【お天気】スキルを馬鹿にされ、追放された公爵令嬢。不毛の砂漠に雨を降らし、美少女メイドと共に甘いスローライフ~干ばつだから助けてくれって言われてももう遅い~

 うららかな春の昼下がり、豪奢なお屋敷の廊下では赤いじゅうたんが陽の光を浴びて鮮やかな輝きを放っていた。メイドのミラーナは、観葉植物の植木鉢の手入れに集中するため、目を閉じ、手を伸ばして土魔法の呪文をささやいている。

 すると、光り輝くブロンドの髪を編みこんだ美少女が、いたずらっ子の笑みを浮かべながら抜き足差し足、そっとミラーナの後ろに近づいていく。

 くふふふ……。

 水色のワンピースに包まれたまだ発達途中のきゃしゃな体に、透き通るような白い肌、そして静寂な森の泉を彷彿とさせる澄み通る碧眼。この公爵家の屋敷の令嬢、オディールだった。

 オディールはミラーナのところまで行くと、そっと背中に手を当てて気を込める。

 瞬く間に、ミラーナは神秘的な黄金色の輝きに全身をつつまれた。

 キャァッ! と驚くミラーナ。

 同時にボン! と、植木鉢が軽い爆発を起こして、もうもうとした土煙が廊下を覆う。

 オディールから注がれた膨大な魔力で土魔法が暴走してしまったのだ。

「もうっ!」

 全身土だらけとなったミラーナは、抑えきれぬ怒りで体をブルブルと震わせる。

「ご、ごめん! ちょっと驚かそうと……しただけなのよ」

 少女は想定外の爆発に焦り、冷や汗を流しながら弁解した。

 鬼のような形相をして振り向いたミラーナは、ドスの効いた声で怒る。

「お嬢様……。いたずらは止めてくださいって何度もお願いしてますよね?」

「ご、ごめんなさーい!」

 慌てて逃げるオディール。

 しかし、廊下の向こうから、ツカツカと足音が聞こえてくる。爆発音を聞いて慌てて飛び出してきた公爵だった。

「あわわわ、ヤベッ!」

 逃げ場を失ったオディールは顔をしかめ、あたふたする。

「またお前か! お前は王子と結婚してこの国の王妃となるんだぞ! いつまでそんないたずらしとるのか!」

 公爵はオディールを指さし、真っ赤になって怒鳴り散らした。

 後ろを振り向くオディールだったが、ミラーナが仁王立ちしていて逃げられない。

「せっかく婚約までこぎつけたんだぞ。お前がなすべきことは王子に気に入られ、子を産むことだ。他のことは一切するな!」

 ものすごい剣幕でまくしたてる公爵に、オディールは窓の外をチラッと見てニヤッと笑う。

「やなこった!」

 あかんべーをしたオディールは窓枠に足をかけるとピョンと跳び、トネリコの枝に飛び移った。

「あ、危ない!」「な、何だと!」

 あっけにとられる二人を見ながらオディールは、楽しそうに手を振って見せる。

「こっこまでおいでー!」

 そう言うと、オディールは水色のワンピースのすそをキュッと結び、するすると猿みたいに地面に降りていった。

「お前! 自分の立場を分かっとるのか!」

 公爵は窓から身を乗り出して真っ赤になって怒るが、オディールは嬉しそうに、

 きゃははは!

 と、笑いながら走り去っていった。

「あ、あいつめ……」

 公爵はギリッと歯を鳴らし、ガン! と柱を拳で殴る。オディールを政略結婚の駒としか考えていない公爵の父娘(おやこ)関係はすっかり破綻していた。

「も、申し訳ございません……」

 ミラーナは土まみれのメイド服のまま、深々と頭を下げて謝る。この四年間、オディールの世話をし続けてきたミラーナだったが、オディールのお転婆っぷりには振り回されてばかりだった。

「婚約が破棄になったりしたらお前はクビだからな!」

 公爵はミラーナを指さし、怒鳴りつける。いかつい体躯から繰り出される怒気にミラーナは圧倒され、青い顔でうつむくしかなかった。


        ◇


 オディールは古びた物置の秘密の屋根裏に寝転がり、小さな窓越しにゆったりと漂う白い雲の移ろいをぼんやりと眺めていた。

「何が公爵令嬢だよ、ただの政略結婚要員じゃねーか。そもそもなんで女なんだよ! はぁぁぁぁ……」

 口をとがらせながらパンと太ももを叩き、大きくため息をついた。

 オディールは東京で営業をやっていた若手サラリーマンだったが、交通事故であっさり死んでしまい、この世界に転生してきたのだった。女神には「貴族でチートで」とお願いして確かにその通りになった。しかし、女になるとは聞いていなかったし、こんな政略結婚させられる立場だというのも想定外である。

 チートの方は、魔力無限大というとんでもない物をもらったものの、これもスキルをもらわないと活用はできない。スキルは明日、教会の【神託の儀】で受け取ることになっているが、どんなスキルかはまだ分からない。【大聖女】など大当たりであれば国を挙げて祝われるが、外れスキルだったら一生役立たず呼ばわりされてしまうだろう。

 しかし、【大聖女】を引いたら幸せになれるのだろうか? オディールは首を傾げ、眉間にしわを寄せた。確かにチヤホヤはされるかもしれないが、それが幸せにつながるかがオディールにはピンとこなかった。

「あーあ……。異世界って言ったら、勇者になってハーレムで可愛い女の子たちとイチャイチャだろ常識的に考えて……」

 肩をすくめ、首を振る。

 その時、ガタっと後ろで物音が聞こえた。

 え……?

