「ふざけんなっ」
座っていた椅子を蹴とばして立ち上がった。
「この椅子で思い切り殴ったろか」と啖呵を切る。
吉岡店長は顔色を変えた。
「ちょ、ちょっとは落ち着けや。暴力はあかんで」と慌てている。
吉岡店長をぐいと睨みつけ、今までの恨みをこめて言い放った。
「この話、今すぐ社長に言いつけてやる。日頃があれやからな、懲戒免職間違いなしやわ。さっさと家に帰って、首洗って、社長からお達しくんのを神妙に待っとけ」
吉岡店長は薄笑いを浮かべた。
「お前、相変わらずのあほやん」
「えっ」
「俺が会長の孫やってこと、お前はもう忘れたんか」
私は絶句した。
そうだった。
吉岡店長は創業者の孫だったのだ。
「ほんま、武ちゃんはええ子やわ。儂の店、ぜんぶ武ちゃんにやるからな」
吉岡店長が生まれたとき、祖父である吉岡武忠は喜びのあまりそう叫んだという。同時に、吉岡武忠は自分の名前から一字を取って、初孫を『武』と命名したのだ。
(ちなみに、この店の『吉屋』という屋号も同じ理由でつけられている)
創業者の機嫌を気にして、周りの人々は吉岡店長の我儘をすべて許した。こうして、吉岡店長は勝手気ままな人間になったのだ。
職場でも好き放題に振る舞う吉岡店長だった。
周囲の迷惑も考えず、休暇は取り放題。この年末から正月にかけては海外旅行を楽しんでいた。
また、気に入らない従業員には何かにつけて意地悪を仕掛けるのだ。賄の酢豚に、肝心の豚肉が入っていないこともあった。
美人の従業員には、あっという間に手を出してしまう。客でさえも、好きなタイプであれば遠慮なく近づいていった。
「俺のじいちゃん、やっと思い出したか」
吉岡店長は自慢げに言い切った。
「な、俺は何回やらかしても見事に復活できんねん」
悔しいがその通りだった。何も言えなくて、私は唇をぎゅっと噛みしめるだけ。
吉岡店長は椅子にもたれ、壁に掛けられた創業者一族の写真をうっとりと眺めた。
「じいちゃんのおかげで、俺は今回もお咎めなしや」
急に私を振り返り、ニヤッと笑い、勝ち誇ったように叫んだ。
「お前、俺をそのパイプ椅子で殴ろとしたやろ。なんて危険な女やねん。この話、今すぐ社長に言いつけてやる。さっさと家に帰って、首洗って、社長からお達しくんのを神妙に待っとけ」
悔しい。さっき自分が吉岡店長に言った台詞を、そっくりそのまま返されるなんて。
「絶体絶命」という言葉が頭に浮かんだ。
創業者一族と戦っても私に勝ち目はない。もう泣き寝入りするしかないようだ。涙が溢れだした私の目に、ほくそ笑む吉岡店長の顔が映っていた。
帰宅する道でつくづく考えた。
私は誰からも愛されていない。仕事においても、私は必要とはされていなかった。今日、それを思い知った。
愛ちゃんが私を裏切るとは。
あの穏やかな顔と澄んだ目は見せかけのものだったのか。愛ちゃんのきれいな心を表していると思っていたのだが。
そのうえ、これは良い機会だと言わんばかりに、吉岡店長は退職を勧めてきた。
しかも、あの彼女を正社員にすると言ったのだ。私には正社員の座を与えようとはしなかったのに。十年も真面目に働いてきた私に、この仕打ちはないだろう。
買い物客で賑わう路上に立って、私は吉岡店長を呪った。
人目もはばからず、暗い空に向かって思い切り叫ぶ。
「あいつなんか、自業自得で破滅してまえっ」
その瞬間、近くにいた人々が私から遠ざかった。
座っていた椅子を蹴とばして立ち上がった。
「この椅子で思い切り殴ったろか」と啖呵を切る。
吉岡店長は顔色を変えた。
「ちょ、ちょっとは落ち着けや。暴力はあかんで」と慌てている。
吉岡店長をぐいと睨みつけ、今までの恨みをこめて言い放った。
「この話、今すぐ社長に言いつけてやる。日頃があれやからな、懲戒免職間違いなしやわ。さっさと家に帰って、首洗って、社長からお達しくんのを神妙に待っとけ」
吉岡店長は薄笑いを浮かべた。
「お前、相変わらずのあほやん」
「えっ」
「俺が会長の孫やってこと、お前はもう忘れたんか」
私は絶句した。
そうだった。
吉岡店長は創業者の孫だったのだ。
「ほんま、武ちゃんはええ子やわ。儂の店、ぜんぶ武ちゃんにやるからな」
吉岡店長が生まれたとき、祖父である吉岡武忠は喜びのあまりそう叫んだという。同時に、吉岡武忠は自分の名前から一字を取って、初孫を『武』と命名したのだ。
(ちなみに、この店の『吉屋』という屋号も同じ理由でつけられている)
創業者の機嫌を気にして、周りの人々は吉岡店長の我儘をすべて許した。こうして、吉岡店長は勝手気ままな人間になったのだ。
職場でも好き放題に振る舞う吉岡店長だった。
周囲の迷惑も考えず、休暇は取り放題。この年末から正月にかけては海外旅行を楽しんでいた。
また、気に入らない従業員には何かにつけて意地悪を仕掛けるのだ。賄の酢豚に、肝心の豚肉が入っていないこともあった。
美人の従業員には、あっという間に手を出してしまう。客でさえも、好きなタイプであれば遠慮なく近づいていった。
「俺のじいちゃん、やっと思い出したか」
吉岡店長は自慢げに言い切った。
「な、俺は何回やらかしても見事に復活できんねん」
悔しいがその通りだった。何も言えなくて、私は唇をぎゅっと噛みしめるだけ。
吉岡店長は椅子にもたれ、壁に掛けられた創業者一族の写真をうっとりと眺めた。
「じいちゃんのおかげで、俺は今回もお咎めなしや」
急に私を振り返り、ニヤッと笑い、勝ち誇ったように叫んだ。
「お前、俺をそのパイプ椅子で殴ろとしたやろ。なんて危険な女やねん。この話、今すぐ社長に言いつけてやる。さっさと家に帰って、首洗って、社長からお達しくんのを神妙に待っとけ」
悔しい。さっき自分が吉岡店長に言った台詞を、そっくりそのまま返されるなんて。
「絶体絶命」という言葉が頭に浮かんだ。
創業者一族と戦っても私に勝ち目はない。もう泣き寝入りするしかないようだ。涙が溢れだした私の目に、ほくそ笑む吉岡店長の顔が映っていた。
帰宅する道でつくづく考えた。
私は誰からも愛されていない。仕事においても、私は必要とはされていなかった。今日、それを思い知った。
愛ちゃんが私を裏切るとは。
あの穏やかな顔と澄んだ目は見せかけのものだったのか。愛ちゃんのきれいな心を表していると思っていたのだが。
そのうえ、これは良い機会だと言わんばかりに、吉岡店長は退職を勧めてきた。
しかも、あの彼女を正社員にすると言ったのだ。私には正社員の座を与えようとはしなかったのに。十年も真面目に働いてきた私に、この仕打ちはないだろう。
買い物客で賑わう路上に立って、私は吉岡店長を呪った。
人目もはばからず、暗い空に向かって思い切り叫ぶ。
「あいつなんか、自業自得で破滅してまえっ」
その瞬間、近くにいた人々が私から遠ざかった。
