心に刺さっていた棘が抜けた。
まっすぐに俺を見ていた視線で、里見茜嬢が何かに気が付いたのだと思った。
そして、円香から直球を頭に投げられた。
気持ちが楽になった。
ギルドの情報を流す役割を持っていたからだ。
奴らの語っている”正義”には、どの角度から考えても共感が出来ない。しかし、真子を治すのには・・・。苦渋の選択ではない。俺は疲れてしまっていた。真子を殺して、俺も死ぬ事を考え始めた時に、奴らが俺に声をかけてきた。
最初は、眉唾以上の感想はなかった。
しかし、誘われるままに、奴らの会合に行くうちに、信じては居ないが縋ってみたい気持ちになってしまった。
そこからは、抜け出せない沼に嵌った感じだ。
本当に、重要な情報にはアタッチ出来なかったのは、円香が俺を疑っていたからだろう。
そして、今日の会合だ。
茜嬢が、あのスライムの所に行って素材を貰って来た。どうやらそれだけではないという話だ。奴らには、スライム嬢の話はしていない。話したとしても奴らは信じないだろう。悪い意味で奴らは”常識”を持っている。その常識から外れる事柄は、異端として糾弾するか排除するか・・・。
茜嬢のスキルは気になるが、それ以上に・・・。
「あのぉ・・・。円香さん。孔明さん。孔明さんは、妹さん。真子さんが治る手段を探しているのですよね?もし、私・・・、じゃなくて、ギルドが提供できる情報の中にあるとしたら、どうしますか?それでも、聖賢塾側の人間のままですか?」
意味が解らなかった。
真子が治る?
不可能だ。だから、俺は・・・。
---
私の発言で、円香さんが私を睨みつけています。
孔明さんは、私を可愛そうな子を見るような目で見ています。
「孔明さん!はっきりして下さい!真子さんが治る手段を私が提供できるのだとしたら、どうしますか?」
孔明さんの表情が歪みます。
「まて、茜!」
「いえ、待ちません。孔明さん。はっきり宣言してください」
”お姉ちゃん!”
え?ユグド?
このタイミングでユグドが私に話しかけてきた?
孔明さんを見れば動揺しているのが解る。
”お姉ちゃん。ギアスをかけられるよ?”
ギアス?
”うん。契約。聖樹の枝を埋め込む事で、約束を破ったら、聖樹が一気に成長する”
聖樹が成長?
ユグドの養分になるの?
その前に、私の考えがユグドに筒抜け?
”うん。お姉ちゃん。リンクを切らない状態だから、会話ができるよ?”
その当たり前だという様なレベルじゃないからね?
でも、今は助かった。
契約はわかった。約束は決められるの?
”うん”
そっちに行った時に教えて!
”うん”
「茜嬢」「茜!」
「あっごめんなさい。少し、眷属から連絡が入ったから・・・」
二人の表情が強張ります。
そうか、”遠隔での会話”の話はしていなかった。まぁ今更だよね。今更!
「茜。それは、スキルなのか?」
「あとで、まとめて説明します。今は、孔明さんです。孔明さん。答えてください!」
「茜嬢。俺が、ここで頷いたとして信じるのか?」
孔明さんはやはり筋を大事にしているのでしょう。
そんな事を確認しなくても良いのに、確認してきました。
「私には、解りません。でも、私たちには、仲間がいます。だから、孔明さんの言葉を信じます。それに、私の眷属のスキルを使えば・・・」
二人の顔が強張るのがわかります。
そうでしょう。そうでしょう。私も同じ気持ちです。既に、人間を辞めている可能性は忘れているので、”こいつ”何を言っているみたいな目で見るのは辞めてもらいたい。自覚はしていますが、認めていなければ大丈夫なのです。
「茜。そもそも、欠損を治せるのか?」
「どうでしょう?円香さん。孔明さんの話を聞きましょう。私の話は、孔明さんの覚悟が解ってからだと思いますが?」
円香さんの顔が歪むのが解る。
初めて、円香さんに勝てた気がします。これも、主殿の所でいろいろ見聞きした結果なので、主殿のおかげです。
「孔明!」
「円香。茜嬢。俺には・・・。縋るのなら、茜嬢の情報の方が・・・」
「そうですね。私の垂らしたいとは太いですよ」
「ははは。茜嬢に従う。俺はどうなってもかまわない。真子は、真子と家族を頼む」
心痛な表情を浮かべていますが、別に私は裁こうとか思っていません。
「わかりました。孔明さん。円香さんとバディーを組んでください。円香さん。孔明さんの監視をお願いします」
「は?」「え?」
「だって、私はこれから、凄く忙しくなります。これは確定です。レポートだけでも、数百件では済まない可能性があります。報告を聞いてくれたらわかりますが・・・。本当に、酷いですよ。聞いて後悔する内容が10件くらい。頭を抱える内容が5件ほど・・・。そして、報告した私を殴りたくなることが3件。あとは、聞かなければよかったと思う事が多数です」
ドヤ顔で二人を見ますが、信じてくれているとは思えません。
そうでしょう。ただ、素材を受け取りに行って話を聞いただけだと思っているのでしょう。
「茜」「茜嬢」
二人は可哀そうな子を見るような目で私を見ます。
その顔は忘れません。数時間後に、同じ目で二人を見てあげます。絶対です。
「どうですか?円香さん、孔明さん」
「孔明。二重スパイになるがかまわないか?」
「かまわない。そもそも、アイツらからの情報は、ギルドには必要ないぞ?」
「ある。アイツらの動きを知りたい。属している議員とか、敵対している議員や官僚がわかれば、情報の持っていき方が変るだろう?」
「そうだな。わかった。情報は、円香に流す。それでいいか?」
「茜。どうだ?」
「はい。大丈夫です。まずは、真子さんの復活を考えましょう」
「おいおい。いきなりだな」
呆れる円香さんを無視して、主殿メモを開きます。
主殿が書いたノートでは、報告の体裁が出来ていなかったことや、文字が”女子高校生”していたので、私が書き直した物です。
なので、全部ではありません。全部は無理です。そもそも、検証をしなければならない話が多すぎます。
ポーションの生成は、ギルドの目玉になると思って、報告書に書いてあります。
私の手書きなので恥ずかしいのですが・・・。ワイズマンに入力ができない様に、電子データにはしていません。
報告書の一部を円香さんと孔明さんに見せます。
「・・・」「・・・」
何か言って欲しい。
沈黙は怖いです。
「茜嬢。これは・・・」
「主殿から提供された情報の一部です」
「一部なのか?」
「はい。軽い、雑談で教えられた話です。縁側に座りながら、出されたお茶を飲みながら、”知っていますよね?”という雰囲気で教えられた内容です」
「・・・。おい。円香。・・・。円香!」
「孔明。すまん。茜。簡単に書かれているが、人での検証は?安全性は?」
「していると思いますか?」
「そうだな。最後の所が、問題になるか・・・」
主殿は、可能性の一つとして、”スキルを持っている必要がある”と書かれていました。スキルを得る為には、魔物を倒さなければならない。はずでした。
「あぁ。孔明さん。真子さんは?」
首を横に振る。
当然ですよね。スキルを持つ人は、全体の1%にも満たないはずです。
しかし、安心してください。
別の報告書を取り出します。
「これで、大丈夫だと思います。主殿が言うには、いくつかの方法で、スキルを得る事ができるようです。確実なのは・・・」
安全なのは、私や千明が行った方法です。
もう一つは、主殿も推奨はしないと言っていました。ただ、推奨しない方は、確実性が高い方法です。
私としては、安全を優先したいのですが・・・。
報告書を読んで、孔明さんが私を見ます。
私の考えが解ったのでしょうか?
「茜嬢。安全な方法は、確実では無いのだな」
「はい。可能性を上げる方法は、あります。主殿が行った方法なのですが・・・。私にできるか解らないので、主殿にお願いする必要が出て来るかもしれません」
「わかった。それは試してみてからだな。真子は、モモンガを部屋で飼い始めている」
「懐いていますか?」
「あぁいつも一緒に居る。片時も離れない」
「それなら可能性がありますね」
報告の前に、大きな問題が発生した。
問題の解決策は、報告に関連することだった。
主殿には感謝しなければ・・・。
方向性が決まった。
まずは、ポーションを用意しよう。それから、魔石を持っていってもらう。
ユグドに相談かな?
円香さんと孔明さんが、何かを話している。銀の名前が出ていることから、さっきの話なのだろう。私には解らない。そっちは、円香さんと孔明さんに任せてしまおう。
”ユグド”
”なぁに?”
”ポーションを作りたいのだけど、材料は揃っている?”
”うーん。お水が欲しい。出来れば、綺麗なお水がいい!”
”綺麗な水?”
