今日からショートカット

 あの男は自分を振った私に復讐するため、罪のない愛ちゃんを巧妙に利用したのだ。
 卑怯な男だとつくづく思う。可哀想に、正社員の座と私への義理に挟まれて、愛ちゃんは悩み苦しんだに違いない。

 愛ちゃんにお礼を言わなければ。
 心からの感謝をこめて、私は愛ちゃんに返信した。

〈 まずは正社員に昇格、おめでとうございます。家族思いの優しい愛ちゃんが、私は本当に大好きです。
 
 本当のことを教えてくれて、とても嬉しいと思いました。
 悔しいけれど、もう退職するしかないと考えています。
 お世話になりました。愛ちゃんと一緒に働けて、私は幸せでした 〉

 送信を終えた私は、スマホをカフェテーブルにそっと置いた。
 私が溜め息をついても、ただ沈黙するだけの部屋だった。
「そうなんよ」と、この静けさに向かってぽつりぽつりと話を始めた。
「愛ちゃんにも言うてなかったけど、私は吉岡店長の彼女やったんよ。結婚の約束までしてたわ。この部屋で半同棲状態やった。それが、浮気されて別れたんやけど、何でか私が悪者みたいに言われたわ」
 苦い笑みが浮かんできた。
「けど、吉岡店長を諦めきれんでね、私は退職せんかったんよ。私らはいつか復活できると期待してたから。あんなんやけど、吉岡店長は凄く可愛いて魅力的やった」

 そう。
 あの男への未練を「私は出世して、あの浮気男を見返してやる」という目標にすり替えた。そうして、私はこの店に残ったのだけど。

 洗面所へ行った。
 洗面台の明かりを点ける。
 白く眩しい光に、私の顔と体が暗がりのなかに浮かびあがった。
 鏡の中からこちらを見つめている暗い顔。
 色のない唇が、震えながらも言い切った。
「あいつはこの髪を好きだったから、もう切ってしまうことにした」
 
 大きく息を吸う。
 仕事だからと結っていた髪に手をやった。
 思いをこめてピンを抜く。
 こうして髪をほどくのも、今日が最後だと。

 私の肩や背中に、豊かな黒髪が流れるようにすべり落ちてくる。
 腰の近くまである私の黒髪は、眩しいほどの照明にいよいよ艶を増している。光と影が際立たせる黒髪の美しさは、自分でも見惚れてしまうほど。

 かつてはあの男、私を抱きしめ、この黒髪に顔を埋めて何度も囁いたのだ。
『ああ、ええ匂いしてるわ。仕事なんか忘れて、百ちゃんの綺麗な髪にずっと触ってたいわ』
 あいつめ。
 今頃は仕事なんか忘れて、あの彼女の綺麗な髪にずっと触っているのだろう。
 
 棚から鋏を取り出した。
 恋を失えば、女は髪を切るという。
 それは本当のこと。
 パツン、パツンと、髪を切る鋏の音が暗く静かな洗面所に響いている。
 あの男に愛された私の黒髪が、洗面所の床に次々と落ちていった。
 さすがに私は涙を溢した。

 そして、あの男への復讐を誓った。
 狡いひとには負けたくない。