真子さんの快楽の波が少しだけ落ち着いたようです。
「たか・・・こちゃん」
「はい」
身体を起こしてくれました。
自分の手を見て、涙を流しています。
指が無かった手にゼリーを渡します。
まだ力が入らないのでしょう。でも、自分の手でしっかりと触れたので、嬉しいのでしょう。手で顔を覆って、涙を流しています。
足の復活はもう少し後になりそうです。
今は、顔や腕や肩の傷が盛り上がって治っていくようです。
再生の速度がゆっくりになっているのは、スキルの調整が出来るようになったからなのでしょうか?
あとで、真子さんに話を聞きたいです。パッシブスキルの制御ができた例はありません。もしかしたら、何か方法があるのかもしれません。
興味深いです。
「たかこちゃん。ゼリー。まだある?」
お腹が空いているのでしょう。
「あります。蓋を開けますね」
「ありがとう。うで・・・。だるい・・・。たべさせて」
腕には力が入るようですが、だるいのは収まっていないようです。
「わかりました」
真子さんの口元にゼリーを持っていきます。
全裸で汗だくなので疲れているのでしょう。傷の修復にも、快楽があるのでしょう。我慢している様子です。
「たかこちゃん。ひどいよ」
「え?」
何か私・・・。酷い事をしたのでしょうか?
「ゆび・・・。いれた?はじめて・・・。なのに・・・。すこ・・・し、いた・・・かった」
え?
あぁそういうことですか・・・。
「わたしは、魔物なので、ノーカンです」
「えぇ・・・。あんなゆびでひろげておくまでゆびを・・・。はずかしかった」
たしかに、私が人間だった時に、同じようにされたら恥ずかしかったでしょう。
謝るのがいいでしょう。
”すごく綺麗でした”は、言わないほうがいいでしょうね。
「はい。ごめんなさい。方法が、なかったので・・・」
「ううん。いいの。でも・・・」
「はい?」
真子さんが、弱弱しい手つきで、手招きをします。
私の耳元で、すごいことを言い出します。快楽が、頭を支配してしまっているのでしょうか?
多分、そうなのでしょう。
そうでなければ、そんな発想にはならないと思います。
「本気ですか?」
「・・・。うん」
「いいのですか?」
「うん。たかこちゃんがいい」
「えぇ・・・」
「ダメ?」
「ダメではないですけど・・・。私も、男の子は怖いですし、好きでは無かったので・・・。どちらかといえば、女の子の方が・・・」
「ね。それなら、いいよね?」
嬉しそうにしないで欲しいです。
本当に、なんで、そんな発想になるのかわかりません。でも、少しだけ、本当に少しだけ興味があります。形が解らないので、調べなければなりませんが、何とかなるでしょう。
真子さんが腕を抱えるようにします。
次の快楽の波が来たのでしょうか?
快楽が落ち着いた時には忘れていて欲しいです。覚えていても恥ずかしくなって、忘れたフリをすることを望みましょう。多分、真子さんの望みは叶えてあげられるでしょう。でも、なんか違うと思えてしまいます。
でも、本当に、少しだけ、頭の片隅に、”あり”だと思ったのは内緒です。茜さんも・・・。とか、考えたのは、本当に内緒です。
真子さんが、また快楽に支配され始めます。
結局、ゼリーを4つとスポーツドリンクを2リットル近く摂取しました。汚れたタオルは既に10枚を軽く超えています。
おむつの隠し場所は聞いています。数は大丈夫でしょう。おむつよりも、汗が凄いです。タオルの替えが心配です。
タオルが先に無くなりそうなので、補充を行いました。
茜さんなら、離れた場所でも話ができるので、茜さんに部屋の前まで来てもらって、タオルを洗ってもらうことにしました。
洗濯機は乾燥もついているタイプなので、大丈夫でしょう。茜さんは、気が付いているようですが、何も聞いてきません。大人の女性なのでしょう。頼りになるお姉さんです。
新しいタオルを持ってきてもらいます。
足の再生が始まりました。
快楽は、指以上です。
そして、マソの量も桁違いに必要です。
戸惑っているわけにはいきません。
消費が激しいです。
もしかしたら、再生する質量に比例してマソが必要なのかもしれない。
そうなると、10個や20個ではすまない可能性が出てきます。
入れた瞬間に消費されていきます。
横に置いておくだけではダメなようです。体内に入れる必要があるようです。本当かな?デイジーの時には、食べさせるだけで大丈夫だった。やはり、質量の問題か?気楽に検証ができないのは残念ですが気になります。
口の奥に入れると、喉に詰まってせき込んでしまうようで、口には1個か2個が限界です。
指で奥に押し込んで、快楽に襲われるのでしょう。
すんなりと入ります。諦めたのか、足を閉じなくなっています。どんどん、入れていきます。
足に近いからなのでしょうか?口よりも吸収が早いように感じます。
一時間が経過したくらいで、真子さんは肩で息をし始めます。
足を見ると、殆ど再生が完了しています。
もう少しなのでしょう。
全裸の真子さんを見下ろす形になってしまいますが、身長は私よりも少しだけ低い感じです。
肌が凄く綺麗。
高校生の時に、事故にあったと聞いているから、身体は高校生の時の状態かな?
髪も長く伸びています。寝ている時には、短く適当に切った感じでしたが、長い髪の毛が凄く似合います。
「はぁはぁ・・・。たかこちゃん」
「はい」
「こ、わ、い。だき・・・し・・めて」
「え?」
「あせ・・・すご・・・い。でも・・・。だ、きしめて、おねが、い。ふく、せいふ・・・く、よご・・・したら、ご、めん。でも・・・」
「わかりました」
汗で、私の制服が汚れるのを気にされているのでしょうか?
優しい人です。
私は、真子さんの前で制服を脱いで下着を脱ぎます。
全裸になって、真子さんの前に立ちます。
「これなら大丈夫ですか?」
「う、ん!たか、こちゃん!」
真子さんを抱きしめます。
汗を気にしていますが、凄くいい匂いです。
お互いに全裸です。
真子さんは私を強く抱きしめます。
真子さんは柔らかいです。
頭が”ぽぉー”とします。
抱きしめていると、私の小さなおっぱいに顔をうずめた真子さんから寝息が聞こえ始めます。
スライムに戻って、真子さんの腕から逃げます。
危うくキスをされてしまいそうでした。嫌では無いのですが、しっかり意識があるときにして欲しいです。
汗を綺麗にしてから、制服姿に戻ります。
真子さんを観察します。
足の再生は続けられています。寝ている状態でも、快楽を感じているのでしょうか?再生がゆっくりになって、快楽が少ないのでしょうか?
