異世界のニンベン師 偽物クラフター! 〜ニンベン師認定を受け追放されたので本物を超えた偽物を作り俺が最強になる。


 地下ギルドでは、セニアとエルザも悩む。
 宿の中で魔法のテント内にいる一樹とモグーも当然考える。

 頭を抱える一樹に、モグーは愉快そうにいう。よほどおかしな動作をしていたのだろう。今にも笑いそうだ。

「どうするの?」

「セバスを見つけたとしよう」

「うん?」

「即、魔法のテントに入ってもらう」

「それで?」

「周りに人がいなければ、俺たちは飛び出して教会を脱出する」

「すごくシンプルだね」

「ああ。めちゃくちゃシンプルだ」

 本当にこのような方法でいいのかと思い頭を抱えていたのだ。ただ魔法のテントは一樹が許可した者以外は認知できず、当然触れることすらもできない。これはかなり大きく有利に働く。

 問題は、入った場所から動けないことだ。

「前に一樹と一緒に逃げたとき、一つ目の巨人いたでしょ?」
 
「ああ、大変だったよな」

「あんなのがたくさんいなければ、今の一樹なら大丈夫そうな気がする」

「セニアからの情報だと、中に入ったら出くわすのは人とは限らないと言っていたんだよな」

「一樹は今まで魔獣と戦ってきたから大丈夫じゃないの?」

「大丈夫と言えば嘘ではなんだけどな……」

「人を切れない?」

「逆だよ」

「ん? 人を食べたくなる?」

「近い。吸いたくなるんだ」

「あっ。紅目の時でしょ?」

「そうそう」

「でも意識はあるでしょ?」

「ああ。あるけど、何か別の意識へ引っ張られそうになるんだよな」

 一樹は紅目になる前提で考えていた。なぜなら圧倒的に強く、暗殺術のスキルと格闘術のスキルとも相性がいい。
 それに体は強靭になり、腕には稲妻のような紋様が浮き出る以外に、自身の見た目の変化はあまりわからない。

 どうにも初めての敵地侵入と救出という、一樹にとって難易度はウルトラハードに近い。ゆえにあれこれと考えてしまい一向に先へ進まないでいた。こうしている間にも時間は流れるように過ぎ去っており、焦りは募る。

「一樹! ヤバイよ! ヤバイよ!」

「え? 急にどうしたんだ?」

 驚く一樹の周りをぐるぐるとモグーは回り出す。まるでリスの時のようにだ。

「ん? 焦るかなって」

「ひでえー。モグーまじかー。あっ……」

 この時、一樹は少しでも気が抜けたようで、意識が切り替わり何か気持ちが少しだけ落ち着いていた。ほんの少しでも意識を別のことに傾けるだけで、大分変わるんとあらためて実感していた。
 
「ね。少しは落ち着いた?」

「すまない……。俺妙に焦っていたな」
 
「うん。すごく焦っていたよ?」

「なんだかんだと考えてもできることは限られているもんな」

「うんうん。だからもう少し出来ることだけで考えよ?」

「そうだな」

 モグーに助けられた。さすが長年の付き合いだ。とはいえ、今の状況だとどうやっても素人感丸出しで、抜け漏れが多そうな計画しか思いつかない。かと言って計画を誰かに話したらどこで漏れるかわからない。

 正直なところ、一樹は八方塞がりだなと思ってしまう。かといって、今から向かうとなれば行き当たりばったりだ。そこで少し思考を変えて、回復薬であるポショと蘇生薬を量産しはじめた。

 一樹がいつもの容器を取り出した所から、モグーは興味深そうにして覗き込む。
 
「あれ? 薬作るの?」

「ああ。今は、足りない物をまずは用意しておきたい」

「うん。そういえばあの人には相談しないの?」

 首をかしげるモグーは不思議そうにいう。
 この時指す人は、ギャンブルマスターであるのはすぐにわかった。

「相談するだけしてみるか……」

「うん。そうした方がいいよ。あの人は一樹のことよく見ているよ?」

「そうか? まあたしかに、コンパネを教えてくれたぐらいだからな」

「うん。きっと力になってくれるよ?」

 今更ながら、一樹は大事なことを失念していた。それは自身が賞金首なことだ。彼らは待つ訳もなく自らの考えで迫ってくる。
 
 セバスのことに気をとらわれ過ぎていると、自身の身が危うくなるのは間違いなかった。ゆっくりと死が近づく足音に、今はまだ気がつけずにいた。

 一樹は少し考えを巡らせると、不意に出かけるという。

「図書館にいってくる」

「調べもの?」

「ああ。相手を知らなすぎると思ってさ」

「教会の人?」

「教皇とかもな」

「そう、なら私はここにいるね」

「テント回収するから、しばらく出られないけど大丈夫か?」

「うん。寝るだー」
 
 一樹は部屋内を見て誰もいないことを確認すると、外にでてテントを回収し、図書館へ向かった。
 考えてみたら、教会に関連することはほぼ何も知らないに等しい。それなのに乗り込もうとするのは無謀だと一樹は考えていた。敵を知り、己を知るのは、非常に重要なことだ。

 図書館に入ると意外と熱心に調べている人が多いのもこの町の特徴だ。食う物に困らないからか、学べる知識を得ようとする勤勉家は多い気がしていた。

 建物内はかなり広く、数百人入ろうとも余裕がある。構造的にも三階まであり書物は豊富だ。さっそく二階に上がると、教会関連の書物があるのでまずは歴史から手に取った。

 ――その時である。

 館内には各階ごとに机と椅子がいくつか置かれており、座ってゆっくり調べようと戻っている最中にことは起きた。背後から急速に音もなく何かが迫ってくる。

 ――来たか!
 
 その場で素早く180度回転すると、短剣で突き刺すように突進してくる者がいた。もう目の前まできており、一樹は咄嗟に分厚い図鑑のような重厚感ある書物を構える。

 左手に持ち替えた本は、迫る者の右手に持つ短剣の迎撃に向けた。
 同じぐらいの背丈で顔は、布で覆われて顔は見えない。本で短剣を内側から弾くと、上がった腕の下に潜りこみ、右の肘で鳩尾あたりを打ち付ける。
 すると一瞬動きが止まった隙に、本を縦に持ち替えてそのまま顎に向けて強打させる。すかさず自前の短剣を取り出し、のけぞった状態の一瞬を狙い心臓に短剣を深々と突き刺す。右手でつかを握りしめ、左手を添えて可能な限り奥まで押し込んだ。

 ――仕留めたか。

 安堵も束の間、すぐに宙を舞い回転する斧が正面から飛んできた。すぐに倒した敵の背中を盾がわりにして凌ぐ。見事なほど刃が突き刺さる。

 まだ追手が来てもまだどこにいるのかわからない。正面に気を取られているといつの間にか背後にやってきて手斧が頭上から迫る。すかさず遺体を強引に引き寄せてもわずかながら、刃にふれ傷ができる。瞬間何か電気のような痺れる何かが体内を駆け巡った。

 ――毒刃か!

 急激に眩暈と痺れが訪れ、動きが鈍くなっていく。さらに吹き出す汗は冷たく判断を鈍らせていく。苦痛で弱る姿を見て、下卑た笑いでゆっくりと、襲撃者は迫る。獲物の息の根を止めようと鷹揚な動きで迫ってきた時、脳裏に何かが閃く。
 
 ――なんだ、今の感覚は。

 視界が瞬間的に切り替わった。
 気がつくと襲撃者の背後にたち、後ろから首筋を噛みつくと何かを思いっきり吸い込んだ。
 吸い込み続けるたびに全身が爽快感に包まれる。同時に、活力が腹の底から湧き溢れ、喉奥では微炭酸が弾けるような感覚を味わう。
 さらに脳が痺れるほどにうまいと感じて叫んでいるような錯覚が起きた。一気に吸い込んだこともあり、一瞬にして骨と皮だけになってしまう襲撃者。あまりの美味さに堪えきれず叫んでしまう。

「脳が……。うめえー!」

 叫び声を上げたことで何かが完全に切り替わった。
 首筋から口を離した後は、骨と皮だけになった遺体が床に落ちる。まだ二階に潜んでいた者を匂いで感じ、瞬間移動に近い早さで逆に追手へ迫る。
 
「ば、化け物め!」

 襲撃者の方があまりにも異質な状態へ変化した一樹に恐れ慄く。短剣を振りかざそうとしてもすでに腕に食らいつき、またしても吸い込んでしまう。
 変わらず、骨と皮だけになり絶命すると、あまりの美味さに声を漏らす。

「うまい! うますぎる」

 一樹はもはや襲撃者のことはどうでもよく、ただただ吸い込みたい気持ちの一心で動き始めた。まるで飢えた野獣の如く、自身の食欲に近い何かを満たすため、本能のまま行動を始めた。
 様子を伺うようにしていた賞金稼ぎたちは、恐れ慄く。もう戦いなどではなく蹂躙に近い。

「ヤメロー! ゴブァッ」

 紅目の一樹は、襲撃者の背後から手刀で背中を貫くと、背骨の一部を引き出して、口を当て一気に吸い込んだ。吸い込めば吸い込むほど膂力は増していく。もうどちらが襲撃者なのかわからなくなってくる。

 今言えるのは、一樹は獰猛なハンターとなり残りの襲撃者を強襲する。

 闇ギルドと思われる黒装束の者は両腕を肩口から引きちぎられ、膝は崩れ落ち頭を捕まれると力なく言葉をかける。

 「貴様……。人間か?」
 
 言葉などお構いなしに、正面から喉仏に食らいつき一気に吸い込んでいく。みるみるうちに骨と皮だけになりまた一人絶命した。
 
 ところが一人だけ取り逃した者がいた。
 腕に食らいつき吸い込もうとした瞬間、自ら腕を切り落とし、水晶のような物を床に叩きつけると瞬時に煙のように消えてしまった。

 敵対者がいなくなると手持ち無沙汰になったのか、紅目のまま一樹はぼんやりとしている。
 
 二階にはどういうわけか、襲撃者以外に人はおらず満足したのか元の一樹に戻っていく。先の襲撃で受けた毒はいつの間にか浄化されており、何の後遺症もなくむしろ変化前よりすこぶる体調が良くなり全快した。ただしひとつだけ心配ごとがふえて、懸念はましていく。

