ギャンブルマスターである白い燕尾服の女と一樹の心の絆は、女にとっては深く切ない……。
なぜなら一樹の体験は、記憶ごと失われてしまったからだ。
知るのは、白い燕尾服の女ただ一人だけ。
彼女と彼はなぜ、特別な絆で結ばれているのか。
かつて転移前にいた世界東京で、一樹が命懸けで助けた相手……。
それが彼女だった。
一命を取り止め無事助かったものの、しばらくした後、まったく別の要因で死してしまう。
本来転生して天使になるところを、いずれ一樹がイルダリア界にくることを知り、死神となっても一樹を導き救たいと考え、今の身に落ち着く。
ただし時間軸は異なり、彼女が死神に転生してから異なる時間軸で過ごし千年以上の歳月が流れてから、ようやく一樹に巡り会えたのである。
そう、すでに彼女の目には一樹との一つの未来が見えていた。
だからこそ、天使を捨ててまでして今に至る。
思い人をいずれ、自身の力で救いだす。その代わりに……。
――今は。
女は、正体を明かせぬまま当時の色褪せぬ思いで、暴走しそうになるもなんとか抑えてふれあう。まさしく千年の恋である。
そうとも知らずに一樹は、どこか安堵する相手と感じるものの、答えはわからないまま接していた。
――ある日。
晴天が広がり、暑さや寒さを感じない穏やかな空気を肌に感じ取れる陽気な日だった。
まったく持って、地下街なのを忘れてしまうほどだ。
一樹は、ぼんやりと風景を眺めながら、この地下街のことを考えていた。過去の偉人たちはなぜ、高度に発展したこの場所を放棄までして、どこに消えてしまったのだろうかと。高度な魔導技術で作られたのは一目瞭然だ。
単に、自身の知識不足でわからないとかならまだしも、どうやらどこの文献にも消えたことについては触れておらず、残ってすらいない。
あえて表現するなら、突然消えたと言える。
それでも、当時から積みあげられた知識は、魔導図書館に行けば唸るほどある。
知識は貴重で、現存する最古の図書館だろう。
そうして知識の共有化もされ受け継がれているので、魔法は高度なまま維持し続けている。
といわれるものの、詳しくは知らない。興味本位で以前図書館に通い詰めて調べただけの話だ。
ただ言えるのは、途中で歴史の途絶えている時期がある。
原因が何なのかは知らず、何年なのかも知れず他の大勢は意識もすることなく、今に受け継がれている。
不自然さや違和感があったとしても今日の自分と明日の自分に関係なければ、興味を持たない人の方が多いだろう。興味を持つのは一部の者と後は、せいぜい歴史学者ぐらいだ。類推ができても、それを今の生活にはまったく影響しない。
今を生きている世界とは、そいうものだ。
一樹は、中央の巨大な柱となっている場所からほど近い中央広場にて、ぼんやりと空を眺めていた。
隣にはどういうわけか、白い燕尾服で仮面をつけたままのギャンブルマスターが座る。目の部分に細いスリットしか入っていないので、表情は変わらずわからない。
それでも、なんとなく微笑んでいるぐらいはわかる。どことなく、雰囲気で感じ取れるようになるぐらいまで、会話を重ねてきたのかも知れない。
ギャンブルマスターは、ぼんやりしている一樹へ不意に声をかけてきた。
「ねえ、一樹はなんで、今日一緒に過ごそうと思ってくれたの?」
思わず一樹は考え込んでしまう。そういえばなぜなんだろうと。
そこで、わからないなりに感じたことを伝えようと、口を開く。
「俺にもよくわからないんだけど……。なんだかどこか知っている人の面影に近いのか、見ていると安心する瞬間があるんだよな……」
一樹の言葉の意味に対して敏感に反応を示し、仮面をつけたままの顔が一樹の顔に迫る。
「知っている人って? 記憶を少し取り戻せたの?」
一樹は気にも留めず、ゆっくりと考えを伝えた。
「う〜ん。何も掴めていないんだよな……。東京でのこととなると、まるでわからないんだよな。あっ、東京って、前にいた世界での話な」
一樹はコンパネを教えてくれて、かつ世界樹とパイプを持つこの女なら、別に話しても大丈夫だろうと思い軽く転移前の話に触れた。
ギャンブルマスターは何か思い悩むようにして、地面を見つめているように呟いていた。
「それってもしかして、いた時の物を見たら、記憶が蘇ることはあるのかしら……」
今座る場所は、芝生のような草が生え渡り、皆それぞれがくつろいでいる。とくに何か建設する予定もなく、相当以前から芝生だけが生えた場所として、皆の憩いの場になっているとのことだ。
ある意味、公園に近いのかも知れない。広さは一戸建てが縦横に五十軒ずつ収まりそうな場所は、相当広いと言える。
一樹は賞金首ではあるものの、穏やかな場所でゆっくりと過ごすのも悪くないと思っていた。危機感が足りないと言われれば、それまでかもしれない。とはいえこうした時間は、一樹にとって今は大事に思えていた。
というのもついこの間、ようやく浅瀬でゾンビアタックをし始めて、さらに帰還後は『ポショ』作成となかなか濃密な時間の使い方をしていた。
やっているゾンビアタックは、いわゆる『ポショ』の「ぶっかけ狩り」で、大きく負傷したら体にぶっかけて湯水の如く使いまくり、敵対する相手を倒していく戦法だ。即死以外ほぼ一瞬で完治するため、『ポショ』があるうちは無敵に近い。
無茶な戦い方をする分、経験値への見返りも大きい。
とはいえ、例の脳を分解する『経験の書』のおかげで、一樹は短剣での暗殺者の動きはできる。
やっていることは非常に危なっかしいと言われ、ギャンブルマスターもついてくることになり、今日の過ごし方もその時に話た何気ない約束だった。
神経を張り詰めすぎると、いつか気づかぬうちにやられるので、こうした息抜きが必要らしい。
今の一樹は、できることが増えてアドレナリンが出まくりだった。本人は、まったく問題ないと認識をしているだけなので、それ自体が異常だから気をつけた方がいいとまで言われる。
たしかに今は、一樹のワクワク感ばかりが全面にでているものだから、思わぬところで足をすくわれることもあるだろう。
意外なことに、一樹は助言について素直に聞き入れることが最善だと思って受け入れている。
なぜなら、経験則による答えであれば、確かな正解の道へのショートカットだからだ。
失敗して学ぶことで得るものは多いにせよ、正解がある程度予測できるならそれに越したことはない。
ぼんやりと考えすぎたのか、ギャンブルマスターが一樹の肩を指先で突いて、ようやく今になって気がついた。
ついついぼんやり考え込んでしまったことに、一樹は素直に詫びる。
「あっ、悪い。マジで今気がついた」
仮面をしていてわからないもののギャンブルマスターは、何処か頬を膨らませているような気がした。
「もう、大丈夫? 慣れないことばかりで、かなりきていたりする?」
「それもあるかもな。今ぼんやり考えごとをしていたんだ」
「どんなこと?」
「狩りのこととか、かな?」
「そう……。何か東京のことで思い出したことはある?」
何か期待を込めて一樹を見ているような雰囲気だ。というよりは、目線が釘付けになり痛いような気もする。
「唐突にそう言われてもな……。ん? 八王子駅の南口にとちの木通りってあったような……」
空を見上げながら思い起こすように話して横を見ると、さらにめちゃくちゃ顔が近い。顔というより仮面が近いか……。
「うん! それで?」
「いや、そこまでだ」
期待から一気に、奈落へ急降下したかのようだ。なぜか肩の力が、すっぽり抜けたような姿を見せる。さらに悩むような姿も見せている。何が彼女をそうさせているのか、まるでわからない。
「どうしよう……。でも……。やっぱ」
あまりにギャンブルマスターらしくない、しおらしい態度を取るものだから、思わず聞いてしまう。
「どうしたんだ? ギャンブルマスターらしくないな?」
すると意を決したかのように、仮面をゆっくりと外しはじめた。思わずその動きに目が囚われていると、劇的な変化があった。ギャンブルマスターの素顔は、とんでもない美少女だった。
まつげは長く影になるほどで、黒目がちな目は大きく潤んでいるように見える。前髪は横に流れており軽やかに見えた。
なぜこれほどまでの美貌を隠しているのかはわからない。ただ、どこか懐かしいような、それでいて切なくなるような、そのような心持ちになる。
――なぜだ……。
それが俺にはわからなかった。思わず頬から涙が伝う。
一樹の涙に驚いた様子をギャンブルマスターは見せた。
「えっ? 何か気がついたの?」
涙を流した本人ですら、なんだか理由がわからない。
「わからない。どこかであったような気がしてさ……。それに、なぜこんなにも嬉しい気持ちと、真逆の悲しい思いがあるのかわからない」
頬を伝う涙が意味する物は、まるでわからずにいた。
ところが、その答えに満更でもなさそうな態度をギャンブルマスターはとる。
「そう……。今、これ以上は言えないし、何も答えられないけど……嬉しい!」
なんだかわからないけど、ギャンブルマスターがひどく近しい存在に見えてきた。残念ながらそれ以上の記憶は辿れない。
辿れない意味はおそらく、俺の失った記憶に、深く関わることなのかも知れない。
やはりこの感覚があるのは、俺にとって深く心に残る何か関係することだろうか。
そうすると、ギャンブルマスターは同じく転移者なのかもしれない。これ以上答えられないなら、答えなくてすむことを伝える。
過去ももちろん大事だし、これからはさらに大事だ。たしかに知りたいと思う気持ちは嘘ではないし、知れるなら知りたい。
とは言え、過去の俺自身が選んだ選択肢だ。当時の状況はよくわからないし、その時選べる中で一番よい選択をしたと思いたい。