「ライ。見ていて」
「うん」
おむつを始末します。
もうあとはタオルだけで大丈夫でしょう。
アイテム袋に収納します。
ついでに、登録も行っておきましょう。
うん。出来た。
茜さんを呼んで、汚れたタオルを持って部屋を出ます。
「貴子ちゃん?」
「無事に終わりそうです。今は、寝ています。あと、1-2時間で起きると思います」
「わかった。よかったね」
「はい!」
「タオル。預かるよ」
「お願いします」
茜さんにタオルを預けて、リビングに戻ります。
口喧嘩は終わっているようです。
「貴子嬢。真子は?」
「今は、寝ていますが、足の再生を確認しました。あと1-2時間で起きると思います」
「そうか・・・。よかった」
「貴子嬢。それで?」
「まだ、最終的な判断では無いのですが、真子さんには私が知っている限りの魔物特有のスキルはついていません」
「そうか・・・」
孔明さんが”ほっ”とした表情をしてくれます。
「スキルは、”再生”と”治療”と”魔物同調”と”災眼”と”聖”と”結界”です。定着には時間が必要なので、もしかしたらスキルは増える可能性があります」
スキルの説明は必要が無いようです。
「・・・。”災眼”とは?」
違いました。
円香さんが”災眼”を聞きました。確かに、”破眼”の持ち主としては気になるのでしょう。
「円香さんの破眼の下位互換で、魔物に関する災いが見えます。簡単に言えば、魔物が発生する予兆が見えます」
「は?」「なに?円香!」
「貴子さん。私のスキルでは、魔物の発生予兆はわからない。そもそも、予兆があるのか?」
「ありますよ?あっこの話も、茜さんにすればいいですか?」
「そうだな。貴子さん。お願いできるか?」
「はい!あっ魔眼シリーズで、あと患眼というのがあるので、茜さんに覚えてもらっていいですか?真子さんが取得した”聖”との相性がいい魔眼シリーズです」
「お願いする」「円香さん!」
「茜。諦めろ。今更、スキルの一つや二つ・・・。増えても大丈夫だろう?」
「うぅぅそうですが・・・」
茜さんが頭を抱えだしますが、諦めてもらいます。
でも、真子さんの治療が成功してよかった。
本当に・・・。
円香に、真子の部屋から連れ出された。
茜嬢は理由を察しているようだが、俺には解らない。解らないが、治療に必要な事なのだろう。
10分くらい経っただろうか、貴子嬢が真子の部屋から出てきた。
そして、治療で大量に水分が出てしまう可能性があるから、水分補給用の飲み物を買ってきて欲しいと言われた。
茜嬢が、自分たちの食事も欲しいと言ってきたが、長丁場になると考えれば、当然だ。
貴子嬢は肉がいいと言ったので、肉を買いに行く。あとは、飲むゼリーも買ってくる。治療中の真子が食べられるのなら、食べさせたい。
車は、ギルドから乗ってきた車しかない。貴子嬢が言うには、結界が貼られているので、大丈夫だと言っていた。
今は、真子の部屋と家にも結界が貼られているようだ。
俺と円香と茜嬢と貴子嬢とライ殿だけが出入りできるようだ。凄いスキルだ。
車に乗り込む。円香が助手席だ。この感じは久しぶりだ。
「孔明」
「なんだ」
「私は、まだお前を許していない」
「当然だ。それで?」
「カードを出せ?」
「・・・。あぁ」
「違う。ギルドカードは、お前が持つ物だ。それを返されても困る」
「え?」
「違う。クレジットカードだ。デビットの奴でいい。20万くらい入っているだろう?」
「そりゃぁあるが・・・。円香?」
「あぁ主殿・・・。いや、貴子さんには今まで散々驚かされていたから、この辺りで大人の力を見せつけようと思う」
「わかった」
まずは、スポーツドリンクや飲むゼリーを買うために、イオンモールに向かう。人が多い所の方が、尾行が居ても巻きやすい。それに、もう治療が始まっているから、尾行をつけられても大丈夫だ。あの家にある盗聴器類は見つけたはずだ。盗聴器は4つだ。リビングに3つと玄関に一つ。真子の部屋は、茜嬢が調べたが無かった。真子の部屋に無かったのはよかった。
イオンでは、スポーツドリンクと飲むゼリーの他に円香が料理で使う調味料や野菜類を購入した。
他にも、茜嬢に連絡をして家にない物を購入した。それだけで8万円近い出費だ。完全に、関係ないと思われるような物まで購入していたが、きにしないようにする。余ったり、使わなかったり、必要が無かったものはギルドに持っていけばいいと思う事にした。
「そうだ。孔明。引っ越しはどうする?」
「引っ越し?」
「必要だろう?ギルドの周りの家は抑えてある」
「必要か?」
「孔明。お前・・・。真子が治るのだぞ?指が欠損して、片足が無かったのだぞ?それも、あの主殿のことだ、やりすぎる可能性がある。スキルも想定以上になる状況を想定しておけ、いいか、間違いなく、頭を抱えるぞ!私は、魔物同調と聞いた時に、眩暈がしたぞ」
確かに、考えていなかった。
真子も、動けるようになったら、学校にも行きたいと言い出すかもしれない。
「そうだな。ギルドの近くなら・・・。一軒家を買うか?」
「そうしろ。きっと、主殿のことだ。真子が一人で居ると言えば、真子に新しい眷属を紹介して、家の守りを完璧にしてくれるぞ」
円香は笑い出すが、笑い事ではない。
既に、”再生”や”治療”という未知のスキルが芽生える。そのうえ、”聖”だと!?貴子嬢に聞いて、スキルを隠蔽する方法を聞かなければ、真子が研究所に攫われてしまう。そうでなくても、目立つのは決定事項だ。
ギルド・・・。ワイズマンにどこまで報告するのか?
「円香・・・。”魔物同調”は、どんなスキルだと考えた?」
「あぁ・・・。覚えているか?」
「何を?」
「主殿が、ギルドに初めてコンタクトしてきたときの事を・・・」
スライムの大量発生の現場だ。
覚えている。
「そうか、あの時か・・・」
「確実ではないが、多分あれば”魔物同調”だと思っている。意識を別の魔物と同調させる。考えれば、恐ろしいな」
「そうだな。でも、有効なスキルだ」
「あぁいっそのこと、情報と交換で、主殿に私たちにも相性がいい眷属を都合してもらうか?」
「俺もそれを考えた。だが難しいぞ?」
「ん?」
「蒼は大丈夫だろうけど、円香は動物に恐れられているぞ?俺もどちらかといえば嫌われる」
俺の話を聞いて、円香が噴き出した。
”確かに”と言って笑い出した。
こんなに、すっきりとした気持ちで、円香と話すのは久しぶりだ。茜嬢と貴子嬢に感謝しなければならないな。円香にも・・・。
「円香?」
「なんだ?」
「好きに買っていいと言ったが、”やりすぎ”という言葉を知っているか?」
「そんな都合がいい言葉は忘れた」
「思い出せ」
「面倒だ。それに、お前、手足の欠損を治す医者への心付けに、この程度の出費で済ますつもりなのか?」
それを言われると辛いが、意味が違うと考えて反論をする。
円香は、肉屋を梯子して、10万円分の肉を購入している。車の中で待たされたので、嫌な予感がしていたのだが、手遅れだ。
言い争いになったが・・・。
懐かしい感じがする。
家に戻ってきた。
気が付いた範囲で尾行は居なかった。
「なぁ円香?」
「なんだ」
「尾行が家の周りに居なかったのは?」
「多分、”何か”したのだろう」
「そうだよな」
「何も言わないと思うから、知らないフリをしておけよ」
「わかっている。そうだ。円香、俺は知り合いの整備工場に車を持っていく、くっついている物を外してもらう」
「そうだな。奴らが本気になるかもしれないから、考えることが増えそうだな」
「すまん」
「なに、いいさ。どうせ、将来的に”こう”なることは解っていた。奴らが、自分たちが”正義”だと思っている限りは、ギルド組織とは相容れない。私の弟の件もある。奴らの好きにはさせない」
「そうだな」
「お前がギルド側の鎖に繋がれたのは大きい」
俺と蒼の古巣が蠢動し始めたら厄介だ。
背広組の連中なら、ある程度の旨味を見せれば交渉が可能だが、脳筋な上に”正義”という御旗を振り始めている。ギルドが邪魔なのは解るが、排除は不可能だと考えれば解る。奴らは、”正義”に酔ってしまっている。一部の奴らだが、声が大きいのが問題だ。
「孔明。先に戻る」
「わかった。何かあれば連絡をくれ」
「わかった。でも、私が連絡するよりも早く、連絡が来ると思うけどな・・・」
円香は、車を降りて上を見る。
確かに、車での尾行はなかった。車ではない。別の者が俺たちを見守っていた。上空からだ。
最初は、気のせいだと思ったが、猛禽類がそんなに都合よく居るわけがない。
落ち着いたら、貴子嬢に指摘をしておいた方がいいかもしれない。
馴染みの整備工場に車を持ち込んで調べてもらった。
どうせ、マニュアル通りの場所に仕掛けられているのだろう。予想通りの場所に一つ仕掛けられていた。もう一つは、マニュアルにない場所だ。民間か?機材を使って調べてもらったが、他にはなさそうだ。
「おい。孔明」
「なんだ?」
「この車はどうなっている?」
「ん?整備はしているぞ?」
「蒼がやったのだろう。それはわかる。それよりも、これだ」
盗聴器を探す機材を取り出して、車に盗聴器に近づけると、反応がある。当然だ。
そして、車の中に盗聴器を置いて・・・。車から離れた場所でも短距離なら反応がある。しかし・・・。
「気にするな」
「”気にするな”か?久しぶりに聞いたな」
「悪い」
「いいさ。売りに出るのか?」
「民生にはならない」
正確には、貴子嬢以外には作ることができないのだが、そんな説明は必要がないだろう。
「そうか、残念だ」
裏の仕事だろう。
「今度、引っ越しをすることになりそうだ」
「そうなのか?」
「静岡市内に、引っ越しを考えている」
「そうか・・・。俺も、そろそろ考えるか?」
「来るのなら、円香を紹介するぞ?」
「嫁さんに相談をしてみる」
「お前さんが来てくれるのなら助かる」
「わかった。何か、奥歯にものが挟まった言い方なのが気になるが、考えよう」
車についていた盗聴器と発信機を受け取って、整備工場を出る。
元自衛隊の研究所所属で、スキルの有無を判断する道具を開発したが、組織に馴染めなくて、辞表を上司に叩きつけた。そんな奴だが、信頼はできる。
以前から、ギルドに誘っていたが、首を縦に振らなかった奴がどんな心境の変化なのか?
