【ハルカ、ウラセくん来た?】
【うん、来てくれた】
【良かった。急に返信来なくなったから何かあったのかと思って心配しちゃった。じゃあ今夜はウラセくんがいるから安心だね】
【ごめん、ウラセくん来て嬉しくなって。いろいろしてたら遅くなった。うん、これで安心、だけど、異性と一緒にいるのがストーカーにバレたら、もっと酷くなるとかないかな……?】
【さらっと惚気ないでよ〜。大丈夫だよ。何かあってもウラセくんがいるじゃん】
【でも、ウラセくんに頼りきりもちょっと……】
【なんで? 付き合ってるんだしどんどん甘えなよ。ウラセくん良い人だし、冷静だし、頼りになるし、ハルカのこと全力で守ってくれるよ】
【そうかなぁ】
【そうだよ。私も今夜は安心して眠れそう】
【うん、そっか、そうだね。ありがとう、ミオリ】
【それじゃあ、またね。あんまり私とやり取りしてたらウラセくんが嫉妬しちゃうから】
【そんなことないよ。気遣ってくれてありがとう。おやすみ】

【ハルカ、ごめん、聞いて、どうしよう。あのセガワくんから、今から会いたいってラインが来ちゃった。ウラセくんといるのに邪魔してごめんね。またねって言ったのに……】
【気にしてないよ。セガワくん? 今からって急だね】
【ほんとごめんね。そう、急なんだよね。私も会えたらいいなとは思ってるけど、心の準備ができてないからどうしようって悩んじゃって。こんなことハルカに言っても仕方ないんだけど……】
【会いたいって言ってるセガワくん、ミオリに気があるっぽいし、ミオリも会いたいって思ってるなら会ってみたらいいと思う】
【うん、私も会いたい。好きだし。でも、緊張して返事ができないよ】
【だとしても、早く何か返してあげて。あんまり待たせると気持ちが冷めるかも】
【それはダメだ。すぐに返してくる】

【私も会いたい、って送っちゃった】
【そう。もう返信来た?】
【うん、来た。今から行く。衝動が抑えられなかった。ミオリも会いたいって言ってくれてありがとう、って】
【なかなか臭いセリフ、というか、甘いセリフ吐く男だね】
【でもキュンと来ちゃった】
【単純だね】
【単純って、どストレートすぎる。ハルカもウラセくんに毎回ときめいてんじゃん。それと同じだよ。つまりハルカも単純な女ってことだね】
【なんか自分煽られてる?】
【煽られたから煽り返してあげただけだよ】
【ああ、やられたらやり返す的な?】
【そう、それ】
【ちなみに漢字は殺すの方?】
【ちょっと、それは物騒すぎるから】
【ミオリはさ、自分の大事な人が殺されたら、犯人を殺し返す?】
【いきなりどうしたの? やめてよ、そんな怖い話。でも分かんないね。私の周りで誰か殺された人なんていないし。まあ大事な人殺されたら復讐心は芽生えるかもしれないね。殺す殺さないは別として】
【それはつまり殺すってことだ】
【うーん、そうかもだけど、私に殺す勇気なんてないから、犯人を殺したいほど憎みはしても、実際に手にかけることはしないよ、きっと】
【そっか、なんか安心した】
【ハルカもそうでしょ】
【そうだと思うけどね】
【意味深な言い方しないでよ】
【自分のことは何でも分かるって思いがちだけど、案外分からないこともたくさんある。寧ろそっちの方が多いと思う】
【それは言えるかも】
【だから、他人のことなんてもっと分からない。察して、とか言うけど、そんなの難しいに決まってる】
【……ん? あれ、私説教されてる?】
【愚痴を聞かされてる】
【愚痴か。凄く哲学じみた愚痴だね。てかウラセくんは? ハルカ、ずっと私とやり取りしてるけど】
【ああ、トイレ行ってる】
【トイレか】
【言ってたら出てきた】
【新喜劇じゃん。あ、私もちょうど、もうすぐ着くって、セガワくんから】
【そう、嬉しい報告待ってる】
【告白する前提やめてよ】
【告白しないんだ】
【正直、する心構えができてないんだよね】
【雰囲気に任せる感じか】
【そうなるね。でも頑張る。この機会を逃したくないし】
【うん、頑張れ】
【ありがとう。ハルカに良い報告ができるように努力するよ】
【楽しみにしてる】
【わ、セガワくん来た。どうしよう。緊張する。一気に心拍数が跳ね上がっちゃったよ】
【深呼吸して、落ち着いて、ちゃんと息して】
【頑張る。息はしてる。でも、ありがと、ハルカ。じゃあ、そろそろ。ウラセくんと仲良くね。彼がいるし、今夜は安心して眠れるね。今度こそまたね】