だから今の思いを信じて伝えようと思う。
「会えてよかった」
ギャンブルマスターは頬を赤く染めて、眉を背伸びさせ目を大きく見開き、思わず開いた口を手で覆い隠し驚く。
「え?」
今の一樹にはわからないけど、頬を自然と伝う涙は決して嘘ではないと思っていた。
だから今の思いを伝える。
「恐らく記憶があったなら、きっという」
ギャンブルマスターは、指先で涙を掬い上げる仕草を見せると酷く悲しそうでいて、嬉しい気持ちも混在しているような様子でいう。
「うん……。私もよ」
ぽろぽろとこぼれ落ちるほどの大粒の涙を、ギャンブルマスターは流しながら、今日一番の笑顔で微笑んだ。
世界樹の元に集まる現行の労働者たち(神々)は、一樹が「次期の労働者(神)に受け入れ候補」としてふさわしいのか、それとも否か議論が始まる。
協議の中で、白い燕尾服をまとう死神の女は、彼が候補であるようにと願っている。なぜならそれが、あることへの条件の内の一つだからだ。
一方で一樹の方は宿屋の部屋の中で、モゾモゾとしていた。二人がけの褪せた赤色のビンテージとも呼べる古ぼけた布製のソファへ横になり、激しく両足で貧乏ゆすりをしながら、興奮を抑えきれない様子だ。
――すげえなこれ。
ようやく知れたコンパネを眺めながら自身の状態を見て、今できることと次にできることがはっきりとわかり、否応なしにいい意味で期待が膨らむ。
上がった種族レベルとJOBのレベルにより、最高品質な『ポショ』だけでなく、『蘇生薬』も新たに作れるようになった。『ポショ』作成の品質レベルを最大にしており、当然『蘇生薬』作成の品質レベルも同様に最大にする。もはや、かつてないほどの最高品質の物がようやく作れる。
一樹は、思わず笑いがこぼれるほどだった。
「うはははは、こりゃあすげぇ」
ベッドで枕を抱えながらくつろぐモグーは、一樹をみて楽しそうにいう。
「一樹、完全にハマっちゃったね」
一樹はコンパネを見て、『ポショ』と『蘇生薬』の効果を見てうなる。
――完全に科学を超えたな。
圧倒的なことは、欠損も部位が残っていれば即時修復。ない場合は、時間が多少はかかるも再生可能。多少と言っても、腕一本分なら十分程度だという超絶凄まじい効能だ。
さらに『蘇生薬』は飲んでから、二十四時間以内は何度でも蘇生可能。破格の効能であり、出鱈目な仕様でもある。逆に何度も死ぬ瞬間を味わったら、普通に精神は崩壊しそうな気がしてならない。よほどのことがない限り、何度も死を味わうとしたら、それは人として壊れてしまうんではないかと危惧すら覚える。
とはいえ、効能を見たら動く選択肢一択だ。一樹は、足を振り上げて勢いよく飛び起きると、モグーを誘ってさっそく行動に移した。
「モグー、こいつはやべーぞ。ヤバイなんてもんじゃないヤツができちまった」
すると、モグーの首を傾げる姿が強烈に可愛く、一瞬何を言おうとしたか忘れそうになる。
「うん? そうなの?」
「さっそく使って、ゾンビアタックでもやりに行くか?」
一樹は、興奮さめやらぬといったところだ。モグーは無邪気な一樹を見て楽しそうに答えた。
「うん。いいいよ? あたしも新しいスキル覚えたいなあ」
「まかせろ! 次の種族レベルアップで魔導書を作ってやる」
「え! ほんと? すごく嬉しい! やる気倍増だよ?」
一樹は流れるような作業で『ポショ』と『蘇生薬』を短時間で作れるだけ量産して魔法袋に入れると、すぐさま一番近いダンジョンへ二人して向かう。
すでにこの時間は影が長くなることから、夕日がでて時間が経つのだろう。何時だろうとお構いなしに突入していくあたりは、さすがにゾンビアタックができるだけある。
夜行性の強力な魔獣が徘徊することも多いので、夜間は比較的挑まれずらい時間帯でもある。そうしたダンジョンは、地下街には腐るほど存在する。
今から向かうダンジョンも含めて、あまりにも数が多いので数字で呼ばれるダンジョン群だ。
これだけ多くとも内部では一歳つながりなどないし、特徴も違う。不思議と中央から遠くなればなるほど険しくなる。
今回はお試しでもあるため、初心者用と言われる1のダンジョンへ二人は向かう。
地面が一部隆起して、丘のような姿を見せており、大きな口を開ける場所は、紛れもなくダンジョンの入り口だ。
入り口には常駐している警備兵がおり、近くには詰所もある。
初心者ダンジョンへ、夜間の時間に突入するのは珍しいのか、古くくたびれくすんだ金属の色をした甲冑を着込む三十代ぐらいの衛兵に呼び止められる。
「おい、待て。もしかして、お前ら二人だけで行くのか?」
「ああ。浅瀬で試したいことがあってな」
「なんだ、スキルのお披露目とかそんなヤツか?」
「あれ? なんでわかったんだ?」
「いや〜、お前みたいな奴は多いんだよな……。まあいい、気をつけろよ?」
「どうも。そんじゃちょいといってくらー」
「いってくるー」
一樹とモグーは、小走りに通過していく。
洞窟内は壁面が光ごけで至る所が覆われており、おかげで割と明るい。
一階は、大きな広場の中に林立する柱が立っているものの広いため、見通しは比較的いい。とくに入り組んだ通路もなく柱の影から、突然魔獣が出てくることはあるにせよ大抵は一匹だけで現れ、初心者でも慌てずに倒しやすい。
さらに天井も高く圧迫感がないのは、どこのダンジョンでも共通していることだ。
もう一つの共通点は、放置された遺体はすべてダンジョンに喰われることだ。一定時間経つと、転がる遺体は身につけている物ごと地面に吸収されてしまう。魔獣や人など種族に関係なく、ダンジョンに食われるわけだ。
ゆえに、死体や遺品すら残らない。
ただし遺体から離れた物は、どういうわけか吸収されない謎の動きをしている。
さらによいところは、一階にはゴブリンが単騎で沸くことが多く、もっぱら初心者の練習相手になっている。
俺は襲撃者から奪った短剣を取り出し、いつでも攻撃できようにしておく。まだ初心者だしな。
「さて、やってみるか」
「うん! あたしも準備問題なし」
俺たちはゆっくりと第一歩をダンジョンへ踏み出した。
――無音。
無音とは、少し語弊があった。
俺たちの足音以外には、何も聞こえないというのが正解だ。
というより今の状況は、ダンジョン素人としてもまずい気がしてきた。
なぜなら、足音がするのは相手にも聞こえているわけで、俺たちの接近を裏付ける物になっちまう。
いくら『経験の書』でスキルを得ても、使う側がポンコツではまったく活かしきれていない。
こうして進んでいると、どこか中央を歩くのは危険な予感がして、左側の壁づたいに進んでみる。
壁の岩肌から冷気が感じられない不思議な場所だ。体感で十五分ほどでようやくゴブリンが柱からのっそりと現れ、一体だけで何か探しているのか動いている。
相手はどこかぼんやりとしているのか、一樹たちにまだ気がついていない。ちょうど左側の壁に大きな窪みがあり、鼻の先を出してゴブリンの様子を伺う。
一樹はゆっくりと確認するようにいう。
「いた、な……」
同調するように、モグーも慎重に返す。
「うん……」
二人して顔見合わせ互いに頷くと、俺は声を小さくしてモグーに方針を伝える。
「まずは俺が接近して切りつける。できそうなら短剣でやり合ってみる。ダメならすぐに後退するから、いつもの光弾を頼む」
「わかった! ムリしないでね」
一樹はモグーに頷いて見せると、壁際から気が付かれないように、ゴブリンへ向けてすり足で少しずつ距離を詰めていく。
――自身の心臓の鼓動が耳元で高鳴る。
あらためて思うのは、初めて静寂な空気というものを知った気がした。
気が付かれぬよう近づく行動は、自身の鼓動を感じられるぐらいなまで集中しているのか、静寂なのかどちらかなのだろう。
静かに足を運べているのは暗殺スキルのおかげであっても、見聞きするのと体感するのはわけが違う。
相手の背丈は、一樹の腰の位置ぐらいまでで見た目は目立つ禿頭だ。鉤鼻が大きく、目はギョロッとしており目立つ。耳は外側に向けて長く尖っており、いわゆるエルフ達の耳の形状によく似ている。肌は緑色の色素が濃いのか葉のような色だ。肉体は筋骨隆々でかなりの筋肉量に見えた。
――不思議なことは、普通に生き物だ。
なぜか思うのは、違和感だ。
ダンジョンという遺跡で生まれる物が、無機物からいわゆる有機物が生まれることに不思議としか言いようがない。
現代科学を知る一樹にとっては、目の前の生き物は、科学を超越した存在だ。
とはいえ現実では、目の前にいる奴はどう見ても普通の生き物だ。姿形は多少異なれど人型でもあるし、やはり不気味より不思議な物として見てしまう。
腰に何か皮を巻き付けており、上半身には何も身につけていない。背丈の割には筋骨隆々でかなり力はありそうだ。
片手剣を所持しており、もう片方には小型のバックラーを持つ。道具を使うあたりは、知性のある目をしているのも頷ける。
視界を遮る物も無くなり、ようやくお互いに認知できる距離へ近づいた。
緑色の者は、意外と慎重ですぐに飛び出してこない。
鋭い目つきで、一樹とその後ろにいるモグーを伺うように、視線を交互に動かしていた……。
――心臓の鼓動が響き、耳元まで届く気がした。
先から緊張が高まり、心音の激しさは変わらない。
息遣いもいつの間にか浅く早くなっていたことに、今更ながら自身で気が付く。
当然なのかも知れない。命のやりとりを、しようという時の張り詰めた空気は、今にも破裂しそうなほどだ。
賞金首として、襲われた時のようにはいかない。なぜなら、何も無防備な時とは明らかに違う。今は警戒して対峙しているのと、一樹も隙を見て飛びかかるのを互いに警戒している。
――刺すのか、それとも切り付けるのか……。どっちが正解なんだ!