「今回も抑え切れなかったか……」

 敵には勝てたといえても、自身の欲望には勝てなかった。
 周りがすべて敵なら大いに力を発揮はできるにせよ、味方がいた場合果たして襲わずにいられるか今はまだ自信がない。

 襲撃者を撃退したのち、図書館で教会を調べていくと一つわかったことがあった。
 教皇になるには神から条件が提示され、クリアした者だけが証を得られることだ。証を生涯保持し、皆の見える位置に掲示していること。持ち主の死して証は無効となり、また新たに獲得が必要になる。

 ――何を意味しているのか。

 証が有効な内は生きている証でもある。また代々証の色が変わるという。此度の証は紅色である。おそらく問題はそこではない。
 証の保持者をなんらかの理由で軟禁し、本人になりすましも可能なことだ。

 姿格好や顔は常に隠されており、体も重厚なローブに纏い男女の区別さえ難しい。それならばなりすましも容易になる。証の有効性を対外的に示せていればいいだけだからだ。
 
 ただ今回の騒動は、一樹が作るポショの効能とはいえど、当人の努力と才能によるものが大きい。教会産の物と比較して金額の大小の差こそあれど、利用者にとっては死活問題なわけで、より生存率は高く安い方がいいに決まっている。

 探索業を生業にしている以上、命あっての物種なら尚更だ。
 
 教会は一樹が狙いのはずなのに、地下ギルドのギルドマスターを捉えた。客観的に見て奇行なわけで、一樹には理由がまったく推測できないでいた。
 
 ただし、先の推察のなりすましが可能ですでに入れ替わっているなら答えは別だ。どのような理由もあり得る状況になる。
 ところがあまりにも突拍子もない企てだと、類推するのは困難だろう。今の教皇が偽の教皇で、しかも狙いはセバスならぬセルバスとしての神威をあび続けたコアが必要など、誰に想像できよう。当事者同士にしかわからない事情だ。

 今言えるのは、普通に考えたら教会関係者から、一樹に便宜を図ったことで責められていると一樹は推察をしていた。一樹なりに考えるとポショを高価で買取してくれ、隠れ家として適している宿屋の紹介などもしてくれていたから、自身のせいだと思い悩んでしまう。
 
 賞金首となって何度も襲撃を受け撃退しているものの、騒動が多発していけば大きな地下街とはいえ、いずれ町からも追放されてしまう日が来るかもしれないとも思っていた。

 幸いなことに今は、魔法のテントで過ごすため、寝床を襲撃されることはまずない。宿屋の空の部屋に襲撃しに来る以外はとくにない。みな諦めて出て行ってしまうからだ。

 自分自身のことはともかくとして、困ったことに何度考えても、良い救出方法が見つからない。まるで夜明け前の闇の中にいるようでまったく先も見えないばかりか手元ですら見えない。いたずらに時間が過ぎていく一方だった。

 ふらりと一樹はモグーも連れて地下ギルドへ訪れる。残念ながらギャンブルマスターは見かけず代わりに一樹がくることを予想していたのか、サブギルドマスターのセニアが待ち構えていたかのように近寄ってきた。

「やっほ〜。昨日ぶりかな?」

「おっ、おう。随分軽いな」

 モグーは気軽にセニアに声をかけていた。

「あっセニアだ。こんにちは」

「モグちゃんも一緒なのね。やっほ〜。一樹はギルマスのこと?」

 モグーはさっそく真似て挨拶を返す。

「やっほ〜」

 一樹は、どう考えても二人だけの戦力では打開策が見つからず相談をしにきたことを伝える。

「ああそうなんだ。俺とモグーだけじゃ救出がむずかしいからな。相談ってやつだ」

「ふむふむ。そしたら部屋で相談に乗るわ。ついてきて」

 そういうと買取窓口の左手側にある扉を開けて中に入っていく。
 以前、ギャンブルマスターと話をした場所だ。
 どう言うわけか今回も一番手前の部屋になる。

「今回もこの部屋か」

「あら? 違う部屋が良かった?」

「いや、前回ギャンブルマスターと同じ部屋だったからさ」

「ふ〜ん。そうなのね」

 中も変わらず白い壁に二人がけのソファーが向かい合って設置され間にローテーブルが置かれている。一樹とモグーは腰掛け、対面のソファーにセニアが腰掛けた。一樹はさっそく、本題に移る。

「率直に意見が聞きたいんだ」

「うんうん。やっぱうちのギルマスと本物の方の救出と両方なんとかしたいというところかしら?」

「大正解。と言っても二人しかいない戦力で何か方法はあるか?」

「モグちゃんと二人ね……。ぶっちゃけ厳しいわ」

「だよな……。セバスはもちろん救出なんだけど、本物の方も救出したいのは賞金の取り下げをしてほしいからなんだよな」

「まあ、そうなるわね」

「かといってモグーと二手に別れても、それは厳しいし。はあ……。まいったな」

「ギルドじゃ教会に楯突くのはちょっとまずいのよね。そこで一つ案があるんだけど……」

「ん? どんなんだ?」

「あたしと、もう一人心当たりがあるからその子を誘ってみようかなと」

「おっ! マジか! ありがたい。でも今ギルドじゃ楯突くのは難しいとか言わなかったか?」

「ええ、かなりまずいわね。だからギルドとしてでなく、アタシともう一人が正体隠して参戦ね」

「なるほどな。助かる」

「そうすれば、一樹とモグちゃんのチームとあたしともう一人のチームの二手に分かれていけるわ」
 
「ただそれだと、正体隠すとはいえサブマスの立場上、やばくないか?」

「そこは大丈夫。完全に身元は伏せるわ。あたしも何とかしたいと思っていたし」

「そうか。ならいいんだ。あとは、敵対者の質か……」
 
「数はそんなにいないはずよ? その代わり手練ればかりで凶悪なぐらいかな?」

「ん〜。そうなったらアレを使うしかないか」

「アレって?」

「ん……」

「?」

「他には伏せてくれ。製作者も不明でなら教える」

「どう言うこと? まあわかったわ。サブマスの名と地下ギルドの名において誓うわ」

「助かる。実はこれだ」

 一樹は懐から、蘇生薬を一本取り出した。

「看破の力はあるか?」

「アイテムならあるわ。どれどれ……。え! えー! ちょっとこれ!」

「ああ。すごいだろ?」

「ちょっと、どこで手に入れたのよ? これヤバすぎる品よ?」

「今、それも含めると手元に四本ある。俺とモグーとセニアとそのもう一人の子用だ」

「随分と用意がいいのね」

「まあな」

「これならいけるわ。24時間何度も蘇生できるって破格中の破格よ? 神にでもなったつもり?」

「また随分と大袈裟だな……」

「ほんとのホントよ? 何度もってイカレているわ……」

「そうか、気に入ったなら良かった」

「これは、これ以上聞いちゃダメなやつなのね?」

「そうしてくれると助かる」
 
「はあ……。こんな物が世の中出回ったら、一樹捕まるわね」

「だろ? その危険を冒してまでして助け出したい気持ちをわかってくれたならありがたい」

「こんな物見せるだけでなく使わせて貰えるなら、まったく問題ないわ」

「疑わないのか? 効果を」

「それは意味がないわ。看破で見える説明は神の言葉よ? 疑えるわけないし、その効果は神が保証しているのよ?」

「なるほどな……」

「そしたらさっそく、声をかけてくるわ。また明日同じ時間に来られる?」

「ああ。大丈夫だ」

「その時、詳細な作戦会議をしましょ」

「助かる」

「いえいえ。こちらこそよ。ギルマスのために一樹は相当危険なことしてくれているし」

「恩があるからな、セバスには」
 
 こうして一樹は一筋の希望を見つけた気がした。
 地下ギルドから宿屋へ戻っていく。

「一樹ぃ。なんとかなりそうだね」

「ああ。俺たちだけではキツかったからな。いくら蘇生薬があっても多勢に無勢さ」

「それでも二手に分かれるんだよね?」

「そうだな。ルートは二つどちらに本物の教皇とせバスがいるかわからないからな」
 
 これで完全に迷いなく選択できると一樹は思っていた。今最大の支援がしてもらえるのはセニアともう一人だけだ。
 
 救出するのか、見捨てるのか。この答えは救出以外にない。セバスを助けないという選択肢は、あるわけもない。
 そうとなれば、偽教皇相手にことを起こす必要があり、失敗=死だ。あとはどう助けるかだ。単に身柄を救出しても、再び謂れのない内容で拘束されてしまうのを防ぐには、大元を断つ必要がある。
 
 元は冒険ギルドのギルマスから教会への密告からことが深刻になったと予想できる。専売特許を奪われたことで利益減少が今回の拉致の要因なのだろう。だからといって金で解決は難しい。法外な金銭を要求するのは間違いなく、ポショの売買契約は結べない。不利以前に偽物だからだ。それに難癖つけるのは想像に難しくない。
 
 ではどうするか?
 
