「あれ? 思ったより小さいな……」
「ええ。みなさん初めてみる時は、そのようにおっしゃいます。濃縮した分、小さくなってしまうんですよ」
「そっかー。こんなにも小さくなるんだな。ゴールドはここに?」
俺は魔石を確認して、ゴールドの詰まった袋を置く。
ちょうど、ついたてでやりとりが見えなく、配慮されているのでありがたい。
「はい。これから確認します。魔力量で計算していると考えおきください。そのため、個数は不確かでございます。四級千個分は、魔力量が決まっていますので総合計でございます」
手渡された懐中電灯のような魔力計測器を当てると、規定の魔力量になっているのが目視で確認できた。
「確認できた。問題ない」
「こちらも確認できました。これで取引成立です。ありがとうございました」
「こちらこそ。助かったぜ」
「はい。またのご利用をお待ちしております」
俺は魔法袋にしまうと、モグーを携え急ぎ宿に戻った。
何はともあれ、魔法のテントを今すぐにも作成するためだった。
宿に着くと部屋でさっそく袋を出す。
モグーは楽しそうにこちらを見上げる。
「ねね。これから作るの?」
「ああ、いよいよ魔法のテントを作成だ。魔石を利用するのは初だな」
「魔石って、どのぐらいいるんだろうね?」
「俺もそれが気がかりなんだよな。まずはやってみるか」
「うん!」
一樹はさっそくコンパネから、作成可能品目を選択し、指を『魔法のテント』の名称の上で押して見た。
すると、大人の顔の大きさほどの真っ暗闇な穴のような物が現れた。空中に垂直に現れると、ポッカリ口を開けたまま何か待っている様子だ。
恐る恐る魔石の入った袋から一個取り出し放り込んでみるも、コンパネに表示されているステータスバーのような物は微動だにしない。
そのまま続けて大雑把に放り込んでいくと、少しずつステータスバーが伸びていき、ちょうど丸々一袋入れ終わる直前に目盛りがいっぱいになる。
今回の物で、得体の知れない奴の魔石で半分。残り半分は、四級を千個必要なことがわかった。となると、他も尋常でない数の魔石がいるんだろうなと思い少し身震いする。
あのダンジョンで遭遇した奴の魔石は、四級千個分の物だったんだとあらためて驚かされる。
そのような思いはさておき、目の前のことに集中だ。
目の前には「作成」と「キャンセル」のボタンがあり、「キャンセル」をした場合、今まで入れた物が払い出しされる方法とストックされる方法を選択できるとある。さらに作成時に余分な分は、自動的にストックされるとある。
ストックされるなら残りもすべて放り込み「作成」を押下してみた。
作成時間が表示され残り十秒とある。
「あと少しでできるみたいだ」
「おおー。楽しみ。楽しみ」
一樹とモグーは、ワクワク感が止まらない。
何か電子音のような音が脳裏に響くと、目の前には拳大の大きさで、銀色をした円錐形の物が落ちていた。
拾い上げると使い方は脳裏に湧いて出てくるようで、任意の場所に置けばそこを起点にして出入り口ができるとある。さらに設置者以外に認識はできないし、触れることすらできない魔法的な代物だ。
「少し試してみるか」
部屋の中央に置き円錐の頂点に手をかざすと、真っ暗闇の空間が現れる。銀の円錐はどこかにいったのか見えなくなる。真っ暗闇の穴は、魔石を入れた空間の拡大版という感じだ。
一先ず手を差し入れてもとくに違和感はない。思い切って頭を突っ込み、中をみてみると想像以上の光景が広がっていた。
一旦頭を部屋へ戻し、思わずバンザイしたくなった。つまり大成功なわけで、ヤッターという気持ちで興奮冷めやらぬといったところだ。
一樹の一連の行動を見て、期待がこもった目でモグーは一樹をみる。
「ねね? どう?」
「モグーも一緒に入ろうぜ! みた方が早い」
「うん!」
拡張現実の視界からは、タッチパネルで入れたい者を選択できるようだ。
誰かを入れようとした場合、入場許諾は誰にするかと、名前が出ている。
当然ここには一樹とモグーしかいないため、モグーの名前しか表示がされていない。
モグーの名前を選ぶと、モグーもすぐに視認できるようだ。
「黒い物見えるか?」
「うん! 見えるよ!」
今度は体ごと足を踏み入れて、モグーと一緒にあらためて周囲を探索する。
視界の先に広がる光景は、凄まじいの一言だった。
なぜなら、どうみても二十畳以上の広さがあり、冷蔵庫のような物やキッチンとソファなど置いてあるのが見える。大型テレビ画面らしい物もあるのは何に使うのやら……。
奥にあるのは、トイレと風呂のような感じの物がある。なんなんだ、至れり尽くせりじゃないか。
ベッドも俺の元いた世界基準でも豪華に見える。なんと言っても真っ白なマットレスを三段重ねもしてキングサイズときた。
何がどうやって現代風になったのか、理由はわからないけど現実は豪華の一言に尽きる。
出入りだけは重要で、もしやと思い大型モニターの電源らしき物に触れると、宿の俺のいる部屋が映し出された。
つまり、出入り口の監視モニター付きとなるわけだ。どうやって見ているのかは知る由もない。
視界に見えるタッチパネルで説明を読んでいくと、使い方の説明が出ている。
「部屋自体の維持には何もいらなくて、設備を使うには魔石が必要になるのか……」
「一樹! これすごいね」
モグーはベッドで飛び跳ね遊んでいる。この部屋には、ベッドが二個備え付けられていた。
それにしてもと、一樹はこれからのことを考えていた。
種族とJOBレベルが上がるほど、まるで別世界へ足を踏み入れたような感覚になる。
単に作成範囲が広がるからに尽きるし、膂力や体力も大幅に上昇して行くからだろう。
他に、一樹はもう一つ確信していることがあった。現代的な武器の作成が可能になっていくことだ。
何を基準にしているのか不明で、さらに高度なSF的な武装がでてくのかまではわからない。一樹の想像に及ぶ範囲だとすれば、まだまだ高度なものが出てきそうと考えていた。
変わり種として製作可能一覧に、実は最強そうな武器名も現れはじめた。名は「シャイニング・チェーンソー」だ。幾多もの刃が繋がりチェーン状になっているものだ。魔力が続く限り回転して、触れた相手を切り刻む。
なんだ? 無敵街道へまっしぐらかと思ってしまうほどに、作れるものが目覚ましい。
ところが今の『調子アゲアゲ君』の状態は、束の間の偽物の勝利であるとは知らずに、一樹は一覧を見てほくそ笑む。
魔法のテントの機能を粗方把握した後、さっそく一樹とモグーはダンジョンへ突入した。
すでに夕暮れに差し掛かり、辺りは暗くなりかけていたときだった。ウキウキしながら二人はいつもの初心者用ダンジョンへ向かう。
――旨い。
ダンジョンに突入してから一樹の思うことだ。
まだまだ浅瀬とも言える十層ぐらいまでなら、繰り返しボスを倒せる。方法はシンプルに、紅目化して短剣で傷つけた後で一気に吸うことにより数分で倒してしまう。少しだけコツか必要なのは、傷口を作った瞬間に吸うタイミングを
逃さないことだ。
大きなポイントは、相手は倒された内容を覚えていないらしく、何度も同じやり方で倒せるのは非常にお得だ。
一つだけ残念なことは、脳分解はシロクマではできないことだった。
――脳ミソもったいない……な。
とはいえ、シロクマなどの魔獣以外の人であるなら、脳を分解して『経験の書』を作れる可能性が高い。そのお陰で、他者が必死に獲得したスキルを、一瞬にして自身に馴染みある状態で獲得できるのは熱い。
やっぱクラフターとしては作る努力をしても、使う努力は別の者がして、それを拝借する方が一番効率もよく早い。
今のところ人に対してしか、脳分解が成功できていない。
ならば今後は、定期巡回をしようと思う場所がある。それは、断頭台だ。
近くで魔法のテントをはり、定期的に転がる頭を確認しようとさえ、思っている。
そう思い始めたのは、ダンジョン内の魔獣ではうまくいかないからだ。今のところなぜか『経験の書』の作成に失敗が続く。しかも失敗すると、銀色の粒子となって消えてしまう。
まだ可能性は残されていて、試していない奴らがいる。それは、人型の魔獣だ。戦闘には不慣れではあるものの、非常に楽しみと思わずにはいられない。
――こりゃたまらんね。うははは。
それにしても人がいなく、一樹が独占している状態だ。これだけダンジョンがあれば、たしかに探索者は分散されるだろう。とくにここのダンジョンは、あまり特徴という物が見られなく不人気なのも理由かもしれない。
ここにくるやつが稀なのか、それとも他の連中は旨くないと考えているのか誰も来ないため、今の独占状態を一樹は謳歌している。
倒すと、十分ほどの沸きまちの状態で、ボス部屋から追い出される。待ち時間は、ボス部屋の修復時間だ。どれほど破壊し尽くしても、わずか十分で元通りなのは、なんとも超越した力だと思ってしまう。
なので一時間につき三回倒し、かれこれ六時間、ぶっ通しで倒しまくっている。
十八回も倒せばもう作業に近く、それなりの物がドロップして、アイテムも貯まってくるし腹も減る。
