「こんなので満足かしら?」
少し乱れた呼吸で、ミラーナはオディールを見つめた。
「もうバッチリだよ!」
浮かれたオディールは小鳥のように飛び跳ねながら梁の上を進み、楽しげにくるりと回る。しかし、その高さは五メートル。落ちたら笑いごとではない高さだった。
「オディ! 危ないわよ!」
ミラーナは眉をひそめて注意する。
「へへーん、大丈夫だって!」
逆にオディールは調子に乗ってクルクルッと踊った。しかし、安全を軽視する現場ネコには災いが降りかかると決まっている。
一陣の風が浮かれたオディールに襲いかかる。
「おっとっと……。うわぁぁぁ!」
バランスを崩して梁の縁でワタワタするオディール。
「きゃぁぁぁ!!」「うひぃ!」
ミラーナの心を刺すような叫びの中、オディールは真っ逆さまに落ちていった。
『えっ? マジ?』
オディールはスローモーションで動く世界を見つめ、終わりの瞬間がこんな形で訪れるとは夢にも思わず、ただ細く小さくなっていく梁を呆然と見つめるばかり……。
「どっせい!」
掛け声が響き、オディールが気がつくと、ヴォルフォラムの温かく頼もしい腕の中に包まれていた。
「姐さん、あぶないですよ」
ニコッと笑うヴォルフォラム。
オディールの危機を見越し、早くから心配して対策を練っていたヴォルフラムは、ただ優しく微笑みながらその無事を喜んだ。
「あ、ありがとう……」
たくましい筋肉の温かさに包まれながら、オディールは彼の優しさに触れ、顔を真っ赤にして頭を掻いた。
◇
ハムとチーズのサンドイッチをほお張りながら、三人は幽玄なロッソの景色を静かに眺めていた。頂上から吹き出す聖気はとどまることを知らず、まるで噴火のようにキラキラと輝きを放ちながら噴きあがり、一帯に降り注いでいる。三人もそのキラキラとした微粒子を浴び、疲労もすぐに回復していく。このロッソの聖気は大いなる大自然の恵みであり、セント・フローレスティーナの魅力の源泉だった。
この大いなる恵みを生かすも殺すもランドマークとなるこの建物で決まる。心に響く素敵な建物になれば自然と人も集まってくるのだ。
オディールはカメラマンのように指で四角をつくり、完成イメージを湖上に思い描く。それは夜通し何度も悩んで、寝返りを打ちつつベッドの中で作り上げた最高の自信作だった。
この絵画のような壮麗な湖に映える白亜の巨大建造物、想像するだけでワクワクが止まらなくなってくる。
「さぁやるぞーー! 午後はフロアだ!」
バッと立ち上がったオディールは、右手を突き上げ、心から湧き上がる興奮を声に乗せて放った。
「はいはい、頑張るわよ。オディールは落ちないこと、分かったわね?」
ミラーナは上目遣いでオディールをじっと見つめる。
「わ、分かったよぉ……」
オディールは口をとがらせ、渋い顔で頭をかいた。
◇
柱の上に梁を渡し、その上に白い御影石の板をかぶせていく。コツをつかんだミラーナは手際よく湖の上にフロアを広げていった。昨日の畑作業含めてスキルランクは相当に上がったようで、土魔法使いとしてはすでにかなりの熟練者となっている。ただ、敵を倒しているわけではないのでレベルは低く、あくまでもオディールとペアになる必要があるのだが。
数時間の作業で湖面上には直径二百メートルの御影石の円形ステージが出来上がる。
「おぉ、できましたね! 姐さんたち凄いです!」
ヴォルフラムは嬉しそうに広大なステージを見渡し、パチパチと手を叩いた。
「いやいや、ミラーナが凄いんだよ」
オディールはポンポンとミラーナの肩を叩く。
「ふふっ。自分にこんな才能があったなんて全然知らなかったわ」
ミラーナは、白い豪華な御影石のステージを見回し、満足そうに両手を広げる。彼女のブラウンの瞳は輝き、壮大な湖の上に広がる美しい建築物に深い感動を覚えていた。
孤児院出のメイドの人生など一生下働き、朝から晩まで馬車馬のように働いて王都から出ることもなく死んでいくのが普通だった。それが今、まるで絵画のような壮麗な湖で前代未聞の大仕事をしている。それはミラーナにとって生まれて初めて得た、自分にしかできないやりがいと充実感あふれる天職の実感だった。
「これもみんなオディのおかげね……。ありがとう……」
柔らかな微笑を浮かべたミラーナは、瞳を潤ませながらオディールの手を取る。
「ほ、ほら、僕たちいいペアだからさ」
照れ笑いをしながらオディールはミラーナの手を包んだ。
「旅に出て……、良かった……」
湖面を渡る風に黒髪をなびかせながらミラーナは顔を上げ、キラキラと聖気を噴き上げるロッソを眺めた。
「そ、そう? 良かった……」
オディールはホッとしながらミラーナを握る手に力を込めた。
「まぁ、明日は逆のことを言ってるかも……しれないけど?」
ちょっといたずらっぽい目でオディールをのぞきこむミラーナ。
「そ、そんな風にはさせないよ!」
「本当?」
「ホ、ホントだよ!」
オディールは顔を真っ赤にしながら力説した。
ミラーナは優しくうなずくと、そっとオディールを包み込むように抱きしめる。
オディールは一瞬戸惑いながらも、まぶたを下ろし、背中にそっと手を回した。
◇
「次はどうするんですか?」
ヴォルフラムはマグカップでお茶を飲みながら聞いた。
「二階を作ろう。Cの字型にこの円の上にフロアを重ねるんだ。ロッソが見えるようにロッソ方向が開いたフロアだね」
オディールはロッソを指さす。
「じゃあ中心部は広場になるのね。何だかカッコいいわ。三階建て?」
ミラーナは嬉しそうに聞いた。
「一番高いところは十階だよ」
「じゅ、十階!?」「へっ!?」
二人は目を丸くして驚く。王都でもほとんどが三階建て、一番高い教会の塔でも六階建てがせいぜいだったのだ。
「そのうちにもっと高いのも建てるよ!」
オディールはドヤ顔で言う。
「いやいや、階段登るの大変ですよ!」
ヴォルフラムは渋い顔で返す。
「そこはそのうちエレベーターっていう昇降機でなんとかなるんだな。まぁ、見ててよ」
オディールは嬉しそうに笑った。
は、はぁ……。
ヴォルフラムはミラーナと顔を見合わせて小首をかしげる。
「それから、ここは上に行くにしたがってフロアは細くなるから、こーんな感じで、すり鉢状のスタジアムみたいになるんだ」
オディールは両手を大きく動かしながら全身を使ってイメージを伝えた。
「え? ここは闘技場みたいになるんですか?」
「そうだね、ステージにも使えるようにしたいね。多分、二万人くらいは収容できると思うよ。それから上の方はロッソ側が少し湖の上に張り出して、優雅に口が開く感じにするよ」
「へぇ、優雅っていうのは良いわね」
「中心になる建物はやっぱり美しくないとだから。名前もみんなが集まる中心『セントラル』にしようかと思ってるんだ」
