世界樹の元に集まる現行の労働者たち(神々)は、一樹が「次期の労働者(神)に受け入れ候補」としてふさわしいのか、それとも否か議論が始まる。

 協議の中で、白い燕尾服をまとう死神の女は、彼が候補であるようにと願っている。なぜならそれが、あることへの条件の内の一つだからだ。

 一方で一樹の方は宿屋の部屋の中で、モゾモゾとしていた。二人がけの褪せた赤色のビンテージとも呼べる古ぼけた布製のソファへ横になり、激しく両足で貧乏ゆすりをしながら、興奮を抑えきれない様子だ。

 ――すげえなこれ。

 ようやく知れたコンパネを眺めながら自身の状態を見て、今できることと次にできることがはっきりとわかり、否応なしにいい意味で期待が膨らむ。

 上がった種族レベルとJOBのレベルにより、最高品質な『ポショ』だけでなく、『蘇生薬』も新たに作れるようになった。『ポショ』作成の品質レベルを最大にしており、当然『蘇生薬』作成の品質レベルも同様に最大にする。もはや、かつてないほどの最高品質の物がようやく作れる。

 一樹は、思わず笑いがこぼれるほどだった。
 
「うはははは、こりゃあすげぇ」

 ベッドで枕を抱えながらくつろぐモグーは、一樹をみて楽しそうにいう。

「一樹、完全にハマっちゃったね」

 一樹はコンパネを見て、『ポショ』と『蘇生薬』の効果を見てうなる。

 ――完全に科学を超えたな。
 
 圧倒的なことは、欠損も部位が残っていれば即時修復。ない場合は、時間が多少はかかるも再生可能。多少と言っても、腕一本分なら十分程度だという超絶凄まじい効能だ。

 さらに『蘇生薬』は飲んでから、二十四時間以内は何度でも蘇生可能。破格の効能であり、出鱈目な仕様でもある。逆に何度も死ぬ瞬間を味わったら、普通に精神は崩壊しそうな気がしてならない。よほどのことがない限り、何度も死を味わうとしたら、それは人として壊れてしまうんではないかと危惧すら覚える。

 とはいえ、効能を見たら動く選択肢一択だ。一樹は、足を振り上げて勢いよく飛び起きると、モグーを誘ってさっそく行動に移した。

「モグー、こいつはやべーぞ。ヤバイなんてもんじゃないヤツができちまった」

 すると、モグーの首を傾げる姿が強烈に可愛く、一瞬何を言おうとしたか忘れそうになる。
 
「うん? そうなの?」

「さっそく使って、ゾンビアタックでもやりに行くか?」

 一樹は、興奮さめやらぬといったところだ。モグーは無邪気な一樹を見て楽しそうに答えた。

「うん。いいいよ? あたしも新しいスキル覚えたいなあ」

「まかせろ! 次の種族レベルアップで魔導書を作ってやる」

「え! ほんと? すごく嬉しい! やる気倍増だよ?」

 一樹は流れるような作業で『ポショ』と『蘇生薬』を短時間で作れるだけ量産して魔法袋に入れると、すぐさま一番近いダンジョンへ二人して向かう。
 
 すでにこの時間は影が長くなることから、夕日がでて時間が経つのだろう。何時だろうとお構いなしに突入していくあたりは、さすがにゾンビアタックができるだけある。

 夜行性の強力な魔獣が徘徊することも多いので、夜間は比較的挑まれずらい時間帯でもある。そうしたダンジョンは、地下街には腐るほど存在する。
 
 今から向かうダンジョンも含めて、あまりにも数が多いので数字で呼ばれるダンジョン群だ。
 これだけ多くとも内部では一歳つながりなどないし、特徴も違う。不思議と中央から遠くなればなるほど険しくなる。

 今回はお試しでもあるため、初心者用と言われる1のダンジョンへ二人は向かう。

 地面が一部隆起して、丘のような姿を見せており、大きな口を開ける場所は、紛れもなくダンジョンの入り口だ。

 入り口には常駐している警備兵がおり、近くには詰所もある。
 初心者ダンジョンへ、夜間の時間に突入するのは珍しいのか、古くくたびれくすんだ金属の色をした甲冑を着込む三十代ぐらいの衛兵に呼び止められる。

