スキルが芽生えたので復讐したいと思います~ スライムにされてしまいました。意外と快適です。困らないので、困っています ~


「茜。いろいろ聞いたが、そろそろ、この部屋の説明をお願いできるか?」

 解っています。
 そんなに睨まないで欲しいです。

 あぁ・・・。

”ユグド。クシナとスサノを連れて部屋に来て、すぐに終わるから、15分くらい時間を頂戴”

”うん。わかった!”

「少しだけ待ってください。あっ」

 ユグドがドアを開けて部屋に入ってきました。

「ユグド。本体を、見せて大丈夫?」

「うん。平気!もう、僕が本体の役割を持っているよ?」

 それなら良かった。
 かき分けたら、女の子が寝ていたらショックだ。

「先に、クシナとスサノの説明をしますね」

 クシナとスサノが、テーブルの上に降り立つ。
 主殿から聞いた話を、説明として皆に伝える。

「そうなると、この二匹も茜嬢の眷属なのか?」

「そうなります」

「そうか、これが言っていた可能性か・・・」

 孔明さんは、真子さんにスキルを取らせる方法が解ったようです。
 主殿が仲介をしてくれたので、名前を考えて、名前を付けることで、眷属になったのですが、最初から絆が存在していれば、簡単なはずです。ペットが魔物になってくれたら、スキルの共有が出来ます。
 でも、主殿の様子からもっと違う方法を考えているようです。

「それで、茜。この二体は何ができる?」

「うーん。難しいです。いろいろ出来ますよ」

 持っているスキルは秘密です。
 言葉を濁したので、円香さんに睨まれます。

「そうか・・・。まぁいい。それで?そちらのお嬢さんは?」

「ユグドです」

「それは、話から解っている」

 それは、そうですよね。
 睨まないで欲しい。蒼さんは何故か楽しそうにしています。不思議です。

「まず、ユグドは、聖樹と言われる木の魔物です。エントの上位種の変異種らしいです」

「は?」

「部屋の環境を整えているのがユグドです」

「何を・・・?」

「椅子やテーブルも、ユグドの一部です。それで、私の眷属です」

 ユグドが、私の横に来て頭を下げる。

「可愛いでしょ?本体は、そこのプランターに横になっている”聖樹の一部”です」

「違うよ。お姉ちゃん。僕は、僕で、全部が僕だよ」

「そうだったね」

 ユグドが可愛く怒って訂正します。
 可愛いので、頭を撫でます。ユグドが、嬉しそうにします。

「茜嬢。この部屋には、空調があるのか?それと、明りはどうしている?」

「この部屋は、ユグドが調整して、眷属たちが住みやすい状態にしています。そうだ、千明。スマホを持ってきているよね?」

「うん」

 千明がスマホを取り出します。

「ユグド。遮断はできる?」

「うん!実行するね」

「え?」

「どうした?」

「スマホの電波が切れた。どうして?なんで?」

「ユグドの能力です。最初は、外からの電波や音を遮断して、内側の音が外に漏れないようにしていました。円香さんが聞いてきた、廊下の音が聞こえない理由です」

「電波も・・・」

「はい。盗聴も不可能です。あと、電子機器を持ち込めば、ユグドがわかります」

「うん!わかるよ!」

 ユグドが可愛く胸を張ります。

「茜。ユグド殿は拡張が可能なのか?具体的には、この建物とか・・・」

「どう?」

「できるよ。でも、建物を草木()で覆う必要があるよ?」

「そうか・・・。見た目の問題があるのか・・・」

 円香さんは、葛藤していますが、辞めましょう。
 それなら、主殿にお願いして、聖樹を株分けしてもらった方がいいと思います。

「ねぇユグド。株分けをしたら、新しいユグドが産まれるの?」

「ううん。僕だよ」

「え?でも、主殿からは株分けだよね?」

「ううん。違うよ?」

 何か、違う方法があるようです。
 聞いても解らないので、無視します。

 私が貰ったアイテムボックスには、まだ魔石が残っています。

「ユグドが株分けして、もう一か所に同じようにしたら、その部屋だけ、ユグドが覆る?」

「部屋だけなら、僕の分体を作るよ?維持には魔石が必要になるよ」

「魔石は、極小?小?」

「うーん。この部屋と同じくらいだと、小だと300日くらい?お姉ちゃんが貰って来た魔石なら、もっと持つかな?」

 その位なら、分体の方がいいかな?

「円香さん。分体に、ギルドを覆ってもらう感じでいいですか?」

「頼む」

 ギルドの内装変更は、私と円香さんが担当することになりました。
 あとで、ユグドを連れて、ギルドに行きます。

 面白くなってきました。
 絶対に、この情報は外に漏らせません。

 ユグドとクシナとスサノが、部屋から出ます。

 あと二つ。

「あっ聖樹から、ポーションが作れます。まだ検証をしていませんし、人にも試していないので、効果は不明です。落ち着いたら、ユグドと一緒に作ってみます。あっ主殿は作って、眷属に使ってみたそうです。欠損が治った程度には効くようです。過去の傷にも効くようですが、検証が出来ていないので、解らないようです。主殿がいうには、定着してしまった怪我には効かないようです。ここでいう定着が元動物だと、足を切られても、足があると思い込んでいるので、定着していないと言っています。定着は、1-2年だと思っていいようです。あと、病気に効くポーションや、毒を消し去るポーションもあるようですが、効果は不明だと言っています」

 ふぅ・・・。
 言い切った。読み切ったが正しい。主殿から渡されたメモに書かれていた内容を、私がまとめた物です。
 もちろん、世の中に出せない物です。ノートに書いただけです。

 さて、あと一つです。
 やっと報告の終わりが見えてきました。

「さて、最後は、報告した私を殴りたくなる報告です」

「まて、まて、茜。ポーションだと?どういうことだ?」

 蒼さんが慌てて先に進もうとする私を止めます。

「言葉通りです。元魔物の動物には効くようですが人間には効果は不明です」

 円香さんが、蒼さんを座らせます。
 ポーションの存在は前から言われていました。作る方法が見つかるかもしれない状況ですので、蒼さんの反応は正しいです。

 でも、私もこれ以上は解らないので、無理なのです。説明を行うのがそもそも無理なのです。何も解っていません。可能性の話で、欠陥が治るかもしれない。病気が治るかもしれない。毒が治るかもしれない。”かもしれない”のオンパレードなのです。

 蒼さんも、私の言った意味が解ってくれたのでしょう。
 椅子に座りなおしました。そして、ポーションを作る時には協力すると言ってくれました。

「それじゃ、最後の報告を」「茜。私も聞かなきゃダメ?」

「ダメ。それに、これは、本当に聞いておいた方がいいと思うよ。誰かが何かをしなければならないような報告ではないから安心して」

「え?どういうこと?」

「うーん。簡単に言えば、”私たちには何も出来ない”。だから、皆に聞いて欲しい」

 皆が黙ってしまいます。
 今までの報告は、誰かが何かをする必要があった内容です。ギルドとしては情報共有を行った上で、アクションが必要になる報告です。

「主殿の所について、私が見たままを報告します。紙には残していません。私の記憶です。夢だったり、間違いだったり、勘違いだったり、その方が嬉しいのですが・・・」

 主殿の所で、紹介された眷属たち。主殿は、嬉しそうに”家族”と呼んでいました。

 紹介された順に・・・。記憶を辿りながら、名前を挙げます。

「そして、キメラ・スライムのライ。総数は解りません。見たところ、鳥類だけで200羽。外に出ているとも言っていたので、倍はいると思います。魚類は、家の敷地内に流れている川にもいると言っていたので、総数は不明です。最低で500くらいでしょうか?ギブソンやノックやラスカルやパロットは一体ですがそれ以外は、無数に存在していました」

「茜」

「もちろん、全員がスキルを持っています。慰めにもなりませんが、全個体が魔力の操作ができるので、魔力を糸状にして放出するのは当たり前のようにできます。もっと使い勝手がいいスキルがあるので使わないと教えられました」

「茜嬢?」

「あぁ聖樹を忘れていました。ユグドは、種族としては、ドリュアスです。頭に、キメラが付くので、正確には、キメラ・ハイ・ドリュアスです。持っているスキルは秘密です。あと、名前は教えてもらえませんでしたが、主殿の家の周りに生えている木はエントになっているそうです。果樹園の管理は、ドリュアスとエントが行っているそうです」

 円香さんが、私からの報告を手で遮って、蒼さんに話しかけます。

「蒼。スキル持ちの魔物と対峙したことは?」

「ある」

「どうなった?」

「3小隊で当たったが、二人の犠牲と、装備の殆どを消耗して倒せた」

「茜。何か、いう事は?」

「おつかれさまです?」

「違うだろう!さすがに、オークやオーガのスキル持ちと比較したらダメだろうけど、なんだ、その戦力は!」

「あっ。円香さん。まだ報告は終わっていません。これは、主殿の家族の紹介です」

「あっ。円香さん。まだ報告は終わっていません。これは、主殿の家族の紹介です」

 立ち上がりそうな円香さんの表情が固まります。
 わかります。

 でも、普段の円香さんなら気が付いてくれると思います。冷静に考えれば答えが導き出されます。

 円香さんを見つめます。

「何を・・・」

 円香さんが動揺しているのがわかります。
 椅子に座りなおしてくれました。

 まだ、大丈夫です。
 話が出来ます。良かったです。

「主殿は、私や千明と同じです」

「あっ・・・」

「そうです。主殿は、眷属の親です。私と千明が、クロトやラキシやアトスが得たスキルを使える形で、スキルが統合されたように、主殿にスキルが統合されます」

「魔王?」

「そうですね。人間の時の主殿は、可愛い・・・。本当に、可愛い女の子でした。スライムにされてしまって・・・。主殿が持っているスキルを考えれば、魔王でしょう。眷属。家族も、主殿を慕っています。主殿が”死ね”と命令したら喜んで死ぬでしょう。そして、主殿が敵と認定したら、牙を突き立てるでしょう。主殿が、人の敵に回ったら、人は何も出来ません。断言してもいいです。滅ぼされてしまうでしょう」