やり方は、暗殺術のスキルでわかっていた。
ただし、どれを選択することがベストなのかまではわからない。これがいわゆる経験の差なのだろう。知識として選択肢を持っていても、実体験としては初めてな物だから、どれを選ぶか迷いが出てしまう。その迷いは時として、致命傷になるやも知れない。
――やはり、頭か……。
背格好からして、側頭部が狙いやすい。
それより下になると、腰をさらに落として挑む必要がある。
お互い慎重に様子を伺うようにしていると、突如ゴブリンは胸を張ると雄叫びをあげる。
「グギャッ!」
急展開だ! ゴブリンは一直線に一樹へ向けて駆け出す。
何かの気合いなのか、ゴブリンの一言叫ぶ声は、ダンジョン内でこだました。
視界に捉えるのは、ゴブリン本体よりどうしたって片手剣と次に盾が目につき、動きを追ってしまう。
よく目を凝らして見ているうちに、気がつくと足が止まっていた。
ゴブリンの真っすぐ上段からの振り下ろす剣を、咄嗟に左手側へ避ける。同時に短剣を右手から左手へ持ち替えて、側頭部を突き刺すように弧を描くようにして腕を伸ばす。
「チッ!」
俺は思わず舌打ちをしてしまう。
切っ先が触れようとした時に、振り向いたゴブリンの左目を眼球ごと抉る。
やわらかさと、奥に何かゴツゴツした硬い物が当たる初めて味わう感触に、一瞬慄いてしまう。
「グジャッ!」
痛みのあまりかゴブリンはのけぞろうとし、片手剣と盾を落としてしまう。
刺さった短剣は手から離れるはずもなく、そのまま必死に維持しようとしていた。
一樹はこのまま意を決して、右手を短剣の柄に添えて、一気に勢いよく押し込む。
すると、そのままゴブリン風の魔獣は、仰向けに倒れ一樹もそのまま押し倒す形で倒れこむ。地面に触れたと同時に体重が一気にのったせいか、切先に当たる固い何かが砕けたような感覚が手に伝わる。
このままゴブリンは目から血を流し痙攣して、体を何度か跳ねるようにびくつかせると、途端にぐったりとして動かなくなってしまう。
「生き残れた……」
起き上がると同時に短剣を引き抜き、そのまま警戒して様子を見る。
先ので脳に到達したのか、もう数度痙攣してからは動かない。
モグーは元魔獣ゆえ、忌避感はないのか初の勝利に飛び跳ねていた。
「一樹! やったね!」
モグーは非常に嬉しそうにして駆け寄る。ところが一樹は、なんとも言えない物を内心味わっていた。
短剣で肉を貫くときに、骨に当たる手応えがこれほどまでリアルに恐れを抱くものなのかと思わず慄く。
頭で理解しても体験として味わうと、また違った感覚を持ってしまう。そうした気持ちでぼんやりしていたのは、どれぐらいの時間だろうか。モグーに指先で肩を突かれると、ようやく声をしぼり出した。
「ああ。なんとかな……」
いつの間にか、汗を尋常でないほどかいていた。
これが生きるための、命の取り合いなんだとあらためて一樹は思い知る。
しかもまだ短剣を握りしめる手は、柄から指が剥がれない。
何がゴブリンは最弱だなんて言えるものだ。
弱いだなんてとんでもない話しで、相手も生き残るために必死だ。
たまたま勝てたにすぎなく、少しでも油断すれば立場は逆転してしまう。
明日の我が身でもある。
モグーは身動きしない亡骸を見て、何を思うのか口を開く。
「やっぱり、緊張するね」
モグーの見た目と行動からはまるで見えない。とはいえ内心少しは、緊張していたのだろう。それについて一樹は心底同意できた。
「ああ、そうだよな……」
一樹は肝心なことを二つ忘れていた。
一つは、負傷したら『ポショ』をぶっかければいいし、仮に死んだとしても『蘇生薬』を飲んでいるから、二十四時間以内なら何度でも蘇られる。
今の必死さだと慣れない限り、なかなか『ポショ』まで気が回らない。ましてや自動的に蘇生など、念頭に置けるわけがなかった。ただ、『蘇生薬』を飲んでいるから、効果が切れない限りは死なないと言える。何に頼ろうと、死なずに生き残ることが最優先だ。
とはいえ、怪我して死んでと、当たり前にはしたくないと今の一樹は考えていた。一樹の葛藤をよそに、モグーはしゃがみこむとゴブリンの死体を不思議そうに眺めている。
モグーは素朴な疑問を口にした。
「死体はダンジョンが喰らうって、ほんとかな?」
「そういえばそうだよな……。時間もあることだし、少し様子を見るか」
一樹たちはただ近くにしゃがみ込み、黙ってどうなるか見つめていると、およそ三十分ほどで変化が起きた。ゆっくり地面に沈んでいく有様は、底なし沼の底からまるで誰かに引っ張られるかのように、地面へ吸い込まれ埋もれていく。
足元の岩肌がこんなにも硬いのに、不思議な現象だ。これぞ科学を超越した魔法世界の姿だ。
完全に飲み込まれると、やわらかそうに見えた地面は当然のように固くなっていた。
そういえば手から離れたボロボロの錆びついた片手剣と木製の盾は、地面に転がったままだ。ところが、ゴブリンが身につけていた腰巻は飲み込まれている。
――この違いは、なんだろうか。
単に、体から一定の距離が離れたら、認識せずにそのままなのだろうか。
気にしすぎかもしれないけど、今後様子を見ていくしかなさそうだ。
一樹とモグーは観察を終えると、今度はモグーから切り出してきた。
「一樹、行こう!」
「いくか!」
一樹たちは気を取り直して、さらに奥へと進む。
モグーは目ざとく何かを発見したのか、すぐに一樹へいう。
「一樹、何か変なのがいるよ?」
「ん? なんだ? あれは……」
一樹たちは壁づたいに進むこと三十分ほど。慎重に歩いたせいか、さほど距離は移動できていない。
モグーが見つけ、まだ遠くで小指の先ほどにしか見えないところに、奇妙な生き物はゆらゆらと揺れ動いてみえた。まるで真夏の路面で見る陽炎のようでもある。
遠くに見えたのは、人型だけどもどこかおかしい。
超高速に動けば残像は発生するだろう。ところがゆっくりとでも移動しながらなど、そのような動きが可能なのかと疑ってしまう。
はっきりとは見えないものの、青白いような肌が見え隠れする。距離が近づくにつれて、どこか頭の奥で警戒音が鳴り響いていた。
――あれはヤバイ。
一樹たちは、逃げるという選択肢をどういうわけか、考えつけなかった。それは経験が少ないからこその判断であったのかもしれない。
動きだけでなく、見た目も距離が縮むほど詳細がわかってきた。
目が赤く、しかも光っている。さらにかなりの長身で二メートルは超えているであろう体格だ。
なぜか黒いズボンに黒いシャツを着ており、貴族の装いのようにも見える。その服の下に隠されている筋肉がシャツを弾けんばかりに膨らんでいるのがわかる。
白髪の頭はオールバックにして、後ろで結んでいる。
よく見ると、左手に何か人の首根っこを掴んで引きずっているようにも見える。なんなんだと警戒感がさらに増す。
あの紅い両目は一樹たちを捕らえており、逃す気など毛頭もないようにも見える。蛇に睨まれた蛙のような気がした。
奴は何を思ったのか、引きずっていた人の肩口に食らいつき、一瞬にして何かを一気に吸い込むと、人は骨と皮だけになってしまう。
不要になったのかそのまま投げ捨てると突然、紅目が一樹の目の前に立つ。なんたる間合いの詰めかただろうか、瞬間移動といっても不思議ではない。
「グハッ!」
あの距離を瞬時に移動して、一樹の左胸に手刀を突き刺して引き抜いた。
おびたたしい血が吹き出すと、脳内で一瞬にして「何か」が弾けた。
「一樹!」
モグーの叫ぶ声と、モグーだけは絶対にやらせはしないとの強い思いが、視界を赤く染める。
目の前にいた男は、顔をしかめて声を出した。見た目と異なりやや甲高い声の持ち主だ。
「何奴!」
一樹の様子を見て危機を感じたのか、敵は顔を歪めながらも一気に距離をとりだすものの、すでに左腕を肩から失う。
一樹は、敵の腕を根本から短剣で切り裂き、一瞬にして奪っていた。
脳内の奥底から「吸え」という声の誘いに従い、一樹は切り口に口を当てて一気に吸い込む。
――なんだこれは!
脳天を突き抜けるような爽快感と、まるで炭酸飲料を飲み干すような刺激が喉奥を鳴らす。
爽やかすぎる爽快感は、晴天の中で空に向かい顔をあげて、黒い炭酸飲料を飲み干していくような感覚に近い。
――脳ミソがスパークするぞ!
