男だけ45人が乗った改造されたワンボックスの中は指令室になっている。監視している者たちからの情報が集まってきている。
暫く、動きを見せていなかったターゲットが、動きが活発になってきている。
指令室には、上層部からの指示が出ている。ターゲットが何かを発見したと思われる動きが伝えられている。
ターゲットが、海外のギルドカードに紐付けされた企業に送金していることが掴んでいる。
ターゲットを監視しているのは、自分たちの組織だけではない。民間や別の組織が監視しているのが解っている。
それらの組織を出し抜く為にも、ターゲットの近くである程度の権限を持った者が最前線に出てきている。
上司の不在だった3日間の報告を、行う準備中に、ターゲットが動きを見せた。報告は、順次行うことになり、監視を優先した。
「C/Dは、Bの部屋の前で待機」
監視対象は、現在は5名。
「Sは?」
敵対組織の一つにスパイとして送り込まれているターゲットは、監視対象の中でも上位に入っている。
「動きはありません」
「SとAとBが、Bの部屋に移動」
「出たのか?」
「はい」
「Bの部屋は?」
聞かれた男は、首を横に振る。
「収音は?」
同じように、首を横に振る。
個人の部屋に、仕掛けを行う時間はない。ターゲットも愚かではない。自分たちが監視されているのはわかっている。部屋の盗聴対策はしっかりと行われていた。
「わかった。Bは、由比に向ったのだよな?」
「はい」
上司の言葉を肯定する。
既に第一報の報告は上げられている。報告の準備と今後の対策を検討しなければならない状況になっていた。
「状況は?」
「駅でロスト」
「は?ターゲットは、素人だぞ?」
「ホームを降りて、改札を出たところまで、確認が出来ています」
「誰と会ったのかも解らないのか?」
「不明」
尾行していた者の発見場所の報告も行う。
尾行を行っていた者は、ホームにあるベンチに座っていた。尾行を行っていた者を監視していた者も同じ場所に座っていた。拘束はされていない。薬物も出てこなかった。しかし、3人は監視対象がホームに降りたところまでは覚えていたのだが、自分たちがホームにあるベンチに座っていた事を覚えていなかった。記憶を無くしていたのは、数分だと思われるが、その間に何があったのかはっきりとしていない。
もちろん、持っていたカメラにも何も映っていない。
他の組織の人間も同じように、ホームで発見されている。小さな寂れた港町にある駅の為、ベンチの数は少ない。階段の途中で見つかった組織もある。当日の駅が混乱したのは当然なことだ。
幸いなことに身分証と思われる物は所持していたために、大事になるまえに騒動はおさまった。
「収音は?」
「ファンブル」
「電波は拾えないのか?」
「Bの部屋からは、電波は出ていません」
「昨日までは、WIFIが拾えたな?Bの部屋も?」
4日前までは各部屋に設置されているWIFIの監視が成功していることを把握していた。
今日になって失敗したのが解らない。
「はい。WIFIを切ったのでは?」
「推測ではなく、実際に中の様子を知りたい。ベランダ側は?」
「あの建物は、窓からの盗聴は不可能です」
「・・・。近づけると思うか?」
「ご命令なら」
「実行しろ」
監視している現場にいる。一人の男が、名乗り出た。
マンションに向かう最中に、ターゲットを監視している別の組織と遭遇して、マンションに立ち入るのを回避した。
自分たちの組織なら、警察に通報されても大丈夫だとは思っているが、例外はどこにでもある。
「え?消えた?」
「どうした?報告せよ」
「はっ」
男は、見たままを報告した。
別の組織の人間が、マンションに侵入した。ポスティングの格好をしているので、住宅街では目立たない。それでいて、人目に触れた時に記憶に残りにくい。持っているポスティング材が派手であれば、そちらだけが記憶に残る。
ポスティングを行っていた者が、ターゲットの人間たちが入っていた部屋の壁に機材を近づけた。
機材だけではなく、消えていなくなった。神隠しにでもあったかのようだ。
「・・・。撤収」
現場に、”撤収”を伝える。
「はっ」
現場からの報告を受けて、ワンボックスのなかにある仮の作戦本部では、撤収を決めた。
未知ほど恐ろしい事はない。その未知を大量に抱え込んでいる可能性が高いターゲットの監視は必須な事だ。
外に出ていた男が、監視場所に戻る。
監視の現場には、現場で撮影した内容が転送されてきている。
指示を出すために必要な情報が常に、指令室には届いている。
ターゲットになっている5名が部屋に入ってから、かなりの時間が経過している。
全員が部屋から出てきた。
二人は、そのまま別の部屋に移動を開始した。
「どこに行くのかね?」
軽口を叩いているが、臨時の作戦室からの指示が入る。
「確認せよ」
「乗ったのは、男1女2。不明1」
「ほぉ・・・。新しいメンバーか?」
不明の1名が何時からターゲットの部屋に入ったのか判明していないことも、報告されるが、些細な情報だと無視される結果になった。
「不明」
「撮影は?」
「・・・。ファンブル」
「は?失敗?」
「いえ、正確には・・・」
男は、現場から送られてきた写真を上位者が使っている端末に送信する。
「は?なんだ?これは?「どういうことだ?」
「不明」
男たちは、共有された画像と動画を確認する。
何度、見ても状況は変わらない。
未確認の女は、動画にも写真にも映っていない。
確かに、存在していたのだが、存在が無かったことになっている。
「ターゲットは、光学迷彩でも開発したのか?」
「不明」
「機材のチェックを行うように伝えろ」
「はっ」
男は、イライラしていた。
動き出したのは嬉しいのだが、不気味な雰囲気が拭えなくなってきている。
「A/B/Sを確認。新しいターゲットを、Fと呼称」
「追跡を開始します」
「Fを検索」
「該当なし。中尉」
「なんだ?」
「Fは見ました。情報が何もありません」
「どういうことだ?」
「Fは、女ですか、男ですか?子供ですか?大人ですか?顔は?髪の毛の色は?歩行は?何も、情報がありません。見ましたが、認識されていないかのように、思い出せません。中尉も見ましたよね?」
中尉は、言われて初めて、思い出そうとしたが、思い出せない状況に背筋が寒くなる思いがした。
慌てて、動画を巻き戻して見たが、人が居るのはわかるが、何か訳の分からない物が写っているだけだ。
「なんだ?これは・・・」
「追跡部隊から通信」
「どうした!」
「対象をロストしました」
「何?見失ったのか?発信機は?」
「ロスト」
「・・・。どういうことだ?対象が、発信機を破壊したのか?」
「いえ、移動中に・・・」
「なに?発信機が壊れたのか?」
「不明」
「ロストした場所は?」
端末に、情報が表示される。
「目的地は・・・。Sの実家か?」
「おそらくは」
「追跡班を回せ」
「はっ」
追跡をしていた者たちが、配置に着いた。
「ロスト」
「何?」
「中尉。追跡班の信号をロスト」
「ロスト?何を?」
「全部の信号をロスト」
「生存は?」
「不明」
「映像は?」
「出します」
再生された動画は、”信じられない”状況になっている。
監視していた者たちが乗っていた車の中にあるカメラの映像が、突然消えて、信号が無くなった。
追跡班が、”どこ”に居て、”どんな”状況になっているのか不明な状況だ。
カメラには、”何も”異常を閉める状況が撮影されていなかった。全部のカメラからの映像が同時に途切れている。追跡班は2台で行っていて、別々の場所に存在していた。それでも、同時に信号がロストした。
映像から解るのは、追跡班が追跡中に突然消えてなくなったことだけだ。それも、同時刻に・・・。
「監視カメラはないのか?」
「ありません」
「2台はどこに?」
「不明」
「信号は?」
「ロスト」
「どういうことだ・・・」
指令室の中は、沈黙だけが支配していた。
「撤退する」
中尉の言葉が、指令室に木霊する。
指令室になっていたワンボックスは、上空を見ていなかった。
上空には、ムクドリとスズメがワンボックスを監視するように飛んでいた。
発見した盗聴器を、口喧嘩を終えた二人に見せます。
「茜。これは?」
円香さんなら見ればわかるでしょう。
あえて聞いてきたのだとしても、答えは決まっています。
「孔明さんの家に仕掛けられていた盗聴器です」
「それは、見れば解る。なぜ、茜はこれらが仕掛けられているのがわかった?」
質問の意図はわかっていました。
答えられる物ではないので、解っていることを答えます。
「え?そういえば・・・。スキルの恩恵?」
「ようは、解らないのだな?」
解らないことが解ってもらえました。
「はい」
円香さんの視線が怖いです。
スキルの恩恵だとは思うのですが、説明が難しいです。盗聴器は、電波式ではなく、録音式なので、部屋に入ることができる人が”犯人”です。
孔明さんでないのは解っています。真子さんが仕掛ける意味はありません。
「孔明!」
孔明さんは、真子さんの介助をしている会社に連絡を入れます。
担当している人の情報を送ってもらうようです。他に、怪しい人は居ません。妥当な判断です。
契約終了を告げます。引っ越しを行うことを即座に伝えます。相手は、”月の途中なので、途中解約になって、違約金が発生する”と言っているようですが、孔明さんの報酬を考えれば大きな問題は無いのでしょう。金額を聞いて、即座に解約を決断しました。
「茜嬢。ギルドの近くにある部屋で、即日に引っ越しが可能な物件の紹介を頼む」
「わかりました。そうだ。孔明さん。部屋のWIFIを使っていいですか?」
「大丈夫だ?」
孔明さんから、口頭で情報を貰います。
「ありがとうございます」
WIFIに接続して、契約しているVPNに接続してから、ギルドに接続します。面倒ですが、必要な事です。
「孔明さん。物件は、3件です」
「どこでもいいぞ」
「え?」
「あぁ真子に決めさせるか?」
「え?」
孔明さんが偽物になった疑惑が出てきました。
こんな、簡単に物事を決められるわけがありません。
殴れば、本性を現すでしょうか?
