12月、3年生の抜けた新チームのキャプテンは実になった。
もともと責任感があるタイプなのでキャプテンには向いていると思う。
かな先輩とそんなやり取りをメッセージしていた。
「クリスマス空いてる?」選手権決勝以降はほとんど会うことができずメッセージのやり取りで満足していた俺には驚きのメッセージだった。
クリスマスは真子から「クリスマスパーティしよう」と言われていたので「クリスマスは友達とクリスマスパーティをする約束なのですいません。イブなら空いてます」と答えた。
(イブ空いてるからなんだよとでも言われたら…)と不安な気持ちは押し殺し、まだかまだかと返信を待っているとスマホがなった。慌てて画面を見ると真子からだった。
「クリスマス夜はひろの家で食べる約束だったけどお昼もどこか一緒に食べに行かない?」かな先輩からの返信を待っていた俺はそっけなく「OK」のスタンプだけ送った。
結局かな先輩とはイブの14時に駅で待ち合わせで話が終わった。
そこからイブまでの日々はとにかく長く感じた。部活以外でかかわるなかったかな先輩と出かけると思うと服は何を着ようか、クリスマスだし何かプレゼントを用意したほうがいいかなんて迷っていた。

クリスマスイブ当日。俺は朝早くに起きてシャワーを浴び前日に決めた服に着替えた。
黒のパンツに白のロンT、その上に黒のダウン。先輩へのプレゼントを片手に少し早めに家を出た。
駅まで歩く途中で「そんなに気合い入れた服装でどこ行くの?」たまたま目にしたのだろう。真子からのメッセージだった。
俺は「友達とクリスマスパーティするから」とだけ返信すると「そっか!楽しんで!」とすぐに返信が来た。俺はそのメッセージに既読をつけ真子のメッセージ通知をOFFにした。
それと同時に「ごめん!少し遅れそうだからこっちの駅まで来れない?」とかな先輩からメッセージが来ていた。何かあったのか不安になりながら「了解です」とだけ返信して俺は電車に乗った。
駅に着くと「北口にいる」とのメッセージに従って北口まで行くとかな先輩がいた。
いつも通りの艶やかな髪を下ろし、暗めのスキニーパンツ、明るいベージュのボアコートを着て首元には明るい茶色のマフラーをしていた。
テレビで見るどんな女優よりもかわいい。そう信じて疑わないほどの美しさだった。

「ごめんね、わざわざこっち来てもらっちゃって」
少し申し訳なさそうにしながら笑うかな先輩に「気にしないでください」と返す。

「寒いね~今日。夜には雪が降るみたいだしホワイトクリスマスだね」
なんていう彼女に連れられて近くのカフェまで歩いた。2人で空いてる席に向かい合って座った。

「もともとの予定と違うけどせっかくこっち来てもらったし、イルミネーション見に行こうよ」
どこでやっているのかわからなかったがOKして届いたホットコーヒーを口にした。かな先輩の頼んだココアのにおいをかぐと少し後悔した。

「コーヒーなんて飲めるんだ」
というかな先輩だがちょっとカッコつけたかった俺は少し恥ずかしくなった。

「あ、これ」
そういってかな先輩は袋からプレゼント用の袋に包まれたものを取り出した。

「買うもの迷っていたら遅くなっちゃって」
と笑う彼女からもらったプレゼントの袋を開けると中にはスポーツ用のネックウォーマーだった。
「大翔君さむがるくせにつけてないから持ってないのかなと思って」なんて言う彼女にうれしさのあまり返す言葉はのどから出てこなかった。
「あれ?持ってるけど付けてなかった?」とこちらの顔を覗き込むように見るかな先輩は少し不安げで、あわてて「めっちゃうれしいです!」と返すと声が大きかったのかかな先輩の後ろにある席に座っていた女子2人がこっちを見ていた。恥ずかしくなっている俺をよそにかな先輩は「よかった」と笑みをこぼした。

「あの、俺からもこれ」
と用意していたプレゼントを渡した。猫の絵が入ったシンプルなマグカップを送った。

「かわいい!でも私犬派なんだよな~」
と眉を寄せるかな先輩をみて失敗したかと思ったが、かな先輩は「嘘だよ」といつものように笑った。
カフェを出てからは途中、かな先輩が「入りたい」と言う雑貨屋によるなどしながら17時半ごろイルミネーションが行われている公園に来た。

「わあ~きれい」
俺はLEDに照らされたかな先輩の笑顔に見とれた。

「かわいい」
つい口に出てしまった。「え、どれどれ」とイルミネーションのことだと思ったかな先輩が近づく。

「先輩がです」
照れながら言うとかな先輩も照れたように顔をそらしながら「ありがと」とつぶやいた。
2人でゆっくりとイルミネーションを見て回ってると雪が降ってきた。

