円香さんから、真子さんを連れてソファーに移動するようにやんわりと言われました。
多分、真子さんに聞かせたくない話なのでしょう。おそらくは、孔明さんが貴子ちゃんに打ち明けるのでしょう。信頼を得るために必要な事などは思いますが、賭けの要素が大きいように思えます。
今までの言動や行動から、貴子ちゃんがギルドというか、組織という物をあまり信用していないのは解っています。ギルドを信用してくれとは言いませんが、私たちを信用して欲しいとは思います。私は、貴子ちゃんの味方になろうと思います。
そして、私の腕に掴まって・・・。胸を押し付けてきている、真子さんも同じ気持ちなのでしょう。
そして、もう一つだけ・・・。汗の匂いは少なくなっていますが、凄くいい匂いです。抱きしめたくなってしまいます。
年齢は、聞いた話では、私の方が上だと思います。しかし、年齢以上に開きを感じます。寝ていた時には、真子さんの方が上に思えましたが、今は貴子ちゃんと同じだと言われても信じてしまいそうです。正直な気持ちとしては・・・。羨ましいです。
「真子さん」「ちゃん!」
訂正されてしまいました。”ちゃん”付けにしないとダメなようです。そして、雰囲気でわかります。真子ちゃんは、こちら側の人間です。身体を寄せてきています。
「えぇ・・・。真子ちゃんは、どの辺りがいいですか?」
真子ちゃんは嬉しそうに地図を見ています。
そして、無かった指を誇らしげに出して、指で・・・。私の指に絡めてきます。嬉しいからいいのですが・・・。
「貴子ちゃんの家の近くを希望します!なんなら、一緒の家でもOKです」
「え?」
想像の斜め上の提案ですが、真子ちゃんが一緒なら私が入り込むことも出来そうです。
問題は、貴子ちゃんが承諾してくれるか・・・。ですが、持っていき方で、大丈夫な気がします。
「茜さんも一緒に住みますか?」
それは、考えていますが、今の部屋からユグドたちを移動できるのか?
多分、できるでしょう。そのうえで、一緒に住む?
メリットしか無いように感じてしまうのはダメですね。
私にメリットはあります。真子ちゃんにもあるでしょう。
問題は、貴子ちゃんにあまりメリットがない事です。何か、メリットを考えなければ、受け入れてくれないでしょう。
「ユグドに相談しなければならないですし・・・。貴子ちゃんにも・・・」
「・・・」
真子ちゃんの雰囲気が変わります。
「ん?どうしたの?」
「いえ、いえ。それよりも、貴子ちゃんの希望を聞いていると、高くなってしまいますよね?」
静岡市内で、市街地から外れていると言っても、大きく離れているわけではない場所です。
真子ちゃんが気にするのは当然なのですが、杞憂です。間違いなく、問題はないです。希望通りの物件がなければ、立ててしまえばいいのです。
「そうね。でも大丈夫だよ」
「え?」
私は、ソファーの端にいるライに話を振ります。
「ね。ライ。大丈夫よね?」
「はい。お姉ちゃんからは、2億までなら使っていいと言われました」
2億と来ましたか?
一回目のギルドからの報酬を全部突っ込むつもりなのですね。
「へ?」
「それだと、いくつかの空き家を買い取って、大きな敷地にしてしまうほうが早いかもしれないですね」
「お姉ちゃんは、”茜さんに任せる”と言っています」
「えぇ・・・。何か、希望はないの?」
「”本邸は別にあるので、拘りは無いです”です」
一番、困る話です。
面倒な知り合いと食事に行くときのような感じです。”なんでも”いいと言いながら、提案すると文句を言い出す。貴子ちゃんは、そんな事をしないでしょうけど、思い出してしまいました。
「茜さん。この売り物件とこの売り物件と・・・。繋げて・・・」
真子ちゃんの提案は理にかなっています。残念なことに凄くいい提案です。
問題は、家を作り直す必要があることです。
「茜さん。真子さん。お姉ちゃんが話をするそうです。驚かないでください」
後ろを振り向きますが、円香さんと孔明さんと貴子ちゃんの話は続いています。
平行存在が可能なのでしょうか?
「真子さんの提案でお願いします」
貴子ちゃんに変わるわけではなくて、ライのまま、貴子ちゃんが話すのですね。
本当に、なんでも”あり”になってきました。
真子ちゃんの提案は、ギルドの位置から見て、浅間神社を越えた反対側の街道沿いです。
大きな通りに接していますが、後ろは、浅間神社に繋がる山がある場所で、貴子ちゃんが望んでいる広さと環境です。
道路に面していますが、間口が狭く細長い感じの家です。門を作れば、外からの視線を遮ることができます。
それでも、車が入っていける幅はあるので、この家を取り壊して、奥にある山に接している家を購入すれば、貴子ちゃんが望む感じになると思います。
「茜さん。静岡市は、木を植えるのに制限がありますか?」
「うーん。無かったと思うよ?」
「それなら、家の子たちを移植しても問題はないですよね?普段は、動かない子たちなので・・・」
「えぇ・・・。侵入者対策?」
「はい。道路には、門を作りたいです」
「あっ!貴子ちゃん。離れでいいから、私も一緒に・・・」
「いいですよ?誰かがいてくれた方が、訪問者への対応が出来ますよね?」
いい考えです。
貴子ちゃんへの連絡は、眷属を通して出来ますが、建前が必要です。
真子ちゃんが”秘書”の役割を持ってくれるのなら、ギルドから出向しているという言い訳も成り立ちます。貴子ちゃんの別邸にギルドの出張所を作ってもらいましょう。眷属を遊ばせておく場所も必要です。
「茜さん」
「え?なに?」
「茜さんも、一緒に住みませんか?」
「え?」
願ってもない申し出です。
「多分ですけど、真子さんも、茜さんも、寿命が伸びてしまっていると思います」
「え?」「え!」
真子ちゃん。喜ばない。
「不老ではないとは思いますが、老化が遅いと思います」
「へ?」「おぉぉ!!」
真子ちゃんを見ればなんとなく想像が出来ます。
もう人間では括れなくなってしまっていそうです。この話が、知られた時には、間違いなく、私たちは実験動物なみの扱いになってしまうでしょう。
あぁそれで、貴子ちゃんは私たちを守る意味で、一緒に住もうと言ってくれているのでしょうか?
「それに、茜さんと、真子さんは、私の眷属になるのを拒否した子たちと相性がいいみたいなので・・・」
「・・・」「あっ!」
眷属が増えるのですか?
もう、人間を辞めていそうです。
魔物にはなっているとは思えませんが、”人”の括りからは外れていると考えた方がいいかもしれないです。
「それと、今後の話として、本邸の裏山と別邸の裏山が購入できないか、確認をお願いできますか?」
「山を?」
「はい。家族や、家族が連れて来る子たちが安心して生活できる場所を確保しておきたいのです」
「ねぇ貴子ちゃん。そんなに多いの?」
「多いですよ。スズメとか、椋鳥とか、百舌鳥とか、蝙蝠は、既に数えるのを辞めました」
「全部が、貴子ちゃんの眷属?」
「え?違いますよ。私の眷属は、フィズやダークやアイズやドーンの下に入ることを承諾した子だけです。群れとして、行動をしている子たちは、別ですね」
「ねぇ貴子ちゃん。その子たちも、魔物化しているの?」
「どうでしょう?ライ。知っている?」
「え?」
「魔物になっている者たちもいれば、まだスキルを得ていない者たちもいますが、許可を頂ければ、すぐにスキルを与えます」
「うーん。群れの長だけにしておこう」
「はい。他の氏族も同じでいいですか?」
「うん。お願い」
何か、貴子ちゃんとライが何かとんでもないことを流れるように決めたように思いますが、気にしないことにしておきます。
裏山の確保は必須ですね。
そして、貴子ちゃんが所有する山は出入り禁止にします。ギルドからも通達を出します。いや・・・。出さないほうがいいかもしれないですね。
そもそも、入れない可能性もありますが、出入り禁止が決定しました。
別邸の裏山は難しいかもしれませんが、由比の山は持ち主を調べて交渉すれば、可能でしょう。貴子ちゃんの家に行ったときの感じでは、裏山は放棄されている感じがしました。農家があるか確認は必要ですが・・・。あとは、鉄塔でしょうか?観測所とかが無ければいいのですが・・・。
真子と茜嬢と人に戻ったライが席を立って、ソファーに向う。
これからする話は、確かに、真子に聞かせないほうがいい話だ。
貴子嬢は、少しだけ不思議そうな表情をしてから、俺と円香を見て、何かを納得した。
高校生だと聞いていたが、人の顔色を見て育ったのだろうか?
違うな。家族から愛情を注がれて育ったが、家族が奪われて、汚い大人の世界に叩きこまれた。真子や茜や円香と方向性は違うが、同じなのだろう。
話を終えても、貴子嬢は変わらなかった。
---
は?
眷属?俺たち?
メリットは解る。
デメリットは・・・。ない。貴子嬢に、情報が流れることを止められないことくらいか?
それも、デメリットと考えるほどではない。
そもそも、貴子嬢が本気で敵対したら、人類は何も出来ないだろう。気が付かない間に滅ぼされていても驚かない。そのあとは、動物と魔物だけの楽園が出来上がるのか?