 だから、一人の犠牲で澄むのなら、主殿をスライムにした奴を差し出した方がいい。
 私の結論です。主殿が、自ら人を殺すとは思えない。何をするのか解らないのですが、もし、主殿が、復讐相手を殺してしまったとしても、黙認すべきだと思っています。それで、主殿の心が魔物になり果てても、それは人が背負う問題で、主殿の問題ではないと思います。
 私も死ぬのは嫌ですが、死ぬなら楽に苦しまないように死にたいと・・・。ユグドたちにお願いしようと思っています。

「茜嬢。それだけではないのだろう?」

 孔明さんは、鋭いです。

「これから話すのは、私が感じたことで、主殿にもライにも確認はしていません」

 皆を見ます。
 千明も、話の重要度が解ったのでしょう。

 帰ろうとはしません。
 その代わりに、アトスを抱きしめて精神を安定させようとしています。

 円香さんは、座りなおして、私を見つめてきます。
 怖い目つきですが、怖くありません。しっかりと報告をして、ギルドが絶対に主殿に敵対しないようにするのが、私の目的である最低限の使命です。

「主殿は、スライムです」

 皆が頷いてくれます。

「ライもスライムです」

「そうだな」

 円香さんが代表して相槌を打ってくれます。
 私は、一言、一言、皆を見ながら言葉を選んで、報告を続けます。

「スライムは、分裂します。そうですよね?蒼さん。孔明さん」

 自衛隊に居たのなら、実際にスライムと戦った事があるはずです。
 それも、産まれたばかりのスライムではなく・・・。

「・・・。あぁ。物理攻撃が効かない個体も・・・。まさか」

「はい。主殿も、ライも、分体を作り出せます。これは、ライに聞いています。正直な話として、何体の分体を作り出せるのか解らないのですが・・・。1体や2体ではないと思います。二桁で終われば・・・・。そして、ライはライとして、別々に意識をもって動けるようです」

 円香さんは、やっと私が言った”何も出来ない”が解って来たようです。
 解っていたのでしょうけど、納得してくれたようです。

 蒼さんは、それでも何か考えているようですが・・・。

「蒼さん。天使湖を覚えていますか?」

「もちろんだ」

 孔明さんは解ったようです。
 私が未確認ながら、報告をした方がよいと思った理由の一つが天使湖の話です。

「・・・。茜嬢。まさか・・・」

「はい。あれを殲滅したのは、主殿だと思います」

「茜。そこまで、いうのなら証拠があるのだろう?」

「物的な証拠はありません」

「お前の直感か?心証か?」

「心証です。まず、主殿の家は、由比の駅から、西に行った場所です」

「西?さった峠の方向か?」

「はい。急な坂道を上がっていった民家が周りにない場所にありました」

「ほぉ・・・」

「しかし、私には近づくまで、家があることが解りませんでした」

「ん?どういうことだ?」

「蒼さん。私たちが、天使湖に到着して、しばらく経ってから、魔物と人が分離されましたよね?」

「あぁ」

「孔明さん。あの透明な壁は、自衛隊か警察隊か消防隊が、破れましたか?」

 孔明さんは首を横に振る。

「円香さん。透明な壁が、途中で中が見えなくなったのを覚えていますか?」

「覚えている。触れば、何かあるのは解るが、中が何も無いように見えていた。まさか・・・」

「はい。主殿の家は、まさにその見えない状況と同じ状態になっていました。主殿は、結界と呼んでいましたが、まさに人と魔物を分ける結界でした」

「・・・。茜」

「まだ確認をしていませんが・・・。政府が自衛隊や警察を動かして、魔物の調査したことがあったと思うのですが・・・。主殿の家の周りは、私有地だと思います」

「え?」

「主殿の家には、”人”はいませんでした。でも、旧家のようです。裏庭もありました。蔵もありました。あぁ蔵は、ドラマに出て来る蔵です。それが3棟。ドロップ品を仕舞っておくのに丁度いいと笑っていました。アイテムボックスにも入れてあるようですが、それでも大量にありました」

「それは・・・。受託販売にして良かったな、孔明」

 円香さんが、引きつった顔で、孔明さんに話を振ります。
 どんなに売っても大丈夫だと思える量があります。

 それに、しっかり調べたら希少種とかの素材も出て来るかもしれません。

「あぁ・・・」

「裏庭だけではなく、裏山も主殿の物らしいです。多分、何かの支流だと思うのですが、小川から裏に広がる山が全部と、もう一つも主殿の土地らしいです」

 登記を見れば解ると思います。調べて、解ったとしても、何も対処ができない。”だからどうした”としか言えないレベルの話です。
 実際に、主殿が必要だと思って、街中の土地を実効支配してしまえば、誰も逆らえません。
 結界で覆うだけで、許可された者しか入ることができないのです。最強のセキュリティです。

「私有地だと、調査は入らないな」

「はい。それに、今は結界で覆われているようです」

「ん?裏庭を?」

「いえ、裏山です」

「は?裏山、全部か?」

 どこまでが裏山なのかわからないけど、主殿の雰囲気から全体を結界で守っているのだろう。
 裏山は、主殿の家族たちの・・・。眷属の楽園になっているのだろう。

「はい。そうだ。主殿は、家族が見回りをしていると言っていました。あと、遠征にも出かけているようです」

「遠征?」

「はい。人の手が入らない山は結構ありますよ?人の手が入っていても、魔物が湧いても解らない場所は多いと思いませんか?」

 孔明さんと蒼さんは、実感として知っているのでしょう。
 街中にいきなり魔物が産まれることはない。でも、山で産まれて、降りて来る事はある。

「そうか、ドロップ品は・・・」

「はい。それだけの魔物が、存在していたのです。そして、主殿と眷属が倒した。その証拠です」

 ドロップを得るためには、倒さなければならない。

「ねぇそれだけの魔物を倒しているとしたら・・・」

 千明が手を上げて、”まさか、そんなことはないよね”という感じで発言しますが、まさに、私が言いたかったことです。

「うん。きっとスキルも成長するよね。新しいスキルを得ても不思議じゃないよね」

「っ。そうよね」

 千明の言葉が、全てを物語っています。
 私が、報告はするけど、ギルドには”何もできない”と思った理由です。どの時点なら・・・。多分、私たちが主殿を知った時点では、既に手遅れなのです。可能性があるとしたら、主殿をスライムに変えた愚者がスキルを得た時に知っていれば、まだ可能性はありました。
 でも、それも、主殿の話を聞いた限りでは、不可能でしょう。

 主殿は、産まれるべくして産まれた、”魔”を統べる”王”なのでしょう。可愛い魔王だとは思いますが・・・。

「主殿は、天使湖の原因を知っていると思うか?」

 ”何か”を考えていた孔明さんが質問をしてきました。

「わかりません。でも、天使湖の魔物の大量発生を討伐したのは主殿だと思います」

 強調しておきます。
 天使湖の大量発生を考えただけでも、主殿と敵対するのは間違っていると思えます。

 私の報告は終わりました。
 すっきりしました。

 会議は終わりです。
 皆がギルドに戻るようです。検証や調べ事をしてくれるようです。

 私は、主殿とライを待つことにしました。

 主殿とライが来たら、円香さんと孔明さんを呼ぶように言われました。

 時間を確認すると、1時間が経過していました。
 なんとなく、そろそろ来るような気がします。

 お茶でも飲んで待っていることにしましょう。

 ユグドの部屋は気持ちがいいです。快適な空間です。夏場は涼しく、冬場は温かい。電気代が浮きそうで嬉しいです。

 皆を見送りました。

 ユグドの分体で覆う計画は、主殿が来てから、他に何か方法がないか聞いてからにします。ユグドに負担をかけたくないこともあるのですが、ギルドにはギルドで、主殿に依頼をしてでもセキュリティを高める方法を考えて欲しいと思います。お金しっかりと払いましょう。

 孔明さんが内通していた組織があるのです。情報管理は、これからはもっと厳しくした方がよいと思います。
 孔明さんが横流ししたアイテムが、ギルドから安く売り出されれば、自分たちが騙されたと考えるでしょう。
 あの手の組織は、”ドラマ”では自分たちが下に見ていた者たちから反撃されると、自分たちがやってきたことを棚に上げて、暴力的な手段を使ってくる可能性があります。狙われるのは、円香さんかな?私がターゲットになるとは思えない。弱い所から攻めてくる。私か千明が候補かな?それとも、真子さんの状況を確認して・・・。真子さんがターゲットになるのかな?