”うん”
二人を見ると、まだ話をしているけど、報告を終わらせたい。
「円香さん!孔明さん!」
「なんだ?」
「綺麗な水が必要なのですが?」
「綺麗な水?」
「はい。蒸留水とかがいいのでしょうかね?」
「それなら、高純度精製水でいいか?エンチョーに行けば買えると思うぞ?」
「ポーションを作るのに必要なので、買いに行ってきます」
「茜!待て、まずは報告を先にしてくれ、頼む」
「え?そうですね。蒼さんと千明は?」
「そろそろ」
千明から、スマホに連絡が入った。
私の部屋に行ったけど、空いていなかったらしい。当たり前だけど、急いで行くと連絡を入れる。蒼さんも一緒にいるようだ。
円香さんと孔明さんに千明からのメッセージを伝えて、私の部屋に移動する。
ポーションの作成は、説明が終わってからに決まった。
「茜。本当に、大丈夫なのか?」
「大丈夫です。部屋の状態が、報告の1件です。ちなみに”頭を抱えたくなる”レベルです」
「・・・。まぁ、わかった」
部屋の前では、アトスを抱いた千明と蒼さんが待っていた。
蒼さんは、私と円香さんと孔明さんを見て何かを納得した感じがしたので、多分知っていたのでしょう。
玄関を開けて、部屋に案内します。
やっぱり、そうなりますよね?
「あ!お姉ちゃん。おかえり!」
「ただいま、ユグド。椅子とテーブルをお願い」
「うん!」
部屋の中央に、椅子とテーブルが現れます。もちろん、木と草で構成された物です。
円香さんが私を睨みます。
皆も、困惑している表情です。話が進みません。
「聞きたいことは理解しているつもりです。だから、お願いです。座ってください。ユグド。飲み物をお願い」
「うん!」
ユグドが、パタパタと部屋から出てキッチンに移動する。もう何でもありだな。珈琲メーカーの使い方を教えてある。それに、主殿とも繋がっているので、いろいろ知っている。
椅子に座って、テーブルの上に置かれた珈琲を飲んでから、円香さんが私を睨みます。わかりますよ。早く説明をしろと言いたいのでしょう。理解をしています。気持ちもわかります。
少しだけ待ってください。後ろで、クロトとラキシがアトスにいろいろ教えています。クシナとスサノも加わっています。ユグド。お願いですから、声に出して説明をしないでください。皆の視線が怖いです。
お!アトスが、糸が使えたようです。あとは、練習していれば、スキルが芽生えて、千明にもスキルが芽生えるでしょう。
よかった。よかった。
「茜?アトスが、忍者猫になったの?」
「えぇと、まずは、孔明さん。円香さん。買い取りとして預かった物ですが、どうしましょうか?これが、”頭を抱えたくなる件”の2件目と3件目です」
「茜。まずは、物を見せて欲しい」
「いいですよ。ユグド」
「うん!お姉ちゃん」
ユグドが、箱を持ってきた。
一つは、魔石が入っていた物で、半分くらいは、ユグドの本体に与えてしまった。これは、黙っているつもりだ。主殿から、私が貰った物だという判断にしてしまおうと思っています。
「うーん。蒼さん。箱を持って、中に手を入れてみてください」
「茜。中は、空・・・。ん?何か変だぞ?」
「大丈夫です。中に手を入れてください」
「あぁ・・・。お?おい!茜。これは、何だ?」
「何だと言われても、”頭を抱えたくなる報告”の一つです」
「これは、誰でも使えるのか?」
「スキルを持っている人なら使えるだろうと、主殿から言われています」
「茜さんや・・・。え?これよりも、酷い報告があるのか?」
「”酷い”?違いますよ。”すばらしい”です。ただ、どこまで報告するのか?どこまで公表するのか考える必要があるだけです」
「おい。蒼!茜!説明をしろ!」
円香さんは痺れを切らしました。蒼さんが、円香さんにアイテムボックスを渡します。手を入れると、円香さんの顔が変わります。私を睨んでも・・・。そのまま、黙って、孔明さんに渡します。孔明さんも、手を入れてから、首を横に振ります。そして、千明に渡します。千明は、手を入れてから、私を見ます。
「茜。これ・・・」
「うん。主殿は、”アイテムボックス”と呼んでいたよ」
それから質問の嵐です。
私が知っていることを、メモを見ながら答えます。
「茜。これは、どうした?」
「え?主殿に貰いました。荷物が多くて大変だからと・・・。ね。”頭を抱えたく”なるでしょ?この箱は6つですよ?6つ!それも、『”作れる”から持っていってください』ですよ。そして、箱の中に、箱が入るとか言っていましたよ?酷いと思いませんか?」
茜さんと、蒼さんと、孔明さんが、頭を抱えます。
「ねぇ茜。この箱の中身は?」
「主殿が”売却したい”ドロップ品です」
千明が当たり前のことを聞いてきます。
話の流れから、それ以外は無いでしょう?
「取り出しは・・・。出来た!」
千明が、箱からオーガの・・・。多分上位種のオーガの角を取り出しました。
大きさは、30cmくらいでしょうか?それが、たしか8本。箱の大きさを余裕で越えます。
「え?大きい!ねぇ茜。これってブルーオーガの角らしいけど、上位種?の角が8本もあるの?孔明さん!買い取り金額は?」
孔明さんが、首を横に振ります。
私の言っていた意味が解ってくれたようです。
凄く嬉しいです。”ざまぁ”です。私、一人に押し付けたのですから、これからは、皆で分かち合いましょう。
「茜。本当に、これは”買い取り”なのか?」
「はい。主殿からは、ギルドに預けるので、売れた場合の売却金額を下さいと言われました」
「受諾販売か?」
「はい。ギルドが預かって、売る形です。あっ!アイテムボックスの一つは、私が貰った物ですから、売りませんよ!」
「そうか・・・。孔明!」
「無理だ。売れるわけがない。買い取りも・・・。少しだけなら可能だろうけど、無理だな。これだけの物が出たら、市場が荒れる。ギルドが戦場になるぞ。それに、このアイテムボックス。一つでも、数億でも安いぞ。自衛隊なら喜んで買うぞ。20億くらいなら、5つ全部欲しいと言い出す。そして、資金力がある犯罪組織なら数百億、数千億の値段を付けるぞ」
「え?そんなに?」
「当然だ。まず、この箱の仕組みはわからないが、密輸に使えるだろう?X線とか無意味だろう?重さも無視している。そうなると、金塊の密輸やそれこそ武器が持ち込めない場所への持ち込みも可能だ」
皆が黙ってしまいます。
孔明さんの指摘はもっともだし、私も考えました。しかし、無意味なのです。
「孔明さん。千明。確かに、アイテムボックスは価値があるけど、売れませんよ?」
「え?なぜだ?」
「これには設定されていませんが、利用者設定が可能です。それに、スキルを持っていれば、解ってしまいます。あと、今のところ、作れるのは主殿だけです。多分」
皆が黙って、アイテムボックスを見つめます。
わかります。欲しいですよね。一人に一つずつあります。
「買い取りですが、不可能だとは伝えてあります。あと、主殿の家には、蔵があって、まだ沢山、アイテムが転がっていました」
「それは・・・」
「本当です。5つのアイテムボックスに入っている物は、一部です。全体の2割にも満たないと思います。大物もありました」
「大物?」
「はい。確認はしませんでしたが、高さ3メートル級の全身骨格です」
はい。また黙ってしまいました。
また、二つの報告しか終わっていません。
今日中に終わるのか不安になってきました。
話を聞いて後悔する件を先にすれば良かったのかもしれません。
「孔明!」
「なんだ?」
「受託販売は可能か?」
円香さんの目つきが厳しいです。
あの組織を使うのですね。確かに、このアイテム類なら、孔明さんが裏切ったとは思わないでしょう。横流しをしていると思うはずです。
「ん?あぁ可能だ」
孔明さんも、円香さんの狙いがわかったのでしょう。
「目玉は、オーガの角にして、ウルフ系やゴブリン系の素材を受諾販売に踏み切ろう。魔石はどうする?」
それは、天使湖に居たことが把握できている魔物たちです。そういうことですか・・・。
円香さんが、私に聞いてきます。
魔石は、今までなら使い道が有るので、取っておくべきでしたが・・・。
「売りましょう。スキルが付与されていない物ですし、ギルドが持っていても意味がありません」
皆が不思議そうな表情をします。
当然ですよね。魔石で、スキルが付与された魔石の回数が復活します。他にも、使い方があるのは解っているのです。
ふふふ。
次の報告は・・・。
「売りましょう。スキルが付与されていない物ですし、ギルドが持っていても意味がありません」
「茜。いいのか?魔石は、鑑定石で使うのではないのか?」
「そうですね。他にも、いろいろ使い道があるのは解っています。でも、アイテムボックスの中にあるものは売っても大丈夫です。数が多いので、全部売れるのか・・・。そちらの方が心配です」
「茜嬢。魔石は、有ればあるだけ売れる。売ってしまっていいのなら、日本国内だけではなく、海外にも欲しがる者は多い。でも、いいのか?残さなくて?」
「大丈夫です」
私は、両手をテーブルの上に置きます。
数回しか練習をしていませんが、できるはずです。私は、”やればできる子”なのです。
ほら、出来た!