 慌てて振り向くと、ミラーナが不思議そうな顔をして立っている。

「ハーレムでイチャイチャがどうしたんですか?」

「ミ、ミラーナ! いたの!?」

「えぇ、お嬢様は嫌なことがあるといつもこちらですからね。……、王子様がハーレム作るのをご心配されているんですか?」

 心配そうにオディールの顔をのぞきこむミラーナ。

 オディールより二つ年上のミラーナは今年十七歳。すでに女性としての魅力が香り始めており、メイド服を盛り上げる豊満な胸、すっぴんながら整った顔立ちにはドキッとさせられるものがある。今は自分も少女ではあるが、心は二十代サラリーマン。無防備に近づかれるとどうにかなってしまいそうである。

「あ、あの女好きなら作るでしょ。王子様なら止めようもないし……」

 そう言いながら目をそらすオディール。

「あら、顔が赤いですね。熱かしら?」

 オディールが自分にドキドキしているなんて考えもしないミラーナは、額をくっつけてくる。

 ええっ!?

 目の前には美しくカールしたまつ毛に、澄み通ったブラウンの瞳。急速に高鳴る心臓に、オディールは本当に熱が出てしまいそうになった。

「うーん、少し高いかもしれませんね……。お部屋に戻りましょう」

 ミラーナはニコッと笑うと、オディールの手を取る。

 オディールは、柔らかいミラーナの手の暖かさに癒されながら、静かにうなずいた。
 いよいよ【神託の儀】の日がやってきた――――。

 公爵家の紋章をあしらった青い刺繍が鮮やかな、白いエレガントなドレスを身にまとい、オディールは神妙な面持ちで馬車に揺られていた。これから自分の未来が決まる、それはまるで合格発表に向かう受験生の気分であった。

 やがて大聖堂のファサードの前で馬車は止まり、従者がドアを開ける。

 エンジ色の豪奢な馬車から一歩一歩ゆっくりと降り立ったオディールは、キュッと口を結ぶとファサードを見上げた。

 そこには神話をモチーフとした壮麗な彫刻が無数彫られ、その上で天を衝く尖塔は見事と言うほかなく、オディールは気おされてふぅとため息をついた。

「お嬢様、お待ちしておりましたよ」

 純白の法衣に黄金の煌びやかな帽子をかぶった小太りの男が声をかけてくる。教皇だ。
教皇はオディールの身体をジロジロと舐めまわすように見ると、一瞬いやらしい笑みを浮かべ、聖堂内へといざなった。

 オディールは身体を品定めされたことにムッとし、両腕で胸を隠しながら、無言で教皇についていく。

 堂内に足を踏み入れると、ゴシック様式の豪華な装飾が広大な空間を彩り、その美しさに圧倒された。精緻なステンドグラスから差し込む日の光が赤青緑の鮮やかな模様を床に描き、奥には大理石でできた大きな女神像が(まつ)られている。

 うわぁ……。

 その美しさにオディールは思わずため息をつく。

 教皇に導かれるままに多くの公爵家関係者が列席している間を通り、最前列の席に案内されたオディールは女神像を見上げる。純白の大理石が描き出す、ゆるくふんわりとカールした長い髪に、整った小さな顔、それはまさに転生の時に会った女神そのものだった。

 サラリーマンが命を落として今、異世界で神託を受けようとしている。その数奇な運命にオディールは感情を言葉にできず、無言でただ女神の彫像を見つめていた。

「ちょっと……」

 いきなり後ろから肩を叩かれ、オディールは驚いて振り返る。

 そこには濃い化粧をした大叔母がオディールを不機嫌そうに見つめていた。

 今日は予想外に多くの関係者が参列している。それはオディールの持つ魔力が異常に大きいと聞きつけていたからだ。今までにない魔力を持つ公爵令嬢、それは伝説レベルのスキルを(たまわ)る前兆ではないかという期待に繋がる。オディールが伝説級のスキルの持ち主となれば公爵家の権勢は大きくゆるぎないものになり、関係者の得られる権益も跳ね上がるのだ。

 オディールはそんな欲の皮の突っ張った魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもに嫌気がさしていたが、貴族の親戚づきあいとはこういうものかと諦めている。