「茜嬢。真子がスキルを得るのは既定だ」
「そうですね」
「どんなスキルかわからないが、自分自身を守れる状況になるだろう」
「芽生えたスキル次第では、貴子ちゃんが新しいスキルを追加する可能性があります」
「そうだな。未知のスキルは辞めて欲しいのだが・・・」
「無理だと思います」
ばっさりと希望を打ち砕きます。無用な希望は捨てるべきです。
”聖”とか信じられないようなスキル名を口にしていました。”魔物同調”は未知です。調べなくても大丈夫です。スキルの内容は、貴子ちゃんが教えてくれます。教えてくれますよね?
「そうだ!円香さん!」
「なんだ?」
「ギルドのパソコンですが、変えませんか?」
「ん?」
「パソコンに何が組み込まれているのか解らないので、オークションの売り上げを期待して、高機能なパソコンを希望します。専門家をギルドのメンバーに入れましょう」
「心当たりがあるのか?」
「変わり者ですが・・・。セキュリティの専門会社に居たのですが、別の会社に誘われて・・・」
「転職したのか?それなら、ギルドに誘うのは難しそうだな。セキュリティの策定だけでも頼むのか?」
「いえ、転職先が今の会社に打診してしまって、両方の会社から詰められて、面倒になって会社を辞めて、静岡に戻ってきています」
「は?孔明?」
「茜嬢。解っている情報を頂けますか?」
「わかりました」
彼の情報は、既にまとめてあります。今は、実家に身を寄せているはずです。それらの情報も合わせて、USBに入れて孔明さんに渡します。
これで、彼がギルドに来てくれたら、安全性があがります。
「茜。その人物は、スキルを持っているのか?」
「わかりません。ただ、今回と同じ方法で、スキルを得る事ができると思います」
「ん?今回と同じ?ペットがいるのか?」
「います。簡単に言えば、猫狂いです。あと、鰐とか爬虫類も飼っています」
「・・・。そうか解った。水見式の確認ができるな」
円香さんは、何かを諦めたような表情をします。
確かに、このままでは、ギルドが魔物になってしまった動物で埋め尽くされます。動物園とまでは行かないとは思いますが、動物の方が多い不思議な空間になるのは確定です。そうだ。モモンガの寿命を調べて、越えたら、確実にスキルの影響です。ギルドに方向ができる案件です。
彼も、この話を聞けば全部を魔物にすると言い出します。
私が知っているだけで、猫は5匹。鰐が2匹。蛇が2匹。あと、蜥蜴を飼っていたはずです。
『茜さん。少し、いいですか?』
貴子ちゃんです。
何か・・・。
問題があったら、ライか貴子ちゃんが来るでしょう。
『なに?』
『部屋の前まで来てもらえませんか?タオルの追加を持ってきて欲しいのです』
『うん。わかった。タオル?洗う?』
『お願いします』
『部屋の前で連絡するね』
『はい!』
うん。
やっぱり、可愛い。声?が可愛い。
孔明さんに、タオルの場所を聞いてから、部屋を出ます。
円香さんは解っているのでしょうが、孔明さんに、ギルドの話を始めます。
孔明さんには、洗濯機を使う許可を貰います。乾燥機が別になっている物の様で、両方とも使っていいと言われました。
洗濯機の近くには、洗濯物が置かれています。最初に見た時に違和感がありました。着替えも置いてあるのですが、足りない物があります。孔明さんは、ここには殆ど居ないと言っていました。孔明さんの私物は、学生の時に使っていた物だけで、何もないと言ってもいいようです。洗面台にも歯ブラシもありません。
真子さんの着替え用の服はおいてあります。ブラも、少しですが置いてあります。しかし、それだけです。
少しだけ、本当に少しだけ、怒りの気持ちが芽生えます。多分ですが、介助する人が勝手にやったことでしょう。そうでなければ、この場所におむつが有ってもいいのですが、スペースはあるのに、何も置かれていません。
気持ちを落ち着かせて、あるだけのタオルを持って、部屋の前に移動します。
貴子ちゃんに話かけたら、すぐに出てきてくれました。
「茜さん。ありがとうございます」
貴子ちゃんに、持ってきたタオルを渡します。
「あれ?貴子ちゃん。使ったタオルは?洗うよ?」
「あっ!そうでした。これを!袋は茜さんが持っていてください。もしかしたら、またタオルをお願いするかもしれないので、その時に使ってください」
「え?あっ。うん」
「袋は、手を入れたらわかると思うので、お願いします」
貴子ちゃんから、1.5リットルのペットボトルが2本入るくらいの袋を渡されました。
嫌な予感がします。
袋を広げて、中を見ます。確定です。
アイテム袋です。
タオルを一枚取り出します。
凄くいい匂いがします。真子さんの汗でしょうか?
洗濯機に放り込みます。
汗と排泄の匂いでしょうか?可愛い女の子の匂いは正義です。タオルから垂れるほどの汗?を・・・。
部屋には、遮音の結界が施されているのでしょう。
何をしているのか見てみたい気持ちはありますが、ダメです。見たら、抑えられる自信がありません。
真子さんが治ったら、ギルドに入ってもらいましょう。
仲良くなったら、教えてくれるかもしれないです。是非、教えて欲しい。
タオルを洗濯機に入れてから、リビングに戻ります。
円香さんと孔明さんは、ギルドのセキュリティについて話し合っています。
オークションの準備もしなければならないので、やることが目白押しです。
円香さんの考えでは、ギルドのメンバーを増やすつもりは無いようです。人を増やすメリットが無くなってしまったのが大きな理由です。登録者の処理は行いますが、東京方面は”ギルドもどき”が出来ているようです。ギルド本部からも苦情が来ていますが、円香さんは向こうの組織を潰すつもりのようです。”ギルドもどき”の運営母体は判明しています。証拠というべき物もあります。登記を行っています。”ギルドもどき”は、官僚の天下りが上位を占めています。資金は、経団連と医師会が出しています。その原資は、国の助成金です。そんな組織です。設立理念は立派なのですが、内実は酷い物です。権力争いと利益誘導で成り立っています。そんな組織ですが、登録数が伸びているのが不思議です。スキルを持っていない者や、スキルが欲しい人の登録も受け付けているので・・・。貴子ちゃんが現れるまでは不可能だと思っていました。スキルを得るだけなら、難しくないと思えてきます。
円香さんも孔明さんも、凄く前向きな喧嘩をしています。凄く嬉しいです。やることは増えていますが、できる事も増えていきます。
まずは、私は貴子ちゃんと真子さんの勧誘です。
そのあとは、新たに目覚めたスキルの検証をしましょう。
そのあとで、貴子ちゃんと真子さんともっともっと仲良くなりましょう。温泉とか行けたら嬉しい。
東京の神保町にある雑居ビルが、その協会の登記場所となっている。実際には、理事の全員が揃っているわけではない。受付や職員は別のビルで仕事のような業務を行っている。
日本異能推進協会。通称、日本ギルド。
豪華な部屋で、豪華な椅子に座りながら、送られてきたリストを見ている男がいる。
魔物素材でもっとも価値がある物はなにか?