【うん、おやすみ。セガワくんとどうなったか、報告待ってるよ】

【おはよう、ハルカ。いきなりですが報告です】
【おはよう、ミオリ。いきなりなんでしょうか】
【昨夜、セガワくんから告白されたの。もうびっくりしちゃって。寝て起きた今も信じられない思いで。でも確かに同じ部屋にセガワくんいるし。隣で寝てるし。ああ、昨日のはちゃんとした現実なんだなって思ってるところ】
【おめでとう。よかったね。もちろんOKしたよね?】
【したよ。思わず泣きそうになっちゃった】
【やった、こっちまで嬉しくなる。報告してくれてありがとう】
【背中押してくれたハルカのおかげだよ。こちらこそありがとう】
【四人で一緒に遊べたら楽しいかもね】
【いいねそれ。いつかできたら最高じゃん】
【うん、いつかやろうね】
【ちなみに今日は、このままセガワくんと家でゆっくり過ごすことにしたんだ】
【そっか】
【ハルカはどう? ストーカーは大丈夫?】
【うん、大丈夫。ウラセくんのおかげ。ウラセくんがいるのといないのとで気の持ちようが全然違う。ウラセくんの存在は強いよ。彼が側にいるだけで、ストーカーが背を向けてる感じがする】
【最強の護衛じゃん。かっこいいね】
【ありがとう。でもダメだよ、他人の彼氏をかっこいいなんて言ったら。セガワくんが拗ねるよ】
【それは大変】
【なんか他人事みたい】
【あ、そろそろセガワくんが起きそう】
【こっちもだ。ウラセくんがもぞもぞし始めた。これはもうすぐ起きるな】
【偶然だね。お互いに恋人と仲良くしようか】
【うん、そうしよう】
【バイバイ、ハルカ】
【バイバイ、ミオリ】


 ハルカから、ストーカーのことについて相談されて、これはいけない、俺が守らないと、どうにかしないと、って思ったんです。俺、ハルカのこと好きですから。でも、ストーカーはなかなかしつこくて。粘着質で。ハルカのことを怖がらせて泣かせてばかりで。その度に俺はハルカの側にいてやりました。ハルカも次第に俺に心を開いてくれて。とても不謹慎なんですけど、ストーカーのおかげで、ハルカが俺を見てくれるようになったんですね。感謝してはいけないと分かっていても、俺はハルカのことが好きだから、ハルカにも俺のことを好きになってほしいわけで。ストーカーの所業が酷ければ酷いほど、ハルカは泣いて俺に縋ってくれる。助けてと俺を頼ってくれる。それが嬉しくて、気持ちよくて、ストーカーの存在にありがたみを感じてしまいました。もっとやってくれ、もっと傷つけてくれ、もっと恐怖を与えてくれ、って思ってしまったんです。その願いが通じたのか、通じてしまったのか、ストーカー、かなり頑張りましたよね。ハルカに自分の切った爪を封筒に入れて送りつけたり、家に上がったことあるよ、って示唆するみたいに、ハルカのだと思われる髪の毛の塊まで送ってきたり。あれですよ、風呂場の排水溝に溜まってるようなあの塊です。汚いですよね。でもストーカーにとってハルカの髪の毛は、貴重で崇高な代物で、処分するのは考えられないものなのだと思います。送付しなかった分は、大切に保管してるんじゃないですかね。恐らく蒐集してますよ。ハルカの髪の毛。それから、ありきたりですけど、盗撮写真です。ハルカのプライベートを映した大量の盗撮写真も送りつけてきたみたいで。ずっとハルカに付きまとっていた証拠ですね。ハルカ、涙目になってました。それらは決して派手ではない地味なやり口ですけど、そんなことが毎日のように続いたら流石に病みますよね。案の定、ハルカは精神的に参ってしまって。そんな時に俺はいつも隣にいました。そして、吊り橋効果を最大限に利用して、ハルカに告白しました。今しかないと思ったんです。最低ですかね。でも、なりふり構っていられなかったので。このままだとハルカが壊れると思ったので。ストーカーに殺されると思ったので。そうなる前に俺のものにしておこうと。確信はありました。ハルカは俺のことを好きになってるっていう確信。無論、告白は成功ですよ。ストーカーから身を挺して守りたい。ずっとハルカのことが好きだった。俺と付き合ってほしい。真剣な顔をして、じっと目を見てハルカに言ったら、ハルカは嬉しそうに首を縦に振ってくれたんです。私も好きだよ。ストーカーから助けてほしい。