カラスくんとのお出かけがもうすぐ終わろうとしていた時、ふとカラスくんが言った。
「そういえばなつ、まだエンカレやってんの?」
「うん。当たり前じゃん、私の居場所なんだし」
へぇ、と、カラスくんは少し複雑な表情になって言った。
「俺さぁ、この間スマホでニュース見てたら出てきたのがあってさ、これ見て」
目の前に差し出されたスマホを見ると、思わぬことが書かれていたのだ。
「…大人気励まし系アプリ『エンカレ』 、励ます側AI疑惑 開発者認め『最初はみんなが利用してくれるか心配だった』」
私は声に出して記事を読んでいく。
流行し始めてきた頃に、思うように会話が成立しないことに対しての問い合わせが何件か来ていたこと。
大流行してしまった頃には、もう同じ「励ます側」の人に会って会話をすることが一つもなかったため、これはおかしいと問い合わせやクレームが絶えなかったこと。
アプリを「励まされる側」の立場として使用しているユーザーは山ほどいるのに対し、「励ます側」のユーザーがほとんどいなかった現実を見た開発者が、さらにAI導入を試みたこと。
「だれも使用してくれないんじゃないかと、心配になりすぎていた」と開発者がAI使用疑惑を認めたこと。
エンカレの「励ます側」は、人間じゃないAIだったのだ。
私への返事は、高性能AIのものだった。
エンカレは、誰かの居場所になる、たった一つのコミュニティ。
けれどそれは、もうチリとなってどこかへ消えた。どこからか見える所ではない、遠い所に。
こんな現実を、知りたくなかった。

「…こんなの、最初から…」
無ければよかったのに。その言葉は、出そうとして出せるような簡単なものじゃなかった。

私のたくさんの出来事をともに救ってくれた大事な居場所に、そんな言葉を吐き捨てられるわけ、そんなわけない。

私の声は震えたまま、何も言葉を発せない。涙すらも出ない。エンカレという名の励まし系アプリは、こんなに声を押し殺している私のポケットのスマホに、静かにたたずんでいた。
私は、自分の居場所からこんなにあっけなく別れを告げられるなんて思っていなかった。

ふと、カラスくんの手が私の肩に触れる。
「…あたしが言うのもどうかって感じだけど…」
カラスくんは、そのまま続ける。
「あたしが、なつの居場所になるよ」
カラスくんは、私がこれまでカラスくんと喋ってきて一番優しい言葉をくれた。それと同時に、カラスくんがずっと隠してきた本当の姿を、私は気付くことになる。
「…え?カラスくん、『あたし』って、言った?」
私は、きょとんとした顔でカラスくんに問いかける。
「…え、うそ、あたし…あはははははは!あは、あたし言った?うはは、あははは!」
カラスくんは、今まで聞いたことのないようなとても高い声で笑った。