インターハイ県予選が終わってから1週間後に文化祭が行われた。
5月はインターハイに集中していたことや、インターハイ後はかな先輩のことで頭の整理が追いついていなかった。
モテるかな先輩に彼氏ができることなんて今までもあったが今回は変に期待してしまっていただけにいつもよりダメージが大きかった。
そんなこともあり、俺は文化祭のことは当日までノータッチだった。
当日の朝、「出店にとりあえず行ってくれ」と言う真子に従って出店に行くと俺はタコ焼き機の前に立たされた。

「なんで俺がたこ焼き作らなきゃいけねぇんだよ!!」

「ひろが『かってにきめていい』って言ったからじゃん!」

「めんどくさくない役割にしろって言ったろうが!!」
完全に勝手に決めさせた俺が悪かった。
面倒な役割を押し付けられ真子と言い合いになったが周りは「夫婦喧嘩」だと笑っていた。
タコ焼きなんてまともに作ったことないので結構な重労働。途中途中手伝ってもらいながらもなんとか午前中を乗り切った。
1時間の休みをもらえたので裏で休んでいると真子が焼きそばを買ってきてくれた。

「お疲れ!」
微笑みながら焼きそばを渡してくる姿はさながら小悪魔だ。
「こんなに疲れたのは誰のおかげですかね」と嫌味を言ってやろうとも思ったが何とか踏みとどまり、ありがとうとだけかえした。
休憩も終わり午後の作業を始めた。4時半を過ぎるとだんだん涼しくなってきて、真子の「あと30分!」という言葉を聞かずとも、もう少しで終わりだと感じることができた。
ふと、顔をあげると人込みもだんだんと少なくなっていっていることが分かった。
その人込みの隙間から遠くにいるかな先輩が目に入った。
隣には最近できたと噂の彼氏がいた。

現実を目の当たりにすると意外と冷静になり、残りの30分は意外と早く感じた。
俺は店の仕事を頑張っていたからとの理由で片付けの作業は免除してもらえた。
夜のグラウンドで行われるキャンプファイヤーに備えて各クラスの出店は片付け作業に移っていた。
俺は1人、机は外に出され、教壇だけが残った教室でキャンプファイヤーの準備が行われる様子を窓から眺めていた。

「何1人でかっこつけてんのよ」
後ろを振り返れば馬鹿にしたような目で俺のことを見る真子がいた。

「いや、どこ見て言ってんだよ」
心当たりのない出来事に俺はこう返すしかなかった。

「あれ?てっきり、かっこつけて黄昏に浸ってんのかなって」
俺があまり元気のいい姿に見えなかったのだろう。真子は何かあったのか尋ねてきた。
俺はなにも答えられなかった。答えられないまま教壇に腰を下ろした。真子は何も言わずそっと横に座った。
時間だけが過ぎた。そとは暗くなり、生徒たちの声が教室まで聞こえてきた。
幼馴染とは恐ろしいもので、本来他人と無言で同じ空間にいるというのは居心地の悪いものであるのにそう感じることはなかった。

「サッカーの試合負けたの引きずってるの?」
真子は俺が落ち込んでいる理由がインターハイの決勝の影響だと思っているようだ。
そのまま黙り続ける俺に対し真子は続けて

「ひろのせいじゃないでしょ」
と言った。別に気にしてなかったわけじゃないが俺の心を青く染めているのはインターハイのことじゃない。
それでも否定するのがめんどうくさく、どうでもよく感じた。
だから「あぁ、ありがと」とだけ返した。

俺がたいした返しもしないからまた無言の時間が流れた。
しびれを切らしたのか真子は立ち上がり窓の外を眺めた。

「お前は彼氏とか作らないのかよ」
いつもより大きく受けた失恋のダメージが口走らせたのかもしれない。
「え?」とそんな話を俺からされたことがなかったからだろう、真子は戸惑っていた。

「どうなんだよ」
と続けると照れながら真子は答えた。

「そりゃあ好きな人と付き合いたいとは思うよ?彼氏のいる友達とか見てても幸せそうだし。でも、好きな気持ちを伝えて話しづらくなったりするのは嫌だから相手から告白されるまで待ってるの」
真子が仲のいい男子なんてそこまで多くない。
実が散々「真子は俺のことが好き」なんて言ってたからかもしれないがその言葉は告白のように聞こえた。


「じゃあ、俺たち付き合うか」
最低なことはわかっている。かな先輩で傷ついたその心の傷を忘れるために幼馴染の恋心を使おうとしているのだから。真子は驚いたかのように振り返り俺を見た。

「ひろは私のこと好きってこと?」
俺が「あぁ」とだけ空っぽの答えを返すと真子は教壇に座る俺に飛びついてきた。
俺の態度がどう見えていたのかはわからなかったがとても告白した男には見えないだろう。

「私も好きだよ」
そういい俺を抱きしめる真子を抱きしめ返した。
気が付けばキャンプファイヤーは終わり。俺たちは二人で帰路についた。
何回も一緒に帰った道。初めて手をつないで歩いて帰った。真子の左手の握力にすべてを任せて。

その後、俺たちは周りに付き合っていることを隠しながら過ごした。
しかし、小さなころから俺たちを見てきた両親にはわかってしまったようで、「4人で外食するから2人でご飯食べてね」と言い夜に家を空けることが多くなった。
部活から帰ってくると家には真子がいて一緒にご飯を食べる。
最初はご飯を食べたら真子は家に帰っていたが「泊まってっていいのよ」という母さんの言葉からよく泊まるようになった。
最初はぎこちなかった俺たちも日に日にぎこちなさは取れた。
俺は真子に何度もかな先輩を重ねた。