男性と幼女は慌てた様子で後ろへと下がり、ひざまずく。
「峻厳なる我らが旭光にご挨拶申し上げます」「あげまちゅ」
オディールも急いで彼らに続いた。
「結城くん、随分満喫してたじゃない。見てたわよ」
柔和な笑顔で女神はオディールに温かく声を掛けた。
「はいっ! おかげさまで一度は失われた人生、満喫しております。ただ……、本日はどうしてもお願いしたいことがありまして……」
「ミラーナちゃんの事ね。彼女は残念だったわね」
女神は申し訳なさそうな顔をする。
オディールはキュゥっと心臓が苦しくなる。このままでは『残念』で済まされてしまう。それだけは避けなければならなかった。
「そ、そこを女神様のお力で何とか……」
オディールは顔面蒼白になってすがる。
「うーん、死にそうな人が出るたびに治していたら身体がいくつあっても足りないの。分かる?」
女神は肩をすくめ、ウンザリしたように首を振る。
確かに無数の人々からお願いされ続けていたらこうなってしまうのは分からないでもない。しかし、ミラーナを諦めることなんてできない。
「無理を言っているのは分かっています。何でもやります。自分のできること、何でもやるので、どうか、ミラーナだけは治してください! お願いです! お願いしますぅぅぅ……」
オディールは涙をポタポタとこぼしながら女神に深く頭を下げる。ここまできて断られてしまったらもう生きてなどいけないのだ。
幼女はテコテコとオディールのそばまで来ると、優しくオディールの背中をさすった。
女神は小首をかしげ少し考えると、挑戦的な視線をオディールに投げかける。
「何でもやるって、たとえ死んでも?」
「はい! ミラーナが助かるなら命は惜しくありません!」
オディールはすがるように女神を見つめた。
女神はうんうんとうなずくと、オディールの方へ静かに近づき、深く温かな微笑みを投げかける。
オディールは何が待ち受けているのか分からないまま、ただ彼女の澄み通る琥珀色の瞳に目を奪われた。
女神は優雅に身を屈め、オディールの白くて柔らかな頬を両手で優しく包む。
「じゃあ一つ、奇跡を授けましょう」
女神は人差し指を黄金色に輝かせ、そっとオディールの唇に触れた。
え……?
黄金色に輝きだすオディールの唇。
「これは【愛の奇跡】。この唇で愛する者同士がキスをすると、どんな病やケガもたちどころに治るという最上級の奇跡よ」
女神は神々しい笑みを見せた。
しかし、オディールはその条件にキュッと胸が痛くなる。
「『愛する者同士』……ですか?」
「そう。愛し合ってないと効かないわ」
女神は当たり前のように言い放つ。
「僕はミラーナのことを命より大切に思っているのですが、ミラーナは……、どうでしょうか……」
憂いを帯びた表情で、オディールは眉をひそめ、顔を伏せた。
「ならそれまででしょうね。ミラーナちゃんはそろそろ命のスープに溶けてしまうわ。急がないと間に合わないわよ?」
「えっ!? い、行きます!」
「では転送するけど、命のスープに触れたらあなたも命を溶かされてしまうわ。決して近づいてはダメよ?」
命を分解するところへ送り込まれ、ギリギリのところで口説けと言う。それはスカイダイビング中に命をかけた愛の告白をするようなもので、オディールはその不可能さに気が遠くなった。
しかし、やる以外ない。
オディールはギュッとこぶしを握り、息を整えると女神をまっすぐな目で見つめた。
「わ、分かりました。お願いします!」
女神は優しく微笑み、オディールに指先を向けるとくるっと回し、ほとばしる黄金の微粒子の奔流でオディールを包み込む。
うわぁ!
