今日からショートカット

 全ての始まりは、今から二年前の夏。
 その日、私は本店からの応援として難波店に行った。そこにあの男がいたのだ。

 難波店で働くことは初めてだった。
 初日に私は皆に挨拶をした。
「本店の浜田百花です。よろしくお願いします」
 あの男は私を見た瞬間、息を呑んで頬を赤らめ、かすれた声を出した。
「俺な、副店長の吉岡武っていいますねん。君、めっちゃ美人やね」

 毎日のように、あの男は勤務中であっても私にまとわりついてきた。
「百ちゃんより綺麗な子、この大阪にいてるわけないやん」
 ここまで褒められると、嬉しくないわけがない。
 恋の予感が眩しくて、私は仕事が手に着かなかった。仕事熱心な私だったが、あの男が近くにいると、胸が勝手にどきどきしてしまうのだ。
 二週間の応援が終わって本店に戻る日、あの男は頭をかきながら私に聞いてきた。
「彼氏、いてんか。いてへんかったら、俺なんかどやろ」
 こうしてお付き合いが始まり、恋をした私の毎日はダイアモンドのように輝きはじめた。

 正社員になりたいと相談したとき、あの男は緊張のあまりガチガチになって答えたのだ。
「嫁さんになってくれたら、一生俺が守ったるわ。仕事辞めて、早よ俺の家に来いや」

 それなのに、あの男。
 私にプロポーズしたわずか三日後に浮気をした。
 本社で研修をうけたとき、私達の関係を知らない難波店のパートリーダーが教えてくれた。
「吉岡副店長、美人の新人アルバイトと連続お泊りしてやんね」

 あの男を問い詰めたら、しゃあしゃあとして言うのだった。
「その子、真っすぐで黒い髪がな、百ちゃんよりずっと長かってん」
 これが浮気の理由だった。

 あの男と別れる決心をした。
「不実なんやから、もう信用できんわ。私のアパートの鍵、今ここで返してくれへん」
 あの男は逆切れして私を罵った。
「俺かて、ずっと別れたかったんや」
 そして、どうしても許せなかった言葉。
「お前なんか、ちっとも美人やないわ」

 退職を考えた。
 しかし、それじゃ私はますます惨めになるだけ。
 頑張って正社員になろう。いつかは店長まで上り詰め、あの男を見返してやりたい。
 私は泣きながら復讐を誓った。

 でも、私は運が悪かった。
 いや、悪すぎたとしか言いようがない。
 正社員になる昇格試験は年に一回と決まっていた。結婚退職する気でいた私は、その年の昇格試験の申し込みをしていなかったのだ。翌年の春に受験しようと決めた。

 そんなある日。
 社員の異動が発表され、本店の店長も転勤が決まった。
 新店長の名前を聞いた私は驚愕した。あの不実な男が私の上司になったのだ。
 私は頭を抱えた。正社員への昇格試験は、直属の上司の推薦がないと受けられない。あの男が私を推薦するわけがなかった。

 しばらくすると、私は希望を取り戻した。
 だいたい三年ぐらいの間隔で社員は異動している。あの男もこの店に何年もいないだろう。それまで耐えてみせる。

 しかし、まさかこんな目に合うとは思っていなかった。
 正社員になるどころか、あの男は私を退職させる気でいる。
 創業者一族に逆らった私は、もう『吉屋』にはいられない。良い相談相手だった愛ちゃんも、私の信用を裏切った。
 なんということ、私は四面楚歌に陥ってしまったのだ。