「あれ? 集まるって、ここは人が住む建物じゃないの?」
ミラーナは不思議そうに聞く。
「もちろん最初は住居だけど、人口が増えてきたらショッピングモールにするんだ。住居は今後ここを中心に湖上に放射状の道を作ってたくさん建てていくよ」
「ショッピングモール!?」「へっ!?」
ミラーナとヴォルフラムは想像以上のスケールに驚き、お互いの顔を見合わせる。広大なスタジアム兼ショッピングモールなど、王都にすらない。そんな物をまだ住民もいないこの地に建てるオディールの発想に二人は呆然として言葉を失った。
困惑している二人に、オディールは固く握った拳をブンブンと振りながら、熱意を込めて語る。
「何言ってるんだよ。街を目指す以上、セント・フローレスティーナには少なくとも十万人が住むことになるんだよ? 最終的には百万人を超えるかも。ショッピングモールは必要さ」
「百万……? 王都ですら二十万人しかいないんですよ?」
ヴォルフラムは困惑しながら返す。
「百万くらい行くんじゃないの? 一千万人の都市だってあるんだ……。あっ、理屈上はね?」
オディールはつい東京を思い出しながら言ってしまい、慌てて冷や汗を流した。
「一千万人なんて不可能ですよ! でも……、そんなに人が集まったら凄いことになりそう……。夢みたいですねぇ」
ヴォルフラムはメトロポリスを夢見て、嬉しそうに笑った。
「ほんと夢みたいだねぇ……」
オディールは憂いを帯びた瞳でロッソを見つめ、深いため息を零した。そう、東京の暮らしは夢みたいだった。新宿の高層ビルで働いて、夜は渋谷の夜景を眺めながら飲み、ラノベを読んで、アニメを観て笑っていた。ネットではバカな騒動がひっきりなしに起き、みんなでバカ話を書き込んで笑いあう。異世界ではもう想像もつかない刺激と熱情のるつぼだった。
オディールの胸を一抹の寂しさが吹き抜ける。
しかし、今、自分には新しい仲間とセント・フローレスティーナがある。オディールはブンブンと首を振って未練を飛ばすと、ここを東京なんかより楽しく活気ある街にするのだと、決意を新たに拳を握りしめた。
◇
二階のフロアも完成し、立体駐車場みたいながらんとした一階の空間に壁を作っていく。当面は住居に、その後商店としても使えるような区分けを考えながら廊下を作り、住めるように壁を張っていった。
「そろそろ夕飯にしませんか?」
ヴォルフラムがお腹を鳴らし、目を潤ませながらオディールに哀願する。
その姿があまりに可愛らしいので、オディールはつい笑いそうになった。
「そうだね、続きは明日だ。ミラーナもお疲れ様!」
張った壁が若干曲がっているのが気になって、ペシペシと岩壁を叩いていたミラーナは振り返り、驚いたように言った。
「え? もう終わり? 私はまだまだいけるわよ!」
「夕飯の準備もしないとだし、ヴォルのお腹がもう限界っぽいよ」
ミラーナはヴォルフラムの方を向くと口をとがらせ、大きく息をついてうなずく。
その時だった。バサッバサッと翼のはばたく音が響いてきた。
急いで広場に行って見上げるとレヴィアが着陸態勢に入っている。背中には人影があり、大きな荷物を足からぶら下げている。どうやら移住者も連れてきたようだった。
レヴィアは素早く羽ばたいて空中に一旦止まると、荷物を降ろし、自分も広場に降り立つ。
ズーン! と、重低音が響き渡り、セントラル全体が地震のように揺れた。
「あわわわ。レヴィア! ダメだよ! ここは人間専用!」
オディールは両手を突き上げ、怒りの叫びを響かせた。
「なんじゃい、もっとしっかりしたもの建ててくれぃ。ガッハッハ!」
レヴィアは悪びれもせず重低音を響かせながら笑う。
すると背中からアラサーの赤バンダナ男がピョンと跳びおり、駆け寄ってくる。
「おぉ! お嬢ちゃん。君が領主さんっすか?」
男はなれなれしくオディールに近づいた。
「りょ、領主……?」
男に迫られ、気おされるオディール。
「こんな華奢な女の子に街なんて作れるんすかね?」
男は右から左からオディールをジロジロと眺めまわした。
直後、女性が慌てふためいて近づいてきて、力強く男の頭をはたく。
「コラァ! あんたはいつもずけずけと失礼なんよ!」
彼女は赤毛をくくり、藍色の作業服を着て、男と同年代に見える。
「痛ったぁ! 何すんね?」
「『何すんね』じゃないよ! すみませんねぇ、ホント、コイツバカなんよ」
女性はオディールに深々と頭を下げる。
「あー、皆の衆。紹介しよう! 彼女が我がセント・フローレスティーナの初代領主、【オディール・フローレスティーナ】じゃ。彼女がこの地を見つけ、この地を聖地として花開かせたのじゃ」
金髪おかっぱになったレヴィアはオディールを紹介した。
「りょ、領主ってどういうこと?」
オディールは焦ってレヴィアに小声で聞く。
「何言っとる! 移住者を受け入れた時点でここはもう領土。そしてリーダーは領主じゃ。覚悟決めんかい!」
レヴィアはパンとオディールのお尻をはたいた。
オディールは改めてやってきた人たちを確認する。先ほどの男女と二つの家族、子供たちを含め、おおよそ十人ほどがオディールの方に静かに視線を注いでいた。彼らの視線には、一抹の戸惑いが見て取れる。華奢な十五歳の金髪少女が領主であることはやはり不安を呼ぶのだ。
延々と砂漠を数百キロ飛んで、着いたのは何もない花畑であり、領主は少女だという。その困惑は痛いほどわかる。何しろセント・フローレスティーナには夢と希望しかないのだから。
とは言え、もはや賽は投げられたのだ。オディールは彼らを見回し、ゴクリと唾をのんだ。
「ほら、なんとか言え」
え? えーと……。
レヴィアに促され、何か言おうと口を開いたものの、オディールにはいい言葉が思いつかなかった。
まだ何もないこんなところに来てくれる移住者は本当に奇特な人たちだ。ありふれた歓迎の言葉など微塵も足りなく感じてしまう。
「あ、あのぉ……」
オディールはみんなを見回して声を出したものの、頭が真っ白となってしまう。
「飾った言葉なぞ要らんぞ」
見かねたレヴィアが耳元でアドバイスする。
う、うん……。
オディールは大きく息をつくと、ニコッと笑って言った。
「ようこそ、セント・フローレスティーナへ! まさか最初からこんなに来てくれるなんて思ってなくて……」
オディールは急に涙があふれ出し、声が詰まる。
見も知らぬところへ移住しようというのは人生における大きな賭けだ。きっとこれから多くの困難が待っているだろう。それを即断即決して数百キロを旅してやってきてくれた十人の決意に思わず胸が熱くなってしまう。
「お姉ちゃん、ガンバッテ!」
小さな女の子が応援してくれる。
ハハッ!
