「じゃ、ざっくり説明するね」
ハルがカリカリと音を立てて、枝で地面に図を描いていく。それを咲羅と弘、そして楼と煌が覗き込んだ。
「今日、妖がいるのは恐らくあの山の山頂付近。山頂から咲羅と楼たちが二手に分かれて追い立てて、私と弘と煌たちが山の麓で待ち伏せる。要するにクマ狩りとかと同じ要領ね。楼は追い立て始める時に合図ちょうだい。それから、ヤバくなったら言って。狼鬼(ろうき)呼ぶから」
「りょーかいー」
「分かった」
《承知》
《了解》
「よっし、じゃ、行こうか」
ハルが勢い良く立ち上がる。
「咲羅、楼。また後で」
「うん、また後でね」
《応。よし、いくぞ皆》
《はーい》
咲羅と楼、そしてその後から5頭のオオカミがタカタカと走っていくのを見送りながら、ハルは伸びをして弘に顔を向けた。
「じゃ、私たちも準備しようか」
「だな。ところでハル、なんで咲羅が追い立て役なんだ?別に俺とか...オオカミだけでも良いと思うけど。オオカミはこっちに6頭、あっちにも6頭置いてるんだろ?狼鬼も助っ人としている訳だし」
弘が薙刀を取り出しながらハルに訊いた。
「うん、そうだね...でも少なくとも1人、人間がいて指示出さないとオオカミが混乱した時に止まらなくなっちゃうから。それに、走ってるオオカミをまともに追いかけられるのは足速い咲羅だけだし」
「追いかけるのか、オオカミを⁉︎」
「追いかけるっていうか、一緒に走る」
「...咲羅すげぇな」
弘が感心したように呟いた。
「そりゃあそうだよ。私の自慢の妹だもん」
咲羅とお揃いの一つ結びの髪を揺らして、ハルが嬉しそうに笑った。

ハルが刀を腰に差していると、山頂からアオーンというような遠吠えが聞こえてきた。すかさず煌の隣にいた、金糸雀(かなりあ)色の瞳に漆黒の毛を持つ(らい)が遠吠えで返したものの、此方は伸びやかなアオーンという声ではなく、犬が続けて吠えたようなオウオウという声だった。
「響くからまだ良いけど、相変わらず雷は遠吠え下手だな」
苦笑いして呟くハルに、雷が《煩い》と言って目を伏せる。
ごめんごめん、と謝るハルに、弘が緊迫した調子で訊いた。
「咲羅たちが山降りてくるまで何分ぐらい?」
「長く見積もっても5分。順調に行けば3分ぐらいで来るんじゃないかな」
「了解」
弘が薙刀を構えると、ハルも合わせるように刀をすらりと引き抜いた。
遠くから土煙が近づいてくる。
《ハル姉、弘、オオカミのみんな、よろしくね》
「了解っ」
《任せろ》
咲羅の声を合図に、2人と6頭のオオカミは一斉に駆け出した。


咲羅が突き立てた刀によって、妖が霧のように形を崩して消えていく。
それぞれ武器を構えていたハルと弘は、ほうと息をついて身体の力を抜いた。オオカミ達の緊張も一気に解れていった。
「もう終わりだよね?」
咲羅が刀を鞘に仕舞いながら楼の方を振り返る。
《嗚呼、もういないぞ》
「みんな怪我は?」
ハルが周りを見回して問うた。
「ない」
「ないよ、大丈夫ー」
《なし》
《無事だよ》
口々に答える2人とオオカミ達を見て、ハルはほっとしたように表情を緩ませた。
「よし、じゃあ、戻ろうか」
《解散?》
(せつ)が透き通った鴨頭草(つきくさ)の瞳をハルに向けながら訊いた。
「うん、そうだよ。お疲れさま」
ハルがそう言うと、雪は嬉しそうに月白(げっぱく)の毛をなびかせて、跳ねるように他のオオカミ達と遊び始めた。
「ねぇ、弘」
ハルが弘に声を掛けたのを見て、咲羅も側に寄ってきた。
「薙刀の使い方、さわりだけで良いから教えてよ」
「なんで?ハルは刀があるじゃないか」
「刀が折れた時とか用に」
「俺の武器は⁉︎」
「弘はきっと枝を投げて戦えるよ」
咲羅が落ちていた枝をいじくり回しながら言った。
「俺が投擲得意だからって、ちょっと馬鹿にしてないか?」
「してないー!弘怖いー!」
咲羅が大袈裟に首を竦めるのを見て、弘は呆れたように笑った。
「とにかく、ね、教えてよ。刀の使い方も教えるから」
「刀ってどんな風に練習するんだ?」
弘に訊かれて、ハルと咲羅は顔を見合わせた。
「まず走り込みやって」
「素振り1000本とかやって」
「舞の素質あるか見てもらって」
「ハル姉やめてー!舞ができないあたしの古傷抉らないでーー!」
咲羅が頭を抱えて大声を上げた。
「ごめんー!でも私は咲羅みたいに足速くないんだよー!」
「...まぁ、大変なんだな」
「そゆこと」
「刀は...やめておくよ、俺は薙刀で十分」
「でも、基礎はやっておいた方が良いと思うよ」
咲羅が真面目な顔をして言った。
「と言うと?」
「妖の攻撃でハル姉とかあたしの刀が飛んできて、薙刀吹っ飛ばされた時に使える」
「...そんな事態になることの方が少ない気がするけどな」
「少ないかもしれないけどあるかもしれないから!教えてよ!」
ハルもなかなか引き下がらない。
「はいはい、気が向いたらな」
「気が向いたらっていつ?」
「気が向いたら」
「答えになってないよ!」
「煩いな!」
騒がしく言い合いを続けるハルと弘を眺めながら、咲羅はニコニコして呟いた。
「本当にハル姉と弘は仲良いよねぇ」
「「何処が!!」」
声を揃えて叫んだ2人を見て、咲羅は声を上げて笑った。