地球のことを考えれば、それも一つの選択肢なのだろう。
出来れば、その時に、真子も連れて行って欲しい。
「孔明さん」
貴子嬢が、何かを聞きたいようだ。
「ん?」
「真子さんが、私と一緒に”住みたい”と言っていますがどうしますか?」
真子が?
それも、いいかもしれない。
「貴子嬢の邪魔にならなければ、真子を近くに置いて欲しい」
「わかりました。円香さん。真子さんが、茜さんも一緒に住んで欲しいと言っていますが?」
「ん?茜の好きにすればいい。別に、ギルドの寮に住む必要はない」
「わかりました。多分ですが、茜さんから、別邸がギルドの支部にするという話が出るかもしれません」
真子の安全を考えれば、貴子嬢や茜嬢と一緒にいた方がいい。
それに、貴子嬢の別邸なら、襲撃が来ても怖くない。真子にも、新しい眷属が着くだろう。そうしたら・・・。
「話は変わるがいいか?」
「なんでしょうか?」
円香も頷いている。
「貴子嬢。俺と円香が買い物に出た時に、上空から俺たちを護衛していたよな?」
「・・・。はい。カーディナルたちが、心配して着いて行きました」
「あぁ別についてきたことを怒っているわけでも、ダメだと言っているわけではない」
「え?」
「貴子嬢。感覚が鈍っているのかもしれないけど、富士宮は、富士山に近くて、富士川があっても、鷹や鷲が頻繁に飛翔している場所ではない」
「あっ」
「スズメや椋鳥の集団の方が、まだ目立たない」
「そうですね。ダーク・・・。あっ。蝙蝠もダメですよね?」
「そうだな。夕方以降なら蝙蝠の方がいいだろう。途中で切り替えるとか出来れば、尾行も解らないだろう」
「あっ!そうですね。ありがとうございます。それと、考えていることなのですが・・・。静岡は、地下が少ないので考えていなかったのですが、東京は地下が多いのですよね?」
「・・・。そうだな。え?東京?」
「はい。日本ギルドは、東京にあるのですよね?」
「そうだ」
「それなら、東京までの追跡と東京での追跡も考えないと・・・」
ブツブツと何かを考え出した。
日本ギルドの連中を追い詰めるつもりなのだろう。
「貴子嬢。その役割は、俺たちに譲って欲しい。ダメか?」
「え?」
「俺と円香と蒼で、日本ギルドの連中を締め上げる。搾り取れるだけ搾り取り、奴らがやった事を・・・。白日の下にさらす」
「・・・。わかりました」
「貴子嬢に、感謝を、そして、日本ギルドの連中の情報は、確実にギルド内で共有する」
「・・・。あっ!はい。わかりました。円香さん。私、高校を出ていませんが、ギルドの職員になれるのですか?」
「大丈夫だ。ギルドの職員に、学歴は関係がない。日本ギルドは、大卒とか言っているが・・・」
「そうなのですよ。良かったです。書類で必要になる物はありますか?」
「あぁ血の登録が必要だが・・・。あとは、住民票は、マイナンバーがあればいいか?この辺りの処理は、茜に聞いて欲しい」
「あっ!大丈夫ですよ。スライムですが、血は出せます。指紋もありますよ?あっ先に、血液が本当に、血液か調べた方がいいかも・・・」
「わかった。孔明。頼めるか?」
「ん?教授を頼るか?」
「そうだな。彼も出来れば、ギルドに招きたい。話をしたら乗ってこないか?」
「・・・。乗ってくる。違うな。何を投げうってでもやってくるだろう」
「そうだろう?貴子に確認したい」
「なんでしょうか?」
「今、話をしている清水教授は、簡単に言えば、マッドサイエンティストだ」
「はぁ」
「それも、魔物が大好きな変態だ」
「・・・」
「魔石を使った実験を繰り返して、ラットや魚が魔物になる事象も発見している。残念ながら、再試験に失敗している。教授以外では、魔物になったことが確認できなかった。そして、魔石が取れなかった」
「あぁ・・・」
円香が、手を上げて貴子嬢の説明を遮る。やはり、何か条件があるのだろう。それを、貴子嬢は知っている。
教授と合わせるのは危険な気がするが、教授が自分の興味以上に他で話をする可能性は低い。日本ギルドの連中だけではなく、権威という物を嫌っている。貴子嬢が齎した情報を少しだけ流して他にもあると言えば、自衛隊の研究室を辞めて、静岡に引っ越してくるだろう。
危険な感じはするが、手元に置いておいた方が安全な気がする。
医師免許もあるから、貴子嬢の偽装や真子の為にも必要な人材だ。
「貴子が、良ければ、教授に健康診断を依頼したい。真子と茜も一緒に頼むべきだろう」
「円香さん。その教授さんは、どこかのお医者さんなのですか?」
「清水教授は、自衛隊に属しているが、変わり者だ。医師免許と獣医師の免許を持っている」
「え?それなら、カーディナルとかアドニスとか・・・。調べてもらえますか?」
「喜んで、健康診断をすると思うぞ?」
清水教授なら、魔物になってしまっている動物がいて、眷属になっていると聞いたら、喜んで来るだろう。
「そうなのですか?」
「あぁ」
「病院はどうなりますか?」
「教授のご実家が使えればいいのだが・・・」
清水教授の実家は、清水にある。
病院は廃業しているはずだ。
「円香。教授の実家は、廃業していると思うぞ?」
「そうか・・・」
「廃業からの復活は難しいのですか?」
「ん?」
「お金の問題だけなら、私が貰う予定のお金で病院を作れませんか?ギルド専用の病院とか・・・。ダメですか?」
「ダメではないが、いいのか?」
「はい。お金が有っても、使うところがないです。数百万になれば十分だと思っていたので・・・」
それは、そうだろう。
調べても、魔石の値段しか出てこない。それも、ゴブリンの魔石程度の大きさでの値段だ。貴子嬢の金銭感覚がおかしいわけではない。世間とのずれが激しかっただけだ。
ギルドの陣容を揃えないと・・・。
「わかった。廃業した病院を買い取って、教授に任せよう。あと、研究所も作ったほうがいいかもしれない」
「円香。研究所は、まだ早いと思うぞ?」
「教授が人を連れて来るだろう?あの部署は、どうせ、日本ギルドから疎まれているのだろう?」
「あぁ教授の為人を考えれば、日本ギルドの連中の手を取るとは思えない」
「あの・・・。その教授は、どんな人なのですか?マッドサイエンティストなのは、話から解りますが・・・。信念とか、ある人なのですか?」
「ははは。そうだった。あの人の信念は、『面白い事を好きなだけ行うこと。気になることを解明すること。そして、解った事はオープンにしてこそ意味がある』と言い切る人だが、解ったことを公開するのには慎重だ。世間に及ぼす影響を考える。バランスはしっかりと取れる人だ。変わり者だけどな」
「そうなのですか?奥さんやご家族は?」
「いない。よな?」
円香が、俺を見てきたので、頷いておいた。
「奥さんと娘さんが居た」
「居た?」
「貴子嬢のご両親と同じだ」
「あっ・・・」
「だから、ギルドを嫌って、自衛隊の研究施設に入った」
「そう・・・」
「古い体勢のギルドは、円香が一掃した。だから、改めて教授を誘える」
貴子嬢が、何かを考えている様子があるが、病院を作るのは、大事だが、確かに、真子や茜嬢のことを考えれば、情報が秘匿できる病院は必要だ。
それに、研究施設としての意味を持たせれば、ギルドが保持する意味合いが強い。
「わかりました。病院と研究施設を作りましょう。場所は、私の別邸の近くがいいのですが、大丈夫ですか?守るのに、近い方が楽なので、いろいろな場所に施設があると、抜けや漏れが怖いので・・・。申し訳ないのですが・・・」
楽しくなりそうだ。
あとは、ネットに強い奴が来たら、陣容が揃う。
手足になる者たちが必要だが、自衛隊でまともな奴らに声を掛けるのはいいけど、それ以外にも人が必要だ。
円香はどうするつもりなのか?