「おい、待て。もしかして、お前ら二人だけで行くのか?」

「ああ。浅瀬で試したいことがあってな」

「なんだ、スキルのお披露目とかそんなヤツか?」

「あれ? なんでわかったんだ?」

「いや〜、お前みたいな奴は多いんだよな……。まあいい、気をつけろよ?」

「どうも。そんじゃちょいといってくらー」

「いってくるー」

 一樹とモグーは、小走りに通過していく。

 洞窟内は壁面が光ごけで至る所が覆われており、おかげで割と明るい。
 一階は、大きな広場の中に林立する柱が立っているものの広いため、見通しは比較的いい。とくに入り組んだ通路もなく柱の影から、突然魔獣が出てくることはあるにせよ大抵は一匹だけで現れ、初心者でも慌てずに倒しやすい。

 さらに天井も高く圧迫感がないのは、どこのダンジョンでも共通していることだ。

 もう一つの共通点は、放置された遺体はすべてダンジョンに喰われることだ。一定時間経つと、転がる遺体は身につけている物ごと地面に吸収されてしまう。魔獣や人など種族に関係なく、ダンジョンに食われるわけだ。
 ゆえに、死体や遺品すら残らない。
 ただし遺体から離れた物は、どういうわけか吸収されない謎の動きをしている。
 さらによいところは、一階にはゴブリンが単騎で沸くことが多く、もっぱら初心者の練習相手になっている。

 俺は襲撃者から奪った短剣を取り出し、いつでも攻撃できようにしておく。まだ初心者だしな。
 
「さて、やってみるか」

「うん! あたしも準備問題なし」

 俺たちはゆっくりと第一歩をダンジョンへ踏み出した。

 ――無音。

 無音とは、少し語弊があった。
 俺たちの足音以外には、何も聞こえないというのが正解だ。
 
 というより今の状況は、ダンジョン素人としてもまずい気がしてきた。
 なぜなら、足音がするのは相手にも聞こえているわけで、俺たちの接近を裏付ける物になっちまう。

 いくら『経験の書』でスキルを得ても、使う側がポンコツではまったく活かしきれていない。
 
 こうして進んでいると、どこか中央を歩くのは危険な予感がして、左側の壁づたいに進んでみる。
 壁の岩肌から冷気が感じられない不思議な場所だ。体感で十五分ほどでようやくゴブリンが柱からのっそりと現れ、一体だけで何か探しているのか動いている。
 相手はどこかぼんやりとしているのか、一樹たちにまだ気がついていない。ちょうど左側の壁に大きな窪みがあり、鼻の先を出してゴブリンの様子を伺う。

 一樹はゆっくりと確認するようにいう。
 
「いた、な……」

 同調するように、モグーも慎重に返す。

「うん……」

 二人して顔見合わせ互いに頷くと、俺は声を小さくしてモグーに方針を伝える。

「まずは俺が接近して切りつける。できそうなら短剣でやり合ってみる。ダメならすぐに後退するから、いつもの光弾を頼む」

「わかった! ムリしないでね」

 一樹はモグーに頷いて見せると、壁際から気が付かれないように、ゴブリンへ向けてすり足で少しずつ距離を詰めていく。

 ――自身の心臓の鼓動が耳元で高鳴る。

 あらためて思うのは、初めて静寂な空気というものを知った気がした。
 気が付かれぬよう近づく行動は、自身の鼓動を感じられるぐらいなまで集中しているのか、静寂なのかどちらかなのだろう。

 静かに足を運べているのは暗殺スキルのおかげであっても、見聞きするのと体感するのはわけが違う。

 相手の背丈は、一樹の腰の位置ぐらいまでで見た目は目立つ禿頭だ。鉤鼻が大きく、目はギョロッとしており目立つ。耳は外側に向けて長く尖っており、いわゆるエルフ達の耳の形状によく似ている。肌は緑色の色素が濃いのか葉のような色だ。肉体は筋骨隆々でかなりの筋肉量に見えた。

 ――不思議なことは、普通に生き物だ。

 なぜか思うのは、違和感だ。
 ダンジョンという遺跡で生まれる物が、無機物からいわゆる有機物が生まれることに不思議としか言いようがない。
 現代科学を知る一樹にとっては、目の前の生き物は、科学を超越した存在だ。
 とはいえ現実では、目の前にいる奴はどう見ても普通の生き物だ。姿形は多少異なれど人型でもあるし、やはり不気味より不思議な物として見てしまう。

 腰に何か皮を巻き付けており、上半身には何も身につけていない。背丈の割には筋骨隆々でかなり力はありそうだ。
 片手剣を所持しており、もう片方には小型のバックラーを持つ。道具を使うあたりは、知性のある目をしているのも頷ける。

 視界を遮る物も無くなり、ようやくお互いに認知できる距離へ近づいた。
 緑色の者は、意外と慎重ですぐに飛び出してこない。

 鋭い目つきで、一樹とその後ろにいるモグーを伺うように、視線を交互に動かしていた……。