久しぶりに連絡が来たと思ったら・・・。
奴は、どこから自衛隊の秘匿情報を得ている?
それを脅し文句にして・・・。まぁいい。久しぶりに、会うのも一興だ。たしか、奴はギルドの職員だし、情報交換と言えば問題は無いだろう。
指示された場所は、市内にあるカラオケ店だ。カラオケ店の近くで、奴にメッセージを送ると、部屋番号が送られてきた。
「おい!」
部屋では、奴・・・。桐元がマイクを持って熱唱していた。同世代なら誰でも歌える曲だ。
「お!桐元・・・。今は、少佐だったよね。昇進おめでとう」
マイクを持ったまま名前を呼びやがった。
「榑谷。そんなことを言うために、呼び出したのか?それも、こんな回りくどい言い回しをしやがって!」
大学の卒業以来、季節の挨拶をする程度だった奴が、急に自衛隊が使う秘匿暗号を使ったメッセージを送ってきた。最新の暗号ではなく、公開キーでの暗号だが、そんな回りくどいことをしてきたのには理由があるはずだ。
奴からは、”その理由を知りたかったら”、”呼び出しに応じて欲しい”と返されて、呼び出しに応じることにした。
”オークの進化種を単独で撃破できる人材は、最前線に居るのか?”
”蠱毒に寄って産まれた魔物は進化種でしたか?”
このメッセージを送ったのが、奴でなければ無視している。
「なんだ。昔みたいに、円香と呼んで欲しいな」
「ふざけるな。俺も、暇じゃない。さっさと要件を言え!」
「そんなに怒ると、血管が切れるよ。まずは、ドアを閉めてよ。歌声が外に聞こえて恥ずかしいよ」
円香の言っているのは、間違ってはいない。
ひとまず、部屋に入って、ドアを閉める。
「桐元。来てくれて嬉しいよ。7年。いや、先生の葬式以来だから、5年か・・・・。君は、歳を取ったね」
「俺とお前は、同い年だと思うが?」
「ダメだよ。女性は、17歳から歳を数えない生き物だよ」
「そりゃぁ知らなかったな。俺の知り合いに、魔物は居ないから、目の前に居る円香もどきは魔物が化けているな。殺しても大丈夫だな」
「悪かったよ。自衛官になって、昔、以上に冗談が通じなくなっているのか?」
「・・・。この場所は?」
円香は、高校卒業時点と変わっていない。
17は無理でも、20代の前半だと言われても、信じる者は居るだろう。
「カラオケだよ。音が外に漏れないし、飲み物も食べ物も注文できる。バラバラに来ても疑われない。最高の密談場所だと思わないか?」
「・・・。わかった。それで?」
円香が言った通りに考えれば、カラオケというのはいい選択かもしれない。俺がギルドを訪れるには問題がある。円香が自衛隊に来るのも問題だと言い出す輩が居るだろう。喫茶店では、傍聴の心配がある。カラオケも完全ではないだろうが、それでも”まし”な部類だろう。
「本題だけど、メッセージの通りだよ。私が聞きたいことは・・・。現役の自衛官で、魔物対策の最前線を取り仕切る部隊の隊長さん?」
「正式に、自衛隊に問い合わせをしろ」
「出来ないから、君に聞こうと思っている。ダメかい?渡せるデータは持ってきているけど?」
円香を見ると、言動はふざけているが、真剣な表情をしている。
「話せることは少ないぞ?」
「大丈夫。それでも、自衛官の意見は参考になるよ」
円香は、ギルド日本支部の”情報管理課”の主任だったはずだ。それが、参考にしたい情報があるのか?魔物に関しては、自衛隊も独自の情報を持っている。ギルドにない情報もあるかもしれないが、魔物や関連するスキルの情報は、ギルドのほうが多いと思える。
「それで、豚の進化種を単独撃破できるか?ってことだったな」
「そうそう!君は、無理でも君の部下とか、最前線のトリプルとかフォースとかなら可能?」
トリプルやフォースといい方は、米軍での呼び名だが、今では自衛隊も使っている。取得しているスキルの数だ。
「・・・。無理だ。進化前なら・・・。それでも、単独撃破は無理だな。オークに気配を探知されない位置から狙撃できれば、可能性はあるが、進化種は不可能だ」
「なぜ?」
「進化した種族は、単純な物理攻撃ではダメージを与えられない。正確には、ダメージは通るが、物理攻撃では倒し切るのは不可能だ。銃でも難しいだろう。1,000発をその距離から打ち込めて、且つ逃げ切れるだけの人物だな」
「え?」
「スキルを絡めた攻撃でないとダメージが与えられない」
「それは・・・」
「最新情報だ。ギルドにも、米軍から情報が入ると思う」
「わかった。蠱毒は?」
「蠱毒だけど、正直に言えば、”わからない”が答えだ」
「わからない?蠱毒で生き残った魔物は鑑定をしたのだろう?」
「そうだな。スキル鑑定を発動した。発動したが、”見えなかった”と報告が来ている」
「スキルが見えたのに?」
「なぜ、円香が、スキルのことを知っているのかは聞かないが・・・。答えは、”そうだ”だ」
「そうか・・・」
「どうした、心配事か?」
「心配・・・。そうだな。心配には違いはないが・・・。孔明。解っていると思うが」
「あぁ他言はしないと約束しよう」
「ありがとう。でも、他言しても、きっと信じてもらえない可能性が高い。いいか、孔明。私が、今から言うのは、間違いなく事実だけだ。予測も含まれるが、かなり確度が高い予測だ」
円香の真剣な表情に、俺は頷いて了承を伝える。ギルドには、未来予測に近い機械学習のプログラムがあるらしい。それを使ったのだろう。
円香は資料を取り出して話し始めた。何度、途中で殴って止めようかと思ったか・・・。
話を聞き終わったあとで、聞かなければよかったと後悔した。
「円香。お前・・・」
「信じられないだろう?」
「お前の話でなければ、与太話として、酒の肴にする所だ」
「そうだな」
「それで、お前は、その情報をどうするつもりだ?」
「墓場まで持っていくには大きすぎる。公表するには、重すぎる」
「どれか一つなら・・・。でも、ダメだな」
「なぁ孔明。重いのはどれだと思う?」
「おれは、魔石を大量に持っている可能性だな」
「そうだよな・・・。この情報は絶対に秘匿だな。アイテムボックスやオークの進化種は、公表しても・・・。問題にはなるが、いずれ誰かが達成する可能性が高い情報だ」
円香の考察は、俺も同じだ。
大量の魔石を持っている。円香たちが使うコード名(センスの是非は別にして)ファントムが、スキルで魔石を作り出せるので無かったら、ファントムが居る場所に大量の魔物が発生していることになる。10や20ではないだろう。魔石のドロップ率は、2-3%だ。上村たちが最前線で戦っている時でも、1体の魔物を見つけるのに、1時間は必要だ。それから、魔石を得るのだ。一日、戦い続けて、1個の魔石が得られたら大成功だろう。
「円香。素晴らしい爆弾をありがとう」
「いや。いや。そう言ってもらえると、私も嬉しいよ。孔明。所で・・・」
「なんだ?」
「君は、錬金というスキルを知っているか?」
「錬金?」
「あぁそれと、魔物化というスキルだ」
「両方とも知らない。錬金は、あの等価交換とかの錬金術か?」
「わからないから、聞いたのだが?」
「そうだな。自衛隊では認識していないスキルだ。それもファントムか?」
「錬金は、ファントムだな」
「?そうなると、魔物化は別の人物なのか?」
「そちらは、もう少しだけ時間が必要だが、人定ができる」
「お前・・・。まぁいい。警察用語は他で使うなよ?目立つぞ」
「オヤジ殿の教育が行き届いていたからな」
「そうか、魔物化か・・・。ファントムが実は、魔物だったって落ちは無いのか?」
「え?」
「検索履歴に身元が不明なのも、そこまで隠さなければならないことがあるってことだろう?」
「うむ」
「魔石が手元に大量にあって、値段を調べたら売りに来るのが当然の流れだよな。来ていないのか?」
「少なくても、ギルドでは該当しそうな人物はいない。そもそも、窓口は開店休業中だぞ?」
「そうだったな。近々、上の方から連絡が行くと思うが」「あぁぁ聞こえない。聞こえない。狩場の解放なんて必要ない!」
「円香。諦めろ。国際的な流れでは、解放が規定路線だ」
「くっ。解ってはいるが、早すぎないか?」
「そうだな。でも、実際には一日の参加者も10人以下になるはずだ。国籍確認と、出国禁止が付帯される。マイナンバーが必須だ。それに、親や親族までの思想チェックが入る。思想チェックは、公にはしない」
「え?マイカードの提出を求めるのか?思想チェックか・・・。私も、蒼もダメだな」
「当然だな」
「ふぅ・・・。よかったよ。それが先に聞けて、ギルドもマイナンバーに対応すれば良いのだな」
「それは、ギルドの判断に任せるが、ギルドカードとの紐付けができていると、こちら側としても助かる。他国でもやっているから大丈夫だろう?」
「あぁオプションになる可能性もあるが・・・」
この瞬間に、爽やかな映像が流れていた画面に、時間を告げる表示がされた。
「孔明。一曲、歌うか?」
「遠慮する。俺は、先に出る」
財布から、1万を取り出してテーブルに置いた。円香は、何も言わずに1万円札を受け取った。
「孔明のくせに、カッコつけやがって」
円香が何か言っているが、片手を上げて部屋を出た。情報料としては安いが、円香が納得してくれただけでよかった。
うーん。
なんか、裏庭に住み着いた動物たちの様子がおかしい。
私に襲いかかるようなことは無いのだけど、なんだか見られているように感じる。最初は気のせいかと思ったけど、裏山に魔石で作った結界を設置しているときに、フクロウが一定の距離で付いてきた。ハクビシンも、付かず離れずの距離を保っていた。東側に行ったときのような、立体機動はしなかったが、それでも、かなりの速度で移動したけど、二匹とも私を監視するようにしていた。
スライムは珍しいだろうから、不思議な生物だと思って、見ていたのかな?
