「せやせや」
吉岡店長がぽんと膝を打った。
「蒔田君が正社員になったんやから、浜田君のシフトも当然変わってくるわな。蒔田君は朝から晩まで入れる言うてるし」
あまりの衝撃に私は椅子から落ちそうになった.
「嘘やん」
私は喘ぐように呟いた。
信じられない.
正社員になった愛ちゃんが、これからはホールの責任者となる。
そうなるとパートの私は降格されて、今までは後輩だった愛ちゃんの部下のひとりになるのだ。もちろん、パートリーダーの手当ては貰えず、私の収入は減ってしまう。
意地悪な先輩や腰の痛みにも耐えて働いた『吉屋』での私の十年間。それが無残に消えてしまうとは。
「泣いたらあかんで、浜田君。ショックやとは思うけどな」
吉岡店長は女みたいに口に手を当てて「くっくっくっ」と笑った。
「可哀想になあ」
吉岡店長は猫なで声で話しかけてきた。
「当分の間、家でゆっくり休んどき」
「えっ。あんなに忙しいのに、休むなんてことは」
吉岡店長はにんまりした。
「かまへん、かまへん。そのまま辞めたって店のほうは大丈夫やって」
自分の耳が信じられなくて、吉岡店長の顔をまじまじと見つめた。
これは、私に辞めてくれという話だから。猫なで声を出して私を気遣う振りをしていたのか。
顔をひきつらせた私を見て、吉岡店長はニヤリと笑った。
「ほんま、心配せんでええよ。浜田君辞めたって、愛ちゃんがちゃんとやってくれるわ」
激しい怒りに私の唇が震える。
そんな私にお構いなしで話し続ける吉岡店長。
さらりと言った。
「あ、忘れてた。莉乃ちゃんも正社員になりたいんやて」
もう私、腹が立って息が止まりそう。愛ちゃんだけでなく、彼女まで正社員になるなんて。
「俺も賛成やな。あんだけの美人、滅多にいてないからな。ホールの華になってもらうわ」
私は叫んだ。
「ちょっと待ってください」
さっきから私の気持ちを無視して話が進んでいる。
しかし、吉岡店長はひとりで嬉しそうに喋っている。
「俺な、八月には莉乃ちゃんを本社に推薦しよと思てんねん。素直で明るい子やから、一発で正社員決定やろな」
愛ちゃんはともかく、彼女は真面目に働いてはいない。だから、未だにメニューが覚えられないのだ。
それなのに、吉岡店長はあの彼女を正社員に推薦すると言っている。
吉岡店長が彼女を気に入っていることは、もちろん知っていた。
『吉屋』のホームページを見れば、そうだとよく分かる。
新メニューやイベントを紹介する記事では、花のような彼女の笑顔が画面いっぱいに映っているからだ。言うまでもなく、この役目は彼女だけのものだった。
それより何より、私には納得できないことがあった。
正社員に昇格する機会は年に一回。その試験はいつも春に行なわれ、夏になる頃に結果が発表される。
それなのに、八月になったらあの彼女を正社員に推薦すると言うのだ。吉岡店長は自分の勝手で会社の決まりを堂々と破ろうとしている。
私の戸惑いや怒りを吉岡店長は察したようだ。
「お前、えらい怒ってんなあ」とせせら笑う吉岡店長。
「今年になってから昇格試験は随時行われてんねん。もう昔みたいに年一回やないわい。難波店でもな、もうすぐ美人のバイトちゃんが正社員になる予定や」
私は懸命に訴えた。
「私も正社員になりたいと考えていること、店長は知っておられましたよね。来年の試験を待っていたことも。それなのに、今年から昇格試験が随時になったこと、どうして私に言ってくれなかったのですか」
吉岡店長は横を向いて唇を突き出した。
「俺は忙しかったんや」
しかし、私は諦めない。
「黙っていた理由を教えてください」
「しつこいぞっ」
吉岡店長は握りこぶしでテーブルをどんと叩いた。
でも、私は食い下がった。
「私だけ無視するなんて、フェアじゃないです。私だって正社員になりたかったのに」
吉岡店長の顔が怒りで黒くなった。
「いい加減に黙らんかい。そのねちっこい性格がな、俺は嫌でたまらんかったんや」
ついに私はぶちきれた。
もう黙っている必要はない。
吉岡店長がぽんと膝を打った。
「蒔田君が正社員になったんやから、浜田君のシフトも当然変わってくるわな。蒔田君は朝から晩まで入れる言うてるし」
あまりの衝撃に私は椅子から落ちそうになった.
