので、状況を教えて下さい」

『はい。通報が有ったのは、3時間ほど前です』

 榑谷円香は、スピーカーから音が出来るようにしてから、近くの時計を見る。時計は、17時を少しだけ過ぎている。

 時系列で説明された内容だったが。雲を掴むような話にも聞こえる。

「それでは、路上生活者が”スライムになって殺された”というのですね?」

『はい。しかし、それを証言しているのが、路上生活者でして、信ぴょう性も・・・。それで、警察は動けないと・・・。しかし、スライムと言えば、魔物なので、ギルドさんに報告をしておこうと・・・』

「わかりました。ちなみに、場所は?」

『あっ埠頭の清水清見潟公園で、津島神社の近くです』

「わかりました。また何か、状況が解ったら知らせて下さい」

 電話を切った榑谷円香は、疲れた表情を浮かべる里見茜を呼び寄せる。

「茜!」

「無理です。それこそ、蒼さんや、孔明さんにお願いします」

「違う。違う。現地調査ではない」

「え?」

「現地調査は、ギルドの仕事ではない。それに、公園ならそれこそ、蒼や孔明でも手出しが出来ない」

「はぁ・・・。それでは?」

「茜。覚えていないか?ファントムがギルドのサイトを利用し始めた頃に、”魔物化”というスキルを何度も検索した奴がいたよな?」

「あっ。資料を持ってきます」

「頼む」

 里見茜が、自分のデスクで作業を始める。
 その間に、桐元孔明が榑谷円香のデスクまで来て、パイプ椅子を持ち出して座る。

「円香。公園の件も大事だけど、天子湖はどうする?」

「どうするも・・・。ギルドは、実動部隊を持たない。現地に向かっても何も出来ない。情報を、自衛隊や警察と共有して、ギルドの登録メンバーに情報を流すだけしか出来ない」

「それはそうだが・・・」

「ハンター制度が出来るのが遅かった。言ってもしょうがないけど、もう少しだけでも早ければ、ハンターを派遣することも出来たかもしれない」

「そうだな。封鎖が終了している現状では、自衛隊や警察も手が出せない」

「あぁそれに、上位種の存在が疑われる所に、スキルを持たない人間を投入出来ないだろう?」

「そうか、それも有ったのだったな。上位種は確定なのか?」

「どうだろう?でも、魔物の集団行動といい。人を喰らっていることから、複数のスキルを持っているだろう。上位種だと思って間違いはないと思う」

「そうだな。上村!上位種に、勝てるか?」

 柚木千明の作業を手伝っていた。上村蒼は、振り向きもせず、面白くなさそうに、答える。

「ん?戦車を使っていいのなら討伐できる可能性は高いが、標準装備では無理だな」

 自衛隊の標準装備ではない。魔物討伐を行うときの標準装備だ。

「M9でも無理か?」

「無理だな。M870は無理でも、遠距離からM24で狙えば、仕留められるかもしれないが・・・。ゴブリンの上位種でも、倒すのに、二人が殉職した」

「・・・」

 ここで、上村蒼は振り向いて、桐元孔明と榑谷円香を見る。

「見せられた写真を見る限りは、死んだのはスライムだろう。魔石の大きさから、大型でもゴブリンだろう。しかし、足跡は、ゴブリンではない。大型の魔物だ。それが、最低でも3体だ。千明に、足跡を照会してもらった」

「それで?」

「聞きたいか?」

「聞かなくて、済むのなら、聞かない」

「ダメだ。孔明。山本を襲った魔物は、オーガと呼ばれる魔物だ。メキシコのギルドに足跡のデータがあった。円香。天子湖を占拠した魔物たちの動きは?」

「今の所は、占拠しただけで、動きはない」

「そうか。俺が行こうか?」

「最終的には、蒼やハンターが出ていく必要があるだろうが・・・。天子湖一帯を戦場にする覚悟が必要だ。行政は許可が出せるか?」

 桐元孔明の判断は正しい。
 上位種の存在が疑われる状況だ。それも、オーガの上位種となると、スキルを持っている者でも、”死”を覚悟する必要がある。スキルを持たない者なら、自殺行為だと言っても問題ではない。

 ギルドの要請があれば、行政は許可を出すだろう。
 自衛隊の重火器の使用は、また別の話だ。許可が出るとは思えない。

「無理だな。自衛隊の標準装備でも難しいだろう。武装は無理だな」

 火薬を使う武器の使用は許可されないだろう。
 それこそ、攻撃性のスキルを持つ者が対応するしか無いが、日本では攻撃性のスキルを持っている者は、ハンターとして登録されていない。正確には、スキルは存在していて、取得している者も存在している。ただし、全員が自衛隊の隊員で、大きく広がった封鎖地域を巡回している状況だ。

