その後選手権までの練習はとてつもなくつらい練習となった。練習の終わりが9時を過ぎることもあり真子が家で待つことも少なくなっていった。それに比例するようにかな先輩を駅まで送ることも増えていった。
10月に入り選手権の予選がいよいよ始まった。俺はまだ真子に別れ話ができていなかった。
3回戦からだった俺たちは他の高校よりもゆとりをもって予選に臨めたこともあり、3回戦、4回戦、準々決勝、準決勝と順調に勝ち進むことができた。

「ひろまたゴール決めてたね!かっこよかったよ!」
準決勝に勝った日の夜一緒に食事をしていた真子が言った。真子は夕食のカレーを食べながら「来週の決勝に勝ったらごちそう作らなきゃ!」と楽しそうにいう。
俺はふと思い出した。「決勝に勝てばかな先輩と付き合える。真子とは別れなければいけない」
大会が始まるまではかな先輩のことで頭がいっぱいだったがいざ大会が始まれば3年の先輩たちと最後の大会。何とか先輩たちと全国に行きたいとサッカーに集中して真子に話すことができていなかった。
いつこの話を切り出すべきか迷っていると食事が進まなかった。
先にカレーを食べ終えた真子があまり食べていない俺に向けて

「あれ?ひろが私より食べるの遅いなんて珍しいね」
と心配そうに言う。「人参硬かったな?」なんて料理がおいしくなかったのかと不安な表情の真子に俺は「試合で疲れていただけ」と伝えた。「なんだ~」と不安な表情からほんのりと笑顔に変わる真子を見ると別れ話ができなかった。(まだ一週間ある)と自分に言い聞かせその夜は何も言わず2人で寝た。
俺の腕の中にいる真子のサラサラの髪が俺の胸に当たる。(もし別れ話をしたら真子はどんな顔するのだろう。泣かせてしまうのだろうか)そんなことを考えると寝られずにいた。(もし決勝で負けたらかな先輩とは付き合えない。もしそうなれば真子とは別れる必要なんてないんじゃ)考えてる間に外は明るくなっていた。

予選決勝。俺は結局真子に何も伝えられないままこの日を迎えた。
俺は朝早くに家を出た。

「応援行くから頑張ってね!」
と今起きたかのようなぼさぼさの髪で真子が立っていた。
決勝は全校生徒での応援。応援行くからなんて言わなくても分かる。
俺は「あぁ、行ってくる」とそっけなく返した。
学校に向かい歩き始める。20歩くらい先の曲がり角を曲がるときふと横目に俺に手を振る真子が見えたが俺は何も返すことなくそのまま歩いた。
学校につくとみんなでバスに乗り競技場へ。
試合開始前緊張しながら控室のベンチに座っていた。

「緊張してるの?」
少し馬鹿にするような笑みを浮かべながらかな先輩が話しかけてきた。
なんでわかったのだろうかと思いきょとんとしてしまった。

「期待してるからね。頑張って」
(先輩は俺との約束を覚えているのだろうか)ふとそんなことを思いながら「はい」とだけ答えた。
いっしょに練習終わりに話すことはだいたいかな先輩の恋愛経験の話や、好きなドラマがどうだとかで遠征以降かな先輩と付き合う話はしなかった。
試合が始まった。相手はインターハイで負けた相手。
準決勝までは自分たちがボールを回して自分たちのペースで回すことができていたが今までとはレベルが違う相手だ。主導権は相手が握り続けた。全員で守備にはしり相手の攻撃を防ぐのでやっと。攻撃するチャンスすらもらえなかった。
それでも前半終了間際、相手がパスミスをして俺はカウンターにはしった。実から俺に絶好のスルーパスが出された。キーパーと1対1、絶好機。決めなければいけないと思い少し力んだ。振り抜いた俺の右足から放たれたシュートはとびだしてきていたキーパーの上げた右手をかわした。(決まった!)と思ったのもつかの間「ガン!!」と俺のシュートはポストをたたきそのままラインを割った。それと同時に前半終了のホイッスルが鳴った。