手元にあった腕は骨と皮だけになり、すておく。
手刀で貫かれたはずの胸は、熱した鉄板に水を垂らすかのようにじゅうじゅうと音をたてながら再生してしまう。『ポショ』での再生とはまるで動きが異なる。
先の美味さは一樹の脳に響き、心の奥底から思わず声が出てしまう。
「脳がうめー!」
どこか相手は後退りし始めたのを一樹は見逃さない。瞬間移動のごとく、敵の背後まで追い越し、すぐさま短剣で首を難なく切り落とした。感触としてはバナナを包丁で切り落とすぐらい容易なものだ。自身の動きとしては想像もしていなく、本能に従い行動しただけだった。
敵は首が落とされたにもかかわらず、まだ生きており喋り出す。
「貴様! 同族でやるとはどこの家の者だ!」
ものすごい剣幕で怒り出す。
一樹は何食わぬ顔で、転がった体の切断された首元に口を当て、再び一気に吸い込む。満足そうな顔をして足元に転がる頭をみた。
すると一樹は頭を抱え、顔はニヤついたまま歓喜を叫ぶ。
「うわー。脳があああ! 脳があ!」
脳の奥に響く快感と、全身の隅々にわたる力の波動に酔いしれる。まるで瑞々しい梨を食べたときのような感じを味わう。
「ただではおかぬぞ、小僧!」
もはや頭しかないのによく吠える。次もあるのような物の言い方をしているのは、何か大きな勘違いをしているようだ。一樹は冷徹な目線を向けて、転がる頭に伝えた。
「なあ、弱いゴブリンほどよく吠えるって知っているか?」
「なぬ!」
一樹は手元の頭に、暗殺者の時と同じようにして『経験の書』のスキルを発動させる。そこで思わず言葉が口をついて出てくる。
「それじゃあ。脳ミソ、いただきマース!」
「馬鹿な! アババババババばあああああ」
手のひらほどの小さな魔法陣は、頭を囲むと次々と表皮を剥がし銀色の粒子へと分解した。肉と骨も同様に粒子化して分解したのち、脳だけになる。
脳は魔法陣の中で回転し始めて高速に回り、輝きで直視できなくなる頃、一冊の本になって回転はゆっくりとなり止まる。
手元に本として残った書物は、黒い重厚な表紙で覆われる。表裏の表紙の角には、三角形の金属で補強してある姿を見せる。表紙に記載の名前は『経験の書』とあり、表紙をおもむろに開くと、次のことが書かれていた。
【スキル】
・衝撃波(ゼルデリング装備時)
・ゼルデニア古流格闘術
再び輝く紫色の粒子に変わり、頭に吸い込まれていく。これで新たなスキルを獲得したようだ。ゼルデリングとは何なのか……。恐らく名前の通り、なんらかしらの『輪』であることは間違いなさそうだ。不意にやつの骨と皮だけになった遺体を見ると、指輪などのアクセサリーが転がる。
一先ず、骨か皮となった遺体と服などすべて魔法袋に収めてしまう。
「これか?」
金色の指輪が二個、落ちているのが見える。どういうわけか一つを左手の人差し指にはめようとする自身がいる。指に差し込むと、肌に馴染むように同化してしまう。ただし、指輪の形は残ったままだ。
どこかこれだという感覚がわかり、もう一つは右手の人差し指にはめる。
こちらも同様に、同化してしまう。
モグーは今の戦いを見て、興奮冷めやらぬ様子だ。
「なんか! 凄いの! いたね!」
一樹は冷静に戻りつつも自身の異様な興奮状態は、少し気持ちが引いていた。よもや人間ではないと、そのような気がしていた。
「だよな。あれはなんだったんだろうな……。ちょっと試してみる」
「ん? どったの?」
一樹は壁に向けて手のひらを突き出し、脳裏に湧くイメージ通り力を意識する。
すると何か巨大なハンマーで岩壁が叩きつけられたかのような直径二メートルほどの穴で陥没してしまう。深さは数十メートルというところか。とんでもない威力だ。
軽い意識だけでこれだと、全力だと途方もない予感がする。奥の手を得たようでテンションが高まる。
ただ少し目眩とふらつきを覚える。慣れない力の行使だからだろうか。まだわからないことの方が多い。
「とりあえず、この力は使えそうだな……」
「さっき、目が真っ赤だったけど、大丈夫?」
モグーは一樹の目を心配していると同時に、今は元通りなのか「さっき」という表現で今を伝えてくれた。
「ああ……。大丈夫そうだ。多分、紅彩術が突然発動したこたとで起きたんだろうな」
「何それ?」
「簡単にいうと、一時期的に魔力と力の増幅見たいなんだよな」
「それってすごいね。体、大丈夫なの?」
「詳しいことは、俺にもまだよくわからないんだ」
するとモグーは心配そうにいう。
「そう……。ムリしないでよね?」
「心配かけたな……。あの衝撃波は感覚だと、紅目になった時に、一回だけできそうだ。連続はムリだな」
すると何かを掴みあげるように腕を曲げて、胸の前で拳を握りしめながらモグーは一樹に伝えていた。
「光弾使えるから安心して。一樹」
「もちろん頼りにしているよ。ありがとな」
「任せて!」
なんだか本能に任せたような動きはしたものの、結果的にはすべてがうまくいっている。
今の所の戦績は、ゴブリン一体と紅目が一体の合計二体だ。戦いは、意外に時間がかかる。命のやり取りだから一瞬で決まることもあれば、時間がかかることもあるんだろう。知識と実体験の差の埋め合わせは、今後も続けていけば、知識と経験の誤差が埋まることに期待をしたい。
まだ入り口の階層でこの状態なら、地下に降りていったらとてもじゃないけど一日ではぜんぜん時間が足りない。
たしかどのダンジョンにも特定階層に安全地帯がある。初心者ダンジョンとはいえ、三十層からなる場所だ。当然安全地帯は半分の十五層にあり、まだまだ先と言える。
「まだまだ先はありそうだな。今日のところは一旦引き上げるか」
「え? まだまだいけるよ?」
「次は、野営の準備をしておきたいんだ。十五層目指して進んだ方がいいからな、それなりに用意が必要ってやつだよ」
一樹の説明に納得したのか、すんなり理解したようだ。
「うんわかった。帰ろうー」
俺は帰路に着く時に、コンパネを眺めると種族レベルが上がったことに気がついた。そこには念願の銃はまだなものの、意外な品が作れるようになった。残念ながらまだ魔導書はムリなようだ。
というより、ちょうど欲しいと思ったときだったので、タイムリーかもしれない。
それは、テントが欲しいと思っていたところに「魔法のテント」なる物があることに気が付いたのだ。説明を読む限りこいつもまた破格で思わず声に出してしまう。
「こいつはヤベーな。うははは」
「ありゃ? また一樹、ハマっちゃったね?」
一樹とモグーは、楽しそうに朝焼けが照らす宿へ向かった。
大して苦労や努力もしていないのに、一樹はなぜかうまくいってしまっている。
その様子を遠見の魔法鏡を使い死神の女は、一樹が神候補であるよう応援している。なぜなら、特別な理由を知ってしまっているからだ。
女が天使へなろうとした直前に、一樹がとある候補であることは、女がかつてみた予知夢の通りの内容で今の所、同じことをなぞっている。
ゆえに候補者であるなら、その先も見た通りのことが起きるのはわかる。このまま行くとあのことはもはや、避けられない。死神になってまでして、したかったことだ。
逆に予知夢で見たこととは、異なる方向に行かないように注視しているし、誘導もしている。そうしないと、目的を果たせないし自分では予測不能になってしまう。
あのことは、それでもいいと死神の女は思っている。むしろそのために、死神になったのだから本望でもある。
こうして密かに様子を伺ってみては、かつて見た通りの状態か逐次確認をしていた。
「心配ないわ……。だってあたしがついているもの。きっと……」
そう呟くと、またどこか闇に紛れて消えてしまった……。
一方冒険者ギルドでは……。
冒険者ギルドのギルマスは、一樹の偽物作りに憤慨しており、本物が汚されると信じている。その割に、やっていることはあくどいことばかりで、何が汚れるのやらというところだろう。
またポーションなどは、神聖な力があると考えられているので、穢れるとすら思っている。ただ本心で穢れると思っているかは、言動からするとなさそうなことが言えるだろう。
今でこそ一樹は賞金首ではあるものの、知り得た情報をより多く教皇へ情報を売り渡そうとしている。
今まで言わなかったのは、管理責任が問われるのを避けていたためで、今なら追放した後の出来事なので堂々と言える。
それがこのギルマスの持論だった。当然ながら、教会側も過去冒険者ギルドのギルマスが都合よく一樹を利用していたのは知っているし、それについてはとやかく言うつもりなど考えてもいない。
単に一個人の微々たる影響だと見ていたからでもある。ところが最近はそうでもなくなってきたのが実情だ。単に売れなくなったのが最もたる要因だ。
影響が大きくなりすぎて、どれだけ危険人物なのかが判明した状況だ。あとは教皇が判断すればさらにことは重くなる。思惑を重ねてほくそ笑むギルマスは、これから起きることを知らない。
――寝ている二人は、変わらず呑気な様子。
一樹たちは昼過ぎまでまったく起きずに寝たままだ。
気がつけないほどの緊張を強いられて、ダンジョンの遭遇戦では疲労を相当多く溜め込んでいたのだろう。
起きた時には、陽が高く昇っていたので本人たちもすっかり疲れが抜けたのか、かなりゆっくりねていた。
一樹は、昨日えた新たな作成スキルで起きて早々テンションアゲアゲ君の状態だ。その状態でセバスを訪ねると、地下ギルドにはさまざまな訳ありの者たちが変わらずたむろしていた。
――こいつら、いつも何しているんだろうな……。
一樹はぼんやり思っていると、モグーから言われる。
「一樹……。顔に出ているよ?」
「え? マジで? マジか?」
「うん。暇そうだなって、言いたそうな顔している」
「ポーカーフェイスって、俺苦手なんだよな」
「一樹のことだから大丈夫だと思うけど、気をつけたほうがいいかも?」
「おっ……。ありがとな」
地下ギルドのギルマスを見つけると、セバスから『本物の敗北』を告げられる。
唐突に何のことか分からず続きを聞くと、偽物の品質が本物を駆逐したと。一樹が偽物でなく別物を作り、本物を超えたと。
――なんだべた褒めじゃんと思いつつ、素直に礼を言った。