 ――ヤルしかない。偽教皇をだ。
 
 それではどうやるのか?
 セバスの救出と同時に偽教皇を暗殺する。二つのミッションが一樹の目の前に立ちはだかる。
 
 再び思考の闇に飲み込まれてしまう。

 一樹とモグー、それとセニアもセバスを救う意見で一致した。そのことを選ぶところまでは進んだ。さらにセニアからは、協力者を一人追加してくれるという。これで最大人数だ。この四人でなんとか救い出す必要がある。
 
 もちろん偽教皇を暗殺することは、計画に織り込みたい。
 
 一樹は、明日のセニアとの作戦会議までに、いま作れる物は全力で製作可能な物を作り、準備を始める。必要なのは、ありったけの『ポショ』と『蘇生薬』だ。
 一樹の武器は、暗殺術と格闘術それと紅目化だ。何より『蘇生薬』で死なない兵士になれるのは最大の強みだろう。残念ながらまだ期待の銃は名前だけが確認できて、グレーアウトで選択できず製作に移れない。

 当初は『偽物より本物』と考えていたけど、今は『本物より偽物』と考えている。
 どうやっても作るものは、どれも名前の前に『偽』とつくものだから『本物を超えた偽物』を作る必要がある。そうなると、効能が本家よりも高いことがすべてだ。価格は元手が掛からなければいかようにもつけられる。

 ――そういえば、ガチャがあったな。

 それはJOBレベルと引き換えに、ランダムで武器を獲得できる物があった。

 JOBポイント五十を消費して特殊剣を得られる。
 今回必要な物はあげてあるので、暗殺者から奪った短剣以外にも、仕入れておくのは良さそうだと一樹は考えていた。

 それならばと、さっそく試して見ることにした。

「これでいいのか? なんか簡単すぎて不安しかないな」

「どったの?」

「ああ。俺のスキルでJOBレベルを一定量使って特殊な武器をランダムで召喚ができるんだ」

「え! 何それすごい」

「だよな。ただ何が出るかは完全ランダムだから、少し不安なんだけどな」

「結構使うの? ポイントって」

「五十だな」

 すると意外な発言を一樹は耳にした。

「私には無い物だから、何ともわからないけど楽しそう」

 ――無いだと?

 元魔獣だとそうしたらポイントは付与されないのだろうか。

 てっきりJOBポイントは誰しも持っているものだと思い込んでいた。
 他の人も職業レベルが上がると同時に、JOBポイントが付与されると想像していたのだ。
 後日あらためて、モグーに聞いてみようと一樹は心に書留めておいた。なければ製作スキルとしてある『コンパネ』をいよいよモグーのために作ることにもなる。

「まあそうだよな。何が出るかわからないし。期待もある」

「うん。うん。今やるの?」

「ちょうど今からだ。やるぞ!」

「うん!」

 一樹はさっそく、五十ポイント分を捧げる意識でいると、目の前で何か手のひらサイズの黄金色の魔法陣が床上で激しく回転していく。

「なんだこれ? すごいな」

「こんなにキラキラしていると期待しちゃうよね」

 次第に回転が速くなり、光も強くなると目を開いていられなくなった。手をかざしながら様子を見ていると、数十秒程度で収まり、その場所には黒い短刀が鞘つきで置かれていた。

「これは短刀か。ちょうど暗殺術の短剣術が多少でも活かせるか」

「何かただ寄らぬ雰囲気を感じるよ? おめでとう? かな?」

「ありがとな」

 一樹は、無骨な何も装飾をしていない艶消しのされた真っ黒なさやを左手で掴み、右手でつかを握ると鞘から恐る恐る引き出す。
 すると、日本刀独特な刃と呼べる銀色の反りのあるものが現れた。刃渡り三十センチぐらいだろうか指先から肘ぐらいまでの長さに匹敵する。

 刃と地の境目にある紋様上の波が美しいとさえ見えた。表面は水につけたように滑らかで金属質な銀色の輝きはまるで鏡面のようにさえ見える。塚とツバの間にある縁に文字が小さく刻まれているのを発見した。

 ――なんだ? 『切腹』だと?

 どういうわけか『切腹』と書かれており、あらためて拡張現実での視界で見てみると説明が書かれていた。
 一樹が険しい顔をして眺めていたせいか、モグーは心配そうに尋ねてきた。

「どしたの?」

「あっごめん。文字が刻まれていて何かと思って見ていたんだ」

「うん。それで?」

「そしたらさ、短刀でどこを切っても、腹に横一文字で深く切り込むとあるんだよな」

 モグーはよほど驚いたのか、両掌を顔の前に持っていくと口を隠すような仕草で驚いて見せていた。

「何それすごくない?」

「だよな。指先を少し切っただけでも、腹を深々と切られるなんぞ誰も想像できないし、いきなり致命傷が与えられる」

「うん、うん。すごいね」

「まだまだ経験が少ない俺には、ほんとありがたい」

 どうやら大当たりを引いたようだ。ただし、試すのはぶっつけ本番になりそうだった。
 特殊剣を得るというぐらいだからどのような物かと思っていたら、案の定特殊すぎた。特徴は非常にシンプルで良い。さすがにJOBポイント五十を持っていくだけの物はある。

 試したい気持ちはたかぶるものの、今は『ポショ』と『蘇生薬』を作らなければならない。『ポショ』は一本作るのに比較的時間はかからないけど『蘇生薬』は非常にかかる。

 今から取り組んでも『蘇生薬』は四人それぞれ三日間ほど分しか作れない。おそらく一本につき半刻はかかるだろう。別種を同時進行では作れないので一つひとつ集中が必要だ。

 一樹が『ポショ』と『蘇生薬』の作成に集中している頃、セニアはダークエルフのエルザにも協力を仰ぐ。何の問題もなく二つ返事で了承をしてもらいセニアもホッとしていた。

 詳しい事情は明日の顔合わせの時にすることで了解を得ていた。まだ一樹の『蘇生薬』の話はしていない。あの話は一樹から口止めされている以外にも、本人が言うべきだとセニアは考えていた。それだけ劇薬に近い恐るべき効果なのだ。

 セニアは『蘇生薬』という秘密兵器を知ることから、密かに勝利を確信していた。何より死なない者が強い。仮に死しても即時復活するのであるならまさに不死身と言える。ゆえに、セバスの救出が成功することに、非常に大きな期待を抱いていた。

 「楽しみね」

 セニアは思わず、独言してしまうほど明日の期待に溢れていた。

 翌日、約束した場所へ一樹とモグー、それとセニアとエルザが集まる。
 四人は、例の商談部屋へ移るとさっそく、作戦会議だ。

「先に話して起きたいことがある。まずは『コレ』だみてくれ」

 一樹はエルザに一本『ポショ』と同じ筒を手渡す。
 ただの筒状の物を手渡されると、不思議そうに見つめる。
 そこでセニアはエルザに魔道具である看破の目を手渡す。

「エルザ、これで見て」

 セニアから看破の目を借り受けとり、効能を見ると途端に驚愕した。
 
「なっ! なによこれ? 本気なの?」

 エルザの驚きに一樹は、真剣な眼差しを返した。

「ああ。今回だけはな。今後流通するかはセバスを救出後、相談してみるさ」

「そっ、そうね……。こんなのが出たらもう大変なことになるわ」

 エルザは効能を見て驚きを通り越して、神がかりな何かを見るぐらい鼻息も荒く興奮していた。
 これまでの知る『蘇生薬』は一度きり。しかも即時利用しないと効果がない物だった。

 ところが一樹の持参してきた『蘇生薬』は常識を覆すどころか、戦争が起きても不思議ではない代物だ。なんと言っても二十四時間以内なら、何度でも即時蘇生が自動的に行われる代物だ。
 紛れもなく、死なない兵士が出来あがる。とくに王家は喉から手が出るほど欲しい物だろう。暗殺や毒殺は常に付きまとう日常だからだ。

 このような物が世の中に出たら、それこそすべてが変わってしまう。死なない兵士も作れてしまう他、使い捨ての兵がそうでなくなる。また、戦術事態も大きく変わるだろう。まさに世の中をひっくり返すほどの衝撃がある物だ。

 そこで一樹はセニアとエルザをゆっくり視界に入れながら淡々と伝える。

「今見せた物は、仮にセバスが拷問により死んだとしても蘇生が出来る。死んだ者に対しても有効だ。ただし二十四時間以内に限るけどな」

 セニアは一樹に同じく真剣な眼差しで本気度を返した。

「わかったわ。私とエルザ。それと、一樹とモグちゃんの二手に分かれて捜索は変わりないわね?」

「それしか今は選択肢がないだろ? これを先に渡しておく」

 すると一樹は六本の『蘇生薬』を手渡した。合わせて数百本の『ポショ』も魔法袋ごと渡した。

「これは……。随分と大盤振る舞いね。ちなみにこれは、なぜ六本なの?」

「一人一日一本として三日分だ。二人いるなら六本だろ?」

「なるほどね。足りない分というよりは、渡した物でうまく配分して使えってことね?」

「さすがだな。その通りだ」

 セニアとエルザは理解しつつも、かなりの物を手にしたことで緊張感が生まれる。

「そこであとは互いに別のルートで侵入して、可能な限り遭遇戦は避けつつ、見つけ次第救出して施設を脱出。これであっているのか?」

 セニアは納得したように頷き応える。

「ええ。そうよ。今できる最大限のことね」

「遭遇戦で激しくなった場合、互いに手助けはできない状態になる。だからこそ、『ポショ』と『蘇生薬』はうまく使ってくれ」

「わかったわ。一樹の思いを無駄するつもりはないわ」

「相手の戦力はどうだ?」

 セニアは何かメモ帳なような物を懐から取り出してパラパラとめくながら応える。

「恐らくは、偽教皇と枢機卿の二名は確実よ。枢機卿はかなりの手練れのようね。他には大司教が今はほぼ全員が出払っていて、司教が多くいるわ。それと信者たちの動きも何か変なのよね」

「わかった……。聖騎士団の動きはどうだ?」

 セニアはどのような意図なのか、一樹を見つめてウインクをしてきた。

「ほぼ全員が地上と地下の町で探索を続けているわ。あなたをね」

「そうか……。やはり本物の教皇とセバスの居場所はつかめずか……」

「こればかりは……。難しいわね」

 少しばかり重苦しいため息が出てしまうものの、感謝の気持ちを一樹はセニアに伝えた。

「ここまで調べてくれたんだ助かる」

「大丈夫よ。私たちが打って出るとは想像もしていないでしょうから」

「そうだな。いっちょ、驚かせてやるか!」

「ええ、やりましょ! 油断をつけるところだけが今回の勝機ね」

「やはり短期決戦だな」

「ええ。そうね」
 
 こうして一樹たちは、決行日をいつにするか最終段階まで話を煮詰めていた……。

 

 ――数日後の決行当日。
 
 モグーと一樹は見取り図に従い、想定される部屋をしらみ潰しに見ていく。
 ただどの部屋も、もぬけの殻だった。

 ――おかしい。

 襲撃することがバレているのだろうかと焦りが募る。
 すでに複数の部屋は確認しており、関係者はおろか誰もいない有様だ。
 残り最後の一つとなった大部屋のノブをゆっくりと回し開ける。

 ――待ち伏せか!