魔獣のドロップ品は研究材料としての価値が高い。また、牙や爪も装飾品としての価値がついている。
やはり金銭的な価値という意味では、もっとも価値があるのは”魔石”だと思われている。
ギルド日本支部の桐元から連絡を受けた。
正確には、桐元からの連絡は上部の会が受け取ったのだが、におhンギルドに流れてきて、対応を依頼された。
豪華な部屋でニヤニヤしながらリストを見ている男の役職は、両者共に”日本異能推進協会理事”だ。何十人といる理事の中で、数少ない常任理事だ。
部屋の主はとある省庁からの天下りだ。省庁の出世レースで敗れたが、日本ギルドに滑り込めた者だ。
もう一人は、魔物の素材を取り扱う企業からの出向だ。企業体の不祥事に巻き込まれた形だが、出向扱いで日本ギルドに来ている。報酬も、企業に居た時よりも多く貰っている。
普段は、何かと反目している二人だが、今日は機嫌が良い。待ち望んでいた物が手元に届いたのだ。
「スパイから連絡が来たと言うのは本当か?」
部屋の主人である男に向って、部屋に入ってきた男が問いかける。
既に、情報として伝えている。官僚出身の男では魔物素材を捌こうにも、中間マージンを多くとられるルートになってしまう。しかし、元々、魔物素材を取り扱っている企業なら直接的に捌ける。そのために、企業からのバックマージンが期待できる。
「協力者だ。間違えてはダメだ。スパイではない」
部屋の主は、建前を大事にして、いい直しを要求するが、言葉には”侮蔑”の感情が多く含まれる。スパイをしている者への感情なのか、それとも部屋に入ってきた自分よりも劣っていると思える男に向けた感情なのか、言葉を発した本人もよくわかっていない。
自分以外は、全てが愚か者に思えているので、どちらでも同じだと感じている。
「そうだったな。協力者から、奴らが保持している物資のよこながし・・・。正当な所有者への提供が行われるのだろう?」
「まだ、リストの段階ですが、こちらです」
そこには、信じられないくらいの量のアイテムが書き出されていた。
総額として、安く見積もっても2億円にはなる。うまく捌ければ、その10倍にも膨れ上がる可能性がある。
日本ギルドの理事達は、お互いを見て、笑いを堪えるのに必死になっている。
もっとも価値が高いと思われている”魔石”が大量にリストに載っている。
「会からは何か要求があったのか?」
部屋に入ってきた男が、部屋の主に重要なことを訪ねる。
自分たちの上前を跳ねる組織がある。逆らうのは得策ではないのは解っているが、何か言われてから動くのでは、自分の首が飛んでしまう可能性がある。せっかく、旨味が多い立場についている状況を失いたくない。
「直接には」
部屋の主の言葉を聞いて、眉を顰める。
やっかいな展開になっている。要求されるほうが楽だ。
「わかった。売り上げの1割も流せば十分だろう」
「そうだな。海外からの買い付けも期待できるのか?」
「出来ます。特に、魔物が発生しない地域からの引き合いもあるかと思いますが、当協会は、”日本国”のための協会のために、海外には顧客を持っていません」
話をしている者たちではない第三者が海外への販売を行う。
日本ギルドでは、適正価格で販売を行う。上部組織への上納金は、日本ギルドの売り上げに依存している。第三の会社が、日本ギルドから購入した物を別の会社に10倍で転売しても、上納金には含まれない。
転売した会社から、紹介した日本ギルドに紹介料として活動資金という名目で、バックマージンを貰えば、懐も温まる。
そんな未来を考えて、二人は資料に視線を落とす。
「それで、納品は?」
「先方からは、週明けの月曜日に、富士川の楽市楽座で引き渡すと連絡が来ている」
「楽市楽座?富士川の?」
「東名高速の上りのSAだ」
「あぁ車で持ってくるのだな。そうか、かなりの重さになるのか?」
「段ボールで3箱らしい」
「それは、それは・・・。わかった。こちらで手配しよう」
男たちは、自分たちだけが情報を握っていると思っている。
そして、自分たちこそが”正義”で、自分たちの行いに”間違い”は無いのだと思い込んでいる。
「大変です!」
別の男が会議室に駆け込んできた。
会との連絡を主に扱っている者だ。日本ギルドの中では、中堅に位置する者だが、やっていることは重要な仕事だ。ギルド日本支部の監視業務だ。
「何事だ!」
「奴らを監視させていた者が消えました」
「逃げたのか?」
「違います。消えたのです」
駆け込んできた男は、興奮した状態で、説明を開始したが、何も解らない。
ただ、興奮しているのが解るだけだ。
そこに、男の持っていたスマホに着信があり、男が電話に出る。
話している内容は”消えた男”が見つかったという情報と、男が何かに怯えている状況で話が聞けないことなどが報告された。
そのうえで、男が持っていたカメラに動画が残っているので、送るという報告だ。
送られてきた動画を見ても、何も解決しない。
「どういうことだ?」
「わかりません」
ギルド日本支部のメンバーが、ギルドから出てメンバーの部屋に移動する。
そのあとを追って、監視している者が部屋の前に移動する。
移動して、盗聴を開始しようとした瞬間に、動画が途切れた。
見つかったのは、安倍川の河口だ。持っていた身分証や現金は全て奪われていた。スマホだけが残されていた。すぐに、連絡員として静岡に来ている者に連絡をして、安倍川まで迎えに来てもらう手はずを整えてから、異常な状況を報告してきた。
ギルド日本支部があるのは、静岡市の市街地から少しだけ外れた浅間神社の近くだ。それでも、市街地と言ってもいい場所にある。ギルド日本支部の管理をしていて、マンションに突入したのには理由があった。ギルド日本支部のメンバーが集まったのが、自分たちが盗聴器を仕掛けていない場所だったために、壁越しに盗聴が出来ないか確認を行うためだ。
マンションへの侵入は問題にならなかった。宅配業者を装って侵入した。ターゲットになっている部屋の前に移動して、盗聴を開始しようとしたときに、意識が途絶えた。
正確には、暗闇に捕えられた。
狭い部屋に押し込まれた感じがした。そのまま、数分が過ぎた。殺されるのかと思った。暗闇がいきなり晴れた。
スマホで場所を確認してみたら、GPSは安倍川の河口を示していた。
ギルド日本支部から数分で移動ができる距離ではない。
「・・・」
「・・・」
「呼び出せ」
「え?」
「どうせ、盗聴に失敗した言い訳だ?瞬時に移動ができるわけがない」
「・・・。しかし、何かしらのスキルが」
「我らが知らないスキルを奴らが持っているのか?」
「いえ、そうは・・・」
「そうだろう。それなら、盗聴に失敗した言い訳だ。他の奴を派遣しろ!」
指示が出れば、指示を出した者が責任を取る。
不文律として流れている”常識”だ。そのために、指示が出れば、皆がそれに従って動き始める。誰も、自分で責任を取りたくない。そのために、指示が曖昧になる。誰かが決定しているのだが、決定している者も指示を実行したに過ぎないという逃げ道が用意されている。
---
『マスター』
『ユグドの部屋を探っていた者を捕えました』
『スマホだけを残して、安倍川にでも捨てておいて』
『記憶は?』
『いいかな。ギルドからの要請があれば考えよう』
『はい』
『フィズとドーンとアイズが、尾行したいと言っています』
『そうか・・・。そうだね。どこに行くのか調べておいて、逃げられそうなら、スキルの使用も許可する』
『わかりました』
『ライも行く?』
『もう一つの方に集中するので、フィズとドーンとアイズに任せようかと思います』
『わかった。無理をしないように伝えて、それから連絡が出来るようにしておいて欲しい』
『わかりました』
寂れた港町から大量のスズメと百舌鳥と椋鳥が飛び立った。
本当に不思議な少女だ。
少女と呼んでいいのか解らないが、茜の隣に座って、手を握って貰って喜んでいる姿は、少女と呼ぶのが適切だろう。
それにしても、頭の痛い問題が重なった。
孔明の澱みが強くなっているのは感じていた。
孔明の裏切りには、情状酌量の余地がある。二人だけになってしまった兄妹だ。真子を助けたい気持ちが強いのは理解している。それでも、相談をして欲しかった。対策が無かったことも確かだが、それでも一言でも貰えれば、いい方向に利用することも考えられた。
孔明からの聞き取りでは、ギルドの情報は流れているが、問題になるような情報ではない。
そして、茜から伝えられる情報の暴力。
現状の整理をしよう。
貴子さんから得られた情報は、茜たちに任せてしまおう。ギルドに加入した時には、晴れたと思ったのだが・・・。
孔明の件は、真子の治療の結果で変わってくるが・・・。今までの話から失敗は考えられない。そうなると、別の問題が発生する。貴子さんを交えて話す必要があるだろう。
私と孔明で、クズの相手をする。
日本国内に限れば、向こうの方が組織としては大きい。人員も、権力も、巨大だ。登録者数では、こちらの方が多い。貴子さんのおかげで、海外のギルドからの協力が得られやすくなる。バターで出す情報には困らない。
茜たちだけでは検証が難しい情報は多い。殆どが、検証に時間が必要になる。時間だけならいいが、前提条件の検証を行う必要がある情報が多い。
孔明の家に向かう途中で、尾行に気が付いた。孔明も何度か道を変えているが無駄なようだ。振り切っても暫くしたら尾行が現れる。車に発信機がつけられているのだろう。