事情があるだろうが、ギルドの協力者に非常識というべき存在が居る。彼女とのコラボが実現したら、ブレイクスルーになるかもしれない。
オークションの準備もしなければならないが、茜嬢がなんとかするだろう。
ネットに強い奴も必要になりそうだな。
ギルドに残った千明は、蒼を問い詰めていた。
「蒼さん!」
二人だけ残されたのが、気に入らなかったのではない。
自分だけ事情を知らないのが気に入らないのだ。
「だから、孔明には、妹が居て、怪我をしていて、それで・・・。あぁ面倒だ!」
蒼は、真子にも会って話をしたこともある。
事情も理解している。真子が治るとも思っていないが、孔明がなんとかして治そうと足掻いている状況も理解している。
「あぁ説明を放棄した!普通の怪我なら、スライムさんが一緒に行く必要はないですよね?茜も一緒なのは何故?私だけ知らされていない!?」
千明も遠慮が無くなっている。
通常の怪我なら、ポーションの作り方が判明している状況だ。すぐに治す必要が無ければ、実験をしてからでも十分なはずだ。
それに、(千明視点では)スライムを呼び出して一緒に行く必要は皆無だ。
「俺から聞いたというなよ?」
千明の猛攻に蒼が折れた形になる。
それに、孔明もギルド内に隠しておく必要性を感じていない。
「うん!(でも、私が知っていたら、情報の出元は蒼さんだと解ると思うけど?いいかぁ!)」
千明は、思っていた以上に酷い話にドン引きしていた。
「え?孔明さん!最初から、現場の人ではなかったの?」
「そうだ。奴は、真子の怪我を治すために・・・。研究所の所長の座を蹴って、現場に配置替えを希望した」
「・・・。でも、欠損を治すようなスキルやポーションは、世間では見つかっていませんよね?」
「あぁ孔明も解っている。だからこそ、可能性がある現場に配置換えを志願した」
「ん?今の言い方だと、志願はしたけど、認められなかった?」
「ん?あぁ認められたけど、孔明が望んだ状況ではなかった」
蒼は、自衛隊の隊員に課せられている条約を説明した。
簡単に言えば、自衛隊の隊員が作戦行動中に得た物は、国家に帰属する。そのために、孔明が真子に使おうとしたら、真子の状態を登録して”実験”としてアイテムを使用するしかない。孔明は、”万が一”に縋った。
「へぇ・・・。今回は、茜が持ってきたレポートを使って、試してみるのね」
「そうだな。それで、茜がスライム殿に連絡をしたのだろう。何か、別のアプローチがあるのだろうけど・・・」
「うん。きっと、聞かないほうがいい方法だよ」
千明は、それだけ言って手元に視線を向ける。
「その水見式だけでも大きく世界が動くぞ?」
「そうなの?だって、スキルを持っている人しか使えないのでしょう」
「そうだな。それでも、自分の特性がわかれば、スキルが狙えるかもしれない。多分、スライム殿はスキルを取得する方法も判明しているように思える」
「え?」
「それだけ・・・。まぁいい」
蒼は、千明の頭に手を置いてごまかすように手を動かす。
千明も、ごまかされていることには気が付いているが、蒼が何を心配しているのか解っているので、これ以上は突っ込まないようにした。
「ねぇ真子さんの事故って偶然?」
「ん?急にどうした?」
「あっ。真子さんの事故って偶然?確か、孔明さんは、ご両親も事故で亡くしているよね?」
「あぁ両親は、ひき逃げだな。犯人は、結局見つかっていない。真子の事故も、不審な点が多かったが、事故で処理されている」
「え?それって・・・。私と一緒?」
「ん?なんだ?」
「私の両親も、事故で・・・。話したよね?それで、結局、犯人というか、事故を起こした人は捕まったけど、おかしいの・・・」
「どういうことだ?話せよ?」
「うん。あのね」
千明の両親は、記者をしていた。新聞社ではないが、官僚の不正を追いかけていて、事故にあった。
よくある信号無視の車に突っ込まれた。突っ込んだ奴は、現場に車を乗り捨てて逃げた。ひき逃げ事件として捜査された。3日後に、男が派出所に出頭して、ひき逃げを告白した。
「何がおかしい?」
「出頭した人は、20代の男性で、大学を卒業したばかりで、地方に就職していて、事故を起こした東京には住んでいなかったの」
「それで?」
「パパとママは、国産の軽を使っていたの・・・。小回りが・・・。とか、言ってね」
「あぁ」
「その大学を卒業したばかりの男は、メルセデスベンツC200セダンの新車なの・・・」
「ん?」
「それで、私も前の職場に入ってから調べたの・・・。そうしたら、その人・・・。大学を企業系の奨学金を受けていて、その企業がパパとママが調べていた官僚と深く関わっていて・・・」
「え?」
「事故を起こした男の人は、免許を持っていなくて・・・。あと・・・。事故の時の車の写真」
千明は、スマホに保存してある写真を蒼に見せた。表示されているのは、事故現場の写真だ。一台は激しく損傷している。道路にはブレーキ痕は見られない。弁護士が警察から証拠写真として預かったのを撮影した物だ。最初は、証拠というよりも、両親の最後を残しておきたかった。左ハンドルのC200が軽に正面から突っ込んでいる。左ドアが開け広げられている。
「・・・」
蒼は写真を見て、不思議に思ったが、エアバッグが作動していない。C200クラスの車なら、正面から衝突しているのなら、エアバッグは作動する。座席が後ろ過ぎる。ハンドルが右に切られている。この手の事故は何度も見ているが、正面衝突の場合にはぶつかる瞬間に回避行動を取る場合が多い。しかし、まるでぶつけに行っているように見える。
千明が次の写真を見せる。
「それで、これが事故を起こした男の人」
大学時代の写真だろうか?大学名が書かれた門の前での写真だ。門の高さは不明だが、他に写っている物から考えると、身長が150cmに満たないと思われる男性がぎこちない笑顔を向けている写真だ。
「千明。これ・・・」
「ね。おかしいでしょ。私も、最初は気が付かなかったけど・・・。座席が後ろ過ぎるよね?あと、この男の人。奨学金以外にも、借金があったみたい。そんな人が、C200のセダンを買う?あっC200は1年落ち程度で、新車だったみたいよ?」
「わかった。千明は、調べたいか?」
蒼は、スマホを千明に返して、千明をまっすぐに見る。
「え?そりゃぁ・・・。調べたいけど・・・。真実なんて求めていない。パパとママがなんで殺されたのか知りたい」
今まで堪えていたのか、心の棘だったのか、千明にも解らない。
蒼に言われて、何が知りたいのかを初めて口にした。そして、涙が流れ出したのに、自分が驚いてしまっている。
蒼は、慌ててよれよれのハンカチを取り出して、千明に渡す。
笑い顔でハンカチを受け取って涙を拭いた。
「孔明と円香に相談しよう」
蒼の言葉は、ギルドの力を使おうと言っている。
「え?いいの?」
千明が躊躇するのも当然だが、蒼は大丈夫だと思っている。
「あぁ茜も巻き込めたらラッキーだな。あと、出来たら貴子殿も巻き込めたら、最高だな」
「え?なんで?茜は解るけど、スライムさんは関係がないよね?」
「そうだな。関係ないが、持っているスキルは、相手が国家に近い位置に居る連中なら、餌にもなるし、武器にもなる」
「え?なんで?」
「千明。ご両親の話は、皆に話していいか?」
「・・・。うん。私も、真子さんの話を聞いちゃったから・・・」
千明は、蒼が話を変えたことから、スライムに対する話は聞かない事にした。
確かに、スライムが味方になってくれるのなら、心強いとは思うが、”怖い”感情が皆無ではない。自分の直感を信じるのなら、スライムには深入りしないほうがいいと思える。
しかし、ギルドの職員としては、深入りしないという選択肢は既に選べない。
”みゃぁみゃぁ”
「そうね。もう手遅れだね。アトスが居るのよね」
アトスから教わった、魔力を糸状にして、放出する方法が出来てしまっている。
便利だと思えるから”質が悪い”と思っている。
本当に、主殿。貴子ちゃんには、いい加減にして欲しいと伝えたい。
問題の本筋は、貴子ちゃんが”よくわかっていない”ことです。これは、ギルドが持っている。世間に公表している常識を覚えてもらえばいいと思っています。
でも・・・。本当に数時間で・・・。”困った”が溜まってしまいました。
まとめておかないと、後で困るのは私です。間違いなく、円香さんは、私に”丸投げ”してきます。
貴子ちゃんと一緒に居られるのは嬉しいのですが・・・。貴子ちゃん。本当に、ギルドに属してくれないかな?
まず、問題になりそうなのは、動物の魔物化の話です。
持ってきた端末を使って直接アクセスすることは出来ますが、孔明さんの家からのアクセスは憚られます。聞いておけばよかった。円香さんと買い物に出かけてしまった。多分、買い物が終わったら口喧嘩を始めるでしょう。ソファーに避難しておきましょう。
VPNを使って、ギルドではなく、私のパソコンに接続をしてから、ワイズマンに問い合わせをしました。
やはり、動物の魔物化は世界中で発生している事象ですが、原因は研究中となっています。
条件付けが難しくなってしまっているようです。実験のデータを取り寄せたのですが、これでは魔物になる条件を満たしても、先に進めない状況です。
貴子ちゃんの言葉を全面的に信じれば、その実験では”魔物にされてしまった動物”です。眷属化の話が出てきていないのも、当然の話です。
動物を実験動物として見ています。研究者としては正しいのでしょう。それでは、”絆”を作ることは出来ません。ワイズマンは、高機能なAIですが、心の機微には疎いのでしょう。各国のギルドが追試した結果では、”問題個所はない”と評価されていました。
さて、貴子ちゃんの情報の公開がどんどん難しいミッションになってきます。
千明と蒼さんが行っている”水見式”の試験は、想像通りです。あとは、貴子ちゃん・・・。ライが真子さんに行った”水見式”の方法が確立できれば、魔物化とひっくるめて報告ができます。多分。
貴子ちゃんの会社の名前も考えないと・・・。
元の名前でもいいとは思うけど、貴子ちゃんを現すような可愛い会社名がいいよね。”テン〇スト”とか貴子ちゃんは言っていたけど、それは却下した。スライムで”テ〇ペスト”はダメだと思う。
いい名前が思い浮かばないから、保留しているけど、報告書を上げる前には名前を確定しないと・・・。
元の会社名は、オリジナルパイン合同会社
悪くはないけど、オリジナル=原/パイン=松。松原をひっくり返した会社名だと教えてもらった。そして、パインには”思い焦がれる”という意味もある。原=オリジナルなのは少し・・・。いや、強引な気がしますが、貴子ちゃんのパパさんが決めたことなので、口をつぐみます。
パパさんとママさんと妹さんの事故を担当した弁護士さんが、会社を貴子ちゃんの名義に書き換えてくれていたので、綺麗にするのには困りませんでした。弁護士さんには、貴子ちゃんを交えて会う予定にしました。
貴子ちゃんは、スライムになってから、日付や曜日の感覚が鈍くなってしまっているようなので、スケジュール管理も誰かが行わなければならないようです。貴子ちゃんに”ライ”や”ユグド”のような存在を産み出してもらって、秘書になって欲しいと伝えないと、私の業務がパンクします。
魔石を磨く方法は、貴子ちゃんに聞いたけど、難しい。魔石の確保から行う必要がある。本当に、どれだけの魔物を倒したら、あんな数の魔石を・・・。考えないようにしていたことですが、貴子ちゃんが所有する裏山が”山”の全てではない。山梨側にも神奈川にも山は存在している。貴子ちゃんに頼っていてはダメ。貴子ちゃんの家族は、貴子ちゃんを守るための行動が最優先なのでしょう。今は、方向が人類のためになっているけど、方向が少しでも違えば敵対してしまいます。敵対した時に、滅びるのは”人類”です。残るのは、魔物になってしまった動物と、魔物にならなかった動物です。原始的な世界に見えますが、動物から見れば幸せなのかもしれない。
多分、ギルドが魔物素材のオークションを開催したら、素材の出元を探る人たちが出てくる。
貴子ちゃんは、守る必要があります。
探った奴らが、貴子ちゃんの家族に反撃されて、殺されるのは自業自得です。実行を指示した奴らが死ぬだけなら、私はなんとも思いません。
貴子ちゃんの家族が”人は敵”と認識してしまうのは困ります。別に、私や私の周りの人が助かるのならいいのだけど、貴子ちゃんが気にしそうで嫌だ。貴子ちゃんの家族は”人”を排除することに抵抗がないように感じます。
スキルの熟練度やスキルのレベル?