 大きく息をつくとオディールは作り笑顔で聞いた。

「な、なんでしょうか?」

「あんたの神託に我がグランジェ公爵家の未来がかかってるのよ、分かってる?」

 つり上がった目をギロリと光らせてオディールを威圧する大叔母。

「分かってますが、自分では選べないですよね?」

 引きつった笑顔で返すオディール。

「伝説の【女神に愛されしもの】を引きなさい。最低でも【聖女】よ? 神聖力が出せないスキルは絶対ダメ。分かったわね?」

 オディールは無理難題を言ってくる大叔母にウンザリし、あまりのバカバカしさにクスッと笑い、返した。

「もちろん叔母さまは聖女以上なんですね?」

 大叔母は一瞬目を真ん丸に見開くと、真っ赤になって奥歯をギリッと鳴らし、鬼のような形相でオディールをにらみつける。

 この人は自分の事を利権の駒としか考えていないのだと思うと、オディールは心底ウンザリし、大きく息をついた。

 カツカツカツ……。

 教皇が靴音を響かせながら壇上に上がり、【神託の儀】の開始を告げた。

 オディールは肩をすくめると前を向き、教皇を見上げる。

 一同起立が促され、パイプオルガンの重響が大聖堂全体を包み込み、讃美歌が始まった。美しい歌声が大聖堂を満たし、心なしか純白の女神像も光を纏って見える。

 いよいよ始まる神託の儀、しかし、オディールは何が正解か分からず鬱々としていた。

 もちろん、伝説のスキルをもらえたらまるで神のような奇跡を起こせるだろうし、ここにいる関係者は歓喜に包まれるだろう。しかしそれは国のシステムでガッチリと管理されることを意味し、一生宮殿から一歩も出られないような自由のない暮らしになってしまう。何しろ国の守護神なのだ。万が一のことがあっては国の存亡にかかわってしまう。

 果たしてそれは本当に自分の望むことだろうか?

 その時、ふとミラーナの顔が浮かび、宮殿暮らしとなればもうミラーナとは一生会うことができなくなることに気付いた。孤児院出身の貧しい少女が国の守護神のお付きの人なんて認められないだろう。

 オディールはハッとして、皆が賛美歌を歌う中、口を開けたまま立ち尽くした。

 自分が今までつまらない貴族暮らしを何とか我慢できていたのは、ミラーナがいてくれたからである。くだらない社交界の鍔迫(つばぜ)り合いがあっても、彼女の温かい包容力に癒されていたから耐えられたのだ。彼女のいない宮殿暮らしなどもはや牢獄と変わらない。

 マズい……。

 ここにきてオディールは、このまま流されていてはいけないことにようやく気が付いた。

 自分を利用しようとする魑魅魍魎(ちみもうりょう)どものために自分の一生を捧げるなんてバカらしい。せっかく転生させてもらったのだから、自分らしく伸び伸びと生きるべきではないだろうか? かごの鳥のような人生などまっぴらごめんだ。

『僕らしく生きてやる!』

 オディールは意を決してグッとこぶしを握る。その瞳には揺るぎない決意の輝きが宿っていた。
「オディールよ、ここへ……」

 讃美歌が終わり、オディールは女神像の下に呼ばれる。いよいよ神託が下されるのだ。

 女神像の前でひざまずくと、オディールは思いのたけを込めて必死に祈る。

『女神さま! 外れスキルをください! ミラーナと一緒に自分らしく生きられる、とびっきりイカした奴をお願いします!!』

 オディールは生まれて初めて、情熱的な信念を持って理想の人生を願った。それは目指すものがなく、ただ流れに身を任せてきた前世とは、驚くほど対照的な強烈な決意であった。

 その決意に呼応するように女神像から祝福の光の筋が降り注ぎ、オディールを神々しく明るく照らし出す。

「おぉぉ……」「こ、これは……」

 列席者のどよめきが大聖堂内に響きわたった。

 目をギュッとつぶり、強い想いを込めながら祈るオディールの身体は黄金色の光の微粒子の渦に包まれる。

『外れを望むか……、面白い。(なんじ)の覚悟、見せてもらおう……』

 耳元で女神がささやく声がした。

 オディールを包んでいた無数の光の微粒子がパァッと激しい閃光を放ち、カランカランとどこからか鐘の音が響いてくる。

 【神託の儀】でこんなことが起こったのは初めてだった。

 出席者たちは驚きに打ち震え、神聖な奇跡に目を奪われる。

 やがてオディールを包んでいる光の微粒子が、まるで湯気のようにゆらゆらと立ち上ると女神像の上の方で形を作っていく。

 一同が固唾を飲んで見守る中、文字が浮き上がってきた。

 やがてくっきりとした三文字が浮かび上がり、そこには、

『お天気』

 と、書かれたのだ。

「え……?」「は?」「何……これ?」

 一同、目を丸くしてその見たこともないスキル名に言葉を失う。

 普通、スキル名とは【精霊に愛されしもの】や【魔を退けるもの】といったような機能の想像できる名前がついている。しかし、【お天気】というのは何を意味しているのかよく分からないし、こんなスキルをもらった者など誰も聞いたことが無かったのだ。