向かう場所は解っているのだが、貴子さんは奴らに知られないほうがいい。奴が関わって殺されるだけなら問題ではあるが、問題ではない。問題は、貴子さんの家族が人類を”敵”として認定してしまう事態は避けなければならない。考えすぎの可能性もあるが、茜の眷属になったユグドから感じる攻撃性は、杞憂だと笑い飛ばすことが出来ない。眷属になったクシナとスサノも同じだ。気ままに過ごしているように見えて、茜を守る位置をしっかりとキープしていた。茜が、私たちを仲間だと思っていたから、眷属たちもおとなしかっただけだろう。
孔明の家に着いた。
数年前に来た事があるが、あの時よりも澱みが酷い。
貴子さんから、”魔眼シリーズ”なるスキルを教えられたが、私の”破眼”には魔物の出現は見えない。見えないはずだ。心や環境の澱みが見える程度のスキルだ。そのおかげで、役立つこともあるのだが、それ以上ではない”はず”だ。
貴子さんに、ギルドのアドバイザーになってもらえないか打診しなければならない。スキルの知識だけでも、報酬を払うだけの価値がある。スキルの実験や検証が行えるだけの環境にある。
真子の治療が開始された。
1時間くらい経ってから、貴子さんが部屋から出てきた。飲み物と食べられる物が欲しいと言われて、治療の説明を思い出した。考えておかなければならなかった。孔明と一緒に買い物に出かけた。茜が残っていれば、何か有っても対応ができるだろう。
車から発信機と盗聴器を取り外して戻ってきた。孔明は、いきなり文句を言い出した。意味が解らないが、話を聞いていたら内容には理解ができる。理解はできるが、納得は出来ない。少し、本当に、少しだけいい肉を買ったのは悪かったと思うが、必要な事だ。
全部を吐き出せばグチも終わる。終わり間際で、話を変えるのがコツだ。
「孔明。話がある」
「なんだ」
「オークションの開催時期を決めたい」
オークションの開催は決定だ。
ギルドに許された権限だ。
サイトは、ギルド本部が用意している物が使える。出品と初値と条件の設定ができる。本部には、ギルド日本支部で貯め込んでいた物と言えば大丈夫だろう。問題になるような物品は、一つだけだろう。数の問題もあるが、それは何か言ってこられても、実際に物品があれば文句を言われない。
「そうだな。週明けに、奴らにアイテムを渡す連絡を入れた」
「ほぉ・・・。売りさばくのに、時間が必要か?」
「どうだろう?わからない。奴らなら、すぐにで買い手を見つけると思うぞ」
どうせ、仲間内で回すのだろう。
「月末に行うか?」
「そうだな。円香、同時に、魔石を作る方法をギルドに登録したい」
魔石が、奴らの収入源だと考えれば、妥当だな。
魔物が産まれない国からみたら、魔石は資源と同じだと考えているのだろう。自国にない物を他国が持っている状況は、攻守両面に於いて遅れることを意味する。
「・・・。わかった。オークションに、魔石を大量に出品するのなら、魔石を作る方法の登録は必須だな」
「あぁ。貴子嬢には、事情の説明が必要になると思うのだが、俺が説明していいか?」
「任せる。魔石が大量に出回ったら、面白くなるだろうな」
「あぁ奴らに関連する企業は、買えないだろう?」
「しらん。ギルドとして制限するつもりはない。ただ、購入者は、解るようにするつもりだ。付帯条件で、研究結果の共有をつけておく」
「パブリックドメインか?」
「ダメか?」
「ダメではないが、購入者が減らないか?」
「別に困らないだろう?」
「ん?あぁそうだな」
「貴子さんへの説明は必要にはなるが・・・。その先にあるメリットを伝えれば承諾してくれるだろう」
貴子さんの求めるメリットが提示できるかわからないが。ギルドに情報を渡してきたことを考えれば、公開してもいいだろう。
対価が必要になるとは思うが、それこそギルドが用意すれば済む話だ。
「そうだな。円香。鑑定石はどうする?」
「ギルドに報告を上げる。入手方法は不明。検証用に、ギルド本部に送る。残りは、オークションの目玉だ」
”作成ができる”ことは伏せる。これは、絶対条件だ。
そのうえで、オークションに出す。目玉商品が必要だろう。
本部に検証用に2-3個送れば、文句を言われないだろう。ギルドには、回復方法の検証を兼ねて情報を渡す。回復方法が、他のスキルが付与された道具に使えるのか検証してもらう必要がある。
「いいのか?」
「ダメか?」
「面白いな。貴子嬢から教えられた、回復の方法は?」
「教える必要があるのか?」
孔明が少しだけ考えてから答えに辿り着いたようだ。
「・・・。オークションには出す必要はないな」
オークションには、”鑑定ができる魔石”として出品する。
残り回数の説明を含めて、全てが不明として出品する。解っている事は、”魔物に由来する物の鑑定ができる”ことだけだ。
「だろう。そうだ、孔明。憲剛。清水教授との繋がりはあるのか?」
もう一つ確認をしておかなければならない。
ギルドに必要な部署と人員だ。
「実験室か?」
ギルドに必要になる部署だ。
日本支部で抱え込む必要はないが、研究結果を外に流さないようにするためにも、抱え込む必要がある。今の状態では、どこに情報が流れるかわからない。ポーションの検証も必要だ。スキル以外にも、検証が必要な情報が多い。
「そうだ。あそこは汚染されているとは思えないが、ダメか?」
「大丈夫だ」
孔明の表情を見れば、研究所は大丈夫だと思える。
「そうか、それなら、貴子さんが作った結晶と、茜と蒼と千明が作った結晶を調べてもらって欲しい」
「ん?調べる?あぁ・・・。そうだな。大丈夫だと思うぞ」
「あぁもしかしたら、魔石と違う使い道が見つかるかもしれない。貴子さんが”磨いた”と言っている結晶も調べてもらって欲しい」
撒き餌だ。
奴らなら、結晶の異常性に気が付くだろう。気が付かなければ、抱え込む必要はない。気が付いたら、情報を小出しにするのが面倒だと言えば、考えるだろう。好奇心を満たすためなら、なんでもするような連中だ。
「わかった。アイツらも、あの場所では、燻っているだけだから、引っ張ってきたいな」
年々研究費が減っているのだろう。
「そうだな。オークションの結果を見てからだな」
「わかった。声だけはかけておく」
「頼む」
あとは、治療が無事に終わることを待つことにしよう。
真子が治ったことで、奴らは確実に無茶な動きをするだろう。その時がチャンスだ。逃げたクズどもには、しっかりと自分たちが何を行ったのか認識して、後悔させる。
やっと反撃の狼煙が上げられる。
本当に・・・。
おかしい。僕は天才なのに、なぜ新しいスキルが芽生えないのか。最初に得たスキルは天才の僕に相応しいとは思えない。
スキルを得てから、いろいろ研究をした。僕の天才的な頭脳にかかれば、スキルの解析くらいは余裕だ。スキルの検証も進んだ。
僕のスキルは、攻撃に分類される。どんな動物でもスライムにしてしまう。スライムは、核を壊せば簡単に倒すことができる。僕の明晰な解析の結果、容易に魔物を倒すことができるスキルだと判明した。
スライムを何万匹倒しても意味がない。煩いママをスライムに変えて、殺しても何も変わらなかった。
帰ってきて、スキルも持っていないのに偉そうにしていたアニキをスライムにした。その時にも、天才の僕は気が付いた。このスキルには欠陥がある。天才の僕だから使える状況だ。
パパは殺していない。ママが居なくなったと連絡をしても、帰って来なかった。生活費は振り込まれるので、別に帰って来なくても問題にはならない。”アニキと連絡が出来なくなった”と連絡があったが、”知らない”と言えばそれで終わりだ。僕だけではなく、家族に関心がないのだろう。新しいスキルが芽生えたら、実験台が必要になる。それまでは、僕の生活にはパパが必要だ。
ママが居なくなってから、警察が家を訪ねてきた。パパが捜索願を出したためだ。余計なことをしてくれた。
警察は、数回に渡って僕の所にきたが、証拠が見つかるわけがない。ママは、スライムにして殺した。血のひとかけらも出てこない。天才の僕は、ママが居なくて困っていると警察に訴える。警察も、僕の天才的な演技を受けて、全力で探してくれると言ってくれた。それから、何度か警察が来たが、なんの問題はなかった。僕が演技で怒った時には、警察は滑稽にも慌てていた。
天才の僕は、警察が僕を尾行していると考えて、外には出ていない。
尾行がついているのが解っていて、証拠になるような行動は起こさない。
偉そうに、僕に説教をしてきたアニキをスライムにするときに気が付いた。アニキのように体力がある奴では、スキルが効かないことがあるようだ。アイツらに試す前に、欠陥が解ってよかった。
対処方法もすぐに判明した。対象を弱らせればいい。弱らせることが難しければ、寝ている時にスキルを使えば、抵抗は強いがスライムにすることが出来た。ママをスライムにした時には、殴っておとなしくなってからスライムにしたから気が付かなかった。天才の僕でも落ち度はある。でも、一度の間違いですぐに間違いを正せるのは、僕が天才だからだ。他の奴なら、こんなにすぐに気が付かない。対処法も解らないだろう。僕が選ばれた存在だということが証明された。
愚かで傲慢なアニキは、スライムになったことも気が付かずに寝ていた。
軽く叩けば、痛みで目が覚めるだろう。
慌てるアニキを見ているのは楽しい。
スライムなので、言葉が解らないのが残念だけど、簡単には殺さない。今までの理不尽な叱責は覚えている。復讐をしなければならない。
あいつらに復讐する前に、アニキでいろいろと試そう。芽生えたスキルだ。復讐に使おう。別のスキルが芽生えるまでは、今あるスキルで復讐を行う。