 リビングで、資料の作成を行って、主殿とライの到着を待っていることにしました。
 蜂蜜は、ギルドに売るのですが、全部ではありません。2瓶は私が確保しました。私が適正価格で買い取ります。必要な事です。後で、主殿に言わなければなりません。

 ポーションを作るために必要になってきます。
 主殿のレシピにも、蜂蜜を使うことで、”味”が変わると書かれています。”味”は大事なことです。ユグドの協力で、ポーションの”素”は入手できそうですが、それ以外の素材にも気を使わなければなりません。
 そして、問題はポーションの効き目を確認する方法がない事です。ポーションの取り扱いも考える事が多く存在します。

”クォ”

”クフォ!”

 クシナとスサノが、ベランダで鳴いています。
 主殿が到着したのでしょうか?

「お姉ちゃん!」

 ベランダに居たユグドが戻ってきました。

「どうしたの?」

 どうやら、主殿が到着したみたいだな。ベランダに、2匹の猛禽類が増えている。
 クシナとスサノと何かを話している。なんか、家庭訪問みたいになっている?

「うん。『”玄関に回る”と伝えて欲しい』と言われた」

「わかった」

 言い切った直後に、チャイムがなった。

 玄関に出ると、可愛い制服を着た女子高校生と、弟と言っても大丈夫な小学生くらいの男の子が立っていた。一瞬、男の娘?と思えてしまうくらい可愛い。本当に可愛い。スライム補正がかかっているからなのか、肌が凄く綺麗。

「茜さん。急にすみません」

「いえ、主殿。ライ。歓迎します」

 主殿を部屋に招き入れる。
 本当に可愛い。あの学校の制服は、男子は学生服だけど、女子はブレザーだよね。それで、どこかのマンガに出てきそうな可愛い制服になっている。ほぼ、男子校だった工業高校に女子を招き入れるために行った施策の一つらしいけど・・・。

「あの・・・。茜さん。この姿の時には、”貴子”と呼んでもらえると嬉しいです。今、名前を呼ばれることもないから・・・」

「ごめんなさい。わかりました。いえ、わかった。貴子ちゃん。よろしくね」

「はい!」

 主殿。改めて、貴子ちゃんの笑顔が可愛い。抱き着きたくなってしまう。
 ライは、ライのままでお願いしますと、頭を下げました。

 二人を、ユグドの部屋に招き入れます。
 この部屋の方が落ち着くと思ったからです。

「ユグド。貴子ちゃんとライに挨拶をして」

「初めまして、主様。ライ様。聖樹です」

 ユグドの挨拶から始まって、クシナとスサノも挨拶を始める。クロトとラキシも挨拶をした。皆が、”主様”と呼ぶのは、しょうがないのだろう。貴子ちゃんも受け入れているみたいだから、私から何かを言うのはおかしいだろう。ライもどこか、嬉しそうな雰囲気がある。

「そうだ!茜さん。お土産があります!」

 嫌な予感がします。
 確実に爆弾です。

 でも、受け取らないという選択肢はありません。

「気にしなくてよいのに・・・」

「いえ、知り合いの家に遊びに行くなんて初めてで・・・。嬉しくて・・・。ご迷惑ですか?」

 こんな事を言われたら、断れません。

「貴子ちゃん。本当に、気にしなくていいですよ。でも、お土産は嬉しいですよ」

「本当ですか!ライ」

「うん」

 ライが、アイテムボックスを取り出します。

「アイテムボックスのままで申し訳ないのですが・・・」

 やはり、アイテムボックスもお土産なのですね。
 嬉しいです。これは、本当に嬉しいですし、覚悟も決まりました。

「茜さんが家に来てくれて、皆が喜んで、いろいろ持ってきてくれたのですよ」

「え?」

 どうやら、主殿の家族は、人と魔物が”敵”という認識を持っていたけど、私が家に来て、主殿に優しく接した事で、認識が変わったようなのです。それだけではなく、主殿の話を聞いてくれる人だと解って、私の所に行くと決まった事で、主殿の家族が、来られる者が全員で私の家に来ようとしたようなのです。
 それを、パロットが制してくれて、その代わりにお土産を持たせて、お礼にすればいいと言い出してくれたようなのです。

 アイテムボックスの中身は、アイテムボックスだった。
 果物が大量に入っている。蜂蜜も入っている。ローヤルゼリーまで入っていた。

「そうだ!茜さん。ポーションの素材も入っていますので、試してみてください。聖樹の樹液を使わない方法もまとめました。あと、薬草の作り方も確立しているので、持ってきました」

 ニコニコ顔をした主殿が可愛いです。
 これ以上ない爆弾です。薬草は、簡単に説明してくれました。草は何でもいいようですが、青汁に使うような青草の方がいいようです。これは、ギルドで研究してもらいましょう。聖樹を使うのは、欠損が治るようですが、薬草を使う場合には、欠損は無理そうだという話です。作り方は、簡単でした。魔石を砕いた土で育てた草を、魔石を浸した水を入れて、ミキサーにかける。この時に、スキルを使えればより効果が高いようです。スキルが使えなければ、ミキサーで飲み物にして、後は蜂蜜や砂糖で調整すればいいようです。

 効果は、ギルドで調べて欲しいと言われました。
 主殿が持つ”鑑定”で調べているだけなので、解らないと言っていました。

「ありがとう。調べてみるね。そうだ。貴子ちゃん。お金が沢山入ると思うからびっくりしないでね?」

「え?本当ですか?」

「うん。多分、貴子ちゃんが思っているよりも、二桁くらい多いかな?」

「え?100万くらいって事ですか?凄いですね」

「え?え?違うよ。違う」

「そうですよね。10万くらいですよね。びっくりしました。10万かぁ何を買おうかな?パロットがチュールをもっと欲しいと言っていたから・・・。免許はまだ取れないか・・・。うーん。どうしよう。もっと頑張らないと!」

 頑張らないで欲しい。

「貴子ちゃん。あのね」

「はい?」

「まだ、概算だから、正確じゃないけど・・・」

「うん」

「最低で、1億円くらいにはなるよ?」

「え?いちおくえん?宝くじの当たりですか?」

「それは、10億円だけど、最終的には、そのくらいになってもびっくりしないよ」

「えぇぇぇぇ!!嘘だぁ!茜さん。冗談が上手いです・・・。本当ですか?」

 主殿を驚かせることに成功しました。
 魔石の値段から考えれば、当然だと思うのですが、あまり調べていないのでしょうか?

 驚いた顔も可愛かったです。
 いえ、違います。

 主殿も、私の表情を見て、本当だと悟ったのでしょう。

「本当だよ。あっ税金の処理は、ギルドで行うから安心して」

「え?あっ。そうだ。税金もあったのですね。よかった。解らないから・・・」

 高校生なので、税金の処理まではできないでしょう。
 千明の担当ですが、主殿の税金に関しては、サポートを申し出てもいいかもしれないですね。

 お金の話が出来て良かったです。
 主殿に、価値を知ってもらえれば、自重を覚えてくれるでしょう。

 そういえば、果物も”魔石”が使われた土から作っているので、ポーションの材料になるようです。どの果実で作るのが、効果が高いか解らないようです。

「うーん。うーん」

 主殿がうなっています。
 何か、問題が発生したのでしょうか?

「どうしたの?」

「1億も持ったことがないから・・・。パソコンは、パパの使っていた物があるし、知識もないから新しい物にしても設定ができるか解らないし、スマホも困っていないし・・・。食べ物も、果物が美味しいし・・・。あんまり食べなくても大丈夫になっちゃったから・・・。遊びに行くにしても、皆が居るから、移動も困らないから・・・」

 なんか、贅沢な悩みだけど、食べる必要が無くなってしまったのは、スライムになったからだよね。

「ねぇ貴子ちゃん。パロットやラスカルやギブソンのお嫁さん?パートナーを探すのは?」

「え?」

「パロットがパートナーを欲しがるとは思えないけど、家族を増やすのは?その為に、お金を使ってみるのは?保護猫とか話題になっているよね?」

「あっ!それもいいかも!犬も飼ってみたかったから、丁度いいかも・・・。あと、茜さん。牛や山羊や羊とか、鶏とか買えますか?」

「買えると思うよ。そういうのは、今日、貴子ちゃんにお願いする人が詳しいから聞いてみて!」

「はい!ありがとう」

 主殿が少しだけ砕けてくれました。牛や山羊や羊は、ペットショップでは売っていません。家畜なので、買い付けて来る必要があるのですが、何とかしましょう。孔明さんが動いてくれるでしょう。

 牛や山羊や羊ですが・・・。自給自足が出来てしまいそうですね。家族を食べる様子は考えられないので、肉や魚は・・・。

「貴子ちゃん。魔物は、食べられるの?」

「え?あぁ・・・。オークは、豚肉ですよ。ミノタウロス?は、牛肉です。動物から魔物になってしまった子たちは、食べられないですね。美味しくないと言うのもあるのですが、肉をドロップしませんよ?」

 そんな、”知っていますよね”みたいな言い方をされても、オークが肉を落とすのも、一部では知られている情報です。そもそも、ミノタウロスって何?牛の魔物?