 オディールは自分だけに見えるステータスウィンドウを開き、

『雨、雲、雷、風など天候を操るスキル』

 という、説明を見てニヤッと笑う。それは天変地異すら起こせる、まさに神のような強大なスキルに見えたのだ。

 しかし、出席者は一様にガッカリとし、パラパラと帰路につくものも出る始末。王家に重用されるには神聖力を出せるスキルが必須だったのだ。

 そもそも台風も豪雪もない穏やかな気候のこの国では、天候を操れることの意味が全く分かっていないようである。

 公爵は慌てて教皇のところへ行くと、説明を求めたが、教皇も前例がないと首をひねるばかりで返答に窮している。

 公爵は怒鳴り散らし、親族たちも教皇に詰め寄って騒然とし始めた。

『さすが女神様、絶妙なラインを突いてくれている』

 希望通り外れスキルを得たことになったようで、オディールは思わずニヤッと笑った。これでミラーナとは離れ離れにはならなくてすみそうだ。

 オディールはグッとガッツポーズをすると、清々しい笑顔で女神像に一礼し、壇上からひらりと飛び降り、出口を目指す。

「オディール! 待ちなさい!」

 公爵は叫んだが、オディールは振り返りもせずにそのまま外へと飛び出していった。

 石畳の道を駆けながらオディールはスッキリとした気分でピョンと跳び上がる。

「ヤッター! きゃははは!」

 権力の虜となっていた魑魅魍魎どもの(かせ)から解放された喜びに、オディールの心は晴れ晴れと澄み渡っていた。

 バラの甘く華やかな香りが脇の庭園から立ち上り、まるで未来を祝福しているようにオディールを包みこんだ。


    ◇


 その夜、オディールは青を基調とした可愛いフリルのドレスに身を包み、王子主催のパーティに来ていた。

 外れスキルを得たことはもう王子も知っているだろう。きっとロクなことにならないと、オディールは出席を渋ったが、ミラーナに『例えそうだとしても出席するのが令嬢の務めです』ときっぱりと言い切られ、嫌々ながら会場までやってきたのだ。ミラーナにそこまで言われては出る以外ない。

 夕闇がせまる中、微かに揺れ動く魔法のランプが白亜の宮殿を幻想的に照らし出している。この地で最も絶賛される宮殿の華やかさに、オディールはふぅとため息をついた。

 宮殿のボールルームの窓からは、煌びやかなドレスを身に纏った貴族の令嬢たちが賑やかに談笑する様子が垣間見れる。

 あの中でうまく立ち回らなくてはならない、それはサラリーマンの処世術しかもたないオディールには極めて憂鬱な難問だった。しかし、ここまで来て引き返すわけにもいかない。

 オディールは深く息を吸い込みグッとこぶしを握ると胸を張り、女の戦場へと自らバーンとドアを勢いよく開けた。

 すかさず集まる視線……。

 オディールは会場を見渡し、ニコッと笑うと、ツカツカとヒールを鳴らし、何食わぬ顔で入っていった。

 ザワっと会場がどよめく。

 王子の婚約者である公爵令嬢は外れスキルだった、という情報はすでに全員に知れ渡っているようで、みんな眉をひそめながらチラチラとオディールの方を見てくる。

 いつもなら、いい関係を築こうと田舎貴族の娘たちがオディールの周りに集まってくるのだが、今日は誰もやって来ない。現金なものである。

 そんな針のむしろのような状況ではあったが、オディールは逆に踏ん切りがついてどこかスッキリとした気分だった。自分には女神からもらった最強のスキルがある。そう思うだけでどんな状況になっても道は切り開ける気がしたのだった。

 クスッと笑い、ウェイターからリンゴ酒(シードル)のグラスを受け取るオディール。

 シュワシュワとするリンゴ酒(シードル)のさわやかな刺激を感じるうちに、果たしてどういう展開になるのかオディールは楽しみにすらなってきた。

 その時だった。

 パッパラー!

 儀仗(ぎじょう)隊のラッパが高らかにボールルームに響きわたる。
「ヴィルフリート殿下のおなーりー!」

 二階の扉が開かれ、王子が出てくる。まるで映画の中から飛び出したようなブロンドのオールバック頭に蝶ネクタイ姿のイケメンは、ニヤリと笑って階下の来客たちを睥睨(へいげい)した。

 だが、会場は一瞬のうちにざわめきを見せた。驚くべきことに、王子に続いて赤いフリフリドレス姿の少女が出てきて王子に寄り添ったのだ。

 婚約者のオディールが来ていることを知りながら、女連れで登場した王位継承者。これはこの国の将来に関わる重大ゴシップであり、みんな息をのんで嵐の予感に身構えた。

 そんな来客たちを気にもせず、王子は少女の手を優雅に取り、自信満々に階段を下りてくる。

 オディールは早くもアグレッシブな手を打ってきた王子に感心しながらリンゴ酒(シードル)を一口傾けた。

 オディールはその少女に見覚えがあった。王立学院(アカデミー)の後輩で、どこかの男爵家の令嬢だったようなかすかな記憶がある。年下ながらすでに豊満な胸にくびれたウェストで大人の色香をにおわせ、それを武器にする嫌な奴だった。