そういえばダンジョンに向かう途中、ギルドに立ち寄りまとめて『ポショ』を納品してきた。しばらくは在庫があると願いたく、一樹の製作努力からして思うだろう。
飛ぶように売れているようで、今では一人あたり買える個数を制限していると聞く。どこかのゲーム機を転売する輩のように、幅を利かせるような状態にはなっていない。早い者勝ちにすると、苦情処理で大変になるほどギルド運営に支障をきたすらしい。そうならないように、一人当たりの個数を制限しているそうだ。
いやはやここまで売れまくると、クラフター冥利に尽きる。
納品と同時に、追加納品を催促されるほどなのだ。ある意味生存率が高ければその分、ギルドは資源で潤うし、皆がWINーWINになる。良いことづくめだ。ただし教会と冒険者ギルドは省かれる。
どうやら本家は、開店休業の閑古鳥らしい。
まるでダメな店、通称『まる〆』と最近じゃ、からかわれているようだ。閉めるのと〆をかけ合わせは皮肉がきいている。
まったく売れない本物は、今では詐欺とぼったくり呼ばわりだ。
手のひら返しには驚くものの、一樹の品が安すぎるのか、そこはなんともいえないところがある。けれども、より多くの人の手に渡り、利便性と品質が認知されれば日常の必需品になり、引く手あまたになる。
いわゆる大量消費型のアイテムにして、どんどん使って貰えば、自然と日銭が多くかせげるわけだ。たまに使う一回より、常時使い続けられる価格と品質が市場を席捲したわけだ。
――うはははは。ぶっちゃけ、笑いが止まらないとはこのことだ。
だからと言って油断はできない。一樹はまだ教会と冒険者ギルドから、賞金がかけられたままだからだ。ほとんどの奴らは、一樹が嫌がらせを受けていると理解している。
それもそうだ、こんなにも安価で便利な物が作れる人を排除しようなんて輩は、それこそエグイ連中だとしかみていない。
そういう意味では購入者の皆が味方ではあるものの、面と向かって相手側と対決する姿勢は見せない。なぜなら、探索を生業にしている連中らは、日和見主義でもある。
なかなか難儀なのは、本気で賞金を狙う賞金首稼ぎがいるのは生きていく上で見逃せない。
最悪なニュースは、さらに賞金が追加されたのはいうまでもなく、生死問わずとなれば有象無象が湧いて出てくる。
また厄介なことになりそうだと、一樹でも事態の悪化がわかる。
取り合えず今は、魔法のテントが安全で唯一の救いだ……。
さて、今後はどうしたものやら。
その頃、教会本部では……。
本部の広々とした広間は、五十人程度は入れそうな広さと白い壁に囲まれている様子は、静謐とした雰囲気を滲ませている。
教皇の背には、色とりどりのステンドグラスは鮮やかにもかかわらず、繊細さで厳かな雰囲気を見せる。天井にまで到達するほどの大きさであり、月の光が冷ややかに差し込んでいた。
その光の中には、白いローブを纏い二十代前半かと思われる若い金髪の優男風の者がいた。その者は、今世稀代の実力者と言われている若き教皇だ。男はベールで顔を隠したまま、相対する冒険者ギルドのギルドマスターへ、何やら立ったまま質疑を続けていた。
口調は穏やかであるも、事態はまったく穏やかでない。
「同士、ネイゼラスよ。これは如何なる事態なのか……。詳しく説明してくれるのか?」
冒険者ギルドのギルドマスターは、ほぼ土下座に近い形で四つん這いになっていたのは、謝罪と敬虔なる信徒であることを示すためと、危機迫る思いだからだろうか。普段の悪人ずらがここばかりは、情けなく大きく眉を下げて必死に弁解をしようとしていた。
「はっ! 閣下。これというのもすべて、あのニンベン師の策略でございます」
言葉通りに、ありのままの事実を確認しようと、聞く姿勢を教皇は見せていた。
「策略? ですか?」
「左様でございます。大幅に価格を安くし、我々の価格を破壊しにきただけでなく、我々の品が粗悪品だと吹聴して回っております」
「たった一個人の吹聴が、そのような影響を及ぼしますかね?」
教皇の言うことは、誰が聞いてももっともだった。冒険者ギルドのギルドマスターのネイザラスは、額から滝のように汗を流しながら、必死に答弁をし始める。
「はっ! 製作者本人の口からとなれば、より信憑性は増すかと存じます。さらに悪いことに、購入者は味方となり、賛同する者が止まりません」
口から出まかせにすぎなかった。地下ギルドのギルドマスターですら、何度問いただしても、誰が作成者か口をつぐみ、あくまでも不明で代理販売だけしている姿勢を貫く。
ただ教会にしてみれば、そのようなことは瑣末なこと。起きた物事に対して、何をどうやったのか、その行動の事実確認をしただけなのだ。結局は問題解決に向けて、ネイザラスが何をしたかが重要と考えていたのだ。
「なるほど。その事態に対して、ネイザラスは何をしてくれましたか?」
「はっ! 賞金の増額と一部の者を使い、負傷したことの吹聴を始めております」
「結果が今の状態ですか?」
「一部では理解が広がっております。しかしながら、すべてに浸透するには時間が必要です。なぜなら、人の口づてに理解を深めるには、見えない時間がかかります」
「たしかにそうですね。他に、間違えて伝え損ねた理由はありますか?」
教皇はさらに問いただした……。
教皇の穏やかな口調での問いかけはどこか、ネイザラスの不安を掻き立ていく。
「はっ! 個人での売買はせず、地下ギルドが専任の販売窓口となっております。製作者を明かさない方針でしていることがわかり、次なる対策をゼロから検討中であります」
ギルドマスターの必死な弁解の成果か、教皇は顎に手をあて、少し考えながら口を開いく。
「なるほど、それは困りますね……。してその検討中の対策とは?」
「やつの首に賞金を賭けておりますゆえ、今しばらくお待ちいただけたらと……」
「つまり、先日の賞金だけで手をこまねいていると?」
何もしていないと思われてもしかたなかった。他者にも依頼するだけはして、工夫もこらしていた。とはいえ、それ以外に動いていないのは事実だ。
「滅相もございません。さらに条件を緩め、生死を問わずにして幅広く刺客を送る予定でございます」
「そうですか……。他力本願なのは否めませんね。ギルドで腕利きはおりませんか?」
一番きついところを突かれたと、ネイザラスは内心歯噛みをする。
「もちろんおります。今は残念ながらすでに術中にはまっている者も多く、我らを疑い出してきている有様です。そのため、すべての人員が協力的かつ、迅速に対応とならないのです。そこで、少しばかり増額をして、指定期間内に早く達成した場合は、追加ボーナスの支給を加えた次第です」
「そうですね。他力本願なのは変わりませんね。私も何か考えておきましょう……」
「お手を煩わせてしまい申し訳ございません。お時間を割いて検討いただき、ありがとうございます!」
なんとか乗り切ったとこの時、冒険者ギルドのギルドマスターは内心安堵しきっていた。ゆえに語尾に力を入れてしまう。
ところが事態は、思わぬ方向へ進んでいく。
「いえいえ、ご心配にはおよびません。失敗したらね……終わってしまいますからね」
ネイザラスは、一気に汗が吹き出してきた。何かまずいことをいったのだろうかと、焦りが募る。
何か化け物でもいるのではないかと、恐る恐る真っ暗な井戸の底を身を乗り出して覗き込んでいる気分だった。いきなり後ろから、突き落とされそうな恐怖も味わいながらである。
「どう……なるの……でしょうか……」
こともなげに淡々と教皇はいう。
「死ぬだけですから大丈夫ですよ? 私は生き続けますから、どうかご安心ください」
「へ? 失敗したら俺は……」
「ええ、ですから心配にはおよびません。私のことをそこまで気遣ってくださるのは、あなたぐらいですよ」
こいつは何を言っているんだと、言いたい言葉を飲み込んだ。
「恐れ入ります。恐縮です……」
何が起きたのか、何か発言を間違ったのか、教皇の雰囲気に飲み込まれるようにギルドマスターは次第に戦々恐々とし始めた。全身の毛穴から汗が吹き出すほど、恐れ焦りを感じていた。
教皇はゆっくりと告げる。
「皆自身の死を防ぐため、それこそ死に物狂いで動きますからね」
「あ……。あのう……教皇猊下……」
「それと比べてあなたは、自分のことより私の心配をしてくださる。来世はきっとよき旅路になるでしょう」
「は……はあ……」
今あらためて、冒険者ギルドのギルドマスターは思い知らされた。この教皇を名乗る者は、とんでもない輩だ。
それと自身の命が風前の灯とも言える。これはかなりマズイと。最悪、逃げ道も用意しなくてはと、考えを巡らせはじめた。
どちらかというと、もう一樹どころの話ではない。いつでもすぐに、夜逃げする準備はしておいた方がよいだろうと。少しだけ気になるのは、教会の暗部とやらにはじめから頼めば、一樹なんぞイチコロではないかと思えてくる。
あえてそこを冒険者ギルド預かりにして、さも教会が援助した形にしたのは、今思えばおかしいことばかりな気がする。とはいえ、もう後の祭りだ。
成功したら官軍で、失敗は死刑の賊軍。後には引けないところまできてしまった。