 するとそこには、黒いコートに身を纏う初老の男が二人いた。
 まるでくるのを待ち構えていたかのようだ。両手を掲げながら鷹揚にいう。

「君たちがくるのを、待っていたよ」

「セバスはどこだ!」

「少なくともこの部屋にはいないね。別の場所で治療を受けているのではないか?」

「何ッ! 貴様セバスに何をした!」

「我らにはわからぬよ? 治療を受けているとしかね」

「どこにいる?」

「どこだろうね?」

 二人とも手をかかげると、半球体のシールドが形成され、部屋の扉は閉まり魔獣が地面から這い上がるように湧き出てきた。

 それも一つや二つどころではない、次々と生まれ出てくる。これは召喚術なのだろう。一樹とモグーはすぐに戦闘態勢にはいった。

 モグーは光弾を乱れ打ち、一樹はあいまを縫うようにして短刀で魔獣を切り刻む。
 ダンジョンで戦ってきた魔獣に、見た目は似ているものの強さは桁違いだった。
 召喚獣とはいえ、倒せば経験値が得られて、種族レベルが上がる見込みのあることを拡張視界から見て取れた。

 ――まだだ! 俺にもっと経験値を!

 一樹は、『ポショ』をぶっかけながら、枢機卿が召喚する魔獣を相手どっていた。モグーも途切れなく光弾を撃ち続ける。

 対峙している魔獣は、今まで見たこともない魔獣ばかりだった。当然ながらダンジョンのほぼ最下層にいる魔獣のため倒すは難しい。
 
 ならばやれることは一つだけあった。

 ――傷さえつければ吸える!

 紅目化を維持したまま、魔獣を迎え撃つ。枢機卿たちは半透明で半球上の魔道シールドに覆われており、向こうが手出しできるのは魔獣召喚でシールドの外の者を殲滅する行為だ。

 当然彼らが一樹たちに、直接手をくだすことはできない。シールドで守られているため、手は出せないし出されることもない。ただし召喚だけはできるようでひたすら魔獣が召喚され、一樹たちは疲弊していった。

「一樹ぃ。キリがないよ……」

「少しでも傷口があれば吸える!」

「うん! わかった」

 変わらず、奇妙な短刀を握りしめる。それは黒刀『切腹』だ。どこを傷つけても腹へ横一文字に深く切り傷が生まれる奇妙な短刀だ。

 ――切腹よ頼むぜ。

 すると一樹の思いに初めて呼応したのか紅粒子を帯びて輝き始めた。
 
「なんだ?」

 何かに期待したくなる輝きだった。一樹は一瞥すると走り出す。
 まずは目の前にいる猪型の魔獣だ。すでに目は血走り、一匹だけが突進をしてくる。

 モグーの光弾が横っ腹に着弾した。
 表面を多少焼いただけで、怯まず一樹に向けて突き進む。紅目化の瞬間移動ですれ違いざま胴体を地面に対して水平に切り裂く。

 説明の通りで横一文字に腹を切り裂いたようだ。多量の血と臓物をぶちまけながら走りそのまま倒れてしまう。

 ――よしっ今だ。

 一樹はすかさず近寄ると痙攣しているだけでほぼ動かない。すぐにしゃがみ、切り傷のある腹へ口を近づけ、一気に吸い込む。

 ――カッー! たまんねえ!

 全身が弾けるような炭酸のシャワーを浴びて、内側から突き抜ける爽快感と脳が直に感じとる快感に酔いしれそうになる。何かまた内側から変化を感じる。恐らくは種族レベルが少し上がったようだ。

 急ぎコンパネを操作し、製作可能な武器を見るとまだ銃はグレーアウトの状態だ。まだまだ喰らうぞと意気込みをし、次の魔獣を迎えうつ。

 目の前の召喚魔獣は、どうやら術者が障壁で囲まれていると、召喚されただけでは誰が敵か認識せずにいる空白の時間がある。認識まで割と長く、体感で一分ほどあるのではないかと思えるぐらいだ。

 次に狙ったのは頭が二つある奇妙な人型の魔獣だ。顔つきはシャチのように見える。ただし体は、筋骨隆々な人そのものだった。背丈は高く、四メートル近くはあり、あの一つ目巨人のようだ。
 枢機卿たちはどうやらこの大きさとなると、二人で一体ずつの召喚が精一杯と見える。スキルのクールタイムなのか、それともそれが精一杯なのか知る由もない。

 召喚された魔獣はしばらくぼんやりしていると、一分経過ごろに一樹を敵と認識して攻めてきた。ちょうど、猪の魔獣を吸い終わった頃なのでタイミングとしてはちょうどいい。本当は空白の時間に討伐したいところではある。吸うのも時間制限があるのですぐに吸わないと力にならないのが少しやりにくい。

 すかさず短刀を握る。変わらず紅く輝いたままだ。

 モグーの光弾は雨のように巨人へ降り注ぐ。深手は負わないものの、瞬く間に全身があざだらけになっていく。
 巨人は手に道具を持たないため、そのまま突撃した。

 すると口を大きく開いたかと思うと、突然炎のブレスを吐き出してきた。少し表皮が触れただけで尋常でない痛みが走り、表面は炭化してしまう。急ぎ『ポショ』をぶっかけ回復し、そのまま第二射が来る前に、懐に入り込み横一文字に刻む。

 瞬間、横に線が入ったかと思うと、真っすぐに切れ臓物をぶちまけた。
 そのまま顔を突っ込み一気に吸い上げる。

 ――来た! キタキタキター!

 もう昇天してしまうのではないかというほどの爽快感と、満ち溢れるエネルギーを感じると同時に、またしても脳がウマイと叫ぶ。

 ――脳がウメエじゃないか。

 欠損部位も治せるポーションの『偽ポショ』は凄まじく効能が優秀だ。吸ったあとにポショをかければまた元に戻り、再度吸えるかというとたしかに吸える。ただし、爽快感はゼロでむしろまずい。

 もしできたら『ポショ』があるかぎりエンドレスなのに、都合よくは行かない。
 
 先のでようやく、連戦だった魔獣は弾切れかと思うと、今度は奴らが出張ってきた。
 さすがに一樹たちは疲弊しており、枢機卿と比べると明らかに疲れ切った状態だ。

「よもやま、我らをここまで追い詰めるとはな……」

「うむ。敵ながらあっぱれといえよう」

 モグーはシールドが晴れた後すぐに、光弾を雨のように初老の男たちへ降り注ぐ。
 すると枢機卿たちは、先のシールドを盾にして使い始めた。どうやら見た目以上に魔力を使いすぎて、苦しいのかも知れない。

 一見余裕そうに見えるのは、彼らが手練れであるだけでそのように見せているのかも知れない。実態として魔力は、底をつき始めてもおかしくはないはずだった。どう見てもあの召喚といい半球体のシールドといい尋常でない魔力を消費している。教会産の魔力回復ポーションは、性能は悪くすぐには回復しないし完全にまではいかない。

 残念ながら魔力回復ポーションだけは、いくら一樹でもまだ見ぬ物だった。製作リストに名前すら出ていないからだ。

 枢機卿たちは何をしようとしているのか、作戦を考える余裕など与えるつもりは毛頭もない。変わらず瞬間移動のように移り、枢機卿を切り付ける。
 方や暗殺術の使い手。もう片方は未知の手練れ。どちらも拮抗した。

 盾で押し出すかのようなそぶりを見せておきながら、突然大きさが縮まり盾の背後から魔力のこもった掌底を打ちつけてきた。どう見ても武道家の達人級としか思えぬ動きだ。
 
 実は武道家が本来の姿で、魔法を収めているのはあくまでもおまけ程度と言っても不思議ではない。
 
 一樹は、インパクトのある瞬間少し後ろへ瞬間移動し、回避する。腕が伸び切ったところでまたしても間合いを詰めるため瞬時に移動し、黒刀『切腹』で腕の薄皮一枚を切り裂く。

 ほんの微かに触れただけで、枢機卿はニヤつき一樹もまたニヤつく。お互いに思うことは違えどしてやったりといった気持ちだ。
 ところが、二方のニヤつきは一樹に軍配が上がる。

「ば、ばかな……」

 気がついた頃は時すでに遅し、短刀の能力は切腹だ。どこを切っても腹を横一文字に深く切り刻む。
 枢機卿はそのまま血を吹き出し、腹を押さえる手などおかまいなしに臓物が溢れ地面におちていくと膝をつき倒れてしまう。

 この機を逃さずすかさず、もう片方へ切りにいくも遠く回避され交わされてしまう。ならばと、倒れているもう一人の枢機卿の腹に顔を突っ込み一気に吸い込む。
 もうやっていることは魔獣と同じだった。人の裂けた腹に顔を突っ込むなんぞ、人のする行為ではない。

 ――キタァァァアアアアアー!

 またしても脳がスパークしそうになる。これぞうまさにより、脳内で爆竹が弾けるようだ。
 やはり人の方がうまい。何度も脳内で爆竹が大きな音を高鳴るように叫ぶ。
 また、体に少し変化を感じたのでコンパネで見てみると、ようやく作れるようになった。念願の銃、『ブリザードフォックス』大型ハンドガンだ。

 細かい説明は後で見るとして、すぐに作ろうとした。ところが憎悪の目で睨むもう一人の枢機卿が渾身の魔術を一樹へ放つ。

 ――しまった!