スライムから人間に戻ることも考えられる。
まずは、スライムを檻に入れる。逃げ出さないように、しっかりと隙間を埋める。これで、檻の中で人に戻っても大丈夫だ。アニキがペットを飼いたいと我儘を言った時に飼った檻だ。僕は、動物が嫌いだ。アニキが可愛がっていた犬が僕の足を噛んだ。痛くは無かったが許せなかった。もちろん、報復は行った。アニキが居ない時に、犬が食べてはダメな物を食べさせた。僕の足を噛んだ事を後悔しながら死んでいった。アニキの顔が滑稽で笑いそうになってしまった。今、スライムになったアニキは、自分が可愛がっていた犬の為に飼った檻の中に入っている。本望に違いない。
一日目は、暴れていたアニキも二日目になるとおとなしくなった。
つまらない。僕に理不尽な説教を加えてきた癖に・・・。
核を壊せばスライムは死ぬ。
僕は、一つの遊びを思いついた。流石は、僕だ。天才的なひらめきだ。
アニキが大事にしているダーツの矢で、アニキを殺そう。
上からダーツの矢を落とす。刺さらなければ、叩きつけるようにすれば、刺さるだろう。
刺さらなくても、別に困らない。アニキも、死ぬのが先延ばしになるのだ、文句はないだろう。
途中で、アニキも反応がなくなってしまった。
残念だ。殺してしまおう。
殺すのも、アニキに相応しい殺し方を考えている。
自慢していたナイフで核を壊す。ナイフは、今後、僕が使うことにした。ナイフも、愚かで傲慢なアニキが使うよりは、天才の僕に使われるほうが嬉しいだろう。
低脳たちを殺す方法を考えなければ、スキルが芽生えたが、すぐに復讐ができるようなスキルではない。
天才の僕には、わかっている。弱めるか、眠っている時に使う必要がある。
そして、僕が持つスキルの重大な欠点は、人の様に質量のある物をスライムにするときに、力を大量に消費してしまうことだ。
連続して、スライムにすることが出来ないことだ。だから、天才の僕は、違うスキルを得るために、スライムを作ってスキルを得ようとしていた。中型の犬では、2-3匹が限界のようだ。4匹を連続で行った時には、気を失ってしまった。最初にスキルを使った時以来の気絶だった。
そういえばあの時の女は、夏休みが終わってからも学校には来ていなかった。どうやら学校を退学したようだ。僕が悪いわけではないのだが、気になって調べてしまった。顔は知っていた。名前は知らなかった。なぜ、あの女があの場所に来たのか解らないが、僕が呼び出したのではないのは解っている。天才の僕が間違えるわけがない。
あの女もスライムになったのだろう。
スライムなので、どこかで殺されてしまっているのだろう。自然の摂理だからしょうがない。僕の様に、優秀な人間は生き残る価値があるが、あの同級生にはそれが無かったのだろう。
選ばれた天才だ。
僕は、選ばれた天才だ。
僕は、僕は、僕は・・・。
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ギルドからの問い合わせが最寄り警察署に届いた。確かに警察が扱うようなレベルなのだが、受け取った者たちは判断に苦慮していた。
「どうしますか?」
「ギルドからの問い合わせか?」
スライムの異常発生が人為的に引き起こされている可能性が示唆されている。
ギルドでも詳細は掴んでいないために、”街中でスライムが大量に発生したら、ギルドに連絡を入れて欲しい”という要請だ。
「はい」
「上に持っていくしかないだろう?」
自分たちで判断ができる物ではない。
情報のやり取りが組織内なら自分たちで判断ができるが、外部組織に情報を流すのを極端に嫌う傾向がある。
しかし、魔物に関する情報はギルドと共有するのがギルド日本支部と警察と自衛隊と消防で決められている。”知らない”で済ますにはリスクが高い。
そして、ギルドが情報提供を呼びかけ静岡県警の管轄内で、実際にスライムが大量に発生する事案があった。警察は、ギルドに通達をしないで、スキルを持っていない者を現場に派遣して、スライムの駆除を行った。
「そうですが・・・」
「交通課にも回す必要があるな」
「そうですね」
「あぁこれだ、これに該当する事象を確認している。何か、知っているかもしれない」
交通課がスライムの大量発生事案を報告してきた履歴を指さしている。
「わかりました。でも、奴らが教えますかね?」
「さぁな。それは、俺たちが考える事ではない」
「そうですね。それよりも、彼の話はするのですか?」
「彼?」
「ほら、母親と兄が行方不明になった彼です」
「必要ないだろう?」
「そうですか?」
「何か、あるのか?」
「彼、二度ほど、スライムが大量発生した現場の近くで、職質を受けています」
「え?」
「それだけではなくて、彼の家の近くにいた飼い犬が行方不明になっています」
「ほぉ・・・。判断は、上に任せよう。彼の情報もまとめておいてくれ」
「どちらに?」
「交通課に行ってくる。ギルドからの要請を伝えておく」
ギルドからの要請が書かれた書類を持って、立ち上がって、手をヒラヒラと振りながら交通課がある方向に歩き始めた。
そうだ!
思い出してきた。
腕を上げる。
指が・・・。
足は見なくても解る。布団を掛けられている?でも、布団を確かに感じる。足が、私の失っていた足が・・・。
”プクプク!ププゥ!”
「え?」
”プク!”
「モモ?」
”プクプク!”
え?これがスキルの影響?モモが何を言っているのか解るようになっている。
凄い!
「モモ。私が言っていることが解るの?」
”ププゥ!”
嬉しい。
指や足が治ったのも嬉しいけど、モモと話が出来るのが嬉しい。
「モモ。これからもよろしくね!」
”ププゥ!”
モモが、私の胸に飛び込んでくる。
いつもの仕草だけど、いつもと違う。
身体を起こすと、肩に乗ってくる。
頭を撫でてあげると、嬉しそうに喉を鳴らす。私に身体を擦り付ける。
そういえば、貴子ちゃんとライ君は?
あっ・・・。
思い出したくないことまで思い出した。恥ずかしい。
服を着せてくれたみたいだけど、下着は見つからなかったのかな?
ノーパン・ノーブラだと余計に恥ずかしいと教えた方がいいの?
服を自分で脱いで着替えをする。
まあ足に力を入れるのが怖い。でも、立ち上がれるのは解っている。肌も髪の毛も凄く綺麗になっている。不思議だ。満足したのかな?
指で触ってみる。血は出ていない。初めてだったのに・・・。貴子ちゃん。指で広げて、見たのかな?恥ずかしいな。お風呂にも入っていなかったから・・・。匂いとか大丈夫だったかな?平気だよね。うん。平気だ。
あんなに快楽が襲ってくるとは思わなかった。
声も出ちゃったよね?恥ずかしいな。全部、恥ずかしい事も、見られたよね?
貴子ちゃんは、何も言っていなかったと思うけど・・・。うん。気にしない。それに、私・・・。男の人が怖くて・・・。事故の影響かな?
下着は、見つかった。サイズは丁度いいけど、中学校の時に履いていたパンツだ。ヨレヨレだし、汚れている。そうだ。中学生で、覚えたから、寝る時に毎日・・・。それで、こんなになっているのね・・・。ブラは・・・。いいかな?
パンツを履いて、服を着る。
ただそれだけなのに、涙が溢れて来る。
嬉しい。嬉しい。
無くなっていた指で、無かった足に触れる。
夢じゃない。
机の上に置いてあった鏡で自分の顔を見る。傷が無くなっている。
顔を触った時に、傷が無かった。
鏡で見て・・・。本当に、傷も治った。
モモが、肩に戻ってきて、顔を触っている私の指を舐める。モモが頬を伝っていた水分を舐めてくれた。
身体に、まだ快楽の余韻が残っている。
ブラをしなくても、目立たないが、目立ってしまっている。ブラを身に着ける。自分でブラジャーを身に着けるのは事故後では初めてだ。新鮮な気持ちになる。そうだ!服も買いに行かなきゃ・・・。靴下も、下着も、中学の時に使っていた物しかない。
鏡で自分の顔を見る。
傷が無いのは、治ったからだ。事故にあってから、鏡を見なくなっていた。
酷い傷が心を傷つけていた。でも、私を傷つけていた傷はなくなった。
鏡に映っている自分の姿は、自分の記憶の中にある自分よりも幼く見える。高校生になったばかり位に見えてしまう。貴子ちゃんと同じくらい?スキルの影響?
服を着替えた。
汗の匂いは大丈夫かな?
自分では解らない。
ドアがノックされた。
「真子さん」
貴子ちゃんだ!
「はい」
ドアを開けると、貴子ちゃんが一人で立っていた。こんなに可愛い子に、恥ずかしい所をみられて、それだけじゃなくて・・・。考えると恥ずかしくなってしまう。思い出して・・・。
「よかった。起きたのですね」
「うん!」
貴子ちゃんに抱き着きたい衝動があるけど我慢した。できるお姉さんになろうと思う。貴子ちゃんに頼られる存在になりたい。
「真子さん。スキルの説明をした方がいいと思ったのですが?」
「うん。危険なことはある?」
「真子さんや、モモちゃんが危険な目にあうことはないです」
それなら、スキルの説明は、後回しでいいかな?
「貴子ちゃん。まだ、歩くのは不安だから肩を貸してもらっていい?お兄ちゃんに会いたい」
「わかりました」
貴子ちゃんは背が低いから抱き着く格好になってしまう。
これは、これで嬉しい。スライムと言っていたけど、質感は私と変わらない。それに、すごくいい匂いがする。
ダメ。私は、お姉ちゃんになる。貴子ちゃんの、秘密を知ってしまった。貴子ちゃんの家族の事も聞いてしまった。だから、私が貴子ちゃんのお姉ちゃんになる。お兄ちゃんにお願いして、貴子ちゃんの近くに住まないと・・・。引っ越しかな?許してくれるかな?