手から、”コロン”と小さな魔石がテーブルに転がります。
よかった。よかった。無事に成功した。
「あ、あか、茜!な、な、何をした。お前は、い、いつから、手品が得意になった!」
蒼さんが動揺しています。それが欲しかった反応です。円香さんも、孔明さんも、怖いです。睨まないで欲しい。二人に反応してしまっている。クシナとスサノが怖いです。スキルの発動はしないように言っていますが、怖いです。
「ははは。そうですね。主殿の所で、魔石を産み出す手品を教えてもらいました」
冗談にしてしまおうかと思ったのですがダメですよね。
解っています。
「茜!」
円香さんが、テーブルを叩きます。
「魔石は、スキル持ちなら作ることが出来ます。ただ、コツが必要なので、簡単には出来ないと思います」
「え?」
ほら、”私を殴りたい”という表情になった。
「すまん。茜嬢。聞き直しで悪いが、今、”スキル持ちなら作れる”と聞こえたが?」
「はい。そういいました。主殿は、”私以外では試したことがない”と言っています。でも、スキルを持っていれば、できるというのは正しいと思います」
「そうか・・・。俺にもできるのか?」
「そうですね。まずは・・・」
私は、千明を見ます。
「え?私?」
「うん。千明。私の手を持って?」
「え?あっ。うん」
手を交差するようにして、手を繋ぎます。
そこから、主殿がしてくれたように、魔力を循環させます。千明の魔力は、主殿と違っています。でも、動けば大丈夫です。
「え?え?え?茜。なんか、動いているよ。気持ち悪い」
魔力を動かすなんて情報は、ワイズマンも持っていません。
でも、魔力を身体の中を循環させることは出来るのです。血液とは違うし、なんの物質なのか解りません。
でも、確かに存在はしているのです。
不思議な感覚です。
目に見えない。
匂いもしない。
触ることも出来ない。
でも、存在はしている。
そんな物質の様なのです。
「少しだけ、我慢して、動いている感覚を覚えて」
この感覚を掴むまでが難しいのです。
ふふふ。
これが出来れば、ほらアトスも千明を見ています。多分、アトスなら解るのでしょう。
糸を出しています。
魔力の放出ができています。
あの魔力の糸を調べれば、どんな部室なのか解るのでしょうか?
楽しみです。
そもそも、魔石を調べているのに、いまだに物質の特定ができないのが不思議でしたが、自分で魔石を産み出せるようになって解ってしまいました。
魔力や魔石は、私たちが知っている科学の埒外にあるのでしょう。
「うん」
「いくよ!」
一気に魔力を流し込む。
そうしたら、両手に異物が出来るのが把握できる。
「え?」
両手に魔石ができる。
「ほら、千明。今度は一人でやってみて!」
次の報告の為に、魔石があと一つ必要だ。
千明は素直に手を握って集中する。1分くらいの集中で、小さく「できちゃった」と呟いた。
「ね」
「”ね”じゃない!茜!これが、どれほどの事なのか解っているのか!」
「円香さん。座ってください。これが、”私を殴りたくなる”報告の一つです、ね。殴りたくなるでしょ?」
「なにを・・・。ふぅ・・・。それで?」
「それで?」
「この技術は公開していいのか?」
「あぁ主殿の思惑ですか?」
「そうだ」
「なにも・・・」
「え?」
「この程度の事は、『ギルドでは知っていますよね?』という雰囲気で雑談の中で出てきた話です。公開も何も、既知の情報だと思われています」
「はぁ?」
「あぁ次の報告をしますね」
「まて、まて、茜!」
「いえ、待ちません。魔石関連は、まとめて報告します」
テーブルの上に転がっている4つの魔石を集めます。
極小の魔石で、スライムの魔石程度の大きさです。
四つを手で覆います。
一つになるように念じます。
一つになった小さな魔石がテーブルに転がります。
上手くできた。
「ユグド」
「小を3つでいい?」
「うん」
ユグドが、小さな魔石を3つテーブルの上に出します。
もちろん、ユグドは動いていません。正確には、動いているのですが、テーブルが盛り上がって、魔石が産まれたように見えます。
同じように、魔石小を4つ持って、一つにします。
「ユグド?スキルがついている?」
「うん。あっ、ない方が良かった?それなら、こっち」
新しく、3つの魔石が出てきます。
先に出てきた魔石から、新しい魔石に切り替えます。これなら大丈夫だ。
大きめの魔石ができる。
オークの魔石くらいの大きさで、100万くらいの価値があるらしい。
皆の視線が魔石に注がれる。
「茜。お前、人間を辞めたのか?」
「円香さん。酷いですよ。人間ですよ。これも、スキルを持っていれば誰でもできる事ですよ。多分」
また、質問攻めです。
でも、まだ報告の続きです。
「ちょっと待ってください。この大きめの魔石ですが・・・。魔力を流しながら、形が変えられます。主殿は器用に指輪を作っていました。私は、まだ丸にすることしかできません」
「指輪?」
「はい」
「それは、スキルがついていてもできるのか?」
「出来ます。本命は、そちらですね」
円香さんが、大きく息を吐き出します。
わかります。聞かなければよかったと思っていることでしょう。この技術の取り扱いだけでも、かなりの爆弾です。でも、”まだまだ”です。まだ、序盤です。
「茜嬢。ちなみに、これは?」
「え?もちろん、知っていますよね?レベルです。聞いて後悔してください。取り扱いは、ギルドに一任されています」
ふふふ。
その顔が見たかった。
「俺は、疲れた。あとは、孔明と円香に任せていいか?」
「え?蒼さん。疲れたのですか?甘い物でも舐めますか?」
「ん?甘い物があるのか?」
「ありますよ。ユグド、出してあげて、クラッカーがあったから、一緒にだして」
「うん!」
ユグドが、パタパタと部屋から出ていく、別にキッチンに行く必要はないけど、キッチンに行くようです。
「茜。あの子は?いったい?」
「あぁ後で説明します。部屋の様子にも関係することで、本当に、本当に、本当に、聞いたことを後悔して、頭を抱えて、私を殴りたくなります。だから、最後に報告をおこないたいと思っています」
「はぁ・・・。わかった」
円香さんが納得してくれました。
丁度、ユグドが戻ってきました。
人数分の紅茶も持ってきました。
確かに、あの蜂蜜を使うのなら、紅茶がいいかもしれない。
クラッカーも持ってきてくれています。
皆の前に、新しく入れた紅茶と蜂蜜とクラッカーが置かれます。
「茜嬢。これは?」
「蜂蜜です。紅茶に入れてもいいですし、クラッカーに付けても美味しいと思います」
孔明さんが、小指に蜂蜜をつけて舐めます。
目を見開きます。わかります。美味しいですよね。
孔明さんの様子を見て、皆が舐めます。
「茜嬢。これは?なんだ?」
「なんだと言われても、主殿が売りたいと言ってきた”蜂蜜”です。審査を受けていないので、解らないのですが、食用です。それに、数値的な事はわかりませんが、魔力が回復します」
「茜。この蜂蜜は売るのか?」
「売れたら、売りたいと言っています。主殿の中では、この蜂蜜くらいしか売り物にならないと思っている様子でした。あっ!定期的に売れると思います」
「はぁ?」
「ミツバチ?の魔物が居て、蜂蜜を集めていました」
ほら、ほら、その顔です。
まだまだ続きますよ。
まだ、序の口です。
「茜。主殿には、他にも魔物がいるのか?」
「それは、後にしましょう。先に、蜂蜜の話をしましょう。美味しいですよね?ギルドで買い取りますか?全部で、100瓶くらいあります。1キロくらいの瓶が100本です」
「茜嬢。これも、受諾販売でいいのか?」
「はい」
「蜂蜜の成分は解っているのか?」
「わかりません。ただ、ミツバチが一生懸命に、いろいろな花から蜜を集めていました。それこそ、ブドウみたいな果実やスミレみたいな花とか、あぁロウバイの花も咲いていました。リンゴも桃も柿も、イチゴもありましたよ」
「ちょっとまって!それは、ハウスがあるの?でも、ハウス栽培は・・・」
「そう思います?」
「・・・」
円香さんが黙ってしまいました。
そうですよね。今までの流れから、ハウスのはずがありません。
スマホで一枚の写真を表示して、皆に見てもらいます。
「主殿の家の・・・。裏庭です」
多分、極楽浄土というのは、こういう風景なのでしょう。果実がなっている横の木では、花が咲いています。夏の花の横で、季節感を無視したように冬の花が咲いています。素晴らしい風景です。合成を疑われても”そうですね”としか言えない。実際に見た私が信じられない気持ちだったのです。
絶句しています。
さらに水槽を撮影した動画を見せます。
「茜。茜。茜」
千明が壊れました。
私の名前を呼んでいます。アトスを呼んで、千明の膝の上に置きます。少しは落ち着いて欲しいです。
「ふぅ・・・。茜嬢。真実だとして、育て方は?」
「教えてもらいました。魔石を使います。魔石を漬けた水を撒くのと、魔石を木々に融合させるようです。融合の方法も教えてもらったのですが、まだ実践をしていないので、できるのか解りません。イチゴとかは、土に砕いた魔石を混ぜるといいようです」
「実験は・・・」
孔明さんが写真を見なおします。
必要があるとは思えません。
「検証は必要だと思います」
「そうだな。円香?これは、ギルドで検証をして、ギルドとして発表してもいいと思うが?」
「そうだな。茜。主殿は、何か言っていたか?」
「”知っていますよね”って感じです」
「わかった。ギルドが検証をして発表を考えよう。その時に、特許として主殿のギルドカードでギルド特許として申請をしよう」
「はい。それがいいと思います」
「茜。これで報告は終わりか?それなら・・・」
「え?まだ、半分も終わっていません。残りは、後悔する話が6件。頭を抱えたくなる話が3件。殴りたくなる話が2件あります。まずは、私が公開した方がいいと思う話から報告します」
「・・・。頼む」
円香さんは、どこか諦めた表情で、一言だけ告げて、蜂蜜を入れた紅茶を飲みました。
美味しいですよね。この蜂蜜は・・・。安心できる味です。
「わかりました。ユグド」
「うん!」
ユグドに、水見式と海底火山の話を簡単にまとめた資料を配ってもらいます。
公開した方がいいのが、たったの2件です。残りは9件。本当に、今日中に終わるのでしょうか?