「手が足りない」

 榑谷円香が”ぼそっ”と呟くが、こんなに状況が重なるとは、想定の範囲外だ。

「円香さん。孔明さん」

 資料を探していた、里見茜が、情報を移したタブレットを持ったままの状態で戻ってきた。

「こいつか?」

「スキル魔物化を調べた端末を使っていると思われる人物です」

 里見茜はしっかりと訂正した。
 まだ疑いであって確定ではない。それに、スキル魔物化は未発見のスキルだ。

「蒼。接触しようとするなよ?」

 スキルの適用範囲がわからない上に、魔物から戻す方法もわからない。
 対人戦で考えれば、最凶のスキルかもしれない。

「わかっている」

「本当だな。”振り”じゃないからな。どんなスキルなのか、効果だけでなく、範囲も解っていないからな。触れてなくても大丈夫だとしたら、最悪だ」

「そうだな」

 榑谷円香は、資料を見ながら、気になったことを里見茜に問いただした。

「茜。この情報は?」

「ファントムが出た時期と重なっていたので、隔離しています」

「そうか、愚か者たちには渡っていないのだな?」

「絶対に・・・。とは、言えませんが、低い確率です。彼らが入手できているとは思えません」

「それならよかった。千明。マスコミ関連の確認は頼む。ギルドからの発表は、茜。文章の作成を頼む」

「はい」

「円香さん。何を発表しますか?」

 榑谷円香は、少しだけ考えてから、ニヤリと笑った。

「そうだな。円香!」

「え?あっはい?」

「スキル魔物化の保持者は、ギルドに登録してきたか?ハンター登録は?」

「いません」

「それなら好都合。千明。”未知のスキルが使われた可能性がある”ことと、”スキルの使用者は特定されていない”ことを、問い合わせに答えてくれ」

「いいのですか?」

「あぁそれで、接触するような者が居たら、自業自得だ。茜!」

「彼の周りで、不審な行方不明が出ていないか調べます」

「頼む。魔物化でギルドが出来るのはこの程度か?」

 榑谷円香が皆を見回す。
 実際に、ギルドには逮捕権も無ければ、捜査権もない。魔物に対する権利を有しているだけだ。今回のように、人がスキルを使って、人を襲う可能性がある場合でも、出来ることは、なにもない。

「え?」

 里見茜が、ギルドに来たメールを開いて、声を上げてしまった。

「茜?」

 里見茜は、黙ってメールに添付されていた画像を、拡大して、皆に見えるようにした。
 そこには、天子湖のキャンプ場と書かれた看板と一緒に、封鎖している自衛隊や警察官と消防車両が写されている。封鎖がうまく出来たことを物語っている。キャンプ場の状態も鮮明ではないが、画像から確認が出来る。

 画像に見入っている理由は、画像に写された魔物たちだ。
 オーガと呼ばれる魔物が3体。それ以外にも、ゴブリン種やオーク種が写されている。そして、角が生えた獣が十数体。

「蒼。お前が率いたチームで・・・」「無理だ。米軍でも呼ぶか?」

 上村蒼は、榑谷円香の言葉を遮るようにして否定する言葉を紡いだ。桐元孔明は、二人のやり取りを見て肩をすくめるだけに留めたが、打つ手が無いのは同じなのだ。

 そして、魔物たちの近くには、”元”人だと思われる物や、マスコミが使うと思われる機材が転がっている。

 人の姿にも慣れてきた、元人間です。
 女子高校生らしく、制服を着てみましたが、元々自分が着ていただけに似合っています。良かったです。パロットも似合っていると言ってくれている。ライに至っては、自分も人の形状になって制服を着たがったが、男性タイプにしかなれなくて、我慢してもらった。さすがに、自分の制服を男性顔のライが着るのには抵抗があった。

 スキルを調整すれば、複数の女性タイプに慣れるのかと思ったけど、ライからの説明で、どうやら素体となった数が影響しているようで、人は女性タイプが一人と男性タイプが一人のようだ。女性タイプは、私が利用しているので、男性タイプにしかなれないようだ。
 なにか調整を間違えたかもしれない。ライに聞いても、”出来ない”と返されるだけだし、気にしてもしょうがない。ライに”出来ない”のなら、私にも無理だ。ライと私は同じだ。

 それに、私が私の姿で、複数人で存在しても、私が混乱するだけで意味はあまりなさそうだ。

『ご主人さま』

”ライ?どうしたの?”

 ライとは明確な意思の疎通が出来るようになった。
 良かったのは、あれから”人”を殺していない。”人”が誰なのかわからない。ライに合流したときには、”心”が死んでいた。もしかしたら、もともと心が死んでいた人なのかもしれない。でも、アイツは”人”を殺した。自分の意思でスキルを発動して、”人”を私と同じようにスライムにした。そして、殺した。

 ライとしっかりと会話が出来るようになったのは、”人”が合流したからだろう。

『キングとクイーンが、帰ってきました』

”どこまで行ったの?”