あれは、私の手に余ります。
千明と蒼さんに丸投げの予定です。円香さんと孔明さんは、真子さんの治療に関して・・・。後始末で大変なことになるでしょう。
これは確定している未来です。
あと・・・。貴子ちゃんのパパさんとママさんの話を聞いてしまった。胸が締め付けられる。貴子ちゃんが、どこか壊れた笑顔をしていると思ったら、スライムになってしまったからでは無かったようです。どこか、私と似ていると思ったのも間違いでは無かったようです。
もしかしたら、スキルの熟練度とスキルのレベルは、私が調べた方がいいかもしれない。貴子ちゃんが持っている情報をまとめなければならない。特に、スキル関係は貴子ちゃんが世界で一番進んでいる。
スキルの情報は、まとめてギルドで公開してもいいかもしれない。追試は難しいけど、”鑑定石”を高機能にできないか確認して、スキルレベルが表示できるようになれば、追試は各国のギルドで行える。よね?
貴子ちゃんのパパさんとママさんと妹さんとお兄さんとおじいちゃんの話は、私が調べるよりも、千明と蒼さんが調べた方が早い。貴子ちゃんが望むのなら
ギルドの情報網を使って調べる。罪を問うのは難しいけど、罰を与える事はできる。社会的な罰だけではなく、貴子ちゃんの家族による罰なら・・・。その場合には、司法に身を委ねた方が幸せだと思うのでしょう。でも、私には関係がない事です。知らない人の自業自得よりも、貴子ちゃんの笑顔の方が大事です。そして、貴子ちゃんの家族の気持ちを優先します。
そうだ!
ユグドが来ているという話も有ったけど、ギルドへの報告は必要ないよね?
忘れていたいけど、考えないと・・・。
貴子ちゃんが、私が”魔人化”する可能性があると言っていたけど、気にしない事にしておこう。
”魔人化”したら、寿命とかどうなるのだろう?
”魔人化”したら、貴子ちゃんに責任を取ってもらうとして、眷属にしてもらおうかな?
あれ?そうしたら、寿命は?困らないけど、困りそうだな。
世界最年長者の記録を塗り替えてしまう。
どうしよう?
今、考えてもしょうがないですよね。”魔人化”してから、成長がどうなるのか?寿命がどうなるのか?結果が出るのは、数十年後です。私は今の姿で固定されるのなら・・・。もう少し、若い方が嬉しいかな?
でも、今なら貴子ちゃんとライと並んだら、姉妹や姉弟に見えるかな?
それは、それで”あり”です。初めて真子さんを見ましたが、真子さんも一緒ならもっと嬉しい。私の好みの女の子です。
部屋の中は、荒れては居ませんでしたが、綺麗な状況でも無かったです。
生活が、ベッドの上に固定されている弊害だとは思います。
あと、円香さんから部屋を確認して欲しいと言われて、確認をしました。
盗聴器は仕掛けられていませんでした。
部屋ではない場所で、録音ができるタイプの盗聴器を見つけました。電波を出さないので、見つけにくいのですが・・・。
スキルのおかげなのか、平行作業が捗ります。
盗聴器の音声を確認していますが、孔明さん案件でしょうか?
気が重いのですが、いい加減にはっきりさせておいた方がいい時期です。
円香さんに相談することは決まっていますが、今回のことを考えると、孔明さんも巻き込んだ方がいいかも・・・。
後で知られると、貴子ちゃんと真子さんの心証がわるくなってしまいます。
パパは自業自得かもしれないけど、ママとお兄ちゃんは・・・。
私が、日本という国を見限ることを決めた時の話を・・・。
男だけ45人が乗った改造されたワンボックスの中は指令室になっている。監視している者たちからの情報が集まってきている。
暫く、動きを見せていなかったターゲットが、動きが活発になってきている。
指令室には、上層部からの指示が出ている。ターゲットが何かを発見したと思われる動きが伝えられている。
ターゲットが、海外のギルドカードに紐付けされた企業に送金していることが掴んでいる。
ターゲットを監視しているのは、自分たちの組織だけではない。民間や別の組織が監視しているのが解っている。
それらの組織を出し抜く為にも、ターゲットの近くである程度の権限を持った者が最前線に出てきている。
上司の不在だった3日間の報告を、行う準備中に、ターゲットが動きを見せた。報告は、順次行うことになり、監視を優先した。
「C/Dは、Bの部屋の前で待機」
監視対象は、現在は5名。
「Sは?」
敵対組織の一つにスパイとして送り込まれているターゲットは、監視対象の中でも上位に入っている。
「動きはありません」
「SとAとBが、Bの部屋に移動」
「出たのか?」
「はい」
「Bの部屋は?」
聞かれた男は、首を横に振る。
「収音は?」
同じように、首を横に振る。
個人の部屋に、仕掛けを行う時間はない。ターゲットも愚かではない。自分たちが監視されているのはわかっている。部屋の盗聴対策はしっかりと行われていた。
「わかった。Bは、由比に向ったのだよな?」
「はい」
上司の言葉を肯定する。
既に第一報の報告は上げられている。報告の準備と今後の対策を検討しなければならない状況になっていた。
「状況は?」
「駅でロスト」
「は?ターゲットは、素人だぞ?」
「ホームを降りて、改札を出たところまで、確認が出来ています」
「誰と会ったのかも解らないのか?」
「不明」
尾行していた者の発見場所の報告も行う。
尾行を行っていた者は、ホームにあるベンチに座っていた。尾行を行っていた者を監視していた者も同じ場所に座っていた。拘束はされていない。薬物も出てこなかった。しかし、3人は監視対象がホームに降りたところまでは覚えていたのだが、自分たちがホームにあるベンチに座っていた事を覚えていなかった。記憶を無くしていたのは、数分だと思われるが、その間に何があったのかはっきりとしていない。
もちろん、持っていたカメラにも何も映っていない。
他の組織の人間も同じように、ホームで発見されている。小さな寂れた港町にある駅の為、ベンチの数は少ない。階段の途中で見つかった組織もある。当日の駅が混乱したのは当然なことだ。
幸いなことに身分証と思われる物は所持していたために、大事になるまえに騒動はおさまった。
「収音は?」
「ファンブル」
「電波は拾えないのか?」
「Bの部屋からは、電波は出ていません」
「昨日までは、WIFIが拾えたな?Bの部屋も?」
4日前までは各部屋に設置されているWIFIの監視が成功していることを把握していた。
今日になって失敗したのが解らない。
「はい。WIFIを切ったのでは?」
「推測ではなく、実際に中の様子を知りたい。ベランダ側は?」
「あの建物は、窓からの盗聴は不可能です」
「・・・。近づけると思うか?」
「ご命令なら」
「実行しろ」
監視している現場にいる。一人の男が、名乗り出た。
マンションに向かう最中に、ターゲットを監視している別の組織と遭遇して、マンションに立ち入るのを回避した。
自分たちの組織なら、警察に通報されても大丈夫だとは思っているが、例外はどこにでもある。
「え?消えた?」
「どうした?報告せよ」
「はっ」
男は、見たままを報告した。
別の組織の人間が、マンションに侵入した。ポスティングの格好をしているので、住宅街では目立たない。それでいて、人目に触れた時に記憶に残りにくい。持っているポスティング材が派手であれば、そちらだけが記憶に残る。
ポスティングを行っていた者が、ターゲットの人間たちが入っていた部屋の壁に機材を近づけた。
機材だけではなく、消えていなくなった。神隠しにでもあったかのようだ。
「・・・。撤収」
現場に、”撤収”を伝える。
「はっ」
現場からの報告を受けて、ワンボックスのなかにある仮の作戦本部では、撤収を決めた。
未知ほど恐ろしい事はない。その未知を大量に抱え込んでいる可能性が高いターゲットの監視は必須な事だ。
外に出ていた男が、監視場所に戻る。
監視の現場には、現場で撮影した内容が転送されてきている。
指示を出すために必要な情報が常に、指令室には届いている。
ターゲットになっている5名が部屋に入ってから、かなりの時間が経過している。
全員が部屋から出てきた。
二人は、そのまま別の部屋に移動を開始した。
「どこに行くのかね?」
軽口を叩いているが、臨時の作戦室からの指示が入る。
「確認せよ」
「乗ったのは、男1女2。不明1」
「ほぉ・・・。新しいメンバーか?」
不明の1名が何時からターゲットの部屋に入ったのか判明していないことも、報告されるが、些細な情報だと無視される結果になった。
「不明」
「撮影は?」
「・・・。ファンブル」
「は?失敗?」
「いえ、正確には・・・」
男は、現場から送られてきた写真を上位者が使っている端末に送信する。
「は?なんだ?これは?「どういうことだ?」
「不明」
男たちは、共有された画像と動画を確認する。
何度、見ても状況は変わらない。
未確認の女は、動画にも写真にも映っていない。
確かに、存在していたのだが、存在が無かったことになっている。
「ターゲットは、光学迷彩でも開発したのか?」
「不明」
「機材のチェックを行うように伝えろ」
「はっ」
男は、イライラしていた。