気にしてもしょうがないよね。
私は、スライムだし、希少種だ(多分)!人類から、スライムに進化したのだ。これは、進化だ。暑さを感じない。去年までなら、この時期は残暑に苦しんでいた。エアコンがある部屋から出たくなかったが、今年はエアコンも必要としない。寒さはわからないけど、多分大丈夫だ。学校から、家まで歩いても疲れなかった。裏山の東側を散策しても、疲れなかった。うん。やっぱり、進化だ。
別に良いけど、前も上がってきたから気にしないけど・・・。
裏庭に来ていたネコが、私が裏山から帰ってきたら、一緒に家に上がってきた。
(ネコさん。足を綺麗にしてから!)
なんとなく、ネコを見ながら告げるようにしたら、ネコが動きを止めてくれた。意識が伝わったのかな?
わからないけど、濡れた雑巾を持ってくるまで、待ってくれていた。あれ?前は、足だけじゃなくて、身体も汚れていたのに、身体は綺麗だ。抜け毛もなさそうだし、気持ちふっくらとしているし、顔も綺麗になっている。よくわからない。
裏庭を見ると、ハクビシンや狸?も居る。よく知らないけど、寄生虫や病原体が怖いけど、スライムには関係がないよね?それに、なんとなく大丈夫な感じがする。かっこよく言えば、『目に知性を感じる』だ。自分で言っていて恥ずかしい。
うーん。
裏庭に来ている子たちは、逃げる様子がない。
理解できるとは思えないけど、聞いてみようかな・・・。
(ねぇネコさん。君たちに名前を付けていい?私と一緒に居てくれる?)
『にゃ!にゃぁぁぁ!にゃ!』
ん?大興奮?
私の言っている内容が理解できるの?話が出来るの?偶然だよね?
(ネコさん。私の言っていることが解るの?)
『にゃ!』
あっわかるの?スライムボディはすごいな。ネコさんの言っていることはわからないけど、私が言っている内容を理解してもらえるのね。
そうだ、せっかくだから聞いてみよう。
(ねぇネコさん。庭に居る子たちは、ネコさんの仲間なの?)
『ふにゃ?にゃぁにゃ!』
うーん。
仲間じゃないけど、一緒に居ても大丈夫って感じかな。
(庭の子にも、名前を付けて良いのかな?)
『にゃ!』
聞いてくるって感じかな?
言葉ってよりも態度で示してくれた。いきなり、裏庭に戻って、何かを訴えている。ワシやフクロウも鳥小屋から出てきて(サイズ感がおかしい?どうやって入っているの?)ネコさんと話をしている。
すごいな。
十二支の会議みたい。裏庭が見える場所まで移動して、動物たちの声を聞いている。言葉はわからないけど、なんとなく言っていることが解る。
別に、私の負担なんて、名前を考えるだけだから、気にしなくていいのに・・・。ワシさんは真面目だな。
なんとなく、フクロウさんが議長なのかな?皆の意見をまとめている。
ハクビシンさんは、ちょっとやんちゃな弟なのかな?ワシさんとフクロウさんに窘められている。
鮎さんや鮠さんは、集団で名前が欲しいみたいな感じがしている。ファミリー名みたいな感じなか?
え?蛇さんは、皆に合わせるような感じかな?
そもそも、なんで、魚や爬虫類の言っていることが解るの?きっと、スライムになったからだよね?人の時に、この能力があれば、優秀な獣医になるという選択肢があったのに・・・。しょうがないけど、今は寂しくならないだけで良かったと考えよう。
会議が終わった?
ワシさんが、私の前に降り立った。
頭を下げる?器用だな・・・。
ふむ。
(名前は、欲しいけど、私の負担になるのがイヤ?気にしなくていいよ。その代わりに、この場所に居てくれる?)
ばさばさと翼をはためかせている。喜んでいるのかな?
『にゃ』
ネコさんが、ワシさんの隣に来て、”興奮するな”って感じかな?
『にゃにゃにゃ』
(代表の者に名前を付けて欲しい?鮎さんなら、鮎さんで使う名前って感じ?)
『にゃ!ふにゃなぉぉにゃ』
(わかった。わかった。興奮しなくていいよ。ん?皆と相談する?わかった。待っているよ。ゆっくり相談して)
『にゃ』
ネコさんとワシさんは、また皆の所に戻って、会議を再開した。
代表を決めるのかな?大変じゃないから、皆に名前を付けてもいいのだけど、問題は私が見分けられるかだよね?でも、なんとなく皆に個性があり、見ていると解ってくる。
え?どこから?
会議に、蜂さんが混じっている。それも、サイズが少しだけおかしい?ミツバチだよね?なんで、体長が5cmくらいなの?興味があって調べたときに、世界最大の蜂は、”メガララ・ガルーダ”とか言って、インドネシアで見つかった蜂だったと思うけど、それでも、4cm程度だと記憶している。確実に、4cmを越えているよね?お腹部分が大きいから、女王蜂?巣箱から出てきて大丈夫なの?
トカゲさんも居る。可愛い。議長のフクロウさんに手を上げて質問をしている。イモリ?ヤモリさんも居る。水中に居る他の生物たちは名前を辞退って感じかな?
昆虫からは、女王蜂だけでいいのかな?あれ?クモさんも居るね。足?を上げている。何か、意見を言っているのかな?
え?裏山からも来ているの?
栗鼠さん?百舌鳥さん?蝙蝠さん?以外と、裏山には動物が生息していたのですね。お祖父ちゃんが大事にするわけだね。
そうなると、この前みたいな”オーク”が居ると、生態系?がおかしくなっちゃうから、私以外の魔物は駆除決定だね。庭に居る子みたいに、みんなで仲良くしてくれるのなら問題はないのかな?
『ふにゃぁ』
(うん。いいよ)
ネコさんがまとめてくれた。
ワシさんとフクロウさんも来て、皆でまとめた意見を説明してくれた。
名前は、種族で付けて欲しいらしい。種族は、認識できているらしい。鳥が増えているのは、裏山に居たのかな?椋鳥さんとか、雀さんとか、サギさんとか、カワセミさんが増えている。サギさんとか、近くで見ると大きいよね。なんか、鳥類が多いのは、空を飛んで来たからなのかな?
個で名前が欲しい子も居るらしいから、その子たちには個別に名前をつける。
ワシさんとネコさんとサギさんは一人らしい。フクロウさんとタヌキさんとハクビシンさんは、家族で来ているから、家族での名前を付けてから、個別の名前にしよう。
どうやら、これから皆で、裏山と近くの山を周ってくる。仲間になりたい者を連れてきていいかと聞いてきたので、許可を出した。住む場所は、私が拡張した裏山の結界の中になるのだと説明された。お祖父ちゃんが、東側にはクマさんとか、イノシシさんが居るって言っていたから、来てくれるのかな?
魔石が増えたら、裏山全部を覆うくらいの結界を作りたいな。モグラさんとかも来てくれないかな。あのフォルムがすごく好き。飼いたいと思ったけど、前は難しかった。
ワシさんが、”もうしわけない”とでも思っているように見えるから、触手を伸ばして頭をなでたら嬉しそうに鳴いてくれたから、よかったのだと思う。
今、居る子たちに名前を付けた。
シリーズにしたほうが解りやすいと思ったけど、いいアイディアが浮かばなかった。
手近にあったのが、お父さんが好きだったカクテルの本だ。カクテルの名前から拝借した。かっこいいし、覚えやすい。
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ワシさんには、カーディナル
ネコさんには、パロット
アオサギさんには、フリップ
フクロウさんには、アドニス
タヌキさんには、ギブソン
ハクビシンさんには、ノック
女王蜂さんには、パル
アユさんたちには、カラント
ハヤさんたちには、キャロル
トカゲさんたちには、キール
ヘビさんたちには、キルシュ
百舌鳥さんたちには、フィズ
栗鼠さんたちには、ディック
蝙蝠さんたちには、ダーク
イモリさんたちには、グラッド
ヤモリさんたちには、コペン
ムクドリさんたちには、アイズ
スズメさんたちには、ドーン
カワセミさんたちには、ジャック
クモさんたちには、ナップ
---
私は頑張った。
頭は使わなかったけど、精神が疲れた。名前を付けたあとで、頭を撫でてあげないとダメな感じがして、皆の頭を撫でた。
ヘビさんとか、トカゲさんは、同族以外にも同じ名前を使うと決めたらしい。
皆から温かい気持ちが流れてくる感じがする。名前を付けたから、親密度が増したのかな?