冒険者ギルドのギルドマスターは思考を巡らせていると、不意に話題を変えられる。
「それでは、次の施策は良いとしましょう。今回の失敗について、ケジメをつけなければなりませんね」
「え? 失敗ですか? まだ施策は継続中で……」
「いえいえ。失敗ですよ? 失敗したから、対策を講じたというのが私の解釈です」
「俺は、何か罰を受けるのですか?」
「物わかりがよくて助かります。あなたは他の者のお手本となる存在ですね。それではたったまま背を向けてください。難しいのでしたら、手伝わせますので」
そういうや否や、手元のベルを鳴らすと一瞬にして、黒装束の者二名が現れる。
頭を垂れて指示を待つ姿は、あれはどうみても手練れだった。
「この者が教典における教義をこれから受けます。手伝ってあげてください」
「承知……」
黒装束の者たちは返事をすると同時に、瞬時にギルマスの左右に立ち、それぞれの者が左右の手足を絡ませ、身動き取れないようにしてきた。
「一体何を……」
「心配なさらないでください。これも教義の一環です」
教皇は嗜虐的な笑みを見せると、いつの間にか用意をしていたムチで、ギルドマスターの背中を打ち付ける。
「グアッ! 痛いです。かなり痛いです。一体どうされたのですか?」
痛みに堪えながら、ギルドマスターは懸命に懇願する。
「我教典に痛みという物はありません。気持ち良いならあります。あなたも信徒ですよね? 違いますか?」
「はっ! 仰る通りでございます」
「よい返事です。危うく異端児認定をするところでした。あなたはよき信徒です」
「ありがたき幸せでございます」
「そうです。幸せなことをあなたは体験しているのです。では続けましょう……」
再びムチが背中を抉るように打ち付ける。痛いを通り越して、火傷の上に塩をぬりさらに打ち付けられていると思えるほど苦しい。
「グハッ! 気持ちいいいぃぃいいです!」
そういうしかなかった。ここで無駄に抵抗しても余計苦しくなるのは目に見えていた。なぜなら、この左右にいる者に掴まれて身動き一つ取れない。それに反抗しても碌なことにはならない。
「いいですか? 痛いといったら嘘になるのです。今の様子だとまだですね……」
何がまだなのか理解が追いつかない。今はこの苦しみから解放されたい一心で、いうことを聞いていた。
「ギャッ! 気持ちイィぃぃぃ!」
「良いですね」
「グアッ! 辛気持ちぃい!」
「おや? 我教典には辛いという言葉はありません。最高ならあります。信徒で間違いないですか?」
「はっ! 敬虔なる信徒であります!」
「その言葉信じますよ? 辛いといったら嘘になるのです」
「ガァあああ! 最高です! 最高気持ちぃぃぃ」
冒険者ギルドのギルドマスターの悲鳴は響き、苦難が続く……。
冒険者ギルドのギルドマスターへの鞭打ち教義が終える頃、教会に所属する神聖魔法騎士団が一樹を捕らえようと、準備に入りはじめた。
一樹に新たに付けられた罪状は、穢れの流布。
数百という人数が集い、大きな規模で捜索の手配がされていく……。こうして淡々と、教会側の準備は進んでいく。
そして地下街も騒々しくなる一方で、神聖魔法騎士団はスラム街でギャンブルマスターである白い燕尾服の女を包囲する。罪状は、ギャンブルという汚れた行為を誘発して流布し、怠惰な者を生み出す者として認定されてしまう。
圧倒的な物量でやってこられると太刀打ちできるはずもなく、無抵抗に近い状態で確保されてしまう。
燕尾服の女は、魔法界とする人がいる下界での力は、人並みに制限されており太刀打ちはできない。
その頃一樹とモグーたちは、ダンジョン内にて魔石集めに精を出していた。
変わらず十層のボス部屋を、幾度も繰り返して討伐をしている。
試しに『経験の書』を作れるかと躍起になって何度試しても、一度も成功せずに終わる。
人でうまくいき、ボス魔獣だとダメなのだろうかと疑問に思うものの、ひとまず魔石の採取に考えを切り替えた。
ボス魔獣への攻撃は単に切りつけたあと、傷口から一気に吸い込む方法だ。ところが単純なようでいて、思った以上に難しい。
傷つけた瞬間に吸わないと傷が小さすぎて、動いている相手だとどこかわからなくなるからだ。なので紅目化し、強引に膂力任せの押し通す方法で、討伐を繰り返している。
それでもたまに、一気に吸えるか試してみるもやはり難しい。
「う〜。こいつはムズイぞ」
「モキュ! モキュ〜」
モグーは、俺の嘆きを聞くと、小動物の時の鳴き声で返事をしてきた。それどころか戦闘中なのに、無邪気な笑顔で飛びついてきた。
すると、一樹の背中を素早く上下にさするようにして、両手を動かす。
「うわっ! モグー違うって、むず痒いんじゃなくて、難しいとっ」
「そうなの?」
モグーは首を傾げて、不思議そうにしている。
たまにリスの時のように、無邪気にじゃれつくことがあるのは何とも可愛らしい。戦闘中だけど今は余裕があるのでよしとしよう。
そこで一樹は、なんとかうまく伝えようと腐心しながら、いう。
「すぐに気持ちが伝わるのっていいな」
モグーは純粋に嬉しそうだ。
「うん。あたしも何か嬉しいよ」
「そしたらさ、モグーが少しでも安全にいてほしいんだ。だから次は、戦闘に集中して少しでも安全に終わらせようぜ?」
どうやら意図していたことに、気がついてくれたようだ。
「あっそうだよね。あたし集中していなかった。ごめんー」
気がそれたとはいえ、戦闘の方でなく一樹に集中してくれていたので、そのこと自体は嬉しいことをつたえた。
「その分は俺に対して集中してくれたんだろ? ありがとな」
「うん。一樹がスキー! だから気にしちゃう」
「ありがとな。そしたら俺を見ながら、うまいこと補佐頼むな」
「うん! まかせてー!」
今回も作業のようにボスを倒して魔石を取り出すと、魔法袋に肉と魔石を分けてからしまう。
次の沸き時間までかなり余裕があり、ボス部屋の外に出てのんびりと待つ。吸わなければ血肉が残るので、高く買い取ってもらえるから稼ぐにはちょうどよい。
「それにしてもさ、魔法のテントはヤバイぐらいに快適だよな」
「うん! ふかふかベッド好きー」
モグーはよほど気に入ったようだ。無邪気な様子はほんと和む。
これだけ長く滞在していられるのも魔法のテントの存在が大きい。もはやテントというよりは、隠密性の優れた拠点になっている。しかもまだレベルが1の状態で想像以上の快適さだ。MAXになった日にはどうなるのか、今から楽しみでしかたがない。
ボスの肉は非常に美味い霜降りの肉だし、普通に焼くだけで美味しい。腹一杯で眠くなれば、しっかり目の弾力性があるマットレスで寝られる。風呂はもちろんトイレもある物だから、快適その物だ。
ボス肉の解体は、売られている魔道具を使い、解体はその魔道具を頼りにしている。
袋に入れれば簡単に可食部位を分けて取り出しできる優れものだ。ただし回数制限があるので複数買って使い捨てになる。まだこうした日常的に便利な物は、作れる物一覧にはないのが少し残念だ。
魔法のテントがあるので問題ないものの、基本的にはカモフラージュのために借りている宿屋へは、荷物を置いたままにはしない方針だ。
以前の襲撃で根こそぎ奪われたので用心に越したことはないと思う。今の魔法のテントなら、宿付きで移動しているような物で、表向きは宿を借りて泊まっているのを装える。
ある程度居場所は判明している方が、視点を一箇所にとどめられるので動きやすい。
宿に戻っても中で魔法のテントを開き入ってしまえば他の者からは認識もされない。宿には戻るけど所在が不明となるわけだ。隠れるのには十分すぎるほどだ。
ぼんやりと考えていると、再びボスの湧く時間がやってくる。
モグーはさすがに疲れたのか、船をこいでうつらうつらとしていた。なんともボスを前にして余裕が出てきた物だと思う。
そろそろこの辺で一休みとするかと思い、ほぼ寝ているモグーを抱きかかえて魔法のテントに戻る。
ベッドに寝かせてくると魔法のテントをしまい今回はソロで倒して、転移魔法陣を利用しすぐに宿へ戻ることにした。
案の定、今回の一番最速で、開始一分以内に倒し切った。
倒した後の転移魔法陣でダンジョン入り口へ戻り、そのまま宿屋へ直行する。部屋についたと同時に、部屋の中央へ円錐を設置して魔法のテントの中へ入る。
――やっぱ快適だよな。このテントってやつはさ。
リラックスしていると、今更ながら気がついたことがある。種族レベルが上がるとJOBがクラフターであろうと、身体能力や膂力も格段に上昇する。だからこうしてモグーも軽く抱えていける。以前の非力な一樹じゃ真似できない行為だ。
かといって、力加減が難しいかというとそうでもなく、力の上限が上がったという感覚だ。やろうと思えば出来る物が、より数段上までいける感覚といえばいいだろうか。やはりレベル上げは重要なんだなと実感してしまう。
レベル上げといえば、地下ギルドにはランクと呼ばれる物がなかった。いつだったか気になり、地下ギルドでのセバスに聞いたことを思い出す。
一樹にとっては素朴な疑問から始まった会話だった……。