基本属性は、「強化・助勢・放出・変異・特異」の5つに分類していた。
|強化→自らを強化する系統
|助勢→仲間を強化する系統(弱体もできるらしい。強化を剥がすこともできるらしい)
|放出→補助属性を付与して放出する系統
|変異→物質を変える系統
|特異→固有で取得するスキル
円香さんの表情が変わります。
多分、最後に書かれていた、”魔物を倒しても、スキルを得られる場合と、得られない場合がある部分”なのでしょう。主殿は検証が必要だとは言っていましたが、法則としては納得ができる内容です。
「茜。これは?」
「主殿の実験と考察した結果です。この属性に、私たちが呼んでいる、土や風や火や水が乗るようです」
「茜嬢。この情報は、公開していいのか?」
「はい。主殿は、自分が知っている程度の情報なので、皆が知っていると思っているようです」
「情報の対価は?」
「それも聞いています。最後でいいですか?」
「わかった。茜嬢の言い方では、金銭ではないのだな?」
「・・・。はい」
皆が黙ってしまいました。
金銭で払えるわけがないのです。公開していいのかも解りません。スキルの考え方もですが、スキルの取得方法が解る可能性があるのです。検証は必要だと言っていますが、多分間違ってはいないのでしょう。
「ねぇ茜。この海底火山の話は?」
「憶測だよ。でも、海に魔物が居ないとは誰が決めたの?それに・・・。理屈としては、合っているでしょ?」
「うん」
千明は、アトスを撫でながら認めてくれました。
「孔明。円香。この情報は、国際的に検証を始めれば・・・」
「そうだな」
円香さんが私を見ます。
何を言いたいのかわかるので頷きます。報酬の話だと思います。
気が付いている人はいると思うので、ギルドでワイズマンに聞けば終了になるかもしれません。知らなければ、ワイズマンが世界中のギルドに検証を依頼するでしょう。
「そうか・・・。確かに、海底火山は盲点だったな」
蒼さんの呟きが部屋に木霊します。
これだけの話ですが、大きな情報です。
海が安全だとは誰が決めたのか解りません。
円香さんが厳しい表情をしているので、もう一つの危険性に思い至ったのでしょう。魔物が、海底で生まれて・・・。
「茜。魔物は、呼吸をするよな?」
「わかりません。でも、呼吸は必要な生命活動でしょう」
「そうだな。呼吸が出来ない魔物は死ぬのか?」
「多分」
「その時には、ドロップ品はどうなる?」
「わかりません」
「もし、討伐と同等の現象になって、ドロップ品が魔石だった場合には、海の生物が魔石を飲み込んだら?」
「そうですね。可能性の問題ですが、魔物になると思います。かなり、高い可能性で・・・」
「そうだよな・・・」
海底には魔物の楽園が出来ている可能性があります。
「ねぇ茜。そろそろ、アトスが出していた糸を説明してくれる?」
「え?あっ。アトスに聞けば教えてくれるよ?ね。アトス?」
”みゃみゃぁぁっみにゃ”
「え?本当?嘘?私も?」
「千明。どうした?」
円香さんが、私ではなく、千明に質問をします。
よかった。よかった。魔力の放出は、千明に説明をしてもらおう。
千明が私を睨んできましたが、知らないふりをします。
多分、千明にもスキルが芽生えたのでしょう。これで、一安心です。千明も無事に、人間を辞め始めています。魔石を作らせたのが良かったのでしょう。
「茜!」「あかねぇぇ」
円香さんと千明です。
説明が出来なかったようです。
「簡単に言えば、眷属が目覚めたスキルは、主にも反映されます。あっ取得が可能な場合という条件がつきます」
「え?」
「あと、眷属が持っている魔力も主は使えるから、魔力が増えていると思うよ?」
「は?」
「糸は、魔力で出来ているから、”スキルを持っていれば、誰でもできる”とも言われました」
意味が解らないという雰囲気です。
私も同じ感じなのです。
「どういうことだ?」
「解りません。主殿は、”こういう”物として、ギルドでは把握していると思っているようでした」
「わかった。蒼。検証を任せていいか?」
「俺に、人間を辞めろというのか?」
「大丈夫だ。千明がサポートだ。いいな」
二人は、お互いを見てから頷いた。
まぁそういう事なのです。
「そうだ。それなら、丁度良かった!スキルの融合を試してください」
「は?融合?」
「はい。簡単に試しますね。クシナ。スサノ」
揃って、私の肩に乗ります。モフモフです。気持ちがいいです。
”クフォ!”
”クォクォ”
「うん。お願い。弱くていいよ」
クシナとスサノがスキルを発動します。わかりやすい。火と風です。ユグドを見ると、少しだけ嫌そうな顔をしています。許して欲しいです。
「これが、スキルの融合です」
「・・・」「・・・?」「はぁ?」「・・・。あのな」
不思議な反応です。
意味がわかりません。
「説明は?何をしたの?意味がわからない?」
千明が叫びます。
私も叫びたかったのですが・・・。
しょうがないので、スキルの融合を説明します。
「それは・・・」
孔明さんが呟きます。
検証が難しいのはわかります。公開してもいいとは思いますが、難しいでしょう。組み合わせが多すぎます。それに、他人にスキルを教える行為は、タブーと思われています。
難しい事や考えても無駄な物に何時までも関わっていても時間の無駄です。
次に行きます。次の報告です。
今日中に終わればいな。
主殿の正体と、ライの身元調査は、報酬に関わってくるので、最後にしましょう。
部屋の様子は、聖樹・・・。ユグドに関わってくるので、後回しです。
主殿の正体に関わることで、主殿の戦力ですが、これも最後に回しましょう。
魔石へのスキル付与とポーションの説明が先でしょう。
その前に、休憩ですね。
私も疲れました。
皆はもっと疲れていると思います。
「円香さん。一度、休憩にしませんか?」
「あぁそうだな」
円香さんは、周りを見て休憩を決めました。
休憩と言っても、情報の精査を行う時間が必要なのでしょう。身体の休憩ではなくて、気分と頭の休憩です。
円香さんは、冷めきった蜂蜜入りの紅茶を飲み干しました。
千明は、蜂蜜を塗ったクラッカーを口に入れます。そのあとで、紅茶を飲み干しました。
「茜。まだあるの?これ以上に?」
千明が私を非難するような目つきで見ながら聞いてきました。
「うん。楽しみにしていて、きっと、聞いて後悔すると思うよ?」
「聞かないという選択肢は?」
聞かないのはお勧めしません。
聞いておいた方がいいでしょう。そうしないと、千明はアトスから聞かされることになるでしょう。その時に、慌てても手遅れです。
「でも、聞かないでいると、もっと後悔すると思うよ?」
「・・・。はぁわかった。それで、休憩は?」
「うーん。あっ!」
ライから連絡が入りました。
話したいことがあるようです。
「どうした?茜?」
円香さんが慌てます。
私も慌てました。
「お姉ちゃん。ライから連絡が来たけどどうする?」
ユグドが暴露してくれました。
でも、休憩なので丁度いいです。
「うん。私にも、連絡がきた。ユグド。ライの用事を聞いておいてくれる?」
ユグドは、部屋から出て、ライから用事を聞いてくれるようです。
ライとユグドの話は、私にも流れてきます。
そういうことですか・・・。
少しだけ考えた方がいいかもしれません。センシティブな内容を含んでいます。
「わかった!」
休憩時間は、30分と決まった。
蒼さんと千明は、スキルの合成と魔石を作り出す方法の練習をしている。
円香さんは、私の資料をブツブツいいながら読み込んでいる。
孔明さんも、同じように読み込んでいるけど、円香さんと違って、何かを書き込んでいる。あと、アイテムボックスを一つ一つ確認をしている。受託販売が可能なアイテムの確認をしてくれているのだろう。
横流しに見えるようにしなければならない。
そして、円香さんのいい笑顔から見れば、横流ししたアイテムや素材がギルドから大量に売りに出されたらどうなるのか?