「家の場所が決まったみたいです」
貴子嬢が、茜嬢と真子とライ殿が話している内容を教えてくれた。
「貴子。奥に敷地が増やせるようなら、増やして病院兼研究所を作ろう」
貴子嬢の説明では、通りには間口が狭い通路を作って、通路の両脇には”草木”を植える。
通りに繋がる場所には、門を設置する。
門から、奥の家に繋がる通路は約20メートル。
その先に、離れを作る。離れは、真子と茜嬢が生活をする場所になると言っているが、この場所がギルドの支部になるのだろう。
その先に今のところは3つの空き家があり、それらの敷地を買い取って、一つにする。
そこに、貴子嬢の別邸を建てる計画だ。貴子嬢の希望で、地下室も作るようだ。理由は、聞かなかったが、地下室があると嬉しいようだ。
敷地内に池を作る。他にも、草木を植える計画があるようだ。
横道に繋がる場所には、高めの塀を設置する考えのようだ。
「そうですね。同じ敷地内に在ったほうが楽ですよね」
円香の考えでは、通りとは別に側道があり、側道に繋がる場所に、病院を建築して、後ろに研究所を設置すれば、貴子嬢の別邸が隠せるうえに、近くに住んでいる人には、病院の先生が住んでいる家だと誤認識させることができる。通りに繋がる道も、私道で病院の関係者が使う道だと思わせることができる。
貴子嬢の家が狭くなってしまう分は、奥の家を買い取ることで増やす考えだ。
奥の家は、売りには出ていないが、空き家なのは、すぐに茜嬢が確認している。持ち主が不明になっている物件なので、市が管理している可能性があるのが面倒だが、ギルドの施設を作ると言えば、売買は可能だろう。
「貴子の家族は、誰が来る?」
「まだ決めていませんが、ライは確定として、私の分体が常駐するつもりです。あとは、街中に居ても不思議ではない者たちを交代で連れてきます」
「わかった。野鳥は出来れば、裏山をベースに考えて欲しい」
「え?」
「野鳥に餌付けすると、条例違反になる可能性が高い。奴らが付け入る所は、そういうつまらないことを突いてくる」
「そうなのですね。わかりました。カーディナル・・・。猛禽類は大丈夫なのですか?」
「猛禽類は、役所に届ける必要がある。孔明!」
「貴子嬢。他に、どんな種族が居ますか?海洋生物とか、河川に居る生物は、役所に届ける必要がある場合が少ないので、今は猛禽類や動物ですね。あっカミツキガメとかワニとかは届け出が必要です。解らなければ、種族を教えてください」
「えぇーと・・・」
貴子嬢の家族の話を聞いて絶句した。
種が多い。それだけの動物が居たのかと思ったが、どうやら、いろいろな場所から集まって来たらしい。それでも、外来種と言われるような者たちまで居るとは思わなかった。
外来種を捨てるような奴が居たのだろう。
タヌキは、昔から居た可能性はあるが、アライグマやハクビシンや台湾リスやヌートリアやキョンは外来種だ。外来生物が繁殖しているのは以前から問題になっていたのだが・・・。
もしかしたら、貴子嬢に頼めば外来生物を魔物にしてしまえば、繁殖を抑止できるのでは?でも、ギルドが考える事ではない。
「円香?」
「ダメだな」
俺も同じ考えだ。
貴子嬢の家族を、登録したら・・・。
「え?何がダメなの?」
貴子嬢が絶望した表情をする。
円香の言い方が悪い。
「あぁ貴子嬢がダメと言っているわけではない。これだけの外来種や動物を登録すると、目立ってしまう」
「あっ」
そうだ。
これだけの動物が登録される。
それも、一人の未成年の女性だ。問題にはならないが、マスコミの格好の的だ。スライムだと知られる心配はないと思うが、どこから情報が流れるか解らない。それに、戸籍が残っている限り、どうやって大金を稼いだのか?憶測で書かれたゴシップ記事が出てしまう可能性もある。そのうえで、ギルド職員だと知られたら、日本ギルドの奴らが動き出すのは間違いない。
「それに、これだけの動物を登録すると、マスコミが寄ってくるかもしれない。対応が面倒になる」
「そうですね。無登録だと何か問題が・・・。あるのですね」
無登録でも大丈夫だとは思うが、日本ギルドのことを考えれば、登録はしたい。
数よりも種類が問題になりそうだ。貴子嬢も、俺と円香の表情から、問題はないが、問題になると判断したのだろう。
「あっ!孔明。教授に、動物の登録を行わせて、施設で飼育してもらうことは出来ないか?保護していると言えば問題はあるが、問題にはならない。そのうえで、ギルドで保護していることにすれば、マスコミが寄ってきても、ギルドの権限でシャットアウトできる」
円香の出した妥協点が、唯一の逃げ道の様に思える。
「円香・・・」
「どうした?」
「病院や研究所を作るのはいいが、貴子嬢の予算内でやるのはダメだぞ?」
「あっ」
円香は、すっかり予算のことが抜けていた。
病院を居抜きで揃えるのなら低予算で収まる可能性もあるが、新規で作るとなると、億単位の金が必要になる。教授の実家から体裁を揃えるだけの機材は持ってくるとしても、まとまった金が必要になる。
確かに、貴子嬢には10億単位で金が入ってくるが、ギルドの施設を作るのに、貴子嬢の金をあてにするのは間違っている。
「私は、別に・・・。あっ!そうだ。ギルドで、オークションを行う利益で、賄えませんか?将来のことは別にして、ギルドで雇ってもらえて、給与が出るのなら、私はそれで十分です。あっ給料はあるのですよね?」
「ははは。もちろんだ。ギルド職員の給与体型は、ギルドの売り上げに依存するが、基本給は決められている。役職なしの場合は、支給額で25だ。賞与は、ギルドの売り上げに依存だ」
「へぇ」
一応、税金の話もしておいた方がいいだろう。
今の日本は税金が高すぎる。
「貴子嬢。25だと、半分くらいは国に持っていかれる」
「そうなのですね。それでも、12-3万くらいは貰えるのですね。十分です」
やはり、税のことはあまり考えていなかったようだ。半分は、大げさだけど、似たような感じだ。
十分と来たか・・・。
持ち家があって、貯金があれば十分だと言えるのだろう。
「ははは。ボーナスは期待していい」
「はい!あっ。その前に、血液やら、いろいろ考えないとダメですね」
「まぁダメだったら、抜け道を考える」
「いいのですか?」
「いいも何も、イレギュラーな状況だからな。一つのイレギュラーに、二つ目が加わるだけだ。対して変わらない」
「そうなのですね」
「ギルドは、歴史が浅い組織だから、イレギュラーが発生した時の対応が柔軟な所が、素晴らしいからな」
「そうなのですね。よかったです」
「おっ」
「孔明?」「孔明さん?」
「あぁ蒼からだ。魔石の生成が出来たそうだ。追試もOKだ。申請書類にまとめると言ってきた」
「公開は、待つように伝えてくれ」
「大丈夫だ。蒼も、いつでも申請ができる様にしておくと言っていた。あとシャレで特許の申請を行う書類も作るようだ」
「特許?実用新案ではないのか?」
「あぁ一応、特許で試してみるのだろう。個人の技能に寄らない作成だから、特許でよいとは思うが、特殊技能だからな。判断が分かれるだろう」
特許とは、蒼も面白い事を考えたな。
確かに、特許の申請が通る可能性は低いだろう。しかし、実際に魔石が出来てしまう方法だからな。審査は、ギルドに連絡が来るだろうが、そのギルドが提出した特許だ。そうなると、もう一つの組織に追試や正当性が流れる可能性がある。
面白い事になりそうだ。
ギルド内部の情報公開では、奴らの所に届くまでや、マスコミに届くまでにタイムラグが発生する。
しかし、特許なら奴らにも届くだろう。そして、奴らなら、マスコミに簡単にリークしてしまうだろう。特許庁の口の軽い奴らが、情報を流す可能性もある。
流れの確認をしてから、役割分担を考えなければ、それにしても人が少ない。
貴子ちゃんと話し合って、スライムの姿の時には、”主殿”と呼んで、人の姿の時には、”貴子ちゃん”と呼ぶことに決めました。
貴子ちゃんたちが、真子ちゃんを治してから、ギルドは大忙しになりました。私は、以前から忙しかったので、問題はありません。
私だけが忙しくなったのなら文句を言おうかと思ったが、私は楽な忙しさだ。貴子ちゃんと真子ちゃんと一緒に不動産屋さんや、工務店を訪れている。あとは、山の所有が可能なのか?可能なら金額を調べる仕事があったが、そちらはすぐに終わりました。
山は、浅間神社の領有している部分は無理でしたが、それ以外の購入は可能でした。貴子ちゃんが持っている山の周辺も、購入が可能になっていました。山梨方面の山も購入が可能でしたので、買えるだけ購入する方針になりました。
そして・・・。
報告を兼ねた会議が始まっています。皆の疲れた顔が印象的です。
「円香さん。本当ですか?」
主殿が、ギルドの防諜を行ってくれました。盗聴はクリアになったと思って大丈夫なようです。
あっ!人型になったので、貴子ちゃんです。間違えると、怒られはしませんが・・・。可愛く拗ねられます。
貴子ちゃんが、円香さんに質問をしています。
私も金額を聞いて、愕然としました。
税はしっかりと払い終えています。日本政府も、貴子ちゃんの存在はイレギュラーだったのでしょう。ギルドに税をおさめるだけで、魔物に関する税金は諸外国やギルドからの圧力に屈する形で、ギルドが納める税だけです。
金額が少ない時には、大きな金額ですが、貴子ちゃんが得た金額を考えれば、金額は大きいのですが、所得税などを考えれば、微々たる金額です。
貴子ちゃんがギルドから受け取った金額は、74億円を越えています。
74億は、貴子ちゃんの売買益ではなく、鑑定ができる魔石を売っただけの金額です。恐ろしいです。ここに、私が報告するオークションの売り上げが加算されます。
予想では、20億くらいと見ていました。その為に、20億で山を買って、土地を買って家を建てる計画にしていました。
ギルド(日本支部の主催ではない)内オークションが開催されて、最初の一つが落札されて、詳細な情報がワイズマンに登録されると、鑑定ができる魔石に関する問い合わせが増えてしまった。
貴子ちゃんに相談したら、快く100個の魔石を融通してくれました。
全部が、鑑定ができる魔石です。
ワイズマンは、ギルド日本支部から100個の提供が出た事で、”鑑定ができる魔石”が製造できる可能性を論じました。私たちの所にも問い合わせがありましたが、ギルド員の個人技能だと言えば、問い合わせは止まりました。ワイズマンから個人技能に取り扱いに関する注意が各ギルドに通達されました。
その後、本部から”定期的に提供ができるのか?”という問い合わせがありましたが、円香さんは”不明”とだけ返していました。
その後、鑑定ができる魔石は全部が同じ品質ではなく、回数が違う場合や、鑑定ができる情報に差異が生じるようになっています。
これも、円香さんと貴子ちゃんが決めた事です。ワイズマンが少しでも誤解してくれるように考えた方法ですが、その結果、オークションが盛り上がってしまいました。
貴子ちゃんが考えてもいなかった大金が入ったので、貴子ちゃんが家を作って、私と真子ちゃんと住むことが決定しました。
あと、ギルド直属の病院も作ります。オーナーは、貴子ちゃんです。
山も買えるだけ買います。地主たちも簡単に手放します。売値に色をつけています。鉄塔の賃貸料が入るために、売り渋っていた人も居ましたが、30年分の賃貸料を上乗せしたら頷いてくれました。楽しい交渉でした。交渉の席で、山に魔物が発生した時の問題点もしっかりと伝えました。そのうえで、上乗せ金額です。頷かない人の方が少ない状況でした。
ユグドが山の一つを管理します。真子ちゃんや円香さんや茜や蒼さんや孔明さんの眷属が過ごす場所に決定しました。
ユグドが管理している山にも、魔物が発生していました。
魔物は眷属たちが駆逐してくれました。
保護した動物たちは、主殿の眷属になっています。主に、鳥系でしたが、何処から逃げ出したのか、猫が数匹と誰かが逃がしたワニガメなどの動物が見つかっています。
ワニガメは、主殿の別宅の庭に居てもらう事に決定しました。
ワニガメ君が得たスキルが結界だったので、家を守るのに丁度よいという判断です。他にも、主殿の眷属が家・・・。もうごまかせません。屋敷を守っています。そうなのです。家ではありません。屋敷です。地下室があって、庭があって、表に繋がる通路には、敷石で通路が作られて、白い砂利が敷き詰められています。表通りから入った場所には、真子ちゃんと私が住むことになる離れがあります。
部屋ではなく、離れといっても、普通の家です。違うのは、母屋と繋がっていることです。表ではなく、地下で繋がっているのは、真子ちゃんの拘りです。
誰かに襲われた時に、逃げるための通路は必要だと言っていました。
真子ちゃんは、誰と戦っているのでしょうか?