「地下ギルドって、ランクのような物で人を格付け管理とかしないん?」
「そうですね。さまざまな意見をお聞きして、常に最善の方針を検討しております。質問で返して恐縮です。一樹さんは、ランク付けについて、どのようなお考えをお持ちなのですか?」
「率直に、人により能力が違うから、格付けすれば能力に応じた範囲での依頼達成率が上がるかなと」
「なるほど、確かにおっしゃるとおりですね」
「なんというか、失敗防止策に近い感じか……。あとは、格付けで誰がどの程度強いか見分けが付けられるかと」
「なるほど。最大のメリットは、格付け管理により失敗防止というところでしょうか?」
「要約するとそんな感じだね」
「たしかに本来は個々の実績に応じて、能力のランクづけをする方がわかりやすいですね」
「その方が強さの区分がつくというか」
「そうなると、能力の格付けとその者の完遂能力は、別々に管理する必要がありそうですね」
「あっ、そうか……。たしかに」
「そこで問題が起きてしまいます。何だと思います?」
「いきなりいなくなるとか?」
「はい。突然ふらふらっとどこかに行ってしまう。それは他の地域かもしれないし、他界したかもしれない」
「音信不通は、困るよな……」
「おっしゃる通りです。ギルドには引き留めたりする権限などない物ですから、そこまでみていたらキリがなくなってしまいます。それにねなしぐさな人々らをこの地域にとどめておくなど、できもしないことなんですよ」
「それもそうだ」
「いなくなった時に、必要な時に欲しい能力の者がいないとなると、管理責任も問われてしまう。それならば初めから管理しない方が、効率は良いというのが今のところの見立てでございます」
「なるほどな。依頼は誰でも受けられるけど、達成報告は早い者勝ちだからなー」
「はい左様です。聡明な一樹さんでしたらお気づきかも知れません。我々は、報酬を得るきっかけは提供できても、やり遂げるのは本人次第でそこは管理していないですし、自分自身で管理するものだとの考えを私は持っております」
「たしかに、その通り」
「同じ考えで嬉しく思います。とくに地下ギルドは自由なものですから、出入りは自由で依頼についても誰が受けてもよく、成果については早い者勝ちでの報告でございます。しかもギルドへの所属は必要なく、身分証明も必要ございません。仕事の紹介と買取の管理はしていても、探索者の管理はしていないので、いつでも誰でも来られるそのような環境を提供しております」
「結構深く、考えているんだね」
「ご理解いただけたのは何よりでございます。一樹さんのおっしゃる格付けは魅力的な内容なので、うまくいく見込みがつけばぜひ検討させてください」
「あっ、そこまで考えなくても大丈夫だよ。なんとなく思っただけだからさ」
「わかりました。一樹さんからのご提案として丁重に記録しておきます。また何か案ございましたらお知らせください。そこからヒントを得て、さらによい物が生まれるかも知れません」
「たしかにそうだね。こっちこそありがとう」
「はいこちらこそ、有意義な時間でした。感謝いたします」
人の命が軽い世界なら、当たり前かもしれないなと一樹はふと思っていた。ランクづけしても気がついたら死んでいたなんてことは、往々にしてあり得る。
この地下ギルドは、この地下街にしかないから、他の国との連携も取れないし、誰がどうしたなどの管理の仕事を増やしても、あまり意味を持たなそうだ。
なぜなら、ダンジョンでは人の生死など非常に軽く、昨日いたやつが明日いるとは限らない。そんなものだ。
――確かこんな感じだったよな。
思わず、ぼんやりと思い起こしていたけど、こうして十層で独占しているのもたしかに早い者勝ちだし、蘇生薬がなければ明日は我が身なわけだ。
ほんと回復と蘇生は必須だなと思いながら、スッカリ寝入るモグーを眺める。
モグーはベッドでスヤスヤと眠っていた。よほどあのベッドがお気に入りのようで寝付きはすこぶる良い。疲れもあるだろうけど、それにしたって早い。一樹は、汗のかいた体をさっぱりさせるため、風呂場へ向かった。
「久しぶりにステータスでも見てみるか」
風呂から上がりさっぱりしたところでソファに座り、しばらく眺めていないステータスをコンパネから呼び出して見た。
コンパネ自体は便利だけど、こちらから操作しない限り、何か動くことも知らせることすらないから、能動的に利用しないと気がつかないことの方が多い。
一樹はコンパネを開き、作成可能なものたちを見つけると、ワクワクが止まらなくなってきた。
【種族レベル】47+51UP! ⇨98(作成種類増加)
【職業】クラフター。
【JOBポイント】残23+50UP! ⇨73(作成品質増加)
【製作スキル】
コントロールパネル:MAX
言語理解:MAX
魔道具
マジックバック(偽)(MAX)
ポショ(偽)(MAX)
蘇生薬(偽)(MAX)
特殊剣……永続効果の剣をランダムで入手。
魔法テント(1)⇨10へ(MAX)
強毒化(1)⇨10へ(MAX)
ネコメタルオブデス(0)⇨1へ
eyes of death(0)⇨1へ
マッスルオブゴールド薬(0)⇨1へ
魔導武器
new! シャイニングチェーンソー(0)⇨1へ
魔導銃
(不可)(偽)ブリザードフォックス 大型ハンドガン(魔導弾丸を使用)
(不可)(偽)フレームドッグ 大型ハンドガン(魔導弾丸を使用)
魔導書
(不可)…(偽)まだ解放されていません。
(不可)…(偽)まだ解放されていません。
【レアスキル】『経験の書』創造
・短剣術:MAX
・暗殺術:MAX
・紅彩術:MAX
・格闘術:MAX
・ゼルデニア古流格闘術:MAX
【アイテムスキル】
・衝撃波
【アイテム】
・魔法袋x5
・エルデリングx2個
・短剣x2
変わらずの斜め横な物が現れて楽しすぎる。
今回はそれなりにJOBポイントがあるので、重要そうな物からあげようと考えていた。
一つだけ一樹はモグーを横目に、気にしていたことがあった。コンパネを出している時に目で追うのは、本当に見えているのか、単に指の動きを猫のように追っているのかだ。
ギャンブルマスターが言っていたように、自身の能力として気がつける者とそうでない者に別れるという。もし、見れなく気がついていないなら、一樹の持つスキルで『コンパネ』を製作してあげることで、モグーも今より強くなるのではないかと思っていた。
――今度聞いてみるか……。
頭の片隅に入れておきつつ、次は自身のスキルの割り振りを始めた。
「まずは、強毒化(偽)を9ポイント追加してMAXにするだろう……。あとは、魔法テントもMAXにして……。ネコメタルオブデスはすげー気になるな」
気になる物が増えすぎていた。
とりあえずネコメタルは1だけ振って見て後で試してみよう。魔法のテントは中に人がいる時は拡張しないのだろうか、何も変化がない。一種の安全装置なのかもしれないと都合よく、ぼんやりと考えを巡らせていた。
他にはこれだ「シャイニングチェーンソー」って、これなんだよ……。
輝くのは単に刃の光を乱反射して見せるだけのような気がする……。説明的にはなんでも切れるとあるけど果たして……。
考察していると突然の変化があり少し驚く。
「――あれ?」
この時一樹は初めて、警報という物を体験した。
目の前にあるテレビモニターの上でオレンジ色の回転灯が突然現れると、シャカリキに回って音と光で何かを知らせてくれている。
モニターの画面に映る様子を見ると、今まさに甲冑に身を纏う騎士と呼ばれる出立ちの者が、一斉に部屋へ入ってきた。数にして五人はいる。
「これはすげーな。夜襲か……」
入ってきた者たちは、もぬけの殻となっている部屋に愕然としているのか、肩の力を落としてすぐに出ていってしまう。もしこの時、無防備に宿のベッドで寝ていたらと思うと恐ろしい。
一樹は、突然の来訪者が来た後も当然ながら、この安全な魔法のテント内で悠々と過ごしていた。
ここまで安全だと、いざというときに逃げられる場所にもなる。しかも相手には出入り口自体を認識できないし、触れることすらできない。まさに最強の隠れ家といってもいいだろう。さらに、現代的な最新の設備なため快適そのものだ。
それにここなら『ポショ』などを作りまくれる。在庫を保管できる場所としてはまだ狭いので、先ほどあげたレベルがいつ反映するのか、確認できた時に増産すればいいだろう。
とはいえ、ついに教会騎士団も動き出したとなると、堂々と町中を歩いていたら捕まるのは間違いなさそうなので、隠れながら出歩くしかなさそうだった。
そういえばあの襲撃者の中に見知った顔があったような……。確かあの悪人ヅラは冒険者ギルドのギルマスだったに違いない。
あの掘建小屋の時のように奪う気満々でやってきたのだろう。そうは問屋が下さないぜと一樹は思いほくそ笑む。
テントを早めに準備して正解だった。
冒険者ギルドのギルマスであるネイゼラスは、何人かを連れ立ち一樹の寝込みを襲撃する。
『ポショ』を次々と破壊するはずだった。
ところが、実際に訪れると宿には誰もいなく、もぬけの殻だった。