 王子はオディールの前までやってくると、不機嫌そうにギロリとオディールを見下ろし、叫んだ。

「オディール! お前はこのアマーリア嬢をイジメていたそうじゃないか! そのような者は王族に連なることはできん! ここに婚約破棄を申し渡す!」

『なるほど、冤罪で来るのか』

 オディールはちょっと意外に思いながら、王子の後ろに隠れるようにして猫をかぶっているアマーリアをチラリと見て、堂々と返す。

「イジメてなんていませんわ。何か証拠がおありですの?」

「刃物で切られたドレスを見たぞ。お前がやったんだろ?」

「アマーリアさんがご自分で切ったのでは? 私はそんなことやりませんわ」

 王子はピクッと眉を動かすと、振り返ってアマーリアに聞く。

「お前がやったのか?」

「私じゃありません! 先週更衣室で切られたんです!」

 アマーリアは目をウルウルとうるませながらオディールを指さし、訴える。

「先週はわたくし、王立学院(アカデミー)には登校しておりませんが?」

 オディールは腕を組んでキッとアマーリアをにらんだ。法廷ではないのだから厳密な冤罪工作は不要とは言え、あまりに頭の弱いずさんな計画にウンザリする。

「えっ? それじゃ先々週だったかしら……。でも、間違いなくコイツにやられたんですぅ!」

 アマーリアは王子の腕にしがみついて涙をポロリとこぼした。

 王子はアマーリアのミルキーベージュの髪をそっとなでると、オディールに吠えた。

「アリバイ工作などいくらでもできる! 言い逃れせずに認めよ!」

 その時、オディールは王子の首に赤いあざがあることに気が付いた。

「あら、できたてのキスマークがついていますわ。この女と不貞を働いてきたんですの? 婚約者がありながらどうかと思いますわ」

 ドヤ顔で責めるオディール。

「えっ、えっ……?」

 王子は慌てて首をさすり、アマーリアは真っ赤になってうつむく。

「婚約破棄したいなら正々堂々とやりなさい。王位継承者がこんな小娘の言いなりになって恥ずかしいですわ」

 オディールは毅然と言い放った。

 王子はギリッと奥歯を鳴らす。

「聞いたぞ、お前は【お天気】スキルだってな。そんなクズスキル何に使うんだ。ド田舎で日向ぼっこでもしてろ!」

「あら、天候を操れるというのは神様のようなスキルですわ。その真価がお分かりにならなくて?」

「はっはっは! 何が神様だ。そんなスキル犬にでも食わしておけ!」

 王子はオディールを指さし、嘲り笑う。

 オディールはふぅと息をつくと、王子に冷たい視線を投げかけながら言った。

「では、【お天気】スキルが必要になっても絶対助けませんわよ? よろしくて?」

「おぉ、結構だ。この国にお前など要らん」

「後悔しますわよ? 王位継承者は言葉を選ばれないと……」

 オディールがたしなめるように言うと、王子は逆上して叫ぶ。

「なんだお前は、いつもいつも偉そうに! このツルペタが!」

 カチッ。

 オディールの頭の中で何かのスイッチが入った音が響く。

 次の瞬間、オディールは無意識にリンゴ酒(シードル)を王子にぶっかけていた。世の中言っていいことと悪いことがある。オディールは元々男であり、胸の大きさなんてどうでもいいと思い込んでいたが、心の奥底では相当なコンプレックスとなっていたようだった。

 ポタポタと美しい金髪からリンゴ酒(シードル)(したた)らせながら凍りつく王子。どよめく観衆。

 今まさに歴史が動く瞬間に観衆は固唾を飲んだ。
 王子は鬼のような形相を浮かべ、ブルブルと震えると、思いきりオディールの頬を平手打ちにした。パーン! と、いう痛々しい音が静まり返るボールルームに響き渡る。

 きゃぁ!

 たまらず倒れ込むオディール。

「き、貴様は追放だ! 追放処分にしてやる!!」

 わめきたてる王子に観衆はどよめいた。

 オディールは叩かれたほほを押さえながら呆然とする。

 頭が悪く女癖の悪い暴力王子、そんな王子と政略結婚が仕組まれる上流階級の世界、全てにウンザリしたオディールはもうどうでもよくなってしまった。

 よろよろと立ち上がると、肩をすくめ、オディールは出口へと歩く。ザワつく来客は眉をひそめながらうつろな眼のオディールに道を譲った。

 婚約破棄を願ってはいたものの、さすがにここまでやられると凹まざるを得ない。リンゴ酒(シードル)をぶっかけたのは失敗だったようにも思ったが、伸び伸びと心のままに生きると決めたのだ。侮辱には対抗しないと心が死んでしまう。

 オディールはギィとドアを開け、静かに帰路についた。


      ◇


 外に出てふらふらと石畳の道を歩いていくと、ボールルームからダンスの生演奏が流れてくる。策略と謀略が織り成す社交界に鳴り響く美しい音色。見れば王子はニヤニヤしながらアマーリアと踊っている。

 ギリッと奥歯を鳴らしたオディールだったが、ふと思い立ってニヤリといたずらっ子の笑みを浮かべた。

 王子がバカにした【お天気】スキル。その真価はどんなものだか、せっかくだから試してやろうと考えたのだ。

 何度か深呼吸をして精神統一し、雷をイメージしたオディールの頭に自然と祭詞(さいし)が浮かびあがる。その初めての神秘的な体験に少し驚いたオディールだったが、ニヤッと笑うと手のひらを夜空へと掲げた。

