今日からショートカット

 私は唐揚げのお皿を用意した。
 キャベツの千切りを少々、それとくし形に切った新鮮なレモンをひと切れ。
 唐揚げもすぐに出来上がる。

「ちょっと待て」
 吉岡店長が頬を膨らませて私に注意してきた。
「浜田君。キャベツの千切りだけやないで。トマトも入れてや」
 驚いてしまった。
 トマトを出すなんて勿体ないと思うけど。
 私の表情を見た吉岡店長はたちまち不機嫌になった。
「キャベツが苦手なお客様なんや。気、利かさなあかんやろ」
 これは尤もかもしれない。それに、店長命令でもある。

「失礼しました」
 彼女に謝ると、私は二切れのトマトを皿に盛った。
 優しい緑色のキャベツに真っ赤なトマト、鮮やかな黄色のレモン。それらが輝くように美しい。そこに揚げたての唐揚げを中高に盛りつけた。
「わっ、美味しそう」
 子どものようにはしゃぐ彼女。
 そんな彼女を見る吉岡店長の顔はとろとろに蕩けてしまっている。
「トマト、有難う。大きいのを選んでくださったのね」
 彼女がこっちを見て言うから、私は少しだけ愛想笑いをしてみせた。どんなに嫌な相手でも、それが客だと聞こえないふりは出来ない。

 担々麺が出来上がった。
「お待せしました。気をつけてくださいよ。担々麵、凄く熱いです」
 吉岡店長が彼女に優しく話しかけている。
 彼女はうっとりと頷いた。
「有難う。いつ見ても綺麗で豪華なお料理だわ」
 この店の担々麵は実に美しい。
 濃い橙色のスープはギラギラと輝き、そこに載せられた鮮やかな緑色の韮が食欲をそそってくる。その韮はもちろん生のもので、ピンと伸びた葉先が新鮮野菜の魅力を教えていた。
『吉屋』は美味しい中華料理店ということで、何度かネットで紹介されている。そのとき、この担々麺が人気メニューとして載せられた。吉岡店長はそれが自慢でならないのだ。

 彼女は静かになった。
 きっと食べることに専念しているのだ。
 彼女に黙って貰えると、こちらも実に有難い。面白いぐらいに仕事がはかどるから。
 揚げたての肉団子は湯気を立て、コロコロと揺れて互いにぶつかりながらトレーに収まっている。空っぽだったタッパーは三角形や細長く切ったピーマンや玉葱で溢れるほどにいっぱいとなった。

「店長。人参は多いめに切っておきますか」
「せやな。頼むわ」
 お気に入りの客の前だから『頼むわ』という言葉も出てくるのだ。客が居ないとき、吉岡店長はその言葉を私には絶対言わない。

「こ、怖い」
 突然、彼女が叫んだ。
「莉乃(りの)さん、どうされましたか」と慌てる吉岡店長。

 一瞬、私の息が止まった。
「うそやろ」と思わず呟く。

 信じられない。
 客である彼女を、吉岡店長は親しげに名前で呼んだのだ。
 名字ではなく『莉乃さん』と。

 吉岡店長は彼女の真っ青な顔にうろたえている。
 震える声で訊いた。

「だ、だ、大丈夫で、すか」
 彼女は息も絶え絶えに返事した。
「だ、だ、大丈夫で、すわ」

 私は茫然と吉岡店長の顔を見つめた。
 私が思っている以上に、この二人は親しいのかも。