思わず頭を抱えてしまう。また教皇から何をされるかわかった物じゃないぞと。
他の宿のことも、配下の者から受ける報告で愕然としていた。
思わず聞き返してしまうぐらいだった。
「どこにもいない? だと?」
「はっ! 教会騎士団に出向いてもらい調べると、泊まっている形跡はなく、宿代は当面先まで支払われているとの報告です」
ギルマスは悔しそうに歯噛みしていた。
「チッ。こちらの動きがバレたのかもしれないな……。やられたな」
男は神妙な顔つきでギルマスに問う。
「いかがいたしますか。このまま継続してもうあと数回時間を変えて、襲撃をするかもしくは、別の場所を探らせるようにしますか?」
ギルマスは、顎髭をさすりながら何か思いついたのか、上を見上げると何か思い出したように答える。
「いや、大丈夫だ。闇ギルドの奴らが町に来たと知らせがあった。恐らくは、奴らが始末してくれるだろう」
「すでに町にはいないという可能性は考慮しますか?」
「いやないな。ほぼ毎日、地下ギルドに出没するというからな」
「ではあらためて、後をつけてみますか」
「ん〜。そうだな……。様子見だけはしておくか、使えそうなやつはいるか?」
「報酬次第で……」
「わかった。金はこちらで用意しよう。何人か見繕ってくれ」
「承知しました」
男がギルマスの元を離れるとギルマスのネイゼラスは、肩を上下させながらニタニタと笑い出し、笑みが溢れ落ちる。一樹の奴は今までうまく逃げおおせていても、さすがに今回はダメだろうと。
「一樹のやつもおしまいだな」
ギルマスの部屋から窓の外を眺め、堪えきれず口角を上げていた。
その頃地下ギルドでは……。
地下ギルド内は、物々しい雰囲気に包まれていた。
教会騎士団が金属鎧を纏ったまま十数人もいれば、かなりの威圧感と物騒な感じだ。もちろん、獲物も背負ってきているとなると臨戦体勢でもある。
訪れた騎士団のリーダー格の男はいう。
「お前が、地下ギルドの長、セバスだな?」
セバスは堂々と前に出ていう。
「なるほど、御仁は礼儀を弁えておらぬようであるな」
「なんとでもいうといい。匿っているニンベン師の男、一樹を渡してもらおうか?」
「匿うとは何のご冗談ですかな? ここは自由な地下ギルドでございます。ゆえに誰がいてもなんら支障もございません。ましてや匿うなど自由ゆえに、必要ございませんでしょう?」
「ならば、ここにいたのは確かなんだな?」
「さてどうでしょうか。自由なギルドゆえ出入りも多くございます。いたかもしれませんし、いないかもしれません」
「なるほど、では聞き方を変えよう。ヤレ!」
一斉に騎士団の面々は、セバスを取り囲む。それを遠目にみる者たちもあり、かなり混沌とした雰囲気になっていた。
「騎士団のその動きについて教皇さまは、ご存知ですかな?」
すると騎士団総がかりで、とくに抵抗など見せないセバスを捕まえてしまう。拘束したのち、騎士団の男はいう。
「ああ。御健勝でなりよりだよ。連れていけ!」
騎士団数十名による捕物だった。地下ギルドのギルドマスターが囚われたことで衝撃は大きいものの、さほど動揺はしていない。
そこには、普段姿を見せない背丈の比較的小さなサブギルドマスターが、フードを深く被った姿で現れた。
見かけは一樹より下の年代なのかと思うほどでも、口調はしっかりしていた。妙齢の女性の声が響く。
「困ったものですね。騎士団たちは……」
さほど困ってはいないような素振りで言うものだから、周りも同調して大丈夫だろうと見ている。何せ、あのセバスは数百年この地下ギルドの長だからだ。見かけによらずかなりタフで、生半可なことではびくともしないとの見方が大半だ。
ちょうど入れ違いなのか、裏口から一樹がいつもの『ポショ』納品にやってきた。
「セバスいるか?」
すると先のサブギルドマスターの女は、一樹のところへゆっくりと歩み寄る。随分タイミングよく現れたものだと関心半分、運の良さ半分で含み笑いをしながら、驚きの表現を伝えた。
右手のひらを口にあて、眉をあげて目を見開くと声を発した。
「あら? あら? あら?」
一樹は見知らぬ顔でもギルドの関係者だろうと思い声をかけた。
「ん? ギルマスいるか?」
すると顔は変わらず見せずに、少し困った風を装いいう。
「さっき。ちょうど先ほどですね……」
「先ほど?」
「はい。騎士団の方に囚われて運ばれていきました」
「マジか!」
一樹は聞いた瞬間、自分のせいだと脳裏によぎる。宿の紹介から買取さらには匿ってもらったりと、恩については一口に語り尽くせないほどの物があるからだ。
「たぶんですね。教皇猊下のおられる、教会の地下二階だと思いますよ?」
あまりにもあっけらかんとしており、かつ具体的すぎたので今度は一樹が驚く番だ。
「なんで……。そこまで具体的なんだ?」
それをさも当然のように嘯く。さらりととんでもないことを言い出していた。
「私もかつて、そこに囚われていましたからね……」
「おいおい、そんなことがあったのかよ……」
なんてことの無いような顔で楽しそうに語る。
「拷問するにはもってこいの施設なのですよ?」
「なんて場所なんだよ。それよか、セバスを助けないと」
「どうやって?」
何も考えずに言葉だけが先走ったことへ、肩の力を落とした。
「え? ああ、そうだな……。焦っても仕方ないよな」
「あそこには強敵がかなりいます。二名いる枢機卿は、次元が違います。他にも大司教や司教、司祭も戦闘員だと思ってもらって間違いないです」
「なんだそれ。そこは本当に教会なのか? なんてところなんだよ」
すると口に手をあて微笑みながらいう。
「教会ですから」
「教会がそんな武力を持つのか?」
「ええ、教会ですから」
「はあ……。わかったよ」
「あなたの場合、教会だけではないですよね?」
「え? どう言うことだ?」
「賞金首じゃないです?」
「ああ、それか……」
まるで祭りの夜店を楽しみにしている子供のようだ。
「闇ギルドのメンツも来ているようですし、祭りですね」
「はあ……。嫌な大人の祭りだよ」
「それで? どうされます?」
「助けるに決まっている」
「それでは良いことを一つお教えしましょう」
「なんだ?」
「今の教皇陛下は、偽者です。偽物造りのあなたと近いですね」
「そんな奴と一緒にすんなよ」
「あまり驚かれないのですね?」
「偉い人になれば影武者の一人や二人は普通だろ?」
「それもそうですね」
「影武者か……。どうすっかな……」
「もう一つ朗報として、本物の教皇も同じ施設に囚われています」
「え? 囚われているって、まじで?」
すると身を乗り出して、楽しそうに言い出す。
「はい。マジもマジ。大マジです」
「すり替え?」
「やりますね。その通りです。なりすまし? というべきでしょうか?」
「なんでまたそんなことを」
「権力に決まっているでしょ?」
「なんだか、内部もきな臭いな」
「その通りです。しかも本物は妙齢の麗しき女性です。助けて白馬の王子様と洒落込むのもいいかもしれませんよ? グヘヘヘ」
「おいおい、なんだよそのグヘヘヘってさ……」
「よだれがでちまいました」
「なんかすごい性格していんな、お前」
「ありがとうございます。てへ」
「褒めちゃいねえよ」
「まあ、せっかくですから、これを」
唐突に一樹へ、羊皮紙のような薄茶色の折り畳まれた紙を手渡される。
「なんだこれ?」
「教会内部の見取り図です。隠し部屋も地下も抜け道もすべて網羅されています」
「おいおい。なんでまたそんな大層な物を持っているんだ? お前、何者だ?」
今度は可愛く首を傾げる。モグーとはまた違った可愛さを彷彿させる。
「私ですか?」
「他にいねえだろ?」
すると堂々と胸を張り、名乗りをあげた。
「私は、地下ギルドのサブマスターのセニアです」
なんだか、どこか痛々しくもあるのとあのセバスの右腕となる存在だ。恐らくはそれなりの力を持つ者なんだろうと、察した。
「はあ……。わかったよ」
こうして一樹は見取り図を手に入れ、今後どうやってギルマスを奪還するか考えることにした。
「ちなみに私の今は、現場で手伝えません」
「いや、これだけ情報くれたんだ。それ以上は求めねえよ」
「ありがとうございます。期待していますよ?」
「なんか調子狂うな。わかったよ作戦を考えてみるさ」
「困ったら、いつでも相談してください」
「わかったよ。助かる」
今の戦力は、モグーと一樹だけだ。
一樹自身の能力は脳分解から得たスキルで、暗殺術と格闘術術。それと紅目化だ。他には魔法テントがあるので見つからないように、臨機応変に動けるだろう。
武装は短剣と衝撃波のエルデリングであとは、流血時に強毒化で相手を麻痺させるぐらいだ。ぶっかけとごっくんで不死身に近い。強いやつより、倒せない奴の方が脅威度は高いだろう。たぶん……。
さすがにギャンブルマスターを巻き込むわけにもいかず、いたら貴重な戦力だというのもある。果たしてどうしたものか困ってしまう。
紅目現象は謎が多い。深くは検証していなく、直感でヤバイと感じることがある。あの目の状態になると、何か生き物を吸ってしまおうと衝動に駆られる。どう吸うのか本能に任せる感じなので、人だろうと見境なくやりそうな気がして怖いのは確かだ。