主殿もせっかく新築するのだからと要望を書き連ねてくれました。地下にシェルターにもなる、シアタールームを作っています。ギルドの人間が増えても大丈夫なように、20人くらいが映画を見られるようになっています。
”お金はあるので、使ってしまいましょう”が、主殿の言葉です。
病院も作りました。
孔明さんが連れてきた変人・・・。いえ、頭のおかしいマッドサイエンティストが、院長です。
主殿は喜んでいたので、文句は言いませんが、孔明さんの知り合いにしては珍しいタイプだと思ったら、元々は蒼さんの知り合いだと聞いて、少しだけ安心しました。
人向けの健康診断を行う病院と動物病院が併設する変わった病院です。
医院長は、マッドサイエンティストですが、オーナーは貴子ちゃんです。最初は、貴子ちゃんが辞退しようとしましたが、税制の問題もあるので、病院のオーナーは貴子ちゃんの方がよいと説得しました。
貴子ちゃんが持つ大量のお金をつぎ込む場所として病院が適切です。
健康診断の為には必要がない機材も大量に購入しました。マッドサイエンティストが連れてきた人たちが居なければ、倒れていたのは・・・。
貴子ちゃんのお金を使って、屋敷と病院を作ります。
病院は、貴子ちゃんの実験室にもなる予定です。
ポーションを使った治験は既に開始されました。
もちろん、事前に説明をして、口止めしています。口止めも、貴子ちゃんが契約を結ぶようになっています。
マッドサイエンティストは、ポーションの実験ができる人材を連れてきては、嬉々として契約を結んで治験を行っています。実験と言っても、病気が治ったり、動かせるようになったり、臓器の損傷を治す程度にしているようです。真子ちゃんに施したような治療は行っていません。
「茜!茜!」
考え事をしていたら、円香さんに怒られました。
「え?あっ!ごめんなさい」
会議中なのをすっかり完全に忘れていました。
貴子ちゃんに、オークションの結果を伝えます。
ギルド日本支部主催で初めて行ったオークションは、貴子ちゃんから提供があった素材が中心です。魔石はオークションを行いませんでした。
カバーストーリーの為です。
孔明さんが、日本ギルドの連中に流した魔石の損失を埋めるために、ギルド日本支部は貯め込んでいた素材をオークション形式で売りに出した。
貴子ちゃんが持ってきてくれた素材の中で言えば、中級程度の品質ですが、今までの常識では上級素材にも届きかねない物です。
オーガの角は、世界でも1-2例しか見つかっていない物を目玉商品として出しています。
同じ物で、品質が高い物が日本ギルドにも流れています。
喜んでいることでしょう。オークションの開催は、孔明さんを通して日本ギルドにも情報が流れています。
情報が流れた翌日には、経済産業省からギルド日本支部がオークションを主催する場合には、日本国籍を持つ者だけに参加資格を与えるように通達が来た。あからさますぎて皆で笑ってしまいました。
オークションの落札価格を、貴子ちゃんに説明しました。
「ありがとうございます」
「物品は?」
「既に、配送を行った」
円香さんは、”配送を行った”と言っているが、実際には孔明さんと蒼さんが、手渡しをしている。
素材は、原則、手渡しです。宅配便や郵送は考えていません。その為に、経済産業省から言ってこなくても、落札者は日本にいる必要があったのです。国籍までは、考えていませんでしたが・・・。
落札者には、メールの暗号化と似たような方法を採用しました。
落札者には、符丁を渡します。符丁の暗号化は、お互いの公開鍵を使います。受け渡し前に、暗号化したデータを貰って、ギルドの秘密鍵で復元を行います。問題がなければ、振込を確認してから、落札品の引き渡しを行う手順です。
面倒だと言い出した落札者も居ましたが、無視です。
面倒だと思うのなら、入札をしなければ良いです。
素材の多くは、私たちが考えた者たちが落札していきました。
時間を少しだけ巻き戻します。
真子ちゃんの治療が終わって、体力も元に戻った。もう大丈夫だと判断されました。孔明さんと真子ちゃんの仮住まいが決まりました。
ギルドとして動き出せるタイミングで、必要がない素材を、主殿がギルドに持ってきてくれました。
ゴブリンの角や(主殿基準で)使い道がない魔石です。大量です。驚くほどの量です。横流しをして、オークションにかけても余ります。余ったら、各国のギルドに流すことになるようです。
孔明さんと円香さんが話し合って、日本ギルドに横流しを行うブツを決めています。
ギルド日本支部は、主殿の結界で守られています。
防諜は最善を尽くしました。ネットワークは、専門家を雇い入れる方向で話が進んでいます。ワイズマンからの提案は、ギルド日本支部をモデルケースにして、ネットワークの防諜にも力を入れていくという事です。各国でも似たような問題が発生しているようです。
日本ギルドの様に、魔物の素材を軍事に組み込みたい国は多いようです。
海底火山の話は、ワイズマンも検討を開始したようです。
調べるのには時間がかかるらしいのですが、ギルド日本支部から出した推論で間違いはないだろうという話になっています。追試の必要がなく、実地で調べるしかない情報なので、見守っていくことに決まりました。世界規模での観察です。特に、海底火山の近くにある国は狂喜乱舞しています。陸地の魔物は国境を越えないのに、海洋の魔物は国境を越える可能性が出てきているためです。理由は解っていません。でも、魔物が存在しないはずの国の海岸で魔物が発見された事例が出ています。その為に、海洋からの流入を疑っているのです。
ギルド日本支部への褒賞は、主殿の報酬に当てられました。
主殿は、日本の国籍もあり、学生だった時の身分証もありました。国が発行しているカードも持っていたので、ギルドへの登録はスムーズに行えました。
孔明さんは、日本ギルドに横流しを行いました。
追跡は無理かと思ったのですが、主殿が魔石を追跡する方法を教えてくれました。
主殿の眷属である木の魔物から作られた箱で横流し品を持っていってもらったために、情報が筒抜けになっています。盗聴対策をしていても無意味でした。そして、やはり、魔物が存在しない国に魔石を流していました。
それも、相場の10倍近い金額です。ゴブリンの角という使い道があまりない素材も同じように相場以上の金額で流していました。
愚かです。円香さんと孔明さんの張った罠に自ら飛び込んできました。
日本ギルドの人たちは、自分たちは搾取する側だと思っているのです。相手を自然と下に見ています。その為に、下にいる者たちも”牙”や”爪”を持っていることを忘れてしまっているのです。
日本ギルドは、取引を行う時には、”日本”という言葉を省略しています。
使っている様式も、ギルドに合わせています。悪意を感じますが、今回は、その事が裏目に出ます。
孔明さんが横流しを行ったと同時に、一度目のオークションを開催しました。
こちらは、魔石は含まない素材だけのオークションです。
二度目のオークションの準備を行っています。こちらが本命です。
「茜!」
「準備は出来ています。オークションが先ですか?それとも、魔石作成の情報をリークしますか?」
「同時に行う」
「解りました」
二度目のオークションでは、横流しした物よりも、品質も良くて、大きめの魔石を出します。
作った魔石です。半分以上は、主殿の眷属が作ってくれた物です。マッドサイエンティストが調べた所、魔物からドロップした魔石と違って出力が強くて、既存の魔石を使った道具に差し込むと、暫くはいいが出力に耐えられなくて、道具が壊れてしまう。
作られた魔石に合わせて道具を作ろうにも、素材が耐えられない。現状の製品では不可能だという結論が出ました。
道具を作るには最低で上位種の素材を使って、加工にも主殿が推奨する”魔抜き”を行う必要があるようです。もちろん、”魔抜き”は秘匿技術です。
魔石生成の技術はオープン技術です。登録者は、秘匿しましたが、ギルド日本支部が名義を取得した技術です。
蒼さんに追試をしてもらって、大丈夫だという判断が出ました。論文も提出しています。体裁は綺麗に整っています。
魔石の作成は、びっくりするくらいの喰い付きを見せました。世界中のギルドが追試を行ってくれました。
ワイズマンを通して、各国のギルドに通達が入って、追試の結果が伝えられてきます。
しかし、魔石の作成技術の落とし穴を誰かが発見したのでしょう。落とし穴も追試が行われて、ワイズマンから、各国に既存の道具への適用を見送るように通達がでました。反応が早くて驚きました。