「【雷神よ、その(たけ)き闘志を解き放て】」

 直後、膨大な魔力がオディールの身体から巻き上がり、一直線に天を目指す。

 もこもこと湧きおこる暗雲……。

 刹那、強烈な閃光が天と地をまばゆく埋め尽くし、ズンッ!という重厚な地響きとともに激烈な雷鳴が王都を揺るがせる。超特大の雷が、まるで天からの怒りを表すかのように、王宮に直撃したのだ。

 稲妻は屋根瓦を吹き飛ばし、魔法のランプを消しさる。

「キャーーーー!」「うわぁぁ!」

 真っ暗になったボールルームは大騒ぎである。

 WOW(ワオ)

 オディールは両手を開き、目を真ん丸に見開いて、圧倒的な威力に大喜び。

 さすが女神に特別に選んでもらったスキル、とんでもない威力である。

 すると、王子の叫び声が聞こえてくる。

「ひぃぃぃ! 恐いよぉ! 誰か明かりつけてよぉ! 早くぅ!」

 あまりにも間抜けな狼狽っぷりにオディールは思わず吹き出してしまう。

「バーカ! ざまあみろ! きゃははは!」

 オディールは楽しそうにピョンと跳びはねた。

 天候を操るということは大自然の力を操ること、そのパワーは計り知れない。オディールはここに貴族社会にしがみつく必要もない、無限の可能性を感じた。

 このチートスキルを使って自分らしい人生を切り開くのだ、とオディールは強く決意し、昇り始めたオレンジ色の満月に向けて腕をグッと伸ばした。


      ◇


「お嬢様、公爵様がお呼びです」

 翌日、ミラーナに声をかけられたオディールは、運命の時がやってきたと大きく息をついた。

 執務室に入ると公爵はものすごい形相でオディールをにらみつけてくる。

「お父様、お呼びですか?」

 平静を装いながら、ワンピースのすそをもって丁寧に挨拶をするオディール。

「お前、殿下に酒をぶっかけたそうだな?」

 ドスの効いた声で問いただす公爵。

「あの男が浮気して、冤罪押し付けて、私の身体をなじったので公爵家の誇りを守るため対抗措置に出ただけですわ」

 しれっと言い返すオディール。

「何が誇りだ! 正式に婚約破棄の連絡が来てしまったじゃないか! これですべての計画が台無しだ、どうしてくれる!」

 公爵は届いたばかりの書類をバンと机に叩きつけて怒った。

「それはお父様の勝手な計画ですわ。わたくしは一度も賛同したことなどなかったですもの」

 毅然とした態度で言い放つオディール。

「な、なんだと……」

 公爵はわなわなと震えながら鬼のような形相でオディールをにらんだ。

「ご不満なら、わたくしを辺境の公爵領に飛ばしてみてはいかがですか?」

 オディールはニコッと笑う。

 ガン! 公爵は机を激しく殴る。鍛え抜かれた体躯から繰り出されたこぶしは机をきしませ、倒れたカップからお茶が飛び散った。

「追放だ……」

「え……?」

「追放だ! もう、お前は公爵家の人間ではない! 今すぐこの屋敷から出ていけ!」

 激高した公爵は、声を震わせ怒鳴り散らした。

「よ、よろしいのですか? わたくしの【お天気】スキルは神の力に匹敵……」

「何が神の力だ、そんなもの要らん! とっとと出ていけーーーー!!」

 公爵は怒りに任せて紅茶カップを弾き飛ばし、床で砕ける鮮やかな音が部屋に響きわたる。

 こうしてオディールは全ての地位を剥奪され、何の後ろ盾もないただの平民へと転落してしまったのだった。
 オディールは清々とした気分だった。追放までは予想外ではあったが、それでも権謀術数(けんぼうじゅっすう)飛び交う伏魔殿から解放された事は歓迎すべきことに思えたのだ。

 足早に自室に戻ったオディールがドアを開けると、窓からの日差しが温かく室内を照らす中、ミラーナが片づけをしていた。

 清潔感のあるメイド服に身を包み、背筋をピシッと伸ばしながら棚の小物を整理している。

「おかえりなさいませ……」

 ミラーナはニコッと温かい微笑みをうかべながらオディールの方を向いた。

 勘当された今となっては、もうミラーナは自分のメイドではない。オディールはその事実に胸が苦しくなり、ミラーナに駆け寄って腕にキュッと抱き着く。

「お、お嬢様、どうされましたか?」

 オディールは何も言わずしばらくミラーナの体温を感じていた。ふんわりと立ち上る柔らかな香りをいっぱい吸い込んで心を落ち着ける。

 あらあら……。

 ミラーナはわずかに戸惑いつつも、柔らかな微笑みを浮かべ、そんなオディールのブロンドの髪をやさしくなでる。

「ねぇ……、ミラーナ?」

 オディールはチラリと上目遣いで声をかける。

「どうしたんですか?」

「旅に出よ?」

「は? 旅? どこへですか?」

「大陸中あちこちをミラーナと一緒に周りたいの!」

 オディールは困惑するミラーナの手を取り、つぶらな瞳を見つめた。

「何をおっしゃってるんですか、王立学院(アカデミー)や王子様とのご婚約もあるのに……」

「それ、みんななくなったのよ。勘当だって」

 オディールは肩をすくめる。

「か、勘当……」

 ミラーナは目を皿のように丸くして言葉を失った。

「ほら、これ見て」

 オディールは衣装ダンスに隠してあった巾着袋を取り出して、ミラーナに開けて見せた。そこには金貨や白金貨がどっさりと詰め込まれている。日本円にしたら一億円くらいになりそうな大金だった。