貴子ちゃんに支えられながら、自分で・・・。自分の足で歩いている。
不思議な感覚だ。中学生の時には、これが普通だったけど、杖が無くても倒れない。
リビングの扉を開けて、中に入る。
よく見た部屋なのに、どこか違って見える。
「真子・・・」
「お兄ちゃん」
お兄ちゃんが立ち上がって私に駆け寄ってきた。
貴子ちゃんは、お兄ちゃんが私の肩に触れた時に、身体を離した。
「・・・。お兄ちゃん。痛いよ」
「・・・。あぁ・・・。ごめん。真子。顔も、腕も、足も・・・。綺麗に治って・・・。貴子嬢。ありがとう。本当に・・・。ありがとう」
お兄ちゃんは、私を抱きしめたまま、涙声で貴子ちゃんにお礼を伝えている。
嬉しいけど、恥ずかしい。
「お言葉を受け取ります。それよりも、スキルの使い方を早急に覚えた方がいいと思います。あと、今後の事も決めないとダメですよね?」
貴子ちゃんの冷静な言葉で、お兄ちゃんも少しだけ落ち着きを取り戻した。
リビングの椅子に座りなおすことになったけど・・・。
長椅子の真ん中に貴子ちゃんが座って、私が隣。反対側には、茜さんが座っている。
雰囲気から解る。茜さんも私と同じだ。
私の正面には、お兄ちゃんが座っている。円香さんは、茜さんの正面だ。ライ殿・・・。ライは、スライムの状態に戻って、貴子ちゃんの膝の上にいる。
モモは、相変わらず肩に乗っている。
「貴子嬢。真子のスキルは?」
貴子ちゃんが、私に芽生えたスキルの説明をしてくれます。
「そうか・・・。孔明。ギルドへの登録はどうする?」
「そうだな」
お兄ちゃんは考え込んでしまいました。
魔物同調は、モモとの意思疎通が出来るようになるというスキルです。茜さんが持っている”魔物支配”とは違って、モモの感覚に同調ができるようです。実際に貴子ちゃんに言われて、やってみたから、モモの視界と共有が出来た。自分を、モモの視線から見る感じがして変な感じがしました。おかしいのは、私は私として意識があって、モモの中にいる私も私なのです。貴子ちゃんが言うには、慣れるまで大変だと言っていました。
再生は、今は使えなくて、今後も使えない可能性が高いようです。
申し訳なさそうにしていますが、治った手足を考えれば、それだけの強力なスキルです。代償が・・・。
治療は、今後も使えるそうです。
快楽に変えるのではなく、”治療”が行われるので、どんな状況で発動するのかは、貴子ちゃんにも解らないようです。私やモモに治療が必要だと判断した時に発動するスキルだと教えられました。
聖のスキルは、魔法です。
結界は、いろいろできるそうなので、ライが教えてくれるようです。
問題は、災眼のスキルです。
災いが見えるようになると教えてもらいました。魔物の出現も解るようです。ただ、貴子ちゃんにも、詳細は解っていないようで、私が”災い”だと感じる事柄に反応を示す可能性が高いと言われました。
「円香さん。お兄ちゃん。私・・・」
私の希望を伝えます。
ギルドの職員になりたい。
貴子ちゃんからスキルの使い方を習いたい。
そして、私から貴重な時間を奪った奴らを・・・。
「ははは。孔明。お前よりも、はっきりしている」
「真子。お前が、治療を受けている時に、円香と話をした。静岡に引っ越しを考えている」
「え?」
「真子。夜学に通うか?」
「いいの?」
「あぁ昼間は、ギルドで働いてもらう」
「あの・・・」
貴子ちゃんがおずおずと手を上げる。
「貴子嬢?」
「真子さんが通う学校に、私も通えないですか?今なら、スライムだと解らないと思いますし、スキルを隠せるので、可能だと思います。それに、戸籍もまだ残っているので・・・」
「お兄ちゃん!私、貴子ちゃんと学校に通いたい!」
どうやら、貴子ちゃんと学校に通えるようになるようです。
スキルの勉強と合わせて、学校の勉強をしながら、ギルドのことも覚える事になったのですが、大丈夫です。
一度、何もかも諦めた人生です。
頑張れば、手に入る可能性があるのなら、頑張るだけです。
貴子嬢が、話をしている最中に立ち上がった。
真子が起きたから迎えに行ってくると言い出した。俺が行こうとしたが、円香に止められた。
秒針の進みが遅い。まだ、30秒しか経っていない。真子は、大丈夫なのか?本当に治ったのか?立てるのか?
真子が部屋に入ってきた。
貴子嬢に支えられているが・・・。立っている。俺に向って、治った手を広げて見せている。
真子の足が治った。真子が歩いて居るのを見ても信じられなかった。貴子嬢が”幻影で見せている”と言われたほうが・・・。現実味がある。
真子が夜に魘される声を何度も聞いて過ごした。
真子が自分で歩いている。貴子嬢に支えられているが、自分の足で立っている。
指も治っている。顔を暗くしていた傷も治っている。
肩のモモンガが、なぜか嬉しそうにしているのが不思議だが、違和感がない。真子の一部になっているのか?繋がっているから、真子と一緒に居ても違和感がないのか?
知らない間に立ち上がっていた。
円香に背中を押された。
真子に近づいて、肩に触れると、貴子嬢が真子から離れた。
真子は、まだ一人では立てないのか、俺の方に身体を預けてきた。
今は、椅子に座って、真子に芽生えたスキルの話をしている。
真子は学校に行きたい?貴子嬢も?
問題は・・・。ない。円香も頷いている。
円香が、貴子嬢に聞いている。ギルドからの要請なら、復学もできると思うと言っているが、貴子嬢は、元の学校への復学は望んでいないようだ。真子からは、”余計な事をいうな”というオーラが漏れている。貴子嬢と一緒に通いたいのか?
「真子。学校も大事だけど、先に引っ越しをするからな、引っ越し先で学校を探そう」
「うん!」
真子も引っ越しには前向きなようだ。
ギルドの近くで探せばあるだろう。
少しくらいなら離れていてもいいと思うが、近い方が何かと便利だ。
真子も、足が治っているので、免許を取りたいと言い出すだろう。バイクと車?市内で生活をするのなら、必要になる。
「でも、お兄ちゃん。この家はどうするの?」
「このまま維持をしておこうと思う。時々、掃除にくることにする」
何か、円香には腹案があるような感じだが、まずは俺の考えで話を進めさせてもらおう。
「え?」
「目くらましだけど・・・」
円香が手を上げる。
真子には伝えなくてもいいと言いたいのだろう。
「孔明。この家は、ギルドの支部として使いたい。いいか?」
「支部?」
「そうだ。緊急時に使える場所があると助かる」
何かを考えているようだ。
家の維持が出来るのなら、問題はないと思っている。
「・・・。わかった。真子もいいよな?」
「うん」
真子の了承が取れれば、俺は家の場所にはこだわりがない。
業務に支障がなければいい。
「貴子さん。貴方にお願いがあります」
「なんですか?」
「この家の維持と、監視をお願いしたい」
「維持は、わかりますが、監視とは?」
「多分だが、真子のスキルが知られれば、ゴミムシの様な連中が寄ってくる。その対処を頼みたい」
「具体的には?」
「無断で侵入しようとするような者は、殺さなければ、何をしても構わない」
「おい。円香!」
「わかりました」
「貴子嬢!」
「孔明!これからは、ギルド側のターンだ。いい加減に、私も奴らの行いには、うんざりしている」
「・・・。解っている。解っているが・・・」
「孔明。未知のスキルを日本で使って、人を傷つけた場合にどうなる?」
「え?未知のスキル?」
「そうだ」
難しい問題だ。
現在の法律で、”風”のスキルで相手を傷つけた時には、傷害罪が成立するのか微妙な状況だ。法律が追いついていない。海外では、ギルドに要請して、スキルの危険性を調べる流れになっている。
日本では、政府や行政がギルドに依頼してくるのは、魔物の駆除だ。スキル持ちを調べる方法など、ある一定の状況整備が終わってしまっている状況では、現在の法律に当てはめようとしている。
未知のスキルを持っている貴子嬢が本気になれば、検証が不可能な状況になる。本人にしか再現が出来ない方法の犯罪を、今の日本で捌けるとは思えない。
「・・・。警察は証拠を固められない。裁判になっても、裁判が維持できるとは思えない」
「そうだ」
そうか、円香はギルドの地位をあげるのではなく、貴子嬢の立ち位置を確保するつもりなのだな。
興味本位で近づいてくる、マスコミを牽制するのにも使えるかもしれない。真子を守る為にも、必要な事なのかもしれない。
「円香さん。孔明さん。この家を守るうえで何か注意しなければならないことはありますか?」
注意ではないが、留意しておいたほうがいい事がある。
「貴子嬢。この家の周りは、一般の家庭が多い。真子の事を知っている人たちが多いから、人の出入りが少なくても不思議には思われない」
「そうなのですね」
「家政婦を頼んでいたが、いろいろあって解約することにした」
「それなら、簡単な掃除は必要ですね」
「頼めるか?」
「ライ。どう?」
ライ殿が貴子嬢の膝の上で跳ねる。
「丁度、ライの分体が大きくなりすぎているので、こちらの家に居させてもらえると、助かります」
いろいろ突っ込みたいが、突っ込んではダメな話だ。
スライムの分体が大きくなる?何かを吸収しているのだろうか?