「あ!そうだ!茜さん。あれから、調べたのですが・・・」

 驚愕の事実です。
 海で釣りをしていた人が、釣った魚が消える事象があるようです。
 魔物になってしまった魚を釣りあげると、死んだときに消えてしまう。理屈が解っていれば、”当然”だと言えるのですが、急に消えたらびっくりするでしょう。生きている魚を捌こうと包丁を入れたら、消えてしまった事例もあるようです。
 元が動物な魔物は、倒してもスキルは得られないようです。

「ありがとう。担当に連絡をしておくね」

「はい!それで・・・」

「お姉ちゃん!」

 チャイムが鳴ったようだ。
 この部屋は、防音で外の音が聞こえない。円香さんと孔明さんが来たようだ。

 主殿が来る前に、二人に連絡を入れておいた。

「丁度、来たみたい。部屋に連れてきていい?」

「はい。お願いします」

 緊張している主殿が可愛い。
 力関係で言えば、主殿の方が上です。

 でも、女子高校生が社会人に会うと考えれば、緊張しないほうがおかしいですね。

「ユグド。円香さんと孔明さんを連れてきて」

「うん!」

 二人が部屋に入ってきた。
 珍しく、孔明さんが凄く緊張しているのが解る。円香さんも見たことがないくらいの表情をしている。もしかしたら、緊張しているのかな?

「主殿。挨拶は、初めてですね。私は、ギルドに務めている。桐元(きりもと)孔明(よしあき)です。皆は、私の事を、孔明(こうめい)と呼びますが、孔明(よしあき)です」

「始めまして・・・」

 主殿が私を見ます。

「孔明さん。主殿です。元々は、女子高校生でしたが、スライムにされてしまった被害者です」

 何か、孔明さんが言いそうになったので、先に円香さんの紹介をしてしまいます。

「円香さん。主殿です。円香さんは、ギルド日本支部のギルドマスターです」

 主殿が、会釈します。
 可愛いです。こんな、妹が欲しかったです。妹になってくれないでしょうか?

 円香さんも毒気を抜かれたような顔をして、ユグドが用意した椅子に座ります。

「茜さん。早速・・・」

 そうか、もしかしたら、主殿は人見知りなのでしょうか?
 私に近づいてきます。可愛いです。ライは、主殿の後ろに居るのですが、人見知りという感じはしません。よくわからないので、考えないことにします。

「孔明さん。真子さんは?」

「ん?あぁ真子は、家に居る。その前に、手順を聞きたい。主殿。教えていただけるか?」

「貴子です」

「わかった。貴子嬢。すまない」

「いえ、大丈夫です。手順ですが、ご存じだと思うのですが、私が作っているポーションだと、古い傷は治せるのですが、古い欠損は難しいです。ごめんなさい」

「いやいや。古い傷が治るだけでも・・・」

「そこで、ライ。あの結晶を出して」

「うん!」

 ライが、三つの魔石を置きます。主殿は、”結晶”という言葉を使っていますが、魔石のように見えます。

「貴子ちゃん。魔石と結晶は違うの?」

「え?あっうん。私たちの呼び方だけど、魔物を倒した時に、ドロップするのが魔石ですよね?」

「うん。そうだね」

「その魔石から、不純物・・・。あぁ魔力を抜いた?魔石を磨いたものを、結晶って呼んでいるのです。私たちが作る魔石とも少しだけ違っています」

「え?魔力を抜いた?」

「うん。魔物が使う力が不純物として魔石に含まれているから、そのまま使うと、不純物が混じってスキルが乗らなかったり、力が反発したり、面倒だから、不純物を除いた状態の魔石を作っているのです。ユグドちゃんと一緒に渡したのは、結晶ですよ?」

「え?そうなの?」

「はい。お渡しした物は、魔石の状態です。結晶の方がよかったですか?」

 ニコニコしていますが、円香さんも孔明さんも唖然としています。
 私の気持ちが少しだけ解ってもらえたようで嬉しいです。

「貴子ちゃん。魔石と結晶では、使い方が違うの?」

 前に教えてもらった”磨く”ことで、結晶になるのかな?

「はい。魔石は、動物がそのまま飲み込むと拒否反応が出ることも有りますが、結晶ならまず大丈夫です。カラントやキャロルが試した所、結晶なら失敗はありません。魔石だと70%くらいの成功率だと思います。あっ魔石でも後遺症とかは残らないですよ」

 ふふふ。

「あっごめんね。それで、手順は?」

「はい。結晶には、”再生”というスキルと、”治癒”というスキルと、”鑑定”というスキルが付与されています。真子さんは、ペットを飼っていると聞いたので・・・」

「真子は、モモンガを自分が動けない代わりに・・・」

「そうですか、モモンガは初めてですが、ラスカルが大丈夫だったので、大丈夫だと思います。魔物になってしまいますが、スキルを得て、真子さんに懐いているのなら、そのまま眷属にできると思います」

「貴子さん。少し質問をしていいだろうか?」

 円香さんの我慢が限界を超えたようです。それにしても、”さん”付けが凄く新鮮だ。

「はい。なんでしょうか?」

「再生も治癒も初めて聞くスキルなのだが?」

「そうなのですね。それで、ギルドのデータベースに問い合わせても、情報が出てこなかったのですね。うーん。説明が難しいですが、再生は・・・」

 主殿の説明を聞いて納得しました。

「鑑定かぁいいなぁ」

「え?茜さんも取りますか?ライ。結晶はまだあったよね?」

「うん!」

 え?ちょっと待ってください。
 円香さんも孔明さんも止めてください。止められるとは思わないけど、慌てて二人を見ますが、無理です。
 確かに、鑑定が使えるようになれば、かなり作業が楽になります。

 鑑定石だけでは、制約が出て来る可能性もあります。魔物鑑定とも違います。
 そのうえ、ギルドの上層部に取り上げられてしまう可能性もあります。

 円香さんの目が、”お前が言い出したことだ、お前が取得しろ”と言っています。

 結局、円香さんと孔明さんの眼力に負けて、ライが新しく出した”鑑定”スキルは私が取得することになりました。魔物鑑定があるからいらないと粘ったのですが無駄でした。

「貴子さん。これから、スキル付きの結晶は、簡単に出さないで貰いたい」

 円香さんが注意します。
 主殿には必要な事です。簡単には出しているとは思いませんが、価値が高いと思っていない可能性はあります。

 魔石を磨くという技術も凄いのです。そもそも、”鑑定”と”錬金”スキルがなければできないのですが、”錬金”がなくても、魔石を磨くことはできるのでしょうか?聞いてはダメだろうけど、聞いてみたいです。

「?」

 主殿はよくわかっていない雰囲気です。
 自分が作った物がどういった物なのか解っていないのでしょう。

「茜から聞いているとは思うが、貴子さんが茜に伝えた情報だけで、既に3億円になっています」

「え?1億だという話では?」

「茜!」

 私に話を振らないで欲しい。

「最低1億とは説明しましたが・・・」

「貴子さん。もうしわけない。アイテムはまだこれから精査して受託販売やオークションにするつもりだが、それ以外の情報の価値が高すぎて・・・。精査と確認に時間が必要になっています」

「そうなのですか?」

 主殿が不安そうな表情で私を見ます。

「円香さん。私が、貴子ちゃんの家に行って説明します」

 そうでした。
 金額の前に、口座の話とかいろいろすっ飛ばしています。

「・・・。そうだな。それがいい。そうだ!茜。貴子さんに、会社とカードの説明はしたのか?」

 渡した記憶はあるけど、説明はしていなかった。
 説明をした気になっていた?説明をしたけど、簡単にしかしていない。

 ここは、忘れたことにした方が無難です。

「忘れていました」

 主殿に用意してもらった法人に紐付けした銀行口座には、2億近い金額のお金が振り込まれているはずです。以前の情報と鑑定石のお金です。

 主殿は笑って許してくれましたが、これからの事を考えると、主殿の会社の形を整えておく必要がありそうです。

 本当に、日本は面倒なことが多いです。
 そして、想像通りに、私に面倒なことを・・・。いえ、凄く光栄な役割が割り振られました。

「ほへぇ・・・。前に聞いていた金額よりも多いですよね?」

「貴子さん。貴殿の情報が、価値がある物なのです」

 主殿が、嬉しそうな表情で私を見ます。
 頼られて嬉しいのですが、これ以上の負担は・・・。誰かを巻き込まなくては・・・。

「そうなのですね。わかりました。これからは、茜社長にお知らせして、情報をギルドに共有してもらいます!」

 そうなのです。
 主殿の会社の社長に私が就任することになってしまいました。主殿の寿命がわからないこともあり、名前が出てしまう社長では都合がわるくなる可能性がある為です。定款とかをやり直す必要がありそうです。主殿が用意した会社は、主殿のお父様が持っていた法人格だという話です。
 後でしっかりと調べる必要があります。
 2億円もあれば、綺麗にできるでしょう。

「それで、貴子嬢。真子は、どうしたら?」

 孔明さんが、ちょっと無理矢理ですが話を元に戻します。孔明さんとしては、真子さんの話が重要なのです。お金の話は、私と円香さんに任せてしまいたいのでしょう。

「あっごめんなさい。モモンガちゃんに、再生と治癒を使ってもらって、眷属にしてもらった後で、有用だと思って鑑定を持ってきました。”聖”のスキルでもいいとは思うのですが、欠損を治すのは、本当に大変なので、”再生”の方がいいかと思ったのです」

 一気に話します。
 多分、主殿は研究職とかに向いているのでしょう。自分に興味があることには、まっすぐに向かって行ってしまうのでしょう。気が付いて、恥ずかしそうにするのが可愛いです。頭を撫でたくなってしまいます。

「もうしわけない。”聖”では治らないのか?」

 私もそう思いました。
 欠損が治る可能性があるのは、”聖”のスキルですよね?でも、スキルの熟練度が上がらないとダメとか制約があるのでしょうか?
 それとも、自分には使えないとか・・・。スキルの研究も、進んでいないのが現状です。多分、主殿が世界で一番スキルに詳しい人だと思います。

「どうでしょう?以前にお話をしたのですが、治るとも、治らないとも言えません。実験できるような事でも無いので・・・。それなら、私が確認している、”再生”の方がいいかと思ったのです」

「”再生”は確認されているのですか?」

「はい。あっ!茜さんの所に居る。スサノは魔物にやられて、片足と片羽を失っていたので、再生を与えて、スキルを使ってもらったら、治りました。あとは、最近家族に加わったデイジー。狸なのですが、足をゴブリンにめちゃくちゃにされて居たのを助けて、再生を与えたので、哺乳類でも大丈夫だと思います」

 今、重要な情報を・・・。
 さらっと言われてしまいましたが・・・。スサノは、私の眷属になっています。眷属が持っているスキルは・・・。私にも”再生”が付与される?