迷惑ばかりかけてごめんね。私もできることはするから。でも一人は怖いから一緒に戦ってほしい。隣にいてほしい。そうハルカは口にして、俺の胸に顔を埋めました。素直で健気で謙虚で可愛くて、俺はもうたまらなくなりました。絶対に離してやらない。ハルカから伸びていた手綱は俺のもの。俺の手の中にある。俺が握ってる。離さない。一生離さない。ハルカはもう俺のもの。俺の大事な恋人。彼女。こうして、俺とハルカは晴れて付き合うようになりました。もう胸がいっぱいです。感無量です。毎日幸せです。でも、ここまで凄く長かったんですよ。思っていた以上に時間がかかってしまいました。ありとあらゆる手を使ってハルカの視線を自分に集め、完全にハルカが俺に堕ちたタイミングで好きだと畳み掛けて止めを刺す。その瞬間は最高に気分が良かったです。ハルカはもう俺のものなので、俺の好きなようにできます。キスもセックスも罪悪感を覚えることなくできます。好きで好きでたまらなくて、毛髪も細胞も血液も呼吸も体温も何もかも自分だけのものにしたくて、それで、そうです。殺しました。首を、ぎゅう、ぎゅう、ときつく絞めて殺しました。こう、ぎゅう、ぎゅう、きゅう、って。雑巾を絞るみたいに思い切り。ぎゅう、ぎゅう、って。分かりますか。ぎゅう、ぎゅう、ですよ。分かりますよね。分からないはずがないですよね。ぎゅう、ぎゅう、と首を絞るとですね、ハルカの口からおいしい涎か泡かが顔を出したんです。舐めました。舐めたからおいしいって分かったんです。唇でハルカの呼吸を、手のひらでハルカの体温を奪って、そうやってハルカを殺しました。俺がハルカを殺しました。この手で殺しました。ちゃんと自分の手で、最初から最後まで誰の手も借りずに、ちゃんと自分の手を使って自分のものにしてから殺したんです。自分のものは自分の好きなようにしても誰にも咎められないですよね。ハルカは俺のものです。俺が自ら俺のものにしたんです。ハルカを殺したのは俺です。そこで、先程見せてもらったハルカとミオリのラインのやり取りのことになりますけど、客観的に見ると恥ずかしいですね。だって、あれは最初から俺がハルカに成り切って送っていたので。あの時点で、俺はもうハルカを殺してました。ハルカは死んでました。布団に潜って眠っていました。それはもうぐっすりと。すやすやと。すやすや。すやすやです。すやすや。何も知らないミオリからラインが届いて、このまま放置するのは逆に怪しまれるなと数秒頭を悩ませた結果、ハルカの代わりにやり取りすることにしました。ハルカの首を絞った感覚がまだ僅かに残る指先で、ハルカのスマホの画面を触って文字を送ったんです。自分のことをウラセくんと言ったり、それっぽい言葉を投げて適当に恋愛相談に乗ったり、自分でもちょっと気持ち悪いなと思いましたし、早い段階で冷めた感じの返信になってしまっていたので、ハルカじゃないってバレるかもしれないとも思いましたけど、意外とバレないものですね。文字だけだからですかね。それなら嘘は吐き放題です。バレなければ嘘は真実のようなものです。根拠はありません。あくまで自論です。ただ、ハルカを装って嘘を吐き続けた手前、今後のことを考えると、一つだけ気がかりなことがあります。ミオリです。スマホ画面の向こう側にいたミオリです。この真相を知ったミオリが、ハルカを殺してハルカに成り切っていた俺を殺しにくるかもしれません。ハルカと仲が良かったので。そういうことがあったら、殺したいほど犯人を憎むと言っていたので。手にはかけないと言ってましたけど、それは、身近な人が殺されるという経験をしたことがない上に、頭が沸騰して何も考えられなくって、抑えられないほどの強い殺意や殺人欲求に支配されたこともないから言えたことだと俺は思うんですよ。だから、ミオリは俺を、え、なんですか、あ、はい、ミオリも、ああ、え、そうだったんですか。それ、本当ですか。本当、ですか。まさか、そんな偶然ってあるんですね。事実は小説よりも奇なりってやつですか。ああ、うん、だったら、どうしよう。ハルカは俺のものなのに、俺のものじゃなくなってるかも。嫌だな。ハルカは俺のものなのに。死んでも俺のものなのに。殺して俺のものにしたのに。でも、俺はずっとハルカのことが好きだよ。愛してる。