「あと、広めのベランダがあるので、エントかドリュアスにも来てもらえば、守りは大丈夫だと思います」
「あぁ・・・。貴子嬢に任せよう」
「ありがとうございます。あと、出来たら・・・」
貴子嬢が、真子を見ている。
「どうした?」
「その・・・。エントかドリュアスと呼んでいる草木が魔物になってしまった者たちですが、私の眷属になるのを拒否した子たちで、相性を見てからになるとは思いますが、真子さんか孔明さんの眷属にしてもらえないでしょうか?」
俺は、円香を見てしまった。凄くいい笑顔だ。
「はい!」
真子が手を上げる。
「うん。円香さんや、蒼さんにも相性を見て欲しい」
「いいのか?」
「うん。他にも、保護している子がいるから・・・。どこかで、相性を見てもらいたいとは思っている。私の所では、保護が難しい子も居るから・・・」
「保護が難しい?」
「動物同士の相性は、眷属になれば無くなるけど、眷属にならないと、動物や魔物の基本は、弱肉強食だから・・・。裏山が広いと言っても、野生動物で考えると・・・。手狭だから・・・」
貴子嬢が言っている内容は理解が出来た。
そして、申し訳なさそうにしている理由も、自分たちで保護しておきながら、ギルドに押し付けようとしていることを気にしているようだ。
「貴子嬢。貴子嬢が言い出さなければ、俺からお願いしていた」
「え?」
「現状の通信技術を使わない連絡方法が欲しいと思えば、貴子嬢たちが使っている眷属間の連絡方法を使うしかない」
「そうですね」
「ギルドとしたら、それだけでも武器になる。貴子嬢が保護している者たちを、俺たちの眷属にすれば、俺たちも新たなスキルが芽生える可能性があるのだよな?」
「はい。あと、完全には無理ですが、私が知っているスキルなら調整は可能だと思います」
「調整か・・・。その話は、ギルドに戻ってからでいいか?」
「はい?」
「貴子さん」
「はい?」
「ギルドに所属して欲しいが無理か?」
「私が?」
「そうだ。ギルドとしては、貴子さんの知識や見識は、有益だと判断している。そして、人柄も信頼に値する」
「・・・。私、スライムですよね?」
「大丈夫だ。戸籍を持っているのだから、人間として登録ができる。あとは、スキルでごまかせばいい」
貴子嬢をギルド職員にするのは、俺も賛成だ。
連絡が常に取れる状況にして欲しい。
そして、真子の側に居て欲しいと思っている。
「・・・」
「それに、ギルドに所属してもらえれば、明かせない情報に触ることができる」
「え?」
「貴子さんを、スライムにした者を見つけることができるとは言わないけど、魔物に関する情報や警察や自衛隊や消防と言った、組織からの情報が齎される可能性が、個人よりは高い」
貴子嬢の表情が変わる。
「そのうえで、対組織になった時に、個人で戦うよりは、ギルドとして戦う事ができる」
「え?」
貴子嬢は驚くが、円香は貴子嬢の最終的な復讐相手は、ギルドの敵だと予測をしている。
そして、真子の復讐相手も同じ組織の人間だろう。
円香さんからの提案を真剣に考えてみる。
私にとって、デメリット・・・。存在しない。それ以上に、私の事を調べてもらう事もできるかもしれない。
「円香さん。私、お金が沢山・・・。あります」
「貴子さん。これからも、増えるぞ、今の倍・・・。いや、10倍くらいにはなる」
「え?今でも、信じられないくらいですよ?私、お金、そんなに使わないですよ?」
「ははは。そうだな」
私の言い方が悪いのか、円香さんと孔明さんが笑ってしまっている。
「あの・・・。円香さん」
「なにかな?」
「呼び捨てにしてもらえると嬉しいです。なんか、”さん”付けにされると・・・」
「そうか?」
「はい」
「わかった」
「それで、円香さん。私、市内に庭付きの家を買おうかと思っています」
「え?今の家を売っちゃうの?」
茜さんが横から話に参加してくれます。
「いえ、今の家は、そのままにして、市内に・・・。ダミーの家?違いますね。登記とかしておく家を買おうかと思っています。庭があれば、家族も連れて行けます。ギルドの職員になれば、住所とかオープンになりますよね?その時に、今の家では・・・。ちょっと・・・」
茜さんが納得してくれました。
あの家に人を招くのは不可能です。茜さんが初めてだから、浮かれていましたが、後で考えてみると、無謀だったとわかりました。
「茜。貴子のサポートを頼めるか?」
「え?」「!!」
円香さんが、茜さんに私のサポートを依頼しました。
それは、解るのですが、真子さんが驚くのは何故なのでしょうか?
「お兄ちゃん!」
「わかった。わかった。茜嬢。真子も一緒でいいか?家は、真子に全面的に任せる」
孔明さんは、真子さんの考えが解るのでしょうか?
私の家探しと一緒に真子さんと孔明さんが住む家を探すことになりました。
予算の話になったのですが、私は予算が解らないので、茜さんにお任せすることになりました。
そうだ!
「円香さん。ギルドの職員になるのは、私でも大丈夫なのですよね?」
「大丈夫だ」
この話からが、円香さんのデフォルトなのでしょう。
少しだけ偉そうな雰囲気がすごく合っている。女傑という言葉がピッタリな感じだ。
「ありがとうございます。でも、ギルドに渡した情報やドロップ品がお金になるのですよね?」
「なる。それも、かなりの金額だ」
「私は、ギルドから情報を買うことになっていると思います。ドロップ品とか、どう使われるのか教えてもらえるのでしょうか?」
円香さんが少しだけ困った表情をしてから、孔明さんを見ました。
何かあるのでしょうか。孔明さんは、真子さんを見ています。何か、真子さんに関係していることなのでしょう。でも、聞かせたくない内容なのでしょうか?
「ライ。私の分体と一緒に、茜さんと真子さんと家を決めてもらえる?候補を絞ってくれるだけでも嬉しいかな?」
ライが、私の膝から床に降りてから、人に戻ります。
私の分体を持っています。真子さんが、私を持ちたいと思っているようなのです。モモちゃんから、お願いされました。
「ライ。真子さんに、分体を渡して、茜さん。家の候補は見られますか?」
茜さんも事情を知っているのでしょう。
嬉しそうに、分体を抱えた真子さんを見てから、孔明さんと円香さんを見ます。
「大丈夫よ。端末を広げたいから、ソファーで話をしましょう」
「お願いします。家は、広くなくてもいいので、庭があって、出来れば、池が作れるくらいだと嬉しいです。木が植えられて、通りから見えにくい場所だと最高です」
「わかった。孔明さん。予算は?」
「茜さん。真子さんの家の予算は、後回しでお願いします」
私には少しだけ考えがあります。
受け取ってもらえるとは思えないけど、私の精神の安定を目的とした行いです。巻き込まれてもらいます。
「茜嬢。俺は適当なマンションでいい。真子が望む形にしてくれ」
孔明さんが、考えていることを先読みしてくれました。
茜さんと真子さんとライがソファーに移動したのを確認してから、テーブルに結界を発動させます。
「遮音だけでいいですか?」
「お願いする」
円香さんが苦笑しながら、答えてくれた。
結界に遮音を付与する。これで、外に声が漏れない。
「これだけでも、道具に出来ないか?」
「孔明。その話は、お前の話が終わってからだ」
「あぁ・・・。どこから話を・・・」
孔明さんの讒言に似た独白を聞いた。
思っていた以上に、クズが存在しているようだ。
孔明さんの話が終わってから、円香さんが話をしてくれました。
ギルドとして、クズにちょっとした仕返しをする方法を教えてくれた。
すごく面白そうだ。
「それなら!孔明さんに渡す魔石やドロップ品は別に用意しましょう」
「え?」
「真子さんの治療にお金が必要だから、ギルドから持ち出した。買い取ってもらいましょう」
「いいのか?」
「はい。魔石は、作れますので・・・。あっ。買い取りの時に、契約で縛れますか?」
「契約?」
「はい。提供するのは、ゴブリンの魔石程度の大きさなら、真子さんが訓練次第で作り出せると思います。その魔石を、市場価格の半値くらいで、提供する。クズたちは、孔明さんが持ち込む魔石の全てを買い取る契約にする」
「ははは。恐ろしい事を考えるな。孔明。面白そうだ。できるか?」
「・・・。奴がターゲットならできる」
「くっくくく。貴子。魔石は、どの位、準備ができる?」
「え?」
「ん?」
「正直に話をすると、ゴブリンの魔石程度の大きさなら、いくらでも用意ができるので・・・。家の子たちで、小さい子たちは、魔石が作り出せるのですが、ゴブリンの魔石程度なので、練習をして、素質のある子だけ、連続で作ってもらって居たので・・・。1万個くらいなら、明日には準備が出来ます。10万個でも、2-3日貰えれば用意ができます。その魔石は、孔明さんに買い取ってもらいたいのですがダメですか?」
「はぁ?」
数で驚かれた。
家の子たちの練習にもなるから、魔石を作るのは問題にはならない。処分に困るので、あまり作っていなかっただけだ。売り先があるのなら、遠慮なく練習ができる。家族も喜ぶ。孔明さんに、卸値で売って、孔明さんがクズに高値で売れば、お金も稼げる。
「いや、いや、100個もあれば十分だぞ?」
「え?そんな少なくて大丈夫ですか?」
「ははは。大丈夫だ。そうだな。孔明。貴子からの調達で、1万個くらい売りに出すか?そのうえで、魔石の作り方を公表する。面白いと思わないか?」
「そうだな。日本ギルドの奴らは、困るだろうな。顧客にも言い訳ができない状況になるだろう」
二人が少しだけ黒い笑いを漏らす。
よほどクズな組織なのでしょう。
「あっ!」
「どうした?」
「魔石の提供には、大きな問題は無いのですが、魔石が作られるようになって、大量に提供されると、魔石で生計を立てている人たちが困りませんか?」
「ははは。大丈夫だ。魔石の利用方法は、まだ研究段階で、やっと魔石を組み込んだ道具ができ始めているだけで、それも偶然の産物だ」
「え?そうなのですか?」
「あぁ驚くだろう?各国が、いろいろ研究をしているけど、成果が出ているのは、ごく一部だ。それも、スキルを持っていることが解る程度の物だ。貴子から提供された、鑑定ができる魔石や、結界が張れる魔石は、存在していない」
「へぇ・・・。簡単に出来ましたよ?成果を隠しているのでは?」
「その可能性もあるが・・・。いや、可能性としては、ほぼ無いと考えている」
「何故ですか?」
「魔石の数が圧倒的に足りないからだ」
「え?足りない?」
円香さんの話は驚愕でした。
魔石のドロップ率が、そんなに低いとは思えなかった。私たちが魔物を倒すと、100%とは言わないけど、それに近い確立で魔石がドロップする。何か、理由があるのかな?