 一樹は自身の油断が招いたとはいえ、かなり厳しい状態だ。枢機卿は魔力を練っていたのか尋常ではない魔力の威圧を感じ、声を張り上げ何かを放つ。

「ブラッディクロス!」

 ――何っ!
 
 見えない圧力なのか体が瞬時に吹き飛ばされると壁に打ちつけ瞬きする間も無く、十字状に光の輪で手足を固定させられた。当然首にも輪で止められる。

「一樹ぃ!」

 モグーは必死に光弾を枢機卿に打ちつけていた。かなりまずいことに『蘇生薬』がちょうど切れかかっていたのだ。
 一樹はなんとかして『蘇生薬』を飲もうとするも身動きが取れない。
 枢機卿はモグーの光弾などおかまいなしに、さらに光の槍を作り出し叫ぶ。

「ホーリースピア!」

 枢機卿の放った槍はまっすぐに一樹の心臓を貫き、槍は消滅する。
 激しく咳き込むように吐血をすると、一樹はぐったりとして動かなくなってしまった。

 モグーの悲しい叫びが響く……。
 
「一樹ぃー!」

 
 一樹はなんとか枢機卿の内、一人を倒した。
 ところが、直後の吸い込みにより愉悦に溺れてしまう。
 そうした油断が招いた隙に、生き残りの枢機卿から十字架へ磔されて光の槍で心臓を撃ち抜かれてしまう。

 この時すでに『蘇生薬』の効果は切れており、完全に死んでしまった。

 モグーは悲しみにひたる暇もなく、今度は自身が危うくなり必死に今できる光弾を枢機卿に放つ。

 枢機卿はもう余裕なのか、ゆっくりとモグーに近寄り迫る。
 すると突然空中が裂けると真っ黒な空間が突如現れた。
 枢機卿は想定外の相手に対して、若干怯むように声を上げる。

「何やつ!」

 異質な波動を全身で味わい、枢機卿は恐れ慄く。
 そこから現れたのは、黒いローブに身を纏うあのギャンブルマスターが冷徹な目をして降臨してきた。

 モグーもまるで身動きが取れず、当然枢機卿も微動だにできなかった。
 なぜなら、本物の神威を纏い全方位に放っていたからである。

 ゆっくりと一樹の前に行くと、腕を上げただけで一樹を捕まえていた十字架は霧散し銀色の粒子となって消えていく。
 一樹はまるで浮くようにして仰向けになり、腕を下にだらりと下ろしたままゆっくりと床に下ろしていく。

 すると腕を垂直に上げたギャンブルマスターの女は、何か力をつかったのか、半球体のシャボン玉のような膜を作ると、一樹とモグーとギャンブルマスターだけを取り囲んだ。
 神が作る薄膜に、人である枢機卿が何かできるわけでもなく、呆然と成り行きを見ていた。というより動けなかったのである。

 枢機卿は、本物の神威を味わいおそれ多く、微動だにすらできず不動の状態で固まってしまった。額からは汗が滴り落ち、落ち着きすらない様子だ。
 
 一方一樹は、床に仰向けで寝た状態になり、女は一樹の頭を撫でながら、穏やかな表情をむけていた。モグーはギャンブルマスターが姿を変えてなぜここにいるのかわからず、目を白黒させている。

 ギャンブルマスターの女はかつて死神になる時、青水晶を通じてすべてを見ていた。一樹がこちらの世界にくることだけでなく、死神の力を持ってして、死を迎えた一樹の魂を自身が蘇らせる姿を見ていたため、この時が来るまで千年の歳月を経てまっていた。

「ようやくね。長かったわ」
 
 本来制限されている力は、死神が愛したたった一人だけには千年に一度だけ力を行使してもよい約束を取り付けている。代わりに、死神としての役目は終えて、力と存在を失うことも示唆されていた。

 今にも半泣き状態のモグーは心配そうにギャンブルマスターに問う。
 
「一樹は、大丈夫? なの?」

 女は穏やかな顔つきで、ゆっくりと答えた。

「ええ。大丈夫よ。安心して」

 それだけいうと、死神の力を解放したギャンブルマスターは、圧倒的な神威を放ち、半円級薄膜を超えて神域を作り出す。

 そこでギャンブルマスターが一樹の胸に手を当てると、みるみるうちに傷が再生されていく。見た目は無傷に戻っても、まだ心音は鳴ることもなく、息も止まったままだ。

 その間、神域だというのに、どうにか動き出した枢機卿は狂ったのか攻撃を加えてしまうもびくともしない。
 彼ら人の力で神に抗えるわけもなく、狂ったようにただ力をぶつけ続けていた。

 枢機卿はうわごとのようにいう。
 
「ああ……。――もうお終いだ」


 ギャンブルマスターはすでに意を決していた。

 最後に、一樹の魂を呼び戻すことへ何の戸惑いも見せずに、穏やかな表情で一樹の頭を撫でていた。
 どれほどの時間をそうしていたのだろう、いつの間にか桐花の頬から伝わる涙は一樹の頬を濡らす。

 まるで何度もしてきたかのように、一樹を愛おしく見つめたまま、そっと唇を重ねる。すると魂いを呼び戻すためなのか、桐花の全身から黄金色に光る眩い粒子を放つと、一樹の全身へ降り注ぐようにして浴びせ続けた。
 
 ――どのくらいの時間だろうか。
 
 数秒のようでいて実に四十五秒近く唇を重ねており、体感としては数分にも感じる時間は、一樹の瞼の動きで終わりを告げた。

 一樹はゆっくりと目を開けると、ギャンブルマスターの顔が間近に迫って、唇が重ねられていたことを理解した。
 そこまではわかったものの、何が起きたのか戸惑いを感じてしまう。すると次の瞬間に、二つのことを思い出した。槍で貫かれて死んだことと、目の前の女は『桐花』であること。

 一樹の意識と命とわずかな記憶を取り戻した一樹に桐花は気がつき、顔をそっと話すと柔和な笑顔で迎えた。これが本当の最後になってしまうにもかかわらず最高の笑顔が一樹に向ける。

 一樹はようやく相手の名前をつぶやけた。
 
「桐花……」

「やっと思い出してくれたのね」

 桐花は、もう涙が溢れて止まらない。

 ――だから桐花は最後にいう。

「東京で救ってくれた時から、あなたを愛していました」

 その言葉の後、まるでそこにいたのは亡霊だったかのように次第に姿が薄くなっていく。このとき一樹は気がついてしまった。自身を蘇生してくれたことへの代償だと。
 
 だから一樹も最後にいう。

「桐花、俺もだ。東京の時から愛している」

 すると、桐花は最後の最後で言葉を紡ぐ。
 
「愛していました。生きて……」

 その言葉を最後に光の粒になり、桐花の笑顔も涙も存在すら消えてしまった。
 心に残ったのは、どこか悲しい虚しさが胸を突き奪っていった。
 
 目を見開いた一樹は、シールドが消えたとほぼ同じぐらいでようやく銃を作り終わり、起き上がると同時に枢機卿へ乱れ撃つ。

 まったくと言っていいほど、反動がない銃でバレルが動くだけで薬莢も出ない。想像していた以上に軽さもあり、扱いやすさは抜群だった。ただし質感と触感はどう見ても金属だ。あと拡張現実には、どこを狙っているのかレーザーサイトの役目も果たしているので外すことがほぼなく、かなりの高性能と言えるだろう。
 
 ただし射撃音だけが大きいのは変わりない。
 大きな銃声が鳴り響くと白銀の銃弾は回転し強い冷気を撒き散らしながら、枢機卿の肩にあたり、瞬時にその場所を凍結させる。どうやら音だけはよりリアルに近いようだ。

「グハッ!」

 枢機卿は初めて喰らう銃弾の痛さによろめく。反撃がないのを機会と捉え一樹は、間髪入れずに連続して撃ち続ける。
 銃声が何度も鳴り響き、腹や胸以外にも足にもあたりすでに仰向けに倒れたところだった。一樹は最後に悪い笑顔で伝える。

「また会おう」

 一樹は脳を狙わず鼻よりしたを狙いうち首から千切れるまで撃ち続ける。
 これでようやく、枢機卿を殲滅した。
 
 とりあえずで作られたにもかかわらず、高性能な銃だ。

「こいつはゴキゲンだぜ!」

 全身を蜂の巣にされた枢機卿は、首から上の頭は離れてしまい一樹に回収された。後で脳分解でスキルを得るためだ。
 
 初披露の大型ハンドガンの『ブリザードフォック』は、圧倒的な力の象徴となることを証明した。
 ようやく終わりだと気を抜いた瞬間、扉を開けて次々と人が入ってきた。まるで蜘蛛の子のように湧いて出てきたのは、一体なんなのか。目はよく見ると虚のようでいても、目的意識がしっかりとしているように見える。

 ――なんだあの黒目は。

 老若男女入り混じった人々は信者なのかもしれない。今言えるのは全員敵だ。なぜなら全員が一樹に向かって脇目も触れずゆっくりと歩いてくる。目がすべて黒目になっており、まるで死体が蘇ったような苦痛に喘ぐ表情をして、ぎこちない動きで迫る。

「モグー気をつけろ、こいつら何かおかしい」

「うん! 殲滅! せんめつぅー!」

 モグーは妙に明るく、リズムよく軽快に口ずさむと光弾を再び連射し始めた。一樹が蘇生したことがよほど嬉しいのか、非常に軽やかに見える。

 一樹もまた新調した銃を構えて打ちまくる。
 銃は枢機卿の時に使ったのが初めてだ。扱い方や構え方と打ち方、装填およびメンテの方法までがすんなり頭の中で再生される。

 銃の構え方は、わずかに腕を伸ばし顔の前に構えて、できるだけ顔の近くに寄せていた。銃口と目線を一致させて狙い撃つ。薬莢は飛び出さないため、この体制で連続して頭を狙い撃ちまくる。