動き出したのは嬉しいのだが、不気味な雰囲気が拭えなくなってきている。
「A/B/Sを確認。新しいターゲットを、Fと呼称」
「追跡を開始します」
「Fを検索」
「該当なし。中尉」
「なんだ?」
「Fは見ました。情報が何もありません」
「どういうことだ?」
「Fは、女ですか、男ですか?子供ですか?大人ですか?顔は?髪の毛の色は?歩行は?何も、情報がありません。見ましたが、認識されていないかのように、思い出せません。中尉も見ましたよね?」
中尉は、言われて初めて、思い出そうとしたが、思い出せない状況に背筋が寒くなる思いがした。
慌てて、動画を巻き戻して見たが、人が居るのはわかるが、何か訳の分からない物が写っているだけだ。
「なんだ?これは・・・」
「追跡部隊から通信」
「どうした!」
「対象をロストしました」
「何?見失ったのか?発信機は?」
「ロスト」
「・・・。どういうことだ?対象が、発信機を破壊したのか?」
「いえ、移動中に・・・」
「なに?発信機が壊れたのか?」
「不明」
「ロストした場所は?」
端末に、情報が表示される。
「目的地は・・・。Sの実家か?」
「おそらくは」
「追跡班を回せ」
「はっ」
追跡をしていた者たちが、配置に着いた。
「ロスト」
「何?」
「中尉。追跡班の信号をロスト」
「ロスト?何を?」
「全部の信号をロスト」
「生存は?」
「不明」
「映像は?」
「出します」
再生された動画は、”信じられない”状況になっている。
監視していた者たちが乗っていた車の中にあるカメラの映像が、突然消えて、信号が無くなった。
追跡班が、”どこ”に居て、”どんな”状況になっているのか不明な状況だ。
カメラには、”何も”異常を閉める状況が撮影されていなかった。全部のカメラからの映像が同時に途切れている。追跡班は2台で行っていて、別々の場所に存在していた。それでも、同時に信号がロストした。
映像から解るのは、追跡班が追跡中に突然消えてなくなったことだけだ。それも、同時刻に・・・。
「監視カメラはないのか?」
「ありません」
「2台はどこに?」
「不明」
「信号は?」
「ロスト」
「どういうことだ・・・」
指令室の中は、沈黙だけが支配していた。
「撤退する」
中尉の言葉が、指令室に木霊する。
指令室になっていたワンボックスは、上空を見ていなかった。
上空には、ムクドリとスズメがワンボックスを監視するように飛んでいた。
発見した盗聴器を、口喧嘩を終えた二人に見せます。
「茜。これは?」
円香さんなら見ればわかるでしょう。
あえて聞いてきたのだとしても、答えは決まっています。
「孔明さんの家に仕掛けられていた盗聴器です」
「それは、見れば解る。なぜ、茜はこれらが仕掛けられているのがわかった?」
質問の意図はわかっていました。
答えられる物ではないので、解っていることを答えます。
「え?そういえば・・・。スキルの恩恵?」
「ようは、解らないのだな?」
解らないことが解ってもらえました。
「はい」
円香さんの視線が怖いです。
スキルの恩恵だとは思うのですが、説明が難しいです。盗聴器は、電波式ではなく、録音式なので、部屋に入ることができる人が”犯人”です。
孔明さんでないのは解っています。真子さんが仕掛ける意味はありません。
「孔明!」
孔明さんは、真子さんの介助をしている会社に連絡を入れます。
担当している人の情報を送ってもらうようです。他に、怪しい人は居ません。妥当な判断です。
契約終了を告げます。引っ越しを行うことを即座に伝えます。相手は、”月の途中なので、途中解約になって、違約金が発生する”と言っているようですが、孔明さんの報酬を考えれば大きな問題は無いのでしょう。金額を聞いて、即座に解約を決断しました。
「茜嬢。ギルドの近くにある部屋で、即日に引っ越しが可能な物件の紹介を頼む」
「わかりました。そうだ。孔明さん。部屋のWIFIを使っていいですか?」
「大丈夫だ?」
孔明さんから、口頭で情報を貰います。
「ありがとうございます」
WIFIに接続して、契約しているVPNに接続してから、ギルドに接続します。面倒ですが、必要な事です。
「孔明さん。物件は、3件です」
「どこでもいいぞ」
「え?」
「あぁ真子に決めさせるか?」
「え?」
孔明さんが偽物になった疑惑が出てきました。
こんな、簡単に物事を決められるわけがありません。
殴れば、本性を現すでしょうか?
「茜嬢。真子がスキルを得るのは既定だ」
「そうですね」
「どんなスキルかわからないが、自分自身を守れる状況になるだろう」
「芽生えたスキル次第では、貴子ちゃんが新しいスキルを追加する可能性があります」
「そうだな。未知のスキルは辞めて欲しいのだが・・・」
「無理だと思います」
ばっさりと希望を打ち砕きます。無用な希望は捨てるべきです。
”聖”とか信じられないようなスキル名を口にしていました。”魔物同調”は未知です。調べなくても大丈夫です。スキルの内容は、貴子ちゃんが教えてくれます。教えてくれますよね?
「そうだ!円香さん!」
「なんだ?」
「ギルドのパソコンですが、変えませんか?」
「ん?」
「パソコンに何が組み込まれているのか解らないので、オークションの売り上げを期待して、高機能なパソコンを希望します。専門家をギルドのメンバーに入れましょう」
「心当たりがあるのか?」
「変わり者ですが・・・。セキュリティの専門会社に居たのですが、別の会社に誘われて・・・」
「転職したのか?それなら、ギルドに誘うのは難しそうだな。セキュリティの策定だけでも頼むのか?」
「いえ、転職先が今の会社に打診してしまって、両方の会社から詰められて、面倒になって会社を辞めて、静岡に戻ってきています」
「は?孔明?」
「茜嬢。解っている情報を頂けますか?」
「わかりました」
彼の情報は、既にまとめてあります。今は、実家に身を寄せているはずです。それらの情報も合わせて、USBに入れて孔明さんに渡します。
これで、彼がギルドに来てくれたら、安全性があがります。
「茜。その人物は、スキルを持っているのか?」
「わかりません。ただ、今回と同じ方法で、スキルを得る事ができると思います」
「ん?今回と同じ?ペットがいるのか?」
「います。簡単に言えば、猫狂いです。あと、鰐とか爬虫類も飼っています」
「・・・。そうか解った。水見式の確認ができるな」
円香さんは、何かを諦めたような表情をします。
確かに、このままでは、ギルドが魔物になってしまった動物で埋め尽くされます。動物園とまでは行かないとは思いますが、動物の方が多い不思議な空間になるのは確定です。そうだ。モモンガの寿命を調べて、越えたら、確実にスキルの影響です。ギルドに方向ができる案件です。
彼も、この話を聞けば全部を魔物にすると言い出します。
私が知っているだけで、猫は5匹。鰐が2匹。蛇が2匹。あと、蜥蜴を飼っていたはずです。
『茜さん。少し、いいですか?』
貴子ちゃんです。
何か・・・。
問題があったら、ライか貴子ちゃんが来るでしょう。
『なに?』
『部屋の前まで来てもらえませんか?タオルの追加を持ってきて欲しいのです』
『うん。わかった。タオル?洗う?』
『お願いします』
『部屋の前で連絡するね』
『はい!』
うん。
やっぱり、可愛い。声?が可愛い。
孔明さんに、タオルの場所を聞いてから、部屋を出ます。
円香さんは解っているのでしょうが、孔明さんに、ギルドの話を始めます。
孔明さんには、洗濯機を使う許可を貰います。乾燥機が別になっている物の様で、両方とも使っていいと言われました。
洗濯機の近くには、洗濯物が置かれています。最初に見た時に違和感がありました。着替えも置いてあるのですが、足りない物があります。孔明さんは、ここには殆ど居ないと言っていました。孔明さんの私物は、学生の時に使っていた物だけで、何もないと言ってもいいようです。洗面台にも歯ブラシもありません。
真子さんの着替え用の服はおいてあります。ブラも、少しですが置いてあります。しかし、それだけです。
少しだけ、本当に少しだけ、怒りの気持ちが芽生えます。多分ですが、介助する人が勝手にやったことでしょう。そうでなければ、この場所におむつが有ってもいいのですが、スペースはあるのに、何も置かれていません。
気持ちを落ち着かせて、あるだけのタオルを持って、部屋の前に移動します。
貴子ちゃんに話かけたら、すぐに出てきてくれました。
「茜さん。ありがとうございます」
貴子ちゃんに、持ってきたタオルを渡します。
「あれ?貴子ちゃん。使ったタオルは?洗うよ?」
「あっ!そうでした。これを!袋は茜さんが持っていてください。もしかしたら、またタオルをお願いするかもしれないので、その時に使ってください」
「え?あっ。うん」
「袋は、手を入れたらわかると思うので、お願いします」
貴子ちゃんから、1.5リットルのペットボトルが2本入るくらいの袋を渡されました。
嫌な予感がします。
袋を広げて、中を見ます。確定です。
アイテム袋です。
タオルを一枚取り出します。
凄くいい匂いがします。真子さんの汗でしょうか?