「近くのファミレスでいいなら夜ご飯もいっしょに食べる?」
そのかな先輩の誘いで近くのファミレスまで歩いた。
先輩はドリアを頼み俺はナポリタンを頼んだ。

「大翔君いつも服なんて気にしてないんでしょ」

「え、なんで」

「だって白い服着ているときにナポリタンを迷わず注文する人なんてそんないないでしょ」
と笑いながら先輩は言った。そうなのか普段あまりにも気にしないから普段通り頼んでしまった。
他愛もない雑談をしながら追加注文したデザートも食べ終え外に出た。
ファミレスに入ってから出るまで2時間は立っていただろうか、外は一面真っ白の銀世界に染まっていた。
俺は積もった雪をみてすぐに電車の確認をした。
「大雪のため運休」その文字を見て俺は途方に暮れた。ここからタクシーを捕まえて帰れたとしても40分以上かかるしそんな金もない。

「うちくる?」
俺のスマホを覗き込んだかな先輩はいつもの笑顔ではなく、少し緊張したような表情でそう俺に言葉を放った。数秒のフリーズの後俺は「そんな、だめですよ。迷惑ですし」本心は行けるものなら行きたかったがさすがに行けないと思った。

「だ、大丈夫だよ迷惑だなんて。うちの両親は婚約記念日だかで毎年イブは2人で高級ディナー食べて帰ってこないし」
いつものような、余裕のあるかな先輩の表情とは違った表情で少し早口気味に言った。

「で、でも変なことしたら追い出すからね」
俺のわずかな善の心はあっけなく負けた。俺の心は少しの抵抗もなくおれはかな先輩に連れられかな先輩の家に向かった。途中にあるコンビニで歯磨きと下着、夜食べようと少しのお菓子を買った。かな先輩も何か買ったようだが先に外に出ていたため何を買ったかはわからなかった。
少し歩くと洋風で周りの家と比べても大きく見えるかな先輩の家についた。9時を過ぎていた。

「先シャワー入っていいよ。服準備しておくから」
と言い残しかな先輩は自分の部屋があるであろう2階への階段を上がっていった。シャワーを浴び終えドアを開けるとそこにはバスタオルと着替えがたたんでおいてあった。
明らかに男用のパジャマを着て外に出るとかな先輩がいた。

「お、サイズぴったりだね」

「わざわざすみません、ありがとうございます」

「いいのいいのお父さんのだけど、お父さんパジャマ嫌いで着ることなかったら」
なんとなくその言葉を聞くと安心する自分がいた。

「リビングでテレビでも見て待っててよ」
といい入れ替わるように先輩がシャワーを浴びた。先輩を待ちながらテレビを見る俺の心は穏やかではなかった。(かな先輩と2人きりで1つ屋根の下)男子高校生の頭なんてこんなものだろう。頭の中は完全にピンクに染まっていた。リビングの扉が開く。扉のほうを見ると黒のパーカーに黒のショートパンツに身を包んだかな先輩がいた。

「私の部屋行こ」
という言葉に連れられ階段を上り先輩の部屋まで来た。
部屋に入るといつもかな先輩からするにおいがより強く感じられた。
白いデスクにピンクのモフモフとした絨毯。部屋の中心にある小さい丸型の机にはさっきよったコンビニで買ったであろう何かが入った袋が置かれていた。。
女の子らしい部屋で大人っぽい雰囲気だと思っていた俺は少し驚いた。

「はい、これに座って」
とかな先輩の差し出すクッションに俺は手に持っていたお菓子の入った袋をそばに置き座った。

「じゃん」
とにやりと笑いながらかな先輩は机の上にあった袋から中身を取り出した。
それは缶チューハイ。酒であった。

「だめですよ。酒なんていつの間に」

「固いこと言わないの」
俺も飲んだことがないわけではないが酔った親父に一口飲まされただけで1缶なんて飲んだことがない。

「いつも飲んでいるんですか?」

「まさか。たまに友達とお泊りするときに飲んだりはするけど。私だとバレなくてね」
はたから見れば大人っぽいかな先輩なら20歳を超えていると思われても不思議ではないが…
なんて思っていると「どれがいい?」と並べられた4つの缶を選ぶように促される。
左から3%、5%、5%、9%…
俺は恐る恐る3%の缶に手を伸ばした。