「二人で過ごしてきた時間を信じなさい……」
女神が優しく手を振ると、オディールはあっという間に幻想的な空間へと旅立っていった。
◇
気がつくとオディールはフワフワとした光の雲がいくつも浮かぶ空中を漂っていた。
「あれ? ここは……?」
下の方にはウユニ塩湖のような鏡の水面がどこまでも広がり、輝く雲を映し出している。ある意味天国なのかもしれない。
辺りを見回すと、一人の少女が黒髪をなびかせながらゆっくりと流され、光の雲の一つへと吸い込まれて行っているのが見えた。それはミラーナだった。
ミラーナは意識のないまま流されている。このままだと光の雲が飲みこんでしまうだろう。そして、この雲が『命のスープ』、命を分解し、新たな生命の源に還元していく所に違いない。吸い込まれたら最後、ミラーナはこの世から消えてしまうのだ。
オディールは慌ててミラーナの方へ飛んだ。
「ミラーナ!」
オディールはミラーナの腕に飛びつくと、助けようと引っ張ってみる。しかし、光の雲の吸引力はすさまじく、オディールが全力を出しても逃げることはできなかった。
くぅぅぅ……。
「あら、オディ。どうしたの?」
ミラーナは穏やかに目を開け、ほほ笑んだ。
オディールは何をどう伝えていいのか混乱し、口ごもる。きっと今キスをしてもミラーナを救えない。確実にミラーナを口説いて彼女の愛を勝ち取らねばならないが、残り時間もわずかの中、そんな魔法のような言葉など浮かんでこなかった。
「ここは綺麗なところね……」
ミラーナは辺りを見回してのんきに言うが、光の雲は目前にまで迫っている。もはや猶予はなかった。
オディールはキュッと唇をかむと、何とか突破口を見つけようと口を開いた。
「ねぇ、ミラーナ? 初めて会った日のことを覚えてる?」
「え? ずいぶん昔の話……ねぇ」
ミラーナはクスッと笑う。
「そう、昔。僕のところへあいさつにやってきた時だよ。公爵家の窮屈な生活の中で腐っていたいたずらっ子の僕は『お前なんか要らない』なんて酷い事言っちゃったじゃない?」
「あら、そんなこともあったわねぇ」
ミラーナは優しく微笑む。
「ごめん。ずっと謝りたかったんだ。そして、今は逆。僕はもうミラーナがいないと生きていけないんだ」
オディールはミラーナのブラウンの瞳に心からの愛を注ぎ、情熱を込めて手をギュッと握りしめた。
「峻厳なる我らが旭光にご挨拶申し上げます」「あげまちゅ」
オディールも急いで彼らに続いた。
「結城くん、随分満喫してたじゃない。見てたわよ」
柔和な笑顔で女神はオディールに温かく声を掛けた。
「はいっ! おかげさまで一度は失われた人生、満喫しております。ただ……、本日はどうしてもお願いしたいことがありまして……」
「ミラーナちゃんの事ね。彼女は残念だったわね」
女神は申し訳なさそうな顔をする。
オディールはキュゥっと心臓が苦しくなる。このままでは『残念』で済まされてしまう。それだけは避けなければならなかった。
「そ、そこを女神様のお力で何とか……」
オディールは顔面蒼白になってすがる。
「うーん、死にそうな人が出るたびに治していたら身体がいくつあっても足りないの。分かる?」
女神は肩をすくめ、ウンザリしたように首を振る。
確かに無数の人々からお願いされ続けていたらこうなってしまうのは分からないでもない。しかし、ミラーナを諦めることなんてできない。
「無理を言っているのは分かっています。何でもやります。自分のできること、何でもやるので、どうか、ミラーナだけは治してください! お願いです! お願いしますぅぅぅ……」
オディールは涙をポタポタとこぼしながら女神に深く頭を下げる。ここまできて断られてしまったらもう生きてなどいけないのだ。
幼女はテコテコとオディールのそばまで来ると、優しくオディールの背中をさすった。
女神は小首をかしげ少し考えると、挑戦的な視線をオディールに投げかける。
「何でもやるって、たとえ死んでも?」
「はい! ミラーナが助かるなら命は惜しくありません!」
オディールはすがるように女神を見つめた。
女神はうんうんとうなずくと、オディールの方へ静かに近づき、深く温かな微笑みを投げかける。
オディールは何が待ち受けているのか分からないまま、ただ彼女の澄み通る琥珀色の瞳に目を奪われた。
女神は優雅に身を屈め、オディールの白くて柔らかな頬を両手で優しく包む。
「じゃあ一つ、奇跡を授けましょう」
女神は人差し指を黄金色に輝かせ、そっとオディールの唇に触れた。
え……?