オディールは笑顔を作って女の子に手を上げ、涙をぬぐう。
「立派なことは言えません。街も見てもらえばわかる通り作り始めです。でも、ここは百万人が笑う素敵な花の都になるんです。ぜひ、僕を助けてください。お願いします」
深々と頭を下げるオディールにみんなは熱い拍手で応えた。
「任せとけって! 俺が素敵な街にしてやっからよ!」
バンダナ男は得意げに胸を叩く。
「なーにを偉そうに! コイツの言うこと真に受けちゃダメですよ!」
赤毛の女性は肘で男を小突いた。
「な、なんだよぉ、俺は大工の腕ならだれにも負けねぇっての!」
「あんたはこの街のどこに木があると思ってるんよ?」
「え……? 石造り……、花畑……、砂漠……、NOぉぉぉぉ!」
バンダナ男は頭を抱え、ひざから崩れ落ちる。
キャハハハ!
小さな女の子が男を指さして笑い、みんなもひょうきんな男の様子に思わず笑いがこぼれる。
「君は大工さんなんだ。材木はちゃんと用意するから頼りにしてるよ」
オディールは楽しい男の登場を頼もしく思い、肩をポンポンと叩いた。
「おぉ、領主様! ありがてぇこってす!」
バンダナ男は目をウルウルさせながらオディールに両手を合わせた。
男の名はトニオ、赤毛の女性ファニタとは幼馴染で二人とも若いころは冒険者として腕を磨いてきた仲である。だが、激しい魔物との戦いの中で才能に限界を感じ、二人とも村へ帰ってきて家業を継いでいた。トニオは手先が器用で、家だけでなく家具も作れるし、ノミで木彫り細工なども作っている。
一方、ファニタは鍛冶屋で、鍋、釜、農具を作るだけでなく、刃物も鍛えられるという若いのにいい腕をした職人だった。
残りの家族連れはガスパルの子供夫婦で、農作業を担当する。
「さあさあ、堅い話は止めにして乾杯としよう!」
レヴィアは空間を裂くと中から肉やら酒樽やら晩餐の材料を取り出した。
「おぉ、肉に酒! いいっすねー!」
トニオは有頂天で飛び上がり、手際よく手伝っていく。
やがてステージの真ん中は飲み会の会場に早変わりしていった。
◇
「ヨシ! 乾杯じゃ! 領主! おい、領主どこ行った?」
レヴィアは酒樽を持ち上げながら辺りを見回す。
「オディ、呼んでるわよ!」
ミラーナはオディールの背中をパンパンと叩いた。
「え? 僕……?」
急に家族がたくさん増えたような思いでみんなをぼんやりと眺めていたオディールは、いきなりのご指名に驚く。
「そんなとこにいたか、はよ乾杯の音頭を取らんかい!」
オディールは頭をかきながら前に出ると、グラスを高く掲げた。みんな早く飲みたくてうずうずしているのが伝わってくる。
移住者を迎えたセント・フローレスティーナは今宵、街としての一歩を踏み出したのだ。もうただの花畑ではない。この歓迎会はセント・フローレスティーナの誕生祭でもある。
こみあげてくる感慨に少し目が潤み、ふぅと息をついたオディールは腹から大きな声をあげた。
「はるばるようこそ! 今日はみんなの歓迎会だよ。楽しんでね。それじゃ行くよぉーー! セント・フローレス?」
「ティーナァ!」「ティーナ!」「ティーナ!」
ジョッキが夕暮れ空に高々と掲げられ、みんな笑顔でジョッキを合わせ、のどを潤していく。
パチパチパチと盛大な拍手が上がり、歓迎会はスタートした。
◇
「オディールさん、ここは素敵なところっすねぇ」
トニオは真っ赤な顔をして上機嫌にオディールの席へとやってくる。
「どう、気に入った?」
オディールはリンゴ酒のジョッキをトニオのジョッキにコツンとあわせながら聞いた。
「いやもう最高っすよ、ロッソも花畑もいいんすけど、このステージは何なんすか? 広くてきれいで快適。こんな建物見たことないっすよ!」
トニオは興奮気味に言った。夕暮れの茜色に染まる白い御影石のフロアは、まるで豪華客船のような優雅な水上のステージになっている。
「いいでしょ? ここが我がセント・フローレスティーナの中心だよ」
「ほんと、感動っすよ! ヨシ! この感動を踊りで表現するっす!」
トニオはタタッと距離を取ると、赤く染まるロッソを背景にタッタカタカタカと軽快にタップダンスを始める。革のベストにキャスケット帽でキメたトニオは、小粋なリズムをセントラルに響かせた。
いきなりハーモニカの躍動的な音色が響き渡り、ダンスをグンと盛り上げる。
見るとヴォルフラムがご機嫌な様子で小さなハーモニカを奏でていた。
ファニタはクスッと笑うと、スプーンを二本取り、テーブルと皿を打ち鳴らしてドラム演奏を始める。
トニオはそんな二人を見てニヤッと笑うと、気合を込めて陽気な気持ちを体全体で表現し始めた。自分自身を軽快なリズムに任せ、手足をリズミカルに交差し、手を高々と挙げては前後にステップを踏む。
大工とは思えないキレキレのダンスに手拍子が巻き起こり、ガスパルはピューイ! と口笛を吹いた。
ステージはトニオの情熱的なパフォーマンスによって、瞬く間に熱狂的な雰囲気に包まれる。
その圧倒的な熱量、オディールは手を打ち鳴らしながら、人が集まって発生するケミストリーに思わず涙ぐんだ。街を作るというのは単に人口が増える事ではなくこういう情熱が湧き出すステージを作ることなのだ。
自分が生み出したこのステージはどこまで大きくなってくれるだろうか? オディールは楽しそうなみんなの笑顔を眺めながら街づくりの重責と尊さを深く受け止めた。
ひとしきり踊ったトニオは実感に満ちた顔で両手を高く上げ、見事な決めポーズを披露する。
「イェーーイ!」
するとガスパルが飛び入りし、タッタカタカタタタタとトニオより軽快なリズムでステップを踏んだ。
「おぉーーーー!」「じぃちゃん無理すんなーー!」
観客から声がかかる。
仁王立ちになったままピョンピョンピョーンと跳んだかと思えば、足をブンと回しながら高々と掲げ、その勢いでくるっと回った。
昨日まで杖をついていたはずのガスパルは、老人とは思えないキレッキレのパフォーマンスで場を盛り上げ、ガッツポーズでトニオを挑発する。
トニオは負けじとさらに一段高速なリズムでダンスバトルを挑んでいった。
両者一歩も引かないバトルでステージには汗が飛び散る。
観客も大盛り上がりで、手拍子がセントラルに響き渡った。
直後、足がもつれたトニオが派手にすっころぶ。
ああっ! きゃぁ!