「まだまだおこちゃまだね」
まだ自分も「おこちゃま」に含まれる年であることをかな先輩は自覚していないのだろうか。
3%に手を伸ばした俺を笑いながら5%の缶をかな先輩は手にした。
酒の味はジュースのようで缶にお酒と書かれていなければ認識できないのではないかと思うほどだった。
最初はただ酒を飲みながらお菓子を食べて雑談をしていた。数十分すると、かな先輩が「はまっているというドラマが入ったから見よう」と言い出し俺の隣まで来た。
最近はドラマをリアルタイムでスマホで見ることができる。2人で肩を並べ小さなスマホの画面を見た。俺はスマホの画面よりパーカーの首元からちらちら見えるかな先輩の胸元を見てばかりだった。
1時間のドラマも終わるころには俺は2缶目に選んだ9%の酒を飲み終えていた。
自分ではそこまで酔ってる感覚がなかったがかな先輩が明らかに酔ってるのは分かった。

「酒弱いんですか?」

「いつも2缶のみ終わる前からこんな感じで、えへへ」
いつものいたずらな笑顔もとろんとした色気のある表情になっていた。そのあとふらふらするかな先輩に肩を貸して階段を降り2人で歯磨きをした。
2階に戻ってきた俺たちはそれぞれ寝る準備をした。俺はもらった毛布でクッションを枕に床で寝た。
悶々として寝れずにいるとかな先輩の声が聞こえた。

「寒くない?」

「少しだけ」

「こっち来なよ」
暖房を消した後の冬の寒さは毛布1枚でしのげるようなものでもなかった。
彼女がいる身で他の女性と同じベッドに寝ることはできない。正常な俺ならそう判断できたかもしれないが酒のせいにして俺はかな先輩のいるベッドに入った。俺は止まることができなかった。
ベットに入ればかな先輩のにおいに満たされ本能のままにかな先輩を求めた。かな先輩は抵抗することもなく俺の求めに応じた。

気が付くとカーテンの隙間から入る日差しで朝を知った。何時だろうとベッドの下に脱ぎ捨てられた借り物のパジャマの上に置かれたスマホに手を伸ばす。充電器にさしていなかったせいもあり、スマホの充電はなくなっていた。俺の動きに合わせて布団が動きひんやりとした空気が体を撫でた。

「寒い」
寝ぼけたかな先輩はその姿のまま俺に抱き着いた。すぐさま俺はかな先輩への衝動にかられたが

「ちょっと待ってさすがに寒いから」
とかな先輩は震えながらベッドを出て暖房のスイッチを押した。昨晩は暗闇で認識することのできなかったかな先輩の体が朝日に照らされた。じっと見とれる俺に気が付いたかな先輩は「変態」と照れながら言いベッドの潜った。
起きてから何十分たったかはわからないが疲れて二度寝しようとするかな先輩を見ながら「ずっとこうしていたい」と思いながら俺もかな先輩を抱きしめながら寝た。

次に起きたときはもうかな先輩は服を着ていた。「おはよ」と何事もなかったかのようにいうかな先輩に起こされた。12時をちょうどすぎたところだった。

「おなかすいたよね。カップラーメンでいいならあるけど」
と言ったかな先輩に連れられリビングに降りた。カップラーメンを2人で食べて夜ご飯前には親が帰ってくるというかな先輩が言うものだからあわてて家を出た。玄関先で「もう付き合うまでこんなことしないからね」と余裕のない照れた表情でいうかな先輩に別れを告げ電車に乗った。
電車の中で昨日の出来事を何度も思い出していた。(付き合うまではってことは付き合う前提なのでは)なんてニヤニヤしていた。スマホの充電が切れていることも忘れて。
電車を降り家まで歩いた。雪が積もり歩きづらくなった帰り道はいつもより短く感じた。

家につくと家の前に心配そうにして手に袋を下げた真子がいた。真子は俺を目にするなりすごい勢いで俺に飛びついた。

「なにしてたの!心配したよ!」
泣きながら抱き着く真子を見て「別れなければいけない」ただそれだけ思った。
ただ泣いている真子に今すぐ口にするのは申し訳ないから「とりあえず家に入れと」部屋まで真子を連れて行った。
俺はスマホを充電器にさし、真子をベッドに座らせた。

「なにしてたの?メッセージも一日以上既読もつかないし、心配でひろの友達にできる限り連絡したけど誰も知らないっていうし」
と涙を拭いた真子は俺に疑問をぶつけた。
俺はありのままを話した。かな先輩への思い、1年以上片思いをしていて数か月前に告白したこと、昨日の出来事、失恋したショックを埋めるために真子と付き合ったこと。
いっそう「最低だ」と言ってくれればよかった。俺は真子の顔を見ることができなかった。

「そっか」
その一言だけを残し真子は走って部屋を出ていった。手に持っていた袋を残したまま。
俺は真子の後を追うことはせず残された袋の中身を見た。
中には「ひろへ」と書かれた手紙とマフラーが入っていた。今更真子を傷つけたことに対する罪悪感に怖くなって袋から出さないまま押し入れにしまった。ベッドに倒れ4%まで充電されたスマホを見ると真子から大量のメッセージが届いていた。「76」とたまったメッセージを開くことはなかった。