自分を追い詰めていたストーカーの正体が、いつも自分の隣にいて、自分が好きになった男だとも知らないまま、その男に縋って、頼って、貞操を捧げて、挙げ句の果てには殺されて、可哀想で、可愛いね、ハルカ。愛してる。そんな鈍感なハルカも愛してる。俺はどんなハルカも愛してる。分かってくれますよね、俺のこの気持ち。分かりますよね。分からなくなんかないですよね。ハルカ、愛してる。俺はハルカを愛してる。死んでも愛してる。なんで。どうして。歪んでるだなんて、どうして、どうしてそんなこと言うんですか。俺はハルカを愛してるだけです。殺すことで愛を証明したんです。証明できたんです。ああ、ハルカ、愛してる。握っている手綱はずっと離さない。永遠に、ハルカは俺のもの。

 あの女とは合コンで出会いました。俺はあの女のことはそんなにピンと来なかったんですが、相手はそうではなかったみたいで。連絡先を交換して、交換させられて、友達なのかなんなのか、よく分からない関係をしばらく続けていました。まあ、ちょっと、好きでもない奴からの好意はなかなか気持ちが悪くて、縁を切りたかったんですが思うようにできなくて困っていたんです。何度も電話をかけてきて、俺がそれに出るまで切らなかったり、ラインの返事が一日後だったり数時間後だったりしただけで、遅いどうして何してるの私のこと無視しないで、って文字で怒りを露わにしたり。次第にそれがエスカレートしていくと、俺が返信するまで何度も何度も同じ文章を送ってくるようになりました。もう狂気そのものです。こんなことをされる筋合いなんてありませんし、意味も分かりませんし、とても辟易しました。とても迷惑でした。聞く言葉も見る文字も凄く気持ち悪くて仕方がなかったんですが、無視するのも抵抗するのも逆効果に思えてしまい、大人しく我慢して、相手の機嫌を取るように、相手が求めていそうな言葉を選んで送るようにしたら、それまでの行き過ぎた言動が少しだけ改善されました。本当に少しです。少しだけです。その代わり、相手からはますます目をハートにさせたような熱い返信が来るようになりました。予想はしていましたが、結構きつかったです。反吐が出そうでした。虫唾が走りました。スマホの画面に浮かぶ文字は嘘だらけでした。相手はそうではなかったとしても、俺の画面は嘘でできあがっていました。あの女とやり取りしている俺は一体誰なんだろうと何度も何度も思いました。でも、あれは間違いなく俺です。俺なんです。俺じゃない俺が、あの女の機嫌を取っていました。思ってもみない言葉を吐くのに抵抗を感じなくなっていました。嘘を吐くことに罪悪感を覚えなくなりました。あの女は俺の嘘を真に受けて、元々見えていた好意を更に増大させていきました。俺は冷めていく一方でした。恐れを抱く一方でした。でも、画面の中の俺は、あの女と画面越しに向き合う俺は、画面に指を滑らせる俺は、あの女に好意を抱いているようでした。吐き慣れた嘘に俺自身が支配され、嘘で塗り固められ、その嘘が現実のものになってしまうんじゃないかと発狂しそうになったある日、そう、向けられる好意にひたすら堪え、いつしかもう一人の自分が存在しているように錯覚する日々を続けていたある日、ふと思ったんです。俺はどうして我慢しているのだろうと。あの女が欲しいと思っているであろう薄っぺらい言葉を皺だらけの脳味噌から無理やり絞り出して、常に画面外の女の顔色を想像して気を遣って、自分で自分の首を絞めるような、本当の自分が分からなくなるような、そんな嘘の言葉をペラペラと並べて、一体何をしているのだろうと。そこで俺は気づきました。目が覚めました。自分の愚かさを知りました。女のせいで閉じていた自分を、自力で復活させることに成功した俺は、その調子のまま女と戦うことを決めました。この呪縛を自分で解こうと思いました。ぶっ壊そうと思いました。衝動的です。何かが憑依したようなものです。吹っ切れたようなものです。会いたくもないのに会いたいと送ったんです。あの女に。吐き慣れた嘘を駆使して、甘い言葉で誘い出して、女に会いに行きました。高揚していました。昂っていました。あの女に会えるからではありません。自分を取り戻したからです。どこか気持ちの良い衝動を感じていたからです。スマホであの女に好意を抱いている男を演じながら、俺は女の家の前で足を止めました。指先でインターフォンを押します。