我は、この場所に住み着いた者たちの長をしている。
我らには、主様が居る。丸くて、柔らかそうで、”ぷよぷよ”としているが、ものすごく強いことは、我らの本能が訴えている。
逆らってはダメだ。敵対してはダメだ。
それだけではない。この楽園のような場所を作ったのも主様だ。主様の想いの一部は我らに伝わってくる。山では最上位である我だが、飢餓との戦いだ。しかし、この場所では飢餓を感じない。
『ワシ殿』
”ワシ”と言うのが、我の仮の名だ。主様は、我の種族だと言っていた。他の者も、種族名を仮の名にしている。
『フクロウ殿。どうかしたのか?』
『主様が帰ってこられた』
『わかった。ネコ殿に護衛をお願いしよう』
『ネコ殿は、主様に付いていった。主様のお住まいに上がるようだ』
羨ましい限りだ。
我やフクロウ殿も力を得た。主様の所に来る前では考えられないような感覚だ。
我は、身体の大きさが変えられる。どういう理由なのかわからないが、以前の2倍くらいから1/3程度の小ささになることが出来る。感覚が研ぎ澄まされている。遠くで戦っている音までも拾える。上空から草が揺れるのがはっきりと認識できた。身体能力もかなり向上している。
フクロウ殿も、ネコ殿も、力を得ている。
我たちは、主様から力を貰ったのだ。今までのような飢餓を感じることがなくなり、考える事が出来るようになった。
『ネコ殿、どうした?そんなに慌てて、主様に何かあったのか?』
主様に付いていったネコ殿が慌てている。
我も、フクロウ殿も気になって、ネコ殿の側に移動する。
『ワシ殿。フクロウ殿。皆も聞いて欲しい。主様が、名前を、名前を付けてくれる・・・。皆に、名前を・・・』
ネコ殿が泣き出してしまった。
”名持ち”我たちの本能で望んでいることだ。主様との繋がりを確かな物にする。それが、”名前”だ。
『ネコ殿。それは、我たちに名前をくれると言うのか?』
『うん!主様が・・・』
ネコ殿の説明では、我たちに名前を付けてくれるようだ。
『皆。落ち着け、名前は欲しいが、主様のご負担も考えなければならない』
フクロウ殿が、皆の意見をまとめるようだ。
確かに、我がまとめてしまうと強要になってしまう。一歩引いて話を聞こう。我の住処の上に移動する。代わりに、フクロウ殿が、水場に降りる。
アユ殿やハヤ殿は、代表の名前がほしいと言うのか?
種族名を、”名”として代表から、全体に繋がりを広げる。そんなことが出来るのか?出来るようになった?
ハチ殿、クモ殿、モズ殿、リス殿、コウモリ殿、トカゲ殿、ヘビ殿、イモリ殿、ヤモリ殿、ムクドリ殿、スズメ殿、カワセミ殿が、代表者で大丈夫なのだと言っている、名前の恩恵を同族だけではなく、種を越えて広がらせられる。
名前は、代表がつけてもらって、主様との繋がりを自分が繋がる者たちに浸透させることに決まった。
主様には申し訳ないが、我とフクロウ殿とネコ殿とタヌキ殿とハクビシン殿とサギ殿は、個の名前にしてもらう。
まとまった話を主様にネコ殿が説明している。
我とフクロウ殿も一緒にお願いする。主殿の負担になってしまうことだ。しっかりと頭を下げなければならない。
え?あっ!
主様が我の頭を撫でてくれた。なんて、至福。主様の波動を感じて、身体が震えてしまう。優しく撫でられ場所が、熱くなる。主様が離れてしまった時には、残念で声が出てしまいそうになった。皆の視線が痛いが、主様が撫でてくれたのだ。
フクロウ殿が、以前から議題に上がっていた。”山に住まう者たちを勧誘してよいか?”と聞いた。主様は、少しだけ考えてから、了承してくれた。主様を守るためにも、仲間を増やしたい。この場所は、我たちの住まう場所だ。新しく来る者たちは、主様が拡張してくれた場所にすれば問題は少ない。ハチ殿だけが特別な感じになるが、主殿が望んでいる。ハチ殿の配下が集める蜜は主様に献上できる。
山に住まう者たちも、我たちの話を聞けば、主様の偉大さは伝わるだろう。力の波動を感じれば、本能で従ってしまうだろう。
ネコ殿が言っていたが、主様の近くに来てから、身体が痒くなる者たちが居なくなったと言っていた。ハクビシン殿やタヌキ殿も似たようなことを言っている。他の者たちも、我と同じで常に襲われていた飢餓感がなくなり、他者を襲わなければならない衝動がなくなった。
我らが持つのは、主様への敬愛の気持ちと、仲間たちとの繋がりを喜ぶ気持ちだ。
名付けの儀式が始まった。
最初は、水の者たちや種族名を貰う者たちからのようだ。
アユ殿の代表が、水から頭を出した。主殿は心配した表情をしてから、”カラント”という名をアユ殿に付けた。それから、アユ殿たちを順番で撫でていく、不思議なことに、アユ・・・。いや、カラント殿の存在感が数倍に膨れ上がった。これが、”名”を持つということなのか?
『カラント殿?』
『ワシ殿。主様から、名を貰ったら、新たな力が主様から注がれた』
『え?どのような力だ?』
『我たちは、水を操る力が芽生えた』
『?』
『説明が難しい。主様を巻き込む可能性がある。ワシ殿も名を貰えば解ると思う』
『わかった』
他の者たちも、それぞれが新しい力が芽生えている。
(ワシさん。あなたの名前は、”カーディナル”。これからもよろしく!)
これか、皆が言っていた。力が漲る。
主様との繋がりを強く感じる。力が、主様から、主様の力が、我に、我の中を駆け巡る。これが、歓喜。これが、繋がり。これが・・・。
(スキル雷を得ました)
主様。
主様の力が我にも・・・。
そうか、主様。この力を使って、皆を守れと、敵を討てと、我は主様の剣となる。
『カーディナル殿』
『すまん。アドニス殿。そうだ。皆が主様を頂点とする身内だ。殿は必要ない。そうは、思わないか?』
『そうだな。カーディナル。押し付けるようで申し訳ないが、戦闘力や移動方法で、カーディナルが優れている。そこで』
『わかった。我は主様の住処である。この場所を守る』
『頼めるか?』
『もちろん。アドニスは、皆を指揮して欲しい。山を熟知しているのは、アドニスだろう。皆も良いか?』
皆が、我の言葉に賛同してくれる。
主様の願いは、皆が仲良く暮らすことだ。主様の願いを妨げる者は許さない。我たちの力で排除を行う。
『パロットは、主様の住処に入って、主様を守ってくれ、主様が外出なさるときには、住処に侵入がないか警戒』
『わかった』
皆がパロットを見る。確かに、主様の住処に上がれるのはパロットが適任だろう。
『ギブソン。ノック。フィズは、順番で、主様の領地を巡回してくれ、弱き者の救助を頼む』
『承知』『わかった』『承諾』
『ナップ。コペンは、主様の住処の周りの警戒を頼む。侵入者は攻撃せずに所在を確認してくれ。もし、移動する場合には、フェズかダークかアイズかドーンかジャックに協力を求めてくれ』
『うむ』『了解』
『カラントとキャロルは、しばらくはその水場で過ごしてくれ、力をつけた後に、沢の把握を頼む』
水の中に居る2族は承知の意思を伝えてくる。
『ディック。キール。キルシュ。グラッドは、山の探索を行って欲しい。連絡に、フェズかダークかアイズかドーンかジャックを連れて行って欲しい』
皆が、山の探索と聞いて意識を引き締める。
危険があるからだ。
『皆も解っていると思うが、無理はしないでくれ、主様が悲しむようなことは絶対にしてはならない。東側の探索は必要ない』
アドニスの言っているのは間違いではないが、東側は問題が多い場所だ。
『アドニス!お前』
『東側は、私が担当する。フリップにも同行して欲しい』
『わかった。しかし、私に出来る攻撃手段は少ないぞ?』
『わかっている。フリップには、東側で問題があったときに、カーディナルに連絡をして、救援に来て欲しい』
『アドニス!』
『わかっている。カーディナル。死ぬ気はない。私が得た主様のお力は、”結界”だ。主様ほどの強固な結界は無理でも、カーディナルが救援に来る時間くらいは防いで見せる』
『・・・。わかった』
『最後に、パル』
『なんじゃ』
『パルには、ある意味、危険なお願いをする。断ってくれてもよい』
『言ってみよ。妾に出来ないことなのか?』
『いや、パルでなければ難しいことだ。パルの眷属に、人間たちが居る場所の調査を頼みたい』
『たしかに、それは妾たちが一番の適任だな。必ず、話が聞けるとは言わないが、その役目、引き受けた』
『助かる。できれば、主様の住処の場所や周りの状況を調べて欲しい。害する可能性がある者を調べて、排除が可能なのか検討したい』
皆の役割が決まった。
主様のために、皆が出来ることを分担する。
『主様のために!』
今日は、オークを倒した東側に行こうと考えている。考えているだけで、実行するかは未定だ。。
名前を付けてから、パロットが家に上がってくるようになった。
ナップたちが、家の周りを警戒するように見回っている。前は、巣を作っていたが、名前を付けてから、巣を作らなくなった。いいのかな?食べ物とか困っていない?
それに、わたし、少しだけ大きくなっている?
今までは、触手?が2本までしか出せていなかったけど、今は4本まで増やせる。もう何本か出せそうだけど、制御が難しい。全部、同じ動きになってしまう。
触手の制御は、両手両足の本数でもあった4本が限界の可能性がある。もしかしたら、人だった時の名残?本数を増やす訓練をしてみよう。
別に、触手で遊ぼうとは思わないけど、触手の操作に慣れると生活だけではなく移動にも使えて、便利だ。
昨日は、名前をつけた後で本当に精神が疲れた。
自分の部屋に戻ると、パロットがついてきた。初めてのことなので動揺してしまったが、パロットはすごく綺麗だ。毛並みもキラキラしている。野良猫ってこんなに綺麗だっけ?まぁ綺麗だからいいかぁ。
布団に飛び込んだ。パロットは、私の枕のところで丸くなった。それを見て、なんか嬉しくなって、私も意識を手放した。
記憶はないが、久しぶりに充実した睡眠だった。
そうだ!東側に行く前に、スライムについて調べよう。
パパのパソコンを起動する。
パロットも、パパの仕事部屋まで付いてきた。外を見ると、カーディナルが窓枠にとまっている。
そんなに珍しい現象ではないと思うから、ギルドにも情報があると思う。
”スライム 魔石 成長”
うーん。
スライムも、魔石も、既知の情報だから、出てくると思ったけど、ダメだ。
”魔物 成長”
でもダメだ。魔物は、成長しないのかな?それなら、私は?魔物だよね?