さすがにあの品質は教会ですらなかなか見ない物だから、同等の品でかつ近い値段でなければ、一樹製作の『ポショ』で当然駆逐されるだろう。欠損部位ですら再生するって、どんだけクレイジーな効き方だよと。作った一樹ですら思う品だ。
何度卸しても即完売に近いため、常に在庫不足だと嬉しい悲鳴をギルマスはあげている。なので、顔を合わすたびに一樹はセバスに追加納品をせっつかれてはいる。
毎回ギルドに寄るときは必ずまとめた本数を納品しているので、うまいこと捌いて欲しいと考えていた。
個人的に近づいてくる怪しい奴が出ないように、製作者不明でギルドは一括して買取と販売にしているのはセバスの優しさだろう。
そのおかげで妬みや僻みもなく、安心して作れている。ただし冒険者ギルドから出された賞金首なのは変わらず、毎日が戦々恐々としている。
――別の街に行くのもありだけど、ここが便利すぎるんだよな。
ダンジョンはこの街だけで二十個はあり、信頼できるギルマスがいて安全な宿も手配してくれる。さらに肉の実がなる木もあるから、食うのに困らない。
それに、安全に商売できるのは大事なことだ。
今日も無事にポショを地下ギルドへ納品して、宿に戻る。
もしかすると将来的に、宿すら不要になるかもしれない一大事なわけで、今一樹は非常にワクワク感が止まらない。
「魔法のテントか……」
「あれ? また一樹ハマっちゃった?」
モグーが最近やたらと突っ込んでくる。
彼女なりのコミュニケーションの取り方なんだろうか。
そのことより今は、魔法のテントの仕様をいち早く把握したい。
一樹はぼんやりとコンパネに浮かぶ仕様を眺めていると、あまりにも秀逸な機能で驚くもそれは一瞬で、あとは笑みしか浮かばない。
――なぬなぬ、これは……。
コンパネに表示される説明を見て思わず二度見した。いや、六度見ぐらいはした。
【魔法テント】レベル1
・二十畳ほどの固有空間。(レベルで拡張)
・半永久保持。
・出入り口のみ設置。
・所持者と許可された者以外は、認識も接触も不可。
・外部監視機能。(大型テレビモニター)
・生活機能付き。(風呂・シャワートイレ・冷蔵庫・台所・洗濯機)
・その他機能はレベルで拡張。
なんという豪華仕様だろうかと思わずにはいられない。さらに品質レベルが上がれば広さも何かしらの機能も拡張されるようだ。
俺は喜びを天井へ向けて、顔と両手の拳を掲げて、力いっぱいに声を出した。
「ヤッター!」
それを見たモグーはいつもの当たり前になりつつも、嬉しそうにいう。
「あれ? 一樹、今日二度目もハマっちゃったね」
ただ今回、この破格なテントはすぐには作れないわけがあった。
必要な物があり、それは魔石だ。一樹はまだ集めていない。
魔石を一定の規定値になるまでテント作成時に、文字通り『口』に放り込むことになっている。コンパネから『口』受け入れを触ると、何もない空中に円形の真っ黒な空間が現れる。
そこに放り込めと言いたいのだろう。
そういえばあの赤目の体に魔石があるのではと考えて、魔法袋から取り出すと、骨と皮だけになっているものの胸の中央あたりにまるでボールが詰まっているかのような膨らみを見つける。
おもむろに短剣で取り出して見ると、青紫色の魔石と思わしき物を目にする。艶やかな表面で真珠のようでいて、ゆで卵のように弾力のあるやわらかさだ。
「これはでかいな。赤ん坊の握り拳ぐらいはあるぞ」
モグーも近くで見ていると、何かを感じる様子だ。
「なんか魔力がじわりと染み込むように感じるね」
「俺はそうだな……。冷水から温水へ浸かった時に、血管がじんわり広がる感じかな」
人によって感覚が違うのかもしれない。
一樹はそのままコンパネを操作して、真っ黒な闇が開くと放り投げてみた。
すると、コンパネにインジケーターのような横長の物が現れて、半分ぐらいにまで届く。つまりは目盛りの最大値に到達すると作成できる意味なんだろう。
あとの残り半分を納めれば解決だ。嬉しさ半分やる気が半分な感じだ。またゾンビアタックをすればいいとも考えていた。
もう一つの考えとして、魔石買取もたしかに合理的だけども、最初の「部屋作り」は俺自身で集めたものにしてみたいと思っていた。なんというか、記念的な感覚に近いかもしれない。
――本当にそれで大丈夫なのか?
悠長にダンジョンに篭っていいのかというと、今の現状から鑑みるとそうともいえない。
今、なんとなくうまくいっている状態なだけで『賞金首』なことには変わりないし、地下ギルドが比較的安全なだけだ。顔がまだ割れていない内に、なんとしてでも魔法のテントだけは完成させておきたいと一樹は考えていた。
そうすれば、安全に安心して眠りにつけるし、テントさえ盗まれなければ防犯的にもいいのは当然だろう。
そういえば、肝心なことがもう一つあった。
なぜかテントは、『偽』と表記がつかない。
コンパネ上では、『魔法テント』だけしか名称が表記されていないからだ。果たしてどういうことなのだろうか。
いよいよニンベン師は卒業か? などと思うこと自体が意味ない。
なぜなら、一樹自身の種族が『ニンベン師』だからだ。
今となっては、感謝の言葉しかない。ニンベン師になったおかげで金は稼げるし、レベルも上げられる。
――うまくイキスギ君だな。
一樹はほくそ笑む。
「即時回復。使った分だけ何度でも回復! しかも欠損だって修復出来る。本家には無い高品質な効能! そして安い」
なんか自分で言うのも変だけど、安くて高い効能だから売れに売れまくる。セバスも代理販売により大儲けでほくほく顔になり、さらに作ってくれと要望がくる。
評判が呼び水となり、お試しに使う人や普通でない使い方で試す人も出てきたという。
どうやら裏技的な使い道もあるらしい。
愛用者が発見した使い方だと、無傷でがぶ飲みすると一種のバーサーカー状態になると言われている。要はオーバーフローした回復分を、一定時間溜め込んで元の体力に戻るまで無敵に近いらしい。
ただガブ飲みすればいいだけという、恐ろしく手軽にできるので、ヤバイ奴にはもっぱらの評判だ。すでに愛用者がいるのはクラフター冥利に尽きる。
――他もコンパネを見ながら検討するか……。
今一樹が作れるのは、『ポショ』以外に『蘇生薬』だ。非常に効能が高いため、非売品かつ誰にも知られちゃいけない物でもあった。
なぜなら効能がかなり破格な上、想像させる用途としては死なない兵士が簡単にできてしまうので非常に危険と言えよう。
粘性が高く飲み干すときには多少飲み込む力が必要だ。一度ごっくんしたら、ほぼ二十四時間、何度死んでもOKときたもんだ。
時間が厳密でないこの世界でも、効果が切れるタイミングはわかりやすい。
説明によると、大量の小便が出るのだ。なんでか理由はわからないけど、わかりやすい合図だ。
万が一忘れても自分以外に一人でも同じタイミングで飲めば、同じくもよおしてくるので忘れ防止になる。もよおす時は、効果がきれたと考えれば問題ない。とはいえ、日常生活でも当然したくなるので、普段とは少しばかり違うもよおす感じを知っておく必要はある。
作るのは簡単で時間がかかるものの、手軽かつ副作用も目立った物はない。さらに、あまりにも効能が高すぎて、おかしなことが起きても不思議じゃない。
製作者だと知られたら恐らくは、身柄を拘束されて一生どこかの地下で作り続けさせられても不思議ではない代物だ。悪い国の中枢に知られたら、えらいことになる。
なので結論から言えば、誰にも知られちゃいけない。
――俺とモグーだけの独占だな。
そんなわけでまずはお試しと、ダンジョンに突っ込んでみた。
一樹とモグーは作った『蘇生薬』を飲み干し、無理矢理十階層のボスのところまで一気に駆け抜けてきた。思いつきにも程があるけど、一樹は後悔していない。
途中の敵はとりあえず逃げ通してきたので、ボス戦では大量の経験値を獲得したい。今ある武器となる物は、紅目化と暗殺者からの戦利品の短剣。さらに、一日一度だけ使える衝撃波がある。
必死に駆け抜けてきたおかげでボス部屋と思われる扉の前にまで到達していた。
――このまま突撃するか否か……。
一樹の心配をよそに、モグーは無邪気にも質問をしてきた。
「一樹ぃ、何が出るの?」
「体毛が真っ白で、毛むくじゃらの巨大なクマみたいな奴だな」
「クマ?」
「あっそうか。モグーはみたことがないよな」
「うん。初めてだよ?」
「そうだな……。近いやつはまだ遭遇したことがないから見てのお楽しみだな」
「わかったー。魔法とか使ってくるの?」
「魔法より、腕力で攻めるのが得意みたいだな。体格に似合わず、結構素早い攻撃らしいぞ」
「うーん。それなら、あたしの光弾当たるかな?」
「俺が足止めしたら、俺に構わず撃つといいさ」
「うん。わかった。一樹もろともだね」
「え? そこって、少しは遠慮とかしないの? モグー?」
「あたしはやるじょー!」
――あれ? モグーってアグレッシブな感じだっけか。『蘇生薬』を飲んだら、なんか少しだけ性格が変わったような……。
気にしても仕方ないので一樹はもう一度、目の前に聳え立つ巨大な扉を眺めた。
今いる場所は、数百人は座れそうな広く何もない円形の場所で、正面には石を削り出して作ったかのような、鈍重そうなまっし白い扉が聳え立つ。人の背丈の軽く三倍はあり、非常に大きい。
扉をどうやって開けるのかと思いきや、近寄ると勝手に開き出した。自動ドアなら大歓迎だ。
五メートルはあると思われる扉が内側へ見開きに開くと、中も真っ白な岩壁が滑らかに整えられており、広場と同じ形になっていた。
例のシロクマは、最奥の中央壁際で仁王立ちとなり、立ち尽くしている。
身体構造的に、たったままだとしんどくないのだろうかと、余計なことが頭によぎる。
恐らくは部屋へ完全に入ったら、扉が閉まる仕組みなのだろう。
今以上に準備することなどないため、モグーを見ると頷き互いに一歩中へ踏み出した。
両足ともボス部屋に入るとゆっくりと扉が閉まっていく。
俺はすぐに紅目化をしてクマをみる。
一樹たちから近づかないと動かないのかもしれない。
ならばこの距離なら届くので、衝撃波を一発見舞ってやろうかと構える。
――ウロボロス来い!