主殿から簡単な方法を、ギルド日本支部は聞いているのですが、秘匿しています。誰かが気が付くのを待っています。ワイズマンからは、何も情報が出てこないので、主殿が提示した”簡単な解決策”には辿り着いていないようです。
既存の道具用にある魔石に、作られた魔石から、マナを注入する方法です。主殿が普通に行っているので、ギルド日本支部では、道具にマナの注入を行っていたので、”壊れる”とマッドサイエンティストが言い出した時には驚きました。
1回目のオークションが終わって、落札品を落札者に受け渡したあとでした。タイミングもびっくりするくらいに良かったです。
オークションは、ワイズマンの許可を得て、日本国内で日本国籍(法人は含まない)を持っている者だけが参加できる形にしました。
やはり落札者は・・・。
愚かですね。ワイズマンからの忠告は、日本ギルドは知りません。
国内外の軍需産業に流している道具の燃料として、魔石が必要なのでしょう。
武器商人たちが、日本ギルドから廻された魔石を使って、道具を起動します。最初は、出力が上がるので喜ぶでしょう。しかし、故障で済めば”よかった”部類です。道具によっては、”破壊”になってしまう可能性があります。”破壊”ならいいのですが、”爆発”や”暴発”も考えられます。日本ギルドは、どう責任を追うのでしょうか?
ギルド日本支部では、ワイズマンに連絡を入れて、”観賞用”としてオークションを行う旨を通達しています。
追試の最中の技術で作った魔石です。何が発生するのか解らないからというのが”建前”です。
日本ギルドから作られた魔石を高値で購入した者たちは、ギルド日本支部に苦情を言ってきましたが、ギルド日本支部との商取引の履歴がなく、尚且つ”観賞用”の魔石を使って道具が壊れたからと、こちらが保証する謂れがないと突っぱねています。
苦情は、転売した人に言ってください。
円香さんと孔明さんが、凄くいい笑顔で苦情を言いに来た人たちを追い返しています。
書類を持ってきていますが、ギルドが定めた書類ではないので、偽物と断定しています。相手も、解っていて、ギルド日本支部に来ているようです。
日本ギルドから何かしらのアクションがあると思っていましたが、まだ何もありません。
その間にも、私たちは精力的に動いています。
新しい眷属が増えました。
円香さんには、木の魔物が眷属として契約ができました。良かったです。
孔明さんの眷属は昆虫型です。害虫と呼ばれるような者たちも孔明さんが契約を結びました。種族で1体だけで、”族”になるようです。
蒼さんは、驚いたことに猫系と犬系とだけ契約が出来たのです。喜んだのは、千明でした。すぐに、保健所に連絡を入れて、猫と犬を大量に引き取ってきました。ギルドで、魔物を討伐するために訓練を行うという建前です。嘘ではないです。主殿も協力してくれて、魔物になった猫や犬を蒼さんが眷属にしました。ただ、キャパシティの問題で猫が1体と犬が1体です。あと、フォレットが1体です。連れてこられた動物たちは、相性が一番いい個体が蒼さんと契約を結んで、他は主殿が引き取ることに決まりました。
こっそり主殿に教えてもらったのですが、どうやら私と真子ちゃんだけの様です。何がとは言いませんが・・・。
マッドサイエンティストがギルドに合流してきてからは、主殿の別宅が大きく広がりを見せました。
孔明さんの元同僚がギルドに合流してきました。
今日は、久しぶりにギルドでのお仕事です。
私と円香さんは資料をまとめています。
主に、魔石の行方と日本ギルドに関しての情報です。世界的な動きもありましたが、ターゲットは日本ギルドです。そして・・・。
ギルドの電話は鳴りっぱなしです。
主殿に頼んで、遮音の結界で覆ってもらっています。自動応答が電話を捌いてくれています。電話はワイズマンが答えることがあります。合成音声ですが、最初は英語で答えるように設定が行われています。登録されている電話番号からの着信なら、担当する者が座っている机に転送されます。
千明の知り合いで、ITに詳しい人が業者に依頼して作り上げたシステムです。
残念なことに、ITに詳しい人はギルドには加わってくれませんでした。協力はしてくれるという約束を取り付けました。
ワイズマンにシステムの提案書を確認してもらいました。各国からも問題はないと言われたので、構築に乗り出したのです。もっと、複雑にするのかと思ったのですが、私たちでもメンテナンスが出来るように簡単な仕組みでセキュリティが高い方法で組み上げてくれました。
電話との連動もシステムの一環です。CMSというらしいです。よくわかりませんが、余計な電話に出なくて済むのは、心の余裕にも繋がります。気分的にも、楽です。自分の机の上に置かれた電話を、外出モードにしておけば、スマホに転送されてきます。留守や帰宅に設定しておけば、転送されずに、自動応答が要件を聞いておいてくれます。
電話が鳴りっぱなしの理由は、日本ギルドに騙された人たちが、コンタクトを求めてきているだけなので、無視を決め込んでいます。
そもそも、正規のギルドがあるのに、国際機構が認めていない日本ギルドから購入しているのですから、問題が発生したり、金額が高くても、自己責任でしょう。それに、買った物は別に偽物ではないのです。ただ、現在では購入金額の1/10程度の価値になってしまっているだけです。
魔石を作ることができる。この情報が、世界中のギルドから発表されました。
その後、既存の魔道具に使うと最初は出力が上がるが、使い続けると魔道具が壊れてしまう事象が発覚した。その時には、既に作られた魔石とドロップした魔石の違いが解らない状況になってしまっていた。
困ったのは、武器商人です。
魔石をエネルギーにした、発砲装置を作ってリリースしたばかりです。何割かは壊れて使い物にならなくなってしまったのです。
ギルドは、魔石は平和利用に関してだけ売買を許可している組織です。武器商人がギルドに責任を押し付けようとしても無駄です。
日本ギルドは、半ば解散状態にまで追い込まれています。
孔明さんの横流し品を高値で、魔物が産出しない国に高値で売りさばいたのが問題になっています。買った国が、武器への転用を行っているのが、世界的なニュースになってしまったからです。
国からの助成金も入っていたことや、理事に政治家が名を連ねていたことも問題になっています。その関係で、ギルド日本支部への取材申込みが来ていますが、日常業務が忙しいという理由で取材を断っています。
取材は拒否していますが、円香さんと孔明さんがマスコミに出向いて話を受けることで、ガス抜きを行っています。
また、世界的な組織である事が強調された事で、マスコミが無理矢理な取材を行おうとしなくなったのもいい傾向です。
「あっ!茜さん!」
「貴子ちゃん!真子ちゃん。おかえり。編入はできた?」
「はい。大丈夫でした。週明けから、通えます」
貴子ちゃんが、肩に文鳥を乗せています。もちろん、貴子ちゃんの眷属です。そして、真子ちゃんと手を繋いでいます。多分、真子ちゃんが繋ぎたいと言ったのでしょう。嬉しそうな表情をしているので解ります。週明けと言っていますが、来月の頭からという意味でしょう。
二人はギルドの職員になった証明書を持って、工業高校の定時制に編入する手続きをしてきたのです。
本来なら、入学試験を受けなければならないのですが、ごにょごにょと、はふはふな感じで、んしょとやって、面接と簡単なテストを受けて合格すれば1年生に編入が出来ます。さすがに、面接と簡単な学力テストを受けることになったのですが、二人とも一般的な常識は大丈夫です。他の問題も、スキルの恩恵をフルに使って合格を勝ち取っています。
「早いですね」
「それで、茜さんにお願いがあります」
真子ちゃんからのお願いは、孔明さんから聞いています。
孔明さんの家には、マスコミを名乗る無頼漢が押し寄せているので、出来れば真子ちゃんを隠しておきたい孔明さんとしては、孔明さんの家から真子ちゃんを通わせるのは避けたいようです。
「孔明さんから聞いています。部屋は余っていますから、貴子ちゃんの別宅?屋敷?豪邸?が、できるまでは、私の部屋から通ってください」
「ありがとうございます!」
孔明さんからもお願いされていますし、多分2-3ヶ月の間です。
基礎工事が始まっています。