円香さんと孔明さんならやりかねない。
さて、私は・・・。
ユグドが戻ってきました。話の内容は解っていますが、円香さんに聞かせる意味があるので、声に出して聞きます。
「ライからの連絡は?」
「うん。なんか、さっきの話で確認をしたいみたい?」
”さっきの話”で、円香さんが私を見ます。
「確認?ライが?あっ。主殿が、何か確認をしたいの?」
そこで、次のヒントを出します。
ライからの質問ではなく、主殿からの確認なのです。円香さんも解ったのでしょう。私を見てから、孔明さんを見ます。
「うん」
「どんな確認?」
「うーん」
皆の前で聞いてはダメなのは解っています。
ユグドも解っているので、言葉を濁してくれます。
ユグドが、孔明さんを見る。
予定調和ですが、必要な事です。
「孔明さん。手伝ってください」
孔明さんも解っているのでしょう。
既に、私を見ています。
理由は、何でもいいのです。
「ん?何を?」
「カップを片づけます。あと、何か摘まむ物を用意します。休憩にはお菓子が必要だと思うのです」
部屋から孔明さんを連れ出します。
ユグドもついてきます。円香さんは、何か察したのでしょう。さりげなく、蒼さんと千明に話しかけて、視線を逸らしてくれました。
廊下に出れば、中から声は聞こえません。
これも、後で説明する案件です。
「茜嬢?」
廊下に出て、すぐに立ち止まったので、不審に思ったのでしょう。廊下に出ただけなら、中まで聞こえてしまいます。廊下に出た意味が殆どありません。不審に思っても、孔明さんは言葉を飲み込むしかありません。
「孔明さん。真子さんのことで、質問です」
すぐに本題を切り出します。
「あぁ何でも聞いてくれ」
孔明さんも隠し立てするつもりは無いようです。
部屋を見てから、大丈夫だと言ってくれます。
「ありがとうございます」
「真子さんは、右足が膝から下が欠損。左足は、足首から先が動かない。腕は傷跡があるけど、怪我は治った。指が欠損と聞きましたが、具体的には?」
最初に、ギルドで聞いた話を繰り返します。
主殿が聞きたいのは、傷の規模と欠損の規模です。
詳しい状況を知りたい様なのです。
「指は、左手の中指と薬指と小指が全損。人差し指が第一関節から先が欠損。親指は動くが、痛いと言っているから、腕の怪我が影響しているかもしれない。あと、顔と肩にも傷がある」
それは・・・。
確かに、死んでしまいたくなる。
高校生の時という話だけど・・・。
「わかりました。ユグド。これだけ?」
ユグドが、ライ・・・。主殿との話を続けます。
何を気にしているのかわからないけど、必要なことなのでしょう。
「あと、いつの怪我?」
「”いつ”?」
「えぇーと、何年前?」
「あぁ4年前だ。正確には、3年と10ヶ月前だ」
4年前?
そうなると、真子さんは成人している?
うーん。秘密を知ってしまうのですよね?
ギルドの職員になれないかな?
「ありがとう。お姉ちゃん。ライがいうには、ポーションでは、全部を治すのは難しいみたい」
「え?」
孔明さんの表情が絶望に染まる。
これしか残されていないと思っていた”糸”が切れたのだ。
「でも、スキルを使えば、治る可能性があるみたい」
「え?スキル?」
「うん」
「ユグド殿。そのスキルは?取得は?誰が?」
「ちょっと待って、お姉ちゃん!?」
「孔明さん。少しだけ。本当に、少しだけ落ち着いてください。今更、情報を隠したいしません」
「・・・。すまない。興奮してしまった」
「あのね。説明が難しいから、こっちに来たいらしいけど、いい?」
「ライが?」
「うん」
孔明さんが頷いている。
孔明さんは、すぐに来て欲しいと思うでしょう。それに、私もライが来てくれれば、これから説明をする部分では楽ができる可能性が高い。他に、爆弾がなければいいな。無理だろうな。ライだけで来るとは思えない。
「ねぇユグド。主殿も来るの?」
「うん。ライだけでは難しいらしいよ」
「わかった。私の部屋に来るように言って、案内は?」
「大丈夫みたい。キングとクイーンが来るみたい」
「わかった。ベランダに誘導して」
「うん」
ユグドが、リビングに向って、ベランダに出た。
誘導はこれで大丈夫。部屋から、クシナとスサノも来たので、大丈夫だろう。
「茜嬢?」
「聞いていたら解ると思いますが、主殿とライが来ます」
「それは、わかったが、キングとクイーンとは?」
「あぁ種類はわかりませんが、タカです」
「もしかして・・・」
「はい。主殿の家族です。わかりやすい繋がりを言えば、眷属ですね」
「あとで、詳しく教えてくれるのだよな?」
「はい。でも、私も全部を聞いたわけではないので、私が聞いた範囲ですよ」
「そうか・・・。聞いた範囲か・・・」
孔明さんが、遠くを見ています。
私も、多分、主殿の家で同じような表情をしたのでしょう。
一端、部屋に戻ることにしました。
休憩時間中に、主殿とライが到着したら、待っていてもらいましょう。
「ユグド。お願い」
「うん。わかった!」
主殿も準備があるようで、2時間くらい後だとライから伝言が入った。
十分だとは思わないけど、十分な時間です。
部屋に、私が隠し持っていたお菓子を持って戻りました。
蜂蜜はなしです。普通の飲み物です。
今回は、お茶にしました。日本茶です。掛川のお茶農家から買った美味しいお茶です。湯山のお茶も捨てがたいのですが、今日は掛川のお茶です。
お菓子には、お茶です。異論は認めますが、私の信念は変わりません。
部屋に戻った私は、円香さんに捕まりました。
「茜!?」
「はい?」
「廊下の音が聞こえない。どういうことだ?」
盗み聞き対策です。とは、答えにくい状況です。
千明も円香さんも同じような作りの部屋に住んでいます。
廊下を歩く音が聞こえるのは知っているのでしょう。
「あぁそれも、後で説明します。ギルドで言った、この部屋は”クリアです”に繋がります」
「そうか・・・。わかった」
円香さんが引いてくれました。
諦めたという雰囲気ですが、今はそれで十分です。
多分、全部の話が終わった頃に、主殿とライから追加の爆弾が投下されます。
ほぼ、確定している未来です。
休憩時間は、短縮されました。
「はぁ・・・」
「茜嬢?」
「大丈夫です。蒼さんも、千明も大丈夫?疲れていない?」
「大丈夫だ」「大丈夫。アトスから、いろいろ教えてもらったよ。聞きたくなかったけど、聞いちゃったから・・・」
”みゃぁみゃぁ”
うん。可愛い。
アトスが、褒めて欲しそうにしている。
千明が諦めの表情で、アトスを褒めている。
私の足下にも、クロトとラキシが寄ってきます。
ユグドとクシナとスサノが、ベランダで日向ぼっこをしながら主殿とライが来るのを待っています。二時間前なので、部屋で待っていてもいいとは思いますが、ベランダで待っているようです。ユグドも日光浴が必要なのでしょうか?
まず、蒼さんから、魔石の生成ができたと報告がありました。
これで、スキルを持っていれば、魔石の生成ができる事が判明しました。合成は、まだ出来ていないようです。スキルの融合もまだです。あと、水見式は成功したようです。水見式は、公開してもよいという方向ですが、スキルを持っていない人ができるか不明な状況では、意味があまりあるとは思えません。この辺りの調整は、円香さんと孔明さんが行うようです。
さて、他にも、受諾販売ですが、円香さんからOKが出ました。これも、最終的には、孔明さんが担当するようです。
同時に、オークションを開くようです。こちらは、千明の仕事です。
うんうん。私の手から離れるのなら、どんな方法でも歓迎です。
海底火山は、ワイズマンに問い合わせることになりました。
主殿からの確認という感じです。カードでの問い合わせで、カードの情報以降は手繰れない状況にするようです。日本支部が特別に発行しているギルドカードで、情報は秘匿されています。
これは、ギルド支部に認められた特権です。
国によっては、国の重要人物がスキルを得て、ギルドに登録することがあります。あとは、特別なスキルを取得している人を、他国に引き抜かれないようにするための処置とされています。
住所や氏名などが、登録されてしまうと、国益を損なう可能性がある為に、秘匿情報として登録されるのです。アメリカなどでは、軍に所属している者たちの情報は秘匿情報になっています。ヨーロッパ各国でも多くは秘匿登録です。
日本は、今まで秘匿登録になっている人は少ない状況です。
国として指示がない状況で、自衛隊の隊員の登録は非推奨となっていました。
秘匿登録からの問い合わせです。目立つのは目立つのですが、主殿を隠す為には必要な事です。
さて、休憩時間に決まった事を、皆が報告してくれます。
私は、本来の業務である。議事録を作成します。
これは、公開しても良い情報だけに留めます。
さて、残念なことに皆からの追加での報告が終わってしまいました。
どこから、話をしましょうか?