 数が多すぎて脳ミソ確保など気にしていられないぐらい湧き出てきた。もう相手が誰であろうと近寄るやつはすべて敵だ。

 一体これまでどこで何をしていたのか、これほどまでに待機していた人がいると思うと恐らくは信者ではないかと一樹は思っていた。ただなぜこのタイミングなのかまでは、考えにいたらない。今は目の前の対処が最優先だ。

 モグーと一樹は、扉の方に体を向けてひたすら撃ち続けた。まるで怯まない襲撃者たちは、撃たれたあとはその場で倒れ他の者の妨げになる。ところが倒れた人らのことなど、路傍の石程度にしか思っていないのかそれとも、ただ目的以外は気にもとめないのか、奴らの足は止まらない。

 状況を確認しようと、視界に広がる拡張現実へ意識を向けた。映し出される周囲の環境と銃の残弾数に目をやる。
 
 ――残弾は……。

 拡張現実と言える視界の表示内には、銃弾の残量がカウントダウンするように示されている。それは一樹が引き金を引くたびに減っていく。母数が千発もあるため、今のペースでならまったく問題ないだろう。

 唯一の救いは、敵は近寄ってくるだけで武器を使ったり魔法を使う様子も見せない。ただ近寄ってくるだけだ。とはいえ、物理的に奴らの手の届く範囲になれば、取りつかれて喰われるのは想像に難しくない。なぜなら枢機卿の死体に割れ先にと食らいついており、目の前で繰り広げられているからだ。

 連続で撃ち続けるモグーは一樹と異なり、常に自身の魔力を消費しながらのため、疲労が著しい。ポショで多少の魔力は回復するもこの埋もれるほどの人を膨大な光弾で迎え撃つとなると、相当な魔力が消費されていく一方だ。
 
「モグー大丈夫か?」

「うん。なんとか……ね」

 さすがにこの数だモグーも疲労が激しい。
 どうにかして流れを止めたいところではある。



――いっそのこと魔法のテントに避難するか。

 入ったら今度は出るタイミングが難しくなる。戦いの真っ最中のこの場所は、籠城するには最悪だ。しかも隠れる方法が露見するのは避けたい。

 溜まり続ける一方の疲労は、『ポショ』のぶっかけではさすがに回復しない。あくまでも傷ついた体の修復だけにしか効果がない。
 
 また、ひたすら撃ち続けることが繰り返される。

 いくら倒しても、黒目たちの人の波と襲撃は止まらない。床には夥しい量の血と骸が転がる。ここがどこかの戦場で市民が巻き込まれたと言っても不思議ではない光景が広がる。

 ――これじゃ土嚢だな。

 土嚢ならぬ血袋が積み上がる。一樹の腰の上あたりまで、おり重なる人らで床が埋まる。

 キリがないと思っていた人波についに変化が訪れてきた。室内に入ってくる人数が減り始めたのだ。
 こうなると現金なものでやる気が湧いてくる。それはモグーも同じ様子だ。
 力を振り絞り、目先のゴールに向けてひたすら撃ち続けていった。
 
 ふと目線を桐花の消えた場所に移していた。

「モグー、桐花の衣類回収してくる」
 
「うん!」
 
 まだ衣類が残っており、非常事態であってこれだけは今しなければとの思いと、どこかそのままにしておけず急ぎ魔法袋にしまう。
 すぐに前線に復帰し、素早く襲来する黒目たちを再び撃ち続ける……。

 ――あの時、桐花はどう思っていたんだろう。

 一樹がこの世界に来てから何度も顔も合わせていて、ついこの間、急により多く話すようになった矢先に今回の出来事だ。

 今となって知る由もない。
 ただ、ずっと見守れられてきたのは今にしてわかる。
 なんらかの誓約があり、正体を明かせなかった思いはどれだけ辛かったのだろうと思うと、繋いでくれたこの命なんとしてでも生還しなくてはと誓う。

 ――桐花……。奴らをぶっ殺して、手向の花にしてやるよ。

 モグーと一樹はようやく最後の一人を撃ち抜いた。

 すると今度は拍手をしながら、誰かが奥からゆっくりとやってきた。

 その者は一体……。

 
「あらあら、随分と派手に散らかしましたね」

 ゆっくりと奥から手を叩きながら歩いてくる者がいた。
 拍手で相手を褒め称えるという意味とは、どうやら異なるようだ。

 どう見てもこの状況から、相手はあの偽者だと考え一樹は言葉をぶつけた。
 
「お前が、偽教皇か?」

 現れた者の見た目は、細身で金髪の髪をし優男風の出立
で背丈は一樹と変わらない。
 純白の白いローブに身を包み、細身な体から突き動かす腕で鷹揚な態度をとるあたり余裕なのだろう。
 
「おやおや、ニンベン師に偽者呼ばわりされるとは、光栄ですね」

 すでに一樹の顔は偽教皇には割れていたようだ。

「偽者には用がない。本物はどこだ!」

 意外なことに素直に認めるばかりか自慢さえし始めた。
 
「私は歴とした偽者です。なかなか良い出来栄えでしょう?」

 人を食ったような物言いをする偽教皇に、一樹は単に遊ばれているだけだと察した。
 思わず舌打ちをし、苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめる。

「チッ……」

 ただ偽教皇は余興と考えているのか、余裕な態度は崩さず鷹揚にいう。
 
「まあ、いいでしょう。あなたは薬品作成道具として、私が拾いましょう」

「それが目的か……。断る!」

「あなたは死なない兵士を作るための道具になりますからね。それに、死んでもコキ使おうと思いましてね」

 断固なまでに一樹は、拒絶を言葉と態度で示した。

「断る!」

 とんでもない鬼畜野郎かと思いきや、嗜虐的な笑みを浮かべて、こともな気にいう。

「そうですか? 生きている間は、死なないという報酬を考えていましてね……」

「手違いで殺すのはわかっている」

「それならば、死んだら生き返らせるという報酬を考えても……いいんですよ?」

「断る!」

「死なない報酬と蘇生の報酬の両方を得られたら、素敵ですよね」
 
「外道が……」

 すると両腕を広げて、まるで親愛なる者を迎え入れるような態度で唐突にいう。

「ニンベン師さん、今日はすべてが始まる日。こんなにもよき日にお会いできて光栄です」

「今更何が言いたい」

「残念ながら、私にはよくないことが起きる日でもあるんですよね」

 良いと言ったり、よくないことが起きると言ったり忙しい奴だ。

「何を? 言っているんだ?」

「わかりませんか? でも大丈夫です。私だけが分かればいいのですから」

 一人で話し始めたかと思うと、一人で完結しまるで意味がわからなかった。
 
「ただのイカれた薬中か……」

「ありがとうございます。常識を超えしイカれた者にしか、至高の力は手に入らないですからね」

 ――本当にこいつは何者なのか。
 
 妙に雄弁に物語るそぶりは、あえて何かに誘われているような気がしてならない。

「お前を倒す!」

「いいですよ? 見せてもらいましょうか? ニンベン師の力とやらをね」

 一樹は最後のミッション、偽者(教皇)vs偽物(ニンベン師)対決に挑む。

 見た目からして魔法系が得意なのだろうと予測した。
 後方からモグーが得意の光弾を連射し、一樹はすぐに銃の引き金を引いた。

 ――なんだ!

 バレルが途中で止まり動かない。
 拡張視界には『装填不良』とアラートが表示されている。

 ――こんな時にッ!

 一樹はまだ対処ができない。
 すぐに銃を投げ捨て、一樹は紅目化で近接戦闘に挑む。

「ハッ!」

 気を入れると一瞬にして目は紅くなり、身体には紋様が浮き出してくる。
 一樹の変貌した姿を見た偽教皇は、珍しい物でも見たように感心し、珍獣を見るように目を向ける。

「ほほう……。興味深いですね」
 
 偽教皇は魔力の力なのか、その場で空中へ無造作に浮かび上がる。
 すると、手元に胴体ほどの大きさもある光の盾を作りだし、モグーの光弾をすべて弾き返す。  
 
 あまりにも素早い動きで、視界に捉えていた偽教皇の姿が一瞬ぶれたかと思うと、すでに目の前に来ていた。

 ――何ッ!

 瞬きをした瞬間に間合いを詰められてしまい、偽教皇の足が回し蹴りの軌道を縫い一樹の左の顔側面に直撃をした。

 骨が押し潰されそうな嫌な音を響かせると、真横に吹き飛び床を派手に転がりる。ようやく止まったのは先の襲撃してきた信者の遺体にぶつかったからだ。

 一体何が起きたのか、一樹は混乱していた。

 ――なぜだ!
 