「す、すごい大金……。こんなのどうしたんですか?」

「ふふーん、こうなるかもしれないと思ってずっとため込んできたんだ」

 オディールはいたずらっ子の笑みを浮かべた。

「いや、ため込むって言ったって……」

 オディールは人差し指でミラーナの口をふさぐと、ニヤッと笑う。

「蛇の道は蛇、詳しくは聞かないで」

 ミラーナはふぅと大きく息をつき、渋い顔でオディールを見つめた。

「お屋敷を出てそのお金で旅をしようって事ですね?」

「そうそう、一人じゃ心細くてさぁ。で、素敵な所見つけたらそこで一緒に暮らさない?」

 オディールは手を合わせて頼み込む。

 いきなりの急展開に圧倒されたミラーナは目をつぶり、腕を組んでしばらく考え込んだ。

「もうこんなお屋敷で片付けなんてしなくていいんだよ。美味しいもの食べて一緒に楽しく暮らそ?」

 オディールは泣きそうな顔で必死に口説く。

 ミラーナは片目を開いてそんなオディールを見つめた。公爵にはオディールの結婚が上手くいかなかったらクビだと言われている。もちろん本当にクビになるかは分からないが、残れてもキツい仕事に回されるに違いない。

 それに……。

 四年間妹のように可愛がってきたこの可愛い少女が放り出されることは、ミラーナにとっても内心穏やかではなかった。世間知らずの女の子が大金を持って一人でフラフラしていたら悲劇は避けられない。悪い奴らに掴まって奴隷として娼館に売られるならまだいい方で、下手をしたら猟奇的な事件に巻き込まれてしまうかもしれない。それはさすがに寝ざめが悪い。

 しかし、いきなり旅に出ると言われても判断がつかなかった。

 ミラーナはキュッと口を結ぶ。

「頼むよぉ、ミラーナいないと僕、困るんだよ……」

 オディールはミラーナの手を取ってブンブンと振りながら頼み込む。その美しい碧眼には今にもこぼれそうな涙が浮かんでいた。

 その瞬間、ミラーナの心の奥底でキュンと何かがときめく。

 この可愛い少女がこれほどまでに自分を求めてくれている。それは限りなく尊い事のように思えたのだ。

 よく考えたらここで彼女を拒んだら、もう彼女の顔を見ることは二度とないだろう。四年間毎日のようにケンカして叱って、そして笑いあった少女と離れ離れになってしまうのだ。世話が焼けるが憎めない少女、彼女との突然の別れを考えると、想像以上に心が乱れてしまう。

「ねぇってばぁ……」

 オディールはミラーナの手をスリスリとさすりながらねだる。その様子はまるで子リスのようであった。

 あまりに可愛い説得にクスッとミラーナはつい吹きだしてしまう。

「ふふっ、そんな必死にならなくても大丈夫ですよ。行きましょう! 大陸の果てまで!」

 ミラーナはオディールの手をきつく握りしめ、ニコッと笑った。このままメイドのままでいたら永遠に王都の外の世界を見ることはないだろう。それよりも、この愛らしい少女と共に新たな地平線を探求する方が、遥かに魅力的に感じられたのだ。

「やったー!」

 オディールはミラーナに飛びついてクルクルと回り、そのままミラーナごとベッドに倒れ込んだ。

「うわぁ! 危ないですわ、お嬢様!」

「もう、お嬢様じゃないの! 名前で呼んで!」

 オディールは満面に笑みを浮かべ、興奮を込めて叫んだ。

「な、名前ですか? オ、オディール……様?」

「違うわ! 『オディ』って呼んで」

 オディールは口をとがらせる。

「じゃあ……、オディ?」

「なぁに? ミラーナ」

 しばらく見つめあう二人……。

「何だか……慣れませんわ」

 ミラーナは目をそらし、困惑した表情を浮かべる。

「ふふっ、すぐに慣れるよ。行こう! 大陸の果てまで!」

「うふふ……。行きましょうオディ! 大陸の果てまで!」

 きゃははは!