孔明さんを追い詰めた組織へのちょっとした嫌がらせ計画は、開始されることになった。
孔明さんと円香さんが、相手に渡すためのリストを作っているというので、見せてもらった。
そのうえで、魔石やドロップ品は、品質が悪くて、破棄するか、ライに吸収して貰おうと思っていた物を提供することにした。
品質のいい物は、ギルドでオークションを行うことに決まった。
円香さんが凄く楽しそうにしている。
そして、日本ギルドと作った者たちが・・・。まだ証拠はない。
円香から、真子の治療が成功したと連絡が入った。
千明と話をしたが、成功率は半々だと思っていた。実際に、真子の四肢が揃って立っている状況を見せられても、合成だと疑ってしまった。
「蒼さん。良かったですね」
「ん?なぜ?」
「え?気が付いていないのですか?涙が出ていますよ?」
千明に言われて、頬を伝う涙の存在に気が付いた。
孔明が真子のために隠れて何かをしているのは解っていた。俺を頼って欲しいとは思ったが、俺には何も出来ない。真子を元気づける事も、孔明の手助けをすることも・・・。俺は、無力だ。スキルを得て、なんでもできるような気持ちになっていたのだが、全てが幻想だと知らされた。
スキルでは未来は変わらないと思い始めていた。一人の少女の出現で全てが変わった。
そして・・・。
真子が立って歩いている動画を最初から再生した。少女に掴まっているが、自分の足で歩いている。
失った足が戻っている。
切れて縫合が難しいと諦めた指が戻っている。
消えないと言われた傷が消えている。笑顔を消していた傷跡が消えている。腕の傷も・・・。
「千明」
「何?」
「アトスが、何かを言いたいようだが?」
「へ?」
千明の足下に、猫のアトスが来ている。
”みゃぁ”と鳴いている。俺では、アトスが何を言いたいのか解らない。千明なら、アトスが何を言っているのか解るようだ。
「え?アトス。本当?」
”みゅみゃみゃぁ”
「どうした?」
「主殿が・・・。貴子ちゃんが、貴子ちゃんの眷属になるのを拒否した子たちを、引き取れないかと打診してきたみたい」
「はぁ?」
魔物になってしまった動物たちを引き取る?
アトスみたいな動物か?
そうすると、俺にも新しいスキルが芽生えるのか?
「スキルは?」
”みゃみゃ”
「え?本当?」
”みゃ!”
「千明?」
「うん。貴子ちゃんが、相性で確実ではないけど、調整はしてくれるみたい」
「ほぉ・・・」
スキルは欲しい。
千明のアトスを見ていると眷属もいいと思えてしまう。パートナーという意味では、”あり”だ。戦闘力は未知数だが、弱ければ鍛えればいいだけだ。
孔明に・・・。円香に連絡をした。
すぐに、円香が出て、状況を問いただした。
帰ってから説明をしてくれると言っている。事情が少しだけ複雑だと・・・。
どうやら、そんなことは関係なく、アトス経由で大まかな話は聞けた。
眷属間の通信なら、盗聴の心配はないのか?
俺と孔明と円香が眷属を持つ意味は大きい。スマホやネットでの通話も安全や盗聴には気を使っているが、俺たちは専門家ではない。狙われたら防諜は難しい。しかし、未知のスキルによる物なら盗聴は難しいだろう。
「なぁ、千明。教えて欲しいのだけど?」
「なに?」
「アトスの言葉は、頭の中に浮かんでくるのか?」
「うん。表現が難しいけど、アトスを会話をしようと考えると、頭の中に言葉が響いてくる感じかな?」
「そうか、アトスは、千明の言っていることがわかるのだよな?」
”みゃ!”
「蒼さんの言葉も解るよ。それと、私だけなら、言葉に出さなくても伝えられるよ?」
「ん?それは、眷属ならできるのか?それとも、二人が持っているスキルが関係しているのか?」
「どうだろう?アトスは解る?」
”みゃみゃみゃぁ!”
「スキルは関係ないみたい。でも、頭の中での会話ならスキルがあるみたい」
「そんなスキルがあるのか?」
”みゃ!”
「うん。あるみたい」
考えが伝えられるスキルがあるのか?
”みゃ!”
「え?そうなの?」
「ん?」
「蒼さん。スキルではなくて、ギフトらしい」
「ギフト?」
「うん。だから、私とアトスが会話できるのは、スキルではなくて、ギフトだと言っている。それで、”スキルは解らない”という話をしてくれたみたい」
スキルとギフトは違うものなのか?
貴子ちゃんに効かないと解らないか?
茜は知っているのか?
円香は?
孔明は?
戦力は増すだろうけど、相手は国家権力だ。情報が勝敗を分ける。俺たちの情報は、把握しているだろう。把握しているから、ジョーカーの存在が怖いのだろう。そして、俺たちが持つだろうジョーカーは、凄まじい力を持っている。日本だけではない。世界を相手にしても勝ってしまうかもしれない。
他国の軍隊が、オーガの進化体の討伐作戦の様子を見た。
オーガの進化体は、1体だけだ。他には、いなかったが。
それでも、辛勝だ。数か国の連合軍として戦った。それでも、辛うじて勝てたというのが正しい。街を一つと多くの兵士を犠牲にして、オーガを戦車で足止めして、戦車ごと倒しきった。得られたのは、廃墟だけだ。ドロップ品は何も無かった。
貴子ちゃんは、オーガの進化体だけではなく、変異種を倒している。ドロップを持ってきている。
天使湖の魔物の氾濫は、日本を放棄する規模の魔物が出現していた。
天使湖のデータは、ギルド側でも保持が出来ている。
しかし、警察と消防が持っていたデータは、奴らの手に渡ってしまっている。
ギルド側が引いたジョーカーが大きい。
天使湖で何が発生して、なんで、魔物たちが動き出さなかったのか?それらの答えを得られる可能性がある。貴子ちゃんが全部を知っているとは思えないが、少しだけだが俺たちが持っている情報や、他のギルドと繋がっているデータを、貴子ちゃんに提供すれば、推測ができる可能性がある。
”世界平和を!”とか、”日本のために!”とか、そんなことは、正直、トイレに流してしまえばいいと思っている。
俺たちは・・・。俺は、俺が知らない所で、俺の好きな奴らが傷ついて死んでいくのがたまらなく怖い。魔物は、俺から大事な物を奪った。だから、魔物を根絶する。その為なら、魔物さえも利用する。
「蒼さん?」
「あぁスマン。千明。検証を続けよう」
「それもだけど、オークションの準備をした方がいいのでは?」
「それもあったな。人が足りない。圧倒的に足りない。千明。信頼できる人物を知らないか?」
「うーん。舞かな?」
「ん?誰だ?」
「制作会社の子だけど、いい子だよ」
「どっち側で?」
「こっち側かな?考え方は、壊れている・・・。と、思う」
「ほぉ・・・」
「妹を殺した奴らを許さないって」
「妹?」
「そう、イジメられて、自殺。よくある話でしょ?」
「・・・。そうだな」
千明の壊れっぷりもかなりだが、そんな千明が”壊れている”と表現する人物か・・・。
「だから、マスコミに就職して・・・」
「警察とかではないのか?」
「あぁあの子、”正義”が嫌いだから・・・。マスコミも制作側に就職して、取材を続けているみたいよ」
「確かに、ぶっ壊れているな」
「そうでしょ?それで、天使湖で犠牲になったTV関係者がいたでしょ?」
「ん?山本とかいう奴か?」
「そうそう、その山本さんが舞の上司筋になるみたい」
「ほぉ・・・」
「舞も、天使湖に来ていたよ?」
「ん?そうなのか?」
「うん。連絡してみる?」
「そうだな。貴子ちゃんの眷属は、俺たちだけで受け取るには、大きすぎる気がする。出来れば、他にも犠牲者・・・。違うな。協力者が欲しい」
「はい。はい。連絡はしてみるけど、期待はしないでね」
「わかっている。それに、俺たちには、ギルドに人を入れる権限はない。最終的には、円香に話をしなければならない」
「そうだね。でも、円香さんも解っているよね?どう考えても、マスコミ対策は必要だし、ネットの対策も必要だし、検証を行うチームも必要だよ?」
「解ってる。解っているけど、全部は無理だろう」
「そうだね。茜の所にいる。ユグドちゃんみたいな眷属が出来れば、少しは楽になるのかな?」
「恐ろしい事を・・・。ないよな?」
”みゃみゃみゃ!”
アトスが鳴いている。
千明が、アトスから聞いた話は、俺はあえて聞かないという選択をした。
どうやら、俺たちには従者ができるようだ。
そうだよな。
エントやドリュアスと言っていたな。
ユグドも、聖樹からの派生らしい。
そうか、俺たちも出世するのだな。
開き直るのが一番か?