「円香さん。孔明さん。主殿からの要求は、金銭以外に、二つです」
「二つ?」
「はい。金銭は、それほど必要とはしていない様子でした」
「茜の感想か?」
「はい」
「そうか・・・。情報に対する対価が欲しいと言うことだな」
「そうです。二つの情報が欲しいそうです」
「それは?」
用意していた資料を円香さんに見せます。
「茜?」
「女性は、主殿の本名です。そして、通っていた高校です。遠い親戚は探せばいるらしいのですが、交流が無いので、家族は眷属だけだと言っていました」
「そうか・・。それで?」
私もそうですが、皆それぞれに事情を抱えています。
その為に、主殿の境遇には思うところがあるようです。
「主殿は、”スライム”にされてしまった高校生です。誰がやったのか解らないそうです。ただ、呼び出されたのが学校なので、学校の関係者の可能性が高いと考えているようです。そのうえで、その後も不思議な現象が続いたので、スキルを得た誰かが、スライムを大量発生しているのではないかと考えているようです」
「え?」「それで、あの時に・・・」
「はい。主殿は、自分をスライムにした人を探しています」
「・・・。復讐か?」
「わかりません。そもそも、人にスキルを使って、魔物にするような・・・」「茜!それ以上はダメだ!」
「はい。解っています。主殿が欲しいのは、スライムや魔物の大量発生情報です」
「それは・・・」
「円香さん。考えても無駄ですよ。私たちが教えなくても・・・」
「そうだな。確かに、俺たちが見つけない限りは、ネットに情報が拡散される。それなら、俺たちが主殿に流した方が、俺たちを信頼してくれるきっかけになる」
「私も、孔明さんと同じことを考えました」
「わかった。孔明と茜が、”是”とするのなら、問題はないだろう。蒼も千明もいいよな?」
円香さんの呼びかけに、蒼さんも千明も首を縦に振った。
大きな関門を突破しました。
「もう一つは、ライの身元調査です」
「え?」「スライムなのだろう?」
そういえば、子供の姿になったライを見ていなかった。
「それは、2時間くらい後に説明しますが、ライは元人間です」
「え?でも、身元調査は?」
千明が混乱しています。
「ごめん。千明。言い方が悪かった。ライは、スライムだけど、人の姿も持っている。その人が誰なのか解っていない」
「え?でも・・・」
うん。そう思うよね。私も、そう思った。
「ライは、スライムになってしまった昆虫や動物や魚の集合体みたいなの。あっ詳しくは聞いていないし、私には答えられないから質問はしないでください」
多分、ライを構成しているスライムは、主殿をスライムにした奴がやっているのだろう。
ここ数か月の間に、学校の池にいた魚が全部”いなくなっていた”ことや、スライムが発生するといった事件が発生している。
全部が、同じ犯人だとは思われていなかったけど、同一犯の可能性が出てきた。
そして、黙っていたけど、千明が前の会社を辞めるきっかけになったスライムを街中で見かけたという話も、時期から考えると、ライに合流しようとしていたスライムの可能性が出てきている。
目的がわからない限り、主殿をスライムにして、ライを作り出した人物は、今後もスキルを使って、スライムを作り出すのでしょう。
スライムに留まっていればいいのですが・・・。
「わかった。それで?」
円香さんが、話を戻してくれました。
「どうやら、主殿をスライムにした奴が行っているみたい」
「・・・。そうか、それで、女王蟻のスライムを・・・」
あの時には、クロトとラキシとアトスでいろいろ吹き飛んだけど、元々はスライムの大量発生が原因だった。
円香さんも気が付いているのでしょう。
あの公園は、主殿が通っていた高校の近くです。
「うん。それは副次的なことで、メインは、ライが吸収した白骨死体が有ったらしくて・・・」
「え?」
「主殿がいうには、多分4-50年以上前の子供の白骨死体だったらしい。吸収した場所はわからないらしいけど、静岡と山梨の県境辺りらしい」
「それは・・・。なんというか・・・」
「姉弟の子供だったみたいで・・・。その姉弟を探して欲しいみたい。解らなければ、解らないで、大丈夫だとは言っていたけど、気になるみたいなのです」
「わかった。ライ殿の姿がわかれば、探すことは可能だろう。蒼。頼めるか?」
「わかった。警察関係に当たって大丈夫だよな?」
「どうだ?」
「うーん。解らないけど、大丈夫だと思う」
主殿には、後で聞いてみればいいよね?
ダメなら、条件を聞き出せばいい。警察資料とか古い新聞を探すしか方法が無いのだから、しょうがないよね?
「茜。いろいろ聞いたが、そろそろ、この部屋の説明をお願いできるか?」
そうですよね。
うん。解っています。
「茜。いろいろ聞いたが、そろそろ、この部屋の説明をお願いできるか?」
解っています。
そんなに睨まないで欲しいです。
あぁ・・・。
”ユグド。クシナとスサノを連れて部屋に来て、すぐに終わるから、15分くらい時間を頂戴”
”うん。わかった!”
「少しだけ待ってください。あっ」
ユグドがドアを開けて部屋に入ってきました。
「ユグド。本体を、見せて大丈夫?」
「うん。平気!もう、僕が本体の役割を持っているよ?」
それなら良かった。
かき分けたら、女の子が寝ていたらショックだ。
「先に、クシナとスサノの説明をしますね」
クシナとスサノが、テーブルの上に降り立つ。
主殿から聞いた話を、説明として皆に伝える。
「そうなると、この二匹も茜嬢の眷属なのか?」
「そうなります」
「そうか、これが言っていた可能性か・・・」
孔明さんは、真子さんにスキルを取らせる方法が解ったようです。
主殿が仲介をしてくれたので、名前を考えて、名前を付けることで、眷属になったのですが、最初から絆が存在していれば、簡単なはずです。ペットが魔物になってくれたら、スキルの共有が出来ます。
でも、主殿の様子からもっと違う方法を考えているようです。
「それで、茜。この二体は何ができる?」
「うーん。難しいです。いろいろ出来ますよ」
持っているスキルは秘密です。
言葉を濁したので、円香さんに睨まれます。
「そうか・・・。まぁいい。それで?そちらのお嬢さんは?」
「ユグドです」
「それは、話から解っている」
それは、そうですよね。
睨まないで欲しい。蒼さんは何故か楽しそうにしています。不思議です。
「まず、ユグドは、聖樹と言われる木の魔物です。エントの上位種の変異種らしいです」
「は?」
「部屋の環境を整えているのがユグドです」
「何を・・・?」
「椅子やテーブルも、ユグドの一部です。それで、私の眷属です」
ユグドが、私の横に来て頭を下げる。
「可愛いでしょ?本体は、そこのプランターに横になっている”聖樹の一部”です」
「違うよ。お姉ちゃん。僕は、僕で、全部が僕だよ」
「そうだったね」
ユグドが可愛く怒って訂正します。
可愛いので、頭を撫でます。ユグドが、嬉しそうにします。
「茜嬢。この部屋には、空調があるのか?それと、明りはどうしている?」
「この部屋は、ユグドが調整して、眷属たちが住みやすい状態にしています。そうだ、千明。スマホを持ってきているよね?」
「うん」
千明がスマホを取り出します。
「ユグド。遮断はできる?」
「うん!実行するね」
「え?」
「どうした?」
「スマホの電波が切れた。どうして?なんで?」
「ユグドの能力です。最初は、外からの電波や音を遮断して、内側の音が外に漏れないようにしていました。円香さんが聞いてきた、廊下の音が聞こえない理由です」
「電波も・・・」
「はい。盗聴も不可能です。あと、電子機器を持ち込めば、ユグドがわかります」
「うん!わかるよ!」
ユグドが可愛く胸を張ります。
「茜。ユグド殿は拡張が可能なのか?具体的には、この建物とか・・・」
「どう?」
「できるよ。でも、建物を草木で覆う必要があるよ?」
「そうか・・・。見た目の問題があるのか・・・」
円香さんは、葛藤していますが、辞めましょう。
それなら、主殿にお願いして、聖樹を株分けしてもらった方がいいと思います。
「ねぇユグド。株分けをしたら、新しいユグドが産まれるの?」
「ううん。僕だよ」
「え?でも、主殿からは株分けだよね?」
「ううん。違うよ?」
何か、違う方法があるようです。
聞いても解らないので、無視します。
私が貰ったアイテムボックスには、まだ魔石が残っています。
「ユグドが株分けして、もう一か所に同じようにしたら、その部屋だけ、ユグドが覆る?」
「部屋だけなら、僕の分体を作るよ?維持には魔石が必要になるよ」
「魔石は、極小?小?」
「うーん。この部屋と同じくらいだと、小だと300日くらい?お姉ちゃんが貰って来た魔石なら、もっと持つかな?」
その位なら、分体の方がいいかな?