『大きな川・・・。多分、富士川だと思いますが、川を上流に向って調査してきたようです』

”だいぶ、遠くまで行ったのだね。キングもクイーンもお疲れ様”

 窓に居た二人が羽を広げて喜んでいる。
 ライは、”人”が合流してから、知識量が増えた。元の人が、どんな人なのかわからないけど、丁寧な話し方をする人だったかもしれない。他の家族からの聞き取りは、ライがしてくれる。

 家族たちは、生存権を確保するかのように、周りの山々を見回っている。裏山と裏山近くの山に結界を付与した魔石を配置した。他の山までの結界は準備が出来なかった。それに、あまり結界を配置するのも良くない効果がある可能性に思い至った。結界の中に居る動物たちは、全てが魔物になるわけではなかったが、生態系が狂っているのは私にも理解できる。

 現状では、魔石は家の中や庭や裏庭や裏山に設置している。
 水が湧き出るようにしたり、微風が吹いたり、土に栄養を与えるようにしたり、いろいろ工夫をした魔石を配置している。もともと、裏山は人が入りにくかった場所だったのだけど、今では人が入るのも難しい状況になっている。結界が原因なのか、私たち家族と、私が認めた者しか入られない。危険が減ったと思って喜んでいるが、生態系がめちゃくちゃなのが判明して、昆虫や小鳥や小動物は入っても大丈夫なようにした。今は、人と魔物を弾くようにしている。これが正解かわからないので、キング&クーンとテネシー&クーラーとピコン&グレナデンに、周りの探索を強化している。

 キング&クイーンが東側を、テネシー&クーラーが北側を、ピコン&グレナデンが西側を担当している。

『ご主人さま』

”なに?”

『キング&クイーンが、川を越えていいのか許可を求めています』

”どうして?川の向こう側からこっちに来る可能性は低いのだよね?”

 ライが、家族に確認したことだが、富士川や安倍川や興津川に囲まれたこの場所は、動物が安全に過ごせる場所だと認識されていた。川で囲まれているために、動物の移動が阻害されてしまっている。橋があるが、交通量も多くて安全に渡れる場所ではない。
 魔物が同じかわからないが、川を渡ってくる可能性は低いと結論を出している。

『川の向こう側に、魔物の集団が居る気配があるそうです』

”集団?あれ?でも、魔物って集団にはならないよね?”

 魔物の情報は、主にネットからだけど、集団になる前に、魔物同士で殺し合いが発生する。実際に、私が見つけて倒したゴブリンも単独だ。裏山や近隣の山でも、魔物は単独で行動していた。

『はい。ご主人さまから聞いていたので、なにかの間違いだとは思うけど、確認をしておきたいと言っています』

”うーん。本当に、魔物の集団が居た時には、戦わないで帰ってくるって約束できる?”

 私の思っていることは、皆に伝わる。
 キング&クイーンも、帰ってくると約束してくれた。

”わかった。それなら、ライの分体を連れて行って欲しい。私も確認をしたい”

 これで、キング&クイーンも無理は絶対にしない。

 話を聞いていた、カーディナルとアドニスが近くにやってきて、カーディナルが付いていくことになった。

 私も、ライと同期する。実験を繰り返していると、意識を移すというよりも、同期が正しいように思えた。

 カーディナルが乗せてくれるようだ。家から飛びだった。キング&クイーンが先導してくれる。その後を、カーディナルが続く。

 10分もしたら、富士川が見えてきた。目的地は、キング&クイーンしか知らない。楽市楽座(富士川SA)よりも()だ。新東名も越えた。このままだと富士山の方向に進むことになる。それに、山梨の県境を越えてしまう。

 カーディナルが、旋回しはじめた。

”ここ?”

 下には、湖なのか?池なのか?流れが緩やかな川なのか?よくわからない場所だ。
 キャンプ場のような場所に、確かに魔物が居る。ゴブリンだけではなく、岩で倒したオークも居る。それだけじゃなくて、なんか色が違うゴブリンやオークも居る。ざっと見て、100体ほどの集団になっている。

 周りを、警察や消防や自衛隊?が囲んでいる。
 これなら、私たちが対応する必要はなさそうだ。

 キング&クイーンは、もっと山の中に用事があるようだ。
 カーディナルも旋回を止めて、富士山の方角に向かう。

 すぐの場所に小屋があり、その小屋には5匹の魔物が居る。
 オーガ?と呼ばれる魔物だ。一際大きな個体が存在している。小屋の屋根を越えそうな感じなので、3メートル近い可能性がある。

”カーディナル。奴に勝てる?”

 カーディナルは悔しそうに鳴いてから、良くて引き分けだと伝えてきた。

 そうなると、2-3人で同時に攻撃しても勝つことは出来るけど、今までみたいに完勝するのは無理だと考えるのがいいだろう。

 最初に見た時には、私たちが対応しなくても、警察や自衛隊が居るからなんとかなると思っていた。

 中心のオーガや周りに居る魔物たちの足元や手に持っている物を見るまでは・・・。
 ダメだ。アイツらは、人の味を覚えてしまった獣と同じだ。駆除しなければならない。

”カーディナル。キングとクイーンも聞いて・・・”

 了承の意思を伝えてくれる。

”私が、私たちがやるべき事・・・。じゃない。のは、解っている。でも、奴らを放置できない。協力してくれる?”