頭の中で念じると、左腕に黄金の蛇が絡みつくように纏いつく。自らの尻尾をクワエル蛇は、まさにウロボロスだ。あのセルデリングの衝撃波は、ウロボロスと呼ぶらしい。
真っすぐ腕を伸ばして手のひらを相手に向け、今できる全力の一撃を打ち込んでやろう。そう考えると、全身の力を込めるような気持ちで左手に何かを集中した。
腕全体が発光すると金色の粒子までもが腕の表皮を這うようにして、突き出した正面へ向かうように流れていく。
頭の奥でここだという何か感覚があり、狙いを定めて撃ち込んだ。
一樹は思わず口走る。
「イッケー!」
モグーは驚き、何か言っていた。
「あわわわわわ!」
目の前から突風が一樹の体へピンポイントに吹き付ける。
まるで台風で立っていることすら叶わない暴風のようですらあり、予想を遥かに上回る。
衝撃で吹き飛ばされそうになるも、必死に足を踏ん張ると体が後ろへ引き寄せられるように少しずつ後退していく。
目尻から後ろに景色が流れるかのような錯覚をえると、閃光が真っすぐ走った。
巨大な光がぶつかり、破砕音が響くと辺りはもうもうと砂埃がまう。
一樹は思わず声を漏らす。
「まさか……」
モグーも同様に、驚きのあまり名前を呼んでいた。
「一樹ぃ……」
一樹は自身の目を疑った……。
「こんなことって、あるのかよ」
「すごいじょ……」
白いクマは仁王立ちのまま、土手っ腹を貫通してさらに先まで見通せるほどの大穴が空いた。つまり今の一撃でボス戦は終了だ。
――なんだ元の持ち主は、随分とヤバイ代物を持っていたんだな……。
少しばかり感傷に浸っていると、勝手にコンパネが立ち上がり点滅し出す。よく見ると一気にレベルが上がったことを伝えたいようだ。
コンパネ自体は、俺のレベルが上がるほど何んだか多機能化しているような気がする。
促されるまま、視界に見えるパネルへ手を載せるように触れると、驚くことに空中なのに感触がある。次に現れたのはスキル一覧でまたまたすごい……。
思わず、一樹は声に出して笑う。
「うははは!」
「あら? 一樹またハマっちゃったのね?」
もぐーはまた、いつのもことだと思っているような様子。
反対に一樹は狂喜するほどの内容を見て、思わず小躍りしそうになるほどだ。
まるで、ウマクイキスギ君じゃあないか。当然そのような人物はいないものの、擬人化したらそのような名前になりそうで一樹の中で定着しつつある。
もうなんというかステータスはこのような感じだ。
【種族レベル】32+15UP! ⇨47(作成種類増加)
【職業】クラフター
【JOBポイント】残3+20UP! ⇨23(作成品質増加)
【製作スキル】
コントロールパネル:MAX
言語理解:MAX
魔道具
マジックバック(偽)(MAX)
ポショ(偽)(MAX)
蘇生薬(偽)(MAX)
特殊剣……永続効果の剣をランダムで入手(JOB50 P分で1回)
魔法テント(0)(二十畳。半永久。外監視。生活機能。利用者登録)
new! 強毒化(0)(体液および血を第三者が浴びると瞬時に麻痺)
new! ネコメタルオブデス(0)ねこメタルを召喚 デスボイスで溶解。
new! eyes of death(0)指定の物だけを例外なく30センチ先に動かす。
一日一回だけ安全に利用できる。二回目からは、自身にも同じことが起きる。※『ポショ』必須。
new! マッスルオブゴールド(0)黄金色の筋肉となり、通常の十倍筋力が一時的に増加する。持続は半日で、飲めば飲むほど持続が加算され、累計一ヶ月を超えると三倍で固定化する。以後飲んでも三倍を超える増強はされない。
魔導銃
new! (不可)(偽)ブリザードフォック 大型ハンドガン(魔導弾丸を使用)
new! (不可)(偽)フレームドッグ 大型ハンドガン(魔導弾丸を使用)
魔導書
new! (不可)……(偽)まだ解放されていません。
new! (不可)……(偽)まだ解放されていません。
【レアスキル】『経験の書』創造
・短剣術:MAX
・暗殺術:MAX
・紅彩術:MAX
・格闘術:MAX
【アイテムスキル】
・衝撃波。
【アイテム】
・エルデリング二個。
・短剣。
「うは、これはすげえな。ネコメタルオブデスってなんだよ……」
「うわー。一樹なんだかすごいことになっているね」
横からモグーが覗き込んで興味深そうにしている。どういうわけか、最初からモグー自身は見えるし、一樹のも見えるようだ。
デスボイスで溶解ってなんだか奇妙なのか、最強なのかよくわからん。他にある強毒化ならわかりやすい。普通に地球にいた時の生物でも麻痺毒なそのような奴らはいたかと思う。
何気にすごいのがeyes of deathだな。
例外なく三十センチて一瞬ダメじゃんと思うところだけど、これはとんでもスキルだ。
首から上を三十センチ先にずらせば当然首は切断されるし、他の部位も同じだろう。強すぎる気がしなくもないけど、制限は納得だ。
このようなものをポンポンと使われた日には、世界は滅びる。しかも『ポショ』さえあれば二回目以降もできる。かなりの苦痛を伴いはするものの、破格としか言いようがない。
――いいのだろうか……。
「やべーのがまたきた」
「どうしたの?」
俺は『ポショ』にかわる薬品として、一部に絶大な支持が得られそうな作成スキルを習得してしまった。その名は『マッスルオブゴールド』だ。
皆がキメ顔笑顔でポーズを決められたら、まずは眩しすぎるだろう。しかも筋肉ならぬ金肉って……。
間違いなく筋肉愛好家の皆様に、ご愛顧いただける魅惑の品へなるに違いない。しかも能力がヤバすぎる。
飲み続けている内は筋力十倍。半年したら、上限は三倍で固定だ。固定化するまで半年間は飲めば筋力十倍というわけだ。
いくらにするかは決めていないけど、相当儲けそうな気がしてならない。しかも筋肉が黄金色に染まるってなんだよ?
作れる嬉しさ反面で、何だか作れるものは異色な物ばかりで飽きないぞ。他にもようやくはっきりと武器と言えるものがついに出た。
――大型ハンドガンがついにきやがった!
そういえばお目当ての物も作れるようになったんだよな。でもなぜか不可と出ているのは、何かが足りんのだろうか?
「ついにハンドガンが見えてきたか……。名前もなんだか期待ができるな」
そこでモグーは聞き慣れない単語だったのか、聞き返してきた。
「ハンドガンって?」
「ああ。それな、手で掴める短い杖のような道具でさ、モグーのような光弾ができるようになるんだ」
すると目をキラキラさせながら嬉しそうにいう。
「え! それってすごいね!」
こいつを使いこなせれば、かなり異質な感じになるだろう。魔導弾丸はどのような物になるかはわからないけど、楽しみで仕方ない。
――ますますレベル上げをしないといけないな。
今のところ、賞金稼ぎたちから襲撃はなく寝床も襲われず、ひとまず命拾いはしている。けど、早々に魔法のテントが必要だ。銃もいいけどまずは安全の確保が優先だな。
こうして一樹は、目標の地点までは到達したので一旦戻ることにした。
――偽物が本物を凌駕したら、本物は何が求められるのだろう?
ふとそのような疑問が、一樹の頭をよぎる。
普通に考えたら、さらに品質を上げる努力をするか、単に偽物を排除するとい行動だろう。やはり選択として、排除されるのが一番わかりやすい。実際一樹は排除されようとしているし、現に賞金首のままだ。
状況からして、何を持って一樹の勝ちかといえば、生存権を脅かされないことだ。死んだら終わりで、生きていさえすれば挽回できる。
今一番大事なことは、魔石を集めなければならない。ゾンビアタックをコソコソとやりながらでお目当ての物を狙うには少々難儀な所だ……。
作りたい物はいろいろありすぎて、時間はいくらあっても足りないほどだ。そういえば他の品物もいよいよというか、とうとうだろうか。種族レベルがあがることで、作れる種類が増えてきた。
今までと異なり、より上の品だからなのか、魔石が必須でどの程度かは、放り込んでみないとわからない。
やはり変にこだわらない方が、早く集められそうにも思えてきた。魔石は魔法のテント分だけは買っておいて、あと他に必要な分は、自力で狩りをして獲得が賢いかもしれないとも考えていた。命あっての物種だからな、安全対策は最優先だろう。
――となると、善は急げだ!