黄金色に輝きだすオディールの唇。
「これは【愛の奇跡】。この唇で愛する者同士がキスをすると、どんな病やケガもたちどころに治るという最上級の奇跡よ」
女神は神々しい笑みを見せた。
しかし、オディールはその条件にキュッと胸が痛くなる。
「『愛する者同士』……ですか?」
「そう。愛し合ってないと効かないわ」
女神は当たり前のように言い放つ。
「僕はミラーナのことを命より大切に思っているのですが、ミラーナは……、どうでしょうか……」
憂いを帯びた表情で、オディールは眉をひそめ、顔を伏せた。
「ならそれまででしょうね。ミラーナちゃんはそろそろ命のスープに溶けてしまうわ。急がないと間に合わないわよ?」
「えっ!? い、行きます!」
「では転送するけど、命のスープに触れたらあなたも命を溶かされてしまうわ。決して近づいてはダメよ?」
命を分解するところへ送り込まれ、ギリギリのところで口説けと言う。それはスカイダイビング中に命をかけた愛の告白をするようなもので、オディールはその不可能さに気が遠くなった。
しかし、やる以外ない。
オディールはギュッとこぶしを握り、息を整えると女神をまっすぐな目で見つめた。
「わ、分かりました。お願いします!」
女神は優しく微笑み、オディールに指先を向けるとくるっと回し、ほとばしる黄金の微粒子の奔流でオディールを包み込む。
うわぁ!
「二人で過ごしてきた時間を信じなさい……」
女神が優しく手を振ると、オディールはあっという間に幻想的な空間へと旅立っていった。
◇
気がつくとオディールはフワフワとした光の雲がいくつも浮かぶ空中を漂っていた。
「あれ? ここは……?」
下の方にはウユニ塩湖のような鏡の水面がどこまでも広がり、輝く雲を映し出している。ある意味天国なのかもしれない。
辺りを見回すと、一人の少女が黒髪をなびかせながらゆっくりと流され、光の雲の一つへと吸い込まれて行っているのが見えた。それはミラーナだった。
ミラーナは意識のないまま流されている。このままだと光の雲が飲みこんでしまうだろう。そして、この雲が『命のスープ』、命を分解し、新たな生命の源に還元していく所に違いない。吸い込まれたら最後、ミラーナはこの世から消えてしまうのだ。
オディールは慌ててミラーナの方へ飛んだ。
「ミラーナ!」
オディールはミラーナの腕に飛びつくと、助けようと引っ張ってみる。しかし、光の雲の吸引力はすさまじく、オディールが全力を出しても逃げることはできなかった。
くぅぅぅ……。
「あら、オディ。どうしたの?」
ミラーナは穏やかに目を開け、ほほ笑んだ。
オディールは何をどう伝えていいのか混乱し、口ごもる。きっと今キスをしてもミラーナを救えない。確実にミラーナを口説いて彼女の愛を勝ち取らねばならないが、残り時間もわずかの中、そんな魔法のような言葉など浮かんでこなかった。
「ここは綺麗なところね……」
ミラーナは辺りを見回してのんきに言うが、光の雲は目前にまで迫っている。もはや猶予はなかった。
オディールはキュッと唇をかむと、何とか突破口を見つけようと口を開いた。
「ねぇ、ミラーナ? 初めて会った日のことを覚えてる?」
「え? ずいぶん昔の話……ねぇ」
ミラーナはクスッと笑う。
「そう、昔。僕のところへあいさつにやってきた時だよ。公爵家の窮屈な生活の中で腐っていたいたずらっ子の僕は『お前なんか要らない』なんて酷い事言っちゃったじゃない?」
「あら、そんなこともあったわねぇ」
ミラーナは優しく微笑む。
「ごめん。ずっと謝りたかったんだ。そして、今は逆。僕はもうミラーナがいないと生きていけないんだ」
オディールはミラーナのブラウンの瞳に心からの愛を注ぎ、情熱を込めて手をギュッと握りしめた。