 カーディナルも、キングも、クイーンも、賛同の声を上げてくれる。
 嬉しくて、カーディナルを抱きしめてしまった。

 カーディナルに家に戻ってもらってから、しっかりと状況を確認しよう。

 警官隊や消防隊や自衛隊が、陣を張って、これ以上は魔物が民家に近づかないようにしている。上空に移動する。対峙はしているけど、無闇に手を出そうとしている雰囲気はない。なにか、対策を考えているのかもしれない。

 ゴブリンたちは、山や森や川?湖?に居る獣や魚を食べている様子がある。
 ステージが変わっているのか?
 裏山に居たオークも食事をしていた雰囲気があった。ギルドのサイトを確認していた時には、魔物は食事をしないから、人を襲うことは有っても食べたりはしないと書かれていた。
 私の家族で、魔物になってしまった者たちも、基本は食事を必要としないが、私もそうだが嗜好品としての食事は楽しめる。

 上空から、魔物たちを確認して、カーディナルやキングやクイーンにも覚えてもらってから家に戻った。
 アドニスやパロットやギブソンやノックやラスカルに、ライの意見を聞きたい。一人でも反対するのなら、討伐には赴かない。家族が傷ついてまで行うようなことではない。
 多分だけど、家に引きこもっていれば、私たちは安全に過ごせると思う。結界が破られない限りは・・・。

 キングとクイーンは、もう少し池?湖?川?の状況を確認したいらしい。
 私とカーディナルは、急いで家に戻ることにした。

 家では、既に私が状況を説明している。

 私が家に戻ると、議論は終わっていた。
 反対者は居なかったということだ。どうやら、ライが、私の受けた衝撃や哀しみを皆に伝えたようだ。ライが感じた衝撃や哀しみや憎しみが私に伝わるように、私に生じた感情は、ライにも伝わってしまう。

『ご主人さま。困りました』

”ライ?どうしたの?”

 私とカーディナルが到着してすぐに、ライとアドニスが近くにやってきた。

『はい。今回の掃討作戦は、かなりの規模になってしまいます』

”そうだね”

『皆に危険を説明したのですが、誰一人として反対をしませんでした』

”うん。それは聞いた”

『皆が参戦を希望しています』

”え?カラントやキャロルは無理でしょ?”

『はい。でも、場所が川のような場所なので、自分たちが必要だと言っています』

”あっ・・・”

 それからが大変だった。
 パロットは、家を守るために残ってくれると最初に宣言をしてくれた。

 続いて、ギブソンとノックも、裏庭の守護と家の周りの警戒をしてくれる。
 ラスカルは、少しだけ渋っていたが、裏庭と裏山の巡回をしてくれることになった。私たちの家が拠点で、帰ってくる場所だ。奪われるわけにはいかない。あの川での出来事が、私たちの近くで発生しない保証はない。だから、戦闘力があって飛行能力がない物には残ってもらいたかった。

 皆に、しっかりと説明をした。

 最後まで、渋っていた。カラントやキャロルも、近くの川や興津川までなら移動が出来る。そこから、情報収集をお願いした。

 出陣するのは、私の分体。ライの分体(多数)。カーディナル。キング&クイーン。アドニス。テネシー&クーラー。ピコン&グレナデン。

 フィズは1/3が参戦して、ナップが小さくなって背中に乗っていく。

 アイズとドーンは、どこに居ても違和感がないから、連絡兼予備戦力として、待機することになる。家と現場までの各地を繋ぐ役目を担当する。

 フリップとジャックは、戦力になるディック/キルシュ/グラッド/コペンを運ぶ。その後は、前線が逃したものを掃討する役目だ。

 最前線は、皆の大反対が有ったが、私とライが担当する。武器を使えるのが、私とライだけなので、これは皆に納得してもらうしか無い。その代わり、私もライも分体で参戦する。本体は、家でパロットたちに守られている。

 実は、武器はいくつか確保している。
 裏山や近くの山に居た魔物のドロップ品だ。

『ご主人さま。僕たちは、こっちの短剣を使います』

 武器や防具がドロップしたのだ。
 ドロップする確率は低い、ほとんど、ドロップしないと言ってもいいくらいだ。私たちの手元には4本の武器と、4つの防具がある。
 ライは二本の短剣を使うようだ。短剣と言っても、脇差のような物だ。逆手で構えて、カッコいい。ライは、男の子の格好で武器を構えている。

 私は、刀を使う。太刀に分類される物だ。持った状態で、街を歩いていたら完全に捕まる物だ。だけど、私は魔物(スライム)だ。それに、この刀は、日本刀ではない・・・。と、思う。ライが使うと宣言した短剣は、鑑定で”鋼”と出た。私が使おうとしている太刀の素材は、”鋼?”と出ている。”?”が怪しい。すごく怪しいが、気にしてはダメなのだろう。地球上に存在してはならない素材だとしても、これは”鋼”を鍛えたものだ。

 もう一つは、弓だ。使ってみたが、遠距離に攻撃が出来るが、私には、私たちには向いていない。矢も用意しなければならないので、備品の用意が必要になってしまうのも問題になった。

 防具は、必要ないという結論になった。
 身につけて、動いてみたが、大きかった。オートアジャスト機能くらい欲しかったが、無理なようだ。スライムボディを調整すればいいのだろうけど、動きが鈍くなったり、バランスが難しかったり、防具を身につけるほうが危険だと結論がでた。ライも同じだ。
 防具に関しては、パルが巣に使い始めた。新しい眷属?を誘致するのにちょうどいいのだと言っていた。
 正直な話をすると、パルたちが集める蜂蜜だけでかなりの分量になっている。商売をしてもいいと思われる位だ。
 討伐が終わったら、スライム印の蜂蜜と言って、売り出そうかと思っている。もちろん、通販限定だ。
 裏庭に埋めた。果実も、季節に関係ないように、実を付けてしまっている。困っている。キウイと枇杷と蜜柑と夏蜜柑と無花果とブルーベリーといちごが同じ時期にできているのだ。季節が無視されている。手入れも、家族が率先している。米とか、麦とか、育てたら、スローライフが出来るかもしれない。