洗濯機に放り込みます。
汗と排泄の匂いでしょうか?可愛い女の子の匂いは正義です。タオルから垂れるほどの汗?を・・・。
部屋には、遮音の結界が施されているのでしょう。
何をしているのか見てみたい気持ちはありますが、ダメです。見たら、抑えられる自信がありません。
真子さんが治ったら、ギルドに入ってもらいましょう。
仲良くなったら、教えてくれるかもしれないです。是非、教えて欲しい。
タオルを洗濯機に入れてから、リビングに戻ります。
円香さんと孔明さんは、ギルドのセキュリティについて話し合っています。
オークションの準備もしなければならないので、やることが目白押しです。
円香さんの考えでは、ギルドのメンバーを増やすつもりは無いようです。人を増やすメリットが無くなってしまったのが大きな理由です。登録者の処理は行いますが、東京方面は”ギルドもどき”が出来ているようです。ギルド本部からも苦情が来ていますが、円香さんは向こうの組織を潰すつもりのようです。”ギルドもどき”の運営母体は判明しています。証拠というべき物もあります。登記を行っています。”ギルドもどき”は、官僚の天下りが上位を占めています。資金は、経団連と医師会が出しています。その原資は、国の助成金です。そんな組織です。設立理念は立派なのですが、内実は酷い物です。権力争いと利益誘導で成り立っています。そんな組織ですが、登録数が伸びているのが不思議です。スキルを持っていない者や、スキルが欲しい人の登録も受け付けているので・・・。貴子ちゃんが現れるまでは不可能だと思っていました。スキルを得るだけなら、難しくないと思えてきます。
円香さんも孔明さんも、凄く前向きな喧嘩をしています。凄く嬉しいです。やることは増えていますが、できる事も増えていきます。
まずは、私は貴子ちゃんと真子さんの勧誘です。
そのあとは、新たに目覚めたスキルの検証をしましょう。
そのあとで、貴子ちゃんと真子さんともっともっと仲良くなりましょう。温泉とか行けたら嬉しい。
東京の神保町にある雑居ビルが、その協会の登記場所となっている。実際には、理事の全員が揃っているわけではない。受付や職員は別のビルで仕事のような業務を行っている。
日本異能推進協会。通称、日本ギルド。
豪華な部屋で、豪華な椅子に座りながら、送られてきたリストを見ている男がいる。
魔物素材でもっとも価値がある物はなにか?
魔獣のドロップ品は研究材料としての価値が高い。また、牙や爪も装飾品としての価値がついている。
やはり金銭的な価値という意味では、もっとも価値があるのは”魔石”だと思われている。
ギルド日本支部の桐元から連絡を受けた。
正確には、桐元からの連絡は上部の会が受け取ったのだが、におhンギルドに流れてきて、対応を依頼された。
豪華な部屋でニヤニヤしながらリストを見ている男の役職は、両者共に”日本異能推進協会理事”だ。何十人といる理事の中で、数少ない常任理事だ。
部屋の主はとある省庁からの天下りだ。省庁の出世レースで敗れたが、日本ギルドに滑り込めた者だ。
もう一人は、魔物の素材を取り扱う企業からの出向だ。企業体の不祥事に巻き込まれた形だが、出向扱いで日本ギルドに来ている。報酬も、企業に居た時よりも多く貰っている。
普段は、何かと反目している二人だが、今日は機嫌が良い。待ち望んでいた物が手元に届いたのだ。
「スパイから連絡が来たと言うのは本当か?」
部屋の主人である男に向って、部屋に入ってきた男が問いかける。
既に、情報として伝えている。官僚出身の男では魔物素材を捌こうにも、中間マージンを多くとられるルートになってしまう。しかし、元々、魔物素材を取り扱っている企業なら直接的に捌ける。そのために、企業からのバックマージンが期待できる。
「協力者だ。間違えてはダメだ。スパイではない」
部屋の主は、建前を大事にして、いい直しを要求するが、言葉には”侮蔑”の感情が多く含まれる。スパイをしている者への感情なのか、それとも部屋に入ってきた自分よりも劣っていると思える男に向けた感情なのか、言葉を発した本人もよくわかっていない。
自分以外は、全てが愚か者に思えているので、どちらでも同じだと感じている。
「そうだったな。協力者から、奴らが保持している物資のよこながし・・・。正当な所有者への提供が行われるのだろう?」
「まだ、リストの段階ですが、こちらです」
そこには、信じられないくらいの量のアイテムが書き出されていた。
総額として、安く見積もっても2億円にはなる。うまく捌ければ、その10倍にも膨れ上がる可能性がある。
日本ギルドの理事達は、お互いを見て、笑いを堪えるのに必死になっている。
もっとも価値が高いと思われている”魔石”が大量にリストに載っている。
「会からは何か要求があったのか?」
部屋に入ってきた男が、部屋の主に重要なことを訪ねる。
自分たちの上前を跳ねる組織がある。逆らうのは得策ではないのは解っているが、何か言われてから動くのでは、自分の首が飛んでしまう可能性がある。せっかく、旨味が多い立場についている状況を失いたくない。
「直接には」
部屋の主の言葉を聞いて、眉を顰める。
やっかいな展開になっている。要求されるほうが楽だ。
「わかった。売り上げの1割も流せば十分だろう」
「そうだな。海外からの買い付けも期待できるのか?」
「出来ます。特に、魔物が発生しない地域からの引き合いもあるかと思いますが、当協会は、”日本国”のための協会のために、海外には顧客を持っていません」
話をしている者たちではない第三者が海外への販売を行う。
日本ギルドでは、適正価格で販売を行う。上部組織への上納金は、日本ギルドの売り上げに依存している。第三の会社が、日本ギルドから購入した物を別の会社に10倍で転売しても、上納金には含まれない。
転売した会社から、紹介した日本ギルドに紹介料として活動資金という名目で、バックマージンを貰えば、懐も温まる。
そんな未来を考えて、二人は資料に視線を落とす。
「それで、納品は?」
「先方からは、週明けの月曜日に、富士川の楽市楽座で引き渡すと連絡が来ている」
「楽市楽座?富士川の?」
「東名高速の上りのSAだ」
「あぁ車で持ってくるのだな。そうか、かなりの重さになるのか?」
「段ボールで3箱らしい」
「それは、それは・・・。わかった。こちらで手配しよう」
男たちは、自分たちだけが情報を握っていると思っている。
そして、自分たちこそが”正義”で、自分たちの行いに”間違い”は無いのだと思い込んでいる。
「大変です!」
別の男が会議室に駆け込んできた。
会との連絡を主に扱っている者だ。日本ギルドの中では、中堅に位置する者だが、やっていることは重要な仕事だ。ギルド日本支部の監視業務だ。
「何事だ!」
「奴らを監視させていた者が消えました」
「逃げたのか?」
「違います。消えたのです」
駆け込んできた男は、興奮した状態で、説明を開始したが、何も解らない。
ただ、興奮しているのが解るだけだ。
そこに、男の持っていたスマホに着信があり、男が電話に出る。
話している内容は”消えた男”が見つかったという情報と、男が何かに怯えている状況で話が聞けないことなどが報告された。
そのうえで、男が持っていたカメラに動画が残っているので、送るという報告だ。
送られてきた動画を見ても、何も解決しない。
「どういうことだ?」
「わかりません」
ギルド日本支部のメンバーが、ギルドから出てメンバーの部屋に移動する。
そのあとを追って、監視している者が部屋の前に移動する。
移動して、盗聴を開始しようとした瞬間に、動画が途切れた。
見つかったのは、安倍川の河口だ。持っていた身分証や現金は全て奪われていた。スマホだけが残されていた。すぐに、連絡員として静岡に来ている者に連絡をして、安倍川まで迎えに来てもらう手はずを整えてから、異常な状況を報告してきた。
ギルド日本支部があるのは、静岡市の市街地から少しだけ外れた浅間神社の近くだ。それでも、市街地と言ってもいい場所にある。ギルド日本支部の管理をしていて、マンションに突入したのには理由があった。ギルド日本支部のメンバーが集まったのが、自分たちが盗聴器を仕掛けていない場所だったために、壁越しに盗聴が出来ないか確認を行うためだ。
マンションへの侵入は問題にならなかった。宅配業者を装って侵入した。ターゲットになっている部屋の前に移動して、盗聴を開始しようとしたときに、意識が途絶えた。
正確には、暗闇に捕えられた。
狭い部屋に押し込まれた感じがした。そのまま、数分が過ぎた。殺されるのかと思った。暗闇がいきなり晴れた。
スマホで場所を確認してみたら、GPSは安倍川の河口を示していた。
ギルド日本支部から数分で移動ができる距離ではない。
「・・・」
「・・・」
「呼び出せ」
「え?」
「どうせ、盗聴に失敗した言い訳だ?瞬時に移動ができるわけがない」