しかも、一度始めたら止まらないような危機感がある。ただしやればやるほど絶大な力が湧き出て来そうで際限なくなりそうだ。人をやめるかどうかの瀬戸際見たいなものなんだろうか……。
それにしたって今度は、世話になっているセバスが連れ去られるとは、また難易度の高いトラブルが降ってくる。
教皇の配下によって捕まり、拷問を受けるのはもはや確実とまで地下ギルドのサブマスターセニアはいう。
それは自らの拷問からくる体験談だというじゃないか。凄まじい体験をさらっと語るところは、さすがとしか言いようがない。
教会の者たちはついに力で現状を変えようと躍起になってきた。一樹はこのまま一体どうするのか? モグーは心配そうに一樹を見つめていた。
サブマスターのセニアから、貴重な情報と見取り図を受けとった。
あとはセバスをどうやって救出するかが問題だ。
一樹とモグーの二名だけの戦力では、陽動すらできない。どうにかしてセバスを救出し、かつ安全な脱出が必要だ。なぜなら、拷問にかけられて衰弱している可能性が高い。
かといって自前の戦力では、最悪自滅する可能性もある。せっかく情報を得てもどうしたら良いか悩んでしまった。宿へ戻り魔法のテントに入ると、しばらくぼんやりしながら、焦点が合わないまま天井を眺めていた。
「ああそうか、コイツに入りながら少しずつ距離を稼ぐのもありか」
「うん。それ私もいいと思う」
モグーも賛成していた。リアルで襲撃にあっても誰からも気が付かれることがなかった。それならば余計騒々しい時に入ってしまえば、注意深くも見ないことだし見つけにくいとも考えに至る。
ただしどうしても出入りする時は見えてしまう。そこだけはたとえ見えたとしても主が入ってしまえば触れることすら叶わない。ならば大丈夫かと考え、どのような方法で進んでいくか見取り図を見ながら考えていた。
――その頃、セバスは……。
窓の無い六畳程度の薄汚く蜘蛛巣が至る所にあるような部屋で、魔導灯がぼんやりと部屋を照らす。
セバスは両手を後ろ手に縛られ、目隠しのまま両膝をおり正座に近い姿で座らせられていた。
突然の来訪者だ。甲冑を着込んだ騎士を両脇に携えて扉を開く。現れたのは、フードを深く被った二十代ぐらいの細い見た目で金髪の優男風の者だ。
部屋の中央に置かれた粗末な木製の古ぼけて血で黒く汚れた椅子に座り、セバスを無表情で眺める。
甲冑を纏う騎士から目隠しを外されると、何か見覚えのある顔をセバスはみる。すると相手側から親しげにセバスへ声をかけてきた。
「久しぶり、といえばいいのかな?」
やはりかと、どこか予想していた顔だからか、セバスは口角を上げる。
「貴殿が本物の代わりをするとは……。時代は、変わった物であるな」
どこ吹く風という具合に、ひょうひょうとして相手は答えた。
「違うよ。僕が本物さ」
吐き出した一言ですべてをセバスは察した様子だ。教皇になるには神から認められた条件がある。
「なるほど。本物は軟禁して、証だけは消滅させないようにしているわけだな」
セバスの回答に思わず感情が漏れ出す。まるで人を茶化すかのような笑みだ。
「ご名答。やはりさすがだねセバスは」
本来秘匿するようなことを優男はあっさり認めてしまう。答え合わせがあっていたとしても、態度からはまるで意味のないものにも思えてしまう。ただし、本来の目的があるはずだ。
セバスはあえて話に乗り聞きだす。
「証は、唯一無二の物であるからして、貴殿では得られまい」
ところが予想以上にあっさりと答えが返ってきた。
「そうさ。別に君へ隠すつもりはないよ。意味はないからね」
それならばとセバスは、次に身近な者から探りを入れ始める。
「自身が偽物でも、貴殿が偽物造りの若者を追い立てるのはいかがなものか?」
「いや〜それに関してはね。ほらお金、何かとかかるでしょ? 専売特許は手放せないからね〜」
核心を得られないならば、直接問いただすのみだった。ところがさほど難しくもなくあっけなく答えが得られた。
「何が目的だ?」
「戦争だよ?」
漠然とはしているものの、明確な意思がありはっきりとした行動で、非常に危険な人物だ。セバスは諭すようにいう。
「穏やかではない響きであるな」
「人相手じゃないからね。大変なんだよ? 神々へ仕掛けるのってさ」
この世界では人と神の成り立ちはあまりにも唐突すぎた。人はすでにおり、突然神と名乗る者たちが世界を管理し始めた。それは数万年前の話。その時から、人と神は一見隔絶された物に見えた。ところが、世界を管理すると言いながら、一部の神はどのような酔狂なのか人知れず降臨してきたのだ。
「なるほど。そこであの回復薬の価値が高まるわけであるな」
「そそ。力の強さも大事だけど、死なない兵士の方が凶悪だからね」
神が他の神と敵対することなど遥か昔には日常茶飯事であった。人をけしかけ敵対勢力と戦わせて、両者甚大な被害を出させるなどもあった。苦々しい記憶だ。
その時活躍したのは紛れもなく、死なない兵士だ。とうの昔から言われてきたことだった。
「貴殿の行動には賛同しかねる。ただ死なない兵士の部分は一理あるな」
「でしょ? いや〜。やっと一部でも通じ合えてよかったよ」
偽教皇は手を叩きながら、非常に嬉しそうに笑う。戦いを仕掛けた先に何があるというのか。すでに数万年の歴史が証明しており、両者とも甚大な被害を受け、とくに人間側が幾度も激減している。
激減とは、戦いの最中に魔の存在へと切り替えた者も含めている。
「神々へ仕掛けて、どうするつもりだ?」
「おっ怖い目だね。久しぶりに見たよその目。さすが戦神セルバスだね」
「……」
「セルバスはさあ、九割は人なんでしょ? 人から見た神の弱みってなんだろね?」
「お主、もしや……」
「僕はね思うんだ。下界に降りてきてほぼ人の状態。神威はほとんど発揮できない制約がある。ところが人間界と違って神界は、制約がないというよりは神威を全体的に高める何かがあるんだよね?」
「何が言いたい」
「神々も実はあまり人と代わりないのかなってね。その特定の場所にいる者を神威魔法と便宜上呼ぶけどさ、それにより底上げされているというわけ。つまり神というよりは、環境によって変えられた人かなと。それに、労働者階級なんだよね。おそらく、たった一柱だけ別格の何がいて支配しているんじゃないかな?」
「なるほど」
この偽教皇を名乗る者は、最終的には世界樹が持つあの力を取り込もうとしているかもしれない。ただそれは人の手にはありあまりすぎるもの。
「あれ? 否定も肯定もしないんだね。別に大丈夫だよ何、僕が食べちゃうからね」
「あれを取り込みたいなどと……。人の身では、破滅するぞ?」
「あれ? 心配してくれるのかな? 嬉しいな」
あの異質な力は、セルバスですら戸惑う。もし力に飲まれて暴走でもしたらそれこそ甚大なる被害が出ても不思議ではない。真なる問題は破壊や殺傷ではない。その力で外側の民を呼び寄せてしまうことだ。
「貴殿では取り込むどころか、触れることすら難しいだろう」
「ご忠告、痛みいるよ。わかっているんだ今のままじゃだめなのもね。それに、僕はもうすぐ死ぬこともね。青のアレを見たからね」
人が見るのと神たちが見るのでは受け取り方が大きく違う。もはや見てしまったものに対して否定も肯定もできない。ただ現実問題として見てしまった以上、その事実を受け入れるより他にない。
「貴殿はあれを見たのか……」
「まあ人が見るには早い物らいしいけどね。ただわかったことが一つだけあるんだよ」
「何をだ?」
「うん。僕が死ぬことで始まるんだ。すべてがね」
「命あっての物種ではないのか?」
「そうだよ? だから僕は、復活するんだ」
見てしまったことに対しては仕方ない。アレが人の触れられる場所に、いまだ存在していることにセバスは驚いていた。あの巨大な青水晶は人も神ですらも狂わす。
それは事実を映し出し、またその事実を捻じ曲げることもできるのだ。ただし変える方法は過去に一人だけできて、あとは誰もやり方を知らない。
「……あれを見たなら、その自信は窺えるな」
「でしょ。やっぱセルバスは理解が深いし懐が深いよね」
「……」
「安心して。セルバスの神威を浴びたコアは僕がいただくからね」
この時、セルバスは狙いがわかった。コアを取り入れた者が死した場合、例外なく復活する。それは人としてではなく……。
「貴殿まさか……」
「ふふ、楽しみだよ」
偽教皇は、左手に何か金属的な器具をはめていく。ゆっくりと鷹揚に、五指それぞれへかぎ爪のような物をはめると手刀でセバスの左胸を勢いよく貫く。
「ゴフッ……」
セバスは吐血をし、偽教皇に血を浴びせる。ゆっくりと引き抜いた手からは、指先に摘んだ親指の爪ほどの大きでビー玉のような紫色の玉を掴み、取り出す。
「セルバスたちはこの特殊な器具をつけないと、そもそもが取り出せないからね。これは僕がいただくよ?」
偽教皇の男は振り返りもせず悠々と手にした紫色の玉をもち部屋から出て行ってしまう。セバスはうつ伏せにうずくまり、血が冷たい石の床を這うようにして流れていく。