一瞬、静まる観客。
「くはーーーー! 楽しっす! サイコーー!」
トニオは大の字に手足を伸ばして叫んだ。
「ワハハハ!」「トニオいいぞー!」
笑いが起こり、子どもたちがステージに出てきて真似して踊り始める。
ヴォルフラムは子供たちに合わせて、少しスローなスタンダードナンバーに変更し、ファニタもリズムを合わせた。
はしゃぎながら楽しく踊る子供たち。大人たちは優しい笑顔で見守った。
「私たちも行きましょ?」
ミラーナはニコッと笑ってオディールの手を取る。
「えっ? お、踊るの?」
いきなりの提案に腰が引け気味のオディール。
「昔よくダンスの練習、二人でやったじゃない?」
ミラーナは諭すように温かい笑顔でオディールを見つめる。
「う……うん……。よしっ!」
オディールはリンゴ酒のジョッキをグッとあおると覚悟を決めて立ち上がり、ミラーナの手を引いて子供たちの隣までやってくる。
二人はしばらく見つめあい、やがて静かに動き出す。
手をつないでお互いをクルリクルリと回しあい、足を右右、左左と前に出し交差させてクルリと回って戻る。
「おぉぉぉ!」「領主様ー!」「オディールさまー!」
その息のぴったりと合ったダンスにステージは最高潮に盛り上がった。
やがてレヴィアや子供たちの親たちも踊り始めて、セントラルには楽しい声が響き渡る。
ひとしきり踊ったオディールとミラーナは、ステージの隅で緩やかなペアダンスを続けた。
「ねぇ、オディ……」
ゆったりとステップを踏みながらミラーナはオディールを見つめる。
「ん? 何?」
「私、何だか幸せすぎて怖いの」
ミラーナの微笑みには、わずかに憂いの色が見て取れた。
メイドとしての働き詰めの生活から一転した、彩り豊かな暮らし。日々新たな挑戦と笑いがあり、夢に満ちた仲間たちに囲まれた生活はミラーナの心を解放していたが、あまりにも急速な変化に彼女はまだ戸惑いが残っていた。
「怖くないよ、これからもっともっと幸せになるんだから」
オディールはニッコリと笑い、残照で真っ赤に浮かぶロッソを背景にミラーナをゆっくりと回す。
「……。本当?」
つないだ手をギュッと握るミラーナ。
「僕がちゃんと幸せにするよ」
オディールは屈託のない笑顔で潤んだブラウンの瞳を見つめた。
ミラーナはわずかな困惑見せ、目を見開くと、クスッと笑う。
「オディ、それってなんだかプロポーズみたいだわよ?」
「えっ、あっ……。僕はそのぅ……」
期せずして告白してしまったオディールは動揺を隠せない。
「オディももう少ししたら素敵な殿方に恋をすると思うの。こんなところでプロポーズしてても仕方ないわよ?」
ミラーナはたしなめるようにオディールの顔をのぞきこむ。
「ぼ、僕はそんな恋なんてしないの! ミラーナが一番なんだから!」
「はいはい。嬉しいわ」
ミラーナは余裕のある笑顔でオディールの周りをゆったりと弧を描きながら回る。
「もぅ! 本当だよ!」
「はいはい」
オディールは口をとがらせ、ミラーナはそんなオディールを愛おしそうに見つめた。
こうしてその晩はみんな夜遅くまで飲んで歌ってはしゃぎ、セント・フローレスティーナの新たな一歩を祝ったのだった。
◇
その後、セント・フローレスティーナは急速に発展していった。セントラルはほどなく十階建てになり、移住者がどんどんと入居してにぎやかになっていく。
オディール達は上下水道を整備し、運河を掘り、道を引き、街のインフラを整備して住みやすい街へと変えていった。
整備が進むにつれ話題となり、移住者はどんどんと増えていく。二カ月もすると人口は千人を超えて村の規模となる。ここ数年の異常気象が今年は特にキツいようで、暮らしが立ち行かなくなった農家を中心に移住希望者が相次いだのだった。
そんな窮状はどこ吹く風のセント・フローレスティーナでは毎朝雨が降り、暑い日には雲が出て雹が降る。
セントラルには子供たちのはしゃぐ声、槌やノコギリの音がにぎやかに響き、夜になると歌や手拍子、笑い声がステージを彩った。
こうして急速に街の形を整えていくセント・フローレスティーナ。畑ではロッソから降り注ぐ聖気のおかげですでに麦が色づき始めていた。
ガラーン、ガラーン!