 もう人間を辞めていますね。
 でも、少しだけ、本当にほんのわずかな可能性に縋って、主殿に聞くことにします。

「貴子ちゃん。ちょっと待って、スサノは”再生”スキルを持っているの?」

「持っていますよ?」

 そんな可愛く言ってもダメです。我慢が出来なくなりそうです。抱きしめたくなります。
 再生スキルも私に反映されているのですね。

 あれ?自分で確認してみると、反映していない?
 スサノを見ても、”再生”スキルがグレーアウトしています。どういう状況なのでしょうか?

「貴子ちゃん。スサノに再生スキルはあるけど、使えないように見えるけど?」

「・・・。あっ!クールタイムです。ごめんなさい。期待させちゃって・・・」

 謝られるほどの事ではないのですが、また新しい事実です。
 クールタイム?

 円香さんと孔明さんを見ますが、首を横に振っています。
 スキルの保持では、円香さんと孔明さんは、先輩に当たりますが知らなかった情報のようです。

「ううん。それは大丈夫。それよりも、クールタイムって何?」

「スキルを使うと、次に使えるようになるまでに時間が必要ですよね?その時間を、クールタイムってゲームみたいに呼んでいます。違います?」

 円香さんも、孔明さんも、その表情が見たかった。
 私が思っている事を、口にしたら怒られるので、口にしません。

「貴子嬢。その、クールタイムは、どうやって決められる?」

「うーん。わからないです。ただ、使ったスキルによって違います。スサノみたいに欠損を治したら、クールタイムは長いです」

「貴子嬢の家族の・・・・」

「デイジー?」

「そうそう、デイジーのクールタイムは?」

「1週間くらいでしたね。正確な時間じゃなくてもごめんなさい」

「いやいや、十分な情報です。ありがとうございます。あっそれで、モモンガにスキルを覚えさせてから、真子は何かする必要があるのですか?」

「うーん。既に、絆が結ばれていたら、魔物になったモモンガちゃんが眷属になると思います。私がご一緒していいのなら、モモンガちゃんにお願いができると思います」

「いいのですか?」

「はい。なんか、凄いお金を貰うので・・・。そうだ。真子さんに、”聖”のスキルを覚えてもらえば、自分で魔物を倒して、”聖”のスキルを得て治したとか言えませんか?」

 あぁ
 確かに、凄くいい話です。
 これで、真子さんもギルドに・・・。いや、私の同僚になることが決定です。私が、決めました。
 主殿の会社に就職してもらいます。そこから、ギルドに派遣です。いいアイディアです。モモンガちゃんの魔物化もごまかせます。

「貴子嬢。真子の治療をお願いしたい。受けていただけるか?」

「・・・。はい。必ずとはお約束は出来ませんが、最善を尽くします」

「ありがとう」

 孔明さんは、頭を思いっきり下げます。
 慌てる主殿が可愛いです。

 俺は、上村蒼。元自衛官だ。

 今は、紆余曲折あってギルドに世話になっている。

 蒼という名前から、女性だと勘違いされることもあるが、れっきとした男だ。

 自衛藍では、魔物の出現が確認されてから新設された混成部隊の分隊の隊長を務めていた。
 魔物の駆除が主な任務だった。人の領域に出てきてしまった魔物は、警察が駆除するが、人里に降りてくる前に駆除するのが任務だった。

 前の職場も居心地は良かったが、ギルドの居心地も悪くない。任務が仕事になったが、大きな違いはない。

 魔物の駆除よりも、情報収集や情報の整理が多くなっている。
 しかし、自衛隊に居た時よりも、情報の最先端にいる感じがしている。

 自衛隊が遅れているとは思わないが、対魔物に関しては、ギルドの方が一日の長がある。各国での対応を含めて参考になる情報が多い。自衛隊に居る時に、この情報があれば防げた損失があるかもしれない。
 上司にあたる円香に頼んで、自衛隊にも情報を流せるようにした。
 自衛隊の上層部は絶対に嫌がるだろうが、現場の人間たちは喜ぶだろう。現場でこそ生きて来る情報だ。

 ギルドも、大きな変革が行われた。不正の温床だった部署は閉鎖され、円香がトップになった。上層部の更迭には孔明も暗躍したと聞いた。

 実際に、パートで来ているメンバーを除けば、日本ギルド本部は、5名で運営を行っている。常任の人数では、世界でも小さなギルドだ。
 少ないとは思うが、多くいても不正が産まれるだけだ。それに、業務も多くはない。

 違うな。多くはなかった。

 天使湖での魔物氾濫から始まった一連の流れで、俺たちギルドは、一人の少女と出会った。
 人と言っていいのかわからないが。スライムにされてしまった少女だ。女子高校生と言っている。

 問題は、その少女がもたらした情報だ。
 茜が少女の家に赴いたのは、少女が売りたいと言っていた魔物の素材を受け取るためだ。それと、少女が茜を介して渡してきた、”鑑定”ができる魔石の買い取りを含めた清算のためだ。

 円香も、孔明も、俺も、後悔した。
 茜を一人で行かしたことではない。少女をギルドに呼ばなかったことを後悔した。

 少女の所から戻ってきた茜は、明らかに変っていた。
 上手く言えないが、自衛隊に居た時に、海外から招いた講師に雰囲気が似ていた。今、考えれば、あれは持っているスキルが影響しているのだろう。もう一つ、俺の横で確認を行っている千明も雰囲気が一気に変わった。
 茜には、俺では勝てそうにない。近接戦闘で、スキルを使わなければ、簡単に俺が勝てるだろうが、”なんでもあり”の戦いになったら、俺は瞬殺されてしまうだろう。

 少女が持ってきた情報を精査するのが、俺と千明に回された仕事だ。

「蒼さん?」

「あぁすまん。それで?」

「残念ながら・・・」

 千明は、そういいながら、指から魔力で作られた糸を出した。

「何か、スキルが必要なのか?」

 俺には、魔石の生成は出来たのだが、魔力を放出することが出来ない。

「うーん。茜に聞かないと・・・。鑑定石を借りてくればよかった?」

 千明の眷属になっている猫が足下に来て、鳴いている。
 不思議なことに、俺や円香や孔明には、猫の鳴き声にしか聞こえないが、茜や千明には、意思が乗っていて会話が成立する。

「アトスは、何を言っていた?」

「放出系のスキルが必要みたい。アトスが放出系のスキルを持っているから・・・。蒼さんは、放出系の適性は低かったですよね?」

「そうだな」

 自衛隊の研究所に持ち込むためのレポートを書いている情報だが、これも少女が持ってきた。
 有名なマンガの様に、”水見式”ができる。

 内容は、書き出しておかなければ忘れてしまう。

 強化は、自らを強化する系統
 助勢は、仲間を強化する系統(弱体もできるらしい。強化を剥がすこともできるらしい)
 放出は、補助属性を付与して放出する系統
 変異は、物質を変える系統
 特異は、固有で取得するスキル

 スキルを持っていない人間が行える可能性を、少女が示唆していた。
 ギルドのメンバーは全員がスキルを持っていて、試すことができない。自衛隊の研究所には、スキルを保持していない者も在籍している。
 魔石を浸してできた水を使って、魔石を持って水見式を行う方法だ。少女の家に居る動物では出来たようだ。

「千明。水見式は、報告をあげるのだよな?」

「円香さんにあげて、登録はそれから決めるのではなかった?よく覚えていない。魔石の生成と、水見式と、魔糸と、あとは・・・」

「ライの身元調査だけど・・・」

「それは、警察に行かないとダメでしょう?」

「公開されている行方不明者リストにはなさそうだな」

「似たような男の子と女の子の姉弟は居ません。心中まで広げますか?」

「そうだな。公開されている情報だけ集めてくれ」

「はい」

 千明が、茜から送られてきた画像を見ている。
 スライムになってしまった少女と、ライを写した画像だ。もちろん、本人たちの許可は貰っている。

 発行したギルドカードと紐付ける情報として、少女の写真が必要だった。

 処理は既に終わっている。カードの処理も終わっているので、渡せる状況にはなっている。

「ねぇ蒼さん」

「どうした?」

「このアイテムボックス・・・。貰っていいの?」

「正確には、ギルドの所有になって、各自に貸し出している。ギルドを辞める時には、返却しなければならない」

「うん。解っているけど・・・。これだけでも、世界が変るよ?」

「そうだな」

 苦笑で済ませられるような話ではない。
 夢物語だった。容積以上の物を入れる事ができる箱や、ポーションも少女はギルドにもたらした。

 ポーションは、茜と一緒に検証を行う予定になっている。
 茜たちが少女と話をしている間に、アイテムボックスの検証を行っている。

 目の前にあるのは、千明に割り当てられたアイテムボックスだ。
 中身もまだ入っているが、余裕があるのか、千明の私物を入れられる。

 そして、このアイテムボックスの優れている所は、利用者登録ができることだ。登録と削除が行える。

 千明だけを、利用者に設定している時には、俺は箱を開けられるが、中身を取り出すことができなかった。
 そして、箱ごと持ち去ろうとしても、重くて持ち上げる事ができなかった。