一樹は、真昼間からコンパネを眺めながらゴロゴロしていた宿を後にして、地下ギルドへ向かおうとした。当然のようにモグーも誘って向かう。
「モグー! いくぞ!」
「うん。 魔石? 買いにいくの?」
「ああ。よくわかったな」
「んーなんだろう? どこか声が聞こえるんだよね?」
「マジ?」
「うん」
「もしかして、俺の考えが聞こえるとか?」
「聞こえるようでいて……。違うような?」
モグーは、可愛らしく首をかしげる。
どっちなんだと思いつつも、一樹が人に変えてしまったから、なんらかしらの結びつきというか、絆のような物で繋がっているのかもしれない。
モグーと二人でギルドへ向かっていると、ふと思うことがある。地下だというのをうっかり忘れそうになることだ。
「ほんといつも思うけど、ここが地下なんてこと忘れてしまうよな」
「うん。青空はあるし雲もあって、太陽もあるから本当に地上みたい」
「ある意味、地上とは異なる国にいる感じがするな」
「うん。そうだよね。そういえば、お城が地下にはないね」
「おっいいところに気がついたな。たしかにないよな」
「うん。建てないのも何か理由があるのかな?」
「多分、教会側が反対しているんだろうな」
「そうなの?」
「元々ある物を使うか、せいぜい三階建てを作るぐらいにとどめているだろ?」
「そういえば、そうだよね」
「おそらく、城みたいな馬鹿でかい物を作ると、元々ない物だから何に影響するかわからないんだろうな」
「影響?」
「ああ。地下街の魔法って仕組みはわかっても再現できないから、あまりいじりたくないのが本音だと思うぜ」
「難しそうだもんね」
「だよな。ただ、今後は何かしてきそうだけどな」
「なんで?」
「今、地下ギルドが異常に儲けているだろ?」
「うん。一樹の『ポショ』のおかげだよね?」
「ああ。それもある。皆、普段以上に狩りまくっているからな、市場は盛況なのさ」
「あっわかった! 国も、もっと儲けようと目をつけたんでしょ?」
「その通り。最近地下ギルドにだけでなく、ダンジョンにも地上の人らが増えてきているだろ?」
「そうなの?」
「ああそうさ。今まで足りないと騒いでいた人らが、チャンスとばかりに我先に買っているから余計に足りない」
「もう少ししたら、安定とかしないの?」
「それは誰にもわからないな。だから、今買ってしまおうと動く奴が出るのも当然だろうな」
「一樹ものしり!」
「ん? セバスの受け売りだよ。あの人ほんとすげえよ」
「どうなっちゃうんだろうね?」
「地下街もガルニア王国の所有物で、国の一部だろうから、動きがある見たいだな」
「ダンジョンも?」
「多分な。この国にとって貴重な収入源だろ? 国が強制的に、何かしそうだなってね 」
「今のままがいいよね……」
「俺もさ」
こうしてダンジョンの多さからも、より多くの稼ぎを得るため人が集まってくる。
地下都市でも、昼間のせいか人はかなりおり、あまり目立たないようにして人をすり抜けながら地下ギルドを目指す。
地上とは異なり、多種多様な種族が入り混じるので、この中で目立つのは逆に難しいかもしれない。
移動中気をつけなければならないのは、賞金かせぎの連中はいついかなる時も、やれると思ったら突然突っ込んでくるから、あまりゆっくりと歩いてもいられない。
警戒だけは怠らないようにして進む。
スマートな賞金稼ぎなどはまずいない。襲ってくるのは野蛮人のような連中がほとんどだ。かけられた金額ゆえ、ロクな下調べもせず特長だけ見つけて強襲する輩も多い。
まあ奴らも仕事がなければ食いっぱぐれるし、365日連休とおなじだから当然必死にもなる。
それに、襲撃対象が有名な奴であればあるほど、任務を達成した時は、箔が付く。対象者の警戒はかなり高いし、競争率も高い中で襲撃対象を仕留めるのは難儀だし、完遂できた場合は、より高い信頼性を得られる。
だからこそ、なんとしてでも達成しようと、躍起になる連中が多いのも確かだ。
ギルドにつきさっそく、買取窓口へ直行して相談を始める。
「買取を募集ですか?」
受付嬢は、買い取りたいことがそれほど珍しいのかそれとも、別の理由なのか不思議そうにする。
理由なんぞどうでもいいじゃないかと一人思うものの、理由は理解したいと考えていた。不思議そうにするのは、一樹が依頼の仕方を間違えているのか、不自然な物を買取しようとしているかどちらかだろう。
結論から言うと、不自然な物に見えたようだ。なぜなら魔石は、ギルド以外に買取ができない。欲しい場合は、ギルドから買う方法か、自ら狩りで手に入れるか個人間での依頼の三通りしかない。
ただし個人間はトラブルが多く、今のルールになったのもトラブルのせいのため、ギルドからの購入をお勧めされた。
そこまでのこととは知らずに、依頼すれば集まると安易に考えていた。とはいえ、ギルドからなら一定の品質は担保されたような物なのでさっそく相談だ。
「ギルドから魔石を購入したいんだけどどうすればいい?」
「はい。等級と希望の数を仰ってください。金額を算出します」
「等級? すまん、等級ってなんだ?」
俺のまだ知らない物事が出てきた。少しワクワクするじゃないか。受付嬢は嫌な顔ひとつせずスラスラと答えてくれた。
「一番下が十級で、上の等級にいくに従い等級数は少なくなり、品質は上がっていきます」
「なるほど、一級が一番上なわけか」
「はい。おっしゃる通りです。現在販売可能な等級は、十級から四級までです」
「金額は、どのぐらいなんだ?」
「はい。基本的に一ゴールドで購入可能な個数を提示しています」
「へえ、そうなんだ」
「はい。十級は百個で一ゴールドです。九級は五十個。八級は二十五個、七級は十二個。六級は六個。五級は三個。四級は一個。ここまでは一個ゴールドあたりの購入できる数です」
「ほぼ倍なんだな」
「はい。おっしゃる通りです。ただし三級からは、値段も個数も大きく変わります。十ゴールドで一個。二級は百ゴールドで一個。参考までに一級は、一万ゴールドで一個です」
「三級からの差がすごいな……」
「ええ。対象となる魔獣の力もさることながら、討伐する難易度が上がるためどうしても高額になっていきます」
「それならさ、一番下の魔石を濃縮加工して一つにしたら、より上の等級にならないか?」
ゲーム的に見たら、下位等級を複数組み合わせて上位にするなんてことは、よくあることだけど現実にも通ずるのかが気になった。
「ええ。おっしゃる通りです。錬金術ギルドが主に担っています」
「やはり出来るのか、ロマンだよな」
「ロマン? ですか? 錬金術ギルドとは言え、できるのは四級まででございます」
「それ以上はできないのか?」
「残念ながら、いまだかつて成功した事例がない状況です」
「わかった。説明助かる」
「そのため四級まではできるので、それを中心に栄えております」
――なるほどな。考えることは皆同じだな。
一ゴールド単位でできることをわかりやすくするには、四級がベストだろう。
一旦、四級を購入して魔法のテントがどの程度か確認してみることにしようと考えた。
「そしたら、四級を千個頼む。千ゴールドは、ここにおけばいいか?」
今までの稼ぎがあるので問題ないとしても、大盤振る舞いだ。それだけ死活問題なわけで、早々に解決したいことでもある。
「はい。少々お待ちください」
個人的にはかなりの大金だけど、受付嬢は何のこともなく平然と対応を始めた。
受付嬢は席を外してからしばらくすると、奥の方から台車に登山リュックほどの袋を一個乗せて、重たそうにし運んできた。
「あれ? 思ったより小さいな……」
「ええ。みなさん初めてみる時は、そのようにおっしゃいます。濃縮した分、小さくなってしまうんですよ」
「そっかー。こんなにも小さくなるんだな。ゴールドはここに?」
俺は魔石を確認して、ゴールドの詰まった袋を置く。
ちょうど、ついたてでやりとりが見えなく、配慮されているのでありがたい。
「はい。これから確認します。魔力量で計算していると考えおきください。そのため、個数は不確かでございます。四級千個分は、魔力量が決まっていますので総合計でございます」
手渡された懐中電灯のような魔力計測器を当てると、規定の魔力量になっているのが目視で確認できた。
「確認できた。問題ない」
「こちらも確認できました。これで取引成立です。ありがとうございました」
「こちらこそ。助かったぜ」
「はい。またのご利用をお待ちしております」
俺は魔法袋にしまうと、モグーを携え急ぎ宿に戻った。
何はともあれ、魔法のテントを今すぐにも作成するためだった。
宿に着くと部屋でさっそく袋を出す。
モグーは楽しそうにこちらを見上げる。
「ねね。これから作るの?」
「ああ、いよいよ魔法のテントを作成だ。魔石を利用するのは初だな」
「魔石って、どのぐらいいるんだろうね?」
「俺もそれが気がかりなんだよな。まずはやってみるか」
「うん!」
一樹はさっそくコンパネから、作成可能品目を選択し、指を『魔法のテント』の名称の上で押して見た。
すると、大人の顔の大きさほどの真っ暗闇な穴のような物が現れた。空中に垂直に現れると、ポッカリ口を開けたまま何か待っている様子だ。
恐る恐る魔石の入った袋から一個取り出し放り込んでみるも、コンパネに表示されているステータスバーのような物は微動だにしない。
そのまま続けて大雑把に放り込んでいくと、少しずつステータスバーが伸びていき、ちょうど丸々一袋入れ終わる直前に目盛りがいっぱいになる。
今回の物で、得体の知れない奴の魔石で半分。残り半分は、四級を千個必要なことがわかった。となると、他も尋常でない数の魔石がいるんだろうなと思い少し身震いする。
あのダンジョンで遭遇した奴の魔石は、四級千個分の物だったんだとあらためて驚かされる。
そのような思いはさておき、目の前のことに集中だ。
目の前には「作成」と「キャンセル」のボタンがあり、「キャンセル」をした場合、今まで入れた物が払い出しされる方法とストックされる方法を選択できるとある。さらに作成時に余分な分は、自動的にストックされるとある。
ストックされるなら残りもすべて放り込み「作成」を押下してみた。
作成時間が表示され残り十秒とある。
「あと少しでできるみたいだ」
「おおー。楽しみ。楽しみ」
一樹とモグーは、ワクワク感が止まらない。
何か電子音のような音が脳裏に響くと、目の前には拳大の大きさで、銀色をした円錐形の物が落ちていた。
拾い上げると使い方は脳裏に湧いて出てくるようで、任意の場所に置けばそこを起点にして出入り口ができるとある。さらに設置者以外に認識はできないし、触れることすらできない魔法的な代物だ。
「少し試してみるか」
部屋の中央に置き円錐の頂点に手をかざすと、真っ暗闇の空間が現れる。銀の円錐はどこかにいったのか見えなくなる。真っ暗闇の穴は、魔石を入れた空間の拡大版という感じだ。