内装も決めました。楽しかったです。病院の着工も始まりました。病院は、半年くらいはかかるようです。自家電源と2週間程度の水の確保が出来るように設計されています。もちろん、耐震構造です。最高レベルの耐震構造です。地下はシェルターの役割を持っています。
もう屋敷というよりも、要塞と言った方がいいかもしれないレベルです。
施工業者が苦笑していたのを忘れません。
「茜さん。定時制は、制服がないので・・・」
「え?」
「必要ないようです」
「・・・。そう。残念」
なんてことでしょう。
貴子ちゃんの制服姿は前に見ましたが、真子ちゃんも似合いそうだったのに・・・。残念です。せっかく、サイズを調べて購入したのに、学生服のヤマダで注文したのに・・・。残念です。でも、いいのです、購入して着てもらいます。コスプレになってしまいますが、似合っているので問題はありません。私の為に、制服を着てもらいましょう。
「茜!?」
「あっ。千明。おかえり。蒼さんは?」
「駅に、迎えに行っている」
「え?清水さん?」
「教授は、孔明さんが相手にしている。そろそろ戻ってくると思う」
「また現場?」
「そう。よほど、病院が嬉しいみたい。今日は、動物病院の確認みたいだよ」
「困った人ですね。健康診断の病院だけの予定が、透析の病床も作って、技師と雇うのだよね?」
「うん。30床らしいけど・・・。小規模で始めるとか言っていたわよ」
「好きにして・・・。動物病院の方が大事だとは言ってあるよね?」
「うん。大丈夫。教授も、動物病院と人工透析と内科と健康診断ならカモフラージュに丁度いいと・・・。らしいわよ」
「ふーん。大きな赤字は困るけど、貴子ちゃんが怒りださない程度の赤字なら大丈夫じゃない?」
「私が怒る?」
「あっ。教授の話。あのマッドサイエンティストが、実験のカモフラージュにいろいろ設置したみたいだから、赤字にならなければいいと思っただけよ」
「そうなのですね。この前、清水さんと打ち合わせした時には、投資金の回収は難しいけど、通年での黒字には3年で持ってくと言っていましたよ?」
「あのマッドサイエンティスト・・・。投資の方が膨大なのに・・・」
「別に気にしませんよ。ポーションの実験に協力してくれる人を見つけるためにも、病院は必要です。それに、私の家族を見てもらうのに、動物病院まで作ってくれるのはありがたいですよ」
貴子ちゃんがこの調子だから、あのマッドサイエンティストが調子に乗るのです。
そして、もう一人・・・。
「あれ?孔明と憲剛は?」
蒼さんに連れられて来た人が、先日からギルドに加わった人です。
主に、備品の整備や魔道具の開発を行う担当です。
困ったことに、この人も最初は普通の車の整備工だと思っていたのですが違っていました。
悪い意味で、マッドサイエンティストと同類です。そして、いい意味で孔明さんの知り合いです。最悪なことに、ギルドで唯一の妻帯者で生意気盛りな男と奥さん似ですごく可愛くて素敵なレディーの兄妹の父親です。そして、円香さんと同じくらいの酒飲みなのです。
あと、孔明さんが清水教授を連れてきてくれれば、全員揃っての会議が始められます。
先が思いやられます。
でも、凄く楽しみです。
千代田区のとある雑居ビルの3階。
この場所は、広くもないが狭くもない。雑居ビルには看板が掲げられているが、3階の部分にあった看板は取り外されている。存在を隠す理由ができてしまったために、看板も表に取り付けていた表札も取り外している。それだけではなく、代表電話も転送されるように設定が変更されている。
30平米程度の部屋は、綺麗に整えられている。
訪ねる客が多いわけでは無いのに、受付が設置されている。しかし、受付には、誰かが座っていた形跡はあるが、現在は使われている様子はない。
空間を仕切っているのはパーテーションだけだ。
会議室に使っている場所も、天井までは区切っていない。
会議室では、6人の男性が煙を吐き出しながら話し合いを行っている。
組織は、『日本ギルド』と呼ばれていた。
官公庁や多くの政治家や財界人が後援や支援を行っていた組織だ。
魔物に関しての知見もなければ、世界的な組織である”ギルド”に強い繋がりもない。情報の殆どは、ギルド日本支部に潜り込んだ者をスパイに仕立て上げて得ていた。
それだけではなく、スパイから素材の横流しを行わせて、”日本に置ける魔物素材”に関する利権を握ろうと動いていた。
目論みは、半分くらいはうまく推移していた。日本ギルドへのスキルを持っている者の登録が増えていた。登録が増えれば、それだけ素材の持ち込みが増えた。買い取り金額も、ギルド日本支部よりも高い表示をしていた。そこから、手数料と税を抜いた金額を登録者に渡していた。手数料と税を抜いた金額は、ギルド日本支部の買い取り金額を下回るが、登録者たちには、協賛企業からのサポートがあるという触れ込みだった。
日本ギルドの会議室で上がっている議題は、数日前から変わっていない。
同じ話題を何度も上げているが、結論が出ていない。今後も、同じように繰り返し議論されて、結論が出ない状態で時間と煙草が消費される。
「奴からの連絡は?」
「ない。いや、今は、それよりも、奴らが公開した情報が問題だ」
「何を、迂遠なことを!今、動かないと、全てを失う!なにか、方法はないのか?」
「先生たちは?」
「パリに研修に行かれた」
「研修?今?先生たちが主導していた事業は?」
「我らに任せると・・・」
「無責任な・・・。それで、事業は?」
聞かれた者は、首を横に振る。
大きなため息が会議室を支配する。天井に抜けた紫煙が虚しく漂っている。
「霞ヶ関の連中は?こんな時の為に、握らせていたのだろう?」
「ダメだ。自分たちの・・・。組織の利益しか考えていない奴らだ。こちらが不利だと感じたら、奴らに・・・。あぁ奴らにすり寄ったらしいが、興味がないと話にもならなかったらしい」
「ははは。嬉しくもない状況なのは、霞ヶ関も同じか?」
「こちらよりも状況が悪いようだ」
「なぜだ?」
一人の男が、持っていた週刊誌を会議室のテーブルに広げた。
そこには、魔物素材に関係する利権を官僚たちが供応を受ける企業や団体や組織に横流しをしていた証拠が、面白おかしく書かれていた。実際に、日本ギルドからの低価格で購入した物を、企業や団体や組織に流していたのだ。そして、金銭を受け取っていた。副業と言えば、まだいいが・・・。週刊誌は、俗称でイメージが悪い『転売ヤー』という言葉を使っている。皆が欲しがる魔物の素材を、安値で仕入れて、高値で欲しがっている者に売りつける。転売ではあるが、通常の商取引と同じなのだが、官僚が利益を自らの懐に入れて、自分が属している組織に便宜を計らせる。
週刊誌は、『銭ゲバ』という言葉で官僚を罵っている。
「この週刊誌は?」
「以前から、官僚を狙い撃ちしていた。そこに、ネタが転がり込んできたのだろう。どこからの差し込みなのか・・・」
週刊誌を読んでいた一人が顔を上げた。
「しっかりと読んでみろ。この内容では、我々から情報がリークしたようにも読める」
「・・・」
記事には、日本ギルドの名前が出ていない。
魔物の素材を入手した経緯が書かれていない。それどころか、週刊誌の同じ号に、ギルド日本支部が行ったオークションが取り上げられている。
そして、不正に低価格で落札された素材が存在していると締めくくられている。
「はめられた?」
「ん?なんだ?」
「お前たちが、奴らのオークションを使って魔石を入手した」
「そうだ。お前たちがオークションの事前情報を入手して、関係各所に根回しをして、魔石は偽物の可能性があるから、お前たちが入手して、鑑定を行ってから本物を流すと約束した」
その場に居た者たちは、自分だけは”関わっていない”と考えているのだが、皆が同じ船に乗っているのは、確かな事実だ。そして、情報として伝えられている状況も、把握が終わっている。
男が”お前たち”と、自分は関与していないと思わせるように語っている内容は、本人を含めて共通認識になっている。今更、指摘されても面白くないだけで、何も変わらない。
「それで?」
「その後、魔石を生成する技術が公表された」
「あぁ」
「お前たちは、スキルを所有していないから、魔石の生成は出来ない。しかし、お前たちの顧客には、スキル持ちが存在していて、魔石の生成に成功してしまった」
男が語り終わるまで、誰も言葉を発しない。
「しかし、それは・・・」
「そうだ。スパイから情報が来なかったと、貴殿は言いたいのだろう?そのスパイの所在も、S2の所在も掴めていないのではないのか?」