「・・・。しかし、何かしらのスキルが」
「我らが知らないスキルを奴らが持っているのか?」
「いえ、そうは・・・」
「そうだろう。それなら、盗聴に失敗した言い訳だ。他の奴を派遣しろ!」
指示が出れば、指示を出した者が責任を取る。
不文律として流れている”常識”だ。そのために、指示が出れば、皆がそれに従って動き始める。誰も、自分で責任を取りたくない。そのために、指示が曖昧になる。誰かが決定しているのだが、決定している者も指示を実行したに過ぎないという逃げ道が用意されている。
---
『マスター』
『ユグドの部屋を探っていた者を捕えました』
『スマホだけを残して、安倍川にでも捨てておいて』
『記憶は?』
『いいかな。ギルドからの要請があれば考えよう』
『はい』
『フィズとドーンとアイズが、尾行したいと言っています』
『そうか・・・。そうだね。どこに行くのか調べておいて、逃げられそうなら、スキルの使用も許可する』
『わかりました』
『ライも行く?』
『もう一つの方に集中するので、フィズとドーンとアイズに任せようかと思います』
『わかった。無理をしないように伝えて、それから連絡が出来るようにしておいて欲しい』
『わかりました』
寂れた港町から大量のスズメと百舌鳥と椋鳥が飛び立った。
本当に不思議な少女だ。
少女と呼んでいいのか解らないが、茜の隣に座って、手を握って貰って喜んでいる姿は、少女と呼ぶのが適切だろう。
それにしても、頭の痛い問題が重なった。
孔明の澱みが強くなっているのは感じていた。
孔明の裏切りには、情状酌量の余地がある。二人だけになってしまった兄妹だ。真子を助けたい気持ちが強いのは理解している。それでも、相談をして欲しかった。対策が無かったことも確かだが、それでも一言でも貰えれば、いい方向に利用することも考えられた。
孔明からの聞き取りでは、ギルドの情報は流れているが、問題になるような情報ではない。
そして、茜から伝えられる情報の暴力。
現状の整理をしよう。
貴子さんから得られた情報は、茜たちに任せてしまおう。ギルドに加入した時には、晴れたと思ったのだが・・・。
孔明の件は、真子の治療の結果で変わってくるが・・・。今までの話から失敗は考えられない。そうなると、別の問題が発生する。貴子さんを交えて話す必要があるだろう。
私と孔明で、クズの相手をする。
日本国内に限れば、向こうの方が組織としては大きい。人員も、権力も、巨大だ。登録者数では、こちらの方が多い。貴子さんのおかげで、海外のギルドからの協力が得られやすくなる。バターで出す情報には困らない。
茜たちだけでは検証が難しい情報は多い。殆どが、検証に時間が必要になる。時間だけならいいが、前提条件の検証を行う必要がある情報が多い。
孔明の家に向かう途中で、尾行に気が付いた。孔明も何度か道を変えているが無駄なようだ。振り切っても暫くしたら尾行が現れる。車に発信機がつけられているのだろう。
向かう場所は解っているのだが、貴子さんは奴らに知られないほうがいい。奴が関わって殺されるだけなら問題ではあるが、問題ではない。問題は、貴子さんの家族が人類を”敵”として認定してしまう事態は避けなければならない。考えすぎの可能性もあるが、茜の眷属になったユグドから感じる攻撃性は、杞憂だと笑い飛ばすことが出来ない。眷属になったクシナとスサノも同じだ。気ままに過ごしているように見えて、茜を守る位置をしっかりとキープしていた。茜が、私たちを仲間だと思っていたから、眷属たちもおとなしかっただけだろう。
孔明の家に着いた。
数年前に来た事があるが、あの時よりも澱みが酷い。
貴子さんから、”魔眼シリーズ”なるスキルを教えられたが、私の”破眼”には魔物の出現は見えない。見えないはずだ。心や環境の澱みが見える程度のスキルだ。そのおかげで、役立つこともあるのだが、それ以上ではない”はず”だ。
貴子さんに、ギルドのアドバイザーになってもらえないか打診しなければならない。スキルの知識だけでも、報酬を払うだけの価値がある。スキルの実験や検証が行えるだけの環境にある。
真子の治療が開始された。
1時間くらい経ってから、貴子さんが部屋から出てきた。飲み物と食べられる物が欲しいと言われて、治療の説明を思い出した。考えておかなければならなかった。孔明と一緒に買い物に出かけた。茜が残っていれば、何か有っても対応ができるだろう。
車から発信機と盗聴器を取り外して戻ってきた。孔明は、いきなり文句を言い出した。意味が解らないが、話を聞いていたら内容には理解ができる。理解はできるが、納得は出来ない。少し、本当に、少しだけいい肉を買ったのは悪かったと思うが、必要な事だ。
全部を吐き出せばグチも終わる。終わり間際で、話を変えるのがコツだ。
「孔明。話がある」
「なんだ」
「オークションの開催時期を決めたい」
オークションの開催は決定だ。
ギルドに許された権限だ。
サイトは、ギルド本部が用意している物が使える。出品と初値と条件の設定ができる。本部には、ギルド日本支部で貯め込んでいた物と言えば大丈夫だろう。問題になるような物品は、一つだけだろう。数の問題もあるが、それは何か言ってこられても、実際に物品があれば文句を言われない。
「そうだな。週明けに、奴らにアイテムを渡す連絡を入れた」
「ほぉ・・・。売りさばくのに、時間が必要か?」
「どうだろう?わからない。奴らなら、すぐにで買い手を見つけると思うぞ」
どうせ、仲間内で回すのだろう。
「月末に行うか?」
「そうだな。円香、同時に、魔石を作る方法をギルドに登録したい」
魔石が、奴らの収入源だと考えれば、妥当だな。
魔物が産まれない国からみたら、魔石は資源と同じだと考えているのだろう。自国にない物を他国が持っている状況は、攻守両面に於いて遅れることを意味する。
「・・・。わかった。オークションに、魔石を大量に出品するのなら、魔石を作る方法の登録は必須だな」
「あぁ。貴子嬢には、事情の説明が必要になると思うのだが、俺が説明していいか?」
「任せる。魔石が大量に出回ったら、面白くなるだろうな」
「あぁ奴らに関連する企業は、買えないだろう?」
「しらん。ギルドとして制限するつもりはない。ただ、購入者は、解るようにするつもりだ。付帯条件で、研究結果の共有をつけておく」
「パブリックドメインか?」
「ダメか?」
「ダメではないが、購入者が減らないか?」
「別に困らないだろう?」
「ん?あぁそうだな」
「貴子さんへの説明は必要にはなるが・・・。その先にあるメリットを伝えれば承諾してくれるだろう」
貴子さんの求めるメリットが提示できるかわからないが。ギルドに情報を渡してきたことを考えれば、公開してもいいだろう。
対価が必要になるとは思うが、それこそギルドが用意すれば済む話だ。
「そうだな。円香。鑑定石はどうする?」
「ギルドに報告を上げる。入手方法は不明。検証用に、ギルド本部に送る。残りは、オークションの目玉だ」
”作成ができる”ことは伏せる。これは、絶対条件だ。
そのうえで、オークションに出す。目玉商品が必要だろう。
本部に検証用に2-3個送れば、文句を言われないだろう。ギルドには、回復方法の検証を兼ねて情報を渡す。回復方法が、他のスキルが付与された道具に使えるのか検証してもらう必要がある。
「いいのか?」
「ダメか?」
「面白いな。貴子嬢から教えられた、回復の方法は?」
「教える必要があるのか?」
孔明が少しだけ考えてから答えに辿り着いたようだ。
「・・・。オークションには出す必要はないな」
オークションには、”鑑定ができる魔石”として出品する。
残り回数の説明を含めて、全てが不明として出品する。解っている事は、”魔物に由来する物の鑑定ができる”ことだけだ。
「だろう。そうだ、孔明。憲剛。清水教授との繋がりはあるのか?」
もう一つ確認をしておかなければならない。
ギルドに必要な部署と人員だ。
「実験室か?」
ギルドに必要になる部署だ。
日本支部で抱え込む必要はないが、研究結果を外に流さないようにするためにも、抱え込む必要がある。今の状態では、どこに情報が流れるかわからない。ポーションの検証も必要だ。スキル以外にも、検証が必要な情報が多い。
「そうだ。あそこは汚染されているとは思えないが、ダメか?」
「大丈夫だ」
孔明の表情を見れば、研究所は大丈夫だと思える。
「そうか、それなら、貴子さんが作った結晶と、茜と蒼と千明が作った結晶を調べてもらって欲しい」
「ん?調べる?あぁ・・・。そうだな。大丈夫だと思うぞ」
「あぁもしかしたら、魔石と違う使い道が見つかるかもしれない。貴子さんが”磨いた”と言っている結晶も調べてもらって欲しい」
撒き餌だ。
奴らなら、結晶の異常性に気が付くだろう。気が付かなければ、抱え込む必要はない。気が付いたら、情報を小出しにするのが面倒だと言えば、考えるだろう。好奇心を満たすためなら、なんでもするような連中だ。