セントラルの屋上にある鐘楼からの大きな響きが、朝の爽やかなセント・フローレスティーナを優しく包み込む。
「さぁみんな、今日は収穫だよーー!」
オディールはセントラルのステージに立ってみんなに手を振る。
ぞろぞろと出てきた住民たちはステージのオディールを見下ろすと、パチパチパチと拍手で応え、手を振り、口笛を鳴らした。
今日は初めての収穫、初の住民総出の共同作業である。
「そしたらみんなでレッツゴー!」
オディールは期待と不安が織り混じる中、右腕を突き上げ、ピョンと跳んだ。
◇
広大な麦畑では豊かに熟した黄金色の穂がさわやかな朝の風にそよぎ、ウェーブを作っている。
麦畑ではすでに今日の主役、ヴォルフラムが精神統一をして手順を確認していた。彼の風魔法を使って麦の穂を集めてくるのだ。責任重大である。
「そんな緊張しなくたっていいって!」
オディールはヴォルフラムの背中をパンパンと叩いた。
「いやでも、穂だけをうまく切り落として巻き上げる……、ちょっと難易度高すぎですよ……」
「大丈夫、大丈夫! 練習通りにやればいいからさ」
「そうよ、上手くやろうなんて思わずに、淡々とやればいいわ。お茶でも飲んで」
ミラーナもニッコリとほほ笑みながらマグカップを手渡した。
◇
空き地にむしろを敷き詰め、準備が整うといよいよ収穫である。
ヴォルフラムは大きく息をつき、魔法手袋を装着すると両手を麦畑へと伸ばし、真剣な表情でイメージを固めていく。
千人の視線がヴォルフラムに集まり、辺りは緊張感に満ちた沈黙に覆われた。
「子リス頑張るっすよー!」
トニオは空気を読まず腕を突き上げ叫ぶ。
すかさず、パシーン! とファニタがすかさずトニオの頭をはたいた。
「何言うとるんよ! 静かにしときんさい!」
まるで漫才のような息の合った突っ込みに、ドッと笑いが起こり、辺りを包む。
トニオは頭をさすりながら、ファニタをジト目でにらんだ。
一旦集中が途切れてしまったヴォルフラムだったが、おかげで余計な力も抜け、ニコッと笑うと自然体で風刃の呪文を唱えていく。オディールはそれに合わせてヴォルフラムの背に手を当て、魔力を一気に注ぎ込んだ。
一瞬二人は閃光を放ち、直後、緑色のまぶしい輝きを放ちながら、巨大な空気の刃が黄金の麦畑を軽やかに飛んでいく。
間髪入れずに放たれる竜巻。風刃で一旦宙に舞い上がった麦の穂を竜巻が追いかけながら回収していくのだ。
たわわに実った黄金色の麦の穂は竜巻の中にぐんぐんと吸い込まれ、天高く巻き上げられていった。
およそ百メートル範囲の麦の穂はこうして全て宙に舞い、やがてむしろのあたりに降り注ぐ。
まるで豪雨のように降り注ぐ大量の麦の穂。セント・フローレスティーナにもたらされた豊穣の恵みが今、黄金色の雨になって山のように積み上がっていく。
住民たちはその幻想的な光景に思わず息をのみ、あるものは涙ぐみながら手を合わせる。
最後の穂がパサっと麦の山に落ちた時、万雷の拍手が麦畑に響き渡った。
麦さえあれば飢えなくて済む。干ばつに苦しんでいた農民たちにとって、それは命を潤す恵みだった。
「ブラボー!」
ファニタは肩で息をしているヴォルフラムに駆け寄ると、ムキムキの腕に抱き着いた。
「あんたやるなぁ、何? 今の魔法。あんな盛大な魔法、うち見たことないって!」
いきなり抱き着かれたヴォルフラムは焦って、真っ赤になってしまう。
「あ、こ、これは姐さんの力で……」
「何言うとんの? こんな難しい技を一発で決めるなんてそうはできんよ」
「そうだよ、ヴォルはもっと胸張って!」
オディールはウブなヴォルフラムの様子に吹きだしそうになるのをこらえながら、背中をパンパンと叩いた。
トニオはジト目で口をとがらせる。
「何だよ、俺のこと褒めてくれたことなんて一度も無いってのに……」
「あらそう? じゃあ次、活躍したら褒めてあげるよ」
ファニタはニヤッと笑い、トニオの肩を叩いた。
「やった! 俺にもちゃんとしがみついてよ?」
トニオは嬉しそうに腕をまくり、力こぶを見せる。
しかし、ファニタはフンっと鼻で笑う。
「ちょっとこれ見ちゃうとねぇ……」
ヴォルフラムの異常に発達したムキムキの筋肉を、ファニタはトロンとした目でなでる。
「え? いや、ちょっと……」
女の顔になったファニタに焦るヴォルフラム。純朴な田舎青年は女性に迫られることに慣れていないのだ。
「くぅぅぅ、子リス! 覚えてろぉ! 俺もムキムキになってやっからよ!」
二人のやり取りに耐えられなくなったトニオは、ヴォルフラムをビシッと指さしながら、涙目で駆けていった。
◇
ガスパルは竿をみんなに配っていく。
「はい、みんなーー! 竿持って叩いてよー!」
集まった麦の穂は竿でバシバシと叩いて脱穀する。叩くことで穂から実が落ちるのだ。
キャハハッ!
子供たちも大人をまね、子供用の短い竿で叩いていく。叩くたびに穂からバラバラッと実が飛び散り、みんな楽しそうに作業を進めていった。
この一粒一粒が命をつなぐ貴重な食料である。砂漠のど真ん中で得られた初めての収穫物に感謝しながら、みんな無心に叩き続けた。
脱穀したらふるいにかけ、実だけにする。パンパンに膨らんだ大粒の実は見るからにおいしそうで、見る者全ての表情をほころばせた。
「なんと立派な実じゃ!」「これをパンにしたら美味しくなるよ!」「やったぁ!」
収穫の喜びがみんなを心地よく包み込み、幸せの息吹を運んでくる。
次は男たちの力仕事、石臼挽きだ。ミラーナの作った巨大な岩の石臼を、男たちが総出で回して挽いていく。
「おらぁ! やったるでー!」
トニオも気合十分で石臼についた棒を押し、回していった。
回すたびにゴリゴリと思い音を響かせながら、石臼のヘリからは砕かれた麦がポロポロとこぼれていく。これでようやく食べられる粉となったのだ。
こうして製粉された小麦粉は次々と袋詰めされ、積み上げられていく。大地の恵みがみんなの力で小麦粉の山へと変わっていったのだ。
その輝くような白い粉は、パンになり、麺になり、セント・フローレスティーナの活力へと変わっていくだろう。
次々と積み上がっていく小麦粉の袋を見ながら、住民はみな笑顔で充実感のある汗を流していた。
◇
日も傾いてきたころ、無事、住民総出の収穫も終わり、いよいよ収穫祭が始まる。
セントラルの広場では、レヴィアが真っ赤に熱した石窯を使い、次々とアツアツのピザが焼かれ、テーブルに配られていく。ピザの上にはカラフルな撫子やパンジーの花びらを盛り付け、何ともおしゃれな花のピザになっていた。
エールやリンゴ酒の樽も次々と開けられ、みんな思い思いに好きな飲み物を手にした。
「はーい、みんなー! 注目だよー!!」
赤毛を編み込み、紺色のジャケット姿のファニタがパンパンと手を叩きながらステージで叫ぶ。
「はい! そこ! こっち向くんだよー! ……。これより、収穫祭を始めるよー! それでは我らが領主、オディール・フローレスティーナ様よりご挨拶をいただくよ! みんなちゃんと聞いてよー!」
ザワザワしていた会場も一気に静まり返る。
夕焼けに真っ赤に輝くロッソをバックにオディールはステージに上がり、優雅な身のこなしで頭を下げる。白地に花模様の金の刺繍のついたドレスに身を包んだオディールは、魔法のスポットライトで明るく浮かび上がった。
おぉ……。うわぁ……。
農作業姿とは打って変わって、元公爵令嬢の洗練されたスタイル、身のこなしにみんなどよめいた。
オディールは集まってくれた住民のみんなを見渡し、微笑みを浮かべる。一人一人移住時にあいさつはしているものの、こうして正装でみんなの前に立つのは初めてなのだ。
「みなさん、お疲れさまでした」
ニコッと笑うオディール。
「お疲れさまー!」「オディールさまー!」「素敵ー!」
会場からは熱気がほとばしる。
オディールはそんなみんなの顔を見回し、感慨深そうに微笑む。
数か月前までただの砂漠だったところに花が咲き誇り、街が育ち、今、幸せな笑顔を浮かべるたくさんの人々が集まっている。それはまさに奇跡だった。
オディールは改めて自分のやってきたことは間違っていなかったのだと思いを新たにし、潤んでくる目頭をそっと押さえた。
静まり返る会場。
オディールは大きく息をつき、顔を上げる。
「この砂漠のど真ん中で、作物が大きく実り、食べ物が自給自足できるようになりました! これもみんなのおかげだよ! ありがとーう!」
大きく腕を突き上げるオディール。
うぉぉぉぉ!