「それは、調査班が無能だからだ!」
「あ?調査は完璧だ。分析が出来ていないだけだろう?分析班の責任だ」
「なんだと!あんな情報で何が完璧だ。殆どが、子供でも得られる情報だけだ。それで、どんな分析ができる?分析に耐えられるデータを入手してから言え!」
「それは、貴殿たちが無能だからだろう?本当に、優秀な者なら些細な情報の積み重ねこそが大事だと知っている」
一人の男が机を叩いた。
言い争いが聞くに堪えないという理由が大きいが、それ以上に、自分に火の粉が降りかかるのを恐れたから、これ以上は言い争いを続けさせたくなった。
「調査班の調査は、継続しているのだよな?」
「あぁ」
「それならいい。分析班は、なんでもいい情報を救い出してくれ、特に、奴らに加わった人物の情報が欲しい」
「それなら準備している。原本は、あとでいつもの方法で渡す」
それだけ言って、男は数枚の分析結果と書かれた書類をテーブルに置いた。
人数には足りないが、この場には自ら率先して、コピーを作ろうとする者は居ない。順番に回そうという発想もない。お互いに、情報を秘匿して、相手から情報と金を引き出すことしか考えていない。
協力関係にはあるが、お互いに仲間だとは思っていない。
船に乗り合わせながら、同じ漁をしながら、全員が自分以外を信用も信頼もしていない。全員が敵で、自分の利益を奪おうとしている者だという認識だ。自ら進んで船に乗り込んだのだ。その船が豪華客船の様に見えた泥船でも既に降りることは許されない。
男たちが持っている権力は、誰かの裏付けの下に成り立っていた。
その”誰か”も他の者が支えている。
互助会と言えば聞こえはいいが繋げているのは、”利益”だけだ。
そして、”利益”の提供が出来なくなった者は、その輪から排除される。新しい仕組みが自然と構築されるまでは、成り行きに任せられるのだが、自然と輪から外され新たな秩序が構築される。
男たちは、自分たちは”輪”の中心だと思っていた。
しかし、”輪”は男たちが居なくなれば、新しい秩序の構築が可能な”誰か”が加わるだけだ。
男たちは、今まで排除する側に属していた。自分たちは優秀な人間で、権力に守られる立場だと考えていた。
だから、自分たちの利益のためには、権力を使う。常識を歪めることも、自分たちには許された特権だと考えていた。
説明回です。読み飛ばしでも大丈夫です。
後から調整が入る可能性が大きいので忘れてくれると嬉しいです。
---
今日は、ギルドの結成式という名前の宴会(二部構成)です。
ギルドは大きく変わりました。
貴子ちゃんのおかげです。人員も増えて、私の仕事が楽になりました。
清水教授・・・。清水さんがギルドに合流しました。加入が正式に承認されました。いろいろ大変でした。主に、自衛隊とのやり取りで・・・。清水さんは、機密情報を握っている立場だったので、それらの保持に関する約定を取り交わさなければならなかったのです。
ギルドが持つ情報と引き換えに、清水さんがギルドに参加しました。そして、貴子ちゃんが作る病院で、自衛隊員の健康診断を行うことなどが決められました。ポーションの実験なども内々にですが承認されました。
貴子ちゃんの別邸は、整いつつあります。
今は、地下室の工事を行っています。病院から、別邸の地下室に入ることができます。
私と真子ちゃんが住む家は完成しています。
ユグドの引っ越しも終了しています。
ユグドの本体が成長しました。ユグドは、私と真子ちゃんの家の周りを担当します。
道路から、家までの通路は、貴子ちゃんの家族が担当しています。
素敵な家が出来ました。
安倍街道沿いに門を設置して、車が余裕で二台並んで通ることができる通路を作った。
通路の両脇には、水路を通して、エントたちが両脇に並んで生えている。水路は、貴子ちゃんの家族が飲み水に使うために、もちろん魔石を使った魔水(仮称)で満たされている。エントだけではなく、ドーンや元野鳥たちが水場として使っています。エントたちは全員が、男性体です。聖樹からの進化ではなく、樹木からの進化だと男性体になり、聖樹からの進化だと女性体になるようです。よくわかりません。深く考えない方がいいことだけは解っています。
通路を抜けると、私と真子ちゃんが住む家です。
こじんまりというのが正しい表現なのかわかりませんが、4LDK+地下通路付きの家です。お風呂は眷属と一緒に入るために大きめです。貴子ちゃんの本邸のお風呂はもっと大きいです。部屋は、私の部屋と真子ちゃんの部屋。貴子ちゃんが泊まりに来た時に使う部屋と客間です。客間は、使う事はないと思っていますが、千明や舞が泊まりに来た時に使う可能性があります。ちなみに、男子禁制です。孔明さんも許可していません。
地下室は、倉庫になっています。
ギルド支部の役割を持たせているので、地下室が倉庫になっていて、ギルドから賃料を貰っています。癒着です。倉庫には、オークションを行う素材が眠っていることになっています。実際には、アイテムボックスが置いてあるだけです。扉は、許可された者にしか開けられない仕組みになっています。網膜認証と顔認証を組み込んで、貴子ちゃんとマッドサイエンティストが作り上げた魔力感知システムを応用した鍵が仕込まれています。
地下室から、地下通路を通ると、貴子ちゃんの別邸の地下室に辿り着けます。貴子ちゃんの別邸にも認証が組み込まれた扉が設置されています。
貴子ちゃんの別邸は、紆余曲折ありましたが、地上3階の地下2階で落ち着きました。
地下1階は、貴子ちゃんの家族で日の光があまり得意でない子たちが潜んでいる場所です。あと、大量の魔石が置かれています。貴子ちゃんの家を守っている聖樹とエントが管理を行っています。
地下2階部分は、ギルドの秘密基地になっています。私たちの家からは地下1階に通路が繋がっていますが、病院と研究所と整備工場からは地下二階に繋がっています。
懸念されていた円香さんと孔明さんの眷属も無事に見つかりました。
円香さんは、ペットショップに行った時に”リスザル”と相性がよくて、眷属を持つことができました。蒼さんは、同じようにペットショップに相性がよい動物を探しに行ったときに、ライが話をつけた”ミーアキャット”を眷属にしました。それぞれ、2体を眷属にしています。
驚いたのは、清水さんです。
保護していた者たちが眷属になろうとしたのですが、清水さんが選んだのは、一番の長老だと言った”グレートピレニーズ”でした。貴子ちゃんが犬は難しいと言っていたのですが、最初から群れのボスとして清水さんに従っていたので、眷属になるのも承諾してくれたようです。他の保護した犬たちは、”グレートピレニーズ”の眷属になって、清水さんを頂点に置いた群れが形成されました。保護していた猫は、群れに入るのを拒否して、貴子ちゃんの眷属になることを選んでいました。
整備士改め研究所所長の勝俣さんは、家族全員が眷属を求めた。
元々ペットとして飼っていた猫は、奥さんの眷属になった。最初は、保護している動物との相性を見たのだが、相性が良い者がいなくて、円香さんや孔明さんと同じようにペットショップを回った。最終的には、里親を探していた保護施設で相性がよい猫を見つけて眷属にした。
家族単位での眷属で不思議な現象が発生した。元々が同じ”氏”を持っているのですが、ライが調べたところでは、家族の中に眷属が組み込まれたようで、もしかしたら眷属の継承ができる状態になっているのかもしれないという事だ。
貴子ちゃんがスライムだと知っている人だけが、分室への入場が許されています。
眷属は、主と一緒なら大丈夫というルールです。私と真子ちゃんと千明と舞と円香さんと蒼さんと孔明さんと清水さんと勝俣さんです。勝俣さんは、家族に話してしまわないように、ライが”契約”で制約をかけていました。スキルの一つで、制約が掛けられた項目は話すことが出来なくなる仕組みです。よくわかりませんが、スキルなので、そういう物なのでしょう。勝俣さんが、制約を受け入れたことで、私たちも同じように、主殿=貴子ちゃん=スライムだという一点だけをギアスで制約を結びました。
ドロップ品の出所や、いろいろな情報の出所は、ギルドカードで決済しているので、辿れるのは貴子ちゃんまでです。
清水さんの要望を詰め込んだ病院の完成は、まだ先になりそうです。
当初の予定から予算も規模を大きく膨れ上がっています。貴子ちゃんが許可をだしたと言っても限度というものを知らないのでしょうか?