 血と汗と砂埃に塗れながら、疑問の方が先に脳を支配した。

 おかしい、紅目化の状態は、身体能力のすべてにおいて常人を上回っているはずだ。
 得たばかりとはいえ、暗殺術と格闘術が組み合わさることで無類の強さを襲撃者に対しては誇っていたはずだ。

 ところが目の前にいる偽教皇は、一樹を遥かに凌駕する。

 目にも留まらぬ速さで蹴りを出しただけなく、立ちあがろうとした時にはすでに背後にいた。

 思わず一樹は吐血と同時に、息を吐き出すかのように声を出した。

「グハッ!」

 偽教皇は、まるで墓石に花を添えるかのように柔らかい動作で最も簡単に、一樹の背中の真ん中を光の槍で貫いてしまう。
 
 一樹が反撃する間もなく、すぐに偽教皇はその場から離脱をしてしまう。
 すると、離れた場所から獲物をじっくり見定める魔獣のような目つきで、一樹を興味深く観察していた。

 ――『ポショ』を。

 一樹は魔法袋から取り出し急ぎぶっかけると、みるみる内に重傷と言える負傷は修復され、いつものゾンビアタックに戻った気分だった。 

 偽教皇の見た目に惑わされるな、自身を凌駕する強者だと。脳裏で警告音が高く鳴り響く感じすらした。

 あまりの一瞬の出来事で一方的な戦いに、思わず口からこぼれ落ちる。
 
「強い……」

 偽教皇は、棒立ちの状態でゆっくりと喋る様子は、余裕そのものと言ってもいい。偽教皇は相当な強さだった。

「認めるのも実力の内ですよ? 一樹君はさらに強くなっていくでしょうね」

 モグーは視界から消えたかと思うと、すでに床に倒れていた。光の槍で貫かれたことがわかる。
 一体いつやったのかまるでわからない。あまりにも実力が違いすぎた。ただ、『蘇生薬』を飲んでいるから、あと数秒もすれば起き上がってくるはずだ。

 モグーは叫ぶ。

「うわっ!」

 蘇生は初めてだったので、モグーは驚きで迎えた様子だ。すぐさま光弾を変わらず放っていた。モグーの様子も見ていた偽教皇は、感心したようにいう。

「おや? あなた方は何か体に施していますね。非常に興味深い……」

 一樹は思わず舌打ちをしてしまう。『蘇生薬』のことを指摘されたからというわけではなく、まるで攻撃がわからなかったことからだ。
 
「チッ」

 一樹は、再び正面から瞬時に間合いを詰めるも、回避され距離を置かれてしまう。どうにかして近づいて攻撃を当てなければと、執拗に追いかける。

 ――何ッ!

 今度は右から回し蹴りのような鋭く重い一撃を喰らい左側に吹き飛ぶ。今度は光の槍が見えたので掠りはしたものの貫通までにはいたらなかった。
 
 額から汗が滴り落ちる。

 どうやって近づけばいいのか皆目検討がつかない。

 ――おかしい。

 今、たしかに正面に捉えていたはずだった。ところが逆に接近されて、真正面から腹にモグーの光弾の数倍以上もある物で撃ち抜かれて、土手っ腹に大穴が空いた。同時に偽教皇は再び距離をとる。

「ガハッ!」

 多量の吐血と共に、すぐに『ポショ』をぶっかけた。今回作成した物は最高品質を誇るもので、部位欠損すら修復する優れ物だ。なのでみるみるうちに修復されていく。

 偽教皇は、まるで素晴らしい演劇を褒め称えるかのように感嘆する。

「なんと。またすごい物をお持ちですね。実に素晴らしい」

 ――余裕をぶちかましやがって。

 一樹は歯噛みするものの、どうにも打開策がない。ひたすらがむしゃらに間合いを詰めようと、瞬間移動のように追いかけていく。
 ところが残念なことに距離が縮まるのは、偽教皇が攻めにきたときだけだ。

 攻撃がまったく当たらず、掠りすらしない。大人と子供以上の大きな差を感じていた。そこで一瞬閃く。
 
 ――待てよ、もしかすると。

 紅目化の時は、ある意味体力馬鹿になるので疲れ知らずなのはいい。ただし、攻撃速度が相手の方が上まわってしまうと、手も足も出せなくなる。

 一樹は思わず口から怨嗟のように言葉が漏れる。
 
「はやいな……」

 変わらず一樹は、偽教皇を可能な限り全力で追いつづける。そして何度目かの瞬間移動に近い動きで追いかけたとき、反対に強襲される。腹を貫かれた時と同じパターンだ。
 
 ところが今回は違った。

 確実に腹を貫かれたと思われた瞬間、偽教皇の手元から光の槍が空中を突き抜けた。
 一樹がその場から完全に消えさったのである。

「おや?」

 意外な突然の出来事に驚いた様子を浮かべると次の瞬間、苦悶に顔を歪めた。
 何もない空中から一樹の稲妻を帯びた腕だけが飛び出し腹を貫き背骨の一部を掴み引き抜いたのだ。

 当然その状態なら即死になるはずが、偽教皇はなんらかの方法で延命していた。

 空間から一樹は体も出てくると、手には背骨の一部が握られていた。
 魔法のテントを使い避難し、その場にとどまることを予見して、腕だけだしすぐに手刀で貫いたのだ。

「終わりだぜ、偽教皇さんよ?」

「ククク。まさか、そのような方法でやるとは……」

 本物を超えられない偽者は、本物を超えた偽物に負ける。
 
 そして最後にいう。

「ざまぁねぇな。本物を超えた偽物の力だ」
 
「やりますね。さすがに……避けられ……ませんでした。偽者の……完敗ですね」
 
「随分と気楽なんだな」
 
「気楽……ですよ? これから、始まり……ます……からね」

「何がだ?」

「ここは、間も無く……陥落。君とは……また……会いそうな……気が……します……ね」

「ん? お前何を言っているんだ? どう見ても死ぬだろ、その傷なら」
 
「覚え……て……おく……と、いい……でしょう。こう……いう者も……いる……とね。また……会い……ま……しょう!」
 
「何ッ!」
 
「ハレル……ヤ!」

 その最後の言葉の瞬間、目の前にいた偽教皇が盛大な光と共に大爆発を起こした。
 
 ――自爆しやがった。
 
 一樹はかなりの勢いと衝撃で吹き飛ばされる。当然モグーも同様に吹き飛んでいった。
 
「クソがあー!」
 
 閃光のような光を発して大爆発を起こす。一樹とモグーの体は壁を突き破り、その先の通路まで吹き飛ぶと意識を失った。
 
 どのぐらいの時間が経過したのか、感覚的に今の爆発でおそらくは一度死んでいる。目が覚めると同じ位置でモグーも目が覚めた。
 
 どうやら『蘇生薬』のおかげで二人とも生還できたようだ。
 モグーは涙目で嘆く。
 
「うう〜。まただよ……」

「大丈夫か? 動けるか?」

「一樹ぃ。うん、動ける」

「俺たちは生き残った。勝ちだ」

「やっと……だね」

 一樹は周りを見渡すと、二名の枢機卿の内一人だけは頭が残っていたので拾い魔法袋に収める。
 銃も偶然近くにあり回収しておく。偽教皇はどういうわけか腕一本だけしかなく、衣類ですら跡形もないのは不気味だった。

 瓦礫自体はさほどなく、ほぼ地面は見えている状態なのに、偽教皇の遺留品は何も見当たらない。

 考えられるのは、自爆に見せかけた転移をしていることだ。
 転移先では一樹の作成したポショをかければ、負傷や欠損した箇所ですら何も問題なく回復するだろう。今は、そうならないことを願うばかりだ。

 偽教皇とは打って変わり枢機卿の二名は、四肢が飛び散っていた。どうしてもこの二名と比べてしまい偽教皇の遺体がないことに不自然さを覚える。やはり転移をしたのだろうかと考えが及ぶ。

 とはいえ何かできるわけでもなく、いつまでもここにいる必要がないため、セニアたちの様子を見にいこうと方向を変えた。

「セニアたちの様子を見にいくぞ」

「うん! イコー!」

 一樹は気を取り直して、移動しながら今の戦いを振り返る。
 初めは相手が切りつけた際に、抱き寄せて相手と自身を同時に貫こうと考えていた。

 ところがそれをせず、咄嗟に魔法のテントを使うことにした。

 なぜなら貫くまでの間は、相手が貫かれると勘づいてしまう。あの素早さなら隙をつけないと思い、一樹は直前で戦法を変えたのだ。
 魔法のテントなら意外性だけで、初見だと押し通せると考え実行したのは正解だった。

 ただしこの手は、二度は使えない。
 どこで消えたかを覚えておけば、その場に行かなければ接近することがないからだ。さらに実態を知れば出てきた瞬間を狙い撃ちにされてしまう。

 瓦礫で埋もれていない通路を外へ向けて走り抜けると、屋外ではセニアとエルザもちょど出てきたところだった。
 傍にいるのは本物の教皇だろうか。セバスも全身包帯だらけの状態でいた。

 一樹は、合流すると開口一番伝える。

「枢機卿たちは倒した。偽教皇は、最後に自爆をしやがった。せバスは大丈夫なのか?」

 セバスは面目なさそうな顔つきをすると、すぐに一樹たちへ頭を下げていう。

「心配をかけ申し訳ございません。この通り逃げる分には支障がございません」

 するとセニアはいう。

「ちょっと、こっちに二人もいたから驚いたわ。でも両方まとめて救出できたのは僥倖ね」

 そこで一樹は、ため息まじりにいう。
 
「こっちは戦ってばかりだったけどな」

 セニアは仕方ないでしょと言わんばかりの顔つきだ。
 
「まずは、ここを出ましょう。地下ギルドのギルマス部屋へまずは向かいましょ」

「ああ。わかった」

「うん」

 こうして一樹たちは無事、本物の教皇とせバスの救出に成功した。
 ただ、桐花を失ったことで心のどこかが寂しさを覚えていた。
 

 
 満天の星空には、ちりばめた光のつぶがまるで粒子かと思うほど繊細で遠くに輝く。
 その空の下、老齢の黒いスーツ姿の紳士と白い燕尾服を着た女が小高い丘の上でゆっくりと空を見上げながら話をしていた。
 