 次は、作戦の立案だ。
 キング&クイーンが、敵性生物の数や戦力調査を行ってくれた。威力偵察は許可しなかったから、正確ではないが、数は把握できた。
 あと、魔物の色や、角の数から大まかな強さの把握が出来ている。

 私たちの相談は、まだ終わらない。

---

「茜!」

「わかっています。天子湖に向かうのですよね?私たちが行っても何も出来ませんよ?」

 そんなことは、榑谷円香も解っている。
 しかし、魔物が起こしている事態だ。それに、ハンターを突入させるにしても、現地で指揮を取るべき者が必要になる。

「円香。俺たちも行くぞ」

「わかった。孔明と蒼は、現地で、ハンターの統制を頼む」

「わかった」「いいぜ!突入のタイミングは、任せる。武装はOKだよな?」

「標準装備までなら許可ができる。それ以上は、現地の状態をみてからだ」

「円香!現地では、既に数名が犠牲になっている。もう限界だぞ」

「突っ込んだ、マスコミを制止した警官が二人と、自衛官が3人。あとは、マスコミ関係者が3人だ」

「っち。円香。マスコミへの連絡は」

「今後、警察も自衛隊も護衛のような事はしない。自己責任だと伝えた。あと、紛争地域と同じで、後ろから攻撃される可能性もあるとも伝えてある」

「・・・。無駄だな。アイツらは、自分たちは安全だと思っている」

「今回は、違うと思うぞ?目の前で、警察と自衛官とマスコミの関係者が魔物に拉致されたからな」

「それだけか?」

「消防と警官が、救出に向かおうとした」

「そうか・・・。死んだのだな?」

「あぁ。目の前で、オークの亜種に殺された。それで、マスコミも黙ったようだ」

「そうか、報道規制は?」

「していない。必要ないだろう?それに、現法では、報道規制は出来ない。最大でも協定だ」

 榑谷円香は、挑戦するような目線で、桐元孔明と上村蒼を見る。見られた二人は、肩を竦めるだめに留めて、挑発には乗らなかった。実際に、報道規制は必要がない。SNSで瞬時に情報が流れる時代だ。報道が制止を振り切って魔物の巣窟に突っ込んでいって、その結果、警官と自衛隊の隊員が連れて行かれた。助けようとした消防隊と警官が殺された。”非”は制止を振り払って、報道の自由を振りかざしたマスコミだ。BETを行うのなら、自分の命だけにすべきなのだ。
 しかしマスコミは、警官と自衛官に護衛を依頼している。

「千明。SNSとマスコミ対応は任せる」

「え?私は、現地に行けないの?」

「付いてきてもいいぞ?でも、危ないぞ?」

「円香さん。私は、事務所に・・・」「茜は、現地だ。情報を即時に引き出してほしい。ハンディのプリンタを準備してくれ、足りない物は、途中にある、エンチョーで買えばいい」

「はい」

「円香さん。私は?」

「危ないけど、いいのか?」

「はい!事務所に残っても・・・。うるさいのが来ると思うので、現地で対応した方が楽です。あ!エンチョーで癒やしが欲しいです!癒やし!」

「いいぞ。30まで許可を出す。茜と相談しろ、日々の費用は、お前たちが持てよ。帰りだぞ。いいか、振りじゃなくて、帰りまで待てよ」

「え・・・。あっはい!わかりました!無事に帰ってこないとダメですね。茜!」

「わかった。わかった。貴女の部屋も用意する」

「うん!」

「円香。茜。千明。そろそろ、いいか?武装は、車に積んである物だけ・・・。あとは、蒼が車を回してくればいいだけだな」

「そうだな。茜と千明の準備が出来たら、魔物たちの巣に向かうぞ!資料映像が必要になる。茜。孔明。頼むぞ」

 上村蒼は、近くの駐車場に置いてある。キャンピングカーを取りに行っている。5分くらいしてから、クラクションが鳴らされる。事務所に残った4人は、それぞれの荷物を持って、キャンピングカーに乗り込む。
 水や設備に使う燃料の補給は、ホームセンターで行う。ガソリンを入れて、天子湖に向かう。

”それじゃもう一度、練習をしてから、天子湖に向かうよ!”