「嘘やん」
私は喘ぐように呟いた。
信じられない.
正社員になった愛ちゃんが、これからはホールの責任者となる。
そうなるとパートの私は降格されて、今までは後輩だった愛ちゃんの部下のひとりになるのだ。もちろん、パートリーダーの手当ては貰えず、私の収入は減ってしまう。
意地悪な先輩や腰の痛みにも耐えて働いた『吉屋』での私の十年間。それが無残に消えてしまうとは。
「泣いたらあかんで、浜田君。ショックやとは思うけどな」
吉岡店長は女みたいに口に手を当てて「くっくっくっ」と笑った。
「可哀想になあ」
吉岡店長は猫なで声で話しかけてきた。
「当分の間、家でゆっくり休んどき」
「えっ。あんなに忙しいのに、休むなんてことは」
吉岡店長はにんまりした。
「かまへん、かまへん。そのまま辞めたって店のほうは大丈夫やって」
自分の耳が信じられなくて、吉岡店長の顔をまじまじと見つめた。
これは、私に辞めてくれという話だから。猫なで声を出して私を気遣う振りをしていたのか。
顔をひきつらせた私を見て、吉岡店長はニヤリと笑った。
「ほんま、心配せんでええよ。浜田君辞めたって、愛ちゃんがちゃんとやってくれるわ」
激しい怒りに私の唇が震える。
そんな私にお構いなしで話し続ける吉岡店長。
さらりと言った。
「あ、忘れてた。莉乃ちゃんも正社員になりたいんやて」
もう私、腹が立って息が止まりそう。愛ちゃんだけでなく、彼女まで正社員になるなんて。
「俺も賛成やな。あんだけの美人、滅多にいてないからな。ホールの華になってもらうわ」
私は叫んだ。
「ちょっと待ってください」
さっきから私の気持ちを無視して話が進んでいる。
しかし、吉岡店長はひとりで嬉しそうに喋っている。
「俺な、八月には莉乃ちゃんを本社に推薦しよと思てんねん。素直で明るい子やから、一発で正社員決定やろな」
愛ちゃんはともかく、彼女は真面目に働いてはいない。だから、未だにメニューが覚えられないのだ。
それなのに、吉岡店長はあの彼女を正社員に推薦すると言っている。
吉岡店長が彼女を気に入っていることは、もちろん知っていた。
『吉屋』のホームページを見れば、そうだとよく分かる。
新メニューやイベントを紹介する記事では、花のような彼女の笑顔が画面いっぱいに映っているからだ。言うまでもなく、この役目は彼女だけのものだった。
それより何より、私には納得できないことがあった。
正社員に昇格する機会は年に一回。その試験はいつも春に行なわれ、夏になる頃に結果が発表される。
それなのに、八月になったらあの彼女を正社員に推薦すると言うのだ。吉岡店長は自分の勝手で会社の決まりを堂々と破ろうとしている。
私の戸惑いや怒りを吉岡店長は察したようだ。
「お前、えらい怒ってんなあ」とせせら笑う吉岡店長。
「今年になってから昇格試験は随時行われてんねん。もう昔みたいに年一回やないわい。難波店でもな、もうすぐ美人のバイトちゃんが正社員になる予定や」
私は懸命に訴えた。
「私も正社員になりたいと考えていること、店長は知っておられましたよね。来年の試験を待っていたことも。それなのに、今年から昇格試験が随時になったこと、どうして私に言ってくれなかったのですか」
吉岡店長は横を向いて唇を突き出した。
「俺は忙しかったんや」
しかし、私は諦めない。
「黙っていた理由を教えてください」
「しつこいぞっ」
吉岡店長は握りこぶしでテーブルをどんと叩いた。
でも、私は食い下がった。
「私だけ無視するなんて、フェアじゃないです。私だって正社員になりたかったのに」
吉岡店長の顔が怒りで黒くなった。
「いい加減に黙らんかい。そのねちっこい性格がな、俺は嫌でたまらんかったんや」
ついに私はぶちきれた。
もう黙っている必要はない。