”魔石 動物 変化”
家の庭に居る子たちの変化は、魔石を近くに置いたからじゃないかと思ったけど、違ったみたい。でも、パルはおかしいよね?なんで、女王蜂が巣箱から離れて活動しているの?それに、食事はするみたいだけど・・・。
”オークの肉 動物”
これもヒットしない。
ギルドは仕事をしているの?私が、知っていることだよ?
海外のサイトを調べてみたけど、”オーク”の英語がわからないから、”魔物 肉”で調べてみた。美味しいとか、スキルが得られるとか、(一部が)元気になったとか、そんな情報しかヒットしない。
名前を付けた後で、焼いたオークの肉を出してみた。
カーディナルやアドニスやパロットやギブソンやノックは、なんとなく解る。元々、肉食や雑食だ。それだけではなく、パルやナップも食べた。驚いたが、それ以上に驚いたのは、カラントやキャロルまでも、フィズから貰って食べていた。驚いた。鳥たちは、1万歩くらい譲って食べるかもしれないけど、魚はダメでしょう。でも、皆が仲良く分けながら食べているのを見ると嬉しくなった。
家族を事故で無くした私が、魔物になって、家族を得た気持ちになった。
ギルドには情報がなさそうだ。
困ったな。それほど、重要なことではないので、別に良いけど、困ったな。
”魔石 増える”
”魔石 まとめる”
”魔石 100個”
”魔石 舐める”
”魔石 食べる”
”魔石 吸収”
あ!最後に検索した物だけ情報がヒットした。
魔物同士の戦いの時に、”魔物が魔石を吸収するのが見られる”。それは解っている。その結果、何が発生するのかを知りたい。
”魔石 吸収 魔物”
お!
日本の情報ではないけど、自動翻訳されて表示された。自動翻訳を切ってから表示させてみる。
へぇ。魔石を吸収した魔物が進化したのか・・・。進化の条件は書かれていない。
”動物 魔石 吸収”
え?
動物が、魔石を吸収すると、スキルが芽生えることがある?
魔石の吸収だから、家の子たちは違うと思うけど、今度、やってみようかな・・・。動物実験の様だな。家の子たちは賢いから、聞いてみればいいかな?そうだ!アイテムボックスに送られてくる魔石なら大丈夫かな?オークの魔石は、気持ちが悪いけど、アイテムボックスに送られてくる魔石は、なんとなく家族・・・。私の分身や仲間のような気がする。同族?って言うのかな?なんとなくだけど、私に近い感じがする。
結局、魔石は、吸収しても大丈夫と考えてもいいだろう。
私は、オークから出た魔石を吸収しよう。庭の子たちには、アイテムボックスに送られてきている魔石を吸収しても大丈夫なら、吸収してもらおう。
魔石を固めても、固めても増える。それに、固める効率が上がったのか、数を前よりも少なくて限界になってしまう。大きさは、こぶし大だけど、気持ち前に作った物よりも大きくなっている。
今日、アイテムボックスで作った魔石を加えると、魔石の在庫は11個だ。
裏山に私の領土を広げよう。家族が安心出来る場所を広げるのは、良いことだ。
今朝、郵便物が届いたけど、家の方には来なかった。回覧板も、前は玄関まで持ってきていたけど、門のところにある宅配ボックスに置いていっている。結界の影響なのかわからないけど、人が入ってこないのは嬉しい。違和感が発生しないように設置していけば、家族の安全が守られる。
どうせ、調べても出てこないだろうけど・・・。
”結界 有効範囲”
”結界 人以外”
”結界 物理防御”
”結界 スキル防御”
”結界 遮音”
うーん。結界のスキルは隠されているのかな?
”スキル結界”
お!ヒットした。
日本のギルドでは無いみたいだけど、
えぇ何か違う。
そうか、ギルドが探しているスキルなのか・・・。見つけたら、報奨金が出るのか・・・。スキルは、他人に渡せるの?
渡すのではなくて、倒した魔物を教えるだけでいいの?
へぇ。
錬金や治癒も、報奨金が出るのか・・・。
(スキル鑑定 パロット)
こんな感じで使う・・・。え?
パロットを見ながら唱えたら、パロットに吹き出しが表示された。
/*****
名前:パロット
種族:ネコ(魔物化)
称号:松原貴子の眷属
スキル:清潔/身体強化
備考(履歴)
スキル身体強化を獲得
恩恵を得る(スキル清潔を獲得)
名前(パロット)を受け入れる。
魔物化した事で、寿命がなくなる。
松原貴子を主人と認識。眷属となる。
松原貴子から漏れるスキル力により魔物化したネコ。
*****/
うーん。
見なかったことには出来ない。まずは、優秀なスライムボディは”鑑定”が働くようだ。そして、ギルドに書かれている鑑定とも違う。ギルドの説明では、”備考(履歴)”なんて表示されるなんて情報は存在しない。スライムのスキル?
それから、眷属?テイマーとかサモナーとか?
そして、目をそらした問題が2つ。
魔物には、寿命がないの?
私は、不老不死?不老ではない可能性が高いけど、不死なのは間違いなさそうだ。殺されない限りは、死なない?
鑑定が日本語で表示・・・。あっそうとも限らないのか?
スライムは言語に関しては、優秀だ。いろいろな言語が読める。もしかしたら、鑑定で表示される”魔物語”が私には読めるけど、人には読めないから、模様だと思ってしまった?
家の子たちが、賢いのは魔物化してしまったから?
そんなに簡単に?よくわからないな。
ディックとかも魔物化していたら、栗鼠だから、数年で寿命だと思っていたから、少しだけ嬉しい。ずぅーと一緒に居られる。
これは、皆を鑑定しないとダメだな。
戦力把握だ!
何と、戦うのか解っていないけど、戦力の把握は大事だ。私が、最弱のスライムだから、家族に負担をかけることになってしまうけど・・・。そのためにも、戦力を把握して、戦い方を考える必要がある。
幸いなことに、裏山で戦闘訓練が出来る。
皆で、安全に過ごすために、頑張ろう。
「柚木ちゃん。話を調べてくれた?」
面倒な奴に見つかってしまった。
中央に返り咲きたいと常々言っているが、この男がやっているのは、犯罪の”ギリギリ”とかではない、犯罪行為だ。
それで、中央から飛ばされたのに、こりていない。
「はぁ」
「ほら、柚木ちゃんの知り合いに、ギルドの職員が居るでしょ。彼女にちょっと渡してね」
「無理です」
「そんな事はないよ。頼むよ。ほら、なんとかの、なんとかも、金次第とかいうでしょ?なんとかなるよ」
茜に、そんなことをしたら、私は間違いなく、翌日の朝日は拝めないだろう。茜は、真面目なだけではなく、この手の犯罪が嫌いなのだ。父親の事があるから余計に・・・。
この人は、本当に苦手だ。気持ちが悪い。ねっとりした視線も何もかもが気持ちが悪い。
「無理です。ご自分の伝手を頼られてはどうですか?山本さん」
「ちっ。使えない女だな。中央に連れて行ってやろうと思う。俺の優しさがわからないのか?あぁ」
「はぁ私は、中央には興味がないので、他の、興味がアリそうな人をお誘いください。次の打ち合わせがありますから、失礼します」
クズは、どこにでも居る。
この職場は、クズの割合が多い。山本は筆頭だが、そんな山本に媚を売る上層部も存在している。
今から、山本が持ってきた企画の打ち合わせだが、正直に言うと”ギリギリ”という表現が使われているが、全体を通して見るとアウトだ。気が重い。上層部がやる気になっているのが、もっと嫌だ。この企画から外して欲しいと願い出ているが、許可が出ない。でも、山本の話を断り続けているから、そろそろ外されるだろう。外されて、仕事を変えてもいいとまで思い始めている。
え?