空気が震えるほどの歓声が上がる。
オディールは両手を大きく広げ、歓声を受け止めながら会場の隅から隅までを満面の笑みで眺めていった。
一通り見まわすと、自分は幸せものだと深く感謝しながら深々と頭を下げる。
パチパチと万雷の拍手が会場を包んだ。
タイミングを見計らったミラーナがリンゴ酒のグラスを持ってステージにのぼり、オディールに手渡す。
オディールは笑顔で受け取って会場へと差し向けた。
「では、そろそろ乾杯しましょ? 今、手元に配ってる食べ物、それ、ピザって言うの。うちの畑で獲れたもので作ってるよ。お花が乗っててね、さわやかな苦みが結構癖になるんだ。これ、うちの名産品にするから食べてみて、美味しいよ! それじゃ、いくよ? カンパーイ!」
オディールは満面の笑みでグラスを高々と掲げた。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」
みんなエールのジョッキをゴツゴツとぶつけ、ゴクゴクとのどを潤していく。
「クハーーッ!」「美味い!」
あちこちで声があがり、パチパチパチとひときわ元気な拍手がセントラルに響き渡った。
こうして、街で最初のイベント、収穫祭は順調にスタートした。
ただ、千人のイベントの裏方は大変である。
ミラーナを中心としたピザ焼き部隊がフル回転で次から次へと焼いていくが、大好評で焼くそばから飛ぶように消えて行ってしまう。
「トニオ! ピザ生地まだね? 待ってるんだけど?」
綿棒で丸く引き伸ばしているトニオにファニタが怒る。
「だってコイツ、伸ばしてもすぐ元に戻っちゃうんだよぉ」
泣きそうになりながら力いっぱい伸ばすトニオ。
「おい、見なよ。こう回すんだよ」
ガスパルが、指先でクルクルッとピザ生地を回し、空中でどんどん大きく伸ばしていく。
「えっ!? 何それ?」
トニオは目を丸くして、あっという間に出来上がっていくピザ生地に唖然とする。
「お主には無理かな? カッカッカ」
ガスパルは笑いながら二枚目を回し始めた。
「くぅっ! 俺も回してやっからよ!」
真似してクルクルと回してみるトニオだったが、あっという間に失敗して床に落としてしまう。
「ああっ!」
「何やっとるんよ! あんた食べなさいよ!」
ファニタがパシッと頭をはたいた。
「くぅぅぅ、もう一回!」
トニオはもう一度指先でクルクルと回してみるが、やはりうまくいかず、ピョンと飛んで行ってしまう。
運悪く、生地はそのままファニタの顔にぶつかり、辺りに粉が散った。
粉だらけのファニタは怒りに震えながら鬼の形相でトニオをにらむ。
「ひっ!」
危機を察知したトニオは一目散に逃げだそうとしたが、一瞬遅く襟元をファニタにガシッとつかまれる。
あわわわわ……。
「『ごめんなさい』は?」
ファニタはギロリとトニオをにらんだ。
「ピザ生地が勝手に逃げ出したんだって! 俺のせいじゃないってば!」
「生地のせいにしない!」
パシーン!
あひぃ!
二人の掛け合いが広場に響き、笑いが起こった。
「おぉ、やってるやってる」「トニオ、謝れー」「もう一緒になっちゃえ!」
やじ馬の声にファニタは怒る。
「誰がこいつと一緒になるんよ?」
「え? 結構いい物件だと思うけどなぁ」
トニオはにやけて返す。
「いい物件はピザ生地ぶつけないの!」
ファニタは手にした綿棒でトニオのお尻をパシッとはたく。
「いてて、暴力はんたーい! みなさんもちょっと言ってやってくださいよ!」
トニオはおどけながら観衆にアピールする。
ワハハハ!
上がる笑い声。
もはや名物となってしまった仲良くケンカする二人を、みんな笑いながら温かく見守っていた。
結局その日は多くの酒樽が空っぽになって転がり、夜遅くまでにぎやかな声がセントラルにこだましていた。
翌朝、ロッソのよく見えるカフェテラスで朝食をとった一行――――。
「ねぇ、今スキルランクいくつ?」
オディールは食後のお茶をすすりながらミラーナに聞いた。
「え? 十五……かな?」
「へっ!? じゅ、十五ってSランク冒険者を超えてますよ!」
横で聞いていたヴォルフラムはビックリして目をまん丸にする。
「だって、毎日最大出力の魔法打ちまくってるんだもの。そのくらい行くわ」
ミラーナはちょっと得意げにヴォルフラムを見る。
インフラの土木工事はほぼすべてミラーナがやってきたのだ。その行使した魔法量は世界でもトップクラスになっている。ただ、敵を倒しているわけではないのでレベルは低いままだが。
「じゃあ、今日はゴーレム作ろうよ、ゴーレム!」
オディールは好奇心で目をキラキラと輝かせる。
「ふふっ、ゴーレムってこれの事かしら?」
ミラーナはポケットから丸い石ころを出してテーブルに置いた。
するとその丸みを帯びた石ころはちょこちょこと動き出し、ミラーナの手の上によじ登っていく。
「えっ!?」「はぁ!?」
「ハムスターゴーレムの『ハム』ちゃんよ。可愛いでしょ?」
ミラーナは腕を登るハムを見せながらニコッと笑う。クリっとした目がついていて、黄金色に光っている。
「す、すごいね。もうやってたんだ」
「だって、オディがハムスターも作れるって言うから練習してたのよ」
ミラーナはオディールの腕にハムを乗せた。
「うわぁ……、良くできてる……」
石でできたハムはクリっとした目を輝かせ、小首をかしげてオディールを見上げている。
オディールはハムを手のひらに乗せると、すべすべしたハムの頭をなで、嬉しそうに微笑んだ。
「ここまでできてたらワーカーゴーレムもできるね」
「ワーカーゴーレム?」
首をかしげるミラーナ。
「こういうのだよ、農作業や力仕事をやってもらおうかと思って」
オディールは設計図を出して広げた。
そこにはいかつい装甲で異彩を放つ人型機動兵器モビル・アーツのスケッチや、手足のパーツの概要が細かく書かれている。
「……。何……? これ……?」
ミラーナは眉をひそめて渋い顔をする。
「モビル・アーツだよ。ほらこの兜のような装飾、カッコいいでしょ?」
「……。もっと可愛いのがいいわ」
「えっ。いや、これにはロマンが……」