 私の宣言で、皆が了承を伝えてくる。
 川だと思っていた所は、天子湖という人口の湖だ。キャンプ場を、魔物が占拠した。近くの小屋には、オーガたちが居る状況だ。地図から、距離や広さを調べて、練習するための場所を裏山に設定した。広さだけではなく、家に残る者たちの協力を得て、模擬戦が出来るようにした。

 そこで、戦略を考えながら、練習を行っている。

 結界を併用するのがいいだろうという結論になった。

 私たちが攻撃を開始すると、警官隊や自衛隊が、攻撃を開始する可能性がある。前からの攻撃なら、躱せる可能性も高いが、後ろからのそれも銃などの攻撃だと躱せない可能性がある。私やライなら、分体なので大丈夫だけど、家族が銃で撃たれたら・・・。

 だから、物理攻撃を防ぐ結界を後方に展開する魔石を渡す。
 キャンプ場を占拠している魔物や、小屋に居る魔物が逃げ出さないように結界を展開することにした。これで、警官隊や自衛隊が突入してくる危険を減らせる。自分たちだけで”全てを終わらせる”なんて考えては居ないが、自分たちだけで動いたほうが、連携やサポートを考えると、都合がいい。

 作戦は、反対意見が多かったが、効率と成功率を優先した。

 カーディナルに乗った私とアドニスに乗ったライが、警察隊と自衛隊が陣取っている場所と、魔物たちの間に降り立つ。
 そこで、結界を発動する。

 魔物が逃げられないようにするために、小屋にはキング&クイーンが急行して、結界を張って、オーガたちが出てこられなくする。
 マスコミも居るだろうから、結界の中が見られないように、くもりガラスのような結界を作ってみた。それを、ドーンとアイズたちにキャンプ場を覆うように配置してもらう。

 私とライは、武器を使って、魔物たちを殲滅していく、真ん中を付きっていく感じにして、結界を張り終えたら、皆が参戦する。魔物の数は、多いけど必ず複数で魔物と対峙する。勝率は上げられるだけ上げる。

 キング&クイーンの偵察から、厄介なのは、オーガたちとオークの上位種と角二本のイノシシだと判断された。多数の、ゴブリンの色違いも確認ができるけど、何度か対峙したことがある。オークの色違いも何度か対峙しているので、3(ないしは4)対1の状況を作れば、アイズやドーンで対応が出来る。

 私とライがキャンプ場に居る魔物の数を減らして、掃討戦に移行する。キャンプ場の掃討戦を行っている最中に、私とライとカーディナルとアドニスとキング&クイーンで、オーガを叩く。

 一点突破。包囲殲滅作戦だ。かなり力技だけど、これが短時間に、こちらの消耗をあまり考慮しない作戦だ。オーガを隔離して、乱戦に持ち込ませない。それが一番だと結論が出ている。

 練習をしている時に、問題が出て、対応した。

 最後の練習(模擬戦)は、今までの問題が解決されている。スムーズに鎮圧が出来た。

”いい。本番は、何があるかわからない。わからないからこそ、皆、自分のことを大事にして欲しい。私やライは、分体で行く。だから、大丈夫というつもりは無いけど、皆が傷ついて倒れる方が、私は悲しい。私を悲しませないで、お願い。皆で、帰ってこよう”

 天子湖に向かう者も、向かわない者も、皆が真剣な表情で私の話を聞いてくれる。
 そして、しっかりと納得してくれる。了承の意思が伝わってくる。

 荷物の確認を行う。特に、魔物たちを囲むように、結界を設置する者たちはしっかりと確認を行う。発動ミスを考えて、予備を持っていってもらう。煙幕の魔石は、見られないようにするためなので、発動しなくても、問題ではない。

”昼に出発するよ”

 速度が出ない者たちは、先に出てもらう。それで、周りの調査を終わらせる。キャンプ場と小屋以外にも魔物が居る場合には、把握をしておく必要が有るだろう。自衛隊や警察隊や消防隊の車両や人員の確認もしておきたい。マスコミも居るだろうから、マスコミの位置もしっかりと把握しておく必要がある。

 朝日とともに作戦を開始する。配置が終わったら、ライが意識の共有で知らせてくれる。
 特に、キング&クイーンの配置は大事だ。予備戦力として、ピコン&グレナデンとテネシー&クーラーもオーガへの対応に向かう。キング&クイーンだけで問題がないと判断した場合には、予備戦力は、遊撃として全体を見てもらう。

 作戦開始まで、3時間くらいある。
 女の子の姿になって、皆に食事を提供する。ライも男の子になって手伝ってくれる。

 魔物の肉も在庫が出来ているし、果物も大量ではないけど、入手が出来ている。

 簡単な料理だけど、皆で食べると美味しく感じる。

『ご主人さま。フィズ隊。アイズ隊。ドーン隊。フリップ隊。ジャック隊。及び、ドーン隊。出立します』

”無理はしないように、状況が変わっていたら、連絡をするように・・・。本当に、無理はしないでね”

 皆が鳴き声で応えてから、一斉に飛び立った。

 それから、確認が終わった。キングたちが、私の前に並ぶ。フィズ達が出立してから、1時間くらい後だ。途中で、合流して向かうことになっている。

『ご主人さま。我らも出立します』

”うん。無理はしないように、作成は失敗しても、皆が怪我をしないで、帰ってこられれば、私たちの勝利だからね”

 自分で言っておきながら、むちゃくちゃなことを言っていると認識している。
 でも、本当に私は、皆が怪我をするのが嫌だ。誰ひとりとして、怪我をしてほしくない。

『はい。必ず!』

 勢いよく羽ばたきをして、飛び立った。頼もしい。

『ご主人さま。守りは、安心してください。ご主人さまを守り、大切な場所を守ります』

”うん。ギブソンもナップもお願い。私は、家の中でライと一緒に居るから、家と裏山をお願い。無粋な侵入者は居ないと思うけど、万が一の時には、残っている者で、皆の帰ってくる場所を守ろう”

『はい!』

 残る者たちを統率するのは、ギブソンだ。ギブソンが適任だと思っている。
 パロットは、家の中を守る。裏山を含めた広い範囲は、ギブソンが担当することになっている。パルも眷属が大量に生まれているので、警戒に出ている。カラントとキャロルも、川と水路を使って、侵入者が居ないか監視を行う。

”カーディナル!”