その流れる先をセバスは苦しそうに見つめていた。
「セニア……。すまない」
セルバスは意識を失い、力なく目を閉じた。
地下ギルドでは、セニアとエルザも悩む。
宿の中で魔法のテント内にいる一樹とモグーも当然考える。
頭を抱える一樹に、モグーは愉快そうにいう。よほどおかしな動作をしていたのだろう。今にも笑いそうだ。
「どうするの?」
「セバスを見つけたとしよう」
「うん?」
「即、魔法のテントに入ってもらう」
「それで?」
「周りに人がいなければ、俺たちは飛び出して教会を脱出する」
「すごくシンプルだね」
「ああ。めちゃくちゃシンプルだ」
本当にこのような方法でいいのかと思い頭を抱えていたのだ。ただ魔法のテントは一樹が許可した者以外は認知できず、当然触れることすらもできない。これはかなり大きく有利に働く。
問題は、入った場所から動けないことだ。
「前に一樹と一緒に逃げたとき、一つ目の巨人いたでしょ?」
「ああ、大変だったよな」
「あんなのがたくさんいなければ、今の一樹なら大丈夫そうな気がする」
「セニアからの情報だと、中に入ったら出くわすのは人とは限らないと言っていたんだよな」
「一樹は今まで魔獣と戦ってきたから大丈夫じゃないの?」
「大丈夫と言えば嘘ではなんだけどな……」
「人を切れない?」
「逆だよ」
「ん? 人を食べたくなる?」
「近い。吸いたくなるんだ」
「あっ。紅目の時でしょ?」
「そうそう」
「でも意識はあるでしょ?」
「ああ。あるけど、何か別の意識へ引っ張られそうになるんだよな」
一樹は紅目になる前提で考えていた。なぜなら圧倒的に強く、暗殺術のスキルと格闘術のスキルとも相性がいい。
それに体は強靭になり、腕には稲妻のような紋様が浮き出る以外に、自身の見た目の変化はあまりわからない。
どうにも初めての敵地侵入と救出という、一樹にとって難易度はウルトラハードに近い。ゆえにあれこれと考えてしまい一向に先へ進まないでいた。こうしている間にも時間は流れるように過ぎ去っており、焦りは募る。
「一樹! ヤバイよ! ヤバイよ!」
「え? 急にどうしたんだ?」
驚く一樹の周りをぐるぐるとモグーは回り出す。まるでリスの時のようにだ。
「ん? 焦るかなって」
「ひでえー。モグーまじかー。あっ……」
この時、一樹は少しでも気が抜けたようで、意識が切り替わり何か気持ちが少しだけ落ち着いていた。ほんの少しでも意識を別のことに傾けるだけで、大分変わるんとあらためて実感していた。
「ね。少しは落ち着いた?」
「すまない……。俺妙に焦っていたな」
「うん。すごく焦っていたよ?」
「なんだかんだと考えてもできることは限られているもんな」
「うんうん。だからもう少し出来ることだけで考えよ?」
「そうだな」
モグーに助けられた。さすが長年の付き合いだ。とはいえ、今の状況だとどうやっても素人感丸出しで、抜け漏れが多そうな計画しか思いつかない。かと言って計画を誰かに話したらどこで漏れるかわからない。
正直なところ、一樹は八方塞がりだなと思ってしまう。かといって、今から向かうとなれば行き当たりばったりだ。そこで少し思考を変えて、回復薬であるポショと蘇生薬を量産しはじめた。
一樹がいつもの容器を取り出した所から、モグーは興味深そうにして覗き込む。
「あれ? 薬作るの?」
「ああ。今は、足りない物をまずは用意しておきたい」
「うん。そういえばあの人には相談しないの?」
首をかしげるモグーは不思議そうにいう。
この時指す人は、ギャンブルマスターであるのはすぐにわかった。
「相談するだけしてみるか……」
「うん。そうした方がいいよ。あの人は一樹のことよく見ているよ?」
「そうか? まあたしかに、コンパネを教えてくれたぐらいだからな」
「うん。きっと力になってくれるよ?」
今更ながら、一樹は大事なことを失念していた。それは自身が賞金首なことだ。彼らは待つ訳もなく自らの考えで迫ってくる。
セバスのことに気をとらわれ過ぎていると、自身の身が危うくなるのは間違いなかった。ゆっくりと死が近づく足音に、今はまだ気がつけずにいた。
一樹は少し考えを巡らせると、不意に出かけるという。
「図書館にいってくる」
「調べもの?」
「ああ。相手を知らなすぎると思ってさ」
「教会の人?」
「教皇とかもな」
「そう、なら私はここにいるね」
「テント回収するから、しばらく出られないけど大丈夫か?」
「うん。寝るだー」
一樹は部屋内を見て誰もいないことを確認すると、外にでてテントを回収し、図書館へ向かった。
考えてみたら、教会に関連することはほぼ何も知らないに等しい。それなのに乗り込もうとするのは無謀だと一樹は考えていた。敵を知り、己を知るのは、非常に重要なことだ。
図書館に入ると意外と熱心に調べている人が多いのもこの町の特徴だ。食う物に困らないからか、学べる知識を得ようとする勤勉家は多い気がしていた。
建物内はかなり広く、数百人入ろうとも余裕がある。構造的にも三階まであり書物は豊富だ。さっそく二階に上がると、教会関連の書物があるのでまずは歴史から手に取った。
――その時である。
館内には各階ごとに机と椅子がいくつか置かれており、座ってゆっくり調べようと戻っている最中にことは起きた。背後から急速に音もなく何かが迫ってくる。
――来たか!
その場で素早く180度回転すると、短剣で突き刺すように突進してくる者がいた。もう目の前まできており、一樹は咄嗟に分厚い図鑑のような重厚感ある書物を構える。
左手に持ち替えた本は、迫る者の右手に持つ短剣の迎撃に向けた。
同じぐらいの背丈で顔は、布で覆われて顔は見えない。本で短剣を内側から弾くと、上がった腕の下に潜りこみ、右の肘で鳩尾あたりを打ち付ける。
すると一瞬動きが止まった隙に、本を縦に持ち替えてそのまま顎に向けて強打させる。すかさず自前の短剣を取り出し、のけぞった状態の一瞬を狙い心臓に短剣を深々と突き刺す。右手でつかを握りしめ、左手を添えて可能な限り奥まで押し込んだ。
――仕留めたか。
安堵も束の間、すぐに宙を舞い回転する斧が正面から飛んできた。すぐに倒した敵の背中を盾がわりにして凌ぐ。見事なほど刃が突き刺さる。
まだ追手が来てもまだどこにいるのかわからない。正面に気を取られているといつの間にか背後にやってきて手斧が頭上から迫る。すかさず遺体を強引に引き寄せてもわずかながら、刃にふれ傷ができる。瞬間何か電気のような痺れる何かが体内を駆け巡った。
――毒刃か!
急激に眩暈と痺れが訪れ、動きが鈍くなっていく。さらに吹き出す汗は冷たく判断を鈍らせていく。苦痛で弱る姿を見て、下卑た笑いでゆっくりと、襲撃者は迫る。獲物の息の根を止めようと鷹揚な動きで迫ってきた時、脳裏に何かが閃く。
――なんだ、今の感覚は。
視界が瞬間的に切り替わった。
気がつくと襲撃者の背後にたち、後ろから首筋を噛みつくと何かを思いっきり吸い込んだ。
吸い込み続けるたびに全身が爽快感に包まれる。同時に、活力が腹の底から湧き溢れ、喉奥では微炭酸が弾けるような感覚を味わう。
さらに脳が痺れるほどにうまいと感じて叫んでいるような錯覚が起きた。一気に吸い込んだこともあり、一瞬にして骨と皮だけになってしまう襲撃者。あまりの美味さに堪えきれず叫んでしまう。
「脳が……。うめえー!」
叫び声を上げたことで何かが完全に切り替わった。
首筋から口を離した後は、骨と皮だけになった遺体が床に落ちる。まだ二階に潜んでいた者を匂いで感じ、瞬間移動に近い早さで逆に追手へ迫る。
「ば、化け物め!」
襲撃者の方があまりにも異質な状態へ変化した一樹に恐れ慄く。短剣を振りかざそうとしてもすでに腕に食らいつき、またしても吸い込んでしまう。
変わらず、骨と皮だけになり絶命すると、あまりの美味さに声を漏らす。
「うまい! うますぎる」
一樹はもはや襲撃者のことはどうでもよく、ただただ吸い込みたい気持ちの一心で動き始めた。まるで飢えた野獣の如く、自身の食欲に近い何かを満たすため、本能のまま行動を始めた。
様子を伺うようにしていた賞金稼ぎたちは、恐れ慄く。もう戦いなどではなく蹂躙に近い。
「ヤメロー! ゴブァッ」
紅目の一樹は、襲撃者の背後から手刀で背中を貫くと、背骨の一部を引き出して、口を当て一気に吸い込んだ。吸い込めば吸い込むほど膂力は増していく。もうどちらが襲撃者なのかわからなくなってくる。
今言えるのは、一樹は獰猛なハンターとなり残りの襲撃者を強襲する。
闇ギルドと思われる黒装束の者は両腕を肩口から引きちぎられ、膝は崩れ落ち頭を捕まれると力なく言葉をかける。
「貴様……。人間か?」
言葉などお構いなしに、正面から喉仏に食らいつき一気に吸い込んでいく。みるみるうちに骨と皮だけになりまた一人絶命した。
ところが一人だけ取り逃した者がいた。
腕に食らいつき吸い込もうとした瞬間、自ら腕を切り落とし、水晶のような物を床に叩きつけると瞬時に煙のように消えてしまった。
敵対者がいなくなると手持ち無沙汰になったのか、紅目のまま一樹はぼんやりとしている。