「なんかこう丸っこいのがいいの」
ミラーナは口をとがらせて頑固に譲らない。
いや……、えぇっ。
オディールは凍り付く。夢の等身大モビル・アーツの計画が根底から否定されてしまったのだ。堂々とした巨大なブーツから伸びる精悍な脚、無機質な胸部に強靭な肩。これらが生物のように力強く大地を駆け抜ける、そんな情景を思い描いていたオディールは言葉を失った。
「こういうのがいいのよ……」
ミラーナはそう言いながら紙に卵のような図形をかいて手足を生やし、丸い目玉を描いた。
「卵……」
オディールは言葉に詰まる。人型機動兵器モビル・アーツを作るはずが、このままだとハンプティダンプティみたいなファンタジーな妖精になってしまう。
「きっとこういう可愛い子の方が人気出るわよ」
ニッコリと笑いながらさらに違うバージョンの卵を描いていくミラーナ。
その嬉しそうな姿にオディールは何も言えなくなってしまう。やはり異世界の少女にモビル・アーツの魅力なんてわかるはずもなかったのだ。
すっかりしょげ返ってしまったオディールを見たミラーナは、焦った様子で言う。
「あ、そのうちにこのモビル何とかも作るわよ。でも、最初は卵で行きましょうよ」
重いため息と共にオディールは静かにうなずいた。
◇
その後二人で、熱い議論を交わしながら、ときに微笑みを交えて、卵型ゴーレムの設計をじっくりと詰め上げていった。
スピードを求めれば車輪が必要だが、車輪だと階段は登れない。となると脚と車輪のハイブリッドが答えだろうが、卵の下部に両方はなかなかうまく収まらない。
「二輪は止めて一輪にしようか?」
オディールはシュッシュと卵の下の方にタイヤを埋め込んだ絵を描いた。
「えっ! 倒れないかしら?」
「一輪車に乗ってる人もいるじゃん? そこは賢く頑張ってもらって……。それで脚はこう!」
そう言いながら長い腕を四本描いた。
「え? 腕……なの?」
「普段は車輪で動いて、階段などは下側の腕でゴリラみたいに歩くんだよ。どう?」
そう言いながら、可愛いクリっとした目を描き加えるオディール。
その、ぬいぐるみのような愛らしさにミラーナは嬉しそうに微笑む。
「あら可愛い! モビル何とかよりこっちの方がずっといいわよ」
「そ、そうかもね……」
オディールは死んだ魚のような目で力なく答えた。
オディールはジャラジャラと綺麗な小石をマジックバッグから出し、テーブルに広げた。
「さて、コアとなる石はどれがいい?」
ゴーレムは輝石を核にしてボディを作り上げる。石の色や硬さはそのままボディに反映させるので石選びは重要だった。
「うーん、この色が上品で綺麗かも? これにするわ!」
ミラーナは淡いクリーム色の石を取り上げる。それは瑪瑙のように半透明でしっとりと上質な美しさを放っていた。
「あぁ、素敵だね。卵型に合いそうだ」
「ふふっ、いい子に創らないとね」
ミラーナは微笑みながら、輝石を丁寧になでる。その指先には愛情が溢れていた。
◇
ミラーナは土魔法をつかって140cmくらいの卵のボディを創り出す。淡いクリーム色の半透明のボディは窓からの日差しを浴びて、しっとりと艶やかに輝いた。
「おぉ! まるで宝石みたいだね!」
ボディへと頬を寄せ、その表面を優しくなでるオディールの瞳は好奇心でキラキラしている。
「思ったより……、綺麗にできたわ」
はぁはぁと肩で息をしながらミラーナは優しくボディをなでた。
続いて手を生やす。素材は白い粘土で、下側の腕は足にもなるので太く丈夫にした。
最後に大きな車輪を作り、卵のボディに埋めこんでいく。
これで身体の出来上がり。後は魂を込めるだけである。
ミラーナは卵のボディに手を当てて、目をつぶり、イメージを固めていく。
石の塊が一つの生き物としてある種の命を帯びてゴーレムとして生を受ける。それはある意味神の領域に近い創造の力だった。土魔法使いでもそんなことができる人はごく一部だろう。そんな神に近い神聖な儀式がいよいよ始まる。
室内には静かな緊張が走り、オディールはゴクリと唾をのんだ。
ミラーナは首をグルグルと回し、一旦緊張をほぐすと両手をボディに添える。
「じゃあ、いくわよ……」
ブツブツと呪文を詠唱し、徐々にミラーナの身体が黄金色の光を帯びていく。それに合わせてオディールは魔力を注入していった。
直後、卵のボディが黄金色の光を放ち、ぶわっと輝く微粒子が全身から立ち上っていく。
光はどんどんと輝きを増し、最後に激しい閃光と共にズン! という爆発音を放った。
キャァ! うわぁ!
思わずしりもちをついて転がる二人。その予想外の激しい反応に何が起こったかさっぱり分からず二人は混乱してしまう。
「何だこりゃ! いてて……。大丈夫?」
もうもうと上がる煙の中をオディールはミラーナの手を取ってそっと引き起こす。
ミラーナはせき込みながら静かにうなずいた。
窓とドアを開け、煙を追い出していくが、ゴーレムはピクリともせず床にそのまま転がっている。
「……。失敗……、かな?」
オディールは、渋い顔でミラーナを見る。ミラーナは理由が分からず眉をひそめ、首をかしげていた。
「ハムちゃんと同じ手順なのよ? なんで爆発したのかしら……?」
その時だった。
キュィィィーーン……。
不気味な高周波音が部屋に響き渡ると、ゴーレムの丸い目がいきなり黄金色に閃光を放ち、輝いた。
あれ……? へ……?
直後、車輪がキュルキュルキュルと高速回転したかと思うと、ガバっと起き上がるゴーレム。
キュイッ、キュイッ!
黄金色の目を明滅させながら何かを語りかけてくるゴーレムだったが、刹那、急発進して二人の方に突っ込んできた。
「うわぁ!」「きゃぁぁぁ!!」
慌てて逃げる二人をかすめ、ゴーレムはそのまま棚に突っ込んだ。載っていたものを吹き飛ばし、自分もゴロゴロと転がっていく。
キュイッ、キュイーーーーッ!
ゴーレムは再度車輪を高速回転させガバっと起き上がると、また二人に向けて突っ込んでくる。
「止めて止めて!」「ダメ! 止まらないわ!」
二人は部屋から逃げ出し、慌ててドアを閉めた。
ズーン!