 カーディナルが、私の前に来て、頭を下げる。

”アドニス!”

 アドニスも、カーディナルの横に来る。

”ライ!”

 ライの分体がアドニスの横に移動する。

 私も、分体を出して、カーディナルの上に乗る。

”さぁ魔物退治に向かうよ!”

 最初に、ライを乗せたアドニスが、飛び立つ。
 私を乗せたカーディナルが、ゆっくりとした速度で、地面から離れる。

 家だけではなく、裏山より高い位置まで上昇してから、天子湖に向かう。ゆっくりとした速度から、徐々に速度を上げる。練習しているが、かなりの速度が出ているのが解る。
 カーディナルが、ひと鳴きして、アドニスに合図を送る。

 カーディナルとアドニスは、スキルを発動する。
 さらに加速する。推定だけど、時速100キロは越えているだろう。このスキルを使えるのが、カーディナルとアドニスだけだ。

 近づいてくると、各部隊に居るライと意識が繋がる。
 状況の報告が続々と届く。

 想定外の状況にはなっていない。

 違うのは、キャンプ場に人だと思われる死体が増えている事や、壊された機材が増えているということだ。オーガたちにも動きはない。ただ、死体が増えているという報告も入ってきた。

 決行は、予定通りに日の出に合わせる。
 日の出と同時に、突入を行う。

”タイミングは、ライが!トリガーは私が行う。皆、準備をお願い!”

 まずは、状況確認と準備を行う。

「はい。上村」

 上村蒼は、運転しながら車のハンドルに付いているハンドフリーで電話を受けた。
 車に装備されている機能を使っているので、相手の声も同乗者には解ってしまう。

『上村中尉!』

「どうした?珍しいな。間違えるな。俺は、もう中尉じゃないし、お前の上官でもない」

『失礼しました。上村さん。今、時間は大丈夫ですか?』

「あぁ車で、移動中だ。孔明とギルドのメンバーも一緒だが、問題はない」

 上村蒼は、元部下にギルドの仕事で移動していると伝えた。
 ギルドのメンバーが一緒だと伝えることで、会話が筒抜けになっていると、暗に伝えている。元部下も、上村蒼の言葉から、内容を理解した。それに、元部下としては、ギルドメンバーが聞いているのは都合がよかった。

『ちょうどよかった。天子湖の件ですか?』

 スピーカーから聞こえてくる声は、思った以上に落ち着いている。
 緊急な用事というよりも、情報共有が目的な様子だ。

「ん?お前?」

 上村蒼は、運転をしながら答える。
 肯定も否定もしないのは、榑谷円香の反応を見るためだ。もし、承諾が得られなければ、目的地を誤魔化す必要がある。

 榑谷円香は、上村蒼の意思を感じて、”問題はない”という意思を伝える。

『はい。現場に居ます。ギルドに連絡をしたら、出ていると・・・。メッセージが流れて・・・』

 車の中に緊張が走る。
 言葉から緊急性は低いと思えるが、なんらかの問題が生じている可能性が高い。

「それは、いい。天子湖で何かあったのか?」

 ギルドに連絡をしたのは、予想外だが、状況から考えれば、当然の流れなのだ。
 現地にいる者たちでは、対応が難しい状況になってしまっている。

 上村蒼は、車についているナビを確認する。
 国道1号線を東進しているが、まだ富士川にも到着していない。バイバスで渋滞に捕まった。バイバスを目指さずに、下道で行けばよかったと上村蒼は少しだけ後悔している。

『はい。マスコミが報道してしまって、野次馬が増えています』

 ギルドメンバーの想像以上に状況は悪い。マスコミの存在は確認していた。
 報道されるだろうとは思っていたが、野次馬が手に余るほど集まるとは考えていなかった。

「はぁ?報道規制は?」

「蒼。魔物に関しては、報道規制はない。自然災害と同じだ」

 榑谷円香が横から口を挟む格好になってしまった。
 ギルドから、放送の自粛は出せるが、魔物は”犯罪”ではなく、”自然災害”だと”日本”では思われている。そのために、火山が噴火した状況や、土石流の報道と同じと、報道各社は考えている。

「円香。それは・・・」

「しょうがないだろう。報道協定とか意味のわからない物がある。ギルドの情報をネットだけに絞っても、偉そうにしてくる奴らがいる。今は、その話はいいだろう?」

 実際には、魔物の特措法で規制は出来るのだが、ギルドの上層部とマスコミと官僚が犯した問題がある行動のために、報道規制は見送られた。榑谷円香は、元々報道規制には反対していた。報道協定にも、意味がない物として取り合わなかった。そのために、マスコミから受けるギルドの評判は最悪なのだ。