『千明。今、大丈夫?』
「少しなら・・・。茜。急にどうしたの?」
『あぁ・・・。会えない?』
「大丈夫だけど・・・。茜は大丈夫?」
『うん。平気。それよりも・・・。え?あっ・・・。千明。今朝の情報番組だけど、千明は関係している?』
まっすぐな茜だな。思わず笑いそうになってしまった。多分、上司の・・・。あぁ榑谷さんに言われて、私に確認をするために、連絡をしてきたのだろう。
「あれは・・・。あっちょっと待って、場所を帰る。5分くらいしたら、リターンする。私も、茜に聞きたいことがあるの!」
『千明の用事が急いでなければ、今日の夕方とかに会えない?直接、見て欲しい物もある』
「わかった。メールで時間だけ送るから、待ち合わせ場所を教えて」
『ごめんね。急に・・・』
「いいよ。私も、知りたかったから・・・。今朝のニュースね。持ち出せる情報を持っていくよ」
『うん。無理しないでね』
茜からの電話は、今朝のスクープだろう。
清水にスライムが現れた。それを、”住民が動画で撮影していた”ことになっている。それだけなら問題は無かった。多分、ない。動画を持ってきたのが、山本だったのが気になるくらいだ。
しかし、山本の入れ知恵で、スライムを捕獲した人に、懸賞金を出すと言ってしまった。金額は、些細な額だ。魔物は、法律が追いついていない。法務と相談して決定したと言っているが、絶対に違う。
”魔物は、野生動物でないので、捕獲を行っても問題ではない”というのが、上層部を説得する時に、使った山本の根拠だ。
そして、捕まえれば、今まで魔物やスキルを独占してきた”ギルドや自衛隊に、一矢報いることが出来る”というのを聞いて、上層部が納得した。
マスコミは、危ない橋を渡る必要がある。
別に否定するつもりはないが、自分自身は安全な場所に居て、住民に情報提供だけではなく、危険な魔物への接触を推奨するような報道は、間違っている。
朝のニュースが終わって、やはりSNSで炎上した。
SNSは私が担当だ。住民からの情報は、皆無だ。完全に、ガセだと思われる情報は来ているが、有力な情報は来ていない。
ギルドは、何かしらの情報を握っている可能性がある。ギルドは、”市”や”行政施設”に設置している監視カメラの情報を取得出来る。山本は、私に違法な方法で、情報を入手しろと言っている。
なんで、奴のようなクズの為に、私が犯罪に手を染めなければならない。断固として拒否だ。
そうだ、ギルド絡みだと、今からある会議も関係している。
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会議は、山本の独壇場だった。
中央から、タレントを引っ張ってきて、富士の樹海でキャンプ?イカれているとしか思えない。そんな企画に、タレントを出す方も出す方だ。最悪のケースが考えられる企画だ。静岡や山梨や岐阜や長野は、魔物の被害が出ている。そのために、危機感が他の県よりは強い。少しだけ離れている場所では、魔物への危機感よりも、スキルへの関心が強い。
特に、中央に居るクズは、”不老”や”長寿”や”魅了”や”透視”とかクズい使い方が想定されるスキルの情報を欲しがっている。
スライムを捕まえても、スライムではスキルを得られない。
魔物に関わる仕事をしている人なら誰でも知っているような話さえも、目の前に座って、偉そうにしている山本は知らない。指摘しても、”そんなのは、ギルドと自衛隊が隠しているだけで、魔物だから、スキルを得られる。ダメだったら、そのときに仕込みを行えばいい”と言い出す始末だ。それは、タレントにスキルを持たせることに繋がるのだが、出来ないとは言わないが、今の情勢では不可能に近い。
山本の企画は、自衛隊から却下された。富士の樹海は、住民以外の出入りを禁止している。また、近づくことも許可されないと返答が来た。山梨側にも連絡をしたが、色好い返事は貰えなかった。山梨側も、危ない橋を渡りたくないのだ。
これで諦めてくれたら嬉しいのだけど・・・。
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会議が終わった。何も進展しなかった。山本が諦めるだけで終わるのに・・・。
上司に連絡を入れて、今日は上がらせてもらう。
職場を出たところで、茜から連絡が入った。
”千明。いつでも大丈夫。車?”
茜にコールする。
「茜。こっちも終わった。電車だよ」
『スクランブル交差点にあるカラオケを覚えている?』
「うん」
『里見で入っている』
カラオケなんて、茜らしくない選択だけど、何か理由があるのかな?
あそこは、持ち込みが出来たな。
「わかった。何か、買っていく?マックとか?」
『いいよ。ルームサービスで』
「高いよ?」
『経費にする。上司の許可は貰っている』
「え・・・。わかった。急ぐね」
『いいよ。ゆっくりで・・・。待っているね』
「うん!」
あの感じだと、茜はカラオケに入っている。急ごう。タクシーを使ったほうがいいかな。
カラオケの受付で、聞いたらすぐに案内してくれた。
え?最上階?嘘だよね?
確か、パーティールームで結婚式の2次会とかに使われる部屋だ。この階は、他に部屋が無い。
「茜!」
「千明。久しぶり」
「久しぶり!じゃないよ。なんで、パーティールームなの!バカなの?」
「酷いな。プロジェクターが使えるのが、この部屋だけだったからね」
「それなら、レンタル会議室や、家の会社でも・・・」
「それも考えたけど、上司に”ここ”を進められた」
上司って、榑谷さん?
あの人って、異例の経歴を持っていると聞いたけど、いろいろ謎が多い人らしい。日本支部の所属だが、本部の職員だって噂もある。山本のクズが、中央に居るときに、虎の尾を踏んだ。その案件に、榑谷という名前が出ていたのを覚えている。
「え?」
「ここは、防音がしっかりしていて、外に音が漏れない。盗聴の危険があるけど、それは・・・。これで!対応できる。ネットも高速回線が入っているし、VPN接続も可能。食事も出る。ドリンクバーもある。最高でしょ?」
確かに、秘密の話をするのには向いているのかもしれない。
最上階なら、ドリンクバーが付いているから、注文しなくていい。食べ物も、最初に頼んでしまえばいい。値段を考えなければ、いい場所だろう。
たしか、最低2時間で、1時間2万だったと思う。簡単に言うと、10分で出ても4万?そんなに重要な話なの?
茜。恨むわよ。
「・・・。ねぇ。茜。それは・・・」
「これ?盗聴の装置を調べる奴。ギルドで支給しているアメリカ製の一級品」
絶句。
見たところ、確かに言っている通りなのだろうが、絶対にそれだけではない。
そして、間違いなく日本では販売の許可が出ないものだ。そして、値段も・・・。私の記憶に間違いがなければ、小型車が1-2台買える金額だ。
「・・・。そうね。気にしない方向で考えるわ。それで、今日のニュースの件ね」
「マスコミは、どこまで、あのスライムの情報を掴んでいる?」
茜らしい。直球の問いかけだ。
さて、どうしよう・・・。
「桐元!」
ドアをノックもせずに開けて部屋に入ってきた、上村を睨むが、上村の気持ちも理解できる。俺も、同じ気分だ。
「失礼しました。孔明少佐!小官へのご命令に関して質問があります」
「上村中尉。私の名前は、孔明ではない。孔明だ」
「これは、失礼しました。頭脳明晰でいらっしゃる。桐元少佐なので、彼の諸葛孔明の生まれ変わりかと考えてしまいました」
「はぁ・・・」
書類を読む手を止めて、ソファーに移動する。
上村をソファーの対面に座らせる。
「それで?指令書の件か?」
「そうだ。お前からの命令なら従うが、なんだ、これは?横紙破りにしても酷すぎるぞ!」
「解っている」
「解っているのなら」
「抗議は既に入れた。返答を聞きたいか?」
「いや、聞かなくても解る。”魔物関係なら、貴様たちの部隊の仕事だ”だろう?」
「あぁ・・・。似たような返答だ。俺には、階級を使った命令だったぞ」
上村は、俺の返答を聞いて、肩を竦める。
俺たちは、自衛官だ。命令があれば、命令に従うのは当然のことだ。しかし、その命令が本来なら、自分たちに命令を出せる立場にない人物が割り込ませた命令を実行するのか?
答えは、”否”だ。しかし、その命令が手順を踏んだ物の場合には、従わなければならない。
「はぁ・・・。それで、どうする?」
「命令には従うが、指示書に不明な点が多いために、指示を明確にしてもらう」
「ハハハ。それじゃ、俺は待機でいいのか?」
「いや、ギルドに同行してもらう。ギルド支部だ」
「ギルド?」
「あぁ」
「でも、この依頼は、要約すると、マスコミ対応だろう?」
「そうだ。だが、情報共有は必要だろう?」
テーブルにノートを広げる。
速記だが、上村も読めるはずだ。
”この件は、ギルドが震源地だ”
「は?」
”俺たちは、マスコミから来た企画を断った”
「あぁ」
”その企画の出どころは、制服組だ”
「あ?」
”正確には、霞が関だ。金を握った官僚と、握らせたマスコミだ”
「・・・」
”お前が考えた名前だ。それと、ギルドに居る官僚出身の役員が絡んでいる。大本の情報は、このギルドの役員だ”
「本当かよ?」
”その確証を得る為に、ギルドに行く。それと、この部屋は盗聴をされている”
「・・・」
上村は、俺からペンを奪った。
”誰だ?”