一先ず手を差し入れてもとくに違和感はない。思い切って頭を突っ込み、中をみてみると想像以上の光景が広がっていた。
一旦頭を部屋へ戻し、思わずバンザイしたくなった。つまり大成功なわけで、ヤッターという気持ちで興奮冷めやらぬといったところだ。
一樹の一連の行動を見て、期待がこもった目でモグーは一樹をみる。
「ねね? どう?」
「モグーも一緒に入ろうぜ! みた方が早い」
「うん!」
拡張現実の視界からは、タッチパネルで入れたい者を選択できるようだ。
誰かを入れようとした場合、入場許諾は誰にするかと、名前が出ている。
当然ここには一樹とモグーしかいないため、モグーの名前しか表示がされていない。
モグーの名前を選ぶと、モグーもすぐに視認できるようだ。
「黒い物見えるか?」
「うん! 見えるよ!」
今度は体ごと足を踏み入れて、モグーと一緒にあらためて周囲を探索する。
視界の先に広がる光景は、凄まじいの一言だった。
なぜなら、どうみても二十畳以上の広さがあり、冷蔵庫のような物やキッチンとソファなど置いてあるのが見える。大型テレビ画面らしい物もあるのは何に使うのやら……。
奥にあるのは、トイレと風呂のような感じの物がある。なんなんだ、至れり尽くせりじゃないか。
ベッドも俺の元いた世界基準でも豪華に見える。なんと言っても真っ白なマットレスを三段重ねもしてキングサイズときた。
何がどうやって現代風になったのか、理由はわからないけど現実は豪華の一言に尽きる。
出入りだけは重要で、もしやと思い大型モニターの電源らしき物に触れると、宿の俺のいる部屋が映し出された。
つまり、出入り口の監視モニター付きとなるわけだ。どうやって見ているのかは知る由もない。
視界に見えるタッチパネルで説明を読んでいくと、使い方の説明が出ている。
「部屋自体の維持には何もいらなくて、設備を使うには魔石が必要になるのか……」
「一樹! これすごいね」
モグーはベッドで飛び跳ね遊んでいる。この部屋には、ベッドが二個備え付けられていた。
それにしてもと、一樹はこれからのことを考えていた。
種族とJOBレベルが上がるほど、まるで別世界へ足を踏み入れたような感覚になる。
単に作成範囲が広がるからに尽きるし、膂力や体力も大幅に上昇して行くからだろう。
他に、一樹はもう一つ確信していることがあった。現代的な武器の作成が可能になっていくことだ。
何を基準にしているのか不明で、さらに高度なSF的な武装がでてくのかまではわからない。一樹の想像に及ぶ範囲だとすれば、まだまだ高度なものが出てきそうと考えていた。
変わり種として製作可能一覧に、実は最強そうな武器名も現れはじめた。名は「シャイニング・チェーンソー」だ。幾多もの刃が繋がりチェーン状になっているものだ。魔力が続く限り回転して、触れた相手を切り刻む。
なんだ? 無敵街道へまっしぐらかと思ってしまうほどに、作れるものが目覚ましい。
ところが今の『調子アゲアゲ君』の状態は、束の間の偽物の勝利であるとは知らずに、一樹は一覧を見てほくそ笑む。
魔法のテントの機能を粗方把握した後、さっそく一樹とモグーはダンジョンへ突入した。
すでに夕暮れに差し掛かり、辺りは暗くなりかけていたときだった。ウキウキしながら二人はいつもの初心者用ダンジョンへ向かう。
――旨い。
ダンジョンに突入してから一樹の思うことだ。
まだまだ浅瀬とも言える十層ぐらいまでなら、繰り返しボスを倒せる。方法はシンプルに、紅目化して短剣で傷つけた後で一気に吸うことにより数分で倒してしまう。少しだけコツか必要なのは、傷口を作った瞬間に吸うタイミングを
逃さないことだ。
大きなポイントは、相手は倒された内容を覚えていないらしく、何度も同じやり方で倒せるのは非常にお得だ。
一つだけ残念なことは、脳分解はシロクマではできないことだった。
――脳ミソもったいない……な。
とはいえ、シロクマなどの魔獣以外の人であるなら、脳を分解して『経験の書』を作れる可能性が高い。そのお陰で、他者が必死に獲得したスキルを、一瞬にして自身に馴染みある状態で獲得できるのは熱い。
やっぱクラフターとしては作る努力をしても、使う努力は別の者がして、それを拝借する方が一番効率もよく早い。
今のところ人に対してしか、脳分解が成功できていない。
ならば今後は、定期巡回をしようと思う場所がある。それは、断頭台だ。
近くで魔法のテントをはり、定期的に転がる頭を確認しようとさえ、思っている。
そう思い始めたのは、ダンジョン内の魔獣ではうまくいかないからだ。今のところなぜか『経験の書』の作成に失敗が続く。しかも失敗すると、銀色の粒子となって消えてしまう。
まだ可能性は残されていて、試していない奴らがいる。それは、人型の魔獣だ。戦闘には不慣れではあるものの、非常に楽しみと思わずにはいられない。
――こりゃたまらんね。うははは。
それにしても人がいなく、一樹が独占している状態だ。これだけダンジョンがあれば、たしかに探索者は分散されるだろう。とくにここのダンジョンは、あまり特徴という物が見られなく不人気なのも理由かもしれない。
ここにくるやつが稀なのか、それとも他の連中は旨くないと考えているのか誰も来ないため、今の独占状態を一樹は謳歌している。
倒すと、十分ほどの沸きまちの状態で、ボス部屋から追い出される。待ち時間は、ボス部屋の修復時間だ。どれほど破壊し尽くしても、わずか十分で元通りなのは、なんとも超越した力だと思ってしまう。
なので一時間につき三回倒し、かれこれ六時間、ぶっ通しで倒しまくっている。
十八回も倒せばもう作業に近く、それなりの物がドロップして、アイテムも貯まってくるし腹も減る。
そういえばダンジョンに向かう途中、ギルドに立ち寄りまとめて『ポショ』を納品してきた。しばらくは在庫があると願いたく、一樹の製作努力からして思うだろう。
飛ぶように売れているようで、今では一人あたり買える個数を制限していると聞く。どこかのゲーム機を転売する輩のように、幅を利かせるような状態にはなっていない。早い者勝ちにすると、苦情処理で大変になるほどギルド運営に支障をきたすらしい。そうならないように、一人当たりの個数を制限しているそうだ。
いやはやここまで売れまくると、クラフター冥利に尽きる。
納品と同時に、追加納品を催促されるほどなのだ。ある意味生存率が高ければその分、ギルドは資源で潤うし、皆がWINーWINになる。良いことづくめだ。ただし教会と冒険者ギルドは省かれる。
どうやら本家は、開店休業の閑古鳥らしい。
まるでダメな店、通称『まる〆』と最近じゃ、からかわれているようだ。閉めるのと〆をかけ合わせは皮肉がきいている。
まったく売れない本物は、今では詐欺とぼったくり呼ばわりだ。
手のひら返しには驚くものの、一樹の品が安すぎるのか、そこはなんともいえないところがある。けれども、より多くの人の手に渡り、利便性と品質が認知されれば日常の必需品になり、引く手あまたになる。
いわゆる大量消費型のアイテムにして、どんどん使って貰えば、自然と日銭が多くかせげるわけだ。たまに使う一回より、常時使い続けられる価格と品質が市場を席捲したわけだ。
――うはははは。ぶっちゃけ、笑いが止まらないとはこのことだ。
だからと言って油断はできない。一樹はまだ教会と冒険者ギルドから、賞金がかけられたままだからだ。ほとんどの奴らは、一樹が嫌がらせを受けていると理解している。
それもそうだ、こんなにも安価で便利な物が作れる人を排除しようなんて輩は、それこそエグイ連中だとしかみていない。
そういう意味では購入者の皆が味方ではあるものの、面と向かって相手側と対決する姿勢は見せない。なぜなら、探索を生業にしている連中らは、日和見主義でもある。
なかなか難儀なのは、本気で賞金を狙う賞金首稼ぎがいるのは生きていく上で見逃せない。
最悪なニュースは、さらに賞金が追加されたのはいうまでもなく、生死問わずとなれば有象無象が湧いて出てくる。
また厄介なことになりそうだと、一樹でも事態の悪化がわかる。
取り合えず今は、魔法のテントが安全で唯一の救いだ……。
さて、今後はどうしたものやら。
その頃、教会本部では……。
本部の広々とした広間は、五十人程度は入れそうな広さと白い壁に囲まれている様子は、静謐とした雰囲気を滲ませている。
教皇の背には、色とりどりのステンドグラスは鮮やかにもかかわらず、繊細さで厳かな雰囲気を見せる。天井にまで到達するほどの大きさであり、月の光が冷ややかに差し込んでいた。
その光の中には、白いローブを纏い二十代前半かと思われる若い金髪の優男風の者がいた。その者は、今世稀代の実力者と言われている若き教皇だ。男はベールで顔を隠したまま、相対する冒険者ギルドのギルドマスターへ、何やら立ったまま質疑を続けていた。
口調は穏やかであるも、事態はまったく穏やかでない。
「同士、ネイゼラスよ。これは如何なる事態なのか……。詳しく説明してくれるのか?」
冒険者ギルドのギルドマスターは、ほぼ土下座に近い形で四つん這いになっていたのは、謝罪と敬虔なる信徒であることを示すためと、危機迫る思いだからだろうか。普段の悪人ずらがここばかりは、情けなく大きく眉を下げて必死に弁解をしようとしていた。
「はっ! 閣下。これというのもすべて、あのニンベン師の策略でございます」
言葉通りに、ありのままの事実を確認しようと、聞く姿勢を教皇は見せていた。
「策略? ですか?」
「左様でございます。大幅に価格を安くし、我々の価格を破壊しにきただけでなく、我々の品が粗悪品だと吹聴して回っております」
「たった一個人の吹聴が、そのような影響を及ぼしますかね?」
教皇の言うことは、誰が聞いてももっともだった。冒険者ギルドのギルドマスターのネイザラスは、額から滝のように汗を流しながら、必死に答弁をし始める。
「はっ! 製作者本人の口からとなれば、より信憑性は増すかと存じます。さらに悪いことに、購入者は味方となり、賛同する者が止まりません」
口から出まかせにすぎなかった。地下ギルドのギルドマスターですら、何度問いただしても、誰が作成者か口をつぐみ、あくまでも不明で代理販売だけしている姿勢を貫く。
ただ教会にしてみれば、そのようなことは瑣末なこと。起きた物事に対して、何をどうやったのか、その行動の事実確認をしただけなのだ。結局は問題解決に向けて、ネイザラスが何をしたかが重要と考えていたのだ。
「なるほど。その事態に対して、ネイザラスは何をしてくれましたか?」
「はっ! 賞金の増額と一部の者を使い、負傷したことの吹聴を始めております」
「結果が今の状態ですか?」
「一部では理解が広がっております。しかしながら、すべてに浸透するには時間が必要です。なぜなら、人の口づてに理解を深めるには、見えない時間がかかります」
「たしかにそうですね。他に、間違えて伝え損ねた理由はありますか?」
教皇はさらに問いただした……。