「狼鬼の血を入れたぁ⁉︎」
弘の大声が部屋に響き渡る。
ちょっと五月蝿い、とハルが呆れたように呟く。
「身体ん中に?え、ええ、なんで?」
「狼鬼の血を入れると一時的だけど鬼として活動できるの。毒も効かなくなるし基本傷もすぐ治るからたたかいに有利かなぁと思って」
「...よく先生が了承したもんだよ」
《先生も提案しちゃった身だから、ハルに押し負けた感じだったよ》
狼鬼が口を挟んだ。
「で、そこまで利点があるのに組織の中でも広まってない、ってことは何か代償があるんじゃないの?」
ハルの目が一瞬泳ぎ、寂しさの色が浮かんだ。何か言おうとするかのように口を開いたものの、へらりと笑って答えた。
「そうだなぁ、鬼になってる時は武器が上手に使えないから、体術が主になるのがみんな嫌なんじゃないの?」
ハルが軽やかに笑った。
弘は呪いのように刻まれたハルの右手の傷を見ている。
「...他には?」
「他ぁ?あはは、そんなの無いよ」
大袈裟に手を振るハルに、狼鬼が静かに声を掛けた。
《ハル。弘、全部お見通しだぞ》
「...やっぱりそうかぁ。私、なんか昔から嘘つくの下手なんだよね」
ハルが悲しそうに笑った。
「そうだね、代償はもう一つ。それが、先生が私に最後まで反対した理由なんだけどね」
ハルが息を吸い込んで、目をぎゅっと瞑った。
そっと目を開けて、息を吐く。それでもなお、なかなか話そうとはしない。
《ハル、俺から話すぞ》
見かねた狼鬼が口を開いた。
「...うん」
《人間が俺みたいな鬼の血を体内に入れると、大幅に寿命が縮むんだ》
弘は目を見開いた。ハルは目を伏せた。
「...は?」
《そりゃあ、当たり前っちゃ当たり前だろ、元々身体ん中に無かった物質が身体を占領しちゃうんだから。他にも、鬼の血を覚醒させた時、術を使う時、傷を治す時なんかも自分の寿命を少しずつ差し出していくことになる。勿論ハルはそれを了承している訳だが》
狼鬼の淡々とした説明を聞きながら、弘は目眩を憶えた。
「...ハル」
「ん?」
「なんで」
「なんでって」
ハルはニッコリと笑った。
「妖をみーんな殺したいからに決まってるでしょう?」
ハルの真っ黒な瞳が弘を捉えた。
弘の背筋に寒気が走った。
「...それは俺もだけどさ、自分の寿命差し出さなくても」
「既に命掛けてるんだもん、明日死ぬかもしれないんだから別に良」
「良くないよ」
ハルの言葉を遮って、弘が声を荒げた。
ハルがびくりと身を震わせる。
怒りと悲しみに満ちた瞳が、ハルをまっすぐ捉えていた。