今日からショートカット

「ごめん、愛ちゃん。メール、借りるわ」
 私は愛ちゃんに心で詫びた。
 このメールをあちこちに暴露しても良いと、愛ちゃんは書いていた。でも、私はそのようなことが好きでない。これは最後の手段だと考えていたのだ。

 今、その最後の手段に出る。
 あの彼女に謝ることはどうしても出来なかった。私はパートリーダーとして怠け者の彼女を叱っただけ。メニューも覚えようとしない彼女だった。

「何や、それ」
 私のスマホを見て、吉岡店長はおののいた。
「あんたに見せたいんは愛ちゃんからのメール。今日の業務報告な、かなり凄いんよ。件名は『真実を話します』やねん」
 吉岡店長の顔色が変わった。
「お前ら、怖いぞ」と慌てふためいている。
 私は姿勢を正した。
 ここが正念場。
「さっさと観念しいや。そんなこと言うなんて、やましい証拠やんか」

 その瞬間、吉岡店長はうなだれた。
「なんや、ばれてたんか」と呟く。
 私はほっとした。
 吉岡店長は自分がしたことを否定していない。これなら、修羅場にはならないようだ。プライドの高い吉岡店長だから、私を陥れたことを認めないと思っていた。
 吉岡店長が私の腕を引っ張った。
 そうして、スーパーの横にある喫茶店の前に私を連れて行った。
「ここはもう閉店時間やし、ひとが少ないからな。大事なことも安心して話せるわ」
 私がスマホで録音していることに、吉岡店長は気が付いていないようだ。
「何の話なん」
「俺の気持ちも考えろや。たった一回の浮気で婚約解消されたんや。別れたあと、その女が俺の部下になってな、何かと意見してきてんで」
「浮気するからやん」
 吉岡店長はへへへと笑った。
「まあな。けど、男は浮気するもんや」
 呆れた。
「浮気のくせ、直さなあかんやん」
「それはしゃあない。何でか、俺の周りには迷惑なぐらい美人が集まってくんね」
 ああ、こんなバカバカしいことを堂々と言うなんて。
 やっぱりバカな男なんだ。
 私は素っ気なく返事した。
「良かったやん。人生、楽しいやろ」

「けど、百ちゃんが一番美人やで」
「あはは」
 私は笑った。
「今頃、何を言い出すんや。林さんはどうしたん。あの子が未来の社長夫人やろ」
 吉岡店長は急に真面目な顔になって話し始めた。

「あの子は嫁さんにするタイプやない。俺、じいちゃんに言われてるんや。『吉屋』を背負って立つんやから、可愛いだけの女と結婚したらあかんって」
「そうなんや」と私は適当に答えた。
 そんな話は聞きたくない。
 久し振りに吉岡店長の笑顔を見たら、恋人時代を思い出してしまったから。私の心は揺れ始めている。
「なあ、こうして話してたら、俺はやっぱり百ちゃんが好きやと感じるんやわ」
 私は急いで身構えた。喜んではいけない。これはこの男の巧妙な嘘。感情に流されて、騙されてはいけない。
「警戒すんな。総合的に見て、百ちゃんが一番の嫁さん候補やねん。体も丈夫でほとんど休まへんからな。仕事もできるやん」
「真面目なだけやん。私はこの仕事が好きやねん」
 吉岡店長は大きく頷いた。
「やり直さへんか。結婚を前提としてな」
 この言葉は明らかに嘘なのに、私の胸は不覚にもどきどきしている。
「知的な和風美人の百ちゃんが大好きやで。真っ黒の長い髪が最高に色っぽいわ」
 うっとりした顔で、私が被っているキャップに手を伸ばしてきた。
「触らせてな。百ちゃんの長い黒髪に」
「どうぞ、触れるもんならね」
 私は笑いをこらえた。
 
「うわあっ」
 吉岡店長は悲鳴を上げた。
「ど、どないしたん。髪の毛、えらい短いやん。あんな綺麗な髪、何で切ったんや」
 目を丸くしている吉岡店長の顔を私は黙って見つめた。
 髪を切った私の気持ち、この男に分かるもんか。
 こんなに心が揺れる理由、私自身にだって分からないのだから。