 どうやら、利用者登録を行っていない物が持ち上げると、中身の重量がそのまま感じるようだ。利用者登録を行っている千明が持とうとすれば、箱だけの重さに感じるようだ。
 物流の問題が一気に解決してしまいそうだ。

 箱の中身を、俺が預かっているアイテムボックスの中に移し替えてから、持ち上げようとしたら、今度は箱の重さよりも、少しだけ重いと感じる程度だった。その為に、箱の中身で重さが変わると判断した。
 時間停止はなかった。
 どうやら、茜が確保したアイテムボックスは時間の流れがゆっくりになっているようだ。その代わりに、容量は俺たちが預かっている物の1/10程度らしい。

 千明がまとめたアイテムボックスの報告書を読んでいると、千明が少女の画像を食い入るように見ている。

「どうした?知り合いか?」

 制服姿の少女は、女子高校生らしさと、何か解らない雰囲気を併せ持っている。スライムの特性なのか、肌が綺麗だと、茜からレポートが入ってくる。必要ないレポートだ。

「知り合いではないけど、凄く可愛いよね?」

「そうだな」

 千明の方が、可愛いと思うが、いうと間違いなく叩かれる。
 だから黙って肯定した。

「あのね」

「ん?」

「主殿。大丈夫かな?」

「ん?大丈夫だろう。俺と孔明と円香が真剣に立ち会っても勝てるとは思えない。多分、自衛隊の全兵力でもダメだろう?」

「あぁ・・。違う。違う」

「ん?何を心配している?あの少女を心配することがあるのか?」

「うーん。まぁ蒼さんならいいかな?」

 俺ならというのは・・・。
 何時からなのか、俺たちも解らないが、最近は、千明は俺の部屋で寝起きしている。まぁそういうことだ。

「ん?なんだ?気になる言い方だな」

「うん。あのね。黙っていて欲しいのだけど・・・」

「あぁ。わかった」

「茜だけど・・・」

「ん?」

「茜ね。男性よりも、女性が好きで、恋愛対象は、女性なの」

「・・・。ん?」

「それでね。円香さんみたいなタイプも好きだけど、可愛くて守ってあげたくなるような年下の可愛い女の子が大好きで、大好物で、性的な意味でも・・・」

「え?」

「主殿。茜の理想を詰め込んだ女の子なの?これで、メガネをかけていたら完璧って感じ・・・」

「へぇ・・・。まぁなんとかなると思うぞ?」

 それ以上に何も言えない。
 そうなのか?
 うーん。深く考えてもしょうがない。少女の無事を祈ろう。

 ライと一緒にギルド職員の茜さんのご自宅に行くことになった。
 友達ではないけど、知り合いのおうちを訪ねるなんて、小学生以来で緊張します。

 勢いで言ってしまいましたが迷惑じゃなかったのでしょうか?
 茜さんの声が、歓迎しているようにも聞こえたので、大丈夫だと思う事にします。

 手土産と、治療に必要な準備をしましょう。

「ライ。アイテムボックスを作って、時間停止でいいかな?」

「うん。わかった」

 私のスキルの一つ。”記憶保持”が実は、アイテムボックスに付与できることがわかりました。
 時間停止とは違うとは思いますが、中に入れた物が劣化しないことが解っています。検証中ですが、ギルドで聞いてみればわかるでしょう。ギルドの献策で出てこないスキルが多すぎるのは、理由はわかりませんが隠しているのだと思います。私が持っているスキルの殆どが、検索しても情報が出てきません。

 魔石と結晶は、買い取りに回したので、今回は違う物にしよう。

 パロットが足下に来て、お土産の提案をしてくれました。
 ポーションの材料にもなるし丁度いいかもしれません。それに、茜さんの所の”聖樹”に与えれば・・・。

 エントやドリュアスたちが自分たちになっている果実を大量に持ってきてくれました。
 あと、パルが配下の者たちに命令を出して、蜂蜜とロイヤルゼリーを持ってきてくれました。オクトやカラントからは、真珠を渡されましたが、お土産に宝飾品は相応しくないでしょう。今回は見送ります。

「お姉ちゃん。話を聞いた感じでは、ポーションではダメだと思う」

「そうね。”再生”と”治癒”かな?」

「うん。あと”鑑定”を持っていけばいいと思う」

「”鑑定”?」

「うん。”鑑定”があれば、問題があれば自分で治せるでしょ?」

 ライの言っていることは理解ができる。
 でも、”人”にできるとは思えない。これは、ライが意識を持ったのが、”スライム”になってからだということに関係している。ライの提案を受け入れる形で、”鑑定”を持っていくけど・・・。
 茜さんに使ってもらった方がいいと思う。

 私のことを信用してくれるか解らないから、ギルドのメンバーが”鑑定”を覚えている方がいいと思う。
 鑑定を付与した魔石では、調べられることに限界がある。茜さんたちも詳しく解ったほうがいいと思うし、ギルドの職員さんだから、知識もわたしよりも持っているでしょう。

「そうだね。ライ。”鑑定”の準備をお願い。出来たら二つ。あと、”聖”をお願い」

「”聖”では、治らないよ?」

「そうだね。でも、ちょっと考えがあるの」

「わかった。”再生”のレベルは?」

「うーん。デイジーの時は?」

「最低レベルで作ったよ?」

「中級でいいかな?オークじゃ磨いたら足りないよね?」

「うん。オークの色違いかな?」

「それで、お願い。”聖”は最高レベルでお願い」

 磨いた魔石なら、適性がなくても強制的に覚えさせられる。成長は見込めないけど、成長は考えなくていいよね。
 治療を受ける人が、再生への適性がなかった時には、強制しなきゃならない。それが少しだけ難しいかな?

「わかった」

 ライが準備をしている間に、私は着替えをする。
 知り合いの家に着て行けるような服は持っていない。スライムになってから、身体のサイズが自由に出来るのが嬉しい。慎ましかった胸のサイズが変えられる。意識をしていないとダメなので、あまり意味がないけど・・・。
 前のサイズのままなので、服を新調しなくてもよかったのは嬉しかった。

 もしかしたら、初めて会う人もいるかもしれないから・・・。
 迷ったけど、無難に制服を選択した。私の身分は、スライムだけど、元女子高校生だ。学校は辞めてしまったけど・・・。どこかの夜学にでも入ろうかな?
 仕事をしなければならないから・・・。高校は卒業しておけばよかった。
 試したけど、結界を纏っていれば、スキルの有無のチェックにも、魔物チェックにも引っかからなかったから、学校に通えたよね。復学とか出来るのかな?

「お姉ちゃん?」

「ライ。準備は終わった?」

「うん。でも・・・」

「どうしたの?」

「キングとクイーンとテネシーとクーラーとピコンとグレナデンとフェズたちと、ダークたちと、アイズたちと、ドーンたちと、フリップたちと、ジャックたちと、デックたちと、キールたちと、キルシュたちと、グラッドたちと、ナップたちと、パルとパルの眷属が、一緒に行くと言って・・・」

「うん。無理だね」

「そういったけど・・・」

「私も、こっちに残るのだけど」

「言ったけど・・・」

「飛べる子たちには、途中まで護衛をお願いして、背中に乗れる子だけは着いて来てもらうのは?」

「わかった。カーディナルとアドニスだけなのが不満みたい」

「ギルドの上空で待機出来るのは、フェズとアイズとドーンかな?近くにある浅間神社なら、フリップやジャックが居ても大丈夫かな?」

「わかった。待機させるね」

「お願い」

 準備はよかったけど、ギルドに向かうメンバーで揉めるとは思わなかった。

 分体を作って意識を移動させる。スキルも最低限で十分だろう。
 正直に言えば、”魔物支配”があれば困ることはなさそうだ。ライが居れば、ライの中に潜り込めば、”核”として保存されるのは解っている。

 今回の治療でも、魔物支配が有効だと思う。

 ギルドに向かう。
 私がカーディナルに乗って、ライがアドニスに乗る。

 ユグドちゃんに誘導をしてもらいながら、空の旅を楽しんでいる。
 風向きから、浅間神社を迂回するようにした。皆は、浅間神社で待っていてくれるようだ。ギルドの周りの警戒も行ってくれる。街中に魔物が現れることはないけど、魔物が現れそうな場所は意外と多い。広い庭があるような場所でも、魔物の素が発生している場面も見ている。霧散しているので、魔物には鳴らなかったけど、警戒をしておいた方がいいだろう。治療が終わったら、魔物の素の事も聞いてみよう。

 ユグドちゃんが見えてきた。

『ライ!玄関に回ると伝えて』

『はい』

 ライは、スライムの時には丁寧な言葉になる。
 よくわからないけど、そういう物だと思っている。人の姿の時とは、主人格が違うとか言っていた。

 うーん。
 茜さんのスキルの数から考えると、魔人?になってしまっていないかな?