”実行したのは、わからないが、何度か排除したが、その度、新しい物が仕掛けられる”
「はぁそこまで・・・」
「あぁ」
「ギルドには、小官と少佐で?」
「そうだな。指示に関わる情報収集だから、二人で十分だろう。アポを取る」
「少佐。この情報は、そもそも、どこから出たのですか?」
「どうやら、ギルドの広報らしい」
”広報を仕切っている奴が、奴と繋がっている。それに、島流しになった奴とも同じ穴の狢だ”
「うわぁ・・・。それでは、アポは広報で?」
「そうだ。マスコミに情報を流したことを含めて、釈明を聞く。その後で、該当の番組に情報の取り扱いに関しての苦情を伝える」
「それは?」
「特措法の範疇だ。魔物に関する情報は、特措法で守られている。ギルドが、マスコミに流したのなら問題だ。もし、自衛隊の幹部が知っていたら・・・」
「問題ですな」
「査問会議だな」
「査問?あれって、白襟でも適用されましたか?」
「関係ない。襟の色で区別はされない」
”おい。襟の話は、するな。聞かれているのが知られてしまう”
”すまん”
隣室に控えている、俺に付いている秘書を呼び込む。奴から送り込まれているスパイだ。奴に欺瞞情報を流すのに丁度いいので使っている。白襟から上がってきたやつで、現場はろくに知らない。速記のノートは、資料のページを開いている。しっかりと覗いていた。
「上村。今日の予定は?」
「ないぞ」
「そうか、アポはすぐに取れないだろう。食事に付き合えよ」
「わかった。着替えてくる」
「表で待っている。いい香りの”くれ”を出す店がある。少しだけ癖があるけど、気に入ってくれると思うぞ」
「ハハハ。ん?あぁ。円味がある香りか?わかった。すぐに行く」
正面玄関で待っていると、上村が私服に着替えてきた。どう見ても、違う職業の人間にしか見えない。
「行くか?」
「店の予約は?」
「出来ている。新富士まで行ってくれ」
運転手に目的地を告げる。後ろから付けてきている奴らも居るけど、新幹線を使うとは思っていない。
「なぁなんで三島?静岡じゃないのか?」
上村は間違えていない。間違えているのは、面倒なことを言いだした円香が悪い。円香から来ている、暗号メールを上村に見せる。復号は終わっているから、内容は読めるだろう。
「はぁ?」
「だろう?」
「こんな面倒な方法を、すぐに手配したのか?」
「あぁ権力を使ったのだろう」
「船か、悪い考えでは無いけど、足が付きやすいよな」
「別に、見つかっても問題は無いのだろう」
「あぁそうか、俺とお前が、ギルドの円香に会っても問題はないな」
「だろう。話を聞かれなければ、奴らが勝手に勘違いをしてくれるさ。それに・・・」
「それに?」
上村には言っていないが、ファントムの続報が入っているのかもしれない。
ファントムという異常なスキルホルダーの話は、信頼できる上村でも、いや違うな・・・。上村だからこそ話せていない。話を聞かせた時の、上村の顔は見てみたいが・・・。
ファントムの存在を知れば、力を求める奴は暴走しかねない。
「いい。それよりも、港までの足は手配していないらしいけど、どうする?」
「乗り捨て可能なレンタカーにしよう。三島からだと、意外と距離がある」
「そうだな」
上村の提案で、レンタカーで移動を行う。
運転は、上村が担当する。俺は、デスクワークが多かったために、一通りの免許を持っているが、上村のように有効利用はしていない。
「そうだ、孔明」
「なんだ?」
「俺に、何か隠しているよな?」
「隠していない。話していないだけだ」
「同じことだ」
動いている車の中なら、盗聴の心配は少ない。完全に防げるわけではないが、新幹線や部屋の中よりは安全だ。
「多分、円香から話がある」
「そうか・・・」
「魔物に関してか?」
「いや、よくわからない奴の話だ」
「奴?魔物ではないのか?」
「わからん。だが、円香は、スキルホルダーだと言っている」
「スキルホルダー?それなら、ギルドに登録があるのではないのか?」
「ない。いや、わからない。それに、いや・・・。やめておこう。円香から説明されたほうがいいだろう」
ハンドルを握る上村の雰囲気は変わらない。
情報としては、これ以上は出せない。俺が上村に言っていいような内容ではない。
「そうだ。孔明」
これ以上、突っ込んでも俺が話さないのは解っているのだろう。
「なんだ。俺は、”こうめい”ではない」
「そうか、そうか、孔明。円香の話は、ギルドでの話だよな?」
「そうだ。いや、違うな。本当のところはわからないが、円香の態度から、円香の部署で止まっている。俺を、”こうめい”と呼ぶのは、お前と円香だけだ」
「そうか、それじゃあの件とは無縁か?」
「わからん。わからんから、お前と一緒に円香に会おうと考えた。向こうも、俺たちの話と意見を聞きたい。らしい」
「あの円香が?」
「そうだ」
上村の驚きの表情は理解が出来る。俺も同じで驚いた。しかし、円香が俺と上村と話をしたいと言いだしている。実際に、それほどの事が発生しているのは間違いない。
あれから、時間が経過していないが、新しい情報があるのか?
それとも、俺たちに下った命令に関連することなのか?
上村も黙り込んで、運転をしながら、考え込んでいる。速度は出ていないが、コーナーを曲がる時の速度が絶妙だ。制限速度内で、飛ばすという意味が理解できる運転の方法だ。
「ここだな」
上村が車を停めたのは、円香から指示された船乗り場だ。
クルーザーをチャーターしている。受付に行くと、すぐに案内された。船も、上村が操舵できる。
乗り込んで、円香が指定してきたポイントを目指す。
空は、晴れ渡っている。波も静かだ。
船もヘリも見える範囲には居ない。
「孔明。釣りにはいい日だな」
「そうだな。釣り竿もあるから、トローリングでもするか?」
「いいな。海に居る魔物が釣れるかもしれないな」
30分ほど走らせると、停泊している船を見つけた。
鏡で合図を送ると、返事が帰ってきた。
帰る時に俺たちは、どんな表情をしているのだろうか?
「ねぇ聞いた?」
「なに?なんの話?」
「ほら、中央厨の・・・」
「あぁ」
「また、やらかしたみたいなの?」
「え?また?この前は、市内にゴブリンが出現したとか言って、ロケ隊を引っ掻き回しのでしょう?」
「そうそう、それでニュースで使う画が撮れなくて大変だった」
「ご愁傷さま。それで、今回も?」
「ううん。今回は、視聴者からの情報とか言って、スライムの動画をニュースで流して、スライムの捕縛に懸賞金を賭けたの・・・」
「え?あれって、中央厨の仕業なの?」
「そうなの!私が担当している番組のSNSまで大炎上!いい加減にしてほしい」
「え?繋がりや関係はないよね?番組も違うよね?」
「そうだけど、視聴者から見たら、関係がないよね。放送局の名前が付いているアカウントだし・・・。はぁ・・・」
「それは・・。そうそう、それでね。ギルドと自衛隊から苦情が来たみたいなの!」
「え!本当!」
「うん。今、それで・・・。ほら、あれ」
視線の先には、二人が話している渦中の人が苦虫を噛み潰したような表情で、企画室に入っていくのが見えた。
ギルドからは協定違反の疑いがあり、査閲を行う通知が来た。これが、山本の懇意にしている営業からの通知なら、なんとかなったかもしれないが、日本支部ではなく、ギルド本部からの通知だったのが大きな問題になっている。ギルド本部は世界規模の組織だ。魔物に関する情報を甘く見た報いを受けることになってしまった。
そして、自衛隊からもっときつい通知が来た。
自衛隊は、国民の生活を守るために活動を行っている。そのために、特措法まで作って魔物の封じ込めを行っている。魔物の情報を公開したのは、”国民に情報を伝える上で必要なこと”と、理解を示しているが、懸賞金を賭けて捕縛を行わせようとした事は、マスコミの活動から逸脱している行為だと抗議をしてきた。それだけではなく、責任者の出頭を求めてきたのだ。国民を危険に晒す行為を公共電波に乗せたのが大きな問題になっている。スライムでも、魔物は魔物だ。子供でも勝てるが、必ず勝てる保証はない。
警察からも控えめながら抗議が来たが、静岡県警からの抗議だけで、局長が謝罪に行くだけで済んだ。謝罪も大事なのだが、ギルド本部からの通知や自衛隊からの出頭依頼よりは、対応ができるだけ処理は簡単だった。
山本は、呼び出された、自分の責任ではないと言い続けた。
後日、山本は局から出入り禁止を言い渡された。丁寧に、キー局との連盟での通知だ。
山本は最後まで抵抗をしていた。しかし、ギルド本部からの査閲が始まると、状況は一変した。社員ではない山本を局が守ることはない。中央に居た時の人脈を使ったが、擁護する者は出てこなかった。それだけではなく、どこから流れたのか、山本の過去に行った悪行が週刊誌に掲載された。今まで、泣き寝入りしていた者たちが一斉に牙を向いたのだ。その中に自殺した芸人が含まれていたことから、世論が激しく反応した。
東京に残していた、妻からは判が押された離婚届と、娘の親権を争う訴状が届けられた。妻と娘は、弁護士に代理人を依頼して、自分たちは実家がある福島に移り住んだ。
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なぜ、俺が責められなければならない。
皆が望んだのだろう?だから、視聴率も上がった。使い潰した?違うだろう。売れない者たちに、俺が一時の幸せを提供してやったのだろう?それを見て、笑った奴ら・・・。
俺は、奴らの為に動いた。今回もそうだ。奴らが、ギルド支部の権力闘争を煽って、ストローを差し込みたがった。それに、古巣と官僚が乗っかった。
そうだ。俺は、何も悪くない。悪くない。
悪いのは、こんな資料を俺に流した奴だ。だから、俺は悪くない。
俺は、こんな場所で終わる人間ではない。巨悪を暴いて、世間から認められる。
娘も妻も泣いて謝ってくる。間違いない。俺は、今まで間違えていない。
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おかしい。
野良犬をスライムにして倒しても、スキルが得られない。
虫や魚ではダメだ。
危険を覚悟で、小学校に忍び込んで、鶏や兎をスライムにした。
だけど、スキルを得るどころか、何も変わらない。
小学校の動物が”居なくなった”ことが問題になって、TVでも取り上げられたが、偉そうな奴が、数日前に見つけられた”スライム”の仕業だと結論づけていた。魔物が動物を捕食する可能性に言及していた。捕食したのが、動物たちが消えた理由だと偉そうに語っていた。
やはり、世間なんて愚か者の集まりだ。僕が、しっかりと導いてやらないとダメだ。
スライムの情報を報道したことが問題になっている?
ネットニュースで話題になっている。あのスライムは、僕が魔物化した中の一匹かもしれない。この前、公園で昆虫を魔物化しているときに、警報音に驚いて2-3匹逃したのがまずかったか?
でも、僕の偉大なスキルで作られたスライムだとは気が付かれていない。
これから、魔物化するときには注意しよう。僕のミスではなく、他のスライムの可能性もあるけど、スキルが知られた時に、過去の事件まで僕の責任にされたらたまらない。
ママは、家に帰ってきているみたいだけど、すぐに出かけてしまう。パパも家に帰ってこない。
そうだ!