「円香さん。分体に、ギルドを覆ってもらう感じでいいですか?」
「頼む」
ギルドの内装変更は、私と円香さんが担当することになりました。
あとで、ユグドを連れて、ギルドに行きます。
面白くなってきました。
絶対に、この情報は外に漏らせません。
ユグドとクシナとスサノが、部屋から出ます。
あと二つ。
「あっ聖樹から、ポーションが作れます。まだ検証をしていませんし、人にも試していないので、効果は不明です。落ち着いたら、ユグドと一緒に作ってみます。あっ主殿は作って、眷属に使ってみたそうです。欠損が治った程度には効くようです。過去の傷にも効くようですが、検証が出来ていないので、解らないようです。主殿がいうには、定着してしまった怪我には効かないようです。ここでいう定着が元動物だと、足を切られても、足があると思い込んでいるので、定着していないと言っています。定着は、1-2年だと思っていいようです。あと、病気に効くポーションや、毒を消し去るポーションもあるようですが、効果は不明だと言っています」
ふぅ・・・。
言い切った。読み切ったが正しい。主殿から渡されたメモに書かれていた内容を、私がまとめた物です。
もちろん、世の中に出せない物です。ノートに書いただけです。
さて、あと一つです。
やっと報告の終わりが見えてきました。
「さて、最後は、報告した私を殴りたくなる報告です」
「まて、まて、茜。ポーションだと?どういうことだ?」
蒼さんが慌てて先に進もうとする私を止めます。
「言葉通りです。元魔物の動物には効くようですが人間には効果は不明です」
円香さんが、蒼さんを座らせます。
ポーションの存在は前から言われていました。作る方法が見つかるかもしれない状況ですので、蒼さんの反応は正しいです。
でも、私もこれ以上は解らないので、無理なのです。説明を行うのがそもそも無理なのです。何も解っていません。可能性の話で、欠陥が治るかもしれない。病気が治るかもしれない。毒が治るかもしれない。”かもしれない”のオンパレードなのです。
蒼さんも、私の言った意味が解ってくれたのでしょう。
椅子に座りなおしました。そして、ポーションを作る時には協力すると言ってくれました。
「それじゃ、最後の報告を」「茜。私も聞かなきゃダメ?」
「ダメ。それに、これは、本当に聞いておいた方がいいと思うよ。誰かが何かをしなければならないような報告ではないから安心して」
「え?どういうこと?」
「うーん。簡単に言えば、”私たちには何も出来ない”。だから、皆に聞いて欲しい」
皆が黙ってしまいます。
今までの報告は、誰かが何かをする必要があった内容です。ギルドとしては情報共有を行った上で、アクションが必要になる報告です。
「主殿の所について、私が見たままを報告します。紙には残していません。私の記憶です。夢だったり、間違いだったり、勘違いだったり、その方が嬉しいのですが・・・」
主殿の所で、紹介された眷属たち。主殿は、嬉しそうに”家族”と呼んでいました。
紹介された順に・・・。記憶を辿りながら、名前を挙げます。
「そして、キメラ・スライムのライ。総数は解りません。見たところ、鳥類だけで200羽。外に出ているとも言っていたので、倍はいると思います。魚類は、家の敷地内に流れている川にもいると言っていたので、総数は不明です。最低で500くらいでしょうか?ギブソンやノックやラスカルやパロットは一体ですがそれ以外は、無数に存在していました」
「茜」
「もちろん、全員がスキルを持っています。慰めにもなりませんが、全個体が魔力の操作ができるので、魔力を糸状にして放出するのは当たり前のようにできます。もっと使い勝手がいいスキルがあるので使わないと教えられました」
「茜嬢?」
「あぁ聖樹を忘れていました。ユグドは、種族としては、ドリュアスです。頭に、キメラが付くので、正確には、キメラ・ハイ・ドリュアスです。持っているスキルは秘密です。あと、名前は教えてもらえませんでしたが、主殿の家の周りに生えている木はエントになっているそうです。果樹園の管理は、ドリュアスとエントが行っているそうです」
円香さんが、私からの報告を手で遮って、蒼さんに話しかけます。
「蒼。スキル持ちの魔物と対峙したことは?」
「ある」
「どうなった?」
「3小隊で当たったが、二人の犠牲と、装備の殆どを消耗して倒せた」
「茜。何か、いう事は?」
「おつかれさまです?」
「違うだろう!さすがに、オークやオーガのスキル持ちと比較したらダメだろうけど、なんだ、その戦力は!」
「あっ。円香さん。まだ報告は終わっていません。これは、主殿の家族の紹介です」
「あっ。円香さん。まだ報告は終わっていません。これは、主殿の家族の紹介です」
立ち上がりそうな円香さんの表情が固まります。
わかります。
でも、普段の円香さんなら気が付いてくれると思います。冷静に考えれば答えが導き出されます。
円香さんを見つめます。
「何を・・・」
円香さんが動揺しているのがわかります。
椅子に座りなおしてくれました。
まだ、大丈夫です。
話が出来ます。良かったです。
「主殿は、私や千明と同じです」
「あっ・・・」
「そうです。主殿は、眷属の親です。私と千明が、クロトやラキシやアトスが得たスキルを使える形で、スキルが統合されたように、主殿にスキルが統合されます」
「魔王?」
「そうですね。人間の時の主殿は、可愛い・・・。本当に、可愛い女の子でした。スライムにされてしまって・・・。主殿が持っているスキルを考えれば、魔王でしょう。眷属。家族も、主殿を慕っています。主殿が”死ね”と命令したら喜んで死ぬでしょう。そして、主殿が敵と認定したら、牙を突き立てるでしょう。主殿が、人の敵に回ったら、人は何も出来ません。断言してもいいです。滅ぼされてしまうでしょう」
だから、一人の犠牲で澄むのなら、主殿をスライムにした奴を差し出した方がいい。
私の結論です。主殿が、自ら人を殺すとは思えない。何をするのか解らないのですが、もし、主殿が、復讐相手を殺してしまったとしても、黙認すべきだと思っています。それで、主殿の心が魔物になり果てても、それは人が背負う問題で、主殿の問題ではないと思います。
私も死ぬのは嫌ですが、死ぬなら楽に苦しまないように死にたいと・・・。ユグドたちにお願いしようと思っています。
「茜嬢。それだけではないのだろう?」
孔明さんは、鋭いです。
「これから話すのは、私が感じたことで、主殿にもライにも確認はしていません」
皆を見ます。
千明も、話の重要度が解ったのでしょう。
帰ろうとはしません。
その代わりに、アトスを抱きしめて精神を安定させようとしています。
円香さんは、座りなおして、私を見つめてきます。
怖い目つきですが、怖くありません。しっかりと報告をして、ギルドが絶対に主殿に敵対しないようにするのが、私の目的である最低限の使命です。
「主殿は、スライムです」
皆が頷いてくれます。
「ライもスライムです」
「そうだな」
円香さんが代表して相槌を打ってくれます。
私は、一言、一言、皆を見ながら言葉を選んで、報告を続けます。
「スライムは、分裂します。そうですよね?蒼さん。孔明さん」
自衛隊に居たのなら、実際にスライムと戦った事があるはずです。
それも、産まれたばかりのスライムではなく・・・。
「・・・。あぁ。物理攻撃が効かない個体も・・・。まさか」
「はい。主殿も、ライも、分体を作り出せます。これは、ライに聞いています。正直な話として、何体の分体を作り出せるのか解らないのですが・・・。1体や2体ではないと思います。二桁で終われば・・・・。そして、ライはライとして、別々に意識をもって動けるようです」
円香さんは、やっと私が言った”何も出来ない”が解って来たようです。
解っていたのでしょうけど、納得してくれたようです。
蒼さんは、それでも何か考えているようですが・・・。
「蒼さん。天使湖を覚えていますか?」
「もちろんだ」
孔明さんは解ったようです。
私が未確認ながら、報告をした方がよいと思った理由の一つが天使湖の話です。
「・・・。茜嬢。まさか・・・」
「はい。あれを殲滅したのは、主殿だと思います」
「茜。そこまで、いうのなら証拠があるのだろう?」
「物的な証拠はありません」
「お前の直感か?心証か?」
「心証です。まず、主殿の家は、由比の駅から、西に行った場所です」
「西?さった峠の方向か?」
「はい。急な坂道を上がっていった民家が周りにない場所にありました」
「ほぉ・・・」
「しかし、私には近づくまで、家があることが解りませんでした」
「ん?どういうことだ?」
「蒼さん。私たちが、天使湖に到着して、しばらく経ってから、魔物と人が分離されましたよね?」
「あぁ」
「孔明さん。あの透明な壁は、自衛隊か警察隊か消防隊が、破れましたか?」
孔明さんは首を横に振る。
「円香さん。透明な壁が、途中で中が見えなくなったのを覚えていますか?」
「覚えている。触れば、何かあるのは解るが、中が何も無いように見えていた。まさか・・・」
「はい。主殿の家は、まさにその見えない状況と同じ状態になっていました。主殿は、結界と呼んでいましたが、まさに人と魔物を分ける結界でした」
「・・・。茜」
「まだ確認をしていませんが・・・。政府が自衛隊や警察を動かして、魔物の調査したことがあったと思うのですが・・・。主殿の家の周りは、私有地だと思います」
「え?」
「主殿の家には、”人”はいませんでした。でも、旧家のようです。裏庭もありました。蔵もありました。あぁ蔵は、ドラマに出て来る蔵です。それが3棟。ドロップ品を仕舞っておくのに丁度いいと笑っていました。アイテムボックスにも入れてあるようですが、それでも大量にありました」
「それは・・・。受託販売にして良かったな、孔明」
円香さんが、引きつった顔で、孔明さんに話を振ります。
どんなに売っても大丈夫だと思える量があります。
それに、しっかり調べたら希少種とかの素材も出て来るかもしれません。
「あぁ・・・」
「裏庭だけではなく、裏山も主殿の物らしいです。多分、何かの支流だと思うのですが、小川から裏に広がる山が全部と、もう一つも主殿の土地らしいです」
登記を見れば解ると思います。調べて、解ったとしても、何も対処ができない。”だからどうした”としか言えないレベルの話です。
実際に、主殿が必要だと思って、街中の土地を実効支配してしまえば、誰も逆らえません。
結界で覆うだけで、許可された者しか入ることができないのです。最強のセキュリティです。
「私有地だと、調査は入らないな」
「はい。それに、今は結界で覆われているようです」
「ん?裏庭を?」
「いえ、裏山です」
「は?裏山、全部か?」
どこまでが裏山なのかわからないけど、主殿の雰囲気から全体を結界で守っているのだろう。
裏山は、主殿の家族たちの・・・。眷属の楽園になっているのだろう。
「はい。そうだ。主殿は、家族が見回りをしていると言っていました。あと、遠征にも出かけているようです」
「遠征?」
「はい。人の手が入らない山は結構ありますよ?人の手が入っていても、魔物が湧いても解らない場所は多いと思いませんか?」
孔明さんと蒼さんは、実感として知っているのでしょう。
街中にいきなり魔物が産まれることはない。でも、山で産まれて、降りて来る事はある。
「そうか、ドロップ品は・・・」
「はい。それだけの魔物が、存在していたのです。そして、主殿と眷属が倒した。その証拠です」
ドロップを得るためには、倒さなければならない。
「ねぇそれだけの魔物を倒しているとしたら・・・」
千明が手を上げて、”まさか、そんなことはないよね”という感じで発言しますが、まさに、私が言いたかったことです。
「うん。きっとスキルも成長するよね。新しいスキルを得ても不思議じゃないよね」
「っ。そうよね」
千明の言葉が、全てを物語っています。
私が、報告はするけど、ギルドには”何もできない”と思った理由です。どの時点なら・・・。多分、私たちが主殿を知った時点では、既に手遅れなのです。可能性があるとしたら、主殿をスライムに変えた愚者がスキルを得た時に知っていれば、まだ可能性はありました。
でも、それも、主殿の話を聞いた限りでは、不可能でしょう。
主殿は、産まれるべくして産まれた、”魔”を統べる”王”なのでしょう。可愛い魔王だとは思いますが・・・。
「主殿は、天使湖の原因を知っていると思うか?」
”何か”を考えていた孔明さんが質問をしてきました。
「わかりません。でも、天使湖の魔物の大量発生を討伐したのは主殿だと思います」
強調しておきます。
天使湖の大量発生を考えただけでも、主殿と敵対するのは間違っていると思えます。
私の報告は終わりました。
すっきりしました。
会議は終わりです。
皆がギルドに戻るようです。検証や調べ事をしてくれるようです。
私は、主殿とライを待つことにしました。
主殿とライが来たら、円香さんと孔明さんを呼ぶように言われました。
時間を確認すると、1時間が経過していました。
なんとなく、そろそろ来るような気がします。
お茶でも飲んで待っていることにしましょう。
ユグドの部屋は気持ちがいいです。快適な空間です。夏場は涼しく、冬場は温かい。電気代が浮きそうで嬉しいです。
皆を見送りました。
ユグドの分体で覆う計画は、主殿が来てから、他に何か方法がないか聞いてからにします。ユグドに負担をかけたくないこともあるのですが、ギルドにはギルドで、主殿に依頼をしてでもセキュリティを高める方法を考えて欲しいと思います。お金しっかりと払いましょう。
孔明さんが内通していた組織があるのです。情報管理は、これからはもっと厳しくした方がよいと思います。
孔明さんが横流ししたアイテムが、ギルドから安く売り出されれば、自分たちが騙されたと考えるでしょう。
あの手の組織は、”ドラマ”では自分たちが下に見ていた者たちから反撃されると、自分たちがやってきたことを棚に上げて、暴力的な手段を使ってくる可能性があります。狙われるのは、円香さんかな?私がターゲットになるとは思えない。弱い所から攻めてくる。私か千明が候補かな?それとも、真子さんの状況を確認して・・・。真子さんがターゲットになるのかな?