ゴーレムはドア脇の壁に激突し、激しい衝撃音が響き渡る。
あわわ……。
細かいチリが天井の方からパラパラと降ってくる中、二人は青ざめた顔を見合わせ、とんでもない事になってしまったことに途方に暮れた。
「た、大変なことになっちゃった……」「なんでいうこと聞かないのかしら……」
しばらく部屋の中ではゴーレムが家具を壊し、椅子を吹き飛ばし、ものすごい音をたてながら大暴れしつづける。
「おいおい、何やっとるんじゃ?」
騒動に気づいたレヴィアがバタバタと走ってやってくる。
「ゴーレムが言うこと聞かないんだよぉ」
オディールは口をとがらせ、部屋の窓を指さした。
レヴィアは窓から暴れるゴーレムを覗く。
「ふむ、こりゃ酷いな……。あ奴の名前は?」
「名前……? これからつけようと思ってたから、まだ……」
ミラーナは泣きそうな顔で答える。
「名前がないと暴れる奴がいると聞いたことがあるぞ」
「な、名前……」
口をキュッと結んだミラーナは、眉をひそめてしばらく何かを考える。
「私、行ってくる!」
ミラーナは大きく息をつくとドアを開け、部屋に入っていった。
「あっ! 危ないよミラーナ!」
慌てて追いかけるオディール。
ゴーレムは二人を見つけると、まるで怒り狂った牛のように猛然と突っ込んでくる。キュルキュルと車輪が高速回転する音が部屋中に響き渡った。
ミラーナは高速に明滅する黄金色の眼を見据えると、両手をゴーレムの方へ向け呪文を唱える。
「危ない! 避けるんじゃ!」
レヴィアの叫び声が響いたが、ミラーナはゴーレムをまっすぐに見すえたまま、最後まで詠唱しきった。
「土精霊に愛されし僕よ、汝の名は【キュルル】。我が力となれ!」
刹那、ゴーレムは眩しく黄金色に輝き、部屋は目も開けられないほどの光であふれた。
ズン!
ミラーナをかすめたゴーレムはそのまま壁に激突して、閃光を放ちながらゴロゴロと転がっていく。
一同は固唾を飲んで徐々に輝きが収まっていく卵型の石を見守った。
これでダメだとどうしたらいいか分からない。ミラーナは両手を組んで泣きそうな顔で祈る。
光が収まっていくゴーレム……。
室内にはパラパラと何かのかけらが落ちてくるかすかな音が響く。
直後、目が金色にキラっと輝いた。
キュイッ、キュイッ!
卵型ゴーレム【キュルル】は、鳴き声を立てると静かに立ち上がり、腕を使って器用にくるりと回ってミラーナを見つめた。
「キュルル、おいで」
ミラーナはニッコリと笑うとそっと手を伸ばす。
そろそろとミラーナの前まで来たキュルルは、下側の腕をついてミラーナに傅くと、左手を胸に、右手をうやうやしくミラーナに差し出した。
ふぅっと大きく息をついたミラーナは、ニッコリと笑いながら柔らかく白いキュルルの手を取る。
「最初から名付けておけば良かったわね。ごめんね」
そう謝るミラーナに、キュルルは『キュイィィィ』と申し訳なさそうに鳴いた。
「良かった! 成功だ!」
オディールはパチパチと手を叩きながら新たな頼もしい仲間の誕生を祝う。これから大きく成長していく街には警備などの危険な仕事や力仕事がたくさん出てくる。それをゴーレムが担当してくれるならとても助かるのだ。
キュルルは辺りを見回すと、自分がぶちまけてしまった棚や家具を慌てて一つずつ元に戻していく。長い粘土の腕を巧みに使って器用に丁寧に戻していく様には、先ほどまでの猛牛のようなどう猛さなどかけらもなく、勤勉で繊細な働き者だった。
「お疲れ様! こいつ、自分がやったことわかってるんだね」
オディールはミラーナの手を取り、ねぎらいながら言った。
「そうみたいね。これならいろんな仕事を頼めるかもしれないわ」
ミラーナは甲斐甲斐しく働くクリーム色の卵型ゴーレムを見つめながら、優しく微笑んだ。
◇
しばらく元気に動いていたキュルルだったが、急に動きが緩慢になり、眼の輝きが消え、『キュー……』と、いいながら止まってしまった。
「あ、あれ? 壊れちゃった?」
オディールが恐る恐るキュルルをつついていると、レヴィアが腕を組んで言った。
「燃料切れじゃろう。このくらいのサイズのゴーレムは燃費悪いからのう」
「あ、じゃ、魔力をまた込めればいいの?」
「それじゃまたすぐ燃料切れになるぞ。魔晶石を使えばよかろう」
「魔晶石? あの、魔法のランプに入ってる……」
「そうじゃ、あれは光の魔晶石。魔晶石に込められた魔力が電池のように魔法を駆動し続けるのじゃ。ゴーレムなら土の魔晶石をボディに埋めておけばよかろう」
「おぉ! それなら動き続けられるんだね!」
オディールはニコニコしながらレヴィアに手のひらを差し出した。
「おい……、何じゃその手は?」
レヴィアは眉をひそめる。
「レヴィちゃんなら持ってるよね? 魔晶石」
レヴィアはギュッと目をつぶる。
「お主、土の魔晶石は貴重なんじゃぞ? 分かっとるのか?」
「知らないけど、レヴィちゃんたくさん持ってそう」
ニコニコと嬉しそうに言うオディール。
「土の魔晶石で大きいのとなると、それこそジャイアント・トレントとか倒さんと手に入らんのじゃ」
「あー、じゃ、今度一緒に倒しに行こう! だからそれまで貸して」
オディールは小首をかしげてニコッと笑いながら両手を出した。
「見つけるの大変なんじゃぞ……。ふぅ、お主には敵わんな。貸すだけじゃぞ」
レヴィアは大きくため息をつくと、空間を裂き、中から黄色に光る透明な丸い石を取り出す。
「おぉ……」「こ、これが魔晶石?」
二人は黄色に輝く鮮やかな煌めきに思わず見とれてしまう。
「輝きが無くなったら魔力充填が必要じゃ。聖水にでも漬けておけば一晩で満タンになろう」
「え? 漬けるだけでいいの?」
「聖気とは混じりけのない純粋な魔力のこと、それがたっぷり溶け込んだロッソの上質な聖水なら漬けるだけで充填されるじゃろ」
「それはいいね! じゃあ十個くらい貸して」
オディールはニコッと笑ってまた手を出した。
「じゅ、十個!?」
「まずは十体つくるんだよ。レヴィちゃんいっぱい持ってるでしょ? 借りるだけだからさぁ」
レヴィアは大きくため息をつくとジト目でオディールをにらむ。
「貸すだけじゃぞ? お主もちゃんとトレント倒すんじゃぞ?」
「分かってるってぇ!」
オディールはニコニコ笑いながらパンパンとレヴィアの肩を叩いた。
こうしてセント・フローレスティーナには頼もしいゴーレム部隊が誕生した。休みも取らず淡々と力仕事をこなせるゴーレムは特に、物流方面で大活躍することになる。
魔晶石でまた元気を取り戻し、健気に働くキュルルを見ながらオディールは静かにガッツポーズをした。