「わかった。アイツらも、あの場所では、燻っているだけだから、引っ張ってきたいな」
年々研究費が減っているのだろう。
「そうだな。オークションの結果を見てからだな」
「わかった。声だけはかけておく」
「頼む」
あとは、治療が無事に終わることを待つことにしよう。
真子が治ったことで、奴らは確実に無茶な動きをするだろう。その時がチャンスだ。逃げたクズどもには、しっかりと自分たちが何を行ったのか認識して、後悔させる。
やっと反撃の狼煙が上げられる。
本当に・・・。
おかしい。僕は天才なのに、なぜ新しいスキルが芽生えないのか。最初に得たスキルは天才の僕に相応しいとは思えない。
スキルを得てから、いろいろ研究をした。僕の天才的な頭脳にかかれば、スキルの解析くらいは余裕だ。スキルの検証も進んだ。
僕のスキルは、攻撃に分類される。どんな動物でもスライムにしてしまう。スライムは、核を壊せば簡単に倒すことができる。僕の明晰な解析の結果、容易に魔物を倒すことができるスキルだと判明した。
スライムを何万匹倒しても意味がない。煩いママをスライムに変えて、殺しても何も変わらなかった。
帰ってきて、スキルも持っていないのに偉そうにしていたアニキをスライムにした。その時にも、天才の僕は気が付いた。このスキルには欠陥がある。天才の僕だから使える状況だ。
パパは殺していない。ママが居なくなったと連絡をしても、帰って来なかった。生活費は振り込まれるので、別に帰って来なくても問題にはならない。”アニキと連絡が出来なくなった”と連絡があったが、”知らない”と言えばそれで終わりだ。僕だけではなく、家族に関心がないのだろう。新しいスキルが芽生えたら、実験台が必要になる。それまでは、僕の生活にはパパが必要だ。
ママが居なくなってから、警察が家を訪ねてきた。パパが捜索願を出したためだ。余計なことをしてくれた。
警察は、数回に渡って僕の所にきたが、証拠が見つかるわけがない。ママは、スライムにして殺した。血のひとかけらも出てこない。天才の僕は、ママが居なくて困っていると警察に訴える。警察も、僕の天才的な演技を受けて、全力で探してくれると言ってくれた。それから、何度か警察が来たが、なんの問題はなかった。僕が演技で怒った時には、警察は滑稽にも慌てていた。
天才の僕は、警察が僕を尾行していると考えて、外には出ていない。
尾行がついているのが解っていて、証拠になるような行動は起こさない。
偉そうに、僕に説教をしてきたアニキをスライムにするときに気が付いた。アニキのように体力がある奴では、スキルが効かないことがあるようだ。アイツらに試す前に、欠陥が解ってよかった。
対処方法もすぐに判明した。対象を弱らせればいい。弱らせることが難しければ、寝ている時にスキルを使えば、抵抗は強いがスライムにすることが出来た。ママをスライムにした時には、殴っておとなしくなってからスライムにしたから気が付かなかった。天才の僕でも落ち度はある。でも、一度の間違いですぐに間違いを正せるのは、僕が天才だからだ。他の奴なら、こんなにすぐに気が付かない。対処法も解らないだろう。僕が選ばれた存在だということが証明された。
愚かで傲慢なアニキは、スライムになったことも気が付かずに寝ていた。
軽く叩けば、痛みで目が覚めるだろう。
慌てるアニキを見ているのは楽しい。
スライムなので、言葉が解らないのが残念だけど、簡単には殺さない。今までの理不尽な叱責は覚えている。復讐をしなければならない。
あいつらに復讐する前に、アニキでいろいろと試そう。芽生えたスキルだ。復讐に使おう。別のスキルが芽生えるまでは、今あるスキルで復讐を行う。
スライムから人間に戻ることも考えられる。
まずは、スライムを檻に入れる。逃げ出さないように、しっかりと隙間を埋める。これで、檻の中で人に戻っても大丈夫だ。アニキがペットを飼いたいと我儘を言った時に飼った檻だ。僕は、動物が嫌いだ。アニキが可愛がっていた犬が僕の足を噛んだ。痛くは無かったが許せなかった。もちろん、報復は行った。アニキが居ない時に、犬が食べてはダメな物を食べさせた。僕の足を噛んだ事を後悔しながら死んでいった。アニキの顔が滑稽で笑いそうになってしまった。今、スライムになったアニキは、自分が可愛がっていた犬の為に飼った檻の中に入っている。本望に違いない。
一日目は、暴れていたアニキも二日目になるとおとなしくなった。
つまらない。僕に理不尽な説教を加えてきた癖に・・・。
核を壊せばスライムは死ぬ。
僕は、一つの遊びを思いついた。流石は、僕だ。天才的なひらめきだ。
アニキが大事にしているダーツの矢で、アニキを殺そう。
上からダーツの矢を落とす。刺さらなければ、叩きつけるようにすれば、刺さるだろう。
刺さらなくても、別に困らない。アニキも、死ぬのが先延ばしになるのだ、文句はないだろう。
途中で、アニキも反応がなくなってしまった。
残念だ。殺してしまおう。
殺すのも、アニキに相応しい殺し方を考えている。
自慢していたナイフで核を壊す。ナイフは、今後、僕が使うことにした。ナイフも、愚かで傲慢なアニキが使うよりは、天才の僕に使われるほうが嬉しいだろう。
低脳たちを殺す方法を考えなければ、スキルが芽生えたが、すぐに復讐ができるようなスキルではない。
天才の僕には、わかっている。弱めるか、眠っている時に使う必要がある。
そして、僕が持つスキルの重大な欠点は、人の様に質量のある物をスライムにするときに、力を大量に消費してしまうことだ。
連続して、スライムにすることが出来ないことだ。だから、天才の僕は、違うスキルを得るために、スライムを作ってスキルを得ようとしていた。中型の犬では、2-3匹が限界のようだ。4匹を連続で行った時には、気を失ってしまった。最初にスキルを使った時以来の気絶だった。
そういえばあの時の女は、夏休みが終わってからも学校には来ていなかった。どうやら学校を退学したようだ。僕が悪いわけではないのだが、気になって調べてしまった。顔は知っていた。名前は知らなかった。なぜ、あの女があの場所に来たのか解らないが、僕が呼び出したのではないのは解っている。天才の僕が間違えるわけがない。
あの女もスライムになったのだろう。
スライムなので、どこかで殺されてしまっているのだろう。自然の摂理だからしょうがない。僕の様に、優秀な人間は生き残る価値があるが、あの同級生にはそれが無かったのだろう。
選ばれた天才だ。
僕は、選ばれた天才だ。
僕は、僕は、僕は・・・。
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ギルドからの問い合わせが最寄り警察署に届いた。確かに警察が扱うようなレベルなのだが、受け取った者たちは判断に苦慮していた。
「どうしますか?」
「ギルドからの問い合わせか?」
スライムの異常発生が人為的に引き起こされている可能性が示唆されている。
ギルドでも詳細は掴んでいないために、”街中でスライムが大量に発生したら、ギルドに連絡を入れて欲しい”という要請だ。
「はい」
「上に持っていくしかないだろう?」
自分たちで判断ができる物ではない。
情報のやり取りが組織内なら自分たちで判断ができるが、外部組織に情報を流すのを極端に嫌う傾向がある。
しかし、魔物に関する情報はギルドと共有するのがギルド日本支部と警察と自衛隊と消防で決められている。”知らない”で済ますにはリスクが高い。
そして、ギルドが情報提供を呼びかけ静岡県警の管轄内で、実際にスライムが大量に発生する事案があった。警察は、ギルドに通達をしないで、スキルを持っていない者を現場に派遣して、スライムの駆除を行った。
「そうですが・・・」
「交通課にも回す必要があるな」
「そうですね」
「あぁこれだ、これに該当する事象を確認している。何か、知っているかもしれない」
交通課がスライムの大量発生事案を報告してきた履歴を指さしている。
「わかりました。でも、奴らが教えますかね?」
「さぁな。それは、俺たちが考える事ではない」
「そうですね。それよりも、彼の話はするのですか?」
「彼?」
「ほら、母親と兄が行方不明になった彼です」
「必要ないだろう?」
「そうですか?」
「何か、あるのか?」
「彼、二度ほど、スライムが大量発生した現場の近くで、職質を受けています」
「え?」
「それだけではなくて、彼の家の近くにいた飼い犬が行方不明になっています」
「ほぉ・・・。判断は、上に任せよう。彼の情報もまとめておいてくれ」
「どちらに?」
「交通課に行ってくる。ギルドからの要請を伝えておく」
ギルドからの要請が書かれた書類を持って、立ち上がって、手をヒラヒラと振りながら交通課がある方向に歩き始めた。