「姉ちゃんの羽織小さくなってきちゃったな」
18歳になったハルが部屋の中でぽつりと呟いた。
《あぁ、それなら》
狼鬼が頭を上げてハルを見る。
《弘のがあったんじゃないのか?》
「お、狼鬼それ名案。ありがと」
暫くすると、ハルが綺麗な竹行李を持って戻ってきた。
行李を開けると、裏葉色の羽織が2年前と変わらない姿で現れた。
ばさりと音を立ててそれを羽織ったハルは、
「やっぱり結構でかいな」
と言って笑う。
《ハルー、何処か行くのー?》
勝が縁側からヒョッコリと顔を覗かせた。その後ろから煌も顔を出す。
千歳(ちとせ)から手紙が来たからちょっと顔出そうかなぁと思って」
《遠い...》
《ちゃんと連絡入れたんだろうな?》
「さすがに1日では行かないよ、それにちゃんと手紙も出したし。大丈夫だよ」
《じゃあ俺たちも連れてって!良いでしょ?》
「うん、良いよ」
ハルが笑顔で答えた。
ヤッター、と跳ね回る勝を見て、狼鬼が溜息をつく。
そんなにあからさまに呆れなくても、と煌は苦笑いした。

千歳が家の前でそわそわと待っていると、3頭のオオカミとハルが歩いてくるのが見えた。
「お姉さーん‼︎」
大声をあげながら走っていくと、ハルが白狐面の鼻先を此方に向けた。
「千歳!大きくなったね、久しぶり!」
「10歳になったんだよ!煌も勝も狼鬼も久しぶり!」
千歳は勝に抱きついた。
《久しぶり、元気そうだね》
オオカミ達が嬉しそうに笑った。
「もう10歳か、早いね」
ハルが感慨深げに呟く。
「お姉さんは、いま何歳?」
「私?18だよ」
「18歳かぁ。お姉さんだ」
「千歳もお姉さんじゃない?」
「へへ、やったぁ」
千歳が照れくさそうに笑った。
あ、そうそう、とハルが背中に背負っていた袋から何かを取り出した。
「頼まれてたやつ。これなんだけど、どうかな?ちょっと地味?」
ハルの手には、咲羅が着ていた薄桜の羽織があった。
「ううん、すごく綺麗!これ貰って良いの?お姉さんの妹ちゃんのやつ?」
「うん、そうだよ。貰ってくれたら嬉しいな」
ヤッター、と千歳がオオカミ達の間を跳ね回って喜んだ。
薄桜の羽織をそっと手に取ると、ゆっくりと羽織って、にこりと笑う。
「可愛い!ありがとう、お姉さん。妹ちゃんの名前、何て言うの?」
「咲羅、って言うんだ」
「咲羅ちゃんかぁ。きっとこの羽織、とっても似合うんだろうね」
「うん。すごく似合ってた。千歳も似合うよ」
ハルが嬉しそうに笑った。
「嬉しい!ありがとう」
千歳ははしゃいでぴょんと跳ねると、くるりと回って楽しげに笑った。

「ねえ、千歳」
ハルが柔らかい声で言いながら、千歳の前にしゃがみ込む。
「さっき歳の話したけどさ、私と千歳、8つも歳が違うでしょう?だから、私は千歳ほど長く生きられないと思うの」
千歳は目を瞬かせた。
それでね、お願いがあるんだけど、とハルが続ける。
「煌と勝はオオカミなんだけど、狼鬼は鬼の血筋だから、普通のオオカミより長生きなんだ。私に何かあった時は、狼鬼のこと...お願いしても良いかな?」
千歳とハルの目が合った。
千歳の目が、柔らかく微笑む。
「うん、分かった。良いよ」
ハルがほっとしたように身体の力を抜いた。
「でも」
千歳が柄にもなく真面目な顔をして言った。
「お姉さん、できるだけ長生きしてね」
「うん、分かった。頑張るね」
ハルがふふ、と笑った。
「さて、真面目な話はお終い。色々お話ししようか。千歳のこと、教えてね」
「うん!わたしも、お姉さんのこと、色々聞いても良い?」
「勿論!」
「お姉さん、羽織変わったよね。ちょっとぶかぶかだけど、新しく作ったの?」
ううん、とハルが首を横に振った。
「私の、とっても大事な人から貰ったんだよ、綺麗な色してるでしょう?」
ハルが裏葉色の羽織を優しく撫でた。
「うん、とっても素敵!」
千歳がはじけるように笑った。

燕子花の花が、2人とオオカミ達を見守るように咲いていた。