二階にはどういうわけか、襲撃者以外に人はおらず満足したのか元の一樹に戻っていく。先の襲撃で受けた毒はいつの間にか浄化されており、何の後遺症もなくむしろ変化前よりすこぶる体調が良くなり全快した。ただしひとつだけ心配ごとがふえて、懸念はましていく。
「今回も抑え切れなかったか……」
敵には勝てたといえても、自身の欲望には勝てなかった。
周りがすべて敵なら大いに力を発揮はできるにせよ、味方がいた場合果たして襲わずにいられるか今はまだ自信がない。
襲撃者を撃退したのち、図書館で教会を調べていくと一つわかったことがあった。
教皇になるには神から条件が提示され、クリアした者だけが証を得られることだ。証を生涯保持し、皆の見える位置に掲示していること。持ち主の死して証は無効となり、また新たに獲得が必要になる。
――何を意味しているのか。
証が有効な内は生きている証でもある。また代々証の色が変わるという。此度の証は紅色である。おそらく問題はそこではない。
証の保持者をなんらかの理由で軟禁し、本人になりすましも可能なことだ。
姿格好や顔は常に隠されており、体も重厚なローブに纏い男女の区別さえ難しい。それならばなりすましも容易になる。証の有効性を対外的に示せていればいいだけだからだ。
ただ今回の騒動は、一樹が作るポショの効能とはいえど、当人の努力と才能によるものが大きい。教会産の物と比較して金額の大小の差こそあれど、利用者にとっては死活問題なわけで、より生存率は高く安い方がいいに決まっている。
探索業を生業にしている以上、命あっての物種なら尚更だ。
教会は一樹が狙いのはずなのに、地下ギルドのギルドマスターを捉えた。客観的に見て奇行なわけで、一樹には理由がまったく推測できないでいた。
ただし、先の推察のなりすましが可能ですでに入れ替わっているなら答えは別だ。どのような理由もあり得る状況になる。
ところがあまりにも突拍子もない企てだと、類推するのは困難だろう。今の教皇が偽の教皇で、しかも狙いはセバスならぬセルバスとしての神威をあび続けたコアが必要など、誰に想像できよう。当事者同士にしかわからない事情だ。
今言えるのは、普通に考えたら教会関係者から、一樹に便宜を図ったことで責められていると一樹は推察をしていた。一樹なりに考えるとポショを高価で買取してくれ、隠れ家として適している宿屋の紹介などもしてくれていたから、自身のせいだと思い悩んでしまう。
賞金首となって何度も襲撃を受け撃退しているものの、騒動が多発していけば大きな地下街とはいえ、いずれ町からも追放されてしまう日が来るかもしれないとも思っていた。
幸いなことに今は、魔法のテントで過ごすため、寝床を襲撃されることはまずない。宿屋の空の部屋に襲撃しに来る以外はとくにない。みな諦めて出て行ってしまうからだ。
自分自身のことはともかくとして、困ったことに何度考えても、良い救出方法が見つからない。まるで夜明け前の闇の中にいるようでまったく先も見えないばかりか手元ですら見えない。いたずらに時間が過ぎていく一方だった。
ふらりと一樹はモグーも連れて地下ギルドへ訪れる。残念ながらギャンブルマスターは見かけず代わりに一樹がくることを予想していたのか、サブギルドマスターのセニアが待ち構えていたかのように近寄ってきた。
「やっほ〜。昨日ぶりかな?」
「おっ、おう。随分軽いな」
モグーは気軽にセニアに声をかけていた。
「あっセニアだ。こんにちは」
「モグちゃんも一緒なのね。やっほ〜。一樹はギルマスのこと?」
モグーはさっそく真似て挨拶を返す。
「やっほ〜」
一樹は、どう考えても二人だけの戦力では打開策が見つからず相談をしにきたことを伝える。
「ああそうなんだ。俺とモグーだけじゃ救出がむずかしいからな。相談ってやつだ」
「ふむふむ。そしたら部屋で相談に乗るわ。ついてきて」
そういうと買取窓口の左手側にある扉を開けて中に入っていく。
以前、ギャンブルマスターと話をした場所だ。
どう言うわけか今回も一番手前の部屋になる。
「今回もこの部屋か」
「あら? 違う部屋が良かった?」
「いや、前回ギャンブルマスターと同じ部屋だったからさ」
「ふ〜ん。そうなのね」
中も変わらず白い壁に二人がけのソファーが向かい合って設置され間にローテーブルが置かれている。一樹とモグーは腰掛け、対面のソファーにセニアが腰掛けた。一樹はさっそく、本題に移る。
「率直に意見が聞きたいんだ」
「うんうん。やっぱうちのギルマスと本物の方の救出と両方なんとかしたいというところかしら?」
「大正解。と言っても二人しかいない戦力で何か方法はあるか?」
「モグちゃんと二人ね……。ぶっちゃけ厳しいわ」
「だよな……。セバスはもちろん救出なんだけど、本物の方も救出したいのは賞金の取り下げをしてほしいからなんだよな」
「まあ、そうなるわね」
「かといってモグーと二手に別れても、それは厳しいし。はあ……。まいったな」
「ギルドじゃ教会に楯突くのはちょっとまずいのよね。そこで一つ案があるんだけど……」
「ん? どんなんだ?」
「あたしと、もう一人心当たりがあるからその子を誘ってみようかなと」
「おっ! マジか! ありがたい。でも今ギルドじゃ楯突くのは難しいとか言わなかったか?」
「ええ、かなりまずいわね。だからギルドとしてでなく、アタシともう一人が正体隠して参戦ね」
「なるほどな。助かる」
「そうすれば、一樹とモグちゃんのチームとあたしともう一人のチームの二手に分かれていけるわ」
「ただそれだと、正体隠すとはいえサブマスの立場上、やばくないか?」
「そこは大丈夫。完全に身元は伏せるわ。あたしも何とかしたいと思っていたし」
「そうか。ならいいんだ。あとは、敵対者の質か……」
「数はそんなにいないはずよ? その代わり手練ればかりで凶悪なぐらいかな?」
「ん〜。そうなったらアレを使うしかないか」
「アレって?」
「ん……」
「?」
「他には伏せてくれ。製作者も不明でなら教える」
「どう言うこと? まあわかったわ。サブマスの名と地下ギルドの名において誓うわ」
「助かる。実はこれだ」
一樹は懐から、蘇生薬を一本取り出した。
「看破の力はあるか?」
「アイテムならあるわ。どれどれ……。え! えー! ちょっとこれ!」
「ああ。すごいだろ?」
「ちょっと、どこで手に入れたのよ? これヤバすぎる品よ?」
「今、それも含めると手元に四本ある。俺とモグーとセニアとそのもう一人の子用だ」
「随分と用意がいいのね」
「まあな」
「これならいけるわ。24時間何度も蘇生できるって破格中の破格よ? 神にでもなったつもり?」
「また随分と大袈裟だな……」
「ほんとのホントよ? 何度もってイカレているわ……」
「そうか、気に入ったなら良かった」
「これは、これ以上聞いちゃダメなやつなのね?」
「そうしてくれると助かる」
「はあ……。こんな物が世の中出回ったら、一樹捕まるわね」
「だろ? その危険を冒してまでして助け出したい気持ちをわかってくれたならありがたい」
「こんな物見せるだけでなく使わせて貰えるなら、まったく問題ないわ」
「疑わないのか? 効果を」
「それは意味がないわ。看破で見える説明は神の言葉よ? 疑えるわけないし、その効果は神が保証しているのよ?」
「なるほどな……」
「そしたらさっそく、声をかけてくるわ。また明日同じ時間に来られる?」
「ああ。大丈夫だ」
「その時、詳細な作戦会議をしましょ」
「助かる」
「いえいえ。こちらこそよ。ギルマスのために一樹は相当危険なことしてくれているし」
「恩があるからな、セバスには」
こうして一樹は一筋の希望を見つけた気がした。
地下ギルドから宿屋へ戻っていく。
「一樹ぃ。なんとかなりそうだね」
「ああ。俺たちだけではキツかったからな。いくら蘇生薬があっても多勢に無勢さ」
「それでも二手に分かれるんだよね?」
「そうだな。ルートは二つどちらに本物の教皇とせバスがいるかわからないからな」
これで完全に迷いなく選択できると一樹は思っていた。今最大の支援がしてもらえるのはセニアともう一人だけだ。
救出するのか、見捨てるのか。この答えは救出以外にない。セバスを助けないという選択肢は、あるわけもない。
そうとなれば、偽教皇相手にことを起こす必要があり、失敗=死だ。あとはどう助けるかだ。単に身柄を救出しても、再び謂れのない内容で拘束されてしまうのを防ぐには、大元を断つ必要がある。
元は冒険ギルドのギルマスから教会への密告からことが深刻になったと予想できる。専売特許を奪われたことで利益減少が今回の拉致の要因なのだろう。だからといって金で解決は難しい。法外な金銭を要求するのは間違いなく、ポショの売買契約は結べない。不利以前に偽物だからだ。それに難癖つけるのは想像に難しくない。
ではどうするか?
――ヤルしかない。偽教皇をだ。
それではどうやるのか?
セバスの救出と同時に偽教皇を暗殺する。二つのミッションが一樹の目の前に立ちはだかる。
再び思考の闇に飲み込まれてしまう。