「俺のアシスト返せ!」
と実は笑いながら俺に声をかけた。「後半もチャンスはくる気にするな」と言うが、俺は自責の念に駆られていた。決めなければいけなかった場面だった。監督が後半に向けて軽く話した後、俺は1人チームの和から離れていた。

「おしかったね」
かな先輩だった。ドリンクを差し出しながら話しかけてくれた。俺は首を横に振ることしかできなかった。

「シュート外すことなんてしょっちゅうじゃん。ほら水分補給」
無理やりドリンクを渡してかな先輩は離れていった。俺は切り替えられないまま軽くドリンクを口にして後半に向かった。
後半も何も変わらなかった。一方的に攻められる展開。何とか無失点でしのげていたものの決まってもおかしくないようなシュートを何本も打たれた。後半終了間際だった。相手の放ったシュートはゴールの中に吸い込まれた。その一点を取り返せないまま試合は終わった。結局チームのシュートは前半の俺の1本のみ。先輩たちは「インターハイよりもいい試合ができた。それだけでいいんだ」と後輩の俺たちに声をかけてくれるが俺は納得することができなかった。決めていれば1-1。いや、もしかしたら流れが違って失点することもなかったかもしれない。そう思うと自分を責めずにはいられなかった。

「大翔君が決めてればな~」
いたずらに笑いながらかな先輩が話しかけてきた。なんて言い返すべきかわからなかった。無言で控室まで歩いた。(かな先輩とは付き合うことができない)試合中はみじんも思わなかったが負けた現実を控室で味わうことでその事実が俺を襲った。
監督が3年生に向けて何かしゃべっている。毎年恒例で去年も見た光景だ。
監督の話もおわり3年生はそれぞれチームへの感謝を涙ながらに口にしていた。最後にかな先輩が話したがなんて話していたかは聞こえなかった。いや、聞こえていたが俺の脳には言葉は認識されなかった。
そんな気持ちのままバスで学校に帰ってきて解散した。

「今日は送ってくれないの?」
ふらふらと歩きだした俺にかな先輩が声をかけてきた。

「いっしょに帰れるのも最後だね」
現実をまた突き付けられた。全国まで届いていればまだ3年生は引退せず練習に出ていたはずだ。
そうすればまだかな先輩ともう歩きなれた駅への道を歩くこともできた。
(先輩は憶えているのだろうか。俺の告白を)試合前にも思ったことがまたふと頭に浮かんだ。
聞き出そうと思ったが俺が口を開くよりも早くかな先輩が口を開いた。

「来年は全国言ってね。そしたら応援しに行くからね」
よく部活を引退した先輩が後輩にかなえられなかった目標を託す。そんなありきたりな言葉だった。

「来年まで待ってもらえますか?」
言っても言わなくても今日で終わりの関係だと思った。せっかくならきっぱり先輩の口から告白の返しが欲しかった。となりで「へ?」とこちらを見ながら一瞬の戸惑いを見せたが、かな先輩はすぐに前を向き直して少し先の話を始めた。

「私推薦でT大に進学することにしたの。大学の近くで1人暮らしも始めるつもりだし」
卒業後の話。T大はここから電車を使っても3時間はかかる勉強もスポーツも有名な大学だ。

「大翔君がT大に来てくれるなら待つの考えてあげてもいいよ」
予想外の返事に俺は固まった。

「いっしょに駅まで歩くの嫌いじゃなかったしね」
といつものいたずらな笑顔を俺に向けた。大学に進学するなんて考えていなかった俺は自分がT大に行けるのかもわからないまま「行きます。待っててください」と返した。
駅に着くとかな先輩は「今度ご飯でも行こう」と言い残し改札に消えた。
俺は浮かれた気持ちのまま家まで歩いた。