『はい。警察と消防は、野次馬対策を急いでいますが・・・』

 車の中に居るギルドのメンバーは、”無理だろう”という見解を持っている。
 魔物の強さは、戦った者しかわからない。そして、戦って生き残った者にしかわからないことが多い。スキルを得る事で、魔物の強さがはっきりと感じ取れるようになる。

「犠牲者が出たのか?」

 質問の形にはなるが、既に犠牲者が居るだろうと考えていた。

『はい。人数が、どうしても限られてしまって、全域を封鎖できません。山側は特に、抜け道が有るようで・・・』

 想像通りの返答に、ハンドルを握っている上村蒼の腕に力が入る。

「何人だ?」

『はっ。自分たちが把握できたのは、12名です』

 孔明の呼びかけに、自衛官は、緊張した声で答える。

「12!」「それは・・・」「12?!」

 里見茜も上村蒼も榑谷円香も、わかっている。12という数字が、最低の数であり、全体ではない。
 12以下になることはない。それは、死者数も同じだ。

「犠牲者の状態は?」

 孔明が冷静に確認をする。
 犠牲者であって、死者数ではない。けが人でも、犠牲者としてカウントを行う。

『不明です。自分たちは、魔物が出てこないようにするのが精一杯です』

 不明は、”わからない”と言っている意味ではない。

「連れて行かれたな?」

『はい。マスコミからも犠牲者が出ています』

 自衛官は、孔明が確認のために使った”連れて行かれた”を肯定した。
 魔物が、人を食料として見ているのかわからないが、これで共存が不可能な状況になった。殲滅しなければならない対象になった。

「マスコミは?」

『喚いていますが、ギルドから出ている”自己責任”を立てに、無視をしています』

「わかった。情報は感謝する。それで?」

『はっ。自衛隊は、ギルドに魔物の情報と、状況を確認していただいた後で、ハンターの派遣を依頼します』

「ギルドは、ハンターの派遣は時期尚早だと考えます。まずは、状況を確認したく考えています。魔物の情報は、現地にて提供します」

 榑谷円香が一気に言い切る。
 実際には、派遣ができそうなハンターは存在していない。現地で、自衛隊と協力して、魔物を減らすくらいしかできることはない。スキルを持った者の登録は増えているが、戦闘訓練を受けていない者を、魔物との集団戦に投入するような愚行は出来ない。

『情報だけでも助かります。マスコミ対策は?』

「現地の方々におまかせします」

『助かります。警察・・・。山梨県警が、縄張りだと出張ってきて・・・』

「それなら、山梨県警に情報を渡すので、マスコミ対策はしてもらいましょう」

『はい。殉職者も出していまして、今にも突撃しそうな勢いなのです』

「それは、自衛隊で抑えてくれ、俺たちギルドは、あと2時間程度で、天子湖に到着できる。遅れそうな時には連絡を入れる」

 ナビの到着予定時間を確認する。1時間30分と出ているが、マスコミが報道しているのなら、野次馬が増えるだろう。
 警察が交通整理を始めているとしても、静岡県側までしているとは思えない。

『わかりました。お待ちしています』

 そこで、通話が切れた。

「茜。魔物の情報へのアクセスは?」

「大丈夫です。端末を持ってきています。照会が可能になるようにしてきました」

 里見茜は、本部のデータベースに繋げて、画像での照会が出来るようにした端末を持ってきている。特殊な暗号での通信が可能になっている端末だ。魔物を撮影して、本部に照会をかければ、該当する魔物の情報を返してくる。
 世界中の魔物の情報が集まっているデータベースだ。

 ギルドから出てから、里見茜は本部だけではなく、各国にあるギルドの情報を調べている。

「円香さん。孔明さん。蒼さん。ありました!」

「茜。何が見つかった?」

 桐谷円香の問で、少しだけ里見茜は冷静を取り戻した。

「すみません。魔物の集団行動が、チリとペルーとアルゼンチンで確認されています。他にも、集団行動が疑われる事例が、メキシコにありました」

「条件は解っているのか?」

「不明ですが、全部に共通しているのは、上位種で構成されていることです」

「茜。今の言い方では、魔物が上位種だけだと言っているぞ?」

「円香さん。私は、言い間違えていません。魔物の全てが上位種です」

「・・・。そのギルドは?」

「軍が出て、包囲殲滅したそうです」

「孔明」

「無理だな。キャンプ場は民間だ。それに、戦車を持ってくる許可が降りるとは思えない」

「蒼」

「無理だ。攻撃ヘリでの強襲が出来ても、2-3機だけだ」

「あっ蒼さん。ヘリはダメです」

「ん?なぜだ?」

「上位種は”魔法”を使います。攻撃魔法を使ってきます。メキシコでは、戦車を破壊されて、ヘリを落とされています」

「それなら・・・」

「対地ミサイルです。それでも、数体は生き残ったようです。そこを、戦車からの砲撃で倒しきったそうです。山が形を変えたそうです」

 上村蒼が運転する車のエンジン音だけが、車の中に響いた。
 絶望的な情報が、里見茜から告げられた。

 そして、最終宣告に近いセリフが里見茜から告げられる。

「今まで確認された魔物の集団行動は、メキシコが最大で、37体です」

 天子湖に居る魔物は、確認出来ているだけで、50体を軽く越えている。山の中にも居ると予測されていて、それらを含めると100体に届く可能性すら有る。