リビングで、資料の作成を行って、主殿とライの到着を待っていることにしました。
蜂蜜は、ギルドに売るのですが、全部ではありません。2瓶は私が確保しました。私が適正価格で買い取ります。必要な事です。後で、主殿に言わなければなりません。
ポーションを作るために必要になってきます。
主殿のレシピにも、蜂蜜を使うことで、”味”が変わると書かれています。”味”は大事なことです。ユグドの協力で、ポーションの”素”は入手できそうですが、それ以外の素材にも気を使わなければなりません。
そして、問題はポーションの効き目を確認する方法がない事です。ポーションの取り扱いも考える事が多く存在します。
”クォ”
”クフォ!”
クシナとスサノが、ベランダで鳴いています。
主殿が到着したのでしょうか?
「お姉ちゃん!」
ベランダに居たユグドが戻ってきました。
「どうしたの?」
どうやら、主殿が到着したみたいだな。ベランダに、2匹の猛禽類が増えている。
クシナとスサノと何かを話している。なんか、家庭訪問みたいになっている?
「うん。『”玄関に回る”と伝えて欲しい』と言われた」
「わかった」
言い切った直後に、チャイムがなった。
玄関に出ると、可愛い制服を着た女子高校生と、弟と言っても大丈夫な小学生くらいの男の子が立っていた。一瞬、男の娘?と思えてしまうくらい可愛い。本当に可愛い。スライム補正がかかっているからなのか、肌が凄く綺麗。
「茜さん。急にすみません」
「いえ、主殿。ライ。歓迎します」
主殿を部屋に招き入れる。
本当に可愛い。あの学校の制服は、男子は学生服だけど、女子はブレザーだよね。それで、どこかのマンガに出てきそうな可愛い制服になっている。ほぼ、男子校だった工業高校に女子を招き入れるために行った施策の一つらしいけど・・・。
「あの・・・。茜さん。この姿の時には、”貴子”と呼んでもらえると嬉しいです。今、名前を呼ばれることもないから・・・」
「ごめんなさい。わかりました。いえ、わかった。貴子ちゃん。よろしくね」
「はい!」
主殿。改めて、貴子ちゃんの笑顔が可愛い。抱き着きたくなってしまう。
ライは、ライのままでお願いしますと、頭を下げました。
二人を、ユグドの部屋に招き入れます。
この部屋の方が落ち着くと思ったからです。
「ユグド。貴子ちゃんとライに挨拶をして」
「初めまして、主様。ライ様。聖樹です」
ユグドの挨拶から始まって、クシナとスサノも挨拶を始める。クロトとラキシも挨拶をした。皆が、”主様”と呼ぶのは、しょうがないのだろう。貴子ちゃんも受け入れているみたいだから、私から何かを言うのはおかしいだろう。ライもどこか、嬉しそうな雰囲気がある。
「そうだ!茜さん。お土産があります!」
嫌な予感がします。
確実に爆弾です。
でも、受け取らないという選択肢はありません。
「気にしなくてよいのに・・・」
「いえ、知り合いの家に遊びに行くなんて初めてで・・・。嬉しくて・・・。ご迷惑ですか?」
こんな事を言われたら、断れません。
「貴子ちゃん。本当に、気にしなくていいですよ。でも、お土産は嬉しいですよ」
「本当ですか!ライ」
「うん」
ライが、アイテムボックスを取り出します。
「アイテムボックスのままで申し訳ないのですが・・・」
やはり、アイテムボックスもお土産なのですね。
嬉しいです。これは、本当に嬉しいですし、覚悟も決まりました。
「茜さんが家に来てくれて、皆が喜んで、いろいろ持ってきてくれたのですよ」
「え?」
どうやら、主殿の家族は、人と魔物が”敵”という認識を持っていたけど、私が家に来て、主殿に優しく接した事で、認識が変わったようなのです。それだけではなく、主殿の話を聞いてくれる人だと解って、私の所に行くと決まった事で、主殿の家族が、来られる者が全員で私の家に来ようとしたようなのです。
それを、パロットが制してくれて、その代わりにお土産を持たせて、お礼にすればいいと言い出してくれたようなのです。
アイテムボックスの中身は、アイテムボックスだった。
果物が大量に入っている。蜂蜜も入っている。ローヤルゼリーまで入っていた。
「そうだ!茜さん。ポーションの素材も入っていますので、試してみてください。聖樹の樹液を使わない方法もまとめました。あと、薬草の作り方も確立しているので、持ってきました」
ニコニコ顔をした主殿が可愛いです。
これ以上ない爆弾です。薬草は、簡単に説明してくれました。草は何でもいいようですが、青汁に使うような青草の方がいいようです。これは、ギルドで研究してもらいましょう。聖樹を使うのは、欠損が治るようですが、薬草を使う場合には、欠損は無理そうだという話です。作り方は、簡単でした。魔石を砕いた土で育てた草を、魔石を浸した水を入れて、ミキサーにかける。この時に、スキルを使えればより効果が高いようです。スキルが使えなければ、ミキサーで飲み物にして、後は蜂蜜や砂糖で調整すればいいようです。
効果は、ギルドで調べて欲しいと言われました。
主殿が持つ”鑑定”で調べているだけなので、解らないと言っていました。
「ありがとう。調べてみるね。そうだ。貴子ちゃん。お金が沢山入ると思うからびっくりしないでね?」
「え?本当ですか?」
「うん。多分、貴子ちゃんが思っているよりも、二桁くらい多いかな?」
「え?100万くらいって事ですか?凄いですね」
「え?え?違うよ。違う」
「そうですよね。10万くらいですよね。びっくりしました。10万かぁ何を買おうかな?パロットがチュールをもっと欲しいと言っていたから・・・。免許はまだ取れないか・・・。うーん。どうしよう。もっと頑張らないと!」
頑張らないで欲しい。
「貴子ちゃん。あのね」
「はい?」
「まだ、概算だから、正確じゃないけど・・・」
「うん」
「最低で、1億円くらいにはなるよ?」
「え?いちおくえん?宝くじの当たりですか?」
「それは、10億円だけど、最終的には、そのくらいになってもびっくりしないよ」
「えぇぇぇぇ!!嘘だぁ!茜さん。冗談が上手いです・・・。本当ですか?」
主殿を驚かせることに成功しました。
魔石の値段から考えれば、当然だと思うのですが、あまり調べていないのでしょうか?
驚いた顔も可愛かったです。
いえ、違います。
主殿も、私の表情を見て、本当だと悟ったのでしょう。
「本当だよ。あっ税金の処理は、ギルドで行うから安心して」
「え?あっ。そうだ。税金もあったのですね。よかった。解らないから・・・」
高校生なので、税金の処理まではできないでしょう。
千明の担当ですが、主殿の税金に関しては、サポートを申し出てもいいかもしれないですね。