 そういえば、クシナ?スサノ?のどちらかは、”再生”と”治癒”を持たせたよね?
 大丈夫だよね。多分。

 それに、多分・・・。
 今更だよね。クロトちゃんとラキシちゃんだけでも十分だよね。魔人になってしまう?

 玄関に回った。
 どこが、茜さんの家なのか迷ったけど、すぐに解った。
 そうか、ユグドちゃんが成長して、茜さんの部屋を守っているのだね。

 そうだ、これからの事を考えれば・・・。
 あっ!

「ライ」

 クシナちゃんとスサノちゃんのスキル構成を忘れていた。
 保護した時には、誰かの眷属にするとは考えていなかった・・・。二人だけでも、大丈夫なように、攻性スキルを持たせて、お互いにカバーが出来るようなスキル構成にしたのは覚えている。

「なに?」

「そういえば、茜さんの所に行った二人のどちらかが、”結界”を持たせたよね?」

「うん。スサノが”再生”と”治癒”と”拘束”と各種攻性スキルで、クシナが”結界”と”平行思考”と各種攻性スキルを持っているよ?」

 だよね。そんな記憶がある。
 カーディナルやアドニスは敵わないけど、私の家族の中でもトップクラスの攻撃力だったはずだ。オークの色違いなら、単独で撃破できると思う。二人で連携しながら挑めば、オーガの色違いや、ミノタウロスの色違いでも対応ができると思う。

 茜さんの護衛が出来たと思えばいいのかな?
 自衛隊とかには、もっと強い人が居るだろうけど、街中で暴れる程度の人や魔物なら大丈夫になったと安心しよう。

「そうだよね。やっちゃったかな?」

「え?」

「茜さんの眷属になっているから、茜さんが使えるスキルは芽生えるよね?」

「うん。別に、困らないよね?」

 そうだよね。
 それに、数日で芽生えるようなスキルは、攻性スキルくらいだけど、家に来た時の茜さんの状況では、放出には適性は低そうだから大丈夫だよね。助勢と強化は普通くらいだから、結界と拘束は芽生えるかな?特異は”人”だと低いのかな?よくわからないけど・・・。”平行思考”は強化だから、芽生える可能性が高いかな?”再生”と”治癒”は、助勢だから芽生えるよね。

 スキルを剥がす実験をやろうかな?
 魔物の確保を考えよう。

 茜さんの家のチャイムを押した。
 今になって私の格好がおかしくないか気になって・・・。緊張してきた。大丈夫かな?

 桐元孔明(よしあき)さんの妹さんが、スキル利用者になりそうです。真子さんと呼んでいいのかわかりませんが、皆さんが”真子さん”と呼んでいるので、私も真子さんと呼ばせてもらいます。
 それから、孔明(よしあき)さんのことも、桐元さんではなく、孔明(よしあき)さんと呼んだ方がよさそうです。

 真子さんは、孔明さんのご実家にいらっしゃるとのことでした。
 ご実家は、富士宮にあるらしい。移動は、迷いましたが、孔明さんの運転する車に便乗させていただくことにしました。茜さんと円香さんも一緒です。心配性の家族が上空を飛んでいますが大丈夫でしょう。

 ギルドの周りには魔物の気配はありませんでした。
 移動中に、魔物を見つけて、キングたちが対処をしています。茜さんの眷属になったスサノちゃんとクシナちゃんも駆除に参加してくれています。ユグドちゃんは、分体を作り出して、スサノちゃんとクシナちゃんの上から支援をおこなっていました。ライがこっそりと教えた方法です。
 ユグドちゃんもライと似たようなスキルを得ていて、ユグドちゃん同士での物資の移送ができるようになっているようです。
 残念なことに、本体から分体に送ることができなくて、分体から本体にしか送ることしかできません。今回は、キングたちもユグドちゃんたちへのご祝儀のつもりなのでしょう。魔物の素材を譲っています。

 ライとユグドちゃんの間で、縄張りも決めたようです。
 ユグドちゃんがそれほど広い範囲を担当するのは難しいと言っていたので、興津川を境にする案ではなく、巴川を境にする案で落ち着きました。もちろん、キングたちも広域のパトロールは続けますが、巴川を越えた場所で魔物を発見した場合には、ユグドちゃんたちに連絡を入れます。対応は、ユグドちゃんたちに一任されることに決まりました。

 ライとユグドちゃんが話し合って決めた内容です。
 茜さんには、ユグドちゃんが説明をすることになったので、今は黙っていることにします。

 久しぶりに、車に乗ったけど、運転免許が欲しいな。
 あと2年くらいで免許が取れる年齢に、戸籍上はなるから、免許は取ろうかな?車は必要ないけど、免許があるといろいろ便利だよね。身分証明にもなる。ギルドカードがあるから大丈夫だけど・・・。公的な身分証は有ったほうがよさそうだ。
 車も買おうと思えば変えるだけのお金が手に入った。
 あまりにも大きすぎる金額で、よくわからない。
 まずは、家の周りの土地や山を買おうかな?
 買えるだけ買っておいた方がいいよね?特に、裏山に繋がる場所はできるだけ買っておきたい。皆が安心して過ごせる場所を確保しておきたい。

 そうだ。
 街中にも家を買っておこうかな?私の連絡先とか、有ったほうが便利だよね?
 今の家でもいいけど、あそこは内緒にしておきたい。

 いい考えかもしれない。
 茜さんに相談しよう。

 茜さんは優しい。
 私が緊張しないように手を握ってくれている。凄く安心できる。お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しい。

 静岡市内から、バイパスに入って、富士川を渡る。
 そこから、富士宮に向かう。1時間30分くらいかかると言われた。私は大丈夫だけど、途中でトイレと食事の為に、道の駅富士に寄った。

 茜さんとおふくろ食堂に入った。
 削りたて鰹節がかかった”しらす茶漬け”を頼んだ。茜さんは、私に好き嫌いを聞いてきた。桜エビが好きではないと聞いて、鮭茶漬けを頼んだ。初めて、食事をシェアして食べた。凄く美味しかった。茜さんが、鮭茶漬けを私に食べさせてくれた時には恥ずかしかったけど、遠慮しないでと言われて、”あーん”状態で食べさせてもらった。嬉しかった。もちろん、私もお返しにしらす茶漬けを食べてもらった。茜さんも美味しいと言ってくれた。
 それから、IDEBOKでクレープを食べた。ホイップクリームハニーを頼んだ。茜さんはホイップクリームカスタードを頼んで、これも一緒に食べた。

 私は、トイレの必要がないので、車に戻ると、ライが周りの状況を教えてくれた。
 やはり、富士山が近い場所なのか、魔物の素が有ったらしく、テネシーたちが散らしてくれていた。スサノちゃんとクシナちゃんにも魔物の素を見分ける方法を教えたいというので許可をだした。必要なら、スキルを与えるようにも伝えておいた。

 道の駅富士で、孔明さんがご自宅に連絡を入れたようだ。
 真子さんはご自宅に居るようだ。ご両親は、既に他界しているらしく、お手伝いさんが家に来てくれているらしい。

 孔明さんが言葉を濁すので、円香さんの補足で判明したのですが、他にも何か事情があるようですが、私には関係ない事です。”嘘”ではないです。本当の事を言っているか解らないのですが、私を騙そうとしているとは思えません。ライのスキルにも反応がないので大丈夫でしょう。

 車は、富士宮に向かっている。はずだ。でも、私が知っている道とは違います。富士宮ではなく、大回りで三島や沼津に抜ける道に向っている。
 そして、不自然に道を変えている。

『おねえちゃん』

『ライ?』

『うん。なんか同じ車が何度か後ろに来ているけど、対処した方がいい?』

『ちょっと待って、聞いてみる』

『うん。車を調べてみる』

『お願い』

 尾行かな?
 そういえば、道の駅富士で嫌な視線を感じた。私ではなく、茜さんを見ていたから気にしなかったけど、もしかしたらギルドに敵対している人たち?でも、なんのために?

「円香さん。お聞きしたいことがあるのですが?」

「なんでしょうか?」

「この車、尾行されています?」

「・・・。孔明!」

「どうして、それを貴子嬢が知ったのか・・・。間違いなく、2台に尾行されている」

「尾行か?」

「あぁギルドを出る時からついていた。道の駅で巻けるかと思ったがダメだったようだ」

 それで、道の駅に入るときに急に曲がったのですね。

「あっそれで、ライたちが対処をすると言っていますが、対処させますか?」

「お姉ちゃん。あのね。この車から、電波が8つ出ているけど、合っている?」

「8つ?」

「うん。ユグドにも協力してもらったから間違いはないと思うよ」

「え?ユグド?!」

「うん。携帯電話?みたいな奴が、6個と、よくわからない奴が2つ」

「孔明!?」

「携帯電話は、俺と円香が二つだ。茜嬢が一つで、貴子嬢も持っているよな?」

「はい」

「残りの二つは、盗聴と位置情報か?」

「多分な」

「ライ。車を結界で隔離できる?」

「できるよ?やっていい?」

「ユグドちゃんにも協力してもらって」

「わかった」

 ライが結界を発動した。
 ユグドちゃんにも補助をお願いしたのは、今後の為だ。移動体への結界には、少しだけコツが必要だ。産まれたばかりのユグドちゃんには難しいだろうけど、今後の事を考えれば必要なことだ。

 ギルドは、いろんな組織から狙われているのかな?