 黒いスーツ姿の世界樹は、ため息まじりにつぶやいた。

「やはり、まだ早いかもしれないのう」

 燕尾服の女も呼応するようにして答えた。
 
「私がついていないと危ないわ」
 
 他の神々が介在しない場所で二つの存在は会話を続けていた。
 世界樹は感傷めいたようにして告げる。
 
「しかしな、汝は力を使った……。ゆえに、誓約通り力と存在を失うぞ」

 そこで女はなんてことが無いようにいう。

「ええ。力は使ったわ。たしかに、()()()()()の存在と力は失われるわね」
 
「そうであるな……。死神としての存在と力だな」
 
「おっしゃる通りでだから人として、下界に向かえるはずですよ?」

 世界樹は、どこか困ったような表情を女に向けていた。
 
「たしかに……。そうだ。間違いではない……。そこまでわかっていて誓約し、千年近くも行動していたのか?」

 世界樹はいい、気がついたことに初めて笑う。女も穏やかに微笑んでいた。

 それもそうだろう、本来桐花は天使になれるはずが一樹を救うためだけに、異なる時間軸で死神となったのだ。

 一樹と遭遇するまでに千年の歳月を費やしても、最後は自らの存在消失を条件に一樹を救う。
 救われるのは一人だけという、悲しみしか残らない。

 それでも救うためだけに、これまで活動してきたのだ。世界樹にしてみたら千年は短いと思うだろう。ただし元人にしてみたら相当長いのは世界樹も理解していた。

 だからこそ長い時を使って、結末を理解していながら行動していた桐花の覚悟に、感嘆していたのであった。

 桐花は世界樹のといにいう、それは秘密だと。

「それは乙女の秘密ですよ? それに、秘密に深いれして人の振る舞いをするようなやぼさは、世界樹にはないでしょ?」

 世界樹は、してやられたと言わんばかりの態度でいう。

「おもしろいことを言う……。一度だけ……。一度だけであるぞ」

 これで互いに伝え終えたのか、桐花の体は徐々に黄金色の粒子に包まれていく。
 もうこの場所に来ることもないゆえ、別れ際に桐花はいう。

「ありがとう。世界樹様」

 桐花はゆっくり深々とお辞儀をする。
 世界樹は、まるで出来損ないの卒業生を見送るかのような、穏やかな眼差しで桐花を見つめ、これまでの活躍を労う。

「うむ。千年もご苦労であった。汝に幸あれ」
 
 こうして、桐花は眩い黄金色の光の粒子に包まれると、世界樹との直接的な接点は消えて普通の人に転生する。

 そこには世界樹だけかと思うと、もう一人妖艶な美女が現れる。

「彼女、行ったのね?」

「ああ。そうだな。わずかな間でも相応の活躍には、希望を叶える形で労いたいものじゃ」

「随分とお優しいこと」

「あの者が与えるこれからの影響は、期待したくなるものじゃよ」

 二柱は、どこというわけでもなく桐花の去った場所を見つめていた。

 桐花はイルダリア界へ今のままの姿で人として転生し、一樹がいる町へ白いローブ姿のまま降り立つ。そして、一人嬉しそうに髪をなびかせながら、地下ギルドへ向かっていった。





 ――その頃、一樹は……。
 
 一樹は、ようやく日常を取り戻していた。
 救出した日は教皇も交えて、感謝されまくったのは記憶に新しい。
 それよか、早く取り下げてほしいことを伝えると、すぐに手配をしてくれた。

 後日あらためてささやかな食事会が開かれて、モグーもここぞとばかりに食事にありつく。
 一樹は嬉しさ半分、桐花のことを思うとどこか胸に穴が空いた気さえしていた。

 本物の教皇から賞金の件は取り下げられ、認知されるまで時間はかかるものの、安泰と言える日常が蘇ってきた。

 ようやく一樹はポショ作りとダンジョン巡りに注力できる。
 まだ見ぬ製作の種類とまだ作成していない製作物に興味が高くやる気も倍増中だ。

 モグーは変わらず、魔法のテント内にあるベッドの上で幸せそうに寝ている。もはやベッドの虜と言える。
 
 今日も一樹は、いつものように地下ギルドへ来ていた。
 変わらず大量に製作した『ポショ』の納品で慌ただしそうだ。セバスと笑い合いながら新たな『ポショ』を納品していた。

 魔法袋からまた魔法袋を取り出し、忙しなく作業をしていると、一樹の背後から声をかける者がいた。
 
「手伝いましょうか?」
 
 その声とふんわりとフローラルの香りに気がついた一樹は、思わず表情を緩めて()()()と同じくいう。
 
「俺、何も出せないよ? この『ポショ』ぐらいしか」

 そのままの姿勢で、懐から取り出した『ポショ』を見せる。
 
「いいわ、ぜひお願いね。ただ……。今度は、少し違うわ」
 
 一樹は振り返り、あらためて名前を呼び見つめる。
 
「桐花……」
 
 すると白いローブ姿で、照れくさそうにいう。
 
「一樹、よろしくね。私……。力、無くなっちゃった」
 
 恐らくは、一樹の蘇生で力を失い人になったのだろうと察していう。
 
「しゃーないな。俺の助手から頼むな」
 
「ええ、任せて」
 
 嬉しさのあまりか、わざとらしい会話を続けることもできず、桐花は涙ぐみ始めた。

 そのまま一樹の胸をかり、ひとしきりに涙を流したあと、桐花と一樹は互いに見つめ合いいう。

「おかえり桐花」

「ただいま一樹」
 
 するとこの一部始終を見ていたセバスとセニアそれにエルザたちは拍手して迎える。
 周りに冷やかされながらも嬉しさ半分、照れ臭さ半分で一樹は頬をかき、桐花は照れくさそうにはにかむ。
 
 こうして、地下ギルドは再び賑やかになっていく。
 一樹は話題を変えたいのか、思いだしたかのように桐花にいう。
 
「あっ! そういや次は中層近くまで行きたいんだよな」
 
「明日はどう?」
 
「行こうぜ!」

 一樹はキリカに手伝ってもらいながら、納品を手早く済ませると、二人でさっそく宿に戻っていく。

「そういえば、モグちゃんはどうしたの?」

「ん? 魔法のテントで寝ているぞ?」

「ねね。気になっていたんだけどさ。そのテントってどんな感じなの?」

「ああ。見せたこと無かったよな。多分たまげるぜ?」

「え? 何よその勿体ぶって」

「悪い悪い。俺たちがいた時代の生活様式をそのまま再現させた空間だよ」

「え? 何それ、すごい!」

「今、魔法のテントのレベルはMAXでさでかいんだぜ?」

「どのぐらいなの?」

「百畳ぐらいのリビングに、二十畳ぐらいの部屋が四つとキッチンと風呂、それと温水洗浄トイレもあって割と豪勢な作りだぜ」

「ちょっと、ずるいじゃないそれ」

「ん? これから一緒に住むんだからずるく無いだろ?」

 すると桐花はハッとしたような顔になり、途端に頬を染める。驚きのあまりなのか、一言しか声が出せない。

「え?」

 一樹は少し不安になり、桐花に尋ねる。

「ん? 違うのか?」

 すると満面の笑みで桐花は言葉を返す。

「うん……。すごく嬉しい」

 逆に一樹は照れくさそうにいう。
 
「よかったよ……。これで断られたら切なすぎるぞ」

「ありがとね。一樹」

「部屋も余っているし、とりあえず風呂にゆっくり浸かるのもいいぞ」

「うん。すぐ入りたい」

 話をしているうちに、一樹たちは宿屋につき部屋に入る。

「この部屋に出入り口を設置しているんだ。どこにでも持ち運べるんだなこれが」

「へえ。そうなんだ」

「見た目は黒く丸い口だけど、今登録したから認識もできるし自由に出入りできるぞ」

「あっ、現れた!」

 手を引いて、中に誘う一樹は桐花に声をあらためてかける。
 
「さっいこうぜ」

 満面の笑みで桐花は答えた。

「うん!」






 潜り抜けるとそこに広がる光景に、桐花は唖然としていた。
 
「なっ普通にすごいだろ? これ至れり尽くせりなんだぜ?」

「うわー。これ本当にほんとなんだね」

 歓喜する桐花は、まるで新居に来たような喜びと期待でいっぱいな感じの様子だ。あちらこちらを楽しそうに見て回る。
 そりゃあそうだろう。現代の生活を覚えてしまっている一樹たちにとって、この生活はもう味わえないと思っていたものだ。
 ところがこうして再現されると、快適の一言に尽きる。

 恐らくは、この世界の王族たちが味わう以上の快適さがここにはある。
 何にせよ、一樹たちの物だし気兼ねなく生活を謳歌すればいい。
 そうして、一樹は桐花へ設備の説明に忙しくなくついて回った。
 
 
 ――その頃、神界では……。
 
 桐花の死神に代わり、台頭した美の女神が現れる。
 
「ねえ、いいのかしら?」
 
「人に興味を示すとは珍しいな」
 
「とても興味があるわ、彼は純粋で可愛い子ね」
 
「候補者だぞ?」
 
「なら子を成すこともできるでしょ?」
 
「好きにするといい。アナスタシア」
 
「うふふふ。これで承諾を得たわ」

 言葉とは裏腹に、険しい顔つきを向けて世界樹はアナスタシアに告げる。
 
「早くした方がいいかも知れぬ。状況によっては、それどころでなくなるかもしれんぞ?」

「あら、どういう意味かしら?」

 世界樹はこの神界なら誰でもわかる内容を端的に伝えた。

「外界の神々と民たちだ」

 それを聞いて、アナスタシアは驚きを隠せずにいた。

「え? いつの話をしているの? 撃退したのでは?」

「いや違う。あれは撃退などと呼べるものでは無い」

「では何を?」

「隠れたのだ」

 この瞬間かつての大戦を思い起こし、尽力してくれたあの二柱を思い出す。
 
「もう二柱の世界樹は、回復したのかしら?」

「いやまだだ。今は実質わしだけじゃよ」

 世界樹の発言を聞き、歯噛みしだす。

「まずいわね……」

「うむ。ゆえに何事も急いで準備した方が良い。奴らと戦うにせよ。子を成すにせよ」

「そしたら、使いを送るわ。暇そうなあの竜にでも運ばせようかしら?」

「あの髑髏仮面の女をか?」

「沙耶ちゃんよ? とっても私に忠実な武士女よ? 一樹を早く連れてきて欲しいわ」

「うむ。外界の者が現れ始めたら、危険が近づいていると思うと良い」

「わかったわ……」

 世界樹は何もない空間を見つめ、アナスタシアは一樹を見つめ、一樹は桐花を見つめていた。


二章へ続く
 

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