スマホの検索履歴を消しておかないと・・・。ギルドが、優秀なスキルを得た可能性がある者を、見つけ出す方法に、ギルドの検索履歴を使うようだ。僕も検索を使ってしまっている。情報は渡していないので大丈夫だとは思うが、ギルドなんかに僕のスキルを知られたくない。
ギルドは情報を独占している。ギルドは、秘密結社だと僕も考えている。
僕のように優秀な奴を囲い込んで、実験をしているに決まっている。そんな裏組織に、スライムを量産出来るスキルを持つ、頭脳も優秀な僕が見つかってしまえば、強制労働は当たり前だ。僕も抵抗はするし、やられるとは思っていないが、相手は世界規模の組織だ。力を貯めるまでは敵対しないほうが良いし、見つからないほうがいいに決まっている。ギルドの連中が、自分たちの間違いに気がついて、僕の前に平伏すのは決まっているが、まだその時ではない。
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彼は、毎日。”自分は優秀”だと言い続けている。
そして、同じ作戦を”毎日”思いついている。
彼の精神は既に限界に来ている。
彼は、同級生を魔物にしたことを忘れたかった。
彼の母親は、彼を恐れた。変わっていく息子に手を差し伸べるのではなく、”逃げる”という選択肢を選んだ。彼の父親は、壊れゆく家族を見捨てた。
彼は、被害者だ。これは、紛れもない事実だ。しかし、彼は同級生を魔物に変えている。彼は、事実から逃げ出したかった。彼は、彼を認めて、彼だけを暖かく守ってくれる世界の存在を信じて疑っていない。
---
(俺は・・・。俺は間違っていない)
(そうだ、間違っているのは、奴らだ。俺ではない。俺が正しい)
山本は、住んでいた場所を失った。
局に無理を言って用意させた場所だ。局は、山本を切り捨てることで、健全な組織であるとアピールしたかった。
山本が頼りにしていた中央との繋がりは、”利”で繋がっているだけだ。山本に、”利”が無くなれば切り捨てられるだけだ。今までは、山本が”切り捨ててきた”者たちと同じ立場になっただけだ。
なにも間違っていない。
間違っているのは、自分が切り捨てられる立場に居たことを認識しなかったことだ。
山本は、世間の目から逃れるように、52号を上がっていく、469号に入って更に上がっていく、以前に撮影で訪れた、天子湖に向けて車を走らせる。
自殺をしようとは思っていない。
世間の関心事は、1週間もしたら些細なことだと忘れられると知っているからだ。世間から隠れる場所を考えていた。車の中で、1週間の寝泊まりは若い頃に経験している。少ない食料で、寝泊まりをして、権力者を張り込んだことも有った。
山本も、昔は”ペンは剣よりも強い”を信じて疑わなかった。
自分が持っている”ペン”は不正を行う権力者を打倒するために振るわれると信じていた。権力者から渡される蜜を舐めてしまうまでは・・・。
天子湖は、ダム湖だ。周りを山に囲まれていて、一見”川”にも見える。キャンプ場なども作られている場所だ。山本は、キャンプ場とは離れた場所に車を停めた。撮影で訪れた時に教えられた山小屋を目指すためだ。
停泊しているクルーザーに近づく、甲板を見ると見知った顔が手を振っている。
「孔明!」
「円香。俺の名前は、孔明だ」
「おっしっかりと、蒼を連れてきてくれたようだな」
円香は、俺の話しをスルーして、上村を見つけて、にこやかに話しかける。円香が載っているクルーザーは俺たちが載ってきたクルーザーよりも、1.5倍ほど大きな船だ。上村が横付けして、円香たちのクルーザーに乗り込む。
「円香。こんな面倒なことをしなくても・・・」
「悪いな。でも、問題が多すぎて、孔明のところでは話せないだろう?私のところでも無理だ。それに、新たな問題も出ただろう?」
円香が言っているのは、今朝の報道番組で取り上げられたスライムの話だ。
上村が乗り移ってきたところで、円香と握手をして、船内に移動する。
船内には、広めの会議室が用意されている。
「蒼も久しぶりだな」
「そうだな。それで?」
「ん?孔明。蒼には、どこまで話してある?」
「何も・・・。奴が、スキルホルダーの可能性が高いとだけ説明した」
「そうか・・・。わかった。蒼も座ってくれ」
俺と上村は、円香に誘導されて、腰掛けた。机には、プロジェクターが置かれている資料を投影するつもりなのだろう。大型のスクリーンも用意されている。
「まずは、ファントムの事からでいいな?」
「あぁ」「待ってくれ、円香も孔明も、ファントムとは誰だ?簡単でいいから説明してくれ」
確かに、上村への説明はしていない。
円香は、資料を持ち出して、上村と俺に渡してきた。資料は、後で回収すると付け加えられた。
資料をパラパラと眺める。よくまとまった資料で読みやすい。
上村への説明は、円香が行ってくれる。
「ファントムと名付けたが、納得したか?」
「・・・。円香。その名前の是非は置いておくが、俺を騙していないか?」
上村が”騙されている”と、考えるのは、俺も理解ができる。
”全部が小説の話”だと言われたほうが、面白い話として聞くことが出来る。
「騙す?私が、蒼を騙しても得る物はないぞ?」
「そうだな。質問を変えよう。その分析を、お前は正しいと考えるのか?」
俺も、分析の可否は気になるが、それを論じても意味がない。
ギルドが、円香が”ファントム”の存在を信じているのだ。”存在している”と考えて、話をしなければ意味がない。
「正直に言えば、わからない。わからないから、お前たちに、特に、前線で活躍していた、蒼に聞きたい」
「俺に?」
「そうだ。オークの進化種と思われる魔物が、市内をふらつく可能性があると思うか?」
”ない”と、断言できない。
スライムの進化種が居たとして、市内をふらつくかと言われても、”ない”と考えるが、絶対に”ない”のか?と言われて、断言が出来るとは・・・。思えない。
「ないとは・・・。いや、ほぼ無いな。魔物の進化には、魔物が必要だ。進化となると、同種か同種以上の力を持つ魔物が必要だ」
「オークの同種を倒して進化したとして、市内には居たら・・・」
オークが進化する条件がわからないが、進化の為には同種か多くの魔物を倒さなければならない。
市内で、進化できるとは、考えにくい。それなら、進化した魔物が市内まで移動したのか?それも、無理がある。
自衛隊の防衛ラインやギルドの情報網を知らなければ、意味がわからない言い方だが、上村の言っていることは理解ができる。
「オークが町中に居たら目立つだろうな」
オークと名付けた魔物は、2メートルに到達する魔物だ。ゴブリンやスライムと違って目立つ。
「進化種は、知性も兼ね備えると聞いたが?」
パラメータがあると言っている者も存在するが、スキル鑑定が出た時に、期待されたが、パラメータの存在は否定された。
ギルドでも、魔物やスキルや能力の数値化が行われていると聞いたが、実際にどうなっているのかは、円香に聞いたほうが早いだろう。
「わからない。俺は、進化種に会ったことがない。円香、ファントムは本当に単独なのか?」
「どういう意味だ?」
俺も、最初にそれを考えた。
ファントムが国家機関なら、まだ納得が出来る。ただ、国家機関だと考えれば、今度は”ギルドのサイト”を使っている意味がわからない。自衛隊にしろ、他国の機関にしろ、ギルドへのアクセスは別にアクセスラインがあり、わざわざ”サイトの検索”を使う必要はない。そして、自衛隊で、上村たちを上回るチームがあるとは聞いていない。
「円香の話では、ファントムはスキルを3-4個。もしかしたら、それ以上のスキルを持っている。そして、オークの進化種を単独で撃破している。国宝級の魔石を持っている可能性すらある。俺は、自衛官だ。そして最前線で戦っていた。だからこそ、ファントムが異常な存在だと思える。全部、誰かの妄想だと言ってくれたほうが納得できる。もし、ファントムが実在するとしたら・・・」
「するとしたら?」
「米軍や南米の最前線で戦っているチームだ」
「蒼の考えは、すごく正しいと思う。しかし、ファントムは”ギルド日本支部”の検索を使っている。偽装を施されているが、日本人だ」
「ん?円香。なぜ、ファントムが日本人だと断言できる?」
「まず、見てもらいたい物がある」
円香が操作して表示された、情報は、何かのログだろう。
「円香?」
「これは、ファントムと思われるアクセスと行動ログだ」
「え?」
「円香。本当か?」
「あぁ。孔明。蒼。何かあるか?」
ダメだ。
円香は、完全に自衛隊を疑っている。清水教授がやっている実験に関係しそうな事柄まで存在している。確かに、海外の情報にもアクセスをしているが、日本語で表示させている。和訳と英訳を両方の参照を行っている。日本語がメインで、他の言語もある程度は理解ができるのだろう。
「円香。ファントムは、自衛官ではない。確かに、魔物の近くには居るが、魔石を溜め込むのは不可能だ。スキルもチェックされる体制になっている」
「ハハハ。孔明。解っている。自衛隊なら、得たスキルを、わざわざギルドのサイトで検索しなくても、ギルド本部から提供されるデータで照合すればいい。表に出ている情報よりも詳しい内容が表示される」
「ふぅ・・・。円香は、何を知りたい?」
「二人の感想を聞きたい。ファントムが、魔石を使って、スライムの進化を試している。動物を魔物にしようとしている。スキル結界を持っているのは、ほぼ間違いはないだろう。魔石も100個とかふざけた数を所有している。人が、魔石を吸収する方法を探しているようにも見える」
「それは・・・」
「孔明。”賢者”を知っているか?」
「ギルドが作成したAIだろう?」
「そうだ。そして、その”賢者”が、『ファントムがスキル結界と錬金と鑑定を持っている。そして”こぶし大の魔石”を所有している。所有している魔石の数は、20を越えている』と予測している。それも、高い確率だ」
「ちょっと待て、円香!ファントムが、どっかの部隊だと仮定できなくなる。”こぶし大の魔石”だと!そんな物が・・・」
「孔明。”賢者”の解析だ。それに、ファントムはオークの進化種を倒している。魔石も得ている。そして、新しく検索された言葉を繋げると、ファントムが得たオークの進化種から出た魔石は、4色の可能性が出てきた」
「何がなんだか・・・。まぁ孔明。俺、帰っていいか?お前は、円香に送ってもらえよ」
「ダメだ。蒼。ファントムの話は、情報共有としては意味があるが、今日の本命は別だ」
「本命?」
「お前さんのところの困った奴と、ギルドの困った役員と、東京に居る状況が読めない人たちの話だ」
「・・・」
流石に、円香からそう言われてしまうと、先に帰るとは言えない。
そもそも、上村にも関係してくる話だ。
「なぁ円香。興味本位で聞くけど、”こぶし大の魔石”が実在したとして、ギルドで買い取る時には、いくらになる?」
「使い途が限られた、今の状態で、1,400億。属性が付いていたら、6,500億でも安いだろう。エネルギーの取り出しに成功したら、値段はそれこそ、天井知らずになる」
「・・・。そうだよな。爪の先ほどの魔石でも、数万から数十万になる。上位種の魔石だと、跳ね上がる」
聞かなければよかった。
これからの話は、間違いなく重い話になる。その前の余興と考えれば、上出来だろう。上村が聞いた時に、円香が躊躇しないで答えたのも、この後の話が胸糞悪い物になるのが解っていて、気分を変えたかったのだろう。
よし、今日は裏山の探索を行おう。
先日から、魔石の増え方が遅くなった。すごく嬉しい。魔石は命だ(多分)。小さいかもしれないが、一つ一つが大切な命だ(多分)。
(おはよう。パロット)
”にゃ!”