 結界を展開したことを伝えた。
 孔明さんが試しに、何度か道を変えた。孔明さんも確認をしてくれたようだ。後ろから追ってきた車がはぐれて見えなくなった。

 結界は、暫く維持することに決まった。後ろをつけていた車は全部で3台だったらしい。ドーンとアイズとフェズが分担して、車を尾行している。
 円香さんがライの負担を気にしていたけど、負担に感じるようなことでもないので、大丈夫だと伝えてある。

 孔明さんは、何度か道を変えたが、30分くらいしてから、進路を富士宮に変えた。
 途中で一度だけ停まって、自宅に電話を入れた。

 家は真子さんだけになっているようだ。
 よくわからないが、真子さんだけの状況になっているのに安心している様子だった。

 30分後に、ちょっとだけ古ぼけた感じがするマンションに到着した。
 最初に、顔見知りだという円香さんが部屋に向った。

 10分くらいして戻ってきてから、私たちも孔明さんのご自宅に向かうことになった。

 桐元家は、マンションでした。真子さんが部屋に引き籠っていることや、孔明さんが帰ってきて寝るだけの部屋があれば十分なので、戸建てでは無いようです。

「円香。茜嬢。適当に座ってくれ、貴子嬢。さっそくだけど、頼めるか?」

 私とライは、孔明さんについて行きます。

「真子」

 ドアの前で、ノックをしてから、話しかけます。
 部屋からの返事がない。真子さんが居るのは、ライの使っているスキルで解っている。真子さんとモモンガが居る。

「真子。今日は、お前を」「お兄ちゃん。もう・・・。いい。私の為に、お兄ちゃんが傷つかなくて・・・。私は、もう・・・」

 真子さんの拒絶とも取れる発言に、孔明さんが慌てだします。

「真子!違う!話を、話を聞いてくれ!」

 孔明さんが、ドアを叩きます。
 逆効果です。真子さんは、話を聞いて欲しいだけだと思います。そして、孔明さんが無理をしていると思っているのです。

 それに、真子さんの態度が気に入らない。違うかな?恵まれていると気が付いているのに、自分”だけ”が不幸だと思っている。

 ドアを叩いている孔明さんの手を止めさせて、ドアのノブに手をかけていた。

「お姉ちゃん」

 ライの声が聞こえましたが、身体が先に動いてしまいました。

「貴子嬢?」

 孔明さんは驚いた表情をしていますが、私を止めないようです。
 真子さんは確かに”不幸”でしょう。でも、それでもなんとかしようと無理をしてくれる”家族”がいるのです。何も出来ない。治らない可能性が高いと思えても、”家族”を蔑ろにするのは違います。

「孔明さん。私に話をさせてください」

 ノブに手をかけて、回します。
 やはり、鍵はかけられていません。真子さんは、自分が何を望んでいるのか解らなくなってしまっているのでしょう。

 毎日の様に繰り返されている”大丈夫。俺が何とかする”この言葉は”呪い”になってしまっているのです。家族を信じたい。でも、その家族は疲れ切っている。家族だから解るのでしょう。
 家族を無くしてしまった私には解る。新しい家族を迎えられた私だから、家族を求める気持ちも解る。
 そして、身体を損傷して人間でなくなってしまった感覚に捕らわれているのでしょう。自分が、人として欠陥だと”呪い”のように思えてしまっている。価値なぞ、生きているだけで、側に居るだけで十分なのに、自分には価値がないと、家族の重荷になっているのだと、”呪い”にかかったように考えてしまっている。もしかしたら、誰かが囁いているのかもしれない。

「貴子嬢。何を」

 ライが、孔明さんを抑えてくれます。
 力だけなら、孔明さんの方が強いでしょう。

「ライ。結界をお願い。それから、一緒に来て」

 ライは、私の言っている意味が解ったのでしょう。

「うん」

 ライの結界が発動します。ライの分体が、私の肩に乗るのがわかります。結界の外に居るライは孔明さんを抑えています。

 部屋は綺麗に片付いています。
 ベッドの上に、女性が居ます。真子さんなのでしょう。布団で身体を隠しています。義足らしき物もありますが、使っている様子はありません。

 モモンガが本能なのでしょうか?私たちを見て威嚇を始めます。
 真子さんを守ろうとしています。これなら、大丈夫でしょう。

「初めまして、桐元真子さん。私は、松原貴子です。貴子と呼んでください」

 まずは自己紹介です。
 アニメで見た、スカートを摘まんで頭を下げる奴をやってみました。練習しておいてよかったです。

 真子さんは、意味が解らないという表情をしていますが、その反応が見たかったので良かったです。
 心は死んでいないようです。まだ、生きたいと思っているのでしょう。

「何?貴方は?」

「貴子です」

 もう一度、名前を伝えます。
 自己紹介をしたので、名前で呼んで欲しいと思っています。

「お兄ちゃん?!」

 ドアには、ライに抑えられている孔明さんが居ます。
 心配そうにしています。何かを言っていますが、声は聞こえません。

「無駄です。この部屋は結界で囲んでいます」

 何もない所を叩いている孔明さんを呼びますが、無駄です。
 向こうからの声が聞こえないように、こちらからの声も聞こえません。

「結界?」

 真子さんくらいの年齢なら、アニメを見るでしょう。
 結界と言えば、解ってくれると思っています。

「はい。外の音が聞こえないようにしています。中の音や声も外に漏れないようになっています」

 簡単に説明をします。
 真子さんは、”嘘”と小さく聞こえないくらいの声量で呟きますが、私には聞こえてしまいます。

「え?貴方は?」

 まだ、私の名前を呼んでくれません。
 悲しいです。

「貴子です。真子さん」

 もう一度、名前で呼んで欲しいと伝えます。

「貴子さん?」

 やっと、名前を呼んでくれました。

「そうです。真子さんの治療を、お兄さんの孔明さんに依頼されました」

 やっと、本題を切り出せます。

「え?治療?無理・・・」

 そう思われてもしょうがありません。
 でも、見たところでは、治療は出来そうです。

「無理ではありません。必要なことは、真子さんの覚悟です」

 必要なことを真子さんに伝えます。
 方法は、あとで説明すればいいのですが、その前に”覚悟”が必要です。100%の成功率ではありません。

「覚悟?何?」

「はい」

 そこで、ライが真子さんの前に移動します。

「スライム?」

 逃げようとしますが、後ろは壁です。

「大丈夫です。ライは、私の家族です」

「家族?」

「そうです。真子さんにとっての孔明さんのような存在です」

「え?」

 私は、スライムの姿に戻ります。
 本来は、スライムなのです。

 真子さんの驚愕が伝わってきます。そして、モモンガの警戒がマックス状態です。真子さんがいなければ襲ってきたことでしょう。今は、私と真子さんの間に入って、威嚇の状態です。

 スライムから女子高校生の姿に戻ります。
 話が出来ないですからね。

 カミングアウトの時間です。

「私は、元人間の魔物(スライム)です。高校生でしたが、いきなり魔物(スライム)になってしまいました。元々家族は居なかったので、哀しんでくれる人も居ませんでした。一人で寝て、一人で起きて、一人で学校に通う普通の高校生でしたが、魔物(スライム)にされて、日常生活も全てが壊れてしまいました」

 真子さんが何を考えているのかわかります。自分よりも、”不幸”な人が居ると認めたくないのでしょう。だから、カミングアウトです。

「え?」

 パニックになっているようです。
 当然です。いきなり、初めて会う人がスライムになって、”元人間”ですと告白しているのです。訳が解らないと思います。その点だけは、謝罪しなければならないのでしょう。

「真子さん。スライムには、いろいろとスキルがあります」

「スキル?」

「スキルはご存じですよね?」

 真子さんは頷いてくれます。

「説明を続けます。特定のスキルを得るのは難しいです。これは知っていますよね?」

 真子さんの部屋には、スキルを得るための本が置かれています。
 最初は、身体を治せるスキルがないか調べたのでしょう。でも、調べれば、調べるほど、絶望する情報しか出てこなかったはずです。私も同じです。ギルドが秘匿しているのか?国が秘匿しているのか?軍が秘匿しているのか?
 スキルに関する情報は、想像以上に少ない現状があります。

「はい。身体を治せるスキルがあれば、お兄ちゃんに頼らなくても、ポーションも見つかっていなくて・・・」

「そうです。誰かが秘密にしているのかわかりません。それは、今は置いておきましょう。私は、魔物(スライム)になってスキルを得ました」

「え?」

「私が、今から話す方法は、100%の保証がありません。いろいろ実験を行っていますが、それでも成功率は95%程度です。残り5%はどうなるかわかりません」

「・・・。治るの?私の身体が?」

「その為に、私とライが来ました」

「本当に?」

「はい。お二人の覚悟が聞きたいです。まずは、方法を説明します。そのうえで、お二人の覚悟を聞かせてください」

「二人?」

「はい。お二人です。ライ。お願い」

「うん!」

 ライが、人間の姿に変ります。
 外に居るライがスライムの姿に戻ります。

 ライがモモンガに近づきます。
 威嚇は続いていますが、ライに敵意がないことが解るのでしょう。徐々に治まってきます。