しばらく待っていると、バタバタと女の足音が中から聞こえてきます。心臓がバクバクと高鳴り始めました。緊張のせいです。深呼吸をしました。すう、はあ。今なら何でもできると思いました。俺の中に、抑えられないほどの憎悪と殺意が降りてきていました。もう一度。すう、はあ。深呼吸をしました。すう、はあ。深呼吸です。すう、はあ。繰り返しました。すると、玄関の扉が開きました。女が顔を出しました。気持ち悪い顔面です。気持ち悪い生物です。へらへらしていました。嬉しそうでした。目がハートになっていました。すう、はあ。心臓を落ち着かせました。数秒先の未来を想像して、思わず笑みが溢れました。俺は手を握りました。硬い感触がしました。すう、はあ。緊張による鼓動が加速します。高揚感を覚えます。そして俺は手を出します。すう、はあ。今です。俺は隠し持っていた包丁で、女の首を、喉を、切りつけました。あとは流れです。俺は何も考えていません。俺は必死です。必死なのです。気づけば女を押し倒して馬乗りになっていました。鉄の臭いがしました。血を浴びていました。赤く染まった包丁を、刺して、刺して、刺して、何度も何度も、刺して、刺して、刺していました。殺していました。女は大量の血を流し、呼吸困難になって、死にました。顔面に苦悶の表情を浮かび上がらせながら、死にました。俺は女を殺しました。心が軽くなりました。爽やかになりました。罪悪感なんてありませんでした。血塗れの女をそのままに玄関の鍵を閉め、俺は家に上がり込み、女のスマホを探しました。それは、二階の部屋の机の上に置かれていました。手にとってロックを解除しようとしましたが、女の指紋が必要です。でも、指紋ならあります。パスワード入力ではなかったことにひとまず安心しました。一階に降りて、玄関で寝ている殺した女の指紋を借りてロックを解除し、俺の連絡先を削除しようとしました。そこでふと、俺が来るギリギリまで誰かとやり取りしていた履歴が残っていることに気づき、その人のラインを開きました。ハルカという人です。どうしようかと悩んだ結果、一晩経ってから返信することにしました。無視してもよかったのかもしれませんが、俺とのことで報告を待ってるよ、とハルカが送っていたので、そうするわけにもいかないと思いました。それで、あの通り、俺にとっては気持ちの悪いあの女に成り切って、ハルカとのラインの流れや俺に対するものとは違うハルカに対する口調を咄嗟に分析して、あの女が言いそうなことを適当に並べ立てました。俺から告白なんてあり得ませんが、俺は脅かされていました。彼奴は死んだのに、殺してすっきりしたはずなのに、俺は俺を取り戻したはずなのに、俺の心の奥底に潜む闇がまだ、彼奴に脅かされていました。彼奴が欲しいと思っているであろう言葉を送ってしまっていました。嘘が得意になっていました。でもこれは本当の話です。彼奴とハルカのラインを見て思いました。彼奴はやっぱり気持ちが悪いです。彼奴の本性を知らなそうなハルカには、是非俺の口から教えてやりたいです。もしかしたら殺されてしまうかもしれませんが、彼奴が裏で俺に何をしていたかをハルカに全て暴露するまではそうはさせません。俺の話を最後まで聞かずに刃物を向けてくるようであれば、とりあえず瀕死にさせてから話を聞いてもらいます。殺させるのはその後、え、はい、なんでしょう、はい、はい、え、あれ、そうなんですか。ハルカも、彼奴と同じ目に遭ったんですか。誰かに殺されたんですか。はい、はい、ああ、そうだったんですか。え、でも、それじゃあ、俺は誰とやり取りしていたのでしょうか。はい、はい、ああ、なるほど。ウラセ、ですか。確か名前が出てきてましたね。ウラセくんって。そっか、そうですか。ハルカに殺されるかも、というのは杞憂だったみたいですね。安心しました。ウラセに感謝です。それにしても、画面の向こう側で、まさか自分と同じようなことが起きていたとは。文字だけでは分からないことだらけですね。見えないことばかりですね。映る文字も触れる指も偽物で、なんだか笑えてきました。あはは。はは。ああ、そうだ、最後に一つ、言わせてください。俺は彼奴のことがどうしようもなく嫌いです。俺にとって不愉快な彼奴の命をこの手で潰せたことに、俺はとても満足しています。これは決して嘘ではありません。本当のことです。リアルの俺は、嘘なんか吐きませんから。