うん。
挨拶が帰ってくるのは嬉しい。言葉が通じたら、もっと嬉しいのだけど、出来ないものは、考えても無駄だ。今、意思の疎通が可能になったことを喜ぼう。
外の巣箱には、カーディナルもアドニスも揃っている。
昼間だから、お願いするのなら、カーディナルがいいかな?
(カーディナル!)
私の呼びかけに、カーディナルが小さい状態で窓まで近づいてきてくれた。2階の窓から呼びかけても聞こえるようだ。
(今日、東側を廻りたいけどいい?)
私の話を聞いて、カーディナルはアドニスのところに移動した。二人で、何かを話し合ってから、カーディナルが戻ってきた。私の前で、元の大きさに戻ってから大きく翼を広げる。
(よかった。カーディナルが一緒に行ってくれるの?)
うん。意味は解る。
カーディナルだけではなくて、ナップも付いてきてくれるようだ。
さて、本当なら、装備を整えて、食料を持って、さらに野営の道具を持ってとかになるけど、スライムでは必要がない。そもそも、武器なんて持てない。カーディナルやナップも武器は必要としない。食料も、アイテムボックスにオーク肉が残っている。それに、庭で行ったバーベキューもどきの時に気がついたが、うちの子たちは魔法を使う。攻撃手段を持っている。多彩なスキルを使ってみせた。
考えても無駄だ。
東側から北側に抜けてから帰ってこよう。
(行くよ!)
庭に居る子たちに行ってきますと伝えてから、触手を伸ばして立体機動を始める。
カーディナルは、ナップを背中に乗せて、上空から付いてくる。時折、急降下してきて、確認してから上空に戻っていく、私の移動速度も上がっているように思える。以前よりも、触手の収縮が早い。気の所為では説明がつかない速度だ。スライムボディもしっかりと成長してくれる。
この前、オークを倒した場所に来た。
洞窟と言ってもそれほど深くはない。洞穴よりは少しだけ深いくらいだ。
用心して中を覗き込む。
え?
(カーディナル!ナップ!)
洞窟の入口付近を警戒するようにしていた、二人を呼び込む。
(この子・・・。助けられる?)
洞窟では、丸まって小さくなっているアライグマが居た。子供だろうか?親は?
カーディナルは、私の問に頷いてくれる。大丈夫。助けられる。この辺りに、アライグマが生息しているはずがない。ペットとして飼っていたものが野生化したのだろう。身勝手な人間の犠牲者だ。私が、保護するには十分な理由だ。
やせ細っているから、食料も無かったのだろう。どうしよう。持っている物は、肉は食べられるか微妙だ。食べられても、消化が出来るかわからない。そうだ!ダメ元で・・・。
小指の爪ほどの魔石を取り出す。
アライグマさんに舐めさせる。カーディナルが、アライグマさんの近くで鳴き始めると、アライグマさんは、まだ警戒の姿勢は崩していないが、顔を上げてくれた。私から魔石を受け取ったナップが、アライグマさんに渡す。困ったような表情をアライグマさんはしているが、魔石を手で弄んでから、舐め始める。
(ありがとう)
アライグマさんは、まだ体調が悪いだろう。
足も怪我をしている。治してあげたい。家族になってくれなくてもいいから、体調が戻るまでは、裏庭で養生してほしい。
カーディナルとナップに私の考えを伝えると、解ってくれた。
カーディナルが、ギブソンとノックを呼びに行く。二人に、アライグマさんを家まで連れて行くようにお願いをする。そのときに、ナップが一緒に来るので、護衛を務める。らしい。
なんとなく、カーディナルの言っている内容が理解できた。
動物と魔物では、何かが違うのかわからないけど、何かに邪魔をされている感じがして、意思が繋がらない。気持ちは、繋がっているか。私を大切に思ってくれているのはよく分かる。恥ずかしいくらいに、私を大切に思ってくれている。こんなに、直球で思いをぶつけられたことがない。でも、心が暖かくなる。スライムになったから、感じられる感動なのかもしれない。
ギブソンとノックが、やってきた。
二人に付き添われて、アライグマさんは洞窟から、裏庭に移動してくれることになった。素直に従ってくれたのが嬉しかった。
(あっアライグマさん。名前を付けていい?)
アライグマさんに名前を付けたい。一時期かもしれないけど、家族になるのだ。アライグマさんだけ名前が無いのは可愛そうだ。
アライグマさんは、私の言葉が解るのか、ギブソンとノックに何かを訴えている。ギブソンとノックは、アライグマさんに大丈夫と伝えている。二人に礼を伝えた、アライグマさんは私の前まで、歩いてきて、頭を下げる。
この子も賢い。
触手を伸ばして、頭を触る。左足の怪我も気になる。何か、治す方法を探してあげよう。
(君の名は、ラスカル)
アライグマと言えば、ラスカルしか名前が浮かばなかった。ダメかもしれないけど、他の名前は却下だ。アライグマはラスカルだ。ラスカルと言えば、アライグマだ。
ラスカルは、私に頭を下げるようにしてから、ギブソンとノックと一緒に裏庭に向かった。
さて、一つの命は救えた。
でも・・・。
洞窟の奥には、動物の骨が大量に存在している。自然の摂理といえば、そうなのだろう。でも、オークは間違いなく外来種だ。私もだけど・・・。
疑問が湧いた。
ギルドで調べた時には、”魔物は食事をしない”と説明されていた。しかし、ここにある骨の量から考えると、オークは食事をしていた。頭に突起物みたいな物がある頭蓋骨がある。魔物も混じっている。1体や2体ではない。見た感じでは、20体以上はあるだろう。革もあるが、噛みちぎったような感じだ。
(ごめん。私がもっと・・・。ううん。違うね。君たちを、まとめて供養するけど、許してね)
動物や魔物の骨をまとめてアイテムボックスにしまう。小さな小さな魔石も有った。鳥の骨も有ったようだ。本当に、オークは雑食だったようだ。魔石は全部で3つ。誰の魔石なのかわからないけど、一緒に葬ろう。
近くに、動物の骨がないか探しながら帰ろう。オークがこの辺りを根城にしていたのなら、まだ他にも供養しなければならない者たちがいる可能性がある。それに、他に魔物が居る可能性だってある。
カーディナルが、私の前に降りてきた。
(ん?そうね。それ・・・。でも、危ないよね?本当に?大丈夫?無理はしてほしくないよ)
カーディナルは、アイズとフィズを使って、東側を散策させてみてはどうかと提案してきた。カーディナルが上空から監視をして、アドニスが木の上から監視をする。アイズとフィズには、ナップも一緒に探索するから大丈夫だと言われた。
たしかに、アイズやフィズなら木々の間を飛ぶのも大丈夫だろうし、発見も早いだろう。
悩んでいてもダメだな。カーディナルとアドニスという裏山の支配階級が見張りに付くので大丈夫だ。多分。やってみよう。
(わかった。お願い。弱き者を助けたい。力を貸して)
骨さんたちいは、供養が少しだけ遅くなることを侘びた。救えるかもしれない命がある。なら、まずは私ができることをやろう。
カーディナルが、頭を下げてから飛翔する。
ナップが私と一緒に洞窟に残ってくれることになった。
皆が集まった。そうだ!せっかく手に入れた洞窟だし、拠点にしよう。
結界を付与した魔石を設定しよう。
ここから、安全を確保した場所を、結界で覆っていけば、私も安全になるし、裏山の皆も安全になる。
ナップが、手を上げて知らせてくれる。
どうやら、洞窟の前に探索チームが揃ったようだ。
私が洞窟から出ると、皆が綺麗に並んでいる。
え?すごくない?本当に、電線に止まっているムクドリを見たことがあるけど・・・。地面の綺麗に並んでいる。左右には、カーディナルとアドニスが居る。私が出てくるのを待っていた?
アイズとフィズの横には、ナップが居る。一緒に探索を行うチームなのだろう。フォーメーションなの?4組ごとに綺麗に分かれている。
うん。難しく考えない。
私の家族は優秀なのだ!
(皆。私のわがままでごめんね。弱き者を助けたい。力を貸して!危なかったら逃げてね。私は、皆が、家族が、傷つくのはイヤ!無理を言っているけど・・・。皆、安全に探索をお願い。弱っている者を見つけたら、裏庭に運んで!悪い奴が居たら、教えて、私とカーディナルとアドニスでおしおきをする!)
皆が鳴き始める!
カーディナルが大きな鳴き声を上げると、ナップが一斉にパートナーの背中に飛び乗った。
アイズとフェズは、組になって空に飛び立った。
(無事に帰ってきてね!)
私は、声は出ないけど、大きな思いを乗せて、飛び立った皆を見送った。