 ふふふ……。

 二人はお互いの手をギュッと握りあい、まだ見ぬ大陸の果てを思い描きながら笑いあった。

 こうして若い二人は新天地を求め、旅に出る。眩いほど華やかな貴族生活を捨て、不確かな未来を選んだオディールだったが、彼女には何の後悔もなかった。ミラーナのつぶらな瞳を見つめながら体温を感じるオディールは、彼女と歩むことが正解の道だと確信を深め、これから始まる大冒険にワクワクが止まらなくなっていた。

 手早く荷物をまとめ、馬車を貸し切りにしてまずは隣街へと旅立った二人――――。

 馬車は壮麗な石造りの城門をくぐり、見渡す限り広がる麦畑の道をカッポカッポとのどかなペースで進んだ。これで王都ともお別れである。

 自分で選んだ道ではあったが、もう二度と戻れないかもしれないと思うと、胸がキュッと苦しくなり、オディールは思わず後ろを振り返った。

 立派な城壁、多くの馬車が行きかう城門、思い出のたくさん詰まったこの国一番の都市が少しずつ小さくなっていく。オディールはキュッと口を結び、つないでいたミラーナの手をギュッと握った。

 ふと横を見るとミラーナも不安そうな瞳で後ろを眺めている。

 これはまずい……。

 オディールは大きく息をつくとニコッと笑顔を作って聞いた。

「ねぇ、この格好で変じゃないかしら?」

 胸に赤い編みひものついたアイボリーのワンピースと、カーキ色のベストを着たオディールは、少し体をひねりながらミラーナに見せる。

 ミラーナは少し驚き、クスッと笑うといろいろな角度からオディールを眺めた。

「素敵だと思うけど……、ファッションはメイドだった私には分からないわ。それより私こそ変じゃない?」

 亜麻色のワンピースにオリーブ色のケープを羽織っていたミラーナは恥ずかしそうに自分の服装を気にする。

「いやいや、とてもお似合いよ? ミラーナは背が高いからなんでも似合うわ。とっても素敵よ!」

 オディールはミラーナの手を両手で握り、ニコッと微笑んだ。

「そ、そうかしら……?」

「僕は嘘言わないよ」

 オディールは綺麗な碧眼でミラーナをのぞきこむ。

 しばらく見つめあう二人……。

「……。ありがと」

 ミラーナは優しくうなずき、ほほ笑むと、オディールの美しいブロンドをそっとなでた。


        ◇


 不安と期待で胸いっぱいの二人を乗せ、馬車はカッポカッポという和やかなリズムで、一面に広がる麦畑をのんびりと進んで行った。

「オディ、私、こんな景色見るの初めてだわ」

 ミラーナは馬車の窓から果てしなく広がる麦畑を眺め、感慨深そうに言った。孤児院では小さな子の面倒を見て、公爵家ではメイドでずっと働きっぱなし。初めて得た休みが大陸の果てまでの旅なのだ。ミラーナはまだその現実に馴染めないような様子で、澄み通るブラウンの瞳を麦畑に向け、ふぅと息をついた。

 オディールはニコッと笑うと馬車の窓から手を出して、祭詞を唱える。

「【風神よ祝福を】」

 さわやかな風がビュウと吹き抜け、広大な麦畑に次々と美しいウェーブを流していく。

「うわぁ、凄いわ……」

 ミラーナはオディールの【お天気】スキルを初めて見て目を丸くする。

「こんなの序の口よ。本気出したら麦畑なんて吹き飛ばせちゃうよ」

 ドヤ顔のオディール。

「やらなくていいからね?」

 ミラーナは眉をひそめ、オディールの手を取ると、心配そうに言った。

「や、やらないよ! でも、スキルランクは上げておきたいな。旅の中で何があるか分からないからね」

「女二人旅だからねぇ……。私もランク上げようかしら」

「いいねいいね! 土魔法育ててゴーレムとか作ろうよ!」

 オディールはノリノリでミラーナの手を取った。

 魔法にはスキルランクとレベルの二つの育成要素がある。スキルランクは魔法を使うたびに育ち、使える魔法の種類と威力が増えていく。レベルは魔物を倒したりすると上がり、魔力ポイント(MP)の上限が増える。しかし、オディールにはチートの無限魔力があるので、レベルは関係なかった。ミラーナもオディールから魔力を注げばどんどん魔法を連発できるので、今は魔法を使ってランクを上げることが大切だった。

「ゴ、ゴーレム? あのゴツいロボットでしょ? 何だか怖いわ」

「何言ってるのよ! ハムスターみたいな小さくてかわいいの作ればいいわ」

「え? そんなこともできるの?」

「図書館で見た本には書いてあったわよ? 作ろ?」

 オディールはミラーナの瞳をのぞきこみ、小首をかしげる。

「それなら……。やってみようかしら……」

「ついでにモビル・アーツも作ってよ。子供の頃からの夢だったんだ!」

 オディールはニヤッと笑うといたずらっ子の笑みを浮かべる。

「モ、モビル・アーツ? 何それ?」

「あー、高さ十八メートルの人型機動兵器さ。後で設計図書くからヨロシク!」

 オディールはノリノリで夢を語る。アニメで活躍していた巨大なロボット、一度実物大模型を見に行ったこともあったが、やはり歩き回って活躍してくれないと物足りない。土魔法ならそれができるかもしれないと思い立って、オディールはワクワクが止まらなくなった。

「機動兵器……? オディはそんなのが好きなのね……」

 ミラーナは不思議そうにウキウキのオディールを見つめる。

 オディールの持つ無限魔力のチートは本来すさまじいもののはずであったが、貴族社会の中では活躍の場面がなかった。それゆえ、今まで真面目に可能性を模索してこなかったが、これからはこのチートで生きていくしかない。何ができるかいろいろ試してみたくなったオディールは、妄想を次々とふくらませるとニヤッと笑った。