ハルが部屋を出ると、弘と煌が縁側で話しているのが見えた。
《雪と(ぎん)は大怪我だったけど生きてはいるから、先生に世話してもらうことになった》
「ここに一緒にいちゃ駄目なのか?」
《ハルもそう言ったんだけどね、ハルも俺たちも、勿論弘もだけど、ほぼ毎日討伐に出てるでしょ?だから先生のところの方が安心かなぁって》
「...成程ね」
《で、楼と(かい)(はつ)(くう)は駄目だった》
「そうか...大変だったな...煌は大丈夫か?」
《大丈夫ではないけど、なんとかやってるよ》
「...ん、そっか」
会話が一旦途切れた瞬間を見計らって、ハルが縁側に姿を見せた。
「え、ハル、もう動いて大丈夫なのか?」
「うん、ちょっとでも動いとかないと身体鈍っちゃうし」
ハルが弘の隣に腰を下ろした。
《それもそうだね》
「いつから復帰?」
「明後日」
《うわぁ》
「どしたの?」
《この組織もいよいよやばいなぁと》
「確かに。大怪我した人を5日で復帰させるって...やばいな」
弘がそう言うと、ハルは笑った。
「まぁ、裂傷と打撲だけで、どこも骨折してないから」
「一般的にはそれを重傷と言うんだよ」
「あーそっか、私重傷なのかー」
ハルはからからと笑い声を立てたが、弘は心配そうにハルを眺めている。
「どしたの?」
「いや...ハル、無理、してないか?」
ハルは不思議そうに首を傾げた。
「無理してるのはお互い様じゃないの」
「...は」
ハルはゆっくりと立ち上がると、弘と背中合わせになるように膝を抱えて座った。
「だって、こうやって話してる間も弘、ずっと心の中で咲羅のこと考えてるんだもん」
弘の肩に頭を凭せ掛け、違う?とハルは呟いた。
弘の瞳が水面のように揺れた。
「...煩い」
ハルの頭をぐいと押しのけながら、震える声で呟いた。
ハルの悲しそうな笑い声が聞こえた。

弱いところなんて、見せたくなかった。
でも、背中に感じる確かな温もりが、凝り固まった心を溶かしていくように思えて。
今は、今だけは、少しだけ。
その不器用な優しさに、甘えてみたくなったのだ。

震えた息が、弘の口から洩れた。
雫が頬を伝って、裏葉色(うらはいろ)の羽織に落ちるのが見えた。
「...咲羅」
名前を呼んだ。
届くことはなかった。
でも、背中には、静かな温もりがあった。

ゆっくりと陽が傾いていく。
影が少しずつ伸びていく。
夕月夜の中で、2人は静かに寄り添っていた。