実験と検証を行う施設を含めて、数値化の研究も行うようです。
その為に、生体情報を取得する機材を大量に発注していました。
あっ貴子ちゃんの資産ですが、概算で100億を越えました。
世界各国のギルドから、魔石を精製するギルド特許に関する支払いが発生しました。ワイズマンが、貴子ちゃんへの敬意を込めて、魔石の精製時に、数円単位で振り込まれることに決まりました。ごまかしができるのですが、ごまかしが判明した時点で資産凍結が実行されます。外部の人間が、魔石を錬成した時には、魔石を錬成した者が支払う義務があります。そして、違反者には罰則がもちろんあります。もし、魔石の錬成を命じた者が居た場合には、命じた者にはより重い罰則が課せられます。国際法で定められた規則で、ギルドに属していなくても、国連加盟国なら適用される法です。
その為に、貴子ちゃんの資産は他の情報料と合わせて、すごい状況になってしまいました。
そこで、貴子ちゃんが清水さんや勝俣さんの使う施設の拡張を命じたのです。
整備工場は、表向きは”自動車の整備工場”です。魔石を使ったスキル具の開発を行っています。
病院もカモフラージュですが、実際に診察は行います。その為の医者や看護師も雇っています。何を狂ったのか、透析のクリニックも併設したのです。健康診断がメインの予定でしたが、健康診断(人間ドック)・透析クリニック・内科を兼ねます。動物病院には、トリマー施設を併設して、ペットと一緒に泊まれる施設を近隣に建築しています。ペットホテルも兼ねている施設です。人間ドックに来た時に、ペットの健康診断が同時に行える施設です。
私の仕事は、貴子ちゃんとのパイプ役です。
真子ちゃんは貴子ちゃんの秘書です。私は、貴子ちゃんの施設(病院と研究所)の室長という肩書です。主な仕事は、貴子ちゃんの資産管理と、魔物出現情報のとりまとめです。ギルドの仕事か微妙な感じですが、ワイズマンにも承認されたので大丈夫なのでしょう。
今日の一次会は、ギルド分室で軽く会議を行ってから食事会。
その後、関係者を集めて宴会です。楽しみです。
ギルド日本支部が本格的に施設の拡張と人員の確保を始めていたころ・・・。
その裏では、日本ギルドが看板を降ろしていた。
日本ギルドが入っていた雑居ビルの部屋には、ブローカーと言われる男が入居を行っている。部屋の内装もそのままになっていたために、居ぬきでの契約だ。追加したのは、シャワールームくらいだが、それも家主が負担した。
家主が次の入居可に配慮するほどに、日本ギルドの最後は酷かった。
幹部連中は、連日のように打ち合わせを行っていたが、徐々に参加者が減っていった。そして、参加者が減れば、その参加者が連れてきた支援者が日本ギルドに詰めかける。”連絡が取れなくなった”という理由だ。中には、裏社会の連中を使って脅しをかける者まで現れた。ドアには靴の跡が残ることは日常茶飯事だ、警察が出動することも頻繁に発生した。それでも、日本ギルドはなんとか体裁を保っていた。
しかし、日本ギルドの理事をしていた議員の秘書が、静岡のホテルで自殺したのをきっかけに、さらなる崩壊が始まった。
議員が、日本ギルドから得た情報を、一部の団体に流していた。その団体が、魔物が存在しない地域であり情報を使って、日本の国益を脅かしたのが問題になっていた。
秘書は、ギルド日本支部から情報を盗んでいたことその情報を日本ギルドに渡してから情報を流出させていた。ギルド日本支部の人間を日本ギルドの名前を使って脅していたこと、企業に魔石を法外な値段で横流しをしていたこと、それらの事実を認めて、命で罪を償うと遺書を残していた。
しかし、とある映像がネットに流れた。
自殺したと報道されていた秘書が、静岡のホテルの部屋ではない場所で首を縛られて殺される映像だ。そして、遺体をホテルに運び込んで、自殺に偽装した。警察が遺書だとした物も最初は見つかっていない。公設秘書が静岡に到着して、自殺した者が私設秘書で、議員を含めて皆で行方を捜していた。と、いう情報を警察に渡した。そして、私設秘書から議員に届いた遺書と思われる封書を渡した。
静岡県警は、当初は自殺・他殺の両面で捜査を行っていた。
しかし、公設秘書が連れてきた警視庁が捜査を引き継ぐと宣言した。ろくな捜査をしないで、翌々日には自殺と断定された。遺体は遺族に戻される前に、火葬された。ホテルの部屋も、自殺と判断する前に、ホテル側に引き渡している。
これらの情報が各種サイトに流れた。
議員は、ネットの情報が確認された翌日に、”持病が悪化した”と言って地元の福岡にある自らが経営する病院に入院した。自称”正義の執行者”の動画配信者が病院に押しかけた。議員は、伝手を頼って持病の権威がいるという中国に渡った。議員は、その後にマスコミが探しても見つからなかった。
---
議員が中国に渡ったという記事を読んでいた円香が呟いた。
「尻尾を切ったのか?奴が本体ではないのか?」
表示されている記事を消してから、円香は顔を上げる。
「円香?」
「なんだ?」
「貴子嬢から、”動画はどうします?”と問い合わせが来ている」
スキルを使った諜報活動の結果、大量の動画が保存された。褒められた方法ではない。
「千明に渡して欲しい。解析して、情報として使えるようなら、舞に提供する」
「わかった。それにしても、眷属が見た内容が、動画になるとは・・・。なんでもありだな」
「そうだな。そうだ!孔明。日本ギルドの事務所に入った奴は大丈夫なのか?」
日本ギルドに入ったのではなく、日本ギルドが入っていた雑居ビルの日本ギルドが使っていた部屋を新たに借りた者が現れた。。
「大丈夫だ。IT系のブローカーだ」
「そうか・・・」
居なくなった議員は小物だ。
「円香?」
「日本ギルドから押収した書類の精査は?」
「手分けして見ている。いろいろ出てきているぞ?」
書類というにはお粗末な物が多い。通帳が見つかったのが大きかった。最新の通帳ではないが、有益な情報が詰まっていた。お粗末な物だったが、日本ギルドが使っていた帳簿も見つかっている。
不正に関係するような情報は、関係する機関に流している。
「貴子が欲しいと言っていた情報は?」
孔明は首を横に振った。
「そうか・・・」
円香が孔明に問いただしたのは、スライムになってしまった少女が望んだ、”なぜ父と母と祖父母が死ななければならなかったのか?”に迫る情報だ。
「大筋は解っている。記事にもなっている。しかし、該当者が存在しない。アンノウンだ」
孔明が言っている通り、事件はニュースにもなっている。
当時は新聞にも掲載されていた。それなのに、何も情報が残されていない。当事者になるはずの自衛隊にも情報がない。
「アンノウンとはいい表現だ。そもそも、事件は発生しているのだろう?」
見えているのに見えない?そもそも存在しているのか?
存在が消されてしまっている者が存在している。矛盾しているが、実際に事件は発生している。そして、記事にもなっている。記事では、実名で報道されている。しかし、それ以降の話が出てこない。国家権力が関わっていなければ不可能な状況だ。誰から指示しなければ発生しない。悪意なのか、思惑なのか、誰かなのか?組織なのか?曖昧な状況だけが解っている。
「あぁ当時は記事にもなっている。すぐに、芸能人の浮気報道や大学の大麻汚染が取り上げられて、下火になって忘れ去られた」
孔明は、当時の記事を円香に見せて状況を簡単に説明した。
別の記事で、興味を逸らす方法は昔から行われてきた手法だ。
しかし、事件を起こした者たちは存在しているはずだ。
綺麗に痕跡が無くなってしまっている。
「ん?あの当時なら、ギルドが制定されたばかりで、世間の関心は高かったと思う?それに、自衛隊員が絡んでいるのだろう?」
「あぁ不思議に思って調べたら・・・。当時のギルドが日本ギルドと結託している」
円香も当時の状況を覚えている。
腐った連中がギルド日本支部に居たことも把握している。円香が知っている者たちには、マスコミを動かす力はない。御用記者に情報を流すくらいはできるだろうが、記事を握り潰したり、都合が悪い記事を上書きさせたり、情報を操作できるような繋がりはない。
「結果は?」
円香と孔明の話を聞いていた蒼が横から質問をした。
蒼としては、事件の結果ではなく、情報の上書きの結果を知りたかった。
「半分は成功だ」
円香が首を横に振りながら蒼に答えた。
「半分?」
「あぁ貴子が生き残った」
円香の言葉に、蒼だけではなく、孔明も声を上げた。
「なっ!」
驚いたのは蒼だ。
「そうか・・・。そこに繋がるのだな」
「孔明?何かあったのか?」
孔明は、旧ギルドメンバーの情報から一つの書類を円香と蒼に見せる。
「旧ギルドのメンバーが何を求めていたのか・・・。まぁ金と権力だろうが・・・。それはいいとして、アンノウンの奴らが求めていたのは、日本ギルドに情報があったぞ」
蒼が提示した書類には、山を入手する方法と、大凡の金額が書かれていた。
由比の倉沢地区にある山だ。1軒の民家が含まれている。
「そうか・・・。狙いは、裏山か?しかし・・・」
蒼が書類を見ながらうなっている。
不自然な書類だ。そもそも、入手していない裏山の売買契約を匂わすような書類だ。
「あぁ”なぜ”何もない山が狙われた?」
「円香。孔明。それは、千明が見つけた・・・。と、いうか気が付いた内容がヒントになる可能性が・・・。ある」
「なんだ」
中途半端な言い方だが、蒼も確かな情報だとは思っていない。ライの身元を調べる時に、県境にある山の情報を入手して、千明が不自然な状況に気が付いただけだ。
「簡単にいうと、あの嬢ちゃんが所有する山は、3000メートルを越える火山に近く、地権者が一人だけの山だ。そして、自然が多く残されている」
「どういうことだ?」
「千明が・・・。見つけた・・・。違うな、気が付いたのだけど、嬢ちゃんが所有する山は、地権者が一人だけだ」
同じことを繰り返しただけだが、地権者が一人というのは珍しい状況だ。
「あぁそれで?」
「他の山は、地権者が複数になっていたり、所有者が不明な場所があったり、国や県だけではなく企業が所有者になっている」
「蒼?」
孔明は、先ほどから同じことを繰り返している蒼の手元の資料を覗き込んだ。